2018年9月30日日曜日

第2次「時事放談」終了

TBS朝6:00から放送の「時事放談」が今日をもって終わった。司会の御厨貴氏の前に司会を務めた岩見隆夫氏から勘定すると14年半、御厨貴氏だけで丸10年も続いたとのこと。2004年4月スタートした時は放送開始が6:45であったこと、「ワイドショー政治を叱る」とサブタイトルが付されていたようだが記憶にない。

今日まで司会を務めた御厨氏は元々政治学者で、政治についての定見が有るのか無いのか分からない人物だった。毎回ゲストを二人招いての司会だから定見を敢えて臭わせないようにしていたのかもしれぬ。若い頃にテレビ番組の制作について少し携わったことがあるので思うのだが、番組は制作者(プロデューサー)がいて、(演出家)ディレクターがいる。この下に脚本家(ライター)がいる場合が多く、ディレクターがゲストを決め、ライターが段取りを決めて司会に渡す場合が多い。

しかしこの番組は政治家に出演依しなくてはならない特殊な番組だから作り方も特殊で、ライターが出演者に意見聴取する時間の制約もあったろうし、司会の意見も聞く必要があったろう。従ってプロデューサーとディレクターが直接御厨氏や出演者と相談して段取りを決めていたかもしれぬ。殆ど毎週のように観ていたが、ワイドショー政治の域を超えた回は果たしてどのくらいあったものやら。ゲストの出演回数が既にwikiに上がっている。最多は野中広務氏のようだ。

今日出演の菅義偉氏は6回だが、増田寛也氏は50回とかなり多い方である。御厨氏も最終回だから張り切って、菅氏に今後の自民党政治の方向をいろいろ聞くが、悉くはぐらかされてまともな返事が返ってこない。増田氏に同じ質問を振っても菅氏に遠慮するのが見え見えで、菅氏の返事を裏切る話が出来る訳もなく、意味不明な言語が虚しく響くばかり。

自民党首相経験者の小泉純一郎氏、麻生太郎氏、福田康夫氏と現職の安倍晋三氏は一度も出演していないようだ。折角の最終回だったのだからもう誰に遠慮はいらぬだろうに、安倍晋三氏に浜矩子氏ぶつけて経済論争でもさせればよかったろうに。細川隆元氏や小汀利得氏のようなまともな政治記者や経済記者OB二人を見つけ、有象無象を抜きにした真の「時事(爺)放談」第3次を期待する。

2018年9月29日土曜日

乗鞍岳の紅葉

今日も相変わらず台風が大きな話題になっている。水曜日は台風だったかどうかさえはっきりしないが、兎に角大雨だったことだけは記憶している。長野の従妹と彼女の山仲間の3人で乗鞍岳に出かける予定を1日延期して木曜日にしたものの明け方まで大雨で、リュックにカバーを掛け傘を持って暗い気分で出かけたものだ。幸い松本に着くと一応雨は上がっていたがお日様は全く顔を出さない1日で、早々に山小屋に入った。従妹の友人は我が高校の1期先輩、山の経験も豊かだし、長野で老後百姓仕事をしているので丈夫そのもの。山小屋に着くなり一寝入りと言って寝てしまった。従妹とこちらはそう簡単に寝付けず、うだうだしながら知らぬ人の山自慢に聞き入った。

話題の中心になっていたのが自らをご来光ストーカーと称する秋田県出身のご同輩。明日の撮影のために今日の悪天候をついて登山し、撮影のポジションを決めてきたとのこと。老後の人生は殆ど山歩きに費やされているようで、大男で顔は真っ黒に日焼けしている。数年前に山で世話になった元自衛隊員と同じで車で寝泊まりしながら全国を歩いているようだ。気象にも詳しく、明日の晴天は間違いないが但し冷え込みが相当きつくなりますとのこと。

彼は日の出の1時間以上前にそこに到達するのを信条にしているとのことで、4時前には出発するとのこと。そんな話を聞いているうちにご来光を見たくなったが、何となく人の話に乗ってしまうこれが悪い癖。さっきの人の話では相当寒いので、ご来光を見るなら冬山装備でなくてはいけないようだが、未だ紅葉の季節だから、帽子だけ買えば何とかなるだろうと毛糸の帽子を夕食時に購入した。しかし同行の二人は余り気乗りがしないようで、行きたきゃ一人行ってきてとのこと。

翌朝4時過ぎに起きて予備のダウンジャケットを1枚余計に着込み一人で出かけたは好いが、天気が良いだけに想像を絶する寒さ、夏物のグローブはものの役に立たず、たちまち手先の感覚がなくなった。今でも手先が10本ともしびれているくらいだ。それでも何とかご来光には間に合い写真を数枚撮ったが、これまた神さまがお見通しのようで、パソコンに移すとき奇麗に失くしてしまった。全くよくしたものだ。

兎も角7時に又小屋に戻って朝食を済ませ、交代で同行二人が山頂に向かった。素晴らしい天気である。山歩きはこんな天気の中で行うものであるべきだと反省しながら二人を迎えるために再び山頂を目指して半ばまで登山、眺望を改めて楽しんだ。10時頃から3人で2300m程度の位置まで紅葉を楽しみながら下山、筆舌に尽くせないと形容したくなるほどの紅葉を楽しみ、接続の悪いバスと電車を乗り継いで夜9時近くに帰宅した。山歩きの詳細は下記をどうぞ

https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-1599550.html

2018年9月26日水曜日

国連の機能不全

どうも天気がすっきりしない。今日からまた信州に出掛ける予定だったが明日に延期することにした。それでもまだ心配だ。昨日窓口で教えてもらったらJRの乗車券は1回しか変更がきかないそうだ。何れにせよ明日は多少の雨でも出かけるつもり。

天気ばかりでなく最近は世界の情勢が不安定すぎる。地球上に存在する大小200程の国家で形成された国連(国際連合)が機能しなくなる日が来そうだ。第2次世界大戦終了して国連なる結構な機関が形成されてから73年(?)、世界から戦争がなくなった年は一度も無いにしても、国連はそれなりに機能してきた。しかし今や第2次世界大戦前夜、日本が国際連盟を脱退した時のようにのように機能不全に見舞われはしないかと心配だ。

当時もアメリカは国際連盟に加入していなかったようだが、今またアメリカが国連を無視しだした。結果世界が2分されそうな感がある。平たく言えばアメリカ派:反アメリカ派。アメリカは独自路線で徒党は組まないような顔をしているが、イスラエルや日本のように少数ながら忠実な子分を従えている。

アメリカは国内の景気が良いとか失業率が下がっているとは言われるが、日本の景気が良いのと同じで、国民が2分化され。好景気の恩恵に与る人口とそうでない人口の差は広がる一方のようにも見える。これに乗じてかどうか、大国アメリカに対して経済的、政治的に対抗と言うか抵抗と言うべきか分からないが様々な国家が出現してアメリカを悩ませている。一に中国、二にロシア、三はイランと言ったところかもしれぬ。

この三か国、大昔はいざ知らずついこの前まではアメリカから見ればとても比較にならないほど近代化に後れを取っていた国の筈。それが近年いろいろな条件が重なってアメリカに対して大きな顔をするようになったのだから、気分が良くないのは分からぬでもない。この3か国に比べアメリカは建国300年に満たない新興国ながら、今や基軸通貨を発行する世界経済の中心である。抵抗勢力国家に比べれば人口は3億人と極めて少ないが、軍隊は世界最強との自負もある。

抵抗3か国の方も息を吹き返した猛獣のように、実際の戦争はやって見なければ勝敗は分からないとばかりに引かない構え。世界大戦の構図ではないが、今や平和な地球建設のために世界中の国が国連を中心に力と気持ちを合わせましょうと言う雰囲気が失われつつある。最もリーダーシップをとるべきアメリカが国連を馬鹿にしだしたのだから手に負えない。腰巾着国家の一員として心配でならぬ。

2018年9月25日火曜日

次世代の日本

以下に書くことは元外務官僚の天木直人氏が今日のメルマガに書いていることである。全く同感なので引用したい。曰く「安倍首相のどこが問題か。それは頭が悪い事だ。しかし頭が悪くても首相は務まる。側近に優秀な者を集めて政策をつくらせたらいいからだ。安倍首相の問題は、頭が悪い上に小心なところにある。小心ゆえに失敗を恐れる。そして失敗がばれる事をおそれる。だからウソをついてしまうのだ。」

さて本題である。天木氏は頭が悪くても首相は務まると言い、側近から小学校5,6年生並みと頭の悪さを揶揄された大統領もいるが、国民からすると頭の悪い人間が国家のリーダーになるのは不幸だと思う。頭が悪い我が身を思うと気が引けるが、今後の日本に関して賢者の文章を引用してみたい。今朝ネットで見つけた記事『「世界トップ100大学」に日本はたった2校だけ』の一部である。

天木氏に頭が悪いと断定されている安倍首相はしきりに「新しい国づくり」を力説強調する。この言葉にしっくりこない感じを持っていたが、この記事を読んで、成程こういったことから国の形が変わるかもと感じた次第だ。寄稿した人は出口治明氏(大分県にある立命館アジア太平洋大学<APU>学長)である。自分を育ててくれた戦後の教育制度を肯定的に考えてきたが、最近何かにつけ国力の劣化を思うと現行教育制度のどこかに問題があるかもと思い始めていた所だ。しかし、知恵不足でどこに手を付けるべきかが分からなかった。

そこで出口氏の論である『企業の採用基準が合理的になれば、大学も変わる』以下引用

<欧米の先進国では、大学の成績をもとに採用・不採用を決める企業が多数派です。すると学生は、希望する企業から内定をもらうために、アルバイトやサークル活動よりも勉学を優先するようになります。日本の大学生の読書量が4年間で100冊に満たないのに対し、アメリカの大学生は 400冊以上の本を読むと言われています。勉強へのモチベーションが、例えば読書量に如実に表れているのです。
 成績を評価する就活システムは、非常に合理的です。自分で選んだ大学で高いパフォーマンスを上げた人は、自分で選んだ職場でも高いパフォーマンスを上げる蓋然性が高いに決まっているでしょう。面接は全く当てにならないということです。企業で5年、10年、人事を担当したおじさんが、「オレは人を見る目がある」なんて、うぬぼれもいいところなのです。学生を採用する時には、先ず「成績」を見る。これが最もシンプルで合理的だということが、よく分かるエピソードではないでしょうか。>

教育改革は義務教育から考え始めなくてはと思っていたが、逆の発想(大学教育から)もありそうだ。

2018年9月24日月曜日

江戸の祭り

昨日は池袋西口で恒例の「ふくろ祭り」。駅正面の大通りは交通規制がされて大きな広場が出現している。そこには昼飯時から大きな神輿が何台も置かれて、法被姿の担ぎ手が大勢歩いたり屯していた。まだ序の口で本番は夕方暗くなる頃、神輿の数もさらに増えて14台となる予定、さぞ賑やかだったことだろう。とてもその時刻までは付き合えないが、昼の出し物の獅子舞と和太鼓の演奏を見物してきた。都会では神輿を担ぐことを趣味とする老若男女がいることは知っているが、獅子舞や和太鼓のグループがあるとは知らなかった。何れも妙齢のご婦人が混ざっているが、普段どんな生活をされているのだろう?余計なお世話だ。笑い

これに触発されて今日は我が町内の氏神さん「長崎神社」に初めて参拝して来た。先日のお祭りで新しいお札を頂戴したので古いお札のお焚き上げをお願いしなくてはと前々から思っていた。半世紀以上住みながら氏神さんに参拝したことがないとは不信心の極みだが、場所が西武池袋線の椎名町駅前なので縁が薄すぎる。しかし敷地もそこそこ広く立派な社で祭神は 須佐之男命(すさのおのみこと) 櫛名田比売命(くし なだひめのみこと)、創建はは不詳だが、江戸中期には既にこの地の鎮守であったらしい。山県有朋が揮毫した日露戦勝記念石碑などが建っている。

しかし参拝者は少ないようで、境内をうろうろする間に見かけたのは同年配の人一人だけ(ひょっとするとホームレスだったかも)。掃除も行き届いているとは言い難い。古いお札の納め所も無いので、掃き集められたままの落ち葉の脇に置いてあったプラスティックのゴミ箱の中に納めさせてもらった。昨日の池袋の氏神さんは御嶽神社だが、ここにも行ったことがない。浅草神社とか神田明神のように上手く観光地化しているお宮は別だが、年に一度のお祭り騒ぎは盛大に行われても、一千万都市に多く存在する筈の神社の維持はなかなか大変なんだろう。隣接の宮司のお宅もひっそりして人気が感じられなかった。

2018年9月23日日曜日

政治評論家の話

安倍首相は財務相麻生太郎氏を次の内閣においても留任させる意向と報じられている。安倍氏に責任論をぶつけても糠に釘なので、これまでの財務省不祥事については事務次官の辞任で解決済みとのことだろう。当の麻生氏はハナから政治責任なんて思ってもいないことは明らか。ちょっと詳しく調べてみる気になった。麻生氏は安倍氏より単に歳や議員歴が上だったり、首相としても先輩であるばかりでなく、安倍内閣に居てやっている感が強いのかもしれぬ。

安倍氏の側からしても、麻生氏は一閣僚である以前に総理より格上の内閣の最高顧問的な扱いの可能性無きにしもだ。似た者と言われるがひょっとして安倍氏にコンプレックスがあるかもしれぬ。庶民感情で言えば困ったことだが、マスコミで少々責任問題が取り沙汰されても、麻生氏からすると総理に首を切られる心配は無いと高を括っている節もある。テレビに出演する政治評論家の言う事ほど無責任でいい加減なものは無い、とは土曜日4チャンネル「ウェイク・アップ+」に出演していた橋本徹氏の言だが正にその通り。

相手は安倍応援政団代表の田崎史郎氏。彼が麻生氏の発言「石破が善戦なんて言えるか?前の得票と比べてみろよ。」或いは「冷や飯を食うぐらいの覚悟がなくて総裁選なんかできる筈がなかろう。」等について尤もらしく解説した。曰く「選挙は戦いだからあらゆる手段を尽くすのは当たり前、締め付けなんかは当たり前の話で、石破派の斎藤農水大臣が圧力を受けたなんてことをばらす方が非難されるべき。」これは麻生氏と関係ないので聞き流そう。

続いて「麻生氏の冷や飯発言はご自身の体験に基づいているのです。麻生氏が立候補して落選した時冷や飯覚悟で集まったのが安倍氏であり、菅氏であり、甘利氏なのです。」するてえと現在の総理はずっと前から麻生氏の子分だったのか、を確認するために一応Wikipediaで調べてみた。今年は2018年、前の総裁選挙は2015年、但しこの時は安倍氏以外の候補者無しでその前が2012年。この時は石破氏の他に町村、石原、林と対抗馬が4人で5人の争いであった。因みに石破氏の議員票は34票、地方票は165票だから、これと比べれば今回は善戦しているように思う。

その前が野党時代の2009年谷垣氏・河野・西村の争いで谷垣氏が総裁に就任。その前は毎年総裁選が行われて2008年は麻生・石破・与謝野・石原・小池(都知事)の争いで麻生氏が勝利している。この時の推薦人に甘利氏と菅氏はいるが安倍氏はいない。その前が2007年で麻生・福田の一騎打ち。ここで麻生氏は冷や飯食いに回った訳だがこの時の推薦人にも甘利氏と菅氏はいるが安倍氏はいない。要するに政治評論家の話なんてやはり信用できないようだ。

2018年9月22日土曜日

変わり目

このところ朝が来るのが大分遅くなってきているので、どうしても寝坊しがちだ。目覚めてから朝のルーティンを完了するには丁度三時間必要だが、最近の5時は結構暗くて気持ちよく寝過ごしてしまう。その上何故か最近腹が減ってならない。この数か月1日2食を基本として、夕食は軽い果物か饅頭1個で過ごしていたので、朝飯の量を増やしてみたが、夕方になると飯を食いたくなる。体重を増やしたくはないが、天は高くなくても馬も肥ゆる秋だから仕方ないのかな。

体重と言えばお相撲さん、特に応援している力士はいないが、久し振りの稀勢の里、大分ハラハラしたが9勝まで来た。俄ファンだからよく分からないが、1年以上休場した割には相撲の取り口は悪くないとする専門家もいるようだ。庶民の平均的願望だろうが、何とかもう一番勝って二桁白星になってほしい。他に明るい話題はテニスの大阪なおみとか、名前を急に思い出せないがバドミントンとか柔道とかスポーツ絡みばかりだ。

明るい話題が海外に一つあった。南北朝鮮問題、首脳会談の結果6月の米朝首脳会談以降停滞していた雪解けムードが再び動き出す気配が感じられる。制裁一辺倒の日本政府にとっては面白くないかもしれぬが、韓国文大統領の活躍を期待したい。世界中に制裁を振りかざしているアメリカのトランプ大統領も何故か金正恩氏に対しては柔らかだから、日本の首相をがっかりさせるような度量と対応を見せてもらいたいものだ。

何れにせよ安倍首相は来週早々にはトランプ大統領とニューヨークで会見するとのこと。半島問題以前に貿易問題当事国として相まみえるのだろうが、果たして会談のお土産はなにか?関税問題は分からないが、日本は防衛予算以上に大事な問題が多々あることを忘れずに願いたい。ところで不思議に思うことがある。外国の例を見ていると、トップの外国訪問となれば最低でも外務大臣クラスが随行しているが、前回総理のウラジオストック訪問には外務大臣はいなかったようだ。

総理本人は留任が決まっているからいいが外務大臣はどうするのだろう?そもそも内閣改造を1週間後に控えての総理日程に無理があるように思えるが、今の内閣は通常の手順を無視する傲慢さが売りだから仕方ないか。

2018年9月21日金曜日

人さまざま

終日雨降りで何だか涼しいを通り越して急に寒くなってしまった。傘をさしていつもの散歩と洒落るのに長袖のシャツにジャンパーを羽織っても汗もかかない。具合がいいとも言えるが「彼岸前にしては少し早すぎるだろう」は飯屋のオヤジの台詞。そして「また来週は連休だから嫌になりますよ。もう遊ぶ金なんか残っていませんよ。」オヤジのご趣味は釣りだがご尤もなお言葉だ。ならば俺のためにも店を開けてほしいがそこまではしたくないようだ。

普段昼食は少し時間をずらして1時過ぎに行くが、先日銀座のステーキハウスに昼時に行くと満席状態。この時間帯は勤め人の昼食客だ。待ち時間にしげしげ観察すると面白い。男性女性を比べた場合、単独であれグループであれ女性客の方が贅沢をしているのが明らかで、男性は単独で来ている客が多いが、財布の中身を気にしている人が多いと見受けた。近くの行きつけ店で昼飯に金を惜しまないのは職人さん連中。夕方からパチンコですってしまうなら昼飯をケチってもシャアあるめえ、だろう。

こちらと同じ風体のご老人連中はビールなり酒を注文する人が圧倒的に多い。経済的に余裕があるせいかどうかは知らぬが、何も昼酒を飲まなくてもいいだろうと思うのは余計な心配だろう。俺だって人さまから見れば「あの爺毎日のように通って来てこの店の日替わり定食を食っている。可哀そうにビールも飲めないほど貧乏しているようだ。」と同情を買っているかもしれぬ。要するに人は様々だ。

人様々だから政治家も同じ、自民党員と自民党国会議員は国民の70%近くが人柄を信用できないとしている安倍氏を再び党首に選んだ。安倍氏は、今回の選挙を通じて国民の信任を得たので、これを力にお約束したことを強力に前に進める覚悟とのこと。自民党員は安倍氏の選挙公約を分かっているだろうが、こちらは何も約束してもらった覚えはない。こちらとすれば安倍氏も石破氏も同じ自民党、どちらになろうと関係ないが、この次の参議院選挙で自民党の議席がどうなるかが見ものだ。

2018年9月20日木曜日

初秋の故山


既定路線とは言いながら安倍3選が確定したことは何とも腹立たしいことだ。急に貯金がパーになることや、年金が無くなるような事態にならぬことを祈るしかあるまい。景気の悪い話はこのくらいで措いて、昨日の楽しかった話題にしよう。ブログを2日間休んだが一昨日、昨日と長野に行って、最も愛する山「飯縄山」に登ってきた。子供の頃から何回登ったか数え切れぬが、愛するなんて気障なことを言いたくなる山であることだけは間違いない。

ここ10年くらいは毎年のように行っていたつもりだったが、念を入れて調べてみると昨年は行っていない。一昨年の6月に今は亡き弟と本格的山歩きのきっかけを作ってくれた従妹の3人で登り、途中で引き返している。天気の問題があったとか、特別の理由も無かったが、3人ともいい歳なので何となく疲れて、もう引き返そうよとなった訳である。従ってもう飯縄山は無理かなと半分思いつつも、悔しさ止みがたく、どうしてもう一度だけは登りたいと心に引っかかっていた。

かと言って、もう一人登山はやめた方が良いと思っているので、今回は高校同期生で山の専門家が地元在住であるのを思い出して、彼に同行案内を依頼した。長野在住の従妹に言わせれば超有名人で口をきいてもらえるだけでも有難いほどらしい。その点こちらは図々しさが芸風だし、高校同期となれば何の遠慮もありはしない。彼は現在ひざの故障でリハビリ中だったが、快く引き受けてくれて、行けるところまで案内してくれることになった。

その上帰りは近くのホテルで日帰り入浴を済ませて、彼が山麓に自力で建てた山荘で泊まって酒でも飲もうと誘ってくれた。そういう話にはすぐ乗るのが信条である。一昨日は長野駅まで迎えに出てもらい、10時から登山に掛かったが天気が生憎でずっと曇りがち、彼は当初「半分くらいまで付き合うよ」と言ってくれていたが、結局3分の2程の高みまで付き合ってこちらのペースを整えてくれた。この場所につい最近熊が出たらしいので、ここで彼の熊鈴を拝借、後の連絡報を確認(幸い 山頂まで携帯が繋がるとのこと)3合目付近から電話して迎えに来てもらうことにする。

結果として、時間は相当かかったが山頂に立つことは出来たし、下山して風呂に行く前に、秘密の場所に案内されてキノコ採りを楽しんだ。地元で言うところの(じこぼう又はからまつ茸)。これも夕飯のおかずだったが、彼の料理が又抜群、夜が更けるのを忘れて山談義。翌朝が打って変わった快晴、一人で散歩に出て朝早い農家の人に聞くと、今日ほどの快晴(戸隠連山から槍ヶ岳まで一望)はそう滅多にあるものではないとのこと。兎に角最高の2日間だった。

山登り詳細は下記を参照願います。
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-1588454.html

2018年9月17日月曜日

救いがたい

この夏2度目になるが、今日また帽子を忘れてきてしまった。前回同様昼飯を食いに入った店のカウンターの下である。このところ涼しい日が続いていたので暫く帽子はかぶらなかったが、今日は生憎猛暑日とのことだったので被って出かけてしまった。店は久しぶりの有楽町のステーキハウス。地下街にあるので店を出た時に気が付かず、そのまま地下鉄で自宅の最寄り駅から外に出て、近くのスーパーで買い物を済ませて歩き始めて気が付いた。

悪いことに明日早朝から長野に行ってハイキングをすることになっているので、帽子は絶対必要である。有楽町まで取りに戻る元気もなく、行って無かったら悲惨なのでスーパーに戻って、夏物一掃バーゲン30%割引で新品を購入してしまった。帰宅して先ほどの店に電話をすると、やはりカウンターの下で見つかり、取っておいてくれるとのこと。月に1度くらいしか行かない店だが、少なくとも月中には行かずばなるまい。

脳みその劣化に依るところが大きそうだが、このようなことは今後益々多くなるのだろう。帽子が増える程度で済んでるうちはいいが、物忘れの程度は酷くなる一方。恐ろしく思うが救いがたいことでもあろう。

2018年9月16日日曜日

ネット情報とマスコミ情報

他人の自画自賛は鼻につくとしたものだが、小生は余り気にしない。何を書こうとブログなんてものは自画自賛の最たるもので、これを毎日しているのだから他人のことを論うわけにいかないのは当然である。むしろ世間にはいろんな考えがあることを知るため、出来るだけ多くのブログを読みたいと思っている。ただ望むらくは、ブログ上で嘘を書いてほしくはない。伝聞を書く時には伝聞であることを明記し、取材源を明らかにできないこともあろうが、それは仕方ないとしてもどのような筋の情報かくらいは明記すべきだ。この程度の原則が守られないブログは読むに値しないと思っている。

話題を変えて、自民党総裁選絡みで気になっていることを書きたい。先ずはマスコミの対応:現在20日の投票日に向け連日の動きが報道されているが、両候補者の言い分は9月14日日本記者クラブで開催された討論会で出尽くしたと思う。この様子は下記にアップされているので時間に余裕のある方は是非ご覧いただきたい。
https://www.jnpc.or.jp/

ご覧になればおわかりと思うが、この討論会での見どころは後半の両候補者に対する記者からの質問である。15日以降これがマスコミで大きく取り上げられることを期待したが、全くの期待外れで殆ど取り上げられなかった。冒頭質問に立ったのが読売の橋下五郎氏、氏が安倍政権寄りであるのは万人が認めるところだろう。意外だったが彼の質問は安倍氏のかなり痛いところをついている。党員票の開票は19日、この時点で地方の党員は既に発送を終えているので、最早何を言っても勝負は決まっているからと、穿った見方もあるくらいだ。

つられた訳でもなかろうが、続く毎日や朝日の質問もかなり安倍氏にはきつい質問で、安倍氏のはぐらかしや逆切れが生々しかったが、テレビを含め大手マスコミでは一切報道されていないようだ。本質に迫れない、これが現代日本のマスコミの実態で、国民をかなりミスリードしているように思う。序でにもう一つ:最初に書いた「嘘」について。政府が国民に対して虚偽の発表をすること、今年は嫌になるほどあったわけだが、これに対して実態をある程度知る筈のマスコミによる追及の物足りなさ。

小生は重大な犯罪だと思うが、司法は犯罪とは認めない。ならばマスコミに期待するしかないが、マスコミも所詮は政府の飼い犬なのか?悲しいことだがどう見ても国民の味方には見えない。総裁選で経済問題も大きなテーマだが、政府発表の経済指標に重大な虚偽があることは、既にネット上では多く指摘されているところだ。

2018年9月15日土曜日

長寿国

今日は老人の日とかで厚労省が100歳以上の高齢者数を発表した。身近でもよく聞くので相当多いだろうとは思ったが、現時点で全国に6万7824人とのこと、金さん銀さん騒ぎの頃を思えば多いのだろうが、誰かが人生100年時代と大騒ぎする割には意外に少ないと思った。むしろ注目したのは男女比で、約6万人(正確には87.9%)が女性であることだ。やはり女性は生命力が強く、男性は生命力が大分劣るのかもしれぬ。

自分の先行きは分からないが、平均寿命の82歳辺りまでは生永らえることありうべしとしても、そろそろ始末をつけなければならないことが多い筈だが、凡人の悲しさで散らかしぱなしのことが多すぎる。いつもように自分のことは棚に上げ、誰からも聞かれていない用でも無いことを書こう。老人国家日本の過去と現在そして未来についてだ。大部分は今読んでいる本の受け売りである。

日本は歴史学者などの専門家でも、何でこうなったか分かりにくいようだが、千年以上前にこの小さく狭い島にユーラシア大陸や南の島々から人が寄り集まって共同生活を営むようになり、大小部族同士の争いは繰り返されたが共通の言語も産み、権力者を頂点に頂く社会秩序を形成し、少なくとも紀元600年頃には国家の体をなしたと言われている。欧米の国家に比べるとかなり歴史は古く長寿国と言えよう。この間領土の拡大(?)を求めて国家が海外進出を図ったこともあるが、いずれも失敗している。

その影響もあるのだろう、人民共通の概念として資源の乏しい島の中で大切にすべきことは、自然を大切にすることと社会秩序を乱さないようにすることにあったようだ。物を大切にして資源の循環を貴び、質素な生活で倹約しながら日々の生活をより楽しむために生み出されたのが独特の文化らしい。お祭りとか芸能が端的な例だろうが、古くから伝わる芸術とか生活様式もあるだろう。

これは何も庶民だけではなく社会秩序のために定められた上層階級でも同様で、むしろ倹約思想などは無産階級の上の層ほど厳しく躾けられた。常に海外からの情報はポツポツと入ってもいたし、海外で一旗と言う人間もいなかったわけでもなかろうが、大半は定められた秩序の中で平穏な人生を送ってきた。ところが19世紀の半ば、産業革命で資源不足となった欧米から自給自足状態の日本に対して開国を求める厳しい要求が迫ってくる。

これで目覚めたかどうか、未だ180年に満たない19世紀半ばから外国を意識し始め、日本は右往左往でとんでもない混乱が生じた。結果、最も混乱したのは1940年、50年代かもしれぬ。この時期を経験した身からすると、現代はやっと落ち着いたと思える。しかし事の善悪は別として、長年に亘り社会安定の基礎となっていた家とか階級の秩序が壊れたことが大きい。ただ、古来の伝承に則り太平洋の片隅に浮かぶ小国日本の分を弁えれば、先は長いだろう。

2018年9月14日金曜日

明日は我が身

昨日JR池袋駅のみどりの窓口に連休明けの列車の切符を買いに出かけた。時刻は11時過ぎくらいだったが意外に混んでいて15人以上並んでいた。窓口は4つ空いていたが、何故か直ぐに一人が席を立ち3つになってしまった。珍しいが別に急ぐ必要がないのでボーっとしながら牛歩を続けていたが列は長くなる一方、後3人でこちらの番になった時後ろで何やら大きな音が発生、喧嘩でも始まったかと振り返ると、5人程後ろに並んでいた体格の立派なご老人が意識を失って倒れ込んだ様子。

窓口で作業していた職員全員が直ぐに作業を中断して駆け寄って抱き起すと、どうやら意識がありそうな様子。二人掛で列から外れた場所に運んで椅子に座らせると、一緒にいた友人らしき人が駆け寄り何か言うと、ご老人が「大丈夫」と言うのが聞こえた。救急車の手配は必要ないと判断されたようだが、ご老人の顔色は気味悪いほどの土色だった。ほどなく窓口作業が再開してすぐに順番が来たのでその後の顛末を見届けなかったが、明日は我が身と気になる出来事だった。

昨日は一時に比べれば暑すぎることもなく熱中症とは考えにくい。友人と二人で来ていたのだから、楽しみにしている旅行の切符を一緒に買いに来たのかもしれぬ。倒れた人の普段の健康状態を知る由もないが、見受けた限りでは年齢は少し下かもしれぬが、ボーっと突っ立て居るのも大変と言えば大変かもしれないし、昨日はこの人にとって何か特別の事情があったかもしれぬ。

しかし少し冷静に考えれば、昨日まで大丈夫であった自分も、年齢からすると何かの拍子で突然意識を失うことがいつあっても不思議はないのかもしれぬ。悔しいことだが認めた方が賢いかもだ。友人には迷子札のような物(リストバンドになっている電子媒体)を常に身に着けたりして用心している人もいる。1年ほど前に見せられた時は笑い飛ばしたが、もう笑いごとでは済まないかもしれない。

今日昼飯の時隣り合った婆さんが教えてくれた。電池が切れていても携帯を肌身離さず持つことが良いらしい。言われてみると、家内が倒れた時に携帯を持っていなかったことが悔やまれる。

2018年9月13日木曜日

ジャーナリスト

「ジャーナリスト」を辞書で引くと「記者」である。マスコミの取材に走り回るスタッフも当然含まれるから、その資質はピンからキリで一概に切って捨てることは出来ぬ。しかし今日来日して記者会見を開いたプロテニス選手・大阪なおみさんの会見についてSNS上(所謂ネット上と考えれば可)で非難の投稿が多くなっているとのこと。会見を実際に観ていないが、下記を読むと尤もだと思う。少し長くなるがYahoo!JAPANから引用させてもらう。

「大坂なおみさんの記者会見でテニスと無関係の質問をする記者が多いなあ。将棋の藤井さんに対してもそうだけど、日本のマスコミのダメさを一番ハッキリと痛感するのが記者会見だよ。なんでこういう知識のない人間を記者として送り込むのか。メディア各社の意識が低過ぎる」。

「大坂なおみの会見、マスコミの質問の質があまりにも低すぎて、いたたまれない気持ちになる」。

「大坂なおみ選手のインタビュー見ているが、ここまでの日本のマスコミの質問のレベルの低さに恥ずかしくなり、大坂選手に申し訳ない気持ちで一杯になった。セリーナとの歴史的な試合に誰もひと言も触れない。情けない。ワイドショーばかりで専門誌のライターなどはいなかった?大坂選手に失礼」。

「記者たちの質問が酷すぎる…国籍とかアイデンティティだとか日本語勉強法だとかそんなことよりテニスのこと聞けよ…失礼すぎるわ…」。「大坂なおみ選手に「日本語で大切にしている、好きな言葉は?」という質問必要?」。

ネット上の書き込みは公衆便所の落書きと同じとされた時代もあるが、この引用を読む限りテレビの街頭インタビューよりはるかにましだ。インタビュー序にもう一つ、政治についてネットで見た情報を上げておきたい。

台風21号、北海道での地震の被害を受ける日本に対し、各国代表、駐日大使館などが相次いで見舞いや支援のメッセージを寄せているが、これに対し首相からは何らかの形で謝意を評するのが普通だが、10日の時点で韓国の文大統領に対してだけは無反応らしい。ネット上では外交力以前、品性品格を疑いたくなるとしているが、バンキシャで固められたジャーナリストに期待するのは無理だろう。

2018年9月12日水曜日

過剰包装

先日高校の同期会で友人と話をしていて海洋汚染に話が及んだ。日本近海のプラスチックごみの話はよく聞くし、嘗てこの世の楽園と称せられた南洋の島々でさえ相当なものらしい。犯人については他国を上げる人もいるだろうが、近海の汚染を他国の責任に押し付け済む話ではなさそうだ。嘗て日本は使用済みペットボトルを中国に輸出していたらしいが、近年中国はこの輸入を禁じた。従って国内の廃品処理業者のストックヤードが溢れ相当困っているらしい。

大きな話は兎も角、最近は買い物とゴミ出しが日課になっているので、この問題は実感するところが多い。都内は似たようなものだと思うが、豊島区ではごみは分別収集となっている。特にごみの量が増えるのが週に2回の可燃ごみの日である。独居生活で朝しか食事を作らないが、それでも毎回スーパーの一番大きなレジ袋が一杯になる。集積所が我が家の前なので他のお宅のものを見ているが、当たり前で我が家のゴミ袋の数倍が平均的1軒分である。

他家の内容は分からないが我が家を例にとれば、多分8割以上が包装資材で、純粋な生ごみは1割以下、意外に馬鹿にならないのが毎日郵便受けに放り込まれるDMとチラシの類。水道水以外飲まない我が家からは出ないが、ペットボトルの回収日は別である。新聞を取るのをやめてしまったが、新聞を取り続けていたらチラシの類はもっと増える勘定だ。プラスティック類の分別を止めて可燃ごみとして扱う自治体もあるようだが、果たしてこれが根本的解決策になるかどうかだ。

スターバックス・チェーンが世界的にプラスティックストローを紙製に変えたことも話題になっているし、真似好きの我が国では早速真似する店もあるらしい。蟷螂之斧を笑ってはいかぬだろうが、コップはプラスティックでストローだけと言うのもしっくりこない。戦後ナイロンとかビニール製品が出現した時は、石油という安い原料から凄い物が発明されたものよと驚嘆した記憶がある。しかし今にして考えると、大地から生まれて大地に還る自然の営みに反する行為はどうしても人間に災いをもたらすことになりそうだ。

では循環サイクルに乗った紙はどうか、手許の本を眺めればこれまた過剰包装の極み。何でこれほど丁寧にカバーが必要か?これもコストのうちだろう。アメリカのベストセラーの報道を見ていると、彼の国の書店で、店員が冊子をカバー無し、包装無しで客に手渡しているようにも見えた。何れにせよ難しい問題だ。

2018年9月11日火曜日

備えあれば

現代人は情報が全く遮断されることに慣れていない。つい最近までは自然災害発生時には先ず水の確保が最優先だったような気もするが、現代は携帯電話やスマホの電源確保が最優先になっているようにも見える。もし停電で電源がダウンしたらラジオもテレビもダウンするのだからどうするべきだろう?台風でもなければ外に飛び出して隣近所の人と相談するのが亡き家内の行動パターンだったように記憶する。しかし今回のような真夜中の強風の中そんな行動はとる訳にはいかぬ。

独居生活に入って以来家にあった防災グッズはすべて処分してしまった。従って、ペットボトルの水は買わない主義なので飲み水は一滴も無い。家内生存中は夜に風呂の水も決して抜かなかったので、トイレも暫くは使用できただろうが、このところ風呂の水は抜きぱなしで専らシャワーだからトイレも使用不能になる。どこかの被災者地で、リフォームしたばかりのご主人が、土地の液状化で家が再び使い物にならなくなって嘆いている報道があった。台風は去ったと言ってもこればかりはすぐに新しいものがやって来る。全く他人事には思えない。

活断層の無い場所は無いと言われる日本で、関東大震災からは既に95年。60年周期で来ても不思議ではないとされていたように思うが、大分時間が経っている。今日は9月11日、現地時間は明日になるのだろうがニューヨークで歴史的テロによる事故の発生日。世の中何が起きても不思議が無くなってしまった。政府の掛け声は別にして、真面目に備えを考える必要がありそうだが、少し考えただけでも手当てすべきことが多すぎてどこから始めていいか分からなくなってしまった。

スマホは懐中電灯の代わりにもなるし、当面の情報を得るには便利そうだ。でも何となくスマホを契約する気にならぬは生来のケチ故かもしれぬ。考えを変える必要があるかもしれぬが、せめて今夜は懐中電灯の電池だけ交換することだけにしよう。

2018年9月10日月曜日

町の御祭禮

これだけ天変地異が重なると、天地の神々に伏して祈りを捧げて許しを請うしかあるまい。古代の国家では皇帝や王を交代させて神の怒りを鎮めることも考えたようだが、近代ではそんな上等なことを考える人間はいやしない。マスコミはもっぱら義援金集めの窓口となり、庶民に寄付を呼び掛けているがこれが不思議でならない。マスコミが寄付をするのは勝手だが、庶民に呼びかけることは誰から依頼されたのだろうか?

話変わって一昨日、昨日は我が町の秋祭り、家内が昨年暮れに亡くなったので役員の皆さんが遠慮して寄付金集めにも見えなかった。しかし家内が毎年していた応分の寄付はさせてもらった方が故人の意にも沿うだろうと思ったので、役員に相談したら「有難く頂戴します」とのことだったので納めさせていただき、新しいお札と神饌を頂戴した。人間と神との関係は不思議なもので小生の考えはかなり原始的かもしれぬ。しかし町の小さなお祭りを楽しむ老若男女を見ていると近い考えの人は多そうだ。

昔から、人間同士が決めた皇帝や王なんぞより遥かに偉い方が一人一人を細かに観ている、とする考えは洋の東西を問わずごく最近まであったと思う。そこから宗教が生まれ、教団が変な力を持つようになるのも如何ではあるが、人間に神を恐れる心はあった方がいいだろう。遥か昔、哲学の授業か何かで「真・善・美」は一体のものと教わったような気がする。超一流のアスリートや芸術家の言動なり作品を見ていると確かにその通りだと思う。

今日はたまたま自民党総裁選で初めての演説会が開かれた。この演説を聞いて心を打たれる人はどのくらいいるのだろう?二人の候補者が真実を語っているなら、黙って聞くだけで素直に胸に落ちて感動もするだろう。しかし実際は声高に述べられたことと、何やら美辞麗句と形容詞だらけで意味不明だったとしか言いようが無い。哲学の授業を踏まえて言うなら、そこには「真」が無く虚飾に満ちたものである証拠と言える。全く神を恐れぬ輩だ。

2018年9月8日土曜日

涼風の蓼科高原


高校同期の有志が毎年初秋の蓼科高原でゴルフをすることになっている。今年は小生同様ゴルフはしないが同期生の歓談だけは逃したくない者が3人も出現した。この中の一人が大変博学であると同時にリーダーシップに富んだY君で、ゴルフ無しで高原の涼風を感じながら過ごす2日間の日程を組んでくれた。お陰で木金の2日間極めて有意義に過ごすことが出来た。

一昨日は蓼科高原横谷渓谷の散策、標高1500メートルの高みまでバスで登り1250メートルの旅館まで約1時間かけて散策。紅葉には少し早かったが、お天気に恵まれ、登り道が無いことが少し残念と言えばそうだが、十分楽しめた。滝が何か所かあり、高い処の滝にはマイナスイオン2万5千個/1ccとあり、少し下ると個数が2万個に減っている。そもそもマイナスイオンとは何ぞやだが、ドリンクの宣伝でよく聞く乳酸菌百億個と一緒で意味不明ながら、気分爽快だから数字が大きいほど有難く感じればいいのだろう。

昨日は高原特有の晴れたり曇ったりのお天気だたが、尖石(とがりいし)縄文考古館を見学。縄文時代のことなど真面に勉強していないので何も知らなかったが、実に興味深いものだった。同行Y君から事前に聞いていたが、縄文時代には前後期があり合計すると1万年から5千年近くになる。今でもそうだが、本当のお金持ちは海や川の近くには家を造らず山の中腹にやや広い場所を見つけて造るものだとのこと。

更に蓼科高原は昔から樹木にも恵まれ動植物の採取にも適していたうえ、矢じりを作る黒曜石の産地でもあったので、大きな集落が形成されている。縄文人種は定住しないとされているが、日本ではユーラシア大陸なんかよりはるか昔から定住が始まっていたらしい。兎に角この地域から発掘された縄文時代の土器土偶、石斧、矢じりの類の豊富さは驚くばかり。同行もう一人の友人M君は趣味で陶芸をしているくらいなので、ここは何度も来ているので学芸員以上に解説をしてくれた。

しかし彼の解説を聞くまでもなく土偶と土器の素晴らしさは驚異的である。特にほぼ完ぺきな形で発掘された2体の女人像は、国宝に指定されて現在は東京国立博物館に展示中とのことで実物は無かったものの、土器の多彩さには圧倒された。数千年の昔ここに多くの人が集落を営み平和裏に暮らしながら、広い地域にあった似たような集落の人たちと交流をしていたことを聞くと、Y君ではないが、ダーウィンの進化論に疑問を感じざるを得ない。

2018年9月5日水曜日

フランス人記者の目

今朝NHK・BSの「ワールド・ニュース」でフランス放送局の番組を観ていたら、珍しく日本のビジネスマンについて取り上げていた。「銀行に勤めて20年経っても給料が殆ど上がらないので、週末とか平日の勤務終了後にアルバイトをしなければならず、週に40数時間勤務する銀行もそれを認めている。現在の日本のサラリーマン10人に一人は、このようにやや過労な仕事しなければならない事情にあるようだ。そして過労で身体を壊す人も出始めている。」

どこまで本当か分からないが、統計の引用先や取材に応じたビジネスマン・その上司などの名前もしっかり出ていた。国内では毎年給料は上がっているとの報道もある一方、実質的消費支出は毎年減っているとの報道もあり、身近に対象となるビジネスマンがいないので日本人でありながら実態は分からない。しかしフランスの放送局が取り上げた日本人ビジネスマンのレポートは、余りハッピーなものでなかったことだけは確かだ。

如何なる意図をもってフランスの放送局が取り上げたか知らぬが、そもそも日本の庶民の暮らしぶりが、海外それもヨーロッパの放送局が取り上げたのは初めて目にした。欧米から見た日本は政治的存在感はまるで無いし、観光的資源に恵まれているようにも思われない。アメリカであれば自動車なんかはメキシコやカナダから輸入されていても日本製は意識されるであろうが、ヨーロッパでは日本に於ける韓国製自動車と同じと聞いている。

フランスも若い大統領になったものの、国民的人気が高かった環境大臣に辞任されたりして、国内が安定しているとは言い難いようだ。このレポートを送ったフランス人記者の目の付け所を聞いてみたいものだ。

2018年9月4日火曜日

主権国家

明後日から信州蓼科の温泉に遊びに行くので天気を心配していたが、目下近畿地方を直撃している台風21号が明日一杯で本州を横断して日本海に抜けそうな気配、だから木曜以降は却って天気が良くなりそうだ。今度の土日は氏神様の秋祭り、これも例年1日は必ず雨と決まっているが今年は大丈夫だろう。但し現在風は相当強くなってきている。昼飯を食いながら店のテレビを観ていたら台風情報の冒頭に総理大臣が何か喋っていた。総裁選に入っているので、NHKとすれば出来るだけ総理の露出を増やして協力しているようだ。

安倍氏が党則を変更してまで3選に拘るのは憲法改正に強い拘りがあるからだと聞くが、本当だろうか?少なくとも国民の大半は憲法改正の必然性を感じていないだろう。それでもと言うのであればはっきりそう宣言すればいいものを。今日の日経に掲載されている記事によれば「全ての世代が安心できる社会保障制度に向けて3年かけて大改革を行いたい」と語ったとある。雇用状態が良いのだから年寄りも働けと言う理屈らしいが、これも社会保障政策の行き詰まりを言い方を替えてるだけのことだ。

社会保障政策の行き詰まりは先進諸国は勿論、嘗ての社会主義国ロシアや中国でも最大の課題になっていて、各国首脳はこの問題に真剣に取り組んでいことが報じられている。小手先の誤魔化しみたいことでお茶を濁そうとしているのは、知る限りアメリカを別にすれば日本だけではないかな。何れにせよ自民党総裁選何ぞ「どうとでもなれ」が正直な気分だが、少数派だろうか?この前の日曜日だったかな、銀座方面を徘徊していたら数寄屋橋の有楽町マリオン前に所謂右翼だと思うが4、5人並んで、うち一人がちゃちなハンドマイクでがなり立てていた。

小耳にはさんだ内容曰く「私は本土に配置されたオスプレーが事故を起こすなら総理官邸か警視庁に墜落してもらいたい。そうしたら米軍が飛んできて現場を封鎖するので、総理だろうが警視総監だろうが執務室に入れなくなるんですよ。皆さんこれで主権国家なんて言えますか?」なかなか分かり易い例え話と感心して通り過ぎた。

2018年9月3日月曜日

他山の石

アメリカを理解しにくい国だと昨日書いたばかりだ。今日もその続きみたいになる。勿論アメリカでも珍しいようだが、1政治家(故ジョン・マケイン米上院議員)の葬式が7日間も続いたのだから驚かざるを得ない。そのハイライトではないかと思われる現地時間1日のワシントン国立大聖堂での式を伝える報道を見て多くのことを考えさせられた。

誰にも真似できることではないし真似したいとも思わないが、故人は自分の葬儀について相当細かい遺言を残したらしい。中で、共和党議員でありながら現職大統領のトランプ氏をよぶなと言い残した様だ。逆に招くべき人の中に反対政党のオバマ元大統領やクリントン元大統領夫妻、10年前共和党大統領予備選で敗れたブッシュ元大統領が含まれ、オバマ氏とブッシュ氏には弔辞まで依頼している。

アメリカも変わっているが故人も相当な変わり者と言ってしまえば実も蓋も無い。報道をつぶさに読むと参考になることが沢山書かれている。政策について評価は知らぬがスピーチ、言葉遣いの巧みさは流石と思うのがオバマ氏。次のように述べている。「自分たちは大統領選で勝ったかもしれないが、最後に笑ったのは、いたずら心あふれるマケイン氏だったのではないか。自分へのほめ言葉をジョージと僕に、全国民の前で言わせるなんて。最後に笑うのに、これほどのやり方があるか。」このユーモア、葬式の雰囲気は決して壊れない筈。

他にも参考になったスピーチの一部を列挙して駄文に花を添えてもらおう。

娘のメガンさん「アメリカの偉大さが過ぎ去ったことを悲しむため、私たちはここに集まりました。アメリカは自慢しません。その必要がないので。ジョン・マケインのアメリカは、再び偉大にされる必要などありません。なぜならアメリカはいつでも偉大だったので。」

ブッシュ元大統領「そしてジョンは何より、権力の乱用を唾棄した。偏見と差別にまみれた人間や、えばり散らす暴君は、まったく受け入れなかった」

再びオバマ氏「この国の政治や公職や公の議論の大部分が、小さくて意地悪でせせこましいものに思える。大げさな物言いと侮辱。」

これらの弔辞は、葬儀に弔意を示さずゴルフに興じているトランプ氏を皮肉る意味は多少あるかもしれぬが、安倍内閣を皮肉っている訳ではない。
https://www.bbc.com/japanese/45386450 英国BBCから

2018年9月2日日曜日

夏休みの感想文か?

区立の小中学校の生徒にとっては夏休みの最終日。し残した宿題をするにはもってこいの雨降りでしかも涼しい。お彼岸までは暑さから完全には解放されぬだろうが、何れにせよもう暫くのことだ。ここ3か月ほどの間、下らぬと言うのも変だが映画や小説で不思議とアメリカ西部に縁があった。もう小学校の頃から祖母のお陰で西部劇に馴染んできたので、荒涼たるアメリカ西部のイメージは持っているものの、これは日本のチャンバラと同じで19世紀までのこと。

現在は日本と同じで、上州から流れてきた侠客・国定忠治もいなければ信州権堂町の悪漢・山形屋藤造なんて連中は存在せず、江戸と大差のない市民生活が展開している。と確信していたが、米国の場合は案外そうとばかり言えないのかもしれない。映画も小説(特に犯罪小説の類)はフィクションだからどこまで勝手にイメージしていいか分からないが、彼の国のネイティブアメリカンは北海道のアイヌの末裔とは異なり大分特殊な扱いを受けているとは聞いている。

従って現在でも西部劇の舞台がそのまま残り、シネマスコープ以前のモノクロ映画で観たようなストーリーが生み出されるみたいだ。感想とも言えぬが、この夏読んだ本2冊と映画1本を上げたい。「フリーファイア」C.J.ボックス著・野口百合子訳 「オンブレ」エルモア・レナード著 村上春樹訳 「ウインド・リバー」テイラー・シェリダン監督・脚本

本の「フリーファイア」と映画「ウインド・リバー」は共にオクラホマ州が主な舞台、今年最高値の買い物だった地図帳が大分役に立った。オクラホマ州はモノクロテレビ番組「ララミー牧場」の舞台になった州で昔からカウボーイが活躍した場所らしいが、ジープやスノウモビルが活躍する現在でも司法制度は町に保安官が二、三人の時代と大差ないような場所があるようだ。「オンブレ」は1884年(明治18年)アリゾナ州の設定なので完全な西部劇。

但しテーマはアパッチ族と白人の間に生まれた主人公と西部に進出してきた白人との葛藤だから、現代に通じる問題を提起しているのだろう。ノーベル賞候補の作家が訳しているので食指が動いた。何れにせよ、小中学生時代のように胸躍らせて楽しむ一方、数回旅行しただけでは全く理解できないアメリカなる国の複雑さを改めて痛感した。