2020年10月29日木曜日

ついて行けないデジタル化社会

 長野の高校を出ているが、東京でその同窓会の学年幹事をしている。仰せつかったならまだしも、自ら買って出ているのだから馬鹿としか言いようがない。コロナの影響で今年の同窓会は様々な行事が中止となったが、年末が近づき幹事長から締めくくりの幹事会を今夜オンラインで開催するとの通知が来ている。形式:ZOOMで会議ID:〇〇パスワード:〇〇だそうだ。そこまでは理解できたので参加しようと思っているが、次の注意書きで躓いてしまった


こう書かれている「ミーティング参加時には卒業年次を記入した上で名前を書いてから参加願います」当然といえば当然のリクエストである。開催は今夜8時からなので、その前に準備をしておこうと思い、午前中にZOOMを立ち上げて名前の変更をすべく色々探ってみたが、プロフィールの変更が結構難しそうだ。恐らく使い慣れている人からすれば笑ってしまうほど簡単な操作でできるに違いない。

余程孫に電話して変更の仕方を教わろうかとも思ったが、馬鹿にされるのも悔しいのでやめて、幹事長宛に「変更方法を教えてください」と返信メールをした。孫は大学生なので現在は大学での講義が再開しているようだが、ここ半年ほどは大部分が在宅授業。形式は色々あっただろうが、ZOOMが主流と聞いていた。それこそ授業のマスが変わる度毎に本人確認の手段が変わるだろうから、プロフィールの変更経験がある筈だと思ったわけである。

デジタル化社会の一環とされるリモート会議も仕事の効率化を図る意味で今後増えていくことになるのだろう。それはそれで結構なことだ。しかし何事も表面的には見えない裏の不都合もある。リモート会議で会社の出張も減り、打ち合わせの効率化、経費の節約にはなるだろう。一方で会議参加者の一人が良からぬことを考えていたりしても見つけにくくなるだろう。参加者の息遣いを全員が感じてこそ会議の意味がある。

なによりも昭和10年代生まれの年寄りには、リモート会議に参加する手続きだけでも面倒くさく、愈々ついていけない時代に入っていることを痛感している。

2020年10月28日水曜日

愛国者

 ニュース報道は相変わらずアメリカ大統領選挙問題でもちきりだが、どちらが勝とうと我が国がアメリカの占領政策の軛から逃れることにはならないだろう。政府は前政権以来、「自由で開かれたインド太平洋構想」なんて世界の果てのように遠く感じる海原のことに関しアメリカになにか強要されているのかもしれぬが、盛んにメディアを煽って国民に訴えかけている。

その場所がどんなに息苦しい場所か知らぬが、世間を知らぬ年寄からすれば江ノ島や大島から先の海原は限りなく広く自由で開かれているように感じられる。にも関わらずそんな遠方までノコノコと、他国の軍艦と共同作業するために軍艦でない筈の自衛艦を派遣しなければならない理由を論理的に理解できる人が多いとすれば、己の理解力の不足を余程反省する必要があろう。公海が、自由で開かれていることが大事かもしれぬが、それより先に自国の領空が他国によって占拠され、自由な航行が出来ないことの方が余程重要だろう。

愛国者を自称する方々は、最近しきりに専守防衛論だけに頼っていては日本の安全が保証できないことを声高に言い始めている。これはアメリカにけしかけられて言わされていることと、聞き捨てればいいかと思ったりもするが、行き着く先を考えれば聞き捨てならない気にもなる。彼らの主張は全く論理性を欠いている。彼らが言わんとするところの前提は、防衛を主とする自衛策では、飛来する弾道ミサイルに対処しきれないことにある。

この前提は否定できない。複数の弾道ミサイルがある地点めがけて発射されれば到達までに半時間掛かるとされるアメリカの主要都市だって防御は不可能だろう。だからアメリカとか大国は報復手段を考えた弾道ミサイル網を構築しているのだろう。要するに昔から他国と戦争することを前提に国家を運営してきた大国は、自国の被害を最小化して最終的に敵国を打ち負かす事を常時考えているのだ。アメリカが日本に多くの基地を維持しているのは完全に自国防衛のためであり、日本という他国を守ろうなんて気持ちは最初から無いだろう。

最近、75年前に戦争自体を放棄することを定めた「国是」を忘れている愛国者がいかに多いことか。北朝鮮や何処かの国が日本に宣戦布告をしてくることは考えにくいが、休戦中とは言え米朝武力衝突の可能性はつい最近もあったし、米、中、露国は常に戦争をしているので、国家の安全保障は戦争を前提に考えている。日本は同盟関係でアメリカ軍の基地が存在する現実があるので、日本に宣戦布告がなくても、日本の米軍基地に弾道ミサイルが飛来して日本人に大きな被害が発生するのはやむを得まい。

しかし、間違ってもこちらから敵基地攻撃なんて思わないことだ。思えばその瞬間に非戦の国是が破れ「戦争をする国」になる。その悲惨さを知る愛国者はもういない。

2020年10月27日火曜日

未練

 このところパソコンを立ち上げている時間が大分減ってきているので、今朝遅くになって長野の友人から昨日届いたメールを確認することになった。友人は高校の同期生の消息にいつも気を配ってくれて、何かあればすぐ全員に宛て連絡をくれる有り難い存在。内容は訃報で、しかも亡くなったのが比較的近くに住み、数年前までは互いに行き来していた友人である。彼はもともと体調が余り良くはなかったが、それでも意気軒昂なところがあって伊勢参りに同行させてくれとの申し出があり、何年か前に伊勢まで一泊二日の小旅行をして喜んでもらったことを思い出している。

連絡に依ると死因がコロナ禍とある。彼もそんなに人混みに出かける方ではないと思うので、ひょっとすると病院での院内感染ではないかと思ったりしてしまう。ともあれ付き合いがそんなに多くない知り合いの中からついにコロナの犠牲者が発生してしまった。今までは報道が大騒ぎしていてもなんとなく他人事と思う気持ちが強かったが、これからそれは甘い考えになるかもしれぬ。諸外国と比べると日本は感染者は二桁違いに少ないが、死亡率はアジアでは珍しく高い。80歳を超えれば立派な高齢者だから、もし感染すると命の危険が迫るのは間違いないだろう。気をつけなくてはいけない。

歳を取るに連れあの世が近くなるのは致し方ないが、テレビコマーシャルで加藤茶が「エンディングノートをつけ始めました」なんてセリフを聞くと「嫌なことを言いやがる」なんて思ったりもする。しかしよくよく考えれば、このブログ自体がエンディングノートみたいものだ。時々コメントを頂き、昨日も頂戴した<呑兵衛あな さん>の今日付のブログにやはり死後のことが綴られている。以下をご参照ください:https://nonn634.blog.jp/archives/83952983.html

<呑兵衛あな さん>にはお目に掛かったことはないが、そんなに年の変わらないリ退職者。IT関係のエンジニアのご出身ではないかと推察したくなるほど様々な技法を駆使してどパソコンに関して該博な知識を書いていらっしゃるし、世相についても書かれているが、読むと似たような考えをお持ちであるのが分かって嬉しく思っている。今日はその<呑兵衛あな さん>が「俺の存在履歴は無い」と割り切って考えておられるのに比べ、小生の未練がましさが些か恥ずかしい。

2020年10月26日月曜日

誰がために

 まだ小学生の頃だったと思う、アーネスト・ヘミングウェイの小説がゲーリー・クーパーとイングリッド・バーグマン主演で「誰が為に鐘は鳴る」として映画化されて都から遠い信州でも評判になったが、当時映画を観ることはなかった。しかしタイトルの読み方「たがために」を叔母さんに教わって、格好いい読み方だと思ったことだけ妙に記憶に残っている。長じて小説を読んだり映画も観たりしたが、民衆の革命には縁遠い我が国故かどうか、西部劇と同じで格好良さだけが印象に残るばかりだった。

ところが今回図らずもこのタイトルを思い出させてくれたお人が現れた。他ならぬ菅首相である。今日招集された国会の冒頭(明日かな)で所信表明を行うらしいが、その内容はすでに大分前から報道が先行している。珍しい現象かと思うが、それは措いて、報道は次のように言っている。『菅総理大臣は、「国民のために働く内閣」を掲げ行政の縦割りを打破し、規制改革を全力で進めるとともに新型コロナウイルスの爆発的な感染を防ぎ、社会経済活動を再開して、経済の回復を図る姿勢を示すことにしています。』

映画のタイトルにある「鐘」は革命のために命を失った人への弔鐘を言っている。だから読者は読後色々考えることが出来るのだろう。首相は国民がどう考えようと、国民のために働くと宣言するわけだ。これまでにこんな当たり前のことを所信表明に掲げた首相はいなかったことだろう。偉いと言えば偉いかもしれぬが、ばっかじゃなかろうかと思う輩もいるかも知れぬ。小生自身の感じは特に書かないが、是非ともそう願いたいものだ。

行政の縦割り打破以下の各論についてはまた長々と長広舌が続くことだろうが、お題目の割に各論に入れば入るほどピントがボケる可能性が高くなるようなことだけは避けて頂きたいものだ。

2020年10月25日日曜日

処々劣化

 今年は雨の日が多かったが、昨日今日と2日続けて気持ちの良い秋晴れが続いた。昨日は呼び鈴が鳴って出てみると玄関先にいたのがリフォーム屋の営業。我が家を外から見ても気づいたことがあるので一緒に外に出てくれとのこと。出ると「ほら、玄関の覆いの黒ずんでいる部分、外から水が染み込んでいますよ。今のうちに修理をしないとたいへんなことになりますよ。等々」とのこと。一緒に確認はしたが、結局丁重にお引取り願った。

ここ一週間ほど昼間できるだけ体を動かして部屋の掃除をしたりたりしパソコンに向かう時間を少し減らす努力をしてみたが、外回りまでは手が回っていない。リフォーム屋営業の指摘を待つまでもなく、手入れが必要と思うところは多々気がついてもいる。面倒くさいのと経済的理由も考えてしまうので放ってあるだけの事。その上最近は単に体力の衰えだけでなく、目が極端に悪くなっているように思える。眼鏡の上にハズキルーペを掛けないとまともに本も読めない。

読書量が減るのも当たり前だ。昨日友人とのテレミーティングに参加してみて改めて感じたのは、耳も大分遠くなっていること。だいぶガタがきている。要するに住まいにも本人にもガタがきているのは事実だ。特に対策も無いが、せめてパソコンに向き合う時間を減らしたい思う由縁である。今日はブログを休もうかと思ったがつまらぬことを書いてしまった。

2020年10月24日土曜日

政治家の学識

 来週から国会が始まるが、与野党の論戦で真っ先に上がってきそうなのが例の日本学術会議会員の任命問題だ。この問題がどんな展開になるかは扠措き、日本の政治家の知的水準が諸外国と比べて特に低いのではないかと気になって仕方ない。知的水準が学歴で測れるものではないだろうし、学歴が無くても田中角栄氏のように立派な政治業績を上げた例もある。それにしてもだ、21人かの大臣の顔ぶれを見れば何故この人が大臣に任命されたか、されるまでの競争相手にはどんな人物がいたか、想像するのが難しい。

総理大臣や官房長官のように主要閣僚になると、むしろ補佐官のほうが偉そうに見えることすら多い。この内閣では副官房長官に任命された元警察官僚の杉田和博氏がその典型だ。しかし杉田氏にしても政治に関してアカデミックな知識を有しているわけではなく、経歴から個人に関する警察情報を入手しやすいところを権力者たちから重宝がられてきたにすぎない。日本には、政策を若いときから勉強し、同世代の仲間と競い合いながら出世の階段を登ってきたという感じの政治家が非常に少ないのが寂しいことだ。

愚考するに、官僚が政治の世界に挑戦することは悪いことではない。少なくとも官僚の世界は、同期の人材が互いに助け合いながらも出世を競い合うのが普通だったように聞くし、学生時代に相当勉強してきたことだけは確かだろう。政治家の二世が親の鞄持ちをしただけで政治家になろうとするより余程マシだと思う。更に言えば、政治家の必須条件とまでは言わぬが、政治家は自らの売りと言うか専門を明らかにしてもらいたい。

政治家のホームページでプロフィールを見ると皆似たように長々とした経歴と同じく数え切れないほどの肩書が書いてある。もっと専門性のある政治家が出現してほしいが、現行の選挙制度上無理な相談なんだろうか?そんなことはないように思う。人間は短い生涯に於いてそう沢山のことはなし得ない。農水官僚の出身であれば生涯かけて農水相を目指し、文科省出身であらば文科相を目指し、財務省出身者は財務相を目指すのが自然だと思うし、国民にとっても良いのではないか。

何でもできると思うのは政治家秘書の習い性。昔で言えば交通違反のもみ消しや、入学や就職の斡旋の類、こんなことをしてきた人間がオヤジの地盤をついで政治家になっているケースも多いと思う。諸外国には閣僚クラスのほとんどが学位保有者という国もある。中国もそうだし、アメリカでも嘗てベスト・アンド・ブライテストと言われたほどホワイトハウス入りした閣僚や補佐官は学者が揃っているはずだ。日本人が田舎者扱いされないためにも政治家の専門性ブラッシュアップが必要だろう。

2020年10月23日金曜日

読後感「コロナ後の世界は中国一強か」

矢吹晋著

 コロナ禍報道に些か飽きてきた感がある。少し変わった角度からコロナ問題を見るのもありかと思って選んだのが本書。たまたま著者と岩上安身氏の対談を聞いたのがきっかけだ。著者矢吹氏は1938年まれとあるからほぼ同世代、60年安保では国会議事堂正門前で樺美智子氏とスクラムを組んでいたそうだ。当時としては少数派だったと思うが学生時代から中国研究をはじめて、最初の就職先に東洋経済新報社を選び石橋湛山氏にも学んでいる。

隠れた中国研究者かもしれぬし、小生が知らなかっただけかもしれぬ。著者が特に何かを力説するような形では構成されず、著者が知り得た事実を淡々と積み重ねていく形での構成となっている。ここで紹介された事実関係は知らなかったことも多いし、認識違いを気付かされたことも多い。その意味では読んだ価値があった。その中から一つ紹介したいのが、「世界軍人オリンピック」なる言葉。

早速wikiで検索すると「第7回ミリタリーワールドゲームズ」なる競技会が昨年の10月に世界109ヶ国から9000人強の軍人が参加して、中国の湖北省武漢市で行われていたことが分かる。著者が指摘するのはメダルの獲得数、中国(239)やロシア(161)が多いのは不思議はないが、アメリカが8個と異常に少ないこと。大会終了後にアメリカ選手5人が「輸入性感染症(マラリア)」で入院。更にこの5人は他の選手とは別の専用機で帰国したことを指摘している。

武漢で入院していた病院の院長は彼らはマラリアに罹患したのでコロナとは関係ないと断言しているが、コロナの本当の発生源が武漢の海鮮市場であったとの仮説はまだ科学的立証に至っていないようだ。も一つ付け加えよう。いま世界中に蔓延している新型コロナウィルスと一口に言うが、遺伝子情報を解析すれば幾つかのパターンが有ることは多くの学者が指摘している。本書が引用したのが中国科学院ユイウェンビン氏チームの研究解析。

それに依ると(本書が脱稿したのは6月末)A=雲南形 B=米国型 C=中国湖北形 D=中国浙江形 E=米・広東形の5種類に分類している。これらは遺伝子配列に違いがあり、これが更に枝分かれして広がっているらしい。欧米で猛威を奮っているウィルス株はもう中国武漢で猛威を奮ったものとは別物になっている可能性が高いようだ。ワクチン開発が急速に進み多くの人がこれで救われるとの報道もあるが、遺伝子情報解析が完了しない段階でのワクチンにどれほどの期待ができるのか?

本書を読むほどに謎は深まるばかりであった。ただ一つはっきりしているのは、中国が武漢で発生したコロナ禍を抑え込んでいる事実。テレビやネットだけ見ててはいけないとしみじみ思った。