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5月, 2013の投稿を表示しています

五月晴れ

5月も最終日、五月晴れの気持ちがいい1日になった。部屋に閉じ籠っているのがもったいないような天気なので、池袋まで歩いたが昼飯にはまだ早い。
地下鉄に乗って態々銀座まで行ってカレーライスを食べた。980円と少し高いが、これがめっぽう美味い。ビーフカレーだが肉がよく煮込まれて柔らかく、塊がスプーンで軽く切れる。

カレーソースは見た目に黒っぽいが辛さはマイルド、ご飯の上にレーズンとココナッツ繊維の唐揚げらしきものが少し乗っている。他には定番の福神漬けとラッキョウの酢漬け。別皿でトマトの角切りサラダとデザートにブルーベリーシャーベットが来て、お茶を頼むと湯呑に温かいジャスミンティーを淹れてくれる。如何にも洒落た都会の味である。

ステーキ専門店のランチメニューだが注文する人はあまり多くない。主体はステーキランチととハンバーグランチである。こちらも美味いのだが、昼飯に千円以上支出するのが悔しいのでカレーを食べることが多い。因みにカレーはランチのみで、夜は出していない。店は下記である。
http://steakann.jp/access/tokyo/ginza.html

このホームページにも出ていないが、ここで表示されているステーキの料金は輸入牛である。和牛を注文すると料金が約倍になる。

まっすぐ事務所に戻る気がしなかったので、帰りに何年かぶりで碁会所に寄った。事務所でネット碁はしていたが、本格的な碁盤を前にして散々な成績だった。少し勉強し直そうかな。

ささやかな心配

東京も昨日梅雨入り、例年に比べると10日以上早い。今日も終日梅雨模様だった。これで梅雨明けが早まるならいいが、昨年並みに7月20日過ぎても梅雨が明けないとすると2ヵ月もの梅雨になる。梅雨明けまでは何となく山行きの計画なんかは立てにくい。自然現象だから誰かに文句をつけるわけにもいかずだ、無駄遣いをしないで済むことを多として当分はおとなしくするか。

話が替わるが、今日も朝からテレビが盛んに言っている。この夏のサラリーマンのボーナスが増えそうなのでお中元商品も例年になく高級品が売れ筋になりそうとのこと。会社を閉鎖してお中元の手配から解放されたこともあるが、思わず我が耳を疑ってしまった。先日「給料が数千円上がったからと言って、500円の弁当をいきなり700円800円にできる訳ないだう。」てな会話を聞いたばかりで、至極もっともと感じたばかりのせいもある。

どうもテレビの報道はいけない。何と言ってもインパクトが強いので、無批判に言っていることを受け止めてしまう傾向がある。テレビ番組を制作する立場にいたこともあるので、テレビの恣意性については普通の人以上に理解しているつもりでいる小生であってもである。殆どの視聴者はその気になってしまうことだろう。でもそれが内需を喚起するのだろうから、目くじらを立ててはいけないかもしれない。

アベノミクスを信じてへそくりで買った株の含み益が増え、早速海外旅行を計画した爺さんや婆さん連中も今週の値下がりを見て少しがっかりしていることだろう。実は小生も東武鉄道株を千株持っているので同じ心境である。いろいろ批判の多い政策であるのは知っているが、7月21日に設定された参議院選までは株価を上昇させるべく策を講ずるものと思っていた。国際金融の専門家で英語が流暢、海外の金融関係者、市場関係者と通訳無しの意思疎通ができるとマスコミが折り紙を付けた日銀総裁もいることだし、当然策は講ずる努力はしているだろう。

しかし素人目からすると、安倍総理や黒田日銀総裁が思うように市場とやらは動いていないのではないか。大量飲酒がご趣味の同志社大学教授浜矩子先生は次のように仰っている。

『私は市場と「対話」することの危険性を常々訴えてきました。グローバル化、複雑化した市場をコントロールすることは、絶対に不可能です。市場をコントロールしようとすればするほど、市場に振り回され、身動きが…

学校登山

一昨日、大阪の小学生が滋賀県の山への学校登山で遭難とのニュース。学校登山で何故との疑問は勿論だが、何とか無事で救出されてほしいと願っていた。昨日無事保護と知って先ずホッとした思いだ。平地であろうと山道であろうと団体行動の場合、先頭と殿に保護者又はリーダー格の人が位置するのが基本中の基本であろう。ましてや学校登山である、山頂での点呼で初めて行方不明が分かるとはご粗末すぎる。

20名ほどの集団の最後尾にいた生徒らしいが、普段から先生の言うことを聞かないやんちゃな子だったのかもしれない。近道をしてやろうとのいたずら心から道に迷ってしまったようだ。気持ちは分からぬでもない、自分も多分にそんな子供だった。己と比較して考えると、今回遭難した児童の行動には感心することが多い。先ず遭難から発見までほぼ丸1日もあるが、遭難してからの判断と行動が小学6年生にしては立派すぎる。

己の取りがちな行動と比較して、いろいろ考えさせられた。小生も山で道に迷ったことが何回かある。今でも強烈に覚えているのは高校2年の夏に志賀高原の横手山から下山途中に尾根を1本間違えて、道を見失ったときのことだ。どんなに声を張り上げたところで、それは尾根や谷にあっというまに吸収され、直ぐにしじまが身を包む。風が吹いて笹が動けば、その音さえこちらを嘲笑っているように聞こえる。

未だ陽は高いのだが、猛烈な恐怖感が押し寄せてきた。今考えると道を外れて僅か10分かそこらのことだったのだろう。その時は暫く登り返して見覚えのある向かいの山(笠岳)が見えたので何とか正しい道に戻ることができた。この間精々30分程度で1時間は掛かっていなかった筈だ。恥ずかしいが完全なパニック状態になっていたのは間違いない。一人自然に浸りたいなんて思っていても、実際はこんな体たらくである。

今回遭難した小学生の最初の動機は褒められないが、遭難後の落ち着きぶりは敬服してしまう。特に滝を見た時、何時頃になっていたか知らぬが、そこで腹ごしらえをして一晩明かす決心が出来たことだ。夜が明けてまた登り返す決心も偉い。これがなかなか出来そうで出来ない。一昨日の日記にも書いたが、先週末の山行きでまた道に迷う失敗を犯した。迷ったら引き返すが山の鉄則であることを知りながら、これに反した行動をとった。小学6年生にも劣る行為である。

遠足と運動会が大嫌いだった婆さんに言わせ…

政権内部の空気如何?

先週木曜日の夜から一昨日の日曜日まで山に行っていたので、下界の喧騒を離れることが出来た。その間に下界の空気または娑婆の様子が大分変ってきている。最大の原因は、アベノミクスとか黒田バズーカ砲と称せられた政権のデフレ脱却法の化けの皮が剥がれ始めていることにあるようだ。アベノミクスが正しいか、異論を唱える方が正しいかの判断はつきかねるし、本当に政権の意図せざる方向に潮目が変わるかどうかも分からない。政府は平静を装う努力をしているように見えるので、本当は慌てているのかもしれない。

先日読んだ原発事故の民間事故調関連の本に「エリートパニック」なる言葉が紹介されていたので興味を持った。意味は「真実が恐ろしい内容を含むとき、それを伝えると国民がパニックを起こすのではないかと、そのインパクトに怯えてエリート層がその情報を隠す。」だそうだ。政府高官がエリートとも思えないが、菅官房長官の会見の様子など見るにつけ、この人も閻魔様の前に出た日には相当痛い目を見るだろうと思っている。

他にもパニクっているに違いないが、なんとか騒ぎを最低に押さえているように見えるのが東海村の加速器実験施設「J―PARC」の放射能漏れ事故である。原発関連でないとは言っても、ことは放射能漏れだ。まして組織が複雑なので理解しにくいが、この実験施設を運営しているのは悪名高い高速増殖炉「もんじゅ」を運営する日本原子力研究開発機構なるところらしい。総理大臣に言わせれば「世界で最も安全な原子力発電技術を有する日本」の原子力を研究する国家プロジェクトの総本山なのではないか。

文科省の政務官あたりが記者会見で体制の見直しとか言って済む問題では全く無い筈だ。中近東やアジア諸国に、先ほどのような枕詞を並べてトップセールスが聞いて呆れる。官房長官が口を開けば嘘を言わねばならぬから、出来るだけ触らぬようにしているのだろう。官邸記者クラブ辺りはそれで誤魔化せるかも知らぬ。しかし小生ですら、日本の原発を世界的標準で見ると安全基準や技術水準がいかに低レベルであるかを知ったぐらいだ。専門家の間では常識のようだから、そのうちにジャーナリストも勉強して突っ込みだすだろう。

世界を相手にしようというなら、常識は世界標準に合わせないといけないのは当たり前。大阪市長さんの「日本の常識がアメリカで通用しないとは知りませんでした」と同じことではないか。喋…

絶景に気分爽快

イメージ
山歩きを始めたのが2004年の9月、大分前から母に勧められていた黒四ダムまで生まれて初めて行ったのが始まり。アルプスを目の当たりにしてむらむらとその気になり、何時かこの山々を自分の足で歩いてみようという気になった。帰京してその翌月の10月に、これまたサラリーマン時代に同僚に勧められた記憶のある奥多摩の御岳山に行った。この年は未だゴルフもしていたし、ハイキング道具は何一つ持っていない。スニーカーにゴルフジャンパー姿の写真が残っている。

これで寝ていた子が起きた。2005年になると先ずトレッキングシューズを買った。同年には奥多摩中心だが6回山歩きをしているので、多分雨具も揃えたと思う。今山に行く度に思うのだが、如何にも古臭く安っぽい。ストックとグローブもこの年が初代かも知れない。道具を揃え始めたのは、いつか必ず上高地に行ってみようと思ったからである。上高地が北アルプスの登山口と言うことは子供のころから知っている。兎に角そこにいくまでに少し山歩きの経験を積まなければとの思いがあり、2006年も3月から7月まで毎月奥多摩を歩き、8月には志賀高原の岩菅山に登って少し自信がついてきた。

そして9月、憧れの上高地に初めて訪れた。安曇村村営の上高地アルペンホテルのスキーヤーズベッドで1泊して、初日に岳沢(丁度小屋が流された翌年で小屋が無かった)、翌日は横尾大橋まで歩いてみた。目の前の穂高連峰を見て、生きているうちに登って、山頂からの景色を是非見たいとの気持ちが強く湧いたのだろう。何故かは知らないが、ただ何となくだ。思ったことは一つ「穂高の山頂に立つには自分の足でないと立てない筈だ。それには健康第一にすることが何よりも大切だろう。」

三浦雄一郎氏の夢とは少し違うと思うが、出来るかどうか分からないが、少しだけ努力をしてみる気になって、以来冬場を除いてほとんど毎月1度は山歩きをして、自分なりの訓練をしてきた。努力の成果が出たのが3年後の2009年の9月、奥穂高の山頂に立つことが出来た。この3年の間にも月1ペースの山歩きは続けていたので、もうかなりの山を歩いたことになる。年齢も既に69歳になっている。

この辺で止めればいいものを、人間調子に乗ると困ったものだ。あれから又4年経ってしまった。なんだかんだと言いながら、昨年秋の終わりまでに穂高も涸沢岳を除いて北、奥、、前、西といわゆる4兄弟…

QOL(クオリティ・オブ・ライフ)

昨日は早朝と言っても8時ちょい過ぎに近くの日大病院に行ってみた。掛かりつけの泌尿器科の先生が「PSA値が異常に高い(15)。どうしてももう一度生検を受けるべきだ。」と仰るので素直に同意したからである。泌尿器科の科長さん宛ての紹介状を懐に、半ば覚悟はしていったが、それにしても世の中にこれほど病人がいるとは驚きだ。初診窓口受け付け開始8時半で、シングルの順番であったが、泌尿器科の窓口に廻ったのが9時ちょっと過ぎだったろうか、既に受付番号が63番になっていた。

診察前の検査から診察を経て、生検の日にちを特定してもらい、それからまた数種類の検査と入院確認をして病院を出たのら12時半だった。今日の費用は2,700円強、生検は2泊の検査になるようだが、入院は一番安い8人部屋で2万円強のようだ。現在1割負担だからこれで済むが、3割負担の時代であればこの3倍だから少し考えてしまっただろう。何れにしても唯一の財産、自分の身体のことだから文句言う筋合いは全くない。身体の調子がおかしくなっても医者に掛かれない人間が地球上にごまんといる世の中で、これだけ丁寧にチェックしてもらえる日本は有難い国であると改めて実感した。

ドクターによると、小生の前立腺は直径50ミリだったかな、普通の人の2倍近く膨らんでいるとのこと。楽観的に考えるとPSA値の上昇は癌に起因せずこのためと言うこともあるらしい。ま、どちらに転んでも塩梅が良くないことに変わりはない。来月は梅雨に入るし、病院でゆっくりするのもいいかもしれぬ。それにしても今週は天気が良さそうだ。先週末婆さんがたまたまスーパーにあったからと言って、山歩きに持参する一口羊羹を買って来てくれた。そう言えば今月は未だ山に行けていない。

一昨日婆さんと相談して今日から北アルプス蝶ヶ岳に行くことにした。昨日は病院通いの他にもう1件約束があって殆ど何も準備が出来なかった。これから準備をして夕方には松本に入る。先ほども荷造りしながら話していたのだが、年を取れば体に支障が出るのはやむを得ないだろうが、代わりにこんなにゆっくりと好きなことが出来るのだから本当に贅沢なシニアライフと自覚すべきだろう。そんなこんなでブログも最低4日は休むので今のうちに今日の分を挙げた次第である。

読後感「日本は再生エネルギー大国になりうるか」北澤宏一著

昨日のブログでも少し書いたが、一見難しそうだが興味深い事柄を極めて易しく、分かりやすく書いてくれている。著者は科学振興機構理事長を務めた超電導が専門の科学者で、福島原発事故独立検証委員会の委員長を務めた。いわゆる事故調は他に政府と国会が別にあるが、著者は事故直後から科学者としての責任を感じ、事故についての見解を求められるたびに、事故の原因究明と今後の対策について深く究明して、それを内外に広く公開すべきとの信念を固めたようだ。

結果的にいろいろ協力する人がいたのだろう。事故が起きた一昨年9月に純民間事故調が立ち上がった。団体のトップは元朝日新聞主筆、委員長の他に5人の委員がいる。経営学の専門家、元外務省の大使で国際原子力機関(IAEA)理事会議長を歴任、元検事総長、金融工学専門の東大教授、地球環境産業技研の理事で原子力工学専門家、その下に30人程のワーキンググループが付いたらしい。それにしても全く任意の調査機関だから、東電や政府関係からのヒアリングには苦労をしたことだろう。

しかし300人を超すヒヤリングの結果を受け、昨年2月末にはプレスセンターで内外の記者を集めて報告会が行われた。その後に書かれたのが本書であるから、ある意味では民間事故調の要約版と受け止めてもいいのではないか。この民間事故調の調査報告書は読んでいないが、政府と国会事故調も同様の読みやすい冊子を出してもらいたいものだ。

構成としては5章に分かれている、前半の2章は今度の事故で明らかになった日本の原発の弱点が幾つか述べられている。調査委員たちでさえ初めて知った事があるのだが、すでに事故から2年以上経った現在でも初めて知る事が多い。著者が科学者故だと思うが、科学者、技術者の責任と言う章もある。しかし東電や政府の責任に関しては厳しく追及する部分がある一方、メディアに厳しく追及された菅総理の言動については「本当はそうだったのか」と考え直すような事が書かれていた。

真ん中の第3章は委員会が提示した今後の取るべき道について解説している。結果的に政府でも大分参考にしたようだが、6つのシナリオが提示されている。後半の2章が本のタイトルになっている再生可能エネルギーの将来である。はっきり書いてあるが、日本はこの分野で相当立ち遅れている。しかしここから急速にそちらの開発投資がなされるべきであるし、技術面から見ても、経済…

喉元過ぎて 言いたくないが詐欺ではないか

昔から関東平野の川筋で獲れる天然鰻が有名で、埼玉県には鰻料理の老舗が多い。昔は態々川越や浦和あたりの店まで食べに行ったこともあったが、久しく行ってない。実は、数日前の新聞報道にごく小さな記事があったので思い出してしまったのだ。3月末に近畿大学の山崎秀夫教授(環境解析学)が都内在住の釣り人の協力で、江戸川で釣った鰻を調べたところ基準値を超えるセシュウムが検出されたので、水産庁に報告した。

ところが水産庁は東京都と千葉県に知らせたと言い、両都県は5月16日までに調査に乗り出していない。「漁業でなく流通しないので調査しなかった」と説明している。 喉元を過ぎているのか知らぬが、典型的なお役所仕事だ。事故直後には首都圏でも柏あたりの線量が高いと大分話題にもなり、神経質になったお母さんも沢山いた筈である。今では、首都圏在住の市民大半は、福島産の食品への警戒は怠らないまでも、足元の食品にまで危険が及んでいるとは想像しない方が普通と思う。

釣り人が陽気に誘われ利根川や荒川水系に繰り出して、釣った魚を料理する醍醐味を味わいたくなるのも無理はない。原発事故から早くも2年2か月以上の歳月が過ぎている。しかし現在でも事故は全く収束していないし、原因も分からず、核燃料がどこにあるかさえ分かっていない。当初チェルノブイリ事故で拡散された放射線量に比べると福島は半分以下と盛んに言われたが、現在でも同じことが言えるのだろうか?少なくとも現在でも大気中、或いは地中や海水中に放射線が垂れ流され続けていることだけは間違いあるまい。

たまたま弟の同級生に北澤宏一さんと言う方がいる。民間事故調の委員長を務められた科学者である。弟がこの方の本を送ってくれた。まだ半分しか読んでいないので読後感は改めて書く。この方は科学者だけに嘘のつけない方だと思う。著書の中で次のように述べている。以下引用

<科学者の中にも「現地で不安の中に生活する人たちを少しでも安心させてあげたい」とする気持ちから、何とか論理を組み立てようと努力している人たちがいます。その気持ちは分かりますが、それは科学者の立場ではありません。逆に「よく分からないから危ない」というような論理もおかしいと思います。科学者たちが提示すべきは、飽く迄「価値観を含まない冷徹な数値と、多数の研究の科学的評価付の分布」だけです。

そこから先は「社会的価値観」と言うメガ…

特段のことも無く

暫く晴天が続いていたが、梅雨を思わせるような細かい霧雨が終日降り続いた。読書にもってこいの日なのにチマチマした用事が重なって読書もできなかった。雨の中先週末に行ったばかりの泌尿器科まで行って、近くの日大板橋病院で生検を受けるために紹介状を書いてもらった。池袋まで歩いて行ったが、帰りに歩くのは面倒になり地下鉄に乗ってしまった。少し運動不足の感もあるが、たまには1万歩に届かない日があるのも善しとしよう。

いつも思うのだが、乗客の殆どが手元の携帯を見ているか、目を閉じてイヤホンで何かを聴いている。何でそんなに忙しいのだろう?腰を痛めてから少し運動を控えめにしている。土日の水泳も少し泳ぐ時間を短く(30分→20分)したら却って調子がいいみたいだ。食事もたらふく食べては良くないとされるが、運動もそうかもしれない。と勝手に理屈をつけている。お陰で腰もだいぶ楽になってきた。こんな天気なのに山歩きが恋しくなってきた。こんなときパソコンは便利だ、昨年歩いた山の写真を見て一人で楽しんでしまった。

矛盾だらけ

長い連休が終わったと思ったら明日からはもう5月も下旬、6月ともなれば梅雨も始まるだろうが年金の支給月、光陰の速さに嬉しく思うこともある。新年度に入っているのに予算も決まらず、政治のもたつき振りにうんざりしていたが、今月は何故か知らぬが俄かに騒がしくなった。始まりは川口順子議員の参議院環境委員長解任劇かな。ここで先ず国益が大々的に喧伝された。党幹部挙げて国益を口走る時を同じくして、人民日報が琉球は元々中国の属国と書いたのも笑えてくる。

政治家の好きな言葉だが、冷静に考えると国家の利益と国民の利益は少しどころか大いに意味が異なるみたいだ。今月の流行りものに憲法改正論議もあった。自民党改正案では公と私の問題が重視され、国家があるから国民がいるので、国民は公序良俗を守る義務を負っていると規定しているらしい。公序良俗の中には親孝行なんてことまで書き込んでいて下さっているようだ。両親が亡くなり親の立場だけになっているので「助かったわねぇ。」と婆さんにからかわれる始末だ。

子供がいない上に嫁が飲み屋をしている総理大臣も珍しいが、うちゅくしい国日本建設のために教育だ道徳だ言えば言う程、聞いてるこちらがが白けてくる。連休中はお定まりの内閣挙げての外遊。経済活性化のため休日返上でトップセールスとのことだ。総理副総理経産大臣が三者揃い踏みで、中東からスリランカ、インドそして東南アジア諸国へと売り込み先は多岐にわたった。目玉商品が世界一安全な原発技術であったとはお釈迦様もびっくりだろう。

舌の根も乾かぬ先週15日、お膝下日本の原子力規制委員会は重大な2件の方向を示している。一つは高速増殖炉(使用済み核燃料からプルトニュームを抽出、半永久的燃料として利用可能にすることを目指す)「もんじゅ」に事実上の運転停止命令を決定。これで過去何十年かで何兆円かの税金をつぎ込んだエネルギー政策を転換せざるを得まいと言われている。もう一つが同日であるが、敦賀原子力発電所の直下が「活断層」と断定、これでこの原発は廃炉にせざるを得なくなる。

そもそも地震学者の唱える説など信用しない点では電力会社と同じ立場かも知らぬが、原発の立地そのものには真っ向から反対したい。ロシアから或いはアメリカから安い燃料がどんどん入るなら、それを大いに利用するが善いだろう。日本やトルコのような地震国で、原発を立地していい場所なんか初め…

最先端医療の話を聞いた

昨日の昼はブログ友達が誘ってくれたので、池袋の天ぷら屋で一杯、夕方は銀座のホテルで高校の同窓会があったので、またここで一杯と連ちゃんで飲んでしまった。珍しいが、爽やかなお天気でもあったし心地よい酔い心地でもある。昼間も夕方も馬鹿な政治家のことが酒の肴になったのは言うまでもないが、取り敢えず置くことにしよう。

同窓会ではいつも宴会の前に同窓生による講演が行われる。昨日は13回ほど後輩にあたる群馬大学のお医者さんのお話。これが非常に興味深かった。理由の一つはたまたま一昨日、泌尿器科の定期検診で腫瘍マーカーPSAの値が15を超しているので、どうしても生体検査を受けなさいと言われたことがある。一度受けて結果がマイナスであったこともあり、その苦しさに二度と生検は受けたくないと言い張ってきたが説得に負け、受けることを了承したばかりだった。

講演の先生は群馬大学医学系研究科腫瘍放射線学分野教授、重粒子線医学研究センター長。演題は「がんの重粒子線治療の現状と展望」放射線治療は聞いた事があったが、重粒子線治療は初耳である。基本的には放射線を照射するのだが、重い元素を利用し、且つ高速で照射することによって、患部以外への影響を極力ゼロに近づける夢の治療方法のようだ。患部を立体的に特定する技術はすでに確立されているので、放射線照射も三次元で計算設計して細いノイズから患部だけをクロスファイヤーで撃滅する精度の高い手法が開発されているらしい。

前立腺には最適の技術らしいが、現段階では保険適用外で治療費が300万円ほどになるらしい。友人の話では前立腺癌なんてのは尤も扱いやすい癌だから、保険適用医療で十分だから心配するなと変な励ましにあってしまった。自分とのことはさて置き、この装置はまだ開発途上で、日本全国に4か所しか設置されていないらしい。巨大で高価であるのは仕方ないだろうが、日本が世界的に見て最も進んでいるようでもある。とは言っても、全国で簡単にこの治療を受けられるのはおそらく早くても10年くらい先ではないか?


開発に携わっているのは日立、東芝、三菱と言った原発プラントメーカーと重なる。こんなものこそ政府が先頭になって海外に売り込めばいいと思うが、そんなに気合は入っていないみたいだ。理由は様々だろうが、ここにも原子力部落と同じ医療部落独特の手かせ足かせがありそうな風情ではある。確かに医療機器…

読後感「憲法9条の軍事戦略」松竹伸幸著

安倍政権になって、歴史に逆行するような言動が多くみられるが、憲法改正問題もその一つである。自民党の改正案には問題点てんこ盛りの感があるが、とりわけ9条問題の持つ意味は大きい。自衛隊は外国に行けば軍隊とみなされるから軍隊とすべきだとか、とても容認しかねる意見が飛び交っている。個人的には、世界に類のない組織であればこそ、外国に胸を張って「皆さんも真似をしたらいかがですか?」何故言えないのだろうと思っていた。

たまたまこの本のことをネット上のブログで知ったので読んでみた。1か月ほど前に出版されたばかりで、200頁足らずの読み物である。憲法9条についての議論は、護憲派にしても改憲派にしても、国の安全保障を如何に確保するかとの視点が欠落しているのではないか、が著者の主張となっている。
日本が先の大戦以来外国からの侵略を受けず、外国に攻め入ることもなく、戦争せずに現在に至ることが出来たのは、この9条を守り通したからに他ならない。

このことは大方の日本人が認めるところでもあろう。しかし実際にはイラクに自衛隊を派遣したり、インド洋に自衛艦を派遣して、かなりきわどい真似をしている事実もある。尖閣周辺に対する中国の行動については、改憲論筆頭の安倍総理は「今そこにある危機」と絶叫し、国の独立を確保するのが「国防軍」てな理屈で、軍の設立を何とか説得しようとしている。一方の護憲派は9条が軍事力の対極に位置する概念で、故に我が国が平和でいられるみたいな、些かピント外れの思いを持つ人が多い。

双方共に9条と軍事力は相容れない意味で共通しているし、国民全体の常識かもしれない。著者はバリバリの共産党員らしいが、それが間違いだと先ず指摘する。軍事戦略無しに国の安全もへったくれも有ろう筈がない。ここまでは素直に同意出来た。だから9条を以て日本の安全を確保する軍事戦略を検討しなければいけない。ここからが難しいところで、一般的に日米安保に依るアメリカの庇護(核抑止力)で日本の安全が確保されてきたことは認めつつも、米ソ冷戦構造が終結した現在、必ずしもこれに頼らず国連なんかで上手く外交を展開することで、小武装の軍事力で安全確保の道ありと言いたいようである。

前提となっているのは、戦争を起こすのは全部大国である。言われてみればその通りかもしれない。過去において先人(政治家・官僚を含め)はその戦争に巻き込まれない…

広告宣伝

昨日の就職事情について感想の続きで、少し自分のことを書き加える。我々の時代でも、大学4年生ともなると、気の早い連中は就職を心配しだした。夏休み郷里に帰ると、既に就職先が決まっている友人が多いのに少し驚いた記憶がある。父も心配してくれて、何社か縁故で会社を紹介してくれたが、申し訳ないことに不肖の子ゆえ何れも不採用になってしまった。流石に2学期には、少し自分でも何かしなければと思うようにはなった。

学内就職部に張り出されている求人票を見ると、文学部の求人なんて殆ど無い。当然のことながら学部の友人は就職未定者が多い。一人の友人が『求職が無くても直接会社に行って「試験を受けさせてくれ」と頼めばチャンスがあるかもしれないから一緒に行こう。』と誘ってくれた。ついて行ったのが銀座にある「電通」であった。結局断られたのだが、そもそも何をしている会社か知らなかったので、友人に聞くと「宣伝会社で日本でも有数の会社」なんだそうだ。

それまで就職や会社と言えば「何か物を作る」か「物を売る」の2種類しか思い浮かばなかったので、宣伝会社の業態がピンとこなかった。宣伝で先ず思い浮かぶのは、看板と新聞や雑誌に掲載されている広告である。そういったものの絵を描く人が沢山集まっている会社、程度のイメージだった。ところが人生は可笑しなもので、結局冬休み前に、大学就職部の推薦で「株式会社○○宣伝」への入社が決まった。東京赤坂にある会社で、30人くらいの規模らしいが、トップが大学の先輩で後輩の紹介を依頼してきているとのこと。

給料は当時求人票の最高額が東洋レーヨンの2万円2千円/月に対して、1万7千5百円/月だったかと記憶するが、もちろん御の字である。何にも知らない学生がいきなり給料を貰えるのだから。当時は、入社してから何年経っても給料が上がらないなんて事態は想像さえしない。従って入社後3か月目で、試用期間(この間は月給1万5千円)が終了して、約束通り1万7千5百円の給料袋を手にした時の感激は忘れられない。暮れにはボーナスももらったはずだが、もうその頃のことは記憶にない。

ともあれ、就職をして初めて知るのが仕事の内容。宣伝と社名にあるが、正確には広告代理業というやつで、強いて言えば媒体、この会社の場合は親企業にあたる出版社が発行する雑誌の広告スペースを売り歩くこと。宣伝とはものを売るための策だから、製造業(…

就職事情今昔

最近憶えた新語に「ブラック企業」がある。具体的にすぐ名前が出てくるのが成長企業の「ユニクロ」である。新規採用された正社員が入社後3年以内に50%以上が離職、何でも、20歳代の社員が半年で店長となって目標達成からアルバイト管理まで過酷な労働を強いられ、休職者の42%がうつ病などの精神疾患と報じられている。俄かに信じがたいが「火の無いところに何とやら」だし、国会で取り上げられるくらいだから似たような企業が沢山あるらしい。

会社が儲かるのは社員が良く働くからに違いなかろうが、それにしても荒っぽいものだ。こんな噂が立っても就職希望者が押し寄せるとしたら、余程給料がいいのだろう。それにしても、こうまでしないと競争に勝って生き延びることが出来ない企業側も大変、と同情もしたくなる。小生がサラリーマン生活からリタイアする頃、既に定年延長に伴う役職停止で、給料は下がるは、部下だった人間の下に就くは、がサラリーマンの悲哀として語り始められていた。

それでも一つ会社で40年と一寸勤め上げ、細やかな退職金を貰い、亡くなるまで貰える年金と併せて、生かさず殺さず程度の生涯を全うする。日本の勤労者約6千万人のうち半数近い人がこのパターンだったのではないだろうか。こう言うと余りハッピーに聞こえないかもしれない。しかし小生もこの範疇の一人だが、これはこれで結構ハッピーなのだ。昔就職したての新人は、碌な仕事はさせてもらえず、先輩の下働きみたいを長いこと勤めさせられる。

しかし日本の会社は和を以て尊しだから、訳のわからない会議、食事会、出張が多く、先輩がいると帰り難いことは事実だろうが、その代り、帰りには先輩が飲み屋に連れて行ってくれる。本当に仕事をしている時間が少ないのが日本企業の特徴と世界から認められていた。体験をベースに言えば、本当に仕事をしたのは精々35歳からの10年一寸しかないように思う。後は仕事と称する神輿の棒に触っていただけ。

どこの会社を見ても似たような状態に見えたが、それでも日本の経済は順調だったと思うのは錯覚だろうか?殆どの企業が10年近い歳月をかけて新人を育て、後でゆっくり会社に貢献してもらう。それがいつの間にか企業側に許されなくなって、企業側は全ての社員が即戦力、結果は全て費用対効果で評価、給料はそれに応じるので年齢は関係ありません。これが日本経済再生のために不可欠の方法です。…

路線変更の混乱

アメリカ議会調査局の報告書で、安倍総理と内閣のキャラがアジアの安定を揺るがしかねない不安材料と指摘されたことが、米国で明らかになったのは今月1日のこと。日本のネット上では直ぐに話題になったので、6日の昼に友人と飲んだときに、政権がどう対処するか興味深いね、と話し合っていた。連休明けの国会では、むしろ川口順子氏の参議院環境委員長解任決議の方が大きく取り上げられ、直ぐには話題にならなかった。

しかし連休が明けると総理のもの言いが急におとなしくなった。次の参議院選の争点とすると力んでいた憲法96条改定を、まだ議論が成熟していないと言いだしたのを見て、やはり親分筋からチクリと言われただけで、強気がこうも簡単に引っ込んでしまうか、と些かがっかりしていた。マスコミもこの時期(8日の夕方)になって報道し始めた。ひょっとしたら、官邸が記事を抑えるよう依頼していたかもしれない。もしそうだとすれば、これまた情けない話である。

菅官房長官も連休が明けて記者会見の席上、政府は村山談話を否定したこと、今後取り消すようなことはしない、と掌を返したようなことを言いだした。一昨日の日曜日には石破幹事長もテレビで「総理も明らかに軌道修正をし始めているし、単に反論すれば済むといいう性格ではない。調査局の権威が有る無しに関わらず、海外でこのような指摘を受けた以上、説明責任はこちら側にある。」と言っていた。

何とも意気地のない話だなと思いつつも、歴史を少し勉強し直して無用の摩擦を避けるのは当然だろうと、少しほっとした思いもある。ところが、昨日月曜の朝刊によると未だ様子が少しおかしい。高市政調会長が、村山談話で過去の植民地支配と侵略を謝罪したことに疑問を呈したとの記事が出ている。新聞記事の発表を1週間近く抑えていた割にはご粗末な話である。今日の夕刊には、高市氏が菅官房長官に謝るとの記事が出るのだろう。

閣外とは言え自民党政調会長は党3役の一角、幹部である。官房長官にすれば「そこまで手が回らない、しっかり報道をウォッチしてくれよ。」と言いたいのかもしれない。おまけに今朝の新聞では、何を思ったか橋下大阪市長までが、この歴史認識にちょっかいを出して余計な事を喋っている。贔屓の引き倒しを絵にかいたような話で、官房長官にして見ればいい迷惑だろう。

この2週間の新聞やテレビを見ていて思うのは、政府と官僚の発表に全面的…

我が家のアベノミクス効果

円安が進み株価が上昇すれば日本の経済が活性化して皆さん幸せになれるようだが、何故か我が家には恩恵が巡ってこないといつもボヤキを書いている。せめて幸せになった人のことを喜んであげよう。20代の終りか30歳になった頃か忘れたが生まれて初めてハワイに行った時のことだ。現地の日本人通訳が「こちらの小中学生は家であまり勉強をしません。私の子供も遊んでばかりいて、隣の○○君ほこの前のテストで100点を取ったそうじゃないの。」と勉強を促すと、「そう、○○君はベリーハッピーね。」と喜ぶ風情で、他人を羨むとか自分も発奮するような風情がありません。

これを聞いた時一種のカルチャーショックがあったのも事実である。最近は段々その気持ちが理解できるようになったのは、日本もハワイのような楽園になりつつあると言うことか?アベノミクスの余慶に与れないことを恨んだり、株で儲ける人に嫉妬する必要は全くないと思えるようになってきた。雨露をしのぐだけの狭い我が家さえあれば、他に資産らしきものは要らぬだろう。年金だけで食いつなぐのは厳しいと言う向きもあるが、今のところ嚢中1文も無いという状態に陥ったことはない。

年金は1か月おきに振り込まれ、サラリーマン時代のように前借が利かない。浪費癖のあった小生には極めて合理的な制度で、浪費のしようがない。半分は婆さんに渡すと、月々の小遣が約10万円となる。お金がかかった医療費も1割負担でだいぶ楽になった。整骨院の利用が頻繁だが、1時間近くも丁寧にマッサージなんかをしてもらっても120円、月に15回行っても1万8千円だ。

昼飯は800円以下で済ますように努力をすると、月に2万5千円か。その他大きいのは交通費だが、パスモを月に1度1万円チャージして、その範囲で地下鉄なんかを利用すればいい。歩くのは健康にもいいし。このように数え上げてみると、残りがプールの費用とか月に1回ぐらいの山歩き、友人との会食や同窓会費用等になるのだろう。但し、婆さんの生活費月10万円は相当厳しいらしいが、賢い人だから足らず米を補充できる細やかな金融資産をお持ちと信じている。

このところの為替レートや株価に関するニュースを見ると「公共の電波を使って、博奕の結果や予想を放送するとは何事だ!」と毒づくのが小生の常だが、婆さんの方は冷静に見ているようだし、むしろ東芝の株が幾らとか具体的な事を知っている。昔…

暑い「母の日」

連休中にも寒い日があったように記憶するが、今日は間違いなく夏日だろう。東京はやっと冬を抜け出したようだ。それと今日は「母の日」。昨年もこの日に母の想い出を書いたが、今日もまた母のことを想っている。年と共に段々気持ちも萎え、女々しくも母を懐かしむのは仕方ないか。普段は優しかったが、悪ガキであった小生には怖い存在でもあった。家で一番怖いのは勿論父だったのだが、父のいない時、見えない場所で随分母親に抵抗もしたりした。

後で、言いつけられたらどうしようとハラハラドキドキしていたことが随分あったが、母からこっぴどく叱られたことで父から重ねて怒られた記憶が無い。今にして思えば父が知らない訳はないのだろうが、母が「私に任せて」と言ってくれたのだろう。沢山の弱みを握られているようで、実際には父より母の方が怖かったかもしれない。昔から悪友が多かったので、我が家に遊びに来る友人が多かったが、友人には評判の良い「おばさん」だった。

そのくせ、何か悪さをして怒られると必ず言われたのが「もっと良い友達を持ちなさい。」だから笑える。高校3年生の秋頃のことだったと思う。母が悪ガキの溜まりになっていたところに顔を出した。リンゴでも持ってきてくれたのかもしれない。我々はニキビ面を突き合わせて、誰かが付き合っているとされていた女子の話(品評会)に夢中になっていた。現代っ子からすると馬鹿みたいだろうが、女子が1%しか存在しない男子校だったこともあり、17,8歳になろうかと言ってもその手の話題に盛り上がっていたのだ。

母が聞き咎めた訳でもないだろうが、そんな話の中にも割り込んできて、「みんなちゃんと勉強して東京の大学にでも行くようになったら、おばさんが柳橋でも新橋でも一流の芸者さんのところに連れて行ってあげる。だからこんな田舎の女の子になんか逆上せないでしっかり勉強しなさい。」これも長野の女性からすれば随分な言いぐさで、今だったら訴えられそうだ。しかし当時は大受けで悪ガキ仲間からは、話の分かる「おばさん」とすっかり人気者になった。

先も書いたように。二人きりでは「あなたには本当に碌な友達がいないねぇ。」と言っているくせにだ。結局生涯を通じて付き合ったのは悪友ばかりだから、草葉の陰で母も苦笑いをして「しょうがない子だねぇ。」と言ってるだろう。

日米同盟の新時代

今を去ること四半世紀ほどになろうか、今ではこのブログでも批判してやまない民間放送のテレビ番組制の作に関係していた時期がある。広告も引き受ける一方で、放送局下請けの番組制作プロダクションと二足草鞋の会社にいたのである。今ではそんな機能を持つ会社は天下の「電通」1社になってしまっているかもしれない。序でに申せば、一般の方はご存じないだろうが「電通」の力は恐ろしいものがあって、一見広告とは無縁のN H Kの番組にさえ深くコミットしている。丸ごと制作を引き受ける子会社もあるが、タレントのキャスティングとか裏で大きな発言力を行使している番組が多いと思う。

余談はさておき、当時外務省の広報番組(制作費と電波料金は外務省が出すが、コマーシャルは出さない一種の覆面番組で、当時はこの手の番組が多かった。多分現在では存在しないかもしれない)の企画競争に参加したことがある。外務省が提示してきたテーマが「日英同盟は何故破棄されたか?」であった。予算は当時の金で8千万円ほどだったと記憶する。在席していた会社が少し硬めで社会情報系番組を何本か手掛けていたし、外務省に若干のコネもあったのだろう。

企画を社長に命じられて困ってしまった。何度も書いているように歴史を学んでこなかったので、英国と戦争したことは知っていても日本が同盟関係にあったことなど全く意識に無かった。今でもそうだろうが、書籍を丹念に読み込んで歴史を理解しようなんて悠長なことは許されない。多分提出までの期限が1週間程度だったろう。手っ取り早いのが、知識のありそうな人を見つけてインタビューし、そこから粗筋を組み立ててしまうのだ。当時堺屋太一氏とよく知っていたが、彼は通産省出身。外務省へのプレゼンに彼を立てたので如何にも上手くないだろう。

てなことから、伝手を辿って当時東京工業大学の教授をしていた江藤淳氏に会いに行った。丁度江藤氏の代表作、山本権兵衛の生涯を描いた「海は甦る」の単行本が出た頃で、たまたまこれを読んで、この先生なら面白そうと思ったのである。研究室に尋ねると、もう当時既に相当著名な作家だったにも拘らず快く会ってもらうことが出来た。後になってかなり右寄りの方だったと知るが、印象がとても優しく、尋ねたテーマについても大変乗り気になって頂き、時間をたっぷりとって丁寧教えて貰うことが出来た。確か1週間の間に二度お邪魔したような気がす…

オリバー・ストーン監督

NHKで7日の深夜から昨日にかけて3晩放送された「BS世界のドキュメンタリー シリーズ オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史」1時間番組を3本2日がかりで見てしまった。オリバー・ストーン監督とは自己のベトナム戦争体験をもとに手掛けた「プラトーン」でアカデミー賞まで受賞している著名なハリウッドの映画監督である。その他記憶に新しいところではケネディー暗殺事件に迫ったケヴィン・コスナー主演の「JFK]もある。

年齢は小生より少し若く、マリファナ所持で逮捕されたり奇行も多いとされているから、政府から相当目を付けられえているのだろう。何処の国でも反政府的な言動に走る人間は同じ目に合うのかと思ったら、アメリカはそれが特に酷い国らしい。実はこの作品は10本のシリーズで、小生が観た3本は第5・6・7話だけ。1から4話迄についてNHKに問い合わせると、4月の上旬に放送を終わり、再放送も5日と6日の昼間に終わっているとのこと。

8話以降については未だ放送の予定が立っていないらしい。現在オンディマンドで視聴可能の3本も今月21~23日迄とケチな話である。なんでもっと早く気が付かなったのだろうと悔やまれてならない。ご覧になっていない方には是非オンディマンドでの視聴をお薦めする。この3本の立役者は先ずアイゼンハウワ―、次がケネディー、3本目がジョンソン、ニクソン、レーガンと言ったところになる。

NHKオンディマンドのページから引用して簡単に内容を紹介しておこう。
「第5回 アイゼンハワーと核兵器」
冷戦構造が確定し、核開発競争が繰り広げられるアイゼンハワー大統領の1950年代。国内では軍事産業の隆盛により繁栄と平和をおう歌する一方、対外的にはおびただしい数の核兵器を配備し“力の外交”によるアメリカン・エンパイアーを確立していったと締めくくる。

「第6回 J.F.ケネディ~全面核戦争の瀬戸際」
ケネディの時代。冷戦と反共主義で弱体化した民主党のホープだったケネディは、キューバ危機で全面核戦争を回避。核軍縮と米ソの平和的共存を訴えた。しかしソ連に対して弱腰だと軍部や保守派の怒りを買い、その死後、後継者たちは再び核の大量保有に進んでいく。

「第7回 ベトナム戦争 運命の暗転」
泥沼化するベトナム戦争中の核兵器使用の検討など、力で押し切ろうとした政府高官たちの行動を描く。そして、大義な…

国民性を考えさせられた

今日の朝日新聞読者の声欄に在日イタリア人25歳の青年が投書していた。曰く、日本ではどこの駅に行っても、皆先を急ぐかのように、押し合うかのように歩いている。結果として身体が触れ合うことが多いが、声もかけずに行ってしまう人が多い。イタリアでは駅でそんな急ぐ人を見かけることも殆ど無いし、身体が触れ合って謝らずに行過ぎるなんてことは考えられない。

イタリアの何処のことを挙げているか分からないし、イタリア人全てが日本人以上に礼儀正しいとは思わない。仄聞するのみなので都市名も特定できないが掏摸や掻払いの多さも酷いと聞いている。その事は措くとして、たまたま昨日、近くの駅で全く似たような事件に遭遇したので、この投書に妙な共感を覚えた。実は毎日昼の散歩に有楽町線要町駅の構内2か所の階段上り下りを利用させてもらっている。この駅は城西大学附属城西高校の学生が多く利用する駅でもある。

昼頃には下校する生徒の集団に遭遇する事があり、階段一杯に拡がって降りてくる生徒も、こちらがひょこひょこ歩いていると大抵は道を開ける。しかし昨日階段を上っていると、一人の女子生徒が早足で駆け下りてきた。すれ違いざまに彼女のカバンがこちらの肩を強打したが、そのまま駆け下りて行ってしまった。ひょっとして氣が付かなかったのかもしれない。声を掛けて注意しようかとも思ったが、我慢してしまった。

昔、地下鉄の中で悪ふざけしていた中学生集団のガキ大将らしき奴の頭を、読んでいた文庫本で思いっきり殴りつけておとなしくさせた事がある。これを家で自慢げに話したら、婆さんにえらく怒られてしまった。それ以来外ではトラブルにきるだけ関与しないように心掛けているので、それも影響していたかもしれない。でも昨日の相手は女子生徒一人、逆襲される心配は大分少ないと思えば、声を掛けてやった方が善かったのかなぁ。

イタリアの青年の投書からちょっと話があらぬ方向に行ってしまったが、確かに東京のターミナル駅における人の混み具合は異国から来なくても、長野の従妹なんかも怖いと言っている。「狭い日本、そんなに急いでどこに行くの?」は警察が募集した交通安全の標語だったと思うが、この齢になると旨いこと言うなと感心する。

昨日は類似の感想を持ったことがもう一つある。理化学研究所(即ち独法と称する一種の官僚の隠れ資産)が所有するスーパーコンピュータ「京」の次世代機種の…

読後感「銃・病原菌・鉄」上下 ジャレド・ダイアモンド著 倉骨彰訳

書名と表紙の絵が面白そうなので、以前書店で手にしたことはあるが、内容が難しそうなので敬遠していた。先日友人が態々持参して貸してくれたので読んでみた。案の定、読み終わるのに1か月は優にかかり、感想第一は上巻の内容を殆ど思い出せないことである。著者は有名なUCLA(カリフォルニア・ロサンジェルス校)医学部の教授で分子生理学と進化生物学を専門としている。本業の他にも考古学・人類学・言語学・歴史学にも詳しく、特に長年亘りニューギニアで現地調査を続けている。

本書のテーマは「人類13,000年の歴史」とも言える。現在地球上には多様な民族が生存しているが、そこには大陸、或いは国や民族によって富や権力に大きな格差が存在する。著者はニューギニアに於いて助手の一人から「西欧人たちは我々にいろんなものを持ってきた。しかし我々は西欧人に何も与えるものが無いのは何故か?」との質問され、答えられなかったのが本書を顕すきっかけになったと冒頭に書いている。

13,000年前とは地球上で最終氷河期が終わった頃らしい。当時既に人類は地球上のあちこちに住んでいたようだが、何処も皆似たような狩猟生活をしていた筈。ところがその後、各大陸で歴史はそれぞれ異なる経路をたどって、結果的には地球規模で見ると大変な格差が生じているわけだ。その理由を文庫2冊の文章で理解させようとの意図だから土台無理なような気もする。

分かったと言うことではないが、面白いと思ったことが一つだけあった。当初狩猟に頼っていた人類も、時を経て食料を栽培したり動物を家畜化したりして豊かになっていく。これには先ず地理的条件があって、ユーラシア大陸の中央部が最適地であったらしい。次にノウハウを伝承するために文字の発達が不可欠で、このことで文明が発祥する。ここまでは苦労して大層な文章を読まなくても分かるような気もするのだが。

問題はその先である。著者は四大文明発祥の地の中で、古代メソポタミアあたりが地理的条件に最も恵まれ、ユーラシア大陸の同緯度に文明が広がったと見ている。エジプトとインドは脇に置くが、殆ど同時期の紀元前5千年くらいには中国にも大きな文明社会が出現している。当時はその中国が世界最大の版図を拡大して、文字は勿論その後の文明の基礎となるような科学技術は殆ど中国で発明されたそうだ。

それが、7千年か8千年の間にヨーロッパに抜かれたのは何故…

小父さん二人で憂さ晴らし

今日は浅草方面に住むブログ友達に態々池袋に来てもらい、久しぶりに昼飯を共にした。場所はメトロポリタンホテル内の中華料理「桂林」。料理はびっくりするほど美味いとは言えないが、紹興酒は薫り高くて美味かった。店の佇まいも悪くない、広くて落ち着いた雰囲気がある。考えさせられるのが店内の風景である。男性二人連れは我々だけ、ほとんどの客が中高年の女性。池袋も一応ビジネス街でもあるが、商談らしき客は彼は全く見当たらない。男性は不況に苦しんでいるのに、ご婦人連は優雅すぎないか?

彼は未だ自分の会社を持って現役で仕事もしている。曰く、連休明けになって急に暇になってしまったとのこと。年末以来政権交代と補正予算の大盤振る舞いの影響もあって、正月から年度末まで忙しかったようだが、本年度の予算も未成立の状態だから当然かもしれない。我が家でもよく話題になるが、一般サラリーマンなら兎も角、国家の大臣18人のうち11人が、この連休中外遊したらしい。尤もらしい理屈はつけているのだろうが、緊張感に欠けるに度を越している感がある。北朝鮮はことを起こさないとの情報でもあったのだろうか?

彼と仲良くなったのは、互いにブログで政治問題に触れていたので、親しみを感じたからである。年齢と学歴が殆ど同じと言うだけで、社会経験は全く違う彼であるが、世の中を見る見方は非常に似ている。彼の方もそう思ってくれていれば有難いが、常識的な人間、普通の小父さん同士である。しかし彼はこのところ余りブログを更新していない。聞くと、やはりブログを書く気がしなくなってしまったとのこと。

ネット選挙が解禁になろうというのに、このところ気になっているのが、政治関連ブログの低調さだ。実は小生も同じ思いもあるが、野党のだらしなさと新政権の傍若無人ぶりに白けてしまって、ブログを書く気にもならなくなっている人が多いようだ。言われてみると、確かに読み応えのある面白いブログが減っている。それでもこちらは新政権に対する皮肉めいたことを時々書いているが、その度に空しさだけが残ってしまう。

株価が上がるだけで明るくなる社会て一体なんだ?競馬競輪の新聞がレースの予想をするのは善いこと。社会の公器と自認する新聞テレビが、その道の専門家と称する人間に株価の予想をやらせるなんて、博奕の専門紙に成り下がったのか?我々が生きているうちにバブルがはじけるのは間違いない。…

五月晴れ ゴールデンウィーク終了

サラリーマンにとっては楽しい長い連休もついに最終日になった。東京では出だしに少し寒い日もあったが、五月晴れが続いて所帯持ちのサラリーマン諸氏には良い思い出づくりが出来たことだろう。墓場に行く時まで連休が続くような我が身でさえも、澄みわたる青空の下で薫風を受けて街中をさまようのは心地よい。東京の今は庭のある家は勿論だが、この辺には多いやや狭い家でも、玄関先に置かれたプランターには様々な花が咲き誇っている。街に植えられた躑躅の植え込みは真っ盛りであるし、通りから覗くひろい庭には薔薇や菖蒲類が一面に咲いているところもある。

飲食店や商店でも今日までは休業の看板を出しているところが多い。そんこともあってか街を歩いていても人影も少なく、本当に花の匂いが漂ってくる。
この連休は丁度塩梅よくと言うのも変だが、29日に腰が急におかしくなって殆ど歩けない状態になってしまった。幸い掛かりつけの整骨院さんが連休中もずっと午前中診療してくれたので、毎日半日潰すのを覚悟で腰のリハビリに努めた。整骨士さんの腕もいいのだろう、約1週間通って大分良くなった。先ほど久し振りに1万歩強を歩いてみた。

歩く時に腰に痛みを少し感じるが、1週間前と比べると雲泥の差であることを実感できた。この齢になると何をしても筋肉や骨の強化とはいかぬだろう。しかし昨日国民栄誉賞を受賞した長島さんなんかを見ていると、よくぞあそこまで回復したものと感心する。サポート体制は兎も角、本人の努力は相当なものだろう。

実はこの腰の痛み襲われたのは2度目のこと。前回は2007年の10月の末、記録を繰ってみると、翌年の4月に高尾山に行くまで山歩きをしていないので、気にならなくなるまで最低でも3か月くらいは掛かったのかも知れない。今回も全快と言わないまでも、1か月くらいでせめて街の平地を何とか気にせず歩けるようになりたい。当然なにがしかの努力は必要だろう。焦らないことが肝要かな。

トップセールス

この連休中に安倍内閣の閣僚18名のうち11名が海外出張に出かけ、日本経済発展のために諸外国に売込みやらの働きかけをして下さっているそうだ。小生が若い頃、池田勇人総理が自ら同じように日本製品を世界諸国にアッピールする行脚をして、トランジスタのセールスマンと諸外国から異名を貰ったと聞いている。最近聞いた話では当時の日本製品は海外で相当評判が悪かったらしい。品質管理が行き届かない時代だからかもしれないが、相当粗悪品が多かったらしい。

今になれば笑い話だろうが、日本製のカメラはカメラ屋には置いてなくておもちゃ屋に置いてあったなんてことも聞いた。ま、何処の国でも発展途上の時には仕方がない現象だろうし、当時の総理の努力は多とすべきだろう。そして半世紀経った今は、世界中どこに行ってもメイド・イン・ジャパンは高級品質の代名詞と聞くと大いに誇らしく思う訳だ。外遊された閣僚諸氏も工業製品であれ農産物であれ文化であっても、日本製を売り込むのは大いに結構なことでエールを送りたい。

しかし原発を売り込むとなると買う方も買う方だと思うが、「え、それで本当にいいのですか?」と言いたくなる。賛成して下さる方も多いのではなかろうか。現政権は、今後の日本に原発は欠かせないエネルギー供給源と半ば腹を決めてはいるようだ。しかし、そのことについては未だ国内に相当な異議異論が存在している。一昨年の福島第1原発の事故は収束していないどころか、事故の原因すら明確になっていないのだから当たり前の話だ。玩具屋にトランジスタラジオを売り込みに歩くのとはチト訳が違う。

こいつは大変高性能で、素晴らしい働きをして安く電気を作ります。でも大変な事故が起きるかもしれません、起きた場合の対処マニュアルもありません。是非ご用命ください。とは言わず、後段部分は省略しているのだろう。長いこと営業一筋で過ごしてきたので「嘘を言わない」をモットーにしてきた。このことが営業活動にとって最も大事なことだと今でも信じている。安倍首相も、まさか「絶対安全です」みたい見え透いた嘘はつかぬだろうが、
それにしてもこの時期、原発の売り込みを成功させた度胸には感心するしかない。

先ほど鉄道マニアの整骨医の先生が言っていた「日本の鉄道をもっと世界に広めるべきだ。」小生もそれには賛成できるし、水や空気土壌の浄化システム等、なにも好んで危険なの斧を売り込まな…

改憲論議

連休後半に入ってやっと暖かくなってきた。先日の主権回復記念式典に続き、本日は憲法記念日とのことで現政権が目論む改憲に関する論議が世の中を騒がしくしている。日本国憲法だから個人的にも大いに関係することであろうし、真剣に考えるべきことだろう。しかし一度もまともに読んだことが無い。ぼんやり分かっている唯一のことが「国際紛争解決の手段としての戦争を放棄していることと、このための手段としての軍隊を永久に持たず、国の交戦権を認めないこと」くらいのもの。

占領軍の米国に押し付けられたとは聞くが、今にして思うとこの点だけは米国に感謝しても良いのではないか。アメちゃんの方がこりゃヤバイと直ぐに軍隊を作れと言ってきたようだが、当時の政治家はこの憲法を逆手にとって抵抗し、結局軍隊を持たなかった。流石に占領軍側は許してくれず、警察予備隊の編成を余儀なくされて、朝鮮戦争の後方支援を行うことにはなったが。結果的にこれが世界に唯一の自衛隊に繋がり、今があるのも結果オーライだったように思える。お陰で軍事お宅みたいな子どもが育ち、長じて軍隊が欲しいなんて言いだす政治家になったりするのは已むを得ざることか。

その事は兎も角、成立から60年以上一度も変更が無いの憲法は珍しいらしい。変更はあってしかるべきだろうが、何をどう変更するかの議論が無いまま変更の手続きだけを変更しようとの意向が現政権にあるようだ。こちらは憲法なんて大それたことについては意見を持つほどの者ではないし、元来諦めが早くて、何事も成り行き任せに生きてきた。だからど次の選挙結果がどう転ぼうと仕方ないとはいえ、世界に冠たる「戦争放棄」の精神だけは変更してほしくない。誰の思い付きか知らぬが「自衛隊」とは言い得て妙ではないか。

映画鑑賞 アンビリーバブル!

俳優のダスティン・ホフマンがメガホンを取ったことも相俟って評判が高いので、久し振りに映画館に足を運んで観た「カルテット!人生のオペラハウス」。ストーリーが先ず日本人には想像もできないだろう。養老院と来れば最近日本にも明るい老人ホームがあるらしいが、どうも薄暗くじめじめしたイメージが湧いてくる。映画の舞台はエゲレスの養老院、前世紀の半ばまで実在した有名な指揮者の名前が冠せて「ビーチャムハウス」と名付けられている。

場所は何処か分からぬが、古い城をホテルに改造したような作りで、引退した音楽家たちが暮らしている。実在モデルがあるかどうか知らぬが、少なくと小生には想像すらできない世界。養老院の仲でのラブロマンスだから、出演者の大部分は爺さんと婆さんばっかり。中には本当に往年のスター級音楽家が出演しているらしい。とんと知らぬ人ばかりだが、エンドロールの脇に往年の活躍ぶりが紹介されている。ヨーロッパのオペラ歌手から米国のジャズトランぺッターまでいた。

流石に主役の老け役(4人)は英国の一流俳優が演じているようだが、だれもなかなか味わいが深く、本物音楽家の共演者と上手く溶け合って好い雰囲気が出ている。ストーリーを紹介する訳にいかぬが、自分の葬式まではこのハウスの同居人意外と関係を持つことをすっぱり諦めている人たちで、殆ど全員が半惚け半痴呆の状態にあるが何故か明るい。最近この映画の主人公たちと同じ年齢になり、映画を観終わって振り返れば、己の肉体も全く同じ状況にあるではないか。

思わざる世界を垣間見た思いで様々な疑問もわいた。一つは、このハウスへの入居者の経済問題。主人公の一人は嘗ての大スターだが、一文無しになったのでここへの入居を決断するストーリーになっている。現役時代どれほど保険料を払う仕掛けになっているのか?英国人は疑問持たずに見ることが出来るのだろうか。音楽家だからそうなのか、揺り籠から墓場までの英国だからそうなのか分からないが、趣味が一致しているからと言って、こうまで集団で仲良く、しかも色恋まで忘れずていない世界が描けることには脱帽せざるを得ない。

幾ら映画での作り話にせよ、いろんな意味でスマートである。これから先と言えば、先ず「楢山節考」が思い出されてしまう小生も少し反省して少し明るく生きたいものだ。

「富士山」世界遺産に

やっと富士山が世界遺産に登録されるそうだ。結構な話だと思う。なんで三保ノ松原なんかと言っては失礼かも知らぬが、一緒になんて欲張ったのだろう。富士は日の丸と同じくらい日本人全体の心のふるさとではないか。第一富士山に祀られる浅間神社は静岡と山梨にまたがるそうだし、静岡育ちの婆さんが言うには「普通の人が思い描く均斉とれた形の良い富士山は、山梨側からの富士で、これが一般的。私たちはが子供の頃は必ず右側に小富士があって手前に白砂青松を描いたが、こんなのは静岡県人だけでしょう。」

我が同胞はどうも料簡が狭いというか、世の中にいろいろな人がおわすことを忘れるので困ったものだ。東京都知事閣下は同胞中の同胞、高校も同窓で名誉なことだが、オリンピック招致の宣伝にアメリカまでお出ましになって、如何にも信州人らしい事を仰ったみたいだ。くさされたトルコの反応がまたクール且つスマートなのに対し、形ばかり口先だけの反省なら猿にもできると言われそうだ。これも小生には他人事には思えぬ、善いとは言わぬが如何にも信州人らしい。

ネットの中には「これで招致が難しくなるのは知事の深い計算で、下手にオリンピックなんか来ることになると、テロ対策等とんでもないことになるから丁度塩梅がいいと思っているに違いない。」なんて穿った記事があったりして、真とは思えぬが面白い。実は我が家ではかねて石原都知事の時代からオリンピック招致には反対で、報道の度に「なんて無駄なことを!」とぶつぶつ言っていたので、久しぶりに報道を楽しんでいる。

話を戻す。富士山が世界遺産になると、遺産保護の見地から環境保全が義務付けられそうだ。併せて入山料を徴取することになる公算が高いようだが、これも結構なことだと思う。世界遺産に登録されなくても国立公園のめぼしい山々も方法はどうあれ、入山者を少しコントロールできるようになれば素晴らしいと思う。しかしこれも手前勝手な話で、山で客商売している人たちは客が減れば単価をずーっと上げなくてはならない。山小屋の宿泊料金が今の2倍3倍になっても、果たして山に行くだろうか?そんなことを思うと、どんな方法があるのか、世の中はこっちが勝手に思うようにはなかなかいかぬものだ。