2026年3月17日火曜日

時が流れる

 使用しているパソコンはレノボのシンクパッドと言う代物、10年以上前に友人の会社を手伝った際に謝礼として頂いたもの。会社自体は当時企業間ではやりだしたオフィスのパソコン化で、配線を床に埋めるため床をかさ上げする一種のリフォーム業。その息子さんがたまたまIT技術者出身だったので、知恵をいろいろ貰いながら両国の方まで通っていた時期があってその時の名残りものだ。余談になるが、お父さんはその後体調を崩して会社経営も息子さんに任せたので、現在は息子さんが経営も引き継いでいる。

従ってパソコンは相当古いものではあるが、現在でも立派に動いてくれている。レノボと言う会社は元は北京にあったIBM系の企業のようだが、日本進出に当たっては東芝が参加したようだ。電子機器は真空管時代と異なり経年劣化がそれ程酷くない。OSはWINDOWS11の初期のものだが、システムの更新がしょっちゅうあるのが少し煩わしいが、我慢して付き合っている。少なくとも部品の交換は一度もしたことが無い。昔のパソコンはCDのドライバが付属していてCDを突っ込むとパソコンの液晶でその場で映像を確認できる便利さはあったが、今はCDで観たい映画は無い。

小型で軽いパソコンではあるが、外に持ち歩いて喫茶店で使う気になる程小型ではない。最近の喫茶店、小生の場合は小田急線駅祖師ヶ谷大蔵駅構内の少し大型店舗ドトールになるが、パソコンやスマホを見ている客の多いこと。喋っているのは大概は老人婦人の一団と相場が決まっている。昼間行くと若い男女の多くがパソコンを拡げて、スマホを片手に持って忙しそうに仕事する人がいる。そんな馬鹿のこと書いている自分自身も家でテレビを観るかパソコンに向き合う時間が圧倒的に多い。こんなことで良いのかな?

2026年3月16日月曜日

騙しあい

 普段から自分の都合だけ考えて生活しているので、政治には余り関心を持たないよう心掛けている。しかし最近は政治がらみの報道が多くて何とも耳障りで騒がしい世の中になったものだ。法治国家である日本の筈だが、最近は政府の高官諸氏が平気で法を無視している。政府高官は本来立法府の議員が中心で、現在の内閣は全員が立法府議員から選ばれている。前の内閣も主要メンバーは同じだが、議会招集日にいきなり議会を解散して大勝利を得た。

こんなことを詭道と言わずして何と言うべきかだ。軌道を辞書で引くと「孫氏」によれば戦の本質で、戦争は総てが騙しあいとのこと。なるほどねだ。トランプ氏ネタニヤフ氏、はたまた高市首相は政治を戦と同じ騙しあいと心得ているようだ。今週は態々アメリカまで行って大御所のトランプ氏との会談が行われる。日本の一庶民の小生はその結果を知らされることになるが、何も信用すまい。

2026年3月15日日曜日

確定申告

 若い人には通用しないかもしれぬが、歳をとってくると欲をできるだけ少なくすることが満足に繋がることが分かってくる。美味いものも食べ過ぎては台無し、少しの料理をよく噛んで食すると満足感が滲んでくることに気づく。経済だって同じこと、少額かもしれぬが年金も節約しながら使っていれば有難みが感じられる。仕事を一切していないのに1ヵ月おきに企業年金を合わせると40万円弱が振り込まれてくる。

交通費や光熱費が嵩むから食費に回せる金額は1日ほぼ3千円とすれば、年寄りには過ぎたる金額かもしれぬ。昨夜の高校同期生4人とのリモート懇談は1時間半の大部分が確定申告のが話題になっていた。小生は昨年11月に豊島区の家を売り払って、世田谷のマンションを買った経緯があるので、今年は流石に確定申告をしないわけにはいかず、現役時代に世話になっていた税理士の先生にお任せして申告は済ませた。故に友人たちが話す還付金の話題には残念ながら一言も口を挟めなかった。

来年まだ生きていたらこれまでと同様確定申告はしないだろう。日本の徴税システムはよくできていて、国民一人一人のお金の出入りを実に正確に把握している。年間約240万円の年金の他に収入が皆無かと聞かれるとそうでもない。僅かばかりの預貯金や投資信託なんかもあるが、ここから生じる利子なんかもシステム的にきちんと徴税されるようになっているので何の心配もしていない。

2026年3月14日土曜日

心技体

 大相撲大阪場所は今日が七日目、昨日まで6日間、毎日終盤の取り組み約1時間を見続けてきた。野球はあまり観ないのでWBCが観られなくてもさして痛痒は感じないが、相撲は観始めると継続してしまう。昔から荒れる大阪場所と言われるそうだが、今場所は確かにその通り。先ず先場所終盤まであんなに強かった横綱の大の里、先場所最終日のけが完治していない可能性もあるが、初日から3連敗。4日目から休場で今日復帰と報道されている。同じく先場所迄破竹の勢いだった大関安青錦、今場所は横綱昇進がかかっていたが、何と昨日までに既に3敗。

残すところを全勝すればもしやとも言われるが、ちょっと難しそうな気配だ。それだけに観ている方としては非常に面白いと言っては失礼かもしれぬが、興味津々であるのは事実。兎に角相撲は重量級の男同士が素っ裸でぶつかりあう危険極まる格闘技。聞くところでは軽トラックに衝突することに匹敵するとのこと。その真偽は措くとしても頭から相手に突っ込んでいくのだからよく平気でいられるものだといつも感心しながら観戦している。

力士は多くが試合に臨む際中指と薬指2本を纏めてテープで巻いている。あの意味の本当のところは知らぬが、指先が不本意な動きをしないようにするためかもしれぬ。昨日も前頭6枚目阿武剋 と7枚目欧勝馬の対戦で行司軍配に審判員からもの言いがついて、勝力士の指が相手の髷を掴んだことが確認されて勝敗がひっくり返った勝負があった。世事と異なり卑怯なことは厳密に排除されている。

スポーツの世界は心技体と言われるが、昨日もある解説者が言っていた「自分も7連勝の経験があるが、本当にこんなことあるのだろうかと心配になってきてしまった。」勝っても負けても精神の平静を保つことは容易では無さそうだ。大の里や安青錦もまだ若い、気を取り直して頑張ってくれ。

2026年3月13日金曜日

体内時計

 年齢はあまり関係無いと思うが、つい忘れがちになる大切なことがあるように思う。それが何であるかは人によって異なるだろう。私の場合は時間時刻の問題。起床、就寝、食事などの時刻。あまり神経質になるのもよくないだろうが、身体にしみ込んでいるようだ。不眠症の話もよく聞く。友人の一人はよく寝るために夜遅くまで起きているとのこと。確かにその通りで眠くなったら寝るのが自然。眠くならないなら無理してまで寝る必要は無いだろう。

だから不眠症なる現象がどうしても理解できない。毎週土曜日の夜は友人たちとリモート懇談会に参加しているが、これが夜中の9時までなのでどうしても我慢して9時まで付き合わざるを得ない。従って日曜日はいつも寝不足気味だ。笑 とは言っても人間毎晩7時間も8時間も眠れば良いとも言えぬだろう。幼児じゃあるまいし不規則な生活こそ大人のしるしだ。

今発売中の文藝春秋4月号の巻頭随筆に藤原正彦氏が書いている。氏は幼い頃から父(作家の新田次郎氏)から「約束時刻の5分前には必ずいけ。これを守れないような奴は人間のクズだ。」との薫陶を受けて育ったとのこと。新田氏は気象庁の職員で軍人でもないのに随分なことを仰って子育てされたものと感心しながら読んだ。小生の場合はそんなことはまるでない。ただ子供の頃から朝食を家族揃って食べる習慣があった。

先の大戦直後、日本は敗戦国でどこの家庭も大人は忙しく、子供の食事はいつも同じ時刻、同じ内容で済まさざるを得なかったのだろうと思っている。小学校では時間割と言うものがあって、今もあるのだろうが規則正しい生活習慣が当たり前になって身に着いただけだ。現代社会は、大人の世界も在宅勤務とか不規則が当たり前だから、放っておかれる子ども増えたりして大変な世の中になったものだ。

2026年3月12日木曜日

盛り場今昔

 今日は天気が良かったので珍しく9千歩以上歩くことが出来た。少し寒かったがさっぱりした気分だ。昔から変な癖があって。友人の家でも山でも往路復路は出来るだけ違う道を選んでしまう。紀尾井町のレストランに行くのに千代田線赤坂駅を起点に、勝手知ったる赤坂界隈とばかり筋を変え道を変えて歩いてみた。TBSの敷地が大分拡大して、界隈の店は記憶にあるものは殆ど無かったが、道だけは何となく覚えているのだろう。

殆ど記憶に無い店の中で記憶に残っていたのは酒屋の<四方>と土産物屋の<バリ>の2軒だけ。前者は飲食店が多いので商売が続いているのは理解できるが、後者は客はどんな人種か少し不思議。もう一つ気にするほどのことではなかろうが、ホテルが数軒あるのがちょっと不思議と言えるかもしれぬ。でも考えてみれば、赤坂見附駅前の東急赤坂ホテルもホテル・ニュージャパンも無くなってしまったのだから当然かもしれぬ。赤坂に宿を取っても、夜遊びで出向くのは韓国クラブとバーだけでつまるのか、つまらないのかは分からない。赤坂芸者もひょっとすると一人もいないかもしれぬ。

くだらぬ心配はよそう。夜遊びだって時代とともに変化して当然だ。小生が赤坂から去ったのはもう35年以上前になるが、当時でも碁会所は既に1軒か2軒だけだった。今は影も形見えなくて当然だ。現在居住する世田谷祖師谷界隈は探してもいないが見つけるのは大変だろう。最近は映画館も大都市に集中してしまっている。テレビが各家庭に万遍なく設置されているから、こっちは問題無しかもしれぬ。

2026年3月11日水曜日

掛かりつけ医

当面の心配は無いが、いざ身体に変調をきたした時を考えると掛かりつけ医を決めていないことが少し不安でもある。近くに住む友人が「兎に角世田谷区には碌な病院が無い。」とのこと。近くに日大板橋病院があった豊島区時代と大きな相違点。近くにあった掛かりつけのお医者さんはご夫婦で日大のOB。奥さんは日曜日毎に池袋のスポーツジムで毎朝受付で顔を合わせていた。小生はプール、ドクターはトレーニングマシンだった。

皮膚科や耳鼻咽喉科もあったし、本格的な呼吸器科もあった。整形外科医は慶應の出身でレントゲンやリハビリ施設も完備、それなりの技師やトレーナーも居て、ここも大繁盛していた。60代、70代には山歩きをして始終怪我が多かったのでよく通ったものだ。こちらに来てすぐ、人伝に聞いて成城学園前の立派な医者を訪ねてみたが、どうも肌が合わなず2回か3回通ってみたが結局やめてしまった。検査は念入りだが、処方はけち臭く如何にも商売上手かもしれぬが、患者の都合を無視して威張り腐る昔からよくあるドクターの典型。

とは言っても、豊島区時代は区の健康診断やワクチンの接種の通知が来て、その度に掛かりつけ医の先生の世話になっていた。この先生とは縁を大事にする意味を兼ねて年に3回痛風予防の薬を処方してもらっていたが、引っ越してから既に3か月以上、毎朝服用する薬は既に無い。これがこの先どうなるか分からないが、区からの案内が無いとも思えないが、もしなかったらと心配をしている次第だ。