2026年9月9日水曜日

幸運に恵まれ方

 テレビを観るのが重要な日課だが、朝一番から殆ど終日大雨の話ばかりでは正直飽きてしまう。従って救いになるのが海外関係報道。本来は朝4時台からあるのだが、今日は大雨のため番組が中止。天気も大事だろうが、戦後一番の景気が続いていると言われる日本がこれからどうなるかも気になるし、選挙が近づくアメリカやイスラエルでも政権に不利な事実が急浮上している問題もある。日本の経済が異常であるのは今に始まった話ではないし、こちらの寿命もそう長くないからどうでもいいと言えばそれまでだ。

しかし戦後最長の好景気と言っても、その恩恵を被る人は川上に位置するほんの一握り、残念ながらこちらが位置する川下は逆にもっと川下に流されかねない。今更ながらになるが、思うに日本の官民一体で成長を目指す方法い問題があるような気がする。何ごともそうだが、民需を活発化、活性化を図るには役所に頼らず民がやりたいようにするのが一番大事で、役所はおかしな指導、言い換えれば嘴を入れないことが大事だろう。役所は情報が豊富だからベストな方法を選択できると思うのが間違っているのだ。

これまでの産業政策で役所の指導でうまくいった例はすぐには思いつかぬが、エルピーダの盛衰を調べるまでもなく、一時官民挙げて燥いだクールジャパン事業も同じこと。失敗談には事欠かない。官民一体の事業が失敗する理由はよく分からないが、殆どが後知恵での発想になっているのではなかろうか?成功する経営者は一人でしこしこ努力をして何度も失敗を重ね、ある日幸運に恵まれる。そんな人は十人に一人か百人に一人くらいだろう。

2026年9月8日火曜日

渡る世間

 高校生時代に苦手の数学の教科書が2年生から変わって、益々難しくなってしまったように感じたことがあった。しかし今になると、歳が歳だから、世界がどう変わろうと個人的には余り差し障りはあるまいと勝手に思っている。むしろ大切なことは気持ちが通じる人が少なくなることだ。昨日天気がはっきりせず何となく暗い一日なるのではと心配したが、人間関係では気持ち良い一日になった。

朝から出会った人の殆どと、気持ちを通じることが出来たように感じたからだ。朝一番では接骨院の整体師の先生、昼前に證券会社の担当者が来るので、「いつものコースを半分にしてください。」依頼して快くOKしてくれた。初対面となった證券会社の担当者も、何一つ要望は適えてあげなかったが、気持ちよく土産を置いて引き上げてくれた。

その後は昼飯に通っている祖師ヶ谷大蔵駅構内の大型喫茶店ドトールの店員さんもいる。かなり年配の女性だが、こちらが注文する前に注文を口にしてくれた。びっくりしたが「毎日同じくらいの時刻で同じご注文なのですから。」と事も無げ。嬉しかったなぁ。その後で新宿の碁会所に行って、長年指導を受けている中国人女性の先生から珍しく褒められたこともある。ついている日とは昨日のような日を言うのだろう。

長年の一人暮らしだから、ややもすると元気が無くなっても当たり前だが、こちらが積極的に世間と関われば自ずから道は開けてくる。渡る世間は鬼ばかりなんてことは無い。また話が飛躍するが、例えば床に落ちているゴミを拾うとか、見ている人は居ないようでも天知る地知るだ。日本人は後片付けが上手いと言うではないか、大事なことだと思う。

2026年9月7日月曜日

すっきり感

 何ごとも「過ぎたるは猶及ばざるが如し」で好くないが、特に心配のし過ぎも考えものだ。異常気象のせいで千葉や北陸で死人が出るほどの被害が出てるので、東京を含む関東一円に気象庁が、昨夜から今朝にかけて大雨警戒警報を出すのは仕事だから良しとしよう。テレビ放送も一定程度の付き合いは仕方ないだろうが、少しくどいような気がしてしまう。

ロシアのウクライナ攻撃、イスラエルのパレスティナ虐め、アメリカ-トランプ大統領のやりたい放題、日本の来年度予算編成も同じで、どれを見ても<まだやるか>と付き合いきれずに些かうんざりしている。しかし考えればこのブログにしても同じこと、うんざりされている読者も多いことだろう。

世の中の出来事は大体そんなもので、ある日さっぱりなんて訳にはいかなくて当たり前のようだ。そんな空気感はいつの時代も同じなのかもしれぬ。小生が誕生したのは1940年4月、翌年の12月8日に日本は米・英・蘭国に宣戦を布告して大東亜戦争に踏み切った。この日のことを当時の相当な知識階級の人々でも「すっきりした気分、或いは爽やか気分」と日記に記している。

この気分が3年半後にどうなったかはご承知の通りだ。高市内閣が気に入らないからすっきりしたいとの思いも無いでもないが、少し前の安倍晋三内閣を思い出すべきかもしれぬ。日本人の多くは毎日就寝前に風呂に入ってすっきり休む習慣の人も多いと思うが、これも考えものかもしれぬ。

2026年9月6日日曜日

面白いテレビ番組

 昨日の昼間、ずーっとテレビを観続けてしまった。パソコンはAIが大流行りだが、AIはこちらが何か質問しなければ応えは返ってこない。その点テレビはテーマから提供してくれるのでありがたい。昨日観たテレビで強調したいテーマは2件ある。先ずは「山中伸弥とタモリのびっくりはてな!?」テーマは<宇宙>二つ目はEテレの日曜美術館特別番組<日美50特別アンコール 「私の出会ったダリ 岸惠子>。共にかなり長時間番組なので下手な映画より遥かにも面白くて見応えがあった。

今日になってから前者<びっくりはてな!?>の続きで「人類史3.0 人間とは何者か?」も観たがこちらも面白かった。要するに地球上では人類が偉そうにしているが、人類の知らないことが多すぎるほどあると言うことに他ならない。

2026年9月5日土曜日

季節感

 盆が過ぎ9月ともなれば本格的な秋、朝夕は涼しくなって夜になればどこからか鳴く虫の音が聞こえてくる。長い夜は読書をするとか、過ぎし夏の思い出に浸るとかロマンティックな季節の筈だ。当然雨は降るが、どうせ雨ならやはり<時雨>が良いと思う。ところが今年の雨は風情も何もあったものじゃない。それに台風、これは南方のフィリピン沖辺りの海上で発生して日本を襲うものと考えていたが、日本の近海で発生して行き場が分からず、ウロウロしている始末。誰のせいか分からないが何もかも異常な世の中になってしまった。気候がおかしくなると人間の精神状態までおかしくなりかねない。

古来日本には四季があって、季節に従った生活習慣を大切にしてきた。夏が終われば夏常用していた衣類を仕舞ってあいもの、或いは冬ものに替える。もうじき行われる稲刈りを楽しみに待ちながら、食するものも少しずつ変わる。秋は葉物野菜が減ってイモ類等の根菜が増えるし、果物が豊富な季節、長野の典型は柿とリンゴや酸っぱい葡萄。長野県には無かった海では、回遊魚が生まれ故郷の川に戻って来るのもこれからだろう。鰯や鯖の近海ものに混じるようになる戻りカツオも一種の贅沢だろう。長野県人なので魚には詳しくないが、さかな編に秋と書けば勿論サンマだ。

サンマと言えば炭火焼、家庭では薪炭の準備も始めなくてはいけない。物置に薪と炭俵を積み上げ、炬燵やストーブの準備をする。兎に角季節に追いかけられて暮らしを整えてくるのが普通だったが、現代はその必要だけは無くなった。燃料は電気とガスで年中安定的に供給されるし、食材は東京に居れば北は北海道から南は九州、沖縄までの食材がスーパーに並んでいる。こんなに便利で良いのかななんて思ったりすることもある。

2026年9月4日金曜日

他人の振り見て

 日本は先の大戦以降戦争をしない国として過ごすことが出来ている。しかし最近は近隣諸国、特に中国・ロシアなどから新軍国主義の国として警戒されている。何故か?今まで武器使用に関して厳しい自己規制をしてきたが、最近国の安全保障のためにこれを次々と変更して、装備を充実させているからに他ならない。近隣の国々が警戒する気持ちはよく理解できる。

しかし実際のところどうなんだろう?中国やロシアと戦争して勝てるはずは無いように思うが、防衛関係者はアメリカが助けに来てくるまで持ち堪えるようにしているつもりのようだ。確かにアメリカ軍は国内に陸海空合計すると約5万人居るらしい、自衛隊の実兵力が約15万人だから相当な数ではある。台湾で事件が起きれば、アメリカ軍は自動的に戦争に応じるだろうか?中国のミサイル基地がどんな展開になっているかは日本と米軍は正確に把握できているだろうか?

勝手な想像をすれば、日本と米軍側が把握できていないミサイル基地は相当数あるだろうし、潜水艦だって同じだと思う。ロシアも同じだ。北方4島に実戦配備されているミサイルの実態は衛星写真だけでは分からない可能性が高いのではなかろうか?兎に角これからの戦争は最初からミサイルによる全面戦争。ドローン部隊を強化したくらいではとても間に合わないだろう。兎に角いわゆるインテリジェンスが大切だと思うが、これまた日本が全く不得意とする分野だ。戦争をすればまた負けるに決まっているのだから、戦争をしないことが最も大事なことだ。

もちろん他国が戦争することはいけないことだが、これを単純に非難しないことも大事だ。自国に関して存立危機事態なんてことは口走らないように気をつけなくてはいけない。 

2026年9月3日木曜日

仕切り屋

 もう歳だからこれから先は、葬儀を取り仕切る機会は回ってこないかもしれぬ。しかしこれまでに亡き妻の葬儀を含め何回か機会があった。昨夜から報じられている上皇陛下御自身の葬儀に関するご要望には深く感じるものがある。陛下は葬儀が国民生活に過度の負担にならぬようにしたいとのことから、宮内庁に検討を申しだされ、宮内庁もご意向に沿って検討を進めているとのこと。陛下のご結婚は、軽井沢のテニスコートで知り合った正田家の令嬢との間で成立。取り持ったのは小泉信三博士、陛下の皇太子時代のご養育係だ。

陛下が生前退位をされたことに関しては、近年の歴史に無かったことから、口さがない下々からはいろいろ意見があるかもしれぬ。小生は務めと体力のバランスを考えれば、これからの天皇にはあっても良いだろうと思っている。兎に角、日本人でなくても、婚礼とか葬式は世界中の人間にとって他の動物と一線を画す極めて重要な儀式だ。儀式である以上は仕切り屋が必要であるのは言うまでもない。葬式の仕切りは神官とか坊さん等の宗教関係者が務めるが、たとえ宗教関係者が居なくても、結婚の場合は仲人が居た方が収まりがいい。

たまたま今日の昼飯は高校時代同期生の集まりだった。皆一様に年齢が行き似たような悩みを抱えている。問題の中心はやはり家族と自分の終末のこと。個人的には同感することが多く、小生の場合もいつどこで死ぬか分からないし、どのように死のうと残された家族にはかなり迷惑が掛かるだろう。でも、死んだ後のことまで心配しても仕方あるまい。なるようにしかならないと思っている。その意味からも上皇陛下は大したものだ。