2026年2月5日木曜日

B級戦争映画

 昨日の昼前、暇な爺はいつも図書館ばかりで面白くないと感じて、二駅ほど先の日比谷の東宝シネマの映画館で、面白そうなものが無いかと探してみた。タイトルだけで探すのは少し骨だったが、ビンゴ!の大当たり。タイトルが「ウォーフェア 戦地最前線」開幕まで30分足らずで最適。何も分からないまま、即入場、館内中央の座席でゆっくりと観劇。最初に字幕で「本作品は数枚の写真を基に当時状況を出来るだけ忠実に再現しました」と前置きがあった。

内容はイラク戦争当時のイラクの小さな町。アメリカの陸戦部隊、と言ってもよく分からないが、兎に角10数人の小部隊。リーダーの将校の階級すら記憶に無い。1軒の民家に押し入り、住民を宥めすかして1室に押し込め、重機関銃を据えて周辺警護の準備を始める。要は、この周辺を制圧アメリカ軍の占領に備えたいとの上層部からの命令だろう。日本の旧軍隊は勿論のこと、自衛隊での訓練経験も無いので分からないが、兎に角アメリカの戦闘部隊は本部指令関係者との通信施設は万全。

何か異変があればすぐに応援を要請できる。と言っても最前線にいる緊張感や恐怖感は妙なぐらい観客でもある小生にまでよく分かる。前の夜に壁をぶち破って突如占拠した民家の1階に銃座を据えて通りを監視しているうちに不穏な動きを発見。民間人を装ったイラク軍が攻撃を開始。応戦を始めるが、すぐにけが人が出て、司令部に応援を要請。同時に戦車での迎えも頼む。

アメリカ軍は昔も今も兵器は潤沢で補給もしっかりしているので、すぐに対応するが、それでもその退却時でも死者と重傷者が出てしまう。丸1日にも満たない戦闘であるが、その間のリアリティーは実に生々しい。大部分の兵士は助かる設定ではあっても、死亡したり生き残っても四肢の一部を失ったりする戦争の凄まじさ。原爆や夜間大空襲で大量殺人を繰り返し、現代でも相変わらず武力をちらつかせるアメリカ。

しかし一方では、自国兵士は生死を問わず一人たりとも戦場に残さないと聞いている。B級戦争映画と言ってしまえばその通りだが、いろいろ考えさせられた気もした。

2026年2月4日水曜日

悪事の存在

 退職代行業「モウムリ」の代表が逮捕されたとのこと。このニュースを聞いて少し違和感を感じてしまった。日本の警察をはじめ法執行機関の職員は組織が大変しっかりしていて、職員も真面目な人間が殆ど。細かいことでは多少の役得ぐらいはあるだろうが、基本的には賄賂もあまり行きすぎず、拳銃の使用なんかも極めて厳格だと思う。父が昔警官をしていたことを聞いているし、家内が不審死した時世話になった目白警察にも大変世話になったりしているので、信頼は厚い。

しかし、この事件の被害者は誰だろうかと考えると、余りいないのではないだろうか?小生自身4回も退職を経験しているので、退職の難しさは身をもって経験している。難しいの一言で、切り出しそのものが相当勇気のいることだ。最初の社長は空手の有段者だったので、張り倒されたらやばいなと思いながら言葉を切り出したことを今でも覚えている。確かに辞職願を受け取る側の会社は愉快であるはずは無い。だから代わりに話をつけて、持ち出すべきものを会社の社員の目の前から持って来てもらえるなら、小生だって数万円は支払うだろう。

社会悪にはいろいろあるが、弁護士法違反もあれば、首相が自己都合で議会を解散なんてことだって公職選挙法違反の大悪事かもしれぬ。小悪事は自転車の乗り方、最近は酔っ払い自転車乗りまで罰則を設けたらしいが、人によってはこれを悪法と見る人だっているに違いない。小生は関わったことが無いし、その技術も無いが、ネット上の犯罪行為はいろいろあってとても法制化が難しいだろう。でも、NHK党の何とか言う人は結局捕まってしまった。兎に角悪事の発見は難しそうだ。

昔、石川五右衛門なる大泥棒が言ったそうだ「浜の真砂は尽きるとも、世に盗人の種は尽きまじ」

2026年2月3日火曜日

節目の日

今日は節分、豆まきの日だ。1合枡にから自分の年分の炒り豆を数えて取り出し、食っていたのは何歳くらいまでだったか?70歳くらいまでは食べていたような気もするが、思い出そうとしたが思い出せなかった。恐らく入れ歯をした時からは不可能だと思うので、その辺が境い目だったろう。人間の心理はおかしなもので、今日の午後スーパーに買い物に出掛けた際に恵方巻売り場が目に留まり、小さなものを買ってしまった。

小さいと言っても太巻きが三切あるので結構な量だ。普段夕食はサンドウィッチ一包みと牛乳1杯程度なので、今日はオーバーカロリーになりかねない。何れにせよ明日は立春、暦ではもう春だ。青い春はとっくの昔のこと、年寄りの春は何色に例えればいいか分からないが、暖かさが近づきつつある嬉しさは若い時と変わらないとしたい。一昨日次女夫婦と久しぶりに昼食を一緒した。その時孫のことが話題になったが、孫たちに彼女がいないわけではなさそうだった。むしろ、親たちが孫の結婚を望んでいないみたいだったので、そんなものかと些かがっかりしたものだ。

自分も相当勝手に生きているので、他人のことは偉そうに言えない。しかし節分もあれば結婚適齢期もあって良い筈だ。小生の場合、月給こそ二人で食っていける筈だったが、正直なところ、会社からと飲み屋に給料1年分に近い前借、即ち借金があった。しかもそれを2年か3年で返却できたのだから、昔を懐かしがっても始まらぬが、時代に恵まれていたことになる。 

2026年2月2日月曜日

大事な戒め

 昔から「過ぎたるは猶及ばざるが如し」といわれている。全くその通りで、昨日の昼飯に大好物の焼き肉を食い過ぎて腹の調子を崩してしまった。これからは少し気をつけないといけない。太り過ぎはいけないし、痩せすぎも問題が多い。東京は1月雨が全く降らずに乾燥のし過ぎ。もう一つ、今流行りで、最近何かと重宝しているAI、小生の場合はgoogleのGeminiが多い。確かに便利だが、信じすぎもどうかと思う。

ネット囲碁の判定もAIの得意分野らしいが、たまに判定ミスもあるようだ。パソコンの平仮名からの漢字変換に至っては気をつけないととんでもない間違いを生涯続けることになりかねない。一人暮らしの気安さからつい気が緩むことが多い。腹八分は注意を要する重大事。身体を壊したら元も子もなくしかねない。兎に角何ごとも過ぎることは良くない。ブログも大分長く続けて来たので書くことが無くなりつつあるようだ。

2026年2月1日日曜日

仕事と学び

 この世に生を受けて以来、出来るだけ楽しく生きたい気持ちが強かったのだと思う。社会に出る前からどうしても遊び心が先立ち、学びが疎かになってしまったことは否めない。80歳代も半ば過ぎになって今更悔やんでも仕方ないが、進歩の速度を速める世の中に必死について行きたい気持ちだけはある。算盤は中途半端もいいところで投げ出して電卓を買った。英語も中学高校の6年間大学受験のため自分としては珍しく勉強もしたが、日記や手紙を英語で書けるほどには上達しなかった。

社会に出てから20年近くなって大阪に移り住んだ時に、親しくさせてもらった得意先の役員から囲碁に誘われて、プロ棋士の指導を受け始めた。プロ棋士との付き合いは不思議なもので、東京に戻ってからも続いている。気がつけば我が学びで言えば、最長に続くものになってしまった。現在付き合いのある高校同期生で囲碁を打つ人は結構いるだろうが、住まいが離れてしまったので、残念ながら友人との手合わせはもうできないだろう。

一昔前であればハガキの往復で1手ずつのやり取りをした人たちもいるが、現代人はそんな悠長なことしていられない。第一ハガキの切手料金が一円という訳にはいかぬ世の中だ。学び遅れはもはや取り戻すことはできない事ははっきりしている。人並みにパソコンやスマホを持って少しいじってはいるが、とてもじゃないが子供が飴を舐めるのと一緒、その機能の周辺と言うかほんの一部を舐めまわしているにに過ぎない。

昨日10数年ぶりで昔世話になっていた公認会計士の先生に来宅してもらい面談した。ご案内の通り昨年末に豊島区の家を売り払い、世田谷にマンションを買って移住したので、この春には確定申告なることが必要なようだが、どうして良いやらさっぱり分からない故だ。先生は昔同様親切で、その面倒な仕事を引き受けてくれた。仕事をしていれば世の中の進歩は嫌でも学べるはずだが、年金暮らしの年寄りは学びの必要が無い。話を聞くうちに驚愕した。AIの進歩で会計士の仕事ですらそのうちに失われるかもしれぬそうだ。

先生は昔からシンガポールだったとおもうが、国際的監査法人勤務があったことは承知していたが、聞けば現在AIをフル活用して、アジア数か国のクライアント仕事をされているとのこと。学びも盛りを過ぎると失職とは笑えぬ現実かもしれぬ。

2026年1月31日土曜日

西部劇映画

幼い頃から映画好きだった、ひょっとすると祖母の影響かもしれない。カラー映画が当たり前になるより前のモノクロ映画時代から映画館に連れて行ってくれた。日本語の文字さえ満足に読めなかった頃からだから年季が入っている。昨日も昼飯を二駅先の経堂迄喰いに行ってしまったので、帰宅が13時を少し回ってからだったが、それからNHK・BSでチャールトン・ヘストン主演の「ウィル・ペニー」を最後まで観てしまった。

思い出してしまったのは、若い頃に憧れていたアメリカの原点はこれ、即ち善良でマッチョな男たちのアメリカだ。この映画のコンセプトは幼い頃から憧れていた映画「シェーン」とそっくりである。本当の死闘になれば誰にも負けない旅人に憧れた少年。最後にその死闘をを少年の目前に披露するが、何も言わず黙って去っていく。少年が後追って<カムバック>を叫んでも、主人公のシェーンは後も振り返らない。

日本のやくざ映画も似たような筆法を真似るが、少年は出てこない。やくざは暴力が最初から売り物で、やくざ同士の喧嘩が主なテーマになってるケースが多い。紹介した二作品は、主役に善良な市民を仕立ててるところに大きな違いがある。黒澤明監督の「七人の侍」も悪人退治の話だが、これも善良な市民が暴力のプロを雇う形になっている。現実味はこちらの方があるのだろう。でなければユル・ブリンナーの「荒野の七人」が制作されなかったろう。アメリカには未だに農業国家の感じが残っていそうだが、日本は農業国家の姿は消えつつあるようだ。 

2026年1月30日金曜日

何も無い

 明日が正月の末日、早いものだ。歳月人を待たずとはよく言ったものと思わざるを得ない。来月になっても特段の予定も無いので困ったものだ。目前を行き来する小田急電車の音さえ二重窓で遮断している外部から、選挙の街宣車の音が入って来る。よほどの音量で流しているのだろう。ということは大勢の人たちが総選挙に関心を持たざるを得ないのだろう。しかし残念ながら小生には投票用紙が送られてこない。きっと移転から3か月未満で投票券が発生しなかったと思う。

投票日の2月8日は母の誕生日、墓参りはできないが、遠く東京の空から長野に向かって遥拝するつもり。寒明け10日が通常は寒さの底と言われるが今年は比較的早く暖かさが訪れるとの予想もある。当たってほしいが、最近期待外れが多い。何はともあれ、もう少し辛抱が必要なようだ。健康第一しかない。