2026年5月15日金曜日

貫禄負け

 俗に<貫禄負け>と言われることがある。何かの勝負に入る前に向かい合っただけで片方が負けてしまうことだ。あまり多くは無いが、今回の米中会談の報道を見ている限りアメリカの大統領が中国の習近平国家主席に圧倒されているのを見て思った。トランプ大統領は大勢の閣僚と財界人を引き連れて中国に長期滞在してはいるが、結果何を得たのだろうか?ボーイングの旅客機200機の売り込みに成功と報じられてはいるが、目的とする半導体関連鉱物資源の確保などについての報道は無い。

中国の国力はここ数年続く不動産不況であまりパッとしないようにも見えるが、2013年から始まっている国家戦略<一帯一路>は徐々に成果を挙げつつあるようにも見える。google AIによれば当初の提唱から4年後、「国家戦略への格上げ(2017年): 中国共産党の党憲(行動指針)に盛り込まれ、国家の最重要戦略となりました。この頃、参加国・地域は100を超え、巨額の資金が発展途上国の鉄道、港湾、発電所に投じられました。」とのこと。

途上国の<債務の罠>とか米国の裏庭とされる南米での米国との軋轢とかいろいろあるようだが、一昨年ペルーに設置されチャンカイ港に関する報道を昨日たまたまテレビで観て思った。ペルーの大学教授がこの事業の成功を絶賛しているのだ。アメリカ大統領の任期最大8年では任期20年を目指している共産党国家主席にはとても勝ち目がないだろう。大昔中国では唐とか明の時代に、日本はいわゆる朝貢外交を行っていた。貢物をするが、帰りに中国側は倍以上の価値がある土産物を呉れたとのこと。ひょっとするとボーイング100機なんてことも中国ではアメリカへの土産と思っているかもしれぬ。

一方で自律型AIの開発についても一日の長がありそうだ。

2026年5月14日木曜日

睡眠と食事

気持ちが良い夏空だ、昨夜の雷や俄雨もそれなりに夏の到来を知らせてくれた。今拡がる果てしない青空のように人は大きな夢を抱くことは素晴らしい。老いも若きも皆そうであってほしい。しかし残念かも知らぬが人間や社会には限度、限界があるのもまた事実。地球の果てまで歩き続ければ、いつかは元の位置に戻ってしまうことは誰でも知っている。そんな大げさに言わなくても寿命なんかも同じだろう。世に溢れる情報だけは今のところ無限に拡大し続けているが、己に必要な情報を見つけるなんてことは出来る筈が無い。

自分の現在地を理解できないのだ。寿命に限界があることを知るなら「もう十分」と考えるのも一案。情報は成長の要素だから、その瞬間まで貪欲に情報と向き合うのもまた一案。善悪は判断しかねるが、「もうお腹一杯」的な感じが濃くなってきた。昨夜遅くなってから今日の朝飯のための買い出しを忘れていたことに気がついた次第。現代は暗くなってもスーパーでもコンビニでも開いているから調達しようと思えば簡単に出来ることだ。これからもこの認知症的なことは度々起きることになるのだろうが、そこまで無理はしないことにした。

昔から手間を惜しまず動いてきたが、昨日は面倒くささが優先されてしまった。腹膨れるより睡眠の方が勝ってしまったことになる。 睡眠は死ねばたっぷり取れるからとの説もあるがどうしたものかな?笑

2026年5月13日水曜日

幸福とは

 今朝誰かのメルマガで読んでちょっと気になったのでネットで確認してみた。2026年の世界幸福度ランキングでは147か国中、日本は61位で、近年順位が下降傾向にあるとのこと。だからどうした?で誰も気にしないだろう。どこの誰の調査か分からないが、大手のマスコミが相手にしないのも理解できる。円安傾向にあるのに出稼ぎに来る外国人労働者は増える一方だし、この調査の上位にランクされているのがフィンランド、アイスランド、デンマーク、スウエーデン、ノルウエーと北海道以上に北の寒い国々。

昨日も昼間NHKのドキュメンタリーで「天空の放牧 ~秘境 カラコルム山脈~」を興味深く観てしまった。パミール高原標高3千メートルの村から羊とヤクの餌を求めて夏に4千メートル超える高地に危険な山道を家畜を引き連れて行き交う生活を送らざるを得ない村人の話だ。現代離れした話で、住民の思いを察すれば一日でも早くこの環境から抜け出したいだろうと思う。しかし現実は、家畜は神からの授かりもので、その保護は自分たちの勤めとばかりに嬉々として厳寒の地で生きる村人の物語。この地を含むパキスタンが幸福度何位か分からないが、環境に馴染めば人間は幸せだと思う。

一方日本人はどちらかと言うと他国の人に比べると心配症の人が多いようだ。結果何が起きるかと言えば、環境に順応するより環境を克服したり、環境を変えてでも生活の快適化を図る努力するのが当たり前と思う人が多い。小生は快適に過ごすためには自分が順応する努力が当然だと思っている。順応は平たく言えば従う事。大分飛躍するが、憲法を変えるなんてことも環境の克服に似ている。日本は温暖ではあるが、昔から地震災害は当たり前。何度もその被害を乗り越えてきた。政治家が議論し始めている<緊急事態>とは何をイメージしているのだろう?具体性の無い議論は無用のことだ。

2026年5月12日火曜日

同じ戦でも

 沖縄や南の島々はもう梅雨入りらしいが、こちら首都圏はもう暫く初夏の爽やかさが続くとのことで今日から昼の着衣を半袖にした。身体と同じように心も軽く明るくいきたいものだ。てなことで最近は世の中で起きてる様々な事件に関する報道を気にしないようにしている。若い人からすればあまり褒められた話ではないだろうが、所詮はたかが一人のボケ老人。一億人以上が暮らす日本の片隅で何を思ってもせんないことだ。そう言えば前回の総選挙もパスをした。引っ越したばかりだったこともある。次の選挙が区会議員選かどうか知らぬが、次もその次も行かぬつもりだ。

イギリスでは地方選挙で長年続いた保守vs労働の2大政党制がが壊され第3勢力が躍進しているとのこと。日本はかなり前から保守と革新の2大政党体制は壊れて、いわゆる多党乱立の混乱状態にある。落ち着く先はまだ見えぬが、何れにしても小生ごときが出る幕ではないと勝手に決めている。世界的にもあちこちで武力紛争が多発して先の見通しが分かりにくい世の中。当分平和とは縁遠い時代が続きそう。日本史だけなら比較的近い過去に長く続いた時代が武士の時代の終焉があったりする。

世界史的に見て似たような時代は何時だったのだろう?深く考える必要もないが、きっと過去にも似たような時代があった筈だと思う。まさかキリスト教徒とイスラム教徒が長年闘った十字軍時代にまで遡るとも思えないが、あの時代は様々な伝説が生まれて一種のロマンがある。今は活躍すのが人でなくてドローンとミサイルでは少しも面白くない。

2026年5月11日月曜日

老化やむなし

 老化現象にはいろいろあると思うが、最近新たに感じ始めていることがある。時々手先が硬直化して突っ張ってしまうことが頻発している。筋肉の劣化か神経系統の問題かは分からないが、劣化現象であるのはまちがいない。日頃から少なくても4、5千歩を歩くことだけは何とか維持しようと頑張っているものの、足元が覚束なくて真っ直ぐにすたすたと歩けない。情けないがそれがこれまた年齢によるものであるのは医師の診断を待たなくても分かる気がする。

今朝も高校時代からの友人の一人が亡くなったとの知らせがあった。同世代の友人が一人また一人とこの世を去ってい行く。遠からず自分もまた同じ道を進むことになるのは必定。これまでに悔いはないが、更に1日でも好きなことをして過ごしたいものだ。

2026年5月10日日曜日

世話好き不在の現代

 現代社会は他人のことは出来るだけ気にせず、困ったことは警察や役所或いは学校とか○○法人に任せて生きようとする人が多いと思う。しかし我が親世代は全く違っていた。先ず子供の婚姻については親の薦めが普通で、5人兄弟中ただ一人小生は当時勤務していた会社の社長が薦めてくれた取引先の社長の娘さんを貰うつもりになって、多分電話か何かで長野の実家に連絡した。そうすると母が「一度帰宅してきちんと報告しなさい。」とのこと。帰宅すると父が「結婚は良いが、両親にも相談してくれ。」と言うことで、社長に返事を待ってもらった。

推薦されていたのが地元長野県の企業だったので、まさかこちらから断るとは思ってもいなかったが、父の調査で一旦断ることになった。社長からは「君のせいで得意先を1社失った。」と嫌味を言われたがそれはそうだと思う。結局はそれから他の兄弟と同じように何度か見合いを重ねて亡き妻との結婚に至った次第だ。今風に考えれば善悪の評価は色々あるだろう。今日母の日に言いたかったのは、我が家が特殊だったかどうか分からぬが、両親とも明治生まれだから仕方なかったのかもしれぬ。

兎に角、昔の人は他人の面倒見が良かった。両親は26組の結婚を仲介してその親分になったことに大いに満足していたと思う。1年に一度はその夫婦全員を招待して食事会を開き、子供の我々も参加していた。似たような行事は我が夫婦の仲人夫妻の家にもあり、ある企業の社長をしていた先方の長男から「我々も兄弟ですね。」と笑いながら言われた記憶がある。社会人になってから、両親の真似をしてせめて一組でも良いから仲人をしてみたかったが、実現しなかった。世の中変ったと言えばそれまでだ。

2026年5月9日土曜日

運動会の思い出

 今日も爽やかな五月晴れだ、小中学校や幼稚園などでは運動会のシーズン入りで先生たちは準備に大わらわかもしれぬ。子供の頃から足が遅かったのに何故か好きな行事だった。家内は運動会と遠足が嫌い。亭主の小生は音楽会と学芸会が嫌いだからおかしな夫婦だった。しかし孫が出来ると家内も弁当を作って一緒に豊島区から世田谷区まで運動会見物で何度も出掛けたことを思い出す。孫の一人は小学校のスーパースターでクラス対抗リレーのアンカーでいつも好成績を収めていた。

一時は生徒と応援に来た家族が一緒に食事できた時代もあったが今は、考えられないだろう。我々の時代は小学生時代から高校まで騎馬戦と棒倒しがある意味花で、男子は全員参加、友人が棒倒しで骨折したこともあった、強い子が二人、向かい合って胡坐をかき、棒の根元を支えているのだ。棒も結構太かったから腕が下敷きになれば当然起こりうる事故。棒の周りは幾重にも生徒が腕を組んで時を待ち構える。号砲一発、攻撃に回った半分の生徒が押し寄せる。

待ち構える生徒の腹や肩に足をかけて棒に跳びつくのが自慢、小中学時代は学年別だったかもしれぬが、高校時代には全員総出だった。小生はいつも守り、跳びこんできた1級上の乱暴者の顔を思い切り殴ったことを根に持たれて、競技終了後返しの一発を食らったのが懐かしい。くだらぬことを長々書いてしまった。時代が替わって今の運動会は様相が大分異なるだろうが、運動会は今でもあるだろう。

祭りのように華やかだった学校の運動会は、外国の学校にもあるだろうか?ひょっとすると無いかっも知れない、