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現実と理屈上の経済問題

午前中久しぶりに国会図書館に行ってきた。帰り道、地下鉄プラットフォームに立っているとき珍しく株屋さんから携帯に電話が入り、帰宅してから改めて要件を聞いた。当たり前だろうが株買い、しかもアメリカ株のお勧めである。勿論そんな余裕はないのでお断りしたが、面白いと思ったことがある。今朝のニュース経済面のトップは「FRB(米連邦準備理事会)が3連続利下げ」だろう。日銀が公定歩合の引き下げを発表するのと同じこと。ただし日銀は後ろがないところまで下げきっているのでこれ以上手のうちようがない。

経済知識がないので偉そうなことは言えぬが、アメリカは何年もこの金利をいじってこなかったはず。ところが今年に入って7月9月に続く3回目のことである。日本政府も同じような態度でいるが、景気は悪くないと言い、その証拠を株高で証明しようとしている。トランプ大統領もアメリカの景気は史上最高みたい言い方をしているし、事実池袋の株屋さんが年金暮らしの老人にまでプロモーションしてくるほどだから、株価は日米ともに上がっているのだろう。

しかし世界中の経済学者の殆どが、口を揃えて下降線を辿りつつある実体経済の指標から見た将来を悲観的に予測している。だから株屋さんの言うことを信用しないわけではない、本当にお金が無いだけのこと。念の為。そんなことより昨日テレビで観たアメリカの人口問題のほうが余程気になる。なんでもアメリカの出生率が日本に似てどんどん低下しつつあるらしい。いま豊かさを誇っている彼の国ではあるが、社会福祉関連の実態を知らずに言えば、いずれ我が国同様人口構成の逆ピラミッドが現れて苦労するだろう。ザマーミロだ。

個人的には日本経済は我が家と同じように劣化の一途と思っている。しかし昨日のテレビで森永卓郎氏がこれも面白いことを言っていた。我が国は富裕層がアメリカに次いで多い国だそうだ。100万ドル(約1億1千万円)以上の余裕資金を保有する人が360万人程いるそうだ。森永先生曰く「日本も格差が著しく広がっているのが実態で貧乏人は益々貧乏にならざるを得ない。消費税増税なんか全く不必要。」

なんて仰っても、政策で貧富格差解消なんてありえないだろうし、福沢諭吉先生は若い時に学問をしないと貧しさから脱し得ないと言われている。どの道、年金の範囲で楽しみを見つけるしか無い。

大学同級会

昨日は終日冷たい雨が降り続く最悪の天気だったが、大学の同級会があって帝国ホテル内にある三田クラブまで行ってきた。この歳になって大学の同級会とは珍しいと思う。大学の同窓会やせめて同期会、運動部やゼミの集まりならわかるが単なる同級会だ。しかも我々は2年に進級すると入学時のクラス単位の授業がなくなってる筈なので、クラスメートと言ってもたった1年間の付き合いの筈だ。それが卒業後57年経っての同級会だから呼びかけてくれた幹事には大きな敬意を表したい。

入学時のクラスは50人近かった筈だが昨日集まったのはたったの6人。それでもよく集まったものだ。集まった理由は兵庫県(確か西宮市)在住の同級生が上京してくると言うので、幹事が普段付き合いがあってこの種の会に参加しそうな人間に声をかけてくれたようだ。幹事とは1年に数回顔を合わせているが、他の3人は全く久しぶり、一人だけの女性は1年に1回位は大学関連行事で顔を合わせている。とにかくお互い久しぶりなので、近況を語り合って大いに盛り上がった。

最初に幹事から声をかけた人間について簡単な紹介があった。彼としては折角の機会だから10人くらいは集めたかったらしい。因みに幹事は埼玉県は深谷市から新幹線で上京だから元気なものだ。しかし、連絡がついて趣旨を話しても断ってきたほぼ全員が足腰が立たなくなっているとか、神奈川県在住なので東京まではちょっときついといった健康障害のようだ。高校同窓会幹事をしているので、そんな返事が多いことは容易に想像できる。

互いの近況を聞く段になると、それぞれが来し方や今の暮らしを紹介してくれた。幹事は一部上場企業の社長まで務めたので、地元深谷の名士として今や悠々自適の様子だだったが、彼も奥さんを一度亡くして再婚の身。でもすごく幸せそうだ。びっくりしたのは月30冊前後の読書をしているとのこと。月に1冊2冊が精一杯の我がことを思って内心恥ずかしかった。しかも国内海外を旅行しながらのことだ。

唯一の女性参加者も連れ合いを早く亡くしているが、ずっと独り身で通し息子さんたちを立派に育てあげている。自慢はしないが聞くだけで羨ましい。今やはり悠々自適でゴルフや別荘暮らしを楽しみにされているが、川崎の高層マンション14階がご自宅で今度の台風被害で大変な目に会われているらしい。それでもドタキャンせずに参加は嬉しい限り。関西から上京してきた…

孫の誕生日祝

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京都在住の友人からメールが来た。内容は彼のことが京都新聞で取り上げられたとの報告。以前書いたことがあるかも知れぬが、彼は昔の会社の同僚で、退職した現在はシンガーソングライターとして楽しくやっている。夏に銀座でコンサートがあり聴きに行ったが、その中の1曲にとても共感を覚えた。彼はこう言う「仕事をやめて寂しいかい、飼い犬じゃないと不安かい、・・・・・・命の残りを数えるな、命のままに生きてみろ、それがお前の白秋時代」

小生よりは大分若いが、彼はそのように生きているに違いない。同輩友人の多くはこちら同様に病気持ちが殆ど。昨日も電話をもらった友達は今週手術の予定とのこと。一種の癌らしいが余り深刻そうな音は出さず「大したことないと思うから治ったら美味いものでも食いに行こうぜ。」と極めて明るい。こちらも来週の癌定期検診思い出したが、普段は殆ど忘れている。お互い残りの命を数えても仕方ないし、先の歌の文句ではないが「失くした夢を今更追っても仕方ない」できる範囲でやりたいことをして生きなきゃてな話をしたばかりだった。

似たような話は重なるものだ。今朝の朝日新聞「声」欄に載った投書が同じようなことを書いている。曰く『「貧困」、それは心の余裕失うこと』これもうまいこと言ったと思う。21年務めた保育士の仕事を辞めて子と十分向き合う時間を選んだ主婦から投書だ「共働きで高収入でも、子と十分向き合う心の余裕がなければ、それは一種の「貧しい」子育てでは?」と書いている。己の来し方を振り返ると冷や汗が出る。

高収入と言えるほどではなかったにせよ、子どもたちと十分向き合ってこなかったことだけは間違いない。今更手遅れなので、罪滅ぼしのつもりで孫たちのことは少し気を使っている。今度の日曜日は一番若い小学5年生の孫の誕生日、娘に電話をしてお祝いの図書カードを用意したと伝えると「明日は雨降りだから水曜日に貰いに行くよ。」と嬉しそうだった。幸福感とはこんな感じを言うのかも知れぬ。

友人の紹介記事

明日は昼間から大学同期会でブログはお休みします。

異常気象

10月も終わり近くなったが、個人的には夏風邪で体調を崩し散々な月であった。同様に関東から東北にかけては秋台風の風と大雨による災害が甚大で夏風邪どころでない。僅か半月で死者行方不明者が100名に達するのも異常だし、河川の氾濫、堤防の決壊が全国で百数十箇所に及ぶと言われている。家屋田畑工場店舗等の正確な被害は分からないが想像を絶するものがありそうだ。10月といえば運動会シーズンでお天気が比較的安定するものと思っていたが、今年は東京も異常だと思う。昨日朝から久しぶりに秋晴れになったものの夕方には曇りはじめ、今朝になったらもうどんよりした空に変わっている。

こんな自然環境が悪い中で令和天皇の即位に関する皇室行事が執り行われたり、ラグビーワールドカップカップ開催があったりしたお陰と言うかせいで政治関係のニュースがすっかり影を潜めてしまった。昨日だったか経産大臣が辞職したことが多少ニュースになっているが、総理大臣からすればこの程度で済むならと胸をなでおろすしていることだろう。辞任の理由ももう何年も前の中元歳暮だとか香典配りという言い方は悪いが些細な事件だ。

公職選挙法違反事件は悪くすると議員辞職(テレビでは嘗て線香を配って議員辞職に追い込まれた小野寺元防衛相を盛んに取り上げる)にも繋がりかねない重大事件と思わせるが、安倍政権の昨今では司法もまともに機能しないので軽い交通違反程度にしか扱われないのが実態ではないか。総理も前経産相から中元歳暮は沢山受け取ったろうが、それに対する罪の意識は微塵もない。任命した不明を口先で謝るのみである。

むしろ腹の中では、高浜原発に関する不祥事を既に亡くなっている高浜町の一助役と関電幹部に押し付けて捌き切ったことに感謝しているに違いない。この事件は原発の闇を炙り出すには格好の材料だった筈だが、いわばこの菅原前大臣の活躍で決壊寸前の堤防を防ぎきったとも言える。このことは元経産省キャリアで内閣府にも在籍経験がある古賀茂明氏が詳しく語っている。これがネットの良いところ、御用とお急ぎでない方は是非下記をじっくりご覧頂きたい。
https://www.youtube.com/watch?v=VBpxpDS49tI&t=831s

情報収集能力格差

昨日、国際オリンピック委員会(IOC)のコーツ調整委員長が来日して都庁を訪れ小池都知事と会談、マラソンと競歩競技を札幌で行うよう正式に申し入れた。これに対し小池知事は未だグダグダ言って抵抗している。IOC側は単にその決定を伝えるだけでなく、東京都が受けるであろう衝撃を緩和する様々な提案を行っているにも関わらず、それを聞こうともしないで己のこれまでの立場から一歩引く気配がない。

これを称して日本の悪い癖、嘗ての帝国陸海軍が明らかに勝敗が決しているのを認めず徒に犠牲を増やしたのと同じとも言われている。全く同感であるが、これと似ていると思うのが安倍首相の対韓国政策。一昨日皇室行事出席のため文大統領親書を持って来日していた李洛淵首相と会談するも、これまでの主張を繰り返すのみ。しかも事もあろうに韓国の最高裁判決にまで口を出して「韓国の最高裁判決は国際法に明確に違反しており、日韓関係の法的基盤を根本から崩した」とまで言ったらしい。

流石にこの発言への批判は大きいようだがそのことは措くとする。言いたいのは交渉事が出来ない日本の政治家についてのことだ。その理由を考えて思った。現代日本は国際情勢に関する情報が余りに少なすぎるように思う。情報不足はビジネスにしろ喧嘩にせよ、圧倒的に不利になることは当たり前のことだ。IOCのしても韓国にしても日本の事情は百も千も承知していることだろう。先方に存在する日本語使いとこちら側の韓国語使い、或いはIOC関連ではフランス語ドイツ語スペイン語使い数が圧倒的に少ない筈。とても喧嘩になるまい。

先の大戦で敗北してアメリカに占領された日本、占領国は日本が再び軍事大国なならないようにと様々な対策がとったが、情報機関をすべてぶち壊したことが今一番効果を上げているように思う。いくら頭が良いといっても、その元になる情報が日夜アップデートされて累積されないことには他社・他国との相対において弱体にならざるを得ない自明のこと。残念ながら日本が徐々に弱体化し国際的に夜郎自大になっていくのは已むを得ないことなのか。

皇居東御苑

昨日は久しぶりに竹馬の友と会って一橋の如水会館で昼飯をご馳走になった。ここは一橋大学の校友会館だが飯も結構うまいし、何よりも食後のコーヒーを14階の高みから皇居の森を見ながらゆっくりできるのが良い。二人とも特に話すべきことがあったわけでもないが、前の晩、急に電話が来てたまには会おうよとのこと。こちらも常に暇しているのでもちろん否は無い。食事を含めて約2時間たっぷり近況を話し合った。

彼は長じて一橋大学に入るくらいだから頭も良かったし、運動神経もあり勉強もできた。彼は7人兄弟姉妹の真ん中、こちらは5人兄弟の真ん中で気が合ったのかも知れない。ともかく長い付き合いになったものだ。今となって互いに置かれた環境で一番違うのが兄弟関係。彼の場合は全員健在でこちらは既に3人が他界してしまっている。甥っ子の婚礼に関する話を聞きながら、この違いだけは羨ましく思った。

彼の亡くなったご両親の話や奥方の先祖の話を聞いていると、長い付き合いがありながらこれまで知らなかった話もたくさんあった。彼の奥方は何でも高貴のご出身と漏れ聞いていたが、とにかく華族のご令嬢。お陰で彼もその高貴な世界に半分足を突っ込んで日本の貴族と付き合ってもいるらしい。中でも感心したのは最近また絵を勉強しているとのこと。昔から図画工作の時間に描く絵が上手だったことを思い出して面白かった。

浮世離れした話をたくさん聞いたので、帰りにふと思い出して平川橋から皇居東御苑に入場、造影中の大嘗宮を観たが本丸の石垣前が広場が全面的に入場禁止なので遠くからしか見えなかったがほとんど完成状態のようだった。結局二の丸公園を経て大手門から退出、雨が降りはじめたのでパレスホテルの脇から地下に潜ったのは良かったが、地下鉄丸ノ内線の大手町駅にたどり着くのに地下街で道が分からなくなってしまった。大手町界隈の地下通路ビルの関係はとても複雑。山で道に迷ってもこんなには慌てないと思うほど慌ててしまった。

認知症現象

まだらボケなら許せるが、本格的認知症に近づいている証拠かもしれぬ。昨日から近くのスーパー「ライフ池袋店」の改装で3日間休業となった。一昨日の夕方になってから思い出し、6時半近くに慌てて飛び込んだが時既に遅し。7時閉店とのことで商品陳列棚は殆ど空で客もまだら、店員が片付けに働き始めていた。家内存命中は台所に大きな冷蔵庫が鎮座し、家が孤立しても1ヶ月は食に困らないが口癖だった。

ところがこちらが独居するようになって、冷蔵庫は小型になり中には精々3日分の朝食用食材と牛乳1カートンくらいしか入っていない。代わりに3日と開けずにこのスーパーに通っていたので、運悪く一昨日で冷蔵庫も殆ど空の状態。明日からのことを思うと暗澹たる思いだったが、辛うじて棚に残されていたリンゴや味噌など数点を購入して帰宅。それを収納する間もなく携帯が鳴った。取り出してみると見知らぬ相手、故に無視するとメッセージが『スーパー「ライフ池袋店」の〇〇です。重要なお知らせがあります。』とのこと。

財布でも忘れたかと思ってポケットを確認するが財布は置き忘れていない。でも気持ちが悪いのですぐ折り返すと、なんと「支払いをしないでお帰りになっているので再びご来店願いたい。」とのこと。この日は皇室の「即位礼正殿の儀」当日で朝から終日雨、夕方やっと少し晴れてきたので腰を上げて池袋まで行って軽いを夕食を済ませて、帰りに寄ってきたのだ。お陰で歩行数も既に1日の目標は達成して、既に真っ暗でもある。

たしか自分としてはカードで決済したつもりだ。「領収書はお持ちですか?」と聞かれても領収書はいつもお宅のゴミ箱に捨ててくる習慣だから持っている筈がない。しかし先方がそう言うのだから間違いはないだろう(昨日カード内容を確認したらなる程支払予定に上がっていない)。「それは申し訳なかった。間違いなく支払うので連休明けの26日になるようにしてくれ。」と申し込んで上司に相談してもらい、許可を得た次第。

このところ似たような思い込みや忘れ物が相次いでいる。歳のせいだろうが身体の劣化は筋肉や骨ばかりでなく脳みそや神経にも及んでいる証拠だろう。

頭の蝿

久しぶりの秋晴れになった、1日遅れの皇室晴れかもしれぬ。令和の時代も雨降って地が固まり平和と安寧が来ることを祈りたい。平和と言えば今世界で最も注目されているトルコとシリア国境問題がある。複雑すぎて理解に苦しむが、アメリカが手を引いて予期せざる混乱が生じた、しかし今朝の報道ではロシアのプーチン大統領が間に入った形で、小康を得そうな気配もある。

今年も余すところ2ヶ月ちょっと、書店には来年の日記帳・小手帳・カレンダー賑々しく並べられている。日も大分短くなって朝5時はまだ暗いし夕方5時には暗くなる。個人的には特に気が急く事は無いが、国の経済力が落ちつつある傾向が気になる。台風被害も大きいだろうが、昨年に比べ輸出量や金額は大分減っているようだ。経済の悪化は世界的傾向とも言われたりするが、少なくとも貿易戦争の只中にある中国は成長率が鈍化しているとは言え、日本から見れば夢のような6%以上の成長だ。

日本政府が馬鹿にしている韓国にしても成長し続け、数年後には一人当たりGDP が日本を抜くとされている。日本政府も他国の悪口を強調したり、喧嘩腰の外交を控え時刻の経済発展のために何が必要か真剣に考える必要があろう。外国人旅行者が増加傾向にあることぐらいで将来の日本が明るくなる筈もない。先週だったかと思うが、中国政府が企業減税を発表したとのニュースが流れた。朝のワールドニュースで観たように記憶するが、その時同時に流されたある自動車メーカーとその下請けだったか中小企業経営者のインタビューが印象深かった。

自動車メーカーの経営者「有り難いことだ。これでまた我社の自動車を一段安く提供できるようになる。」中小企業の部品メーカ社長は「これで新たな設備投資が可能になり、より高品質の製品の生産が可能になる。」中国の放送だからヤラセの発言かもしれない。しかし嘗て我が国の企業減税が策が発表された際にこのようなインタビューは聞いたことがないので、とても新鮮に思った。我が国の公共放送か国営放送か分からぬNHKも、たとえ嘘でもいいからこのような取材をしてもらいたいものだ。

ソフトバンクグループがアメリカで経営難に陥っているあるグループ企業に1兆円を超す資金投資、という記事が日本経済新聞み大々的に掲載されたのを見て、自分の頭の蝿の喩えを思い出した。

伝統儀式

昼ころまで雨に振り込められて「即位礼正殿の儀」をテレビ中継で一部始終をじっくり観た。改めて日本の伝統に思いを致した。世界約180カ国と国際機関の代表らを含む国内外の賓客の思いや如何だ。昨夜ニュースを観ていると安倍首相得意の前日首脳外交で握手している映像は、何故かミャンマーのアウン・サン・スー・チー氏がトップで後は知らぬ人ばかり。到着順の関係もあろうが、50数か国との首脳外交と囃し立てている割にどうもしっくりこない。今朝になって分かったのはアメリカが派遣してきたのは何という東洋系の女性運輸長官だ。

トランプ大統領は新天皇が最初の国賓として迎えた意味は通じていないに等しい。礼を失している相手を責めるべきか、はたまた我が国の思い違いを反省すべきかである。しかも昨日アメリカの政府高官が来日して日本に新型ミサイル配備につて話し合いをはじめたとのこと。新型とは即ち核ミサイルのことらしい。この手の話はマスコミは決して書かないが、ネットではかなり話題になっている。

閑話休題:ついに来た

我が家にご宿泊中の福沢諭吉先生ご一行様のに関することである。先日も書いたが厚生年金は郵便局が振込先なので歩いて数分の郵便局に口座がある。他に池袋の三井住友銀行に一つ口座があり、ここには厚生年金基金からの振込先になっている。昨夜就寝前に携帯にランプが灯ってショートメールの着信に気づいた。パソコンには訳の分からぬメールが毎日のように来るが、携帯にはそんな事が無かったので誰からかと思って確認すると三井住友銀行からである。

大金が眠っている我が口座が不正利用されているので下記ページを開いて閉鎖手続きをしてくださいとのこと。勿論悪意あるフィッシングメールと確信して無視。今朝銀行の業務開始を待ってチャットで早速事の次第を報告した。恐らく毎日数えきらないほどの連絡があるのだろうが、年金暮らしの老人の口座と携帯電話の番号を関連付けないとこんなメールはありえない。公的機関が個人のプライバシーを侵害するのはやむを得ないと思っているが、犯罪組織がいとも簡単にこの二つを関連付けてしまうのは空恐ろしい。

今ところはこの定度ですんでいても、デジタル技術はどの世界でも日進月歩。いずれはもっと深いところの情報が明るみに出る日が来てしまうのだろう。防ぎようは思い及ばないので、その日が来るのができるだけ遅くなること祈るしか無い。

即位の宣言

明日は新天皇の即位を内外に宣言される「即位礼正殿の儀」が海外の要人を招いて挙行されることになっている。折しも又台風が接近中とのことで、その後に予定されていた祝賀パレードは延期となった。それは取り敢えず良かったとして。この行事が皇室の伝統なかでどのように位置づけられているか正確に知る人は少ないと思う。新天皇陛下はじめ現代の皇室に好意を寄せる者の一人であるのは勿論のこと。同様の思いは国民の間で多く共有されているようにも思う。

ところが1年ほど前だったろうか、秋篠宮殿下が「皇室行事は憲法に定められた行事の他に宗教的色彩が濃いものがある。その宗教的行事は皇室費の範囲で賄うべきではないか。」と発言されたことがある。しかし実態は全て内閣が主導して運ばれるようで、国民にはその詳細が詳らかにされていない。そのことを象徴する最大の問題は来月14、15日に行われる「大嘗祭」だ。祭の名が示すと通り即位を先祖即ち天下に宣言する大切な宗教行事なんだろう。

従って秋篠宮殿下の言われたことは実に筋が通っている。そのことを受け政府が「いや私共にお任せ願いたい」と申し出ることは反対しないが、そのへんは国民の前でもっと正々堂々の議論をしないと却って国民と皇室の間に溝を生みかねない。実際に政府は来月の「大嘗祭」のために皇居東御苑内に「大嘗宮」建設を進めている。ここに投入されている税金は数十億円と言われ、メインは清水建設が請け負っているようだ。イージス・アショアとかF35戦闘機とか数兆円規模の無駄遣いを屁とも思わない我が政府だから、金目は問題ないのだろう。

政府に如何なる存念があるか知る由もないが、皇室に対する敬意に基づいた善意であったにしろ贔屓の引き倒しになりかねない。昭和天皇から憲法遵守を引き継がれた新天皇に逆らっているとしたら論外だ。歴史を見れば昭和天皇は京都御所で、平成天皇は皇居内豊明殿で挙行された祭を、なんで新天皇のために大金を投じて仮設の宮殿を作る必要があったのか。恐らく新天皇も弟の宮と同意見であったに違いない。

読後感「官邸官僚」森功著

久しぶりに会った友人が貸してくれた。友人は元キャリア官僚だから興味があったのだと思う。こちらも現役時代に様々な中央官庁に出入りして仕事を貰っていた。当時から比べると今は官庁の名前も変わり、換骨奪胎もあったので今の官僚の有り様も大きく変わっていそうだ。特に現役時代には、官邸なる建物はあったが内閣府なる役所は無かった。本書が指摘するところは、その内閣府に巣食う官僚が政府の動きに大きな影響を与え好き勝手に国益を毀損していることを炙り出している。

興味を持って読ませてもらったが、読むほどに疑問が大きくなった。歴代総理大臣に知り合いはいないが、内閣官房長官には直接面会して陳情に及んだ経験が1回だけある。その前には筆頭秘書官と何度も接触した。知識がその程度なので、現在の行政府トップ内閣総理大臣と内閣府なる役所の構造は想像もつかない。日頃の報道を通して想像するのは、内閣府なる役所が全省庁の中で抜きん出た権限を持ち、それを利用して総理大臣が一強と言われる強大な権限を行使している現実である。

昔役所に出入りしていた時代にも総理府と言う似たような役所はあった。中級以下のプロパーの職員に対し課長級以上は各省庁から出向した役人で構成されていた点は今の内閣府と同じだろう。異なるのは他省庁に対し桁外れな権限など無かったと素人にさえはっきり言える。プロパーの職員と仲が良かったので当時の首相官邸を案内してもらったり、首相の日程表管理などを見せてもらったことがある。

それが本書に詳しく紹介されたように、内閣府の官僚が化け物みたい権限を振るえるのは何故か?大きな疑問でもある。読後感から逸れるが、友人は小沢一郎氏が次官会議を無くしてしまったことが最大の要因だという。そうかも知れぬ、昔から省庁間に若干のランクはあったかも知れぬ。されど次官ともなれ背中に省を背負っているので、そう簡単に他省庁に妥協はできない。チェックアンドバランスが働いたはずだ。当時巷では大蔵省が筆頭官庁のように言われもしたが、旧内務省の自治省官僚からすればたかが金庫番とせせら笑っていた。

この次官会議は全会一致が原則で、ここを通過しないと如何なる案件も閣議に上げられない仕組みがなっていた。これが壊れたものだから内閣の横暴が始まったとする説には説得力がある。読後の感想に話戻して、本書で感心したのは法務官僚が内閣に籠絡され堕落している現状。…

お天道様

連休明けの15日、年金を引き出すために9時半ころ郵便局に行くと既に長蛇の列。しばらくしてやっと引き出したが、今月の支給額は10月より約4万円も減っている。予めの通知で承知はしていたが再びショックが襲ってきた。兎に角年金の範囲内の生活を心がけ、例え数千円でも残すよう務めてきたが、今後はかなり難しくなるだろう。何時も冗談を言い合う昼飯屋の親父じゃないが、愈々戸棚に隠れていた福沢諭吉様にお出まし願うことになりそうだ。

今月は体調を崩したりした個人的な問題に限らず、日本全体で見ても碌でもない月だったかもしれぬ。個人的台風被害は免れているので善しとしても、影響は余りに大きい。先ず天皇陛下即位の祝賀パレードの中止が今週決定したが、台風が来る前に母校長野高校の120周年祝賀の関連行事が全部取りやめになった。新幹線が止まる前に中止を決定したので、東京から出席を予定していた仲間はホッとしているだろう。中止と言えば池袋のふくろ祭りで評判高い「第20回東京よさこい」も前日になって中止の決定。この祭りは土日に亘るビックイベントで遠方からの参加者も多いので、既に池袋入をしていた人も多い筈。

かと思うと、来年のオリンピックのマラソン会場が東京から札幌に変更になりそうだと報道されている。日本の総責任者森喜朗氏がオリンピックマフィアの総本山ローザンヌ滞在中の国際オリンピック委員会の見解だからほぼ確定的だろう。今回のオリンピックは日本オリンピック委員会の竹田会長が今年辞任する以前からシンボルマークや国立競技場設計変更など碌でもない事件が相次いでいる。その上に政府の外交下手の影響で韓国から食い物の放射線調査とか因縁をつけられているし、水上競技会場問題だってスッキリ片がついてはいない。

東京オリンピックが決まったのは遥か昔になるが、あの時からスッキリしなかったし、前回のリオデジャネイロオリンピックの最終日、安倍首相異様な格好で登場した時も不吉な予感がした。天災は自然現象だから人間の社会活動とは何も関連性は無い、と言うものの古代中国では天が地上に代替わりを命じたとして、本来皇帝が変わるべきところ、元号を改めたりしたそうだ。日本は既に昭和から令和へと革命をしているにも関わらず、お天道様はなにかお気に召さぬことがあるのかも知れぬ。

友達

80歳を目前にした今では、付き合いをする友人が少なくなってしまった。亡くなった人は仕方ないが、互いに生きてはいても似た年頃ともなれば疎遠になるのが当たり前なのだろう。そんな中で相変わらず元気な友人の一人が昨日電話で長野の台風被害に関して見舞いをくれた。幸い我が家の関係者は直接の被害がなかったので礼を言いながらよもやま話をして時間を潰した。彼は学校関係では全く異なるが高校時代からの親友でもある。

性格や趣味的には似ているところもあるが、政治思想的には全く異なり、ゴリゴリの自民党支持者。こちらが自民党を嫌いなように彼は民主党政権が日本を悪くしたと思っている。台風見舞いでもあったので、当然長野市の被害が話の中心。彼曰く「今度の被害拡大は全て民主党政権のコンクリートから人への所為だよ。あの政策で地方の土建屋が多く潰されてしまった。だからいざとなった今回、重機にしても働き手にしても十分に集まらないから復旧がままならない。テレビを観ているとよく分かる。」

民主党政権による地方産業の変換についてはなんの知見も無いし、折角の見舞いをくれた友人に反論はせずご高説を大人しく拝聴した。考えてみると我がご同輩は殆どが保守主義者だから自民党支持者が多いのは当たり前で、兄弟も皆自民党を支持していたかも知れぬ。多分自分も最初は政治にあまり関心がなかったこともあり、保守的な環境で育っていたので自民党支持が当たり前と思っていた。それがいつの間にか反自民になってしまった。これは区会議員選挙に深く関わった亡き家内の影響が大きいと思う。

己の政治信条なんか行使するのはたまの選挙の投票だけだから、その違いだけで友達との付き合いに不都合や不便は一切無い。中にはこのブログをたまに読む友人もいるだろうが、あいつはまた馬鹿なこと言っているぐらいな受け止めで許容し、有り難いことに長年の付き合いが変わることは無さそうだ。互いに少なくなりつつあると友達との付き合いをこれからも大切にしていきたい。

神輿とシャッポ

良く言えば「まとまりが良い」かも知れぬが、昔から日本は羊羹型社会と言われてきた。先の大戦直後から半世紀以上、国民が一丸となってに同じ方向に向かって努力をした結果、人口が1億人を超える時代になっても貧富の格差が少ない社会を実現してきた。誰の知恵か知らぬが、終戦直後に少し芽が出かけた共産主義革命の危険はあっさり排除され、民主主義の名目のもと、多数政党が実現して、これも良く言えば互いに切磋琢磨した結果、今日の安定した平和な社会があるのだろう。

終戦直後、世界で最も平和で安全な国と聞かされたスイスと言う国家を夢見た少年からすれば、それは結構なことだったとも言える。ある意味で現在の日本は、困難な状況が続く外国の少年たちから見れば、70数年前に小生が夢見たスイスのように見えるかも知れない。昔、小沢一郎氏が自民党幹事長時代に海部俊樹氏を総理に担いだ時「神輿とシャッポは軽いほうが良い」と嘯いて物議を醸したことがあった。30年も昔の話だからご記憶のある方は少ないだろう。

確かに、国民を纏めていくには能力が高かったり個性的な人間よりは、言っちゃ悪いが少々〇〇のほうが良いのかも知れない。国家という組織が安定するのだろう。似たようなことは昔付き合った官僚からも聞いたことがある。当時の中央官庁は毎年最高学府出身の同じように優秀な新人が10~20人採用されていた。彼らは入省当時からどの役所でも「特権さん」と呼ばれて同じようなコースを歩み、55歳から60歳頃までに差がついてしまう。

入省当時能力に差がなかった集団が30年間程度でどのようにレースが運ばれるかについて複数省庁の中堅の「特権さん」から聞いた言葉が今も印象に残っている。「次官になるのは結局何もしなかった奴よ。」要するに「特権さん」は仕事を懸命にすると結局何処かで傷がつく。日本と言えど人間は多様性があるので、万人を満足させることは出来ない。

社会で大きな仕事すれば、組織内部ではそれなりの反動もあることは覚悟しなければならない。「だから30年以上を無事勤め上げるためには組織内の動向に目配りして、対外的には何もしないのが一番なのさ。」当時官僚の多くは分かっていたが、それでも役目が巡ってくれば、事に臨んで積極果敢に仕事に邁進したのだろう。嘗ての小沢氏の名言と嘗ての官僚が持ち合わせ、今失われているように見える特権としての矜持、この二つが相まって…

国会議論のテーマ

自分で視聴してはいないが、昨日と今日の参議院予算委員会、噂に聞く限り殆どの質疑が台風被害とその対応に費やされたとのこと。台風被害が甚大であったのは言うまでもないが、国会審議の大半が目先のことに終始して良いものだろうか?首相の施政方針を踏まえ内外には質すべき問題が山積している筈である。

遅くなったので多弁は弄しないが、政治家諸氏には国家の将来を睨んで勉強してほしいものだ。

複雑すぎても無縁ではなかろう

ことの善悪は別として世界には様々な権力者が存在しているらしい。超大国とされるアメリカ・中国・ロシアの大統領を筆頭にヨーロッパ連合のフランス大統領・ドイツの首相・連合を抜けようとしているイギリスの首相、逆に連合に加盟したいと言っているトルコの大統領。アメリカの属国東洋の果の日本の一市民としては、それぞれの権力者が何を考えているのか分かりにくいが、彼らに共通しているのは、休む暇なくよく動いていることだ。

引き換えて思うのは、我が国の権力者が余りにに暇そうにしていることである。台風被害が発生した19日の土曜日、早々に私邸に引き上げてラグビー観戦をしていたことがネット上では大分糾弾されているが、そんなことを指摘したいわけではない。アジアの隣国のことさえよく分からないのに中東やアフリカの事などはめくら同然だが、最近はイランやイスラエルだけでなくシリア北部が大きな紛争の種になりかねない緊張状態にあるよだ。

それこそ日本は3連休中でもあり、詳しい情報が報道されていないが、シリア北部地帯は元々IS(イスラミックステート)発祥の地帯らしく、その一帯の住民は民族的にも極めて複雑、特にクルド人は国を持たないが居住者3000万にを超すと言われ、アメリカが彼らを対IS戦闘で長年調子よく傭兵のように扱ってきていた。それを先月末に例のトランプ節で「永遠に終わること無いこの地帯の紛争からは手を引かせてもらうよ、グッド・バイね」と兵力を引き上げ始めたわけだ。

それを見込んでか予め手を握っていたのか、相当に怪しいが、トルコがクルド人をテロリストとして排除、トルコとシリアの国境地帯に非武装地帯を作って、現在トルコ国内に収容されているシリア系難民(200万人近いそうだ)の居住地帯を作ると言い出した。トルコは元来アメリカ軍に基地を提供するアメリカ友好国のはず。これが最近になってロシアのプーチン氏と仲良くし始めているのも不思議。ロシアはシリア政府と前から盟友関係でアメリカからは敵視されていた。

僅かこれだけの文章でも「お前の頭が混乱しているのではないか?」と言われそうだ。確かに現在の中東情勢一端を取り出してなにか書こうとするのは、相当勇気のいることで、シリアとトルコん関係で、これまでのシリアとクルドの関係が180度転換したらしい。数行前にトルコとアメリカの関には密約めいたものがと書いたが、アメリカはトルコに…

政権とマスコミの関係

ネットで囲碁を打っていて負けが込んだので、久しぶりに碁会所に行って帰りが遅くなってしまった。ブログも休もうかと思ったりしたが月曜からサボるのも気が引けるので遅まきながら。
先週は全国的な台風被害とラグビー・ワールドカップの予選最終戦などで報道が持ちきりになり、折角国会が開会され衆議院の予算委員会も始まったなのに殆どニュースにならなかった。国会質疑そのものは少し前に書いた通り下らないかもしれぬ。

しかし、やり取りでなく取り上げられているテーマはには国民生活にとって重要な案件が多々あるはず。マスコミ報道はそこに注目して取り上げてほしいが、その見方は無いようだ。政権側にとってはもっけの幸いだろう。現役時代に電力会社の側に立って原子力発電のお先棒を担いでいたので、日本のエネルギー供給構造について普通の人より少しばかり知っているつもりだ。「環境負荷を考えると再生可能エネルギー比率を増やす必要がある。」と政治家も官僚も口を揃えるが、その方向への動きの実態は極めて低調で、政府も電力会社もむしろその動きにブレーキを掛ける事しか考えていない。

大手電力企業は10社に分割されているが、実態は昔の電力供給公社と一緒で喩えて言えば巨大カルテルであろう。そのヘッドは経産省の資源エネルギー庁が握り、電事連が各事業者へのクーリエ、即ち連絡役を担っている。その電事連の会長を努めていたのが関西電力の八木会長で、野党が国会で質問したいと言ったのを与党があっさり退けた。仮に野党の意見が通り、参考人質疑が成立しても電力の深い闇は何も明らかに出来ないだろう。狭い日本に原発が52基も存在する事実はその歴史から見直さなければならぬが、それは簡単なことではない。

重要なポイントが一つある。原発はアメリカの方針に従い政官業が一体となって推進してきたものであるのは勿論だが、それだけではない。そこにマスコミも大きくコミットしてきたことはなかなか表面化しない。昭和30年代から40年代の初めにかけて全国新聞の中で最下位であった読売新聞がいつの間にかトップに君臨するようになった。これも国の原子力政策と極めて密接な関係があると見えるのだ。

台風19号

昨日は昼間から雨戸を引いて電灯をつけ、結局家から一歩も出ずに居た。普段は雨戸を引いていないので真っ暗闇の中に居たせいか、今朝は珍しく5時を回ってから目が覚めた。夢うつつではあるが昨夜は風雨がすごく、時折雷の音が聞こえたり地震のように家が揺さぶられるのを感じていたものだ。ところが気がつくと妙に静かで、暗闇の中、枕元に置いてある携帯を開くと5:15。確か、予報では明け方が一番風雨が激しいように言っていたような気がしたが、台風のコース変更があったのか?なんて思いながら身支度をして、6時にテレビをつける。

台風は予想通りのコースを進みつつあって、現在は既に中心が三陸沖に接近しているとのこと。関東地方は予定通り直撃に近かったようで、真夜中にこの辺りも相当な風雨だったようだ。昨夜就寝前の9:30頃、携帯に変な音が鳴って、東京に「特別警報発表:警戒レベル5」既に災害が発生しています、命を守る最善の行動をしてください。と連絡が来た。と言われても、雨戸を引くぐらいしかやることがなかったの実情。

ただ、沿岸に接近してからのスピードが時速60キロと近くになったので夜のうちに通り去ってくれたらしい。家の周りは台風15号と同じで、駐車場の鉄の扉が開いてしまっていた。北に面した建屋なので時計と逆周りの東からの風が簡単に引き開けてしまったのだろう。一番心配したのは洗面所の上に乗っている明かり取りの天窓であった。

家内が亡くなってからリフォームをして、以前屋根の平面に切ってあった窓が風の吹きようで雨漏りがしたので、屋根に台を組み、そこに丸い天窓を乗せるように変更していた。前より明るく、雨漏りも全く無かったので良かったと思っていたが、これが台ごと吹き飛ばされはしないかと心配していたが、昨夜はどうやら持ち堪えてくれた。

雨戸を開け放ち空気を入れてからテレビを観て驚いた。全国で予想されたように大きな被害が出ている。特に我が故郷の長野市の千曲川氾濫はその被害の中でもトップの扱い。東海から関東の被害は予想の範囲だが、周囲を山に囲まれた信州での被害は予想外。多分友人知人にも被害者がいるだろう。自治体が避難を呼びかけても実際に避難す人は少ない筈。我が身も同じ、したくても出来ない高齢者、たかが1人、されど一人かもしれない。

話し上手と話し下手

人を見かけで判断してはいけないとも言われるが、一方40歳過ぎたら人相も自己責任と言うこともある。どちらが正しいか分からないが、嘘をつくことが習い性となっている政治家や高級官僚の顔を見ていると、後者の考えが正しいように思えてくる。予算委員会で居並ぶ現内閣の顔を見ていると、なにか一様に暗い。昔、家内が娘のことを指してよく言っていた<便所の100ワット>のように不必要に明るいのも考えものだろうが、よくもこれだけ暗い顔を揃えたものだと思う。

国会は言論の府と言いながら、表では与野党の駆け引きがあるので、本音も言いづらく甘い顔も出来ないだろう。では裏ではどうなっているのか、これが問題だが我々下々には殆ど分からない。分かっているのは質問者の質問は前日までに回答する当事者に届けられ、質問の際に提示する資料も総て事前に理事会と言う場での了解を得なければならない決まりがあることだ。これで面白みを期待できるわけはない。それを思うと今は議席を無くしている山本太郎氏はよく頑張ったと言える。

議会という場は日本に相当あるし、外国にも多数あるはず。これが総て似たような規則で運営されているとは限らないだろう。少なくとも最近良く見かける英国議会のやり取りは全く異なり、丁々発止で双方必死の攻防をよく見ることができる。アメリカ議会の公聴会なんかも出来レースとはいかなようで、近頃はトランプ政権側が公聴会出席自体を拒否して問題になったりしている。しかし日本の場合は田舎の小さな自治体議会であっても、概ね国会に似た運営がされているようなのが少し残念。これが社会全体の閉塞感に繋がる一要因かもしれぬ。

欧米の教育には「ディベート」があり、幼い時から議論について勉強するらしい。どんな教育か知らぬが勝手な思いを言う。議論で最も大事にしなければならぬことは、相手の言わんとする所を十分理解することの筈。「朝、ご飯は食べてこなかったけれど、パンを食べてきた。」この手の質疑応答は議論以前の問題だろう。今日から日韓の貿易問題に関して実務者(局長級)協議が始まるとされている。外交協議にしても同様で、相手の言うことを聞かず声高に己の理屈を並べて正当性を主張するのは協議に値しない。

身勝手な輩

関東地方も明日から大荒れの天気と予報が出ているが今日までは秋晴れが続いて結構なことだ。夏風邪も大分良くなってきたので今月末には近くの山に紅葉を見に行くのが楽しみになってきた。国内では国会が招集され衆議院の予算委員会が開かれているようだが見る気にならない。むしろ海外の事情のほうが気になることが多い。特にアメリカのトランプさん、野党に大分押し込まれているようだし、シリアのクルド人対策も支離滅裂で、野党のみならず与党共和党内からの非難も相当激しいものらしい。

そりゃそうだろう、昨日まで味方として一緒に戦ってきた民族を急に「バカバカしいからもう戦争に協力はやめた。あとは勝手にしてよ。」はいくらなんでも酷すぎる。日本政府が杖とも柱とも頼るアメリカ大統領の身勝手な振る舞い友言えるが、彼に限らずアメリカという国家そのものが、同盟国を裏切ってきた歴史はイランにせよイラクにせよベトナムやフィリピンにせよ数え上げれば相当な数だろう。韓国なんかもその辺の事は心得ている風情が垣間見えるが、我が国だけは身も心も捧げている様子がだんだんいじらしく思えてくる。

日本は外交と言えば何でもアメリカ様が仰る通りで困ったものだ。まさか先月フランスのシラク元大統領の国葬に然るべき高官を派遣しなかったのもアメリカの指示ではなかろうが、アメリカばかり見習っていると日本の振る舞いが支離滅裂になりかねない。そのために他国からバカにされているのは知ってか知らずかとしても、貿易交渉なんかをみている限りTPPに参加した10カ国から馬鹿にされるだけでなく、相当国益を損じているようだ。野党が国会で何処まで追求できるか分からぬが、結局泣きを見るのは関係する畜産農家や自動車など輸出大手のサプライを担当している中小企業になってしまう。

与党の中にもそういった中小企業から献金をもらっている議員は少なくないはずだが、なんの役に立っていない。東電の事故から既に8年以上、再び原子力政策が問題になっている。これとてもアメリカの政策を真似したか真似させられているか知らぬが、エネルギー政策全般が真に国民全体を見ていないことだけは確かのように思える。

長野高校東京同窓会

昨日の夕方、高校の東京同窓会幹事会があって出席した。母校は今年120周年の名門校であり、首都圏在住の同窓生は多数居ると思うが、年に2回開催される同窓会の集まりは往年(約半世紀前)に比べると寂しい限り。近年は100人を超える出席者がいれば善しとせねばならない。同窓会では同窓生の中から我々幹事が選んだ著名人の講演がある。その講師を選定するのが幹事会の主な仕事。

各年代の幹事全員が出席すれば、幹事会だけでも50人近い出席者数になっても不思議はないが、昨夜も集合したのは約20名程度。しかも年代に依って偏りがあるので歯抜けになっている年代が年々増えているのが実態。120周年とは高校の前身長野県立長野中学が設立された明治32年(1899年)創立ということらしいが、昭和34年(1959年)卒業だから創立から勘定すると丁度真ん中に当たる60回生かもしれぬ。昔初めて同窓会に参加した頃は長野中学出身者も居たが、今や恐らく1人も居まい。

しかも戦後長野高校誕生までも些か複雑で、長野北高と称された時代があったため我が世代は高校11回生となっている。最近の同窓会では北高時代の先輩も殆ど見かけなくなった。従って79歳の高校11回生は貫禄は無いがもう長老の部類。母校の故事来歴を書いたのには理由がある。幹事会では出席幹事一人ひとりが近況を申し述べることになっている。そこで昨夜は思い切ってこのブログのことを披露させてもらった。出席者の中で最も若い人は51歳の若い青年。

幹事会を仕切ってくれている人たちでさえ未だ還暦前だ。年寄りが近況と言っても面白くもおかしくもないが、若い人たちの話からは時代の息吹が感じられて楽しい。その息吹をこれからも時に応じて伝えてもらえることを期待してのカミングアウトだ。同窓生の同窓会に対する意識が時代とともに変化していることは否定できない。しかし世代を超えたコミュニケーションの可能性が残る数少ない場であることも事実。願わくば昨夜をきっかけに新しい読者が増え、更に欲を言えば、何らかの反応を期して待ちたい。

北朝鮮関連報道

夕方出かけるので大分早いがアップする。

昨日の朝、日本海の排他的経済水域で違法操業していた北朝鮮のイカ釣り漁船が、監視活動していた水産庁の漁業取締船「おおくに」と衝突したとのこと。報道に寄ると、どうも偶発的ではなく警告している最中にぶつけられたようだ。結果的に漁船は沈没して、乗組員全員が海中に放り出された。この数が20名という報道と60名との報道もあり真相は不明。更に、全員が水産庁船の救助活動で助けられるも、近所にいた北朝鮮船が駆けつけたので引き渡したとのこと。

もし違法操業なら、せめて責任者くらいは日本に連行して取り調べるべきだと思うが、この点を指摘する報道は未だ見当たらない。大和堆と言われる現場一帯はスルメイカの絶好の漁場で、これからシーズンになるのでやって来る北朝鮮の漁船は数千台のオーダーになるとも言われている。勿論日本の漁船も操業しているだろうし、水産庁や海上保安庁も警戒をしているようではある。昨夜のテレビニュースには水産庁の官僚がコメントしていたが、新聞報道には海上保安庁からの報告とある。

一見すると丁寧に報道されているようにも見えるが、漁場荒らしが国家的規模で行われているならば、実態をもっと明確にして何故強く抗議しないのか、対応が中途半端でどうも腑に落ちない。ミサイルの試射については「どこそこの大使館ルートを通して強く抗議をした」が決り文句ではないか。強い抗議が実際に行われているかどうかも怪しいもので、北朝鮮問題になると拉致問題のみならず政府の発表が如何にいい加減であるかが伺える。同時に問題視しないマスコミ側にも大きな責任がある。

似たような意味で、先週ストックホルムで行われた米朝実務者協議の報道も、報道だけでは何を意味するのか全くわからない。北朝鮮は記者会見までして交渉決裂と発表するも、直後にアメリカは交渉は近く再開されるはずと発表している。事前にアメリカ側が一定の譲歩をして、首脳会談に向け前向きに進むとされていただけに、期待を裏切られた気持ちだ。しかし協議が丸8時間以上費やされたとも言われ、北側もアメリカ次第で再協議もあるかもしれないとしたとも言われる。

政府の腰が定まらないのは昔からにしても、マスコミにはもう少しシャンとしてほしいものだ。

急に秋風

急に涼しくなった。夏風邪が抜けきっていないので、大事を取って少し厚着をした。土曜日に孫と買い物に行って話をすると「風邪はおとなしく寝ているに限ると思うよ」とのこと。仰る通りかもしれぬが、残念ながら単身生活者は1日中大人しくしていることが不可能。昨日孫に言われた通り引き篭もりをしてみたが、症状に大差はみらっれないし、雑用が溜まってしまう。

今日は引き篭もりの反動で有楽町まで足を伸ばして映画を見たが、上映前にトイレで咳と痰を十分吐いたら2時間半むせること無く収まった。しかし遅い昼飯を食いに行った店で咳が止まらず往生した。喉の痛みがないのに不思議でならぬが、ちょっと動くとすぐ咳き込んでしまう。とってもじゃないが山歩きは未だ出来そうにない。

帰宅すると既に4時、朝からメールも確認せず外を歩き回っていたので世の中の動きが殆ど分からないのでブログに書くべきことが思いつかない。唯一の収穫は秋風の中、久しぶりに1万2千歩以上歩いたことだ。少しずつ運動をしているうちに咳と痰が何とか収まってくることを期待したい。

官僚から聞いていること

大臣に限らず政務三役ともなるとテレビ出演の機会が増える。昨夜もBS-TBS「報道1930」に防衛副大臣の山本ともひろ氏が出演していた。放送局側が如何なる存念で出演を依頼したか分かりかねるが、彼のコメントを聞いているうちに、これまで似たような立場の政府関係者のコメントを聞く度に感じていた違和感の根拠がやっと分かった気がした。

山本氏は発足したばかりの防衛副大臣だが、二度めの防衛副大臣でもあり自民党内では国防部会長や安全保障調査会事務局長など防衛問題に関しては既にベテランに属する1人だろう。年齢は44歳、関西学院から京都大学の大学院法学研究科を経てアメリカ留学の経験もして松下政経塾を出ているのでキャリアとしては立派なもの。見るからに賢そうで好感を持てるような顔つきの好青年である。

番組のテーマが東アジアの安全保障問題だったと思うが、北朝鮮のミサイル発射や、中国国慶節の軍事パレードや香港の市民デモと多岐にわたったが、司会者からコメントを求められると、「北朝鮮問題に関しては強く非難はするが、日本はアメリカの同盟国であるので米朝首脳会談が行われることを期待する。」とか「中国の軍事力強化は注目してはいるが、我が国も負けないような強化策を図りつつある。」とか誰に聞いてもそう答えるであろうことしか返事は返ってこない。

彼に限ったことではないが、政府関係者の場合は聞かれたことに関して「報道以上のことは知っているけど、対応策などについては立場上コメントを控えさせてもらう。」或いは「対策等はあらゆる段階で十分に講じている。しかし具体的にはお話できない。」が常套句。要するに俺のところにはあらゆる情報が遅滞なく上げられて、対策は迅速に行われている。具体的に言うことが出来ないだけとの意味。1次情報が届かない視聴者は知らぬが仏ということか。

ならば放送局も政府関係者なんかをゲストに呼ぶ意味が無かろう。昨夜の番組でも外務省OB元中国特命全権大使の宮本雄二氏の方が、余程明快に中国やメリカの今後の見通しとあるべき日本の対応を語っていた。現役の副大臣がそこまで言えないにしろ、政治家は己が知っている(官僚から聞いている)ことより知らない(官僚に教えられていない)ことについて、予測の難しさを語ることが出来なくてはならぬと思うが、それを語る現役の政治家にはお目にかかったことがない。

増税の影響

半月以上続いている夏風邪がどうしても止まらない。今日はついに呼吸器科の病院に出向いて診てもらった。レントゲン撮影やらで半日仕事になったが、気管支に特に問題はなく結局夏風邪との診断。一安心ではあるが、咳と痰のしつこさには往生する。安静にいしていると良いのだが起きていると何かと雑用が重なり、途端に咳き込んでしまう。変更してもらった薬の効果を期待するしか無い。

医者の帰り、今日も行きつけの飯屋で昼飯にしたが12時半近くなのに驚くほど空いていた。先月までを考えると満席で断られるかと思って入ると、カウンターを入れて25席ほどの店に3人しか客がいない。昨日もやはり空いていたので、月が変わって増税の影響は目に見えて出始めている。内税なのでビール中瓶が550円から580円へ、料理も30円から50円ずつ値上げをしたそうだ。売上の変化は聞かなかったが、例え落ちていなくても客数が落ちているのは間違いないだろう。

予てあと2年で店を閉める予定と言っていた夫婦だが、店じまいを早めることになりかねないと些か自嘲的だった。「今はコンビニ弁当に流れた客も結局は戻ってくるさ。」と景気づけを言ってみたものの、女将さんが言った。「食事はしないわけにいかないから、毎回の30円50円の差は1日100円とすればやはり大きい。昼の定食料金だけでももどそうかしら?」メニューは日曜日に切り貼りをして修正したが、定食は毎日黒板に書くだけだから何とかなるのだそうだ。

1着50万円するするスーツの仕立て券をやり取りする連中には想像がつかない世界の話だろう。幸いこちらは独り者、食費が最大の物入りだが1日は100円とすれば1年でも36,500円。たまたま今日年金の支払い通知が来た。下期10,12,2月は321,800円ずつ。上期は357,000円ずつだったのになんだ?と区役所に文句を言ったばかり。健康保険の計算が9月で切り変わるのを了解してくれとの返事。

何もしないのに1年に230万円も頂戴できるのだから有り難く思うべきで、36,500円ごときでぶちぶち言うな。かもしれぬ。しかし子どもたちの家族は食費が無条件で4倍以上、値上がりは馬鹿にできぬことだろう。

へそ曲がり

昨日は香港の学生デモに関して、「無意味なこと」と少しへそが曲がったようなことを書いてしまった。今日も似たような話になるが、地球温暖化に警鐘を鳴らしてついにこ国連総会にまで招待されることになったスウェーデンの16歳の少女のことである。彼女の行動や国連での演説は非常に多くの人を感動させている。中には今年のノーベル平和賞候補の筆頭だという人さえいる。現代を生きる者の1人としとしてなにか対策めいた事を考えてことがあるか、と聞かれると実は何もない。

誠に忸怩たるものだ。と思っていたら、今朝の報道でロシアのプーチン大統領が彼女の意見に異を唱えていた。曰く、温暖化対策と気安く言ってくれるな。文化的生活を営むことができるスウェーデンとは異なり、人口が増え続けているアフリカ諸国では樹木を燃やすか化石燃料に頼らず生活することは出来ない。土地がいくらでもあるから太陽光発電をとでも言うのか、そのコストがどのくらい必要か、誰か彼女に教えてやってほしい。大雑把に言うとこんな論理だったような気がする。

ロシアは天然ガスなどのエネルギーをヨーロッパなどに輸出している国だから、エネルギー問題についてスウェーデンの少女の主張を単純には受け入れられないのだろう。小生ごときと違い、反論するにはそれなりの科学的根拠もありそうだ。我が国の環境大臣さまを始め各国の首脳がそれって褒めそやす外国の少女を自らの信念に基づいて批判するとは、流石ロシアの大統領。会場まで来て演説途中で席を立ったアメリカ大統領に比べると、役者が1枚上のように感じた。

香港・若気の至り

連日香港のデモ騒動が報じられている。香港は一度も行ったこともないし、特段の想い入れは無い。ただ多くの学生がこのデモの先頭に立つ姿を見ていると、無意味なことをしてもったいないと同情を禁じえない。国家権力に逆らって国の、或いは自治区の有り様を変えようと言っても土台無理に決まっている。日本も嘗て、学生が知識人とともに、国家の姿を変えようとデモの先頭に立った時代があった。最たるものが大学2年生時代の60年安保騒動だ。その後約10年学生運動が続き様々な事件があった。それで日本の何が変わったのだろう?日米安保関係に大きな変化があったとはとても思えない。

結局学生同士に深い溝が生まれてセクトが生じて醜い仲間争いが延々と続き、最終的に運動は権力に抑え込まれて先細りしていった。はしこい人間はそれでも生き延び、学生右翼化したりして現在に至った者もいるが、これはは極わずかで、あたら多くの学生が社会に出る前に履歴に傷を残し不幸な人生を送ることになったに違いない。学生運動の成果は成田空港の開港が少々延期されたり東京大学の入試が取りやめになった年があった程度で、日本の官僚主義の根本は殆ど変わらず、当時運動に熱を上げた青年は悔しい思いが強いだろう。

中国本土の天安門事件を思い出しても、結局学生の蜂起が殆ど無意味に終わったとも言える。あの時日本に逃亡してきた学生もいたようだが、殆どはアメリカとカナダに行ったようだ。日本の甘い権力でも学生の反乱は成功しないのだから、共産党1党支配で権力機構をがっちり固めている中国の一角にあって、民主化を求める事自体が間違っていると思う。アメリカに訴え、イギリスに訴え世界各国に訴えようが、訴えられた国にとしても支援のしようが無いだろう。

何処かがスケベ根性で内政干渉して、ウクライナの革命めいたことをして香港が独立したとしよう。結果は火を見るより明らか、経済的にも人権的にも香港市民は現状より悪くなるに決まっている。大人たちはそれが分かっているが、子どもたちにはどんなに言って聞かせても理解されないのだろう。厄介な話だ。

消費増税の日

ついに10月、それでも陽だまりを避けて歩きたいからやはり異常気象と言うべきか、それともこれからずっと毎年覚悟を決める必要があるのだろうか。どちらかと言えば後者の可能性が高そうだ。ヨーロッパアルプスのスキー場や千軒近い山小屋は永久凍土の上に建設されているらしい。この永久凍土が溶け始めていて基礎が傾き莫大なコストを要する補強工事があちこちで始まっている話や、グリーランドの氷が溶け始めてエスキモーの生活が変化始めていることなど、地球温暖化の影響はあちこちから聞こえてくるが、一方ではシベリアやアメリカのモンタナでは季節外れの豪雪被害が出たりしている。

何事も変化が始まる時は一直線にはいかず、斑現象から始まるとはよく言ったものだ。今日から日本は消費税が2%上がって10%となる。細かな買い物をせざるを得ない身にとって、小銭入れに1円玉が多くなる煩わしさから少し開放されるが、長い目で考えれば結局出銭が多くなるということで余り歓迎できる話ではない。どちらかと言えば消費税は下がるほうが有り難いのが正直なところ。前の参議院選挙でれいわ新選組の山本太郎氏を応援したのもそのためだ。

昨日その山本氏が出演したテレビを観ていたら、朝日新聞の編集委員原さんという方が山本氏の理論に対して真っ向から異を唱え、消費税を仮にゼロにしても庶民の暮らしに貢献するところは殆ど無いに等しいと反論していた。消費税は名前からして、如何にも庶民の懐に手を突っ込んで徴収する税のように聞こえるが、実際は形を変えた法人税と同じで、消費性を無くしても企業が製品を値上げして庶民の懐を襲うので結果は同じとの理屈。

経済学的知識が皆無なので判断の仕様はないが、もしそうなら山本氏や共産党が言うように思い切って消費税を全廃するのもありではないか、なんておもったりしたが、そんなこと思うのはどうも少数のようだ。それも我が同世代は特にその傾向が多く、消費税は増えて当たり前と思っている人が多いらしい。我が世代は年金も早くから貰い、既に逃げ切りの人生最終局面だから現状肯定からの発想はやむを得ないのかも知らぬが、頭から山本氏を馬鹿にして掛かるのは少しずるくはないだろうか?少なくとも消費税のことについては、も少し勉強してまた書きたいと思っている。