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大晦日

昨日は珍しいことがあった。囲碁が下手な小生に「教えてください」と言う殊勝な青年が現れたので、午後から碁会所に行き夕食を一人で外食する羽目に。結局帰宅が8時を回ってしまったのでブログは休むことにした。睡眠はいつも通りにとれている筈だが、今朝起きると喉が少し痛い。碁会所の一画にビニール囲いの喫煙ルームがあるにはあったが、70人くらいが狭い場所にひしめき合っていたし、暮れの30日に碁会所に来る人間なんか変な人間が多い。まして場所が新宿である。帰宅してすぐ風呂は入ったがうがいをしなかった。悔やんだところで後の祭りだ。

開けて今日は大晦日、昨夜の夕食もそうだったが、ここまで来ると飯を誘っても付き合ってくれる人間は見当たらない。一人で忘年会をしても面白くないだろうし、第一今年は忘れるわけにいかない多くの出来事があった。それにしても昨年暮れの28日、妻の急逝以来風邪もひかなかった。毎年どこかで一度は耳鼻咽喉科のお世話になるが1年以上よくもったものだ。後2年無事であれば目出度く80歳、何とかその辺まではと思うのが我が抱負ではあるが、何も特別の策は無い、急に寒くなったから少し厚着をすることが良いかもだ。

昨夜は凄く寒かったが、帰宅すると郵便受けに妻が応援していた区会議員の挨拶が入っていた。この寒さの中、夜回りで投げ込んだらしい。気の毒に思って礼の電話をすると、塀にポスターを張らせてほしいらしい。妻の存命中は全て断っていたが、これも功徳だろうと思い引き受けることにした。彼は豊島区では珍しい無派閥だ。来年は統一地方選挙だから公明党や共産党が喧しくなるだろうが、それはその時のことにする。区会議員の選挙は義理を果たせばいいだろうが、東京都のこと、国のこと、世界平和のことなど気懸りなことは沢山ある。

いい大人が嘘をついたり、お金に不自由無さそうな人間が公金をやたらに無駄遣いする我が東京都に我が日本だ。世界が平和になるようにお伊勢さんに願掛けしてきたが、どうも聞き入られそうな感じがしない。来年もまた不満たらたらのブログになるだろう。

PS
現在2018年12月31日 18時

何もすることがないのでネット碁「パンダネット」の来し方を検証してみた

総対局数:8349  勝ち:4098  負け:4251勝率:0.49

勝敗数
4098 勝 4251 敗

レーティング対局数
8321 局
現在のポイン…

来年の予定

毎年この季節になるとテレビなんかもイレギュラー番組となり、観たい番組も放送されなかったりするので実に不便だ。代わりに登場するのが来るべき年の予測観測、そこそこの言論人や実業家が八卦見宜しく来年を占うが、当たろうが当たるまいが、視聴者にすれば「だからどうした?」で面白い筈もあるまい。切実なのは焦眉、当面の問題、雪国であれば今降り続いている雪の始末をどうしようか、或いは正月明け早々からの受験準備が間に合うかどうかである。

我が家にとって大変なのはゴミ出しの問題だ。今日で燃えるごみの収集が終わり、来年1月5日まで生ごみが出せない。女房が存命の昨年までも、正月は女房が宿下がりで独居していたが、女房不在でも台所に立つ習慣が無く、都内のホテル泊したりして食事の不自由は感じたことがなかった。ところが現在は毎朝生ごみの生産に励んでいるので、これからの1週間は昔に戻って3食完全外食にしたいが、最近は正月に休む飲食店も増えているので、その計画も立て直す必要もある。

先ほど今日と明日と元日の作戦は一応たてたが、31日と2日から4日までは未定だ。特に31日は難儀で、これから作戦を練る必要がある。ともあれ正月のホリデーシーズンを乗り切れば、後は野となれ山となれで、何とかなるだろう。個人的来年最大のイベントはヒマラヤ山麓のトレッキング。1月12日から打ち合わせで長野に1泊旅行。2月27日から3月10日までが本番で埋まった。翌週13日から3日間は志賀高原でスキー。帰ってくればそろそろ桜の便りが聞こえてこようと言うものだ。

月が変わって4日はもう満79歳、その先に入ってる予定は医者通いばかりで、胸が高鳴るようなことは何一つありゃしない。

昨日間に合わなかった27日のヤマレコは下記をご参照願います。
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-1686726.html

老化防止

昨日は久しぶりに高尾にハイキングに出かけた。早朝最寄りの駅に着いてから携帯電話を忘れてきたのに気が付き、取って返したので早々から2千歩ほど余計歩く羽目に。それでも高尾の登山口には9時前に到着、このところ気に入っている稲荷山コースからハイキングを開始。1時間20分で高尾山々頂に到着。御用納めの迫った平日だから流石に空いているし、何と言っても天気が最高、富士山がバッチリ威容を見せている。

朝早く来たのは陣馬山まで行くつもりだったので、余り休憩せずそのまま次の峰を目指す。脇を見ると「ここから裏高尾へ」の看板があり、景信山120分、陣馬山5時間と書いてある。そんなには掛からないだろうと思うが、当たらずとも遠からずだ。余りのんびりは出来そうにない。取り敢えず昼飯は影信山と決めて急がないまでもペースを落とさず歩き続けた。が結局、景信山到着は12時を少し回ってしまった。

30分ほどの休憩の後、陣馬山を目指し歩き始めたところ、1時間ほどしたころで突然両足が硬直して1歩も踏み出せなくなってしまった。よくあることだが、内股の大腿二頭筋がつってしまったのだろう。激しい痛みで足をどうしても持ちげることが出来ない。仕方がないので立ったまましばし休憩をして内股を中心にマッサージ施し、やっと少し動かせるようになる。歳のせいもあるだろうし、普段の心掛けも悪いのだろう。

今後は少し大腿二頭筋と四頭筋の鍛え方を勉強する必要がありそうだ。兎も角陣馬山で何とか辿り着いたが、ここからバス停までの降りがまた鬼門。高尾山から陣馬山での裏高尾の登山道は非常に整備が行き届き素晴らしいコースだが、ここの降りの4.7キロは最悪、急勾配で木の根が入り組みルートが定かでない。陣馬山頂を2:45に出発して陣馬山下バス停到着が3:50。バスは毎時25分発なので35分もある。発汗量が半端でないし、幸いバス停には人っ子一人いなかったので下着を迄脱いで着替えることが出来た。

4時25分のバスは15分も前に到着してすぐ車内に入れてもらえたのが嬉しい。客が一人だからだろう。池袋に着くと既に6時を回っている。昨年までは、山に行った日だけは夕飯にビールが出て、山で撮った写真をテレビに映しながらあれこれ話をしたものだ。それが出来ないのが寂しいが、昨日は独りでビアホールに入りビールを片手に亡き妻と乾杯をして語り合った。

今日は妻の命日、本当の…

積年のつけ

来年の世界が心配と書いたばかりだが、それより先に日本も相当ヤバくなりそうだ。国会の絶対過半数を背景にやりたい放題傍若無人の振る舞いを続けている安倍首相が新年に向けて総理が、昨日テレビの囲み取材に応じ短いコメントを発表した。毎度のことであるが「新しい日本を切り開くために緊張感をもって全力で当たりたい。」との趣旨だが何一つ具体的なものはない。これまでの6年間、数に頼った安定感が売りの政権だったが、政権の安定感が失われそうだ。

力の弱い人間が全力でと言うなら分かるが、最高の権力を持つ者が何で今更全力などと言わねばならないか、全く分かっていないお人だ。この1年だけを振り返っても何か成し遂げたことがあるのか?本人が一番分かっているだろうが、何も無い。昨年来いたずらに北朝鮮の脅威を煽ってきたが、トランプ大統領にはしごを外されさぞ悔しいだろうが、北朝鮮拉致被害者のことなど全く忘れたみたいだ。

慌てて北方領土問題に切り替えて汚名挽回を図るつもりで、プーチン大統領の癖球に飛び乗り、進捗している格好をつけたい様子が見え見えだ。しかし領土問題なんか一朝一夕でどうにかなる問題では無いことは衆目の一致するところ。とても正気の沙汰には見えない。憲法改正も創価学会の抵抗で公明党の説得も不可能。世界経済の雲行き悪化でアベノミクス3本の矢は何処を彷徨っているかさえはっきりしない。

公明党に気を使って消費増税絡みで要らぬ妥協をして、複雑怪奇な増税案を無理やり国会を通したものの本当に消費税アップを断行出来るのだろうか?自分の政治生命を賭けてやり通せば、有終の美と褒めてやりたいが、どうもまた延期なんて事にもなりかねない。このところテレビに映し出される顔色は全く病人のようだ。病人と言えば二階幹事長は生きているのだろうか?何れにせよ全て身から出た錆そのものと言うべきだ。天網恢恢疎にして漏らさずとはよく言ったものだ。

為政者の目線

一昨日の天皇誕生日、その前日に皇居で開かれた今上陛下最後の記者会見については多くの人が感想を述べたが、政治家特に与党にあっては誰一人感想を聞くことが出来ない。恐らく政権トップから意見を控えろとの指示が出ているのだろう。現代は有難いことに陛下が仰ったことが活字だけでなく、居ながらにして肉声がYouTubuで何回でも繰り返し確認できる。政権幹部は声涙ともに降ったこの会見を何と聞いたか知りたいものだ。

国家国民の象徴とは下々からすれば意味不明な存在であるが、平たく言えば常に国民一人一人と同じ立場に居続ける存在である責めを負わされた人とも言える。会見に接した非常に多くの人が大きな共感を覚えたことは疑いの余地がない。誰から見てもこれほど見事に己の責務を弁え、忠実に実行出来た人は古今東西そう多くはいないだろう。少なくともマスコミで感想を述べた人間で、内容の過不足を唱えた者は知らない。

しかしマスコミに登場せず、陰で内容が政治的に過ぎぬか、政権への不満が滲み出過ぎていると不満を唱えている連中がいることは容易に想像できる。そしてそういった輩に限って表に出ると、国粋主義者ぶって天皇制護持とか教育勅語とか言いたがるとしたものだ。「美しい日本を守り伝えるため、「誇りある国づくりを」を合言葉に、提言し行動します。」を標榜をしている日本会議なんて意味不明な組織のメンバーもこの会見のお言葉を拳拳服膺すべきだ。

少し話が変わるが、2歳年上で衆議院議長まで務めた伊吹文明氏がいる。彼は既に大長老で総理に遠慮する必要は無いだろうし、自民党員の中では比較的穏健、中庸かと思っていた。しかし彼もやはり官僚出身故だろう、物事を数字でしか見ることが出来ないかとがっかりしたことがある。先週日にちは失念したがBS・TBS「報道1930」にゲスト出演した時のこと。確か予算案に関連してのことであった。

局が準備した児童養護施設「子供の家」の取材に対し「私はこういう取り上げ方は賛成しかねる。」と異を唱えた。要するに国家はあらゆる層に目配りした福祉政策を立案しなければならないし、安全保障政策もまた福祉政策同様重要な課題である。従ってマスコミが子供の貧困に特化したアッピールをするのは良くないとの趣旨だ。正に旧大蔵官僚丸出しの意見。数字だけを見ての判断で人生を送ってきたことが分かった。一人の金持ちが1億円稼ぎ、残り99人千円…

読後感「恐怖の男」
ボブ・ウッド・ワード著 伏見威蕃訳

アメリカ大統領トランプ氏関連本は何種類か店頭を飾っているが、本書が発行されるまで購入を控えていた。著者は言うまでもなくニクソン大統領を辞任に追い込んだワシントンポスト紙の元記者、現在も編集主幹を務めている。他の本は何れもトランプ政権内部にいた人が書いていることを思うと、客観性に優れているのではと思ったからだ。

本書がアメリカで発売されたのは今年の9月11日、忽ちベストセラーとなり日本版が発行された時点の1か月後で130万部を売ったとされている。著者は前書きで本書がジャーナリストの基本ルールで作成されたことを強調して「本書は数百時間に及ぶインタビューと会議メモ、個人の日記、政府の文書、個人の書類をもとにしている。但しトランプ大統領は本書のためのインタビューを断った。」と付言している。

誰しも思っているだろうが、トランプ政権は非常に不安定だ。先週末もマティス国防長官の辞任が発表され、マティス氏自身が辞任の弁を発表、大統領が後任人事を決め、引継ぎがスムースに行われるため辞任は2月末にするとした。と思ったら今朝になると大統領がこれを否定、来月早々には辞めてもらう。そもそも彼を国防長官に任命したのが間違いだった。と怒りの会見である。一体アメリカの政権内部はどうなっているのだろうか?

日本のように一枚岩といかないまでも、少し酷すぎるのではと思わない方が不思議だろう。本書はそこのところを見事に説明してくれている。最大の理由はやはり大統領自身の性格にあろう。大統領は彼自身が立てた目標達成のためであれば、嘘をつくことに関して罪悪感を全く持ち合わせず平気で嘘を言う。意思決定に際して最大の判断基準が損得と銭勘定にある。人間関係においても国家間の同盟関係においても裏切りに関して気にすることがない。

何事においても論理的な合理性より最終的には力ずくでも勝つことに意味を見出す。従って軍隊・軍人は重用するが、その戦略的地政学的意味に関する理解は無きに等しい。読むほどに超大国の指導者に相応しくない性格が浮かび上がってきて恐ろしくなる。しかしどうして彼がヒラリー・クリントン女史を抑えて当選できたのだろうか?やはりあのスティーブ・バノンなる映画プロデューサーの戦略が当たってしまったようだ。

現在では彼も首になっているが、投票結果が出る前はトランプ氏自身半信半疑で、政権移行準備は全くしていなかったのも…

来年を期して待つ

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一昨日書いた通り個人的にも今年は何かと大変な年だった。昨日は冬至、1年で最も日が短い日で、普通であれば柚子湯にでも入って南瓜の煮物をつまみに
一杯やるかてな日だが、この日を以て大つごもりとしようと勝手に決めてお伊勢参りに行ってきた。神道の宗教上から言えば不浄の身での参拝は許されないとしたものだろうが、年末か年始の伊勢参りは個人的習慣なので斟酌しないことにした。

個人的習慣は何となくであるが、別に大きな理由がある。というのは妻の実家で今年93歳の義母が、毎年手土産に持参する赤福餅を大変心待ちにしてくれている現実がある。宗教上の禁忌よりは親孝行という現実問題を優先すべきと考えても罰は当たらないだろう。てなことで昨日は早起きして家を6時に出て夜8時半に帰宅。お陰で歩行距離は1万7千歩も稼ぐことが出来た。現地は昨日雨模様だったが、こんな暖かな伊勢参りは初めてと言えるほどの暖かさで大助かりだった。

今日も一陽来復とはならず首都圏は終日降ったり止んだりのぱっとしない天気だったが、横浜の義母の許に赤福餅を持参。勿論大変喜んでもらい、義弟(義母は一人住まいで近くに住む義弟が毎日面倒を見に通っている)と3人で来年を期そうと細やかな宴を設けてもらった。義母は膝が悪いので外出は出来ないが、料理にしても話す内容にしてもなかなかのものだ。一人住まいが逆にいいのかもしれないので大いに見習うべきだろう。

ともあれ剣菱の冷酒と普段自分では食べられないような寿司などをご馳走になってほろ酔い気分で夕方帰宅。ブログのアップもいつもより1時間遅くなったが、我が家の正月だったのでご寛恕願いたい。

顧みてこの1年

年の瀬ともなると世界中の人々がこの一年を総括し、新しい歳への抱負を述べるのが普通だ。昨年の暮れに妻に先立たれ、今年の春には弟まで冥土へ旅立つことになり、悲しみの一年でもあったが、独り身になった故の新しい発見もあった。来年は気を取り直し新たな峰を目指して歩み始める年にしたい。以上。そこで直近の発見について書きたい。昨日行われたプーチンロシア大統領の記者会見である。趣旨は今年の総括来年への抱負、新聞でも報道されてはいるが、大きく取り上げている新聞は少ない。

この行事は毎年恒例のようであるが、知ったのは今年が初めて。これも独居するようになって、毎朝NHKBS1のワールドニュースを2時間見る習慣になったお陰で世界の動きが大分わかるようになった。一昨日以来ロシアのテレビ局は前日の準備段階からこの会見を宣伝していた。世界中の記者約1700人が入る会場を用意し、昨年を例にとるとプーチン氏が一人で4時間演説と言っていた。

そんな長時間何を喋ると思いきや、今朝の映像を見て納得した。プーチン氏が一人で、と言うのはちょっと勘違いしそうだ。1700人のジャーナリストの質問に一人で対応すると言う意味である。彼の広報官は少し離れたところに座っていたが、口を挟んだ様子は確認できない。世界中から詰まったジャーナリストに勿論日本人もいたのだろうが、残念ながら質問出来た形跡はない。しかし会場の熱気は凄まじいものがあり、参加者が我を競ってプラカードを掲げ指名を待っている。

指名はプーチン氏がその場で決めていたようだが、記者からの質問が又極めて興味深い。4時間のイベント中確認できた映像は10分強だから押しなべて言えるかどうかは分からない。しかし記者からの質問はユニークなものが圧倒的で、我が国総理官邸の記者会見における予定された質問とは全く趣が異なるし、大統領の答えも軽妙洒脱で見習うべきと思うが、頭が空っぽの日本の政治家には無理だろう。

例えばアメリカのアフリカ系女性記者が「貴方は世界を支配したいと思っているのか?」と質問するとすかさず「もちろんだ。」と答えたうえで、アメリカの国防予算7000億ドルとロシアの予算460億円を引き合いに出したりしながら、トランプ政権の中距離核戦力(INF)廃棄条約を破棄が如何に世界平和を毀損するかを説得した。国名は分からなかったが、どこかの男性記者「貴方は再婚する気が無いの…

昭和館

昨日、冬晴れの好天に誘われ皇居近くを徘徊してきた。先ずは一ツ橋にある如水会館での昼飯。ここは一橋大学の校友会館であるが、レストランは一般公開されており、東京会館直営の美味い洋食が食べられる。ランチ定食(サラダバー、デザート付き)1080円は都内随一とも言える。未だ冬至には数日あるがサラダバーに置いてあったパンプキンサラダが特にに美味かった。往路だけでは運動不足なので、帰りは神田の古本屋街から九段下を抜け飯田橋まで歩くことにした。

途中九段下まで来ると娘が婚礼をした九段会館が見当たらない。天井崩落などがあったからだろう。大きな覆いが有って中はよく分からなかったが、取り壊しではなく、どうも改築しているようでもある。その横の交番の脇にあった「昭和館」のポスターに目が止まった。何回も通った道だから建物があるのは知っていたが一度も入ったことは無い。昨日はもともと国会図書館にでも行こうかと思いながら、休刊日なのでこんなところをぶらついている。よし一度はてなことで入ってみた。

東京が如何に広いとは言え平日こんな場所に来る暇人はいるのかね?と思いながらではあったが、やはり東京は大都市である。収集された資料をパソコンで見ることが出来るブースは70%ほど埋まっていた。厚労省援護局所管ではどうせ大したことあるまいと、半分冷やかし気分でブースに入り、少し検索をしてみた。ところがどっこい、アメリカ公文書館やら一般人からも大分提供があったことが窺える資料が豊富である。入館無料なので5分か10分のつもりだったが、昭和20年代に制作された映像「日本の悲劇」を見始めたら途中で止められくなってしまった。

終戦直後の共産党系のニュース配給会社制作のようだ。先の戦争の反省を込めて作られているが、身につまされたのが次の2点。「戦争の原因の一つは、海外に市場を求めた日本の産業資本市場拡大、外国製品との競争ぬ勝つため生産性の向上を生産工程の合理化より安い労働力に求めた。そして軍部と結託した資本家は戦争で大儲けをした。」「敗戦が迫った時フィリピンからの撤退に当たって参謀本部が現地司令部に下令した命令文書。そこにはマニラの街を焼き尽くせ、そして住民には、食料はおろか水も与える必要なし。焼き尽くす一画に封じ込めてもろとも焼いてしまえ。と書かれている。」

如何に歴史に学ばないか、1世紀近く経っても未だに安い労働力に頼…

少しは役立ちたい

安倍晋三氏に政権を託したのは国民の総意である。いくら反対票を入れたと嘆き、その傍若無人振りに悲憤慷慨しても所詮は負け犬の遠吠えに過ぎぬことは分かっている。従って1兆円もの大金を投じて戦闘機を購入したり、5年以上も先に稼働できるかどうかのイージスアショアなるミサイル迎撃ミサイルの陸上基地設置を決めたこと、或いは航空母艦を2隻も建造すること等々に絡む、政権の軍国化路線について、言いたいことは山のようにあるが敢えて開陳せずにきた。

同様に沖縄県の辺野古への基地移転についても、よそ者でもあるし何か書いても屁のツッパリにもならぬだろうとの思いで書かずに来ている。しかしここに書くことはひょっとすると何かの役に立つのではと思って書かせてもらう。以下は元外務官僚・天木直人氏のメルマガからの引用である。

12月17日付<辺野古阻止の起死回生策はこれだ!>
きょう12月17日の東京新聞が一面トップで書いた。

辺野古阻止をトランプ大統領に嘆願する署名運動が始まったと。
その要旨はこうだ。
米政府に嘆願する権利は合衆国憲法修正第一条で認められている。
署名開始時期から30日以内に10万筆集めればホワイトハウスは対
応策を検討し、60日以内に回答しなければならないのだ。
この制度は、世界中の人が米政府に直接働きかける仕組みとして導入
され、13歳以上なら居住地や国籍に関係なく署名できるとされている。
これはすごい。
日本人も署名に参加できるのだ。
米国憲法上認められた権利を行使すべく、沖縄出身の米国人(ハワイ
在住)が署名活動を12月8日に始めてくれたというのだ。
いますぐ辺野古反対の日本人は署名に参加すべきだ。
10万どころか何百万、何千万の署名が集まるかもしれない。

12月18日付<署名は10万人を超えました>

わたしもすぐにしました。しかし、もっともっと大きくしなければいけないし、そうなるでしょう。
署名に参加することは簡単です。
以下をクリックして、名前とメールアドレスを書き込むだけです。
そしてすぐに確認のメールが来ますのでそれを確認して終わります。
https://petitions.whitehouse.gov/petition/stop-landfill-henoko-oura-bay-until-referendum-can-be-held-okinawa

頁を開いたら右肩…

来年度予算案

現役時代を思い出すと最近の霞が関官僚もいい気なものだ。昔は次年度予算案決定は大晦日、まかり間違うと翌年持越しなんて年もあった。これも一種のお祭りのようだったかもしれぬが、それでも関係者は予算案決定までは役所に詰めなくてはならなかった。家族にすればお父さんは国のために働いている、又は働かされているとの思いもあったろう。それが、概算要求期限が8月に制度が変わって以降、徐々に姿が変わって遂に冬至前に予算が上がってしまう。

これが本来の姿であったのかもしれぬが、だとすれば予算の執行も早めなければいけない。理想を言えば4月からだろう。そのためには年末からであろうと国会の審議を繰り上げなくてはいけない。自分が知る限りにおいて、昔は予算案が上がると次の国会で予算が成立するまでの約半年間は霞が関のお役人はほぼバケーション状態。予算関連の団体やら地方に視察を繰りかえして遊びまわって良いとされていた。

特に指定職とされる幹部職員は国会終了後異動になる可能性が高いので翌年のことを考えても意味が無いのだ。思うに国会議員が半年も休むのだから、お役人も休ませてもらうてな理屈になっているのだろう。普通のサラリーマンや企業家には盆暮れほんの一時期短気休暇はあるだろうが、通常は月-金か月-土の繰り返しが当たり前だ。地方自治体では、それでも国民と毎日の対応があるが都道府県以上の官庁は基本的に中央と同じだろう。

予算が決まらなければ何も動けない筈。誰も不思議に思わないのが逆に不思議だが、12か月を前提に組まれた予算の執行を9か月間で消化することに無理があり、3月の駆け込み工事が杜撰になるのは当たり前だろう。通年国会の開催を主張する声もたまに聴くことがあるが、誰も真剣に耳を傾けない。議事堂に議員会館と議員宿舎、総理官邸とコケ脅かしの如く見かけだけは江戸城に以上にご大層だが、こんなもの国民の生活にとってクソの役にも立たない。

無駄遣いの極みであるのは勿論だが、中にいる人間にも問題が大ありで怠けものだらけと言える。

人材不足

日本の総理大臣の周辺に群がるいわゆる政府高官(3役)の面々について、何を考えているのかちょっと理解しかねる。政府の主たる官庁のトップはごく稀に例外はあるが、少なくとも選挙で国民から選ばれた国会議員で形成されている。その信任は総理に一任されているので、選ばれた人物が適任であるか否かは検証の仕様がない。結果は既に多くの人が知る通りだ。

任命された人物も何らかの欲得ずくだから、総理に対しては一生懸命ゴマをする。本音では安倍氏を尊敬していない者もいるだろうが、折角ありついた政府高官の椅子を蹴ってまで総理に楯突いた人間はいなかったように思うし、今後も出てこないだろう。

そこで思うのが、このところ報道を賑わしているアメリカ政府高官人事である。年内に相当な入れ替えがあると報じられているが、日本同様アメリカも大分人材不足のようだ。トランプ氏が就任したのが昨年の1月だから、もうそろそろ2年になろうと言うのに閣内が非常に不安定である。中でも伝えられている大統領首席補佐官のジョン・ケリー氏の退任は政権にとって大きなダメージなるに違いない。

首にするのかケリー氏が見限ったのかは明確ではないが、安倍政権に譬えれば菅官房長官が辞めるようなものだろう。流石に後任が見つからなかったにと見えて、後任は「首席補佐官代行」の肩書で取り敢えず凌ぐようである。ここに充てられたのが行政管理予算局のミック・マルバニー局長なる人物であるが、日本で言えば財務省佐川元理財局長程度ではと見たら眼鏡違いかな?兎も角ニュースが流れた途端、彼がテレビのインタビューでトランプ氏をケチョンケチョンにやっつけている映像が放送されている。

僅か1年ほど前のことらしい。マルバニー氏も今は考えが違ったと言い、トランプ氏も昔のことと受け流しているが日本では考えられない構図である。アメリカに限らず諸外国では、組織のトップに与えられる権限と責任そして報酬が明確になっているのが普通のようだ。従って報道だけでも分かり易いところが好きである。比較するに日本の場合、政府高官の権限と責任が奈辺にあるか分かっている人はいるのだろうか?

年末の雑踏

好奇心が強いので新しい物や珍しいものはすぐ欲しくなるが、すぐに飽きる悪い癖がある。飽きると周りに置いておくのが嫌になって、今度はすぐに処分してしまう。物に限らず知恵でもお金でも溜めることが苦手なのかもしれぬ。物でもなんでも使い方も下手だから性格的にはあまり褒められたものではない。冬になってくると家の中もさっぱりしすぎるから風通しばかりよすぎて、実に寒々としているが、それでも空間の多い方が好い。

確かにさっぱりしすぎると、季節が進むにつれあれが無いこれが無い、と困るものやことが次々と起きてくるが、それはそれで仕方ないとして百円ショップに買い物に出掛けたりしている今日この頃である。世間一般では近年まれに見るボーナスが支給されたようで、街には買い物客が溢れんばかりだ。これは結構なことだと感じているが、分からないのが宝くじ売り場の行列。

先日の同窓会の折、いつも遅刻なんかしない友人が開会間際に汗を拭きながらやってきた。聞くと、有楽町の売り場で宝くじ購入を頼まれ30分以上並ばないと買えなかったそうだ。皆さんボーナスが入ったことを愛でながら洒落のつもりでお買いになるのだろうが、根がケチのせいか紙くず同然のものに譬え千円と言えど払う気にはならない。否、夢を求めていると言う人もいるだろうが、寒空に30分以上並んで何がしかのお宝を手にしたら夢が叶うのか?想像もしなかった大金が急に手に入ったらどうするのだろう?

他人事だと思って余計なことを書いてしまった。兎も角、町は年末気分が充満しているが、自分にはどうもしっくりこない。当たり前だが妻の命日が目前だから仕方ない。飽きっぽい性格ながら、女房だけはただ一人49年間。良く持ったものだと自分で感心しているのだから世話はない。

泉岳寺

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愈々極月半ばの15日、高知沖のアメリカ空軍の訓練ではないが、本所吉良邸外に夜半轟く山鹿流の陣太鼓、東門と西門から一斉に押し入ったるは表に大石内蔵助を筆頭に大高源五など、裏は堀部安兵衛、不破数右衛門など総勢47名旧浅野家の浪士の面々、迎え撃ったるはこれまた腕に覚えの小林平八郎、清水一学をはじめとする上杉家中のお侍さん約40名だ、チャンチャンバラバラ血沸き肉躍る大チャンバラの始まりだ。

子供の頃は宮本武蔵、荒木又右衛門、忠臣蔵が最も好きな三題話だったが、その史跡である吉良邸も泉岳寺も行ったことがない。今日は朝から天気が良いので運動がてら泉岳寺に行くことにした。吉良邸は最近両国方面に頻繁に行くので何時でも行けるだろうと後回しにする。アクセスを調べると地下鉄だと門前まで行ってしまうので、敢えて山手線の三田駅から歩いてみた。三田駅は大学時代3年も乗り降りした駅だが、駅の様子も周辺の状況もすっかり変わっていたが、懐かしさは感じることが出来た。

ところで泉岳寺に墓がある忠臣蔵四十七士であるが、義士祭は昨日だったそうだが今日も天気が良いので人出は結構あった。今考えれば、食い扶持を貰っていた会社を潰され、再就職を果たせず浪人を余儀なくされた者たちが、倒産の原因となった一人の年寄りを逆恨みして徒党を組み、深夜その自宅に押し入り首をはねて殺したのだから穏やかでない。現代っ子がどう考えるか分からないが、我々はそれ(仇討)を美談として刷り込まれて育った。江戸時代には庶民に対しては、大岡越前さまのように個人的な裁量になるがお上によるお裁きがあり、罰も様々であったようだ。

しかし武士に対してはそれが無かったらしい。否、無かったと言うと語弊がある。武士に対する罰は種類が非常に少ない。上司の命令で閉門とか蟄居は聞いたことがあるが、武士の間違いは基本的に自分で断罪して死もって贖うとされていたようだ。間違いを犯すことがない人生なんか常識では考えられないから、とんでもない職業とも言える。本堂にお参りの後、四十七士の墓の一画に行って一束100円の線香を買ってそれぞれの墓に線香をあげてきた。墓の横に木札があり誰の墓か分かるようになっている。

一番若いのが大石主税の享年16歳で年寄りは83歳の人がいた。これらの人がチャンバラに加わったとは思えないが、切腹したことだけははっきりしている。我が国は不思議な国か普…

今頃どうして

こちらが知らないだけで多分昔からあったことだろうが、地球上には生まれた国を捨てたくなるほど悲惨な国が沢山あるようだ。そう考えると日本はマシな方だろう。ところで、歳のせいだろうが今年はやけに訃報と喪中案内の葉書が多い。長い人生の中で、ある日突然外国に行くと告げられそのまま消息が分からなくなった友人が二人いる。一人は高校時代の1年先輩、卒業式の前日その先輩が後輩を前に宣言した「俺は大学にも行かず就職もしない。卒業したらすぐブラジルに行く。」

先輩にどんな動機や伝手があったかは今記憶にないが、昭和33年のことだから、日本がこれから高度成長になることは誰も想像しなかったのだろう。逆に言えば、それだけ選択肢が多かったのかもしれぬ。びっくりはしたが、当時は北朝鮮にしろソ連にしろ隣の芝生が青く見えた時代でもあったのだろう。翌年の34年3月卒業の我々の代になると、卒業生の半分程度が大学進学を目指すようになった。

もう一人はそれから大分経って就職して後のこと、恐らく昭和47又は48年くらいの頃だ。会社の9期後輩が突然辞めたいと言い出した。直属の部下で慰留する責任があったので大分話をしたが、どうしてもイギリスに行きたいとのこと、確か友人が向こうに居ると聞いた気がする。この頃高度成長の真っ只中、毎年給料が15%は上昇していたように記憶する。彼はそれにも満足せず更なる高みを目指したと理解している。

二人ともそ後の音信は途絶えたままだが、会社の後輩の方はイギリスで結婚をして旅行会社か何かを立ち上げ立派にやっていると風の噂に聞いた。彼の同期生が今年亡くなったと奥さんからの喪中はがきが届いたので思い出した。高校の先輩は存命なら来年もう80歳の筈、どうしているだろうかと突然思い出した。人間は社会的動物だから、一人で暮らしていくことは本当に難しい筈で、それを克服しうる強い意志の持ち主もたまにはいるだろうが、一人で外国に渡るなんてことはおよそ想像を絶している。

ここに紹介した先輩や後輩はきっと誰とでも友達になりやすい性格だったのだろう。何れにせよ多くの友がいたが、今となると消息不明やら忘却の彼方に沈んでしまった友がなんと多いことよだ。

果たして来年は

未だ冬至には日にちがあるようだが、今月は陽射しが少なくて日中の短い日が多い。今日も晴れの予想だったが、大外れで小雨が降ったりして実に陰鬱な日になってしまった。先日清水寺の坊さんが書いた今年の漢字は「災」。縁起でもないがその通りだから仕方あるまい。かと言って来年何か明るい兆しがあるだろうか?日本が再び災いに見舞われることがないとしても、罷り間違えれば世界が災いの渦に巻き込まれないような気がする。

米中関係、米ロ関係、欧州の混乱、中東の混乱どれをとっても一歩間違えれば戦争になりかねない。大国同士は流石に戦争になれば一巻の終わりが分かっているだろう。しかしアメリカの軍産複合体は戦争が無いと困るようで、しきりに代理戦争の火をつけて回っている。とばっちりは日本にもやってきている。無駄な兵器を買わされ、アメリカの新兵さん宜しくアメリカの鬼軍曹に人殺しの訓練を授けられている。もはやこの現状は止めようがないところまで来ているが、当事者である自衛隊員はどう思っているのだろう?

「何れは自分も最新鋭の戦闘機を乗りこなし、真っ暗闇の中で空中給油を受けることが出来るようになりたい。」なんて思っているのだろうか?若い人の就職環境が良くて、就職先には不自由が無いようだから、敢えて自衛隊を志望する人数は減っているのだはないだろうか。政治家は無責任だから、防衛予算が膨らみ続けているのは高い兵器を買うためであって、隊員の手当てその他に回る余裕はないみたいだ。

我が家の向かいに住み、娘が家庭教師をした息子さんは自衛隊に入隊して、看護師の資格を取得して除隊した。今は2児の父として看護師をしながら平和に暮らしている。これが多分大正解だろう。

映画のようには?

外交と戦争は紙一重の筈、だから外交に関するニュースは余りに少ないうえに記事がどこまで本当か分からない。悪意をもって言えば、マスコミ諸氏は殆どが政府発表からしか記事を起草し得ないのかもしれぬ。日本の新聞にはまだ載っていないが、韓国の中央日報の記事に興味が惹かれた「北朝鮮が金正恩委員長の異母兄・金正男氏暗殺事件にベトナム国民を関与させたことについて謝罪したと11日、ベトナム外交筋が明らかにした。」そうだ。

ベトナムと聞くと何となくひ弱なイメージだったが、この交渉経緯の詳細を読むと中々どうして強かなものだ。ある意味でトルコの対サウディ以上かもしれぬ。今や世界中の国が諜報機関の中に007のような組織を持つのが当たり前のようだ。丁度1か月前に読後感に挙げた「自衛隊の闇組織」を読むと日本でさえ非公然ながら自衛隊の中で組織化されているようである。但し、自衛隊の中では国家的な謀殺は実行し得ない。官邸直轄でないようなので未だ半人前(故に却って無責任でヤバいかも)と言ったところだろう。

トルコにおけるカショギー氏の暗殺事件やマレーシアでの金正男氏暗殺事件を例にとるまでもなく第3国での国家による殺人行為は、幾ら金と暇ではないが入念な計画や相当な資源を投入しても容易でないことが分かる。サウディアラビアの実行部隊が、カショギー氏の遺体を本当に強い酸で溶かして下水にでも流したとすればトルコは手こずるだろうが、それでもトルコは相当サウディを追い込んでいるようだ。

今日のこの報道に興味が惹かれたのは理由がある。偶々昨日国会図書館で、1960年文藝春秋1月号に掲載された松本清張氏の力作「日本の黒い霧―下山事件の謎」を読んだばかりだからである。著者松本氏は相当言葉を選んで書いているが、内心これは占領軍の組織的謀殺と信じていたようだ。

ここに3件の事例を挙げたが、松本氏の推論を借りると(全て警視庁をはじめとする日本の警察関係の検証結果がベースになっている)これだけ大仕掛けな事件は関わる人間の数が膨大となり、それぞれ横の連絡がないので全体像を知っている人間はごく限られる。そしてそのグループ内に必ず当事国人(下山事件では日本人、トルコではトルコ人、マレーシアではマレーシア人)が存在する。

外国での完全犯罪は難しい。反逆者は本国で法に基づいて処刑すべきだろう。

憧れが灰色に

子供の頃から先進国と言えば西洋、ヨーロッパの国々が日本のお手本であったと承知していた。自分も一度は行ってみたいと憧れを持っていたがその夢は果たせず遂に今日に至った。半世紀以上になるが、その間に西洋事情は欧米事情となり今や欧州以前に米国が来て、アメリカの方が文明先進国と錯覚している人の方が多いだろう。これは言うまでもないだろうがメディアの問題が大きく関わっている。新聞からラジオそして映画がやってきてテレビの情報がそれを遥かに凌駕して現在に至っている。これが今ネット情報に代わる訳だが、とどうなるかが分からない。

小学校に上がって文字が読めるようになった頃、我が家には子供向けの本は1冊もなかったが、友人の家に行くと戦前発行された講談社の絵本が置いてある家が多かった。それで触発されたせいもあろうが、外国のお話はアンデルセンにせよイソップにせよヨーロッパ発の物語かアラビアンナイトのように今風に言えば中東のお話。アメリカ発はトムソーヤの冒険くらいだったと思う。子供だからドイツもイタリアもフランスもスイスもポーランドもどこにあるか、どのくらいの大きさかなんか想像がつくはずがない。ひょっとしたらアメリカもそのうちの一つ思っていたかもしれない。

いい加減な知識の事など関係無いが、その憧れのヨーロッパが今とんでもない混乱状態に陥っているようだ。20数か国が欧州連合として纏まった時は流石文明先進国と感心したし憧れも一層強まった。今やその連合もある意味では崩壊しかかっているのではなかろうか?所謂EU(欧州連合)から幾つかの国が分離するだけならまだしも、イギリスのように分離ししたくても分離できるのかどうか、仮にできても一つの国として纏まっていけるのかさえ分からないようだ。

もちろん遠い国々のことでもあり、知見も乏しいので正確な事情は知りようもないが、イタリアにせよスペインにせよフランスもドイツも文明先進国で民主主義のお手本のように思っていた国がとんでもない混乱状態にあるように見える。これで欧州連合が空中分解でもしたらどうなるのだろう?国と国の戦争にはならないだろうが、それぞれの国内がどう鎮まっていくのか、他国のことながら憧れがあった国々だけに心配でもある。

高校同窓会

昨日昼過ぎから銀座のホテルで高校の同窓会があり、夕方には立食パーティーがあってワインなど少し頂いたりして帰宅したが、夜大分冷え込んだようで3時近くに目が覚めたら寒くて寝付かれなかった。已む無く電気毛布を引っ張り出して敷いたら、今度は寝心地が良すぎたのだろうすっかり寝坊をしてしまった。そして今日であるが、ここに出席したら出席しなかった人のために報告書を書かなくてはならない。その報告書を書いていたらもう4:30、ブログを書く時間がないので報告書の一部を抜粋してブログに代える。

我々の1期下でNHKの報道部員だった人の講演から:、当時韓国のソウル駐在だった氏がロスの支局長拝命は1981年だったらしい。特命としてロスオリンピック放映権交渉が課せられた。オリンピック組織委員会長サマランチ氏の下でロスの組織委員長に就任したのがピーター・ユベロス氏、未だ若干40そこそこの若者(旅行会社か何かをしていたらしい)、彼との折衝を通して見たアメリカビジネス社会の感想である。

当時オリンピックは何処でもお荷物で、前回のカナダのモントリオールでは地元もかなりの赤字を背負った経緯がある。日本の放送権料は約5千万円だったそうだが、日本でも余りハッピーではなかったのではと推察。当時はレーガン政権下で金利が今と異なり20%近かったと言う時代だから一概に言えぬだろうが、ユベロス氏の合理的精神と相まってオリンピックが商業的に成り立ってしまう大きな一歩が記された。これに直接コミットした話だけに非常に多く考えさせられることがあった。

氏がユベロス氏を最初に訪問した時驚いたのが組織員会が設置された場所や姿。みすぼらしいなんてものではなかったようだ。ところが、放送権料として吹っ掛けられた金額は225億円モントリオールの50倍近い金額。ユベロス氏は、アメリカのABCが450億円で決まったので人口が約半分の日本はその半分出せ、との理屈。一放送記者の花岡氏も参ったろうが、それでも90億円まで値切ることが出来たそうだ。

兎も角ロス五輪はスタジアムや宿泊施設などほとんど新設せず、全て既存の借り物で済ませ、商業的大成功を収めたこと。そしてユベロス氏はその手腕を買われてアメリカ大リーグのコミッショナーに収まったこと等々。スポーツ界にアスリートでない人間が乗り込んで商業化することの是非はあろうが、日本のように訳も分からない政…

ニイタカヤマノボレヒトフタマルハチ

今日は12月8日、毎年大東亜戦争開戦について書いていると思うので昨年と一昨年のブログ同日付を読み直してみた。今日でも同じことであるが、先の大戦を評価することはとてもできない。ただ単にその戦争のただなかに生まれ、戦後の70数年を無為に過ごしてきたとの感想だけである。両親や記憶に残る他の先祖たち、そしてその同世代の人たちが望んだ生活や日本を私は実現しただろうか?子や孫たちにどんな人生を送ってもらいたいと願っているのだろうか?

しばし考えるに、自分は先祖が望んだであろう平和で安逸な人生を送ることが出来たと思う。しかしこれは自分の努力は少なく、それこそ戦陣に散った方々を含む先祖のお陰そのものと考えるべきだろう。言い換えれば先祖が残してくれた財産を食いつぶしてきたような罪悪感を感じなくもない。子孫に残すべきことはなにか、父が良く口にした「児孫のために美田を買わず」に甘えてはいないか?反省しきりであるが、両親が望んだことはそんな小さなことよりもっと先を見据えたことだったような気がする。

父は故郷を離れて長野市内に自分を先祖とする「代々の墓」を態々建てたくらいである。従って美田より子々孫々平和裏に長続きすることを願ったに違いない。とすると男子に恵まれず家名を引き継ぐ子がいない小生は忸怩たる思いである。それでも苗字は違うが子供が二人いて子孫は残すことが出来たので、勝手に一応及第としておこう。問題は彼らが我が世代同様、安閑と人生を過ごすことが出来るや否やである。孫の世代は現政権を圧倒的に支持しているようであるが、理由はその安定感にあるとのことらしい。

若年層が安定感を買っているとは驚きだが、この原因は我々の世代にあるのではないか。父母の世代が無言のうち我々に託した本当の課題は「我が国が偽りの独立に惑わされず真の独立をする」ことにあったように思う。小生は典型だと思うが偽りの独立の心地良さにどっぷりと嵌りこんで長い時間を過ごしてしまった。その付けが今の若者たちの考えに反映されているのだろう。嘗ての敵国に服従し何も彼もが偽りで覆われてしまっている現在の日本だ。

のほほんと過ごした人生を顧みて、この蟻地獄から這い出すための努力を全くしなかったことが慙愧に堪えない。

恐ろしい世の中

生きていくために知るべきこと、知る必要があることは何か?そんなに多くは無い筈とも思うが、例えば曜日毎のゴミ出しの種類とか大勢の人が知っていることで自分が知らないと困ることは結構ある。この1年で学んだことは多かった。一方、稼ぎに繋がる仕事から全く離れてしまったので失った社会的知識の量も相当なものだろう。先月末にスマホを購入したので、ここ数日スマホに関する知識を少し吸収すべく努力をしているが、若干無駄の抵抗のように感じてしまうほど難しい。

と思っていたら、タイミングよくと言っては語弊があるが昨日おかしな事件が立て続けに起きた。一つはソフトバンクのスマホが長時間通信不能となったこと。今朝の報道によると同じ事がイギリスなどを含め世界11か国で同時発生したらしい。二つ目はファーウェイのCFO(似たような略語が多くて困ったものだが組織のトップかそれに近い地位だと思う)がアメリカの要請でカナダで逮捕されたこと。両者ともその意味するところが未だに十分理解できずにいるが、これがこれから数年生きていくために理解すべきことかどうかもよく分からない。

スマホはドコモショップで購入したファーウェイの製品だったが、普段使っていないので直接の被害は無かった。しかし、何故ソフトバンクの製品にだけに被害が及んだのか、納得できる説明は未だに聞けない。言われているのは電波を中継する基地にあるのがスウェーデンのエリクソン社製の機械で、ここのソフトウェアに不具合が生じた、とのことだけである。手前勝手に理解すると、ソフトバンクの中継基地に置かれている機械のメンテナンスはエリクソン社がリモートで行っていることになる。

読者の皆さんがパソコンをお使いであれば経験されていると思いますが、頼みもしないのにマイクロソフト社が勝手にパソコンに入り込んでソフトの更新をしていますね。そこで二つ目の事件について納得ができた気がします。トランプ大統領が中国の一私企業を目の敵にして虐めるのか不思議でしたが、考えてみれば、どんな通信回線を利用しようともファーウェイ製品の端末情報をファーウェイ本社が掴むことはそんなに難しいことではなさそうです。

しかし、似たような会社はアメリカにもたくさんある訳ですから、中国に限って「盗み」と見做すことが妥当かどうか分かりません。盗まれるのが嫌であればトランプ氏が言うように使わないようにするしかない…

閉じ籠りの1日

先ずお詫びと訂正をさせて頂きます。一昨日アメリカ元大統領ブッシュ氏の葬儀について「国葬に近いようだ」と書いてしまいましたが、国葬そのものでした。

昨日の本葬には各国の首脳が大勢参列していましたが、日本からは福田康夫元総理が参列と報じられています(姿は確認できません)。総理や副総理はしょっちゅうふらふら外国訪問をしていますが、最重要同盟国の国葬に欠席だそうです。日本人の他人への接し方を「おもてなし」とか言ってアッピールしても、肝心な時に居なくても誰も気にしない、即ち相手側にすれば勘定に入らないのだろう。間が抜けていると思うのは少数派と言うことか。

季節外れの暖かさが続いていたが、朝から雨模様でやっと少し年末らしくなってきた、4時を過ぎたらもう点灯しなければどうにもならない。冷たい雨は昼過ぎには上がったが、太陽は出ず気温は下がったままだ。徘徊する気もしない日だったので昼食を早々に済ませて帰宅。歩行数が1万歩に届かないがたまにはいいだろう。久しぶりに部屋の中やパソコンの中身を整理して、後は日曜日長野に行くとき用に買いながら全然読めずにおいてあった本「日本史の新常識」文藝春秋編を読んで過ごした。

面白いことは面白かったが、何分にも項目が多すぎ読後感を書くほどのことは無い、否、出来ないと言った方が正確かもしれぬ。新書版1冊に序章の通史は別にして第1章<古代>から第5章<幕末、明治>があって各章に5項以上設けられて全部執筆者が異なる。若い執筆者が多いが、自分の歴史知識が浅いことを実感できた。

領土問題

暇人には様々な時間の過ごし方があると思うが、小生は毎朝ネットで日経・朝日と日本唯一のクオリティーペーパー日刊ゲンダイのネット版で見出しをチェックすることにしている。今朝目に止まったのがその日刊ゲンダイに書かれていた3日の衆議院沖縄・北方特別委員会の記事『河野外相で交渉大丈夫か? プーチンの切り札に“答弁不能”』である。勿論大丈夫なわけがないのは先刻承知だが、暇に任せて問題の委員会を直接視聴してみた。

元外相の前原誠司氏の質問場面であるが、ここで大変勉強になったことがある。先日安倍首相とプーチン大統領の間で「北方領土問題については1956年の日ソ共同宣言の原則に戻って交渉を加速しよう」なる報道があり、今回アルゼンチンでその日本側責任者に河野外相、ロシア側はラブロフ外相と言う形での合意がなされたと承知している。これで2島返還でも決まれば結構なことだろうが、容易であるまいとの解説も多いので、意味が分からず釈然としなかった。

しかし、今回両氏やり取りを聞いて大分意味が分かったような気がする。今まで思っていたのはプーチン氏やラブロフ氏がやわな日本人からするとタフネゴシエイターだからな厄介なんだろう、てな小学生程度の理解だった。それもあるだろうが平和条約交渉とは本質的に重要且つ重い課題があるようで、日本側にそれを捌くだけの準備があるかどうかが根本問題のようだ。これを読者の皆さんにも知って頂きたく、僭越ながら以下に簡単に紹介させていただく。

先ず平和条約交渉の基本原則には次の3条件がある。「1.戦争状態の終結2.賠償問題の解決3.領土問題の解決」とのこと。そして日ソ共同宣言に於いて1.と2.については既に解決済みらしい。従って残るは北方領土に関する問題の解決と言うことになるが、この問題最大のポイントが「国境線の画定」とのこと。これは単に問題となっている島のどこに線を引くかだけだなく、条約に記載されなくても互いの国境を認め合うことが重要となるので簡単には済まぬだろうと言うわけである。

即ち、尖閣や竹島を日本領土と認めさせ得るか、逆にクリミヤや東ウクライナをロシア領土と認めるか、と言った第3国(主に中国、韓国やアメリカ)を巻き込む複雑なネゴが必要のようだ。当然ながら前原氏から国会で突っ込まれた河野氏は何一つ答えられずに冒頭にあげた日刊ゲンダイの見出しになってしまった訳である。

政党色と個人的意見

人は誰にでも個人的見解があり、似たような考えを持つ人間が集まって政党を結成する。即ち個人的考えを社会に反映させるための力を得るためである。徒党を組んで社会的力を得ることは趣味に合わないが当然の行為で、そのことについては誰からも批判されることは無い。しかし政党を構成する人間同士の考え方が完全に一致することはあり得ないだろう。従って日本のように議会における党議拘束なんてことが当たり前になっている国は少ない筈だ。

でもそれは仕方がないとして、アメリカの元大統領ジョージ・ブッシュ氏のお葬式に関する報道を観ていて感じるのが、彼の国における政党と個人の関係のありようである。ブッシュ氏は現役時代バリバリの共和党員レーガン大統領の副大統領を8年も務めたそうである。ところが、その後で大統領に就任するも1期4年で民主党のクリントン氏に敗れて1期しか務められなかった。後に息子のブッシュ氏が同じ共和党から大統領に就任したりしたが、一昨年の大統領選挙では民主党のヒラリークリントン氏を応援したとのこと。

息子のブッシュ氏がどちらを応援したか聞き漏らしたが、同じ政党人でもトランプ氏の政策は支持できなかったようだ。しかし当然ながら弔辞を読まないと報じられているトランプ現大統領も元大統領の死に対し敬意をもって様々な形で対応している。確かに民主党の元大統領クリントン氏やオバマ氏の方が夫人同伴でおより深い哀悼を捧げているようだ。国葬ではなかったようだが、報道を観る限り国を挙げそれに近い丁重な葬儀だったのではなかろうか。

先日は仙谷由人氏のお別れ会があった。一昨日妻の1周忌法要を終えたばかりなので余計感じるところがあるのだろうが、日本の政党人の葬式のありようを思うとどこか空々しい。沢山人を集めればいいと言うわけでもないだろうし、政治家の弔辞なんて聞いていると、どれも秘書が作文したようなものばかりだ。死して尚、党議拘束されているようで可哀そうに感じる次第である。

あわや!だった

昨日の長野はとても冬とは思えないような暖かでしかも快晴。昼前から菩提寺の昌禅寺で家内の一周忌と両親の年忌(23と13)法要を合わせて執り行って頂き、集まって頂いた親戚一同とお寺のご住職とで市内のホテルでお斎の宴会。終わったのが3時近くだった。それからまた2次会の様なもので古い友人と会い、夕食をご馳走になって帰宅したのが夜の9時。7時に長野を出て9時には帰宅しているのだから便利と言えば便利になったものだ。

荷降ろし症候群と言う言葉を聞くが、昨日のイベントは手違いも少しあったが概ね良好に推移したと自負している。そのせいか2度の食事でも大して飲んだわけでもないのに流石に少し疲労感或いは脱力感があって、今朝は朝食の後にお茶を飲むつもりでやかんをガス台に乗せたままつい他のことに手を出したら、娘から慰労の電話などがあってそれを忘れてしまった。8:45に出かける予定をしていたのだが朝から居眠りをしたらしい。気が付くともう9時前、大変だと思って家のなかを一回りすると台所でやかんから猛烈な蒸気が出ている。

我に返って慌てて栓を止めたがお湯が殆ど無い状態で殆ど空焚き状態。独居老人事故の典型になるところだった。今後ますます可能性が高まるだろうから、気を付けなければいけないと反省しきりな1日である。

不心得者

今日は約半年ぶりの前立腺がんの経過観察日、大病の後は5年生存率が言われるが3年半近くになる。血液と尿検査の結果は大きな問題は無いとのこと。特にヤバそうな自覚は無かったものの、お医者さんから言われると健康のお墨付きをもらったようでホッとした気分にもなる。しかし血液検査の項目を子細に見ていくと半年前と比較して数値が悪化しているところが散見される。やはり食事管理の専門家が居なくなったせいだと思うが、こればかりは何とも仕方がない。

その専門家が居なくなったのは昨年末の28日だが、明日早めの1周忌法要をすることにした。何処の家庭でも年末は何かと忙しいだろうから、本当の近親者だけに声を掛けて長野の寺迄来てもらうことにした。寺は長野市の北でやや山寄りになっている。父が出身地、上田市の寺に話を付けて自分で菩提寺と決めた寺である。ところがその父が亡くなったのが25年前の11月25日、葬式が丁度明日と同じ12月2日と決まった。しかし当日大雪になり菩提寺で行えず、急遽市内の平らな場所の寺を借りて執り行ったものだ。

明日はその父の25回忌も併せてしようと寺には頼んである。ところがある友人にその話をしたら「お前、仏事に25回忌なんて無い筈だぞ。」と笑われてしまった。成程ネットで調べると23回忌と27回忌は一般的らしいが、25回忌なんてのは何処にも出てこない。しかも明日は仏滅でお日柄も悪いとされる日だ。そもそも母親の1周忌法要だからとイニシアチブを取っているのは長女でもあり、祖父のことを思い出してくれただけでも有難いし、寺でもそんな話聞いたことがないとは言わなかった。

どうせ前から不心得の無信心、何かにつけ型破りを辞さず、変わり者と自覚しているので勝手にさせてもらうが、別に罰当たりなことではないだろう。幸い明日の天気は暖冬の影響か長野も晴天となりそうだ。