2026年8月16日日曜日

身体のリニューアル

 お盆が終わればもう秋、夏休みにやり残した宿題も仕上げねばならない。と言っても小生にとって課題は身体の健康問題。先週金曜日に受け取った長寿健康診断の結果から様々な課題が浮かんできた。昨年豊島区から越して来て最初に推薦された掛かりつけ医と相性が合わなかったこともあり、掛かりつけ医を決めるのを止そう、薬の服用も一切止めようと思ったが、宗旨を変える。結果がやはり相当悪かったからだ。

先ず意外だったのが高血圧を指摘されてしまったこと。長年の検診で血圧だけはずっと標準だった。血圧は測定する時間や場所で差が出ることは承知している。豊島区時代は年に一度の検診でも何年も変化は殆ど無かった。しかし今回は、測定日時と結果を聞きに行った日時との間にも大きな差はみられない高血圧。他に尿酸値が高かったこと、体重は辛うじてBMIの範囲内にあったが、腹囲が88センチと大きすぎる。やはり健康診断は伊達でない、注意点は多い。

取り敢えず止めていた尿酸値を収める薬の処方を依頼して薬を貰った。そして3カ月後に再診を予約し、これから身体の回復に努める心算。身体も壊すのは簡単だが、回復は大変だ。どの程度の期間が必要か分からないが、態度を改めて取り掛かるつもりだ。第一番は食事のとり方になるが、これは生活のあらゆる問題と関係している。バランスを崩さないよう注意したい。

2026年8月15日土曜日

終戦の日

 今日は終戦の日、靖国神社に行く人もいれば、正午から武道館で行われる式典に参加する人、或いは無名戦没者墓苑をお参りする人様々だ。皆先の大戦で亡くなった人を思い、これから二度と戦争はしないで済むように哀悼と願いを捧げたことだろう。しかし戦争はこちらにする気が無くても仕掛けられることはある。仕掛けられないようにするためには何が必要だろうか?やられたらやり返す能力を示すことも必要だろうが、何よりも外国との関係をこじらせないことに尽きる。

特に意を尽くすべきは隣国との関係だ。これが外交力だろうが、遠いインドやオーストラリア、東南アジア諸国は措くとして、日本を取り巻く中国、台湾、フィリピン、韓国、北朝鮮、ロシア、は何れも複雑な事情を抱えていて、日本との関係も必ずしも友好的と手放しでは喜べないだろう。関係する政府閣僚、官僚や自衛隊の将兵の緊張感に期待するしかない。

今日は終日日本中が哀悼の念で包まれるだろうが、幸い我が家には戦没者はいない。だからと言いう事でもないが、個人的には新生日本の誕生日として祝う日としたい。

2026年8月14日金曜日

この世と天国

 明日はいよいよ終戦の日、と言ってもこの日を記憶している人はもごく僅か。世代交代は余の常だから仕方ないが、300万人の将兵が死んだとされるこの戦をイメージできない人が現在の社会を動かしている。幸い我が家族親類は戦争で亡くなった人はいない。父が南洋のバリ島に占領地の行政官で出ていたので捕虜にはなったが、昭和23年の2月には復員してきた。

父は当初出征前に在籍していた旧内務省に職を求めたかったようだが、復員局でもう役所は無いからと、故郷長野での就職を薦められて結局長野県の役人に落ち着いた。その年はちょうど小生が小学校への入学の年。当時長野市から少し田舎の松代町にあった母方の実家にいたので松代町の小学校に入学手続きを半分くらいしたが。途中で父の就職が確定したので、急遽長野市内の信大付属小学校に入学が出来た。その時のことで今でも記憶しているのは、風呂敷包みを持って通学していたこと、クラスが決まって最初の日に、イロハを書いた紙を示され読めた文字は半分も無かったことだ。

当時は子供の読み物が一切無かった。現代のように幼稚園児がスマホを持つなんてことは夢のまた夢。学校では友達がすぐに出来た。ただ金魚を飼っていた回漕に小便をしたと担任教師に嘘を言いつけられてお目玉を食ったことだけは未だに忘れない。大分大人になってから犯人はある女子生徒だったことが分かったが、今更何を言っても仕方ない。昔から嘘つきは大嫌いな所以だろう。やがて弟が一人増えて5人兄弟で7人家族になった。両親も大変だったと思うが、子供の小生は大変だった思ったことは殆ど無い。

両親は勿論兄弟も3人はあの世に逝ってしまった。しかし今は近くにいるかもしれぬ。

2026年8月13日木曜日

終戦処理

 明日は終戦の日、お盆の真っ最中にしては少し気温が低いようだ。しかし朝から雨が降ったり止んだりで蒸し暑くはっきりしない空模様、今年の日本を象徴しているようだ。人生の降り坂に掛かっている小生としては、せめて両親やその先祖に思いを馳せたいと思って兄が残してくれた家系図を引っ張り出して拡げてみた。しかし思ったほどイメージは拡がらない。従兄弟・従姉妹にしても女性の名前がはっきりしないのだ。兄もやはり古い人間で男性の名前だけで十分と考えていた節が伺える。

学年的には4年上になるが年齢は3歳しか違わない。しかし小学1年から新憲法下で育ってきた小生と1945年(昭和20年)2学期から教科書の一部を墨で塗りつぶした人間の差は大きい。戦後のあり様がすべて悪であり、それまでの教育の総て間違っていたと断じるのは如何なものかだ。例えば教育勅語は法律でないが、戦後1948年6月国会で正式に「もう使いません」と決議されている。国会が決めると言うことは憲法が定める表現の自由と整合性に齟齬を生じなかった少し心配だ。

小生も大分几帳面なところがあるが、日本国は変なところで几帳面だ。最近の政府のあり様で理解が困難なことは昨日からか今日からか忘れたが実施されることになった日本国旗を傷つける行為を罰する「国旗損壊罪」。少し前に書いた記憶があるが、昨年11月世田谷区に引っ越すに当たって、国旗なんか邪魔だとして早く言えばゴミとして処分してきた。これぞ正しく損壊そのものだ。引っ越しが昨日や今日だったら主犯は小生だろうが、協力してくれた処理業者の人はどうなるのだろう?

現内閣は天皇制なんか無い方が良いと考えている可能性が高いが、そのことが問題だろう。

2026年8月12日水曜日

夏休み

 夏休みには帰省して墓参りをすべきだろうが、ここ数年サボっている。こじつけている理由はJRの割引が無いこととしている。両親や兄弟からすれば「また変な理屈をこねてしようがない奴だ。」であるのは間違いなさそうだ。

話を替えるが、今日の天気は予報通り。昼飯を食いに祖師ヶ谷大蔵の駅まで行っていつも通りのコーヒーとバウムクーヘンケーキ460円を食って店を出た途端、構内に人が多い。外が土砂降りで動けない人が多いのだ。一定時間待てば上がることは明らかだが、駅構内のコンビニが店舗リニューアルとかで雑誌売り場がなくなっていることを思い出した。慌てて帰宅する必要もないので、電車に乗って新宿まで。月刊文藝春秋9月号を買ってきた。帰りの電車の中で読んだトップ記事「高市総理日本を壊すな」細川護熙は実に読み応えがある。

予てより高市総理のすることなすこと総て気に入らぬがこれだけ明快に書いてくれる人物がいたことは嬉しい限り。この一文で高市氏が反省するとも思えないが、日本は神の国。どこかで罰が当たればいいと思っている。次に目を通したのが養老孟司先生の「癌に教えられたこと」。先生の年齢は小生に近い。考え方には理解できるものがある。

急な土砂降りは未だ終わりそうにない。長野市の中学2年生の夏山登山は北アルプス燕岳が標準だったが、先日の土砂崩れで予定変更を余儀なくさえれた学校も出ただろう。台風が東から来るなんてことも異常なことだ。異常への対応力も無いが何とか生きている。

2026年8月11日火曜日

山の日

 今日は「山の日」とのことで朝から山登りのテレビをたくさん観た。早朝は日本中の100名山、200名山、300名山を平地を含め全て自分の足だけで走破した冒険家田中陽紀氏の新たな挑戦「台湾横断280キロ15日間」。台湾は日本以上に登山ブームらしいが、登山道の整備は凄く遅れていて、縦走の危険はかなり大きい。流石田中氏も途中で1泊余計に休むとかかなり慎重であったが無事目標を達して目出度い限り。


山岳記録映画を観るといつも思うことがある。撮影スタッフのことだ。主役が苦労したのは分かるが、主役を追い続けた撮影スタッフの苦労は如何許りだったことだろう?確か2時間の番組だったが、NHKだからできることで民放ではまず不可能だろう。台風が来る前に済まさねばと買い物をしてからテレビをつけると、今度はエベレストの特集をしていた。80歳で3度目の登頂をしたと自慢していた三浦雄一郎氏、彼も冒険家で英雄の一人かもしれぬ。


山登りは多くの冒険家、英雄を生むが、同時に遭難死する人も多い。娘や従妹と長野市の飯縄山、或いは東京の高尾山には何度か登ったことがある。天気の良い日に山頂まで行ける山は素晴らしい。しかし残念ながらもう歩いてはいけない。ケーブルのある山の山麓駅までタクシーで行ってケーブルカーで山頂まで登れば気分がよくなる可能性もある。未だ実体験は無いが、小田急線が目の前を通っているので丹沢山地の大山あたりに行くのもありかもしれぬ。

2026年8月10日月曜日

戦争の終わり方

ウクライナからすれば大きなお世話だろうが、個人的に思っていることがある。「何故早く無条件降伏の道をを選ばないのか?」国土が奪われたと言っても高々25パーセント以下。日本の経験に照らせば僅かなもの。日本は先の大戦で国土の75%を失った。失われた領土から本国に引き返す途中に亡くなった人の数は正確には分からないだろう。亡くなった人は何も言わないが、生きて帰った人の話は多く聞いている。

勝っても負けても戦争は多くの人命を奪う。兵士、戦闘員遺族に国家補償があるのは普通だろうが、死んだ兵隊さんの遺品が石ころ一つなんて話を聞くと切なくなる。幾ら高額の補償金があっても亡くなった命は再び蘇らない。名誉を称える勲章なんかにどんな意味があるだろうか、何も無く馬鹿々々しいだけだ。地図上に引かれている領土、領空、領海なんて線引きも虚しすぎる。広大な領土を保有する中国や米国。

81年前の8月か9月、日本は連合軍に対して無条件降伏をした。結果何が起きたか世界中の人に知らせるが好い。国土は25%に縮小。そういった海外の地域に在住していた人が本土に帰還するのは困難を極めた。政府や軍の幹部は連合軍に逮捕されて開戦の責任を問われた。死刑で亡くなった人も少なくない。しかし大半の軍人は数年間で帰宅できている。天皇は責任を免れたが、これを非難する国民は少ない。勝った連合軍は日本全体を一時占領して軍政を敷いた。しかし約1億人の国民生活は大きく変わることなく、6年後には独立国として認められている。

言いたかったのは戦争はスポーツと違う、勝利宣言より敗北を認めた方が良い場合もあるのではと思ったりすることだ。