2026年10月8日木曜日

世の中の仕組み

 雨が多かった先日までの長い期間もやっと終わったかもしれぬ。珍しく秋晴れの一日、気分がやっとすっきりした。ずっと先延ばしにしてきた墓参りを決断して、昨日新宿で乗車券を購入したが、これまた一苦労だった。恥ずかしい詳細は割愛。

ノーベル化学賞でまた日本人受賞者が一人誕生のニュースは目出度いことだ。受賞理由の理屈は難しすぎて理解できぬが、既に発表された談話が素晴らしい。「不斉自己触媒反応は、自分で自分を作る触媒を見つける。山があるわけではない、あるかないかもわからない。暗いところを頭にヘッドライトを付けてずっとたどっている研究。自分で言ったらちょっとおこがましいですが、受賞できても文句は言われないだろう。」

想像するに、硤合憲三氏の理論の恩恵を被っている学者や企業は既に沢山あるに違いない。学問の基礎研究成果とはそんなものかもしれぬ。小生の個人的思想からすれば、硤合理論とは真逆で何事も左右対称、豆腐じゃないが四角い立方体であれば隅々が90度まっすぐでないと気が済まない。しかし世の中の大部分はどこかが非対称になっていて、ズレがあるかことで何となく丸く収まるのかもしれない。

小学生の頃、二等辺の長さが異なる三角定規を使って直線だけを引いているうちに綺麗な楕円形が描けること教わった記憶を思い出した。世の中の出来事は殆どまん丸いことは無いし、仮にそう見えても中心を二つ持つ楕円形が多いし、物質にも反物質が必然であるように、自由のは不自由がつきもの。何でもかくあるべきものなんか無いと思った方がよさそうだ。

2026年10月7日水曜日

大いなる疑問

 今朝の報道によると今年のノーベル物理学賞はベルギー出身で米ウィスコンシン大マディソン校のフランシス・ハルツェン教授が受賞されたそうだ。研究テーマは宇宙から飛んでくる非常に高いエネルギーのニュートリノを世界で初めて観測したとのこと。ノーベル賞にイチャモンをつけてはいけないが、ニュートリノの質や量の発見は既に日本の小柴博士や梶田博士(両氏ともノーベル賞は受賞されている)によってなされていたように思うのはどこか間違っているのだろうか?

ネットで確認する限り、現在も南極での観測チームに参加している千葉大や東大の現役学者諸氏は素直に今回の受賞者を祝福しているのだからど素人の半ボケ老人がこんなことを書いてはいけないのかもしれぬ。そもそも南極のアイスキューブ資金の出どころはどこだったのだろう?さらに言えば、筑波の研究所の加速器もあるしだ。

話がガラッと変って:最近思い始めたことだ。<単純で簡単なことから始めよう>だ。昨日次女と昼食をしながら決めた。朝晩スマホのLINEで挨拶を入れて生存確認をする。「お早う」と「おやすみ」だけでいい。互いに余計な心配が無くなるだろう。序に葬式について話し合おうと思ったが娘曰く「葬式は生きている人のためにするものだから、死んでいく人は余計な心配いらない」言われてみればこれも尤もだ。何事も難しく考えないこと。失敗しても慌てないことだ。

2026年10月6日火曜日

金食い虫のロマン

 ノーベル賞ウイークが始まった。今年は自然科学分野で日本人学者の受賞はあるだろうか?東大卓越教授梶田隆明氏は少し心配気味のようだ。小学校4年生の時と記憶するが、東京に出張した父が土産に買ってきてくれた本「湯川秀樹物語」を思い出しいている。湯川博士の家系は学者揃いで、長じてから中国文学の小川環樹氏が弟であることを知り、家庭環境で兄弟は似たように勉強好きになったり、我が家のようにどちらかといえば野山で遊ぶことが好きになるのだろうと都合の良い解釈をしてた。

日本政府も、嘗ては岐阜県の山中にカミオカンデなんて訳の分からない巨大装置を建設することをよく許可して予算をつけたものだ今更ながら感心している。説明を聞いた霞が関の高級官僚が仮説を信じたとはとても思えない。この装置や筑波に設置された加速器から、あるいは宇宙の遥か彼方から今でも我が身を貫いて降り注ぐ新たな物質<ニュートリノ>形も見えないし、痛くも痒くもない。

しかしその姿、或いは瞬間的反射映像とでも言うべきか、それをキャッチするカメラはどこの会社が製作したものだろうか?考え出せば何もかも分からないが、物理学にもこんなロマンがあるとは驚きだ。カミオカンデは現在当初のものから2代目、3代目となり、更にはそれでも足りずに、南極の氷にその更に数十倍か数百倍か忘れたが、穴をあけて装置を設置、撮影を続けているそうだ。

学問とはそうあるべきもので、親が先が分からない子供の教育に脛を削ってお金を注ぎ込むようにするのと同じこと、大いに注ぎ込むが好かろう。

2026年10月5日月曜日

整理しすぎたかな?

 人はいつも心配事に悩まされる。知恵が出ない、時間が無い、もう金も無い・・・・。思えば自分もそうだった、しかし最近少し考えを変え始めた。「無い、無い尽くしはやめよう、あるものを使えば良いではないか。」引っ越しで豊島区の家を思い切り断捨離をしたので、新居に無いものが毎日のように出てくる。それをいちいち嘆いたり、新しく買ったりしたのでは越してきた意味が無い。有り過ぎるより無い方が考えが単純になる。一つは諦めること、二つには有るもの活用方法を考えること。

この思考が意外に有効的に機能することがあるように思う。世田谷区祖師谷界隈に比べれば、豊島区千川は池袋駅から有楽町線二つ目だったので便利過ぎた。大きなホテルまであって食い物も美味い店が多かった。しかしそれが年寄りに幸福をもたらすとは限らない。もう縁を切っても罰は当たらないだろう。今朝テレビを観ていたら音楽家の<YOASOBI>の作曲家とボーカルの二人が出演していた。なんでも新しい連続テレビ「ブラッサム」のテーマ音楽を作詞作曲したとのこと。刺青が嫌いだからといって悪くは言いたくないが、この番組を観るつもりは全く無い。

人生の一時期にあっては夜遊びは楽しいものだ。しかし年寄りには無縁、今朝4時台からの音楽番組「はやうた」に尾藤イサオが出演していた。昔聞いたような名前だと思って観ていると、なんと82歳とのこと。孫と同じ年頃の司会者や出演者たちに囲まれて明るく陽気に振舞っていたが、楽しみを聞かれると「毎晩飲む焼酎です。」すかさず答えていた。NHKと縁を切るつもりが無いのも一つの考え方だと思うが、自らを考えると多くの人との縁を切り捨てすぎた嫌いが無くも無い。

2026年10月4日日曜日

錆があちこちに

 何故か今朝、目が覚めるとカーテンの隙間が少し明るく見える。起きて明かりをつけて時計を見るともう5時。いつもより1時間寝坊してしまった。理由が全く分からない。最近睡眠が不足した覚えも無い。しかし身体の老化はどうしようもない。現在最も困っているのは歯の具合悪さ、上2か所に入れ歯を装着しているが、これが緩んでぐらぐらしている。前回の定期検診で担当してくれたアシスタントによれば、残っている前歯も抜いて総入れ歯に近い状態にするしかないだろうとのこと。それに加えて足元がヨボヨボして、歩幅が小さくなっているのにヨロヨロ歩き。これも自分でもたまらなく気持ち悪い。

兎も角、歩行も口中も恐怖の限りだが、昨日流石に掛かりつけの池袋の歯科医に電話をした。世話になっていた先生は身体の調子が悪くて目下休暇中で、新しい先生であれば直近9日10時でならとのことで仕方なく予約を入れた。相当みっともない面体になると思うが総て身から出た錆だ。

面体での序に書いておく。最近電車の中や街中でも入れ墨をした人の多いこと。外国人に多いのは風俗の違いで何となく理解するが、日本若者たちにも男女を問わず流行っているようだ。逆にNHKが大岡越前のドラマを放送しているようだが、毎日のように観る予告編には越前守がお白洲前の廊下に歩み寄って片肌脱いで「この桜吹雪に見覚えがあろう!」と叱り飛ばす名場面が出てこない。本編にはあるかどうかは知らぬ。

アメリカでは国防長官が意味の分からない汚い文字を胸前面から腕にかけてに彫って自慢しているが、日本的感覚では不良親父丸出しだ。

2026年10月3日土曜日

勘違いでは?

 報道によると週明けから始まる国会のテーマとして副首都候補都市の選定が上がっている。確かに災害はいつ起きても不思議は無いが、首都圏に原発がが無いから、福島県のようなことは想像できない。想像力に乏しい政治家連中が一体何を想像しているのだろう?関東大震災のような地震が起きても、永田町に在籍するの官僚1割ほどが死亡するようなことが想像できるだろうか?仮に起きても、情報機能のバックアップは必要だ露ろうが、首都を移動する必要はあるまい。

一昔(80年以上)前なら、確かに天皇と大本営をわが故郷長野県長野市(当時は埴科郡松代町)に移転準備計画はあった。子供時代に一時移り住んだ町なので、その跡地のトンネルを探検したものだ。しかし現代社会で首都機能とは何だろう?推定される要件が一部報道にあったので次に転載する。人口と経済規模では大阪市、名古屋市、福岡市、札幌市の4都市が上がっているが、何故人口と経済規模が要件になるのか理解不能。

政府と内閣と更に言って国会くらいであれば、要員全体でも数的にはカウントが出来そうだから、大阪なら嘗て府と市の二重行政整理を試みた経緯もあるから出来るかもしれぬ。大阪市民も望むならイザという時のために準備するのも良いかもしれぬ。世の中にはいろいろな人が居るから個人的には何を望むも故人の勝手。しかし国家のこととなれば話は別、本当の必要性は厳密に検証されねばならない。政府機関は日本の各地に出先の役所を持っている。

極論すれば自衛隊の他に第2自衛隊が不要と同じで、副首都なんて考え事態言葉の遊びに過ぎない。

2026年10月2日金曜日

AI実物はどこに?

 今朝接骨院で半分遊びだったがA4判2ページに1~48の色付きの〇をちりばめたページを目で追って順序良く読み取るトレーニングをしてみた。結果は12分半ほど掛かってしまったが横で見ていた接骨医の先生「飽きずによくやりました。」と褒めてくれた。20歳前後の若い普通人なら半分以下の時間で十分だろう。先生のお父さんが認知症が進んでいるので何かゲームをさせたいようだが、まさか囲碁を勧める訳にはいかなかった。代わりと言っても思いつくものが無いので謝った。

普通の人間ならばAIのことなど何も分からなくて当たり前と思う。オーストラリア政府が保健省のプログラムをハッキングされたことに怒っているが、実害が出ていないのとすれば良かったではないか。だからアメリカのトランプ大統領がAIについてコロコロ意見が日替わりで変わるのは仕方ない。前の日までは大したことではないと言いながら、翌日になると誰かが「実は中国の研究が大分進んでいます。」とでも忠言したのだろう、途端に180度意見をひっくり返した。装置の大きさ、電力の必要量なども自己発展する可能性はどのように影響するのだろうか?

日本にはAIサイトが何処にあるのか無いのか情報が皆無なので全く知らぬが、日本にも独自のサイトがあるように思う。窓が無い馬鹿でかい建物にサーバーのような機器が山積みになっている姿をイメージしているが、果たして日本に存在するかどうかも実際は何も知らない。トラップ大統領は「我が国の研究開発は世界で一番、これからはSIと言おう。」とのこと。ならば2番手は中国としても、日本は何番手になるのだろう?兎に角、AIは分からないことだらけだ。