2026年8月27日木曜日

クール ジャパン

 経産省肝いりの<クール ジャパン>という事業が破綻したそうだ。事業の経緯、実態は何も知らない。しかし<クール ジャパン>のネーミングは恰好良いし、時々観る同じタイトルのテレビ番組は面白い。FIFAワールドカップの時、試合終了後日本人サポーターが残ってスタンドの掃除をしていたなんてのは正に日本人クールの典型だろう。しかし商品化や事業化は難しいかもしれぬ。格好良い風俗はどこの国にもあるだろう、日本だけが威張っても仕方ない。

現在8月27日の午後3時前、一昨日だったか中野駅東口のブロードウェイ内の時計店に昼近く強盗に押し入った二人組の件、未だ犯人が検挙されていないようだ。このニュースを聞いて思ったことが沢山ある。犯人より被害者側のことだ。何でも腕時計4個で合計2億円と報じられている。店構えは分からないが、兎に角4個の高級腕時計は10秒間で持ち去られてしまったらしい。保険が発達している日本だから、店は保険をかけていた可能性もあるだろう。

逃げた泥棒は二人とされているが、これも疑った方が良いかもしれぬ。二人が店を出てすぐ、二手に分かれたとされているが、他に見張り役が居たかもしれぬ。考え始めれば切りが無い。盗んだ品物は現金化する必要があるが、国内では難しいだろう。小説なら、どこかに隠してほとぼりが冷めるのを待って国外に持ち出す?何れにしても組織的な泥棒のような気がする。泥的の応援する気はないが、日本人の組織でもし上手くいけば<クール ジャパン>だ。

2026年8月26日水曜日

墓石への思い

熊本城は加藤清正が築いた名城として有名だが、ここ2回続いた地震の影響で本丸を支えていた石垣が崩されてしまった。関連して思い出すのが日本の石垣構築の技術。これって結構世界に誇れる技ではないだろうか。もちろん日本は木造建築で世界的に誇れる技術もあるだろうが、石工さんの技術も相当だと思う。お墓にしても西洋のに比べると豊富な変化があって後世の私たちを楽しませてくれる。

毎月何回か紀尾井町公園にある右大臣大久保利通公哀悼の碑の前を通るが、字数はごく短いこの碑の立派さは目を見張るものがある。話がやや脱線がちだが、石工の技は建築の基礎を支える大事な技術。木工技術は20年毎のお伊勢さん遷宮など意を用いられて継承されているが、石工の技術継承はどうなんだろう?中学生時代の同級生に石工の倅が居て仲が良かった。卒業してからも何度か会って、用があったら何時でも言ってくれとは言われているが、先祖伝来の墓に納まるつもりでいるので最近は声を掛けていない。

閑話休題:アメリカのCIA長官が専用機でモスクワ入りをしたとのこと。事前にウクライナに対して<暫くロシア攻撃を控えるよう>にと連絡があったらしい。しかし用向きがはっきりしないし、誰と会いたいのか、またロシア側の反応も全く伝わってこない。トランプ大統領の専用機が狙われたとか、三男の暗殺情報があったとか結構興味深い情報が漏れてくる。事情を知りたいものだ。 

2026年8月25日火曜日

夏が終わりそう

 東京は朝から陽射しが強い。先日千葉や東京の下町では短時間で大雨が降ったりしたが、西日本は本格的日照りで、河川のダムが干上がったりしているとのこと。日本も広いと思うかは別として、地球温暖化の影響から逃げられないと知るべきだろう。兎に角、人は水が無ければ生きていけない。水道の水も永遠に枯れないなんて思ってはいけないのかもしれぬ。今年は妙に地震が多いように思う。自然を侮るなというサインだろう。

昔で言えば夏休みも最終版、いつもそうだったが宿題をやり残した気分は今も変わらない。典型が先祖への敬意と供養。今年もお盆の墓参りはしないまま、どこかで埋め合わせはしないと罰が当たる。考えてみれば世田谷に来たのは昨年11月の半ば、半年が過ぎた。長いようでも未だ半年かだ。断捨離だけは思い切ってやったが、辛うじて先立った家内の位牌を入れた小さな仏壇だけは持ってきた。豊島区時代は毎朝水を替えお茶を入れ、燭をともして線香を上げていたが、こちらに来てからは毎朝線香1本を灯すのみだ。

しかし合掌してお釈迦様、阿弥陀様、観音様をはじめ数多くの縁者を思い、感謝の念を捧げている。これが朝一番の仕事で、ある意味心のよりどころとなっている。世田谷に来てから出掛けたのは一番遠い場所が江の島、それより遠方には出掛けていないが、まごまごしていると足が鈍ってどこへも出かけられなくなってしまうかもしれぬ。涼しくなったら丹沢の大山くらいは行ってみるのもありかとも思うが、果たして実現するかどうかだ。

2026年8月24日月曜日

孫への期待

 昨日次女夫婦と孫一人を交えて昼食をとった。孫は朝6時頃帰宅したとかで、聞くと雨の中出掛けて下北沢で友人と飲んでいたとのこと。詳しくは訊かなかったが、残念なことにこれから車で名古屋まで帰らねばならぬとのことで、酒類は一切口にしなかった。孫が名古屋から態々出てきたのは28日が誕生日のため。今日になって気がついたがお祝いをするのを忘れた。明日にでも現金を送ろうかと思っている。

その時の話題。娘が強調していたのは、最近の若い人は遊びが少な過ぎると思う、もっともっと遊ぶべきだ。でも孫が言うには遊ぶのはいいとして、皆将来に不安を抱えている。それで本気で遊べるか?せめて年収の10倍くらいで住まいの目処をつけられれば良いと思うが、なかなかそうはいかない。今は2世代でやっとローンを組む時代らしい。いつも書いている通り経済なるものは全然分からぬが、高度成長期時代を過ごしてきた小生と孫の話が噛み合わないのは致し方がないのかもしれぬ。

孫たちはこれから多くの物が必要だ。車や遊び道具だけじゃ済まない。嫁も必要だろうし、家だって必要だ。しかしもう具体的アドバイスは何もできない。兎に角身体だけは壊さないようにしてもらいたい。

今日は午後1時からついさっきまでBSNHKで「プライベート・ライアン」を観てしまったのでちょっと中途半端だが、ここでやめる。

2026年8月23日日曜日

天の恵み

 昨夜真夜中に枕元に置いてあるスマホが不気味な音を出して「地震です、ご注意願います。」と大声で言っていた。成程少し揺れたが、大騒ぎするほどのことでなく、そのまますぐ寝入ってしまった。しかし起きて報道を観ると茨城県では震度5だったそうだからそれなりのことはあったに違いない。昨日夕方の土砂降りも凄かったが、これも千葉や東京の下町には想像以上の被害をもたらしている。今年の残暑の厳しさにはこれまでに感じられなかった不気味さがある。地震とは無関係だが、地球温暖化の影響は念頭に置く必要がありそうだ。

これも昨日の夕方だと思うが、ヒマラヤの山国ブータンで行われたトレールランのテレビ番組を観て思った。ブータンの5千メートルを超える高地には氷河湖が幾つか存在するが、何れも水面に氷の欠片が浮かんでいる。解説によると温暖化の影響を受け決壊の危機が迫っているらしい。高地と言っても暮らす住民やヤクなどの家畜も居る訳で、洪水が発生すれば両者とも生存が危うい。ブータン政府もこの現実を世界に発信するためにこのレースを実行したようだ。

アメリカのトランプ大統領が「掘って、掘って掘りまくれ」と煽るのは地球温暖化を無視した身勝手な言い分で、本当は石炭も石油も少しは知恵を出しながら使うべきだろう。温暖化進めば山林火災だけでなく他にも厄介な自然現象が起きるかもしれぬ。日本は資源小国ながら上下水道、ガス、電気と申し分ないインフラが整備されているラッキーな環境下に居る自分、これ以上何を望むことは何か?強いて言えば、戦争をしている国が早く戦争をやめてくれること。お互いに天の恵みに感謝して生きてほしい。

2026年8月22日土曜日

情報多様化時代

 IT技術の発達によって、新聞を取っていない小生にも連日実に多くの情報が跳びこんでくる。ある意味結構なことかもしれぬ。しかし、健康関連情報になると正反対な情報が同時に齎されるので、選択が難しい。薦められる食品が、片方では食べない事の選択を薦められるが屡々ある。ネットの広告であればさして気にしないが、書店などで執筆者が両方とも似たような大学教授だったら困るかもしれぬ。

子供の頃家にあった薬品は2種類。赤ちんとヨーチン。チョットした擦り傷や切り傷は赤ちん、少し大きい怪我はヨーチンと決めていた。もちろん成分の違いは何も分からないし、出血の量によっては脱脂綿を充てたり包帯を巻いたりした記憶がある。二人の兄が縁側で兄弟喧嘩をして長兄が次兄を突き飛ばした際、次兄がガラス戸に手を突っ込んで、親指を深く傷つき血まみれで庭に転げ落ちたことがある。

流石にその時は母が大きなタオルをもって駆け寄り、次兄の手を縛り、小生に次兄を外科の医者迄運ぶよう指示をした。小生は指示通り次兄を自転車の荷台に乗せて外科医迄運び、先生に緊急の診察を依頼した記憶がある。先に書いたように近年有用な情報はネットに溢れているが、緊急の場合の対応策はネットで検索している余裕は無い。もちろんAEDの使い方を知っておくことや人工呼吸の方法をマスターすることも必要だろう。

しかし家の中で水泳の訓練は出来ないし、テレビだけでは山歩きの難しさはどうしても分からない。何ごとであれ、情報より経験が自分を成長させることは変わらない。

2026年8月21日金曜日

読後感『「あの戦争」は何だったのか』辻田真佐憲著

 終戦の日前後だったが、確かTBSの「報道1930」で小生とほぼ同年齢で戦後史に関して詳しい保坂正保氏と同席出演をして、保坂氏に負けぬ論陣を張った若き論客。初めて見た人だったが、翌日ネットで調べてこの著書を知って、その日のうちに購入した。

先に若いと書いたが、44歳も若い。しかも慶應義塾大学文学部の後輩であった。これだけでも身贔屓するには十分だ。しかし贔屓目は差し引いてもこの本は賞賛に値する。現代は現職の首相でさえ「あの戦争なんて知らない。今更責任をなんて撮りようがない。」と無責任なことを言う時代。彼女をこれ以上引き合いに出すのは著者の労苦を汚すのでやめる。

1945年(昭和20年)8月15日、正確には14日らしいが日本はポツダム宣言受諾(無条件降伏)を当事国に伝えた。ポツダム宣言を正確には読んでいないので断定できないが、ロシアのプーチン大統領は北方4島はロシアに帰属と書いてあるようなことを言っている。日本外務省がこれに反論したとは聞いていない。もう一つ大事なことは小生も最近は先の大戦なんて呑気に書くが、あの戦争が大東亜戦争であったことは十分分かっている。

現代社会で大東亜なんてことを持ち出した著者には再度敬意を表する次第だ。小生はこの本を読み進めるため、大きな地図帳と虫眼鏡、それと歴史年表が必要だった。終戦後戦争犯罪人として法廷に立たされた人間は多いが、判決を受けて死刑執行された人間は恐らく千人強くらいではなかろうか。A級戦犯として巣鴨で拘置所に拘留されながら後に釈放になった賀屋興宣氏や岸信介氏。日の丸を振りながら出所してきた笹川了平氏。人間の運不運なんて本当に紙一重だ。

本書で一番感心したことは、著者自身が東条英機が大東亜と称した圏内を隈なく自らの足で回り過去を尋ねると同時に現在の住人が過去と現在の日本をどう捉えているか実際に探訪したことだ。