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思い出

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今週は梅雨の中休みだったのだろう。結局月曜から今日まで1日も雨が降らなかった。流石に明日は雨になるらしいが、今日も夏らしいいいお天気だ。夏になるとテレビの歌謡番組は思い出のメロディー特集になるが、ぼんやりしていると遠い昔のことを思い出した。18歳まで過ごした長野市の風景が浮かんでくる。長野市は山国信州にあるが、善光寺平と言う盆地の端に位置して、標高が確か三百数十メートル。

西と北には標高800m前後の山々が重なり、北西の戸隠連峰に繋がっている。この山々の裾野を裾花川が流れて、この山々と川岸が夏場の遊び場だった。当時住んでいた場所から東から南にかけては盆地が広がり、盆地の南端から東北の端にかけて信濃川が流れている。この川は長野市の南端にある落合橋までは、千曲川と犀川の2本になっている。千曲川は秩父山系に源を発し、上田市を経ている。

犀川は北アルプスの方面、多分槍ヶ岳から上高地や松本を経由している梓川なんかが源流の一つであったように記憶している。何れにしても長野市を経由して越後に入って日本海に注ぐ、日本で一番長いとされる大河である。我が遊び場の裾花川は犀川の支流の一本で、本流犀川では泳がないようにと注意を受けていた。魚釣りには本流にも行ったが、余程大きいお兄さんや小父さんが一緒でない限り、水に入らなかったと記憶する。

最近、昔から冒険好きだからと注意されたが、昔から弁えるべきところは弁えていたのかもしれない(笑)。でも犀川の鉄橋の桁に登って歩いていたら、大人が沢山心配して寄って来て大騒ぎなったのを思い出した。やっぱりどこか異常だったかも。この大きな川の向こう、住んでいた場所からはかなり距離があるが、盆地の東側は上信越の境をなす国立公園に指定された高い山が連ねって見える。

その中で一際美しい姿を見せてくれたのが、東南にある根子岳。2200mもある高い山ではあるが、裾野がなだらかで聳えるとの表現がふさわしくない程優雅な山だった。この根子岳を朝に夕に眺めて、いつかはあの山頂に登ってみたいと思いつつ、長野を離れてしまった。東京に来てから、根子岳の麓の菅平でスキーをしたり、ゴルフをしたことは何回かあったが、近くに行くと山全体の優雅さがなくなってしまう。根子岳は長野市から見る姿が一番である。

結局、長年の夢だった山頂に立てたのは65歳の9月。素晴らしい天気に恵まれ、360度の眺望…

どさくさ紛れで逃げる、見過ごすのか?

平成24年度の第一四半期末に来て、石が流れて木が沈むような事件が次から次へと発生している。一般市民は給料が上がらないのに、再来年から消費税で税負担が一層重くなりそうと、暗い気持ちになるばかりで、他のニュースなんかは上の空に違いない。ニュースを追いかけて、ブログのネタあさりをしている暇人の己でさえ、ここに来てネタが集中しすぎるので、事件の本質を見極めた上での軽重の判断が難しい。

事件を起こす方にとっては好都合であろう。セコイ考えで大の大人がいろいろやってくれている。流れていく石について、世を去る年代の老人(ここに来て70歳前後の人がよく亡くなる、身につまされるな)が嘆くのも詮無いが、原子力基本法に「安全保障の観点から云々」と書き込ませたこと。これは自民党の圧力で挿入された事を細野担当大臣自身が認め、先週の参議院環境委員会でも、与党の谷岡郁子議員が質問して、何故か自民党議員が軍事転用を意味しないと答えている。

ならば「安全保障」なんて曖昧な文言を使用しないで、明確に「核燃料の拡散と他目的への転用は絶対に認めない」と書けばいいのだが、そこを曖昧にしておくのが霞が関文学の真骨頂らしい。木を沈むとは、昔の人はうまいことを言いうものだ。沈んだ筈の木が、再び川の流れに乗る日が来るのを待つらしい。社会保障制度改革を検討する国民会議も同じこと。

1年以内に結論をと書いているらしいが、昨日のことさえ簡単に反故にされる世の中で、1年前の約束を思い出すお人好しの政治家が何人いるのか。まして自公の諸氏に言わせれば「我々がうんと言わなければ、制度改革が出来ないのだから国民会議なんて有っても無くても同じ」と豪語してはばからない。もう政権を取ったつもりなのだろう。与党の諸氏を含め、有権者を愚弄するのもいい加減にしてもらいたい。

自公の諸氏が喜ぶように、確かに現在の状況は誰が与党で誰が野党か分からない。政権交代の立役者小沢氏一派だけがが、選挙を経ずして既に野党の筆頭に追い払われているようなものだ。哀れと言うほかあるまい。しかし意外と本人はそう思ってはいないのかもしれぬ。ま、最近はちょくちょく不敵な笑い顔(テレビでアナウサーが満面の微笑みと称したそうだ)を見せているのが不気味かも。

ま、バックにアメリカと言う大親分を持っている霞が関官僚との闘いをしようと言う意欲だけでも買って、応援したくなる。他にも…

殿様商売と許されない

嘘をつくのは泥棒の始まりと教わった。嘘をつくのもつかれるのも嫌なものである。昨日の東京電力の株主総会ではいい年の大人が真面目な顔で嘘を言っている。夕方普通はNHKのニュースしか見ないので分からなかったが、婆さんが「ニュースは民放を見ないとだめよ。なんて言ってもNHKは肝心のところを放送しないのだから。」と言うので、夜の10時まで頑張ってテレビ朝日の報道ステーションを見た。

成程NHKとは雲泥の相違である。おまけに猪瀬副知事がゲスト出演をしていて、株主総会での東電病院に関する質問に対して、東電側が公然と嘘の答弁をしたことを証明していた。東電病院なんて初めて聞くが、信濃町の慶応病院の並びにベッドが120近くある大病院である。副知事はこれが資産売却リストに挙げられていない理由を総会で問い質した。役員の一人が応えて曰く「福島の被災者の為に医療応援をする必要から残しています。」

猪瀬氏の方では事前に調査済みで、ベッドの利用数が20件ぐらい、福島への医師派遣は1週間に半日一人だけとのこと。物凄く大きな病院だが、利用できるのは東電社員とOB並びにその家族だけ。テレビ朝日が取材に行くと、ガードマンが出てきて敷地内に入らせない。「警察を呼びますよ。」と押し戻されている。出てきた社員に聞くと医療費は給料からの引き落としだし、空いているので便利とのこと。

OBも同様に医療費は払っていないとのことだから、年金から引き落とされるのか、長年の貢献に謝意を表して会社が負担しているのか?猪瀬氏によると、明日以降に文書で嘘つきの責任を追及するとの事であった。それにしてもよくも白々しい嘘をつくものよと、半ば感心しながらあきれる他ない。関電の総会での橋下市長の質問も放送してくれたが、こちらも暖簾に腕押し糠に釘でちっとも噛み合わない。

市長は国の政策で脱原発になった時、関電はどのように転換を図るのか、道筋を聴きたい。と言っているのだが、会社側は原発が無くなれば経営が成り立たないみたい答弁しかしない。どちらにしても東京都も大阪市も大株主だし、それなりの地位の方だから言いたい事だけは言わせてあげる。しかし電力会社の経営については、素人のあなた方の意見なんか聞く耳持ちませんよ。てな態度がありあり。

それにしても、経営の刷新を表明する総会でかくも堂々と役員が嘘を言うのだから、何を言っても信用できなくなるのは当た…

山の楽しみ方いろいろ

昨日は夕方の段階でニュース報道の主なところは見尽くしてしまったので、夕食後は互いに別の部屋で好きな番組を見る事にした。小生は先週NHKBSプレミアムで放送された富士山1周トレールラン(正式番組名は失念)の2時間の録画を見た。河口湖を起点として富士山の裾野に広がる野山156KMを48時間を制限時間として一周する過酷なレースである。日本では初めてであるが、ヨーロッパ等では既にポピュラーであるらしい。

ランナーは総勢八百数十人、欧米のトップランナーも参加して行われ、トップはフランス人で19時間台だった。48時間の制限時間内に完走出来た人が80%近かったと思う。コースについて野山と書いたが、途中に2000M近い高山を含む10の峰を持つ山脈が含まれていたりして、この縦走一つでも20KM位あるようだ。正確に記憶していないが、累積標高がエベレストの標高より高かったような気がする。

富士山周辺のハイキングコースを幾つも組み合わせていて、昼間であればどこからも富士山を見ながら走れる仕掛けとなっている。ハイキングに出かけて富士山の姿を見るのが好きだが、殆ど知らないコースばかりなのですっかり引き込まれて見入ってしまった。中でも最大の難関、富士山の西側にある天子山系には、機会が出来れば是非行ってみたくなった。

約160KMを48時間以内とは単純に計算しても1時間当たり3.3KM。自分の山登りでは、1時間当たりの歩行距離を1KMと見積もって計画しているので、相当なスピードで走り続けなければならない筈。普段から相当なトレーニングをしているはずだが、アマチュアの参加者には次々とアクシデントが襲う。睡魔が襲う、お腹が痛くなる、頭が痛くなる、足が上がらなくなるあたりまでは何となく想像できるが、頭痛に続いて視野狭窄になる(糖分の不足によるものらしい)なんてこともあるらしい。

参加者の中には高齢者もいて、66歳の男性が40歳ぐらいの息子さん(国際レース経験者で24時間以内を目指したのだが、お腹が痛くなってレースを諦め、途中の休憩ポイントでたっぷり休養を取りながら後続の父を待った)と同時に44時間台でゴールしたのは感動的だったし、正直羨ましかった。高尾や奥多摩の山で走っている人をよく見かけるが、これまでは内心「何で山まで来て走るのよ、やめてくれよ。」と思っていた。

でも考えてみれば、こちらも山歩きは非日…

こんな爽やかな日なのに

梅雨時にしてはと言うより1年を通しても何日も無いと思われる爽やかな日となった。すっきり晴れ上がった空に太陽は輝いているが、吹く風が少し冷たいくらいの爽やかさだ。東京でもこんな日があるのか感心して、朝から床屋さんに行ったので一層さっぱりして気持ちが良い。天気が良いので心が弾む。若い頃であれば一張羅の背広を着こんで、靴を磨いて銀座にでも出かけた事だろう。

今は思いが山に行く。ちょいちょいチェックしているアルプスの山小屋情報を見ても、3000m級の山もあと数週間のうちには、夏ルートがオープンしそうだ。そんな事をしている時に従妹から連絡が来て、昨年から約束していた北アルプス黒部五郎岳登山のパーティーメンバーが決まったとのこと。登山日は以前から海の日の連休以降と決めていたが、具体的に何日からにしようかとの問い合わせだ。

たまたま昨夜の長期予報では、梅雨明けが例年より5日ほど早いくなりそうとの嬉しい報せもあった。余り当てにできない天気予報ではあるが、何と言っても今日は気分が良いので17日からにしようと決めた。まだ梅雨が明けたわけでもないし、3週間も先のことだから、天気もどうなるか分からないが、決心するには相応しい日だった。

お天気とは正反対が日本の社会情勢、特に政界。暗雲が渦巻く状況と譬えてるべきだ。衆議院では今日税と社会保障の一体改革関連法案が圧倒的多数の賛成で成立したことを素直に喜んでいいのかどうか。少なくとも今まで民主党政権を応援してきた者の一人として複雑なものがある。先ず反省として、政治の本質も解らず、そもそも政権交代に期待をしたこと自体が子供じみていたのかもしれない。

うんざりしていた自民党に政権が戻ると決まったものでもなさそうだし、これから先何がどうなるかは想像できない。今回の一連の騒ぎも党(派)利党(派)略とか言われ、政治家を所属するグループで識別しているが、その調略や裏切り物語の陰で見過ごされているものに、政治家と官僚との関係があると思う。今回は財務省の一人勝ちとされるが、財務省の小父さんてどんな人か知っている人は殆どいないだろう。

よくて財務省次官勝栄次郎氏の名前ぐらいだ。昨日テレビを見ながら婆さんと話をしたのだが、我が国の財務官僚はエジプトの軍部と同じ。彼国の軍部は大統領の言うことすら聞かない怖い存在らしい。でも民衆はその軍部に対してデモで対抗しようとして…

孫の進路は?

孫の一人が来年高校受験だ。昨日新聞折り込みに大量に挟まれていた学習塾の広告を見て、そんな話になった。今通っている区立中学のすぐ隣に国士舘大学の付属高校があるらしい。婆さんはそこでもいいと思っているようだが、本人からすると伯母にあたる娘が「国士舘ではダメ」と言っているらしい。「じゃ、どこが良いのか?」と聞くと、勿論婆さんなんかに分かるはずもない。無責任なのか、当然なのか、ま、当たり前でしょう。

小生も中3になってからまだ一度も会っていないので、本人にどう考えているか聞いてみたい気がするのも事実。婆さんは娘のところに行って会っているのだから聞けばいいのにと思うが、本人の志望や娘夫婦の希望なんか怖くて聞けないものらしい。そう言えば小学生の頃は毎学期ごとに通信簿を見せに来たものだが、最近は確かにそのようなものを見た覚えがない。3年生に進級する直前にクラブ活動のバスケ部を退部して、最近は家で勉強するふりを見せているとも聞いている。

何を考えているか分からぬが、何か心境の変化はあったのだろう。核家族化(嫁に出したのだから当たり前だ)でそれぞれ別に住んでいると、娘夫婦と孫たちの家族内コミニュケーションのディテールは分からないものだ。娘とは頻繁に電話のやり取りはあるようだが、断片的情報は入手できても家族関係の全体像把握は難しいのかもしれない。逆にそんな深くまで立ち入って知ってしまうと、余計な事を言ったりして、却って問題なのかも。

兎に角、彼は学習塾には行っていないようだが、祖母の立場からは満足で「ご先祖様を悲しませないように。」の一言だけ刷り込んでおけばいいらしい。こちらも子供の頃祖母に可愛がられ、仏壇を拝むように言われた。その時言われた記憶が鮮明である。「世界中の人間が全部お前の敵に回っても、ご先祖様だけはお前の見方をしてくれるのだよ。」恩の着せ方が少し違うが趣旨は似たようなものだろう。外野はそれなりに心配しているが、本人や娘は意外とあっけらかんとしているかも。

人生の進路については幼い頃から志を立てる人もいるだろうし、誰かみたいに、どの時点でも目標を見つけることが出来ず、何となく成り行きで生きてきてしまった者もいる。それは前者の方が善いに決まっている。遅きに失した反省をしてみると、高校におけるクラブ活動が、その後の人生に大きな影響を及ぼすように思う。実は高校に入学した4月、先…

次世代を期待するしかない

雨は落ちてこないが完全な梅雨空、この週末も結局ハイキングは行けずじまい。今月は山歩きが出来ないことになりそうで少し残念。珍しく2日間読書をしたり、昼間から録画してあったテレビを見たりした。テレビは民主党小沢一派の造反関連一色。野党や一部評論家は、既に終わっている人と切り捨てる人が多いが、なかなかどうして大変な人気者である。話題の中心は来週火曜日の26日とされている消費税増税採決で、小沢氏に同調する議員の人数とその後の行動への予測である。

人数の予測はバラバラだが、20人から50人くらいで、明確に54人を上回りそうと言い切る人はいなかった。離党、新党結成となると更に人数は減り、多くても30人までらしい。そんな事はどうでもいいのだが、大規模増税がこうもすんなり決まってしまうのは、どう考えても感心しかねる。離党まで覚悟ができなくても、反対票を投じた方が有権者への受けは良くなるように思うのだが。せめてこの後すぐに、議員定数の削減位は与野党一致して決めてもらいたい。

後は解散総選挙の時期が焦点になるが、早ければこの会期末から来年人気満了までと諸説に分かれている。政治家が好きなのかマスコミの好みか知らないが、これまた判じ物の世界となっている。既に成立している予算関連法案を人質にとって解散を迫るなんて事が、大真面目で取り上げられること自体理解不能だ。どうせ一番分かり難い法案について訳が分からぬ談合をしたのだから、毒食らわば何とかの喩え通り任期一杯やりなさいよ。

どうせ、二度と戻ってこれない可能性が高い衆議院ですよ。有権者は馬鹿じゃない。次回の選挙で我が国の政治風土に、今まで見る事のなかった新陳代謝が起きるのを期待するばかりだ。具体的に何が起きるか予想もつかぬし、何も変わらないかもしれぬが、もし起きれば善い冥途の土産となる。

老後の心配数々あれど

多分10年近くなると思うが、毎週土日の午前中は原則的に池袋西口のフィットネスクラブ[TIPNESS] のプールに通っている。25メートル3レーン半のこじんまりしたプールで、そんなに混んではいない。経営しているのが丸紅とサントリーだそうで、従業員の教育も行き届いているし、全体的に清潔なのが気に入っている。更衣室や化粧台のスペースも比較的ゆったりしているし、床をふいたりティッシュやゴミ箱の交換を担当する人が常時ここに居るのは防犯上からも正しいと思う。

平日はオープンが8時前だったと思うが、土日は9時半である。基本的にはこの3分前に行って、開場と同時にチェックインをする。開場前に待つ客は、いつも20人より少し多いくらいで、殆ど同じ顔ぶれだ。だからと言って友達になる訳でもないので、外であっても知らん顔である。そんな中でも何となく挨拶するようになった人が数人いる。今日11時半頃シャワーを終わって化粧台に並んだのがそのうちの一人。彼は年齢が1歳下で、東池袋のアパートに一人住まいとのこと。

このクラブに通うようになったのは私よりはるかに古い10数年前で、毎日来ていることまでは既に聞いていた。当然仕事はリタイアしているのだろうが、どんな職種であったかも聞いたことはない。こちらと同じ時刻に来て同じ時間(2時間)で上がるのだが、メニューはかなり違う。泳ぎよりむしろ水中ウォーキングに時間を割いている。プールを後にするのはこちらより10分近く早いが、化粧台に座るのはこちらが早い。彼はシャワーが念入りだ。

化粧台に座る前に体重と血圧と心拍を計るのは同じだが、彼はデータを毎日ノートに記録している。なんでも10年以上前に、3年がかりで体重を20キロ近く落とした経験があり、ダイエットと栄養や運動の関係について本を書くことが出来るほどの知識をお持ちとのこと。健康おたくと言う意味に於いては、他人様の事を笑えた義理ではないので、何かとご高説を拝聴する仲になった。

今日会話を披露する気になったのは、その手の話ではなかったからである。実は先週の日曜日に彼の姿を見なかったので少し気になっていた。先程彼が横に来て開口一番「とうとう先週の日曜日、仏壇を買ってしまったよ。一番小さいものだが合板は嫌だったので、無垢材にしたら4万8千円も取られてしまった。」聞きもしないうちにお休みの理由を仰った。そう言えばその前の日…

3党合意

今日国会の衆院社会保障と税の一体改革特別委員会で、密室談合と評判が悪い社会保障制度改革推進法案など6法案に関する審議が行われている。推進法案の具体的内容は昨日の夕刊と今朝の朝刊をきちんと読めば分かるのだろう。昨日も書いたように、この法案に反対を表明した小沢グループの動きを中心とする政局に気が取られるばかりで、3党合意文章ですらまともに読んでない。

法案の具体的内容も知らずに、消費税増税だけを先行するのは問題と力説する党内反対勢力に何となくシンパシーを感じていたところ、自公以外の野党が突き上げて今日の委員会開催となった。本来の3党合意は昨日21日の採決が前提になっていたので、自公は来週火曜日に採決が延期されたことについて大いに不満と報道されていた。何でだろう?と不思議に思っていたので、午後共産党佐々木憲昭氏の質問を傍聴した。さすがに非常に分かりやすい。

自公が抱いた不満の理由が分かった訳ではないが、法案の問題点については概ね理解できたと思う。この法案は民主党反対派が指摘するように、民主党の政権公約を完全に撤回させられたと同じことのようだ。自民党が自慢するように、自公の完全勝利とも言える。社会保障制度改革については、民主党の執行部はマニフェストを撤回した訳ではない。20名の有識者からなる社会保障制度改革国民会議で、真面目に議論して着地点を決めると、先送りを示唆している。

しかし今日の質疑で、これがとんでもないまやかしであり、仮に国民会議が民主党の主張を了としても、自公の合意が無い限り実現できないことがよく分かった。民主党内があんなにもめた理由もやっと納得した。今日の審議で勝利が明確になったのだから、自公が採決の延期に文句言う必要はないようにも思うが、改革を全否定して、古い利権政治に戻す戦略があからさまになるのが嫌だったのだろうか。

それにしても、自民党野田派と揶揄されるが、全くその通りだと思わざるを得ない。裁決までに今日と月曜日の審議があり、その間には土日がある。議員には選挙区で有権者の声を聞く時間が生まれた。一昨年の選挙で投票した民主党の江端貴子議員に、法案に反対投票しろと言ってやりたい。言ったところで、彼女は野田氏にべったりのようだから意見を聞くとも思えない。しかも、この選挙区には比例区で当選した小林興起氏がいて、彼は反対を表明している。

二人が協力して一人に絞っ…

小沢一郎 、正念場なのに

一昨日態々区立図書館に行って、先週発売の「週刊文春」を読んできたばかり。家で「小沢一郎氏にとって、ありゃ、相当なインパクトだ。」と話したばかりだった。そしたら読売巨人軍原監督のスキャンダルが、今日発売の「週刊文春」に掲載されたらしい。両方とも本の売れ行きには相当貢献した事だろう。原監督の事件は美人局に引っ掛かった事らしいが、カビが生えていそうな古い話らしい。

「若い時にいろいろありまして、どうも済みません。」で終わっていいと思うのだが、言わずもがなのことを言って世間を賑わしてくれているようだ。
大政治家にしろ、スポーツのスターであれ、個人のスキャンダルを取り上げるのも如何かとは思ったが、生涯妻以外の女性と一切関係無く墓場に行く男性は少ないだろう。しかしこれだけメディアが発達してくると、マスメディアに登場する人物はよほど注意しないといけない。臍から下は別の人格だ、なんて事では済まない話になってくる。

特に小沢氏の場合、紛れようも無い本妻さん(まだ離婚はしていない筈)が直筆で書いた手紙を出版社が入手して、実物の写真付きでの公表である。大分前から夫婦仲は円満でなかったようだ。政治家は結婚する相手を選ぶのも大変なようだが、別れるのはもっと大変なんだろう。内容が激烈で、可愛さ余って難さが千倍になったようで、外の子供だけならまだしも、原発事故の際、放射能拡散に関する情報をいち早くキャッチして、東京脱出を試みたくだりは深刻だ。4億円の比ではあるまい

「修身・斉家・治国・平天下」とはよく言ったもので、家を治められない奴が国を治めるなんてちゃんちゃらおかしい、てな話になってしまうだろう。党の執行部とガチンコ対決の真只中で、これが世に出たダメージは計り知れない。さぞがっくりきて戦闘意欲喪失かと思いきや、新党を起ち上げかねない勢いと報道されている。俄かには信じがたい話である。ただでさえ女性には不人気の人だ。我が家は夫婦してファンだったのだが、婆さんは心配している。

熟年離婚なんて言葉があるが、近年の同輩諸氏は元気で長生きが出来るようになったせいで、周辺を見渡しても実態的に離婚状態の人がいる。若い時にあんなに愛し合っていたのに何故?なんて聞くのは野暮と言うものだろう。逆に若い時極道の限りで、家に寄りつかなかった人が、外の女性を如何様に整理したか知らぬが、本宅で仲睦まじいなんて例もある。男…

アリバイ作りか

毎度だがマスメディアについて批判したい。多くの政治家と同じで、マスメディアはその場の都合で適当な事を書き、後に無責任さを指摘されそうになると、責任を転嫁するような論陣を張る癖がある。今月の報道の主役は、少なくとも小生には非常に分かりにくい国会期末の消費税増税法案をめぐる与野党の駆け引きとオウム事件関係者逮捕劇である。

その陰で大飯原発再稼働が決まったことについては、決定プロセスに本格的異議を唱える風情は見当たらない。その代りに、福島第一での爆発事故直後に、アメリカ大統領府が発表した放射能分布の実測データの件で取り上げて騒いでいる。これを日本政府が無視をして公表しなかったのは大問題で、責任を明らかにすべきとのお馴染みの論調である。又それを受けて、政府高官が軒並み頭を下げて謝っていると書いている。

この期に及んで昨年3月半ばの話が蒸し返されるのは、何か変だなと思っていたら案の定だ。以下は天木直人氏のメルマガ(読者からの投稿)からの孫引きである。

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朝日新聞の記事に関して、もっぱら政府と文科省に批判が向けられていますが、私は責任が最も重いのは朝日も含めたマスコミだと思います。
少なくとも昨年の3月23日にはデータは米国エネルギー省のHPから公開されていました。特別に情報ルートなど持たず取材もできない私でさえも、マップを含むパワーポイントファイルをダウンロードして詳細に見ることができました。そこが他の隠蔽と違うと思います。

マスコミは、この地図を持って専門家に意見を聞き、その見立てを報道できたはずです。子供だって見れば、どこが危険かわかる汚染地図です。少なくとも朝日新聞は(他のマスコミもですが)、エネルギー省の汚染マップを記者会見で枝野氏につきつけて、「飯館村を避難させなくていいのか?」と3月23日の時点で問いつめられたのにしなかった。知りながら何もせず、不要な被曝を起こした。

官邸もこの件を知らなかったはずはないのです。少なくとも米国エネルギー省のNNSAが33人のチームを送っていたのは、知っていたはずです。
NYT 3/17日に記事で、官邸の誰かが米国が計測機材を持ち込んでの計測を最初は断ろうとしたとあります。一度は断ったのですから、知らないわけがありません。誰かはその結果を注視していたはずです。

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政治家の本質て?

そもそも人間の本質を見抜くことは結構難しいものだ。何らかの個人的な関係があっても、つまらない奴だと思っていた人に意外ないい面があったり、いい奴だと思っていた人間に裏切られたりするのは誰もが経験するのだろう。性格の見込み違いはよくある話で、彼我どちらに責任があるか判別しにくい。自分だって前に言っていた事や考えていた事と正反対の行動に出る事は間々ある。腹の中では「君子豹変だ」と言い訳しながらにしてもだ。

まして赤の他人となると、断片的な言動で好き嫌いが分かれてくるが、それが的を射ている保証は何もない。自分でさえ「君子豹変だ」するのだから、決して本心を明かさないとされる政治家諸氏が、次の瞬間どんな行動をとるかについて考えることに意味が無いかもしれない。昨日の続きになるが、もの言わぬ孫の行動を予測する方が余程意味があるし、的中することもある。

考える楽しさについては月とすっぽんだ。封建時代のように、一生を通して統治者が固定していてくれればある意味で気楽だが、統治者を決めるのに自分も多少関われる現代の制度も厄介なものだ。年貢が四公六民から五公五民になろうと一揆をおこす訳にはいかないが、統治者を穏便に引き摺り下ろすことが出来る選挙制度がある。民草の自主自由を尊重する実に立派な制度に違いない。しかし実際にはこれが複雑極まりなくて、本当に統治者を選んでいるかどうかはっきりしない。

民草は選挙で700人ほどの統治者候補である国会議員を選ぶ。この連中がまた選挙で統治権限を持つ内閣総理大臣を選ぶ。総理大臣は自分の選挙に協力してくれた連中の中から家老や側用人を決めて、統治権の一部を分け与える。
この段階で既に統治権は100人近い人間に分散されている。それでもこの100人が一致協力して一所懸命仕事をすればいいのだが、ここで統治グループが分断されて実務者から祭り上げられてしまっている。実務的な民への施しと年貢の決定は、昔から租税徴収を請け負っている悪代官の小役人に任せきりが実態みたいだ。

これでは何段階かの選挙の意味が無いように思わざるをえない。結局、自分が関わった最初の選挙における候補者に最大の問題があるとせざるを得ない。いわゆる政治家諸氏の経歴は様々だろうが、根っからの嘘つきでないと立候補しないのではと思い始めた。思想信条を一にする政党自体も胡散臭い。綱領が有るとか無いとかの問題でなく、…

爺馬鹿

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最近はやたらに「○○の日」がある。兄弟5人の大家族だったせいか、両親が教えてくれたのは精々親兄弟の誕生日くらいで、大学生になった時でも「成人の日」があるのを知らなかった。祝日以外に知っていたのは「桃の節句」「端午の節句」に「花まつり」「やしょうまの日」(善光寺の門前町だった長野市育ち故にお釈迦さんの誕生日と命日は小さい頃から知っていた)くらいかも知れない。「母の日」や「父の日」があることを知ったのは相当大きくなってからなので、結局父や母に何も謝意を表することが出来なかった。

それと比較すると子供たちは偉いものだ。誕生日だけでなく「母の日」も「父の日」も忘れずにプレゼントなどしてくれる。昨日が父の日らしいが、前日の一昨日、娘夫婦が孫を連れて遊びに来てくれた。トップの写真がプレゼントに添えられていた。本物の孫もすっかり人間らしくなって「おじいちゃん、はーい!」(おいでと言いう意味らしい)なんて言えるようになった。嬉しい限りだ。老人特有の身内自慢で申し訳ない。

ここから先が主題の幼稚園の先生方のこと。娘から聞くたびに心から感心せざるを得ない。4月10日頃入園だったので僅か2か月しか経っていないが、他人の子をよくここまで成長させてくれているものだ。入園時に「とにかく自分の名前だけはフルネームで言えるようにしてください。」と言われたからとて、なんとか「おなまえは?」「○○かじゅまさです。」をマスターさせただけ。他に幾つも単語も言えない子をよく預かってもらえたものだ。

女の強さか、娘の図太さかは知らぬが、兎に角入園させてしまった。「多分、今でも最大の問題児だろう。」と平然としている。しかし、2か月の間で覚えた単語は馬鹿にし難いものがある。話をぶつけると話し言葉では返ってこないが、シンプルな単語や体の動きは明らかにコミュニケーションになっている。年少組が30人だと聞いたが、4人の先生方で面倒を見てくださるのそうだ。皆が皆そう出来悪な子ばかりではなく、女の子なんぞにはもう相当ませている子もいるらしい。

それにしても大変だと思う。例え我が孫が一番遅れているにしてもだ。おしめさえ外れていなかった赤ん坊みたい子供をお昼を挟んで預かり、給食を食べさせるだけでも大変だと思う。箸やフォークやスプーンは自分のものを持っていくらしいが、これも使い方をちゃんと仕込んでくれるようだ。一定の時間座らせ…

年齢相応か・・・・

4月初めから通っていた脳神経内科で、やっと無罪放免になった。最終診断結果は以下の通りで誠にあっけない話だ。「3月の末に地下鉄ホームで一瞬意識を失くしたのは、何か考え事でもしていたのではないかな。」紹介してもらった泌尿器科のお医者さんによると、大変真面目な先生だから、あの先生がそう言うなら問題ない筈でよかったね。とのこと。当然ながらお医者さんにもいろいろな方がいて、あの先生の診断では一寸信用できかねる、代わりに手術にかけては抜群の技術だとか、なんてこともあるらしい。

兎に角この2か月間に受けた検査だけでも数多い。脳のCT、MRIは勿論だが心臓のホルタ―検査(24時間心電図をとり続ける)から肺のCTまで診てくれた。
専門が脳神経と言っても、内科医は気になるといろんな場所が気になるらしい。これだけ手間暇かけて検査してもらって、痴呆の原因になる海馬が年相応に委縮している事以外、特に問題とすべきことは見つからなかったようだ。強引に何か問題点を指摘され、また薬でも飲むように言われたらどうしようと冷や冷やしていたが、一先ず安心した。

それにしても今年も既に半分近くに来ると、医者とと薬局の領収書がかなりの量になっている。この分で行くと、年末までには合計金額が10万円を超える事になるだろう。昨年まで年金以外の収入が僅かにあったので、72歳になっても医療費が3割負担になっている。今年4月から年金収入だけになったので、来年から1割負担で済むのではなんて、いじましいことを考えているこの頃である。近くにお医者さんが沢山いるのは便利に違いないが、婆さんから「今日どちらの病院へツアーですか?」と聞かれるようになったら終いだな。

口惜しいからもう医者には行かないと頑張っているが、もう2週間も経つのに、風邪も完治とは言い難い。あゝ情けない。トホホ・・

読後感「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」米原万里 著

つい最近ブログを通して知り合った友人の紹介で知るまで、著者については何も知らなかった。彼が示してくれた作品「パンツの面目ふんどしの沽券」を図書館でざーと読んで大変面白かったので読みなおそうと思って書店に行った。残念ながら在庫が無かったので、代わりに購入したのがこれ。これが想像以上の面白さですっかりファンになりそうだ。ウィキペディアで調べると、残念ながら著者は1950年生まれだが既に2006年に亡くなっている。

知らないのはこちらの知識不足で、エッセイストとして数々の受賞をされているかなり有名な方のようだ。父上が共産党の幹部でかなりのロシア通だったのだろう。著者が10歳の時に、チェコのプラハに置かれた世界共産党の交流機関雑誌「平和と社会主義の諸問題」の編集委員として派遣される。時は第2次世界大戦後世界は冷戦時代に入り、一方の雄であるソ連共産党が世界を赤色化するために未だ頑張っていた時代である。著者はそれから約5年間をプラハ・ソビエト学校で過ごすことになる。

この学校(日本的に言えば小学校から中学に当たる)は著者のように世界50か国から集まった共産党幹部の子弟子女を教育する場で、ソ連邦の中で選りすぐりの教育者による教育がされたらしい。著者は本書でその学校で仲良しになった級友3人を取り上げて、三部構成としている。何れも学校時代の描写があり、5年後の別離があって著者は日本でロシア語同時通訳として大成した後に、音信が無くなっているその3人を改めて消息を求め始める。

別離から既に25年近い歳月が経ち、それぞれ所在を探すだけでも大変だったが、目出度く3人の級友との再会が叶うことにはなる。さてこの3人の級友の出身地はギリシャ、ルーマニアとユーゴソラヴィアである。ヨーロッパには一度も行ったことがないので、この3ヶ国にチェコだのロシアだのと言われても地理的関係はなかなかピンとこないと言うかイメージしにくい。知っているのはギリシャがバルカン半島のどこかで、ユーゴと言う国は既に存在せず、数か国に分離して悲惨な戦争を繰り返していることぐらいか。

現在ギリシャ問題がユーロ帰属が危ぶまれているのは知っているが、ギリシャでの共産党の位置付けなども知る由もない。ユーゴから来ていた旧友は最後に分かるのだが、ボスニアヘルツゴヴィナ出身のモスリムだった。ここの出てくる国名は全て東欧と括れそうと思ったが、…

必要悪が認められない社会

世の中に必要悪が数多く存在するし、その事実は認めるべきではないか。ブログなど書いていると言わなくてもいいような事、言っても仕方のないことばかり書いてしまう。早く足を洗いなさいと言われるが、することの少ない老後の楽しみだから、なかなかそうはいかない。今日も大顰蹙を百も承知の介で書きたい。ネット上ですら同じことを公然と言っているのは作家の宮崎学氏くらいかもしれない。彼は元々滋賀県の何とか組と呼ばれる家に生まれたらしい。ご本人は早稲田大学出身(学生運動をやっていたようだ)で文筆業を生業にしているが、血は争えないところがあり、世の中を複眼的に見る感性を持っている。

小生はサラリーマンの子だから頭の構造はシンプルなものだ。従って年を取るにつれ、世の中の複雑さが益々分からなくなるばかりだ。しかし食物一つとっても、体の為になるとされるものが逆の作用をしたり、劇薬が病原を絶つこともあることぐらいは理解できる。人間社会も似たようなものだと思いたい。一人の人間でさえ表に現れている部分と隠れて見えない裏があるように、社会組織はそれ以上に外面的な評価の難しいものがある。

世の中に存在するものを全て、善か悪か二項対立概念で割り切るのは難しい。一般論としては、これに異を唱える人は少ないだろう。しかし現代に於いては、日本の伝統的集団組織「ヤクザ」は完全に非合法化されてしまっている。宮崎氏のような専門家ではないので正確ではないが、一口に「ヤクザ」と括られている集団にもいろいろな種類がある事は知っている。主なものが「博徒」と「香具師(てきや)」の2集団らしい。

昔は港湾の荷揚げ、鳶職、土方等の集団にも何とか組を名乗って、自ら「ヤクザ」の位置付けをしていたところも多かったろうし、他にも興行関係者やなんかも自らは同類と思っていた筈だ。しかし港湾労働、建設業や映画会社、放送局に勤務する人が非合法であるわけはないし、立派な職業人として大手を振って歩いているのはご承知の通り。しかし、不幸な事に博奕の開帳で生計を立てていた「博徒」だけは、その主たる生業を国家と警察に奪われたために、存在そのもが否定されてしまっている。

生業を召し上がられても存在する組織はあり、その生命力については、倒産同然の零細事業者から見れば羨ましい。それはさて置き、当然ながらなんで食っているかと言えば、それこそ浜の真砂の喩え通り、世の中に…

復興はそっちのけの国会

過去何回も政治に関する事を書いてきたが、最近は政治なるものが分からなくなってきた。前から少しも分かっていなかったのかもしれない。諸先生方は口を開くと国家国民の為と仰る。国民の一人として感想を言わせてもらえば、どう見ても権力闘争で己を優位に立たせるために、兎に角相手が困る事だけを年中考えているのが政治家の仕事に見える。国民は1億2千万人以上もいるのだから、どんな政策を採用しようと万人が満足できるものはありようもない。

因縁を付けようと思えばどんな事にでも付けられるだろう。永遠に角を突き合わせているのかと思いきや、半年近い会期末になると消費税アップだけは奇妙に意気投合して、バタバタと審議が進みだしている。一体こりゃなんなんだろう?民主党が空中分解しさええすれば国家国民はホッとするとでも思っているようだ。野党の気持ちは分からないでもないが、野田さんが何故その路線に乗らなければならなかったのか?政治には凡人には想像できない深い闇があるとしか思えない。

消費税関連法案だけの審議が進んでいるが、特例公債発行のための法案すら店晒しで閉会になったらどうするのだろう?素人が心配しなくても何とかなるのだろうが、復興のための予算執行を心待ちにしている被災地だけでなく、新年度予算が決まってもお金が無いので事業に着手できない案件がいたるところにあるらしい。原発再稼働もそうだが、慌ててする必要がないことだけを一所懸命にやり、直ぐにやらなければならない事は知らんぷりを決め込んでいる。与野党で意見の対立があるとかの問題ではない。市民と国会の間に物凄く大きな意識・認識の断絶が存在すると思うのは我一人かな。

攻めている野党にせよ、攻められる政権の総理初め大臣各位でも、訳知り顔で偉そうに喋るが、最近は言っている意味が殆ど理解できない。こちらとしてはどうでもいいことばかりだ。挙句の果てがアンダーテーブルで握り合ったかのように「取り敢えず消費税の事だけ決めて、社会保障については広く国民会議で議論しようぜ」ときたものだ。狐につままれたようなとの表現があるが、今まで半年近く何をしてきたのか、馬鹿にするのもいい加減にしてくれだ。

馬鹿にしていると言えば、中国が尖閣諸島購入の件で大騒ぎする石原都知事と日本の政治を茶番と表現している。昨日都知事は国会で、中国の事を強盗国家と称して持論を吠えた。曰く中国が占拠しようと…

入梅

本格的な梅雨空になってきた。スカッと爽やかではなくても体感温度はベストで、冷えを嫌い、乾燥肌で冬中全身が痒かった老生にとっては極めて快適である。日本には四季の他に梅雨と言う素晴らしい季節があると誰かが言っていた。
外国にはひょっとするとこの季節感が無いのかもしれない。知人のブログに雨を顕す言葉の十数件書かれ、中に若葉雨なんて言葉もあった。梅雨にもある懐かしさを感じるが、子や孫たちに説明するのが難しいかもしれない。

そこには記述されていなかったが、矢代亜紀(takさんのご指摘で本当は欧陽フィーフィー)歌う歌に「こぬか(小糠)雨降る・・・・・」がある、小生にはこれが一番しっくりくる。小糠についても当然質問は来るだろうが、この季節になると婆さんが漬物を取り出す甕の中に入っている床の材料だよ、と教えてやることが出来る。もうみんな甕の中で粉状のものは無いかもしれぬが、いい勉強になるだろう。最近は乱れに乱れている日本語ではあるが、歴史的に日本人は文学的で、洒落ていた事を誇らしく思いたい。

植物の成長にはこの気温と水分が欠かせないいのだろうが、ここ数週間の生育ぶりは驚くべきものだ。どこもかしこも木々鬱蒼としている。近所は紫陽花の真っ盛り、色が様々なのも面白いが、大きさがテニスボール程度から大きなのは我が頭、或いはバスケットボールほどのものまである。近所に白、薄黄色、紫の大きな花を、群れるように見事に咲かせているお宅があるが、我が家にあるのは額紫陽花で、まばらな間隔でぱっともせず密やかに雨に打たれている。緑の葉のところどころに濃い紫の花を見つけると、こちらもそれなりに一寸した風情だ。

雨に降りこまれれば、外に行くのも億劫になるだろうし、外出するにしても最もお洒落と無縁の季節ではないだろうか。年中洒落っ気と無縁な者が言うのもおかしいか?夜目遠目傘の内、傘をさしていれば皆美人に見えるらしい。確かに高級な雨傘に洒落た長靴を履いている若い子は美人に見えるかもしれない。梅雨時は情操が豊かになる季節なのだろう。

みっともない

婆さんが大きなボウル一杯の青い山椒の実から小枝を取り除いている。こんなに大量の山椒をどうするのかと聞くと、この時期しかこんなに大量の山椒を買い込むことが出来ないのだそうだ。これで佃煮のように煮込んで1年分をストックし、後で煮物などに利用するらしい。今年は天候不順で、ラッキョの実なんかも同じそうだが、出回るのが例年に比べるとかなり遅くなっているらしい。見ていると実を右手で持って左手で枝を折っている。

「私は本当は左利きなのよ。子供の時に女の子のくせに左利きとはみっともない、との事で強制的に右手で箸を持つようにされたの。最近”みっともない”なんて言葉を聞かなくなったでしょう。」確かに最近あまり聞かなくなった。個性が大流行りだから、人と違うことをした方が格好いいくらいの話だ。どうでもいい話だが、子供の頃長野の方言か子供の符丁かで「みぐせえ」とか「みいせい」と言う言葉があって、「みいせい真似しなさんな」と叱られたり、自分でもよく使った事を思い出した。

どんな場面で使ったのかは正確には思い出せないが、よく言われるように半世紀も前には、箸の持ち方だけでなく身だしなみ一般から、あらゆる振る舞いに関して「恥ずべき事、みっともない事」がきっと沢山あったのだろう。21世紀も10年以上過ぎてしまうと、他人の目を意識して己を顧みる必要が殆ど失われてしまっている。これが福沢諭吉先生の仰る命に代えても守るべき『自由』だとすればそれで善いのかもしれない。

国会の福島原発事故調では、公衆の面前で大の大人が責任のなすりあいをし合っている。別次元の事を上げれば、大の大人が節電に役立つからとて、人前でだらしない姿を晒すのが公然化している。とても近所の高校生のだらしない恰好を注意できる話ではない。こんなことを言ってもピンとこないかもしれぬが、小学校に上がる前の夏、母が庭先に盥を置いて行水をしていた。外を歩く人から植え込み越しに透けて見えていたかもしれない。

当時はそれをあまり恥ずかしいとは思わなかったのだろう。屋敷の中で許される事、人前で許される事にはの自ずから違いあるべきだ。

悔しいが我が手には負いかねる

やっと夏らしい暑さになってきた。早いところ風邪を完全に治さなければいけない。来週の土曜日には父の日のプレゼントに、娘が孫の顔見世にやってくるそうだ。元気になって孫に風邪など移さぬようにして、楽しみに待つことにしよう。世の中茶番じみた話が多いが、今週中には総理が決断すると言っていた大飯原発の再稼働について、さすがに決断できないでいるようだ。当たり前と言えば当たり前だろうが、昨年の福一の事故以来電力各社は原発についてどのような新たな対策を講じているのだろう。

中電の浜岡原発が防潮堤のかさ上げ工事に入った以外は、何も知らされていない。そこに持ってきて安全・保安院が関電の美浜だったかの原発で40年経過したものを更に10年稼働させることを認める決定をしたそうだ。それも原発担当大臣が「今後築後40年の原発を一切稼働しません」との声明を発表した直後の話である。ったく何を考えているか全然訳が分からぬ。国民は勿論上司にあたらない大臣なんか眼中になく、全く舐めきっているとしか思えぬ所業だ。

フランスには以下のような法律があると言う人がいる。即ち「如何なる国であれ、原発事故が起きたらその原因をすぐに分析して、その結果に対してすぐに対策を講じなければいけない」従って、福島に於いて全電源喪失によりベントが出来なかった事、ベントが回復しても大量の放射性物質拡散に至った事を受けて、すぐにベントパイプに見直しがなされ、そのパイプに放射性物質除去装置が取り付けられるようになったそうだ。

少し手際が良すぎるし、話しが出来過ぎている感もあるが、当然の事かもしれない。東電の料金値上げについての公聴会が開催され、市民からケチョケチョンに言われているが、東電のえらいさんは余りびっくりした様子もなく平然としている。これもアリバイ作りの茶番に過ぎぬことなのだろう。河野太郎のブログを読むと、霞が関の官庁で東電の電力を使用しているビルは1棟も無いようだ。役所は全てPPS(新規の事業者から安い電力を買っている)を利用しているので、東電がいくら値上げをしようが痛くも痒くもないのだろう、と皮肉っている。

そのように対応の仕様が無い庶民こそいい面の皮だ。慌てて太陽光パネルなどを屋根に取り付けたりすると、これまた難儀な話で、先ず絶対と言っていいほど得をしないばかりか、メンテナンスその他で大損するとどこかで読んだ週刊誌に書いて…

My ライフスタイル

今日は素晴らしい天気になったが、昨年の事を思うと今年は寒い。今朝も夏ものへの衣替えがすっきりできないでいることについて婆さんと話したばかりだ。
その上に加齢による耄碌が進んでいるのだろう。昨年の6月第1週々末には北アルプスに出かけているのに、同じ時期に夏風邪まで引いてしまった。大勢の方にご心配をおかけしたが、丁度1週間医者に2回行って貰った薬も今日で終わり。咳が残っているのですっきり全快と言えないまでも、大分元気が出てきた。

昨夕近所を散歩している時、小学校のグラウンドで野球している子供の大きな声が聞こえた。「でかい声を出せぇ!」「オー」。声が出ないと元気が出ないのか、元気がないから声が出ないのか。因果関係は別にしても、元々声がでかいのに声が出ないのは辛かったが、今朝は大分普通の声になったようだ。ボチボチと体力の復元を計らなければいけない。1週間近く運動をやめていると、すっかり怠けの快適さに馴染んでしまい、電車で行けるところを歩いて行ったり、プールに行くのが面倒になってきた。

しかしこれは克服しないと益々老け込むばかりだろう。来月は昨年来計画していた北アルプスを4日間歩く計画(富山の折立から岐阜の新穂高温泉まで)もある。その前にもう一度くらい何処かでトレーニング山歩きをしないといけない。それこそカラ元気でもいいから「元気を出せー!」だ。若い時は年を取った自分を思ってみる事はなかったが、山登りをしている姿なんぞ想像もしていなかったので不思議なものだ。

逆に今、若い時を思い返すと余り不思議はないかもしれない。兎に角どの時代を切り取っても落ち着きのない人生だ。本当はどこかの時点で反省すべきなんだろうが、いつも反省すべき事ばかりで未だに反省の仕様もない。代わりに自慢すべき事がないので、今になって自慢の種を作ろうとしているのか?自問しても答えはできない。大人になっても本当の意味を理解できない言葉の一つが「悠々自適」。要するに幾つになっても自分のことが分からないことに他ならぬ。

読後感「TPPはいらない」 篠原 孝 著
-グローバリゼイションからジャパナイゼイションへ-

著者は現役衆議院議員(長野一区民主党)で高校の後輩でもある。現役政治家の書く本なんか自慢話の羅列に過ぎないと思うので、先ず読まない。例外は
田中角栄氏の「列島改造論」と小沢一郎氏の「日本改造計画」だけかもしれぬ。本書も著者のパーティーの土産でもらったものなので、暫く放っておいた。たまたま身体の調子を壊し外出を控えたので、退屈しのぎの意味もあって手にしてみた。

案に相違して非常に読みごたえがある。菅内閣の終わりごろからだったろうか、いきなりTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)なる訳のわからぬ言葉が、マスコミに大きく取り上げられ大騒ぎになった。そこへの参加を巡って賛否両論入り乱れての大騒ぎがしばらく続いたことは記憶に残っている。与党の中ですら、総理が何処かでオバマ大統領に会う時に、参加表明するとかさせないで昨年末は大騒ぎをしていた筈だ。

あれから半年近くなってしまったせいか、TPPに対する関心を持っている人はどのくらいいるのだろう。書店に行けば反対派の旗頭中野剛志さんの本は相変わらず平積みになっているが、読んでみる気にならなかった。所詮は貿易の自由化に関する事柄で、得する人がいれば損する人もいるのだろう。どっちにしてもあっしには関係のないことの筈だった。

しかしこの本を読んでわかったのは、そんなに簡単に済ませる問題ではないとう言う事である。そもそもこの問題に火をつけたのがアメリカ政府、オバマ大統領かもしれない。かの国の経済(政策)がまずくて失業率の改善が見られないことから、今年の年末に控える大統領選の経済政策の一環で苦し紛れに打ち出されたもので、日本の為になろうがなるまいが、米国にとって美味しい匂いがあれば良いと言うことらしい。

そんなオバマ氏の思惑も国内的にさしたる評価は得られず、米国内でも日本の参加を歓迎しない向きが結構あるようだ。そんな事より、この協定に目指すところは関税障壁を低くして自由貿易を促進することより、協定参加国独自の社会や風土を壊しアメリカナイズする事にある。それを第三か平成の開国と受け止めて有難がっている人への警告をしている。

著者は日本に先んじたかのように報道されている、米韓FTAについて現地取材を含め、かなり詳細に問題点を分析している。本書で注目したいのは、この問題を取り上げたことから更に踏み込んで、現代では絶対的『善』とされている自由貿易、即…

内閣改造報道と検察庁

野田総理は日曜日に行われた小沢氏との再会談の直後に内閣改造を発表して、早速月曜日に内閣改造を行った。今朝の長官は大きなスペースを割いて改造人事について報道している。新任の大臣が5人いるが、初めて聞く名前が多い。多数の市民、特に民主党支持者は「なんじゃ、これは。自民党の下請け内閣ではないか。」と思って白けているだろう。少なくとも小生は新聞を丁寧に読む気がしない。

幹事長が輿石氏から仙石氏に代わるとの噂は実現しなかった。野田総理がこれで政治生命を賭けた消費税法案を上げることが出来ると思っているとすれば、少し甘いのでは思わざるを得ない。きっと思いも及ばぬ深い読みが他にあるのだろう。政局報道の目玉は、民間から防衛大臣に任命された森本敏氏(拓大教授)で、毀誉褒貶様々で賑やかである。学者・論客と言っても経歴は防衛大学卒業や自衛隊や外務省勤務の実績がある。野党はクイズのような国会質問でうけは取りにくいだろう。

そうは言っても因縁のつけようは幾らでもあるようなので心配はないらしい。要するに大臣なんか誰にも勤まるし、誰がなろうとも国会自体が猿芝居みたいものだから、如何様な振り付けも可能と言うことに過ぎぬ。白けてニュースを見ない人が賢いと言わざるを得ない。新聞は大きく取り扱っていないが、法務大臣交代の理由についてマスメディアとネットでは少し異なる。新聞は、小川前法相が院内で携帯を使い競馬情報を見ていた事で、また問責を出される前の予防措置としている。

ネットは、彼が退任会見で発表した「指揮権発動を総理に相談したが承諾を得られなかった」を大きく取り上げている。小沢氏の裁判に興味のない人にはどうでもいいだろうが、小生は関心があるので成程ねと思った。簡単に言うと「小沢氏を起訴した検察審査会に対して検察が提供した資料に、重大な過失(意図的に小沢氏を起訴相当に誘導する嘘の捜査資料を作成した)があったとして、資料を作成した検事が市民団体から告発されている。

これは一応最高検に受理されているのだが、これを不起訴処分にしようとする検察庁の動きがあって、既成事実化を図るかのように盛んにリークされている。当然マスメディアはその線で何度も報道している。」小川前法相はこの動きを国民目線からすると看過しがたいと考えたようだ。そこで総理に相談したのだろう。総理は「指揮権発動とは法務官僚との対決になるので穏やかでな…

夏風邪

土曜日から身体の具合が物凄く悪い。咳が出て声がうまく出ない。風邪だと思ったので耳鼻咽喉科に行って診てもらった。鼻の穴から内視鏡を入れて喉を診てもらったが、医者に言わせると大したことではないらしい。何となく熱っぽくてだるいので3日間碌な運動もせずじっとしているが、余り良くなったような気がしない。

未だ食欲があるので医者が言う通り大したことではないかもしれない。処方された薬を見ると、抗生物質が1日1錠分しか出ていない。喉の炎症が中々引かないのはそのせいかもしれない。婆さんが先日同じ症状で医者に行ってもらってきた薬を見ると、似たような抗生物質が2倍処方されている。「私は1日で全快したわ。耳鼻咽喉科なんか行かないで、ちゃんと内科に行って抗生物質をたくさんもらえば良かったのよ。」又嫌味を言われてしまった。

土曜日から水曜日まで薬が出ているが、水曜日は休診日なので明日もう一度行って、少し処方を変えてもらえればいいなと考えているところだ。兎に角歩いて1分以内に耳鼻咽喉科、内科、皮膚科と処方薬局が揃っているのは有難いが、病院通いが増えるのは年寄りの証拠、それが残念の極みだが仕方あるまい。このところ毎日1万ぽ歩くのを日課にしていたが、部屋に引き籠ってテレビを見たり、ネット碁に夢中になるのも悪くない。

高校後輩富沢一誠氏の講演を聴いて

昨日に続いて金曜日の高校同窓会で聴いた講演について書いておく。序でに昨日の講師について書き忘れた事を追加したい。2年先輩の才口千晴氏について司法界の重鎮のように書いたので、検察官とか裁判官出身と思われたかもしれませんが違います。氏は中央大学の出身、卒業以来一貫して弁護士として活躍(主に破産とか民事再生関係で有名だそうです)、最高裁判事に就任されたのは66歳の時、民間からの起用は極めて少数。経歴風貌共に少し風変りで如何にも信州人らしい人だ。

今日紹介する人も同じように変わり者と言えば失礼かもしれぬが、如何にも信州の人を髣髴させる人であった。小生より11期後輩の富沢一誠氏、初めて知ったお名前だが、知る人ぞ知ると言うか音楽評論家としてかなり高名な方のようだ。フォークソング時代の到来を予測して音楽評論の道に入り、日本のレコード業界発展にいろいろ努力されている。その苦労話などをお話になったが、最も面白いのが経歴の自己紹介。

高校時代から歌が好きで歌手になろうと思っていた。高校3年の夏休みに思い切って担任のK先生を自宅に訪ねて相談したらしい。「先生、私は歌手になりたいので家出をしたいと思います。」K先生びっくりして次のように諌めてくれた。「君は少し音痴だと思う(K先生にだけは言われたくなかった)。だから歌手になるのは相当に難しいと思うぞ。歌手になるよりは大学に行く方が楽だと思う。取り敢えず大学に行ってから考えても遅くあるまい。」昔の先生は上手い事を仰る。

富沢氏もその忠告を受け入れて東大を受験して入学してしまう。上京して2か月くらいは大学にも通ったらしいが、殆どそっちのけにして、学費からアルバイトで得た金も全て歌謡学校につぎ込んでしまう。しかしこっちの方も数か月にして見切りをつけるが、音楽に対する憧れは止み難く、大学の方も1年足らずで退学してしまったそうだ。実家が裕福であった訳でもないので当然生活は苦しかったろうが、音楽雑誌に投稿を重ねるうちにレギュラーでの執筆依頼を受けるチャンスが巡って来たらしい。

氏の偉いところ或いは頭が良いせいか、その時に吉田たくろうの音楽を聴いて「これからはこの音楽が発するメッセージが若い人を惹きつけていく」と見極め、音楽評論の中で無人であったジャンルに自らフォークソング評論家と名乗りを上げた。これをきっかけに筆を執る仕事からラジオに、そしてテレビへ…

大先輩 栗林忠道大将

たまたま母方実家の菩提寺が同じなので、昨年のゴールデンウィークに栗林大将の墓に詣でた。数年前に梯久美子さんの「散るぞ悲しき」を読んで、栗林大将が高校の大先輩で、しかも菩提寺に同じ縁を持つことを知り、少し誇らしっく思い一度お参りしたいと思っていたところ、兄弟従妹から信州での花見を兼ねて誘ってもらい機会を得た。きっと参拝者が多いのだろう、大将の墓前には新しい花とウィスキーがひっそりと置かれていたのを覚えている。
あれから1年以上過ぎた昨日、母校長野高校の東京同窓会が開かれた。母校は先輩から後輩に至るまで優秀な人物を輩出している。懇談の前にこの中から一人か二人の同窓生が講演をしてくれる。毎回面白い話が聴けるので、1年に3回ある同窓会には極力出席を心掛けている。今回は講師がお二人、一人は2年先輩の才口千晴氏、司法の世界で最高裁判事まで上りつめた方だ。
才口先輩は昨年の11月、母校の先輩である栗林大将と4年後輩の今井武夫少将の顕彰碑を栗林大将の菩提寺に建てられたとのこと。その紹介を兼ねての講演だった。才口氏は、日本はすべてに閉塞感が充満している、この現状を早く打開するためにとして、我々一人一人が道理を弁えてほしいと訴えられた。心は「先輩二人の軍人のように、全ての日本人が正しい世界観と愛国心、責任感と潔さをもう一度取り戻してほしい。」に尽きるかもしれない。

「家人が位階人臣を極めたのだから、これからは口を閉ざして黙っていろと言うが、世の現状を見て日本の将来を考えると黙っていられなくなった。」重ねて、戦後営々と築いてきた資産を食いつぶしつつある日本の現状を憂い、次のように述べられた。「今や政情不安や行政の体たらく、司法の危機でもある。」特に最後に司法の世界について、司法改革の名のもとに進められている検察審査会制度や裁判員制度にも問題点が多いと指摘されたのが印象的だった。
世代的にほぼ同世代だけに、謂わんとされるところがいちいち胸に落ちる。近い将来に改めて松代の明徳時を訪れ、才口先輩達の奔走で建立された碑を見に行く気になった。碑に刻まれた栗林当時中将の有名な辞世、玉砕覚悟の最後の総突撃直前に大本営宛てに打電された。 「国の為重き務めを果たし得で矢玉盡き果て散るぞ悲しき」
才口氏は最後に、この電報を受診した当時の陸軍省は「散るぞ悲しき」を「散るぞ口惜しき」と改ざんして発表した。日…

大そうな事を言いたい

今朝見たテレビによると、開催中の国会における委員会や本会議の審議日数が滅茶苦茶少ないらしい。委員会は衆議院に28、参議院に24設置されているが、会期末を今月21日に控え、この中で開催された委員会は両院とも8とか7であったようだ。本気で見ていなかったので記憶は曖昧だが、東日本大震災復興特別委員会が一度も開催されていないと言った事だけは記憶に残っている。各政党ともそれぞれ事情と言えば聞こえは良いが、己の事だけ考えての党利党略でサボタージュしているようなものらしい。

お金の話をすると、こちらが賤しく見えるので言いたくはないが、国会は1月から約半年開かれている。この間は全議員に通常歳費の他に開催に伴う諸手当も支給されることになるらしい。累計すると何百億円と莫大な数字になる。仕事なんだから出勤日や勤務時間に応じた給与体制にしてしまえとか、参議院を失くしてしまえとか、茶の間でぶつぶつ言っても屁のツッパリにもならない。但し間違いなく庶民は政治から遠ざかっていくに違いない。

賤しい話になった序でにもう一つ。昨日の夕刊に「東電社員年収、来年度46万円アップ」とのタイトルが踊っていた。東電が優良企業で社員の待遇が日本のトップクラスであったのは承知している。しかし原発事故で大勢の人に多大な迷惑をかけた上に、莫大な税金の投入まで受けている現状である。JALのように一度破綻処理をすべきだと指摘する人も多いが、何故か破綻処理をさせたくない人達は、実態は国有化であり破綻処理と一緒みたいこと言っている。

夕刊に書かれた内容は給与の形態を年俸制に切り替え「12~14年度の社員の年収を平均556万円にしている。更に来年度13年度からは平均570万円台に回復させるという。これは社員1千人以上の大企業の平均543万円に近い。」としている。これは明日から大ニュースとして各メディアが取り扱うだろうなと予想した。ところが、今朝の新聞テレビにこれをフォローする報道が全く見られない。どんな大企業であろうと倒産企業社員の給料が、倒産前に比べると20%ダウンしているとは言え、大企業の平均賃金を上回る事って少しおかしいような気がする。

バブル崩壊以降20年、サラリーマンのお給金は中々上がらないどころか、下がる一方と言う人すら沢山いる時代だ。若い人は最初から不安定な雇用形態と低賃金で苦しんでいる。賃金が高くないと優秀な人…