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7月, 2016の投稿を表示しています

行け行けどんどん

普段滅多に観ないのだが、昨夜NHK「百合子さんの絵本~陸軍武官・小野寺夫婦の戦争~」なるテレビドラマを見て思った。

何事も一本調子で進むなんてことはあり得ないだろう。3歩進んで2歩下がる程度であればいい方で、相手があっての交渉などでは1歩進んで2歩下がるなんてことが起きても不思議はない。頭のいい人が相当努力を重ねても、その人の研究なり学業が右肩上がりで進むなんてこともあり得ない。スポーツ選手の成績にしても同様だろう。挫折して悩み、そこから新しい展望が開けてきて当たり前だから、曲がり角も無ければ挫折も無い人間が大成した話は聞いたことが無い。

ところがいつの世にも「行け行けどんどん」のお調子者がいるのも事実。この手の人間は自分で進歩したり進化している、或いは好転していると思いこんでいるだけのことで、冷静な他人から見れば水澄ましが同じ水面をくるくる回っているに過ぎない。お調子者がくたびれてダウンするのは勝手だが、集団の指導者がこれをやると周りに大きなな迷惑が及ぶ。典型的な例が戦前の日本の軍部かもしれない。

76歳の若輩なので残念ながら戦前を知っている訳ではない。今はもう戦前派とか戦後派は死語化してしまったが学生時代までは時々聞いた覚えがあって、当時「アプレ又はアプレゲール」と称されたいわゆる戦後派は大正末期から昭和初期生まれの人を称したらしい。戦前と戦争中の雰囲気を知らない我々は「新人類」である。従って話が少し脇にそれたが、戦前と一口に言ってもどの年代からを指すかも知らないわけである。

しかし近代史を少し読みかじったりして思うのは、昭和11年の226事件あたりから日本の陸海軍は相当に政治的発言力を増してきたことが分かる。軍部は既に、それ以前から満州国をでっちあげたりして相当無茶なことをやってきているが、遡り始めると朝鮮併合、台湾併合とか沖縄の琉球処分と、明治はおろか江戸時代にまでいってしまうので昭和11年から終戦までの10年間に限って考えたい。

この10年間、日本は中国に野心を抱いて侵略を始めたものの、一見バラバラで弱そうだった中国に思いの外手こずって振り回される。もちろん英米ソからの干渉もある。考え直す機会は嫌なほどあっただろうし、軍部にも警鐘を乱打した人もいただろう。しかしいつの世でも同じだが、常に威勢のいい意見が通って「行け行けどんどん」となってしまう。そして「と…

保育士さん

やっと梅雨明けが出されたようだ。7月も末だから例年より2週間近く遅いらしい。ま、遅くなっても季節は巡る、良くも悪くもそれが日本だ。この感覚があるので「朝が来ない夜は無い」とかなんとか諦めが早い。何をやっても中途半端で大成しなかった悪い癖も気候のせいにしておけば気が楽だ。

これから暫くは暑い日が続くだろうが、それもまた結構なことだ。近くにマンションに設けられている小さな保育所が2か所ある。今日は両方のマンションの玄関先に小さなビニール製プールが置かれて、保育児が嬉しそうに水と戯れていた。彼等より少し大きくなった頃だったろうか、泥んこになって帰宅すると、家に入る前に庭先に盥が持ち出されて行水を使わされたこと髣髴するシーンだった。

小生の時にそばにいたのは母だったり祖母だったりだが、現代子はそばにお友達が数人いてその傍らには保育士さん2人か3人がみていてくれる訳だ。保育園の実情は分からないし、幼い時に縁が無かったので的外れになるかもしれぬが、1歳そこそこで親から離れて一種の社会生活を送る経験を持つことは、子供の成長を促進する効果があるに違いない。

個人的に想像すれば、親から離される時にはギャー泣きしてしまいそうだが、さっき見た水浴びしている子供たちは嬉々としていた。保育士さんからすれば最初の現象は既定の路線で、それを乗り越える一種のテクニックを持っているから保育士の資格が与えられているのだろう。一見子供のお守りをしているだけだから気楽そうに見えなくもない。しかし職業ともなれば苦労もそれなりにあるだろう。感心すると同時に尊敬に値する職業だと思った。

時の流れと東京の風景

昨夜NHK・BSプレミアムで放送された「アナザー ストーリー」サブタイトルは正確に記憶していないが、内容は「国立代々木競技場の建設秘話」を観たが、面白くて見応えがあった。実はここが1964年に完成以来一度も行ったことが無い。しかし、昭和34年4月に上京して3年近く新宿に住み、山手線を使って通学していた関係で、印象的に思い出深い場所でもある。当時はあの場所はワシントン・ハイツと言われて米軍に接収されたままで、我が住まいと比べくもない小奇麗な住宅が立ち並んでいた。

また当時の国立競技場のプールは千駄ヶ谷の競技場内の室内と室外の2か所があり、大会が無い時は一般に安く解放されていたので、新宿に住んでいた関係から夏なんぞは特に涼を求めて泳ぎに通ったものだった。昭和30年代後半になっても、学生が自分の部屋に扇風機を持つなんて贅沢が出来る者は少なかった筈で、夏になると室外プールは長野の市営プールと同じように混雑していた記憶がある。

4月に上京して間もなく5月の末には東京オリンピック開催が決まった。当時としては大変なニュースであったろうが、こちらは学生だったせいだろうか、へ~てなことで大したインパクトが無かったように思う。理由は簡単だ。当時の東京は既に非常にダイナミックに動いていたからだろう。4月に来た時既に東京は、動き回った道は全面舗装されていて、とても下駄ばきでなんか歩く気はしなかった。にも拘らず、新宿の木造モルタルで6畳一間のアパートから数十メートル先の大通り青梅街道にでると、その舗装(田舎者からすれば貴重なものだ)が剥がされて地下鉄工事が昼夜兼行で進んでいた。

昼間道路は枕木で蓋がされているので分からないが、むしろ夜の工事の方が活気があった。オリンピック招致の決定でこの活気が東京全域に広がったのだろう。兎に角東京は日を追うように風景が変わるのが当たり前だったように思う。上京した時には東京大躍進のシンボルは東京タワーだったが、5年後を思えば代々木の国立競技場は躍進のギアが一段と加速されたシンボルだったに違いない。電車の窓からワシントン・ハイツが、あの一風変わった競技場に変化していくのを目の当たりにしながら、なにも思わなかったのだから鈍感すぎる。時代の流れの真っ只中に生きているとはそんなものかもしれぬ。

競技場を米国相手の土地の返還交渉から始めて僅か5年で完成させたのだから大…

断捨離実行の時来たる

たまたま昨日の朝、デザートにみずみずしくて甘い桃のヨーグルトが出てきた。何でも婆さんが安曇平に住む友人から頂いたものらしい。今日昼飯を一緒にした友人との話題に「昔は桃と言えば甲府が相場だったが、最近は信州でも随分採れるらしいぜ。」を出すと、彼が相槌打って曰く「俺も昨日、美味そうな桃があったので買おうと思ったが、1個350円の値札を見て手が引っ込んでしまった。」美味しそうな果物は店頭に沢山あるが、お値段も結構であるのが昨今の倣いとのこと。

彼は奥さんに先立たれて一人住まい、買い物なんかも自分でするので、世の中の動向については遥かに敏感だ。その意味では大分遅れているし、極楽とんぼは否めそうにない。それでも財布の中身が日を追って薄くなってきている実感はあるので、昼飯代・書籍の購入・電車経路の選び方などに関して大分気を使うようにはなってきた。今更死に欲をかくつもりはないが、無一文になったのでは洒落にならない。

もう7月の最終週、1日延ばしに延ばして来た事務所の整理を始めなければならない時期になってしまった。溜めこんできたつもりもないが、気が付けば捨てるべきものが多すぎる。先ずは本からだろうが、さてどうしたものかだ。

都知事選も終盤

滅多に来ない都知事選の街宣車が回ってきたかと思ったが、がなり立てている文句を聞くと「都知事選候補者の○○です。都知事選に立候補している人間に碌な奴はいません。みんなで都知事選をボイコットしましょう。」と言っているみたいだ。言い回しはもっとソフトで女性の声だったと思う。都知事選は確かに21人も立候補しているので、候補者全員の名前は覚えきれていない。

早速調べてみたが流石に○○(確か山本なにがしと聞こえたような気がする)はいなかった。こんなことを聞く前から投票する気を半分失いかけているので、面白いことを言う奴がいるものだと思う。むやみに高い音量で街中を流すには当局の許可もいるのだろうが、この街宣は許可を取っていたのだろうか。

21人の候補者をネットで確認して思うのだが、世の中には閑とお金のある人が多いものだ。現在話題になっている小池、増田、鳥越の3氏以外の18人は冗談にしろ当選なんか考えてもいないだろう。婆さんに昨日聞いたばかりだが、宇都宮弁護士が立候補を断念した日に「200万円を用意して来た。」と言ったらしい。だから供託金は200万円だろうとのこと。

この大金も場合によっては没収されかねない。更に加えて選挙期間中の2週間以上は、街頭に立たないまでもホームページの制作やらなんやらと金もかかるし、肉体的精神的に相当なプレッシャーが掛かることだろう。何が悲しくてそんなことまでしなくてはならぬのか、どうしても理解できない。敷衍して考えれば、先頭を走る3人にしても何を考えているのか理解できないのは同じことだ。

増田氏が当選すれば少しは都政が落ち着いて、都政云々カンヌンはやがて記憶の埒外に去っていくかもしれぬ。小池氏が当選したら、都議会の連中は本気で抵抗するのだろうか?多分また違った局面になってなれ合うのかもしれぬが、今の延長線で行けば議会解散を断行してもらわねばならない。そしたら都政の混乱は相当尾を引くことになる。鳥越氏は当選しっこないので予想しても仕方がない。

森本総理に言わせると「オリンピックを政争の具にするのは良くない。予算が狂ってきているのは当初の見積もりが少し甘かったためだ。」そうだ。「何を惚けたこと言っているのかね、招致が決まったとたん国立競技場を壊す決定をしたのは貴方でないの?」諸悪は全てここに原点があるように思う。

何を今更「田中角栄」

何でも梅雨明けは週の後半になるらしい。今日も雨は降らないが、いかにも梅雨らしい蒸し暑い嫌な天気だ。いい気分で夏休みを満喫しているのは閣僚クラスの政治家くらいで、小学生の孫はプールもお休み(水不足の影響らしい)、だからと言ってもなかなか宿題に集中とはいかぬことだろう。家の中でDVD「トムとジェリー」でも見て楽しんでいるに違いない。

こっちも格別の楽しみが無いので録画してあったNHK「未解決事件・大型シリーズ」第5弾「ロッキード事件」でも観ようかと観始めた。この番組が言いたいことは、田中角栄氏は、全日空が次期主力旅客機に米ロッキード社製のトライスターを導入することを決めたことに絡んで、同機の輸入代理店である丸紅から5億円の賄賂を受け取った容疑で逮捕されてしまった。しかしロッキードの狙いは別にあったと言いたいらしい。

即ち次期対潜哨戒機P3Cの売り込みの方がはるかに大きなビジネスで、当時騒がれた以上の金が動いていたとのことである。NHKが大見得を切って打ち出したのだから、まんざら嘘でもあるまいし、そんなことは昔から言われていた話だ。何を今更の感じが湧いてきて途中でやめてしまった。日米間には昔から庶民が窺い知れぬ深い闇があるだろうし、現代の方がその闇はより深くなっているのではなかろうか。

ロッキード事件に登場した当時の役者は、三木内閣の官房長官中曽根康弘氏や若手検事だった堀田力氏を除いて殆ど故人になってしまっている。彼らが番組で何を喋ったか知らぬが、己の自慢話以外に肝心なことを話す訳もあるまい。現政権にとっても、どんな番組になろうと痛くも痒くもあるまい。先日も書いたように自衛隊は今でもアメリカから高価なミサイルなんかを買っている。思わせぶりな昔話をでっちあげるより、目前にある問題点を抉るような番組を作ってもらいたいものだ。

無法者の決まり文句「法と秩序」

アメリカの大統領選挙で共和党の候補者に推されたドナルド・トランプ氏。日本のメディアは、ご丁寧に「政治経験皆無の元泡沫候補者」と注釈付きで報道している。余程嫌われ者らしいが、彼は共和党大会の大統領選立候補者の受諾演説で「法と秩序」を繰り返し訴えたらしい。「法と秩序」は政治経験豊かな我が安倍総理もお好きな言葉だ。彼の場合は最近中国に向けて好んで使い、南シナ海における中国の行動を牽制している。(つもりらしい)

中國はこれを不愉快に思って「南シナ海とお前に何の関係がるのだ、余計なことを言うな。」と怒っているようだ。日本では最近中国に肩入れする人は少ない。こっちも肩入れするつもりもないが、70年一寸前までは我が日本があっちの海を全面的に支配してたことを思うと複雑な気分でもある。昭和18年には我が父もあっちに行き、昭和22年まで帰ってこなかった。法と秩序を無視した国家のお先棒を担いだことに他ならない。

父は生きて帰ってきたので幸いだったし、もうすっかり戦争のことなどは忘れてしまっている。さもなければアメリカ大統領選挙のことなんか呑気に書く気にならないだろう。民主的な世界を構築するためには「法と秩序」を守ることが大切であることは分かる。しかし、沖縄の人達は未だ戦中、戦後の苦労から抜け出すことが出来ていない。彼らは法と秩序に守られているのだろうか?

政府は選挙が終わったとたん、沖縄に対して何か非常に強権的な態度に出ている。用いている手段は警察力だったり、司法への訴えだったりするから「法と秩序」に基づいているつもりだろう。法と秩序に基づけば民意は無視できるとの考えらしいが、どこかに大きな間違いがあるとおもう。昨日の朝日新聞朝刊にアメリカ人のマイケル・オハンセン氏(ブルッキングス研究所・上級研究員)が辺野古問題について書いていた。

曰く、大方の日米政治家は辺野古以外の選択肢はないと言うが、間違っている。沖縄駐在の海兵隊を分散させて有事対応をする方法は他にいくらでも考えられる。アメリカには、こういうことを平気で言う人間のいるシンクタンクが沢山あるようで羨ましい。多様性を維持できなければ秩序も何も無いのと一緒だ。

亡国のゲームソフト

普段から地下鉄やJRをよく利用するのでスマホを持っている人が如何に多いかは十分知ってはいた。しかし今日は別の意味で、スマホによって街の風情が一変していることにびっくりしている。地下鉄最寄り駅(千川)から広い通りに出ると一寸した商店街になっている。そばには信号があって、渡るとスーパーとなる交差点があるのだが、この交差点にたたずむ人間が異常に多い。皆申し合わせたようにスマホに見入っている。

その中にスマホを見ながら歩道を自転車に乗っていた青年が突っ込んできて、柵にぶつかり転倒しそうになった場面に遭遇した。普段から歩きながらスマホを見ている人間はいるにはいるが、何十人に一人だろう。それが今日は道端に立ち止まったり、道路の柵に座り込んでスマホをに見入っている人が異常に多いので薄気味悪い。全員がそうではないかもしれぬが、例の「ポケモンGO」とやらに夢中になっている人間が大半ではなかろうか。

マスコミの取り上げ方も異常だが、政府の官房長官が定例の記者会見で触れるくらいだから、社会が受けるインパクトは政府も予想はしていたのだろう。この社会現象を放置すれば、単純に経済効果が高まるとでも考えているとすれば少し甘すぎないか。株高によかったことは認めざるを得ない。他には、従来のゲームは引篭もりになりがちなのに比べ、こちらは戸外に出るから健康的であると言う人間もいる。とんでもない間違いで、この現象は恐ろしいことだと思う。社会の秩序がどこかで毀損するだろう。

一方で「歩きスマホは危険だからやめましょう」と宣伝しながら、このゲームソフトの拡散を防止しないのは大きな矛盾ではないか。アメリカでは既に相当な事故が発生しているようだが、日本でも当然起きるだろう。既に配信を禁止した国は無いのだろうか?日本の行政は強権をもってこのソフト拡散を停止すべきだ。日本の企業が開発して世界的ヒットとなったソフトを日本政府が規制したら内外から轟轟たる非難が湧き起こり観光客も減るだろう。若い人の反発を食らうのも嫌ではあるが、敢て声を大にして主張したい。

先祖・先輩を思う

終日雨模様だったので、珍しく外出せずに事務所で過ごしてしまった。結果的には殆ど古い本を読んでいたことになる。全部で3冊になるが、どれも中途半端な読み方になっている。1冊だけは上中下3部作の上巻をやっと読み終えた。この本は昭和49年10月発行のもので、アマゾンでやっと入手できたもの。著者は大正末期から戦後にかけ活躍した有名なジャーナリスト松本重治氏、書名は「上海時代」。現代すっかり険悪になっている日中関係をはじめとして、戦前から戦後にかけての日欧米の外交、特に戦前は軍部を抱えた内政面の矛盾を知ることが出来る。

読んでいても確かに面白いが残り2冊を読破するにはなお相当の時間が掛かりそうだ。当分は下らない本を買わずに済みそうなので有り難いと言えば有り難い。1冊読み終えたので、一息つくつもりで、何年も書棚の隅にあって手にしていなかった古い本を2冊取り出してみた。1冊を手に取って表紙を開くと、見返しに「謹呈」我が本名○○へ、とあって父の名前が書いてある。父が亡くなったのはもう20年も前のこと。この本の発行はそれを更に遡る昭和58年11月の自家出版本「くらべ杖」―俳人小林葛古ーである。

父のサインの横に「注」とあって次のように記されている。「小林葛古翁は<父の名前>の母梅代の生家の祖先」父方の祖母は父が未だ南方で抑留されていた時に亡くなって、母と一緒にお葬式に行ったことは覚えているが、名前までは知らなかった。序ながら父方の祖父は小生が生まれた時には既に他界されていたようだ。従って何となく父方の先祖については馴染みが薄かったので、はからずも祖母の名前を知っただけでも有意義だったと思う。

もう1冊も大正14年生まれの方の自家出版本で、未だ存命ではあるがすっかり無沙汰を重ねている人の自分史的な読み物である。現代の世相が余りにも下らないので、先祖や先輩のことに思いを馳せてから現代社会を見直すことにも意味がありそうだ。

最近感じること

これから出かけるので少し早いが、昨今の世相から思いつくことを書いておく。

昨夜から雨が降り続いて気温も大分下がったようで、久しぶりにゆっくり休むことが出来た。年寄りには恵みの雨でも、今日から夏休みに入ったらしい小中学生たちはきっと拍子抜けがしていることだろう。子供たちもたまには家で読書などすればいいのだが、訳のわからぬゲームなんぞに現を抜かすことになるのだろう。ここ数日アメリカで大流行「ポケモンGO」なるものに関する報道が大統領選報道以上に多いが、意味がよく分からなくて困っている。

何でも日本の任天堂が開発したゲームソフトで、スマホにダウンロードして楽しむものらしい。電車の中でスマホをいじっている人を見ると、ゲームらしきものに夢中であることが結構な比率になる。それぞれにアプリなるものをダウンロードして遊ぶことになるのかどうか、スマホなるものを使っていないので分からない。多分囲碁ソフトなんかもあるのだろうが、パソコンの囲碁ソフトでも年寄りの目には悪すぎるくらい小さいのに、あの小さな画面を電車の中で取り出してまで見たくはない。

思えば物心ついて以来70余年、欲しいものは何でも手に入るようになった。家なき子は物語の中だけで、住むに家の無い人は殆どいなくなったに等しい。自転車はおろか自家用車でさえ持ったからとて特別の人だとは言われないだろう。家に電話が無くても家族一人一人が電話を携帯できる。冬でも豊富な野菜や果物を買うことが出来る。一生に一度の新婚旅行を熱海でなくて九州まで行ったなんて自慢話は昔話になった。今や行こうと思えば地の果てまで旅行が可能で、実際に毎年のように海外旅行を楽しむ人もいる。ラジオが無くてもテレビがある。

身の回りに無いものを探す方が大変な世の中だ。しかし己の中身だけは昔に変わらず、自分で努力しなければ変えることはできない。とは言っても、こちらも社会環境の変化で外からの支援が行き届き、昔に比べれば今の子供たちは頭も良いし、肉体的なものも我が時代を思えば月とスッポン、堂々たるものだ。その子供たち(或いは相当な大人も含めてだが)が、「ポケモンGO」の入手を心待ちにするのだから、それなりに意味があるものなんだろう。

アメリカで発売が先行したのかも不思議だが、近々日本で発売予定との話だ。ただ報道を分からないまま見聞する限り、これによって社会秩序が乱されたりする可…

マスコミの着眼点

参議院選挙が終了して10日も経ったのに永田町方面から何の政治的がメッセージが伝わってこない。これは都知事選の影響なんだろうか?ギアを2段も3段も上げてアベノミクスを加速していきます、と意味は全く不明ながら、何か差し迫った方策でもあるのかと思った人も多かったことだと思う。知らなかったが、開票日に勝った勝ったと大笑いしていた自民党の幹事長様の谷垣氏はご趣味の自転車でまた事故を起こし、と言っても単に転んだだけと思うが、入院されているのだそうだ。

総理も先週は蒙古に行っていたようだが現在どちらにいらっしゃるかは分からない。昨日から今日にかけて北朝鮮は立て続けにミサイルを発射している。これまでの北朝鮮のミサイル発射実験には、いつも鳴り物入りで破壊措置命令を出したというのに、なぜ今回は出さなかったのだろう。実験よりも発射のほうがより危険で緊急性があるのは当たり前だ。今回命令が出せなかったのは、本当の戦になった時には、自衛隊が所有する迎撃用ミサイルは何の役にも立たないことが端なく証明されてしまった。

いつもゴロゴロと格納庫から引っ張り出して警戒に備え、無事に終われば再びゴロゴロと格納庫に納めていたあのパトリオットとかいう代物。アメリカから買ったか買わされたかは兎も角、あの光景をいつもメディアはさも大事な事のように報じてきた。なのに今回は何の報道も無い。せめて後追いで構わぬから、対応が間に合わなかった事情を追求するのがマスコミの責務だろうが全く口を拭って沈黙している。これでは全マスコミが政府の手先に成り下がっているとの非難は免れない。

マスコミは都知事選挙を劇場型に仕立てて面白おかしく報ずるしか能が無いのか?もっと他に目を向けるべきところはないのか、冷静に世の中を見渡してほしいものだ。

夏バテ対策

東京もそろそろ梅雨明けの雰囲気だ。夏バテ対策とて特にはないし、食欲も減りそうにない。せめて運動不足で夏太りしないように気を付けたいが、どうしても暑い陽射しの中歩くのは気が進まない。昼飯だけが外出の目標と言うのも情けない。せめて国会図書館には週に1回は行きたいものだ。

なんて考えてみたりするが、あんなに強かった白鵬でさえ今場所は既に2敗した。しかも負け方がこれまでの白鵬では考えられないような形だ。横綱でさえ年齢には勝てない証拠かもしれぬ。己の年齢を考えてみれば、頑張ってもどうにもならぬことを早く悟ることが大切か?それにしても野球のイチローは凄いな。逆に稀勢の里は、仮に今場所優勝できても年齢的に横綱になんかしない方が良い。琴奨菊の二の舞になったらどうするのだ。

まだ選挙が続いている

結局3連休は1日も雨が降らなかった。今日は九州から東海地方が梅雨明けとのこと。朝方、長野の従妹から電話があって梅雨明けが遅くなりそうだと言っていたが、この分だと甲信越も意外と早く明けてしまうかもしれぬ。江戸も昼過ぎからは夏みたい日照りになった。一昨日、昨日までは元気に歩くことが出来たが、この分では日射病になりかねないので涼しい場所で大人しく過ごすことにした。

退屈しのぎにネット情報を見ていたら、前回の参議院議員選挙の都道府県別投票率で1番は長野県とのこと。投票率が上がったから、ある意味での番狂わせのようなことが起こったのかもしれぬ。選挙運動とはどんなものか知らぬが、候補者の杉尾氏はいつから準備に入ったのだろう?彼を引っ張った人間は誰か知らぬが、よくも口説いたものだ。更に長野県人ではない新人を担いで、あの広い県内の運動は大変だったろう。高校の後輩が民進党衆議院議員で、彼も大分頑張ったようだ。密かに敬意を表しておこう。

長野県がどうであったかは知らぬが、野党共闘を実現させたのは市民運動の若者達(SEALDs)の働きによるとの報道もある。あの難しい名前の奥田愛基(おくだあき)君たちにも敬意を表したい。与党大勝で野党惨敗との報道もあるが、将来に向けて希望が持てる面もあるように思う。東京都知事選も増田寛也氏の圧勝かと思っていたら、この連休の世論調査では小池・鳥越・増田の順番になっている。

先のことは分からないが、不謹慎ながら番狂わせが起きたら面白い。

平和ボケか?

梅雨はまだ明けそうにないが雨も降らず、そこそこ涼しい1日だったので大助かりである。国内的にはさしたるニュースも無いので、相撲や野球のオールスター戦でも楽しんでいれば良いと言うことだろう。日本は平和で結構なことだ。しかし海外に目を転じると何だか大変なことになっている。今日はトルコでクーデター騒ぎが起きた様子だ。つい先日はバングラの首都ダッカでテロ事件があったばかりだが、一昨日はフランスでまたとんでもない事件が起きたようだ。

昨日の朝出掛ける前に、テレビが「フランスで大きな交通事故が発生」と言っていたように思ったが、帰宅すると単純な交通事故ではなく、またもテロ事件のようだ。フランスには行ったこともないので実情は全く知らないが、EU諸国では人種が入り乱れて生活できるようになっているとのこと。どんな生活実感になるのか想像もつかないが、豊島区は外国人が多いなんて家庭内でぶつくさ言っているのとは訳が違いそうだ。

豊島区に限ったことではないかもしれぬが、池袋まで出かけると、外国語の会話が頻繁に耳に入ってくる。しかし圧倒的に中国人や韓国人らしく、見た目には日本人と区別できない。多分我が家の近くにも結構お住いのことだろうが、彼等も地域に同化すべく努力をしている筈で、祭りなんかにも協力はしているようだ。近所付き合いや隣組の当番を全て任せきりにしている婆さんからも、これと言った不満は聞いたことが無い。

しかしEU諸国に行くと事情は変わり、向こう3軒両隣に言葉が通じない家族がいるのが当たり前なのかもしれぬ。フランスでは7月14日は国を挙げてのお祭りだそうだが、これもまた日本と趣が大分異なるようだ。日本で言えば建国記念日のようなことらしいが、国民の大部分がお祭り騒ぎをするらしい。日本人は国民の祭日と言えば、昔はともかく現代家庭の大部分は祭りなんか知ったことではない、兎に角休日であることに意味を見出すのみである。

正に今日からの3連休を如何に過ごすかだけで、出かける先を先ず考えるのだろう。日本国籍を取得している外国人たちにとっても、休日が増えるだけのことだから、日本人を懲らしめてやろうなんて思いつきにくいかもしれぬ。なんて呑気なこと言っていたら婆さんにたしなめられた。「あんたは呑気なこと言っているが、総理は徹底的に中国を敵視して戦争を厭わないつもりなのよ。いつ何が起きるか分かったものではない…

「日本会議」

最近ちょくちょく耳にするものに「日本会議」なるものがある。何でも安倍政権の強力な応援組織らしい。公式ウェブサイトでは「美しい日本の再建と誇りある国づくりのために、政策提言と国民運動を行っている民間団体」と自称しているが、wikiで見ると1997年に組織された民間団体で、全都道府県に支部はあるようだが2016年現在会員数38,000人とあるから、国民運動と自慢するには少し物足りないのではとも思う。

役員名簿を見ると神職らしき名前が随分多い。創価学会関係者はいないようにも思うが耳慣れない新興宗教らしき名前が仲良く並んでいたり、前天台座主とか日本医師会会長の名前も混在するので訳が分からなくなりそうだ。何でも信仰宗教の一つだと思うが「生長の家」の若手運動家が主体になって作り上げた組織だとも聞く。役員の中には政治家の名前は見当たらない。

ところが別に「日本会議国会議員懇談会」なる組織があって、ここを見るとアッと驚く為五郎で、自民党の衆参両院議員100名以上が名を連ねている。トップに来るのが特別顧問で安倍晋三氏と麻生太郎氏(確かクリスチャンだったのでは?)の二人、次が相談役で谷垣禎一氏、近々自民党を首になりそうな小池百合子氏も副会長の一人して名を連ねている。なんでそんなに有り難いのかよく分からない組織であることだけは間違いない。

兎に角安倍総理の時代錯誤は、この組織から来ているらしいとは聞いている。また最近書店には関係する書籍が多数平済みになっているので、どれか1冊奮発して読んでやろうかなんて思っていたところでもあった。そしたらタイミングよく昨日外国特派員協会で、「日本会議」会長である田久保忠衛氏の講演会があったとのことで、その内容を聞くことが出来た。田久保氏は昔はよくテレビに出てコメントしていたように思うが、最近すっかりお呼びがかからないようだ。

それもその筈、もう82歳とのことで、とても外国人記者の質問には論理的に太刀打ちできない。素性もよく知らなかったが、元は時事通信記者で現在は杏林大学の名誉教授だそうだ。1991年の湾岸戦争当時ワシントン駐在で、戦後クエートがワシントン・ポスト紙に感謝の広告を掲載した時、感謝の対象国に日本の名前が書かれなかったことを痛く残念に思ったらしい。それで愛国心に目覚めたわけでもなかろうが、なんとも安っぽいお話ばかりだった。この程度の国際情勢判…

政府与党 選挙後の方針

東京の街なかではお盆の雰囲気を感じることが少ないが、今日は1回だけお坊さんが自転車で檀家周りをしているらしき姿を見かけた。七夕はとっくに終わり、そろそろ本格的な夏の到来を告げるのか、久しぶりに激しい雷雨があったりしている。それにしても梅雨特有の湿気と暑さには閉口だ。

山に行ったりしていたので2、3日碌に報道に接しなかったら世の中が急に変わってしまった。参院選で与党が圧勝したつもりでいるからだろうか、「天皇陛下の生前退位」問題をいきなりニュースのトップに踊りださせるなんぞとんでもないことだ。いかにも昨日今日聞いたかの如く、また陛下の意向ともいわれているが、言わずと知れた「憲法改正」とリンクしていることは自明のことだろう。

都知事選は東京都だけの問題に非ず、まさかと思っていたが宇都宮氏が立候補を辞退することになった。鳥越氏の年齢や健康については相当不安があるが、自民党分裂となれば万が一の事態が起きないとも限らない。万が一の事態になれば鹿児島県知事に続いて反政府の首長が首都にも誕生することになる。その上での内閣改造だから、与党内も相当ごたごたしかねないが、上がってくる候補者の名前を聞くにつけも思うのは人材不足に尽きる。

閣僚がどう変わろうと現政権の経済政策が手詰まりになっていることだけは間違いないのに、改憲路線だけは相当はっきり意思表示をし始めたわけだ。この路線を変えるだけのパワーを持った人材が見当たらないのも悲しき事実。総理自身口先では人材への投資なんて聞いたようなこと言いながら、実際には金融政策頼みと、なけなしの金を土建屋が喜ぶことに大盤振る舞いをするだけの脳しかないようだ。有効求人倍率が全国で1を突破しているなら失業者は居ない理屈だろうに、更に人手不足を加速させてどうなるのだろうか?

総理が号令をかけて突貫工事が出来ると思うのは、70年以上も前の戦争中の指導者の発想そのもの。何につけても発想が古すぎる。そばにいる高級官僚も、あれもやります、これもやりますとごまを摺りまくっているのが見え見えだ。友人の元官僚に言わせると「役人が持参する分厚いペーパーにはあらゆる施策が盛り込まれるが、これは結局何もやらないと言っているのと同じこと。」だそうだ。

季節外れのハイキング

今は梅雨の真っただ中、本格的な山のシーズンまでにはいま暫く辛抱が必要な時期でもある。しかし先月初めに奥秩父の甲武信岳に行って体力の衰えを実感してから、無理をしてでも月に一度くらいは山歩きをしなければとの強迫観念に襲われている。そこで昨日トレーニングの心算で、高尾山の地図に載っていた初めての山(権現山)に挑戦してみた。

JR中央線上野原からバスで登山口に行けることになっているが、あまり人気が無いと見えてバスの本数が極端に少ない。おまけに平日で電車は満員、その上朝7時前に新宿駅でホームからの転落事故があって到着が予定より15分も遅延。予定していたバスに乗り損ねてしまい、山歩きの順路を予定の逆回りにせざるを得なかった。結果的には余り損をしたとも思わないが、予定の狂いは何となく気持ちが悪い。

山の方も、人気が無いのも十分理解できる面白みの無い山であった。しかし首都圏のハイキングコースでまる1日誰にも会わないのも異常に近いだろう。登山口近くや下山した集落の農家の方が、本当にもの好きだねぇとあきれ顔で言っておられたのも無理からぬこと。ずっと針葉樹林帯だったので熱中症は何とか回避できたが、それでもかなりバテバテ。流石に昨夜は熟睡できたようだし、足腰は思ったほど辛くない。毎日歩道でトレーニングしている効果が少しは出てきているようでもある。

面白みは全くありませんが行程の詳細は下記でご確認いただけます。
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-915485.html

不安が募る

日曜の夜は、いつもであれば8時から昼間録画した囲碁番組を2時間観て寝ることにしている。しかし昨夜は参議院選挙が気になったので、8時に民放のテレビ速報を観てしまった。すると何のことはない、まだ開票が始まったばかりなのに与党圧勝で、安倍総理の悲願である改憲賛成の野党の顔をした連中を加えると3分の2は軽く超えるだろうとのこと。途端に不愉快になって、いつものように囲碁番組を2時間観て寝てしまった。

今朝5時に起きて普段は観ないNHKを見ると大勢は決まったようで、前夜の予想通り与党圧勝、改憲発議はいつでもいらっしゃい、と冒頭から不吉なアナウンスである。不愉快ではあったが、選挙区で投票した民進党候補者の落選を見届けようと思い、結局開票速報を小1時間観てしまった。ところが案に相違して、東京選挙区民進党は2名当選している。投票に行く前、婆さんが「蓮舫は黙っていても当選するのだから、小川敏夫と書きなさい。」と言ったのでその通りにしたのだ。

更に詳しく観ていくと、多分難しいだろうと思っていた長野県も、元TBSの報道部員杉尾氏が当選している。排他的な風土ではないかもしれぬが、内心信州人の芸風には添わぬだろうと心配していたのによく当選したものだ。気を取り直して北海道から沖縄まで一通り見ると、32の1人区で野党連合が11勝ち上がっている。選挙前は野党連合獲得の可能性は4-5との見積もりもあったそうだから、6年間に比べれば大幅ダウンと言いつつも、考えようでは野党連合が功を奏した面もあったようだ。改めて共産党志位委員長に敬意を表そう。

平均的日本人にとって戦後しばらくは、共産党員でなければインテリ(知識人)に非ずとされた時代があったものの、いつの間にか共産党と聞くだけで、化け物か黴菌の一種と勘違いしている人間が多くなっているのも事実だろう。当然ながら与党、特に天敵の公明党はそこを鋭く突いていた。こっちから見ていると公明党の方が余程化け物じみて見えるのだが、ワイドショー政治の世の中だから言ったもの勝ちは否めない。

マスコミも嘗て自民党が「悪魔」と称した公明党と野合したことや、社会党党首を総理に祭り上げたことなんかはすっかり忘れてしまったようである。テレビのコメンテーター諸氏が全員常識人とは限らないのだが、一般人はどうしても常識的な人と受け止めてしまうだろう。とか何とか言っても「負けは負け」。ナチ…

日英の比較

1昨日の報道で、イギリス政府が設置した第三者委員会が、13年前のイラク戦争に参戦した当時のブレア首相の政策判断が間違っていたとの調査結果を発表した。イギリスと言えば、目下EUからの離脱問題で首相が進退を明確にしていたりして何かと大変だと思うが、13年前のことなど悠長に構えている暇があるのかと半ばあきれる思いである。たまたま昼飯時にイギリス滞在が長かった友人と一緒だったので、関連していろんな話を聞かせてもらうことが出来た。

彼曰く、日本とイギリスはとも政治体制に議員内閣制を採用しているので似ていると言われる。しかしその運用の実態には天地ほどの違いがあるらしい。政治家や政党に関して様々な違いがあるようだが、最も印象に残ったことは次のことであった。

キャメロン首相引退後の党首候補に名乗りを上げている二人の女性候補がいる。今朝の新聞から引用すると「欧州連合(EU)残留派のテリーザ・メイ内相(59)が199票、離脱派のアンドレア・レッドソム・エネルギー閣外相(53)が84票を獲得し、女性2候補が全党員による決選投票に進むことが決まった。」とある。このことは昨日の昼の時点で既に見通しがついていたので、それを前提に話が進んだ。

メイ氏にしてもレッドソム氏にしても初めて聞く名前である。危機に臨んでこのような人が出てくるのが日本とは違うところらしい。日本であれば与党に限らず全政党が、各選挙区の候補者を党幹事長を頭として中央で指名している。従って首相交代となった時に上がってくる名前は、自ずから知れたような名前に限られる。ところがイギリスでは各選挙区の候補者を決定するのは各選挙区の党委員会だそうだ。だから当選した議員は中央に何ぞ何の遠慮も無いらしい。己の信ずるところに従って思い切った発言もできるし、政治活動が行えるとしたものらしい。

政党が国民に密着していれば、そのような姿になるのが自然だ。政治家の質においても一定の品質が担保されることにもなるだろう。従って次期首相候補に、遠い日本の庶民には全く無名の人が出てくる来ることが不思議ではないのだそうだ。イラク戦争参加への首相責任問題の追及のありようなんかを日本と比較するのは、もう違い過ぎて論ずるまでも無い。

友人の話をもう1件だけ追加しておこう。メディアについてである。フィナンシャル・タイムズなる日刊紙についてであった。名前は知っているが読…

ジャーナリストの戦争と平和

ここ数日のマスコミ報道では「参院選改憲勢力三分の二の勢い!」の見出しが連日踊っているが、マスコミは「改憲」が選挙の争点であることを明確にして問題の掘り下げをしてきただろうか?投票日まであと二日しかないが、今からでも遅くないから、自公が声高に叫ぶ「争点は経済政策です」嘘或いはまやかしであること、改憲によって日本を根本から変て、戦争が出来る国にすることを意図していることを明らかにすべきだ。

現政府が何故これほどまでにアメリカに媚びを売らねばならぬか、俄かには理解しがたい。政府内部には大勢の人間がいて、その全員が無学な者ばかりではあるまい。中には相当優秀な人間がいてもおかしくない。そういった人たちにすれば、現在政府が突き進んでいる外交政策に対してそれなりの危機感は持っていることだろう。先の大戦以前も同様だと思う。考えて見えれば、大正末期から昭和の初期にかけての日本も中国問題に苦労する一方で、日本を牽制するアメリカとも向き合わねばならなかった。

アメリカも米中関係を重視していたのである。当然ことながら中国に日本の権益が拡大しては都合が悪い。日中米は和戦両用の構えを取りながら、多分20年以上の長きにわたって互いに牽制しあっていたようだ。も少し正確に書くなら日中間は昭和6年に既に満州事変が起きているので、6年後に勃発した支那事変を待つまでもなく戦争状態に入っているし、もっと遡れば大正4年に大隈内閣が発した対華21条で、日中関係の悪化が決定的になったのかもしれぬ。その環境の中で政府や軍部にも多様な意見は存在したことだろう。しかし結果はご承知の通りだ。

結局昭和16年末に対米関係も戦争状態になって、4年半後の昭和20年8月に一応戦争状態は終結している。この間を20年と見るか30年と見るかは分からないが、国を亡ぼす戦争状態に入るまでは相当長い時間かけて一本道を進んできたようだ。日本と中国との外交関係が悪化しているのは事実で、心配している人も多い筈だ。どこかで進む道の方向転換が必要だろう。問題はその政治姿勢を改めさせる役割を国民に任せておけるかどうかである。

一つ思うのは日米戦争の危険を抱えていた大正末期から開戦直前まで、日中米の3か国内に、それぞれ戦争だけは回避すべきとする識者が存在していたことである。代表的なものは大正14年新渡戸稲造氏が座長となって立ち上げた「太平洋会議」(正式…

10年前は未だましだった

少し古い話になるが3日(日)の朝6時のこと、いつものようにTBSテレビ「時事放談」を観ようとしたら何の前触れも無しに2004年4月の古い映像が出てきた。婆さんが言うには「収録済みで放送予定だった番組に増田寛也氏でも出ていたのでは?」が意外に正解かもしれぬ。司会が故人になっている岩見隆夫氏でゲストが中曽根元首相と宮沢元首相である。中曽根さんはまだご存命かと思うが、12年前の番組でも相当よたよたしている。

引き換え宮沢さんはかなりはっきりとアメリカ批判を展開した。曰く、数年前のニューヨーク中心に行われたアルカイーダのテロ事件以来、いわゆるネオコンと呼ばれる連中が勢力を強めてきている。これは世界をますます混乱に貶める動きで、日本はその尻馬に乗る様なことは好ましくない。これからの日本の立ち位置を相当慎重に考えなくてはならない。との内容だった。これはほんの数分のバージョンで、そのあとにも同じく短いものだが2004年や2006年の映像が何本か続いた。

中曽根さんと土井たか子さんの改憲論争なんかもあったし、渡辺恒三氏と加藤紘一氏のように政党が違っても、政治の原点は弱い人たちを救うことにあるとの点で完全に意見の一致するなど見どころが沢山あったように思った。その中で未だに印象に残っているのが野中広務氏、誰との対談になっていたか思い出せないが、2006年の放送だったと思う。「最近の政治はテレビのワイドショー政治で、ワンフレーズの繰り返しで視聴者を洗脳してしまう。恐ろしいことですよ。」

多分小泉・竹中コンビの改革路線のことさして、意味が分からないみたいことを言っていた。しかし今思うと、当時彼らが唱えた郵政改革にしろ道路公団改革の方が、今のアベノミクス路線に比べれば未だ少し意味が理解できたような気がする。僅か12年~10年前のことだ。それにしても気が付けば随分世の中が変わってしまった。「ギアを2段も3段も上げて、この道を前に進むしかないのです。」この道とは即ちアベノミクスと推測できたとしても、ではアベノミクスとは何ぞやとなると、具体的に答えられる人はどれほどいるだろう?

我が身に置き換えて、その恩恵に与っている人でもいい。恐らくは半分以上の人は分からないだろうし、この道の行きつく先をイメージできる人になるともっと少ないだろう。しかし、この掛け声に煽られた参議院選挙は既に大詰めだ。毎日のよ…

デジャヴュ

今朝がた変な夢を見た。誰かに質問されているのだ。「お前は前立腺がんが治ったと喜んでいるが、これから人間の寿命はどのくらい伸びると思っているか?」確かに医学の進歩なんかで、若い時に思っていた以上に寿命が延びているようにも思う。そこで一所懸命にこの先を考えるのだが、うまい答えが見つからない。「いくら医学が進歩しようと、優秀な栄養サプリが開発されようと人間の寿命なんて、もうそんなに延びるものではないでしょう。」

と答えようとするのだが、相手はその答えを受け入れてくれない。「ではこれまでの医学の発達は何だったのかね?未だこれからも進歩するに決まっているではないか。」それに対してこちらはまた反論している。「医学の進歩を喜ぶ気持ちに反比例する何かが精神の中に埋め込まれていて、その二つの精神が均衡した時点で寿命も止まるでしょう。」「お前は今70歳だが、それはいつの事かね?」「よく分かりませんが、これまでの人生の倍はいかないでしょうね。半分でも100歳になりますから、もうそろそろお終いにしてはどうでしょう?」

実におかしな夢だった。話している相手がどうも神様のようでもある。齢を重ねると誰でもそうなるのだろうが、このところ身体の衰えを実感することが多いので、健康とか寿命が気になっているのだろう。それにしても夢の中の己が実年齢より6歳も若いのは、若返りを心から欲しているのだろう。我乍ら馬鹿々々しくなってきて笑えてしまう。

正気に戻って昼前に参議院選の期日前投票に出向いた。天気がパッとしないのに結構混雑している。火曜日の午前中でもある、当然ながら集まっている方々は全てご同輩の男女。世話をする役所の人だろうと思うが、数名の若さが異様に目立つ。今朝の夢がデジャヴュだったかのように思い出してしまった。自分がそうだから偉そうに言えぬが、今や年寄り天国。与党が数千億円の現金をばらまいてまで年寄りに媚びるのも分からなくない。

よぼよぼの爺さんや婆さんを手取り足取り誘導する若い職員の姿を見て「何となく勿体ないなぁ。」が正直な思いだ。

オリンピック選手壮行会

まさか梅雨明けではないだろうが首都圏は晴天が続いている。東京の水源地も水不足が深刻な様子だが、都心で給水制限なんて事態になったらどうするのだろう?台風シーズンが来るまでどこかに旅行でもできればいいが、そんな経済的余裕はないだろう。環境の変化に応じて生活スタイルを変えるしかない。兎に角最近は碌な話を聞かない。社会全体が相当に変調をきたしていることだけは間違いなさそうだ。

余りハッピーでないのは日本だけのことではなくて、世界を見わたしても羨ましいとか行ってみたい国が見当たらない。こんな考えは貧乏人の僻みかと思ったら、遂にリオのオリンピックへの参加資格を持ちながら辞退する選手が現れた。何でもリオから正式な競技種目になったゴルフの松山英樹選手、出場資格獲得は保証されていたようなものらしいが、自ら辞退を申し出たと報道されている。昨日のトーナメントで優勝して、目下候補の2位につけた谷原秀人選手も辞退の方向らしい。

折も折、昨日は一方でオリンピック日本選手団の壮行会が華々しく行われたニュースがあり、他方ではバングラデシュの首都ダッカのテロ事件のニュースが重なった。只でさえ治安の悪さや衛生環境の劣悪さが伝えられるブラジルの巨大都市リオのことである。ゴルフ界では他国にもオリンピック参加辞退を申し出ている選手がいるらしい。他の競技の選手であっても不安はあるだろう。選手個人にとってはお金や名誉より命を大事にする気持ちが湧くことに不思議はない。

リオのオリンピックは何かと多事多難なことだ。無事に納まることを祈りたいが、次の開催地の東京はもっと大変だと思う。リオ閉会式でオリンピック旗を受け取り人間さえ決まらない中、ケチだけは盛大についている。東京の治安は今のところテロの心配はないようだし、放射能問題が杞憂だとすれば環境問題も大した心配はないだろう。しかし心配なのは、国際情勢の混乱だ。リオの大会にロシア陸連の参加が認められないこともあるし、4年後の世界がどうなっているかなんて分かったものじゃない。

世界平和をお題目にしながら、実態的には商業主義の薄汚さにまみれ、片側で国威発揚とか民族主義を煽るこのイベントについて見直す時期が来たように思う。

どうでもいいこと、大事なこと

今日ネットで配信されたメルマガを見ると次のようなことが書かれている。

一昨日ヤフーのビッグデータが導き出した今回の参議院選挙の議席数予測がネット上に公開されている。それによると、自民党が改選前の50議席から大きく伸ばして57議席を獲得する一方、最大野党の民進党は改選前の46議席から24議席に減らすなど大惨敗。また、おおさか維新と共産党が大幅に議席数を伸ばすという予測。自民、公明、おおさか維新の改憲勢力の獲得議席数を足すと、78議席。

参議院における改憲勢力の議席数が、ちょうどぴったり3分の2に到達する議席数。今回のヤフーによる予測は、安倍政権がその宿願とする改憲に、いよいよ王手をかけていることを示しているそうだ。これは、大手新聞各紙が6月24日に「参院選序盤の情勢」として、一様に「改憲勢力が3分の2をうかがう」という見出しで報じたことと軌を一にし、ビッグデータ分析が、大手新聞各紙の報道を裏づけるものとも言える。

個人的には余り嬉しくはないが、この道しかないと前進を続ける政府を応援したい人が多いということなんだろう。前進を続けていく先に何があるのか、余り明確に仰らなくても「後退はダメ」は日本人には馴染み深い現象だ。齢を取るとどうしても「36計逃げるが勝ち」に軍配を上げたくなってしまう。なんて言いながら、年寄りが世間の大勢に逆らっても屁のツッパリにもなりはしない。

午後何となくテレビをつけたらEテレ(2チャンネル)で面白い番組だったので、30分近く見入ってしまった。花園大学教授の佐々木閑(しずか)氏「私の"出家的人生"」京都大学の工学部を4年修了した後に文学部に編入して仏教を学び直したという変わり種の先生。「人間は年をとって死に近づくと宗教が必要になってくる」そうだが、言われてみるとその通りかもしれない。仏教は人間を死の苦しみから救うために、非常に合理的にできているとのお話。

仏教は本質的に慈悲の宗教ではない、自分で自分を救う宗教で、言えば利己的でもあること。自分の健康を大切にすることが仏教のあるべき姿。等々心に響くことが沢山語られていた。政治の話が益々馬鹿々々しくなってくる。

選挙の夏

午後からは久しぶりにエアコンも入れてすっかり夏気分である。今日は富士山も山開きとのこと、梅雨前線が日本海の方まで押し上げられているので、天気には恵まれているだろう。明日から少し晴天が続きそうだが、この週末は現役サラリーマン諸氏にはボーナス支給後初めての週末、山はどこも大賑わいになることだろう。

事務所唯一の装飾品、パナソニックのカレンダーを1枚めくったら、現れたのが富山県室堂から望む立山連峰。青い空を背景に連なる立山の写真を見ただけで、すぐにでも出かけて本物を見たい気持ちが湧いてくるのが悪い癖。本州はまだ梅雨の半ば、老人の出る幕ではなさそうだ。池袋往復の8千歩でたっぷり汗を流して満足することに留めた。

参議院選挙戦に都知事選挙も重なっているので仕方ないのかもしれぬが、日本社会全体が何となく足踏み状態に感じられてならぬ。毎日のように西日本の集中豪雨による自然災害と東日本の渇水問題がテレビニュースのトップに来て、わけの分からぬ殺人事件とか熊の被害が大きく扱われ、国内では問題を拾いきれないのか、外国のテロ事件も比較的大きな扱いになっている。

昔の感覚で言えば、お役人の世界では昨日で第一四半期、即ちお休みの期間が終了、7月からは次年度に向け真剣に新たな政策の検討に入るとしたものだ。民間でも3月決算の会社は昨日までに株主総会も終了して、新たな体制で新たな目標に向け社内の引き締めを図るとしたものだろう。経済関係のニュースを探しても、先行きに希望を感じさせるような会社の話はあまり出てこないで、相変わらずリストラだの撤退だのといった文句が目についてしまう。

そんなことから社会全体に活気が感じられないのだが、その大本はやはり政治にありそうだ。選挙のせいもあろうが、政治家の口から聞こえてくるのは他党の悪口ばかり。互いに天下国家を論じているつもりかもしれぬが、国民庶民の生活とはほど遠いことのように聞こえるのは、こちらが呆けているからだろうか?どれを聞いても、この演説が気に入ったのでこいつに投票しようという気にならない。