一回り年齢が上だが、若い頃銀座のすし屋で何度か見た事がある。いつも若い取り巻きに囲まれて得意顔をしていたような印象である。政界にも相当付合いを拡げていたのだろう。結局家業は潰して、旦那芸の作家業に勤しんでいる程度のものだろうと思っていたのも食いつかなかった要因である。案の定、伝記とも小説ともつかない中途半端な読み物で、文章に迫力なり面白味が全く感じられない。他の小説で谷崎潤一郎賞と野間文芸賞を受賞しているのが不思議なくらいだ。
昭和53年から55年まで内閣総理大臣を務めた大平正芳の生涯を描いた作品で、伝記に近いと思われる。大平氏が総理大臣になった頃、30歳違いの私は既に40歳近い大人になっていたが、政治への関心は薄かった。大平氏は、派閥は異なったが越山会の田名角栄氏と盟友であり、彼の身代わりのような形でで総理になることが出来た他人程度の印象しかなかった。もう少し以前から政治に関心を持って、注意深くニュースをチェックしていれば、少しは見方が違ったのだろうと改めて思う。
彼は最終的に派閥の宏池会を率いることになる。宏池会は吉田茂・池田勇人の後を引き継いだ保守本流と言われたものらしい。現在では日中国交回復と言えば田名角栄氏が手柄を独り占めにしたように思われているが、当時の外務大臣大平氏の存在を無視するのは妥当ではないようだ。本書によれば、むしろ後者の力の方がインパクトを持っていたようにも読める。その事は兎も角、佐藤内閣末期から熾烈になってきた三角大福による後継者争い、即ち自民党内における権力闘争=政治駆け引きは、今の国会における政党間の駆け引きより激しいものだったらしい。
同じ党内であっても岸-福田の系統と池田-大平の系統では全く目指すところが違っていた。-にあたるところが佐藤内閣になるのだが、岸信介の兄弟だありながら吉田茂、池田勇人の流れを引き継いでいるようでもあり、実際どうだったかは分からないし、本書でも詳らかになっているように思えない。分かったことは今も昔も政治家は、党派を率いて権力を保持するためには嘘もつくし約束は破るし友情も捨て人を裏切るものであることだ。
一見鈍重で人が良さそうに見えていた大平氏であるが、派閥のトップになるくらいだから、相当に強かな人であったと認識を新たにした方が良さそうだ。あくまで小説だからどこまで内容を信じていいか疑問は残る。登場人物も実名と仮名が混在している。中で「森野元」なる代議士が頻繁に顔を出す。余り上品ではなく角栄氏と大平氏の間で、よく言えばクーリエ(情報伝達将校)悪く言えば二重スパイか二股膏薬的な役回りで、誰がヒントになっているか興味を持ってネットで検索すると、「浜田幸一氏」がモデルだろうとの書き込みが見つかった。「さもありなん」とやっと納得できた。
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