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日本経済への貢献

今日は我社の年度末。代表は若い人に変わってもらったが、零細企業なので未だ役員として、小使いさんとして働かせてもらった1年が終わる。明日からは一層仕事が少なくなる筈だ。一緒に仕事をしてきた人達の殆どは社会の一線から姿を消し、悠々自適の生活に入っている。小生は何故か仕事からのフェードアウトに時間をかけ過ぎている。来年度こそ仕事の比重をぐっと減らそうと思ってはいるが、それより先に我社そのものが無くなる事を心配しなきゃならないかも。3年連続の前年割れの期末である。
我が社はさて置き、現在の暗い雰囲気から抜け出し日本経済は元気になってほしい。次のような事もある。高校同期のゴルフ会が来月半ばに前から計画されていた。小生は数年前にゴルフから足を洗ったので関係ないが、こんな時だから中止しようかという意見も出たらしい。しかし経済的に少し余裕のある我々こそ、遊びでもなんでもお金を使って日本経済に貢献しよう、との意見が勝ったようだ。
これは結構な事ではあるが、貧乏性と言おうかケチと言うべきか、小生はどうもうまくいかない。今日は思い切って珍しく一人で「つな八池袋店」で1,260円のてんぷら昼膳を食ってしまった。先に述べた友人達の言葉が何処かに引っかかっていたのだろう。確かに旨かったが、すぐに少し贅沢しすぎではと反省してしまった。
昨夜もそうだ。JTBから旅行の部厚いカタログが届いていた。伊勢神宮初詣のバス旅行をした時、名簿に登録されたようだ。1万円も行かないツアーの参加者には勿体ないような代物で半分以上は海外旅行になっている。「久し振りにカナダかハワイにでも行ってみるか。」なんて言いながらページを繰っていると、横から「行きたきゃ行けば。」てな調子で全然乗りが悪い。こっちもそうは言ったものの、夏場のカナダもなぁだし、ハワイに一人で行ってもなぁてな感じで、結局カタログは捨ててくれと言う事に落ち着いた。
どうしようもない。やはり小生のように家の周りを徘徊するだけの年寄りに出来る事はあまり多くはなさそうだ。何でもいい、やりたい事が沢山ある人、結局若い人になるのだろうがやりたい事を思い切ってやってほしい。ハードルが高そうに見えても、意思さえあれば必ず超える事が出来る。エーシー~

電気の便利さ、大量消費は否定する事が出来ない

福島原発の事故による電力供給不足で停電がおきたりして、思わぬ生活の不便を感じている方が多い。幸い我が家は未だ洗礼を受けていないが、夏場を思うと暗澹たる気持ちにならざるを得ない。総電力供給の30%以上を原子力に頼っている我が国は、脱原子力の意見が高まって行く中で今後どんな供給システムを構築していくのだろうか。原子力を全否定すべきなのか、ある程度容認せざるを得ないのか、科学に疎い小生としては非常に悩ましいところである。
これは勿論政治的な意思決定も伴う話なので、政治家もそれなりに悩んだり勉強してくれているとは思う。しかしインターネットの時代は有難いもので、今朝明るい情報を見つけた。多くの人にこの記事を是非ご覧いただきたい。http://www.eco-reso.jp/feature/love_checkenergy/20110319_4986.php 反原発の運動家と音楽プロデューサーの対談ではあるが、立場とは関係なく読んだ。内容は将来の電力供給システムと発電技術についてである。しかもその技術が我が国で既に実用化の目前にあるとの事。
電力の供給と需要に大きなギャップがある事だけは分かっていたし、スマートグリッドなんて言葉も聞いた事があったが、意味がイマイチ分からなかった。しかしやはり相当な技術のようだ。新しい発電システムにも言及している。日本はまだまだ捨てたものだはなさそうだ。古い頭のおじさんは早く引退して、生きているうちに頭を使っている若い人の活躍を期待したい。

湯たんぽ

大地震直後から始まっている計画停電だが、豊島区の我が家は影響を受けていない。都内23区で影響を受けているのは何故か荒川区と足立区だけとの事(事務所のある板橋も場所によっては停電している所もあるようだ)。理由は都心には公共的に重要な施設が集中しているので、停電があると全国的な規模で経済的な打撃が発生する。そうは言っても荒川や足立には町工場も沢山存在するので、日本経済への影響も少ないとは言えぬだろう。恩恵に与かっている立場だし、個人的にはどうする事も出来ないが不公平感は否めない。区長さんお二人がかんかんに怒るのは良く理解できる。
横浜には義母が暮らしていて、計画停電の影響を相当に受けているらしい。今月は寒さがきつい。暖房は灯油のファンヒータを使用しているのだが、これも停電になると具合が悪いらしい。「年寄りが唯一の楽しみにしているテレビも途中で切られると面白くないだろう。」と言うと「母はラジオが好きだから、ラジオを聴きながら布団をかぶって寝ているのよ。」事も無げの返事。余談になるが、停電にはソーラーパネルが有効と思っていたが、やはり夜間は殆ど機能しないらしい。使用していないので理解が違っていたが、給湯設備の蓄熱装置と蓄電とは意味が異なるらしい。
現代はどんな家庭でも企業でもすっかり電力に頼っているので、停電は実に厄介だ。我が家はそれでも以前から電力を極力節約するよう心掛けているらしい。らしいと言うのは小生にはそんな気が全く無かったからである。冬場の暖房で電気を使用しているのは茶の間の炬燵1台と、小生が使用している電気毛布1枚。部屋の暖房は炬燵がメインで、これに石油ストーブを組み合わせている。婆さんによると、最近は夜も昼も湯たんぽを多用するようになったらしい。夜は勿論布団の中に入れ、昼は炬燵の電源を切って代わりに湯たんぽを中に入れておくのだそうだ。
実物を今朝見せてもらった。ブルキ製と思いきやプラスティック製であった。解説によると先ずお湯の注ぎ口が大きい、これは以前、夏場に氷を入れて足を冷やすために買ったのだそうだ(婆さんは寒さより暑さが苦手、小生は逆)。厚手のプラスティックなのでタオルなんかで包む必要も無く、直接布団や炬燵の中に入れても安全との事(成程炬燵の電源が切れていた)。地震の直後に実家にも送って、義母も重宝しているらしい。もう今となっては近くのスーパーでは品切れに違い…

どさくさまぎれの都知事選

今年は春が来るのが異常に遅い。子供たちの卒業式には桜が満開で、入学式に桜が残っているだろうかと心配した年も記憶にあるが、今年は未だ蕾が固いままだ。今朝の気温は東京でさえ3℃以下、手袋をして出勤している。さすがに昼は気温が上がって、桜の蕾がやっと膨らみ始めた気配がする。先週金曜日に孫が小学校を目出度く卒業した。来月の6日迄、嬉しい宿題の無い春休みが続くらしい。しかし日本全体が暗く重苦しい雰囲気に包まれている所為か、漫画映画を観に連れて行ってなんて要望も来ないようだ。
もう一人の娘の孫は未だ2歳児。こっちは家族で出歩くのが好きだが、流石に行楽気分にはなれないだろう。娘は近くの児童館に子供を遊ばせに行くのを習慣にしているようだが、同年齢の子を持つお母さんで実家が西日本にある人は、里帰りしてしまった人が多いそうだ。何でも水と停電の恐怖やら食料品や日用品の不足が響いているらしい。かねて一度は貧乏を一度経験した方がいいと思っていたが、本当にそんな雰囲気になってしまった。個人個人はそれなりに素早く対応策を考えて行動するが、政治とか行政のように図体が巨大化したものはフットワークが悪すぎる。
個人が生活様式を一変させるように、政治とか行政もスリム化する良いチャンスだと思うが、一向にその気配が見当たらない。見えてくるのは復興資金をどのように調達するかとか、復興担当の大臣ポストを置くとか、つけを国民に回す話ばかりである。この騒ぎの中で地方統一選挙を一部地域を除いて強行するのも、些か危機意識の欠如と言われても仕方ないのではなかろうか。石原都知事断然優勢の予想が圧倒的だが、小生は全く不愉快だ。急に公務公務と言ってメディアに登場し始めたが、彼が任期中如何にさぼりまくっていたかを個人的にも知っているので、余計薄汚く見える。
彼が12年間にやった事は何だろう。ディーゼル車の排ガス規制以外さしたる功績を思い出せない。やれカジノ構想だとかオリンピック招致だとか打ち上げ花火ばかり派手で、威張り腐っている印象が強い。莫大な税金をどぶに捨てた新東京銀行は未だに無意味に存在しているし、今度の災害で東京湾の埋め立て地帯の液状化が顕在化した現在でも、築地市場の豊洲移転の旗を降ろさない。正に老害以外の何ものでもなさそうだ。いっそ共産党の小池氏に投票しようかとさえ思ったが、それだけは止した方がいいのでは、と婆さんに言われ…

東工大準教授 松本義久氏の意見

今朝テレビ朝日の「やじうまプラス」に出演した松本氏の意見は素人に非常に分かりやすかった。国が決めている基準値の意味についても今までの理解が決定的に間違っていたようだ。簡単に言えば放射線の健康被害は線量×被曝時間で考えるべきもので、縦軸に被曝線量、横軸に時間を置いて見えてくる面積で計算されるべきものらしい。
これで計算すれば、今大騒ぎしている関東の水道水の問題、農産物の問題等、全て健康被害には殆ど結びつかないらしい。ほっとすると共に、現在発令されている政府方針が不思議でならない。これが最小不幸を目指す内閣のする事だろうか?
因みに初めて見る先生だったので、どの程度信用していいか分かりません。テレビ局が呼んでくるぐらいだから満更インチキではないでしょう。自分でも放射線医学の専門家と仰っていました。略歴は下記でご確認願います。 http://www.titech.ac.jp/whoswho/Profiles/0004/0011520/profile.html

見えない恐怖

福島の原発事故はなかなか安定しそうにない。当然ではあるが、熱と一緒に放射線が大気中や水中に放出されているのは素人の爺でも理解できる。しかし放射線とは如何なるものか、未だに理解できていない。本来は閉じ込められていたもの、閉じ込めておくべきものだから、解放すれば何処までも飛んだり漂ったりして行く事だろうと想像はしている。
放射線治療やレントゲン写真も放射線を利用しているらしいし、もともと自然界に一定量存在はするらしいが、沢山浴びると人体には有害らしい。目に見えないものだから沢山と言われても見当がつかない。シーベルトとかベクレルという単位が何を意味するのか全然分からない。電球のワットみたいに単位の意味するところ理解できなくても、イメージする事が出来ればいいのだが急に言われてもなぁ。人体への影響は被曝時間も関係してくるし、放射線にもいろんな種類があるので余計ややこしい。台形の面積計算が覚束ない小生に理解しろと言っても無理である。
記者さん達は具体的な情報を迅速且つより正確に求めるものだから、発表する側も、それこそ数時間おきに尤もらしく何かを発表している。一昨日は何でも「東京の水道水が赤ちゃんの飲料としては芳しくない」と言ったかと思うと、昨日は「もう問題無い値になっている」と打ち消す発表をしている。婆さん曰く「葛飾区金町浄水場の水が豊島区の我が家や世田谷の娘宅に届くのに何日かかるのかしら。危険とされた水が世田谷あたりに届くのは丁度今日とか明日になっても不思議はないでしょう。」
要するに、騒いでも仕方が無いでしょう、と言っている。野菜にしても牛乳や魚にしても同じ事、なんでビニールハウスで栽培したホウレン草の出荷を止める必要があるんだ。下手に出荷を止めるとか喰うなと言いうから、余計にパニクルだけだろう。我が家から見るとマスメディアと政府が一体で風評を撒き散らしている。アメリカさんなんかがとうに見抜いているように、今や東日本一帯が放射能で汚染され始めている事だけは間違いなさそうだ。
怖いので、ガイガーカウンターでも買ってみようかと思って調べると、安くても10万円近いし品切れ状態らしい。寒暖計とは訳が違うだろうし、デジカメと一緒で使いこなせないだろう。第一放射線レベルが上がったからと言って何処へ逃げると言うのか、運命と思って諦めるしかなさそうだ。
アメリカのビキニ環礁水爆実験の後では、マグロ…

お馬鹿さん

孫の一人がAKB48の何とかと言いう娘のファンらしい。昨夜婆さんとテレビを見ながら「この娘よ」と教えたもらった。長身で少し面長の可愛い子だった。それはそれで良しとして、孫達の間では自分の事はさて置き、女友達を評価するのに「お馬鹿さん」と「お顔が」を使うとの事。「お顔が」は頭が良いがブスの事らしい。女子が男子を評価すると一体どうなるのだろう?
現代の事だから当然「お馬鹿」は最下位に置かれるのだろう。だからスポーツをしていても、結構勉強も頑張る子が多いようだ。婆さんは「内容も喋り方も立派なものだ。総理大臣も甲子園で選手宣誓をする子を見習うべきよ。」と曰う。我々の時代も呼称はともあれ、同じだったのだろうかとの疑問が湧いた。
実在したかどうか定かではないが、子どもの頃「森の石松」が妙に好きだった。今でも東映時代劇で中村錦之助の演じたイメージが記憶に残るくらいだから相当なものかもしれない。やはり子供の頃に接するイメージを選ぶ必要がある事を今更ながら痛感するが、最早手遅れである。清水の次郎長なるヤクザの子分、物語(講談や浪花節)では確か28人衆だったか、その中では下っ端の方であったと思う。
キャラクターは明確で、乱暴だが生来おっちょこちょいの上にお人好しのところがある。身上は極めつけの名セリフ「馬鹿は死ななきゃ治らない」 その通りに、親分は江戸末期から明治まで長寿を保つが、若くして親分のお使いに出た(四国の金比羅山への代参)帰り路であっさり殺されてしまう。 昔の人は考えて、演芸の中にこのような反面教師のキャラクターを上手に埋め込んでいる。
要するに「そうなっちゃいけませんよ」と教えるつもりが、変に愛嬌良く仕立てるので、小生のように「馬鹿」でもいいように勘違いするファンが生まれてしまうのだ。先に述べたように孫達には講談・浪花節は流行らないだろうから心配する必要はないだろう。自分とすれば、子供の頃から好き好んで「馬鹿」であった割には女房子供にも恵まれて長生きが出来た。次郎長のような親分を持たなかったのも幸いだったかもしれない。しかしもう歳だ、今更キャラの変更は利かない。最後まで石松の名文句通り「馬鹿」でいるしかないだろう。
【Japan Earthquake: before and after】 タイトルと無関係ですが、友人が紹介してくれたサイトを転載します。 http://www.abc.net…

と信じたい

いつ頃からの事か記憶にないが、官房長官の記者会見に必ず手話通訳が付いている。そんな遠い昔からの事ではない筈だ。ラジオの時代であれば出来ないがテレビの時代なのだから、耳の不自由な方にとっては便利に違いない。たった今も枝野さんの会見を見ていると、通訳の方は枝野さんと同じ原稿を見えるところに置いている様子が無い。耳から入った言葉を反射的に通訳しているように見える。記者からの質問も通訳しているようである。
健常者で手話をこなす人は東京に何人いるのだろう?秋篠宮妃も手話をされるとの報道もあったが、結構な人数がいるのかもしれない。当然東北の被災地で不自由な生活を強いられている人の中にも手話通訳を必要とする人は沢山居られる事だろう。日本人は優しい民族だから、困難な状況の中で弱者を見捨てず協力し合っている事を信じたい。
いつも大災害の事が頭から離れないので話しが逸れた。手話通訳に関連して書こうと思ったのは、手話だけでなくて外国語との場合も同様であるが、同時通訳者とか速記者の頭の構造はどうなっているのか、不思議でならぬと言う事だ。何かを聞く、同時に頭の何処かでそれを別の何かに変換して、同時にそれを表現するために身体を動かす。人間の脳とか神経はウルトラスーパーコンピュータらしいので、操作方法を覚えれば何でもないのかもしれない。
兎に角羨ましい限りだ。学生時代から講義内容についてノートを取るのが凄く苦手だった。聞く事と書く事を同時にする事が出来ないのだ。いつも試験になって慌てていたものだ。ところで、人類の基本的な中央演算装置の処理能力は数千年前の人間も現代人も殆ど変わらないし、個人差も殆ど無いのではなかろうか。しかし個人の潜在的能力の引き出し方の違いで、小生から見ると神業とも思える能力を発揮する人が生まれる事になる。
そのような人たちのお陰で、我々凡人も快適な環境を享受する事が出来ている。原子力発電なんて凡人には想像も出来ない事を発明した人もいるのだから、それが原因で発生した事故くらい消す事を知る人が何処かにいるに違いない。

事務所の移転

昨日今日と雨模様でうす寒い日が続いている。こんな寒さの中でも季節は進み、近くの校庭では辛夷の花が咲きだしてきた。被災地北国の春が遠い事を思うと、申し訳ないような気がしてしまう。恐らく全国の人が同じ思いだろうが、地震が怖い。つい昨年12月に高校同窓会で気象庁地震火山部に勤務する後輩の講演があり、数十年以内に東南海で大規模地震発生の可能性は高いが、関東大震災級の地震は100年以内に発生する事は無いだろう、と聞いて妙な安心をしていた。人間の心理とは微妙なものだで、今やこの話を信用できず、漠然とした不安をぬぐい去る事が出来ない。
だからと言って特に何をする訳でもない。ご近所でも最古参のぼろ屋なので地震対策のしようが無いのが本音。当面の日用品は普段から一定量は確保できているので、暫く供給が不足しそうだとしても慌てて買いだめをする必要も無いらしい。しかし、原発事故の影響で出荷自粛を余儀なくされた野菜果物や乳製品は、今後間違いなく価格が上がるだろう。節電で勤務先の営業が短縮され、就業時間が減って給料が目減りする人も沢山居るようだ。昨日あたり池袋を歩いても街全体が暗い。しかし昼の飲食店は普段以上に家族連れで溢れかえっている。
婆さん曰く「スーパーに米が無いとか、パンが無いと言っているから、これ幸いに、家でごはんを作らずに外食しましょう、と言って皆出てきているのよ。」尤もかもしれない。先週まで品切れで閉鎖していた近所のガソリンスタンドも少しずつ供給が始まってはいるようだが、車が列を作って順番を待っている。11日の震災で何かが変わったとすれば、誰にとってもそれを復元するのは容易な事ではないだろう。
折も折、この騒ぎの中で仕事場の事務所を移転しなければならない。大家さんが来月の取り壊しを決めていて1年前から通告を受けおり、今月か遅くても来月初めには立退く約束をしていたからである。何となく面倒なのでずっと放っておいたのだが、今月に入ってからバタバタと移転先を探し、先週やっと手頃な移転先を見つける事が出来た。そして本日目出度く契約を完了、来月5日に引っ越しをする事にした。これから又少し面倒な事があるだろうが仕方が無い。
先ず引越屋だが、当然決めていない。不動産屋は「3日の日曜を過ぎれば、安くなります。」と言っている。むしろ、その事より通信環境を円滑に引っ越したいのだが、NTTの話では11日の地震の…

早春ハイキング

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登山口の軍刀利神社下

かすかに富士を望みつつ春の山歩き
東北地方で大災害が発生しているのに、節電の一環と勝手な屁理屈で春のハイキングに出かけた。毎年お彼岸の3連休からハイキングを始めるのが恒例になっている。今年は土曜日が一番コンディション的には良さそうだったが、同行してくれる事になった青年に仕事があったので、日曜日に出かけた。幸い天気のも恵まれ、今年の初歩きはまずまずだったと言える。
コースは生藤山から陣馬山下迄で、このコースは山歩きを始めたばかり2006年の3月22日に歩いた思い出のコースだ。この時はWBCの決勝戦で王ジャパンが優勝を決めた日で、殆どの人がテレビに釘付けとなり、山なんかに行くのは変わり者だったに違いない。当時も今も野球にはさしたる興味が無いので、友人の薦めで山に行く事にし、新品のトレッキングシューズを履いた写真が残っている。
トレッキングシューズは一昨年新調したので2代目になっているのだが、何故か態々初代のものを履いて行ってきた。コースは当時と全く同様、中央線の上野原で下車、登山口の軍刀利神社までタクシーで突っ込み、ここから三国峠、生藤山、茅丸、醍醐丸、陣馬山下へ降る山梨・神奈川・東京を股に掛けた12㎞弱の縦走路である。心配だった雨には全く当たらず、少し寒いぐらいのひんやりした空気の中を、春霞で少しぼやけてはいるが、富士山も望みながらのハイキング。
しかも様々な理由があるのだろうが、醍醐丸で昼食を取る迄に出会った人がたったの3人と言う贅沢さだ。歩き始めが9時少し前で、昼飯の醍醐丸到着が12時ちょっと前、ゆっくり昼休憩を取って、降りは相当ゆっくり歩き陣馬山下2時40分のバスを目標にした。山ではところどころ時間を持て余したが、バスや電車の接続が極めて順調で5時前には帰宅。文句なく楽しめた1日だった。

早や1週間

昨日は不測の大規模停電の可能性が得意から知らされたので、夕方早々に日記も書かず帰宅してしまった。幸いな事に不測の事態には至らなかったが、生活者も大変だろうが、仕事を考えると都心のデータセンタで停電が発生した場合の事を考えると不安でならない。バックアップの電池がビル1棟分用意されていると聞いた事があるが、それがどの程度の時間持つものかは知らない。
何れにしても東電がこれからしゃかりきになって、停止している火力を2カ月以内で総動員出来ても供給可能電力量は4000万キロワットと報道されている。昨今、夏になればピーク電力が5000万キロに達するのは常識化しているので、余程節電計画をしっかり立てて実行しないと、いつ大規模停電が起きても不思議はない。既に昨日も一昨日も計画停電の影響を受けている生活者は300万世帯、500万世帯に達している。
JRの池袋駅がターミナルステーション機能を持っているとか、サンシャインビルに政府系のデータセンターが設置されているとかで、豊島区が計画停電区域から除外されているとの説を聞いたばかりだ。しかし予想に反して需給バランスが崩れた時の大停電となると、これ又想像もできないような悲劇が起きる事だろう。家内の友人がオール電化の高級マンションにお住まいになっていたそうだが四国かどこかの実家にお帰りなったそうだ。
やはり世の中万能なんて事は何も無い事を改めて思い知らされた。これから火力を総動員すると仰るが、今や火力も殆どが油やガス、いわゆる石油に頼っている。中東のニュースが少し途絶えているが、油の供給に問題が生じたらどうなるのだろう。飛行機の動いているうちに帰国を急ぐ外国人の報道を聞くと「然もありなん」と思わないでもない。
寒い被災地で頑張っている人、高濃度の放射線下で発電所の消化に頑張っている人を思うと本当に頭の下がる思いだ。特に若い人が頑張っているニュースを見ると胸がジーンと熱くなる。プロ野球の選手会もセントラルリーグ3月開幕に反対らしい。何処かの新聞社オーナー面した爺がこの反対を押し切って開幕を強行しようとしているようだ。若い世代にもこの騒動の中で詐欺行為をする奴、泥棒をする奴もいるだろう。また世の爺全てが一様に死に欲をかいていると思わないが、善意の人が多からん事を信じ、ここから先は若い人中心に頑張ってもらうしかない。

予測不能には違いない

3月も半ばと言うのに寒い北風が吹いている。東北の被災地は雪さえ降っているようだ。誰も恨む訳にもいかぬが、自然か神かなんてむごい事だろう。加えて原発の大事故だ。この試練に立ち向かっている被災者、救援の皆さんに向ける言葉すら知らない。
朝食時に「ついに今日は夕方6時20分から10時迄停電ですよ。」と念を押されたが、先ほど電話が来て、どうも回避されたらしい。電力の30%以上を原子力に頼ってきた我が国としては、これから当分は不自由が続く事になるだろう。特に小生にとっては、自業自得かもしれない。40歳代の終わりから50歳代にかけて10年間ほど原子力発電の重要性や有効性、安全性についての啓発広報を猛烈にした時期がある。今更悔やんでも致しかた無いが内心忸怩たるものがある。
勿論、原子力発電所の管理区域内には何度も入ったし、当時全く初めての事であったが、定期点検の原子炉圧力容器の蓋が開いている時にテレビカメラを入れた事さえあった。婆さんはテレビを見ていて仕組みの絵が出てきたり、専門家の解説が始まると「シューベルトだがシーベルトだか知らないが、何を言っているのかさっぱり分かりません。」と大抵は仕事を始めてしまう。
分からない点において大差はないと思うが、上記の来歴があるので、絵を見たり解説を聞いていると、実物を何度も見ているので(核燃料のペレットを掌に載せた事もある)婆さんよりは少しイメージできるところがある。しかし、テレビでしきりに流される解説を聞いて、充分理解したり納得出来る程の見識を持ち合わせている訳ではない。
ただ、今回の大事故に関して盛んに使用されている言葉遣いで「事象」はおかしいと思っていたところ、最近やっと「事故」に変わりつつある。もう一つ解せないのは局アナが専門家に質問する「被曝を避ける方法と被曝した場合の注意点」だ。これに専門家が尤もらしく応えるから、知らない人はそんな事を真剣に考えるだろう。これはどう考えてもおかしい、一般の人にとって全く意味が無い。
「被曝を避ける方法」は「放射線に身を晒さない」以外無い筈である。だから政府も一定範囲の住民を避難させたり屋内待機をさせている。この屋内待機が訳の分からない中途半端なものだから、先の質問になるのだろう。「身を晒さない」は衣服の着用と無関係である。衣服を着用していた場合は、「衣服を脱いでビニールの袋にでも詰め、露出していた部分は…

読後感「自らの身は省みず」田母神俊雄 著

2008年11月航空自衛隊トップの航空幕僚長にありながら、アパグループの懸賞論文に応募した「日本は侵略国家であったのか」を国会で野党から追及され、詰め腹を切らされて退職した著者が離職直後に書いた本である。日記に反応して頂いた方から薦められて読ませて頂いた。著者の参考人騒動が起きたのがつい先日のように思っていたが、もう丸2年以上前になるのも感慨深い。この2年間に著者は多数の本を書いているが、これが彼の原点に違いない。
今や著者を退職に追い込んだ民主党が政権に座り、自衛隊員が10万人も動員されて東北大地震の被災者救援に大活躍している。こんな事を考えると、政治に翻弄された著者自身、そして自衛隊の存在について改めて考えさせられるものがある。著者の考えは事の善し悪しは別にして、当時も現在も少しも変わらないだろうし、出版から多少年月の経過はあるが内容的には思想信条の根幹と受け止めた。
即ち、著者は日本の近代史について余りにも自虐史観が過ぎる事を先ず指摘し、中曽根以降の政治家が中国や韓国に対して弱腰過ぎる事について警鐘乱打している。特に在職中は遠慮していたようだが、戦後50周年で発表された村山談話と慰安婦関係調査に際して発表された河野談話については、大きな政治的間違いなので、政治的に取り消してほしいと念願しているらしい。気持ちは良く分かる、自社さ政権とは何だったのだろう。
もう1点は、やはり自衛隊の存在自体が如何に中途半端なものであるかを慨嘆している。これは既によく論じられている事だが、憲法にも関わってくる事なので、政治家の誰もがまともに政治案件にしようとしない。著者が繰り返し指摘するように、鵺のような我が国の軍隊は、いつまでたっても政治家にいいように利用、玩具にされるだけなので可哀そうになってくる。
国会の議論そのものが今のように全て建前だけであって果たしていいのか、改めて思い至った。

夏場が心配

未曾有の大災害で小生も動揺もしているが、東北や信越在住の親戚も皆無事との事で少しホッとしている。金曜日から日曜日までの3日間はさすがの商業放送もCMを自粛した。当然と言うか結構と言うべきか、記憶する限りではケネディー暗殺事件当日以来の事だはなかろうか。しかし詳細は分からないが、テレビ東京だけ日曜日にCMを流したらしい。今日になるとTBSもCMを開始しているようだ。民放の中で第4局に落ちてしまっている事を自ら証明しているように思える。
各局とも今日から情報系のワイドショーを、ある程度レギュラー路線で放送し始めている。多分そうなるだろうと思って、朝ちらっと見たが、レギュラー路線復活をはやる気持ちは分かるが、TBSのみのもんたさんは頂けない。まして、脇もレギュラー路線、他局が全て置いている地震や原子力の専門家を置かず、素人のコメンテータだけで、いつものように政府や電力会社の批判を得々とやっている。TBSは現役時代に最も親しく、今でも幹部の中には仲良くしてもらっている人がいるだけに残念だ。
放送局の報道記者は夜に日をついで被災地に駈けつけている。聞けば東京から三陸に到着するまでは一昼夜以上掛かるらしい、しかも現地に到着すれば被災者と同じ条件下での生活を強いられる。これも大変だとは思うが、アナウサーの仕事も偉いものだ。結構強い地震を感じても顔色を一つ変えずに「落ち着いて行動してください。」なんて言うのだから、小心者の小生にはとても真似が出来ない。
こんな時だけ他人の悪口ばかり言うのは控えるべきなので、こちらが非難の対象になりかねないのを承知で福島原発の件について書く。東電、経産省、資源エネルギー庁の関係者と内閣(総理官邸と書くべきか)それぞれの担当者は当然不眠不休で仕事をし、公表すべき事は可能な限り迅速に公表している事だろう。しかし残念ながら、誰かが何かを発表する度に、「遅い、不十分、食い違い」ばかりが指摘される。
現時点においても、1号機や3号機の核心部分「核分裂反応」が止まっているかどうかについては、解説者が「制御棒が挿入されているので、多分止まっているだろう」と述べるにとどまっている。真中にある2号機の冷却水の循環が機能しているかどうかの質問もされていないようだが、1と3がアウトで2がセーフだとしたら何故かを訊いてほしいものだ。予備電源を別の個所から取っていたのだろうか?
素人…

原発事故関連情報

地球温暖化現象に関して定説に反論している少し変わった工学博士がいる。専門外ではあるが、福島電発について下記のように述べている。信じたい気分だ。引用フリーなので一部抜粋して引用させて頂く。
=============================== 政府や原子力保安院からはまだ核分裂反応が停止しているかどうかについての説明がありません。もっとも肝心なことが発表されていないのです . 普通に考えると核分裂反応は止まっていると考えられますが、地震が起こって緊急に挿入する制御棒が入ったのか、それが心配です . 核分裂反応が少しでも継続しているとすると、炉内の水が少なくなっていくと核分裂反応が進んでチェルノブイリのようなことになるからです。 繰り返しますが、政府はまず制御棒が順調に入り核分裂反応が止まっているのかとを発表すべきです。 しかし、今の政府にそれを要求しても無理でしょうから、わたくしが推察するところ、「核分裂反応は停止している」ように見えます。ただわたくしはテレビの報道を見て推定をしているだけなので、できれば政府が直接的に核分裂反応が停止していることを発表するのが一番いいと思います。 政府の発表は遅れるようでしたら、東京電力自体が核分裂反応について詳細に説明をしたほうがいいでしょう(データの発表が良い)。 ・・・・・・・・・ 仮に核分裂反応が停止しているとすると、後はそれほど難しいことありません。残っている放射性物質が過熱の原因になりますがそれは徐々に少なくなっていきます。武田邦彦 ===============================

東北沖太平洋地震

地震雷火事親父、知識として怖いものとは教えられていたが、地震と派生する津波がこんな恐ろしいとは、実際に被災されている皆さんとは比ぶべくも無いが、身を持って恐怖を覚えた。特に津波の恐ろしさについては言葉を失いそうだ。福島原子力発電所も手の着けようがない様子だし、余震は続いているし、未だ恐怖感は続いている。
昨日の夕方オバマが「何でも協力するよ」とメッセージを発表した時は、「随分手回しが良いな、メイ問題を棚上げにするため、おためごかしに言ったのかな」と思った。今日になって報道を見ていると、どうもそうでもないようだ。実際世界でも希有な災害なので、各国が注目しているらしい。オールジャパンの一致協力でこの災難をいかに乗り切るかをだ。
これから数週間は各界のリーダーたちの振舞いを注目したい。取敢えず全てのテレビからコマーシャルが消えた。これは結構な事だ。
世界が注目する希有な現象とは下記のような事らしい。 (勝谷誠彦のメルマガより引用) >茨城県沖、福島県と、それぞれが単発で起きても、わかりやすい言い方をすれば「翌日の新聞の一面に大きな活字が踊る」ほどの地震が連続して起きているのだ。  今朝になってそれはもっと驚くべき展開を見せている。伊豆半島近辺に震源は移動し、前後して北上して長野県でもいくつか地震が起きた。これはフォッサマグナに沿ってのことであり、南下してきた震源が直角に曲がって北上したことになる。地震学者はその関連性を認めたくないだろう。「地質学の常識」ではまずありえないことだからだ。しかしSFではありうるのである。  まさか生きているうちにこんな現象を目にするとは思わなかった。私が子供のころ手にとって衝撃を受けた『日本沈没』で小松左京先生が描いた光景にそれは酷似している。日本列島がフォッサマグナから真っ二つに折れて沈んでいく光景に。

地震ー和室を見直したぜ

未だ余震が続いているが、今回の地震には心底恐怖を感じた。安普請の事務所にいたが、次から次に物が倒れ、棚からファイルや書物は勿論、テレビまでが棚板とも落下するに至っては建屋自体が倒壊するかと思った。どうすること出来ずに、目の前のPCだけは狭いデスクから転げ落ちないように、しっかり押さえていたが、建屋が崩れたら菅政権以前にこちらがお陀仏になるのではと心配した。
激しい揺れが収まったところで、何はともあれ自宅の様子を確認しなくては、と電話を取り上げたが固定も携帯も不通である。遠くはないのだから取敢えず帰宅すると、婆さんが以外とあっけらかんと玄関を開けてくれた。揺れた事は間違いないが、特に問題はないそうだ。自分の部屋を確認すると、今朝出かけた時と殆ど変りが無い。考えてみると和室なので棚が無い。硝子戸のはまったサイドボードが1個置いてあるが、中身に変化はないようだ。机の上にDVDが19枚積んであったのも全く崩れていない。
事務所は僅か6畳足らずの狭い部屋一杯に、あらゆるものが取りちらかっている。椅子に腰かけて作業をするという事は楽ではあるが、必然必要とするものを比較的高い位置に置く事になる。和室にあって物が置けるのは精々あるのが座卓である。畳に座るのは楽ではないが、簡素を基本とする和室は重心が低いと言う事だろう、いざという時に比較的安心できる事を改めて認識した。
テレビが落下のショックで壊れてしまったようで使い物にならない。今は傍らでずっとラジオをつけている。これも普段は殆ど使わないのだが、いざという時は必要と言う事が分かった。電話も当てにならないが、停電が無いのでPCが生きているのが有難い。

対応の早さ

長年広告屋で売り子、即ち営業をしていた経験からすると、営業マンの最大の要諦はクイックレスポンスにあると承知している。まずい話の場合は特にそうだ。断ったり謝ったりする事については出来るだけ早く、翌日になる時は朝一番で飛んで行けと教わった。今回の米国務省メア日本部長発言に関わるアメリカの対応を見る限り、この原則に則っているのがよく分かる。それも国務省の組織として実にスピーディーな意思決定をして行くのが如実に分かって面白い。
何と言っても次官補が来日のために飛行場で個人的見解で述べた事が、日本に着いたらもう政府の公式見解になったり、駐日大使を直ぐ沖縄に行かせたり、人事を発表する等のスピードは見上げたものだ。日本だったら公式見解を纏めるだけでも、先ず係員が作文して係長に上げ、補佐が赤を入れて課長が決済と手順を踏むだろう。課長以上は先ずめくら判と思えばいいが、局長の手元に届くにはそれ相応の時間が必要であるのは間違いあるまい。
厚労省の3号未納者救済に絡む課長通達に見られるように、我が国では政府を実質的にコントロールしているのが課長である事は、少し政府の内部に関わった事のある人間であれば衆知の事だ。アメリカ政府の官僚組織も似たような員数がいるのかどうか知らないが、政府の意思決定をキャリア(有資格者と内部では言っているようだ)とは言え下級官僚に任せていてはこう手際よくいかないだろう。政府は日本の公務員数は諸外国のそれと絶対数でも人口対比でも少ないとしている。ならばどうして迅速な対応がなされないのか、不思議でならない。
昨年12月に沖縄に赴く研修生に対する助言として講義をしたメア発言を、受講した生徒数人で確認の上で記録が発表されたようだが、全文を読むと実に考えさせられる。既に多くの識者コメントしている事はさて置き、別の面から考えた。
和の国、本音と建前を都合よく使い分ける国である事は誰も否定できないだろう。序に言えば、沖縄の人が大酒飲みで、子どもが多く(特に私生児)怠け者として注意を与えたらしいが、小生も、特に怠け者については多分にその要素を持っている事を否定できない。要するに日本人全体がそうなのは事実ではないか、蔑視かもしれないが、差別ではなかろう。

思春期とは?

娘のDVDは再生機能のみで録画機能が無いと言う事から、先月末にある番組の録画を依頼された。孫の頼みとの事なので喜んで引き受けた。日本テレビの深夜(と言っても23時台)で先月26日から3月6日迄9夜連続で放送されたAKB48出演ドラマ『桜からの手紙』である。こちらも録画してダビングなんて事をした事が無いので、録画予約から苦労して、やっと録画し終えた。今度はこれをメディアに落として娘に送ってやらねばならない。
手元にあったCDをデッキに突っ込んだら、デジタル対応でないのでダビングが出来ない。昨日ビックカメラに出向いてダビング可能の代物を購入。20枚セットで1050円、ケースに入ったDVD1枚が50円と言う安さにもびっくりだ。しかも1枚で120分録画と表示してある。昨夜はいそいそとダビング作業に取り掛かった。普段PC(インターネット)で動画のやり取りをしているので、30分程度の番組であればそんなに時間は掛からないだろうと思っていた。
が、左に非ずで、ダビングに先立ち、「この番組はハイビジョンの番組です」と来て「1倍速でダビングを開始します」で決定ボタンを押すと、テレビ画面がダビングの進捗を表示する画面になった。確かハードディスクが2個搭載されていると聞いていたので、ダビング中にテレビ画面に切り替えられるかと期待したが、どうも出来ないようである。この辺はどうでもよいが、年寄り故に機械の操作を間違えている可能性もある。
30分待ってやっと1本目をダビングした。DVDのパッケージに120分録画可能とあったので、引き続き2本目にかかったが、どうもうまくいかない。ダビング画面にいかないのだ。ひょっとすると120分の容量表示にある種の条件があって、2本目には容量が不足しているのかもしれない、と結局は諦めた。ここ迄は世の中の流れについていけなくなっている同輩諸氏と一緒の事よ、と簡単に納得した。
本題はこれからである。中1の孫が女の子が主役らしいドラマを見たがるなんて、大きくなったものだ。そう言えば先日会った時に、「俺は思春期だ」みたい事を言っていたのを思い出したりしていた。ドラマの内容は特に興味も無いが、2本目に苦労してあれこれリモコンをいじっている間、ドラマの冒頭部分のセリフが聞こえてきてびっくり仰天した。正確ではないかもしれぬし、間にもっと他のセリフが入ったかもしれぬが、「彼とHしたの?…

ご近所の光景

寒さは続いているが、日が長くなったし辛夷のの蕾も大分ふっくらしてきた。春がすぐそこに来ている感じがする。先月の初め頃から、近くの何十年も駐車場だった土地に3階建ての高級マンション工事が始まり、大きな白い壁に華やかな完成図が描かれている。昨年暮れにそこに隣接するお屋敷が取り壊され、併せて更地なった。駐車場であった土地も所有していた誰かが亡くなり、遺族が処分したらしい。
駐車場跡地には大型のクレーンが3台も入って地下を掘り下げ、土台になる大きなな鉄筋の柱が何本も埋め込まれているのが伺える。大きな塀で囲まれているのだが、四隅がちゃんと透明になっているのである。最近の工事現場は実によく出来たものだ。屋敷の方も同時に2階建ての大きな建築工事が始まったが、こちらはバタバタと仕上がってきている。
結構な広さなのに、鉄骨で骨組みをしてべニアを張り付けたような安普請なので、何事かと思っていた。今朝工事内容をゆっくり読むと、隣のマンションのモデルルームと事務所である事が分かった。成程進捗に差が出るのは当たり前だ。他にもう一か所、今年に入ってから近くで大きな屋敷が取り壊されて、17区画に分割され売り出されている場所もある。販売開始から未だ1ヵ月足程だが半分以上は売れているみたいだ。
思えば40年ちょっと前に越して来た時は、周りに畑が点々と残り、池袋から歩けば遠いし、えらい不便な田舎に来てしまったと少し後悔の念もあった。 当時は勿論サラリーマンで、毎日都心の赤坂まで通っていたのだ。池袋に通じる道は狭くて、バス一応あったが本数が少なく、通勤には生意気に池袋までタクシーを利用する事が多かった。
しかし結婚すると、家内は近くの商店街で一通りの生活用品は揃うので、亭主のような不便さは感じなかったらしい。この地に今や畑は1枚もなく、若干の隙間は全て駐車場になっている。道路は拡幅され、バスもすれ違いが可能になり、商店街も全く無くなってしまった。地下鉄も通って、池袋に出るのに不便を感じる事も無くなった。
景気が悪いと言いながらも、公共工事で近辺で道路の拡幅新設や共同溝工事がどんどん進んでいる。古い道は未だ上空に無数の電線が交差して見苦しいが、工事が進む新しい道は上空もスッキリだし、周辺の家並も美しく変わっていく。しかしなんとなく無機質で暖かみは感じられない。麦畑のそばに八百屋も魚屋もあった時代を懐かしみながら、最…

マスコミの決まり文句

「与野党に問う、国民生活のために今何をすべきか」 予算関連法案を修正してでも、国会を通して予算の成立を図るか否か、天下の一大事とばかりに叫ぶマスコミの常套句に、耳にタコが出来そうだ。与党は何が何でも通したい。野党はどうしても解散させたい。双方ともに国民のためと称している。なんで疑問符付きのメッセージしか出せないのか?
馬鹿馬鹿しくて話しにならない「マスコミこそ、今何をすべきか」を問いたいものだ。二股膏薬だから攻めぎ合いを見ながら日和ってるに過ぎないのがありありだ。本当はどっちに転んでも大した事は無いだろう。1年半前の政権交代以降、日本の政治が機能していない事が徐々に明らかになりつつある。
新政権が政策の方向転進をを図ろうとすると、一見野党が衆参のねじれを利用して抵抗しているように見える。しかし本当に抵抗しているのは官僚組織だそうだ。確かに政党間の政策の違いなんか何も無いではないか。新政権は旧政権の政策に大幅に歩み寄り、野党は歩み寄られたら歓迎するどころか、与党のマニフェスト違反を声高に咎める。
元々大した志の無い似た者の政治家同士だから、政党間に大きな政策の違いなんかある筈もない。たまたま新政権は公約を実行しようとして、半世紀の間自民党とのもたれ合いで好き勝手にしてきた、霞が関官僚の聖域に政治家が少し口をはさみ出した。そして官僚との軋轢が生じ、政治の混乱がもたらされた。霞が関官僚はこの構図を誰よりも喜んで高笑いしているに違いあるまい。
現政権が続けば、国家の問題点はより明らかになるだろうが、官僚との戦いも続き、混乱が後2年半は続く。一方政権交代2年足らずで選挙になれば、野党は混乱が収まるような事を言う。しかし、嘗てのように官僚とのもたれ合いで、互いに不都合な所を国民の目から覆い隠しながら、安定した政権運営が可能だろうか。
たった1年半でこれだけ騒ぎになったのだから、もう元のもたれ合いには戻れずに混乱が更に長引くだろう。国民の一人である小生にとってはどっちに転ぼうと大差はなそう。所詮目下の政治なんて、官僚保育園のお遊戯発表会にしか思えなくなってきた。さくら組もばら組も先生がいなければ何も出来ない。
政党は問わぬが、官僚を統制する能力を持った真の政治家又は政治家集団の出現を期待してやまない。

読後感「苦役列車」 西村賢太 著

どうも戦後日本の純文学への関心や興味が持てない。三島由紀夫の作品を殆ど読んでいないのもそれゆえの事だ。従って芥川賞受賞作品への興味を持った事も無かった。今回日記に読みたい本が無くて、と書いたところお二人からお薦めがあった。そのうちの1冊がこれで、折角のお薦めなので読んで見た。感想を一口で言うと「成程、これが純文学の小説と言うものか。」
普段カレーライスや天ぷらうどんが最大のご馳走と思って食べていて、ある日突然高級すし屋かうなぎ屋で飯を食ったような気分である。大勢の審査員の眼鏡にかなうだけの筆力もあるのだろう、特にケチをつけるところは無い。年寄りの娯楽には少し重く感じるだけである。テーマは現代社会の日の当らない場所で(日雇いで倉庫のきつい労働に従事しながら、将来の展望もなく)生きる青年を描いている。
描き方も淡々として気負いもなく、さもありそうな光景が浮かんでくるのが優れた筆力と言うのか。他に短編1篇「落ちぶれて袖に涙の降りかかる」が付いている。こちらの主人公も本編と同名なので本編の続きかと錯覚するほど似たようなテーマ。但しこちらは初老で、しかも健康が著しく悪い売れない小説家が主人公。因みに本編の青年の取り得は若さと健康なので正反対。
著者も小説と似たような環境で苦労されたと報道は伝えているが、テーマそのものがしっくりこない。元々私小説っぽいのが好きでないからかもしれない。陽のあたらない場所で苦労して世に出た作家では、黒岩重吾のように同じ底辺を描きながら、如何にも小説、嘘っぽい方が好きである。だから彼は芥川賞対象にはなれなかったのだろう。

たわごと

春は未だ少し先かと見え、東京でも午前中から雪になってしまった。やはり彼岸が来ないと寒さから脱出する訳にはいかないのか。雪降りではあったが、いつものように池袋まで昼飯を食いに歩いてきた。行きつけ弁天庵の野菜かき揚げうどん+ゴマいなり1個で600円也。体が温まって実に美味い。
通りすがりのガスステーションの見慣れた看板で、ガソリン価格が急速に上げているのが分かる。今年の初めに130円を切っていた普通ガソリンが、今日は141円と表示されていた。自動車は運転しないが、中東やアフリカの騒動がこんなところに影響しているのだろうな。食料品も値段が上がる傾向らしいし、生活も容易ではないのだろう。
と所帯じみた感慨にふける一方で、ところで後10年生き延びたとすれば、あと飯を何回食わなきゃいかんのだろう考えてしまった。365日の10倍の3倍か、約1万回だ。1回1千円としても1000万円、家内の分を入れて2倍にしても2000万円もあれば事済むのか。こう考えると、未だに仕事にしがみついている自分がおかしくて、腹の中で笑ってしまった。
最近意識的に、新聞テレビを余り熱心に見ないようにしている。知らず知らずに情報過多に慣れ過ぎていた事を少し反省しているのである。地球の裏側の騒動や愚にもつかない国会の論争を聴いても、どうせなるようにしかならないのだから、我が人生には何の役にも立たない。見聞するに不愉快になる事が多すぎる。
ニュースを娯楽と勘違いするとは不謹慎の極みだが、いっそ共産党の都知事でも誕生した方が、笑えるかもしれない。そう言えば久しく寄席にも行っていないが、寄席にでも行って思い切り笑ってきた方が善いのかな。

英語で言えば<セルフォン>か

今週は寒い日が続いた。しかし間もなく確実に暖かくなるだろう、もう少しの辛抱だ。京都大学他3大学でのカンニング事件、これも解決してみれば何とつまらない事件だった事よ。小生も愉快犯だろうなんて想像を逞しくして、お恥ずかしい限りだ。予備校にまで通って大学入学を目指したのに、なんでこんなつまらない事をいてしまったのだろう。深く後悔しているであろう犯人が、少し可哀そうになってきた。
この日記は大体800字から1000字くらいに収まるように、いつも考えている。たったこれだけだが、概ね1時間近い時間が掛かる。今朝テレビのカンニング事件関連番組を見ていると、町のお姉さん達が携帯で文字を打ち込むスピードについて放送していた。200字程度なら3分と掛からないらしい。羨ましい限りだ。小生パソコンのキーボードタッチも滅茶苦茶で、モニターを見ながらのキー操作なんぞは夢のまた夢、打つ度にタッチする指が変わるので、キーボードに心あるなら「なんて浮気っぽい人だろう」と思うに違いない。
まして携帯になると、操作がよく分からない上にキーが小さすぎて上手くタッチできないので、なるべくキーには触らないようにしている。現在の携帯は8年前に機種である事に気が付いた。最近は家内も一応携帯を持ってはいるが、夫婦共にこれを携帯公衆電話と称している。最近公衆電話がめっきり減っているので、これを持っていないと出先で不自由する。それだけの事だ。
互いに掛かってくる電話は殆ど無いし、メール設定をしている小生でも携帯へのメールは皆無に等しい。しかし若い人にとっての携帯は、もはや小生のパソコン以上に機能を発揮しているのだろう。その事自体は悪くは無いが、物事の思考方式が我々世代とは大分異なってくるのは致し方あるまい。少し前までは「漢字が書けなくなったなあ」等と友人と話していたものだ。今やそれどころの話ではあるまい。恐らく漢字や電話番号ばかりではなく、あらゆる物事を記憶する機能が低下しているのではなかろうか。
学校の試験場ではまずいだろうが、携帯を持ち歩いていれば殆どの事が検索で引っ張り出せる。結構な世の中と言えばそれまでだ。ある先生は、それは世の進歩だから仕方ない、教科書・辞書持ち込み可の試験があるのだから将来は携帯持ち込み可の試験もありうるだろう。と仰っている。ならば、学校では何を教えるのだろう?「読書百遍意自ずから通ず」ではないが…

雛祭り

「雛祭」には何かほのぼのとした暖い響きがある。しかし今日は真冬並みの低温と北風だ。何故か最近は雛飾りを屋外に飾って通行人に見せるイベントが流行っている。お雛様を座敷に飾って、お袋さんが手作りのちらし寿司でも食べながら娘さんの成長を家族で祝い、今後の幸せを祈る家庭が減っている証拠だろう。高齢化社会では、物置の片隅に放っておかれている雛飾りを、せめて一年に一度くらい何処かで日の目を見せてやりたい、と言う年寄りの気持ちも分からないではないが。この事にはほのぼのとは程遠い違和感を覚えるのは天邪鬼だろうか。
世界各国にも子供の成長を祝ういろんな儀式があると思うが、外国事情は不明にして何も知らない。雛祭りや端午の節句は本当に微笑ましい日本の文化だ。女の子と男の子を区別して、日を異にして祝うのも日本独特ではないだろうか?尤も昔はどこの国でも社会的役割は性別に区分されていたろうから、子どもの成長を祝う儀式等についても、男女区別がある方が自然かもしれない。男子の場合は小学校に上がる年頃には本人も親達も感激が薄くなるだろうが、女子の場合はお嫁に行くまでお祭りの意味がありそうだ。
我が家は既に娘二人が片付いているので、すっかり雛飾りとは縁遠くなった。孫は全て男子なので、40年前に1か月分の給料以上の大枚を叩いて買った雛飾りも、今や押し入れの奥深く段ボールの中に押し込められたままだ。

読書考

今年はどうも面白い書物に当たらない。一旦読み始めると相当つまらないものでも一応最後まで読むように心掛けてはいるが、終に半分で止めてしまった本がある。しかも珍しく中古とは言え2千円も出して購入した本だ。確か新聞の書評欄か何かで読んで買ってしまった。批評家のせいにしてはいけないが一寸損をした気分だ。
昨年の暮れ頃までは殆どのものを読後感と称してブログに上げていたが、今年に入ってから下らない内容なので読後感を書く気にもならない読書が多すぎる。特に嗜好が変化している訳ではないと思うが、書店を覗いても触手の動く本が無い。もしお薦めがあったらぜひ教えて頂きたい。ストーリーが面白い小説、どちらかと言えば翻訳ものの方が多いかな。テーマに新規性があり、取材が綿密に行われた形跡のあるノンフィクションで、何かないでしょうか。
戦記や軍人の伝記も少し飽きてきた。中国と日本の時代劇も好きだったが、筆力のある作家が皆鬼籍に入ってしまったようだ。雑誌も廃刊が多く、月刊誌でお金を出して時々買うのは文藝春秋くらいだったが、これも先月売りは広告を見て買う気が起きなく、何時か区立の図書館にでも行ったとき、書棚にあったら手に取ろう、程度になってしまった。これも全て齢のせいで、感受性が鈍くなっている証拠かも。それよりなにより、根気が無くなっているのは全ての事だ。脳味噌が相当に劣化しているのだろう。

愉快犯だろう

大学の入学試験で、試験時間中に試験問題がYahoo!知恵袋に掲載された事実が発覚して、世の中大変な騒ぎになている。どうしてこの事実が発覚したのか経緯を知らないので分からないが、世間の大多数はどうも入学したい一心のカンニング事件として捉えているようだ。本当だろうか?報道されている手口は、スマートフォンを利用した複数犯による犯行との見方が有力で、警察が業務威嚇犯罪として捜査に乗り出したらしい。
今朝のテレビによると、IT専門家なる人が「こうした機器を使った犯罪は、一寸詳しい人なら匿名性が難しい事について端から分かっているので、愉快犯ではなかろうか。」と解説していた。全く同感だ。知恵袋そのものがどの程度利用されているか知らないが、同様のサイトはネット上には多数存在する。その中でYahoo!知恵袋にこの案件が試験時間中の25日に掲載された事を誰が発見して、その人がどうして発見できたのだろう、いつ(28日になってからか)大学当局に通報したのだろう。もし通報者の名前が特定されていなければ、それこそ変ではないか?
素直に考えればYahoo!知恵袋の宣伝じゃないかとさえ思う。まさかれっきとしたYahooがそんな事をする訳も無かろうが、今時の若者がこんな七面倒な努力をしてまで、例えば立教辺りに入学したいと思うものだろうか?大学当局に通報したのも共犯とすれば、相当な人数のグループになる。これを愉快犯と言えるかどうかは別にして、ネット社会の生態や行動原理は、小生の想像をはるかに超えている。嘗ては、全ての人は何らかの共同体(ゲマインシャフト)や対立概念であった利益社会(ゲゼルシャフト)に帰属されていると教わった。
しかし今やネット社会の著しい発展で、いつでも自由にそのネット社会に出入りし、現実の共同体への帰属意識を無くしつつある人が増えているようだ。大多数の人はこのバーチャルな空間を、映画やテレビのように文化的な空間として楽しんだり、既知の人間との通信手段として利用しているのだろう。一寸ハードなユーザーは従来の紙媒体に代わる情報源としているかもしれない。何れも現代版文明の利器だ。
しかし、知らぬ同士が小皿叩いてちゃんちきおけさ~ではないが、バーチャルなネット社会の事象がそのまま現実社会とごっちゃになって、頭がおかしくなる人間が増えているのではないか。最近訳の分からない犯罪が増えているが、ネットの…