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一服の清涼剤

今朝のテレビで、ジャズトランぺッターの日野皓正氏絡みで非日常的映像が流れた。今月20日、東京都世田谷区教育委員会主催のワークショップ的なイベントの仕上げコンサート最中のことである。大編制での演奏中に、突然日野氏がステージ前面から割り込んで最上段でドラムを演奏していた男子中学生A君に近づき、スティックを取り上げて放り投げ「帰れ!」と叫んだようだ。ところがA君、手でドラムを打ち続ける。

日野氏は頭に来たのだろう、A君の髪をつかんで揺さぶり、挙句に顔に往復ビンタを加える映像が流れた。周辺の状況を含めもう少し後までフォローして、丁寧に映像を組み立ててほしいが、ここまでで終わり、しかもボカシが入っている。今日発売の「週刊新潮」と「週刊文春」が取り上げたのでテレビネタになったらしい。食事のあとで新聞を見ると、新聞でも取り上げられている。

戦争に巻き込まれかねない暗いニュースばかりが大きく取り上げられ、些かうんざりしていたので、我が家では一服の清涼剤に近い話題、お笑いのネタになった。婆さんは少し音楽について関心もあるが、こちらの系統は音楽芸能やスポーツとは全く無縁。日野皓正氏が世界に通用するジャズトランぺッターであることは何となく知ってはいるが、その有難みは全く分からない。演奏を生で聴けても猫に小判の世界である。

日野氏は既に海外に行ってしまったので、どの報道にもコメントは見つからないが、顔を張られたA君のコメントが父親が語った形で報道されている。「悪かったのは私で、日野さんには感謝している。毎年行われているこの合宿は来年以降も続けてほしい。」との要旨になっている。日野氏のコメントがないので傍証にすぎぬが、なんでも日野氏はA君の才能を特に認め、熱心に指導していたとのことだ。

その辺のことはどうでもいいが、芸能やスポーツの英才教育には付きものの熱血教師と生徒の話である。最近は体罰を受けた側が怪我をして、親がそれを訴えたとの報道が多い。こう言っては申し訳ないが、指導者の側も世界で一流となれば並みの感覚である筈がない。日野氏のコメントを無能の凡俗が聞いても意味が無い。英才教育にスパルタ式は付きものだろう。身障者の児童を炎天下で走らせて死なせたのとは訳が違う。

今回は実際にA君がどう受け止めたかは別にして、親が承知で預けた以上、A君の父親のコメントはすっきりするし、ぼやけた映像で見たA…

米朝関係とマスコミ報道

昨日は意識してブログを早めにアップした。テーマが北のミサイル発射に伴う騒ぎの馬鹿々々しさを強調したかったからである。案の定、夕刊が配達されると、事前に予想していたことが報じられていた。まさか発射地点とかミサイルの種類などの詳細は通告されていなかったろうが、太平洋に向けて一両日中にミサイルの発射試験をするよ、ぐらいのことは北からアメリカに対しては通告済みであったのだろう。

政府はどこから連絡されたが分からぬが、手ぐすね引いて待っていたことだけは間違いなさそうだ。主要マスコミにも当然事前に通知は行っている。昨日の騒ぎは全て予定されてのことにも関わらず、マスコミは事前通告が無かったことを力説し続けている。マスコミがいくら政府のポチであっても、ここまで国民を馬鹿にしてはいけない。昔のテポドンなんかの大陸間ミサイルは液体燃料だから、数日前から燃料注入があるので昔は発射を予知しやすかった。

今や固体燃料ミサイルの開発が相当進歩しているので、いくら試験発射でも北だって不測の事故は避けたいだろう。何らかの示唆をしない筈がない。安倍総理が「最初から最後まで見届けた」と自慢するがミサイルの種類すら特定できずによく言うものだ。軍事力で金政権の転覆を図りたかったアメリカがこの環境変化をどのように受け止めているかだ。米軍内にもミサイル攻撃に対してはお手上げを認める向きもあるそうだ。

当然の帰結で、流石のトランプ政権でさえ、北との外交戦略を見直し始めているのだろう。北の若旦那が意識しているのは アメリカ1国で、日本なんか眼中に無いのは自明のことだ。隣国の北朝鮮と米国がいがみ合い、互いに威嚇しあうのは日本からすれば大迷惑。不測の事故でも発生したら最大の被害者になりかねない。日本政府がしなければならぬことは常識的にはすぐ分かる。

仮にできる範囲は小さくても、不測の事態を発生させないように努力することに尽きると思う。具体的には、北朝鮮に対しては何も言えないだろうから、せめてアメリカに対しては「戦争だけは勘弁してよ」と言い続けるべきだ。国民に対して不測の事態への対応を求める以前に、「米朝間でミサイル戦争が始まれば、とばっちりで間違いなく日本が滅亡する」その覚悟を決めてもらうしかない。メディアは調査をして、どんなに高価な兵器をもってしても不可能なことは不可能とはっきりすべきだ。

昨日1日で総理は3回も…

蚊帳の外に置かれた国

今朝6時過ぎ寝ぼけ眼でテレビつけてうとうとしていた。そしたら急に「緊急速報」に画面が変わってようで、一瞬知らぬ間に寝てしまっていたのかと思ったが、そうではなくて本物のJアラートを全局が一斉に流れたらしい。「北朝鮮が弾道ミサイルを日本に向けて発射したので、警戒してください。」なんて言われてもどうすれば良いのかね?

内閣官房が「国民保護ポータルサイト」で、4月21日に公表された内容には次のように書かれている。数億円費やされたと言われる広報だ。大いに参考にするが良いのだろう。
【1. 頑丈な建物か地下街に逃げる。2. 地面にふせて頭を守る。3. 口と鼻をふさぐ。その後は行政の指示を待ち、落ち着いて行動するようにしましょう。】

発射されたミサイルは10分足らずで日本を飛び越え、20分ほど飛翔して、無事太平洋に落下したので、特段の事故も無く北朝鮮も無事試験に成功したのだろう。しかし本邦のテレビ緊急速報騒ぎは、テレビの前から離れた8:30迄は間違いなく続いていた。引き続きテレビを観ていた婆さんによれば、司会者の羽鳥君が「これって、どう言う意味があるのでしょうね?」と自問していたそうだ。「そんなこと知るもんか。」といなしたが、折角いいネタなので勝手に意味を考えてみたい。

先ず思ったのは、米朝のののしり合いだけが大々的に報道されるが、両国の交渉の進み具合である。日本では報道が偏るので詳細は分かり兼ねるが、少し古い記録を探しなおすと今月11日のAP通信に次の記述が見つかった。「トランプ政権のジョセフ・ユン北朝鮮担当特別代表 がニューヨークで、国連北朝鮮代表部のパク・ソンイル米国担当大使 と接触を続けている。」トランプ政権内の官僚がスカスカと聞いてはいたが、必要なスタッフには不自由が無いらしい。既に2週間以上前のことだから対話も相当進んでいるに違いない。

今朝のミサイル発射についても詳細は兎も角、何らかの事前通知はあって当然だ。テポドン発射の時代には、数日前から太平洋の弾道直下に一定の距離を置いて観測船を並べるような措置があったらしい。AIが発達した現在はそんな原始的手法に頼らなくても、不測の事態を回避する手段に事欠かないのだろう。領土を跨ぐ日本に対しても総連経由か米軍経由か、何らかの示唆があればこそ、今朝の6時台の騒ぎに官邸からテレビ解説者まで段取りが可能になっているのだ。

米朝対…

読後感「赤松小三郎ともう一つの明治維新」関良基著

長野県人であれば佐久間象山を知らぬ人はいないと言ってもいいだろう。しかし「赤松小三郎」も同じ信州人なのに全く知らなかった。彼は象山より年齢的には少し(20歳)若い1831年の生まれの上田藩士、若い時(17歳)から江戸に出て勝海舟などについて学問に励んだ後、長崎海軍伝習所に赴き、オランダ人より語学、航海、測量等を学び、1863年(31歳)上田で藩の調練調方御用掛(兵の教練や兵器の調達)に就く。この年に松代藩から嫁を娶り、佐久間象山の知遇を得ることになる。

この頃の日本は外国から攻められ、国内においては攘夷論などで騒然としていて、特に外国と正面から向き合った長州では、外国船を無差別攻撃する事件が発生、長州がボロ負けして国益を大いに損じたり、京都で天皇暗殺を謀ったりして「禁門の変」を起こり国内は騒然。赤松も1863年の秋、第1次長州征伐に伴い、公務にて江戸に赴く。これを奇貨として横浜在住のイギリス騎兵士官より騎兵術、英語を学び学問に磨きを掛け、翌年には第2次長州征伐に伴い
大阪に転勤。

【余事ではあるが、この1863年には長州で吉田松陰が殺され、長州の暗殺を避けるため孝明天皇を滋賀に逃がそうと図った佐久間象山が暗殺されたりしている】

赤松自身は1866年の春に「英国歩兵錬法」5編8冊の大著の完訳を成し遂げて出版している。この前後には赤松のもとに他藩から弟子が集まり始めていたらしい。その名声も全国に鳴り響いていたのだろう。徳川幕府はもとより会津藩やら薩摩藩からもスカウトを受けたりしていたようだが、上田藩の了解も取り付け京都にて塾を開学。上田の主君をはじめ、徳川幕府に対して「今の世の中でなすべき事」について建白書を提出。

更に1867年に入ると国内は一層内乱の危機が迫ってくるが、その中で赤松は幕府、越前の松平春嶽、薩摩の島津久光に公武合体して議会政治を求める「御改正口上書」を提出。薩摩の門人を通じて西郷隆盛らに対して薩土盟約を結ぶところまで漕ぎ着けるも、内戦を望んでいたイギリスの策謀でこれが破棄されて薩長同盟が結ばれてしまう。落胆した赤松が上田に帰ろうとした矢先の9月、大久保利通に使嗾された中村半次郎らによって暗殺されてしまう。

赤松について長々と書いてしまったが、この人の存在を知っただけで嬉しい。本書はこの「御改正口上書」を詳しく解説してくれている。この内容は日本国憲法と…

老人の手習い

死に損ないが自慢しても始まらないが、好奇心だけは旺盛な方かもしれない。他人の話をじっくり聞くのが好きで、最近はBSテレビやインターネット放送で、そんな番組を好んでみることが多い。こんな趣味もあまり褒められたことではないかもしれぬが、その結果自分の考えが変わっていくことに満足を覚えているのだ。定見を持たない人間は尊敬に値しないかもしれぬが、頑迷固陋よりは益しだろうと思っている。

今から30年くらい前になるが、パソコンと言う物体を初めて教えてくれたのは当時通産省の官僚で、彼が「テレビは世界に開いた窓で、このパソコンは世界に開くドアです。」と話してくれた。当時は未だ夜な々々酒とバラの日々が忙しく、意味を理解するまでに至らなかったが、不思議にその言葉だけは頭の片隅に引っかかった。しかし人生とは不思議なもので、その時は気にも留めなかったパソコンを、数年後には秋葉原に買いに出かける巡り合わせになってしまった。

きっかけは転職である。新しい職場で誰も相手をしてくれないので、お茶こそ汲んでくれないが、職場の相棒代わりに使ってみては、と思った次第だ。以来20数年、今やその職場さえ無くなってしまったが、本当に良い相棒になってもらったことを実感している。喜寿を超えて猶、好奇心を失わずにいるのはこのパソコンのお陰だ。今はパソコンも過去のものとなり、スマホの時代に入っているのは承知しているが、残念ながら乗り移ることができないでいる。

何れにしてもパソコンのお陰で、我が人生の後半は趣味も性格さえも、言ってみればあらゆる価値観が前半に比べて大いに変わった。極端なことを言えば、今でも大いに変わりつつあるのかもしれぬ。日々に接する情報が増えて学ぶことが多いからである。時々パソコンを全く使わない友人と話すが、昔の大秀才より今の俺の方が・・・なんて内心思うことがある。どっちがハッピーかは別の話だ。

学び関連で最近思っていることは政治家の思考硬直化と勉強不足だ。彼らは支持者を確保することのみに汲々としているので仕方ないのだろうか?偉くなればなるほど他人と話する機会が増えて学びのチャンスに恵まれる筈だが、総理なんかを見ている限り、他人に乏しい己の知識を与えることにのみ専念して、他人から学ぶと言う姿勢が全く感じられない。外国の要人と向かい合うとき、もう少し謙虚に学ぶ姿勢が出れば外交下手の誹りも多少は減るだろ…

読後感「槍ヶ岳黎明・私の大正登山紀行」穂苅三寿雄著

若い頃、一昔前の山岳紀行を好んで読んだことがあるが、今回は久しぶりだ。昔読んだ本は、例えば槙有恒とか尾崎喜八とか田部重治とか深田久弥だったりする。著者の穂苅氏は先に挙げた山岳紀行の著者たちと生きた時代に大差はないだろうが、文章が明らかに一味異なる。これが気に入った。先の一群の作品は、何れも詩情豊かな文学作品で読んでいて面白く気持ち良い。

しかしそれは映画を見ているようなもので、感動して感情移入があったとしても、どうしても他人事だ。ところが本書は違った。先ず文章が非常にぎこちなく、ごつごつしている。読後感として「感動した」とはとても言えないかもしれない。読んで感動するのは文章のうまい下手に関係することがよく分かった。考えてみれば当然だろう、先の4人は文学者であり、尾崎以外は全員東大出身のインテリである。文章が洗練されていない方がおかしい。

それに引き換え著者は地元松本の出身で子供の頃から山好きの冒険家であり、最終的には山小屋のオヤジとなった人でもある。こちらも同じ山好き、小さい頃から山に入る炭焼きとか猟師の話や、少し長じては山小屋のオヤジを聞いては胸を躍らせたものだ。話のうまい下手は関係ない。むしろ朴訥な話し方が妙に臨場感をもって身に迫ってきた。本書を読んで感じるのはそれに似ている。ところどころで合いの手を入れて突っ込みたくなるほどの共感を覚えた。

勿論著者との年齢差はかなりあるし、共感を覚えたからと言っても著者が歩いた時代と現代では山の状況も決定的に異なるだろう。本書で紹介された山とかルートは知っているところも多いが、現在とは全く違っている。先ず、山の呼び名自体からして相当に異なる。著者たちが駆け巡った明治末期、大正時代から比べたら、現代の北アルプスなんて高速道路並みに整備されているように思うかもしれない。

しかし登山道の条件がいかに変わろうと、山歩きをする小生にとって「厳しさは同じなのだ。」と言いたい気持ちが沸々と湧いてくる。天気の悪さに無理をしての失敗、途中下山の悔しさ等々、小生と同じ失敗が随所に出てくるのも嬉しい限り。文中に出てくる人は正に伝説上の人物、ところどころに挿入されているモノクロ写真が素晴らしい。図書館で一気に読み上げた本は久しぶりだ。

支持率上がれば良いのか

一般人から見れば意味不明の内閣改造があったのは今月3日。あっという間に3週間が経ってしまった。この間国内政治についての報道は精々民進党の代表選挙関連ぐらいが関の山だが、世論の動向は「代表が誰になろうと、民進党には期待しない」が多数を占めているとのことだ。現政権に変わるべき受け皿が無いことは野党にも責任あることは否定できない。しかしマスコミが、この間を自民党の目論見通り台風をやり過ごす期間に見立て、安倍1強体制の批判を展開しないのは怠慢に過ぎる。

内閣改造の結果、世論調査の支持率が少し上がったことをもって体制批判を控えているように見えるのは僻目か。マスコミが多かれ少なかれ政府の支援を受けていることは分かるが、政権に物分かりが良すぎるのは国民にとって良いことかどうかを考えてほしい。今や自民党内からさえ、アベノミクスに対する反省の声が上がり始めている。先日野田毅氏をリーダーにして「財政・金融・ 社会保障制度に関する勉強会」を立ち上げた村上誠一郎氏の長時間インタビューをじっくり聞いてみた。

彼の言い分が全て正しいかどうかは分からないが、少なくともアベノミクスが政権が必死に宣伝するほど成功しているとはとても思えない。政権側はGDPが拡大しつつあること、雇用が改善されていることの2点を力説強調して、経済運営が上手く行きつつある、今一歩のところだと言うばかり。しかし、村上氏に言わせれば、経済政策の全てが行き詰まり、GDPの分母を膨らませることで却って事態を悪化させているとの解説。こちらの方が余程説得力がある。

「子や孫の世代につけ回しをして、年寄りが高福祉に甘んじている」とは些か耳が痛いが、娘たち家族のことを見ていると分かるような気がする。実態とかけ離れた虚像の経済運営は日本だけの問題ではなさそうだ。トランプ大統領の出現で期待した頼りの綱のアメリカ経済も、昨日あたりの報道によれば大分雲行きがおかしくなってきているようだし、中国経済の化けの皮はいつ剥がれても不思議はない。経済最優先を相変わらず掲げ、臭いものに蓋をしようとする政権の姿勢を安易に認めると、将来迷惑するのは国民だ。

事実認識

マスコミはアメリカのトランプ大統領の意に反する国民の意思表示騒ぎや、北朝鮮の国民が将軍様の意に沿って一糸乱れず固い決意を示していることを面白おかしく連日取り上げている。映像があるのだから嘘ではないだろうが、この短い報道で世界の動きが分かる筈がない。そんなことより国内で深く追及すべき問題が沢山ある筈だが、何故かまだ夏休みモードで、気象災害の話や、O157食中毒騒動なんかを延々と追い続けている。

何故かと書いたが、理由ははっきりしているようだ。国内政治が夏休み状態であることと、マスコミが政権にすっかり抑え込まれてしまっているからに違いない。米韓合同軍事演習と北朝鮮のミサイル発射実験を関連付けて、日本に軍事上の危機が迫りつつあるかのように大騒ぎしたのは何だったのか。軍事上の危機が迫りくる中で首相は自宅に引き篭もったままだし、外務省や防衛省に特段の動きは見られない。

アメリカの外交筋が直接かどうかは別にして、北朝鮮やらサポート国家の中国やロシアと相当対話を進めていることが明らかに伺える。但し、トランプ政権の外交実務レベルがどの程度体制が固まってきているかが分からない。要するに日本のマスコミにはそんなことを追求する能力が全く無いのだろう。マニラで開かれたアセアンの会議で河野外相が北朝鮮外相と立ち話をしたことで大騒ぎするのが関の山だ。

北朝鮮が外交的対話に応ずるのは北欧のフィンランドでとか、マレーシアの小島とかだろう。第一マスコミ以前に政府そのものが、今は圧力を強めるしかない、と言っているのだからどうしようもない。外交は常に対話と圧力で成り立つ筈だが、日本政府はこれをいつも2項対立の図式で考えているようで、見ていて甚だ心許ない限りだ。ある日突然「米朝直接対話」の報道が出たら日本政府とマスメディアはどう対応するのか?特に拉致被害者家族に対する対応が見ものになるだろう。

「この道しかない」が得意の台詞で、事実を捻じ曲げて「この道に」合わせることは何れどこかで破綻をきたす。マスコミの事実を見ない姿勢に問題はあるが、政権が事実を捻じ曲げた報道をさせることにも問題はある。何よりも総理自身が、事実をどう認識するかも今後の大きな課題だ。寝ながらでも良いから篤と考えてもらいたい。

一寸先の闇

今週民進党が代表選に入って、前原:枝野の一騎打ちが始まっている。長野で高校の後輩を応援しているので一応党員票の権利があり、投票用紙が送られてきた。前原氏の政策理論は理路整然としているようだが、信念をどこまで貫く決心があるか、相当疑わしい。一方の枝野氏は政策より党員と党勢を大事にすることを優先するようなので、実は何れに投票すべきかを迷い、少し枝野氏側に傾いていたのだが、今朝婆さんから猛反対され、前原誠司と書いて投函してしまった。

今日の朝日新聞にも二人の生みの親、細川護熙氏がコメントを寄せている。「前原さん、枝野さんはどうですか。」の問いに対し次のように答えている。「前原さんは小池さんと同様、明確に言っていないところがある。例えば自民党との距離感。「自民党と何が違うんだ」と感じることもあるし、憲法もそう。安倍晋三首相と言っていることは違わないんじゃないかと心配になることもある。野党共闘については、枝野さんの方が現実的に進めるんじゃないか。憲法も、私は枝野さんに考え方が近い。しかし、どちらかに肩入れしているわけではない。」

細川氏もどちらの肩を持つべきか迷っているようだ。投票をしてしまったのでどうでもいいが、昨日枝野氏が「離党した細野氏などに対して刺客を立てる。」と言ったのは些か言い過ぎではないか。現在の党勢を考えればとてもそんな陽気でも無かろうに、と思って婆さんの意見に従った意味もある。何れにしても選挙結果で党が割れれば、自民党を利するだけだろう。いくら馬鹿でもそのくらいは分かっているだろうと思い、そうならないことを祈るしかない。

自民党側にも少し気にすべき動きが出てきているようだ。そもそも日本を代表する政党が、日本会議とかいうインチキ宗教まがいの集団にマインドコントロールされてきたことが大きな間違いだ。大阪地検特捜部がやっと財務省の破棄(と言われている)文書の復元に着手するとの報道がある。もう10年近く前の厚労省局長村木事件のフロッピーディスク改竄ですっかり名誉失墜していたが、これで財務省の不正を暴ければ立派に名誉が回復できる。当然政権側も必死に妨害するだろう。

しかしここで地検が頑張れば、自民党にも大きな衝撃が走ることだけは間違いない。一寸先は闇だが、今の世の中どこか異常だ。常識がある程度通用する世の中になってもらいたいものだ。

理解できているのかな?

日本のマスコミは日頃自ら発する報道について、何の疑問を持たないのだろうか?例えば、アメリカのことなんか分かったところで始まらないから、てなこともあるだろう。トランプ政権と議会の関係、或いは与党共和党との関係なんてことが端から分かっていれば、昨年暮れの大統領選でのトランプ氏勝利なんてこともある程度の予測が出来たのかもしれぬ。つい先日辞任が発表になった首席補佐官バノン氏と大統領との関係とか、ホワイトハウス内におけるスタッフの立ち位置、即ち役割分担なんて本当に理解できているのか心配になってくる。

バノン氏については大統領選での貢献は勿論、政権成立後も影の大統領と言われるほど実力者で大統領の信頼が厚かったそうだが、一部報道では政権スタッフ内のパワーバランスを慮って首を切ったように書いているところもある。辞任したか馘首したかには大きな違いがある筈だが、どちらかと言えば喧嘩別れのように受け止めているマスコミが多いように思う。しかしネットを参照すると次のような記述が見つかった。何が正しいか分からないが、次の引用は比較的理解し易い。バノン氏は「戦争なんて選択肢はあり得ない」と唱えていたようなので、政権から離れても影響力を持ち続けてほしいものだ。

田中宇の国際ニュース解説 http://tanakanews.com/mail/からの引用である。

【バノンは、辞任する数週間前から、大統領府(ホワイトハウス)に居続けるより、古巣のブライトバードに戻り、政府外で、軍産リベラルやエリート、マスコミなどトランプの敵と戦った方がやりやすいと、周囲に漏らしていたという。トランプ政権が始まって半年経ち、トランプは政権運営の技能をかなり高めた。バノンの助力がなくても、トランプはやっていける。半面、バノンは大統領府にいる限り、軍産マスコミの標的にされ、動きを妨害され、封じ込められ続ける。このあたりで辞任して、外からトランプの軍産との格闘や再選を支援した方が良いと、バノン自身が考えたとしても不思議でない。】

もっと深刻に不思議に思っていることはイージス艦の事故である。軍艦はそれ自体が精密な機械であると同時に、大勢の熟練技術者が乗り込んでいる筈だ。にも拘らず3か月足らずの間に深刻な事故が引き続いて発生した。先週車好きの友人と車載ナビの話をしていて次のような話を聞いた。「GPS衛星は必ずしも正確とは限らない…

我々とは関係ないところで

普通の勤め人は夏休みが終わってるのだろうが、政治の世界は別のようである。昨日の日曜日、安倍首相は私邸に河野外務相と小野寺防衛相を別々に呼び出し、ワシントンで行われた日米外務防衛閣僚会議の顛末について報告させたそうだ。何で昨日で、しかも私邸なのか意味が全く分からない。事前であれば極秘の打ち合わせがあるので、或いは月曜になると互いに忙しいからとか理屈もあろうが、日曜日白昼のことである。

兎に角呼び出された方もノコノコ出かけた。総理が両大臣に対し「高価なミサイルを売りつけられて簡単に承諾するとは何事だ、すぐに返してこい!」と怒りつければ褒めてやりたいが、少なくとも表向き大した話は何もなかったようだ。容易に想像できるのは、大臣から「米側から、明日始まる米韓合同訓練を裏でしっかりサポートしてほしい。」と要求されました。総理からは「そうか、しっかりサポートしよう。」程度の話だろう。

具体的にはいろいろあるのだろうが、日本人からすれば迷惑なだけで資することは何もあるまい。悔しいが日本はアメリカ軍の訓練場なのだ。小野寺大臣は所詮米軍の傭兵部隊長みたいものだから言っても仕方ないかもしれぬ。しかし河野氏は曲りなりにも外務大臣だ。防衛相とは少し異なる外交的発言を期待したいが、別々の面会だった二人に何の相違も感じられなかった。

少し話が変わるが、今日は森友学園の籠池理事長が大阪地検で再逮捕されるとのこと。根拠は詐欺罪の上乗せで、庶民が地検に期待する国有地払い下げ問題に踏み込む気配は未だ全くない。これも気をもませる話だ。もう大分前になるで忘れられているだろうが、今月始め福田康夫元総理が共同通信のインタビューに答えた記事が全国紙にも出た。学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画や「森友学園」への国有地払い下げなどを踏まえ、安倍政権下の「政と官」の関係を批判して『各省庁の中堅以上の幹部は皆、官邸(の顔色)を見て仕事をしている。恥ずかしく、国家の破滅に近づいている。』と語った。とされているが、<国家の破滅>とは凄い言葉だ。

関係あるかどうかこれまた全く分からないが「今治の獣医学部新設を白紙撤回」のニュースが雑誌やネットを駆け巡っている。

読後感「知ってはいけない 隠された日本支配の構造 」矢部宏治 著

北朝鮮が妙にハッスルしてアメリカを挑発する昨今、アメリカと強固な同盟関係にある我が日本の立ち位置を思うと、不安を感じない国民はいないだろう。いろんな考えはあると思うが、政治的にはもう少しアメリカとの間に距離を取ってほしいと思うのが正直なところである。しかしそれが無理な願いであることが本書を読むことによってよく分かった。

前回矢部宏治氏の著書【日本はなぜ、「戦争のできる国」になったのか】の読後感をアップしたのは昨年6月17日で、その時も「今回本書を一読することにより、正に<目から鱗>の思いである。」と書いている。今回も全く同じ感想を持った。著者は20歳も年下ながら慶応文学部から広告代理店を経て出版プロデューサーになって成功した人物なので、才能の豊かさへの敬意と共に親しみを感じているのも事実。どの著作でも同じだが、エビデンス(証拠文献)への深い追及に基き乍らも、内容が整理されて分かり易い文章で綴られているので、ボケ老人の頭でも理解できることがありがたい。

現在、沖縄の基地問題や全国各地に展開し始めたオスプレーの傍若無人の振る舞いを見ていると、アメリカ軍て奴はとんでもなく無神経で粗野な人種の集合体のように思ってしまう。しかし本当は大分違うらしい。全世界に軍を展開させているだけあって、国際法の順守に関しては相当神経を使っているようだ。では何故我が国において、彼らが人も無げ、恰も自国にいるように振舞うことができるのか。その謎が恰も算数の答えが見つかったかのように、明快に解き明かされている。

一見横暴に見える米軍の振る舞いは、1950年代の初めから日米2国間の条約等の約束で全てが認められていることなのだ。先日もどこかのテレビで元外務官僚の宮家邦彦氏が、「日米地位協定を見直した方がいいのでは・・・」と口を滑らした新任の大臣を「毎月2回開催される日米委員会を通じ、絶えず運用を見直しているのです。もっと勉強してもらいたいですね。」とドヤ顔で発言していた。これを聞いた時も釈然としなかったが、今回は「勉強しろ」をそっくりお返しすることができる。

日米安保条約は1951年サンフランシスコ条約調印時に、同市内の別の場所で吉田茂総理大臣が一人で署名して以来、1960年岸信介総理の時改正されて新日米安保条約と称せられ、以降は10年毎に自動的に更新されている。当初から日本は、アメリカ軍は太平洋戦…

視覚障害か?

目下首相は夏休みでご静養中、今年はゴルフも控えるそうだが何を考えていることやら。別荘地到着早々、近所にある笹川陽平・日本財団会長の別荘で森元首相、小泉元首相、麻生副総理らと3時間以上にわたって会食したことから、年内早期解散の了承を取り付けたと騒がれている。所謂「加計解散」とのこと。自分の延命しか頭にないのだろうから、自民党が勝てる解散とも思えないが、ありうる話なんだろう。

それにしても安倍氏の考え、思考回路は盲人のそれに似ている。先ず先の内閣改造とそれに伴う官僚の人事、「頭隠して尻隠さず」の譬え通り、国民の目をごまかしたつもりでいるのだろうが、普通の人が見れば何もかも丸見えで、何も変わっていない。更に付け加えるなら、今回の日米外務・防衛相会議、これも比喩が悪いのを承知で書くが、米国への盲目的追随としか言いようがあるまい。

米国も中露は兎も角、欧州各国首脳からも大統領の発言に対する苦言と忠告で耳が痛かったに違いないので、日本からだけは100%以上の賛同を得て、少し胸を撫で下ろしたのだろうか。少なくともアメリカは、トップの大統領が子供の口喧嘩に精を出してはいるが、一定の事務レベルで北朝鮮と交渉をしているらしい。日本メディアの報道でも、先日のカナダ人人質解放もその一環と伝わってきている。

日本には在日朝鮮人は多いし、総連が入っているビルも従来通りとなっていることなどから、北朝鮮とのコミュニケーション・パイプに不自由は無いと思うのだが、交渉過程に関する報道は皆無に等しい。マスコミに時々思いついたように「拉致問題」の文字が出ることはあるが、すぐに消えてしまい、今や制裁強化ばかりが強調される。被害者家族にすればやり切れない思いだろう。これは政府の怠慢なのか、マスコミの怠慢なのか?

お体の不自由な方を引き合いに出すのは申し訳ないが、どう見ても総理の思考回路は五感のどこかがいかれているとしか思えない。

今日の豊かさ

今日は久しぶりに朝から晴れ間が見えた。来週になるとまた暑さがぶり返すそうだが、それにしても今年の夏は変な夏だった。年寄りにはエアコン要らずで善いかもしれぬが、夏を楽しみにしていた子供や青年達には気の毒だ。代わりに読書量でも増えれば結構だが、現代ではそうもいかぬだろう。書店も店仕舞いするところが増える傾向に変わりがなさそうだし。天候の不順で野菜や果物の成長が悪く、青果物価格への影響が心配されていると思ったら、漁獲や米作までおかしいらしい。

天体の異変か地球の自転が関係するのかさっぱり分からぬが、天候の不順は恐ろしいものだ。更に地球内部からは地震だことの火山の爆発なんてこともある。我が故郷信州の奥に行くと、江戸時代に飢饉で消滅した集落の痕跡が随所にある。東北地方にはもっと多いのかもしれぬ。人間にはなす術もない自然現象だけでも、こんなに災厄が降りかかるのに、人間はどこまで馬鹿か。国同士、人間同士で喧嘩をしたり、殺し合いまでしている。

日本人は古来から自然と共生的な生き方を模索してきたし、性格的にも他人との協調を大切にしてきた方だろう。明治維新後の一時期には西欧諸国に刺激されて、領土の拡大を海外に求めて富を増やすなんて野望を抱いたこともあったが、先進国にガツンと叩かれて分不相応を自覚、反省してやっと平和を取り戻した。個人的には日本人の感性はこの島国の位置と地形の恩恵に依るもので、このことを何よりも大事にすべきと思っている。

確かに、偶には今年のように天の恵みが少ない年もあるかもしれぬが、これも素直に受け止めるべきだろう。昔から「禍福は糾える縄の如し」と教えられた。飽満が続くと成人病にもなりかねない、時には空きっ腹を我慢するのも却って健康上は良いかもしれぬ。別に外国を知らずにいるのが良いことだとは思わないし、今の世の中、外国との交易無しに鎖国するわけにはいかぬだろう。しかし出来るだけ自給自足で行きたいものだ。結果、国が少々貧しくなっても仕方ないだろう。

話が少し飛ぶが、最近北朝鮮に関する報道が多いので思うことがある。今の北朝鮮は丁度物心ついた頃の日本とまったく一緒、国を挙げて女子供に至るまで竹槍をもって米英に立ち向かい、バケツと叩きをもって焼夷弾を防ぐ訓練をしていた。国民の暮らしぶりについても、想像するに当時の日本と似たようなものではなかろうか。比べて70年後の現在の日本、…

これも世代間格差か

昨日はポツダム宣言受諾の日、お盆とも重なるので仏教徒が多い日本では戦没者を慰霊するにふさわしい日でもある。故に終戦記念日と呼び習わされてきた。数年前まではこの呼び名に違和感を感じなかったが、最近は段々しっくり感じなくなっている。「記念」とは思い出として残すことを言うらしいので、負けを認めた日なんかどうでもいいだろうと思っているのかもしれぬ。ひねくれた考え方であまり自慢にはならないことは十分承知の上だ。

己でさえこんな風に思うのだから、昭和8年生まれの天皇陛下と昭和29年生まれの安倍首相との間で、先の大戦に関する思いが大きく異なることは容易に想像できる。何事も身をもって体験した人間と経験が全くない人間では、学習効果に雲泥の差が生じるのは已むをえまい。戦争は先の大戦以降も殆ど絶え間なく、悲惨なニュースが続いている。普通の人間は長ずるに及び、そういった報道に接すると、実体験が無くても先祖が犯してきた愚かな歴史を学び、先祖の失敗を繰り返さないよう気をつけるものだ。

安倍首相は先祖の歴史、或いは近世日本史をどのように学ばれたのだろうか、学んでも実体験に乏しさに欠けるからだろうか、どうも先の大戦に言及する時、どうしても説得力に欠けるところが気になって仕方ない。昨日の戦没者慰霊式典に於いてもそうだ。陛下のお言葉と首相のそれとの違いはなんだろう。陛下のお言葉は平易で簡潔、首相は最大級の丁寧さをもって長々と言葉を連ねている。しかし並べて読むと首相のそれは空疎に感じてしまう。マスコミは、首相の言葉の中に「反省」とか「反戦への決意」が無かったと非難めかして書くが、果たしてそれがどこかに盛り込まれていたとしても、どの程度の説得力を持っただろうか。

内閣改造に際する記者会見冒頭に述べた「深くお詫び申し上げます」と同じで、どうしても心に響いてこない。他人が書いた文章を口から吐きだすだけでは聞く人に訴えることは出来ないのだ。生まれた瞬間から平和が空気と同じであった世代の人に、昭和15年生まれと半端な世代の人間が、今更「その有難さを勉強して出直してこい」とも言えないし、困ったことだ。

盆休み

12日から4日間盆休みを宣言してブログを書かなかったが、今年の盆は盆らしくない日が続いた。昨日の朝東京をバスで発つ時は雨、それでも昼長野に到着すると雨が上がり、墓参りの時から青空が広がり始め、実家(と言っても両親も兄夫婦も他界して、仏壇を開けたのは姪っ子一人だけ)に兄弟夫婦が集い、庵主さんのお経で供養の後、仏前で簡単な会食、弟夫婦にホテル迄送ってもらう。そしたらまた雨が降り出し、今朝長野をバスで発つときは一時やんでいたが、昼過ぎに東京に着くとまた土砂降り、今に至るまでエアコン不要の8月15日は記憶に無い。

この2日も雨に祟られ通しだが、その前の土曜日も酷かった。朝少し晴れていたので、今日は久しぶりに晴れるだろうと勝手に思い込んで奥多摩に出かけた。
天気予報には、山沿いは俄雨の恐れありとちゃんと出ていたのだ。少し気にはなっていたが、兎に角川苔山を目指した。ところがである、奥多摩駅からバスに乗ろうとすると、バス会社の人が「川苔山は昨夜までの雨で林道に崩落が発生して通行止めになっています。」とのこと。

ここで江戸に引き返せば良いのだが、バカは死ななきゃ治らない。このバスの終点まで乗れば鷹ノ巣山があるはず。登った記憶があるので行ってみよう、と地図も持たずに急遽予定を変更してしまった。今調べてみると、確かに2005年の9月に登ってはいる。その後も何回か山頂には行っているが、何れも雲取山からの帰路で、難易度が全く異なる。日原からの直登ルートは奥多摩でも有数の難ルートで、今から12年前でさえ相当難儀したことを登り始めて思い出した。

改めて調べると、鷹ノ巣山は標高が1736m、案内書には「特に日原から登る稲村岩尾根ルートは奥多摩三大急登に数えられる急坂で有名。」と書いてある。何れにしてもとんでもない間違いで、9時頃から登り始めたはいいが、約千m付近で顎が出始め、更に無理をして11時43分標高1210m付近で、やっと諦め、下山を始めた。しかしこの時、撤退には、旧帝国陸海軍同様すでに手遅れの状態で雨が降り始めてた。

先に登って行った元気な若者集団でさえ、どんどん降ってきてこちらを追い越していく。雨足は強くなる一方だが、気ばかり焦って雨具を引っ張り出す余裕もないまま、1時間ほど降ったところで立ったまま握り飯と行動食を少し頬張る。急ぎたいが、転んだりしたらことである。余計慎重になるのでス…

夏休みを取ります

今朝までの長雨は何だったのだろうか、本当に今年の天候はおかしい。お陰で人間の頭の中までおかしくならなければいいが。なんたって世界のリーダーであるべき米国大統領が夏休み中にも拘わらず、北の若旦那を相手に同じレベルで悪口を世界に発信している。世界がこれをどう見ているかは分からないが、少なくともアメリカ国内では相当批判的な意見が表面に出てきたようだ。

日本は政治的に弱体だから、どちら側に対しても働きかけられないのは分かるが、北朝鮮がグアム島めがけてミサイルを発射したら、物理的防御措置を講じて国民の安全を図ってくださるそうだ。政治家が真面目な顔で言うのを聞いて信じるほど、国民はお人好しではないだろう。他国の政治指導者のことをあげつらっても仕方がないが、日本の総理大臣は先週内閣改造に当たって、国民にお詫びするとして頭を下げて見せた。

それ以降は、広島と長崎の原爆慰霊祭に顔を見せたが、まともな政治的発言が全くないと言うより、現地の被爆者代表側から原子力兵器禁止条約への対応で突っ込まれて返事すらまともにできない状態である。総理も夏休みモードに入り、閣僚が実力者揃いの仕事人だから全てお任せで万事うまく回ると思っているのか、ご自分の頭が回らなくなってしまっているのか、後者でないことを願いたいが、どう見ても身体の調子が悪そうだ。

一先ずここで他人事はおいて、私自身も明日から15日まで夏休みを取らせていただきます。

不思議なインターネットの世界

「山の日」だそうだが、山歩きには全く不向きな天気。今年は梅雨明け宣言から梅雨に入ったようなもので今週はずーっと雨が降っている。明日は梅雨の晴れ間のような予報になっているので、出来れば奥多摩にでも出かけたい。それは兎も角、北朝鮮の挑発が随分具体的になってきた。アメリカを命がけでからかっているようだ。次の実験としてグアム島沖30~40キロを着弾目標にして同時に4発のミサイル発射を準備中で、今月半ばには準備を完了する予定。しかも飛翔ルートは日本海から島根、広島、高知県をまたいで飛翔時間は17分何秒とまで発表している。

流石にどこから打ち上げるとは言わないが、撃ち落とせるものなら撃ち落としてみろと言っているに等しい。ここまで言われるとトランプ氏も撃墜しないと沽券に関わるだろうが、どうも技術的には難しいらしい。何故なら、前にもまして激しい非難を繰り返しているところからそう思わざるを得ない。アメリカと言えどミサイル攻撃ではなく、ミサイル防御を考えるなら、発想の転換を余儀なくされるはず。同盟国日本の軍事的協力以前にジョージルーカスやレーガン米国元大統領が主張した「スターウォーズ」の世界を真剣に追求していることだろう。

比べて日本は呑気なものだ。防衛省最大の関心事が文書管理の問題なんだから。昨日も書いたように、自衛隊の情報システムの統一性が無いことは有名だが、各隊が使っているシステムが、このブログでも使っているインターネットに頼っているのも事実らしい。このシステムについて防衛省の高級文民官僚(ひょっとすると高級武官も)が、ど素人の小生と同じでどの程度理解できているかが相当疑わしい。インターネットはアメリカ軍によって開発されたシステムではあるが、秘匿性の高い情報のやり取りをする他国の軍がこれを利用することが果たしていいのだろうか?

防衛省が機密保持のためどんな手段を講じているかは知らぬが、素人考えで言えば、インターネットに一度上げられた文書が、廃棄可能と思うこと自体に相当無理があると思う。北朝鮮が如何なる通信手段を用いているか知らぬが、少なくとも日本の通信手段に比べれば、かなり高度なセキュリティ対策を講じているだろう。それでもこれを破る方法を考える方がミサイルを撃墜するより簡単そうに思えるが、日本国内で政治家の論議を聞いている限り当分無理そうだ。

諦めるしかない

トランプ米国大統領と北朝鮮の最高指導者金正恩氏が子供じみた脅し文句を言い合っている。トランプ氏が言う「世界が見たこともない炎と怒りを受ける」は、先の大戦末期アメリカのトルーマン大統領が日本に向けて発した警告の引用らしい。まさか核攻撃は無いだろうとの見方もあるが、核使用が無くてもどちらかが実力行使をすれば、日本が巻き添えになって相当悲惨なことになるだろう。

考えただけでも恐ろしいことだが、日本の政治家はのんびりしたものだ。今日は終日国会で安全保障委員会が開催されているが、論議されているのは昨年来問題になっているのはPKOで南スーダンに派遣された部隊の日報問題。どれだけの国民が関心持っていることやらだ。

実力組織の自衛隊を所管する役所は防衛省、しかしこの防衛能力をどの程度信じたらいいか?どうもまるきり当てにできないとの説がある。例えば北朝鮮が日本を攻撃してきた時、自衛隊はどのように防衛体制を取るのか?ミサイルや航空機が飛んで来たら航空自衛隊?或いは海上自衛隊?その時陸上自衛隊はどこで何をするの?当然ながら攻撃に対する防御や反撃は個別的自衛権だから、即座に行動あって然るべきだ。

ところが、日本の自衛隊には陸海空を統合した参謀本部が無いし、情報も統合されていない。統合幕僚長は存在するが、この役職は政治的に機能するために設けられているだけで、軍事的には機能し得ないようだ。自衛隊の最高指揮監督者は総理大臣で、防衛大臣が隊務を総括することになっている。要するに、本格的に攻撃されたとき、陸海空の各幕僚監部トップ、幕僚長が出動命令を下すためには相当ややこしい手続きが必要で、時間が掛かりそうである。

映画なんかで観ると、どこの国でも全軍を指揮する指揮所が政権近くに置かれ、そこに全軍の情報が集約されている。日本では戦前から陸軍を統括する大本営と海軍を統括する軍令部が別になっていたようだ。現在官邸に危機管理室があるとは聞くが、ここに自衛隊情報が集約されてはいないようだ。伝統的セクショナリズムが未だに続いているのだろう。何れにせよ、戦争が始まれば、今はすぐに庶民にに被害が及ぶ。しかし庶民は誰も守ってくれる人はいない、もう諦めるしかなさそうだ。

テレビ出演の玄人さん

今回の内閣改造で沖縄・北方領土担当大臣になった江崎鉄磨氏が面白い。政治家は誰でも大臣になることに深い憧れを持っていると思っていたが、江崎氏はそうでもなかったらしい。当初身体がもたないと固辞したらしいが、派閥の親分に叱られて拝命したとのこと。何で沖縄・北方領土担当なんて大臣が必要なのか意味不明だし、氏の専門分野がなんであるか知らぬが就任記者会見で「自分はこの方面については素人なので・・・」と言ってのけた。

任命した総理からも大分注意されたようだが、最初からなる気が無かったのだから仕方がないだろう。昨日もオスプレイの事故に関して「地位協定見直しの必要性を感じる。」と、自分の所管事項でないことを口走り、そのすぐ後に沖縄出張があっただけに本人も大分慌てたようだ。早速昨夜のテレビ朝日「報道ステーション」では、女性キャスター小川彩佳氏が「江崎氏の発言は私たちの思いと同じではないでしょうか。」と救いのある発言もあったが、すぐにメインキャスタ後藤謙治氏が「勉強不足の素人的な発言は、鳩山元首相の発言と同じで、却って沖縄の人を傷つけることになりかねない。」と警告。

今朝も同じテレ朝の「グッド!モーニング」でも、元外務官僚の三宅邦彦氏が「地位協定は、月に2回開催されている日米合同委員会で常に見直され、運用面が改善されているのです。大臣たる者もっと勉強してから発言してもらいたい。」と如何にも玄人っぽい苦言を呈している。要するに政治の世界は、素人さんには任せられないのよ、と言うことらしい。しかし世の中の圧倒的多数がその素人さんだ。玄人さんだけが、日本がアメリカの属国であることを是としているのは困ったことではないか。

素人と言う意味では外務大臣に就任した河野太郎氏も、自民党外交部会に一度も出席したことのない、と批判する自民党議員がいた。しかし7日マニラで開かれたアセアンの会議に出席、ここで中国の王毅外交部長と直接会談の冒頭部分が報道された。王毅氏は河野氏の親戚の伯父さんみたい態度で、河野氏はそれなりに敬意を表しながら「中国には大国としての振る舞い方を身に付けていただく必要がある。」と応酬したところまで録画されている。

これについては昨夜のBSフジ「プライム・ニュース」に出演していた玄人の面々の岡本行男氏(元外務官僚)やケヴィン・メア氏(元米国務省日本部長)たちが勝手にくさしていたが、面白かっ…

お盆の帰省準備

ずるずると居座り続けた台風がやっと今日か明日温帯低気圧となって消滅するようだ。被災された方はお気の毒だが、多くの方が平穏なお盆を迎え、普段疎遠な親族が顔を合わせたり先祖について思いを馳せることになってほしい。お盆と言う行事が外国にあるかどうか知らぬが、これは宗教を超えた日本の良き伝統だと思う。先の大戦の終戦がお盆に重なっているのも、何か因縁めいたものを感じてしまう。

やがて来る8月15日に靖国神社に国会議員の一団が押しかけるのだろうが、これは頂けない。議員の先生方もお盆くらいは、徒党を組まずに先祖の墓参りでもしながら父母や祖父母を思い、自らの来し方進むべき道筋について深く考えた方が良いだろう。ここまで書いて、人さまのことより自分の帰省について段取りを考えなくてはいけないことに気が付いた。

慌てて手配したが、交通はJRの割引が効かない期間なので、バスを利用することでギリギリ間に合って段取りがついた。ホテルもいつもの東横インは満室だったが、近くにある似たようなアイランドホテルが取れたので一安心。後はお盆の渋滞を乗り切るため、面白そうな本が見つけられれば言うこと無しだが、こちらは簡単ではないだろう。帰省前のハイキングんついては、現時点での第1候補は川苔山、第2候補が棒の嶺、日にちはもう少し天気の様子を見て決めるとしよう。

右傾化傾向の一端

台風が迫っているせいか異常な暑さだ。昨日は山陰地方で39℃が記録されたそうだから、それを思えば、まだ益しとしなければいけないのだろう。こんな夏の日は涼しい場所で読書でもするのが一番だろうが、あまりそそられる本が見つからない。本選びも難しくなった。この週末も本屋をうろつき、タイトルだけで新書を1冊選び失敗をしたような気がする。内容が余りに右傾化していていたからである。

お薦めはしないが一応紹介する。新潮新書の「メディアの驕り」廣淵升彦著である。著者は1933年生まれ東大卒 テレビ朝日ニューヨーク・ロンドン両支局長、ニュースキャスターを歴任された人なので、豊かな経験に裏付けられた該博の知識を持つ優れた人のようだ。相当なお歳だが、森友学園籠池理事長と同じように右翼傾向の人はいるものだ。内容的には、現代のマスコミに対してもっと勉強を、或いは正義漢ぶって国民を間違った方向に誘導するな、と言った趣旨を述べている。

概ね正論なんだろうが、著者のエリート意識が相当鼻についた。中でも庶民に対する警鐘として【危険な「情緒的平和願望」必要なのは「知的情報収集力」】を力説している。曰く【こちらが戦争をしたくないと思っていても、他国が日本の工業技術を欲しがったり、より広い領海を求めて日本に攻め込んできた場合どうするのか。こちらは近未来起こりうる差し迫った恐怖だ。日本が戦争を仕掛ける危険について、野党は度々警鐘を鳴らすが、それらは極めて可能性の薄い話である。これは政治的プロパンだ。】

下々とか庶民の典型みたい者としては、いまさら知的情報収集力をつける訳にはいかぬし、情緒に頼るのは仕方ないじゃないの。と言いたくなる。第一他国が日本の工業力が欲しくて戦争を仕掛けるなんてことがありうるのだろうか?日本の領海は広いと聞くし、中国の工船、漁船が尖閣諸島に押し寄せて来ることも知っているが、これって戦争なのかね。仮にそうだったとして、憲法を改正しようと、自衛隊の兵力をどう強化しようと、中国と戦争して日本が勝てるわけはないでしょう。

安倍総理閣下も先日慰霊に訪れた広島で「防衛計画大綱の見直し」を口にされた。当然のことながら北の核ミサイル攻撃に備えたミサイル迎撃能力の強化が中心とのこと。平和記念式典の場で、それを表明する無神経さを咎める気にもならぬ。ただ平和ボケのままあの世に行かせてもらいたい。

日本国憲法と戦争

今日は日本人が忘れてはならない広島に原爆が投下された忌むべき日。昭和20年の8月、既に日本政府は連合軍に対しポツダム宣言受諾の意思を示して条件の詰めをしていたが、米軍は原爆の威力実験の意味があったとされるが、さらに中2日おいて長崎にも原爆を投下。戦争だから仕方が無かろうが、8月に入ってからの空襲などで亡くなった民間人を含む犠牲者が何十万人に上るか、正確に知る人は少ないだろう。

改めて終戦時の手続きを振り返ると、米英支(中)3国の代表者によってポツダム宣言(日本に対する降伏勧告)が発せられたのが7月24日、日本が受諾を宣言したのが8月14日、そして正式の終戦は9月2日。この期間を長いと見るか手際よかったと見るかは国によって大分異なるのは当たり前だ。先に触れたように亡くなった兵士や無辜の民からすればとてつもなく長すぎたし、連合軍側からすれば思いのほか手際良く運んだとしているのだろう。

この違いは悔しいことだが、敵国を恨んでも仕方がない。どう考えても日本の政治家の戦争に関する判断が間違っていた。当時の政治体制においては軍人が圧倒的な力を持って、政治にコミットしていたことも忘れたはならない。戦後の新憲法下では、自衛隊員が政治的発言をすることは厳に戒められているので、隊員の馬鹿な言動は少ないが、困ったことに文民の政治家に、勇ましいというか、馬鹿な発言をする輩が増えている。

政治家は特段の見識が無くてもなれるし、戦争体験をした政治家はいないに等しいので、馬鹿が増えるのもやむを得ないかもしれぬ。しかし今日は、政治家の悪口は取り敢えず措く。代わって昨夕のTBSテレビ「報道特集」について感想を書きたい。この番組は感心することが多いが、昨日は憲法問題の特集で大変見応えがあった。今の憲法は占領下にある時代に連合軍から押し付けられた憲法であって、国民の総意に基づくものでないとする意見がある。

言い始めた政治家は安倍首相の祖父岸信介氏のようだが、少なくとも自民党は憲法改正を党是としている。占領下で制定されたのは事実だが、押し付けられたとするのは正しいかどうか?当時の記録を丹念に辿ればそうは言えないと思う。そこを非常に解りやすく整理してくれたのが昨日の番組だった。更に88歳の俳優仲代達也氏と84歳の落語家歌丸師匠を登場させて、戦争の悲惨さと馬鹿さ加減を証言させた。この分かりやすさは、流石テレ…

納涼の季節

子供たちは夏休み、この週末はあちこちの広場に櫓が組まれ納涼盆踊り大会が行われている。我が町は昨夜から始まり今日が中日、夕方見かける親子連れの浴衣姿は微笑ましいが、天気がぱっとしないので可哀そうでもある。そもそも梅雨明け10日はからりとした晴天が続き、夕方の納涼は勿論だし、夏休みの山登りや海水浴には最適としたものだが、今年はこの10日間がどこであったかさっぱり分からない。そうこう言ううちに来週はもう盆がやってくる。

昨日泌尿器科の5ヶ月検診に行ってきた。早いもので前立腺がんの放射線治療終了からまる2年、幸いASPなる腫瘍マーカーの数値が安定しているとのことでホッとする。次回の検診日は来年の1月11日に決まったので、メモ帳に書こうと思ったが、持ち歩いている手帳には来年の欄が無かった。取り敢えず12月31日の欄外にメモをする。今月の予定だが、お盆の14日夕方から亡き兄の法事をしたいとの連絡があるので、毎月1回を目標にしている山歩きのの予定が組みにくい。

結局その前の3連休のどこかで、1日ぐらい奥多摩にでも行くことになるかだ。今更体力をどうのこうのと言っても始まらないかもしれぬが、山歩きの目標が年々低くなるのがちと残念だ。しかし、これからも栄養、運動、休養、睡眠のバランスを取って深刻な健康障害を引き起こさないよう気を付けないと、その低い山にさえ行けなくなりかねない。敢えて深刻と書いたのは、深刻とは言えない障害が多々あるからだ。腰をはじめとする節々の痛み、関節の硬さ、総体的体力の衰えなど数え上げればきりがない。

昨日、泌尿器科のドクターに体力の衰えを訴えたら「そりゃ仕方ないですね。」と笑われてしまった。

無理はしないこと

何でも6回目になるらしいが、安倍首相の改造内閣が曲りなりにスタートした。テレビのバラエティー番組には様々なネタを提供したが、前回の内閣が丁度1年、今回はどんなに頑張っても来年9月には自民党総裁任期が切れて総裁選挙となることが確定している。依って今度の内閣の寿命も長くて1年、少し大きな役所の新任大臣であれば、主立つ部下の顔と名前を憶えた頃に、また「さよなら」することになる。

しかもその半分以上は国会が開催されることになるので「しっかり仕事に専念できる、結果を出せる態勢」とは具体的に何を言いたいのか?憲法改正は棚上げにすることは分かるにしても、経済最優先とは従来の路線との違いが分からない。何れにしても部下の首をすげ替え、己の生き残りだけを図る執念だけは見上げたものだが、まる5年掛けても経済だけは何ともならないのは同情に値するかもしれぬ。

ここ10年くらいの間で日本に生まれた新産業を思い浮かべたいのだが、あまりぱっとしたものが思いつかない。かと言って、それ以前からある産業が目覚ましい興隆を遂げているようにも思えない。150万社もあると言われる個別企業を見れば世界的に大きなシェアーを占める企業は幾つかあるだろうが、産業として見た場合、嘗て世界に誇った電機や自動車でさえ斜陽となりつつあるらしい。

これを打破するために設けられたのが国家戦略特区構想らしいが、安倍政権になって早や5年、生まれたのはスキャンダルだけみたい印象では心細くなってしまう。よく分からないが、日本全体が新興国の勢いに押されて嘗ての繁栄から衰退傾向にあるのは宿命のようで、仕方ないのかもしれぬ。アメリカやイギリスなんかも似たような悩みを抱えているのだろう。彼らは慌てて自国最優先主義を打ち出し、一応国民の半数からは支持を取り付けたように報じられている。本当のところ、是か非か誰にも分からぬだろう。

日本から見れば先輩先進国の米英でさえ悩みどころだ。誰が考えても、適切な政策なんか思いつかないのだろう。山登りしている時、どうしようもなくなり、登頂を諦めて降る決心をすると急に身体が軽くなることがある。安倍さんも念願だった憲法改正を諦めるなら、いっそ思い切って首相を辞して頭を冷やすことをお勧めしたい。きっと身体の調子やゴルフの調子が良くなる筈だ。

改造内閣

昨日、暇に任せてネットを見ていたら面白い番組にぶつかった。地球温暖化と炭酸ガスは無縁説で有名な原子物理学者、武田邦彦先生独演のネットレギュラー番組である。先生曰く「加計学園問題は官僚と政治家の勢力争いで、日本独自のものである。政治家は選挙で選ばれた人たちで、官僚は選挙で選ばれてはいない。当然官僚は政治家の意見に従うべきで、官僚(文科省)が政権に弓を引くようなことがあってはならない。」

内閣府なる行政機関はお役所ではなく、立法府直結と勘違いされていると思うが、そのことは措いても更に面白いことを仰る。マスコミは常に官僚側に立って政治家の追い落としに力を貸す。これは田中角栄氏の場合も金丸信氏の場合も同じで、官僚が面白くないと考える政治家を追い落とす際の常套手段とのこと。予め役所がマスコミにネタを渡してチャンスを待っているのだ。

加計学園問題で言えば、大分以前から文科省が朝日新聞にネタを渡して、前川氏が火をつける機会を待っていたとのこと。確かに角栄氏も金丸氏の場合も火をつけたのはマスコミだったかもしれぬが、その裏に官僚と政治家の争いがあり、ネタ元が官僚だったとは知らなかった。なるほど、その見方に立てば多くの人が言うように、文科省も防衛相も政治家に対する官僚のクーデターと言うことが理解できる。

クーデターは大げさすぎるから取り敢えず百姓一揆ぐらいにするとして、政治家の首も飛んだが一揆の首謀者も処分された。このことを称してマスコミは「組織が傷ついているので、その傷を癒す能力(識見?ガバナンス?)を持つ閣僚が任命された」とヨイショしている。小野寺五典氏や林芳正氏の能力が如何ほどのものか分からないが、総理の任命基準は従来とあまり変わらないようにも思う。1年以内に辞任する大臣が出ないこと祈ろう。

改造内閣へのマスコミからのご祝儀台詞は「仕事師内閣」と決まっているが、先の内閣の任期がちょうど1年、だからでもないが、いつも「仕事しない内閣」と受け止めている。少しばかり大臣の顔が代わっても所詮は安倍内閣、トップが変わらずに何が変わるかお楽しみでもある。何れにせよ今後しばらくは新任大臣のお手並みを拝見するしかない。

広い世界だが

地球も一種の生き物と思えば、人間だけが安穏としている訳には参らぬのか。今年は明らかに天候が不順だ。梅雨明け宣言以降まるで梅雨のように蒸し暑い日が続いたと思ったら、今朝は田舎の盆明けの様な涼しい朝になってしまった。更に夜中の2時頃と朝6時過ぎ頃だったと思うが、東京では珍しい地震が来た。両方とも震度3とのことだ。夜中の地震は気づかずに寝ていることが多いが、昨夜は目が覚めたから結構な揺れだった。震源は何れも茨城県の内部だから、これも6年前の311大地震の余震と言うことになるのだろうか、何とも薄気味悪い。

明日は内閣改造だそうだ。与党が衆参両院で圧倒的多数を得ていると言っても、漏れ聞こえてくる情報は人材不足を窺わせるものばかり。どう転んでも安定した政権にはなりえないだろう。不安定な政権と言う意味ではアメリカも似たようなものらしいし、中国の習近平氏にしても目前に迫っている共産党大会だったか何かに向け、必死こいて国内の引き締めに走っているようだ。国土の広さと国民の数が多すぎて、一見体制を維持しているように見えても、隅々まで目配りはとても行くはずも無いだろう。アメリカも似たようなもので、軍隊も人数と装備が多ければこと足れりとはいかぬだろう。

韓国は大統領が代わったばかりで支持率も高いようだが、隣国の北朝鮮問題を抱えた外交問題で閣内が少しよたよたしても不思議はない。ロシアと言う国は大国なのかどうかさっぱり分からぬ、中東問題や時には北朝鮮問題でも存在感を示すことがあるが、国内事情は勿論知る由もない。更に西に進んだヨーロッパともなると、月世界と同じで行ったこともないのでイメージすら湧きにくい。何となくドイツのメルケル首相は立派な人で、近い将来また首相に再選されそうと聞くから、政権はそれなりに安定していると勝手に想像するが、果たして当たっているかどうか。

どこを見ても安定した政権は少ないようで、どの国の政治家も己のことで汲々とし国民生活に思いを馳せる余裕はないかもしれぬ。ま、精々頑張ってもらうしかない。しかし何処の国でも国民の大多数は政治を当てにしても救いは無いと割り切って、淡々とそれぞれの生活苦に立ち向かっていることだろう。我が家も同様だが、明日婆さんが退院できることになった。内閣改造なんか比べるのも如何ものだが、強がって平気を装っていたが15日間の独身生活は些か疲れたので、やっとホ…

情報の偏り

「満面の笑みで防衛省を後に」のタイトルを読んで怒りがこみあげてくる。そもそも「離任式」なんて言葉も初めて聞いたが、不祥事で辞任を余儀なくされた人間が栄誉をもって送られ、送るなんてことがあって良い筈が無い。友人が「あいつがノーペナ(無罪、無瑕疵)でいるなんて許せない」と怒っていたが尤もだ。つられて稲田氏を槍玉に挙げて言いたい放題の悪口を書こうかと思ったが、馬鹿々々しいのでやめた。

代わった岸田兼務大臣がまた頼りなさそうで、日本の外交と安全保障の無策ぶりは目に余る。北朝鮮のミサイル発射を受けて首相以下、国家安全保障会議々長、防衛大臣のそれぞれがご丁寧にそれぞれのカウンターパートに電話をして「何でもかんでもアメリカ様の言う通りにします。」と言ったらしい。商店の御用聞きじゃあるまいに、いい加減にしてほしい。

アメリカの国連大使は「これ以上国連決議なんかしても無駄なこと」とかなんとか、堪忍袋の緒が切れそうな風情を見せたり、CIAが「すぐにでも軍事行動をとれる準備が整っている。」と物騒なことを言っている。なんで国防省でなくてCIAなのか不思議だが、聞くところでは、大統領がとっ散らかっているアメリカでは国防長官だけは決まったものの、肝心の国防省高級官僚が全く決まっていないらしい。

如何に世界最強の軍隊でも各軍の頭がいない状態で、各軍は現在どうやって組織を維持しているのか心配だし、大臣一人が頑張っても、組織自体が巨大すぎて、実質的に軍を動かせないだろうと余計な心配をしたくなる。ある意味では日本以上にアメリカが安全保障上の危機だろう。兎も角アメリカが軍を動員したり、CIAが秘密の軍事的行動を起こしたりすれば、世界の終わりになりかねないのでアメリカ軍が機能し得ないのはご同慶の至りかもしれぬ。

他には中国とロシアの動きを期待するしかないが、日本の報道では中露の具体的対北朝鮮の動きが全く知らされない。外交努力が全く無いような報道になっているが、報道機関自体も実態を掴みきれないのだろう。日本政府は実態をどこまで把握できているのだろうか。それにしても安倍首相や岸田大臣の日米韓の連携強化と北に対する制裁強化の表明は、何ともご粗末に過ぎる。せめて中露の意見もよく聞いて、慎重に今後の対応を熟慮してから何らかの発言をすべきだろう。

小生なんぞは好みの記事しか読まぬが、公的機関の情報経路がどうも偏りす…