投稿

8月, 2011の投稿を表示しています

極楽とんぼ

いよいよ8月も終わり、今年も残すところは4か月か。またあっという間に冬が来て1年が終わる。過去への未練もなく、明日への志が有る訳でもない、変わり映えの無い日々が続いている。しいて毎日変わるものと言えば夕飯のおかずかな。昨日も言った。「今や知っての通り食うことと寝ることが最大の楽しみだが、例え総理大臣になれたとしても、現在食っている以上のご馳走にありつこうなんて思わないぜ。」

お世辞に聞こえたかもしれないが、婆さんも満更でもなさそうだった。しかし本音でもある。幾ら月に1億円使い放題と言っても、最後の最後の日まで女房を連れて高級な店を食い歩く菅さんは可哀そうに思えてくる。年を取れば、体力に応じて欲求も当然ダウンサイジングしている。更に体調の変化なんかも日々激しくなるはずだ。それを傍で見ながら、メニューを考える人間が居てくれるのが一番の事だと思うが、総理夫人ともなるとそうはいかないだろう。
定番の締めくくりが、「そんなに先の事では無い筈だから、まあ俺が死ぬまでよろしく頼むよ。」「いえ、私の方が先にお暇させて頂きますので、お後はよろしくお願いします。」総理大臣の動静や、小林幸子が57才で結婚と言うニュースをテレビで見ながら、放送されている人間より自分たちの方がハッピーだと思うことにしている。

焦らずに

最近まで思っていたことがある。人生残り少ないのだから、あれもやりたい、これもしたいとやり残しを性急に進めている事。その典型が山登りだ。長野の出身だから幼い頃から山が好きで、周囲に見える山に憧れ、小学生時代から近所の山をよく歩いた。と言っても、住んでいた善光寺平から見えた山々全ては、18歳で故郷を離れる日までにとても歩けたものではない。
それが理由は定かでないが、サラリーマンを辞める頃から山に憧れる気持ちが再燃し始めた。若い頃毎日のように南東の方角遥かに望んだ「根子岳」に初めて登り、極めて爽快な気分を味わったのが2005年の夏、65歳の時である。おそらくこれがきっかけになったのだと思うが、いつの日かアルプスと言われる山にも行ってみたい。行っても行かなくても同じじゃないか、といきがっていた上高地へも行ってみたいと思い始めてしまった。
その下心があったので根子岳に行った年から翌年の秋まで1年とちょっとの間に、毎月のように首都圏中心ではあるが山歩きを始めた。そして翌2006年の9月最初の土日に初めて上高地を訪問。アルプスの景観を目の当たりにして、今までこらえていた欲求不満が一気に噴き出してしまったのだろう。その翌々週には中学の夏季遠足で置いてきぼりを食らった「燕岳」に挑戦。台風に遭遇しながらの山歩きで、山頂でも何も見えなかったにも拘らず、やり残した事が出来た満足を味わったのかもしれない。
これで止めればどうと言うことはないのだが、その後山登りは老後最大の楽しみになりつつある。今度の土日で初めて上高地に行ってから丸5年、6年目に入る勘定か。ハイキングシューズも既に2足目を履いているし、リュックサックは3個も買った。長野県だけに限っても山の数は知れず、歩くほどに登りたい山が増えてくるの実情で困ったものだ。
冒頭に書こうと思ったのこの事だ。何を今更、死に欲をかいても仕方がるまい。今更焦って、やり残したことを取り戻そうとはおこがましい。過去は過去、昨日までの事は悔やんでも始まらない。現在目の前にある楽しみは別に過去と関係のあるものではない。たまたまそこにあるなら、現在与えられた能力の範囲(又はペース)でゆっくり楽しむべきではないか。
てなことにやっと気が付いた。いくら食べても食べ尽くせぬご馳走があることに感謝しつつ、ゆっくりと味わうことのできる楽しさが分かりつつあるこの頃である。お陰で最近…

野田代表頑張って!!

久しぶりに爽やか朝だった。台風通過の前後はやはりお天気がいいのだろう。お昼に歩いてみても、空気が爽やかなので自然と足取りが軽い。明日から台風が接近して金曜日には日本列島から離れてくれると、今度の週末は山歩きには絶好の機会になるかもしれない。今年は上高地に行っていないので出来れば行きたいものだ。

天気の爽やかさとは正反対なのが政治の動きだ。国民の大半が暗澹たる思いだったと思うが、やっと民主党次期代表も決まった。メダカかドングリか知らないが決まったと言うことでは一段落、ホッとした気分だ。野田氏は5人の中で最も順当と言うか、嫌われていない人柄だったのだろう。官僚の言いなりと言う見方もあって、若干の不安もあるだろうが、菅氏よりは遥かにましかも知れない。今までよりは少しましな国会運営をお願いしたい。野党も少しは協力しろよ。

野田氏は財務省出身だから経済は得意のはず。すぐに増税とは言わないで、復興復旧を奇貨として経済の立て直しをしてくれたら有難い。

1円の円高でトヨタは300億、パナソニックは40億の利益が吹っ飛ぶと聞いているので、為替の変動による日本経済へのインパクトは相当のものだろうと思った。ところが日本の輸出額の対国内総生産(GDP)比率は約11.5%と意外にも低いため、円高によって単純に円ベースの輸出額が同じ割合で減少したとしても、GDP全体へのマイナス寄与度は大したことがないらしい。
輸出額の対GDP比率では、輸出額で世界1位と2位を占める中国とドイツはそれぞれ約24.1%と約33.7%、日本と多くの分野で競合関係にある韓国は約43.4%と日本に比べると遥かに高いのも初めって知った。何にしても経済の事は難しくてよく分からないが、頑張って日本を建て直し、民主党も立て直してください。

再生は可能なのか?

案の定、民主党代表選報道は小沢一郎氏中心の動きを追って過熱してきた。小生も多分に興味と関心はあるが、どの報道をとっても核心に触れるものはない。解説はこれも定番で「小物の乱立、政策不在の多数派工作小沢頼み、自民党時代より悪い、国民不在、こんなことをしている場合か、或いは反対にこんな短時間で決めていいのか、民主党内の選挙で総理が決まるなんてことが許されるのか」しかし結論的には誰になってほしいということは誰も言わない。こんな程度で全国的に評論を発信できるなら、小生だってマスコミで立派に評論家が務まる。
単なる芸能人のコメンテーターは別にしても、曲りなりにその道で飯を食っているジャーナリスト、作家や弁護士先生なんかは、も少しまともな解説をしてほしいものだ。彼らは口を揃えて、小沢が多数の議員に対してグリップを利かせている事、即ち党内派閥を形成していることを非難する。これが不思議で仕方がない。好むと好まざるに関わらず、民主主義が数の力で左右されるのは自明の事で、誰にもこれは否定できない筈。
小沢の思想や政治信条がどんなに低次元のものか知るところではないが、彼がこれを実現するため日頃から兵を養うのがそんなに悪い事なのだろうか?評論家の意見を聞いていると、常にひよってばかりいる自分の気恥ずかしさから僻んで恨み節を歌っているようにしか聞こえない。小生も同じで、貧乏人が内心羨ましく思いながら、金持ちの悪口を言えば気が晴れるようなものだ。これは日本人の悪い癖で反省の必要がある。
今回の代表選で次の総理が誰になるかは分からないが、この手続きについてテレビに出るような有識者(とされる人)が、やれ総選挙をすべきだとか国民投票にすべきだと異を唱えるのは、街頭インタビューではないのだから控えるべきだろう。立候補届け出が土曜日で結果が出るのが月曜日と言うのは、嘗て例がなかったかもしれぬが、小生のようにせっかちには都合がいい。
小生はマニフェスト拘り派に勝ってほしいと思っている。しかしにマニフェスト見直し派が総理になった場合の事を、小沢がどのように見て安全策を講ずるのだろう。テレビ解説者は小沢が思惑通りにならず力を失うことを期待しているようだ。小沢氏はともあれ、挙党体制が組めるかどうかが問題だが、現在の菅仙石体制よりは少しは益しになってもらいたい。そしてもう一度代表を変えるのは無理で、今度の代表で総選挙(1…

老人の宿題

今年は孫たちの夏休みも短くて明日から2学期が始まるらしい。宿題がちゃんとできたかなとも心配になるが、自分の事を考えれば大凡の想像がつく。しかし孫たちは小生よりはるかに偉い。1週間ほど前に、まだ宿題を完了してないと言って大童だったように聞いている。宿題の事がいつも頭にあるのは結構なことだ。
ところが隠居の身分になると宿題がない。子供の頃あれほど嫌いだった宿題をこの期に及んで「何か出してくれ」と言っても誰も相手にしてくれない。もっとも普通の人は、自ら正月にその年の目標を定めたりするのかな。或いは残る余生で何をなすべきか、中長期にわたる計画を持つ人もいるだろう。
今月売りの文藝春秋9月号に「運命を変えた手紙」特集がある。大部分は面白くも何ともなく、羊頭狗肉もいい所で何故こんなタイトルになるのか不思議だった。が、86人の手紙の中で1点だけ心に残ったものがあった。もと東京電力の社長平岩外四さんが、電事連会長も辞めてからだろうか作家の城山三郎さんに宛てた対談か何かの簡単な礼状である。
中で「自分は生涯電力事業一筋で生きてきました。しかしそれは非常に多くの人間の努力の積み重ねの中では、ごく微量のものに過ぎません。」しかし今後も生涯かけて研鑽を重ねて勉強していきたいと述べて、最後に「自分を後に残さないようにと思っています。」としている。
雑誌自体を処分してしまったので不正確かもしれないが、概ねこんな内容だった。最近はどうか知らないが、さすが財界のトップまで上り詰めた人は違う。己をこのように律しながら、尚且つ後世に何も残さない、残す必要がないと割り切らなければ世のため人のために事をなすことは出来ないのだろう。
70才を過ぎて尚、インターネット上に塵埃の如きブログを書き散らして喜ぶ己が少し恥ずかしくなる。

総理大臣の資格

幼稚園の先生や保育園の保母さんにも国が法律で定めた資格要件があるが、総理大臣には特段厳しい資格要件は求められない。国会議員であれば誰でもなれる。即ち一定の年齢以上の日本国民であって、選挙を通じて国会議員になっていればOK。最大与党民主党の代表がイコール総理である事に何の問題もない。 来週にはその民主党代表選挙が行われるので、興味津々でいるところに高校の後輩の民主党議員からメールが来た。内容は次の通り。
===============================
「自民党時代の総理の条件-当選10回 60歳前後 党三役1回 閣僚3回(うち1回外務か大蔵)-」そして次のように敷衍している。
<自民党時代の総理の条件> 最近40年、つまり田中角栄以降の総理がどのような経歴の持ち主かというのを表にしてみた。自民党政権ではよく、総理・総裁の条件として、当選10回60歳前後、党三役1回、閣僚3回で、内外務か大蔵(現財務)を1回経験するということがあげられていた。もっというと、3回のうち経済関係閣僚が2回というのもあった。田中角栄、三木赳夫、福田赳夫、大平正芳まではこの条件を一つも外すことなく全部クリアしていた。三角大福中とか言われていたが、すべて条件を整えた大物が派閥の領袖をしていたことになる。
反小沢と親小沢のようなひどい対立ではなく、総裁選で戦ってもお互いに枢要ポストに就いて政権運営では協力し合ったからだ。戦った相手方を排除したり、負けた側が足ばかり引っ張ったりすることは少なかった。閣僚が好きかってに発言することもずっと少なかった。今よりずっと大人の政治だったのだ。
<鈴木善幸総理の妙味> 大平の急死を受けて、急遽総理となった鈴木善幸は、外務も大蔵もやっていなかったものの、総務会長を何度もやって、他の条件は満たしていた。あまりにも熾烈な投票に飽きた自民党の知恵で選んだ温厚篤実なつなぎ役であり、それでも2年続いた。私は内閣総合安全保障関係閣僚会議担当室の末席で身近に仕えた。中曽根も当選14回を数え、大臣は、科技、運輸、防衛、通産、行政管理と何度もやり、幹事長、総務会長2回と、外務・大蔵経験がなかっただけで、最も満を持して総理になった政治家の一人である。だから5年も長持ちした。思いがけずポッと首相についたのとはわけが違う。同年齢同期の田中に遅れること10年、しかし…

ブログの楽しみ方

甲子園で準優勝した青森光星学院の野球部部員3人が、昨年12月に飲酒していた事をブログに書いていたらしい。世の中には暇な人が多いと見えて、それを昨日学校にチクられ、学校側が世間様にお詫びする大騒動になってしまった。婆さんは「たかが飲酒ぐらいで騒いでいた日には、娘の通っていた都立高校なんぞ生徒がいなくなってしまう。」と嘆くが確かにその通りで、現場を押さえた人間がその場で注意するのが普通の姿だろう。
しかしそれとて結構難しい。小生が毎日通う道筋に1軒のコンビニがあり、そのすぐ前が都立の体育館の入り口で一寸したスペースがある。おまけに近くに都立高校と私立高校ががあるので、学期が始まり暗くなったころ通ると、品行の良くない生徒がたむろしてタバコなど吹かしている。たまにパトカーが来て止まっていることもあるが、極めて稀でほぼ野放し状態である。こちらも触らぬ神になんとやらで見て見ぬ振りをしているのが実態だ。
高校生の飲酒や喫煙は確かに褒められた話ではない。しかしこれに染まるのも大概は高校時代が多いのではないだろうか。孫の話によると世田谷区立の中学生でもタバコを吸うのがいるそうだ。学校当局もその実態の全部とは言わなくても、相当は知って知らぬふりをしているに違いない。しかし、学校としても第三者から通報や問い合わせがあれば、黙って済ます訳にはいかないだろう。先生方の気持ちを代弁すれば「頼むから見つからないようにやってくれ」だろう。
高校生になって、このような大人びた真似が出来るようになると、それを自慢したくなる気持ちもあるだろう。中には高校生の飲酒や喫煙を家庭内で薦めたり(?)認めている親御さんもいるらしい。そうなるとますます複雑だが、だからと言って何も自らブログに書くことはないと思うが、これが難しい所だ。自分も毎日のようにブログを書くが、高校生が大人の真似が出来た事を自慢する気持ちと大差がないように思う。
同様に人様のブログも当然ながら微妙な個人情報がびっしり詰まっている。facebookはもろ実名だが、ブログはハンドルネームの気安さもあり、結構踏み込んで事実や本音を書く場合が多いのではなかろうか。少なくとも小生は読者を友人知人と想定しているので嘘は書かない。人さまざまでブログの楽しみ方にもいろいろあるだろうが、読み方も難しい。

「復旧復興」政府の対策

先週から「面白いからぜひ見てごらん」と婆さんに言われていた「福島の子供と霞が関官僚の討論会」の映像がやっと見つかった。主催は「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」で先週水曜日の8月17日、場所は衆議院会館である。社民党福島党首がバックアップして実現したものらしい。
福島の小中学生4人が、政府代表?(原子力災害対策本部被災者支援チームや文科省、保安院など合計10名)に要望と質問をしています。テレビ朝日が取材してモーニングバードで取り上げたようですが、詳細は下記でご参照ください。http://iwakamiyasumi.com/archives/11929#more-11929
夏休みになっても外で遊べず、外出時にはマスクをしないとならない子供たちの声は切実です。既に非難している先から参加した子もいたようで、「友達と別れないで済むように集団疎開について返事が聞きたい」と発言した子もいます。何れにせよ子供たちの発言は単純明快、対する官僚の答弁はしどろもどろ。 子供は突っ込む「「最大限ていうのは政府の人たちの考えでは何がどうなることが最大限なんですか?」誰も答えることが出来ない。婆さん曰く「カラオケボックスにでも行けば、多分マイクを奪い合うような良い若い者が、マイクを取らずに、隣りへとリレーして行く様は哀れ。」だ。
質疑は1時間弱で終了したが、後で子供が感想を聞かれている。曰く「今後こういう機会があるなら、答えられる人が来て欲しい。」 「大人なのに人の話をちゃんと聞いてない」「大人なのに子どもの話が伝わらないなんて、子供の頃ちゃんと勉強してなかったのかなぁ」
何の意味も持たない非公式な集まりだろうが、ここに政府の復旧対策の原点を垣間見た思いだ。都合の悪い時は権限がないとして逃げる官僚(多分キャリアだろう)を子供たちはどう見たのだろう?

民主党次期代表候補

民主党代表選立候補見込みの顔ぶれを見て次のように言う人もいる。「どいつを見ても菅氏以下ではないか、どこまで落ちれば気が済むのか、こんな事では政治の停滞どころではなく本当に日本はお終いになってしまう。危機を回避するには即刻総選挙を断行し、一から出直すべきだ。」
世界経済全体がおかしくなりつつある中で、先進諸国が協調して立て直す必要に迫られながら、死に体内閣の日本が一人置いてきぼりを食らって為す術を失いつつあるのも事実らしい。311災害の復興復旧、原発事故対応が隔靴掻痒の感にあるのもこれまた事実。強力な内閣ができるに越したことはない。しかし衆参議院の構成はつい2年や1年前に国民が決めたものであり、後最低2年は現状で行くのが原則である。
この環境の中で与党が代表を交代させる事は、国民に対する背信でもないし、むしろ民意に沿っているとも思える。確かに名乗りを上げた人の力量は測りがたいし、分からない。そこに持ってきて小沢一郎の動きが大きな影響を及ぼしそうな雰囲気は濃厚である。事実この選挙自体、彼が己の権力維持と保身のために仕掛けたものかもしれない。
だからと言って衆議院だけを解散してどうなるのだろう?多分民主党が分裂するか消滅して新たな混沌が生ずるだけの事で、政治の停滞が解消するとはとても思えない。安心して総理を任せられる顔でないという意味においては、野党だって同じことだ。物欲しげな谷垣氏、石原氏、石破氏の顔を見ても魅力を感じる人はどれほどのものだろう。
小生は老耄故に思うのだが、日本もだんだん若い人が社会に進出して仕事をしている、政治の世界も世代交代があっていいのではないだろうか。出来るかどうかはやらせてみなければ分からない。失敗したら、それは次の選挙で審判が下されるべきだ。民主党の代表選は金の噂が出ないだけでも自民党よりましとしたい。
望むらくは、総理経験者は鳩山氏は勿論だが羽田氏も菅氏も即座に議員辞職をするか、せめて小泉氏のように次期選挙に立たないことを明確にすべきだ。総理経験者が一議員として議場に居るのも変だし、海部氏のように落選したらもっと惨めではないか。

民主党代表選と小沢一郎

世の中やっと民主党代表選挙モードになってきた。昨年6月の代表選挙で小沢一郎に勝ち、政権の盥回しとの野党からの批判に対しては「次の参院選が国民の信任投票となる」と言いながら、選挙で大敗を喫しても居直ってきた菅氏がやっと終焉を迎えるのは結構な事だ。小沢氏の仕掛けに乗った野党が不信任案を提出してから3か月の日数を要したが、任期途中で引き摺り下ろすことが出来た事は、先ずはご同慶の至りとせねばなるまい。
野党は「政権の盥回しは許されないので、衆議院を解散すべし」と言うが、これは少しおかしいのではなかろうか。与党が圧倒的多数を持っている衆議院を何で解散する必要があるのだ。後は誰になるか分からないが、菅氏以外であれば誰でもと言う小沢氏の意見は理解できる。マスコミは小沢氏の復権を相当に警戒しているだろうが、些か筋違いだろう。彼らがずっと小沢氏を叩き続けながらも、既に小沢路線に乗せられている世の中の動きを見つめ直してほしい。
やはり小沢氏が普段言っていることはそれなりに筋は通っているし、何よりも行動が言っている事と矛盾が少ないのだと思う。ただ彼の行動は残念ながら我々一般人には非常に見えにくい。と言うのはマスコミが彼の行動を追い切れていないことに他ならない。勿論推測にすぎないが、どの政治家よりも多くの秘書を抱え、彼らを手足として世界中の情報を適宜的確に掌握するシステムを何らかの形で確立しているのだろう。
情報を掌握する事は即ち逆もまた真で、自分が知らせたい人にだけメッセージを送る、この辺が如何にも日本の政治家だと思う。所謂根回し、裏交渉、勿論その行動の殆どは発表されない。彼は現在党員資格停止で選挙権は無いようだが、選挙にはできるだけ関わりたいと明言している。言われるまでもなく、立候補者は小沢氏を無視する事は出来るはずもないし、その事を公にしたからといって誰も批判するには当たらないだろう。これからの10日程は代表戦一色になり、小沢叩きもまた始まるだろう。
彼は他人の悪口を言わないようだが、役に立たないと思う人間は徹底的に無視するようだ。新聞社やテレビ局にも小沢番見たい記者はいないのだろうか?多分居ないに違いない。昔TBS記者の田中良紹氏が言っている「権力者の番記者は何一つ取材する事なんかできない。半年毎朝門前に立って『お早うございます』と挨拶を続け、名前を覚えてもらえることが出来るかどうか。時…

やっと一息

やっと東京にも雨が降った。午前中早めに仕事を片付けようと、池袋まで歩くつもりで事務所を出たが、途端に雷と突風に煽られ、傘が壊れそうになったので歩くのを断念して地下鉄に駆け込んだ。日本橋小伝馬町まで行って午後帰ってきたが、雨はずっと降り続いている。だが、この程度の雨では先程までの暑さを一気に解消とはとてもいかない。エアコンを止めると、却ってむせるような暑さが甦ってくる。天気予報は、今夜から週末にかけては少し涼しくなると言っているが、夏の暑さはそう簡単には終わってくれないだろう。
今は特段になすべきことも無く、本を読む気にもならず、窓越しにぼんやりと久しぶりに降ってきた雨脚を眺めている。と言ってもこちらの窓と道を挟んで向かいのマンションか何かの狭い空間、しかも大小の電線が何本も空間を横切っているので風情の無いこと夥しい。それでも雨足を見ていると、何となくほっとした気分になるのも不思議異なものだ。
暑さのせいだろうか、今週は川や海での水の事故が多かった。人間だれしも水には惹きつけられるだろうし、小生も中学高校時代は毎日のように川遊びに行ったものだ。山国育ちのせいもあり、海への憧れも強く、社会人になってから船を持っている友達と仲良くなって、毎週のように相模湾に通っていた時期もある。水は人間とだけ凄く相性が良い訳ではない。地球上全ての生物の母であり、水が無ければ生命は存在し得ないのは誰にも分かる。
この暑さの中で水と戯れたくなるのは人間の本能的欲求かもしれない。しかし海であれ川であれ、母と同じでいつも優しく接してくれるとは限らない。海の怖さは311の大津波で大多数の人が再認識した事だろう。天竜川ではプロの船頭さんが一寸した操船ミスで川渦に巻き込まれ、お客を含め命に係わる大事故につながっている。運が悪かったと言ってしまえばそれまでだが、水のレジャーも怖いものだ。自然を相手にする時は、舐めて掛かって準備が不十分だったり、分不相応の事をしてはいけない。
水遊びは卒業しているが山も同様だ。自戒を込めて!

暑すぎて・・・何を書いたらいいのやら

明日からは雨が降って気温も下がるそうだが、それにしても暑すぎる。最高気温は内陸部の方が高くなるが、都心の方は高温の時間が長いのだそうだ。いつも昼前に池袋まで2.5キロほど歩くのだが、この約30分の運動で体力を相当に消耗して脳みそは殆ど働きを失う。小生は既に脳みそを殆ど使う必要がなくなっているからいいが、いろいろ考えなくてはならない被災者の皆さんは、そんな呑気なことを言っている場合ではないだろう。果たして復旧と復興はどの程度進んでいるものやら。
小生が心配しても始まらないので話題を変えよう。
世界中で経済がかなりおかしくなってきていると言われている。日本も株安に円高と、影響が顕在化しているところもあるが、これが今後の日本経済に如何なるインパクトをもたらし、我が生活にどのような影響が出るのか、正直言って大した財産もなく年金頼りの小生にはイメージが掴みにくい。時々迫りくる「世界大恐慌」てな声も小さく聞こえるが、どうもピンとこない。
アメリカとヨーロッパが日本化で景気がさらに落ち込めば、輸出頼みの日本として、次なる頼みの綱は中国、ベトナム、タイ、インド等のアジア諸国だろうか。こちらは未だ市場として成長の余地ありとして期待する向きも多いようだが、本当に大丈夫だろうか。特に中国経済の実態は訳が分からず、政治的にも何が起きるか分からないだけに不気味に思えてならない。
輸出先も広い世界が相手だから、アジア以外に南米、アフリカ、ロシアと市場はまだまだ沢山あるのかもしれない。しかし所謂発展途上の国に物を運んでまともに代金を回収できるのだろうか。また、日本経済は輸出だけが頼りでもなく、国内で復興需要も期待はできるかもしれない。しかしこれも結局は元が税金とすれば、何となく期待していいのかどうか分からない。暑さのせいか、素人はわけもわからず余計な心配をしてしまう。
今月は全国的に夏休みのせいか、マスメディアも緊張感を欠いているようだ。 夏休みが明けるとメディアは民主党の代表選挙一色になるだろう。どんな選挙になるか分からないが、立候補者は自らの考えを明らかにするのは勿論だが、責任と覚悟のほどを明確にしてほしいものだ。後に間違っても「約束を果たせなかったら政治家を辞めます」との言を「辞めるのをやめます」なんて事だけは無いようにしてほしい。

お盆休み 墓参り・山など

イメージ
先週金曜日から5日間、クライアントに合わせて我が社も夏休みにして社長も小生もそれぞれに帰省した。普段ならJRを利用するのだが、盆と正月それに黄金週間は老人割引が効かない。会社経営の立場に立てば気持ちは分からないでもない。従って、老人の小生は時間だけはたっぷりあるので、バスを利用することにした。これだとJR東日本のジパング倶楽部(老人割引)よりさらに安くなる。12日と16日は一日中バスに乗っている覚悟を決めたが、結果的には殆ど渋滞の影響を受けず快適な旅行だった。
12日の夕方は弟と一緒に墓参り、久しぶりだったので亡き両親や兄貴もびっくりしたかもしれぬ。夜は亡き兄の家に兄弟が集い会食。それぞれの近況を語り合ったが、互いに寄る年波は否めない。特に5歳年上の兄貴は大分弱って、酒を一滴も口にしなかった。弟たちはそれほどではないが、小生を含め往年の元気は今何処だ。それぞれの孫たちがやれサッカーだ事のバスケだ事の言うのだから仕方もないが。久しぶりに冷酒なども少し口にしたが、翌朝早いことを口実に8時過ぎにはお開きにさせてもらった。
翌日はあさ6:09の列車で木曽福島に。県歌「信濃の国」に歌われ、中学時代の運動会では全校生徒が踊らされた(踊ったと書くべきか)木曾節にも歌われた「木曾の御嶽山」登山のためである。御嶽山の固有名詞は頭に刷り込まれていながら、いまいちイメージが掴めなかったので確かめたかった意味もある。ところが、実際に行ってみると天気がぱっとせず、山の全体像は掴めずじまいに終わってしまった。但し、御嶽山が信仰の山である事(どうも商売の神様らしい)を確認したり、信仰に基づいて登山する講の人たちを目の当たりにする事が出来たのが収穫と言えば収穫だった。
一応山頂には行ったのだが、ガスって何も見えず、只3000mの冷気だけで感激の薄い山登りだったかもしれない。代わりに印象的なのは、講の人たちとこれを先導する先達の掛け声(神道だろうから念仏とは違うのだろう)とそれに唱和する講の人たちの声、これと先達の姿形が素晴らしい。思わず見とれて写真を撮らなかったのが悔やまれる。昨晩婆さんには披露したのだが、この文言は次の通りだ。
先達「六根清浄」これを4~5秒かけてゆっくり唱えるのだが、この音の高さとリズムが何とも言えずに心地よい。すると講の人たちが同じく唱和するが、その長さは微妙に短い。先達と違って講…

不毛の半年・・・だな

今週国会が急展開を始めた。野党がこれまで強硬に反対してい2法案を今国会で賛成するらしい。そもそも3月11日は参議院決算委員会、菅総理は大勢の野党議員から外国籍の人物からの違法献金を巡って激しい追及を受け、しどろもどろの答弁を繰り返し、まさにノックアウト寸前であった。あのまま進めば6月初めの内閣不信任案騒動の前どころか、22年度内で菅内閣の生命は終わっていた可能性さえあったと思う。
そこに降って湧いたのが3時前の大地震と津波、原発事故の大災害である。結果的には日本全体に大変な不幸をもたらした大災害が、菅総理のスキャンダル追及を中断してしまい、政治家は並べて災害復旧復興に党派を超えて全力を傾注するとのお題目に変化していった。それから早まる5か月、この間の政治はなんだったのだろう。与党は災害復旧のためと称して、チマチマした予算を1次、2次と分割して打ち出す。
対する野党は、復旧復興に党派は関係ないと口先では言いながら、予算案だけ成立させて、財源の捻出方法に問題ありと因縁をつける。実態的には予算執行に関わる赤字公債発行の発行を認める法案に反対して、行政が行き詰ることが狙いである。あまりきれいな手法とは言い難いが当等のいわゆる4Kを撤回しない限り法案を通さないとかなり強硬だったはずだ。要は民主党に「選挙公約がまやかしであった」とどうしても言わせたい強引な駆け引きであった。
内閣は意気地がないというか、党内に相当反対はあったようだが、譲歩に譲歩を重ねて子ども手当については、名称を含めて自民党にほぼ全面的に屈服したようだ。結果幾ばくの財源が捻出されたかについては誰も何も言わない。はなからやっている事が双方ともに不純だから、どうせ大した違いがある筈もないだろう。果たして、谷垣氏は子ども手当だけでは承知しない、とついこの間まで力んでいたのに今週になって急に態度を豹変させた。この際本当に解散になったらどうするのかとか、公明党が民主寄りになると困るとか、いろいろ言われてはいるが本当のところは分からない。
何れにせよ、大山鳴動して鼠一匹としか言いようがあるまい。正にどっちもどっち、被災者や全国民に対して内閣を筆頭に全政治家は何と言って謝るべきか、言葉を知るまい。これから10兆円規模の第3次補正を至急編成したいと言うが、1次から合わせても僅か15兆円規模だ。そんな事なら亀井静香が最初から言っていた…

取り留めもなく

昨日の昼久しぶりに銀座を歩いた。暑いせいかも知らぬが、何となく活気と華やかさがない。歩いている人間が総じて何となくむさくるしいとは言いすぎかな。かく言う小生自身が最もむさくるしい風体だ。一昔前の銀座は精一杯のおしゃれをして、靴をピカピカに磨き上げて出かける場所だった。ふと気が付くと路上に靴磨きが一人もいない。これも寂しい。
特段の話もないのだが、嘗て職場を共にした若い友人と昼飯を食べるためだ。若いといっても54才、地方放送局の東京支社長で、役員が目の前にぶら下がっている。しかし彼に言わせると、役員になんかなりたくないらしい。社員であれば曲がりなりにもあと5年は勤められる。先の見えない世の中で、下手役員になんかなると、任期が1年なのでどこで首になるかわからないし、退職慰労金もないので社員でいる方がまだ安心らしい。
それでも彼なんかは社会人になって前半20年くらいには、それなりに良い思いをした経験もあり、残りあと5年だからなんとか我慢ができる。問題は入社10年~15年くらいの働き盛りの人だそうだ。入社早々からずっと続いている険しい道がどこで明かりが見えてくるのか、上司としてもアドバイスが難しい。放送に限らず紙媒体でも似たようなものらしいが、一時就職の花形であったマスコミも今や様変わりをしているらしい。
小生が40歳前後のころは、朝日新聞の広告部員と電通の幹部社員は昼間から黒塗りのハイヤーを乗り回していたが、今ではとても考えられないとの事。しかし、景気がいい時、一見無駄に見えるお金の使い方をしていたところは未だ節約の余地があるから羨ましい。こちらは3度の飯を2度にしなければ、というところにまで追い込まれてしまっているのが本音との事。
震災の影響で広告は4か月は激減したが、やっと先月あたりからスポットCMが対前年比100を超えるところまで復活したらしい。少しほっとしたのも束の間で、今度はこのドル安世界同時株安です、と不安顔。もっと深刻なのは、年齢に関係なく精神を病む社員が増えているらしい。被災地なんかでも報道には出てこないが、精神を病む人が多いらしいてな話になった。彼は昨年父上を亡くしたが、その父上が亡くなる前に言い残したのは「仕事にのめり込むなよ」だそうだ。
日本では何処も同じで、社会一般に「頑張ろう」とか「諦めない」の掛け声が特筆大書されるが、これは過去の延長線上に未来を置く感…

新製品の性能は良いに決まっている?

パソコンを新しくしたらプリンターが使えなくなってしまった。エプソンのCC-600PX(スキャナー複合機)8年前に購入したものだ。当時は結構売れてた機種と記憶するが、インターネットでドライバを探しても出てこない。電話で問い合わせると、どうやら役目(誰にとってかは別)は十分果たしたとのことでwindows7に対応するドライバを製作を打ち切ったようだ。こういうのを無責任と言わなくてなんとする、と腹立たしくは思うが、今時そんなことで腹を立てていた日には切がない。
テレビの地デジ化問題を筆頭に、電池の生産が打ち切られたデジタルカメラ、記憶媒体の挿入口がなくなったパソコンやテレビ、通信回線の変化で対応不可能になるモデムやルータ、電子機器はいろんな機械と接続が可能なだけに、こういった問題は今後ますます増えることを覚悟しなければならぬだろう。
こちらも日常の仕事で使うだけで、何世紀も前に製作された墨や筆をを使った水茎の跡麗しい書画をプリントする訳でもない。エプソンだって自社製品を使ってくれるのは有難いにしても、そういつまでも長持ちされたのでは企業経営の発展と進歩に差支えもあるだろう。当然のことながら新しいプリンタを購入する必要があるが、これは簡単だ。問題は使用しなくなった機種の処分である。
ビックカメラの一部門に中古品の購入部門があるが、この機種はお取扱いできない機種に指定されてしまっている。スキャンなんぞも綺麗にできるし、インクも4色なので比較的持ちが長いと思うし、スペアで用意していた一箱が丸々無駄になるのも悔しい。些か勿体ないが廃品回収に出すしかなさそうだ。きっと又ここで幾ばくかのお金を要求されるだろう。これも腹立たしい。畳と女房は新品に限ると昔の人は言ったらしいが、新製品の方が性能に優れるのは当たり前だ。
しかし人間の場合はどうだろう。芸能界だけでなくて50,60才になっての再婚という話題が多いが、新製品と接続してうまくいくなら結構な話だ。個人的に婆さんをよいしょすれば、糟糠の妻というだけに、この年になると我が家の糠漬けの味だけは天下一品だと思う。

全ては自己責任と言うが

都会の暑さはたまらない。毎日のように夕立が来るが、むっとする暑さは一向に収まらない。むしろ昨日は雷のせいで地下鉄や西武電車が長時間止まって、行楽帰りの人10万人以上に影響が出たようだ。涼を求めて山に行に行きたくなる気持ちは勿論分かるが、小学2年生の孫を奥穂に連れて行って、滑落事故に遭難、自分諸共死亡の記事は何とも切なすぎる。
同行したお祖父さんは62才だからまだ若いし、お祖母さんも一緒のところを見ると、登山歴も長い一家だったのだろう。孫にあの雄大な景色を見せてやりたい、山の霊気も吸わせたいの気持ちは分からないではない。お父さんやお母さんも、ベテランの爺婆を信じて大事な息子を預けたに違いない。しかし奥穂と言えば難易度、危険度共にわが国で一級の山である。ご両親はそのことを知っていたのだろうか?
登山に危険はつきもので、そのスリルを克服する事に感激を噛みしめる人も多いだろう。その事も否定するつもりはないが、無茶をして他人の命を奪うことは許されない。小学2年生の子供を奥穂に同伴するのは明らかに無茶ではないか。山を歩いていると、子供連れで頑張って登山している家族を時々見かける。中には背負子に赤ん坊を入れて登ってくる強者さえいる。高尾山あたりで見ると微笑ましいが、1000mを超える山になってくると、いつも疑問を禁じ得ない。
山歩きは全て自己責任だが、小学2年生に自己責任を求めることは出来ない。日本も各県に山岳遭難救助隊が整備されるようになっている。これはこれで結構だとは思うが、更に一歩進めて高い山では危険度に応じて、中学生以下又は高校生以下の入山を規制するような事も考える必要はないだろうか。
山歩きにまで規制なんぞはとんでもない、という考えもあるだろう。確かにそうなれば天に唾する事になりかねない。先日剣岳を途中で諦めたのも、ざれ場での落石が怖かったのが大きな理由だ。あのことを思い出すと、一定年齢以上の一人歩きも危険度の高い山では規制すべきかもしれない。

山行きの予定

夏風邪だと思うが、2週間以上苦しんだ喉の調子がやっと治りつつある。3週間休んでしまったプールに久しぶりに行ってきた。特に友達がいるわけではないが、会えば軽く会釈する顔なじみの人が大勢いるので、沢山の人から声をかけてもらった。 「久しぶりですね、どうされたのですか?」 「いや~体の調子を悪くしちゃいまして、どうも夏風邪だったようです。」 「そりゃ大変でしたね、無理をしないでください。」 中には、自分も引いたとか同僚が引いたとか、夏風邪は治り難いですからね、とか、みな親切で有難い。
勿論こちらもはなから無理する気持ちはなく、恐る恐る普段の半分くらいのところで切り上げた。運動も過ぎたるは何とかで、まかり間違えばJFL松本山雅の松田直樹選手のようなことだって起こりかねない。内心今週も水泳はやめておこうかと思ったが、婆さんが「いつまでも病人見たいこと言っていないで、泳がなくてもいいから行ったら」と背中を押す。確かに今週パスすると来週は旧盆で、夏休み気分になってどこかに行くに違いない。さすがに年会費を払って1か月無駄にするのは悔しいので頑張ってしまった。いじましい根性だ。
今月どこに行くかは未だ決めていないが、水泳の後で整体に行くと、馴染みのお兄さんが10月体育の日の連休でに雲取山に連れて行ってくれとのこと。勿論二つ返事で了解すると、来月敬老の日の連休で「日本三大霊山の一つ”白山“も一緒に行きませんか」と畳み掛けてきた。「分かった、考えておくよ」と取り敢えず答えた。そもそも信州から離れた山はそんなに興味がなかったし、三大霊山と言っても小生からすれば山は全て霊山みたいもので、ランク付けは関心がない。
とは言っても江戸で唯一の山友になったお兄さんから折角のお誘いだ。彼の故郷の山でもあるし、お付き合いすることになるだろう。10月は従妹と信州の斑尾にも行く約束が既に出来ている。なんだかんだと言いながら山行きの予定が埋まってくるのは結構なことだ。問題は今月だ、木曾の御嶽山に行ってみたいので月曜日になったら、白山と御嶽山について詳しく調べてみようっと。

民主党政権1年目の通信簿

本日はタイトルからして他人のブログからのパクリである。 ブログの主は香川県の民主党衆議院議員玉木雄一郎氏。見たことも聞いたこともなかった人である。小生の友人知己であれば同様と思うので念のため。昭和44年生まれだから家の娘たちと同世代、2世議員ではないが経歴はさすが、東大 大蔵省(ハーバート大学院へ留学、外務へ出向 主計局など歴任)平成9年初立候補落選 平成21年初当選のいかにも民主党らしい経歴。以下がその本文からの引用。一読に値すると思う。
=============================== 政権交代後、民主党が初めて編成した平成22年度予算の決算が、先月、発表された。いわば、民主党政権初年度の歳入面での通信簿だ。 平成22年度予算は、野党から、バラマキ予算、成長戦略のないアンチ・ビジネス予算と酷評された。 政策の意義については見解が分かれるが、当初予算と決算とを比較してみると、ある程度、客観的な分析が導ける。 以下が、野党のいうバラマキ予算、アンチ・ビジネス予算の結果である。
22年度予算(当初) 22年度決算 増 減
税 収 37兆3960億円 41兆4867億円 (+4兆907億円) う ち 法人税 5兆9530億円 8兆9676億円 (+3兆146億円) 所得税 12兆6140億円 12兆9843億円 (+3703億円) 消費税 9兆6380億円 10兆 333億円 (+3953億円)
公 債 金 44兆3030億円 42兆3029億円 (-2兆1億円)

これを見ていただくと分かるように、
決算ベースの税収は、当初予算比で4兆円以上増えており、とりわけ、法人税は3兆円以上増えている。 逆に、国債の発行額については、約2兆円抑制することができている。 なお、年度末の3月11日には東日本大震災が発生したが、それにもかかわらず、税収が4兆円以上増えている。この意味は大きい。
また、22年度におけるマニフェスト関連予算は、子ども手当てや高校の無償化等を含めて約3.1兆円だった。3.1兆円のマニフェスト予算で、4兆円の増収を実現したことになる。そのうち、法人税が3兆円以上増えている。
アンチ・ビジネス予算といわれたが、結果として、法人税収は大幅に増えた。
この度、野党からの要求で子ども手当ては事実上廃…

ブログの世界

八月に入ったのに天気はあまりぱっとしない。ここ二日続けて昼時に激しい雨が降った。夏の夕立であればそれなりの風情もあろうが、真昼間に梅雨末期の集中豪雨が襲ってきたような気配である。何かを改めよとの天命が下っていると受け止めると文明人とは見られないかもしれない。しかしそんなことも考える人は少なくないだろう。それにしても今年、厭な年になってしまったのは、アサド元エジプト大統領だけではあるまい。(リビアのカダフィさんなんかどうしているのかなぁ)
先日知人の日記に以下の記述があった。 「今年は生まれ年の(西暦)の下二桁に今年なる自分の年齢をたすと誰でも111になる。即ちすべての人が再生や一からのスタート 。生まれ変わり新しい自分の発見できる年だそうです。」 これを読むときっと誰もが何か良い事を期待したくなると思うが、成程と思う人が少ないのではないかと心配になる。
でも小生は新しい自分を発見しようと努力をしてみたが、発見できたのは今までイメージしていた自分とは全く異なる老いた自分でしかない。でもこの発見をきっかけにして、再生を諦め、今までとは全く別の何かを求めるのも一興かもしれない。たまたまであるが今週もう久しく会っていない従弟がmixiに参加してきた。親戚や友人と遠く離れて暮らしていても、便を頻繁に交換できるようになるし、知らない人でも毎日のように日記を交換し合っているうちに友人のような気分になってくる。インターネット世界の弊害もあるようだが、小生は身の丈に合って、評価に値するところ選んで利用しているつもりだ。
パソコンの前に座っていれば、毎日のように広い世間を駆け巡り友人知人と会った気分になれる。何十年も前、パソコン通信なるものが日本にも導入された頃、当時の通産省の若手官僚が言っていた。「テレビが世界への窓を開いたとしたら、パソコンは世界へのドアが開きます。」確かにその通りになった。彼は今どうしているだろう?インターネットは体力をほとんど使わないのだから、まさに老人向きで有難い話だ。従弟のように多くの友人が同様の思いになってくれること願ってやまない。

親父も喜んでくれたろう

昨日は孫たちが夏休みになったので「お祖母ちゃん、こっちへ来ておいしいものを作ってよ。」とねだられたとのことで、婆さんは娘のところにいそいそと出かけてしまった。お陰でこちらは夕飯まで外食を余儀なくされた。つい一昨年あたりまでは、長期の休みになると必ず孫が泊りがけで来たものだが、中学生になると夏休みといえどそんな暇がないらしい。二人とも同じバスケ部に入っているのだが、毎日練習があるらしい。馬鹿馬鹿しいと思うのだが本人達が納得しているのだから仕方がない。
二人ともおつむの方は疎かになるのだろう、心配ではあるが他人のことを言えた立場でないし困ったものだ。とは言っても夜遅く帰宅した婆さんから孫たちのことを聞くのは楽しいものだ。上の方は既に身長が175センチを超えたようで、親父と同じかそれ以上になったらしい。下の方もそれなりに伸びてはいるのだろうが、並んで歩くとどう見ても1年違いには見えないらしい。
兄がすっかり大人びてきているのに比べ、弟は「お祖母ちゃん、何か手伝うことはない?あったら言ってよね。」と相変わらず如才ないそうで。「年がいったら年上の性悪女に引っ掛る」と婆さん変な心配をしている。行ったのは下の娘の家だがすぐ近くに上の娘も住んでいる。いつものことだが、上の娘も2歳児の孫を連れてやってきて賑やかなことだったらしい。爺さんへのお土産は、今年になってこの2歳児を撮ったビデオのCD。直近は先月こちらが山で遊んでいる時に、親子3人で嫁の故郷信州の墓を2か所廻った時のもの。
息子の小生が不義理を重ねているので、曾孫が(東京の)盆に代参してくれたことになる。考えれば婿殿も偉いものだ。嫁の先祖、しかも父方(在長野)母方(在佐久)の両方丁寧にお参りするなんて。長男で山形に継ぐべき家があってご両親も健在だ。初孫の顔を見たい思いは我が家の比ではあるまい。婿殿も娘も遠方を理由になかなか足を延ばさない。申し訳ない気もする。

隠蔽体質

日本のマスメディアは高速鉄道の列車事故をきっかけに中国政府の隠蔽体質を盛んに取り上げて非難している。振り返って考えれば日本政府と東電のDNAも似たようなものだ。政府に都合の悪いことを報道せず、それに加担しているのがマスメディアであるのも同じだ。
先週水曜日の27日衆議院厚生労働委員会は、東京電力福島第一原発の事故を受けて、放射線の健康への影響について専門家から参考人質疑を行った。今までマスコミにはほとんど登場していない5人の放射線の専門家が出席して、それぞれ15分程度の見解を述べている。いずれも我が国が誇る一流の先生なんだろう。
殆ど報道はされなかったようだが、内容は想像以上に衝撃的である。何十年も専門に研究してきた先生が口を揃えたように、今度の事故をチェルノブイリと同様またはそれ以上に悲劇的に捉えている。この中で、東京大学先端科学技術研究センターの児玉龍彦教授は「放射線による障害を考えるときは放射線の総量を見るが、政府や東京電力からは今回の福島第一原発から出た放射線の総量がどれくらいであるかはっきりした報告がない。計算によれば放出された放射性物質の総量は広島に投下された原爆の30個分に相当する。放射線は幼い子どもにとって非常に危険で、政府は子どもを守るた3月15日にために全力を尽くしてほしい」と述べている。
更には、「1年後の放射性物質の残存量は広島のそれが1000分の1なのに対して福島では10分の1にしかならない。又、 同心円状の避難区域というのはほとんど意味がなく風向きを考えるとそこからはるかに遠い場所での稲藁の汚染は当然考えられたこと。」全ては書き起こせないが、時間のある方は是非衆議院インターネットで見てもらいたい。特に児玉先生は事故の発生直後から警告を発し続けていたようだが、何故か我々にも、多くの政府関係者にもその警告は届いていないようだ。http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php
この委員会では山口和之(民主)吉野正芳(自由)坂口力(公明) 高橋千鶴子(共産) 阿部知子(社民) 柿澤未途(みんな)の6名が20分ずつ質問して終わってしまっている。この顔ぶれからしても、先生方の提案やサジェスチョンが党内に持ち帰られ与野党の中で大きな議論を呼んだとは考えにくい。マスコミも当然のように歯牙にもかけていない。1社ぐらいは特筆大書してほ…

日進月歩

ITの世界はドッグイヤーと同じで日進月歩と言われるが、小生からすれば世の中全体がドッグイヤーのようなものである。身の回りで使っている様々な道具の進化について考え始めれば数えきれないほどだ。最も劇的であるものの一つはトイレだろう。少年時代どこの家庭でも和式トイレの前方に落とし紙の入った箱があった。少なくとも我が家はその中身は新聞紙を縦横に四等分だったかした紙が入っていて、毎朝この紙を切るのが父の仕事であった。
手洗いから出ると、縁側の外に置かれた洗面器に水が張ってあり、上に手拭いがぶら下がっている。ここで手を洗う仕掛けだ。後に洗面器がぶら下がった専用の容器に変わった。下の棒を手の平で押すとシャワーが出てくるしゃれた物に変わった。今や水洗の無いアルプスの山荘でさえトイレットペーパは備わっている。勝手の蛇口からお湯が出てくるのも当たり前だし、ドアが自動で開いても誰もびっくりしない。アラビアンナイトの絵本でシンドバットが「開けゴマ」と叫ぶとあら不思議、なんてお話は今の子供からすると面白くもなんともないだろう。
インド人がお尻を水で洗うと聞かされていたが、今や非常に多くの日本人はその習慣を真似している。しかも手を使わずにこれも自動式だ。中学生になると他人の万年筆、高校生になると腕時計や写真機がまぶしく見えたが、そんな物持っていても自慢になんかとてもなりそうにない。大学に入るとなんといっても自家用車、これがステータスシンボルの極め付けだった。最近は運転免許を取らない若者増えているらしい。即ちマイカーの有難味も様変わりしているのだろう。結婚してからはテレビにピアノか。テレビは兎も角、ピアノは2階に鎮座しているが、いつ床が抜けるか、心配の種以外の何物でもない。
サラリーマン生活の最終局面になって、携帯電話とワープロに続いてパソコンが登場した。今更無用と縁を持つのを遠慮しようかと思ったが、数年後には携帯も持ち、挙句の果てに何の因果か56才頃からにホームページという言葉に引っかかり、これを制作する仕事に就くことになってしまった。制作と言っても無論自分でする事はかなり限られて、大部分は若いスタッフの諸氏がしてくれるのだが、彼らの仕事をウォッチするのに、ある程度携帯電話やパソコンは使用せざるを得ない。
携帯電話は基本的に公衆電話をポケットに入れて歩いているだけなので、機種がかなり古くても問題はな…