2022年1月22日土曜日

突然ですが

 やむを得ない事情が発生して、生活環境を一変せざるを得ません。ブログ書きも今日で終わりにさせて頂きます。これまでのご愛読を深く感謝いたします。

2022年1月21日金曜日

マイナカード

 昨日は大郵便局に行ったり、久しぶりに区役所まで行かねばならなかった。郵便局は近くの今そういう言い方があるかどうか知らぬが特定郵便局。ところが、窓口要員が二人しか居なくて、普段後ろの席に居る二人が慌ただしく接客していた。理由は分からないが、局員二人が欠勤してたのかもしれぬ。

番号札を取って暫くすると局長さんが対応してくれた。振込用紙を出して依頼すると、老眼鏡をかけ直して振替用紙を確認した局長さん「貯金から引き落としであればそこのATMでできます。」と如何にもあっちに行けとの風情。キャッシュカードは持っていたが、意地悪く生憎カードを持ってこなかったので、と窓口での手続きを依頼。歳はこっちに比べれば大分若そうだが、四苦八苦しながら対応してくれたので、後で意地悪しすぎたと反省。

そこからお次は区役所の支所窓口まで。家内が亡くなった時は何やかにやと再三訪れた場所だが、4年ぶりかもしれぬ。要件はマイナンバーカードの更新。今週初めに通知が来ていたので今週中には済ませるつもりになっていた案件だ。応対してくれたのが比較的お歳の行った職員で、実に丁寧な対応。しかし問題はこれに対応するマシンが実に古臭い。だけなら良いが、対応しているサーバーも同じくらい古いと思う。

カードの更新と言っても写真も撮り直さずにカード5年前のままで、一旦初期化して新たにパスワードの設定をし直すだけ。これって何の意味があるか分からない。大体パスワードが2種類あることも忘れていた。「第2パスワードを覚えていますか?」と質問されて「え?」てなものだ。それなら初めから通知にそう書いてくれ、と言いたいところだ。手間ひまかけて再設定した第2パスワード、帰宅して確認したが、約5年前に同じ。なんとも不思議で仕方ない。手続きが一応終わったところで聞いてみた。

「政府はマイナンバーカード使用促進のために、ユーザーに様々な特典を出しているようなので教えて下さい。」親切な職員さんが待ってましたとばかりに3枚のチラシを持ってきた。「マイナポイントをゲットしよう!!」「マイナンバーカードが健康保険証として利用できます」「接種証明書をスマホアプリで発行できます」それぞれ魅力的な能書きが書いてある。「ではこのスマホに接種証明書で発行してみてください。」とスマホを提示すると、親切な職員さんがいろいろ操作してたが結論は「このスマホの型式が古いようで、このQRコードを読み取れないようです。」冗談じゃない、去年の7月に買ったばかりだ。と言いたかったが無駄なことと諦めた。

最初にあったマイナポイント7500ポイントは、未だ具体案がデジタル庁で確定していないとのこと。

2022年1月20日木曜日

デジタル機器の使い方

 時刻時間には比較的神経を使う方で、約束の時間に遅れると、他人に迷惑掛けることより自分が借りを作るような気がして嫌なのだ。ひいては起床や就寝も何となく定時が習慣化した。腕時計はもう久しくせず、代わりに昔は携帯、最近はスマホを持ち歩いたり、枕元に置いている。他にも家の中に時計がいくつかある。最近の時計はデジタルなので狂わないと信用しているが、今週は改めてデジタルが必ずしも信用できない体験をした。

考えれば当たり前で、時計でも電池が切れ掛かると遅れたリする経験は何度もあるのに、つい忘れて信用してしまう。我が家の時計はそれぞれ設定の仕方がよく分からないので、微妙に時刻表示が異なるが、気にしていない。気になったのは時計でなくて、歩数計だ。ブログでも時々書いているが、毎日の歩行数を出来るだけ1万歩に達するよう昔から努力をしていた。ところがガラケイをスマホに替えたらどうも調子がおかしい。

ガラケイ時代に1万歩に達した区間を歩いても8千歩程度にしか表示されない。スマホに切り替えたのが昨年の7月頃だと思うので、山に行ったときなんか特におかしいなと思いながら、気にしないで我慢してきた。ところが、一昨日友人と中野の喫茶店で待ち合わせをして久しぶりに諸々の雑談に及んだ時のことだ。友人が聞いてきた「今日も家からここまで歩いてきたのかい。時間と距離はどのくらい?」

「時間は1時間10分くらい、距離は待ってよ。」とスマホを取り出してから気がついた。こいつは狂っている。案の定3.5キロ程度しか表示されていない。仕方ないから「1里前後だと思うよ。」で納得してもらった。帰宅してスマホを購入したAUショップに電話して一応相談することにした。そんな事で昨日ショップに行って購入を推薦した担当者と面談。結局直らなかったが、センサーが正常に機能してないことだけは認めさせた。

どうせ只で貰った安物の機種だから仕方ないと言えばそれまでだが、デジタル機器もいろいろで、中には信用できないことがママあることが勉強になった。ショップの店員が納得したのは簡単。行く前にgoogle mapのタイムラインで自宅から中野の喫茶店歩行履歴を確認しておいた。歩行数は出てこないが、距離は5.5キロと表示されている。店員はあれこれ操作をしていたし、本部かメーカーにも電話をしていたが、結局は直し方が分からない。「済みません、どうも持ち歩き方でセンサーがうまく機能しない場合があるようです。」

そんな言い訳は通用しないことは先刻承知で、センサー機能が悪い。簡単に言えば不良品だ。しかし機種交換は要求せず、他にもあった使い方が分からないことをいろいろ教えてもらって約1時間半、少しは利口になったかもしれぬ。

2022年1月19日水曜日

日本式(或いは自民式?)

 大方の想像通りだと思うが、昨日コロナ新規感染者が過去最高3万人を突破した。もちろん新規感染者ゼロの都道府県は無く、日本に安全地帯即ち医療関係者がのんびり出来るところは無いようだ。先月クリスマスの頃は全国で300人以下、ゼロの都道府県が沢山あったのが夢のようだ。1ヶ月足らずで100倍に増えたのだから保健所などの関係者は「またか」との思いで大変だろう。山高ければの喩えではないが、急速に下降に向かうことを心から願うのも国民共通だろう。

とは言っても、これから1ヶ月足らずでまた300人台に戻ることは無理かもしれぬが、過去の例に照らせば2、3ヶ月中には収束するのではと思う。問題はそれから先だ。現在が第6波とされているが、収束からまた2、3ヶ月、秋口あたりで第7波に見舞われる可能性はあると見る方が普通だろう。当然ながらその波で齎される症状がどんなものになるかは、今の段階では誰にも予測不能のようだ。

人類の防御態勢も徐々に進化しているので、集団免疫に近い状態に達する地域も現れて不思議は無い。少なくとも日本は集団行動に馴染みやすい国柄なので、早いとこそうなってほしいが、半年やそこらで期待するのは少し無理かもしれぬ。集団行動で思い出すのは、政府の意思決定に関する行動様式。地方自治が尊重される行政とされてるにも拘らず、2年を越すコロナ禍の対応を見る限り、地方自治とは名ばかりであることがよく分かる。

結局は国民から徴収した税金の裁量権を100%近く国が握ってるからかもしれぬ。古くから常識化されていることなので、今更何を言っても始まらないが、自治体の首長は住民から選挙で選ばれたことにはなっている。しかしその地位についてから、本当に自治体らしい行政ができた首長が果たして何人いるのだろう?昔福島県矢祭町に居た町長さんくらいしか思い浮かばない。

我が家の近くに保育園が多数あるので、毎日のように園児たちが保育士さんに引率されて散歩する風景に出くわす。数人のグループに分かれ、或いは手を繋ぎ、或いは箱型の乳母車に乗せられて整然たるものだ。日本の行政はこの保育園の指導方針に似ているに思えてならない。何をするにも先ずは保育士同士の相談。決定したら足並み揃えて事故が無いように、毎日決まった道をそろそろ進む。

確かに劇的な事故は少ないかもしれぬ。しかし大の大人が緊急事態に際してそれで良い筈がない。コロナ禍で3人目の首相だが、相変わらず何事も決断できず、関係閣僚との打ち合わせ→専門家会議への諮問等々を経て対策が自治体へ伝達される。病気の対策なんて本当は個々別々、せめて地域ごとに迅速な対応があるべきだ。2年を経ても何一つ変化がないことにイラつくばかり。首相はそこをよく考えてほしい。

2022年1月18日火曜日

新しい時代の幕開け

 役所もお正月気分がやっと抜けたのか、昨日の夕方は封書の郵便物が大量に届いた。中には赤地に白抜き文字で<3回め接種>と特筆大書された分厚いものがあったので一番で開封した。ワクチン接種券と予診票は入ってはいたが何のことはない、かかりつけ医などの医療機関の場合は2月1日(火)より受付開始で診療所に直接電話をとのこと。集団接種希望の場合は今週21日から予約可能らしいが、そこまでして行くつもりもない。

他には<マイナンバーカード・電子証明書有効期限通知書>なんてものもあり、また区役所に行かなきゃならぬようだ。役所からではないが、応援している区会議員から新年度の寄付依頼もあり、郵便局の振り込み用紙が入っている。実は昨日郵便局に行ったばかりなので、今日また行くのは面倒なので、今週末までには行かなくてはと思うことにした。昨日のブログで書いたばかりだが、来週からは歯医者通いが始まることもあり、しなきゃならぬことが多くて気が重い。

昨日は国会も始まり、首相の施政方針演説もあったが聞いてもいないし、読む気にもならない。新しい資本主義なんてお題目を聞いたところで分かりはしないし、三文の得にもならぬだろう。そもそも年寄が何か得をしようなんて思う事自体が無理無意味だ。今日は今年始めて友人と会って昼飯をする予定なので簡単に切り上げる。昨年暮れに次いでのせこい話で恐縮だ。

昨日郵便局で驚いた。実は久しぶりに行ったのだが、半年以上は優に掛かったと思う小銭を貯金するためだ。いつものように貯金・振替の窓口で顔馴染みの女性に小銭の入った袋を渡すと、彼女がものすごく申し訳なさそうに「済みません、実は今日から小銭をカウントするのに手数料を頂かなくてはなりません。どうされます?」とのこと。持ち帰って数えてから持ち込んでも、機械に掛けることは一緒だろうにと思うが、女性に向かってそんな嫌味を言いたくない。

「構わないからお願いします。」と小銭の袋と通帳を手渡した。普段であれば金額を記入する用紙に氏名と電話番号を記入して終わるのだが、昨日は段取りが異なり、他に住所氏名を記入する用紙やらが出てきた。それは良いのだが、彼女にとっても恐らく初めての経験だったに違いない。次の番号札を取ったのが若い青年で、スマホを熱心に見ていたので文句は出なかったが、変なおっさんだったら間違いなくイチャモンがついただろう、と思われるほど時間が掛かった。

持ち込んだ小銭は402枚で38142円、手数料が825円引かれて37317円の入金となった。因みに50枚までは無料で51枚から100枚までは550円、千枚までが825円で千枚以上は1100円、(500枚ごとに550円追加)だそうだ。硬貨の流通量も馬鹿にならないので商人さんにはまた出費が増えるだろう。

2022年1月17日月曜日

因果応報

 27年前の今日は次女と長野市の市営飯縄スキー場近くの山の宿に居た。ちょうど帰京する日の朝、テレビを付けると関西で大地震があり、神戸市のあちこちで火事が起きているとのこと。被害が大きく死者も相当出ているとのことでびっくりした。夕方池袋駅に着くとキオスクの夕刊紙のふんどし広告に、確か死者800人超と書いてあったような気がする。27年の歳月は短いようでもあるが結構長い。神戸市は立派に復興したようだが、娘と滑ったスキー場も宿も今はもう無い。それこそ、ただ風が吹いているだけ~だ

娘も未婚だったのかもしれぬが、この娘には既に20歳を超える孫が二人もいる。過ぎゆく年月は本当に速い。また、最近読んだ本に書いてあった「いつまでもあると思うな、親と金。無いと思うな、運と災難。」を思い出した。運については、ついていたなと思うことも多々あったので分かりやすい。従って警句としては「災害」を重く受け止めるべきかもしれぬ。しかし運に頼って、関東大震災の再来は無いと勝手に決めてる自分も困ったものだ。

バチが当たった訳でもないだろうが、今年地震が来るか来ないかは別として、とんだ災難が降り掛かってきた。他でもない歯科治療の再発と言うか三発目と言うべきかもしれぬ。子供時代から歯が悪くて、子供の頃は親戚の歯医者さんから始まり、数多くの歯科医に世話になってきた。池袋の歯医者に通い出して何年になるだろう。このブログに詳しいことは書いてないが、2011年6月だと思う。

この時ことを「口中大工事」と題して25日に<新しく見つけた歯医者さんで、ついに意を決して左下の2本(3番4番と呼ぶらしい)を抜いてしまった。>と書いている。その時から約1年半くらいは掛かったと記憶するが、左下を5本纏めてインプラントにした。これで大分具合良くはなったが、2年か3年前になって、今度はその上の5本が駄目になった。中に1本欠けていた歯があり、それを両側からブリッジしていたからだ。下がしっかりしすぎているので、上が持ち堪えられなかったらしい。結局支えていた歯をまた2本抜いて新しいブリッジを作ることになった。

そして今日の診断である。先月6日にクリーニングに行った時、これまで左側だけで物を噛んでいたので「右側が弱ってきていますよ。先生に相談してください。」とのことで、相談したら案の定だ。曰く「ブリッジ両側が相当傷んでいますので、抜いて暫く入れ歯で様子を見ましょう。骨が大丈夫そうだったらインプラントを検討します。」だそうだ。この先生に抜かれる歯はこれで6本になる。自前の歯は前歯の数本だけかもしれぬ。因果応報とは言え、今年はまた大変な年になりそうだ。

2022年1月16日日曜日

海底火山

 既に2年を超えて継続しているコロナ禍もそうだが、近代科学の知識で克服できない現象など無いかのように思えたが、世の中不思議な現象が次々に起こるものだ。今朝もいつものように5時半過ぎにテレビをつけると、津波が来るということでいつもの日曜日とは全く違う番組なので、あちこちチャンネルを変えてみたが、全部のチャンネルが同じ津波情報。原因の説明が無かったので不思議だなと思ったが、30分ほど経って6時近くにやっと分かってきた。

日本から7千キロも離れた南太平洋で海底火山が大爆発、規模が大きかったのでその影響とのこと。気象庁でも、津波はプレート移動に伴う地震しか知らず、火山爆発での津波の発生なんてことは聞いたことが無かったようだ。地震列島でもあり、火山列島でもある日本では火山爆発は珍しいことではない。しかし爆発規模が瞬時に北海道全体を覆うような大爆発は記録に無いのだろうう。南太平洋での爆発は昨夜8時頃らしいが、当然ながら午前10時になる現時点では詳細は一切不明だ。

富士山が大爆発すれば火山灰が東京に達する程度はのことは想像できるが、東京も爆発に巻き込まれるなんて想像はできないし、したくもない。しかし、恐らく衛星から撮影してであろう爆発の俯瞰映像を観た時は、宇宙戦争でも始まったのではと思ったりしてしまった。先日政府高官を漫画チックな思考と馬鹿にしたばかりというのに、自分こそ漫画チックな思考だったと反省している。

どうせ馬鹿なので序に昨夜のリモート懇談から話題を一つ披露したい。政府が、尖閣諸島有事を前提に沖縄や鹿児島方面に新たな兵員を増強している。その一環で、その防衛や中国に占領されたことを想定して、特殊部隊が編成され、その訓練の様子がNHKのBSだったかで1時間のドキュメンタリー番組として放送、確か昨日のことだったと思う。これを観たので、なんとバカバカしく無駄なことに国費を費やすものかと発言した。議論の発端は確か民主主義論だったと思う。

アメリカはアメリカに追随する国家が民主主義国だと言うし、中国も自分で民主主義国だと言っている。国民にとってどちらの方が居心地が良いか、てなことで諸説出た。その途中で嘴を挟み日本の離島防衛に異を唱えてしまったのだ。適当なところで手仕舞いすべきだったと思うが、つい口が滑った。「尖閣なんて中国が欲しけりゃ、呉れてやったらどうか。」竹島だって北方4島だって外国に占領されていてるが、現存する日本国民にそれほどの不自由は無いと思っているからだ。

普段から親しい友人達なのであからさまな非難は来なかったが、流石に領土領海に関する無知をやんわり指摘された。他人同士だったら張り倒されていたかもしれぬ。性格的に所有欲が少し薄いのかもしれぬが、多くの財貨を所有しなくても多くの友人を持つことの意味のほうが大きいと信じているからだ。

海底火山大爆発が起きたのはトンガ王国、爆発で領土が増えたか消滅面積が大きかったかは分からない。

2022年1月15日土曜日

読後感「占領神話の崩壊」西鋭夫 、岡﨑匡史 著

 著者西鋭夫氏については2年ほど前に古い友人から著書を貰ったりして知っていし、メールマガジンを読んだりはしていた。共著になっているが岡崎氏は西氏のお弟子さんなので助手の立場かもしれない。西氏はアメリカ・カリフォルニア州のスタンフォード大学フーヴァー 研究所の現役フェローの歴史学者。

研究所を創立したフーバー大統領は日本では馴染みが薄いが、親日的で平和主義者だったと本書にあった。書名の通り、先の大戦後日本を占領したアメリカ軍は、終戦直前から日本政府や軍が意識的に大量に焼却したりして消失せしめた公文書などの歴史的文書の生き残りの収集に努めて保存。後にこれをフーバー研究所に寄贈かどうか、兎に角持ち込まれている。

著者はこの膨大な資料をベースとして、日本で発行された様々な資料での考察も加え、マッカーサーによる占領政策の実態に迫った学術論文に近い読み物ととして昨年秋発売した。取り上げられている事件と内容は既に知られていることばかり。しかし関連する証拠文書がこれほど大量に公開されるのは初めてだろう。マッカーサーが戦後厚木飛行場に降り立ったのは昭和20年8月30日、占領軍総司令官の職を解かれて帰国したのが昭和25年4月とのことなので、こちらはやっと小学1年生位かな。

GHQや総司令官マッカーサーの名前は知ってはいたが、意味は理解できていなかった。しかしこの5年間に日本で起来たことは現在に至るも極めて大きな意味を持っている。フーバー研究所に保存されていた資料から見えてきた事実は現在の認識と大きく異るところがある。事件の経緯にしても人物像にしても占領軍の認識は日本人とは大分違っている。その最大、或いは中心をなしているのは憲法の改正に他ならない。

憲法は未だにマッカーサー憲法と言われているが、その成立経緯については、草案を25歳の女性が1週間で書いたとか、戦争放棄については幣原喜重郎首相が申し入れたとか諸説ある。マッカーサー自身が、憲法改正を任務の1丁目一番として急いだことが保存文書ではっきり分かる。占領軍と日本との憲法をめぐる会談のやり取りの記録が明らかにされたのは初めてではなかろうか。2月に行われた会談がハイライトかもしれぬ。米側責任者はホイットニー准将以下4名、日本側は吉田茂外務大臣他2名

本書を一読して感じた最大のポイントは、生き延びた人間に依って書かれた自伝とか回想録が如何に嘘に満ちたもので、歴史を捻じ曲げているかだ。平和主義者とされる外務官僚の吉田茂氏にしろ白洲次郎氏にせよ、占領軍が全く異なる見方をしていたこと、彼ら二人が日本をアメリカに売ったとも言えることなど、或いは日本の政治家や日本軍が行ったことは、未だに国民に明らかにされていない恥ずべき行為が多々あったことなど、勘違いを直す必要がありそうだ。なまじ、登場する人々は既に伝記とか小説などで存分に知ったつもりの人が多いだけに余計始末が悪い。

2022年1月14日金曜日

インテリと漫画

 戦後間もない昭和30年前半頃までの少年時代、長野県内で3箇所移転はあったが、何れの地でも正月は15日まで。今にして思えば松飾りを町内で処理するために少年たちを手伝わせる知恵だったと思うが、15日の夕方にはどんど焼きが学校の校庭などで行われ、下手くそな書き初めなんかもこの火で炊き上げて、青竹の先に挟んだ焼き餅を食いながら「明日からは遊ぶ時間を大幅に減らし、少し真面目に勉強しなくてはならないか」なんて残念に思ったりしたものだ。

こんなケジメが現代の政治家にあるとは思えないが、来週からやっと通常国会が開催されて、4月以降の新予算が決められる。政府を率いる首相閣下は「一緒に新しい未来を」と仰るが、これを聞いて気分が明るく改まる人は殆どいないだろう。世界的な食糧不足にエネルギーなんかの資源不足に加えてアメリカの金融引締金利高だ。稼ぎのない老人にお情けで与えられている年金が少なくなって、出るお金が多くなることだけがはっきりしている新しい未来だ。

政府予算に感想言える身分でもないが、アメリカ追随が一層深まるので、予算の中で防衛費が突出して高まることもはっきりしている。日中国交正常化50周年とか沖縄本土復帰50周年の年にも当たるようだが、これを寿ぎ中国や沖縄の人と一緒に喜べるようなことは何があるのだろう?むしろ真逆で中国をことさら敵視し、沖縄には地元の人が嫌がることを押し付けては補助金を削る措置をしているのだから話にならない。昨年がコロナ禍で国全体の経済成長率(GDP)が酷かったので今年は大分上向くらしいが、来年度にかけてまた大幅に下がることがはっきりしているとのこと。

隣国の中国や韓国でも政治家や高級官僚の腐敗はあるが、彼の国は時々その腐敗が徹底的に裁かれたりする。日本も公明党幹部の腐敗が珍しく司法に依って裁かれ、公明党幹部も彼を除名して遺憾の意を表明した。国会開催を前にして、政府高官の汚職容疑がこれ以上出ないことを願ってのことだろう。公明党関係はこれで済むかもしれぬが、本体自民党関係での政治資金の不明事項は何一つ解決されていない。政治家の汚職なんぞ明らかにされ追求、断罪されようと庶民にとっては気休めにしかならない。

小生に言わせればまるで宇宙人、別世界の住人だ。その親玉の首相が見ている新しい未来とは一体なんだろう?話が飛躍しすぎるかもしれぬが、まるで漫画の世界。政府ではないが自民党内で政調会長と言えば5指に入る高位高官。この高市早苗氏のお話を数日前テレビでちょっと観た。この方日本の安全保障政策に深い思い入れをお持ちとのこと。曰く「迫りくる危機から日本を守るため、敵を無力化するための方策、例えばサイバーとか電磁波とかあらゆる方策を検討する必要がある。」とのこと。

彼女はもちろん最高学府を終了されたのみならず松下政経塾まで終了されて、大学教授にまでなっているインテリだ。インテリが漫画チックであっていけない理由は無いか?

2022年1月13日木曜日

終末への備え

 ゴルフをしていた頃は、冬場はお天気が良いのでゴルフ場や練習場によく行ったものだし、昨年まではシーズンが到来すれば必ずスキーに思いを馳せ、何処で何日かは別として、最低でも1回はスキーに行く習慣があった。ところがこの冬は、寒さの厳しさだけがやけに気になるだけで、スキーをする意欲なんかは全く湧いてこない。できるだけ早く冬が去って暖かい春を迎えたい気持ちがこんなに強いのは初めてかもしれぬ。

これも年齢と関係があるが、ブログを書き始めて10年以上の年月が経ってしまった。何のために書いているのか自分でも分からないが、今や仕事が無いので仕事代わりの日課になっている。敢えてその目的を探ってみたい。

無用の世相を知る努力が頭の体操となり、パソコンに思いを綴ることを習慣化したお陰で生活のリズムが保たれている。毎日指先を1時間以上動かすことも健康上一定の意味があるかもしれない。しかし数日前に、会ったことは無いが、コメントを多く寄せて頂く読者のブログを読んで思い至ったことがある。

氏は遠く石川県にお住まいで、毎日多くのブログを書かいておられる。リタイアメントであるところは小生と同じだが、年齢的には少しお若い。更に大きな違いは、氏は完全な理系でネット環境や機器に関する知識は豊富で、未だにPCの操作が覚束ないこちらとは桁違いな筈。共通点は安倍晋三氏を軽蔑されていることだが、理由を聞いたことはないが多分小生と同じと勝手に思っている。氏が数日前のブログで、ご自身のブログのエンディングについて書かれていた。

氏によると自動的に消滅する手立てがあるらしい。子孫に財産は残せないが、せめて思いをブログを通して残したいと思った時期もあるが、よくよく考えればそれは無理な相談だと思い始めた。子や孫だけでなく親類縁者に読むことを頼み込んで久しいが、読んでくれてる人は限られ、少なくとも娘や孫にはその気が無いのか暇が無いのか、どちらかだ。何処かの葬儀屋のテレビコマーシャルで加藤茶が、エンディングノートを書いて「すっきりした」と言っている。

ブログも同じで、自己満足以外の何物でもなさそうなので、小生も氏に習って自動消滅設定をするつもりだ。無無無庵さんご教示宜しくお願いします。ある日突然ブログ書きが面倒になる日がくるかもしれないし、ひょっとしたらその気が失せなくても大病したり、悪ければ突然死したりするかもしれぬ。昨年親しい友人が亡くなったとき、奥方からご主人のパソコンにロックが掛かって立ち上がらず、難儀された話を聞いた。



爾来パソコンやスマホには何のロックも掛けていないので、開くことはすぐ開き、メールとか必要書類を教えて、すぐに参照できるようにしてあることを娘たちには言ってある。彼らにすればそれだけで十分だろう。

2022年1月12日水曜日

民主主義国

 連休明けの11日、新宿の碁会所に久しぶりに行って驚いた。60席の部屋が満杯だった。月に1回通い始めて未だ1年だが、初めての活気ある風景だ。この調子ではコロナ禍第6波は避けようがないだろう。蔓延防止が発令されている沖縄、山口、広島に注意が逸らされ、都民は気が緩んでいるとしか思えない。しかし昨日の発表では、未だ東京の新規感染者が千人に達しないし、全国でも1万人に達していない。しかし今日の夕方の発表でどうなるかだ。

自分は相当神経質になっている。昨日起床した時喉が痛かったので、碁会所でやられたかと一瞬ひやりとした。でも朝食の後、常用の風邪薬「改元」を飲んだら収まったようだ。更に昼飯のため家を出た11時半頃、ちょうど雨が上がっていたので、傘を持たずに出たら食事中に本降りとなり、結局昨日は歩行数が7千歩に達しない今年初めての日となってしまった。依って、午後中ずっと家に籠もって久しぶりの読書三昧。

ネット碁をしなかったのも珍しい。どういった訳か分からないが、生まれてこの方分かったつもりになっていた「民主主義」なる言葉を考える切っ掛けが出来てしまった。日本が民主主義国であることに疑問を感じる人は少ないだろう。しかし今朝になって考えてみると、両親たちはこの言葉を初めて知ったのがいつか、が気になり始めた。父母は他界して久しいので聞くわけにいかない。もしかして、戦後ではないかとの疑いを持ったのだ。

父からは「四民平等」の話はよく聞いたが、民主主義についての話は聞いたことがない。話が前後して恐縮ながら、考え始めたきっかけは月間文藝春秋2月号の巻頭随筆トップ・藤原正彦氏「民主主義という幻想」にある。これも脇道の脇道になるが、現役時代に最も親しかった出版社は文藝春秋社、故に爾来毎月欠かさず読んできたが、先月発売の新年号は店頭で目次を見ただけで結局買わなかった。やたらに分厚いが中身が薄すぎると感じたからだ。

今月号は通常の厚さに戻ったので碁会所の帰りに買って、机上に置いてあった。そこで巻頭随筆は一通り読んだが、続く記事がまた下らないので読み飛ばし後半に掲載されていた文春社員らしい平山周吉氏の「1周忌・会社員半藤一利」なる記事を読み。未だ夕食までに少し時間があったので、元外務官僚天木直人氏が推薦する図書をアマゾンのキンドル版で購入して読み始めた。これが結構面白く、100ページほど読み進んでしまった。

この図書については何れ読後感を上げるつもりだが西鋭夫氏の「戦領神話の崩壊」で700頁強の大著。何れにせよ、民主主義は当たり前過ぎでもあり、政治的社会体制としてベストと頭から信じ込んでいるが、本当にそれで良いのか、或いは実現可能なのかもう一度考え直してみたくなった。と言うのはアメリカやフランスでさえ本当に民主主義国かどうか、危ういらしいのだ。

2022年1月11日火曜日

慣れぬネット社会

 朝一番と言っても9時からだが1時間以上の大作業を行った。年寄りが知らず知らずに詐欺被害にあっていたようなものだが、やっと気が付きそれを停止できた。被害と言っても責任はもちろんこちら側にある。余り参考にならぬだろうが、一応顛末を紹介したい。マイクロソフトにoutlook365なるサービスが有り、このサービスの料金を二重払いし続けていたのだ。非常に単純な話だが、嘗て有限会社での契約が生きていたにも拘らず、会社から足を洗ってすぐに個人契約に切り替えたが、毎月几帳面に990円ずつ引き落とされていた。カードが会社時代も現在も同じだったので仕方なかった。

事の次第に気づいたのは日曜日の9日のこと。と言うのは6日にも同じ名目の請求が来た記憶が残っていたからだ。今にして思えば、さすがマイクロソフトだけに、引き落としは必ず紙の請求書(PDF)がメールで送信されてくる。メルマガなどはの契約は請求書が来ずに黙って引き落としだけが行われるので、読まなくなったメルマガでも引き落としされているケースは多いだろう。法人で契約していたサービスは毎月990円、方や個人契約は年間6384円。サービス内容に違いはあるのだろうが、違いが分かるほど利用はしてないのが実情だ。

年寄りがスーパーカーを運転できないのと同じで、どんな高性能でも使いこなせないのだから無意味だが、それでもワードやエクセルくらいは開けないと困るだろうと、個人サービスだけは生かしてある。問題は契約のキャンセルだが、この作業に1時間以上を要したことになる。マイクロソフト側には何の落ち度もなく、極めて親切丁寧だが、必要手順に沿って事を運べば、相当手慣れたエンジニアでも似たような時間になるだろう。もっとも、パソコンを使い慣れた人間であれば喩え小学生でもこんなミスは起こさないだろうが。

最近、エンディングノートなんて言葉がごく普通になっているが、なまじネット社会と少なくない関係を持ってしまった半世紀以上前に生まれたお年寄りの同輩諸氏、週に一度リモートで懇談する友人たちの間でもそれに関する事柄がよく話題に上る。大金持ちでないにしても、それぞれ複数の菌機関に口座を持ち、複数のカードを使用してる筈だ。そのカードからの引き落とし状況を定期的に確認してるだろうか。

小生は全くしてない。だから暮れにもJR東日本が発行するカード会社のセキュリティー部門から電話があった。曰く「あなたのカードが不正利用された疑いがあります。」この時も直近1ヶ月位の使用状況を詳細を電話で確認されたが、全く記憶が無かったので面倒くさくなって再発行をして貰うことにした。現金を持ち歩く必要が無い生活は便利であるのは事実。しかし、マイクロソフトとの契約が解除できたと喜ぶのは良いが、昔クラウドサービスを利用してたことを忘れ、ある日突然そこに保存していた重要書類を思いだすかもしれぬ。その時は諦めるしかない。

2022年1月10日月曜日

三連休なので

 今日は成人の日とかで休日らしい。休日となると習慣化しているテレビ番組NHK・BSの編成が変わるので些か不便でもある。そんな些細なことはどうでもいいが、前から不思議に思っていることがある。成人式の由来と意味だ。そもそも高校卒業式から集団的式と一切無縁になってしまってるせいでもある。個人的認識では、江戸末期までは男子の元服は殆ど15歳位の時に家庭内で行われたはずだ。女性が何歳頃からか知らぬが、桃割れの髪を一般婦人並みの髷に変更したのはもっと早かったのかもしれぬ。

髷を変更するにあったての儀式は当然あっただろうが、これも家庭内のことで、町や村の神社なりお寺なりで集団で執り行うなうなんてことは考えられない。現在自治体が行っている成人式に気がついたのは結婚して大分経ってのこと。家内に「我々の時代に成人式なんか無かったよな。」と言ったら6歳下の家内に「そんなことはありません、昔からちゃんとありました。」と言われた記憶がある。

今朝のテレビでも成人式関連の報道が多いが、本当に不思議だ。個人的経験からすれば、一人前のおとなになったと自覚したのは22歳の春、初めて採用された会社から月給袋を手渡された時だ。入学式や結婚式なんかは式を上げると、その瞬間から、本人だけでなく周辺の人を含め気分が変わるので意味は大きい。十把一括で中途半端な未成年を集めることの意味が何処にあるのだろう?

成人式の後に参加者全員で公園のゴミ拾いでもして、社会への貢献の端くれでも体験するなら未だ分かる。恰も婚礼にでも出席するような晴れ着を着て集まり、後はどんちゃん騒ぎの迷惑行為。ガキだからとて許されるものではなかろう。そもそも現代の法律では、成人は18歳からではないか。全員即座に逮捕して何日か留置場に留め置くべきだ。そうすれば自治体が馬鹿げた行事を主催する意味が薄れる筈。

首相が「新しい時代を」唱えるなら、せめてそのくらいのことは主導してもらいたい。貸衣装屋や着付け教室のお仕事が大分減るだろうが、その代わりの産業を見つけることぐらいは容易なことだろう。

2022年1月9日日曜日

世界に平和を

 恒例の高校同期生5人でのリモート懇談会が昨夜始まった。一人は長野在住のスキーヤー。雪が多いので大喜びかと思ったら、雪降の日が多いので却ってスキー場には行けていない。今シーズンは暮れの27日と昨日の2日だけ。白馬五竜と野沢温泉スキー場とのことだったが、昨シーズンに比べると客足が圧倒的に増えているそうだ。白馬村でコロナウィルス集団感染の発生も無理からぬ事らしい。

もう今シーズンからスキーは止めるつもりなので、それでも羨ましく思いながら雪談義を聞いていた。誰もが人生に一度くらいは自動車のスリップを経験するものようだ。小生も例外ではなく、山道で運転していた車が180度回転してそのまま道路脇の除雪した雪の塊にに突っ込んだ経験があった。3日以上前に降った雪が日陰では未だに残る東京だから、昨日までに事故車や怪我人が出るのは仕方ない。残る3人は群馬の前橋、神奈川県横浜と葉山町。そぞれ微妙に気象条件が違うが、今年の寒さは共通している。

もちろんオミクロンの脅威も同じこと。あいも変わらぬ政府の後手々々対策には全員うんざりしていた。スキーの話から来月に迫った北京オリンピックに話題が飛んだ時、友人の一人が「岸田首相も開会式に出席すればいいじゃないか。」と言ってくれた。中国脅威論をまともに受け付けたくない小生としては大歓迎の発言。そのとおりだと思う。今となれば、戦ったところで、アメリカでさえ勝てる見込みの薄い中ではないか、せめて友好の証を見せるべきだ。

バイデン政権に義理立てして、喧嘩のお先棒を担ぐなんて愚の骨頂。友人が言うように「我が国はスポーツを政治問題化したくない」と表明して、開会式に首相が出席したら世界がどんな反応を見せるだろうか?次期開催国のフランス・マクロン大統領もアメリカに同調するようだが、閉会式にはパリ市長が出れば良いのだから開会式は関係ないか。何れにせよ日本の外務省なんて腰抜けばかりだ。

しばし、アメリカの無茶振りで話が盛り上がったが、民主主義の行方もいい加減なものかもしれぬとのこと。結果は見えてこないが、専制国家中国が言うところの民主主義。かなり疑問符がつくだろうが、習近平氏が昨年夏に打ち出した「共同富裕」に向けて努力してることだけは認めるべきだとの意見が多かった。アメリカの生活が長い友人も「アメリカの民主主義は、白人社会を前提としたもので、これは今も変わっていない。黒人は彼らがお金で買ったものだから現在それなりの地位を与えたように見えるが、先住民族の殺戮は南米大陸やオーストラリアと変わらない。僅かに生きながらえた子孫の現状は酷いものだ。」

日本もアイヌ人殲滅があるから偉そうには言えないが、人間同士の殺戮が無くなる世界を目指すべきだと思う。

2022年1月8日土曜日

時は今

 地球温暖化の影響で日本は亜熱帯の気候に移りつつあると言われるが、年寄りには寒い日が続いている。徘徊が唯一の運動であるので、とにかく滑らないよう冬支度をしてボチボチ歩く毎日だ。とにかく滑って失敗するのは学生時代の試験だけでなく、実際にすっ転んで怪我をしたことが幾度となく、経験だけは豊富にある。今日の昼間は久しぶりに暖かくなったが、昨日までの3日位は転倒に備えるため手袋までしてしまった。大きな袋を手に歩いたり、中には雪道を自転車で押し切る強者さえ居る、ご近所のおばさん達には全く敬服するばかり。

普通の人は、何事も経験して痛い思いをするまでは学習できない。しかし政治に携わる人達にそれは許されない。痛い思いをしてからでは遅すぎる。昨日リモートで開催された日米外務防衛閣僚会議で、年頭早々からアメリカからの要求であることは明白だが、日本は引きずり込まれてかなり踏み込んだ共同声明の発表になった。報道各社が伝えているが見出し的に言えば「ルールに基づく秩序を脅かす中国の動きに懸念の表明」である。既に安倍政権末期から怪しい雰囲気はあったが、民主党バイデン政権になってから急に対中政策が厳しくなっている。

アメリカの政策が掌返しをすることについて、日本は何も言えないかもしらぬが、何もお先棒担ぎを買って出ることはあるまい。「勝手にしてよ、こちらは高みの見物しか出来ない」と言ったら角が立つだろうが、気分はそうであってほしいと思うのが普通ではないだろうか?いったい習近平氏の国賓招待は両国間の約束事ではなかったのか。トランプ氏の顔を立てるため新天皇への挨拶を優先させてやっただけと理解してるが、この理解が間違っていたらご指摘願いたい。

首脳同士の友好関係はそんなに軽くて良いものとはとても思えない。我々庶民だって、友達を簡単に裏切る人間は結局誰からも相手にされなくなるのは常識だ。岸田首相だけではなく、政府与党に共通の責任でもある。特に公明党は中国と関係が深いと聞くが、関係筋にどんな言い訳をしているか聞きたいものだ。兎に角、昨年アフガンで大失敗をやらかして以降アメリカ政府が所謂同盟国に言っていることは無理を通り越して無茶とも言える。

無理を通して道理を引っ込めさせれば、我が世の春がめぐり来ると思ってるとしたら大きな間違い。トランプ氏個人を攻撃すればなんとかなると思ってるのかも知らぬが、社会の分断は深まる一方。まさか南北戦争の再来とは言わぬまでも、何年か後に共和党にひっくり返ったら、時の首相がまた高級ゴルフ道具を持って私邸に駆けつけて済む話ではない。70年近くも地位協定を一言も直せない日本だがら難しかろうが、日本の自主性を考え直す時だと思う。

2022年1月7日金曜日

真のエリート

 身内の自慢になって恐縮だが、父は昭和14年内務省入省の官僚、同期の有名人には後藤田正晴氏がいる。しかし入省後インドネシアのバリ島に海軍所属の行政官として出征していたので戦時捕虜となって帰国が遅くなり、帰国した時には出征時に所属していた内務省は消滅していて、就職活動を余儀なくされた。結局は厚生省復員局からの斡旋で、長野県庁に商工課長で就職できた。小生が小学校に入学する直前のことだった。

父はバリ島から一時帰宅したことは一度もなかったので、離別期間は足掛け5年に及ぶ。今日は個人的なことは措くことにして、専ら父のことを書きたい。父は上田中学から松本高校、東京大学と進み学生時代に司法官の高等文官試験に合格して、卒業してから行政官の試験にも合格している。今で言えば、司法試験と国家公務員総合職試験にも合格資格を持っていた。しかし中央官庁には現実問題として就職が出来ず、地方公務員にならざる得なかった。

しかも時の長野県知事は林虎雄氏、社会党の政治家で年齢こそ父より3歳上だったが、父も面白くなかったろうが、林氏にしても同じことだ。従って本庁の課長から松本にあった松筑竹地方事務所長に転属(所謂左遷)されたりした。この頃の父の思いは訊いたことがないが、人生ではいろいろなことが起こるものだと思っていただろう。母は死んでいたかもしれない父が生きて帰ってきただけで満足だったのか、父の周辺の人には気を使い立派に内助の功を遂げていたと思う。

父の影響から、今でも世の中は結局官僚が動かしていると思っている。これは国の政府であれ、自治体の政府であれ同じことだ。明治以来継続している日本の官僚組織は力は強力で、政権が変わっても、日本の場合官僚組織は殆ど変わらない。力の源泉は情報の集約と管理が徹底してることだろう。人事権行使が役人を動かす力の源泉と言う向きもあるが、それだけで官僚組織を崩すことは難しいと思う。

時々訳の分からない省庁再編が行われても、本当は戦前からだろうが、仮に終戦後に限ったにしても、長くても10年足らずでいなくなってしまう政治家には真の行政改革なんて夢のまた夢だろう。先日岸田首相の原稿の読み方で書いたが、首相でさえ役人の書いた原稿の読み間違いに気を使うくらいだ。今中央官僚の士気が下がり、優秀な人材が集まらないこと、優秀な若手がどんどん辞めていく事実があるようだ。

確かにこれは問題であり、なんとか方策を考える必要がある。誰が考えたか知らぬが、官僚も嘗てと違って給料も大分高くはなってるようだが、金に目先が眩むような人間は官僚には向かない。官僚の醍醐味は政治家を動かして国家を動かすことにあると思う。これこそ真のエリートの仕事の筈。父は残念ながらエリートたちを皮肉な目で見て茶化して生きていた。

2022年1月6日木曜日

己を知るべし

 今日は寒の入り、東京でも雪が舞い夕方までには積もるかもと予報は言っていたが、当たってしまった。最高気温が3度の寒い日となった。心も体も冷え切ってしまわないように広告につられて養命酒でも飲まなきゃいかんかな?雪の降る街を歩きながら毎朝養命酒を飲んでいた親父を思い出した。

天気以上に厄介なのはオミクロン株とやらの新たなコロナウィルス、見えないだけに薄気味悪い。年末から始まったと言うか新年早々から新規感染者が急拡大をし始めている。今回は東京や大阪京都より沖縄や山口広島といったところが特に酷い。何でも米軍基地が治外法権化している国柄なので、その影響らしい。林外務大臣がアメリカブリンケン国務長官に電話をして「外出制限の導入を含め、感染症防止拡大の措置の強化と徹底を強く求めた」対するブリンケン氏は「日本側の申し入れについては直ちに国防省に伝え、日本政府としっかり連携し、感染のさらなる拡大を防ぐため、できる限りのことをしたい」とのこと。

明日行われる日米の外務防衛閣僚会議、所謂2+2の直前に急遽行われたこの電話会談。如何にも出来レースと言うか、嘘っぽい。アメリカにすれば、2+2で日本側がこの問題を取り上げてほしくないのだろう。アメリカは飽くまでも中国包囲作戦、おまけに北朝鮮問題での協力要請で、日本は所詮アメリカの手先として使えるだけ使おうとの魂胆が見え見えだ。林外務大臣が少し中国寄りであることを牽制する意味での2+2であろう。

しかし日本からすれば、北朝鮮のロケットかミサイルの発射実験問題より米軍基地内の感染症管理体制のほうが喫緊の重要問題と思うので、林外相には一層頑張ってもらいたい。ところで、安倍内閣で菅官房長官時代は、毎日2回行われる官房長官記者会見がかなり詳細にテレビでも報道されていた。しかし菅内閣になると、加藤官房長官記者会見以上に菅首相の記者会見が増えたように感じている。

その傾向は岸田首相にも引き継がれ、松野官房長官以上に首相がカメラの前に登場している。これで首相の評価がどうであるかだが、各社の評価は定まらない。お顔の割に首相の顕示力は意外に強そうだ。しかし、あの一言一言区切る喋り方がどうしても気になる。官僚の書いた原稿を間違いなく読むことが首相の役目ではないと思うが、首相の考えはどうもそうらしい。どんなに優秀な首相であっても1日は24時間しか無い。

従って政策作りは官僚に依存するしか無いことは容易に想像できる。田崎史郎氏が言うには「秘書官に優秀な官僚出身者を揃えたので上手く行ってるはず」だが、実際には上手くいっていないから、連日方針が覆ったりしているわけだ。官房長官なり所管大臣にある程度任せていれば、そんな醜態を繰り返さずに済むが、それが出来ないのが優秀と勘違いしている人の悲しさと言える。他人事には思えないが「己を知るべし」だ。

2022年1月5日水曜日

御用始め

 正月のお屠蘇気分も抜ける五日となった。東京都のゴミ収集も今日から再開、小さなゴミ箱がパンクせずに済んだのでホット一息だ。あいも変わらぬ独居生活だが、先ずは早々からお詫びをせねばならない。年賀状書きを勝手にやめているにも拘らず、今年も多数の方から年賀状を頂いた。せめてお礼のメールでもと一瞬思ったが、中にはメールを使わない人もいたのでこれも欠礼することにした。何卒ご理解いただきお許し願いたい。ブログなんか読まない方も当然おられるが仕方ない。

昨日から近くのスーパーと外食の定番店が集まる池袋西口の百貨店と商業施設が再開、これもホッとしたところだ。昨日夕方入った店(海鮮マート・二子玉が本店で支店は池袋だけとのこと)で驚いた。注文したのは好物の「本マグロと鯛の胡麻だれ丼定食」秋頃は確か千円そこそこで、昨年暮れにかけて徐々に値上がりはしていたが、年末はそれでも1200円だった。それが一気に1650円になっていた。これからこの店に入るのも少し控えめになるだろうが、店にしても好んで値上げしてる訳ではあるまい。

この数日報道を観ていると、円安傾向が急である。あれよあれよと言う間も無く日毎1円ずつ円の価値が下落して今日は遂に116円台になってしまった。円安になれば株価が上がって結構だと思う向きもあろうし、輸出依存の企業にとっては利益が上がると喜ぶ人もいるだろう。しかしこと食料に限って言えば、魚に限らず日本は大幅に輸入依存であることは言うまでもない。10年ほど前に民主党政権から政権奪取を果たした自公政権は、円高を食い止めたと胸を張っていたものだ。

これでデフレを脱却して、国民全般の生活が良くなると言っていたような記憶がある。結果がどうであったか定かではないが、少なくとも個人的には自公政権に礼を言うような気分にはならない。オーストラリア政府は一時的に石炭輸出を止めると言うし、原油産出国も生産拡大の方向には動かない。食料品やエネルギー費用が上昇すると、年間所得金額が200万円台の年金生活者は消費税が上がるようなもので、自動的に出金が多くなる。誰を恨んでいいか分からないが、困ったことだ。

正月早々から恨み節で申し訳ない。しかし世の中はお正月気分で盛り上がっているようで、池袋の人混みもさりながら、テレビで報じられる各地の賑わいも昨年とは格段の違いで結構なことだ。ただ予想されていた通り、コロナ禍の第6波が始まったことだけは気になる。ワクチンを早期に打てと仰るが、確保されている総量が1千万本にも満たないようなので、順番が回ってくるには未だ当分掛かることだろう。

2022年1月4日火曜日

チョッカイ

 昨日、アメリカ、ロシア、中国、フランス、イギリスの核保有5か国が、核戦争や軍拡競争を防ぐための共同声明を発表と報じられた。「核戦争に勝者はいない」として、軍事的な対立を避けるため、外交的なアプローチを追求する姿勢を示すとともに、核の拡散防止の重要性を訴え、軍縮に努めていく姿勢を強調したそうだ。この事自体は結構なことで非難には値しないが、一方で核保有国間、分けてもアメリカと中露の対立は昨年来一向に収まらない。

それどころか、ウクライナをめぐる問題、台湾をめぐる綱引きなどは緊張を増すばかり。核兵器を使用しなくても勝てると思っているのか、互いに戦う気配を濃厚に漂わせている。日本の政治家は論じるに値しないが、アメリカ政府の首脳も何を考えているのかさっぱり分からない。アメリカに領土的野心があるとは考えにくいが、中国やロシアにしてみれば、過去1世紀そこそこで失った領土があまりに大きいので、失地回復にやっきになるのは理解できる。

ロシアのウクライナ問題は、戦争して人民を殺傷しながら奪い返そうとしてるのではなく、これ以上領土を減らさないための防護策のように見える。中国の台湾問題にしても現状を強硬に変更しようとはしてない。しかし第三者のアメリカが横からチョッカイを出して、その意図を妨げようとするのでややこしくなる。ウクライナにしても台湾にしても、国内にはアメリカ側に与する、或いは反対側に与する政治勢力存在するのも事実。どちらに正義があり、理屈の筋が通っているかは年寄りには分からない。

日本の政治家にも、そのややこしさを理解できないだろう。にも拘らず闇雲にアメリカの言うがまま軍事協力も辞せずとの立場を取る向きもある。チョッカイは換言すれば「要らざること・余計なこと」だ。日本の外交問題は対アメリカだけに留まらず、なすべきことが多くある筈だ。また一般市民でもチョッカイに同調する人が結構多い。実に嘆かわしい現象と言わざるを得ない。昔から言うではないか「君子危うきに近寄らず」だ。

2022年1月3日月曜日

政治不信

 ホテルから自宅に戻ったものの、行きつけのスーパーや百貨店が今日まで休店なので、朝食はいつもの納豆飯というわけにいかなかった。しかしありあわせ食材で銀シャリと味噌汁の我が家めしにありついてなんとなくホッとした気分だ。今朝は長女一家が年賀に来てくれた。そんなに久しぶりではないのに一人息子の中学1年生の背丈が急に伸びたようで、母を追い越し父に近づいているのを見て驚いた。年賀に貰った羊羹も美味かった。

暮れから今日にかけてもう4日になるが、ニュースは天気予報が中心でコロナ情報が少し加わるだけで、世界の動きがさっぱりわからない。アメリカのバイデン大統領は「コロナに関して政府に出来ることはもう何も無い」と州知事とのリモート会議で述べたらしい。1日当たり新規感染者が既に20万人を遥かに超えたのに何もせずにいられる神経はある意味大したものかもしれない。

代わりに中間選挙対策が忙しいのか、国際的に対立がより明確になっている対中国関係や対ロシア関係とか中東政策で頭が一杯なのかもしれぬ。昨日までは土日だから仕方ないとしても、日本の政治家諸氏は何をしてるのだろう?地元の挨拶回りで忙しいかもしれぬが、政府関係者は地元とはいかぬだろうから、東京で何をするかが問題だ。元外交官天木直人氏のメールマガには「新年のビッグニュースは山口公明党代表の「アジア安保機構」創設提案で決まりだ」と見出しがあったが、実現不可能な初夢らしい。

そりゃそうだろう、日米同盟深化一方の与党内にあれば当然のこと。昨日の読後感でも少し触れたが、明治後半からの日本政治はあまりに国際音痴。今朝のBS1スペシャルでも「太平洋戦争 知られざる日中間の攻防」をやっていたが、途中で観るのをやめてしまった。蒋介石と当時の近衛内閣を対等に扱うこと事態がおこがましい。この頃はもう既に日本は現代同様の夜郎自大、何事も己中心で、世界観が全く欠如している。

昨日書かなかったが、このことを象徴する言葉を新渡戸稲造氏が示してくれている。「取りなき里の蝙蝠」だ。うまいことを言ったものだが、新渡戸氏は何処でそれを痛感したか問題。彼が欧米留学の途中で帰国して一旦東大に入学するがすぐに退学してこの言葉を残した。即ち東大での学問がなっていない、ここでの勉強に意味が無いと見限ったのだ。詳しい内容は分からないが、大学教授は毎日毎年似たような話をしてると聞いた覚えがあるが、そんな事もあったのかもしれぬ。

少し東大教授陣には酷だが、我が国現代の政治家にはぴったりだと思う。毎度のように聞かされる「安全保障環境の変化に伴う国際的緊張感の高まり」と「今年こそは」にも飽きてきた。何を勉強してきたか分からないような連中がまつりごとに関わっているのだから仕方ないのか。

2022年1月2日日曜日

読後感『明治日本はアメリカから何を学んだのか 米国留学生と『坂の上の雲』の時代』

小川原正道著

 タイトルが些か長過ぎるが、内容的には非常に興味深く正月休みの読み物として素晴らしかったと言える。明治維新1863年前後のアメリカは、1976年に建国から100年目を迎える時期で、未だ建国当時のピューリタニズム、(wikiには次のように記されている「厳格で潔癖な生活を送るべきだとする考え方。 清教徒主義。」)が残っていたとも言えるし、まだまだ開拓すべき分野も多かったので、維新で幕が開いた近代日本と似たような状況があったとも言える。

日本は1850年代半ばに突如出現したアメリカ海軍ペリー提督によって、太平の夢を破られ、当時の指導層であった武士たちも文明の遅れに愕然としたに違いない。これは2年近くに上った内戦の勝者敗者に関係なく共通の認識だったのだろう。兎も角、内戦が終了するや否や、心ある武士の子弟は競ってアメリカ留学をし、アメリカ文明を取り込むことになる。

当時の武士家庭では子供の頃から先ず四書五経などの漢籍を修めることが学問の基本だったが、維新以降はこれに英語を学ぶことが加えられた。中で優秀とされた子供たちがアメリカへの留学を認められて洋行することになった。彼らは単に学問や語学が優秀であっただけでなく、文明を自らの頭脳に取り込み、帰国して国家に役立てるとの使命感があったことがある。

彼らの留学先はいろいろあるが、主に今もアメリカンエリートの象徴「アイビーリーグ」(ハーバード大学、イェール大学、ペンシルベニア大学、プリンストン大学、コロンビア大学、ブラウン大学、ダートマス大学、コーネル大学の8校で、アメリカ北東部に位置する名門私立大学の総称)中心で、他にはMIT等がある。この時期多数の日本人が留学したことは、後に日本が文明国の仲間入りをするのに非常に役立っている。

新書版の薄い書物で紹介されているだけでも実に多彩な人物となる。これらの人が帰国後も、嘗て同窓生だったアメリカ政界や実業界の有力者と友情を育み、日本国に大変な有益をもたらしているが、その集約が日露戦争の勝因になっている。伊藤博文を筆頭に小村寿太郎と金子堅太郎のことは概略知られて入るが、彼らが留学中どんな生活を送ったかについては初めて知ることが多かった。

他にぜひ取り上げておきたい人物を二人紹介したい。独りは「武士道」の著者新渡戸稲造と、MIT出身で日本実業界に大きな貢献をした三井財閥の総帥だった団琢磨。彼は日本の実業界に大変な貢献をしているが、昨今は渋沢栄一に押されて影が薄くなっている。新渡戸が武士道執筆に至るのは、彼がアメリカの帰途ドイツでベルギーの法学者から「宗教教育が無くて、どうすれば倫理教育ができるのか?」と問われて「我が国には武士道がある」ことに思いが至ったとされている。

学問をする意味が当時とは全く変わってしまった現在、改めて読んでよかった。

2022年1月1日土曜日

新年ご挨拶

 明けましておめでとうございます。今年もどうぞ宜しくお願いします。

昨年末に元日と2日位は休みたい、ようなことを書きました。貧乏性のせいでしょうか、どうも必要以上にゆっくり出来ない性質のようです。昨日の大晦日は1時間寝坊したし、夕方ホテルに出かけていつもより1時間遅い10:30まで起きていた。と言うのはホテルで初めて気がついたが、NHKの3チャンネルBSPはまるで映画専門チャンネル、昨夜はぶっ通しで映画をやっていた。

昨日のブログにも書いた通り、正月は映画館に行くのが少年時代からの楽しみだったが、今年は面白そうな映画が無いと書いたばかり、なんと昨夜は3本(マット・ディモン主演の「ボーン・アイデンティティー」シリーズ2本とゲーリー・クーパー主演の「西部の男」)も映画を観て大満足。もう一つご報告すべきは、昨日のブログで使用しているメーラー(outlook)が起動しないと書いた事。実はそれ以外に、シャットダウンがどうもおかしかったのも気になっていたところだった。

そんな気がかりがあって年を越すのも嫌だなと、マイクロソフトの電話番号をメモした後、出かける直前になって、ホームページで検索したら、なんと「outlookが起動しない」が簡単にヒット。種と仕掛けは分からないが、解決方法を発見。手順は簡単「セーフモードで起動して、そのままシャットダウン、そして再起動してください」。その通りやってみたら簡単に起動するようになった次第。ご心配をおかけし申し訳ありません。

兎も角今朝はいつもどおり5時に起床してホテルの朝飯、これはビュッフェですが、和洋中何でもありの中にもちろん「雑煮」もある立派なもの。これを一番の6:30からゆっくり食って一旦帰宅した次第。お陰で仏へのお勤めもサボることなく出来たと安堵。先月の歩行数は31万歩を達成したが、このぶんで行けば、今年も1日1万歩はなんとか行けそうと気を良くしたところ。

ただ大晦日に残念だったのはネット囲碁、そば屋から帰宅して午後3回勝負して3連敗したこと。折角ランキングで目標としていた1万位を割るところに来ていたのが、結局これを上回る結果で元の木阿弥。世の中何もかも上手くは行かないものだと改めて実感。今年もできるだけの精進はしたいが、果たしてどのくらい出来ることやら。