思い出せない人の名前、スイッチの入れ忘れに消し忘れ、忘れ物等々認知症と言えるかどうか分からぬが日常生活で不都合が多くなってる気がする。歳を取れば誰にも起きる現象だと思うので半分諦めていいる。昨夜いつもの高校同期生5人のリモート懇談でもこのことが話題になった。小生としては一応毎日テレビニュースは観たりしているのでそれなりの社会情報は知っているが、それをことさら記憶しようとは思わない。ブログで書いたりすることもあるが、書いた後はむしろ余計な事として、忘れてしまいたい。
つまらぬ事件や米中問題とかイラン問題とか一見重大に思える事件も、我が生活に直接の関係が及んでいない限り忘れていた方が安眠に繋がると考えている。ところが友人の中にはそういった情報をいち早くキャッチすることを習慣化している人もいた。正に人さまざまだ。中には「人生一寸先は闇、今を大事生きなさい」との言葉をラテン語で教えてくれた友人もいたが、当然ながらそれは覚えていない。生活拠点を2カ所持つ友人は断捨離を諦めたいと話していたが、そりゃそうだろう。
家内亡きあと断捨離を繰り返してやっと得た身軽さだ。この歳になってから思い立ってもなかなか上手くいかないかもしれぬ。持ち物少なくなればなったでまた新しい不都合が生じるから、彼は今のままでいるのが最善の選択だろう。奥さんが怪我で動けなくなった友人は奥さんとの会話に苦労しているとのこと。でも奥さんが生きて日常そばにいてくれるだけで気持ちも落ち着くのだろう。女房が居ない立場からはそう言いたい。
生き方を変えるにはお互い少し歳をとり過ぎている。どうせ残された日時は僅かにすぎない。好きなように生きていこうではないか。