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休日モード

年末28日、普通の勤め人ならご用納めだ。昔は電話機くらいしか機械が無いから、全員で不要な書類を破棄したりして机の上を整理し、一端事務所を奇麗にしてから、昼頃には出前の寿司でも取ってビールと冷酒を少し飲んで早々に職場を後にする、がお決まりのパターンだった。でも最近は、机の上に書類が山積みの職場は少ないだろうし、灰皿も無い方が多い筈。

掃除は委託先の小父さんか小母さんがしてくれるから、下手に手出しは出来まい。社員が休んでいても机上のパソコンは休みなしに動いている。企業や役所の生産性がどれほど向上しているか分からぬが、唸る程のボーナスを手にする勤め人はさほど多くはなさそうだ。管理職になればボーナス袋が縦に立つと言われた時代もあったが、残念ながら経験できなかった。

世の中が変わっているのは間違いないが、変わらぬこともある。今週は月曜日から商店街の外れにしめ縄や松飾りを売る仮設小屋が出て、門前に飾り付けを済ませた家も大分増えてきた。一昨日にはご近所の路地で家族総出で餅つきをするお宅があったので驚いた。田舎なら珍しくないだろうが、あの立派な木臼がどこにしまってあったのだろう?そんなに大きなお宅ではないが、蒸篭は何処は何処で蒸しているのかな?こちらの余計な心配はよそに、旦那さんが杵を一搗きする度に、奥さんが器用に返し手を入れていた。

東京では賃餅を依頼する先さえ無い筈、実に懐かしい感じだった。雑煮の餅は何処からどんな具合に調達するのか、一度婆さんに聞いてみようと思ったが未だ聞けていない。明日から約1週間は全国的に休日モードの筈だ。これは世界的に見ると相当めずらしい現象らしいが、世界中、特に北の若旦那には見習ってほしいような気がする。正月が明ければすぐ韓国で冬のオリンピック、これに北朝鮮が選手団を送ることを決めれば一安心だろうが、未だ態度がはっきりしていないようだ。

アメリカも同様のようだし、我が日本にも米朝開戦があることを歓迎しないまでも、必然として軍国主義を推進する一団が存在する。暮・正月ぐらい来し方を顧みて物事を冷静に考えてほしいものだ。

一旦緩急の際に

昨日の日経電子版に次の記事が掲載された。米中関係の緊張について、北京大学国際関係学院の賈慶国院長が語ったそうだ。詳細は省くが曰く「現実味増す米朝衝突」である。こちらも似たような報道として、中国の携帯電話会社の内部文書の流出から、習近平氏が「中朝国境に難民キャンプ中朝国境に難民キャンプ50万人収容の設置を命じた。」との話もある。何れも世界のお騒がせ案件となっている北朝鮮問題に関し、最も温和な方針、即ち対話による解決の主張を世界に発信し続けている中国の話である。

引き換え我が日本は総理自ら力による圧力を主張し、現段階では対話は無意味と言い切っている。力によると言っても力が無いのは誰が見ても明らかなので、アメリカの選択肢を100%支持するらしい。アメリカの選択肢が幾つあるか分からぬが、10やそこらでは収まるまい。中には金正男の暗殺や敵基地先制攻撃まであって当然だ。彼の国は戦争慣れしているので、多くの専門家が毎日それぞれのリスク評価をして、その日報を然るべきポジションに報告していることは想像に難くない。

誰もが分かっているそんなことより問題は我が国の対応である。アメリカと一緒に戦う決意を示すためだろうが、ミサイルを大量に買ったり、航空母艦の建造までちらつかせてくれるのも結構だ。そして実際にドンパチが始まった暁には、在日米軍の指示で我が自衛隊が遅滞なく行動が起こせるものとして、これも大いに結構としよう。さてその時我々凡俗の国民はどうすればいいのだろうか。日の丸の小旗を打ち振って出征する自衛隊員を見送るだけで良いのかね。万人が「お易いご用」ならそれまでだが、「俺は納得できない」とする人も少なくあるまい。

先日テレビのお笑い番組に出演した石破元防衛相がお笑い芸人の太田光に「北のミサイルの着弾地点が打ち上げと同時に計算出来て、迎撃ミサイルで対応可能なら、何故Jアラートをあんなに広範囲で鳴らすのですか?」と突っ込まれた。その時の答えがまた笑える。「迎撃ミサイルを運用するのは我が陸海空の自衛隊、Jアラートは消防庁所管のシステムですからなんです。」これが果たして笑いごとで済まされるのだろうか?

因みにソウル市の核シェルター整備率300%。人口3倍分の地下空間と補給品備蓄が用意されているそうだが、日本は0.02%とのこと。義勇公に奉ずる大和魂があるから大丈夫なのか?

5年目の暮

この週末に風邪をひいてしまった。熱こそ出なかったと思うが、喉の痛みと鼻水が止まらなくなってしまった。土日と市販薬を飲み続けたが体調は改善しない。昨日早朝に婆さんから医者に行かなきゃ駄目、と督励されて耳鼻咽喉科の診察を受けて薬を処方してもらった。これを飲んで早く寝たせいか今日は大分楽になった。後期高齢者なので3種類の薬を7日分処方してもらい、診療費を加えても千円に満たない。確かに婆さんの言う通りやせ我慢はせず、専門医の診療に如かずである。

普段から無理をしているつもりもないので特に気を使っていないのも事実だが、一冬で必ずと言っていいほど一度は風邪をひいてる気がする。万病のもとだから引いたら早く治さなければいけない。今年も残すところ数日、7日分処方してもらった薬を3日服用くらいで済ませてもらえば、と願うばかりだ。

話が変わるが、昨日は北海道の札幌ドームで日ハムから米大リーグ・エンゼルス入りが決まった大谷翔平選手のサヨナラ会見が開かれ、1万3千人のファンが集まった。彼は日ハム入団から未だ5年で、23歳と聞くとその若さに改めて驚いた。随分大人になったと思っていたからだ。同じく昨日は、第2次安倍内閣が発足してまる5年目だったとのこと。こちらはもう5年も経ったかの感が一入だ。党名すら忘れた民主党の内部抗争を誘い、野田総理を挑発して総選挙に持ち込んだ当時のことはもう遠い昔に思えてくる。

大谷選手と同じ5年ではあるが、安倍氏がし遂げたことは大谷選手の比ではない。大谷選手は野球界にあってひたすら自己研鑽に勤め、個人的に成長しただけのこと。安倍氏を野球人に譬えれば、個人的に成長したようには見えないが、ルールを根底から変えてしまうぐらいのパワーを発揮して、日本社会に変革をもたらした。言いたい根拠を書き出したら切りがないので今日は書かない。

彼が生きているのは政治の世界、大谷選手のようにお客を喜ばす必要は無いし、スリーアウトチェンジも無い。代わりに安倍氏は国民の負託に応える義務を背負い、国政選挙に負けるとその場で交代しなければならない。それを問うのが国政選挙で、彼はこの5年間で何度も選挙を勝ち抜いてきた実績がある。これが大谷選手の成績をはるかに凌駕している訳だ。しかしこの実績には少し疑問を呈したい。選挙結果と安倍氏への信頼度の差が気になる5年目の暮である。

読後感「藤村文明論集」十川信介編

島崎藤村の小説を読んだことが無いが、「千曲川のスケッチ」とか随筆風の軽い読み物と、「初恋」に代表されるロマンティックな詩については少し知っている。そして信州出身の作家なので親しみを覚えていたかもしれぬ。偶々書店をひやかしていたとき目について読んでみた。藤村は明治5年の生まれだから我が祖父母より少し年上である。その割にすごく親近感を感じていたのは彼が生涯若々しい精神を持っていたからだと思う。

明治5年と言えば、国内はまだ江戸時代のような雰囲気だったのではなかろうか。男子の会話は「左様、然らば・・・でござる。」てな調子であったと言われてもびっくりしない。生まれは山深い木曽路の宿場町、後に小説のモデルとなった父はこてこての国粋主義者で、狂気の血が流れていて、実際に自殺している。藤村も幼い頃から漢文の素養をきっちり叩き込まれている。しかし父の教えに反発して一方で広い世界に憧れ、外国語を熱心に学び、結果的に華麗な文章とロマンティックな詩歌を綴る文学者に成長していく。しかし心の奥で、父の教えと自ら発見した新しい価値観との深い葛藤があったことが伺える。

本書を読むだけでは幼き日の教育の詳細は分からないが、9歳の時に父の膝下を離れて上京したように書いてある。と言うことは9歳までに漢籍の素養を習得していたことになる。本書は42歳、初めてフランスに旅立つ時からの紀行・随筆で始まり、大正末期から昭和の初め頃の社会時評で終わっている。友人が教えてくれたが、そもそも彼が渡航に至ったのは、姪に手を出してしまったことでの社会的非難からの逃避行だったとのこと。娶った姪のことは少し出てくるが、言い訳めいたことは書いていない。

本書で一貫して流れているのは欧米(彼は3年間の渡仏の後に北中南米も旅行している)と我が国の文明比較である。但し、比較してどちらを取るべきかについては強調するところが無い。そこが福沢諭吉の文明論と少し趣を異にしている。福沢は武士、藤村は飽くまで平民出身故だろうか?驚くのは大正末期の日本に対する観察である。大正ロマンとかモダンと言われ、非常におおらかな時代だから、藤村のような文学者が生まれたと勝手に想像したがそうでは無さそうだ。

当時は既に戦争の足音が近づき、現代以上に国民の間に緊張感が漂っていたようでもある。藤村が紡ぎだした言葉のよって来るところは、すべて幼い頃から勉強を重ねて…

漢字一文字

もうすぐお正月、少し長めの休暇が取れるので普通の人にとっては楽しみなことの筈。ところが普段暇をかこっている小生には些かプレッシャーが掛かる季節となる。家内は二言目には「我が家は年がら年中父の日だから当然でしょう。」と言ってのけ、正月には皇室並みの公務が課せられるのだ。我が家では暮正月の飾りつけなど一切しない。それどころか、家内は30日の夕方から横浜の実家に宿下がりをしてしまい、正月4日の夕方まで帰宅しない。

家内に言わせると、一人暮らしの母と二人でのんびり過ごせるならいいが、本来自宅でするべき正月行事一切を実家の分と合わせて2軒分段取りするのだからで寝る間もないとのこと。家内には弟が一人いてその子が二人、我が家にも子供が二人で全員結婚している。当然ながらついている職業の関係、配偶者の実家との関係があって、年賀挨拶に来る日がばらばらになっている。横浜では3ヶ日の間、毎日正月客の接待に明け暮れるわけだ。

こちらも江戸で一人留守番しなくてはならないが、そのくらい我慢してよとのご託宣。古い読者は先刻ご承知だろうが、もう一つ大事な公務が元日の伊勢神宮参拝。ひょっとすると30年近い習慣になってしまっているので、なかなかやめる踏ん切りがつかない。まして大学受験で浪人している孫がいるので、来年は必須とのお達しもある。もう何週間か前に往復の乗車券を手配してあるが、元日は東京駅発朝の8時、帰りは6時を過ぎるだろう。2日と3日は娘が順番に横浜に来るので、この日も早起きして横浜に出向かなくてはならない。

何れにしても年の初めから忙しくするのもいいだろう。だが一つ気になるのは利用する「のぞみ」の先日の事故だ。例の列車の製造がいつものか知らぬが、重大な事故であったのは間違いない。飛行機の場合であれば、翼の継ぎ目でもない平らな部分にあんなに大きな亀裂が発見されれば、即座に世界中の同型機は飛行停止の措置が取られるだろう。テレビ報道で専門家の意見を聞いても「継ぎ目でない鋼材に、かくも大きな断裂は原因を考えにくい」としている。

神戸製鋼や三菱マテリアル或いは東レが噛んでいる訳でもあるまいが、今年の日本はどこかおかしい。誰の責任か分らぬまま次から次へと劣化現象が露呈している。今年を漢字一文字で表現すれば「劣」としたいところだ。

一陽来復

今日は冬至、今日で陰極まり陽が生じることからこれを一陽来復と呼ぶのだそうだ。今年は世界的に悪いことが多すぎた。明日から物事が良い方向に向かうことを心から祈りたい。とは言っても来年も油断はできないだろう。世の中は広い、いくら祈ろうと悪い人間が尽きる筈はあるまい。この場合の良い悪いは個人的感想に過ぎないが、世の中を良い人間ばかりと見ることが出来る人がいるとすれば羨ましい限りと言うしかない。新年への儚い希望はさて措き、しようもない思い出を書く。

年末も現役時代の記憶とはすっかり様変わりしている。政府予算案がクリスマス前に上がるなんて想像もできなかった。官庁関係の仕事が多かったせいで、いつも今頃は仕事も飲み会も多忙を極めていた。来年度予算の絡みである。お役所も年に最大の働きどころとばかり、予算関係課は毎晩遅くまで仕事をする。その予算にありつこうとの下心ある我々は担当課職員が帰るまで会社で待機する決まりだった。担当課職員は大蔵省主計課の担当から解除(大抵0時前後)が掛かるまで待機させられているのである。

大蔵の主計課職員は昼過ぎ出勤と決まっていて、深夜0時前の帰宅は無い。これを年末、酷い年には大晦日まで持ち越すのだから、端はたまったものではなかったが、霞が関では、これが一種のお祭りみたいものだった。お祭りには当然酒が付きもの、他人が見れば不思議だろうが、彼らは1年の殆どをこの騒ぎのために生きているのだから仕方ない。業者である我々とすると、忙しいからと言って役所の担当相手の忘年会を欠かすわけにはいかない。

特に、当時は官々接待が当たり前だったので大蔵の担当を交えることがある。大体は主佐止まりだが、担当課の腕次第では主計官同席なんてこともあった。何れにしても大蔵が絡むと大変で、始まりは早くて9時過ぎ、2時間くらいで大蔵職員は大蔵省に戻っていく。既に予算案は決まっているのだが、お役人はこの期間仕事をする振りが必要だったのだ。業者側はこのための料理屋を確保し、ハイヤーを手配しなければならない。この仕事を30歳かそこらの頃やらされていた。こちらはどんなに遅く帰ろうと翌朝は8時半には出勤である。

今にして思うと、誰にとっても仕事だったかもしれぬが下らないことだった。否、飲食業界や車両関係業界には大いに意味がったかもしれぬ。我が家族にすれば大迷惑だったことだろう。今日はその予算が確定する…

サイレント・クーデターへの期待

安倍内閣1強体制が国家を思いのまま操っているかのようである。行政内部官僚は勿論、立法府から司法に至る法的な権力からマスコミの言論権にまで侵食して影響を及ぼしているそうだ。この結果日本の将来はどうなるのか?社会がボロボロになりかねないのではないか。1960年70年代に沸き起こった学生や有識者の蹶起を期待したいが、その気配は全くない。前回の総選挙の結果を思い出しても、選挙もたいして期待できない。

極めて悲観的な気分で年の瀬を迎えたが、昨日ネット(ビデオニュースドットコム:ニュース・コメンタリー 12月16日)を見ていて少し救われそうな情報に行きついた。以下にURLを書いておきます。50分ほどですが無料ですので時間のある方は是非ご参照してみてください。
http://www.videonews.com/commentary/171216-01/

内容を簡単に紹介すると、先週発表された岐阜県美濃加茂市の市長藤井浩人氏が、受託収賄事件の最高裁判決を受けて辞任会見に端を発している。主催者のジャーナリスト神保哲生氏と解説の社会学者宮台真司氏との対談で、この判決が政権の意図に従わない者への見せしめで如何に酷いものであったか、即ち政権の意図が司法も歪めてることから話が始まり、安倍政権の傍若無人の振る舞いが語られる。

ところが後半に至り神保氏が意外なことを口にした。とは言っても最近の事象を観ていると、官界にしても司法界においても安倍政権の振る舞いに対して秘かなレジスタンスが始まっているかのように見えなくもない。前国会終盤での会計検査院の調査報告も、政権としてはもっと曖昧なものを期待していたのではないだろうか?前文科事務次官前川喜平氏の発言は明らかだが、氏以外にも現政権の官邸主導のやり方に不満を持つ官僚は少なくない筈。

自民党内にだって小泉進次郎氏のように「これでは党なんか意味が無い」とあからさまに言ってのける者が出てきている。直近では東京地検特捜部捜査に乗り出しているペジーコンピューティング事件とリニア中央新幹線受注を巡るスーパーゼネコン談合事件は両方とも安倍政権中枢に巣食う輩に直結しているとも言われる。

意見を求められた宮台氏は、どれをとっても必ずしも正義感に基づく行動とは断定できない。あんな連中に我が権益を犯され黙っている訳にはいかない、と言った組織防衛の力かもしれない。しかし、権…

のど元過ぎて好い気分

特別国会も無事終了して息を吹き返したのか、安倍首相は先週末15日と昨日の19日立て続けに都内で講演して危ない発言を繰り返している。15日は共同通信加盟社編集局長会議での講演で、ここでは「防衛力整備の指針に当たる防衛計画の大綱(防衛大綱)について従来の延長線上ではなく、国民を守るために真に必要な防衛力のあるべき姿を見定めていきたい。」と大幅に見直す考えを示した。

昨日は時事通信社関連団体の集まりである内外情勢調査会主催の講演会で「(東京)五輪が開催される2020年、日本が大きく生まれ変わる年としたい。憲法について議論を深め、国のかたち、在り方を大いに論じるべきだ」と2020年改憲への強い意欲を示したとされている。この間、嫁さんは首相公邸に知人を呼んで忘年会三昧とも伝えられるし、本当に懲りないご夫婦だ。大手通信2社も如何に暇とは言え、国会で本当に聞きたいことを取材させてくれなかった首相を態々呼んで、聞きたくでもないことを喋らす神経は呆れるばかりだ。

アメリカのトランプ大統領に世界中が引っ掻き回された年の暮れだが、アメリカの暴走も止む気配が無い。来年の世界情勢は大いに心配だが、世界の情報から目が離せない重大な任務を背負う外務省、そこの来年度最大なの課題が外務大臣専用機の導入だそうだ。最隣国で日本にとっては最も利害を共有する国ある韓国、今週外務相が態々訪日して先ずは文大統領の訪日を打診したそうだが、何故か日本はこれを断っている。ここまで来るともう笑うしかあるまい。口先では協力協調を言いながら、アメリカに義理立てして中国寄りの文大統領を暗に批判し、慰安婦問題再燃に因縁をつけているだけのことだ。

明らかな上から目線、アメリカかぶれの政権には「小異を捨てて大同につく」なんて東洋思想は思いもよらぬことだろう。公明党が自民党の下駄の雪になり果てて久しいが、今年は日本がアメリカの下駄の雪になり果てたことを世界に宣言する年になったように思う。日本人として自主的な考えを持つ与党政治家がいない訳でもあるまいに、右寄り政権が聞いて呆れる。本当の右翼思想家がいたら怒り狂うだろう。

マイナンバーカードの受領

雪は無いが寒い日が続き、冬らしくなってきた。一般社会では年末ムードが賑やかで、マスコミ的には今年を顧みる内容が多い。今年を象徴する文字は「北」とのこと。心は主に、世界が北の若旦那に振り回されたことにあるらしい。少し分かりにくい気がしないでもない。何れにせよ漢字一文字で1年を表すのは難しい。個人的に今年を振り返っても特筆するようなことは何もない。

今日はマイナンバーカードを受け取りに区役所の西部支所まで行ってきた。マイナンバーカードを作らなければならない理由は特に無く、敢えて言えば一つの暇つぶしでもある。運転免許証とパスポートが無いので身分証明書くらい持った方が良いかとの思いも少しはあったが、お役所相手のこの作業、十分な手間と暇をつぶさせてくれた。先ず久しぶりに証明書用写真を準備して、申請書を郵送する。思い出したがきっかけは1,2か月前に、この申請書用紙が送られてきたからであった。

それを忘れた頃の1週間ほど前に、カード発行の準備ができたので受けとリに来いとの手紙が来たので、のこのこ区役所に行ったら「今日ここでは渡せない、支所で渡すから先ず支所に電話してください。」とのこと。すぐに電話をすると「準備が必要なのでお渡しするのは直近で4日目、今日は予約番号をお知らせしますのでお控えください。」ときて、更に当日持参する物についての説明があった。

顔写真入りの証明書が無いので通常より1点余計必要らしい。何かと言うと健康保険証と生年月日が印刷されている病院の通院カード、これが無いと本人確認が出来ないからと言う。顔写真入りの証明書を受領に本人が行くのだから、その場で本人確認が出来るだろう、と野暮なことは言わないことにした。今朝9時丁度に支所の窓口に行くと受付番号は1番で、また暫くお待ち願います、である。

暫くしてカーテンで仕切られた小部屋に通され、恭しくカードが持参されるが「まだお渡しできません」とのこと。目前に置かれたPC端末で暗証番号の設定が終わってカードが手元の渡されるが、また延々と今後の取り扱上の注意が言い渡される。「5年後には暗証番号変更のためまたこちらにお越しいただきます。そして10年後には顔写真の更新が必要となりますので同様にお越し願います。」5年後10年後に生きているかどうか甚だ疑問だ。

世の中に年寄りは多いし、パソコン何ぞ見るも汚らわしいと思っている婆さんなん…

馬鹿にするな!

偶数月の15日は年金支給日に当たるので待ち遠しく楽しみな日である。先週の金曜日がそうであったが酷いショックに襲われた。10月の支給日に気づくべきであったが、6月の支給に比べて約9万円減額されているのである。具体的には38万円と思っていた支給額が29万円しかない。何かの間違いかと思って税理士事務所に問い合わせると、年金機構に直接問い合わせてもらわないと分からないそうだ。

思い当たる節は一つあって、昨年臨時アルバイト収入が100万円あった。多分これが響いているのだろうが、源泉徴収で先ず10万引かれ、更に年金から9×6で54万引かれたら残りは36万。これから調べるが、電話はなかなか繋がらない。政府は税制改革大綱だとか働き方改革だとか勝手な屁理屈を並べ立てているが、要は取り易いところから取り、無駄遣いのし放題。中でも許せないのは「防衛費にGDP1%のシーリングがあるとは思わない」と言ってのける無神経さ。

取り易いところからむしり取った国民のお宝を何が悲しくてアメリカに差し出さねばならぬか。馬鹿にするな!と本当に怒りが湧いてくる。若い人からは、爺が生きているだけでもらえる金だ、偉そうにグダグダ言うなと叱られるかもしれぬ。分かっているが、明日は君の身だ。特に定年が間近に迫っている人たちは支給開始年齢の引き上げはもはや確定的だろう。政府は、人生100年時代だから、50や60歳からでも後20年や30年は働けるなんて馬鹿な目くらましを言っている。

だったら議員年金の復活なんて口が裂けても言うんじゃない!国会議員になろうなんて活力のある人間の再就職なんて幾らでもあるのだろう。国会議員の成れの果てで乞食をしている人間がいたら連れて来て見せてくれ。この週末のテレビではバブル時代採用サラリーマンの悲哀が様々報道されていた。サラリーマンによって国家財政の大部分が占められていると言うのに、働き方改革の何と非情なことよ。一説(経済評論家萩原博子氏の試算)によれば、これによって企業の残業費が7~8兆円節約され、勤労者世帯の収入に年間では10万単位で響いてきかねないとのこと。

残業代が減ることは喜ばしいこともあるだろうが、当てにして残業している人も少なくないだろう。これも昨日のテレビを観て思ったことだか、政府はいとも簡単に言うが50歳過ぎての職替え、起業なんて出来る人間はどのくらいいると思っているの…

地位と役割

どんな組織であっても地位に応じた役割があることは誰もが知るところだ。社長には社長の、課長には課長の役割があって、それぞれが責任をもって役割を果たすことが求められる。逆の見方をすれば、社長は部長の役割を奪うようなことはすべきでない。これもよくあることで、上司が部下と競争してしまうような現象が起きることがある。私的な話になるが、飲み屋で上司の悪口を言って留飲を下げていたサラリーマン初期の頃のことだ。「馭者が馬とかけっこしても勝てるはずが無かろうに、なんて馬鹿な真似をするんだ。」

飲み屋で悪口を言っているうちはまだよかったが、それが25年間積もり積もって社長と衝突、結局会社を辞める羽目になってしまった。外国のことは分からないが、地位と役割に関しては小説や映画を観ている限り、日本より欧米の方がすっきりしているように感じている。馭者は馬の脚がのろいと思ったら鞭をくれるか、馬を替えればいいだけのことだ。日本では嘗て在籍した会社に限らず、往々にして馭者が馬と一緒に馬車を引っ張ろうとする経営者が出現するようだ。ちょっと見には美談めいて見えるが、欧米のマネージメントでは非効率の極みとされているらしい。

こんな話は何も中小のオーナー企業に限った話ではない、大企業にも起こりうるだろう。更に言えば霞が関の官僚組織や国の統治機構にしても、地位と役割が画然としていないようにも見える。極端に言えば日本中を見渡し、己の地位と役割を明快に理解できている人は天皇陛下だけかもしれない。国家を組織に例えるのは適当ではないかもしれぬが、似ているところもあると思う。天皇陛下には主権者である国民が「国の象徴」なる訳のわからぬ役割を割り振っている。どのように振舞うかは法律で規定している部分もあるが、大事なところは自分でお考えください、と丸投げしている。どこの組織も似たようなものだ、トップは自分で考えることを求められる。

陛下はこの無理難題をものの見事に受け止められて長年務めてこられた。このことに異を唱える国民はそう多くはあるまい。国民の負託と言いう意味で陛下の次に大きな役割を担うのは、いわゆる三権の長だろう。即ち、最高裁判事、衆参両院の正副議長、内閣総理大臣(副もいたかな?)となる。この数名は、せめて国民に名前ぐらい覚えてほしいものだ。恥ずかしながら名前を記憶しているのは衆議院議長と内閣総理大臣の二人しかいない…

寿命

午後に野暮用が入ったので、今日は少し早めにアップする。

昨日のテレビで都道府県別平均寿命のランキングの発表があったそうで、夕食時に話題になった。何でもこれまでは男性も女性も1位だった長野県から男性だけ陥落したとのこと。詳しくは聞かなかったが、男の平均年齢は多分82歳前後だろう。できればその歳まで生きてみたい気もするし、友人と話していると親父の年齢まではと言う人も多い。そうすると92歳だ。一方で最近は政府迄「人生100年時代」なんて言い始めている。

事実100歳の高齢者は増えているようで、年末に来た喪中案内を見ても95歳以上の高齢者を亡くされた通知が何通かあったし、親族にも90歳を超えたお年寄りが何人かいる。長命は実に目出度く結構なことではあるが、我が身のこととして思うと、長命が無条件結構とばかり言いきれない。健康で本人も楽しく周りに迷惑を掛けずに済めば大いに結構だ。しかし、ボケが酷くなれば自分はどう感じるか分からないし、周りの人が迷惑することだけは間違いない。

先日野球界の野村監督夫人が急逝されたとの報道があった。死因等詳しく分からないが、御年85歳で前日までピンピンされていたらしい。同じ部屋で寝ていた野村監督は朝起きる時から異変を感じていたようだが、目の前で亡くなられたことには流石ショックが大きかったように見受けた。がしかし、野村夫人の生き方死に方を報道で見聞きする分には羨ましさを禁じ得ない。婆さんは「あんたはストレスが無いから長生きできる。」とまるで医者の様な事を言うが、「俺にだってストレスなんざ一杯あるわさ。」と言い返したい。

何れにせよ己の寿命を云々するのは神を恐れぬ所業にもなりかねないので声高に言ってはいけないかもしれぬが、そんなことを考える年齢になっていることだけは事実だ。今日は既に年の瀬も半ばに差し掛かって、普段暇人を自称していても何かと雑用が多い。昔流に言えば間もなく1つ歳をとる勘定だ。一休禅師の狂歌「門松は冥土の旅の一里塚 目出度くもあり目出度くもなし」も上手いこと言うなぁ。

日本語の難しさ

小学生の頃は夏休みの日記も書けなくて、近所のお姉さんに代筆してもらったりしていたほどの勉強と宿題嫌いである。通信簿の評価は良かろうわけが無い。算数よりは少しましな国語でも綴り方なんぞ全然苦手だった。それがこの齢になってブログを書いているのだからお笑い種だが、本人にしても悩ましさは半端ではない。相当いい加減なことを書き綴っているが、日本語の基礎が出来ていないので、読者の方には意味不明と思われることが度々のことだと思う。

思うに日本語は語彙が豊富すぎて却って表現が難しくなるのではないか。小生も意味が曖昧なままに好んで古めかしい言葉を使いたがる口だが、この手合いは語彙が少ない者に限るようだ。気を付けなくてはいけないと思いつつ、ふと最近はやりの言葉を思い出した。「国益」である。1億2千万人からの国民総てに利益があれば国益と言えるかもしれない。

では、アメリカから言われたかどうか知らぬが、1千キロも飛んで北朝鮮のミサイル基地を攻撃できる高価な兵器を買うことは国益か?そうだと言う人もいれば、俺は関係ない、或いはそうは思わないと言う人もいるに違いない。憲法改正にしても似たようなことだろう、自衛隊を違憲とする憲法学者が多いのは自衛隊に対して失礼だ。だから早いとこ憲法を改正すべき、が一方の意見。自衛隊は合憲と認められているのだから、今のままで良いではないか、とする人も多い。

後者の改憲絡みの話は単に日本語の問題ではないかもしれぬが、日本の最高法規の表現方法についての問題であるのも確かだ。これからは「愛国心」なんかも世に氾濫することになるのだろうが、兎に角日本語は難しい。ブログを書く際に難しい日本語にはなるべく近づかないことだ。昔は似たような言葉で「大義」とか「正義」をよく聞いたが、最近あまり使われなくなったような気がする。

「大義」には「国益」に似た意味合いがありそうで使いたくないが、「正義」の方は昔大分流行ったように思う。鞍馬天狗ではないが弱い者の味方が「正義の味方」で誰にとっても分かりやすかった。最近は「正義」の意味もあいまいなところがあり、使いにくくなってきた気がする。

AIと人体

1週間前に書いたばかりだが、今盛んにもてはやされているAI(日本語に訳すと人工知能らしい)がどうもよく分からない。少しは理解の足しになるかと思って新書を1冊買って読んでみた。「人工知能と経済の未来ー2030年雇用大崩壊」(井上智洋著)、選択が間違っていたかもしれぬが著者は経済学者であった。こちらの理解度はと言うと益々混乱を来したとでも言うべきだろう。人工知能の発達で、いつの日にかは生身の人間に近いロボットが完成するだろうとの見立てになっている。

それならそれでも良いが、どっちにしてもこちらには無関係なことだ。最近のの宣伝を観ていたりすると、自動運転の自動車が登場しそうな雰囲気もあるが、既に運転をやめて久しい。家事ロボットも様々な宣伝が既に行われているが、家人の決まり文句は「埃がたまっても命には別条ないでしょう。」だったり「洗濯機は2槽式に限る。」で前者は手抜きで気にしない、後者は何で全自動でなきゃならぬのだ、手間を惜しむべきではない。と相矛盾しても平気である。

何れにしても我が家の機械化は相当以前に止まっている。電子レンジが無くて毎朝夕2食を温かく賄えることを誇りにしている婆さんの言うことだから抵抗すべくもない。恐ろしいもので、娘の一人は旦那が単身赴任した際に自分が使っていた電子レンジを持たせて、帰りに処分させ、以来母親に倣って電子レンジを使用していないらしい。お燗には便利だと思うが、娘がワイン派で旦那も自宅では日本酒嗜まない様だ。

もう一人の娘宅は旦那が電子技師の関係から、テレビを未だに箱型のものを使い続けているらしい。我が家には薄っぺらなテレビが3台あるので1台持っていったらどうかと薦めても、娘にも何か思うところがあるようで断られているとのこと。代わりにもう何年もBSで放送している「吉田類の酒場放浪記」と言う番組を毎週録画してDVDにブルーレイでない方式にカスタマイズして焼き、送っている。

婆さんが孫たちに言う決まり文句「脳みそは生きているうちに使いなさい。」があるが、脳みそだけでなく身体もできるだけ使った方が年寄りには良いだろうと思うこの頃である。

たかが一人、されど一人: ペテン師内閣と提灯マスコミ

たかが一人、されど一人: ペテン師内閣と提灯マスコミ: 昨日で特別国会が実質終了。この国会はいったい何だったのだろう?元はと言えば、今年の通常国会終了後、憲法に則った形で全野党から要求があった臨時国会を開かず(政権は例え議長の一言でも開いたと強弁するだろう)、総選挙に持ち込んで勝利を収めた与党が、総理指名だけを目的に開催を目論んだもの...

たかが一人、されど一人: 今年最後の紅葉

たかが一人、されど一人: 今年最後の紅葉: 今朝のテレビニュースによると、アメリカは来年2月の平昌(韓国)オリンピックへの正式参加を決めていないそうだ。アメリカはトランプ大統領だけでなく国を挙げて米朝危機を煽り始めている。国連代表は先週北朝鮮入りをして、対話の窓口を設けたとのことではあるが、米朝関係が一触即発の危機にあるこ...

今年最後の紅葉

今朝のテレビニュースによると、アメリカは来年2月の平昌(韓国)オリンピックへの正式参加を決めていないそうだ。アメリカはトランプ大統領だけでなく国を挙げて米朝危機を煽り始めている。国連代表は先週北朝鮮入りをして、対話の窓口を設けたとのことではあるが、米朝関係が一触即発の危機にあることは認めているので、何とも嫌な気分だ。日本の選手団結成はいつになるのだろう?早いとこ済ませてアメリカに催促してはどうかだ。

11月まで土日は午前中ジムで少し運動することにしていたが、先週から土曜日だけにして日曜日は休養日にすることにしてみた。昨日も午前中は年賀状制作に充て、午後から散歩を兼ねて目白の永青文庫に行ってみた。熊本の旧細川家(元都知事細川護熙氏のご先祖)のお宝展示館である。細川家のお宝は嘗て上野の国立歴史博物館で鑑賞したことがあり、その時の展示には如何にもお宝と言ったものが数多く出展されていた。しかしここの常設展示はその類は少なく、細川家の歴史を物語る古文書が中心である

場所も目白と聞いたので、何となくすぐご近所のつもりで出かけたが、結構な距離で歩きでもあったし、静かな場所で入館者が少ない。故にゆっくり鑑賞できたのもよかった。普段目白界隈を歩くことは無いので、改めてこの地域の環境を味わったが、我が豊島区、特に池袋に隣接するにも拘らず大違いである。学習院や日本女子大のキャンパスの他に椿山荘や田名角栄氏のお屋敷跡が立ち並ぶ。細川邸はその裏側、神田川に下って行った傾斜地にひっそり佇む風情である。

他の場所に単独で建っていれば、それなりに堂々たるものだろうが、目立たないというか探し当てるのが一苦労だった。東の向かい側に建つ屋敷の土塀が長すぎて中を伺うことが出来ない。永青文庫で聞いても屋敷の持ち主を知らないとの返事。文庫を後にして神田川まで降り、地下鉄有楽町線江戸川橋まで川沿いを散歩した。左手の斜面の裾は公園になっていて子供連れが何組か日向ぼっこを楽しんでいた。大部分椿山荘の所有地らしい。

嘗て山県有朋が屋敷を構えて作庭に励んだだけあって、斜面には多くの木が茂り紅葉が夕日に映え、過去の栄耀栄華を偲ばせていた。

ペテン師内閣と提灯マスコミ

昨日で特別国会が実質終了。この国会はいったい何だったのだろう?元はと言えば、今年の通常国会終了後、憲法に則った形で全野党から要求があった臨時国会を開かず(政権は例え議長の一言でも開いたと強弁するだろう)、総選挙に持ち込んで勝利を収めた与党が、総理指名だけを目的に開催を目論んだものだ。当初は所信表明さえ無しで済まそうとしていたが、流石この態度には与党内からも反論があったのだろう。

野党が要求した「モリカケ問題」追及が申し訳程度に出来る可能性を見せて、形だけ作って見せた。総理が出席する予算委員会は衆参両院で2日ずつ、合計4日のみ。安倍一族からすれば全て読み筋通りだったと言うことか?それでも野党の追及で、会計検査院報告に表れた森友学園用地払い下げのいかがわしさや、以前払い下げ申請された際の財務省見積もり発見など、新しい事実が国民の前に曝け出された。

事実を突きつけてもマスコミは反応しない。こいつらも何を勘違いしているのか、何の調査もしないで野党の追及不足と書きまくり、言いまくって、相撲業界の面白くも無いニュースを前面に持ってくる。まるで疑惑は何も無いのに、馬鹿な野党がいつまでも同じ質問をして時間を浪費している、と言わんばかりだ。質問は同じじゃないだろう、少しは自分でも調べてみてはどうか。

官邸で総理は本当に何もなかったかのような顔で、閣僚の真ん中でふんぞり返ってうすら笑いを浮かべている。これで禊が済んだような顔をされて、本当にいいのだろうか?庶民の財布から金を搾り上げ、友達の財布の利便を図る、こんな詐欺師、ペテン師もどきがいつまで最高権力を握るのだろうか?来年が思いやられる。

歴史認識12月8日

今日は開戦記念日、とは言わないか?昭和16年12月8日については1歳半だから残念ながら何一つ記憶が無い。現代なら1歳半ともなれば母のぬくもり以外に終生記憶に残ることもあるだろう。ともあれ、今や記念することは当然無いだろうが、日本人の大半は、嘗て我が祖先が今の中国における権益(植民地)拡大を巡ってこれに抵抗していたアメリカやイギリスに戦争を仕掛け、結果的に大敗北を喫したことを殆ど忘れ去っている。

忘れること自体は時の摂理と思えば非難には当たらない。ただ最近の世相が昭和初期に似てきていると言う人が多い。歴史に詳しくないので断言はできないが、もしそうであれば、即ち日本が70数年に亘り戒めていた軛を自ら外し、戦争に向かって進み始めているとするなら問題だろう。社会全体で少し冷静になって、問題の在りかを質し、改めるべきは改めるべきかと思う。

世直しについては何の力も無いので、今日思ったことを幾つか上げたい。先ず、歴史認識が一つである。開戦の火ぶたの一つ、真珠湾攻撃でアメリカ側に甚大な被害が出たのは知っていたが、「日本側は航空機29機が帰還せず、64人が死亡した。」と今朝の朝日新聞で初めて知った。

世の中には先の大戦を「自存自衛のための戦い」として肯定する人も多い。定期的に靖国参拝を続ける人には特に多いだろうと推測する。しかしこの人達の全員が、明治初期から続いた富国強兵の国策を全面的に肯定し、全く間違いは無かった、と断言する訳でもあるまい。逆に先の大戦を日本の政治判断の間違いと主張するいわゆる左翼系の人は、戦前の国策全てを否定するするのだろうか?そうではあるまい、国策とは関係無いかもしれぬが、戦前迄伝承されてきたの日本の文化には消してはいけない火が多いことを誰も否定できないだろう。

歴史認識も難しいが、保守と左翼も意味がよく分からない。時に共産党議員に投票したりする己は左翼かと自問すれば、否そうではないと答えたくもなる。では保守なのだろうか?たまたま昨夜のテレビで保守論客の長老とされる西尾幹二氏と安倍総理を思想面で支える補佐官衛藤晟一氏の論戦を聴いて思った。保守思想を突き詰めて考えると、「自主独立」即ち自分の頭で考える事と思い至った。
https://www.youtube.com/watch?v=Bpiw0vi5Ppo

己への答えはさて措き、今年の夏に長老の西尾氏が、産経新聞紙…

権力分散なき国家

明日まで特別国会が開催されているが、政治への失望感が強くて関連報道をほとんど観たり読む気にならない。ところが昨日ネットで前川喜平氏(元?文科事務次官)の長時間インタビューを聞いてしまった。氏は今年の通常国会で話題になり始めた頃からなかなかの人物だと思ってはいたが、改めて話を聞くと、政治問題を諦めてはいけないとの思いが強くなった。

氏は生まれから現在に至るまで生活環境が庶民離れした恵まれた環境であるのは確かだが、それを敢えて隠さず、その話を聞くとその思いを忘れさすほど説得力のある内容だった。どうも周知のことのようだが、先日林文科相が加計学園に大学設置許可を出した際に、すかさず「文部科学行政に汚点を残した」との声明を発表したとのこと。

改めて氏の加計学園設立に絡む問題点を聞くと、実に理路整然としている。論点の中心に置かれているのは2015年4月、総理官邸で今治市の職員が総理の事務秘書官と1時間半に亘る会見を行ったこと。この日以降今治市に加計学園獣医学部を国家戦略特区事業として設置するためのチームが一斉に動き出したのだろう。総理の事務秘書とは正に総理の身代わり、その人が官邸で面会するのだから総理が知らない筈はあり得ない。

ここから先は総理周辺に大勢いる官僚が、進行表を描いてその通りに進行してきた。従って総理の心情を誰かが忖度して云々の話ではなく、明確な総理の意思表示に基づかない限り成り立たない話だ。ただそれを認めるわけに行かなくなって、それをカバーする弥縫策が余りにご粗末ということである。このことはさて措き、氏が真剣に怒っているのは現在の民主主義の危機にあることを強く感じた。

即ち、現代の日本は権力が政治権力に集中しすぎて、民主主義の世界では本来別に存在する筈の権力が政治権力に侵食されつつある。警察とか検察とか、ひいては裁判官までも相当官邸の顔色を窺うようになっているのが問題である。しかしそれ以上に問題だと思うのは、マスコミ権力の犯され方だと指摘する。

たまたま昨日は最高裁判決で、NHKは独立した報道機関とのお墨付きも出たようだが、昨今の報道を見ていて本当にそう言えるだろうか?前川氏のツイッターに「読売新聞はもうメディアという名に値しない。」と書かれているが、NHKも似たようなものだろう。

権力分散なき国家は独裁国家で北朝鮮と同じだ。

不思議な話

昨日夕刊に不思議なニュースが掲載された。見出しは「スパコン開発会社長ら逮捕 助成金4.3億円詐取の疑い」逮捕されたのはスパコンの開発会社「PEZY Computing」(東京都千代田区)の社長、斉藤元章容疑者(49)と同社元取締役、鈴木大介容疑者(47)の二人。逮捕したのは東京地検特捜部である。特捜部によると、2人は2014年2月、同社が選定された「新エネルギー・産業技術総合開発機構」(NEDO)の12年度の研究開発費補助事業で、約7億7300万円の費用がかかったと水増しした実績報告書を出し、同年4月、助成金名目で約4億3100万円をだまし取った疑いがある。特捜部は5日、同社や関係先を家宅捜索した。

要するに、容疑者は経産省扱いの政府補助金申請に当たって、見積もりを水増ししたとの疑いである。昨日午後「朝日新聞DIGITAL」でこのニュースを知り、容疑者と会社について少し詳しく調べてみた。調べれば調べるほど疑問が深まるばかりだ。「新エネルギー・産業技術総合開発機構」の補助金については直接関わったことは無いが、友人知人で補助金を貰った者が多いので仕組みについては大凡見当がつく。また、個人的には(NEDO)に似たような経産省の外郭団体から補助金を貰った経験もある。

12年度と言えば東北大震災の翌年、復興も絡んで霞が関には大量の予算が付いたことだろう。そのことはさて置いても、この見積もりが過大だったということは(NEDO)職員にしか特定できない。しかし補助金申請の査定は組織内部で何重にも厳格な審査を経なければならない。このスパコン開発会社が4億強の補助金を受理できたのだから、相当多数の人間が見積もりを認めている筈だ。5年も前の話だから、関わった上部の人間は殆ど退職しているだろうが、相当上まで責任が問われなければならない案件の筈だ。

今日の続報では12年以降も同様の手口云々とある。特捜部が捜査に乗り出しているのだから当時の経産相かもっと上位者まで視野に入っていても不思議はない。特捜部の視野は兎も角として、事件の発端は内部告発以外にあり得ない。司法官僚がスパコン制作の見積金額を検証する能力なんか無いに決まっている。逮捕された容疑者は医者が本職だったようだが、今やAI分野でも世界的に認められている天才肌の人物のようだ。当時話題になったスパコン「京」は国家プロジェクトで1千億円以…

未来の社会

世の中にも明るいニュースが少ないし、我が身は衰える一方でこれまたパッとしない。滅入ってばかりいても仕方ない。明るさを未来に求めても詮無いが、只でさえすっかり様変わりしていると思っているこの社会が、次の元号の時代は第4次産業革命で劇的に変わるらしい。あの世から見るのだからどうでもいいようなものだが、最近盛んに言われるAIという代物、これの意味が分かろうと分かるまいと、の影響で世の中が大きく変わることだけは間違いなさそうだ。

今現在その変化の真っただ中にいることを認識できることが一つだけある。例のグーグル社が開発したとされる囲碁ソフト(アルファ碁が固有名詞かどうか知らないが)が、昨年だったか今年になると、世界最強と言われる韓国人プロ棋士に勝利したことだ。この凄さだけは強烈なインパクトを小生にもたらした。今から15年程前だったろうか、個人企業主になった当時に、世話になった税理士さんから貰った囲碁ソフトを思い出したからである。

それまで機械と囲碁をする習慣が無かったので、早速やってみると明らかにこちら(1級か甘く見ても初段))の方が少し分が良いみたいで、すぐに飽きてしまった。当時もう少し強くなりたくて、当時は池袋の碁会所にも通って席亭(主人)の指導を受けたりしていた。この人は嘗てアマチュアの全国大会優勝経験者で、早稲田の理工学部で尚且つ囲碁部の主将だったらしい。囲碁の後に食事をしたときの話題がコンピュータに及んだことがあった。

当時将棋のソフトの進化がそろそろ話題になりかかっていた頃だったと思う。その時の席亭の言葉「囲碁の局面の変化はほぼ無限に近いので、俺を打ち負かすソフトは生きている間には出現しないだろう。」が印象に残っている。詳しくは忘れたが、変数が19の361乗だったかで、彼に言わせると、宇宙を埋め尽くすくらいの砂粒の量と同じ、と昔は言われたものだ。当方も感心しながら聞いていたが、多くのプロ棋士も似たように感じていたかもしれぬ。

それから暫くして、日本で開発されたソフトが日本のプロ棋士と置き碁(4子とか3子)でいい勝負をするようになったと聞いたと思ったら、上記の報道に接するまでがあっという間だった。要するにコンピュータの世界の発展速度はアナログ人生を歩んできた凡人のイメージを超えることだけは間違いない。大昔観た映画にアメリカの軍事コンピュータとソ連のそれが勝手に連絡…

世は様々

年末と言うこともあり先月来同窓会の類が増えている。会社関係の集まりが無いので人と話をするのが大好き人間としては、学生時代の友人と語り合うのは大きな楽しみの一つでもある。齢77ともなるとお互いそうだろうが、昔の風情とは大分異なるところがあるのも興味深い。

今日の昼も竹馬の友とも言える友人と食事しながら話をした。彼が言うには奥さんのことが気になっているみたいだ。病気と言うほどではないようだが、膝の具合を悪くして好きなゴルフが出来なくなってなっているようだ。奥さんは5歳年下、お子さん二人は片付いて今や二人住まい。互いにこれからの人生について語り合っているらしい。

奥さんが常に主張するのは「お金の心配」らしい。そこで小生にお給金の渡し方など聞いてきた。彼は未だに給料を貰っている身分なので、年金暮らしの我が家のことなど参考にはならないと思うが、もしや、とでも思ったのだろう。月々の生活費は10万円と聞くとびっくりした様子だった。逆に聞き返すと、彼の宅では「月々30万円を渡していたそうだ。ところが奥さん曰く「貴方が亡くなった後を考えると不安でならない。」とのこと。

そこで彼は「俺が死んだ後は、前から言っているように○○銀行に〇千万円あって、口座番号から印鑑のありか、カードの暗証番号まで教えてあるではないか。」と説得したが、それでも不安そうだったので、今月からお給金を10万円上げることにしたとのこと。この奥方とは久しくお目に掛かっていないが、確かにゴルフなんぞご亭主よりうまいかと思うほど活発な奥さんだった。だけど、そのゴルフも膝の調子が悪いのでこのところさっぱりらしい。

それでも、ご亭主よりは長生きするつもりらしい。そこで彼氏に言ってあげた。
「今までのお給金の使い方がどうであれ、結構なことではないか。君だってもうそろそろお金の使い道が無くなりかけて困っているだろう。墓場に札は背負っていけない。嫁さんが代わりに使ってくれるなら有難いと思って大いに使ってもらえ。」全面的に理解が出来たような顔ではなかったが、兎も角うまい昼飯のご馳走に与ることが出来た。こうやって話しているうちはいいが、こちらを含めて誰から先に逝くかの方が問題だろうに。

虚しき年の瀬

朝から昼頃まで小雨で暗く重苦しい週末、誰かの終末でなければいいが。異常発言を連発するアメリカ大統領に代わって、比較的穏健な発言でカバーしていた国務相ティラーソン氏の解任が旦夕に迫ったと報じられている。氏自身の命とは無関係であっても、世界平和の命が旦夕に迫ったのではやりきれない。

もっと身近なやりきれなさもある。国会の予算委員会審議が昨日終わったと思ったら、今朝の新聞に「森林環境税」と「観光促進税」(出国税)という二つの新税の導入が固まった。と報道されている。政治の世界に与野党の馴れ合いがあるとは信じたくないが、予算委員会で総理大臣一家の無駄遣いを審議するのも結構だ。しかしこうも簡単に将来の増税が決まることについて、与野党を問わず政治家はどう考えるのだろう?

何度も書いたが減税しろとは言わない、せめて常に無駄遣いをやめることを政治の第一義にしてもらいたい。同様に考える人は多いと思うが、馬の耳に念仏のようで、新税や増税は入念に準備が進められている。5歳児だった終戦直後から高校を出る頃までだったろうか、周辺の禿山にどんどん植林が進み、針葉樹の林が出来ていったことを思い出す。当時は営林署が多く存在して、中から有名なスキーヤーが出たりしたものだった。

他には、冬来たりなば周辺の山々から立ち上る炭焼きの煙も懐かしい。森林環境税を国民から徴収して、ゴルフ場等のリゾート地開発やバイオマス発電とやらで伐採された森林を、今さら誰が面倒見ると言うのか。冗談もいい加減にしろ!で、増税分は全て防衛装備の買い付け費用とか、庶民と無縁の無駄遣いに回ると決まったようなものだ。テレビ中継されてる国会の予算審議とは一体何だったのか?

答弁者は用意された紙をを読み上げるが殆どすれ違い、詭弁とも言えないくらいご粗末な答弁の繰り返し。子供は見ないから良いとしたものでもないだろう。会計検査院も政権にとっては問題無いようだ。残るは検察だが、これもストーリーは出来ているらしい。政府にとっては我慢の4日だったかもしれぬが、これで今後も好き勝手が出来ると思えば安いものだ。白鵬ではないが鼻歌も出ようというところか。

侘しき小人の脳みその中では、嘗て小林旭がカバーして流行った旧「旅順高校」の寮歌「北帰行」が寂しげに流れているだけだ。~~夢は虚しく消えて今日も 闇をさすらう、遠き想い儚き望み、恩愛我を去りぬ 、今は黙して…