2026年2月18日水曜日

弱点探し

 明け方に不思議な夢を見た。現在1年に1度会うぐらいの同期生友人から急に電話が来て、高尾山に案内してくれと言うのだ。こちらも山歩きは久しくしていないので「何で?」と思わないでもなかったが、高尾山は何度も登って知り尽くした感じの山だ。他に同期生の参加者が4、5人いて、団体で山を登って山頂の小屋で飯を食った。ここが少し不思議で、高尾山頂に小屋はあるが、入ったことが無い。けれど誘った友人が料理を注文、これが結構なフランス風料理だから笑える。

何とも辻褄が合わない可笑しな夢だが、思い当たることが一つある。昨日は運動不足を感じていたので、これまであまり歩いたことが無かった北に向かって歩き、往復1万歩ほど歩いてしまった。こちらには芦花公園がある筈だが、いい加減に歩いているので結局公演が見つからずにただ歩いただけに終わった。今日になって道筋を確認しようとスマホのマップを開いて、昨日のタイムラインを見ようとしたが、これも失敗。ボケ彷徨の始まりだ。

世の中が複雑化しているので、自分自身の弱点がどこにあるか探すのに余計な苦労が重なる。googleのAI:Jeminiに相談しても埒が明かない。だが面白い発見もあった。Jeminiがこのブログ読んでいることだが、凄い世の中になったものだ。暫くは何もかも一旦忘れて一つかねばならないようだ。

2026年2月17日火曜日

年寄りの嘆き節

 ミラノ・コルチア2026オリンピック、フィギュア ペア で 前半ショートプログラムで5位と出遅れた“りくりゅう”ペアが本番のフリーで日本勢で初 の金メダル 獲得、思わず拍手を送ってしまった。男子ジャンプチームのラージヒルでは逆に思わぬ6位と後退。こちらは後続選手が降雪で跳べなかったので、日本選手の3本目の大ジャンプが認められなかったからだった。ま、オリンピックはいろいろあるものだ。何れにせよ日数も残り少なくなったが、チームジャパンの選手たちよく頑張ったと健闘を称えたい。

力を貰って小生も頑張りたいが、如何せんもう気力体力共に劣化の一途で、社会対応能力がどうも正常に作動しなくなってきている。身の回りには一応このパソコンやスマホも持つだけは持っているが、ごく初歩的機能、例えばスマホなら時計と歩数計と電話とか、パソコンはメールの確認とブログ書きだけで、とても使いこなせない。何かあるたびに「こちらのQRコードからお願いします」と見ただけで何もできなくなってしまう。実は昨日もどうにもならなかった事件が発生してしまった。

家の内装を頼んだ業者からメールが来て10枚ほどの添付文書が付随していた。文書には「弊社では、電子契約システムを採用しております。

下記のメールアドレスより契約書をお送りいたしますので、内容をご確認のうえ、ご署名くださいますようお願いいたします。」とのこと。

工事内容はのっぺらぼうの壁に物を掛けるところを作ってもらうだけのこと。下見に来た担当者と相談してやり方や等については合意。概算見積もりも予め10万円くらいと聞いていた。送られてきた見積額はそれを少し上回ってはいたが、もちろん許容範囲のこと。何とも大げさだなと思ったが、WORDで作成され文書だが、何故か必要個所に入力が出来ない。相手企業の事務担当者に電話でサポートを依頼したが、結局ダメ。

改めて紙で送ってもらうになってしまった。どうもこんなことが簡単に済まない世の中には困ったものだ。高齢者が増えている世の中、便利な世の中も小生だけでなく、同輩諸氏も対応に閉口していることだろう。

2026年2月16日月曜日

日本の教育

 慶應義塾と言う立派な学校を残してくれた福沢諭吉先生は、明治時代の初めに当時の子供たちのために「学問のすすめ」と言う立派な書物を書いてくれた。大分大きくなってから読んだが、確かに書いてあることは素晴らしいと分かるが、残念ながら時が既に遅すぎたようだ。世界中どこの国でも偉い人物がいて、他人の子供を預かって親に代わって子供の教育をしてくれるのは昔も今も大差あるまい。

子供たちは知恵を学ぶことに貪欲で、これが人類の特徴かもしれぬ。日本でも江戸時代には寺小屋があちこちにあって、武士や坊さんが近隣の子供に極めて安いお礼で読み書きの指導をしてくれたものらしい。外国にも当然あると思うが、日本の文部省が取っている義務教育制度。これがなかなか素晴らしいと、英国人の父と日本人の母に育てられた映画監督の山崎エマ氏が書いている。

彼女は映画「小学校~それは小さな社会~」を製作したとのこと。まだ観ていないので直接的には分からないが、教育大国フィンランドで公開され「日本の小学校は、コミュニティーの一員としてどうあるべきかを考えるシステムだ」と評価を受けたとしている。少し褒め過ぎかとも思うが、日本の義務教育のお陰で日本の子供は皆同じ言語と話し方を学ぶことが出来る。これが意外に大切で、アメリカやイギリスでは、大人になっても話し方ひとつで所謂<お里が知れる>と言うことがあるらしい。

その他にも、朝礼とか朝夕の掃除或いは時間厳守なんかが取り上げられているのだろうと思うが、もしそうなら結構なことで、その通りだと思う。自分でも思うが、高等教育で学ぶ知識はなかなか身につきにくい。初等中等教育9年間に学んだことは、授業以外にもたくさんあるように思う。

2026年2月15日日曜日

人間の面白さ

 毎日冬のオリンピックを見て楽しんでいる。昔小生も少し馴染んだスキーもさることながら、スノーボードやスケートでも日人自選手の活躍は素晴らしい。オリンピック競技に参加するような選手は誰も同じだろうが、素人には想像できない激しい練習をしているのだろう。その練習中であれ競技中であれ、皆が怪我を恐れず果敢に挑戦し続けているようだ。もちろん道具の点検を協力するスタッフを帯同しているのは勿論のこと。それでも今大会でも途中で板が外れてしまうことを何度か目にした。

ゴール地点には医師も救急車も待機しているにしても、命に関わりかねない。オリンピックコースとは比べ物にならない整備された志賀高原ののゲレンデスキー場でさえ、経験で言えば、脳震盪で一時意識を失いかけたことさえある。スケートの選手はもちろん硬い氷の上、スキーにしてもバリバリのアイスバーンだろう。どうしたらあんなに簡単に起き上がれるのか正直不思議でならない。スノーボードのハーフパイプ競技場がどのように作られるか知らぬが、毎回氷雪を吹き付ける訳でもなさそうだし。兎に角見てる分には只<凄いものだ>で終わってしまうが、挑み続ける選手たちは毎回命がけかもしれない。選手たちからすれば遥か昔のことだろうが、歌の文句ではないが<最初は転び方から~>だろう。

スケートの話だが滑走の途中で飛び跳ねて身体4回転させるなんてことは、つい最近まで不可能とされてきた。しかし今は4回転が当たり前、出来なければ上位入賞は期待できない。<4回転の魔王>と異名を取ったアメリカのイリア・マリニン選手はショートプログラムで完璧とも言える妙技を示して圧勝。しかし数日後のフリーの決勝で失敗の連続、8位の惨敗。<魔王も人の子>名人にもうまくいかない日があることを証明してくれた。連日失敗の爺としてはホッとした思いだ。

2026年2月14日土曜日

読後感「アメリカ」

 日米同盟があるからだろう、またはアメリカ・トランプ大統領の個性が強烈過ぎるからでもあろう。アメリカと言う国を見直すいい機会だと思って読んでみた。発行が1980年11月1日となっているから、もう60年以上前に出た書物である。当時は山本七平氏の日本人論がもてはやされていたことは記憶しているが、こんな面白いアメリカ論が出版されていたことは知らなかった。

本書は文藝春秋社からの発行で、半藤一利氏が編集者として奥付に記載されているが、著者はどこにも書かれていない。実際には哲学者と言うか思想家とでも言うのか鶴見俊輔氏が主役で、出版社が企画して亀井俊介氏を紹介。始めて対面させて二人がそれぞれにが経験してきたアメリカを語り合った内容を対談本として纏めたものである。従って内容は総て対談形式で統一されている。対談した二人は鶴見氏が1922年生まれ、戦前アメリカのハーバート大学留学中に大戦が始まり、敵性国民として逮捕拘禁されて戦中に捕虜交換船で帰国、この対談の時点でも戦後は渡米していない。

亀井氏は鶴見氏より10歳若い1932年生まれ、アメリカとの戦争は1941年からだから戦争には関与していないと思う。東大の出身でアメリカ文学者として名を成して東大の名誉教授にまでなった戦後派の学者。しかし二人のアメリカに対する目線はかなり接近していて、対談でも共感したところが多かった。アメリカは日本とは比較ならぬ広さと人種の多様さがある。

読書して痛感したのは歴史が浅いだけに、未だに開拓者精神の当初のピューリタニズムとプラグマティズム、勝手に解釈すれば宗教性と実用性を重視することかな、が色濃い社会であること。開拓者だから力や実行力が重要視されて、極端なこと言うとインテリはエッグヘッドと言われてやや軽視される社会らしい。そのように考えると思い当たる節が多々あった。

最後に、対談者二人が口を揃えて司会をした高田宏氏を褒めていた。この人物も京都大学文学部仏文科卒業の編集者で著名な人だったようだ。

2026年2月13日金曜日

テレビの世界

大分暖かくなってきた、嬉しい限り。世の中が大きく変わりそうだと言われるが、そんなに大きく変われるものだろうか。確かに国会の勢力図は大きく変わったが、絶対多数を占めた政権与党にそんな力があるかどうか見ものだ。人口が減少傾向とは言っても1億人を超える社会の日本だ。消費税をいじくりまわしても金持ちと貧乏人同じ割合。若干救われる人が居ればその反対にで儲かる人もいるだろう。

物心がついてから80年近く、確かに大きく変わったこともあるが、自分の社会における立ち位置はそう大きくは変わっていないような気もする。平均値より少し上に位置してると思うが、毎日誰にも影響を与えることも無く平々凡々と日を送ってるに過ぎない。強いて言うなら、現代は通信手段が増えテレビが普及したおかげで昔に比べて楽しみが増えている。今日見た洋画は「拳銃王」と言うモノクロの映画だった。主演がグレゴリー・ペックだったけど、ちょっと見ただけではイメージと全く違う。

中道連合の新党首選挙番組を観ていたので前半30分くらい見逃したが、それでも約1時間たっぷり楽しめた。他にも望めばオリンピック競技もある。競技の殆どがスピードを競うものだが、これも最新の技術のお陰で、暖かい室内に居ながら高速撮影だけでなくて、最近はデジタル技術で分解連続写真がよく提示される。スキーなんか現地で見てれば、ほんの一瞬だけしか分からないのが当たり前。審判以上に、移動カメラで競技の最初から最後まで観ることが出来る。審判官も寒い小屋で観るより映像を観てAIに判定させたらなんて思ってしまう今日この頃だ。

2026年2月12日木曜日

建国記念日

 知らないところでいろいろな行事はあったのだろう。しかしオリンピック報道に紛れてか、それらしい報道は全く見聞きしなかったし、国旗が掲揚されていたのは近くの交番だけだった。改めて昨日の建国の日を多くの人と祝いたい。人の命でも長寿は目出度いが、国も2000年以上続いていることは何とも目出度いとして良いはず。最近はアメリカ トランプ政権の影響だろうが、日本でも外国からの移住者が増えてることに異を唱える政党もあるし、政府もその意見にダメ出しはしていない。国家は人口が減り続ければ、何れ消滅してしまう。

今でも外国人からすれば、日本国籍取得は相当な困難な事。これをさらに難しくしようと言う気持ちが分からない。生国がどこであっても、日本に魅力を感じ日本人になりたいならば、人口減少の折から歓迎した方が将来のためには良いだろうと考えるのは間違っていないと思っている。もちろん犯罪者などは厳格にチェックは必要だろうが、エッセンシャルワーカーの人手不足は深刻な筈だし、日本文化に貢献できそうな国籍取得希望者が多いことは肌感覚で知っている。

話題から少し外れた感じもあるが、国家元首が2000年以上継続している家柄はもう世界で日本だけだろう。現在は元首天皇の社会的位置づけが国家国民の象徴となっているので、国民から少し軽く見られている気がしないでもないが、輔弼の役を担う政府高官も天皇の世界平和愛好精神と人類の平等主義は尊重して国家繁栄に意を尽くす事を願って已まない。