2018年6月15日金曜日

父の日

明日から1泊でまた信州に行くことになっている。年に一度の高校同期会、この年齢になると懐かしい友達と来年又が期待できない意味もあるので不参加にはしたくない。この土日が父の日らしいが、そんな事情もあり、長女が熨斗紙に「お父さんありがとう」と書かれた菓子折りを届けに来てくれた。好物の虎屋の羊羹である。独居であることを踏まえたのであろう、山に持っていけそうな一口サイズの小口パッケージなっている。

子育てには一切関与せず、生涯連れ合いに任せきりだったので、よく言われたのが「我が家は毎日が父の日、何で今さら父の日なんて要らぬ話よ。」仰る通りだが、流石に娘どもが他家に嫁ぐと、彼らがお菓子などを送ってくれるようになった。昔は菓子なんか少し多めに貰うと、婆さんがご近所にばら撒いて不必要にオヤジが食べ過ぎないように管理してくれていたが、今はそれが叶わない。娘達もその辺心得てくれているようだ。

早速1個封を切ったが、お茶を淹れるのが面倒になって半分で止めてしまった。こう言うところが独居の不便さである。

娘が帰ると雨が降り出して土砂降りとなった。それでも昼飯は外で摂らなくてはならない。長靴を履いて馴染みの飯屋(週に3回は行くだろう)に行くと親父が喜んでくれる。今日の日替わりランチは<ロースかつ定食>790円也であるが、この店の日替わりランチの中で一番美味くてお値打ちと思っている。しかも馴染み故、他のお客さんは盛り合わせがキャベツだけだが、こちらにはトマトとキュウリの切り身が二切ずつ乗っている。4人掛けのカウンター席の端に座っているのだが、何となくお尻がムズムズしないでもない。

しかも食事が終わるころになると、女将さんがこれも特別にお茶を持ってきてくれる。客の殆どが何処の何方かは知らないが見知った顔であり、向こうもこちらの顔はよく知っている筈だ。オヤジも女将さんもお客さんもしれーっとしてこちらを見ることも無いし、今やこちらも慣れてしまった。きっとこちらがいない時に女将さん辺りが「あの人は可哀そうな人ですよ。」なんて解説してくれていれば有難いのだが。

2018年6月14日木曜日

食料問題

誰が言ったか「働かざる者食うべからず」だそうだが、人間食わずにはいられない。独居老人になって早や半年近くになるが、最大の問題は食料問題である。確かに食い物はお金さえあれば巷に溢れている。お金は、働かなくても1日当たり5千円近くが死ぬまで年金として支給されるシステムになっている。雨露を凌ぐ住まいを確保するために、支給される半分を当てるとしても、物価が高いとされる東京住まいであれ、2千5百円あれば3食は楽に食えるだろう。

考えてみれば有難い国、世の中と感謝せねばならぬだろう。だがしかし、その食事は当てがいぶちとはいかない。有りがたき年金の残額を頭に入れて毎日3度の食事を何にするか考え、自分で調達する必要がある。歩いて行ける範囲で調達できれば予算の範囲だから良いだろうが、交通機関を利用するとなると、その費用を食料費に食い込ませなけらない。昔から算数が苦手だからこの計算も厄介だ。

親父は百姓家の出身だった。5男であったことも関係しているかも知らぬが、兎も角百姓家を飛び出し、花の都で一旗揚げることを夢見たようだ。どうも血は争えないようで、若い時は似たような思いでいたのも事実。この考えは戦後育った者には共通でもあろう。父方の数多い従兄弟連中でも現役の百姓をしている者は一人だけになってしまった。彼もほぼ同い年で同じ3男、最初はご多分に漏れず百姓を嫌って都会に出たが、兄が次々に亡くなり結果的に田舎に戻って百姓になった。

周りも似たように後継者がいない家が多いのだろう、他家の耕作請負までして手広く農業を営んでいる。もう5年以上前になるが、泊りに行き、先ずその生活の近代的なこと食生活の豊かさと伯母を含め全員が健康であることに驚いた。加えて帰りには、お土産に米をたくさん貰って婆さんに喜ばれたことを思い出す。今になるとこの従弟が羨ましい。百姓が都会人と違うのは朝早起きしなくてはならないこと、土日休日とはいかないことぐらいのものだろう。

歳を取れば否でも早起きになるし、金を払ってまで運動したりする。全くアホらしい限りだ。個人的な食料問題もさることながら、農業、農家、農村の実態を知らずに食料問題を等閑視する世相と政府にも目を覚ましてもいたいものである。

2018年6月13日水曜日

トップダウン手法

昨日の米朝首脳会談、専門家と称する人の意見は圧倒的にトランプ大統領に厳しい。前のめりになったトランプ氏が功を焦り、北の非核化について具体的なコミットメントを何一つ取らずに、道筋に時間が掛かることを認め、尚且つその作業が進行中は軍事的脅威を与えないことまで約束している。これでは北の言い分をそのまま飲んだと同じで、話にならないそうだ。

アメリカのマスコミの論調も似たようなことらしい。確かにトップ会談を通じて取り決められたことは「これからは仲良くしようぜ」と極めて抽象的で、武器を放棄する具体論は無いと言える。70年間相手を信用できなかった戦争当事国のリーダーとしては異例なことだろう。しかしものは考えようで、本当に自信がある強い立場ならそのくらいの度量を見せた方が相手も真剣になる。と言うのは素人考えかも知らぬが、折角の仲直りだから良いではないか。

もし本当に半島に平和が訪れるなら日本は大歓迎すべきだが、政府の態度は煮え切らない。この劇的変化(起こるかどうかは未定にせよ)を傍目に、相変わらず安全保障環境の厳しさを唱えて軍事予算を倍増しろ、なんてことを未だに真面目に論じている。問題は外務、防衛閣僚と更にその上の総理の思考回路の硬直性にある。

考えてみると昨日会談した両首脳は、共にトップダウン型のリーダーである。ことの善悪は別にして、何事につけ自分で勉強し理解したことをベースに判断をしている筈だ。少なくともトランプ氏は非核化についてそれなりの勉強はしたと言ってるし、記者会見で「俺は25時間寝ていない」とも言っている。一方の金氏も「足を引っ張る情報で間違った判断をしてきたが、それを乗り越えて・・・」と言っている。

両国とも日本の官僚に比べ官僚の質が劣悪であるとは言い難いだろう。要は、官僚が挙げてくる情報を鵜呑みにするかどうかの問題である。どこの国でも官僚の壁が厚く高いのは見ないでも分かる。現在の日本総理にそれを乗り越える器量を求めても致し方が無い。ただ75年以上前であろうか、近衛総理はルーズベルト大統領との首脳会談を希望したようだが、これを果たすことが出来なかった。今更ながら死んだ子の歳を思ってしまった。

2018年6月12日火曜日

ウォーゲームと拉致問題

かねて書いた通り、今日は世界がそして小生も固唾をのんで待ち望んだシンガポールにおける米中首脳会談の当日。朝9:30からり約1時間半もテレビを注視した。11時半には家を出て池袋まで行って昼食を済ませた後、その次にどうしても見たいテレビ放送は夕方5時からのトランプ大統領の記者会見である。そのため午後は国会図書館に行って、図書館の食堂で夕方のテレビ放送を観ることにした。

図書館での空白時間約3時間は蓮池透氏の著書『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』を読破した。蓮池氏に関しては悪評も相当あることは承知しているが、改めて著書を読むと悪評をまともに受け止めて良いかどうか疑問もわいてくる。図書館で5時から6時までテレビを観たが、チャンネルは勿論NHK総合、6時になると会見の途中で安倍総理の会見に切り替えてしまった。でも約45分の生放送でトランプ氏の言いたいことは大凡分かったので、良しとしたい。

今はBSフジの「プライムニュース」を観ながらこれを書いている。これは付け足しの様なもので、安倍政権応援団の放送局だから仕方ないが、司会者は勿論ゲストに髭の隊長の佐藤正人外務副大臣とサンケイ出身のジャーナリスト古森義久氏を配して、日本は蚊帳の外ではないよと力説強調させている。余談だが古森氏と小生は大学1年生の時同級だった。何を考えたか知らぬが、2年になる時文学部から経済学部に編入を果たした秀才だ。

書きたいこと言いたいことは山ほどあるが、分かりやすい感想を2点書いておきたい。

1.一国のリーダー或いは政治家として相当問題だと思っていた耄碌爺と若造の取り合わせ、どうなることかと心配であったが、これは完全に小生の眼鏡違いであった。特にトランプ翁が軍事(演習=ウォーゲーム)は金が掛かることを述べたことが印象深い。改めてお二人に敬意を表し、世界平和のために協力することを期待したい。
2.北朝鮮と言えば我々は「拉致問題」がすぐ頭をよぎる。しかし「拉致問題」とは何か全く理解できていないことに気が付いた。100年近い日朝の敵対関係は本来日本が加害者、北が被害者の筈だが、拉致を持ち出すことでこの関係を逆転させることになっている。と蓮池氏が書いている。

2018年6月11日月曜日

テレビへの不満

今日は数か月前に予約を入れていた歯科医の定期検診日だから外出しない訳にいかないが、昨夜からの雨がやまなかった。梅雨寒とでも言うのだろうか、長袖の上にジャンパーを羽織ってゴム長靴、自分でも随分爺臭い格好だと思うが、独居には風邪ひきが大敵なので暖かくして出かけた。婆さんもよく言っていたものだ「今更傍目にどう見えようと構わない、年寄りの冷や水はダメ」である。

陰鬱な天気の影響か愚痴ばかりになるが、ニュースを見てもつまらない報道が多すぎる。日大アメフト部の問題なんぞを実に丁寧に報道してくれるが、アメフトなんてスポーツに関心持つ人間がどのくらいいるのだろうか?日本の学生スポーツは、どこでも運動部、体育会と称し何故か旧軍隊式の変な先輩後輩意識と精神主義が横溢しているのは周知のことではないか。その精神のもとでトレーニングが行わなければ強い部(チーム)が生まれないと言うのも一面の真実かもしれない。

それでも好きな子や親は強い運動部を目指して入るのだから、それはそれで善いだろう。幸い昔から何をしても下手だったので運動部と関わることが無かった。唯一の例外が高校入学当初「山岳部」に入部させてもらったことがある。これも理由は省略するが夏休み合宿の前に退部させて頂いた。もう1例を挙げると、和歌山の変な爺が覚醒剤中毒とやらで変死した事件。これなんかも何が面白いのか知らぬが延々と報道が続く意味は何処にあるのだろうか?

妻の連れ子殺し事件の報道なんか、一度聞けば十分だ。もともと我が家では子殺し、親殺しについて報道機関が取り上げることを不満に思っていた。個別の自己責任だから他人がとやかく言うべきではないとの考えで夫婦の意見が一致していたのである。昔からテレビがこの話題になるとテレビを切ってしまっていたものだ。

かと思えば、新幹線の中で乗り合わせた見知らぬ女性を助けようとした中年男性が狂っている青年に殺されるなんて痛ましい事件が発生している。マスコミはその殺されかたや犯人について興味本位の報道するが、亡くなった男性への敬意をもっと表す報道をすべきだろう。映画『15時17分、パリ行き』のように上手く行かないだろうが、男性が立ち上がった時呼応して立つ人間が一人もいなかったことが悔やまれる。でも己が居合わせて立ち上げれたかどうか?大いに疑問であるのも事実である。

2018年6月10日日曜日

愈々その時が

今週は愈々米朝首脳会談が開催される。世界中とは言えないかもしれぬが、少なくともアジアの各国は固唾をのんで見守っているに違いない。残念なのは日本政府の行動様式である。北の若旦那も就任6年目だそうだから、我が国の総理閣下の在任期間とほぼ同じではないか。若旦那は方法論に様々な評価はあるだろうが、この間ひたすら米朝の話し合いを目指して努力を重ね、その目標に手が掛かりつつあるとも言える。

一方の我が総理、早くから安倍内閣の最大課題と位置づけ、仰々しくブルーの襟章を作って常に着用に及ぶと同時に多くの同調者にも着けさせている拉致問題、その解決のために何をしてきたのだろうか?とても何かしたような気配はない。むしろ北朝鮮とは常に喧嘩腰で、北朝鮮から情報提供があったにも拘らず問答無用で刎ね付けてしまっている。核戦争の危機ムードから米朝会談の機運が高まり始めたのは冬季オリンピックの頃だと記憶するが、この流れを歓迎することもしなかった。

朝鮮半島危機を選挙に利用したり、これを理由に改憲を推進したい気持ちがあるのだろう。平和を愛する国「日本」が余程嫌みたいで、むしろ喧嘩や戦争を煽ってきたとも言える。世界最強の軍事国家アメリカや北朝鮮の指導者の方がずっと平和を望んでいると見るのは僻目だろうか。戦争は一部の者に莫大な富をもたらすのは当然だが、どこの国であれ国が豊かになり人民が潤うのは平和が圧倒的優位に立つだろう。

今日は若旦那が早々に会場国入りしたニュースが流れているし、トランプ氏も既にG7を途中退席して出発したとのこと。何はともあれ両首脳が平和に向けて協力してもらいたいものだ。結果的に日本は資金を大分召し上げられるだろうし、拉致問題は現政権下では解決とはいかぬだろう。それは虎の威を借りて間違った振る舞いに及んだ結果であれば仕方があるまい。

2018年6月9日土曜日

澄んだ空に吹き渡る爽風

一昨日のブログに書いた通り、昨日根子岳のハイキングに行ってきた。この山は故郷長野の善光寺平から南東に位置し、朝に夕に仰ぎ見た懐かしい山である。長野から見ると裾野が実に美しく流れ、麓が有名なリゾート菅平高原高原、スポーツ特にラグビーをする青少年の夏の合宿所、或いはスキー場としても古くから有名である。上信越高原国立公園にも昔から指定されているが、中心の志賀高原から少し外れているので一寸蚊帳の外の感もなくは無い。

新幹線上田駅からの入山するのが普通で、道路も立派に整備されているのだが、何故か公共交通機関であるバスの便が真に悪い。しかし逆の見方をすると、不便な分だけ観光客ハイカーが少なくなるので静けさが保たれ、小生如き山の静寂を好む人には有難い。これで片道数百円のバスが頻繁に運行を始めたら、首都圏からの客で奥多摩の様な雑踏になりかねない。案の定昨日の好天にも拘らず山は静寂そのもの、時折小鳥の囀りだけが聴こえるのみだった。

歩いたコースは往復5キロ一寸標高差でも片道550メートル、しかもアップダウンは無いので非常に年寄り向きコースでもある。もちろんこれだけの情報を織り込んでコース選定をした次第だが、何しろ半年以上山歩きを想像もしていなかったので当初は無事行ってこれるか不安だった。ところが上田駅で乗り込むことになったタクシーのドライバーさんが最高で、彼は東京から上田に移り住んで4年目の人。

都会が性に合わずこちらに住んで、近隣のことを勉強しながら時折近くの山々を歩いているとのこと。小生は都会に憧れ東京住まいだが、住んだことは無いが未だに本籍地が上田なので何かと話が弾んだ。帰りも山頂から電話して迎えに来てもらうことにする。サービス精神も旺盛で料金も大分サービスしてもらったし、彼の話を聞くと上田市はなかなか面白い街でまた来てくなった。彼に勇気づけられたせいもあるだろう、満開の山躑躅と青い空に心地よい風でハイキングは満点だった。

残念なことは東京に着いてからの食事とか洗濯などの後始末、こればかりはこれから自分でやらなければならないのが気懸りだが、入浴と洗濯はリフォーム効果が大分効いている。これから少しずつハイキングを楽しむことにしたい。

ハイキングの詳細はこちらを参照願います。
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-1491839.html