2026年3月31日火曜日

戦争報道

 極めて個人的見解だが、日本人の最も想像力に欠けるものに<戦争>があると思う。日本は幸いなことに先の大戦終結以来今日まで、本格的戦争には参加しなかった。しかしもう何十年も軍隊とは言わないが、自衛隊なる戦争専門家の集団を抱えてもいる。実際の人数は分かりにくいが、定員ベースで言えば約26万人。所謂制服組は約24万人。しかし実際には定員が満たされたことは無いと思う。三食昼寝付とは言わぬが、若い諸君にとって自衛隊員程有益な就職先は無いと思うが、何故か常に定員割れが実情のようだ。

何れにせよ、自衛隊では日夜厳しい訓練で鍛えられるので心身ともに健全な社会人が誕生して当然。小生の知り合いにも予備役登録しているかいないかは別として、何人かいるが付き合いの良い人間が多い。今日も世田谷区内で警察官の自殺事件が発生しているが、警察官の場合は自衛隊員と異なり、目的がいろいろあるので、虐めなど問題が発生する確率は多いようだ。

戦前の軍隊は所謂士官と兵卒の溝が大きく、真空地帯と小説や映画にもなった陰湿な虐めや派手な鉄拳制裁や精神注入棒事件は絶えなかったようだが、近代自衛隊ではそういった陰湿なことは少なくなっている筈だ。しかし戦争は国家間で発生する非対称の暴力行為、それも主たることは殺人行為、即ち殺すか殺されるかに他ならない。インパール作戦の撤退から奇跡的に帰国した先輩、ベトナムで実践に参加した中国軍の将校や、非公式に参加した日本の暴力団員から少し話を聞いたことがある。しかし伝聞ではイメージが湧かないのも事実。

人殺しの現場もそうだが、後方で指揮を執る将校クラスの話でも経験者でなければ分からないことだらけだ。話だけで理解できるなら戦争なんか起きない筈。テレビで毎日のようにあちこちの戦争が取り上げられ、専門家が解説してくれる。更にご丁寧なことに解説を裏付けるつもりかトンチンカンな映像も提供されるが、これの意図するところは実に不透明。例えばアメリカは現在ペルシャ湾近海に5万人近い兵力を多数の艦船と航空機で集結待機させていると聞く。だが彼らが如何なる戦争に投入されるかは誰も言わない。当然だ、想像できる筈はない。テレビ局も無理はしないで、夜は歌謡曲でも流している方が無難だ。

2026年3月30日月曜日

年度替わり

 今週は年度末と年度初めが週の半ばにあるため何となく落ち着かない中途半端な週だ。殆どのテレビ番組は先週で最終回を終え、報道番組は司会のアナウサーが代わったりしている。ドラマなどあまり観ないが、今週はお休みで特別編成も多いだろう。NHK囲碁トーナメントなんかもそうなっているので、昨日は昼酒を飲んだせいもあり、昼寝をしてしまった。ただ役所的にはゆっくり休めないこともあるようで、年金の支給計算など休んでもらっては困る。

そこは有り難いことに、おかしな隙間が出ないように補正予算なる仕組みが導入されているらしい。安んじて4月15日の支給日を待っていればよいのだろう。安んじてとは書いたものの、新年度からの年金暮らしは諸物価高騰で益々厳しくなりそう。心と財布の紐を一層厳しく引き締めなくてはならぬかもしれぬ。しかし土日と二日間、区内公園の桜名所を散歩したが、どこも人が溢れて花の下の酒盛りが賑やかだった。昨年までの花見は江戸城周辺だったので、飲食の持ち込みは目にしなかったが、こちらの方が正しい?花見の姿かもだ。

円安が急激に進んだり、株価が急激に下がったりとあまり楽しくない報道が多いが、日本自衛隊はそれらの戦争に今のところ直接参加もせずに済んでいる。最大エネルギー源の石油が無くなる心配は皆無とは思わぬが、今のところ停電や、ガス水道なんかの供給一時停止も当分は心配無用かもしれぬ。小生も花見を頃から楽しんだ。しかし帰宅してズボンを履き替えて吊るしてみたら尻のあたりが随分汚れている。どこで汚したか分からぬが今日クリーニングに出した。

2026年3月29日日曜日

外国人労働者

 早めに桜も開花、花見日和が続いた土日の月末。気候は良くなったが世間を覆う空気は中東の戦争の影響で先が見えない暗いものがある。老い先が短くなった高校同期生、昨夜もリモート懇談をしたが明るい話題が見いだせない。どうしても物価高騰への心配、低下一方の世界における日本の地位。若い人が増えず子供たちも無駄に年寄り化していく中、国の将来を思うと暗澹たる思いだけが先に出てくる。

互いに年寄り故、何かしようにも手遅れで、健康だけが劣化していくのが現状。座って死を待つ訳にはいかず、昨日も今日も近くの公園を巡って1万歩強の散歩。うっすらと汗ばんだ。懇談には在留外国人の話題もあった、最近の統計では既に400万人を超えたとのこと。殆どが労働者だから外国人のいない職場はもう考えにくいのだろう。信濃路の山奥のスキー場でさえ、雪の無い国から来たと思しき外国人が働いているとのこと。円の価値が安くなって労働効率が悪くても日本に来る外国人が増えているのは、他の魅力があるのかもしれない。

豊かになりつつある中国や東南アジア諸国の若い人から見れば、未だに日本は稼げる国に見えるのだろうか?一方でスキー場に来る外国のお金持ちたち、これまでは南半球のオーストラリアやニュージーランドからの客が多かったが、今シーズンは米国からの客が目立ったそうだ。米国の物価が高いとはよく聞くが、それほどまでに日本は物価が安いのか?分からないことが増える一方の世の中だ。

2026年3月28日土曜日

リーダーたち

 人間は多種多様、互いに理解できないことは多い。国も違えば言葉も違う。しかし不思議なことに目と目を合わせれば相手の喜怒哀楽の感情を思いやれる。もちろん他の生物にも似たようなことが言えるのかもしれぬ。他の生物のことは措くとして、夫婦から家族、親族と集団が誕生して社会が形成されてきた。集団には当然のルールが存在していて、これを守ることで属する人々は一定の安心感が得られる筈。

しかし世界的に見れば、2千年以上前から集団のリーダーたちは自己集団への力量の誇示からかどうか、未だ見ぬ集団との接触を積極的に行ってきた。所謂未知との遭遇はリーダーの本能的行為だったのだろう。先に2千年と書いたが、隣の中国辺りでは4千年以上の昔からあったとされていることを思い出した。大分昔に中国の黄河流域の古文化遺跡、特に秦の始皇帝が作ったとされている兵馬俑遺跡を見学した時を思い出している。

想像を絶する広大な遺跡から数千体の兵士の像が整然と立ち並んでいた。一体一体が実に表情豊かに制作されていて、軍隊が多様な部族で構成されていたことが理解できる仕組みだった。西安の博物館には当時の王朝文化遺産が多数展示され、深く感心した記憶が蘇ってきた。

一方今話題のイラン、行ったことはないが、海洋国家のペルシャや対岸のアラビア半島にも中国に劣らぬ古い歴史がある筈だ。歴史の浅いアメリカを馬鹿にするわけでもないが、古来人心を収攬したリーダーたちの力の源泉は何にあったのだろう?武器は精々盾と矛、言語ももままならぬのにどうやって訓練をしたのか?短期間に王宮や王墓まで用意できた。謎は深まるばかり、鉄器もままならぬ時代のことだ。

翻って現代を思えば、鉄砲はおろか鉄の戦車に軍艦と爆弾。剣を振るわず市民を巻き込んで人殺しをする。文明は破壊される一方で何も生まれず後世に伝えるべきものは皆無。現代のリーダーたちは毎日のようにくだらぬ言辞を弄するが、本人の気持ちは何も伝わらない。国民の何割が心からリーダーを信じるのか、おかしな時代になったものだ。

2026年3月27日金曜日

安定感ある舵取り

 政治問題を論ずるほどの知見が無いので、気が進まないこともあるがやはり世間の受け止めが気になってしまう。恐らく報道が少ないので知らない人も多いと思う。一昨日就寝する直前にスマホが知らせてくれた報道。「港区の中国大使館に刃物を持った自衛官が侵入して捕まった事件」高市政権は「中国とは適時適切に連絡を取り合っている」とは言っているが、実際は首相の<存立危機事態>発言以降日中関係が悪くなっているのは公然のこと。

そこにもって来ての事件だから、日本が中国に対して謝罪する良いと言っては悪いかもしれぬが、チャンスだったと言う識者も多い。例えば防衛大臣とは言わぬが、せめて事務次官くらいには責任を取らせて首にするとかだ。翌朝新聞やテレビに関連報道がどう出るかと期待したが、謝罪報道もあまり無いまま2日過ぎてしまった。最近は報道がいろいろあるので人の噂も75日はとても持たない。しかし隣の大国と外交関係がしっくりしないのは正に国益を損なうものだと思う。太平洋の反対側大国とだけ上手くいってれば良いと言うものでもあるまい。

世界中が騒然とする中、政治の舵取りは難しいと思う。経済も大事だろうが、外交の安定も大事であるのは言うまでもあるまい。

2026年3月26日木曜日

映画「最高の人生の見つけ方」

 昨日の午後はNHK/BSのプレミアムシネマでタイトルに書いた映画を観て楽しんだ。前にも何度か見たことがあると思うが、何度見ても楽しい作品だ。主演がアンソニー・ホプキンスとモーガン・フリーマン。共に渋い役者だ。前者(Aさんとしよう)はとてつもない大金持ち、後者(Bさんとしよう)は知識欲旺盛だが普通の子沢山自動車整備工。この二人は余命半年の宣告を受けていて、何故か金持ちが経営する病院で同室になる。

そしてたまたまBが“バケット(死ぬ前にすべきこと)リスト”を書いて捨てた紙をAが拾い、「これは面白いから実行しよう」と持ち掛けて合意。整備工の奥さんは看護師なので無理はさせたくないが、二人は旅に出かけてしまう。Aはこれまでに4回も結婚して大概のことはやりつくしているが、人間の欲は切りが無いようだ。二人で世界中をやりたい放題で遊びまわり、途中でBがAに対して個人的なアドバイスをしたことで仲たがい。Bも家族が待つ家に帰り、初恋の女房と改めてと言いう瞬間にお陀仏になってしまう。結局はAがBの葬儀で感謝の弔辞を読む高齢者向けお伽噺。

要するに人それぞれに人生の喜びも悲しみも違うことが実にうまく表現されている楽しい映画だ。小生も齢既に85を過ぎようとしている今のこと。これまでに数えきれないほどの楽しみや、少なからずの悲しみも味わってきた。少し前までは、これまで一度も行ったことが無いヨーロッパに行ってみたいなんてことを思った時期もあった。しかし、それが仮に実現しようと、それがどうしただ。特に深く考えなくてもすぐに分かる。

昨日と同じ今日に満足し、出来れば今日と同じ明日を期待。欲は小さければ小さい方が良いに決まっている。夕方になってあれほど激しかった雨が止み、明日はまた良い天気になりそうだ。

2026年3月25日水曜日

日本人

 難しいことは分からないが、日本的と言うか日本人的なことが心と身にに沁みつているような気がする。神仏を尊び嘘を言わぬようにして成仏を願う。善光寺の門前町、両親の故郷でもある長野で育ったせいかもしれぬ。小生自身は冬の寒い夜に二年参りなどまっぴらごめんで行ったことはないが、父は毎年必ず出掛けていた。育った我が家には神棚も仏壇も無かったが、父は毎朝下駄履きで庭に降りて東の方向に手を合わせて何やら長い時間祈っていた。

そんな光景を見て育ったことや、幼稚園にも行かない頃に、両親の元から松代藩の武士の娘であった祖母に引き取られて暫く育てられたことも関係しているのだろう。自分が70歳を超えるころになると祖母や父のしていたことを真似するようになった。祖母や両親が典型的日本人と言えるかどうかは分からないが、少なくとも彼等が洋風であったとは言えぬ筈だ。日本は島国であるからかもしれぬが、現在大分様相が変わってきているが、民族的に比較的単純に異民族が少なかったこともある。

新渡戸稲造氏が「武士道」を書物に表して世界に示してくれたように、日本人は卑怯を恥として誠実に行動することを以て生きるとしている。氏は明治の初め頃の人だろうが、これを英文で書いて世界に発表した。世界がこれをどう受け止めたか知らぬが、小生も若い頃読んで大いに感銘した記憶がある。祖母は武士の娘だったので小生にも八分の一は武士の血が流れている勘定だ。残り少なくなった人生ではあるが、心意気はそうでありたい。