2026年10月11日日曜日

テレビを褒める

 我が家の近くでは未だ木々の紅葉は見ることが出来ないが、天気は朝から素晴らしい秋晴れになった。体感的にも暑すぎず、涼し過ぎずで空気が澄み気持ちが良い。遠出をしたいがもう体力の限界。明後日、長野の墓参りで良しとするしかない。

このところ何となくテレビ番組を観て楽しんでいる。昨夜はニュースも観ずに「2時間でまわる善光寺」を1時間半も見入ってしまった。8時には娘に<おやすみ>LINEを入れる約束になっているので心配したのだろう「まだ起きているの?」と連絡が来てしまった。

テレビも馬鹿にしたものではないと改めて感じ入った次第。序に言うとBSだったのでNHKONEで確認できないが、9日の夕方18時から1時間半「倉本聰の100年インタビュー」が面白かった。今年の9月に亡くなったばかりなのでその追悼の意味もあったのだろう。彼は作家、脚本家としても優秀で富良野に塾を開いて後輩を指導してたようだが、その塾生については一人も知らない。

彼のインタビューで印象に強く残っていることが一つだけある。歌手の北島三郎さんを褒めちぎっていたことだ。何でもそらで歌える歌が3千曲以上、鉄道唱歌は何十番まであるなんて話があったと記憶している。北島サブちゃんも塾ではないが、所在は八王子かどこか忘れたが、高尾山登山の行き帰りに、彼がこの地域に名士であったことがよく偲ばれた。彼の門下生も沢山居るのだろうが、小生が評価できるのは大江裕だけだ。

今朝も4時半から「“怒りの作家”佐藤愛子 時代と人間を見つめた102年」を観たが、これも結構面白かった。佐藤紅緑や佐藤ハチローに対するイメージもすっかり変わってしまった。歳を取ってから作家のイメージが変わるのは仕方ないだろう。

2026年10月10日土曜日

個人情報漏洩問題

 日本だけの問題ではないと思うが、このところ個人情報漏洩問題が大きくなっている。大量の個人情報を抱えている企業のサーバーの管理は一体どうなっているのだろう?一部金融機関はアンソロピックの助けを借りると言うが、同社はAIの自動爆走問題で制御不能を自ら認めた企業だ。果たしてこれら金融機関の政策が正しいかどうかも不安が残る。換言すれば、ネット世界に個人情報保護を期待する方が無理筋かもしれぬ。

個人情報といえば、普段財布に入れて常時持ち歩いているマイナンバーカードが個人情報満載の筈。しかし理由は分からないが、昨日の歯医者でも毎日のように通っている接骨院の月初の確認でも何故か反応しなかった。そこで昨日新宿からの帰り道に乗り合わせた急行で成城学園前駅まで直行、区役所の総合案内所まで行ってカードチェックを依頼した。すると不思議なことに、ここでは異常が発見されなかった。担当してくれた職員も理由は分からない。情報が漏れることも怖いが、適正な場所で情報を引き出せないのも困った話。

帰宅して、紙で印刷された資格確認書を探したら見つかったのでこれを持ち歩くことにする。何とも厄介な世の中だ。

2026年10月9日金曜日

歯一部リニューアル

 もう何か月も前から分かっていた話だ。昨年の12月、引っ込を済ませたばかりの時に通いなれた行きつけの池袋の歯科医で半年に一度の定期検査をしてもらった。その時担当したアシスタントの女性曰く「もうこの入れ歯は1年は持たないでしょう。」歯は昔から相当にひどい状況で、上には殆ど自前の歯が無い。左右に2本と3本の入れ歯をして頑張っていたところだ。彼女が指摘したのは「残っている前歯も抜いて左右の入れ歯を連結するしかないでしょう。」だった。

昔から世話になっていた同世代の先生は、最近体調を崩して医院には殆ど顔を出さんくなっていると聞いていた。先生はほぼ同世代で長崎大からコロラド大に留学して、そこで博士号迄取得した名医だった。察するに十分稼いだので若い人に医院を丸ごと譲って、悠々自適だと推察しているが、どうでも良い他人のことだ。幸い旧い先生が医院を譲った時に新しい先生にも挨拶だけはしてあった。新しい先生も人柄が似ているのだろう、従業員は全員昔の儘だ。

今日診断は予ねてアシスタントさんが教えてくれた通り、左右の入れ歯を連結する大工事に決定。来週は長野の墓参りや大学の同期会が入っているので少し心配もしたが、兎に角先生の方が忙しく、予約が入るのは最短でも来週の22日。ならばこちらの用事は既に終わってる。木曜は紀尾井町に昼飯を食いに行くだけなので、これは是非ものではない。覚悟を決めるのに何も苦労は無かった。身体の一部を取るのは胆のう摘出以来だと思うが、歯は既に下にインプラントが5本も入っている。入れ歯をリニューアルして寿命にどんな影響があるか知れぬが、内臓に比べれば大したことなかろうと思っている。

2026年10月8日木曜日

世の中の仕組み

 雨が多かった先日までの長い期間もやっと終わったかもしれぬ。珍しく秋晴れの一日、気分がやっとすっきりした。ずっと先延ばしにしてきた墓参りを決断して、昨日新宿で乗車券を購入したが、これまた一苦労だった。恥ずかしい詳細は割愛。

ノーベル化学賞でまた日本人受賞者が一人誕生のニュースは目出度いことだ。受賞理由の理屈は難しすぎて理解できぬが、既に発表された談話が素晴らしい。「不斉自己触媒反応は、自分で自分を作る触媒を見つける。山があるわけではない、あるかないかもわからない。暗いところを頭にヘッドライトを付けてずっとたどっている研究。自分で言ったらちょっとおこがましいですが、受賞できても文句は言われないだろう。」

想像するに、硤合憲三氏の理論の恩恵を被っている学者や企業は既に沢山あるに違いない。学問の基礎研究成果とはそんなものかもしれぬ。小生の個人的思想からすれば、硤合理論とは真逆で何事も左右対称、豆腐じゃないが四角い立方体であれば隅々が90度まっすぐでないと気が済まない。しかし世の中の大部分はどこかが非対称になっていて、ズレがあるかことで何となく丸く収まるのかもしれない。

小学生の頃、二等辺の長さが異なる三角定規を使って直線だけを引いているうちに綺麗な楕円形が描けること教わった記憶を思い出した。世の中の出来事は殆どまん丸いことは無いし、仮にそう見えても中心を二つ持つ楕円形が多いし、物質にも反物質が必然であるように、自由のは不自由がつきもの。何でもかくあるべきものなんか無いと思った方がよさそうだ。

2026年10月7日水曜日

大いなる疑問

 今朝の報道によると今年のノーベル物理学賞はベルギー出身で米ウィスコンシン大マディソン校のフランシス・ハルツェン教授が受賞されたそうだ。研究テーマは宇宙から飛んでくる非常に高いエネルギーのニュートリノを世界で初めて観測したとのこと。ノーベル賞にイチャモンをつけてはいけないが、ニュートリノの質や量の発見は既に日本の小柴博士や梶田博士(両氏ともノーベル賞は受賞されている)によってなされていたように思うのはどこか間違っているのだろうか?

ネットで確認する限り、現在も南極での観測チームに参加している千葉大や東大の現役学者諸氏は素直に今回の受賞者を祝福しているのだからど素人の半ボケ老人がこんなことを書いてはいけないのかもしれぬ。そもそも南極のアイスキューブ資金の出どころはどこだったのだろう?さらに言えば、筑波の研究所の加速器もあるしだ。

話がガラッと変って:最近思い始めたことだ。<単純で簡単なことから始めよう>だ。昨日次女と昼食をしながら決めた。朝晩スマホのLINEで挨拶を入れて生存確認をする。「お早う」と「おやすみ」だけでいい。互いに余計な心配が無くなるだろう。序に葬式について話し合おうと思ったが娘曰く「葬式は生きている人のためにするものだから、死んでいく人は余計な心配いらない」言われてみればこれも尤もだ。何事も難しく考えないこと。失敗しても慌てないことだ。

2026年10月6日火曜日

金食い虫のロマン

 ノーベル賞ウイークが始まった。今年は自然科学分野で日本人学者の受賞はあるだろうか?東大卓越教授梶田隆明氏は少し心配気味のようだ。小学校4年生の時と記憶するが、東京に出張した父が土産に買ってきてくれた本「湯川秀樹物語」を思い出しいている。湯川博士の家系は学者揃いで、長じてから中国文学の小川環樹氏が弟であることを知り、家庭環境で兄弟は似たように勉強好きになったり、我が家のようにどちらかといえば野山で遊ぶことが好きになるのだろうと都合の良い解釈をしてた。

日本政府も、嘗ては岐阜県の山中にカミオカンデなんて訳の分からない巨大装置を建設することをよく許可して予算をつけたものだ今更ながら感心している。説明を聞いた霞が関の高級官僚が仮説を信じたとはとても思えない。この装置や筑波に設置された加速器から、あるいは宇宙の遥か彼方から今でも我が身を貫いて降り注ぐ新たな物質<ニュートリノ>形も見えないし、痛くも痒くもない。

しかしその姿、或いは瞬間的反射映像とでも言うべきか、それをキャッチするカメラはどこの会社が製作したものだろうか?考え出せば何もかも分からないが、物理学にもこんなロマンがあるとは驚きだ。カミオカンデは現在当初のものから2代目、3代目となり、更にはそれでも足りずに、南極の氷にその更に数十倍か数百倍か忘れたが、穴をあけて装置を設置、撮影を続けているそうだ。

学問とはそうあるべきもので、親が先が分からない子供の教育に脛を削ってお金を注ぎ込むようにするのと同じこと、大いに注ぎ込むが好かろう。

2026年10月5日月曜日

整理しすぎたかな?

 人はいつも心配事に悩まされる。知恵が出ない、時間が無い、もう金も無い・・・・。思えば自分もそうだった、しかし最近少し考えを変え始めた。「無い、無い尽くしはやめよう、あるものを使えば良いではないか。」引っ越しで豊島区の家を思い切り断捨離をしたので、新居に無いものが毎日のように出てくる。それをいちいち嘆いたり、新しく買ったりしたのでは越してきた意味が無い。有り過ぎるより無い方が考えが単純になる。一つは諦めること、二つには有るもの活用方法を考えること。

この思考が意外に有効的に機能することがあるように思う。世田谷区祖師谷界隈に比べれば、豊島区千川は池袋駅から有楽町線二つ目だったので便利過ぎた。大きなホテルまであって食い物も美味い店が多かった。しかしそれが年寄りに幸福をもたらすとは限らない。もう縁を切っても罰は当たらないだろう。今朝テレビを観ていたら音楽家の<YOASOBI>の作曲家とボーカルの二人が出演していた。なんでも新しい連続テレビ「ブラッサム」のテーマ音楽を作詞作曲したとのこと。刺青が嫌いだからといって悪くは言いたくないが、この番組を観るつもりは全く無い。

人生の一時期にあっては夜遊びは楽しいものだ。しかし年寄りには無縁、今朝4時台からの音楽番組「はやうた」に尾藤イサオが出演していた。昔聞いたような名前だと思って観ていると、なんと82歳とのこと。孫と同じ年頃の司会者や出演者たちに囲まれて明るく陽気に振舞っていたが、楽しみを聞かれると「毎晩飲む焼酎です。」すかさず答えていた。NHKと縁を切るつもりが無いのも一つの考え方だと思うが、自らを考えると多くの人との縁を切り捨てすぎた嫌いが無くも無い。