日本は地震発生が多い国、北海道から沖縄迄、至る地域で地震発生の歴史が残っている。もちろん首都圏でも大正12年(1923年)に大地震に見舞われた。俗にこの規模の地震は60年おきに繰り返されるなどと言われたりしたものだ。現在は南海沖で大地震発生の可能性が高いとされているが、日本海側だって安全とは言えないだろう。日本人は昔から地震・雷・火事・親父が怖いものとして心するよう躾けられてきた。<火の用心>は就学前の子供時代より祖父母や両親から厳しく言われている。
震災被害が出ることで、都市機能がリニューアルされてより便利に生まれ変わってきた事実もある。今朝の朝日新聞社説を少し転用したい。曰く「副首都の指定 基準と手順 説明つかぬ」とあるが全く同感だ。大体自民党が元来関西の地方政党にしか過ぎなかった旧大阪維新の会なる政党と手を握ったことが間違いの素。大阪に住んでいいた昔から、地元でも心ある人は「大阪人は直ぐ東京との比較を言うが、東京人は大阪なんか比較対象にはしない。比較対象は昔からパリやロンドンやニューヨークだ。」と言ったものだ。
私見だがここ1週間近く毎朝NHKの特集番組「つくばエクスプレス」を観て感心した。亡くなった堺屋太一氏が科学万博の跡地に教育大を移転させ、跡地の復興支援をさせたのは慧眼だっと思う。筑波未来都市構想がどのように描かれたか知らぬが、氏は小生より5歳年長、大阪出身で東大卒業後経産省に入省、1970年の大阪版万博を大成功させた偉人。役所には毎日昼頃出勤と噂があった。多くの歴史小説も残して楽しませてもらった。
現役時代に知遇を得てテレビ番組制作で協力出来たことは未だに感謝している。兎に角視野の広い人だった。