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老後の楽しみ方

今日は久しぶりに朝からスーツを着て外出した。考えてみると今年になってスーツを着たのは初めてのことである。昼に1ヶ所だけネクタイをした方が良さそうな案件があっただけだが、序でなので近所で他に1ヶ所、新年の挨拶廻りしてきた。訪問先の主は現在60歳を少し超えたくらい。老後の過ごし方が話題になった。彼の現職は世間並みに65歳を以て一応後進に譲るのが慣例らしい。現役時代は高級官僚だから、現職を引いたら必ず引退しなくてはならぬと言いう訳でもなさそうだ。

それでも、周りの兄弟や友人たちの老後については強い関心を持って話を聞いているらしい。彼が特に問題視するのは65歳から70歳の間をどうするかとのこと。70歳まで到達してしまえば、残す人生は何も考えずに済むだろうと考えているらしい。仲間内には60歳でリタイアしたら毎日パチンコ屋に通うよと言っている人もいたり、そこそこのポストを当てがわれても、何もせずにお給金だけ貰うのがいたたまれずに辞めてしまった人もいるとのこと。

幸いこちらはその70歳ラインをすでに突破している。現在お手当に繋がる仕事はゼロだが、無給のNPO絡みの仕事が少しあることを説明した。仕事の内容がパソコンで文書を整理したりする全く事務、一昔で言えば一般職の女子社員のお仕事である。彼は不思議そうな顔で「そんなことをしていて楽しいですか?」と質問してきた。クリエイティブなことは全く無くても、他のメンバーが出来ずに私だけがやれる仕事なので結構楽しいですよ。」と正直に答えた。

他の理事さんは東大出身の元キャリア官僚だったり、大学から参加している先生は全員工学博士であったりする。しかしパソコンで文書を作成したり、校正したりすることは皆さん不得手であるのも事実。小生も達者と言う訳ではないが、他の皆さんに比べれば少し使い慣れている。学生時代や現役サラリーマン時代に、裾野から仰ぎ見たような人から「一寸これ頼むよ」と言われて悪い気はしない。

てな話をすると「やっぱり誰かの役に立っている実感が大切なんだろな。」彼も納得してくれたようだ。他人の生き方は様々に違いないが、少なくとも金だけあってもどうしようもないことでは意見が一致。最後は最近の山歩きについての情報を交換しあった。彼は現役時代の40歳代後半から山歩きを始めている。小生が60歳過ぎて山を始めたのも彼に触発されたこともある。彼が言うに…

そろそろ悩ましい季節

今日は陽射しが大分強くなって春の陽気になった。昼飯で池袋まで往復して背中に汗をかいてしまった。未だ事務所に下着の着換えが用意出来ていないので、少し慌てた。このまま春に向かう筈も無いし、寒明け10日が寒さの底と昔から決まっている。一冬2回風邪を引くわけにいかないので注意しよう。それに今年は未だスキーに一度も行っていない。先シーズンは3回もスキーをしたが、今シーズンはどうも気合が入らない。婆さんが怪我をしただけが理由ではない筈。

孫が付き合ってくれなくなって、スキーも大分つまらなくなってきたのか。3月に高校同期のスキー合宿があるので参加する予定ではいるが、これもスキーより友達と喋るのが主な楽しみになっている。従って正式には2泊3日のスケジュールだが、1泊で失礼するつもり。身体を使って運動するのが億劫になるのは年寄りの証拠、我ながら情けなく思うが仕方ない。誰かとどうと言うことのない無駄話をするのが唯一の楽しみとなると、これに調子を合わせてくれる友人が居ないと困る。

昔から友人が少ない方ではないと思うが、それでも「何となく会おうよ」と言える友人が少なくなってきているのも事実。たまに会うと互いに同じ気持ちでいるのもよく分かる。昨日も古い友人と昼食を共にしたが、『つい先日、一寸散歩に行ってくると言って家を出てさ、何とはなしに江の島に行ってしまった。富士山があんなにでっかく綺麗に見えるとは改めてびっくりしたよ。帰ったらかみさんが「随分長いお散歩でしたね」だってさ。』そして鎌倉江の島方面のハイキングコースや美味い店について、こちらも知ったかぶりを披瀝、延々1時間以上話が盛り上がった。

彼もまた、奥さんは今日日でもは元気で暗いうちからゴルフに出かけるそうだが、彼自身は桜が咲く頃まではとてもする気がしない。スキーだけは一度行かなくてはと思っているのだが。他愛もない話で時間が流れるが、互いに昔の面影は影も形もなくなっている。この先こんな日常が何日或いは何年続くか知らぬが、困ったものだ。帰宅して婆さんと友人との会話のことから、「家にじっとしていることが出来ない人は大変ね。」とのこと。

我が家では長女と小生が正にそのじっとしていられない口。代わりに婆さんと次女が家に居るのが一番居心地が良いらしい。兎に角朝起きて今日は出掛けるところが決まらないとなったら小生は困る。婆さんも一人でいるのが好き…

やっと国会開幕

朝の冷え込みはまだかなりなものだが、昼間の陽射しに少し春の兆しが感じられる。東京の春はもう間近かも知れない。報道によれば株価が11週間連続して上がり続けているとのこと。小生には全く関係ないことながら、これで景気が良くなったと明るい気分になれる人が多いそうで、全くご同慶の至りである。昨夜見たテレビ(たけしのテレビタックル)で、出演者のタレント(大竹まこと)が「給料が上がるまでに3年掛かるようなことが言われるが、そんなに待っていられるの?」と質問があり、

受けて名前を忘れたが経済学者の先生が「新内閣の経済政策は正しいので、雇用が拡大して過去の経験則からして1年経たずに失業率が下がってくるはず、必然的に給料は上がってきます。」と随分明るい見解を述べていた。新内閣が具体的施策を何も講じないうちから、株価が急上昇して世の中が明るくなるのは本当に結構なことだ。我が家の婿さんたちのお給料が上がって、子供手当てが無くなることを嘆いた娘の家計をカバーできることを切に祈りたい。

昨日の新総理の施政方針演説についてはよく聞いていないし、新聞にも目を通していない。なんたって主夫業で忙しくニュースなんぞおちおち見ていられないのだ。台所で働いていると婆さんが逐一視聴しているので、要所要所を教えてくれる。彼女は前から安倍晋三さんを好きでないので、何を言っても気に入らない。演説の全てが如何にも借り物で安っぽく、あの独特の早口と滑舌の悪さに拍手している議員の気がしれないそうだ。

兎に角議員定数の削減、TPP、原発問題、社会保障改革、アジア外交など大きな問題には一切触れなかったことから、お膝下の小泉進次郎氏までが綺麗ごとだけでは政治にはならぬ、と若干不満を言ったようだ。安全運転を良しとする人もいるし、個人的には批評する気にならないのが正直なところ。ま、これから3年か4年か分からないが、安倍ちゃんには頑張って頂き、若い人に希望をもたらしてもらいたい。

初場所の千秋楽

昨日の初場所千秋楽、横綱対決で日馬富士が白鵬を破って全勝優勝を果たした。普段は相撲中継を見ないが、昨日は最後の3番大関戦と横綱戦を観戦した。先ず14日目までの成績が7勝7敗の琴奨菊と8勝6敗の鶴竜戦は琴奨菊が勝って共にやっと勝ち越し。次の9勝5敗の琴欧洲と10勝4敗の稀勢の里戦は琴欧洲に軍配で、これまた共に10勝5敗。解説の北の富士も「大関陣は問題なんてものでは済まないよ。」言っていた。

そもそも詳しくないのでよく分からないが、二番とも素人目には面白い相撲で、テレビ観戦でも力が入って見入った。しかし星の結果だけからすると無気力とか八百長の疑いを持たれかねない。結びの横綱戦は日馬富士立ち合いのスピードは驚異的に思ったが、詳しい人に聞いても、あの白鵬がなす術がなかったようだ。日馬富士が前場所の後半6連敗した時は、これから横綱が本当に勤まるのかねと心配したのがまるで嘘みたいだ。九州場所の不名誉な結果で、横審からかなり厳しいことを言われただけに相当奮起したのだろう。

相撲だけではないが、プロスポーツは見ている分には楽しいが、やっている人にとっては過酷な世界に違いない。確かに昨日テレビで見ていると、土俵下の琴奨菊なんぞ膝も曲げられずに、痛そうにしている。それでも土俵に上がって100キロを超す人間と打つかりあうのだからアンビリーバブルだ。大阪桜ノ宮高校バスケ部顧問の暴行事件からスポーツの指導法を巡って議論が活発になっている。相撲部屋の稽古も死亡事件を起こすほどだから、暴行は日常茶飯事なんだろう。どこまで許されることか難しいが、素人には想像できないような厳しい訓練が無ければ、プロになれないも事実だろう。

最近日本人力士が番付上位で活躍しないことを残念に思う人は多いだろう。日馬富士や白鵬を見て思うのは、彼らのここ一番での精神力が一寸日本人と違うように思ってしまう。厳しい稽古に稽古を重ねるのは日本人も外国人も一緒だろうから、やはり精神力集中力の鍛え方に問題がありはしないか。想像するに外国人力士は慣れない土地でもあることから、相撲への集中度が日本人力士より高いのは間違いないだろう。難しいとは思うが日本人力士もプロになった以上は、相撲一筋に集中しないと頂上には辿り着けないだろう。稽古が厳しければいいと言うものでもないだろうが、甘すぎては絶対に勝てない。そのためには、指導者である親方の管…

「ごはん」礼賛

昨日のブログに個人的な食事の事を書いた。婆さんが怪我をしたので朝飯をパン食で済ませていること。これが個人的には少しフィットしない感じを持っていることだ。すると今朝の朝日新聞に「糖質制限食(ダイエット)は危険」との記事が掲載されている。体重は気にしているがダイエットをしようとまでは思わないが、興味はあるので引用したい。曰くごはんやパンなどの糖質を控えるダイエットを5年以上続けると、死亡率が高くなるかもしれないとのことだ。国立国際医療研究センター病院糖尿病・代謝・内分泌科の能登洋医長のグループがアメリカで発表した論文によるものだから、信憑性はあるだろう。

この調査ではごはんやパンが同列になっているが、個人的には、やはり日本人の主食お米のごはんは素晴らしいものだと思う。昨年度まで10年以上の長きにわたり「お米」のウェブサイト管理に携わってきたので特別の思い入れもある。お米は種類や炊きかたで多少味の相違があるかもしれないが、基本的な味はそう変わらない。甘すぎず淡白で、悪く言えば自己主張をあまりしない。そしてどんな惣菜とも親和性が良く、おかずの味を引き立たせる役目も担っている。

植物であるので油っけは少ないが、良質のタンパクをを持っていて、良質のエネルギー源ではあるが、少し多めに食べたくらいでブクブクに太ることはない。少なくとも私は朝ごはんを食べないと腹が落ち着かないし、山なんかでは力が入らないような気がする。運動をしていた人に聞いた事があるが、競技間前に瞬発力を必要とする選手は高カロリーのチョコレートなんかを食べ、持久力を必要とする選手は大概ごはんを食べるものらしい。

かつて管理していたウェブサイトに、地方のお医者さんが医療の現場からとして寄せてくれた意見の中に忘れ難いものがある。20年位前と比較すると薬の効果が大分変ってきたというのだ。その先生が仰るには、特に高齢者の場合、薬を受け付ける身体の方の栄養素バランスによって薬の効き方が違って来たり、副作用の問題が発生することを実感されているとのこと。採血データの移り変わりを長年観察追跡していることから、最近ips細胞でも話題になっている細胞の分化に必要なタンパク質が重要な意味を持つことに気付かれたとのこと。

現代人の生活習慣が、このタンパク質を低下させている原因と気づき、食生活の改善を図ることの重要性に着目。お米中心の食事を…

問題は食事だ

婆さんが手首を骨折して倒れてから、あっという間に1週間過ぎてしまった。久し振りに家事をせざるを得ないが、学生時代の経験を思い出せば大した負担ではない。何と言っても水道からお湯は出るし、電気洗濯機に大型冷蔵庫があり、ゴミは都がきちんと収集してくれる。一寸戸惑ったルーティンワークは暖房に使用しているストーブへの灯油の補給くらいか。玄関の内側にポリタンクが置かれていて、そこにストーブのタンクを持って行って毎晩補給するのだが、これが慣れないと結構厄介である。

婆さんの口先指導を受けながらトライするのだが、先ずは手が灯油だらけになること。次はポンプアップを止めるタイミングが微妙で、玄関に灯油をばらまくことになり、翌朝までオイルの臭いが家じゅうに漂ったりして、婆さんから「不器用ねぇ」と笑われてしまう。やっと手を汚さず補給が出来るようになったが、昨晩も灯油をオーバーフローさせてしまった。食事の用意や後片付け、洗濯なんぞはどうと言うことはないし、買い物なんかは全く問題ない。

起床時間を普段より15分ほど早め、帰宅を1時間繰り上げているが、別に仕事をしている訳でもなく、事務所で退屈する時間が1時間短くなって有難いぐらいのことである。しかし食事はやはり問題かもしれない。夕食は当初弁当などで済ませていたが、2日ほど前からストーブの上で魚を焼いてくれたり、包丁が使えないので手で千切ったブロッコリを茹でたりして少しずつおかずを準備してくれるようになったので、家で炊いたご飯で夕食が食えるようにはなってきた。

特に問題となるのが朝食である。我が家は結婚以来だと思うが、朝食はご飯に味噌汁と漬物、これがマストでおかずメインはあじの干物1匹とか焼き鮭の切り身一片とか卵焼き一個分程度に精々野菜サラダ一寸添えるくらいで、比較的軽く済ませている。土曜日だけは魚も肉も摂らずに納豆に卵の黄身とねぎと海苔をたっぷり入れてごはんにかけていた。デザートもほぼ決まったパターンで、基本がプレーンヨーグルト、これに季節のフルーツかドライフルーツを少々入れるのを常として、緑茶を飲みながら食うことにしていた。

太りやすい体質なので、朝も夜もごはんは軽く一杯、おかずもその間に食べ切れるくらいの量を目途として、おかずが多いと残すことも屡であった。婆さんもその辺は心得て、量と栄養のバランス考えてくれていた筈だ。ところが、この1週間…

広告業界今昔

今でも起業する以前、会社勤務時代の後輩と時々飯を一緒にしたりすることがあって、後輩の話を聞くのが大きな楽しみの一つである。勤務していた会社にずっと居続けている者は少ない。ただ一人、最初に就職した会社の社長をしている人間がいるが、彼の辛抱の良さには敬服する。確か年齢的には6歳か7歳若かったと思うが、今やある意味で堂々たるものだ。入社した当時の社長は運転手つきの車で出勤、社長室があって秘書さんがいて、羨望を以て見上げていたが、現社長に聞くと秘書はいるらしいが、そんな甘いものではないらしい。

後は殆ど勤務する会社を変えているか、独立して起業しているかで、独立している人の方が圧倒的に多い。自分が63歳でやっと起業したことを思うと、若くして独立する人は活気が違う。昨日もそんな一人と会って話を聞いて思った。世の中が随分変わってきている。先ず広告代理店なんてビジネスはもう既に成り立たなくなっているのではないかとのこと。昭和38年に入社した頃には、今風に言えば最もクリエイティブな職業で、これからどこまで発展するか分からないとされていたのだが。

今や広告代理店が創造できる範囲なんて極めて狭いもので、極言すれば無きに等しくなってしまった。他人が創造したものを大した付加価値さえ加えることなく中間マージンだけ抜こうなんて面白くでもないとのこと。成程と思わざるを得ない。ビジネスのメニューが固定化したところに業界の発展はあり得ない。小生の時代も電通が断トツのトップ企業であったが、少なくとも業界100社ぐらいはそれぞれ何らかの特徴をもって、企業規模以外のところで争うことが可能だったし、業界もそれなりに活力があった。

現在の業界は全く様相が変わってしまったようだ。電通がトップの座にいることだけは変わらないが、メディア支配力に格差が付きすぎたのか、業界2位以下との差が余りに拡大しすぎたこともあり、業界が全く活性化していないようだ。後輩の話もさることながら、マスメディアの広告を見ていても、広告の存在感や華が全く低くなっているのも実感せざるを得ない。若い人が業界から去っていく気持ちがよく分かる。巡り巡ってその電通に途中入社している後輩もいるが、彼とて悩みは多そうだ。

大学を卒業して入社した会社を辞めたのが47歳、今から25年前になってしまった。そこからの4半世紀は広告業界だけに限らず、ビジネス社会全体…

中国関係を思う

最近日中関係がどうもぎくしゃくしている。現政権に言わせると、前政権が関係を徹底的に悪化させたので、その修復を図るために苦労しているような発言が多い。尖閣を国有化して問題を悪化させたのは、原因がどこにあったにせよ野田内閣の責任であるのは確かだ。問題は新政権の対応である。冒頭に書いたようなせりふはよく報道されるが、安倍総理の東南アジア3か国訪問での会見内容を聞く限り関係修復の姿勢は伝わらないだろう。

いくら選挙公約であった尖閣に公務員常駐を棚上げにしたところで、総理が中国の海洋進出を意識的に牽制しているのは見え見えである。連立与党の山口公明党代表が中国を訪問して、尖閣問題の棚上げを個人的見解としながら口走った途端、内閣から強い反発が出て見解を修正或いは取り下げざるを得なかったようだ。政治家の発言だから、個人的とはいえ明らかに総理の意思に反するので、やむを得なかったのかもしれない。

政治家同士のことは取り敢えず置いておくとして、最近の報道を見ていると一般人だけでなくて財界人の発言にも「マーケット又は生産拠点として中国既に頼むに足らず、これからは東南アジアやインドとか南米とか他の地域に注目すべき」といった意見が多く聞こえるようになった。中国から日本に帰化している学者の中にも、中国経済の成長が鈍化し始めていることを指摘しながら、もうあの国将来はない、本当は指導者層だって国が持たないことを知っている。だから海外に子弟を留学させたり大金を外国に持ち出してるのです。てなことメディアで公言している人もいる。

多くの政治的指導者が個人的に資金を移動させたり、家族の生活拠点を海外に準備していることは事実かも知れない(ひょっとして日本の政治家は大丈夫かな)。また日本に長く居つくと中国に帰りたくなくなる気持ちも分からないではない。中国人の対日感情について世論調査をすれば、日本に悪感情を持つ人の割合が多いのも分かるような気がする。だからと言って中国との関係をそう簡単に悪化させていいものだろうか?中国の人口は大雑把に約13億人とされ、現時点では日本の貿易相手国としての位置は輸出入とも第1位だった記憶する。

この経済的関係よりなにより、日中の歴史と文化的関係を考えれば、そう簡単に「嫌いになったからお別れしましょう」で済むものでないことぐらいはメディアも政治家も解ってもらいたい。中国に政治的大変動…

読後感「茜色の空」辻井喬著

副題が「哲人政治家・大平正芳の生涯」となっている。ハードカバーは三年前に出版されて、書店でちらちら立ち読みをしていたが買う気にはならなかった。今月文庫が出たのでやっと読む気になった。著者は元セゾングループ代表・堤清二氏。東大を卒業して家業を継いだものの、一方で詩や小説も書いたりする異色の人であることは有名である。

一回り年齢が上だが、若い頃銀座のすし屋で何度か見た事がある。いつも若い取り巻きに囲まれて得意顔をしていたような印象である。政界にも相当付合いを拡げていたのだろう。結局家業は潰して、旦那芸の作家業に勤しんでいる程度のものだろうと思っていたのも食いつかなかった要因である。案の定、伝記とも小説ともつかない中途半端な読み物で、文章に迫力なり面白味が全く感じられない。他の小説で谷崎潤一郎賞と野間文芸賞を受賞しているのが不思議なくらいだ。

昭和53年から55年まで内閣総理大臣を務めた大平正芳の生涯を描いた作品で、伝記に近いと思われる。大平氏が総理大臣になった頃、30歳違いの私は既に40歳近い大人になっていたが、政治への関心は薄かった。大平氏は、派閥は異なったが越山会の田名角栄氏と盟友であり、彼の身代わりのような形でで総理になることが出来た他人程度の印象しかなかった。もう少し以前から政治に関心を持って、注意深くニュースをチェックしていれば、少しは見方が違ったのだろうと改めて思う。

彼は最終的に派閥の宏池会を率いることになる。宏池会は吉田茂・池田勇人の後を引き継いだ保守本流と言われたものらしい。現在では日中国交回復と言えば田名角栄氏が手柄を独り占めにしたように思われているが、当時の外務大臣大平氏の存在を無視するのは妥当ではないようだ。本書によれば、むしろ後者の力の方がインパクトを持っていたようにも読める。その事は兎も角、佐藤内閣末期から熾烈になってきた三角大福による後継者争い、即ち自民党内における権力闘争=政治駆け引きは、今の国会における政党間の駆け引きより激しいものだったらしい。

同じ党内であっても岸-福田の系統と池田-大平の系統では全く目指すところが違っていた。-にあたるところが佐藤内閣になるのだが、岸信介の兄弟だありながら吉田茂、池田勇人の流れを引き継いでいるようでもあり、実際どうだったかは分からないし、本書でも詳らかになっているように思えない。分かったことは今も…

芝居じみた内閣と芸能報道同様のマスメディア

安倍新内閣を支持する人が60%もいるので批判的な事を書くのはなるべく控えたいと思っている。しかし今朝の報道を聞くに及んで書く決心をした。ブログはどんな人が読んで下さるか分からない。非常識なところがあるのを承知しているので、常識から多少脱線しても「また馬鹿な事を書いている」程度のところでお許し願えるよう、少しは気を使っているつもりだ。今日の内容も、マスコミ論調とはかなり違うので、不愉快になる方がいるかもしれない。予めお詫びしておきます。

アルジェリアで起きた事件の生き残りの人と亡くなられた方の亡骸を引き取るために、政府専用機を飛ばすことが決まったとのこと。アルジェリアで日揮の社員がゲリラの人質になった事件が発生したのが日本時間で16日午後のこと、日本には17日の早朝(深夜)に最初の報道がもたらされた。当時安倍総理は東南アジア諸国を訪問中で、2番目の訪問国タイでこの情報に接した筈。その時の第一声が、人命尊重を最優先するようアルジェリア政府にも要請するみたいことであったと記憶する。即ち人質の命に係わるので、アルジェリア政府に攻撃を早まるなとも言ったのではなかったか。

当時は、彼国の政府にどの程度の貸があるか知らないが、自国の都合だけで随分思い切った内政干渉じみたことを言うものだと半ば感心して聞いていた。留守を預かる官房長官以下の閣僚連中も、17日から何とか本部を沢山起ち上げ、総理の指示する線に沿ってあらゆる手段を講じてきたが、4日間何もできず、ただマスコミだけは、「情報が錯そうしている」とだけ言い続けてきた。この間、同時に人質を取られた諸外国トップの対応があまりに違うので恥ずかしくなったのだろう。次の訪問国インドネシアの訪問を少しだけショートカット(訪問国を中国包囲網に引き込みたい意思だけが見え見えの声明だけは発表して)して格好をつけて見せた。

何でマスメディアがご丁寧にこの芝居に付き合うのか分からない。一説にはアルジェリアに直接潜入取材できる能力を持つメディアは1社も無いかららしい。ヨーロッパのメディアとかアラブ系のアルジャジーラの報道を翻訳するしか能が無いのだろう。アルジェリア政府も軍事行動だから、各国大使館にいちいち状況報告する義務は感じていないのだろう。当然情報に敏感な国の大使館は独自のネットを持っているだろうから、当該国政府に頼るまでもなく情報活動はした筈だ。

思わぬ災難

14日の大雪が我が家にとんだ災いをもたらした。未だあちこちに鏡のようになった残雪が見られるが、我が家の前にも一部雪の山が残っている。金曜日、家の前のごみ収集所を片付けていた婆さんが足を滑らして転倒、左手首を骨折して右手と腰も打撲で動けない状態になってしまった。普段家の仕事は一切しないので、罰が当たったかもしれぬ。

15日だったか16日か記憶にないが、帰宅したときに婆さんが「雪片づけはご近所のどこでも男性の仕事。私がしていると、あのお宅はご主人は居なかったかしらと不思議そうに見られていると思うよ。」皮肉に聞こえたので「今から残りを俺がやるか?」と答えたら「やっぱり変わったことはしない方がいい。」と言うので結局しなかった。今更悔やんでも始まらないが、どうしてもあの会話を思い出す。

土曜日に近くの医者でレントゲンだけは撮ってもらって診断は出たが、手当の方はイマイチの感がある。今日総合病院で改めて診てもらったら、骨折は左手首だけで、右手も腰も骨に異常がないので入院の必要はないこと。実は今朝、久し振りに行きつけの接骨院で婆さんの顛末を話してきた。「右手は骨折していないといっても、湿布を剥ぐと甲がどす黒く腫れ上がって相当痛そうだ。腰も痛いらしいのでいっそ入院してもらった方が気が楽なんだけど。」

整体師のお兄さんも「単純骨折なら、10日も病院で安静にしていれば大分良くなるし、爺さんもその方が気が楽でしょう。」と賛成してくれたが、先ほど病院からの電話では通院で十分と言いうことになったらしい。既に始まっているのだが、又当分家政夫の役回りをすることになる。毎日素通りしているスーパーに毎日買い物に立ち寄るのも良い社会勉強だ。一口にスーパーと言っても、店によって品揃えとか客の入り具合いろんな違いがあって面白い。主婦がショッピングを楽しむ気分も少しわかるような気がする。

今日は、ポリタンクから灯油を汲みだすポンプを電動にしようと思って、近くのスーパーと東池袋の2軒、更に近所の工具屋(かつては金物店だったのだろう)から池袋の東急ハンズまで足を伸ばしたが結局どこにもなかった。やっぱ初冬の商品なのかも。普段昼に粉食が多いので朝パン食はないのだが、これから暫くは朝がパンで昼に米粒を食べるよう生活パターンを変更したり。
暫くは旅行でもした気分になる必要がありそうだ。

正月になってから婆さんが今年の暦…

世田谷区民ギャラリー

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今日は久しぶりに少し春めいた暖かさが戻ってきたような気がする。一昨日婆さんから注文があった孫の作品を観に行くには誠にいい日だった。展覧会は世田谷区が区立中学校生徒の作品を集めたものらしい。場所が砧公園内とのことで豊島区池袋から距離はあるが、運動がてらで丁度良かった。

豊島区も広いが世田谷区も広そうだ。田園都市線の用賀で下車して駅前交番で道を聞いた時「バスで行かれますか?」と聞かれた意味が分かった。歩くと結構ある。公園に達してからがまた長い。それもその筈で、ここは昔名門ゴルフクラブの東京ゴルフ倶楽部、即ちゴルフ場だった場所だ。素晴らし環境で、美術館の他に様々なスポーツ施設があるみたいだ。隣接してゴミ焼却施設の煙突があったからプールもあるかも。

今日くぐった門の脇にはスケートボードのミニハーフパイプがあって小学生らしき少年が懸命に練習していた。このくらいから始めないと、あのサーカスじみた技は身に着かないのだろう。公園の中程に区立の立派な美術館がある。今日は一般展示は休館で、区民ギャラリーだけオープンしているらしい。
今日が最終日とあって祖父母や両親と小学生らしき家族連れで結構賑わっていた。

世田谷区は人口が80万人を超す巨大行政区なので、区立中学校が30校以上あるようだ。その中からどのような選考がされたか知らぬが、娘が「4点も入っているので是非見てやってほしい。」電話してきたらしい。とは言っても砧は流石に遠いので、代参して写真を撮ることを仰せつかった次第である。一通り見たが、中学校は区立全校参加で、中学校内で選抜されているような感じである。

習字、絵画、手芸、木工の4部門ごとの展示だが、成程、孫の真也君の作品がどの部門にも展示されていた。一寸嬉しい感じもある。3年生の兄もいるのだが、こちらはの作品は1件もない。確認せずに帰ってきてしまったが、どの中学校も3年生の作品はなかったのかもしれない。我が孫も来月10日は高校受験が始まるそうだから、そんなお遊びはしていられないのかもしれない。

ボランティアらしき受付のおばさんが写真撮影も認めてくれたので、撮影してきた孫の作品4点を一挙に公開。

昔のメディアパワー

今でも読書は好きだが、文字を覚えたての小学校2年か3年生の頃から近くの貸本屋によく通った。貸本屋とは私設図書館或いはCDのレンタルショップのプロトタイプとでも言うべきだろうか。うろ覚えだが、駄菓子なんぞを売っていた店の土間に入ると、一方の壁際に書棚があり、和紙でカバーされ背に墨筆で書名が書かれた分厚い子供向け単行本が並んでいた。昭和20年代のことだから、子供向け単行本なんか未だ出版されていなかったのだろう。全てが終戦以前に出版されたものばかりである。

借り賃は1日1円か5円か憶えていないが、何れにしても、週に1回か2回母にねだったら与えてもらえる金額だったのだから高くはなかったのだろう。
本の種類はいろいろで、今にして思えば大文学者の黒岩涙香・佐藤紅緑・久米正男・吉屋信子さん達の少年少女向け小説もあったが、最初に飛びついたのが講談本。所謂英雄豪傑に偉人、探検家から忍者、侠客に至るまで、少年の夢を膨らませるあらゆる素材がそろっていた。

従って学校教育としては戦後の民主教育だけを享受してきた者ではあるが、
今風に言えばメディアの影響による刷り込みで、戦前並みの脳みそを併せ持つ鵺的人間になっているのはやむを得ない。刷り込みの軛から解放された現在、当時を思い出しておかしく思うことがある。講談本の本命戦国武将について何故か徳川家康の本が無かったことだ。織田信長と豊臣秀吉は勿論愛読したが、家康については読んだ記憶が無い。現代の歴史小説作家なら筆頭に思い浮かべる人材の筈だ。

家臣クラスの英雄豪傑ならば後藤又兵衛や岩見重太郎、国持ちでは真田幸村大谷吉継なんかは当然豊臣家に忠義を尽くした武士としてタイトルになっていたし、加藤清正は最後に家康の家臣として忠義を尽くすのでなく、秀吉に忠義であったことが強調されていたと記憶する。そして家康は常に敵役で描かれていた。戦前の少年少女向け出版物は現代のテレビやゲームソフト以上に強い影響力があった筈だ。現に小生なんぞ、大分いい大人になるまで戦国武将の中で徳川家康は悪い奴だと思っていたくらいである。

どんなに善政を施そうと国家に貢献しようと、家康は主人に背いた人間であるのは確かだ。そこで彼のことについては他愛もない子供向けの読み物でさえ極力取り上げないよう無視する。結果的には家康は悪い人間、卑怯な人間との刷り込みが国を挙げて行われていたことを実感す…

将来不安

アベノミクスで民間経済が活性化する筈はないとする意見が多いようだ。同時に示された物価目標年率2%のアップの達成も難しく、むしろ麻生財務相が狙う資産インフレが再発しそうだとする人もいる。しかし昨夜我が家の財務相の言うところでは「とんでもない、2%どころでは済まないわ。今日今年初めて灯油を買ったけどいくらだと思う?」知る訳もないので逆に問い返した。「円安の影響があるから便乗で少し上がったか?」

「暮の最後に買ったときポリタンク1個分(18リットル?)1650円が、何と1880円よ。それでなくともネギや葉物野菜が高いうえ、雪で品物が無いと来るのだから。アベノクソメ!」物凄い剣幕でお怒りだった。地球上には北朝鮮ばかりでなく、想像を絶する貧しい生活を強いられている人が何億何十億人といると思うし、そんな人のことを考えれば、我が家の暮らしなんぞ王侯貴族と同じはずだ。

なんて言っても豊かな生活に慣れてしまっているので、室内暖房用石油ストーブの使用を止めて、炬燵だけで凌ぐわけにはなかなかいかない。事務所は空調機と電気ストーブで暖を取っているが、12月の電気代が11月の約2倍になっていた。暮に東電から言い訳めいた印刷物が投げ込まれていたが、不愉快なので碌に読みもせず破棄してしまった。婆さんが頭に来るのはよく分かる。年金生活所帯からするとインフレは2%に届かないどころか、総理の期待以上確実に進行しているようだ。

兎に角、収入が年金だけになった我が家では、生活を徐々に切り詰めるしかない。例えば、灯油が値上がりしたら、その分だけストーブを使う時間を短くするとか、高い食品は買わないとか。そんな意味のことを口に出したら「馬鹿言ってるんじゃないよ。そんなこととっくにやっているわよ。」と又怒られてしまった。亭主の自分にもなにかできる事もある筈だが、どうも真剣に考えることが出来ない。日本人の大半が我が家の婆さんのように考えれば、将来の子孫に借金を残してまで膨大な予算なんか組む必要は無さそうだ。

クラシックコンサート

中学の同期生にクラシック音楽やオペラ鑑賞を趣味にしている友人がいる。1960年代前半までのミュージカル映画くらいまでなら何とか話を合わせることは可能かもしれぬが、クラシックとなったらまったく無理な話である。そもそも子供時代と言っても両親の元に暮らした高3までだが、我が家は音楽とは一切無縁であった。ラジオはあったものの、朝の英語講座とニュース以外に聞くものではなかった。

当然ながら、小中と必須の音楽の時間が大嫌いだった。年に1度か学期毎に1度だったか記憶がないが、必ず一人ずつ歌を歌わせられた。これが嫌で嫌でたまらない。何度トライしようと歌の態を成さない。伴奏している音楽担当の先生が終いには「お前は歌わなくてもいい。」と言ってくれた。この時ほどホッとした時はあるまい。また話が脇にそれるが、婆さんは音楽と家庭科の時間が大好きで、運動会と遠足になると病気になってしまったそうだ。バランスを考えるとこれほど似合いの夫婦はあるまい。

結婚して40数年の間に純粋にクラシックコンサートに行ったのは3回くらいしか無い筈である。何れも大阪勤務時代、朝日放送が本社屋のすぐ脇にABCホールをオープンした。広告屋の支店長だったので何度も招待される度に家内同伴をして、家庭での点数稼ぎをしたくらいのものである。当時映画は仕事をさぼりがてらよく見たが、入場料が千円一寸だった思う。引き換え、クラシック音楽だけではないかもしれぬが、生演奏なるもの皆倍以上の金額になる。因みに蛇足ながら、大学時代の銀座新宿のジャズ喫茶(ACBテネシー等)のドリンクが150円から300円くらいだったと思う

今やオペラとなると何万円とのこと、まして本場ヨーロッパに出かけて聴きたいと言うのだから?レコードを聴くのとどう違うのか分からないので、不思議でもある。

この友人が一昨日このブログにコメントして、共通の友人のお嬢さんが飯田橋のホテルでピアノコンサートをするので一緒にどうか?と誘ってくれた。友人は横浜在住なので14日行われた町田でのコンサートに行く予定だったが、大雪で交通手段を奪われ行けなくなってしまったので、今日の飯田橋に行くとのこと。飯田橋と言えば地下鉄で六つ目の駅、と言うことは15分と掛からない。時間は持て余すほどある。

断る理由は何もないが、料金や場所の確認のため演奏者のホームページを開く。飛び込んできたのが入場料5…

寒さ対策

昨日の雪は7年ぶり、9センチの積雪と言っている。実感的にはもう少し多いような感じ。みぞれ混じりのべちゃべちゃな雪なので更に始末が悪い。案の定、今朝は凍りついてバリバリになっていた。昼になると気温が上がって溶けはじめ、道路の一部が小川状態で、靴がそっくり嵌ってびしょ濡れになっている人を見かけた。スキーの時に履くブーツが役に立ったが、それにしても歩行スピードを意識的に緩めて慎重に歩いたので、時間の割に歩行距離は伸びない。いつもの半分で歩くのを止めてしまった

小股で歩くのは山歩きの鉄則だから、思いもかけず都内でいい訓練が出来たとしよう。風邪の方も大分良くなって、昨日の昼で処方してもらった薬が切れたので、今日医者に行こうと思っていたのを止めて様子を見ることにした。
と言ってもやるべきことは何もないので、今日から少し読書でもしようと思って書店をぶらついた。文庫本を2冊買いこんでしまったが、いつ読み終わることやら。

久し振りに厚手のセーターを着込んで、亡き母を思い出した。今着ているセーターもかなり前に婆さんが買ってきたものだが、色がブラウンで全体に織模様が施されている。確か昨年は何日か着たか着なかったか、記憶が定かではないが久し振りのことだ。子供の頃、セーターなんか既製品で売られたものだろうか?少なくとも既製品のセーターについては全く着た覚えがない。小学校4年生の時に母が編んでくれたのが、やはり極太毛糸製の濃茶色で、縦に縄編み平織が交互に入り、首回りが今着ているのと同じ丸首のセーター。

編み上がるまで何日も何週間もかかったと思うが、母が毛糸束を取出し、玉に巻き取るために小さな腕を2本突き出して手伝うのが楽しみだった。出来上がったセーターは凄く厚手で暖かく、最初に着させてもらった時の感激は今でも忘れられない。その年の春に父の職場が移動になって転校したが、翌年の春に撮影されたクラスの集合写真もそのセーターで写っている。クラスの中でも背が低く、成長速度も遅かったので、ひょっとしたら2年か3年着用に及んだのかもしれない。

翌年か翌々年頃になると編み機が流行り初め、母も買い込んで、その後平編みのセーターは何枚か作ってもらったし、制作スピードが格段に速くなったことだけは覚えている。しかし何故か、その具体的な姿かたちは生々しく浮かんでこない。最初の縄編みセーターだけが、制作過程も含め記憶に…

成人式

昨夜からの雨が昼前には雪に変わった。今冬の初雪。湿った重い雪で踝ぐらいまで積もっている。今日は成人式、振袖を着たお嬢さんたちが気の毒である。「小生の時代に成人式は無かったのでは?」と家人に聞くと「そんな馬鹿なことはないでしょう。出席しなかっただけのことよ。」と軽くいなされた。仮にあったとしても、大学1年生の冬休みのことだから、スキー場に籠りきりで自宅になんかいないのだから出席する筈はない。

今の若い人は成人式をきっかけとして、大人になることを意識するのだろうか?そんなこともあるまいと思うが、テレビで若い人の抱負なんぞを聞くたびに、我が身と比べて偉いものだとしみじみ思う。満19歳の正月なら大学1年生の正月である。受験から解放された嬉しさと、初めて生活した東京の刺激、全国から集まってくる新しい学友たち、全てが目新しく新鮮だった。

とても1年未満では消化できず、来る日も来る日もそれらの刺激に酔いしれていたようなものである。言い換えれば余りに世間知らず、幼すぎて遊びに夢中の幼稚園児と変わらぬ心境だったような気がする。当然将来のことなど何も心配せず、今日と明日の快楽だけを追い求めていたのではないだろうか?そのつけは4年生の夏頃になって、就職先が決まらないという形で現れた。そうなってから気が付いたのでは手遅れなのだ。

安倍さんの経済政策も、国債の金利が上がり始めて失敗と気が付いても手遅れだよ。話がとんでもない方向にずれてしまった序でにもう一つ、アメリカに著名な経済学者にクルーグマンさんて方がいる。この方が最近ブログで「安倍はナショナリストで第二次大戦の虐殺を否定し、経済政策にほとんど関心をもっていないが、彼の信じているトンデモ理論は結果的に正しい。」と安倍さんの政策を支持したそうだ。目出度い話で、是非そうであってほしい。

話を戻して己のこと。結果、家族や周囲の誰一人賛成してくれなかった零細広告代理店に就職したのが運の尽き。なれの果てが現在である。しかし世の中には反面教師と言うこともある。可愛い孫たちが二の轍踏まないよう切に祈っている。5年後には孫の最初の成人式となる。生きて見ることが出来るかな?

デジタル表示体温計

風邪が完治しない。年中行事のようなものなので、2日や3日で治るものでないことはよく分かっている。特に昨日の朝は最悪で、喉の痛みは勿論、殆ど声が出ないくらいひどかった。休日恒例のプール行きをどうしようか悩んだが、薬を飲んで寝ていても悪くなるのだから運動してどのくらい悪くなるか実験してみるのも有りかと、意を決して準備を始めた。念のため、予め体温だけは計っておいた方が良かろうてなことで、体温計を出してもらうとデジタル文字が浮かんでこない。一見便利そうなものもやがては劣化が運命だ。
水銀体温計が懐かしい。

婆さんが記憶を辿ると、少なくとも20年以上前に買ったものらしい。熱があればふらふらしてまともに歩ける筈がないから大丈夫よ。とのご託宣だったが、プールに着くと顔見知りの方が「風邪に酷くやられていますね。無理をしないように。」と言ってくれたし、プールの後で回った整体師さんもすぐ同様の指摘をしてくれて、果物を沢山摂ることを薦めてくれた。この整体師さん看護士の有資格者で看護経験も積んでいる。

しかし、体温計は置いていないとのこと。普段から患者の体に触っているので、体温の変化は分かるそうだ。因みに昨日の小生には平熱だと思いますとの診立て。我が家では今日体温計を買い求めるそうだ。薬屋にこれを持って行って「これ、直らないかしら?」と聞いたら何と返事をするでしょうかなんて、とんでもない冗談が好きな婆さんだ。序でに「接骨院も老人の溜まり場みたいものだろうから、体温計位置いておけばいいのに。」こっちは大きなお世話かな。

昨日は流石におっかなびっくりだったので、運動量を普段の半分程度に抑えた。今朝は昨日の朝より少し具合が良さそうなので、運動量も少し増やして600か700m位は泳いでみた。時間調整で少し長めにミスとサウナに入ったりしたせいもあるが、体感的な疲労度は普段よりきついくらいだ。喉の痛みは少し和らいだような気がするが、くしゃみと鼻水は却って酷くなった気がしないでもない。幸い消化器系統に障害がなく、普段通りに食事を摂れるので有難い。

今回整体師のお兄さんの助言に従って、昨夜から少し水をこまめに飲むようにしている。特に夜中に水を飲む習慣は無かったのだが、昨夜実験的にやってみた。これが喉の痛みを緩和するのに役立ったみたいだ。代わりにトイレに行く回数が増える不便さも出てくるが、これはトレードオ…

「心のノート」復活

前政権が廃止した道徳教育の教材を復活させることになるらしい。これがどんな内容か知らないが、現場の先生方は大きな迷惑であるに違いない。一体道徳なんてもの、本を読んで覚えたり、試験の対象にしたりするものでないことぐらいどうして分からないのか。毎度総理の悪口になるが、子供がいないから教育の何たるかを経験もしていないし、ご自身本当に頭が悪そうだ。どうせ先祖がえりするなら、明治23年に発表された教育勅語(儒学者元田永孚の起草と言われている)でも暗記させたらどうだ。

レトロでおどろおどろした雰囲気が好きみたいだから丁度いいではないか。今の小中学生を近くで見たり、テレビのインタビューなんかに答える子を見ていると、アホな政治家より遥かにしっかりしている子が多い。都立の中学に通っている孫の話では、確かに隠れて煙草を吸っているような子もいるし、一部生徒は相当荒れているそうだ。我が孫はまともだと思うが、読本からではなく、周囲の現象を観察して自ら考えるか、周りの大人に聞くか知らないが、善悪の判断は着実に身に着けて行ってると思う。

少し関連する話、大阪の高校でバスケ部の指導教授の暴行に耐えかねた生徒が自殺した事件。校長や教育委員会の会見は一応あったが、全く意味を成していないのと感じた。校長も教育員会も終始生徒の気持ちには全く寄り添っていないことがありありだ。肝心の犯人が謝罪に出てこないのも大いに不満だ。生徒の道徳教育の前に、教師の道徳を如何に教育するかが問題ではないか。この暴力教師は20年以上同じ高校に奉職したまま放置されていた。

校長が代わっても、自分の方が古顔で、しかも強いバスケ部を率いているこを鼻にかけ威張りくさっていたに違いない。恐らく、この方法故に強いチームになったのだと、本心からの反省はしていないだろう。こんな奴はとても教育者とは言えまい。単に己の宣伝のために学校と生徒を利用しているだけのこと。一方の校長以下多くの先生は教育者から官僚に成り下がり、信念より前例を優先したり、領域以外のことについては見ざる聞かざるを決め込んでいる証拠だ。

橋下市長が1千万円でも予算を付けて悉皆調査に及ぶと言っているが、どんな調査をすると言うのだろう。教師の側をどんなに調査しても暴力教師は見つからないだろう。話が「心のノート」に戻るが、色刷りの読本なんか配るより、生徒全員に白紙のノートを配って、毎日…

他愛も無きことごと

今の日本人は誰もが忙しく立ち働くので、伝統的な正月の行事から縁遠くなっているのは仕方がないのか?もちろん例外ではない一人だが、大の甘党なので、父が床の間に飾ってあった鏡餅をおろして、母に汁粉を作ってもらった鏡開きの日が懐かしい。昔の日本人が怠け者であったわけではあるまいと思うが、お正月を随分ゆっくり楽しんだものだ。子供の頃を思い出しても、少なくとも15日のどんど焼きまでは何となく正月気分でいたような気がする。大人たちも注連飾りを外すまでは同じ気分でいたのではなかろうか。往時の生活に漂っていた気持ちの余裕が羨ましい。今や唯一の床の間には無粋なパソコンやプリンタが鎮座する始末でだ。

習い事をしたことはないのだが、昔から鏡開きが仕事始め・稽古始め・道場開きだったと思う。因みに皇室では10日が講書始めだったとの報道もあった。皇室は元日から神事もあり、お忙しくていらっしゃるので、普段のお仕事やお勉強はやはりこの頃からと言いうことだろう。一般人の我々も正月ぐらい少し落ち着いてみたらどうだと思うが、そんな悠長なことを言っているのは時代の流れに取り残され証拠。仕方がないので稽古始のつもりで午前中から囲碁を1局、今年の運試しに及ぶ。結果は吉で好い碁が打てた。

毎年のことなので気を付けていたつもりだが、喉の調子がおかしい。やはり風邪だと思う。昨年は内科で治らず耳鼻科で完治した経験から、近所の耳鼻科に飛び込んだ。何と言っても我が事務所の右隣1階が処方薬局、その2階が内科、左隣の4軒目が耳鼻科、序で言えば向かいが床屋で、100m以内に皮膚科まで揃っている。都会暮らしのアドバンテージで極めて便利だ。医者の設備で喉の奥に吸入してもらい、薬も4種類4日分処方してもらったので、連休中には直したいものだ。

少し離れた板橋に暮らす長女は、小学校から高校まで皆勤だったのにがインフルエンザでダウンしたとのこと。予防接種をしていなかったらしい。続いて昨日は幼稚園に通う孫がダウン。可哀そうに婿殿が半日休暇を取って、孫を病院に連れて行ったらしい。世田谷に居る次女のところでも、正月早々に中3の長男がノロウィルスでダウンし、次女も感染して、一家で七草を待たずに毎日お粥で体力が低下したので、七草からの日から逆にしっかりしたものを食べて体力回復に努めているそうだ。

ダウンした中3の孫は来月には高校の入学試験も控えてい…

「アベノミクス」ある専門家の見方

昨日、新政権の経済政策について皮肉めいた事を書いたが、読者の反応が余り良くない(アクセスが減ってしまいました)。素人があれこれ言っても面白くもおかしくないのかもしれない。口惜しいので再び同じ問題を取り上げ、専門家の意見をそっくり書いておきたい。丁度1年前に読後感でも取り上げさせてもらった「デフレの正体」の著者 藻谷俊介氏が今日の日経ビジネス(オンライン)で語っている。小生の気持ちをしっかり汲みとってくれているので嬉しくなってしまった。

冒頭に曰く『ちょっと、アベノミクスはどうかと思いますよね。国土強靭化のために公共投資を増やし、一方でマネーを供給して流動性を高めるという。それは、どっちも過去、やってきたことじゃないか、と。それで経済が良くなるんだったら、とっくに良くなっているはずですよ。』素人が言うのではない。東大を出て住友銀行やドイツの証券会社勤務の経験もお持ちの方が仰るのだ。

以下長くなり、少し分かり難いかもしれませんが、本文の要点を張り付けます。巷間言われる「安倍トレード(アベノミクス)」なるものは虚像で、インフレターゲット1~2%は前政権時代から日銀が取ってきた政策でもある。お金を無制限に刷った結果、結果何が起きるかについての検証は何もしてないだろうし、日米関係を強化する方針との矛盾になることを指摘している。

所詮小生のブログなんぞ誰かの受け売りだから我慢してね。

 『今、おカネを刷らなければならないことは、実は別の理由があります。アメリカがQE3(量的金融緩和第3弾)をやっているわけで、このままでは日米のマネーサプライのバランスが崩れてしまうんです。そうすると、為替がドル安円高に振れることになりかねない。

 日銀は震災直後からマネタリーベースを増やして、昨年に入っても右肩上がりで増やしてきた。実は、日米のマネタリーベースの差が重要で、これと為替レートには相関関係が見て取れます。日本が(金融を)緩めると米国のマネタリーベースを上回って「勝った」状態になる。実は、日銀の白川総裁はがんばって米国を上回ってきて、それが今の円安の要因になっている。別に「安倍トレード」ではないんです。安倍さんと無関係の様々な現象の結果として、今の金融の様々なことが起きている。

 で、これをもう一回、QE3で米国に巻き返されると困る、と。そこで、日本もおカネを刷らざるを得ない。つまら…

景気回復予算

安倍新政権の予算編成方針で、全省庁に対し今年度の補正から新年度にかけて予算大盤振舞いの見通しが高まっている。加えてドル円相場も円安傾向にあり、大企業の社長さん連中は嬉しそうな顔を隠せない。中小零細であっても、当面の経営には多少なりともプラスになる筈で、少なくともマイナスになる要素は何もないだろう。マスコミの報道は経営者目線が大部分だから、予算大盤振舞いへの批判的な論調は皆無に等しい。

財界トップのテレビインタビューなんかを聞いていると、本格的景気回復効果が出るのは年末以降とか2,3年先ではないかみたいことを言っている。当然春のベースアップなんかもっての外、正社員の削減や賃金カットの継続が必要。要は国際競争に勝ち残れるよう企業体質の強化を図れ、と経団連副会長さんが仰っていた。新内閣が次々に打ち出す会議、例えば「経済再生本部」「経済財政諮問会議」等々、ここで如何なる議論が行われ、結果何が決まり、それがどのように政策として取り込まれ、我々の暮らしにどのように反映されるのか?

直ぐにイメージが湧く人は相当に政策決定の仕組みに通じた人だろう。小生如きにはとても思いが及ばない。報道を黙って聞いていると、このような会議等の復活で、世の中がひっくり返るように景気が良くなるみたいに聞こえる。実際にそうなって明るい社会が実現するなら結構な話だ。しかし例えば「経済財政諮問会議」のメンバーを見ると前述の経団連副会長さんや大阪橋下市長が起ち上げた維新の会の有力裏方とされた竹中平蔵氏、楽天のオーナー三木谷浩史氏等が上がっている。

経団連副会長さんとは小松製作所会長の坂根正弘氏である。小松製作所の業績は2009年度が底で過去3年業績がV字回復をしている。竹中氏は言わずと知れた高名な経済学者、小泉氏の閣僚として郵政改革をリードしたのは記憶に新しい。郵政改革で世の中がバラ色になる筈だったと思うが、何がどう改革されたかよく分からないが、日本国民にどんな幸せをもたらしてくれたのか?氏は日本とアメリカに拠点を持っての大活躍で、都内にも多数の不動産を所有することで有名らしい。

三木谷氏はについて知っていることは少ない。プロ野球のオーナーになるくらいだから大金持ちであるのは間違いないだろう。その資産形成の元になっている楽天てどんな商売か知る人は少ないだろう。小生もその一人だけど、仕組みについて理解できていな…

小説を書いてみたい

昨日は昼間から酔っぱらってしまったのでブログをっサボってしまった。と言うのは真昼間から昨年来親しくしている友人と新年会。お互いお気楽同士の前期高齢者なので、挨拶回りは抜きの新年会をしようと、昼から池袋で紹興酒の熱燗で乾杯をした。これじゃとても仕事始めと言えないか。(笑)彼は未だ現役で仕事をしているのだが、もう得意先の不興を買っても構わないと、サンデー毎日さんにお付き合頂き、大いに初春のおだを上げて愉快だった。彼は会うたびに面白い本を探して持ってきてくれる。

今回持参してくれたのは、ローレンス・ブロックの最新作。当然まだ読んでいないが、彼の著書一時夢中になって読み漁ったので、期待している。当の友人曰く「あまり面白くないかも」とのことだったが、何となく分かる気がする。警察ものや探偵小説は大抵同じ作家が何冊も書いている。最初は凄くわくわくしながら読んだものでも5冊6冊と重なってくると、どうしてもつまらなくなってきてしまう。

いくら刑事や探偵或いは検視官とはいっても、現実の世界にそう面白いネタが沢山転がっている筈も無い。多少のマンネリは仕方がないかもしれない。それにしても小説家の想像力は敬意に値する。一昨日は芥川賞や直木賞の候補作品が決まったとNHKでニュースが流れていた。どうせ文を書くなら、この日記とも言えぬ意味不明な駄文ではなく、しっかりした小説を書いてみたいといつも思っている。

しかしながら不勉強、知識の不足に加え想像力と創造力が欠如しているため、どうしても文章で架空の世界の世界を構築できない。誰にでも小説が書けるほど甘いものではない事はよく分かる。逆説的、皮肉に考えるとよくいる虚言癖の人、ある程度の知識がなければとっさに嘘がつけないのだから、営業の世界には全く不向きだが、意外と作家には適しているかもしれない。頭が空っぽで嘘をつくのがあまり得意でない小生は、やはり生まれつき営業マン向きだったのだろう。

昨日彼に返却したのはスウェーデンの作家(アルネ・ダール)が書いた警察小説「靄(もや)の旋律」。昨年末にお借りしていたのだが、これも非常に面白かった。但し、スウェーデンの小説が初めてだったので登場人物の名前を覚えるのが大変だった。先ず名前だけでは性別が分からない。正直なところ、英語だって名前を聞いただけでは性別が判断できるかどうかは相当にあやしいが。その上に脇役の登場人…

風土の差で済む話か?

外国については観光旅行で数か国歩いただけなので、本当のところは何も分からない。だが世界中から大きなニュースはほぼリアルタイムで報じられる世の有りがたさだ。このニュースだけで推し量ると、少なくともアメリカの政府と議会は元旦未明まで「財政の壁」回避か否かを巡り、激しい攻防を続けたらしい。やっと最低の同意に漕ぎつけ、目先の崖から転げ落ちずに済んだとはいえ、崖っぷちに立ったままの大統領の表情は冴えない。

とても土日を休む陽気ではなさそうで、相当消耗しているように見受ける。中東では暮れ正月関係のない戦争が続いている国が沢山ある。中国や韓国ですら日本大使館や靖国神社の放火犯の取り扱いで忙しそうだし、尖閣には飛行機まで飛ばしてくれている。霞が関の官僚は25年度予算の編成が今月にずれ込んだので正月返上とも伝えられている。これについては少々異論があって、昨年夏以来とっくに用意しているものを、多少いじっているに過ぎないと見てはいるが、官僚の話は一旦措くことにする。

言いたいのは我が国の政治家先生の働きぶりについて、大いに不満だ。昨年の暮れには通常国会召集は今月末の26日とか28日と早々と決めたらしい。要するに1月中は機能しないと言うに等しいだろう。暮れの選挙前までは口を開けば、日本の危機は一日も待てないところに来ているみたい言い方をしていたのは何処のどいつだろうか。主には当時の野党諸氏だろうが、あの騒ぎは何だったのか。勿論マスコミも、お正月休みは己を含め既定路線で、何ら問題になることは無さそうだ。

「危機突破内閣のロケットスタート」新政権発足のキャッチフレーズのようで、そんなにテレビを見ないのにもう何回聞かされたことやら。報道する連中も気恥ずかしくないのだろうか。多くの方はご存じだと思うが、この間我が国の政治家が何をしているかと言えば、連日新年会に明け暮れているだけである。次回の選挙に再選されることが政治家の最重要課題故にお許し願いたいとのことだろうが、少なくとも小生は許す気にはならない。これで官僚任せの政治から脱却できるなら何の苦労もいらない。

同期の友人が、我が国の国会議員一人当たりの実質経費は年間5億円掛かる計算になると教えてくれた。詳細な根拠については聞かなかったし、金銭のことだけで文句を言いたくはない。選挙が終わってしまうと、議員定数削減のことが新聞にもテレビにも全く出てこ…

無趣味の暇つぶし

寒の入りだけあって寒い。寒すぎるくらいである。年を取って困るのは仕事が無いばかりではない。遊ぶことにも一苦労しなければならない。若い頃に休みが楽しかったのは、遊ぶことが沢山あったからに違いないと改めて思う。
趣味と言えば精々ヘボ碁くらい、これとて友人と打つわけでなく、パソコンを通して見知らぬ人との対局ばかりである。たまに良い碁が打てたと思う時もあるが、一人で思ってみてもつまらない。

最近は黙然として事務所で一人パソコン囲碁をする機会が多い。今日も結局これで日が暮れてしまった。囲碁であっても心が通い合う人間同士で対局して、初めて興趣が湧くと言うことが分かった。特段の用事が無くても「飯でも食おうよ」声を掛け合う友人が本当に居なくなってしまった。未だに仕事をしている友人が何人かいるので、仕事でも始まれば事務所に電話して、お茶ぐらいは付き合ってくれるだろう。

休みになると「待ってました」とばかりに遊ぶことを相談した友人が幽明境を異にしたり、遠くに行ってしまったりしたのは寂しい限りだ。テレビを見ようと思っても碌な番組が無いし、映画や演劇も興味が湧かない。読書をしようと思っても適当な本を見つけることさえ面倒くさくなってきた。それでも足腰を鍛えておかないといけないと言う気持ちだけはかすかに残っているので、毎日少しずつ体は動かしている。

しかし暮れに同期の友人の薦めで深沢七郎の名作とされる「楢山節考」を読んでみた。このブログに読後感を書こうと思ったのだが、若い時読んだ感想と全く異なり、身につまされてと言うか、書き様がないのでやめている。信濃路にある姨捨伝説からの書かれたものとされるが、老人が若い世代と上手に交代するには老人が元気が良すぎるのは考えものだと示唆している。

確かにこれも一理あると考えながら年を越したので、70過ぎたこの俺が足腰鍛えてどうするの?てな疑問も生じる新年最初の週末で先が思いやられる。

年賀状

今日から仕事始めかと思うのだが、池袋西口は未だ閑散としている。開いている商店・飲食店が意外に少ない。開いているのはチェーン店ばかりで味気ない。一般企業や役所にしても、午前中は仕事始めの挨拶回りで昼から乾杯なんて習慣は無意味なこととされてしまったのだろう。世の中から無駄をどんどん省いていくのも結構だが、行きつく先は余りハッピーでなくなるのではと余計な心配をしたくなる。

正月は頂戴した年賀状をゆっくり拝見するのが大きな楽しみだ。こちらから送ったのは表裏ともに印刷の味気ないものでお恥ずかしい限りだが、大勢の方が味わいのある言葉を書いてくれている。同輩諸氏は殆どリタイアしているものの元気な方が多く、ゴルフでエイジシュートを目指したいとか、外国の高い山に登ってきましたなんて方までいらっしゃるので恐れ入る。自公政権が復活して経済が再活性化しそうなことや原発が再稼働したことを喜ぶ人もいる。

一方では「本来、閉門蟄居して余生を過ごすべき者がなんの加減でか再び国の頂点に立つような、理解し難いこの国の時代です。」なんて書く少し若い友人もいる。皆さんそれぞれどちらの側に立つかは兎も角、国を思い憂いているのは立派なものだ。年賀状と言えば決まり文句を書いて、生きているアリバイ作りでいいだろうと思うのは怠け者の証拠。少しは反省しなければいけない。我が想いにぴったしの文章が書かれたものもあった。

一部をご了承を得ないままそっくり引用させて頂く。「Sunday毎日。いざ我が人生と思いきや、そうは問屋が。先ずは指令に背く我が体。その肝心の司令塔の劣化。国家と同じ財政破綻、当方消費税お手当の方策無し。世相もぼやくばかりで、すでになすべき役割し。・・・」さすが同期生、先の短いこれからの人生をことさら心配するではなく、現在の心境を吐露されたとも思うが全く同感である。

多くの方から今年の多幸を祈って頂いたし、自分でも神頼みさえした。報道も今年は景気が回復しそうと書き、株価は上がる。結構づくめの正月ではあるが、正直何となく不安感が拭えない。先ほど昼飯に行って、早々と新政権のインフレ目標達成に協力している店に入ってしまった。円安が輸入価格を押し上げガソリンだけでなく諸物価は高騰するに違いない。年金に復興税が課税されると、これもまた下がる話だ。

国家の危機は突破されても、社会からご用済みになっている老人と借金を…

お正月

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普通の方からすると少々変わっていると思うが、毎年お正月は行動パターンが決まっている。先ず年末の30日になると婆さんが実家に里帰りしてしまう。1915年生まれの岳父が30年ほど前に脳卒中で倒れて以来、自宅で大晦日と元日を家族と共に過ごしたのは何回有るか、ひょっとしたら1度も無いかもしれない。360日誠心誠意あなたに尽くしているのだから、せめて年末年始の5日くらいはお許しを、てなことらしい。岳父は疾うに亡くなっているが、義母が89歳で健在、しかも一人暮らしなので仕方ない。

こちらは子供の頃からスキーに夢中で、高校生くらいの頃から正月自宅にいることが殆ど無かったので余り苦にならない。ここ何十年は暮れの大晦日か元日には伊勢神宮参拝と決めている。1昨年の暮れに大晦日から元日にかけてのバスツアーを見つけ、今年もこれで行ってきたのだが、丸2日間潰してくれるので実に好都合である。今回は添乗員の男性(前回は女性)がよく勉強している人で、車中で通過地点の地誌を丁寧に説明してくれたり、伊勢神宮にまつわる神話を聞かせてくれたので、退屈することが少なかった。

それでも流石に帰路御殿場から大渋滞に巻き込まれ、新宿着20時頃の予定が22時過ぎになってしまった。これも添乗員さんによれば、中央道笹子トンネル天井版崩落の影響で、中央道を嫌って東名に廻る車が多いためだったらしい。年末年始寒波と言われた割には2日間暖かく、神様には欲張って山ほどのお願いをしたので、神様もお困りだったかもしれない。お参りの後はいつものように、お土産の赤福餅を買い善い初詣だった。

それにしても日本人の宗教心と言えるのかどうか不思議なものだ。伊勢の内宮に鎮まる天照皇大神、日本で最高位とされるが神様にランクがあることに誰も(少なくとも参拝する人は)疑問を抱かないらしい。しかもこの大神様は明らかに人間(女性)である。キリスト教でもイスラム教ででも仏教にしても神は人間とは隔絶した存在で、性別などある筈も無い。日本の神様には父もいれば母もいる。勿論子供もいて、数代後になると皇室の祖である神武天皇の誕生になる。以降現在に至るまで皇室には2670数年の記録(過去帳?)が残るとされ、そのちょっと前の先祖が神様なんだから不思議な国だ。

日本人は全員この神様の子孫と言うことになり、百二十何代か遡れば同じご先祖になってしまう。我々が仏壇を拝むと…