2026年5月20日水曜日

勉強嫌い

 世の中は思ったほど悪くはないが、良くもないが最近の思い。平均年齢を超えてそこそこ元気で居られるのだから満足すべきかもしれぬ。しかし家内が居て子供が二人同居していた時代を思えば、独居の現在はかなりの不自由だ。世界に紛争は絶えぬが、日本は紛争に巻き込まれずにいる。高市首相は台湾有事は存立危機事態なんてことを言ったりしたが、今はそんなことは忘れているようだ。昨日までは韓国訪問、今日は久しぶりの党首討論と八面六臂の大活躍。

人間はそんなに多くのことは出来ぬと思っているが、才能ある人はそれが可能みたいだ。兎に角、党首討論は面白かった。数多い政治課題への対処から始まって、個人的にはAIに対する理解まで応えねばならない。高市首相は勉強が好きみたいで睡眠時間を割いてでも勉強するらしい。今日は下手な映画を観るより党首討論で楽しんだ。

2026年5月19日火曜日

役立たず

 どうせと遠からず冥土に行くのだからと脳みそにに刺激を与えずにいるのは不健全、アメリカのトランプ大統領と日本の高市首相の共通点の一つになっている、話の語彙が少なくなってしまう。「メイク アメリカ グレート アゲイン」とか「強くて豊かな日本」なんて意味不明な文句か呪文か知らぬが撒き散らしたところで小学生の集団でもあるまいし、感心してくれる人は少ないだろう。今日も夏空で朝から陽射しが強い。暑さに慣れるためにも少し汗をかくくらいの運動が必要と言われている。

ならばと気負った訳でもないが午前中から永田町の国会図書館に行った。近く購入しようかと思っている斉藤幸平氏「人新生の黙示録」をちょっと読んでみようと思ったからだ。国会図書館は読みたい本を手にするには、館内のネットで申し込まねばならない。その間約20分ほど掛かる。その待ち時間はパソコンでデジタル書籍を読みながら待つのが定番。デジタル書籍は井伏鱒二氏の「花の街」を読みながら過ごした。第1章しか読めなかったがこれが結構面白い。

大東亜戦争(今では太平洋戦争)初期の昭和18年井伏氏が陸軍報道員として当時の昭南市(現在のシンガポール)に派遣された時の半分記録のような小説。当時日本陸軍は占領政策で日本語普及のため青少年教育に力を入れていた様子と、当時から国際都市でマレー人インドネシア人は言うに及ばす中国人、インド人からアラビア人迄多くの国の人が共存する国際都市だったことがよく分かる面白い話が満載の小説。どちらの小説も読んで何の役にも立たぬが、小生は面白く思うのだ。

更に大きなメリットは、駅の選び方にもよるが国会図書館を往復すると8千歩程歩数を稼げることがある。

2026年5月18日月曜日

夏の風景

 未だ5月なのに暑さが半端でない、先が思いやれる。街中でも短パン姿のおじさんを多く見かけるようになった。昔は家の中では短パンを愛用していた時代もあるが、引っ越しを境に短パンは全部処分してしまったようだ。仕方なく家ではステテコで過ごすことにした。四季があるのは日本の良さ、衣替えがあるのも当たり前。

夏に来れば色々な思い出が蘇るが、緑濃き山々は遥か昔。浅草三社さんのお祭りで昨日は最終日。記憶の深い場所から、神輿の宮入を見せるために家内を同伴したことが浮かび上がってきた。現実は祖師ヶ谷大蔵駅前広場のお祭り騒ぎ、警察や消防迄出動する騒ぎの中で若い奥さんがたちがフラダンスの大会。こちらは足袋でなくて本当の裸足。赤いドレスで舞台で腰を揺すっていた。

現代は浅草に行っても刺青の入ったお兄さんが担ぐ神輿は観られないだろう。むしろ祖師谷の駅前広場には肩の入れ墨を露わにしたお嬢さんが沢山居て面白く思った。

2026年5月17日日曜日

現在地「老後」

 思い出せない人の名前、スイッチの入れ忘れに消し忘れ、忘れ物等々認知症と言えるかどうか分からぬが日常生活で不都合が多くなってる気がする。歳を取れば誰にも起きる現象だと思うので半分諦めていいる。昨夜いつもの高校同期生5人のリモート懇談でもこのことが話題になった。小生としては一応毎日テレビニュースは観たりしているのでそれなりの社会情報は知っているが、それをことさら記憶しようとは思わない。ブログで書いたりすることもあるが、書いた後はむしろ余計な事として、忘れてしまいたい。

つまらぬ事件や米中問題とかイラン問題とか一見重大に思える事件も、我が生活に直接の関係が及んでいない限り忘れていた方が安眠に繋がると考えている。ところが友人の中にはそういった情報をいち早くキャッチすることを習慣化している人もいた。正に人さまざまだ。中には「人生一寸先は闇、今を大事生きなさい」との言葉をラテン語で教えてくれた友人もいたが、当然ながらそれは覚えていない。生活拠点を2カ所持つ友人は断捨離を諦めたいと話していたが、そりゃそうだろう。

家内亡きあと断捨離を繰り返してやっと得た身軽さだ。この歳になってから思い立ってもなかなか上手くいかないかもしれぬ。持ち物少なくなればなったでまた新しい不都合が生じるから、彼は今のままでいるのが最善の選択だろう。奥さんが怪我で動けなくなった友人は奥さんとの会話に苦労しているとのこと。でも奥さんが生きて日常そばにいてくれるだけで気持ちも落ち着くのだろう。女房が居ない立場からはそう言いたい。

生き方を変えるにはお互い少し歳をとり過ぎている。どうせ残された日時は僅かにすぎない。好きなように生きていこうではないか。

2026年5月16日土曜日

当てにならない市民

 人間はどういう訳か知らぬが個性があって、全く同じ考えを持つ者はいないだろう。自分のことを考えても、今日の自分が昨日と同じ考え方ができるかどうかは分からない。経験が上書きされて反省することもあるし、2度も3度も同じ失敗を繰り返すこともある。記憶の働きは不思議なものだ。皮膚感覚や大気の感じ方も日ごとに異なるだろう。晴天が綴ているので暑さにも徐々に慣れてきた。

慣れないのは物価の高騰、それで東京都は夏の水道料金を只にするとのこと。詳細は分からぬが有り難い話だ。飛躍するがアメリカのトランプ大統領、中国習近平国家主席から投げかけられた台湾に関する強い警告に反応せず沈黙を守っている。それは仕方あるまいが、その大統領に帰国途中の飛行機に電話をしたと自慢する日本の首相。「中身は話せないが、安心した。」とにこやかに語った。それを真に受けて報道しているテレビ各社。何が安心できるのだろう?

台湾政府との距離感は現在のままで問題無いと言うことだろうか?別に台湾に限らないが、どこの国でも政権与党が未来永劫はあり得ない。野党とのパイプもそれなりに繋ぐに越したことは無い。台湾は未だ野党は国民党だけのようだが、視野を広げると世界各地で日本と同じように多党乱立が始まっているようだ。アメリカは未だ野党は民主党が強そうだが、イギリスは労働、保守の2大政党が崩れて新しくリフォームUKなんて政党が急成長してスターマー首相の座が危うくなりつつある。

どこの国も市民の心は不安定で移ろいやすい、政治家にとっては気苦労の多い世になりつつあるようだ。

2026年5月15日金曜日

貫禄負け

 俗に<貫禄負け>と言われることがある。何かの勝負に入る前に向かい合っただけで片方が負けてしまうことだ。あまり多くは無いが、今回の米中会談の報道を見ている限りアメリカの大統領が中国の習近平国家主席に圧倒されているのを見て思った。トランプ大統領は大勢の閣僚と財界人を引き連れて中国に長期滞在してはいるが、結果何を得たのだろうか?ボーイングの旅客機200機の売り込みに成功と報じられてはいるが、目的とする半導体関連鉱物資源の確保などについての報道は無い。

中国の国力はここ数年続く不動産不況であまりパッとしないようにも見えるが、2013年から始まっている国家戦略<一帯一路>は徐々に成果を挙げつつあるようにも見える。google AIによれば当初の提唱から4年後、「国家戦略への格上げ(2017年): 中国共産党の党憲(行動指針)に盛り込まれ、国家の最重要戦略となりました。この頃、参加国・地域は100を超え、巨額の資金が発展途上国の鉄道、港湾、発電所に投じられました。」とのこと。

途上国の<債務の罠>とか米国の裏庭とされる南米での米国との軋轢とかいろいろあるようだが、一昨年ペルーに設置されチャンカイ港に関する報道を昨日たまたまテレビで観て思った。ペルーの大学教授がこの事業の成功を絶賛しているのだ。アメリカ大統領の任期最大8年では任期20年を目指している共産党国家主席にはとても勝ち目がないだろう。大昔中国では唐とか明の時代に、日本はいわゆる朝貢外交を行っていた。貢物をするが、帰りに中国側は倍以上の価値がある土産物を呉れたとのこと。ひょっとするとボーイング100機なんてことも中国ではアメリカへの土産と思っているかもしれぬ。

一方で自律型AIの開発についても一日の長がありそうだ。

2026年5月14日木曜日

睡眠と食事

気持ちが良い夏空だ、昨夜の雷や俄雨もそれなりに夏の到来を知らせてくれた。今拡がる果てしない青空のように人は大きな夢を抱くことは素晴らしい。老いも若きも皆そうであってほしい。しかし残念かも知らぬが人間や社会には限度、限界があるのもまた事実。地球の果てまで歩き続ければ、いつかは元の位置に戻ってしまうことは誰でも知っている。そんな大げさに言わなくても寿命なんかも同じだろう。世に溢れる情報だけは今のところ無限に拡大し続けているが、己に必要な情報を見つけるなんてことは出来る筈が無い。

自分の現在地を理解できないのだ。寿命に限界があることを知るなら「もう十分」と考えるのも一案。情報は成長の要素だから、その瞬間まで貪欲に情報と向き合うのもまた一案。善悪は判断しかねるが、「もうお腹一杯」的な感じが濃くなってきた。昨夜遅くなってから今日の朝飯のための買い出しを忘れていたことに気がついた次第。現代は暗くなってもスーパーでもコンビニでも開いているから調達しようと思えば簡単に出来ることだ。これからもこの認知症的なことは度々起きることになるのだろうが、そこまで無理はしないことにした。

昔から手間を惜しまず動いてきたが、昨日は面倒くささが優先されてしまった。腹膨れるより睡眠の方が勝ってしまったことになる。 睡眠は死ねばたっぷり取れるからとの説もあるがどうしたものかな?笑