2019年5月25日土曜日

おもてなし

招待したお客様についていろいろ論うのは亭主側の品位を汚すことにもなりかねない。依って誰も言わないから小生が言わせてもらう。今回2度目になるトランプ・アメリカ大統領の訪日は国賓としてとのこと。要するに日本が辞を低くしてお招きした形である。そのことに異を唱える必要も無いし、そのスケジュールは両国の関係官僚間で事故無きを期して綿密に組み上げられている筈だ。

アメリカ大統領の訪日は何度も経験しているが、その度にスケジュール的には何の関係もない我が池袋駅周辺まで警官の数が増員されるのは毎度のこと。それも仕方がないとしよう。ニューヨークの不動産屋上がりの大統領氏に品格を求めるのは無い物ねだりで、その必要も無かろう。それにしても発表されたスケジュールは何もかも異常としか言いようがない。かりそめにも国賓であれば国を挙げて歓迎の意を表すべきはずだ。

昔の英国リチャード王子とダイアナ妃までとは言わないが、嘘でもいいから国民が歓迎する格好をつけるのが客と亭主のマナーの筈。今これを書いている午後4時半少し前の時点では到着する時刻の表示も空港におけるレセプションの詳細も発表されていない。宿泊先も発表されていないから、空港から迎賓館に直行してそこでレセプション、或いはパレードなんてことも一切無いようだ。

そして明日の予定、首相と休日を楽しむとの趣旨らしい。ゴルフや居酒屋は言及すまい。問題は国技館での大相撲夏場所千秋楽観戦だ。相撲は日本の国技として歴代政府は相撲協会に恩を売ってきている。そのことは措いて、歴代のアメリカ大統領やフランス大統領の中にも嘗て相撲ファンがいた。そのために相撲協会が貴賓席を提供したり、特別の場を設けて取り組みを披露した例はこれまでにもある。

今回はなんと夏場所千秋楽当日に正面升席1000席分提供させて、そこに一行を招待するとのこと。しかも観戦は結びまでの3番だけ。これは流石にやり過ぎではないか?いかに国賓と言えど庶民の気持ちがそこまで醸成されていないことは明らか。千秋楽に満員御礼の幕が下りる下りないの問題ではない。新天皇陛下でさえまだ行幸されていない両国国技館、おもてなし精神に富み礼儀正しい日本人はご一行を暖かい拍手で送迎するだろう。

日本は時たま先ほどの様な地震はあっても、お客に3泊されて困る程貧乏国ではないし、アメリカには恩もあろう。しかし考えただけで昭和20年8月15日が思い出されて涙が浮かぶ。

2019年5月24日金曜日

筋肉痛

一昨日は早朝から快晴、火曜日の大荒れ天気が嘘のよう。宣告させて頂いた通り昨日は川苔山にハイキングと洒落こんだ。早朝4:30に起床して新宿から青梅で乗り換え、鳩ノ巣まで1時間半ほど。ずっと座れたので睡眠不足は解消できた筈。川苔山は過去4回計画したけど予定通りに山頂を経由して帰宅したのは2回だけ。

成功率5割は挫折経験豊富なハイキング歴ではあるが少しばかり問題と思っていた。挫折したのは前回の2017年9月と前々回の2015年7月のこと。ルートは何れも奥多摩からバスで川苔橋の登山口に行き、百尋の滝を経由するルート。百尋の滝は単独で目指したこともあるので既に5回も観ている。更にこのルートは登山開始までのアクセスに手間がかかり過ぎる不満もあった。そこで今回は入念な下調べをして、これまで2度降りで使ったルートを逆に登りに使ってみることにした。

登山距離は少し長いかもしれぬが、駅から即登山開始できるのは大きな魅力でもある。中央線で事故があり鳩ノ巣到着が少し遅くなったが、それでも9時前には歩き始めた。快晴の上気温も未だひんやりしている、最高のハイキング日和だ。駅自体が山間にあるのでいきなりの急登、この方が気分が出ると言うものだろう、てなことで最初の平に出ると、雲取り街道の小袖乗越と同じで駐車が可能らしい。軽自動車に乗った老夫婦らしき人が駐車し始めた。

何処に向かうか聞きもせず、すぐ目の前にある階段状の登山口に向かって登り続ける。実はこれが失敗のもとで、標準的な登山道を外してしまった。辿った道も川苔山に繋がっているのだが、あまりお勧めできない悪路、距離的には短くても結局は体力も時間も大幅に消耗する結果になったと思う。途中写真すら撮れなかった「のこぎり尾根」なる恐ろしい難所があった。先に登っている人影が見えていたので登り続けたがさすがに緊張してしまった。

結局昭文社の地図に表示されているコースタイム2時間50分を大幅に上回る3時間40分も掛けてやっと山頂に到着。帰路は標準路でほぼコースタイム2時間10分通りに下山が出来た。しかし登りの30度を超す斜面、と帰りにストックを1本だけにしたせいか、今も脹脛に今も張りが残る。明日はきっと痛みが出ることだろう。しかし久し振りに山を歩いた気分は爽快そのものである。

登山の詳細は下記をご参照願います。
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-1861332.html

2019年5月22日水曜日

ファーウェイ製品

それにしても昨日の日中の風雨は凄かった。大概の雨なら昼飯を食いに出かけるのを止めることは無いが、流石に昨日は夕方4時過ぎまで家から1歩も出られなかった。全国的に集中豪雨に見舞われてもおかしくないのに中部地方ではダムが干上がってしまっているとのこと、日本も狭いようでも広いと改めて感心する。関東でも一昔前には夏の渇水が話題になったこともあり、灯油用とは別に飲料水用ポリタンクを買った記憶があるが、今はもう無いようだ。

一夜明けた今朝は快晴で昨日のお天気が嘘のよう、玄関先にはどこから飛んできたか葉っぱとごみが散乱しているので掃除をさせられる。日中もこの天気が続くなら明日は久しぶりに一人でハイキングに出かけるつもり。行く先は2度も途中で断念している奥多摩の川苔山に決めた。行けばブログはお休み、明後日山頂での写真をアップできればいいのだが。

写真繋がりで触れると今年からカメラ代わりに買ったスマホ、これが目下連日ニュースを賑わしている中国産ファーウェイ製品。OS(人体に例えれば内臓だろう)はアメリカ産のGoogle社製品とのこと。現代から当分の未来にかけアメリカ産業の中核にある大企業だと思う。この民間企業ファーウェイ社に対し大統領が製品の輸出を禁じたそうだ。

理由は安全保障上の懸念、余り利口そうに見えないトランプ氏が誰からどのように吹き込まれた知らぬが大統領の権限は大したものだ。今日の報道によると中国ファーウェイ社のトップがテレビのインタビューで、これまで協力してきたアメリカ企業に対して深甚の謝意を述べ今後も良き協力関係を続けたいと述べている。一方のGoogle社も大統領に対し規制からの除外を求めているようだ。しかしトランプ氏のことだから容易に応じることにはなるまい。

ファーウェイ社側もカナダで創業者の娘さんが逮捕された時からこの時をが来るのは当然覚悟してたことだろう。所謂Bプランの準備はおさおさ怠りないこととは思う。それにしても我が国でも政府が口にする安全保障上の懸念、何をもってそれを口にするのか。役立たずと言われる高額な兵器を購入するだけの理由しか見当たらない。当方はカメラとしてしか利用しないのでメールを見たりゲームをしたりは勿論しないからどうでもいいが、アホらしいことだ。

2019年5月21日火曜日

我田引水トランプ氏のみならず

何でそんなに固執するのか普通の神経では分からないが、理由はただ一つ「政権維持の手段」として解散風をマスコミに吹かせる現政権。6年以上政権の座に居ながら安倍首相ほど成果の無い人も珍しい。だから居続けたい気持ちは分からぬでもないが、座り続けてもこれだけ激動する世界情勢の中で国家を統制して指導する能力に欠けているのは見え見え過ぎる。傍にいる茶坊主どもではどうしようもないが、どこかにひっそり暮らす長老のような人が引導を渡してくれること期して待つしかないか。

政府の期待と関係あるのか無いのか分からないが、このところ面白いと言ったら語弊があるが変わった経済理論が流行り始めている。曰く「日本の様な国(自国通貨だけで経済が運営されている国の意)は財政規律を追求するあまり国債発行に慎重になる必要が無い」とのことだ。経済のことなど全く理解できないし理解するつもりもない小生と異なり、政治家の諸先生方は大いに関心を持ったらしい。日銀の金融緩和を中心に据えたアベノミクス論理に代わる新たなネタで国民を煙に巻く算段をしている輩がどこかにいるようだ。

国の借金をGDPの2倍以上に膨らませた責任はかなぐり捨て、更に赤字財政を正当化して経済が立ち直り国民が豊かになるとの理論、貧乏性故に恐ろしくなってくる。過去の歴史も振り返らず、己の人生が終わった後の世の中についても意識せず、今が善ければ全て良しはギャンブルにはまる人間の発想。これで身を持ち崩した人間の例は、誰もがマスコミに教えてもらわなくても卑近に簡単に見つけることが出来る筈だ。

先日観たテレビで歴史学者の磯田道史氏が、平成の30年間は日本の社会構造が大きく変わる変換点だったと解説してくれた。このことは数日前に触れたので今日は措くとして、21世紀の前半20年は世界的に見て非常に大きく揺れ動いているように見える。20世紀後半「地球家族的」な発想で世界が何となく連帯し、纏まって平和を追求する機運があったように思う。それが徐々に壊れ始め、特に最近はまた排他的、民族主義的な傾向が世界的に流行し始めている。これが一時的傾向で終わるかどうかは分からない。

結果を見届ける前にこの世にお暇した方が好いのかもしれぬ。

2019年5月20日月曜日

昼のご馳走

陽が長くなって暑さがやってきた。寒さより有難いが、半袖にしたり長袖にしたり対応が少し面倒な季節でもある。今月も後10日余り、天気だけでなくて体調との相談もあろうがどこかハイキングに行けるかどうか、考えているうちに4:30を大分回ってしまった。結論は出なかったのでもう暫く天気を見ることにしたい。

今日の昼飯、いつもの定食屋でいつも定食を食うつもりで出かけたところ、親父が土曜日に横浜で釣ってきた鯵の刺身と塩焼き更にキスも少し掛かったと言うことで、キスのフライの豪華版。本当は夕食のメニューの心算で仕込んだらしいが、1週間に最低3回は通う常連なので特別に出してくれたらしい。後から来た客の料理が次々に供される中、じっと待ていたことと料理の豪華さに他の客からの不思議な視線を感じた。

それでも料金は750円。飯も軽く出してくれたが、本当はビールを注文すべきだった。

2019年5月19日日曜日

見解の多様性

米中経済戦争と言われる両国間の貿易と関税問題、感想を述べるほどの知識はもとより無い。マスコミが取り上げる識者たちの意見に多様性があるのは勿論歓迎すべきだろう。今朝チラッと見たTBSテレビの「サンデーモーニング」でもトップにこの問題を取り上げていた。司会の関口宏氏は意見を述べないが、数人の識者がそれぞれの意見を述べていた。

殆ど記憶に無いが中でただ一人、元衆院議員の田中秀征氏(windows10で変換が一発で出ないのでかなり昔の人になったようだ)が「100%アメリカ、即ちトランプ大統領の言い分を支持します。中国はこれを機会に世界の貿易ルールをよく勉強して先進国の仲間入りをしてほしい。」これも一つの見解なんだろうが。貿易戦争とも言われているので片方に100%と言われると、子供の喧嘩でさえ双方に言い分があるのが当たり前。100:0は珍しい。

評論家は蛇かミミズかはっきりしないもの言いの人が多い中、このような断言は珍しい。視聴者には受けると見て人選しているのかどうか。他の識者はこの経済覇権争いの行く末を論じた人が多いような気もしたが、誰もはっきりした見通しは持っている筈もない。不肖小生も田中氏に倣って断言したいが、先に述べた通り争いの原因や結果の見通しについて述べるほどの意見は無い。

只これまで嫌になるほど利用してきた貿易相手国が、少しばかり力を付けてきたら叩きに回る精神構造。国益を優先するとそうなるらしいが、あまり多くの人の賛同を得るのは難しいようにも思う。他人のことはさて措いても、果たしてそんな急旋回が自国民を船酔いさせなければいいがなんて余計な心配をしてしまう。それにしても田中氏の見解を、もし安倍総理が聞いていたらすぐに電話をかけて面会を申し込んだかもしれぬ。

2019年5月18日土曜日

大学同窓会

小学校から大学までどの段階であっても在学中は極めて不真面目、周りの人から顰蹙をかうような行いの連続であった。特に高校と大学に至ってはまともに卒業式にも出席せず、卒業証書だけ後刻一人でこっそりと頂きに参上したものだ。そのせいか、歳がいってからは同窓会関係を出来るだけこまめに顔を出すようにしている。これも先日書いた後の祭りの典型で、何の役にも立たないが、未だ満たされぬ卒業の実感の片りんを秘かに味わう訳である。

今日は大学の同窓会、と言っても創立150年の名門慶應義塾大学である。生存する卒業生の数は半端であるまい。第一、大学に同窓会があるなんて話は聞いたことが無い。長野高校にはあるにはあるが、県立高校でもあるから学校経営とは切り離し、卒業生の自主運営となっている。小生はその東京支部のような組織で学年幹事なる役を仰せつかって喜んでいる次第。

これはさておき、慶應は卒業51年以上になると大学が全員に招待状を送付してくれる。そして本日ご招待に応じて出席した人数が5千人強、場所は横浜「みなとみらい駅」近くにある「パシフィコ横浜 展示ホール」、もちろん無料のパーティー。一番若い同窓生でも73歳、最年長で塾長から花束が贈呈された先輩は我が誕生の年昭和15年卒業で御年102歳とのこと。23歳年長のお兄さんか見れば、こちらは鼻たれ小僧にもなっていないことになる。

さすがに車いすでの登壇であったが、赤い蝶ネクタイを結び挨拶もしっかりしていた。別にあやかりたいとは思わなかったが、応援指導部中心のアトラクションの方が楽しかったし、心に響く何かがあった。卒業したのは文学部なので、同窓生の数が少ない。慶應と言うと経済学部か医学部と思う人が多いと思うが、歴史的には文学部が最も古いかもしれぬ。と言うのは創立者の福沢諭吉先生は当初実学に重きを置いていなかった筈と思うからだ。

本当はどうか分からないので後で調べたいと思う。兎も角数が少なくなった同期生を含め、皆相当よたよたしてる。そんな同窓生を駅から会場まで大きな声で「ありがとうございます」声を掛けてくれた現役生、多分応援指導部だと思うが、すっかり気持ち良くなって「やあ、お疲れさん」と思わず返しながら歩いていい気分だった。酒も料理も結構あったが腹一杯で行ってしまったので、料理は一口も食わなかった。


2019年5月17日金曜日

娘の慰労会

昨日も結局ブログはさぼってしまった。出来るだけ規則正しい生活を送りたいと思っているが、正直段々疲れてきたようだ。昨夜は久しぶりに下の娘と夕食を共にした。娘も45歳は過ぎた筈、この春二浪していた次男が無事大学進学を果たしたので、その慰労会の心算で誘った。できればその息子も一緒にと思ったが、何でも先約があるのでと断られてしまった。

娘の話では、何でも中学時代同級の女の子との約束で彼の方から日程を決めたらしく、その約束を優先せざるを得なかったらしい。大学入学を果たして今度は目出度く彼女でも出来たか?と問うと、どうもそこまでの仲ではないらしい。でも母親の目から見ると彼は女の子の罠にはまりやすい性格らしい。常々「女性は怖いのだから十分注意しなさいと。」と言い聞かせているそうだ。

似たような忠告は母から何度も受けた記憶があるが、余り功を奏しなかった覚えもある。兎も角、自転車を購入して毎日元気に学校に通っているそうなのでホッとする。それより、母である娘もかなり疲れたことだろう。週に5日働いているが結構大変らしい。幼稚園から小学校にかけては相当引っ込み思案の子だったような記憶があるが、どうも最近はまるで正反対。女房の血を受け継いだか、職場でも上司に臆することなく可成りのリーダーシップを発揮しているようだ。

以前書いたかもしれぬが、旦那の扶養を外れ、時給千円チョットのアルバイトで年間結構な稼ぎをしているらしい。考えれば大したものだ。アルバイトの組合がある筈も無いだろうにアルバイトのまとめ役として活躍しているとは結構な話だ。。女房が娘の学校でPTAの役員をしていた時代、家ではおとなしかったのに、PTAの会議では相当はっきりした物言いをしていたきたことをよく自慢していた。血は争えないものだ。

しかし寄る年には逆らえず、身体が段々疲れてきたみたい。週2日の休みはヨガやらフラやらとそれなりに運動はしているようだが。目がかなり弱っているようでメニューを読むのにかなり苦労していたし、「お父さんから貰った本もなかなか読む気にならなくて、」だそうだ。でも父の食事を気遣ってくれて、食材の選び方や料理法を沢山伝授してもらったが、一晩寝たらあらかた忘れてしまっている。

2019年5月15日水曜日

後の祭り

昼飯を食い終わって、さて当てもなくブラブラするかと思っていたら飯屋の女将が突然「今日は神田明神のお祭りですよ、行ってきましたか?」と変なことを言い出した。飯屋の親父はそんなところに行ったことは無いし、どこにあるかも知らないとのこと。こちらも同類だが、居合わせた客が「池袋から地下鉄でお茶の水で下車すればすぐですよ。」とけしかける。時刻は1:30頃だったろうか、テレビは京都の葵祭を中継していたので、しようも無い夏祭りの話題で盛り上がった。

今度の土日は浅草の三社祭だそうだ。浅草の三社祭は大昔何度か行ったことはあるが、神田祭は行ったことが無い。女将さん曰く「今年は本祭りで神輿が今日もどこかで練り歩いているようなこと言ってましたよ。」平日に祭りとはちょっと信じがたいが、3人にけしかけられては仕方がない、結局「これから行ってきます。」てなことになってしまった。言われたとおり行くと、確かに祭りが続いているらしく相当な人出。

一応鳥居をくぐって手水場で身を清めたまでは良かったが、祭殿では多分お祭り納めのお神楽らしく、笛や太鼓は聞こえるが、賽銭箱へのアプローチの石畳まで椅子が並べられているようで、祭殿からずっと天幕で覆われて奉納されている舞もほとんど見ることが叶わない。これぞ正真正銘「後の祭り」柏手も打たず賽銭も上げず帰ってきてしまった。神輿と木遣りは龍角散のコマーシャルで観たから良いだろうてなことだ。

帰り際に門前に掲げられた掲示を見ると、確かに今年は本祭り5月9日の19時から始まり、今日15日の14時で終わることになっている。神輿はやはり土日の11と12日、今日は「例大祭」だから氏子衆が勢揃いしていたのだろう。江戸の総鎮守とされる有難い神様だ。こちらは後の祭りでご利益は期待できないが、次の本祭りまでの2年間江戸も日本も悔いの残らない年月であってほしいものだ。

2019年5月14日火曜日

米中の衝突

どうやら日本政府はトランプ氏に次のように頼み込んでいるらしい。、国内で持て余し、飼料にするしか考えられない古古米20万トンとかを手土産に金正恩氏会いに行きたいので、許可と段取りを願いたい。これが前提条件なしの面会云々発言の真意らしい。北の農業地帯は飢饉状態で餓死者も出ているそうだから、トランプ氏も同意する可能性は高いかもしれない。

これで人道的支援が行えれば、少なくとも対話の糸口は掴めるだろうから結構なことだ。しかしこれを許せば韓国中国が希望している人道支援を止めることが出来なくなる可能性もありそうだ。トランプ氏も流石にすぐにはOKを出し難いのだろう。それにしてもトランプ氏の戦略か我儘か判断しかねるが、対イランと対中国への制裁なるもの、些か度が過ぎるような気がしてならぬ。

自国第一主義は結構だが、己の都合が悪いのは全ての否が相手国にあるとの考え。国と国との友好や緩やかな連帯や連合を徹底的に無視して自ら孤立化を突き進んでいる。とどのつまりが武力衝突になっても、アメリカが負ける訳が無いから上等だと言わんばかり。先の大戦後に成立した国際連合はアメリカが主導したのではなったか?このまま行けば国連組織すら存在意義が無くなりかねないようにさえ思う。

今日配信されたメルマガに、中国の習近平氏がトランプ氏の言い分に顔色が変わった、とあった。恐ろしくて青くなったかと思いきや、そうでもないらしい。
日本では批判的な報道が多いが、「一帯一路」構想や「中国製造2025」構想は着々と進捗し、前者への参加国は年々増加しているようだ。現状を客観的に見る限り、アメリカに親近感を持つ国が減少する一方で中国に接近する国が増えているとのこと。

経済力でアメリカに次ぐ世界第2位になった中国、何れはアメリカを抜くだろうとも言われる。しかし軍事力ではそう簡単に追いつくことが難しそうだ。しかし、共産党の強みは相当先のことを視野に入れて戦略を立てていることにあり、トランプ政権の寿命より習近平氏の方が長いだろう。従ってアメリカの方針転換が待たれるが、経済の対立が武力衝突に繋がった事例は事欠かぬ。

NATOなんて連合もどこまで持つか分かったものじゃない。ある日アメリカの味方は西のイスラエルと東の日本だけなんて日が来ないことを祈るばかりだ。米中が武力衝突すれば、日本が最前線になることは間違いないらしい。

2019年5月13日月曜日

外秩父のハイキング

昨日は快晴、濃淡様々な新緑が薫風に輝く最高のハイキング日和。先月30日に予定していた高尾山方面のハイキングが悪天候で中止になったので、結局先月は一度も山歩きは出来なかった。その埋め合わせをするに足るハイキングに行ってきた。行った先は東武池袋線小川から寄居線に乗り換え一つ先の竹沢からスタートする里山。外秩父七峰(初めて知ったが昔からハイカーには知られたものらしい)の一つ小川町官ノ倉山方面。写真は官ノ倉山頂から麓の小川町方面


小川で寄居線に乗り換え、一つ先の竹沢駅で下車。官の倉山(標高345メートル)とほぼ同じ高さの石尊山、二つの峰を超えて北向き不動なるお不動さんに至る。このお不動さんはハイキングコースが平らになった脇にあって、20メートルくらいの崖を登らねばならない。誘ってくれたのはブログ仲間のI氏、彼が所属する山歩きの会の定例会に参加させてもらった。参加者は総勢11名、リーダーは82歳の方だが素晴らしいリーダーシップで、このコースは何度も経験されているとのこと。下の写真2枚は北向き不動の下と上から



お酒もお好きのようだが、会が全行程無事終了するまでご自身は一滴も召し上がらない。I氏が言うには参加者の殆どが未亡人か男やもめだそうだ。しかし全員元気そのもの、標高だけで言えば今まで経験したコース中一番低い山だが、それなりの急登や鎖場もあり山歩き気分も満喫。何よりも昼食で振舞われたご馳走がこれまた半端でなく美味しい手作り料理の数々。おまけに冷えた白ワインまでたっぷり頂戴した。



ゴールは何と小川町のレトロな造り酒屋さん、ここでリーダーも禁酒を解禁、冷酒を1合ぐいと飲み干し、小生は3種類の日本酒を試飲させてもらった。振り返ると、集合が池袋で朝7時だったので4時半に起床、近くの松屋で牛丼とトン汁の朝定食で済ませ、帰宅は3時半頃だった。洗濯物を洗濯機に放り込んで一風呂浴びると、そのままバタンキューで1時間ほど寝てしまった。7時前に起きて軽い夕食を取りながら、NHK囲碁対局の録画を観て、又8時半頃には寝てしまった。何とも健康的な日曜日だった。

2019年5月11日土曜日

夏日

平成最終日先月30日のハイキングが天候不順で中止になってしまった。明日は埼玉県小川町方面のハイキングに誘われている。目的の山は標高が300数十メートルだから、今までのハイキングでは一番低い山かもしれぬ。しかし考えてみれば昔小中学生時代に馴染んだ長野の山は、皆その程度の山で何回も何回も登って楽しんだものだ。そんなことを思い出しながら、久し振りに少し歩くことが出来そうなので大いに楽しみにしている。

昨夜はやけに早く8時チョイ過ぎに寝てしまったので、今朝は4時に目が覚めてしまった。土曜日はいつもより30分早く5:30からTBS「上田晋也のサタデージャーナル」を観ることにしているが、それにしても早すぎた。しかし考えればやることは幾らでもある。庭の草むしりを30分ほどしたが、手が臭くなる割には庭はそんなにすっきりしない。草花の名前は分からないが取り敢えず花を付けてる草はそのままにした。

主に引っこ抜いた草は後で「ドクダミ草」だと教えてもらった。乾燥させて煎じて飲めば漢方薬とのこと。昼過ぎても指先の臭いが気になるくらいだから、何か強烈な成分を持ち合わせているのかもしれぬ。朝観たテレビが言うことには夏の参議院選に合わせた衆参W選挙の可能性大。ネットではかなり前から噂されているが、早朝とは言えポピュラーなテレビ番組が特集するくらいだから、晋三さんの得意技、大義無き解散総選挙はもう秒読みかもしれぬ。

経済も外交も思うに任せぬ総理閣下、残すところは長期政権のレジェンドだそうだ。それにしても曲りなりにも先進国とされるG7の参加国だ。残る6か国(米・英・仏・西独・伊・加)な中で、こんなにのんびり年がら年じゅうゴルフを楽しんでいる首脳はいない筈。先日報道を観ていたら、記者の質問に答え「私はリラックスしてますよ」ときたものだ。

極端な言い方をすれば、世界中が脅威と受け取めている北朝鮮の威嚇射撃に対しても「すぐに我が国の安全に対して脅威を及ぼすものではない。」と平然としている。近くに居たら殴りたくなるだろう。

2019年5月10日金曜日

過去の見方

夏至が過ぎてとても夏らしくなってきた。これからは洗濯が忙しくなるだろう。
ここ暫くつまらないテーマが続いていたので観ていなかったBS-TBS「報道1930」、昨夜のゲストは若い歴史学者或いは歴史作家の磯田道史氏。内容が興味深かっただけでなく、大きな示唆を含むもので見応えがあった。タイトルは”古文書”から読み解く「平成」と「令和」。ホームページで再確認すると内容が次の4項目だった。

1.「平成」は400年に1度の社会変革だった 2.古文書の専門家が見た「公文書問題」 3.「公」はなぜ失われてしまった? 4.新時代「令和」 どんな時代に? 

4番目のテーマについては寝てしまったようで記憶に定かでないが、1~3まではしっかり覚えている。普段毎日のニュースに追われて世相を見る癖がついている上に確たる歴史観を持たない悲しさで、80年近く生きながらも大局的見地から周辺を見直す訓練が全くできていない。多くの人もご同様とは言えないが、従って世の末など考えようにも考えられない現実がある。比べるとさすがは歴史学者、長い歴史を考えれば成程そうかと思うことがある。

例えば現代の捉え方で、現代は日本史上稀に見る変換点にあるとの見方。稀というのは江戸時代以来およそ400年振りくらい。これは150年前の明治維新や70数年前の敗戦よりも衝撃としては大きいそうだ。何がそこまで大きい変化か?と言えば、生涯未婚で終わる人の比率が江戸時代初期に近づきつつあるとのこと。昔は武士町人百姓を問わず次男以下の男子は結婚が難しかったらしい。

その傾向は少しずつ緩和され人口も増えて来たが、現代に至り理由が異なると言えども、生涯未婚者が増え人口が減り始めた。同時に大きな変化として家が変わり始めていること。象徴的なのが「墓じまい」我が家もそうだが、子供は女子しかなくて、自分が入った墓がいつまで守られるか分かったものでない。家系を守ることの意味が大きく変化し始めている。こんな傾向は昭和20年の敗戦時でさえおきなかった。善悪の問題でなく現実を直視した観察結果だ。

2と3番目のテーマは思わずメモを取りながら観たほどだから、書き始めると長くなる。氏に政治的意図は無さそうだが、現政権の公私に関する考え、公文書管理などについて厳しい批判につながる解説があった。

2019年5月9日木曜日

笑って済ますのがメディアか?

揚げ足取りなので己を振り返れば気もひけるが、面白いネタなので書かせてもらう。連休中の4月30日平成天皇退位の式典(退位礼正殿の儀)で国民代表の辞を述べた安倍総理、当然ながら先の陛下への感謝の辞だろうが、首相官邸の公式ホームページは謝辞とはなっていず、先に書いたように「国民代表の辞」である。そして全文が以下の通り丁寧に紹介されている。
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/201904/30taiirei.html

これについてマスコミは一切言及は無いが、ネット特に伝統的右翼(安倍側近の俄右翼や暴力団右翼ではない)ではかなり問題と言うか怒りの声が上がっている。何故かならば、最後1節にある「天皇皇后両陛下には、末永くお健(すこ)やかであらせられますことを願ってやみません。」の部分で、総理閣下は「願っていません。」とやってしまったのである。公式ホームページには勿論漢字表記は無いが、閣下が懐から恭しく取り出したる原文は「願って已みません。」とちゃんと漢字で書いてあったのだ。

正に衆人環視社会だから、このシーンは全てのマスコミが捉えていて、願ってのところで言い淀んだ挙句に言い直して「願っていません。」と言ってしまった部分が明確にとらえている。各社がどのように編集しようともオリジナルな映像はネットを通じて拡散するのはやむを得ない。戦前の報道であれば「不得已して拡散」とでも書くところだろう。

ネットで語られている中には、事前に予習してこなかったのは皇室軽視なんて説もあるが、まさかそんなことはあるまい。緊張のあまり教えてもらった読み方を思い出せなかっただけのことだろう。流石に原文にルビを振る訳にもいかなかっただろうし。右翼のホームページは見ていないが、一般人がこれを取り上げたページには必ず「揚げ足取りはやめろ!」との書き込みがある。もう大分日が経っているから大丈夫かとも思うが、豚児の駄文にも書き込みが来るかもしれぬ。

笑って済ますのも現代的かもしれぬが、漢字を習い始めている生徒さんには覚えて頂きたい。己の父は名前が巳根夫である。

2019年5月8日水曜日

失われしこと

既にどこの紙面であったか忘れてしまったが、確か今朝の新聞報道に「アメリカ国内のトランプ大統領支持率が47%とかで過去最高」との記事があったと記憶する。国民の4割以上の支持を持つトランプ人気の要因の一つは日本と同じように株高があると聞いていた。その株価が危なくなっているのに不思議でならない。或いはこの調査が強硬な対中政策発表前のことだったかもしれぬなんて思ったりしているが、トランプ大統領は対中政策だけでなく、対イランでもかなり強硬なことを言っている。

日本は普段イランとの友好関係を自認しているが、こういった場面でアメリカに対し「それは少しやり過ぎではないか」みたい公式発言は何処からも聞こえてこない。へぼ碁を通して思うのは、たった361路といっても複雑な力関係の中で一方が他方に対して全て力任せの戦いをすると、不思議なことにどこかで必ずと言っていいくらい破綻を生じる。アメリカは戦いの力、実力に於いて世界の第1人者であって、その戦力は他のどの国にも負けないことは自他ともに認められているようだ。

実際に北朝鮮やイランだけでなく南米ベネズエラなんかでもそうだが、総てその実力行使をちらつかせながらアメリカの都合に従わせようと迫っている。もっと深読みすれば対中国やロシアにでさえ大げさには言わないが、様々な威嚇行為をしている事実もある。流石に中国やロシアは下手な威嚇に動ずる気配は見せない。我が国なんぞアメリカ様と聞いただけで、揉み手をしながら「何でも仰る通りに致しますので、ハイ。」てなものだ。

偶々あるメルマガで「武力に依存しない国際関係を築く9条の理想や軍縮を真正面から訴える政治勢力が与野党から無くなってしまった。」この引用のネタ元は、旧社会党々主村山富市氏が自社政権の総理に就任、そして自衛隊を容認した時の記者会見で、目指す方向を聞かれた際の発言である。この記事を読んで本当に情けなくなってしまった。振りかざす刀は無くても志は武士「弱気を助け、強きを挫く」精神であってほしいが、今の政権には薬にしたくも見つからない。

2019年5月7日火曜日

もの忘れ

5月も2週目に入ったのに寒々とした天気だ。予報が言っていた雨が未だに落ちて来ないだけ善しとしなければならないかだ。町を歩いている時にポケットの携帯が鳴る。その度立ち止まらないといけない。周辺の人々がスマホなり携帯を見ながら歩いているのを見て、羨ましくて仕方がない。今日も僅か小1時間に3度も鳴ったが皆迷惑電話の類。どうして俺はこんなに不器用なのか?嘆くと同時に腹が立ってくる。

歩きながらの買い食いも腹は立たぬが、街を汚さぬように願いたいことと、不思議に若い女性が多いのは何故かと疑問が湧いてくる。現代の女性はどうしてそんなに忙しいのだろう?今日声を出したのは昼飯屋での注文と勘定の催促だけだ。記憶にある日本語が段々少なくなる。インターネットの世界は、文章が段々短くなる傾向だそうだ。尤もかもしれぬ。

2019年5月6日月曜日

連休に幕

山での死亡事故が多かったせいか、お天気だけで見れば余りぱっとしない連休だったと思う。しかし浮世の憂さを忘れて遊び惚けた人も少なくは無かったことだろう。現代は5月病なる言葉が生まれたくらいで、明日からただでさえ面白くない職場に戻る人の士気が上がらないのは当然だ。

ネットで見る限り長いこと続いていた米中の貿易交渉は遂に行き詰まったのか、トランプ大統領がしびれを切らし癇癪玉を破裂させたかは兎も角、「中国の知的財産権侵害などを理由に2000億ドル分の同国製品に課す関税を、10日から現在の10%から25%に引き上げると表明」とある。世界貿易の最大量を占めるのが米中貿易の筈で、ここに不穏な要素が出現するのは両国の何れにもプラスは無いように思うが、選挙だけを考えるトランプ氏独特の考えなんだろう。

中国がどんな反応を示すかについての報道は未だない。当然ながらこのことは世界経済全体(勿論日本も含まれるだろう)に少なからずの影響を及ぼすだろう。トランプ大統領は変わった人と見るべきか、信念の人と見た方が好いのかは分からない。兎も角、今月国賓として来日されるようだが、日本政府が提案した国会でのスピーチを断ったそうだ。曰く「シンゾー君よ、俺は何処でも”アメリカファースト”としか口にしないから、君のために辞退するよ。」

外国関連の報道の量が減っているが、中東や北朝鮮でも変わった動きが出ているようだし、世界は激動を続けてるようだ。新しい時代の幕開けと浮かれた日本は、この先に待ち受けることについて深刻な論評をする人がいないのか、報道機関が取り上げるのを避けているだけかは分からない。失われた10日間にならずに済むことを祈りたい。

2019年5月5日日曜日

イメージと実像

映画スターでもないのに、見知らぬ人を好きになったり嫌いになったりするのが情報過多の現代だ。当然マスコミやネットが運んでくる情報は当人のごく一部だからイメージは偏って創られ、実像とはかなり異なる者になりがちであろう。政治家なんぞは自ら好んで知りもしない多数の人にイメージを作ってもらおうと必死になっているのだから、多数の人がどのようなイメージを持とうと責任は政治家本人にある。

言いたいのは「ホリエモン」のことである。昨日の早朝、彼が起業した小企業「インターステラテクノロジズ」が、本拠を置く北海道の広尾郡(と聞いてもどこか分からぬ)で宇宙ロケットの発射に成功との報道があった。宇宙ロケットと言っても彼の本拠とは真逆の種子島でよく行われるようなバカでかい代物とは異なり、かなり小ぶりなもので、高度が100キロを少し超えたということで衛星軌道に乗った訳でもなく、そこで燃え尽きてしまったようだ。

JAXAの小惑星探査機の打ち上げからと比較すれば、大学生と幼稚園生くらいの差があるかもしれぬ。しかしNHKを始めとする各テレビ局や新聞などマスコミはこぞって取り上げて報道している。アメリカあたりではいざ知らず、日本では宇宙開発なんて大それたことが一民間企業、それも殆ど個人の零細企業となれば、発想自体が無理とされる筈。バックに大企業が付いていたとは聞かぬし、彼自身金持ちかも知らぬが、どんなに持っているか知りようもないが、会社の資本金は1億円にも満たない。

ファイナンスに関して彼が如何なる魔法を持っているかは知らぬが、多くは無いと言ってもそんなに少なくない筈のスッタフを10年以上抱え込んできたことには敬服するしかない。しかも彼にとってこれは3度目の挑戦であって、既に2度も打ち上げに失敗している。ホームページを見ると歴史には次のように書かれている。

2005年「宇宙機エンジニア、科学ジャーナリスト、作家らが集まり、国内における民間宇宙開発を目指す組織「なつのロケット団」を結成、活動を開始。」

正直言って、彼を好きか嫌いかで言えば後者に属する。しかしこのニュースに接して改めて思うのは、これからの日本が必要とする人材は彼のような人物だろう。

2019年5月3日金曜日

映画「バイス」

やっと皐月晴れが訪れた。天邪鬼なので、この晴天に薄暗い映画館で映画を観てきた。タイトルは「バイス」意味が分からず気にもしなかったが、読みつけている天木直人氏がメルマガで絶賛したからだ。日本にも嘗ては石川達三氏が中曾根康弘氏の九頭竜川事件モデルに描いた小説や映画「金環蝕」などがあったが、最近この手の題材は沢山あるのに、小説や映画では全く見られない。

比較するとハリウッドは流石なものだ。この映画は2代目ブッシュ大統領の副大統領であったディック・チェイニー氏を描いたお話。氏は年齢78歳とかで未だ生きていらっしゃる。なのに、冒頭に「この映画はフィクションではない。本人が取材に協力的ではなかったが、事実を追求したものである」と断っている。そしてエンドロールではご丁寧にも「消去されてしまったメールが2千万件以上あるが、大統領関係のデータは未だ保存されている筈なので。いつの日か日の目が当たることもあろう」なんて書いてしまっている。

チェイニー副大統領は若い時にはどうしようもないくらいの不良だったようだが、女房が偉い。頭も良いがこの悪ガキを掌に載せてその気にさせ、歴代共和党大統領の補佐官になるほどまでに育て上げた。程度の差はあろうが、女房を思い出した。もう一人の登場人物2代目ブッシュ大統領、これもどうしようもない馬鹿に描かれている。しかし制作者は自信がありそうだ。そこで発生した911事件と後に続いた報復としての戦争。

これらの戦争を通じて最も儲かったのが、現在チェイニー氏が個人筆頭株主である石油関連企業の「ハリバートン社」株価が戦争前と後では500倍になったとのこと。表では正義だの民主主義だのときれいごと言っているホワイトハウス内部の闇、自分さえよければ他人の命などどうでも良いらしい。半分くらいに割り引いても恐ろしくなる。チェイニー氏は心臓に持病を抱えていて、何度も入院を重ねているのは公然らしいが、この映画では心臓移植2回受けていることが暗示されていた。
 
何はともあれ、見応えがあったが、午前中だったので観客は20人もいなかったかもしれぬ。

2019年5月2日木曜日

連休中のお仕事

連休がまだ続いている。NHKも政府を慮っているのだろう、毎朝6時から2時間観ていたBS「ワールド・ニュース」が放送されないので不便極まりない。日本のニュースは皇室関係で持ち切りだし、世界で何が起きようと極楽国家としては関係無いらしい。昨日昼飯の時となり合せた老人が「連休で迷惑している人の方が多い筈」と言っていたが、多数でなくても少なくないような気がする。

10日間もあるのに何故ゴールデンウィークだ?英語を習い始めた子供の教育上不適切ではないか。プラチナ旬間でもないし、全国一斉特別春休みとでも正直に言った方がまだましだ。政府機関の正規職員は給料が変わらないのだから、休みが多ければ多いほどラッキーは分かる。迷惑なのは国会図書館が国立なのでこの間ずっと休館であること。民営化された郵便局が1日から明日3日まで通常業務になっているかは分からない。ネットで調べた限りでは近くの小さな郵便局はお休みらしい。

これで経済活性化に悪影響が出ないと考える方が無理だろう。偉いと思うのはお休みの筈の近くの保育園で数人の子供の相手をしている保育士さんだ。私立の保育園なので子供を預けている親御さんは特別料金を払っているのだろう。どっちも大変であることに変わりはない。話が変わるが、家電量販店に買い物に行った。最近4Kテレビを買ったので、試しに番組を観てみようと思って、店員に尋ねた。

名札を記憶していないが多分正規社員だと思う。「最近チューナー内蔵の4Kテレビを買ったので番組を観たいと思う。どうしたらいいかね?」「ハイ、専用の丸いアンテナが必要です。」「BS用アンテナは設置済みだが、他に別のアンテナが必要なの?」「アンテナ屋さんに聞かなければ分かりませんが、古いものだと対応していないものがあります。」もう大分年季の入った社員に見えたが、この程度は当たり前なんだろう。

帰宅するとBS放送画面に何やら怪しげな文字が出現。これを消したければNHKにご連絡を、ときた。早速連絡すると、BSは問題が無くなり、頼みもしないのに4K放送まで支障なく観られるようサポートしてくれた。皆さん連休中に大変だなと感心した。

2019年5月1日水曜日

改元の日

30年前に一度改元を経験しているので特別に思う程のことは無いし、特段の不便さも感じない。最近では元号を書くのは手紙を書く時ぐらいで、その手紙も滅多に書かなくなっている。でも感じたことが二つあった。一つは自分の馬鹿さ加減。昨日思ったのは「俺も愈々昭和・平成・令和と三代の御代を生きることになった。明治・大正・昭和と三代を生きた両親に並ぶことが出来て良かった。」まではいいのだが、「はて、明治の前の元号は何だったかな?」でどうしても思い出せない。

因みに小生、曲りなりにも慶應義塾の出である。態々wikiを開いて「そうか、慶應じゃないか。」笑ってしまうが、老化と言うことにしよう。ところで慶応4年が明治元年は分かるが、慶應の前の元号まで記憶している人は相当な時代小説好きか記憶力の良い人だろう。昔の改元は天皇の交代と関係なしに行われたようなので、江戸時代270年弱の間に36の元号があることが序に分かった。

皇室は時の権力者との関係で複雑に変化してきていることは、日本人であれば誰でもぼんやりと気が付ている。昔から女性天皇もいたようだし、南北朝のように天皇が二人存在した時代もある。そして室町時代まで正統視された南朝が滅び、戦国時代を経て北朝皇室が現在に至っている。兎も角複雑で、万世一系、男系男子を強調する知識人に言わせると、女性は誰でも皇族になれるが、皇族のDNAを持たぬ男子の血が混ざると千数百年か2千数百年続いた血統が途絶えるとのこと。

医学的根拠無しに千年以上の血統を持ち出し、世界に冠たる云々を聞いていると馬鹿らしくなる。ただ権力者の上に皇室があることは日本人にとっての救いであるのも事実。願わくば、ネパールの「クマリ」(生き仏)ではないが幼少からその地位になるべく自他共に研鑽を重ねた人になってほしい。少なくとも昭和と平成お二人の天皇は、形は変われども少年時代に厳しい教育を受けられている。今上陛下も少し様子は異なるが平成天皇皇后両陛下がそれなりの教育を授けられたと思う。

皇室の政治利用が甚だしい現政権によって、名前だけ皇嗣とされた秋篠宮殿下は賢明にも、皇位継承をしない発言をされたと聞く。当然と言っては不敬に当たるかもしれぬが、今上天皇との年齢差が5歳しか無いのだから自然なご発言だ。皇室問題についてこれ以上は言わない方が良さそうだ。二つ目の感想は昨日から今日にかけてのバカ騒ぎ報道についてだ。戦後NHKが「紅白歌合戦」文化を確立したことで賑やかな年越しが当たり前になった。

善悪は別問題として、古来「年とり」は送る年をしみじみとした気分で送るのを主としてきた筈。「蛍の光」の心境だ。それを思うと「なんだかな」である。

2019年4月30日火曜日

馬鹿話

朝から終日雨降りのようだ。高尾山方面へのハイキングを中止してよかった。平成の終わりの日だから、社会的な問題に触れようかとも思ったものの、お天気と同じ寒々とした話になりそうなので止めて、馬鹿話にする。ビリーブ・イット・オア・ノットだ。昨日も書いた通り長野で法事があり、近しい親戚が集まった。気が付けばここでも年長者だから、若い人の話を楽しく聞いた。一部を紹介して、やはりと思う人、本当かと疑う人、さまざまだと思う。

弟の一人が志賀高原を含む山ノ内町在住で、近頃モンキーパークで世界に知られるようになった地獄谷温泉の近くに住んでいる。そこでひとしきり猿を巡る様々なことが話題になった。甥や姪の中には異国で生活したり歩き回った経験者もいる。ネパールの飯はそんなに不味くなかった話から中華料理に話が及び、中華の最高級料理は「猿の脳みそ」と言うことに異論は無かったものの、食った経験者はいなかった。

私の友人に台湾で「猿の脳みそ」を供された経験者が居る。まるで生きているような状況で卓ごと運ばれてに来るのだそうだ。卓の下には首から下がぶら下がていて、目の前で額から上を蓋を取るように開けられた時はさすがにギョッとして結局食えなかったらしい。そんな話を披露しながら猿の生存域に話が及ぶ。やはりモンキーパーク近隣の弟は詳しい、猿が生存する国は世界でも珍しく、欧州・北米・オーストラリア辺りには殆どいないらしい。

確かに生存域の北限はあって、日本で言えば津軽海峡より南とされていたようだ(最近は北海道に出現したとの話もあるらしい)。北米・欧州・豪州からのスキーヤーが珍しがってモンキーパークの押し寄せるのは何故か、猿が自国に居ないからとのこと。先の北限説とは異なり、ここに住む人間が猿を皆殺して食ってしまったからだそうだ。弟の家では猿の被害甚だしいようで、ガラス戸を器用に開けて廊下にあったリンゴをそっくり食われてしまったことがあるらしい。

また猿はずる賢さも相当で、こっちが本気にならないと甘く見られてしまうそうだ。そこで弟はバールを用意し、今度近づいたら思い切り殴りつける準備をしているとのこと。死に至らしめると法的にも厄介ではあるらしいが、兎も角殴りつける部位などを研究中とのこと。面白い話が他に沢山あった中で、湘南海岸でヨットビジネスをしている姪の話。彼の地は現在ITバブル、ヨットと無縁に思われる長者たちが1億円以上のヨットを即金で値切らず購入しているとの話。ところ変われば品変わる。稼げるうちに稼げばいいと激励してきた。

2019年4月29日月曜日

旅情

大昔観た映画で今でもどことなく印象に残る映画に「旅情」がある。詳しい話は別として、現代に置き換えればメリル・ ストリープに匹敵するかそれ以上ともされたキャサリン・ヘップバーン主演の名作。たった数日の異国での恋が、主人公の胸に生涯刻まれるだろうとの暗示を与えるところが妙に印象深かった。

実は今日はブログを書くつもりも無かった。と言うのは早朝に起きて長野まで日帰りしてつい先ほど帰宅したばかり。しかも弟の1周忌の法事だったので、昼からのお斎で日本酒を大分飲んだりしている。考えが変わったのは「旅情」と関係がある。

長野で近い親戚と顔を合わせる楽しみの他に、今日は従妹から貴重な品を受け取る楽しみがあり、その品を先ほど早速目の当たりにして、急に旅情に襲われた次第。亡き妻が傍に居ればすごい自慢話が出来たのだが、そばには誰もいないので一人寂しく物凄く旅情が湧いてきた。その品とは、先日のネパール旅行の隊長がまとめてくれた記念ビデオである。

たった10日の旅でもあり、期待以上の恋にも似た気持ちになれたヒマラヤ山脈の眺望、そして隊長以外は初対面の旅の仲間。楽しかった思い出が次から次へと湧いてくる。このビデオを収めたメモリースティックを隊長の近くに住む従妹が預かって渡してくれたのであった。これを観るために実は昨日、テレビを今流行りの4Kに買い替えてパソコンと繋ぐ準備を整えておいた。

我がテレビの必要性からすれば4Kなんぞ不必要だが、このビデオを観るためだけに敢えて安物とは言え4Kにした。結果は上々、テレビの全面画像で観た映像は予想以上で冒頭に書いた映画の主人公になったような気がしてしまった。普段旅もあまりしないが、この歳になってこんなロマンティック旅が出来たことは幸いである。これを預かってくれた従妹も隊長の制作能力の高さを誉めていたが、改めて隊長に感謝したい。

2019年4月28日日曜日

見解の相違

昨日は寒かったせいか気分が乗らず、ブログもしばらく休もうかとも思った。しかし今朝はうって変わった快晴で気分が変わった。1週間に1日くらいは休んでもいいが365連休中折角続けてきた習慣だ、もう少し書き続けたい。気分が変わった原因は天気の他にもある。頭の体操になることだ。安倍首相が大嫌なことは既に十分ご承知かと思うが、世論調査を信じる限り国民の40%以上の人が同僚にお考えかと安心していた。

しかし昨日は週に1回届くメルマガでビックリする記事を発見した。発信者は米国ニュージャージー州在住のジャーナリストである冷泉彰彦氏、家庭環境学歴ともに赫々たる人だ。氏のメルマガは少なくともこのブログを始める前から毎週読んでいるので、氏の識見はかねて敬意をもって読んでいた。ところが昨日のメールの内容は信じられないものだったので、読者の皆様に概要をご紹介したい。

氏が安倍首相のことをべた褒めしているのだ。と言っても手放しでのべた褒めではない。氏が長いことウォッチし続けているアメリカ社会の受け止めを通じての発言である。内容は全文引用するには長すぎるのでかいつまんで紹介する。冒頭の1節「意外に思われる方も多いかもしれませんが、海外、特にアメリカから見れば安倍政権というのは、まぶしいほどの中道左派政権に見えます。トランプが「アメリカ・ファースト」と叫び、英国では破壊衝動のような「BREXIT」への国民投票結果で政府が迷走、欧州大陸では移民排斥の動きが出てきた、そんな2010年代末の現在。」

確かに多くの国で右派勢力の台頭が強いが、日本では幸い極右(或いは極左も含め)とされる政党も存在しないし、まして民族原理主義と言った過激な社会運動も無い。安倍政権下で進められている政策はどれをとっても「中道から中道左派政策であり、2019年の世界では、特に主要国の間では全く実現不可能な内容です。」と讃えているのだ。

それが可能になった理由は以下の2点。1)は首相の「保守派」だというイメージ、即ち、イデオロギー的には保守派であり、知識人ではなく庶民であり、エリートではなく若い時は学業に苦労した人物であること。2)は保守派とイメージ付けられているが、中身は融通無碍でどっちつかずだから、穏健な印象も産み幸いしている。

特に2点目のイメージと言うべきか性格絡みの問題を評価している点は相当な違和感を感じた。成程首相の本音は分かり難い。外国の政治家は嘘を言ったら失脚しかねない筈だが、日本に限っては評価して良いのだろうか?2点目がメールの大部分を占めていて、この全文を引用できないのが残念でもある。

2019年4月27日土曜日

10連休初日

東北や北海道では折角の桜に雪が積もったそうだが江戸も冷え込んでいる。数日前に半袖のポロシャツを着ていたのが嘘のようだ。今日から10連休とのこと、何が悲しいのか目出度いかが分からない。普段休暇と縁遠い勤め人は嬉しいことのようで、世論調査でこの期間旅行する人が約25%、連休中のお小遣いは一人当たり約5万円と今朝のテレビが言っていたような気がする。

テレビではさも国中がこの大型連休で沸き返っているかのような報道をするが、75%側の人からすると嬉しさなど全く感じず迷惑だと思う人も少なくないだろう。特に365連休の身とすれば、一瞬1日の生活費目標3千円をこの期間だけ人並みに5千円に上げてみようかなんて考えてみたものの、つまらぬ考えは碌なことにならぬと思って辞めた。

本来旅行するつもりもなかったが、仏事があるので明後日には長野まで日帰り旅行せざるを得ない。数週間前で指定が取り難かったことを思えば、それなりに列車も混んでいるのだろう。代わりに今日は都内は静かで、池袋西口で店頭に行列が出来ていたのはQBハウス(昔の千円床屋)だけ。髪も大分伸びているが行列してまで刈る必要はない。書店には食指の動く本は無いし、図書館まで行く気にもならなかった。

ブログも書くことが思い浮かばず、人並みに大分怠け癖が生じているようだ。

2019年4月26日金曜日

首脳記者会見

昨日行われたロシア大統領の記者会見の報道を観ながらつくづく思った。記者の質問に丁寧に答える姿が、日本政府要人との違いが大きすぎる。プーチン氏に限らず外国首脳の記者会見は大勢の記者が詰めかけ、その中には外国人記者も沢山含まれる。そのためにプレスセンターが予め設置される場合もあろうが、そうでない場合でも当事国語をこなせれば国内外記者に関しての差別は無い筈だ。

総理大臣が旅先で内外記者団の質問に答えることは想像もできないし、国内に居てさえ総理記者会見ときた日には総理の一方的発言に対し、質問は時間を限られて行われるのが常で内容的には形式的茶番に過ぎぬことは明らかだ。そうであれば、昨日の金正恩氏のように予めセットされたロシア国営放送記者との受け答えに留める方が未だ素直に受け止められる。これから総理記者会見はNHK岩田明子解説員との会見に限れば良いかもだ。

それにしてもプーチン氏は誇り高い指導者だ。聞けばロシアの経済力を示すGDPは韓国と同程度アメリカの10分の1以下とのこと。誰が見ても、その格差から起きても仕方がない卑屈さが微塵も感じられない。総理に言うより己に対して見習えと言わねばならない。その誇り高いプーチン氏を待たせること30分、玄関先まで出迎えさせた北の若旦那も相当なものだ。テレビ解説のロシア専門家者は、この出会いについて簡素過ぎるので元首待遇ではないとか言っていたが、どこまで的を射てるか分かったものじゃない。

同じく記者会見に話を戻すと中国習近平氏も相当なものだ。広い会場に多数の記者を入れ、時折メモに目を落とすが、確信的な何かが無ければあのようにスムーズな受け答えは出来ない。残念ながら我が国の首相閣下はあっちにもこっちにも良い顔をしたがる故か、如何なる発言を聞いても、その言葉から確信的信念を窺い知ることが出来ない。唯一分かるのは、透けて見える総理大臣の座に居続けたい思いのみだ。

2019年4月25日木曜日

残念なこと

今週月曜日、行きつけの飯屋で鯵の酢味噌和えが出てきて感激したものだ。親父が土曜日に横浜に行って釣ってきたとのこと。聞くと釣り船は半日で6千円、午後も利用すると午後は半額になって1日で9千円とのこと。釣果を聞くと「今回は午後が特に全然ダメで、50匹しか上がりませんでした。しかも焼き魚にできそうな鯵はゼロで皆ご覧の通り小ぶりなものばかりです。」鯵はこれからがシーズンだと思うが形がよいのは本職が皆網で捕ってしまうとのこと。
付き出しの小鉢に盛られた2枚はサービス品だろうが「随分高価なものだね。」と笑いながら非常においしく食べた。

と言うのは滅多に寿司なんか高級食なので食ったことが無いからである。兎に角独居老人だから日常食するものも自分で買い出しせざるを得ない。となると保存や調理が難しい生魚なんかとても手が出ない。動物性食材は精々卵と豚肉細切れくらいか。卵は10個入りを、豚肉細切れは200g、後は野菜、生食はネギとトマトぐらいで後は根菜類だ。それでも5日10日となると半分程度腐りかけたり、芽が出たものを自己責任だと思いながら食っていることになる。

最近は滅多に食さない魚介類だが、妻の生存中は毎日欠かしたことは無かった。彼女はデリケートなところがあり、1週間以内に同じ魚が出てくることは無かったように記憶するのが1点、2点目は東北大震災の後三陸沖の魚は買ったことが無かったし、昔よく使っていた三陸ワカメや昆布にしても鳴門ワカメや北海道産にしたりしていた。それを自慢めいて話すので「何もそこまで」と内心思っていたものだ。

ところが今週の報道によると、政府がずっと言い続けてきた「WTO判決で日本産食品の科学的安全性は認められた」が「世界貿易機関(WTO)の上級委員会が判決に当たる報告書で、東京電力福島第一原発事故を理由とした韓国による日本産水産物の禁輸を事実上容認し、日本が敗訴した。」とのこと。理由は簡単、「日本は安全の根拠に何一つ科学的立証しなかった」とされている。しなかったのか、出来なかったかは報道には無い。政府が何もせず論拠を覆されたことは三陸沖で操業される方からすれば残念としか言いようがあるまい。

何れにしてもアンダーコントロールで無かったことだけは確かだろうし、妻の言い分が正しかったようだ。

2019年4月24日水曜日

危機感と緊張感

日本はアメリカの同盟国で、アメリカの軍隊が駐留してまでして日本を守ってくれている。と信じている国民も多いだろう。小生始め凡人はそれでいいかもしれぬ。しかし少し外国の事情が分かっていたりする人からすれば、その考えは大いに異なるのが自然ではないか。例えば数日前に発生したスリランカの大規模なテロ事件、この真相は未だはっきりしないが、IS即ちつい最近まで中東で大変な混乱を惹き起こしたイスラミックステイト残党が関わっていたとの報道もある。

欧米の放送局は揃って現地に特派員を派遣して、連日現地から生々しい報道を続けて、日本のマスコミの取り組みとは全く異なる。ISの残虐性については日本人も被害にあっているので知っている人も多い筈。だから言うのではないが、日本は御代替わりが近いことと例年以上の大型連休を控え、マスコミを含め何となく浮かれた気分が充満している。こんな時にこそ、指導層の人たちには、勿論マスコミも含むが危機感を持ち緊張感をもって業務に精励してほしいものだ。

海外旅行がままならない貧乏人の僻みかもしれぬが、昨日首相は29日までの予定で新しい政府専用機に夫人と大勢の取り巻きを連れて乗り込み、1週間の外遊に旅立った。しかも訪問先はフランス、イタリア、スロバキア、ベルギー、アメリカ、カナダの6か国。月末月初は皇室行事が重なるのでいくらなんでも不在は許されない。ならば国民より一足先に唯一の家族である女房同伴で海外旅行が見え見えだ。出発に先立っては二つの国政選挙(衆議院補欠選)で負けたことについて、自民党員全員でしっかりと反省すべき、まるで他人事の様なお説教までしている。

首相の頭の中には国会の開催中なんかまるで無いようだ。国内はお殿様気分で何でも許されると思っているのだろう。百歩譲ってそれを置くにしても、外国は事情が違う。スロバキアの事情は全く分からないが、EU諸国は選挙も近いし、東南アジアやアフリカ、中東など関係国の紛争等があり今非常に忙しい時期である。特にフランスはノートルダム寺院大火災やら社会保障費を巡る国民運動への対応で大わらわ、そこへもってきて焼け跡の見学を申し出て断られる有様。何を考えているのかねだ。

そんな時に首相が観光気分でノコノコやって来る日本と言う国を訪問先首脳はどう見るか?聞くまでもなく小生でさえ分かる。

2019年4月23日火曜日

10連休、カレンダーの表示

もう一度くらい寒さがぶり返すかもしれぬが急に暑くなった。長野は東京より3℃も高い26℃とか。池袋から帰宅する僅か2キロ程度で汗をかく。また帽子が必要になりそうだ。寒いよりは暑さを歓迎するが、今年の夏はどうなることやらだ。昼飯を食っていたら店主が急に「仕事から離れているので関係無いとは思いますが、10月22日が祭日と言うことを知っていました?」もちろん知る訳はない。

「一寸このカレンダーを見てください。」座っている横にあったカレンダーを指さす。成程赤インク刷りになっている。注釈は即位礼正殿の儀と書いてある。我が家にも壁掛けカレンダーが3枚あるので帰宅して確認してみた。この日が赤字なっているのは1枚も無かったが2枚には10月22日の下に赤字の注釈が印刷されていた。店主が話しかけてきたのは訳があった。

このカレンダー毎日何気なく観ていたが、自衛隊のカレンダー多分広報用の資材だろう。何でも近くに住むカメラマンが持って来てくれたそうだ。改めてよくよく見ると今月27日から来月6日までが見事に赤文字だ。店主が昨日客に指摘され初めて気づいたとのこと。今年の10連休が決まった日付何ぞ全然思い出せないが、その日を待ってディザインを決定したか、決定する前から情報を掴んでいたか、後者だとすれば印刷所から情報漏洩があるから、前者ではあろう。

もちろん制作部数やコストは分からない。自衛隊にも広報予算はたっぷりあるだろうが国民の税金だ、なんてケチなことは言うまい。己を思えば現役時代には随分世話になってお零れにありついたものだ。飯屋の親父共に感心することしきりだった。

2019年4月22日月曜日

一皮むけば似たりよったり

昨日は地元豊島区を含む第2次地方統一選挙と全国で2地区、沖縄と大阪の衆議院補欠選挙の投票日、立候補者は当落が確定して悲喜こもごものことだろう。地元では亡き妻が力を入れていた区会議員がトップ当選したので、今朝は霊前に報告、彼女も草葉の陰で喜んでいることだろう。それにしても世界を見渡せば、民衆の反政府運動が騒がしいほど大きくなっている地域もある。

比較して我が国の場合、先月29日に集計された第1次統一地方選前半戦の41道府県議選と17政令指定市議選で、無投票になる選挙区は急増している。全945選挙区のうち371選挙区(39・3%)に上り、総定数2277のうち無投票で当選が確定したのは612人(26・9%)。今回は都市部が多いのでこの比率が当てはまるかどうか知らぬが、豊島区の投票率が前回より1ポイント低い41%から見ても、政治への関心が低いことは明白だ。

これは日本が平和な証拠かもしれぬし、政治への無関心については他人のことをとやかく言う資格が無いのも自覚している。今は独居となって暇しているので、このブログでも偉そうに書いているが、現役時代は仕事の義理やプライベートな付き合いで頼まれた候補者に投票していたものだ。従って選挙ごとに投票する相手が公明党だったり共産党と主体性の無いこと夥しく、女房からいつも怒られていた。女房は若い時分、少なくとも子供たちが小学校に通始めた頃から社会意識が高く思想が明快だったように思う。

経緯を詳しく聞いたことがないが、最初に選挙に関わった区会議員候補者が娘の小学校の養護教員で、この人が民社党系だったことだけは記憶している。西尾末広氏の名前だけは憶えているが、自民、社会の2大政党の狭間にあって当時どんな役割を果たしたかも知らぬし、現在その流れがどの政党になるのかも知らない。今度の選挙で応援した候補者は当時自民党代議士人の元秘書で、当事無所属であった女房が応援する区会議員候補者の事務所に応援に来ていたらしい。

その元自民党議員は郵政選挙で離党、刺客の小池百合子氏によって見事蹴落とされ、今では浪々の身。秘書連中も散りじりバラバラ、中には自民党衆議院議員となって元の先生より偉そうにしている人までいる。その秘書が我が家が応援する区会議員当選者の対抗馬(彼も目出度く当選、票数は約半分)になったりしている。政治の世界も変わり身が大事なようで、一皮むけば皆同じかもしれぬ。

2019年4月21日日曜日

読解力

独居となって会話の機会が極端に減った。日本語を忘れないためにも、文字を読んだり短い文章を書くことを日課にしているのはご承知の通り。とは言っても殆どパソコンを通じてのことなので、脳への刺激は大したことがあるまい。特に読む方であるが、どうしても読み飛ばしや中断が多くなる。子供の頃から好きだった読書も機会はめっきり減っている。文庫本1冊読了するのに数日図書館に通うことも珍しくない。

情報源として考えればテレビが圧倒的優位を占めることは否定できない。しかしテレビも、どのチャンネルを選ぼうと、似たような顔ぶれのアナウサーや解説者で取り上げられる話題や取り上げ方も似たり寄ったりで、印象付けられるものは少ない。やはり文字を丁寧に追っていく方が脳にはインパクトがあるように思う。ただ残念なことは最近とみに読書力が衰え、読書を始めると時間や場所を問わずすぐ居眠りが始まる。テレビを観ながらの居眠りもあるが、面白いと思えば相当な時間我慢が出来る。

読書はどんな本でも面白いと思うまで半時間ほど掛かることは間々あるし、面白いと思っても居眠りしていることもある。そこで最近感心したのが内外を問わずジャーナリスト或いはそれに準ずるテレビ出演者の速読力、先日発表されたトランプ大統の疑惑に関して捜査を命じられたモラー特別検察官(?)報告書、英文は日本文に比べると分かり易い表現が多いとは聞くが、それでも約450頁の膨大な量。これが公開されて以来24時間以内に内外含め何人の人からテレビを通じて解説を聞いただろうか。

彼等は出演する前の準備として、例え嘘にしてもこのレポートのページは一応めくり、要所要所は読んでいる筈。テレビに於けるこのような問題を扱う社会情報系番組は現役時代何度も関係しているのでよく知っているが、一人一人のコメント時間が合計僅か数分であっても、内容的にある程度の纏まりが無くてはいけない。文字に置き換えれば恐らくこのブログの数倍にはなろう。本当に敬服すべき読解力だ。

因みにこのブログ、読者が目にする時間は1日平均約1分弱である。

2019年4月19日金曜日

どこに住もうと

昼飯を済ませて池袋西口を徘徊していると、上空にヘリコプターが何機も飛来してやけにうるさい。何か近所で異変が起きたと予想して帰宅すると案の定、東口方面で大きな交通事故で人身被害があったようだ。素人なので分からないが、ヘリコプターの飛行ルートはどのように管制されているのだろう?地上で大きな事故が発生する度に何機も飛来して、よく空中で衝突事故が発生しないと思ってしまう。

ヘリの爆音は地上で聞くと激しく大きいが、パイロット同士には聞こえるのだろうか?又ははバックミラーに匹敵する機材があるのだろうか?戦闘機のF35の操縦と比べてどちらの方が難しいか?歩きながらそんな下らないことを考えていたが、分かるはずも無い。都内は道路事情も良いし、信号も至る所に設置されているので大きな交通事故は少ない筈。問題は自転車による事故だと思う。大昔ヨーロッパで発明された当初、自転車の操縦には当局が発行した免許証が必要だったと聞いたことがある。

現代ではそうもいかぬだろうが、日常的歩行者としては自動車より自転車の方が余程怖い。近所の歩道の一部は真ん中にマークがあり、車道側が自転車用とされているが、自転車に乗る人は全く関係ないみたいだ。尤も専用ではないので、自分を含め歩行者がそこを歩いていることは日常的な光景でもある。スマホを見ながら片手ハンドルもよく見かけるし、高齢のおばさんが危なっかしく乗っているのを見るのも辛いものがある。スーパーの前には置き場係のお爺さんが居て、駐輪の手助けをしてくれるから良いようなものだが。

山に住めば危険は一杯だろうし、都会には都会の危険もある。どこに住もうと危険は常に隣りあわせと言うことになる。

2019年4月18日木曜日

元号騒動

母は明治45年2月生まれだから明治の人間としての誇りを持っていた。父は7つ年上なので、いつも笑いながら「お母さんは大正人だよ」と半ば小馬鹿にしていた。詳しく知らなかったので調べると、明治は7月30日まで続いたので母が正しいことが分かった。難しいのは大正15年生まれの人と昭和元年生まれの人の場合だ。大正天皇の崩御は大正15年12月25日なので昭和元年は1週間しかない。

大正15年、昭和元年、昭和2年生まれの人は15才ほど年上に当たるのでお世話になった人が大勢いる。長幼の序列を考える時など何方から並んでもらうか分からず、まごついた経験が屡々あった。先の大戦に直接参加した人も多いが、それだけで判断しては順番を間違いかねない。この年齢の人はよく笑いながら話してくれたものだ。「昔の同級生は落第なんか関係なく、3世代がいたものよ。」そりゃそうだろう、大正15年の4月1日から昭和2年3月31日生まれが同級生になる訳だ。

昨今の新元号騒動を見て感じることがある。率直に言うと、総理大臣は皇族や天皇の地位を内心軽く見ているくせに、利用だけはちゃっかり十二分に利用している。鳩山由紀夫氏に言わせると、嘗て習近平氏が来日した際に天皇陛下との面談を設定したことを「陛下の政治利用」と野党自民党から強い反発を受けた。それを思うと、この元号騒動は皇室の政治利用そのものではないか。これは政権が意図していることではないと思うが、結果的にそのような僻み発言が出ても不思議ではない。これは元号法制定の際に事前発表できるかどうかを法定化しないままに放置していたことに原因があるらしい。

施行されている元号法にも「皇位の継承があった場合に限り改める」と明記してある。歴史的にもそのように継承されてきた訳だが、そうすると3世代人が同級生の様な不便さがあると言うよなことが勘案されたのかもしれぬ。このようにしてお手軽な現代人が生まれ、伝統は徐々に薄れて日本の姿も変わってゆくのだろう。どっちが良いかは判断しかねる。

2019年4月17日水曜日

地方選挙

いま都内は区長・区議会議員選挙の真っ只中、今度の日曜日が投票日。区長は既に20年在籍で今回は6選目の立候補、1937年生まれだから今年82歳になる勘定だ。多選を禁じる法律が無いので立候補は自由だろうが、幾ら美味しい稼業にしても流石に度が過ぎる感じがする。対抗馬が3人立候補しているが、看板を見るだけで街宣の声は一人も聞いたことがない。

代わって区議選の方は定員36名に51名が立候補しているので朝から喧しいこと夥しい。昔区議選に熱心に関わっていた妻から聞いたが、公選法で街宣車1台しか走らせてはいけないとのこと。(とは言っても何が起きるか分からないので2台用意し、カバーを掛けて隠しておくそうだ)従って、これも妻からの受け売りだが、所謂「桃太郎」と称する候補者を先頭に幟を立てて練り歩きhながらのビラ撒き、これが早朝から何人も通る。うっかり外に出ようものなら大変で、いろんな人と握手をする羽目に。

昼飯の帰り、スーパーで買い物して帰宅するとすぐに「ピーンポーン」。滅多に来る人なんかいないのに、また怪しげな押し売りかと思いきや「お出かけですか?」妙に馴れ馴れしい若い男性、しかも今流行りのイケメンである。そんな友達が居るとは知らなかったので、面白半分「はい、今ちょっと出かけています。」と答えると、これが自民党の若手区議。しかも妻が嫌っていた衆議院議員の元秘書上がり。

「いつもお世話になっていますので是非よろしくお伝え願います。」ときたものだ。「嘘つけ、今日初めて玄関に立ったのだろう。」とも言えないので、こちらもニッコリ笑ってビラを受け取り握手してあげた。今月初めに妻が応援していた区議からの依頼で応援葉書を5枚書いて渡したが、彼は何票獲得するだろうか?確か4千票獲得すればトップ当選だったように記憶している。と言うことは、5票持っている女性を千人集めればトップになれる訳だ。

これも妻の台詞「兎に角女性でなくてはだめ」妻も何が面白くて選挙に関わったか知らぬが、我が祖母が選挙熱心で、女性活躍の走りだったことを思い出した。

2019年4月16日火曜日

信念の有無

政府高官と称する閣僚が北京やワシントンで日中ハイレベル経済対話とか日米通商協議と仰々しいお題目が付いた会議に出席して、中国や米国との間で国益に沿った成果を上げてとか上げるであろうとかの報道がなされている。詳しく読むまでもなく、どちらも大国の都合を厳しく突き付けられ、曖昧な返事でお茶を濁すのに必死になっているだけに過ぎぬない。マスコミは正直に報道すればいいのに、日本閣僚の「○○で同意した」だの「意見が一致した」の発表をそのまま垂れ流している。

米中が経済的にも政治的にも厳しい緊張関係にあり、特に中国側はアメリカの独善的姿勢に反発して、交渉する姿勢は維持しながらも独自の経済発展構想を実現すべく必死になっていることは疑いようもない。その間に存在する日本は自ら進むべき道を選ぶ努力もしないで、その場凌ぎで両方の国と良いとこ取りをして甘い汁を吸おうと思うのか?そんな誤魔化しは決して通用する筈がない。諸般の事情有之、何でもアメリカの意通りにしなければならない、ならそれでも良い。中国にはっきり言えばいいだけのことだ。

それもできずに、通信機器問題の「なぜ日本政府はファーウェイを排除するのか」に対し「日本政府は特定の中国企業名を念頭に置いているわけではない」と相変わらず質問をそらす朝ごはん回答をしている。居並ぶ日本ハイレベルのお歴々は中国側と比較するとまるで子供っぽい。しかし国際会議であるから肩書は同等になっている筈。姿かたちは民族固有のものだからどうしようもないが、話す内容はもっと堂々とした腹の据わったものであってほしい。

人は二か所同時に立つことは出来ない事ぐらい分からないのだろうか?一方に依れば一方から嫌われる。個人的にはアメリカべったりが良いとは思わないが、閣僚が信念以てそうであるなら良いではないか、ファーウェイについて懸念を表明すべきだ。国際交渉は信念を持った姿勢で取り組むないと、どちらからも馬鹿にされる。メディアにも責任があるかもしれぬが、誰と話しても意見が一致をした、とヘラヘラ笑うばかりの政府高官を見せられてばかりいると本当に情けなくなる。

2019年4月15日月曜日

北国の春

今夜遅くに帰宅の予定だったが、思いがけず早く帰宅したのでブログが書ける。

昨日は過日のネパール旅行の打ち上げ会、中国からの参加者を除いて全員14人が顔を合わせることが出来た。会場は参加者ご夫婦の自宅、標高800メートルを超える信濃町の飯縄山麓にあり、ワサビが自生している渓流が敷地内を流れていた。私は最初の乾杯までで失礼したが、屋敷内には全員が泊まることもできれば、カトマンズの料亭並みの大宴会も可能。但し、庭園には未だ残雪があった。自然派のご夫婦にして初めて可能となるお住まいだった。因みに我が夫婦の決まり文句は「もう暫くしたらこの近所の1階がコンビニなっているアパートの2階に引っ越したいね。」だからどうしようもない。

夕方6時過ぎに迎えに来てくれた従妹の車に乗り込むときは雨が激しくなり、先週末書いた通り今日は悪天候の筈だった。ところがギッチョン、我が女将さん昔から自他共に許す晴れ女、今朝起きると曇りを通り越して日が照っている。流石なものと感心しつつ予定通りに寺に行って墓参り。例年であれば桜が満開か一寸盛りを過ぎても不思議の無い時期なのに、この写真のようにまだほんの咲き始め。今年は雪が少なかった割には春が遅いと聞いた通りだ。



その後快晴に誘われて戸隠高原までドライブに連れて行ってもらうことが来た。この方面は子供時代から何度も歩いているのでいろんな景色の記憶があるが、こんな景色を観ることが出来たのは初めてのこと。若い時分は学生だから春休みが終わるころの風景まではなかなか接することが出来ない、改めてその美しさに感激した。後は戸隠定番「おそば」昼食、大久保西の茶屋で「春山菜てんざる」を注文、しかし戸隠のそばは量が多い上、丁寧にそば団子まで付いてくる。美味かったがとても食いきれなかった。

店の周りは当然残雪、ダウンジャケットでも寒いぐらい、僅か200キロ強しか離れていない北国の春と江戸の春との違いを痛感した。

*写真上は天ざるの具材 下は戸隠スキー場で背景は戸隠の西岳方面





2019年4月13日土曜日

一つの健康法

明日から長野へ墓参りともう1軒野暮用があって出かけなくてはならないが、日頃の行いが悪いとて2日とも雨のようだ。代わりに今朝は朝から快晴、土曜日はいつも早めに起きて5時半からTBSの「サタデー・ジャーナル」を観る習慣があるので4時半に目が覚めた。ところが今日はゴルフのマスターズトーナメント中継で番組が中止。折角起きたので早めに朝飯を済ませて少し前から気になっていた庭の草むしりをした。

いい塩梅に今日は生ごみ回収日でもあり、雨模様が続いたので土が柔らかくドクダミのように根がはびこる草もむしり取りやすい。丁度早起きした分30分のアルバイト、早起きは3文の得だった。序でに女房絡みの用事で妻の友人に電話をしたり、同窓会絡みの案件であちこちに電話をしたりして時間を潰すことが出来た。思ったのはお婆さん連中の長電話、妻はこれが生きがいだったようで、聞けば一時間くらいは平気で話をしていたらしい。

今朝はこちらから親友だったらしい二人に、妻を忘れずにいてくれたことに深く感謝する心算で電話させてもらったところ、尽きぬ話を途中で切るわ訳にはいかず、女性同士の会話のありようをじっくり勉強させて頂くことが出来た。何と言ってもこちらは語彙が不足しているので、感謝の気持ちは「ありがとうございます。」くらいしか出てこない。それに対してお二方から汲めど尽きぬがごとくお言葉を頂けた次第。気持ちも本当にありがたいし、正直長時間会話が続いたことは何より嬉しい。

男同士の友情に比べると、女性の場合は長じて環境が随分変わるので長続きしないと聞いていたが、妻の短大同期生の場合はそうでもないことが分かった。話がちょっと変わるが、毎朝我が家の前を通る3人組のお婆さんがいる。トレーニングウェアに身を固めているので多分共通の健康法と推察している。このお婆さん連中も何分ほど歩かれるか知らぬが、兎に角毎朝元気な声で会話を交わしていらっしゃる。子供たちならいざ知らず、いい婆さんが毎日顔を合わせていても良く会話が続くと秘かに感心している。

会話は年寄りには健康法の一つだろう。従ってその3人組は毎日孤独な徘徊を続けている独居爺からすると羨ましい限り。

2019年4月12日金曜日

世知辛い

長野高校の東京同窓会が毎年2回開催されるが、それの学年幹事を仰せつかっている。半世紀前の昭和34年卒業なので可成り古顔になってしまった。昨夜その幹事会があって有楽町まで出かけた。普段は銀座の東武ホテルで開催されてきたが、今回の案内は新東京ビル4階某社の会議室となっている。幹事長は23期後輩、案内をくれたのは46期後輩にあたる。何事が起きているか不審に思って出席して理由を聞いて、幹事諸君の苦労がよく分かった。

要するに世知辛い世の中に同窓会幹事も翻弄されているのだ。先に銀座東武ホテルと書いたこれまで使っていた会場、かれこれ10年以上毎年恒例として2~3回宴会場を使用する100人前後の会があって、他に会議室でアルコール無しの弁当だけの30人程度の幹事会が行われる。恒例の行事であるので、ホテル側も気持ち良く受け入れていた。年末までの大凡のスケジュールがこの4月の会議で纏まり、来週幹事の方から仮押さえするのが標準的手順であった。

ところがこのホテル、数年前からコートヤード・マリオット銀座東武ホテルとやたらに長ったらしい名前になっていた。大方その辺が原因であろうが、学年幹事会開催にあたり幹事長が今年もよろしく、と仁義を切ったところ、なんと「そうは参りません。会場のお申し込みは2か月前にお願いします。尚その際であっても婚礼関係を優先させて頂きます。」ま、体のいいお断りを食ってしまった訳だ。

この幹事長、可愛そうにもう10年以上幹事長をさせていると思う。実に優秀な後輩で、山梨大学先端材料理工学科 近藤研究室の堂々たる教授様なのだ。いくら若くて東京は慣れていると言っても、上京の経費すべて自己負担だろうから、心中察するに余りある。温厚な人柄でもあるが、責任上そんな無体なホテルとなんか付き合っていられぬと、代わりの会場探しに奔走した結果が、新東京ビル4階の某社会議室。これがまた映画にでも出てきそうな豪華な部屋で、50席分くらいの長方形で、全て革張りの重役椅子各席にマイクが置かれ、天井にはカメラが設置されていた。

連絡をくれた40数歳下の幹事の勤務先らしい。弁当は幹事が近くの店で買い求めたのだろう。重そうなビニール袋で運んでくれた。今年度から本番の会議は、某大学のキャンパスを借りる交渉で決めてくれたらしい。オリンピックで観光客が増えるのを見込み、いろんな業界が虎視眈々と業績の拡大を狙っているのは利器できるが、それにしてもだ。

2019年4月11日木曜日

ブラックホール

100年も前から理論上存在すると言われていたそうだが、宇宙に「ブラックホール」が実在することが映像で確認されたとのこと。光が鏡で反射することぐらいは知っていたが、物理学的には引力で曲がることが100年以上前から分かっていて、その論理的帰結だったらしいが凡人としては驚きだ。また1秒間に地球を七回り半する光を撮影するなんてことが実現できたのは、所謂電子技術の成果とのこと、しかしこれを想像できる人間が100年以上前に存在していたとは、昔から人並み外れて賢い人がいた訳だ。

記事は読んでないが朝日新聞に「ブラックホールあるM87、元々はウルトラマンの故郷?」なる記事が掲載されている。自分の馬鹿を棚に上げて文字を読まずにマンガばかり読む人間を蔑視してきたが、数式に依らず感覚的に物事を捉えることも馬鹿にできない。自分みたいに中途半端が一番良くない。麻生大臣様ごめんなさいである。

この映像の制作に参加した天文台は南米・チリのアルマ望遠鏡を中心に、米国のハワイとアリゾナ州、メキシコ、スペイン、南極の8か所とのこと、しかし動員されている科学者は膨大な数のようで、日本からも国立天文台や工学院大、海外などで研究する22人の「日本チーム」も重要な役割を果たした。との報道、これも己のことを棚に上げ、子供の学力や我が国の技術力低下を内心寂しく感じていたので、まだまだ賢い人が大勢いると些か胸を撫で下ろした。。

このプロジェクトが発足したのは2006年と書かれているので、今朝観た1分足らずの映像制作に費やされている時間は少なくても15年以上、費用が幾らになるか計算もできないだろうが、嘗て観た如何なる超大作も及ばないことだけは確かだ。それにしても夜空には月や星の数々、見えてる星には1個1個名前もあるらしいが、そこに何があるかは殆ど分かっていない。まして夜空を遥かに超える太陽系が宇宙の片隅にあるほんの小さな存在で、今回発見されたブラックホールと地球との距離が5500万光年と知って頭がくらくらして思考が止まってしまった。

2019年4月10日水曜日

明日の世界

朝から冷たい雨が降り続き、まるで冬に逆戻りしたかのようだ。長野の友人に電話する用事があって聞くと、長野は大雪になっているらしい。半世紀前に結婚した日が確か4月の半ば過ぎだった筈で当日霙が降ったように記憶する。何れにしても春の陽気は安定しないので困ったものだ。昨夜友人と会食する前に、友人の息子さんにガラ携とスマホの扱い方についていろいろ教えてもらった。

昨年末から大体月に一度くらいのペースでご教示に与っているのだが、呑み込みが悪く未だにどちらも使いこなすに至っていない。一方で、家内の友人から便りがあり、態々長野の寺に墓参して下さったとのこと。礼状を1通書くのに四苦八苦、お手軽な機械でのコミュニケーションも小学生時代から習い始めた書き取りも両方とも中途半端で実に困ったことだ。

いつも同年配の友人たちとは他愛の無い話に終始するばかりだが、未だ40歳代の若者が加わると話の内容が非常に興味深いものになる。友人は会社の経営を実質的に息子さんに任せているようだ。彼も小生同様サラリーマンから初めて幾つもの変遷の後、最終的に建設関係の個人起業に成功している。しかも最終局面でIT関連企業に居た息子さんが継いでくれたのだから羨ましい限り。恐らく親父さんが期待した以上に彼の会社は発展すように思う。

その息子さんの話で酔いがさめても印象に残っているのが、彼の見る世界情勢。
彼の世代か彼個人の意見かは別として「我々個人は国家の管理と所謂GAFAのようにインターネット空間を支配する巨大企業と二重に管理されているのだから、絡み取られたこの網目に反発しても始まらない。意識してどう生きるかではないか。」我が世代には理解し難いかもしれぬ。

彼は経済なんか専門ではないが、各国産業の将来性に関する見方なんかも下手な経済専門家より面白い。要するに各国の産業政策がどうであれ、先の巨大企業の企業戦略が各国の産業のみならず福祉方面を含め様々の方面に与える影響を熱く語ってくれた。即ち、巨大企業のありようが社会の格差を増大しつつあることだ。世界には気が付いている政治家もいるだろうが、全く気にしていない或いは気付いていない政治家もいる。勿論我が国は後者だ。

2019年4月9日火曜日

老いの嘆き

好むと好まざるとは関係無く世の中はどんどん変わっていく。そのスピードは益すばかりで驚いていても仕方ない。この世に生を受けて僅か80年足らずの間に習い覚えたことの多くは忘れながら、毎日のように新しい情報が耳目に入ってくる。通信情報機関の発達による恩恵と受け止めるべきなのか、ふと考えてしまった。ブログを始めて丁度10年余り、特にこの期間の変化が著しい。

亡くなった家内は私の数々の悪癖に対し余り文句を言わなかったが、ブログだけは当初から度々やめるように警告を発していた。曰く「百害あって一利なし」である。老人の夫婦喧嘩も嫌なので黙って聞いていたが「百害は無いだろう、仕事の関係もあるのでパソコンに慣れたいだけだ。」と密に反発して結局辞めなかった。もともと不器用なのでパソコンの操作が未だに上手くいかない。
しかも当時仕事で使っていた必要性も、5年前くらい前に仕事をやめているので今は全く無くなってしまっている。

今や完全に暇潰しの道具と化したこのパソコン、ここで得た情報を基に書き綴る駄文、もちろん何を書いたか真面に記憶にも残らない。これを趣味と考えようにも余り上等な趣味ではない。ご近所を歩くと家の前や庭を掃除したり手入れをしているご同輩をよく見かけるが、我が家の庭は既に春の雑草がぼうぼうと生い茂り始めた。毎朝これを見て鎌を買ってきて刈らねばと思いつつ、日が過ぎていく。自分のためにも他人にも何ら役立たないことをするより、家や身の回りを奇麗にすることの方が趣味としては余程高尚だろう。

てなことで過去10年余りを振り返ると、世の変化が激しい割に己の脳みそが退化し続け、置いてけぼりの老人になりつつあることに気づき非常に虚しくなってきた。だからと言ってその原因をパソコンのせいにして、これをお払い箱にする気にもなれず実に悩ましい。今日は又春らしい陽気が戻ってきている。今夜はブログで知り合った唯一の友人に誘われ、下町での夕食会だ。帰りが遅くなるので早めにアップする。

2019年4月8日月曜日

ほとけ心

若い頃は善光寺の門前町長野市内に居住したせいか、4月8日の花まつりはご近所含めて春の訪れを祝う雰囲気があったように記憶する。小中学校の入学式が行われるこの頃は概ね好い陽気としたものだった。ところが今日の東京は小雨に姥桜がしおれ、折角のお釈迦様誕生日に相応しくない寒々とした天気になってしまった。尤も東京で仏教行事と言えば精々春と秋のお彼岸の墓参りが精々で、7月のお盆も余り気にしない家が多そうだ。

我が家も東京には菩提寺が無かったし、家には仏壇も無かった。先祖を思う気持ちが無い訳ではないが、先祖とのコミュニケーションは何故か寺を通さなくてはならないと、おかしな反抗心もあった。これが先に述べた花まつりと関係がある訳で、子供の頃に宗派の関係無しに坊さんの話を沢山聞いて育ったわりお寺との関係は良くない。こう言っては語弊があるかもしれぬが、最近の坊さんは葬式や法事の席で法話を話す人が少ないように思う。

若い坊さんの法話で感心しながら聞いたのは、20数年前に聞いた信州佐久の禅宗の寺だけで、その後数多い機会があったにも拘らず感心したことが1度も無いのは、仏教普及のためにも残念なことだ。かと言って、他宗教と言っても殆どがキリスト教か神道系の葬儀だが、主宰者の法話とは言わず挨拶にしても大同小異。世界に無宗教の地域があるかどうかは知らぬが、宗教による人類救済も道遠しと言えよう。

なんてことより、やはり忙しさを前面に掲げお布施や献金、賽銭をケチるが本音かもしれぬ。もとより宗教心が無い訳ではない。むしろ有り過ぎるほどで、何事によらず神さま仏様頼りの人生であることは度々書いている。家内を亡くして1年以上が過ぎ年齢も八十路近づいた今頃になりやっと、人並みに家に仏壇・位牌を整え、毎朝線香を上げる習慣が身についた。仏壇のご本尊はお釈迦様(仏壇屋の説明では菩提寺の宗派で決まるらしい)とのこと、今朝そのご尊顔を拝み我が眷属の安寧を感謝申し上げ乍ら思ったものだ。今度の週末ネパール旅行の打ち上げで長野に行くので、彼岸にパスした墓参りをしよう。

2019年4月7日日曜日

我が生国

5日金曜日の夜、現役時代からずっと親しくしている友人に食事をご馳走になった。会社は違うが同年の入社で、知り合ったのは30歳にならない頃だったような気がする。偶々仕事柄、売り手と買い手で顔を合わせる機会が生じたからだ。今は知らぬが、当時の広告代理店は得意先(所謂スポンサー)を見つけるより、売り物を確保することが大事だったから、立場的には売り手の方が強かった。

共に仕事を熱心にするより遊び好きで気が合ったのかもしれぬ。共にと書いたのは彼には失礼かもしれぬ。未だ交際費が税金から控除の対象になっていた時代、安月給鳥としては交際費で食事を賄えば家計の助けになるだろうとのさもしい根性。彼も几帳面で、こちら1度交際費を使えば必ずお返しの席を設けてくれた。その気分が抜けず、未だに遊び続けている。

金曜日の夜話題になったのが肝心なこと。酔った勢いだったかどうか、変なお国自慢をしてしまった。ところが彼曰く「ところでお前さんの国は幕末にどちら側に就いたのかね?奥羽越列藩同盟に信濃は入っていないよな。」はっと思ったが時すでに遅し。心情的に官軍と言わず薩長同盟軍と思っている口である。我が信濃は列藩同盟側であってほしいが、確かに聞いたことがない。佐久間象山、赤松小三郎、堀直虎のように幕末に暗殺されたリ自決した人物を列挙して、幕府側だったのではとの推論への賛同を求めた。

彼笑って曰く「ならば、なぜ皇軍に攻められなかったのかね?歴史上の経緯は未だに判然としないことが多いよな。敵味方の問題は兎も角、自分でよく調べてみたら。」酒の席故か、彼の人情然らしむか別として直接的な否定はしない。前から諸般の知識で彼に及ぶものでないことは十分に承知していたが、いい齢になって己の生国についてまともに答えられない恥を曝したことは慙愧に堪えない。早速昨日Wikiで調べてみた。

悔しいが、信濃の各藩は皆官軍に味方してる。石高では最大の松代藩も同じこと。特に松代藩は本来外様とされるべき家柄でありながら、徳川家譜代大名並みの特別な処遇を受けていたらしい。歴史はきちんと認識すべきと改めて思う。実はタイトルに生国と書いたが、生まれは奈良県奈良市法蓮町、近鉄奈良駅の近くである。しかし心底は信濃の松代が生国だ。

2019年4月5日金曜日

国語の用法

昨日まで鼻水が止まらず苦労していた。愛用の風邪薬「改源」を朝晩3日連続で服用しても調子が治らない。昨日来た娘の「そろそろ医者に行った方が好いかも」との忠告に従って、久し振りに耳鼻咽喉科に行って点鼻薬を貰い、やっと落ち着いた。風邪か花粉症かは定かでないが、妻から「偉そうなことを言う割にデリケートな身体だ。」とからかわれたことを思い出す。

今日は寒さも和らいだから、この先は暫く楽できることだろう。昨日誕生日祝いだと昼酒をご馳走してくれた友人が言っていた。社会や政治に不満は沢山あるが、それを非難批判してもどうにもならず、所詮はなるようにしかならない。だからブログなんかを書かないことにしている。もともとブログが縁で友人になったほぼ同世代人。言われて見ればその通りだが、書かずにいられない我が習性である。

話題を替えてテーマに沿った感想を書く。政府答弁に使われる日本語で最近有名なのは「朝飯は食っていないが、パンとコーヒーは飲んできた。」この朝飯答弁は枚挙にいとまがない。しかしこの矛盾をメディアが厳しく追及したことも知らない。些細なことかもしれぬが、国語を大切にする気持ちはマスコミのみならず国民で共有すべきと思う。

事実を喋って野党から糾弾され、「嘘をついた心算はないが、事実でないことを言ってしまった、ごめんなさい。」と国会で意味不明な釈明した姓名は忘れたが国交副大臣が辞意表明と報道されている。笑えてくるが、どうせ辞めるならも少し益しな答弁をさせるべきだった。マスコミにはそこを突いてもらいたいものだ。日本語は古来中国から輸入されたので、本来句読点は無い。自分も毎日ブログを書くので句読点と接続詞の用法には苦労するばかりだ。

多分誤用がかなり多いと思う。別けても多いのが「だが」と「が」である。中文に接続詞があるかどうか何れ確認させてもらう心算だ。日本人は「この饅頭は美味いが、本当は不味くて食えない。」みたいことを聞いても目くじら立てないのが不思議で仕方ない。今回は流石に総理、副総理共に支え切れないと因果を含めた模様である。しかし問題の予算についてはそのままだから、トカゲの尻尾きりに他ならない。

2019年4月4日木曜日

この10年

顧みるとこのブログを始めて10年の月日が経ってしまった。あまりに速い歳月の流れだ。当時書いた内容はすっかり忘れていたので、第1回目を開いてみた。次のように書かれている。

『今月からブログ始めようと志を立てたがなかなかうまく運ばない。長年の経験で何事も最初は様々な障害にぶつかるものと知ってはいるが結構疲れる。
今回は幸いな事にインストラクタがそばに居てくれるので、うまくテイクオフできる事を期待している。

学生時代から4月1日はある意味で新たな1年の始まりだ。今日は春のスタートにおよそふさわしくない寒い1日で、桜もほぼ満開にちかいのだがちっともぱっとしない。部屋には暖房を入れている。余り結構な1年にはならないのかな。

昨年から自分の仕事とは無縁と言えない広告業界に関しては相当に厳しいようだ。月曜日に昔の会社で一緒だった少し若い人から教えてもらった。吹けば飛ぶような個人企業だが気を引き締めないといつ店じまいと言う事ならないとも限らない。

とぼやいて見ても仕方がない。兎に角又新しい1年を頑張って行こう。頑張ると言っても歳でもあるし、何をどうするのかは分からない。明日以降も今までと同じように同じようにやるだけだろう。何と言っても取りあえずは健康維持だな。

「無理をせず、しかし怠けずに」「高望みをしない、身の丈に合うことを考える、急ぐ人には道を譲る」』2009年4月1日

心配した通り、個人企業は店じまいして既に数年経っている。スタッフはおろか女房まで亡くした完全な独居老人となってしまった。それでもブログは続けているから不思議なものだ。

今日は79歳の誕生日、これまでのブログでは誕生日についての感慨はあまり書いてこなかったようだ。しかし昨夜から今朝にかけて複数の友人がお祝いの電話をくれたり、娘と孫がお祝いに来てくれたり、ブログの縁で交際が始まった友人が昼酒に誘ってくれた。どれも素直に嬉しいことばかりである。

2019年4月3日水曜日

安全保障問題

あまり大きく問題視はされていないが、政府が昨日の閣議でシナイ半島多国籍監視団の司令部要員として自衛官二人の派遣を決めたことについて、憲法違反と異を唱える向きもある。何故なら、これは国連要員ではなく、多国籍軍への参加に他ならぬ。「そんなに目くじら立てるなよ。」と言う人もいるだろうが、国の基本政策がなし崩しになるのを危ぶむのは当然の事だ。

同じ昨日一方では、ドイツが今月から「国連安全保障理事会議長国」になることが決まったと報じられている。これから当分の間、前大戦終結まで200年近く戦争を繰り返してきたフランスと2か月交代で議長を務めるとのこと。嘗ての同盟国であるドイツには親近感を持つ日本人が多い。だから政府が祝意を述べたかどうかは知らぬ。もしそうであれば相当複雑な心境であろう。

ドイツは日本・イタリアと組んで圧倒的多数の世界を敵とした悪役の張本人。
国連の実態を理解できていないので、第2次世界大戦の枢軸国の最主要メンバーのドイツは現在でも敵国条項適用国ではないのか?そうではなく、現在適用が外れていない国は日本だけと言う人もいる。どうでもいいが、議長国就任はエイプリルフールではなさそう。

国連は現在の世界平和を担保できないまでも、そこを目指す唯一最高の国際機関だ。我が国が安全保障問題に力を入れるのは結構なことだが、ドイツと比較して考えると、それこそ目線の高さが違うように思う。歴史は忘れてはならぬが、未来は変わることの証左と受け止めるべきかもしれぬ。

2019年4月2日火曜日

来るべき時代

日本では新会計年度が始まった。諸外国の多くも同じだろう。年度替わりは個人的に無関係だが、たまたま誕生日が今月4日なので、また馬齢を重ねるかとの思いがある。海外の報道からすると、国内に混乱を抱える国が多い。比較して我が国は静謐を保っている。外国人が羨ましがるに違いない。勝手な想像だが混乱は若さとエネルギー、静謐は老いの証拠の様なものだ。日本は旦那が三代目になった老舗の大店と思えばいい。

大店にもいろいろあるが、戦後急成長して飛ぶ鳥を落とす勢いがあったお店が僅かの間で没落した例は枚挙にいとまがあるまい。個人的には時代の移ろいと簡単にあきらめもつこうが、国家の指導者にはもっと危機感を持ってほしいものだ。しかし残念なことに大店の例を持ち出すまでもなく、先祖の遺産がそれなりにある三代目には危機感を持てと言う方に無理がある。店が潰れ、家作や土地が引き剥がされ母屋に危険が迫れば、自ずと賢い四代目や五代目が誕生するのだろう。

イギリスやフランスのように歴史ある大国は、そういった危機を何度も乗り越えてきたと思うが相当な混乱に直面している。お店の1世代が20年から25年とすれば60年から75年、総理大臣は戦後53代目だそうだが、日本の政治世代もそろそろ「売り家あり」と唐様で書く頃合いに入ってきたのかもしれぬ。多分この静謐の最中におさらばして、我が国の次の混乱を目にすることは叶わぬであろう。しかしいくら少子化が進んでも、それはいつかやってくるに違いない。

その時起きる変革は 痛みを伴うだろうが、それが人間社会の実態がであり必然ではないだろうか。諸外国の現実を垣間見て思うのは、思想の混乱、特に永いこと最善とされてきた民主主義が揺るぎ始めている実態だ。特に政党政治の理想とされてきた2大政党制なども大きく揺らぎ始めている。個人的な思想が統一できるほど人間は単純でないと理屈では分かっていたのだろうが、。

その個人で形成される国家と個人との関係、現代はその上に国連なんてものまである。そうなると盛んに言われる国家の人権問題なんてことも、どう折り合っていくのだろうか。もうじき消えていく人間には難しい問題ばかりだ。新しい人に考えてもらわねばなるまい。

2019年4月1日月曜日

元号「令和」

来月1日からの元号は「令和」と決まったらしい。今年いっぱい生き延びれば、明治・大正・昭和と三代の御代を生きた親父と肩を並べることになるが、果たして目出度いと言えるだろうか?自問自答するに、昨今年金だけで無為徒食のの生きざまからすると、目出度いとは言い難い。

つまらぬ話はやめて、この元号「令和」であるが、相当な違和感を覚えた。初めて聞いた時に意味が解らなかったせいもあるだろうが、音だけからすると、「冷とか霊」が第一印象で何か冷たい感じがしたものだ。昼のニュースで官房長官やら総理が繰り返し説明したのを聞くと、どうやら万葉集にある古歌から二文字を引っ張り出して偉い人が造語をしたらしい。最高責任者お二人は、非常に目出度い言葉と力説強調されたが、これまで日本人の誰一人聞いたこともない造語で目出度いと言われてもな~。 

安倍氏が中国を嫌いなことは知っているが、何もそこまで無理をしなくても良いだろうに。我が国の文化は好き嫌いは別にして、中国の長い歴史に育まれた文字や言葉を拝借していることは周知の事実。二人は尤もらしく竹下内閣の「平成」年号制定に倣うと言っているが、真っ赤な偽りであることが明々白々。竹下派の鼻を今開かしたと内心得意がっている様子が目に浮かぶ。キラキラネーム大流行りの昨今に倣ったかどうか知らぬが、そんな子供じみたことで喜ぶならいっそラテン語の年号でも捻り出したら如何?

皮肉を言いたくなるが、今の子供たちにとっては、これまでの元号の意味なんて無いのと同じ、ただの記号に過ぎないのかもしれぬ。未だ30歳前後の頃、凄くお世話になった得意先の会長さんが元号と国旗国歌制定法案が成立した時「これでやっと安心した、今日はお祝いしよう。」と飲みに連れて言ってくれたことを思い出している。会長の年齢は親父と同じくらい、ポツダム大尉の階級だった。当時は何でそんなに目出度いか、意味がよく分からなかったのも事実。

現代の若者のことを嘆いても仕方あるまい。元号が意味不明の言葉になるくらいはいいとして、天皇制は大切にしてほしいが、果たしてどうなることやら。

2019年3月31日日曜日

読後感「聖域巡礼」李建華著

著者は北京在住のれっきとした中国人であり、本書は翻訳されたものではなく著者自身が日本語で執筆されている。実はこの著者と今月初めにネパールへの団体旅行の経由地、成都で合流してそれから10日近く一緒に旅行した。その不思議な縁に導かれて本書を読むことになった次第である。

著者との出会いも不思議だが、昔からチベットに惹かれる思いがあったのも事実。と言うのは現役時代の終盤に在籍した会社が広告よりテレビ番組制作に力を注いでいて、そこで企画立案に参加した時のことだ。当時興味を持ち始めたのがチベット、行ったことがないので単なる想像に過ぎないが、標高が高く住む人も少ないが仏教遺跡が多く神秘性を秘めた土地が凄く魅力的に思えたのだ。
結局1年以上に亘るリサーチの末、グゲ王国の遺跡を探訪、その興亡に関する歴史をテーマとする企画が採用されてテレビ朝日で放送には至ったが、相当難産だったし、取材クルーに同行もできなかった。本書の第1章に「グゲ」の2文字を発見したことにも不思議な縁を感じてしまった。

前書きが長くなり過ぎたが、本書は著者の今世紀初頭の12年間で8回に及ぶチベットへの紀行文集である。

現在の中国行政単位としてのチベット自治区は日本の約3倍の広がりで、人口約270万人とされているが、著者はチベット民族が居住している周辺の州を含めチベット即ち聖域(西域でないことに注目)と見做し、今でもこの地域を隈なく歩きたい知りたいと思っているに違いない。紹介されている8回は毎回異なるルートであり、文章も素晴らしいがたっぷり掲載されている写真、これがチベットの荒々しくも美しい光景と住民の生活の様子を如実に物語っている。

著者について、出身地は中国東北部の吉林省長春市とのこと。その人が何故日本に興味を持ち、広島大学に留学までしたかについては聞けていない。この本の版元が京都にある禅文化研究所であることや、氏のブログを見たりすると、インドから中国経由で日本に伝わった宗教に大いに関心があることは分かる。チベットは仏教の原型が今なお色濃く残っている地域であることも間違いあるまい。

宗教に深い知識は無いが、未だに山歩きする気持ちが起きたりするのは原始宗教と共通する何かがあるのかもしれぬ。機械文明が世界中を席巻している現在、人類は本当の幸せを忘れているようにも思うが、著者もきっと似たような思いで、精神の安らぎを求めてチベットを何度も訪れたのだろう。

*著者のブログ:https://www.zenbunka.or.jp/zenken/archives/2018/11/16/


2019年3月29日金曜日

読書考

理由など詳しく知らぬが、今日は英国がEU(ヨーロッパ連合)から正式に離脱(午後11時、日本時間では明朝8時)する日の筈だ。ところがどうもそのようには運ばないらしい。このことについて将来予想を含め筋の通った解説の報道は見当たらない。ま、日本だけでなく肝心のヨーロッパにもいないのかもしれぬ。英国と言えば民主主義の手本みたいに言われ、日本の政治も多く真似しているようだが、民主主義も厄介な代物だ。

このドタバタが我が生活に及ぼす影響の程は分かり兼ねるので取り敢えず措くことにして、昨日国会図書館でふと思った。暇潰しによく利用させてもらうこの巨大な図書館の蔵書は、図書だけで1千万冊を軽く超えている。いつもその日の気分で、適当な本を選んで読んでいるが、この読書が我が知性に及ぼす影響も英国のEU離脱と大差ないのは残念なことだ。読書はもっと真剣なものでなくてならないような気もする。

昨日読んだ本に書かれていたことによれば、江戸時代の心ある武家に生まれた男の子は物心がつくと親から読み書きを習い、14~5歳までには所謂四書五経を諳んじるくらいは当たり前だったそうだ。この教育的目的もさて置き、多くの書物を読むことと、少数の書物を諳んじるほど読むことを比較するに、どちらが知性への影響が多いかである。小生は、それは後者に決まっていると言いたい。

更にややこしくなるが、知性とは何ぞや、なることも悩ましい。知性とは知識か知恵かである。知識は吸収するもので知恵は出すものだとも書いてあった。言われて見ればそうかもしれぬ。であれば知性とはやや知恵に近いのかな。風が吹いて桶屋が儲かったみたい話になったが、多読は時間潰し以外の何物でもないことが分かった。

知性とは無縁の80歳に喃々とする老人が今さら感心する話でもないだろうが、銭のかからない暇潰しには図書館読書が一番だ。

2019年3月28日木曜日

無用の長物

新元号発表が近づき、その手順が麗々しく報道されている。内容は次の通り「官房長官が5つ以上の最終候補を原案とし、有識者懇談会や衆参両院の正副議長らの意見を聞いた上で全閣僚会議で協議する。」元号は日本人にとって大事なものだからとて重々しく構えるのも分からぬではないが、原案の提案者を公表しないのは良いとしても、その協議メンバーについては失笑するばかりだ。

有識者にはノーベル賞受賞の山中伸弥教授をはじめに9人の名前が連なっている。これら9人の方の見識を疑うものではないが、日本史に関して特別な知識などを持ち合わせなくても不思議は無い。政権との関係を考えれば特に断る理由も無いだろう。ましてや政治家に於いては日本史の知識などあろう筈も無いが、地位による権威付けの意味や本人は名誉と受け止めることになるのかもしれぬ。

仰々しく騒ぐわりに、こちらからすると全く無意味に思える。これは無用の長物としか言いようが無いが、併せて政府がよく行う「○○諮問会議」なることに思いが及ぶ。代表的なものに内閣府に設置されている「経済財政諮問会議」があるが、このメンバーを見ても意味不明と言わざるを得ない。様々な団体のトップ、即ちご老体を中心に据えているが、やや若手で民間人代表らしき人間は竹中平蔵氏ただ一人のようにも見える。

彼が学者としてメンバー入りをしているのか、財界人としてなのかは判然としない。経済学者としてならば反政府見解を持つ学者は腐るほどいるし、財界人も何も前経団連会長ではなく、現役で政策提言をしたい財界人は多いだろう。元号の場合と異なり、こちらは切実な問題を協議する場でなくては意味が無い筈。政府案の泊付けに過去の功労者(協力者?)にお小遣いを与える心算かどうか知らぬが、彼等はお金に困る人でもなかろう。

僻みはやめるにしても、彼等老人が日本の経済力発展を阻害していることは既に多くの人が指摘するところで、それには全く同感せざるを得ない。マスコミもこの無意味さを指摘してほしいが、マスコミ界にさえ老人からの引継ぎを待つピラミッドが形成されているようで極めて残念である。

2019年3月27日水曜日

根本問題

昨日野暮用があってブログを休んでしまったので、今日は午前中に書いている。今日は来年度予算案が成立されるとのこと。このことで新年度に対して大きな期待を寄せる人がどのくらいいるか知らないが、相変わらずチマチマしたことばかりだ。じりじりと増え続ける国家予算のわりに我が国は経済的にも外交的地位も下がり続ける一方ではないか。どこかが変だと思いながら考えてみた。

様々な思いはあるが、国の指導者に根本的な国家目標が無いことが大きいような気がする。総理になったら嘘でもいいから大きな目標を掲げてもらいたい。外国の指導者を見てごらんよ。彼等が口にするのは良いか悪いかは別にして、常に大きな目標である。それに賛同できないスタッフは採用しない、或いは賛同しないと分かれば即座に更迭してしまう。短くても4年や5年、長ければ10年、20年と自分が掲げた目標に向かって突き進むのが普通だ。

従って掲げる目標は多くの国民に分かりやすくなくてはいけない。安倍政権は既に6年、更に3期目と言うことなので9年の長期政権である。果たしてこの政権の掲げる目標は何か、考えてみた。経済におけるデフレからの脱却?憲法改正して自衛隊を国軍としたい?格差の是正?他になんかあっただろうか。何とか改革は数多くあったが、果たして一国のリーダーが口にすべき国家目標とすべきこととは思えない。

先にクエスチョンマークを付けたものが安倍氏のが掲げた国家目標だとすれば、国民の何割がその意図を理解し得たのだろう?甚だ疑問だ。彼が口にすることは、常に特定の人にだけ響く言葉で多くの人に届かないものが多い。それでも彼は何度も選挙に勝ち続け、国民の支持を得ていると自慢している。その間にデフレは進行して国民の経済格差は拡大、国軍なんか夢物語だ。どこか変ではないか。

今朝の報道に「政府、AI人材年25万人育成へ 全大学生に初級教育 」なる記事があった。実に結構なことではあるが、高等教育を受けた政府のお役人には「教育」についての認識が大きく欠如しているように思う。付け足しになるがこれも今日の発表で「来春から実施の小学生からの英語教育」も同じこと。英語にしてもデジタルデータ関連の基礎知識にしても、それは教育本来の目的ではあり得ず、手段の一つを習得させるだけのことだ。

国と同様、個人にも大きな目標があって、それを達成するための手段としてそれらを学ぶと言うことをはき違えていないか。その辺が曖昧なので教育現場がいたずらに混乱しているのが現実だろう。話が逸れるが、長野師範の付属小学校そ卒業生として思うのは、初等教員養成機関のご粗末さだ。

2019年3月25日月曜日

来るべき御代



これも昨日、皇居東御苑を散歩しながら思ったことである。残すところ1週間で新元号の発表、そして来月末には皇太子殿下へのご譲位となる。天皇陛下にはさぞ感無量でおられることだろう。陛下のこれまでのお勤めに対し心からのお礼を申し上げ、譲位後は是非ごゆっくりとお休みになられることを期待したい。国民はこれ以上ご宸襟を悩ますことが無いようにすべきだろうが、ここまでマスコミが発達してしまうとなかなかそうはいかぬだろう。

お住まいからテレビ新聞を排除できるはずも無いし、これまでの陛下のお言葉から推測すれば、何があろうと新天皇にアドバイスはなさるまい。もちろん新天皇は今上陛下の薫陶を十分くみ取っていらっしゃるし、50歳を超す立派な大人であられる。

小生には難し過ぎて十分には理解しがたいが、天皇は「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と憲法で位置付けられ、何をするにも内閣や国会の補佐やら承認が必要とされている。従って人間的な自由度はゼロだし政治的機能や権能も全く無いようだ。がしかし、国内的にも外交上に於いても陛下の一挙手一投足が大きな意味を持つことを否定できない。

以下は当て推量である。外国人から見れば日本の総理大臣なんぞは譬え長期政権であっても知らぬ人の方が多いだろうが、ジャパンエンペラーと聞くだけである種の敬意を覚えるのが普通のようだ。だからこそ新天皇にも今上陛下を大いに見習って象徴天皇の務めに邁進してほしいと切に希望する。時は今上陛下が即位された時よりもある意味では厳しいと言える環境かもしれない。

馬鹿な政治家共が不用意に口にする意味不明な安全保障環境のことではない。補佐役であるべき政治家共がおバカ揃いであることの方が余程国家的に危険だと思う。国民がそれに気づい賢い選択が出来れば心配は無くなるが、不幸にして国民はそんなに賢くはない。こんな時代が続けば、いつかきっと世直しを目指す青年が勤王の旗印を掲げて、或いはヒトラーのように社会主義者を装うってかもしれぬが立ち上がりかねない。

そんな時代が来た時どう振舞われるか、ご覚悟のほどは先日読後感に上げたご友人が書かれた本で承った。次の御代がそんなことにならぬことを心から祈りたい。

2019年3月24日日曜日

花見をしながら



絶好の好天に恵まれ、散歩がてらの花見に出かけて飯田橋から九段経由北の丸公園、皇居東御苑を巡り、平川橋から出て如水会館で今日はお花見ランチしかないと言うので2千円を奮発、昼飯を食って帰宅。団体や観光客の花見には少し早いようで、さほどの混雑は無くて気持ちが良かった。ただ途中武道館で、法政大学の卒業式にぶつかり大勢の初々しい男女に囲まれた。

男子は全員紺色のスーツ着用で、女子はこれまた一様に振袖に袴姿、色とりどりで素晴らしい目の保養。但し、白足袋に草履履きは2割もいたかどうかだ。彼女等にしてみれば数年前の成人式以来2度目の和装だろうしご苦労なことだ。建物の陰で袴を下ろして帯を締めなおしているのか、母親らしき人が懸命に働いているのを観ながら思ったものだ。昨今は自他を問わず婚礼でさえ和装で行く人女性は少ない。2次会が常識の現代では面倒すぎるのだろう。

いつだったか和服のレンタル屋が倒産したことがある。当たり前かもしれぬが、
代替する商品が廉価大量に供給されると古い商品は実用性を失い、関連企業は市場からの退場を余儀なくされる。和装の女生徒を中心に嬉々として燥ぐ若人を羨ましく思いながら、年齢のギャップを考えずにはいられない。人間は年齢に応じて間違いなく何かが劣化していく。

野球の名選手イチローでさえ僅か45歳にして引退表明せざるを得ない。昨シーズン44歳で選手生命が終わったとしても、他人に真似できない努力で珍しいほど長持ちしたとも言える。人間の体力とか生命力とは一体何であろうか?鍛えなければ成長は無いし、鍛え続けてもどこかでピークアウトする。そもそも体力とは身体の何処に宿るものなのか?筋肉の中か神経の内部か、それすら判然としない。

今日のサンデーモーニングに出演していたプロゴルファーの中島常幸氏はイチロー選手のことを「動体視力が弱ったせいでは?」と言っていた。花の命は短いが、人にしても大差は無いだろう。誰か、身体の劣化についてもっと分かり易く教えてほしいものだ。

2019年3月23日土曜日

沈みゆく船かも

大企業にはどんどんお金が溜まる一方で庶民の懐は寂しくなる一方と言われている。実感が薄いのは昔から大企業とは無縁で、現役時代に庶民と言えたかどうか自信が無いせいもあろう。確かなのは無職の年金生活者となった現在、懐が寂しくなるのは当たり前だからどうでも良いと思っているからだ。しかし与党政治家が、国民生活が良くなりつつあるようなことを言うのを聞くと腹立たしく思うのも事実。

政治家に国民生活のことが分かるのだろうか?国民生活のことは経済学者でさえ把握するのが難しそうだ。今は亡き有名な経済学者の宇沢弘文氏は「人々が豊かに暮らせる 社会を構築するためでなくては学問の意味が無い」と断じておられるが、経済学者にもいろんな人がいる。現在の状況を肯定する学者もいればそうでない学者もいる。与党政治家は前者の言ばかりを汲んで政策立案をしているとしか思えない。

だから偉そうに言うことだけは止めてもらいたいのだ。20才前後のことを現在と比べて思えば、国民生活は遥かに貧しい状態にあった。要するに国そのものが貧しかったわけだ。経済のことに全く無知でもそんなことは経験で分かる。だから年寄りは昔に戻ると思えば腹の虫も収まるかもしれぬが、若い人からすればたまったものじゃないだろう。

国全体がズルズルと沈みゆく船の様な現在の状況、大企業に勤める人も含め、中年過ぎの国民の多くは将来への不安感が募り、若者だって彼等なりの不安を抱えているに違いない。勇気ある若者は、船が沈んでも生き延びるために外国語を学び、学業の研鑽を積んで国と運命をともしないよう準備もするだろうが、その数は多くないのが当たり前。

小生の現状認識が間違っていれば幸いだが、もし間違っていなければ早いとこ船長さんを代えて、幅広い学説の中から正しい説を選択し、それに基づく政策の実現に邁進してもらわねば日本人は救われない。俗に言う世間知らずの政治家に舵取りを任せておいていい筈は無いが、残念ながら世間知らずの政治家を排除する方法論が分からない。

2019年3月22日金曜日

読後感「日の名残り」カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳

まだ現役の頃、アンソニー・ホプキンス主演の同名映画を観た記憶があるが、大した印象が残っていない。家内の遺品を大量に処分した際にこの文庫本が出てきたので、いつか暇潰しにと思って取り除き本棚に置いておいた。1995年発行の第3刷である。著者のノーベル文学賞受賞は2017年、つい最近のことだから、小説を特に好きでもなかった家内が何故この本を660円も出して購入したか、今でも不思議な思いだ。

私も本はよく読む方だろうが文学作品には特段の興味はない。しかし本書は読み始めると非常に興味深く且つ読み易く、惹きこまれてしまったのが不思議だ。物語は第2次世界大戦終了から10年ほど経った1956年のイギリスの何処か(残念ながらイギリスに行ったことがないので勝手にイメージするしかない)、とある古い館に勤める執事が館の主であるアメリカ人から休暇を与えられ、西方に約2、300キロ程度であろうか、主人の所有する最新のアメ車でドライブ旅行をすることになる。

僅か4泊ほどの短期旅行だが、この間主人公の一人語りで種々の思いが綴られる。実はこの主人公は現所有者が館を引き取る際に、前所有者から館ごと引き取られている。前所有者は前世紀から200年近く続いた名門のエリート、階級への言及は無いが、主人公の執事がイギリスでも指折りとなれば想像に難くないだろう。執事なる職業は日本にもあるのだろうが、番頭さんとも少し違うようだし、戦後育ちの小生にはイメージが難しい。

兎も角主人に仕え、主人の名誉を守ることを第一義に考えることが習い性となって初めて執事たりうるらしい。イギリスに於いても2度の世界大戦を通じて世の中は大きく変化したようだ。この主人公は美しい田園地帯のドライブ旅行をしながら第1次大戦前の古き良き時代を懐かしみ、その終了によって社会の価値観が大きく変わってしまったことを残念がっている。

民主主義国家の代表とされたイギリスでも、社会の安定は階級制度で保たれ、正義はエリートによって実現されていたと信じる主人公。しかし、選挙制度なる不思議な制度が導入された結果が果たして、果たして真の正義の実現に近づいたのかどうか、田舎町で出会う人々や昔部下と言うか同僚であった女中頭との邂逅を通じ、会話の端々に思いを載せる。流石1950年代生まれの筆者だけに、現代社会の問題点をさりげなく示している。


2019年3月21日木曜日

春の憂鬱

朝から休みなく強い風が吹いているが、暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったものだ。昨日今日は終日シャツ1枚で足りる陽気だ。夜明けが早くなったし日も随分長くなった。気が付けばコブシの花はもう散り始めている。冬の気配が全く無くなったことを喜ぶ人も多かろうが、何故か寂しさが先に立つ。季節が変わり春が来たからとて生活面で変わるべきものが殆ど無いからだろう。

将来未来に期待や希望らしきものはみつけられない。かと言って昨日「先行きの心配」をテーマに書いたが、自分に限ってみればさしたる不安を持たないと言うか、持つ気が無いと言った方が正確かもしれぬ、些か投げやりな気分でもある。女房に先立たれた亭主が長生きしないとはよく聞く話だ。先日亡くなったロック歌手の内田裕也氏なんぞも偉そうな振りをしていたが、意外と他愛もないものだ。

俺に限ってそれは無いと思っているが、彼の二の舞にならないと保証できる確信が薄れつつあるのも事実。歩くのも面倒になってきたし、昨夜早く寝たのに今朝寝坊したせいかもしれぬ。遊びまわる友人も減りつつある。もっと積極的にやりたいことを見つけないと、やはり例外でなかったになりかねない。

2019年3月20日水曜日

先行きの心配

今年の10月から消費税が2%上がり10%となる。3%から始まった消費税も遂に10%になる訳だ。その昔、税金直間比率の見直し、と訳も分からずに大蔵省のお先棒を担いでマスコミ対策を仕事にしていた時代を思い出す。当時は税金を給料から天引きされるより、無駄遣いしなければ税金を払う必要が無いのだから合理的、なんて呑気に思っていたが、今となれば給料は無い上に使えるお金が減るのだから嬉しい訳はない。

しかも今度の消費税改定には公明党への配慮とかで、軽減税率なる摩訶不思議な制度が導入されている。個人商店が減っているとは言っても零細企業の商店主は気が気じゃないだろう。現に毎日のように昼飯を食いに行く馴染みの店にはレジは無い。今日も昼に思ったが、今どきメニューに絵の無い店は珍しい。今日の日替わり定食はコロッケ2個にハンバーグのフライ(メンチカツと言うべきかな)、みそ汁と小鉢がついて670円。味が良いから11時半からから14時半頃まではいつ行ってもほぼ満席だ。

女将さんが主にお金を管理しているようで、たまに税金についてボヤキを聞くことがある。そして10月の改定時に便乗して値上げを考えているようだから、平均900円を超すメニューが少なかったこの店のメニューも遂に千円超が当たり前となり、今日の日替わりも恐らく750円程度に代わる可能性大だ。こちらの懐には打撃ではあるが、店の立場で考えれば至極当然だ。

昨晩ちらと一部だけ観たテレビにたまたま共産党の志位委員長が出演して良いことを言っていた。消費税増税には断固反対で、増税によって5兆円ほど財政が潤うことになるが、総理はその反動で消費が落ち込むことを恐れて約6兆円の対策を打つと言っている。ならば増税する意味が無いのだから増税をやめればいい。誠に論理的にも筋が通った説得力ある話だった。司会者がそれでは将来にわたって増税分を当てにしている財政の穴はどうするのか?

この問いに対しても、法人税制を少し下げ過ぎているので5%増税し、1億円を超える高額所得者の殆どが株式の利益から得ているのは明らかなので、現在一律20%の課税水準を5%増やすだけで十分間に合うと論破していた。志位さんの共産党が政権の座に就くことは先ず無いし、今さら心配してもどうともならぬが、何れにしてもこの秋以降一層生活費を切り詰めねばなるまい。

2019年3月19日火曜日

世代交代

昨晩は孫二人と娘のご亭主3人をご接待して夕食を楽しんだ。最初は、二浪していた孫の大学合格を聞いてお祝いの心算だったが、娘から電話が来て、筑波に居る上の孫も帰宅しているし旦那の夕食を用意するのも大変だから、3人纏めて面倒見てくれとのこと。肝心の娘は勤めがあるので参加できない由。一人欠けるのは寂しいが二人増えることに否は無い。

旦那は遅れて参加と言っていたが、実際には夕方6時には汐留の「鹿児島黒豚しゃぶ店」に全員揃った。それでは乾杯と言う段になると、これまた肝心の孫が水をくれとの注文。「そりゃないだろう」と言ったが、二十歳前だし腹の調子もイマイチなのでと言って聞かない。二浪しているが確か3月30日の生まれだったかで20歳前のようだ。別に体育会の新人歓迎会でもないので当人が酒なんか飲まなくても、他の3人は全く関係ない。

3時間近く食ったり飲んだりして10時頃帰宅。店が遠かったこともあって昨日は1万7千歩も歩いてしまった。帰宅してから風呂に入る前に米を洗って朝飯の準備をしたりしたので、さすがに今朝は少し疲れ気味。いつもと同じ5時に起きてルーティンワークは一通りこなしたが、すぐに眠気に襲われ昼寝でなくて朝寝をしてしまった。これが素浪人の良いところかもしれぬ。

ところで孫どものこれからの人生だが、当然ながら本人たちにも明確なイメージは無いようだ。親父さんにも無さそうだし、ましてこちらにアドバイスできそうなことは何も無い。全員「ケセラセラ」は困ったものだと考えるか、血筋と思うべきかは知らぬ。思ったのは、毎日「日経」を読んでいる50歳近くの旦那は昨日ブログに書いた「CCS」を知らなかったが、孫は二人とも鳩山由紀夫のデマ騒動としてちゃんと知っていたこと。

孫二人は新聞テレビ等のマスコミよりネットからの情報取得が多いのだろう。、同期生の集まりは段々少なくなる昨今でパソコン・スマホについていけない我が世代。かくして世代は交代していくのだろうが、酔いに任せて「中年過ぎたら健康を考える」が必要、なんて偉そうに言ってしまったようだ。

2019年3月18日月曜日

「CCS」(Carbon dioxide Capture and Storage)

昨日少し落ち着いたので久し振りにYouTubeを観ることにした。選んだのが鳩山由紀夫氏主宰の「友愛チャンネル」ゲストが元外務省官僚の孫崎享氏。昨日も少し触れたが、二晩高校同期生と寝食を共にした中で感じたのは鳩山由紀夫氏の人気の無さ、或いは評判の悪さだ。雰囲気を壊す必要も無いのでその場では一切反論しなかった。彼が日本の行く末に大きな禍根を残したかどうかについては信念をもって反論できかねるが、友人たちに心底同意できかねるところもある。

政治家として採点すれば辛めの評価が出るらしいが、他の政治家と比べた場合それが妥当かどうか分からない。ただ言えるのは育ちが良すぎて、我々とかなり異なる感覚を持っていることだけは同意せざるを得ない。そんなことはどうでもいいが「友愛チャンネル」はよく観る方だろう。昨日のそれで知ったのが「CCS」だ。ネットでは昨年から話題にはなっていたようだ。

そもそも「CCS」とは、二酸化炭素を回収し、地中深くに圧入・貯留する技術。地球温暖化の原因とされる二酸化炭素を圧縮して地中深くに埋めてしまえば地球温暖化防止に役立つとして盛んに研究が行われているとのこと。ところがこれには副作用があり地震の原因になりかねないと指摘する人がいて、ネット上では昨年9月に発生した北海道安平町を震源地とした震度6強の地震もその例に漏れないと言われてはいたらしい。

そして今年の2月21日、同じ北海道の厚真町での地震発生受け、鳩山氏がツイッターで「厚真町は本来地震にほとんど見舞われなかった地域。苫小牧での炭酸ガスの地中貯留実験による人災と呼ばざるを得ない。」と主張。これを道警が即座に「デマ」と断定してマスコミがそのように報じたそうだ。鳩山氏を馬鹿と罵る人からすれば格好の材料かもしれない。しかし、ネット上で「CCS地震」を検索してみてほしい。地球上のみならず地下にも不思議は一杯である。

騒ぎを喜んだり煽るつもりも無いし、鳩山氏の主張は推測によるものであり、肯定するつもりもない。ただ道警の決めつけが科学的根拠に基づいていないことだけは確かである。

2019年3月17日日曜日

冬の志賀高原


先週ネパール旅行から帰ってきたばかりではあったが、志賀高原に行って2年振りにスキーを楽しんできた。10数シーズン前から年に一度高校同期のスキー好きが集まる会があり、永久リーダーを務めてくれる指導員の資格を持つ友人K君が、今年は小生の都合を慮って3月13日から2泊3日で設定してくれたので2年振りに参加した。13日も14日も快晴で、しかも13日の夜新雪が10センチ近く積もったのでゲレンデのコンディションは最高。

ところが滑り始めはスキーと身体が全くバラバラでどうなることかと思った。騙し騙し滑ってはみたが体力の衰えはどうしようもないし、技術と言うか反射神経も老人のそれだからイメージ通りにスキーが動くはずも無い。涙と噴き出る汗でゴーグルは曇り危なかっしいことこの上ないが、それでもまる2日間を掛け、志賀高原北西の半分になる丸池から発哺ブナ平・東館・一ノ瀬ファミリー・寺子屋・焼額・奥志賀と主だったコースを一通り滑ることが出来た。

今回参加した同期の友人は小生を含め5名、これにその奥方1名と元会社の部下が2名加わって合計8名。10数年前には同期生参加者が10名いたことを思うと今昔の感がある。尤も参加した我々も身体の劣化は否みようがないが夕食前後の酒盛りでは意気軒昂そのものだ。小生以外7名のメンバーは現役時代社会に於いて赫々たる貢献実績を上げた者ばかり、皆海外経験も豊富なことから話題のスケールは次第に大きくなる一方。

話題が時局問題なんかになると、全員が年齢経歴からして保守主義者なのは結構だが、野党や共産主義国家への批判が強烈なのでどうも口を挟み難く、もっぱら酒を飲みながら謹聴することになり、ネパール旅行に引き続き酒量が上がってしまったようだ。何れにせよ来年もまた同じメンバーでスキーを楽しみたいものだ。

2019年3月16日土曜日

ネパール紀行(その5)

ポカラのホテルには山に向かう前にデポした荷物が待ち構えていた。ここのホテルも立派だったが、さすがに飲み疲れが出たようで夕食後の二次会に顔を出せなかったような気がする。翌朝は又バスに乗り込み、来る時飛行機で30分ほどだった道をカトマンズまでのバス旅行。登山のジープを思えば何ともないが、道中しきりに日本のことが思い出される。インドまで通じる1級の国道らしいが、酷い埃にまみれているうえ、乗っているバスのタイヤを見ると1本のボルトのナットが外れている。



ポカラは820メートルだったがカトマンズは1400メートルの盆地だから、相当な標高差を登り降りしてることになる。嘗て伊那谷をバスで走った時、伊那の谷は流石に深いと思ったが、ネパールの谷は比べ物にならないほど深いと思う。その深さを実感しないのは森林限界が高く、少なくても2千メートルを遥かに超す高みまで木が茂っているからだろう。途中でゴンドラケーブルが動いている場所があった。ガイドの説明では「最近国内で既に3本のケーブルが稼働し始めています。何れもヒンズー教のお寺にお参りする人のためのものです。」とのことで観光用ではないらしい。

ほぼ1日がかりでカトマンズに到着。夜は近くの中国料理屋に行ったような気がする。兎に角この旅行中ホテルで夕食を摂った記憶が無い。一行の中に本物の中国人が居たので、注文が難しく店の方も難儀をしたことだろう。翌日は昼間カトマンズ市内の名所見物、世界遺産に認定されている寺院も多いし、寺に預けられ生き神様扱いの幼い少女なんかを見学、と言っては怒られるか、拝んだりして過ごす。



夜はガイドたち家族とお別れのパーティー兼メンバーに居た人の誕生祝を、観光バスが何台も駐車し、宴席には楽団と地元の舞踊がセットされた大きな料理屋で開催。ガイド達との別れを惜しんだ。



翌朝の便で成都に戻って1泊、ここで印象に残ったことが一つ。到着が遅かったので大きな料理屋は皆仕舞っている。とある麺料理店に入って注文した時のこと、イスラム系の経営故酒が無い。もう飲み飽きるほど飲んだので特に問題は感じなかったが、宗教弾圧とか言われる中国でもここのイスラム教徒は平気なようだった。翌日の昼成都を立って夜9時過ぎに無事成田に到着。様々な見聞を楽しみ、嫌な思いの全く無い海外旅行だった。ネパールがリピーターの最も多い観光地と言うのも頷ける。

ネパール紀行(その4)

翌朝オーストラリアンキャンプから大凡5時間、標高約1000メートルにある日本人経営の「花の家」までトレッキング。と言っても緩やかな降りで、生活道路かどうか、平らな石で整備された部分が多く非常に歩きやすい。途中でゆっくり休んで昼食は握り飯でない地元のカレー料理だし、文句のつけようはない。着いた旅館は日本人経営だけあって部屋のシャワーと別に風呂場まで用意されていいた。



但しこの行程はジープが追走していない。荷物はガイドがジープで持参したものを含めポーターを雇って背負ってもらっている。聞くと現在は法律でポーター一人当たり30キロを超える荷は禁止されているそうだ。一人30キロ近い荷物を頭陀袋に入れて、紐と頭に巻き付けたベルトで背負う。こちらの一行の中に185cmで地元の少年野球の監督をした大男が居て、休憩時間に試しにやってみたら結局立てなかった。ポーターは流石に裸足の人はいなかったが、リーダーが渡したチップに喜ぶ様子を見るにつけ、一寸後ろめたい気持ちがよぎったのも事実。



「花の家」でリーダーの友人である地元のシタール奏者サワン・ジョシ氏と合流。氏は上野の音大に留学したプロのミュージシャン。長野では有名人らしい。未だシーズンに入ったばかりで他に客がいないのを幸いかどうか、夜は彼の演奏会の後でいつもの酒盛りとダンス。旅館の従業員もむしろ喜んでいる様子だった。翌朝はまた少し歩いて降り、ミランチョークと言う村から迎えに来たバスでポカラまで。夕食前にポカラにあるペタワール湖などを散策しながら、小生は野球帽をガイドに値切ってもらって500ルピー(約500円)で土産として購入。因みにルピーは、入国と同時に全員一律5000ルピーずつ両替してもらったが、結局使い切れなかった。


ネパール紀行(その3)

翌朝、首都カトマンズから北西約200キロのポカラに飛行機で移動。副首都とされ、人口は国内2位で約26万。ヒマラヤ西方のアンナプルナ山系観光の拠点都市らしい。飛行場に降り立つと青い空を背景にそそり立つアンナプルナ山系が美しい。ここでガイドと正式に対面した後、ジープに分乗してトレッキングの拠点部落ガンドルンに向かう。長野の義妹が行った時はここからキャンプしながらのトレッキングで3泊くらい掛かったらしいが、ジープだからと言うことで参加した意味もある。

ガイドの一行4人と頭(帽子着用)のお内儀さん

だからこのジープでの難行苦行については申すまい。兎に角その日のうちに標高約1940メートルのガンドルンに到着。この日の夕方も翌朝もアンナプルナ山系の山脈はたっぷり堪能。緯度は奄美大島と同じと聞いても未だ3月の初め、しかも標高が高いので夜はそれなりに冷える。しかしガイドが冬用の寝袋を用意してくれた上に湯たんぽまで持参しているので寝心地も快適。部落にレストランは無いので旅館の台所でガイドが食事を準備、結構な味だ。酒は全員一人ずつが日本から何でもいいから1本ずつ持参と指示されていたので地酒にプラス。毎晩酒盛となっての大騒ぎ。ガイド連中が実に陽気でついついこちらも踊の中に入ってしまった。



ガンドルン着の記念写真バック左側峰がアンナプルナ南峯、右側峰がパラマウント映画にシンボルに使われているマチャプチレ(魚の尻尾との意味)


翌朝、再びジープで少しポカラ方面にバック。標高約1100メートルの渓谷に降り、そこから標高で約500メートルをトレッキング夕方オーストラリアンキャンプと言うキャンプ地に到着。キャンプ地と言っても我々は立派な洋式のトイレ付ツインベッドルームのバンガロー。食事も宴会も先に書いた通りで何の問題無い。朝夕高山の景観を眺め、手近な草花を楽しむのみである。

背景の赤い花の大木が石楠花、春の代表的な花らしい


ネパール紀行(その2)

久し振りの海外旅行だったので、前回はメンバーの紹介だけで肝心のネパールに辿り着く前に終わってしまった。兎に角ネパールへは直行便は無いらしい。リーダーが我々に空からヒマラヤ山脈を見せるために態々中国四川省成都経由の便を選んでくれたようだ。普通の団体旅行ではこうはいかないと思うが、我々は半分ずつ縦一列で両端の窓際の席に陣取ってヒマラヤ山脈を窓から堪能することが出来た。行の便ではエベレストを見ることが出来なかったが、逆に帰りはエベレストを真横から眺めることになった。少し昔、白山からの帰りに飛行機で羽田に帰ったことがあるが、中部の山岳地帯を上空から見ても大した感慨は湧かず、記憶も定かでない。

成都を出発してネパールの首都カトマンズまでは確か3時間一寸だったと思う。半分強は中国上空で雲の上、そのうちに前方に山脈が見え始め、それが、近づくと巨大なヒマラヤ山脈の上空に達する。山脈が如何に高いかは上空1万メートル近くを飛行している飛行機からはっきり見えることが証明している。取り敢えず帰りに撮ったエベレストの写真をアップするが、氷河か雪か知らぬ山々が果てしなく続くように見えるヒマラヤ山脈の景観には圧倒的な迫力があった。この山脈を地上から間近に見るために来たかと思うと感無量でもあった。



カトマンズに到着すると快晴、前日は大荒れで成都のからの便が着陸できず引き返したと聞いて驚いた。余程一行の行いが善かったのだろう。飛行場で現地のガイド頭夫妻とスタッフの出迎えを受けてバスに乗り込み、第一夜の宿に。空港からほど近いロマンティックな名前の「サンセットビューホテル」。町の印象は汚く混乱していること。道路は狭くて凸凹、人やいろいろな車が激しく行き交うが信号は無い(一つ二つ見かけたようにも思うが、点灯していない)。バスで隣り合った隊員の一人に聞くと4度目のネパールで前回は4年前だそうだが、殆ど変わりが無いとのこと。

ところが、ホテルのゲートを潜るとこれまた見紛うばかりのウェスタンスタイル。朝飯のビュッフェは豊富な品揃えで美味かったし部屋も気がきいている、しかしお湯の出は悪い。ホテルの写真を1枚アップする。


2019年3月12日火曜日

ネパール紀行(その1)

来週まで待とうかと思ったが、今回のネパール紀行の様なものを忘れぬうちに書こうと思い直した。海外旅行は前の旅券を確認すると、2002年5月3日中国から帰国して以来だから16年振りのことになる。今回は友人がリーダーを務める団体旅行なので、旅券申請から帰宅するまで全て負んぶに抱っこ、リーダーの指示に従っていたので何一つ不安もなく何事もスムーズに運んだ快適な旅であったことを先ず書いておきたい。

簡単に旅程を記す。先ず2月27日夕方、長野から到着したメンバー11名と愛知県春日井市から来た1名と私が成田のホテルで合流、ここでリーダーから「旅ノート」なる小冊子を受領。これが実に優れ者で、3月9日まで11日分の行動予定と宿泊のルーム毎に相部屋となる人員が特定されて印刷されている。
後は毎日の点呼でルームナンバーを記入するのみ。リーダーは別として、今年の正月に顔を合わせたものの初対面の方ばかりなので名前すらロクに覚えられなかったが、一晩相部屋となれば旅の終わりまでには全員と仲良くなれる仕組みでリーダーの心配りに感謝している。

28日朝食抜き8:50の便(中国国際航空)で成田を出発、機内食は不味いので自分で工夫した方が良いとも聞いていたが結構美味かった。全員窓側の席で道中長いので、隣の人とは積極的に口をきいて仲良くした方が善いとのアドバイスもあった。それに従って隣に来た若い女性に「おはよう」と声を掛けたがニッコリするだけで通じない。どうやらこの女性、母と二人連れて日本観光旅行の帰路らしいことがだんだん分かってきた。コミュニケーションは彼女が取り出したスマホに日本語を打ち込むとスマホが中国語に翻訳、或いはその逆も可であった。

6時間一寸かかって四川省成都に到着する頃はすっかり仲良くなって、空港内移動の満員バスの中で変な関西弁のおっさんに絡まれそうになり我が腕にしがみ付いてきた時は一寸誇らしくも思ったことだった。成都の空港で現地参加の唯一の中国人と合流、この人は広島大学に留学、中国大使館勤務経験もあり、日本で出版もしている大インテリのお金持ち。隊員一同旅中一方ならぬ世話になる。名前は李建華氏: 未読ではあるが氏の書を紹介「聖域巡礼 私の目から見るチベット」 禅文化研究所から2013年に出版。

書き始めたら長くなってしまった。長野に行く時間が迫ったので今日はここまでに。週末以降に続きを書く予定。

機中で私のスマホを取り出すと彼女が撮影してくれた。

2019年3月10日日曜日

ヒマラヤ観光

いい歳になったものの、これと言って自慢できるほどの趣味は無い。ただもの好きで、他人がしていることを真似してみたくなる癖がある。猿真似の譬え通り他人様が長年苦労して達する域に到達し得ないことは初めから分かっているが、一寸齧って「成程これは面白そうだ」と思えば満足するのだ。山歩きなんかもその典型だろう。今回はたまたまひょんな機会を得てネパールの奥地で本物のヒマラヤ山脈を自分の目で見る機会を得た。昨夜成田に到着して今朝帰宅、洗濯をして日常が戻ってきてしまった。

まだ30代の頃だったろうか、母が友人とヨーロッパに行きスイスアルプスの観光を自慢した時、いつか自分も行ってみたいと思った時期もあった。しかしその時の母の年齢に達してみると、精神的にも経済的にも両親に追いつけなかった悔しさからだろうが、「何も遠くまで山なんか見に行かなくても、山は日本にも沢山ある、山は見るためより歩くための存在として活用すれば良い。多少の高さの違いなんか関係無い。」と勝手に決めつけていた。

ところが今回のヒマラヤ観光ですっかり考えが変わった。百聞は一見に如かずの譬え通り間近に見たヒマラヤ山脈は日本の山と全く違う。その美しさは気障な譬えになるが神々しくさえある。現地の人々が長いこと登山を試みなかったことが分かるような気がする。日本の高い山は登山家でない小生ですら簡単に登りたくなっても仕方ないが、ここヒマラヤに至ると登りたくなる人の神経が分からないくらいのものだ。

ネパールの緯度は奄美大島と同じくらいだそうだ。山脈を見上げている立ち位置には初夏の草花が咲き乱れ涼風が吹き抜けるが、眼前の山肌は人を寄せ付けぬ厳しさが伺える。今回の旅行は天候に恵まれたようで、いつもこんなに好都合にはいかぬこともあるらしい。現実、予定が1日早まっていたら首都カトマンズの天気が大荒れで飛行機が着陸できず引き返さざるを得なかったとのこと。他にも旅行を計画し、メンバーを集めてくれた友人T氏と集った参加者15名とガイド達が良い人ばかりで、少し飲み過ぎのきらいは否めないかもしれぬが10日余りがあっという間に経ってしまった感じだ。
 

現地3月2日アンナプルナサウスとマチャプチャレをバックに

2019年2月26日火曜日

暫し勝手します

未だ昼飯から帰宅したばかりだが今日は朝から何かと落ち着けない。午前中に出歩くことは少ないのだが、今日は朝から床屋に行ったり百円ショップで買い物したりいつも大分違う生活パターンである。このブログも大分中途半端な時刻に書いているのは訳がある。昨年末少し触れたと思うが、明日から待望のヒマラヤ山麓トレッキングに出発するからである。

勿論ネパールなんて国は初めてだし、海外旅行も何年振りか思い出せないくらいだ。旅券申請に赴いたら前のものは2007年3月7日で期限が切れていたから最低12年以上日本から出ていないことになる。妻は足が地に着かない乗り物には絶対乗らないと遂に生涯飛行機に乗らずあの世に行ってしまったが、小生も臆病で飛行機は出来れば乗りたくない。北の若旦那も同じかもしれぬ。

しかしその恐怖に、自分の目でヒマラヤの山脈を拝める魅力が勝ったと言うことだ。八ヶ岳の山麓に住む友人の娘さんがヒマラヤに行ってきて親父に言ったそうだ。「八ヶ岳てあの奥にもっと高いところが無いの?」3千メートル級の山脈とその倍以上の山脈ではそんなに迫力が違うものか、と些か疑ったりしているが、ま、百聞は一見に如かずとも言うから確かめてこようと思っている。

一行は地元のガイド兼通訳一人(グルカ族とのこと)を入れて15人、隊長は高校の同期生の元長野県山岳協会の会長、全員現住所は異なっても長野県人で救命医療専門のお医者さんが参加している。隊長と小生の78歳より1歳年上の方が1名、この方はヒマラヤトレッキングは何度も経験されたらしい。最年少は女性で未だ40代の料理研究家、長野のマスコミにはよく登場されているらしい。どんな景色や人との出会いになるか大いに楽しみにしている。

出発は明後日の朝6時半だが、明日の夕方成田空港のホテルで全員落ち合うことになっている。帰宅は来月10日の予定、しかしすぐ志賀高原にスキーに行く予定があり、明日から約2週間ブログを休みます。乞うご了承。

2019年2月25日月曜日

馬鹿を相手にするべからず

子供の頃から落ち着きが無いと言うか、何事にも集中できずにすぐ飽きが来る嫌な性格である。しかしこのブログは2009年4月から書いているので、よく続いたものだ。当時仕事で協力してもらっていたスタッフから「今流行っていますよ」と言われ「では俺もやってみるか」で始めたが、何を書いていいか分からない。そこでこれも思い付きでテーマを予め分類してみた。これが右側に表示されている。

その中で3番目に多いのがご覧の通り「政治関連」である。今月も既に2回書いているが、思ったより少ない感じがする。これまで合計547回書いているのだからもっと多くても不思議はない。妻の生存中は政治のことがよく話題になったので、ここからネタを貰って書くことが出来たが最近はこのネタ元が居なくなったこともある。現在は通常国会の山場、来年度予算案衆院通過直前だから一昨年までだったら茶飲み話も大いに盛り上がったかもしれぬ。

しかし最近は国会中継もあまり観ないので、これについては一言が見つからない。時たま見たりすることはあるし、夕方7時のニュースや何やらで大凡の流れは知っているが、勘違いの恐れを顧みず率直な感想は、とても真面な大人の討論ではないに尽きる。己の生活に直接関わることかもしれないが、他人事のようにしか思えないところもある。基本的には自民党公明党にあまり好きな議員がいないこともあり、どちらかと言えば野党を応援していたのだが、正直なところこれにも少し飽きがき始めている。

議員数をかさに着た政権のおごりは極まっているが、対する野党の戦い方ももう少し知恵の出しようは無いのだろうか?もう数週間前のことになるが、所属は忘れたが岡田克也議員が安倍総理の「民主党時代は悪夢」発言に対し「撤回しなさい」と激しく迫る場面を見た。総理の対応はお決まりのパターン。岡田さんも野党の重鎮の一人だ、ガキの口喧嘩をしてどうなるものでもあるまい。「馬鹿を相手にすると自分も馬鹿になるよ」はそれこそ子供の時分からよく聞いたことだ。

昨日行われた沖縄の県民投票、政府は「結果を真摯に受け止めるが辺野古移設の工事は止めない。」と意味不明な見解を示しているが、内心相当動揺しているのではないか。県知事の方も政府のたわごとなど聞こえない振りで作戦を練っていることだろう。これが馬鹿を相手にしない一つのやり方かもしれない。

2019年2月24日日曜日

ご在位30年記念式典

今日は今上陛下の送別式典の日、このことについて国民はどのくらい認識しているのだろう?確か在位20年の時は今の野党民主党政権下だったせいかどうか、様子が大分違う。当時の式典は今日と同じ国立劇場だったが、第2部とも言える商工会議所主催の「御即位二十年をお祝いする国民祭典」が夜になって皇居前広場で両陛下臨席のもと盛大に行われたが、今夜は何も無いようだ。

何れにしても政府主催の式典が何故今日になったのかも知らないし、今日式典があることを知らない人の方が多いのではないだろうか。本当は頭から観たかったのだが、昼飯の後で買い物があったりして寄り道したため、外国駐在員代表の挨拶からしか生で観ることが出来なかった。20年式典ではこの外国駐在代表祝辞なんぞは無い。その後に続いた国民を代表しての祝辞が、内堀福島県知事と川口賴子元外務相。福島県知事が高校の後輩だから言うのではないが、まあ良いとして、川口頼子が何故代表になるのか理解に苦しむ。司会者が陛下の海外訪問の際女性として初めて随行員に選ばれたことを強調していたが、だから何だと言いたい。

今の政権は皇室を軽んじているから仕方ないが、兎に角全体的に変な白々しさが伝わってきたことは否定できない。中継を観始めた時は両陛下の顔つきが随分厳しく思えたが、国民代表の後に続いた波野久理子さんの御製と御歌の朗読、、続く沖縄出身の歌手三浦大知さんの琉歌の独唱になると別人のような優しいお顔になられたのでほっとした思いだ。ひな壇に居並んだ三権の長と官房長官には、この陛下の平和への思いと沖縄に対する思い入れはとても伝わらないとは思う。

しかし最後の陛下お言葉は重い。要約すれば「自分は戦争ない時代を過ごせたが、後を継ぐ者たちのことが心配だ。」畏れ多いが全く同感と言わざるを得ない。このお言葉の時陛下は少し頁を飛ばされたようで、皇后さまが脇からサポートされた。陛下を見送って思ったのは「随分とお歳を召されたことよ」だ。志賀高原でスキーに励んでいた若き皇太子殿下が懐かしい。

2019年2月22日金曜日

奥秩父ハイキング

昨日の江戸は終日暖かった筈だが、朝6時に家を出て秩父まで足を延ばし、帰宅したのが夜7時過ぎだったので、残念ながらその実感は無い。行ったのは西武線の飯能と秩父の中間点、正丸駅で下車して2駅飯能寄りの吾野駅までの山道14.5キロのハイキング。正丸駅に到着したのが8時半少し前頃、初めてのコースだったので、山道に掛かって最初に遭遇した地元のご老体(犬の散歩の帰り道)から篤とコースなどについて教えて頂くことが出来たのが有りがたかった。

この辺りで既に標高が300メートルもあるので梅も咲き始めの感じで立ち話をしていても肌寒さを感じるくらい。老人からも地図は持っているだろうと聞かれたが、実は今日は持参していない。スマホの訓練のつもりでもある。老人曰く「それは結構、俺も渓流釣りで道無き道に入るが一番当てにできる。」ところが猫に小判の譬え通りで結局スマホはカメラだけ使用、道案内の役には立たなかった。

標高は低いが秩父山奥の春はまだ遠い、北斜面には雪が残っているし、お昼近くになっても風が冷たく地面は固く凍り付いたままだった。正丸駅で降りたハイキング客らしき格好の人は3人ほどいたがトイレにでも行ったのだろう、前後に人影は見当たらない。寒いのでひたすら歩き続けること約3時間半。12時になったので持参のコンビニおにぎりを食って、さてデザートのオレンジをと思ったがナイフを忘れてきたことに気付いた。

仕方なく諦めて早々に歩きを再開。2時半には「子の権現」到着。幾つかの峰を縦走して来たがここが最後の峰らしい。しかもこの権現さんが足腰守護の神仏として信仰を集めていると知り、嬉しくなって500円も出してお守りまで買ってしまった。昔から専ら神と仏に頼る悪い癖は治らない。ここから吾野駅までの降りになるが、途中にある浅見茶屋がまた嬉しかった。うどんが名物らしいが3時を回っていたせいか既に売り切れ、天草きなこ黒みつアイス450円もまた格別な美味しさだったが、昼に食えなかったオレンジを8つ切りにしてくれたのでストーブを独り占めにして心からの安らぎを覚えたものだ。

ハイキングの詳細は下記をご覧願います。
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-1736110.html

2019年2月20日水曜日

晴れたり曇ったり

嬉しいことに昨夜の雨もあり、一気に春らしくなった。これから一直線にとはいかぬだろうが春への期待が膨らむ爽やかな朝となった。ところがギッチョン、歯医者の予約が極めて半端な12:40に入っていた。定刻に行くと「今日は型を取りますので又麻酔を掛けさせていただきます。」嫌とも言えず大人しく座っていたが、何と延々1時間10分に亘る大作業。その割には終了後の受付で「本日は料金を頂きません。次回ブリッジが完成してきますので先日お見積りした料金をご持参ねがいます。」

ブリッジは左上奥から5本分の歯である。見積もりの時「プラスチックであれば1万円ちょっとですが、瀬戸物で作ると約50万円、どうなさいますか?」と聞かれ、あと何日生きるか分からないので迷ったが、結局瀬戸物にしてしまった。自分の身体への投資でケチっても仕方あるまいが、保険と非保険の違いは大きいものだ。家内が生きていたらなんて言うだろうか?彼女は入れ歯を使っていたから「無駄遣いはおよしなさい。」と言ったかもしれぬが、それでもやはり瀬戸物を選んだだろう。

昔、歯医者は下駄屋と同じなんて悪口をよく聞いたり言ったりしたが、現代の歯科医、特に今世話になっている先生は高度な医療技術を有する大事なお人でもある。それよりも、食物の摂り入れ口の重要さを認識できなかった幼き日の自分が恨めしい。ところで非保険の歯科医療費は確定申告の際に医療費控除になるのだろうか?一昨日確定申告をしたばかりなので少し気になる。なるとすれば来年の確定申告に期待が持てる。医療費控除は4年前の前立腺がん治療の時10万円以上になった記憶があるが、ちょくちょく医者の世話になる割には年間10万円のハードルは高い。実は昨日もそのがん治療の経過観察で日大板橋病院放射線科に行ったばかり。

いまのところ、副作用とかの問題も無いので次回は8月19日にでもしておきましょう。で料金が72円だった。朝あんなに爽やかだった天気も夕方4時ともなるとお日様はすっかり雲間の隠れている。天気も晴れたり曇ったり、人生も禍福糾える縄の譬え通りだ。

2019年2月19日火曜日

中国人のこと

他人も同じかどうかは分からないが、己を客観的に見ることの難しさ、とにかく自分のことは分かり難いものだ。自ら向上を目指す囲碁は、負けが込む一方だし、体力の劣化も儚い抵抗ばかりが続いている。いい加減にやめろと注意する女房が居なくなったので他人の悪口雑言を書き綴る毎日のマスターベーション。これに如何なる意味があるか、少し真面目に考えた方が好いかもしれぬ。三つ子の魂と言うことがあるが、他人への迷惑ばかり、精神年齢だけは幼児のままのようだ。

もう10日余り前のことになるが、NHK・BS1スペシャルで放送された「中国の改革開放を支えた日本人」を興味深く観た。この番組は1970年代半ばの土光経団連会長と稲山新日鉄会長にスポットを当てた番組である。明治生まれの財界人が居なくなった現在、彼等に敬意を表するに吝かではないが、最も興味を覚え、尚且つ冒頭に書いたように己を反省する気になったのは、支えられた中国側の人々である。

中で最も偉いと思ったのが最高指導者の鄧小平氏だ。彼が日本を初めて訪れた時のことは、既にテレビも新聞も発達していたのだから記憶に鮮明である筈だが、今回の放送で初めてか改めてか知らぬが気づいたことが多い。最も印象的なのが鄧小平氏の次の言葉「我が国は日本に比べ相当に遅れているから、真剣に学ばねばならない。」言い回しは違っているだろうが、彼は中国経済があらゆる面で日本に比べ相当劣っていることを率直に認め、戦後僅か20年で復興した日本から多くのことを学ぶべきと国民に呼びかけたのだ。

帰国後の全人代で例によって全国から指導者数千人を集めた演説で語った話が面白い。「ブスが化粧して美人に見せようとしても、ブスは決して美人になれない。」共産党による支配構造の中で頂点まで上り詰めながら、足元の現実をよく見たものだ。国家の何かを反省し、これを根本から変えたいとの思いが伝わってきた。おバカなくせに利口ぶり、お化粧ならぬ詭弁と虚偽で繕う努力を続けている隣国日本、嘗ての教師だった国家の現実を鄧小平氏が見ることが出来たら、どんなアドバイスをくれるだろうか。

2019年2月18日月曜日

マスコミの報道姿勢

現在は報道各社(所謂マスコミ)に毎日世界中からニュースが流れ込む時代であることは承知している。その中から何を選択して報道するかは各社の選択であり、そのどれを選んで読むなり視聴するかは一般受け手の問題となる。受け手の一人として言わせてもらえば、だから各社毎にもう少しバラエティーが欲しい。

世間には常識と言うものがあるので各社が似たような項目を選択するのが当たり前で、お前の様な非常識人相手の項目なんか選択する筈が無い。と言うことなんだろうか?では選択項目については一歩譲ることにしよう。その項目に対するスポットの当て方まで同じである筈は無いだろう。大分前に書いたことがあるが、日刊ゲンダイを日本のクオリティーペーパーと皮肉りたくなる原因はそこにある。

残念ながら独居老人になって既に1年有余、毎朝電車に乗る機会がなくなってしまったので駅に置かれた新聞スタンドで日刊ゲンダイの広告を見る楽しみが無くなってしまった。ニュースの基本はどうしても朝夕のテレビ報道となってしまう。この視聴は短時間で項目だけのチェックに過ぎないので、出来るだけ民放も観るよう努めているが、悔しいがどうしてもNHKが中心になってしまっている。

弁解めくが、項目を掴むにはNHKアナウサーの質が一番高く聞き取りやすいからである。余計なことを長々書いてしまった。言いたかったのはこの週末のイベントで世界中の耳目が集中したのが「ミュンヘン安全保障会議」。少なくとも今朝のNHK/BS「ワールドニュース」に依れば殆どの局が取り上げている。もちろん取り上げ方はその国によって大きな違いはある。アメリカに好意的な国、ECに共感する国、ロシアや中国寄りの国、それ等を視聴するだけでも興味を覚える。

大国間の対立が厳しくなっている世界情勢の中で、主要国の重鎮が自国の立場について主張を述べあっている。主要国の一員である筈の我が日本からは河野外相が参加しているとの報道はあったが、彼がこの場で如何なる主張をしたかについての報道が全くない。こう言うマスコミの共同歩調が気に入らない。

外務省のホームページには外相が「同会議において我が国の外交・安全保障政策について対外発信を行う予定です。」としか出ていない。明日にでも改めて検証したいが、どうせ蛇かミミズか判断しかねる話だったのだろう。まさかロシアのラブロフ外相との握手のためだけに、大騒ぎして出張したとは思いたくない。


2019年2月16日土曜日

通信環境

いつもパソコントラブルに悩んでいる個人の問題ではない。余り大騒ぎにはならなかったが、昨日JR東海の東海道新幹線の東京駅など複数の駅で、新幹線自動券売機の一部にシステムの不具合が生じ、切符が購入ができない状態になった。との報道があった。我が生活には無関係だから気にも留めなかったが、日経電子版に掲載された記事「日本の光通信速度、23位に転落 5Gの足かせに」を読んで考えさせられた。日本は狭い土地柄故通信網の整備が行き届き、広大なアメリカなんぞに比べると遥かに進んでいると聞かされ、結構なことだとやや安心していたものだ。

ここに掲げた双方の記事を読むと、日本の通信速度は2015年頃までは世界でもトップクラスだったらしいが、今や後進国アメリカにも追い越されて23位に転落とのことだ。JRの例を引くまでもなく動画の配信サービスは目白押しだし日本の通信需要は日毎に膨らむ一方の筈。通信環境の改善は一時の猶予もなく行われて然るべきでもある。中国ファーウェイ社の5G投資についてアメリカが焼餅を焼いているようにも見えるが、通信環境なるものが国家的インフラで、トップが神経をとがらしてもおかしくないと言うことだろう。

昨日のJR東海のトラブルは小さく書かれているが、JR東日本やJR西日本に影響が出ていたとのこと。尤もな話で通信環境整備は何も軍事機密だけに限ったことではなく、庶民のあらゆるライフラインに直結することであるのは明白なことだ。アメリカの国防予算に貢献するために敢えてアメリカ産武器の中古品購入に莫大な予算を計上する余裕があるなら、それを断ってもっと予算をこちらに回せと言いたくもなる。

些か旧聞に属するが先月16日の「日経ビジネス電子版」で安倍首相がインタビューに応え次のように大見得を切った記事を保存していた。

質問:「政府はあらゆる課題をデジタル化で解決する「ソサエティ5.0」の実現を掲げています。日本の競争力を再構築する狙いでしょうか。」
安倍総理大臣:「その通りです。世界は第4次産業革命の真っただ中にあります。AI(人工知能)、ビッグデータ、ロボットなどのイノベーション(技術革新)には少子高齢化など社会課題を解決する大きな可能性があります。ソサエティ5.0を世界に先駆けて実現することが我が国の未来を開く成長戦略です。経済界と力を合わせて取り組んでいきます。」

有言実行を願いたいものだ。

2019年2月15日金曜日

挑戦と反省

幾らシンプルライフが良いと言っても、来る日も来る日も<食っちゃ寝>ばかりではどうにもならない。昨夜やっと気づいたがどうも腹が出始めている。流石に夕食は少し控えめを心がげているつもりでも、朝と昼飯を腹一杯食ってるのだから、合計が1日1万歩程度の徘徊ではどう計算しても摂取過剰に違いない。出来るかどうか分からないが飯を1回抜くくらいがちょうど良いと思う。

今日から一日2食に挑戦と素人考えをしてみたが、女房が宿下がりの度に義母に自慢していたそうだ。「亭主の体型系が変わらないのは 私の管理が行き届いているからよ。」思い出せばこれは頷けるが、さて自分ではどうしていいか分からない。料理を少し覚えて食事のバリエーションが増えれば何とかなるかもしれぬが、今さらその気にはなれない。エネルギー消費面から運動量を上げるのが健康的で良いのは分かるが、こちらもとても無理な話。運動量を上げ過ぎれば池江璃花子選手の例だってあるしな、なんて都合よく考えている。兎に角やめると言うことは食事に限らず結構大変なはずだ。3日坊主で終わるかもしれぬがやってみるしかないだろう。

関連して思うのが昨日来ニュースになっている「フランス」エアバス、A380生産終了へ、である。確か1400機生産する予定を半数位で打ち切るらしい。もう30年も前の話になるが、フランスは超音速航空機「コンコルド」実用化を華々しく立ち上げ数年で撤退したこともある。こういった事業の撤退が経済的になんぼの損失となるか想像もできないが、半端なものでないことだけは確かだろう。しかし見切り千両の譬えあることだ。

ヨーロッパでは多くの失業者関連企業の閉鎖や倒産もあるかもしれぬ。しかし主体はフランスらしいが、欧州人種の挑戦意欲は評価すべきものがあると思う。
日立の会長が欧州の原発事業に挑戦して撤退を決めたのとは少し訳が違いそうだ。

2019年2月14日木曜日

同じに見えない風景

厳しいと言ったら長野友人たちには叱られるかもしれないが、寒が明けて10日経っても寒い日が続いている。予報では週明けまで似たようなことらしい。ま、朝の来ない夜は無いと期待するしかないだろう。昨年までネットでへぼ碁を打つのを楽しみとしていたが、ひょんなことから今年は既に2回プロ棋士に指導碁を打ってもらう機会が出来た。一時は随分指導碁も受け、参考書なども買い込んで勉強したこともあったが、参考書はすべて処分したし、指導碁の機会は途絶えて久しい。当然ながら棋力の低下はあっても向上は全く縁が無かった。

しかしこの2回の指導碁で改めて囲碁の面白さに目覚めた気もするので、今年は少し勉強をし直したい。囲碁について哲学的なことを云々できる力量や柄ではないが弁えずに言うんならば、強い人と弱い人では見ている風景が全く異なって見えているようだ。碁盤に引かれた縦横の罫線は勿論同じだし、置かれた石の景色も同じ筈だ。交互に石を置くのが唯一のルールで、自分に手番が回った時石を置く場所は全く自由である。同じ風景を見ているのだから石を置きたい場所はそんなに沢山は無い筈。

ところがえてして、弱い人は自分が都合良いと思うところに手が伸びる。これに対してプロ棋士ともなるとまるきり問題にしない。「どうぞ、どうぞ」てなものである。有態に言えば小生程度のヘボは5子局と言ってプロ棋士が手出ししない間に5手先着している。19×19即ち361か所しかない地面の1等地5か所に手付けを打っているのだから、地面の占有争いで負ける筈がないと思うが何故か最終的には負けている。

一緒に行った友人がまるで魔法を見るようだと感想を述べていたが同感だ。昔から不思議でプロ棋士にいろんな質問をしたものだ。例えば「なんて先まで読むのですか?」これに対して先生曰く「プロ同士の対局では、様々な変化を相当先まで読まなければならない場合もある。しかし指導碁では、どうだろう3手ぐらいかな?」と軽くいなされてしまった。ただ1手進むたびに碁盤の風景が変わっていくのが見えるみたいだ。

相撲の世界で「横綱になると風景が変わる」と言われるらしいが、同じようなことかもしれぬ。

2019年2月13日水曜日

現実の話

毎度同じ番組の紹介で恐縮ながら昨日のBS/TBS「報道1930」からの話。タイトルは「「トランプ政権の元政策立案者が語る“トランプ”の針路」ゲストがアド・マチダ氏(元トランプ政権移行チーム責任者)と中林美恵子氏(早稲田大学教授)。台所の片づけや洗濯をしながらの視聴だったので内容を詳しくは説明できない。しかし認識を新たにしたこと2点を挙げておきたい。トランプ氏についてはテレビで訳知り顔の解説者がいろいろ言うが、結構的外れなことが多いことが分かった。

アド・マチダ氏はホワイトハウスで仕事せざるを得なかったので、両親ともに日本人でありながらアメリカと日本の大学を終了して現在はアメリカ国籍だけになったアメリカ人。「トランプ氏は2016年当時本人もまさか当選するとは思わなかったので政権移行準備が全く整っていなかった。」が日本の訳知り殆ど全員がテレビで公言していたことである。ところがアド・マチダ氏に曰く、当確1年以上前選挙キャンペーンが始まった時からその任に当たるよう指名されていたそうだ。

当初何人ぐらいのスタッフを抱えていたかははっきりしないが、16年11月の当選当時は、既にトランプ氏直轄のサポートスタッフは全体で約400人くらい、アド氏の政権移行チームがその半分の約200人のスタッフを擁していたとのこと。考えようでは就任までの2か月で準備を整える必要があるのだから、200人でも多いとは言えないのかもしれぬ。アド氏がホワイトハウスを去った日付もはっきりしないが、彼が準備した大統領令は100本とか200本と言っていた。

日本の役所や企業に於ける組織形態は明治時代に軍隊を作った時に欧州先進国に倣って導入したヒエラルキー型組織(鼠算式ピラミッド型組織)が多いが、現代の先進国では相当クラシックになっている筈。選挙キャンペーンなんてチームも想像しにくいだろうが、こんなクラシックなことではやっていられないのは確かの筈だ。アド氏の話を聞くと、これまでインプットされていたアメリカ政治の実態が相当にピントが外れていたことがよく分かる。

2点を挙げると言いながら話があちこちして一つしか触れていない。も一つを簡単に紹介する。トランプ氏の当選が確定してすぐ、安倍首相がお祝いのゴルフクラブを持ってニューヨークのトランプ氏私邸を訪問したことは記憶に新しい。オバマ氏も怒ったろうが、小生もなんて軽率なことをするものかと思った。しかし、これはトラン陣営が仕掛けた話で、移行チームがオバマに相当怒られたとのこと。この事実も考える必要があるように思う。

2019年2月12日火曜日

ロシアの電波事情

東京は土日月の3連休中毎日雪が降った。今日は午前中快晴となったが風も冷たいし、夕方にはまた空模様が怪しくなっている。まだ春の三寒四温も遠いようだ。10月だったかインフルエンザのワクチンは打ってもらったが風邪は別ものらしい。寒い長野育ちの癖に寒さに弱い、おまけに昨年家をリフォームした際やけに風通しの良いつくりにしてしまったので、暖かさの中で寛げる場所がない。暖を取るには風呂に入って素早く寝るしかない。

寝間のテレビも廃棄してしまったので、夜ゆっくりテレビを楽しむことが無くなってしまった。代わりに朝の6時からNHKBSプレミアムの「ワールドニュース」を観るのが習慣となった。今朝はロシアのテレビで放送された面白いニュースが流れていた。何でも昨日ロシアの七つの県(合計は聞き漏らしたが日本よりは多くても不思議はない)でテレビのデジタル放送が始まったと誇らしげなアナウンサー。これから随時全国に拡大するらしいが、宇宙でアメリカと闘っているくらいだから電波先進国と思っていたロシアで、民生用のデジタル電波を出す衛星が昨日初めて動き出すとは驚きでもある。

たしか日本ではアナログ放送は見たくても放送していない筈だ。逆に言えばアナログ放送の方が地上設備が厄介だと思う。昔、志賀高原で標高が一番高い横手山に無線中継所があり、テレビ電波の中継もしていると聞いたことがある。今は無くなってしまっているが、未だスキー客も余程のもの好きでなければ行かない時代である。電電公社(現在のNTT)職員が粗末な小屋で越冬しながらその中継基地をメンテナンスしていたのを覚えている。それこそ北方4島にアナログ電波を中継すのも似たようなことで大変だと思うが、果たしてロシアの島民はどんな暮らしをしているのだろうか?

2019年2月9日土曜日

春は名のみ

寒明け10日間は寒さの底と言われるが、今日はその通りになった。昨夜は現役時代の後輩と珍しく遅くまで付き合い、最近の広告業界の話やメディア事情など色々聞かせてもらった。当然ながら昔の常識が全く通用しない世の中になっていることを改めて痛感させられるばかり。世の流れに乗って行くにはスマホがやはり必携の道具であることも指摘されたが、こればかりは手遅れのようだ。

ホッとしたのは彼の見た世相「バスの老人パスを貰いこれでどこまでも気楽に行けるようになると、老人の足腰は急速に退化するようだ。」たしかに家内も歩くのが嫌いで大分前から老人パスを貰って喜んでいたのを思い出した。引き換えこちらはバスを利用する機会が少ないので未だにパスを持っていない。代わりに毎日地下鉄2駅分はシコシコ歩いている。店を出て彼が気遣って有楽町線の駅まで見送ってくれたが、歩き方を誉めてくれたのが嬉しかった。

盛り場の夜も山歩きと同じで危険がいっぱいかもしれぬ。若い時は何をするにも粋がっていたものだが、齢には逆らえない。年寄りには思われたくないが後輩に大事に扱われるのは悪くない気分である。

昨日は亡き母の誕生日、明治45年2月8日の生まれである。亡くなって10年以上になるが、父が明治38年の生まれだったので明治生まれに拘っていた気がする。僅か半年足らずでも亭主と同じく明治・大正・昭和の3代を生き抜いたと言いたかったのかもしれぬ。昼間はそんな両親の晩年のこと思いながら結局ブログは休んでしまった。今年は元号が変わるので両親にあやかり、3代の元号を生きたと自慢させてもらいたいものだ。

2019年2月7日木曜日

知る権利

日本国民は政権によって多くの知る権利を封殺されていると感じる昨今である。誰が言ったか忘れたが昔から「知らしむべからず依らしむべし」と言われる通り、昔から権力者側は民に物事を知らしめてもロクなことがないと考えていた。だから現代に於いてもそれで良いとする訳にはいかぬだろう。そのために明治維新以降瓦版に代わって新聞が出現し、150年の歳月を経てマスコミ全盛に見える世の中になった。

とは言うものの冒頭に書いたような未だに不満を感じる人が多い筈だ。ここにマスコミの機能不全がある。国会或いは政治家同士のせめぎ合いで、嘗ての消えた年金問題のように政府の不祥事が暴かれることも無しとはしないが、非常に稀であろう。あとはマスコミの調査報道に期待するのみだが、日本の場合これがまた実に頼りない。マスメディアの報道記者が内部で政権担当と野党担当に分かれ、それぞれが担当セクションの応援団になってしまっているから読者・視聴者に独自視点の中立的報道がなされるはずも無い。

アメリカのことはあまり褒めたくないが、昨日の大統領予算教書演説の中継中にCNNだったかニューヨークタイムズ電子版だったか忘れたが兎も角大手メディアが、大統領がほらを吹くたびにその場で「今の発言は事実と違う、事実は・・・・」テロップを流していたそうだ。アメリカでジャーナリストを目指す人間はそう簡単に政権からの供応を受けるなんてことは想像もできないとされている。

ところが日本の政府は各省庁の中に記者クラブなる部屋を用意し、それをマスコミが喜んで利用し、政府関係者と毎日仲良く酒を飲んだりしている訳だ。これで厚労省担当記者に厚労省に厳しい記事を書けと言う方が無理だろう。東京新聞の首相官邸担当記者望月衣塑子氏は政治部には珍しい(元は経済部だった筈)存在で、官房長官から嫌われているのは知っているが、菅官房長官が遂に堪忍袋の緒を切らし、彼女を外せと記者クラブに圧力をかけたとされている。

きっかけは昨年12月26日の定例会見らしい。ここで望月記者は、辺野古新基地建設工事で投入されている土砂に、環境に多大な悪影響を与える赤土が混ざっているのではないかと指摘されている問題を取り上げた。この会見は見ていないが彼女のしつこさは知る人ぞ知るだ。いずれにせよ、官邸記者クラブは官房長官に抗議はしなかったらしい。トランプ大統領に食い下がり、ホワイトハウス出入り禁止を食ったCNN記者を会社の同僚でもない記者仲間が擁護し、彼を復帰させたホワイトハウス記者達との違いが残念ながら大きすぎる。

2019年2月6日水曜日

トランプ大統領

完全には読了しなかったので厳密には読後感とは言えないが、昨日と今日国会図書館に行き、朝日新聞記者でニューヨーク駐在だった金成隆一氏著の「記者、ラストベルトに住む 」(副題:トランプ王国、冷めぬ熱狂 )を読んできた。2年前に選挙結果を予測できなかった反省を踏まえて、当選半年後からオハイオ州トランブル郡ウォーレンなるかつては製鉄業で栄え、現在は廃れた地(ラストベルト)に安アパートを借りて住み込み、住民の率直な気持ちを取材している。読み応えのある書物だった。

アメリカ人と一口に言ってもいろんな人がいることでは日本と同じだろう。この一帯は貧困率35パーセント、薬物依存で犠牲者が相次ぎ、高校卒業後たしか15年目程度で同窓生の15%以上が薬物依存等で物故していると言うのだから凄まじい。この本が発売されたのが昨年の10月、取材時期は更に1年昔になる。既にトランプ氏周辺には様々なスキャンダルが噴出して支持率も40%を割る気配も見えていたのではと思うが、副題にあるようにトランプ氏への支持を明言する人も少なくない。

今日はトランプ氏が一般教書演説ををしたので、トランプ氏の今後について日本のマスコミでも今夜以降いろいろな論評が躍ることだろう。そのことは別として本書を読んで思ったのは、アメリカ庶民の選挙への向き合い方である。日本の有権者が不真面目と決めつける訳にはいかぬが、彼の地の庶民はかなり真面目に向き合っているように思う(嘗ては民主党の地盤で今回の選挙で転向した人が多い)。本書の中でも触れているが、アメリカと言う国は日本に比較すると選挙が非常に多いらしい。

検事の選挙は知識として知っていたが、判事まで選挙があるらしい。日本の最高裁判事の選挙なんて、あれで選挙と思っている有権者は何人いるかだ。当選後のトランプ氏に期待を裏切られたとする住民もいることはいたらしいが、多くの住民はトランプ氏が公約したことに関して真剣に取り組む姿に好感を覚えていることも確からしい。簡単に言うとエリート層から忘れられたと感じる庶民にとって味方と感じるらしい。

この街の住人は外交問題なんか無関心だし、女性蔑視発言なんかも笑い飛ばす女性が多く、支持者たちは未だに大統領の振る舞いを観ていると元気が湧いてくるとのこと。この一言は羨ましく思った。

2019年2月5日火曜日

米朝首脳会談

今朝珍しくテレ朝「羽鳥慎一モーニングショー」の一コーナーをじっくり観てしまった。出演者は青木理(韓国問題、警察問題に詳しいジャーナリスト)菅野朋子(弁護士)玉川徹(社内記者)中林恵美子(早稲田大学教授の政治学者だがアメリカ連邦議会で日本人として初めて正式に公務員と採用とされた女性)45分近いコーナーであったが見応えがあった。テーマは今日正式発表がされ、月末に行われるであろう「米朝首脳会談」についてであった。

コーナー冒頭に「北朝鮮の非核化見返りに日本の巨額資金も」うたわれていたのでそれに引きずられたとも言える。コーナーを最後まで観て納得がいった。昨日も書いたばかりだが国会は予算委員会開催中で、論議の中身は多くの方がご承知の通り厚労省が発表している統計の嘘についての押し問答が延々と続いている。成程国内問題としては大きいだろうが、冷めた目で外国から見ている人が居るとすれば、駅伝競技で脱落した集団がコースの外で互いを非難し合っている醜い姿にしか見えぬだろう。

外国の首脳とて国内に苦労の種を抱えていることでは日本とそんなに違いはあるまい。当然ながらそれへの対処はそれぞれの担当に適切に指示を出す一方、国外への目配りも同様に神経を使っていることがよく分かる。要するに今の世の中、国内外の問題は互いに密接に関連し合っているから政府首脳が何日も一か所に集い、関係が無いのに同種の問題に全閣僚が耳目を奪われるなんてことは無いのではないか。

どの国にも日本の閣議に対応する全閣僚出席の会議はあるだろう。しかしその会議が果たしてトップが持つ時間の何パーセントを占めるかだ。全閣僚会議が不要と言うのではない。いっそ中国の全人代のように年に1回か数年に1回ぐらい政治指導者を一堂に集合させ数日に亘る会議があっても良いだろう。しかし今週行われている日本の予算委員会は3月の飾り雛でもあるまいに、日本の指導者全員が顔を揃えて蛇かミミズか分からない変な論議を聴いている。

冒頭にあげたテレビ番組の話に戻す。トランプ氏も金正恩氏も国内的にかなり苦しい立場だ、しかしここを乗り越えるために予想外の妥協を図る可能性がある。そこで問題になるのが非核化に絶対必要となる膨大な金額、負担する国の筆頭が日本にならざるを得ない。これが必然だそうだが、親分に言われて出すのと自らそれを見込んで米朝首脳会談に最初からコミットするのでは雲と泥ほどの違いあるだろう、との結論を聞いて納得せざるを得なかった。

2019年2月4日月曜日

ぬるま湯の中で

アメリカにトランプ大統領が出現したことで、日本の安全保障問題最大の課題であった北朝鮮に対するアメリカの武力行使の可能性が大幅に低下したことは大いに喜ばしいことだ。しかし一方ではトランプ大統領の奇妙な論理のせいで別の国に新たな戦争の脅威が高まっている。これらの問題は紛争当事国だけの問題ではなく、地球規模の新たな冷戦、即ちアメリカ対ロシア、中国の対立激化と言う新しい問題を提起し始めている。

日本はアメリカの子分だからこの冷戦から無縁ではいられるはずはない。マスコミは殆ど取り上げていないがロシア政府の高官が「ロシアにとって今最大の脅威は日本である」と言ったらしい。国防能力に大いに疑問を感じていたので少しくすぐったい感じもするが、真面目に受け止めるべきかもしれぬ。対ロ問題でマスコミが関心を示すのは北方領土返還交渉問題だけだが、この発言は北方領土問題にも大きく関わってくる筈だ。

米朝首脳会談にしても同様、日本ではもう熱が冷めたのか、日韓関係悪化の影響かあまり大きな扱いは受けていない。拉致被害者のことなんて皆忘れたかのようだ。米中経済協議も殆ど他人事で、日米経済協議への影響だけが心配そうな気配だが、米中の経済摩擦による世界経済の失速が日本に与える影響の深刻さについての心配の声はこれまた余り聞こえてこない。

今年に入って世界情勢は何となくきな臭い動きが沢山あるが、極楽日本ではやっと国会が始まり世界観とは全く無縁の井の中の蛙かコップの中の嵐か、国会議員どもは昨年来聞き飽きたようなうんざりする言い合いを続けている。粉飾や嘘をつく人間は、一種の病気でもある。まして権力者が嘘を言い始めたら、幾ら露見しようと非権力者に詰め寄られようとそれを認めるはずも無い。有権者は病人を代表に選ぶべきではない。

権力者寄りのマスコミは相変わらず明るい日本をアッピールすべく、訪日観光客が増えているとか10連休の海外旅行者が過去最高と言って囃したて、何とか来年のオリンピック開催まで好景気を演出するに躍起である。へそ曲がりのせいか、国の根幹が粉飾されているとすればそんな陽気でいられない気分である。小耳にはさむ実感として日本の経済や産業状態は危機的だ。しかし、我が世の春を謳歌する人もいるのが世の中と言うものだろう。

2019年2月3日日曜日

報道の使命

マスコミ報道、所謂ニュースの在り方についていつも不思議に思っていることがある。マスコミは如何なる基準でニュースを取り上げるのか?新聞にしろ電波にしろよくも似たようなことを似たような順番で取り上げるものだ。しかし中で特異な存在がNHK朝夕7時のニュース、我こそ独自路線を守っているとの自負があるのかどうか。最近あまり観なくなっているが、週末になるとBSのチャンネルも面白いものが無くなるのでつい観てしまう。

全国版は僅か10分程度しか無いのに、天気予報をトップに持ってきたり、もう大分前の話なっているどこかのバカ親父が小学生の娘をいびり殺したことを延々と繰り返している。我が家では子殺し、親殺しは家庭内の問題につき社会性は皆無、依って無視するしかないとしてきた。確かに児童相談所職員の関与が適切だったかどうかの問題はあろうが、お役所仕事が杜撰であることは今に始まったことでもないし、謝罪会見なんか見せられても何の足しにもなるまい。

報道に関しては序にもう一言、国会論争や大きな社会問題に関して解説者と言う人物が登場するが、この意図もはっきりしない。甲の立場は云々で乙の立場は然々と尤もらしく宣われても、聴いている方からすれば「だからどうした?」である。どちらの言い分が是であり否であるかを独自の調査などによって明らかにしなれば道を報せるとはとても言えまい。

2019年2月2日土曜日

アップが遅くなった理由

今日はブログ書きをやめようかと思ったが、余りにも面白い経験をしたので6時を過ぎた今から書くことにする。別に面白い映画を観た訳でもなければ面白い本を読みふけった訳でもない。昨年まで曲りなりにも小さな会社の代表であったが、家内を亡くしたのをきっかけに身辺を片付けたいとの思いから会社の代表も友人に代わってもらった。

従って完全無職の素浪人になったので、昨年まで世話になっていた会計事務所との縁も切れてしまった。年金だけの収入で、還付を期待できるほど医療費は使っていなくても確定申告はした方が好いのかな、なんて思って季節になると国が盛んに宣伝するe-Taxとやらをしてみようと思い立った。これが昨日か一昨日のこと、昔税理士を志した娘にその話をしたら「お父さん、偉い!」との煽てでその気になった。

娘に話した日に国税庁のホームページをちょっと覗くと、少なくともマイナンバーカードを読み取る装置が必要で、これはプリンターで簡単にスキャンするわけにはいかないことだけ分かっていたので、昼飯の後池袋の家電量販店で大枚2千数百円を叩いてICリーダーライターなる装置を買ってきたものだ。もうこの辺からして、税金代わりにIT産業に貢献する仕掛けが胡散臭いが、話のタネと思って我慢した。

問題はそれを抱えて帰宅してからである。国税庁の宣伝では余りお利口さんでもなさそうなタレントが「こんなに簡単!」なんて言っているがトンデモハップンだ。2時間近くかかったその工程を一々論うことはしないが、少なくともパソコンは日ごろ接しているし、昔は少し情報処理に関して勉強したこともあるので2時間で準備が整ったとも言える。厚労省の統計がコボロ言語で処理されていたなんてことがニュースになっているが、国税のシステムだって似たようなものだろう。

少なくとも、利用者の便宜なんかまったく考慮されていないと思う。これでは情報先進国とはとても言えないことだけは確かだ。

2019年2月1日金曜日

政治家の考え方

嘗て民主党で幹部も大が付くほどだった細野豪志氏が自民党入りをすると噂されている。詳しくは知らぬが噂ではなくて本人は本気のようだ。少し冷静に考えれば、政治の世界はかなり特殊なようで素人の老人には窺い知れぬところが多すぎる。これまで考えたことも無かったが政治家になる人の動機は何だろう?と考えてみたい。これも千差万別だろうが「他人のために役立ちたい」との思いがどこかにあることだけは確かだろう。

その思いを叶える為に恥ずかしげもなく顔を世間に曝すのだから大したものだ、と予てから夫婦で笑いながら話し合っていたことを思い出す。とてもじゃないが我が係累にはそんな立派な根性の持ち主は見当たらない。これは表現が悪いので訂正しよう。「社会の問題点を修正することを目指す高邁な思想の持ち主」である。

但し、民主主義国家に於ける政治活動は一人では何もできない仕掛けになっているから、同じ志の人間が一定の塊にならないと何も始まらないの自明のこと。所謂同志と言っても人間の集まりだから考えていること、問題意識は違いがあるのも当然。逆に言えばその塊の考え、即ち最大公約数は文章にすると大きな違いがあるように言われるが、実態的には大した差が無いのかもしれぬ。

だから、細野氏のように今日は野党に所属していても明日から与党に鞍替えします、なんてことが起きるのはさほど不思議ではないかもしれぬ。個人では珍しいかもしれぬが、塊(政党)ぐるみの離合集散はこれまで何度も見てきた。これに成功したのは今のところ自由党と民主党が合体した自由民主党だけかもしれぬ。その自由民主党もそろそろ人材が払底しつつあるようだ。

多くの政治評論家は与党の体たらくを嘆くが、それ以上に野党の力量不足を指摘する。この指摘は全く同感ではあるが、ここまで国家を弱体化させてしまった与党の責任は余りに大きい。昨夜もBS/TBS「報道1930」に与野党の3年生議員が出演しているのを観て思ったのはその考え方の幼さだ。いつの世でも老人が若い人を幼く思うのは当たり前かもしれぬが、それにしてもの感が拭いきれない。

アメリカのトランプ大統領は政治経験が皆無であったことが国民に受けて大統領になってしまった。残念ながら我が日本では制度上そんなハプニングは期待できない。

2019年1月31日木曜日

先憂後楽

今日で1月も終わり、江戸はカラカラの乾燥状態が続いていたが今日はやっと空から何か降ってきそうだ。日本人は乾燥を無味と呼ぶし、ウェットな冬の方が春を期待する気分が高まるとしたものだろう。もう間もなく訪れる春は今上陛下が退位され、平成が終わることとなる。平成を丸々この目で見た感想は春になってどう感じるのだろう?今のところは畏れ多くも陛下と同じ「平和でよかった」の一言に尽きるかもしれぬ。

少し気になるのは新しい時代に多くのつけを残した責任である。近いところで子や孫を見ている限り、自分と同じような安閑とした人生と言う訳に行かないのでは、との不安がある。今のところ彼等も屈託なく懸命に勉強したり働いたりしているが、一定の年代に達した時の報われ方が大分違ってくると思う。とは言っても我々の時代と現世代では望みも夢も大分異なるのも事実だろう。もっと端的に欲望を考えれば余計はっきりしそうだ。

我々の学生時代は未だ食欲最優先の感じが残っていた。上京するにあたり食料手帳が必携品だった時代だ。卒業して間もなくすると食欲はどうやら満たされ物欲が出てきた。欲しいものはいろいろあったが、代表的なものがマイカーだったような気がする。アメリカでは一家に1台と聞かされ、何れ所帯を持ってこれを何歳までにゲットできるかが一種の努力目標だった。しかしこの辺になると今の若い人とは大分感覚が違うと思う。

マイカーは勿論だがマイホームにしても今の人たちの感覚は大分違うだろう。特に東京住まいのヤングにとって、マイカーやマイホームがそんなに魅力的でないことは容易に理解できる。マイカーはいざ知らず日本は廃屋だらけ、年を取ればとる程手入れが面倒な戸建て住宅なんて欲しがる人の気が知れない。とやっと気づいたが若い人はとっくの昔にお見通しだ。もう何年にもわたって給料の手取りが増えない若人よ、乏しいお金を積み立てて何を夢見ているのか、確かに人生はお金が無くても楽しみは一杯ある。冥土の土産に是非教えてくれ。もし請われれば不肖の楽しみも話そうじゃないか。

2019年1月30日水曜日

人質司法

マスコミに登場する特捜検事出身者は多く、中には政治家になった人物もいる。この中で発言に共感を覚える数少ない人物が弁護士の郷原信郎氏だ。彼が最近発言したことにまた新たな興味を覚えた。一昨日ライブドアのネットに公開されたものだ。タイトルは『世耕大臣のダボス会議での「人質司法」擁護“失言”を、朝日はなぜ削除したのか』そもそもダボス会議なんてものは誰が呼びかけ、誰が発言資格を得るのかも定かではない。今年はトランプ大統領が欠席したことや、安倍総理がピント外れの発言をしたらしいが、殆どニュースにならなかったことぐらいしか記憶に無い。

郷原弁護士の記事は相当長文で、朝日新聞が世耕大臣の発言をいったん批判的に取り上げたのに、後にその部分を削除したことについて批判している。要するに政権への配慮があったのでは、との投げかけである。今日はそのことを問題とするのではなく、外国で盛んに言われ始めた我が国の「人質司法」について触れてみたい。江戸時代ならいざ知らず現代においても我が国の司法制度では、一旦警察や検察に逮捕されると例外なく即罪人扱いとなるのが当たり前となっている。

最近でこそマスコミ報道では「容疑者」と表現されるようになってはきたが、容疑者=犯罪者が常識化している。しかし他の近代国家では容疑者は推定無罪の概念が優先されるのが常識で、ここに大きなギャップがあるようだが、どうもそのことが理解されにくいようだ。これは必ずしも文明先進国だけのことでなく、前近代的と思われるロシア、中国、北朝鮮、ボリビア等の報道を観ていても、その建前を重んじる姿勢を示そうと努力しているように見える。

恐らくこれらの国においては、政権に不都合な人物は秘密警察が、秘密裏に身柄を拘束して社会から隔離し、拷問などに及んでいるに違いない。従って公然と逮捕した場合は法に則って起訴し、裁判で罪を確定させるよう振舞っている。日本の面白いところは公然と逮捕した場合でも、推定無罪の原則を適用せず、公開の裁判が行われる前から犯人とみなしていることだ。この認識のギャップを意識しなかったかどうか、現職の閣僚が世界中の有識者やメディアを前にして胸を張って次のように喋ったらしい。

『各国の司法制度は歴史上の成り立ちがそれぞれ違う。その一部を切り取ってその国の司法制度が正しいか間違っているかという議論はフェアではないと思う。』確かに仰るとおりだ。しかしこの法制度を恥ずかしく思う人もいればそうでない人もいることだろう。

2019年1月29日火曜日

統計不信

政府の基幹統計がいい加減だと言うことが分かり、政治問題化し始めている。時恰も昨日は日経新聞が最新世論調査結果を発表している。問題となってきた厚労省の「毎月勤労統計調査」については予てから一部専門家(経済学者)が調査結果に疑問を投げかけていたそうだ。尻馬に乗って世論調査結果について疑問を投げかけたい。

日経が発表した調査結果によると「安倍内閣の支持率が53%となった。2018年12月の前回調査より6ポイント増。2カ月ぶりに50%台になった。不支持率は7ポイント減って37%だった。厚生労働省による毎月勤労統計の不適切調査問題を受け、政府統計の信頼性を聞いたところ「信用できない」が79%で「信用できる」は14%だった。」となっている。

他に北方領土問題では安倍氏の対応を期待しない人が60%以上だし、何で内閣支持率だけが際立って上昇するのか分からない。強いて言えば韓国駆逐艦がレーダーを自衛隊機に照射した事件への対応は「もっと厳しい対応を」が62%だから、これが効いているとしか思えない。しかしこれが支持率を6ポイントも押し上げる要因となると首を傾げたくなる。

世論調査は多分電話によるサンプル調査であって、毎回調査件数や調査対象が異なると思うので時系列の比較がどこまで信用に足るか、学者じゃないので全く分からない。己の実感と世論調査結果のずれが大きいとて、その手法を疑うのは良くないことかもしれぬが、政府の統計不信が問題化し始めたので調子に乗ってしまった。

2019年1月28日月曜日

老人医療

今週で1月も終わる。立春が近づいて少し日が長くなったように感じるが、未だ極寒であることに変わりない。独居生活にもだいぶ慣れてきたと思っているが、何と言っても健康管理が大事な問題。だからと言うことでもないが今日は年寄り定番の医者の梯子で忙しかった。

先ず朝一が毎週通っている接骨院に9時ジャストに訪問、身体全体の筋肉をほぐしてもらう。これが45分ほど、次が内科で尿酸を排出する薬90日分と山に行くとき携行するツムラ 漢方 芍薬甘草湯 68を21包処方してもらう。インフルエンザで繁盛しているようで5分足らずの診察に約1時間。次に皮膚科、このところ乾燥が激しいので全身が痒くていけない。保湿剤やステロイド成分などの入ったクリームを背中に塗布してもらったり処方してもらったりして、これも小一時間。

背中が痒ければ毎日でも来なさい、と言ってもらうがそこまでは踏み切れない。
最後は歯科医、元来歯が著しく弱く自分の歯が何本あるかも定かではない。兎に角上の歯の一部2本が先々週突然抜けてしまった。どうやら差し歯になっていたらしいが、いつ治療したかも記憶に無い。前回は応急措置でその2本の仮歯を作ってもらって固定してもらった。今日から1か月半ほどかけて、もう大分ヘタっている隣の歯などを合わせ合計5本を一度に処理してしまいましようとの事。

今日のところは取り敢えず欠けた差し歯を差していた歯2本を一挙に抜いた。その後、それぞれの医者の処方箋3通を薬局に持参して薬を受け取って帰宅すると既に5時過ぎ。まだ麻酔が効いているので口の中がおかしい。入れている歯も応急のものらしく、本チャンを入れるには1か月半くらい掛かるかもしれぬとのこと。あと2週間は様子見で毎月曜日に通うことになりそうだ。他にすることもないので良い暇潰しになるだろう。

2019年1月27日日曜日

異国情緒


このところ寒い日が続いているが昨日は横浜在住の高校同期生二人の誘いで横浜に行ってきた。特に一人は現役時代に横浜税関勤務で、昨日はその古巣が普段一般に公開していないところを公開するから一見の価値があるとのお誘いでもあった。仕事から離れて暇になって以来健康のため山歩きは時々しているが、久しく潮の香を嗅いだこともない。横浜の港が随分変わったとは聞いて知ってはいたが、詳しい友人に案内してもらえたのは有難かった。

一つ予定通りに行かなかったことは練習船「日本丸」の内部見学が工事中でできなかったこと。でも嘗ての三菱重工ドックの大きさだけは十分実感できたし、次回のお楽しみが残されたのも良かったかもしれぬ。山歩きも浩然の気を養うことが出来るが、水平線の彼方を見渡しながら冷たい潮風に顔を曝したことも心身に好い影響があったことだろう。横浜港や税関内の見学で約半日、後はおきまりの昼間の宴会。

定番通りに中華街まで歩いて、とある1軒に繰り込み紹興酒の熱燗で体を温め、帰りにはお土産に頂いたソフトボール大の肉まんと餡まんを抱きしめて居眠りしながら帰宅した。

友人が記念写真を送ってくれました

2019年1月25日金曜日

北方四島

確か今週初めだったと思うがテレビで流れた情報で気になっていたことがある。25回目の日露首脳会談が行われると言うので、北方領土問題がどこのテレビ局でも大きく取り上げられていた頃である。その中で誰が言ったか忘れたが「北方四島が日本に復帰した時、そこに移り住もうと言う日本人は一人もいない。」これを聞いて一瞬耳を疑いたくなるほど驚いたものだ。領土領土と大騒ぎして領土が確定しても、そこに誰も住まないとはどういうことだろう?

現実に暮らしているロシア人が沢山いるのは周知の事実だが、この問題はさて置いても。日本は役所だけ作って、その職員だけ強制的に単身赴任をさせるのだろうか?と思ってみたがどう考えても現実的でない。他に考えようもなく解けない知恵の輪を手にして持て余す感覚でいるが、日ロ首脳会談当日は早寝して翌朝早朝から山に行ってしまったので、関連する報道は悉く見逃してしまった。

ニュースをチェックできる昨日になると、週の前半あれほど喧しく騒ぎ立てていた領土問題関連の報道は極小化され、新聞に小さく領土問題に関しては何も進展が無かったと書かれているのみである。先の大戦から27年ぶりに返還された沖縄には占領していたアメリカ人を遥かに上回る日本人が住んでいたのも周知の事実。当時の政府が彼らがアメリカ人になる前に、彼らが望んでいた本土復帰に真剣に取り組んだことにはそれなりの意味があったと思う。

沖縄の日本復帰が日本人全体から見れば経済的負担を増すことであったかもしれぬが、当時は銭金損得を超えるものがあることを万人が認めたであろう。引き換え今週初めのテレビで報じられたことをどう受け止めるべきだろうか。この報道はBS放送だったと思うので観た人はほんの僅かかもしれぬ。それは別として、現代の日本国民で北方四島の日本復帰を心底望む人は何人いるだろうか?

今週初めに聞いたテレビ報道からすれば一人もいないと言っていいのではないか。まるでアホみたい話と言わざるを得ない。偶々今朝の朝日新聞「声」欄に北海道漁業者の老人が投書を寄せている。それを読むと四島近海の漁業について日露間暗黙の了解のお目こぼし的なものがあるらしいが、この運用もロシアのさじ加減一つで緩んだり締まったりしているようだ。

出来もしない返還に血道を上げるより現実問題を解決する方を優先するのが為政者の務めの筈だ。