2026年4月27日月曜日

一見変化が無くても

 特に何もせずボーっとしてるだけの毎日だが、世の中は日々変化している。変化は良いが、事の善悪の判断が変わってゆくのが困る。とてもじゃないがそのめまぐるしさにはついて行けない。日本が右傾化、再び戦争でもしかねない国になりつつあるのは自然の流れかもしれぬが、嘗ての自民党総裁宮澤喜一氏が何でも大蔵大臣時代に「我が国は武器を輸出するほど落ちぶれてはいない。」と言ったそうだ。

成程そんな時代もあったのだと思ったら、現在の高市首相は「時代は変わってる。世界平和のためにも友好国に武器輸出は当然。」と仰った。確かにそうかもしれない、日本はこれまで戦争もせずこれからも戦争しない平和国家だ。当然ながら自衛隊が使用している戦車や艦船を含む武器が劣化する。この処分を国内でスクラップ化するより必要とする国があるなら、売ってあげた方が良いのではないか。ある意味合理的かもしれぬ。要するに古い思想で事の善悪は判断がつかない。要するに年寄りは要らぬことを考えるなだ。

日本人は地震の備えや、山火事の心配をすべきとのことか。連日関連報道が朝から繰り返されている。一方のアメリカでは対イラン戦でミサイルを大量消費して、大分ミサイルの備蓄が減ったとのこと。復旧に約6年は掛かるとの説もある。同じ武器関連産業の悩みにも大きな違いがありそうだ。昨日はトランプ大統領の記者クラブ記者招待の大パーティーの冒頭に発砲事件が発生してパーティーが中断された。大統領は改めてパーティーを設けて記者を招待するそうだ。因みに犯人はその場で逮捕されたとのことだが、カリフォルニアの大学出のインテリだったとのこと。

2026年4月26日日曜日

実印と認

 若い時は何をするにも選択肢は多いが、80歳代の半ば過ぎなので選択肢は非常に限られている。遠い先のことや遠い場所のことはなるべく意識せずに近い未来と近い場所のことを中心に考えざるを得ない。ま、それが人生と言うものだろう。遺言を作りたいと思って挑戦したが何度も失敗した。近い将来手書きでなくてもパソコンで作れる時代が来るかもしれぬのでそれまで待ちたい。昨夜のリモート懇談で関係する話が出た。実印不要説もあったが、パソコン遺言状が許可されれば、実印だけは不要とならぬだろう。先日ハンコ屋さんを見つけてシャチハタ認印を買ったが、併せて実印用朱肉も購入した。

2026年4月25日土曜日

単純な思い

大昔レナウンのテレビコマーシャルにあったような気がするが、最近「シンプル イズ ベスト」を実感している。余計な物を持たない、気にしないことが大事だ。昔読んだ本か雑誌にあったような気がするが、世の中の出来事85%は自分とは無関係だそうだ。中東で起きていることも自分の生活に直結するかもしれぬが、その見通しも自分ではつけられる筈も無く、昨日や今日起きている事実を一端を知ったところで生活を変えられるわけでもない。何ごとも成り行き任せと簡単に割り切った方が気が楽だ。

テレビで毎日似たような顔を見ていると、つい自分の友人かと錯覚しがちだが所詮は赤の他人。彼や彼女が何を言おうと感心して視聴するのは良いが「だからどうする」程のことはあるまい。要するに聞いても聞かなくても同じこと。聞き流すことに及(しく)はない。大事なお金だって同じこと、貯金も大事だが当面の生活は年金暮らし。支給される範囲で快適性を追求するのが一番。毎朝の食事一つにも興味深いことはいくらでもある。たかが1時間そこらのことでも日々の変化は多々ある。

ジャガイモや玉ネギのかわ洗い、かわむき。包丁の入れ方、8年経ってもまだ未熟さが抜けない。単純ながら奥深いものだ。世界情勢の変化より野菜の選び方について知識を豊富にすることの方が余ほど生活を豊かにする。それに加えて世田谷商店街の店の種類、昨日はハンコ屋さんを探して4千歩、良い運動になった。自分のことは頭のてっぺんから爪先迄事細かに考えても他のことはかなりいい加減にした方が良い。

2026年4月24日金曜日

季節の変わり目

 1週間経つのが早い、つつじが満開となり連休が終わればもう夏だ。一般庶民の暮らしはそう簡単に良くはなりそうにない。ホルムズ海峡の戦争が長引き、石油資源に乏しい我が国はあちこちで仕事に支障をきたす人が増えている。政府は平然と備蓄があるから大丈夫と言うが、大丈夫の訳が無い。単に目詰まりが起きてるだけだからやがて問題が解消するだろうと思ってるのかな?

お目出度い話だ、必要ある商売道具が入手困難になった人が増えればどうなるか?連休中に仕事を休めば済むのか?余りに民意と書け班れ過ぎている。日本の政府が中東の戦争収束の予想などできる筈が無い。仮に来週一定のめどがついたとして、日本への影響はいつ収まるのか?政府に聞いてみたら何と答えるかな?29日にリフォーム屋が来る予定になっているが予定通りに来るかどうか。来たら色々聞いてみる心算だ。兎に角疑問が増える一方で先行きは益々深くなっている。

値上がりしてる食料品を買い続けて毎日を過ごすしかない辛い老後になった。兎に角季節の変わり目、風邪をひかぬよう気をつけよう。

2026年4月23日木曜日

憲法修正論議

 今日は少し大げさになるが日本国について書きたい。物心ついて以来、自分も大分変ったが国のあり様も大きく変わった。小生にとって特筆すべきは、飲み水に不自由が無くなったことだ。生活の利便で言えば電気やガス等、薪炭の心配が無くなったことが筆頭に来る人も多いと思う。交通や通信の利便も大いにあるだろうし、正に豊かな国そのもので、生きている間に実現されているのだから凄いものだ。先人達には心底から敬意を表したい。

これからも更に大きく変わることだろうが、先のことはもう想像がつかない。今この国をリードするハンドルを握っているのはご存じ高市政権。立法府の衆議院で圧倒的多数を占めているので当分続く可能性が高いと言う人も結構多い。それはそれで結構だと思うが、国家を一つの集団と見立てると、集団の発展はリーダーによって決まるとのこと。リーダーの元に如何に優れた人材が集まろうと、リーダーの能力以上に発展することは難しいとのこと。

首相の能力の限界は底が知れてるか否かは誰にも分かるまい。現在の右傾化傾向が良いか悪いかも小生には分からない。現在の世界情勢を思えばアメリカ一辺倒も同じことで、判断しかねる。現実を見据えれば、80年近く前に制定された憲法からは大分かけ離れているのも事実。余りに矛盾が大きいのでいっそ憲法の方を変更しようとの意見が大きくなるのは当たり前だ。

「いや、憲法を順守すべき」と言う人もいるが数値的に捉えれば少数かもしれない。確かに制定から80年近く一字一句修正が無かったことの方が奇跡かもしれぬ。首相は来年には修正を発議したいとのこと。修正となれば一言言いたい人は多いだろう。結果が見ものかもしれない。

2026年4月22日水曜日

食事風景

 欧州の国々や中国、インドについては日本にも多数の料理店があるが、イスラム料理店やイラン(ペルシャ)料理店は見かけない。何故だろう?ひょっとすると宗教上の理由で食材や食事の仕方に禁忌があるので、日本で庶民を対象として商売するのが難しいのかもしれぬ。日本では昔から喰えるものだったら何を食ってもいいし、食事の作法も大したものは無い。強いて言えば、腹が減ったらいつでも食事をしても構わない。ただ、幼い頃から食するものを鷲掴みしないよう躾けられていることくらいかな。

なんて言っても、握り飯やパン類は鷲掴みで口に放り込むし、食器を手にして口に近づけ喉に流し込むなんて行儀の悪さは、余ほど厳格な家庭でないと躾けられないだろう。中東やウクライナでの戦争報道は嫌になるほど見せられるが、当事国の庶民が普段どんな暮らしをしているか知りたいものだ。特に映画でよく観るアメリカの家庭での食事風景、家族が食卓を囲み父親が神に祈りを捧げて全員が「アーメン」を唱えて母親が各人の皿に料理を盛り分ける。こんな習慣を続ける家庭がどのくらいあるか?

友人の自宅でご馳走になることは殆ど無くなった。いつも侘しく一人で食事をしているので、ごく普通の日本家庭の食事風景も見たいものだ。

2026年4月21日火曜日

喫緊のこと

先日の長野北部に続いて昨夜は三陸沖でもやや強い地震が発生した。共に昔から発生しやすい場所だから、日本人としては驚くほどのことではあるまい。連休前でニュースが少ない時節柄テレビ局は張り切って長時間ニュースを垂れ流している。無用の空騒ぎとしか言いようがない。もっと大事なことがあるのは当然だが、同じ地震の報道についても思うことがある。昨夕の地震では避難を呼びかけられた人は10数万人とのこと、従った人がどのくらいか知らぬが、兎に角慌てて身の回りに大事なものを搔き集めて持ち出すだろう。しかし金庫を背負って逃げる訳にはいかない。

逃げた後の見回り、(例えばドアの戸締り、内部の水道や火の始末等々)は政府に任せておいて大丈夫かどうか?へそ曲がりなのでつい心配してしまう。官邸に防災対策室なんかどうでもいいことで、心置きなく避難してもらいたければその辺をきちんと広報すべきだ。質の悪い泥敵は5時間もあれば、これと目指した場所で悪さをするには十分な時間だと思う。

もっとも各自治体の自警団は、その辺のことは先刻ご承知だから心配無用かもしれぬ。言いたいことはテレビの全国放送で繰り返し似たようなことを言い続けるのは無用と思っている。政府にとって喫緊の課題が国内・外の情報収集などインテリジェンス機能の強化と聞くと多くの国民は「何でですか?」質問したくなる筈だ。当たり前で、それで値上げに苦労する我が暮らしがどうなると言うのだろう。本当に喫緊の課題は連休以降仕事がが継続できるかどうか困っている人たちどう支えるかどうかに決まっている。