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308議席の危険性

小沢一郎の盟友で平野貞夫と言う人が居て、彼とサンデープロジェクトのレギュラー出演者の高野孟と対談を聞いた。この中で平野が面白い事を言っている。一番面白かったのは敵は常に身内に有りと言う事で、細川政権を潰したのは武村正義だというのだ。彼は小沢が8党派を纏めた時に総理にしてもらえると思っていたらしい。それが細川に行ってしまったので野中広務なんかと組んで政治改革を止めてしまったのだそうだ。従って彼は今でも正義漢面をして、小沢二重権力構造をしきりに吹聴しているのだそうだ。

これを別にすると、民主党の大量獲得議席への危険性について警鐘を乱打している。理由の一つは権力の不正な行使である。今回の選挙について、自公政権に対する国民の不満は多々あったろうが、選挙直前で小沢の秘書を逮捕した事。もしこれが無くて小沢と戦っていれば、麻生氏もこれほど負ける事はなかった筈。又、小沢の秘書逮捕の後に出てきた自民党側の同じ問題に検察が同様の対応をしていたならば、これ又そう簡単には負けなかったろう。

更に、参議院で与野党の勢力逆転したにも拘らず、自公政権は衆議院での再可決を繰り返した。この事で国民は自公政権の権力行使の仕方に非常に危険なものを感じ取った筈だ。マスコミの分析には出てこないが、それが今度の大敗に直結している事を理解しなければいけない。民主党はこの事を良く良く弁えないととんでもない事になる。

二つ目の理由、民主党の議員は若くて優秀とされる人が多いが、政治家としての発想と感性に欠けるきらいがある。換言すると民主党は脱官僚依存政治をうたいながら、最も官僚的な政党であるとも言える。何とか塾とか、外資とか、官庁とかから出てきた優秀とされる人間が多いが、これが殆ど偏差値教育で培養されてきた人種なので、論理的ではあるが人間の機微に疎いのが心配である。

今朝も婆さんと岡田外相について話をした。以下の事をテレビで放送していたらしい「岡田さんは常に割り勘、誕生日とかにワインを貰っても送料を添えて送り返すそうだ。周辺が心配して、酒席で女性を両脇に侍らすよう段取りしても、これを全く無視して無粋な話に終始してしまった。第一お金持ちでありながら若い時から決してぜいたくはさせてもらえなかった。」との事だ。

今朝我が家では、家の爺さんや麻生氏と違って真面目なのは大いに結構じゃないかと言う話だったのだが、平野氏に言わせると<乳母…

新政権発足

民主党に政権が移行したお陰で実に様々な事が見え始めている。今までと言っては悪いかも知れないが、少なくともここ10数年、特に森内閣以降ぐらいの政権与党はいったい何をやって来たのだろう?極端に言えば官僚の言いなりになって、国民のためには何もしてこなかったようなものだろう。官僚は企業と同じようなもので組織の存続が自己目的化してしている事は言うまでも無い。

企業が存続を図るには市場の変化に柔軟に対応する必要があるが、役所は国民生活の実態を観察するより政治家の鼻息や顔色を窺っていさえすればいいのだ。民主党の最高顧問渡辺恒三がいみじくも「嘗て最初に厚生大臣を拝命したが、仕事は厚生省の国会対策委員長のようなものだった。」とテレビで語っていた。政治家は国民のためでなく役人のために存在していたのだろう。

更にこの上にどう仕様も無いマスメディアの存在がある。田原総一郎が番組の中で政治家亀井静香に対して「あんた達は権力をもっているが、私たちは何も無い。聞く権利だけが我々に付与されている唯一の権利だ。」と偉そうに言っていたが、なれ合いの猿芝居の中で何をほざくかと全く笑わせてくれる。国民を一定の方向に誘導すると言う意味で、今やテレビメディアに生きている人間は、田原なんかは特にそうだが自分は最大の権力者と内心思っている筈である。

確かにこれまで私のような愚民は新聞やテレビにかなりミスリードされてきた事は事実として否定できない。しかし、最近新政権の閣僚やそのスタッフがテレビカメラの前で、「私たちはまだそんな数字を発表していません、又は、私たちは現在こういった方向で作業中でこのように考えています。」と堂々としゃべり司会者を慌てさせる場面が多くなった。内閣の記者会見をオープンにすると言っていた事も外務省を筆頭に実現しそうな雰囲気でもある。

これまでメディアに出てくる人間は、自分だけがファーストハンドの情報を豊富に持っていて、その一端をここで披瀝すれば・・・・と言う事でもったいをつけて偉そうにしていた。数日前インターネットの情報で、田中良紹が「なぜ記者はバカになるのか」について面白い事を書いている。

>以下省略して引用
「記者って何であんなバカな質問ばかりするのですか」と聞かれた。
前に「頭が悪くないと新聞やテレビの記者にはなれない」とコラムに書いた私は、「だから新聞やテレビの報道を信ずる方がおかしいのです。新聞…

上高地から奥穂高岳に

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今朝は天気も日本晴れで実に気持ちが良い。と言うのは昨日までの5連休をフルに使って北アルプスの奥穂岳まで行って無事帰ってきたからだ。山に行くとき一人で出かけるのは慣れているとは言っても、流石に穂高連峰の最高峰で、しかも初めてとなると余り気安く行けない。先日鹿島槍で世話になった青年に計画を示して教えを乞うた。彼が計画を年寄り向きに修正してくれたり他にもいろいろアドバイスをくれた。特に大事な事は、先週の甲斐駒の時のように道を間違えた時には必ず元に戻る事、路線変更をしない事である。これが実に役に立ったし、山小屋の会話でも同じ事が常に話題になっていた。

19日、予想通りに台風は日本を直撃することなく小笠原から北に進路を取ったので朝から快晴。列車や19日の上高地アルペンホテルと20日の山小屋の予約は先週の水曜日だったが運良く全て予約が取れた。但し20日の涸沢小屋は、120定員の所既に200人は予約が入っているのを承知で来てくれとの事。3泊目の穂高岳山荘は予約を受けないシステムのようなので、これは予約なし。帰りの列車も指定は取らずに自由席特急券にしておく。この日は昼過ぎに予定通り順調にホテルに到着、チェックインには時間が早すぎたので上高地を散策、明日から目指す穂高の山並みが美しいがどれが奥穂なのかは分からない。ただ頂きの高さには圧倒され、あんなところに登るのかと思うといささか不思議な感じもする。

20日早朝、昨日貰った弁当を暗いホールでそそくさと済ませ、明るくなってきた6時前に出発。横尾橋までは何度も歩いているので勝手が分かるが、そこから先は未知の世界。横尾橋で軽いトイレ休憩をしただけで兎に角黙々と歩き続ける。基本的に平坦であれば2時間、山道は50分で10分休憩が理想的なペースだが、調子が良いので少しペースが速かったかもしれない。横尾橋から小1時間で本格的登りになる本谷橋と言うポイントがあり、ここで一息とガイドブックにあったが余りに人が多いのでここもパス、10:30頃には涸沢の裾に着いてしまった。穂高連峰に少しは近づいている筈だが、標高差は益々大きく感じる。

更に1時間ちょっと、11:30には涸沢小屋に到着チェックインをする。今日初めての客のようである。今回の山行きでしみじみ思うのは、山小屋は出来るだけ早い時間にチェックインをするのが何かと都合が良い事だ。この日も結果的に相当な混雑に…

馬鹿は死ななきゃ直らない

今日は鳩山内閣が正式に発足した。日本の将来にとってハッピーな日である事を心から祈る。鳩山氏にある種の爽やかさを感じるのは小生だけだろうか?今朝も婆さんと話したのだが、雑誌文芸春秋10月号の記事によると、鳩山さんは政策立案能力に欠けるような事を言っている。しかしそんな事はどうでも良いではないか。民主党には政策通が可なり居るようにも見える。政党リーダーに必要な資質は政策立案能力ではなくて統率力だろう。剛腕と言われる小沢氏を取り込んでいるだけでも評価したい。尤も小沢氏に言わせれば、彼が鳩山氏を取り込んでいると言う事だろう。

この日にしたり顔で政権担当能力を云々するコメンテータがいたが、よく言うものだ。国民が選択した内閣ではないか、嘘でもいいから一国民として祝いがなぜ言えぬ?

もう一言言っておきたいのは麻生内閣の引き際の醜さ。およそ日本人の美学からは隔絶した立ち居振る舞いは何とも言いようがない。これまでの1年間、日本人としてはなにかマンガか冗談の世界で弄ばれたような気がして空しい限りだ。本当に馬鹿は死ななきゃ直らない。

甲斐駒ケ岳登山

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65歳から高齢者登山を始めて早5年、単なる思い付きで始めた割には結構はまっている。とは言っても体力は日に日に衰える一方なので、高い山は出来るだけ早いうちに登りたいと言う気持ちが強い。今年は既に北アルプスに2回行く事が出来たが、南アルプスには未だ行けていなかった。南アルプスの峰々は北アに比べると姿が優雅で雄大なので、もっと行きたいも気持ちもあるのだが如何せんアプローチが長すぎて気軽に行けない憾みがある。しかし先週知り合いのブログで甲斐駒ケ岳だけであれば土日1泊でも行く事が出来ると言う事が分かった。

思い立ったが吉日で早速ベースとなる仙水小屋に連絡すると、12日の土曜日は満員だと断られてしまった。ところが良くしたもので、その翌日得意先の担当者が9月14,15日と夏休みを取るとの連絡が来た。こちらも夏休みは未だ1日しか取っていなかったので、これ幸いと14日を夏休みとして13(日)、14日(月)で甲斐駒登山にする事にした。例によってがってん太郎の悪い癖で少しばかりの失敗もあったが、最高の天気に恵まれ、南アルプスの息をのむような素晴らしい景観を十二分に楽しむことが出来た。

十三日の日曜日、目的地の仙水小屋はバス停から僅か一時間足らずの行程なので朝もゆっくりで8時のスーパーあずさで甲府へ、ここから路線バスを乗り継いで12時45分登山口の北沢峠に辿り着く。ここから仙水小屋までは僅か1時間足らずの筈だ。ここで悪い癖が出た。実はこの小屋へ行くにはここから少し降って別の登山口から登り始めなければいけない。それを目の前に甲斐駒ケ岳登山口と案内板が見えたので、これで間違いないと思いこんでしまった。

1時少し前から登り始めると、どんどん降ってくる人クロスする。3,40分すると降ってくる人が不審そうに「これからどちらまで?」と聞いてくるようになる。こっちは「今日は仙水小屋です」と答えると、最初のうちは「はあ、そうですか」で済んでいたが、1時間以上歩いても小屋の気配が感じられないのでこちらもだんだん不安になって来た。地図を取り出して見ると明らかに登山口を間違えている。明日下山で使うつもりでいたルートを逆に登っているのである。標高を確認すると既に2500m近い。

しかし来る時の車中、1時間足らずの歩きで2時前に小屋に着いたら今日はどうしよう、と思案していた事もある。天気も良いので駒津峰経由で仙水小屋に行…

歴史 上 岩波文庫 ヘロドトス著

歴史書と言えるかどうか分からないが「日本書紀」とか「古事記」が書かれたのが7世紀か8世紀とされている。この書は紀元前5世紀に書かれたとの事。作者はハリカルナッソス(ギリシャの1都市国家)のヘロドトスと特定されている。何でも世界最古の歴史書と言う事に興味を引かれて読んでみた。原作は全9巻まであるが、その3分の1の第3巻までである。

叙述される地域がエーゲ海を中心に北アフリカからユーラシア大陸の西から東はインドまでに及び、その中に点在する多数の都市国家と、そこに君臨したとされるこれ又夥しい人名が出てくるので正直訳が分からなくなる。更に自分の実証と伝聞を併せ歴史を語っているのだ。よくもまあ2500年もの昔に、嘘にしても聞き語りにしてもこれだけの著作を成し遂げたものだ。

感心するのは当時の人間が地中海を股にかけて、交易したり又は戦争をして行き来していた事が事実らしい事だ。当然キリスト教もイスラム教もまだ存在しない頃の話ではあるが、当時から歴史はペルシャ人とギリシャ人の対立、即ち戦いが基軸になっている。又、戦いのきっかけは怨恨とかいろいろあるが、他国の王族の女性を攫う事から始まっているのが多いのもも興味深い。

当時は全ての国家が独裁国家だったのだろうが、権力者にも民主的なタイプ、仁を備えたタイプ、気ちがいじみたタイプ、様々なタイプが居るのは現代と少しも変わりがない。常に戦いに備えなければ国家が成り立たない時代でもあったのだろう。いとも簡単に敵ばかりでなく身内も含め人を殺したり人肉を食う話が頻繁に出てくる。しかし人間の数が最大の資源であった筈なので、権力者は如何に人間を蓄えるかに相当意を用いていた様子が伺える。女性をやたらには殺さないし、浚ったりするのもその辺に事情がありそうだ。

日本では完全に神話の時代だが、人類の話でもあるし、スケールが大きくて結構面白い。

CHANGE

今日は抜けるような青空に風が爽やかで、珍しいくらいの秋晴れの1日だった。こんな日こそハイキングにでも出かけたいのだが、残念ながら未だ仕事に縛られて叶わない。この仕事なるものも、会社があり大勢の仲間が居てわいわいやっていれば社会の動きや変化を皮膚感覚として感じる事も出来るのだろうが、ワンマンオフィスだとそこがピンとこない。麻生氏が解散を宣言してから早2か月近い、選挙も終わって結果が出てから1週間以上も経つが、世の中がどんな風に変わっていくかが分からない。

総じてマスメディアは相変わらず「民主党は不安」のスローガンに沿って民主党マニフェストの問題点とか、連立の問題点とか、人事の予想みたい事ばかりを垂れ流している。これが正に政治空白と言う状態なんだろう。確かにこの間失業者が増えたりはしているようだが、大したニュースにもなっていない。むしろ新型インフルエンザが蔓延しつつある事や芸能人の麻薬ネタを繰り返し流している。もっと分からないのは裁判員裁判絡みの報道の多さである。この制度自体意味が良く分からないが、取りかえ引き替えこんなものを報道する事に何の意味があるのだろう?どうせこれから先、日常茶飯事となる事ではないか。
兎に角暢気なものだ。

民意或いは国民の審判が下った訳だから、出来るとかできないと言う問題も少しはあるだろうが、チェンジは間違いなくあると期待もしている。自分には伺うすべは無いが、恐らく社会では来るべき変化を予測しながらいろんな動きが出ている筈だ。中央の官僚なんかは昭和20年8月15日以降の小中学校の先生みたいものだろう。庶民は環境の変化には敏感な筈。権力の二重構造とか訳の分からない用語が多用されるが、個人的な事はそれほど大きな問題ではないように思う。自民党ばかりでなくマスメディアが大きく変わらなくてはと思うのだが、それを言うメディアにはお目に掛らない。

俯瞰的に見た時、新政権によって何が変化し何が変わらないのか、そこを的確に抉り出して示唆するメディアが見当たらない。いわゆる感度が鈍いように思えてならない。ジャーナリストの勉強不足と質の劣化で報道はステレオタイプばかり。政治家の日々の瑣末な動きにいちいち偉そうなコメントをしてふんぞり返っているアナウサーやコメンテータを見ているとうんざりする。

メタボ対策

元々どちらかと言えば肥満体質である。年齢を考えれば毎日そこそこ運動もしているつもりだし、ここ10年近く週に1回か2回はプールに行ったりしているのだが体重は殆ど減ってこなかった。常に63キロと64キロの間で上に行く事はしょっちゅうあるが、63キロを割った記憶は全く無い。メタボリックなんて事は気にしたくないのだが、3か月ほど前から新たに痩せる努力を試みている。

きっかけは先月の老人健診で、昨年同様に胴回り程度の事で因縁をつけられるのも癪だったからである。古希を前にして今更シェイプアップでもないかもしれないが、山を歩く時に、荷物を軽くするより己の体重を少し減らした方が望ましい、と言う事を読んで尤もだと思った事もある。新たな努力を始めて1ヶ月半の老人健診では昨年比大した効果は出なかった。しかし3ヶ月経った今日少し効果が出てきたようだ。

先日プールで体重を測ったところ土曜日には62キロ強、日曜日にはなんと61キロ台を示す結果になった。ちょっと嬉しいような気がしなくもない。原因は明らかだ、毎夕食後に必ず食べる事にしていたデザートをやめたのが効いてきた。元来甘党で羊羹に饅頭、ケーキなんでもござれと言うか、食事の後に甘いものを食わないと食事が終わらなかったのを、3か月ほど前に婆さんに宣言をして菓子を買うのを止めてもらい、夕食後はただのお茶だけにしている。勿論フルーツ類も夕食後は口にしない。

晩酌はもう1年以上前から止めているが、これで体重が減ると言う事は全くなかった。にも拘らず甘味断ちがこんなに効果を表すとはびっくりである。いつまで続くか分からないが、歳を取ったら余計なものは欲しがらないようにした方が身体のためにも家計にも良い事だろうから、出来るだけ続けてみようかと思っている。昔から「しない努力は努力のうちに入らない」と言うのだそうだ。その通りで「無理をせず、簡単にできる事だけやれば良い。」が我が家訓みたいものだ。

武士の娘 杉本鉞子著

福沢諭吉の「学問のすすめ」(1872年刊行)や新渡戸稲造の「武士道」(1900年刊行)に比べると、比較的新しい1925年刊行ではあるが、前2書と同様に原文は英語で書かれアメリカで発刊された本である。著者は越後長岡藩の元家老の娘で1973年(明治6年)の生れ。幼少の時から賊軍の家老の娘としてかなり苦労するが、一方武士の娘として厳しく躾けられる。躾の中には漢籍を中心とする教養はもちろん、主婦として必要な家事万端から嫁して後、夫にどのようにつき従うかと言った事まで若い時からびしっと叩きこまれたようだ。

そして15か16歳の時には嫁入り先が決まる。これが兄の友人でアメリカ在住の今で言う貿易商で、年齢は定かではないが恐らく10代で単身渡米、結婚、アメリカで二女を出産するが、夫が比較的若くして亡くなり、一度帰国するもののアメリカを永住の地と決めて再び渡米。生活の足しにするためもあってこの原稿を方々に投書したようだ。結局書物として刊行されたのは彼女が50歳を少し超えてからだと思うので、自分の半生を綴った懐旧談風になっている。

この本を読んで思うのは、現代における女性と異なり、昔の日本女性は自分の意見を言わない人形見たいものと思われている節があるがそれは全く違うのではないだろうか。むしろ江戸時代における武家の教育においては女子も男子同様に幼いころから厳しく教育されているので、自己の確立は現代女性よりはるかに高く、社会における自己の役割や責任を強く認識しているように思われる。ただその時代に於いてはマスメディアが発達していないので自己発現の機会が少なかったにすぎないのではないだろう。私にも明治20年に生まれた武士の娘の祖母が居たので、この著者を想像しながら共通点があるように思えてならない。

それともう一つ感心するのは、江戸時代末期の高級官僚は殆ど英語くらいは自家薬籠中の物としていたと言う話を聞いた事がある。5歳6歳の頃から四書五経といった難しい漢籍を繰り返し読んで理解する訓練を受けてた人に取っては、日常会話の英語をモノにするぐらいの事は朝飯前だったのだろうか?福沢、新渡戸の他に内村鑑三とか、似たような例はたくさんありそうだが、この著者も英語のレッスンについては実にさらりと述べているにすぎない。江戸末期から明治生まれの人は英語で意見を述べる事について些かの躊躇も見られない。実の驚嘆するばかり…

政権交代と鳩山論文

本格的な政権交代を見る事が出来そうなので、正直なところ非常にうれしい。特に今度の政権は従来の自公政権に比較すると、年代的に若返っている事が何よりと思う。新聞テレビやネット上のコメントを見ていると、素直に喜んでいるのか国民の選択を馬鹿にしているのかよく分からないものが多い。大体解説者なんて人種は殆ど爺くさい人間で、世の中の事を知りつくしたように顔をして能書きを言う。かく言う自分も全く同じ穴のむじなだが、聞いていて厭になってしまう。

若い人がこれからの時代を引き受けると言っているなら、黙って一度やらせてみる度量が何故無いのだろう。ニューヨークタイムズが一部を取り上げた鳩山代表の論文を彼のホームページに行って読んでみた。ネット上では多くの人が指摘するように極めてまともな事が書いてある。又彼の地ワシントンに於いて日本の政権交代について大がかりなシンポジュームが開催されたと言うのも大変結構な事ではないか。
そこで多数の日本通から、新政権が対米関係について旧政権と異なる舵取りをする事について懸念が出ている。ここで懸念が表明されないようでは、日本人全体がなめられている事で決して喜ぶべき事ではあるまい。

それを日本の報道機関の大多数が、あたかも憂慮すべき事のように報道するのは如何なる神経をしているのだろうか。彼らが自分の浅はかな考えを正当化又は誘導すべく、市民の声とか識者の意見を適当につまんで繋ぎ合せて報道しているように見える。しかし一方ではメディアが多様化しているせいもあろうが、国民全体で捉えると、必ずしも大メディアが考える方向に国民を引っ張り切れていないようにも思う。むしろ大メディアのご粗末さや不勉強に嫌気がさして新聞テレビ離れはますます激しくなっていくのだろう。政権交代とともに新聞テレビに登場するコメンテーターの交代も期待してやまない。

肩の荷降ろし

今日新しいプロジェクトがやっと稼働し始めた。計画から完成まで4か月近く掛ったが、大勢のスタッフの協力を得てやっと完成した。メルマガの配信システムだが読者がどの程度集まるかがこれからの課題。
配信対象は商業ベースではなく、ずっと制作管理をしてきたホームページ読者としているので急に大きな数字は望むべくもないが、やはり多いに越した事は無い。

自分で実際に購読している有料のメルマガもあるが、時々定時に送られてこない事があったり、不具合があってお詫びが来たりすることが良くある。今回送り手となってみて初めて、構築するシステムの難しさが大分分かった。ホームページのコンテンツを更新するのと異なり、先ず読者からメールアドレスという個人情報を受取り、それを管理しながら適時適切にその読者に情報を配信するのは対象が何人であれ
システム的にはかなり精緻なものが必要になる。おそらく仕事としては最後にして最大?なものになるかもしれない。

我が駄文をご愛読いただいている同期の諸兄にはピンと来ないかもしれませんが、具体的なテスト例を一つ書きます。インターネットの世界はご案内のように様々な障害があるので、メールについては出来るだけ厳重なセキュリティー対策が講ぜられています。すると多数の人に一斉にメールを送信する場合、今回構築したサーバとは別(KDDI)のウィルスチェックサーバを経由させますので送信先が100人程度なら5秒で全読者が受信完了しますが、1000人になると全てに到達まで5分、1万人が対象になると1時間10分も掛ってやっと全てに到達という試験結果です。

商業ベースのメルマガサーバが如何に高性能サーバを必要とするかを初めて知ったような次第です。
まあ、こんな自慢話をタラタラ書いても仕方がありませんのでこの辺にしておきますが、相当ホッとしています。