2026年3月11日水曜日

掛かりつけ医

当面の心配は無いが、いざ身体に変調をきたした時を考えると掛かりつけ医を決めていないことが少し不安でもある。近くに住む友人が「兎に角世田谷区には碌な病院が無い。」とのこと。近くに日大板橋病院があった豊島区時代と大きな相違点。近くにあった掛かりつけのお医者さんはご夫婦で日大のOB。奥さんは日曜日毎に池袋のスポーツジムで毎朝受付で顔を合わせていた。小生はプール、ドクターはトレーニングマシンだった。

皮膚科や耳鼻咽喉科もあったし、本格的な呼吸器科もあった。整形外科医は慶應の出身でレントゲンやリハビリ施設も完備、それなりの技師やトレーナーも居て、ここも大繁盛していた。60代、70代には山歩きをして始終怪我が多かったのでよく通ったものだ。こちらに来てすぐ、人伝に聞いて成城学園前の立派な医者を訪ねてみたが、どうも肌が合わなず2回か3回通ってみたが結局やめてしまった。検査は念入りだが、処方はけち臭く如何にも商売上手かもしれぬが、患者の都合を無視して威張り腐る昔からよくあるドクターの典型。

とは言っても、豊島区時代は区の健康診断やワクチンの接種の通知が来て、その度に掛かりつけ医の先生の世話になっていた。この先生とは縁を大事にする意味を兼ねて年に3回痛風予防の薬を処方してもらっていたが、引っ越してから既に3か月以上、毎朝服用する薬は既に無い。これがこの先どうなるか分からないが、区からの案内が無いとも思えないが、もしなかったらと心配をしている次第だ。 

2026年3月10日火曜日

生命のアリバイ

 気候も一進一退、春めいてきたと思ったら今日は朝からボタ雪が落ち初め、真冬の寒さ。昼から天気が回復したがそれでも午後3時で未だ7℃。何ごとも一直線にはいかぬもの、人生と同じこと。明日は3月11日で東北大震災の日。あの日から既に15年、思い出す当時は家の近くに借りていた小さなボロアパートの仕事部屋でいつものようにパソコンに向かっていた。逃げ出したくても動けず、その場で机にしがみ付いていた。揺れは1分以上続いて様な気がする。

その間に、脇の棚に置いていた小さなテレビがドンと飛び出して宙にブラがったがどうすることもできなった。食器とか花瓶などのガラスや瀬戸物は無かったのでそれ以外の被害は無かった。むしろ家の方が心配で、揺れの直後に電話をすると特にさしたる異常は無いから心配しないでとのこと。高い場所に食器がぎっしりあったのに不思議に思ったぐらい。従って被害額は事務所のテレビの修繕費の1万5千円だけで済んだ。

日頃防災訓練なんかまともに受けた記憶も無いが、仮に受けていたとしても対応に変わりがあったとは思えない。自然災害もそうだが災難も病気にしてもいつ降りかかってくるか分からない。まかり間違えれば命に関わることだってあり得るだろう。要するにいつも身辺を綺麗にして遺族が慌てぬようしなければなんてことを思ったりした。まず最初に確認したかった生命保険の契約確認だが、どこを探しても見つからない。結局契約先に電話して新たに書類を送ってもらうことで一件落着。改めて年齢を感じた一日だ。

2026年3月9日月曜日

情報と知性

 小生に自慢できるほどの知性は無いと思うが、昭和15年生まれの老人として、人並みの常識は持ち合わせていると思いたい。今朝読んだほぼ同年代の高野孟氏のメルマガに、インターネットの発達で情報の送り手と受け手があり様が大きく変わってしまった。即ち少し前までは新聞や雑誌など活字の情報発信が知性の涵養に大きな位置を占めていたが、それが全く破壊され知性の崩壊が始まっている。これは嘗て大宅壮一氏がテレビの普及に<一億総白痴化>と警鐘を鳴らしたことより強い警鐘だ。

活字を追いながら読むと言うことは読者に考える力を与える意味があったが、インターネット情報はテレビ以上にその勉強をする手間を省くことを可能にしている。指摘されてみると正にその通りだと思う。現代はスマホさえあれば、学生時代に苦労した外国語、小生の場合は英語だが今思えば馬鹿みたい話にになりつつあるようだ。知性のことを英語で何と言うか知らぬが、ひょっとすると元々暴力国家のアメリカ英語には無いかもしれぬ。日本語でも<知性とはなんだ?>と聞かれたら答えに窮する人も多かろう。

小生は<考える力>と答えたい。何ごとも立ち止まって考えろと言えない。スピードが尊重される現在、立ち止まってなんかいられるものかと思うう人も多いだろう。知識が多い人ほどそうかもしれぬ。情報量が増え続けているので考える時間は益々少なりつつある現在だ。知識は無限に増え続けるが、知識だけは知性は涵養できない。その辺を分かってもらいたい。

2026年3月8日日曜日

ケチな話

昨夜恒例の高校同期生5人でのリモート懇談で、「これから暫くは節約を考えるしか無さそうだ。」と発言して同期生の失笑を買ったようだが、本人としては極めて真面目本気で考え始めている。手始めは光熱費、電気とガス代。幸い日当たりが良いマンションの2階住まいなので、日中は暖房要らず。豊島区時代は寒くなると石油ストーブの油を買う必要があったが、こちらはそれは要らない。代わりに風呂場の乾燥器を一晩に3時間半回して、着衣を洗濯して一晩で乾燥、冬中着替えをしなくても良い塩梅。

どうもこれが光熱費を押し上げていそうなので、これを見直すつもり。ベランダがあるのでそちらに干すことなどを目下思案中。何れにしてもケチな話だが、年金だけで暮しているのでやむを得ない。 

2026年3月7日土曜日

難しい時代

 外に出ると風は未だ冷たいが、家に入ると本当にうららかな春らしい日になった。陽気と同じように明るい話題が欲しいが、テレビで観ている限り、明るい話題は乏しい。唯一早朝に放送されていたミラノコルティナ2026パラリンピック開会式は先日のオリンピック開会式と同じで、イタリアの芸術性の高さを覗わせるものだった。参加国数は前回に比べると遥かに少ないが、ロシアの旗が行列に加わっていたので、ちょっと不思議な気がした。

中東での騒ぎは当分続き、国内政治もトランプ支持者が政権を握っているので今暫くはあまり嬉しいことにはならぬだろう。前世紀のことだが日本も戦争を始めて大変な時代があった。しかし家庭には母が居て子供たちも居た。この社会構造が現代は大分違うような気がする。家の内と外の境が低くなって、男性も女性も、結婚していようと独身であろうと皆稼ぎに出ないといけないらしい。そのせいかどうか、兎に角子供が少なくなっているのは事実だ。何でそうなってしまったのかがちょっと理解できないが、兎に角そうなっている。

それでも仕事をする人間が足りないとのこと。労働力が不足気味でも賃金が上がらないとのこと。仕事をしなければならぬ若い人たちは大変だ。年寄りには理解できない不思議な世の中になったものだ。

2026年3月6日金曜日

共感できる人

 総体的に見れば世の中が荒れて悲観すべきことが多いが、それでもまともな人も結構多い。荒れた原因の多くはアメリカのトランプ大統領、この人の頭の中を優秀な脳神経科医に診てもらいたい。昔からホワイトハウスと言われた館を黄金の館に塗り替えをしてみたりする子供じみた行為が不思議でならない。

そんなことは措いて偉いと思った政治家の筆頭はスペインのサンチェス首相、サンチェス氏はイランに対するトランプ氏の行為を非難して、スペイン国内の米軍軍事基地の使用を認めなかったそうだ。トランプ氏はもちろん激高して、スペインに対していろいろな嫌がらせをすると言っている。

もう一人はこの秋に行われるアメリカの中間選挙に向け、共和党が強いテキサス州で民主党からの上院選に立候補したジェームズ・タラリコ候補。まだ先が長いので何とも言えないが、予備選の結果を見ると人気が相当高く、資金も大分集まってきているとのこと。現在州議会議員だが元中学校の教師で未だ36歳。キリスト教の信仰に基づいた隣人愛を説くとされている。結構な話だ。

2026年3月5日木曜日

春よ来い

 マンションの2階住まいになったので、南面のガラス戸越しに差し込む光は驚くほど強く暖かくなってきた。しかし午前中は一歩表に出ると吹く北風で未だ相当に冷たいものがあった。だが何と言っても故郷長野とは異なる花のお江戸のことだ、午後になると様子が一変、急に春の陽気となって嬉しい限り。今月は早めの桜開花予想も出ている。豊島区時代は近くに桜並木が多かったが恐らく世田谷にも花見ができる場所には事欠かぬことだろう。とは言ったところで花見酒を楽しむ年齢ではない。テレビで各地の便りを聞きながら「お~春が来た」と喜ぶだけかな。

春は結構だが、何やら世界中きな臭い話ばかりで、これが我が身にどう関係してくるのかさっぱり分からない。確実そうなことは、個人的にあまり嬉しいことにはなりそうも無いこと。兎に角出来るだけ普通の暮らしとそのリズムを守るしかない。確かに物価が上がるとか預貯金が目減りするのでは?と考え始めればいろいろあるかもしれぬが、考えてもどうにもならぬことだ。最近読書も碌にしていないし、映画もあまり観ていない。午後はブログを書きながらNHKプレミア・ムシネマ「天地創造」をつい先ほどまで観てしまった。

話が跳ぶが、たまたま今朝少し観たテレビで多動衝動性症候群(ADHD)と言う一種の精神障害に関する解説をやっていた。年齢に関わらず<注意力が散漫、うっかりミスが多い、じっとしていられない、順番を待ったり時間を守るのが苦手>小生も多分にその気があるかもしれぬ。ヒョッとしたらアメリカのトランプ大統領なんかもそうかもしれない。