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やっぱり自己中か?

今年2度公開したブログに沢山の励ましのコメント頂きました。一々返信しませんが感謝しています。婆さんからは早くやめるように言われていましたが、悪い癖は中々直りそうにありません。これからも暇になったらボチボチ書きますのでよろしくお願いいたします。

心に空いた空洞は相変わらずだが、弔問客の無い日が多くなり時間に大分ゆとりができつつある。しかし新しいルーティンワークが増えているので、妻の生存中とは大違いだ。亭主が先に逝った女性はやがて生き生きと新生活に向かい、女房に先立たれた亭主は程なく後を追う、の意味がやっと分かった。亭主が先に逝けば、女房は物理的に仕事が減って、やがて精神的ストレス無くなりハッピーになって当たり前だ。

逆の場合は物理的時間的制約もストレスも真逆になる。なんでこんな当たり前なことが分からなかったのだろう。最後の最後まであらゆる負担を押し付けたまま逝かせてしまった。女性にとって人生最後の楽しい時間さえ与えなかったのだから、つくづく婆さんには申し訳ないことをしたと思う。そう考えると、ちっとばかり手間暇が増えることに文句をつけてる場合ではないかもしれぬ。罰が当たってそう遠くない時期に婆さんの後を追うことになっても仕方があるまい。

そう思いながらも、一方で必死に体調管理に気を使っているのだから笑えてくる。このところ新しいステージでの時間配分が大分できるようになってきた。第一が早寝早起き、10時前に寝て朝は6時前に起きる。ゴミ出しは大体6時半ころで隣の奥さんとほぼ同じ時刻。これまでは週末は普段と違うタイムスケジュールにしていたが、主婦と一緒だから土日は関係無い。特に土曜日は生ごみの出せる日だ。兎も角、土日に通っていたジムは解約してしまった。早起きしてるので、弔問客が来なくなり、相続関係の事務が終われば時間は幾らでもできるだろう。歩けばいいわけだ。

問題はやはり食事の管理だ。こればかりは如何ともなし難い。今週やっと炊飯に挑戦して飯の炊き方は分かったが、生卵のぶっかけ飯とインスタントラーメンだけではどうしようもない。運動と睡眠が何とかなっても栄養補給だけは相当に考える必要がありそうだ。新聞は断ったが、テレビも食事をしながら観るようになった。大分娑婆の風を感じるようにはなったが、まだ白木の位牌と骨壺との同居に変わりがない。今週末には婆さん宛に届いた年賀状に挨拶状を発送し…

新しい気持ちで

あれから3週間、生活のステージが大きく変わり、まだ落ち着いたとは言い難いがブログを書く気持ちになった。

「人間諦めが肝心」はよく妻が口にしていた言葉だ。私もいつも全く同感だった。しかし妻が先月28日に突然世を去ったことは簡単に諦めきれない思いがあった。だが考えれば、こればかりは永遠に取り返しのつかないことである。いつまでもグジグジするのは我が家の家憲に反すると思い、頑張って身の回りの整理を進めている。娘たちから見るとこの態度が気に入らぬようだ。大分文句を言われたが、幸か不幸か娘たちにも大事な家族がいて、それぞれ忙しい事情を抱えている。そう頻繁に親父のところに顔を出すわけにはいかない。

かくして我が家は豊島区の未来を象徴するような完全な独居家庭となった。昨年までは何をするにも麻生太郎氏ではないが副総理兼財務大臣の妻に相談してきたが、今はすべて自分が判断して且実行しなければならない。これは結構きつい。家事万端と言うが、意思決定にしても実行にしてもこんなに多いとは夢にも思わなかった。専業主婦とは女性にとっての憧れの永久就職先なんてとんでもない。サラリーマンの方がよほど気楽だろう。パラサイトドーターが増える理由がよく分かった。

同年輩の友人は少なからずいるにはいるが、家庭問題で相談に乗ってもらえそうな人間は簡単には見つからない。故に一人で相当頭の体操を繰り返さなければならない。若い時から様々な人・家庭・葬式などを見たりしてきたが、自分の知っている世間なんぞ狭いものだ。出した結論が世の中に通用していくかどうかは分からないが、自分で決めた道だからそのまま進む以外あるまい。

今日は妻が応援していた区会議員が夫人同伴で2度目の弔問に来てくれた。2度目の弔問に来てくれたのは彼が初めてである。なんでも、彼がある政治家の秘書になりたての頃に我が妻がこう言ったらしい。「あなた政治家になりたいのでしょう。頑張りなさい、私が後援会員第1号になってあげる。」

間もなく彼も区会議員に立候補することになり、妻も言っていた通りになったそうだ。このことは奥さんも十分承知で、妻の料理が美味かったことを思い出として話してくれた。去る者日々に疎しで、葬式で涙してくれた近所の人たちも普通のご近所付き合いに戻っているし、旦那方は知らぬ顔の半兵衛が殆ど。そんな中で少し離れた場所に住んでいる議員が夫人を同伴して2度…

突然ですが

暮の28日以来初めてパソコンを立ち上げました。手がかじかみしもやけで膨れ上がったせいか、キーボード操作も思うに任せません。

実は、暮の29日に48年連れ添った妻に先立たれてしまいました。死因は大動脈りゅう破裂で瞬間的に意識を失って倒れたようです。死に顔は実に安らかでした。このことを思い出すと今でも涙が湧いてきてしまいます。詳しいことはとても書けません。とにかく今はただ茫然自失ならぬよう気を張って忙しくしています。

パソコンを1週間ぶりに開いたのも葬儀社など葬儀関係の支払いを澄ますための心算でしたが、ブログの休止宣言もさせていただきます。正気に戻るのがいつになるか分かりませんが、当分は駄目だろうと思いますが、いつまでもこんな状態でよいとも思いません。

一言だけ申せば「婆さん」とは性格も大きく違いましたが、良き戦友でした。安心して子育てから家事全般、特に私の私の栄養管理と財務管理は任せきりでした。暮の最後の買い物に出かけて、ついでに立ち寄ったのがクリーニング店。私のシャツを渡すカウンター前で倒れて旅立ったようです。今年に入ってから医者通いは増えていましたが循環器系の既往症や予知は全くありませんでした。
ごくごく近親者だけの野辺送りとなってしまい、失礼をした方は多いと存じますが、故人にに免じてお許し願います。

たまに娘が来てくれますが、昨年暮れから今日に至るまでテレビや新聞は一切見ていませんし、人様とまともなコミニケションができる状態でありません。骨壺と独居老人の自宅にどう慣れるか訓練中の毎日です。