投稿

2月, 2017の投稿を表示しています

暗示的だ

テレビ番組には未だとても及ばないだろうが、インターネットテレビ報道番組も徐々に視聴者が増えているようだ。その中に平日8時からのレギュラー番組「真相深入り!虎ノ門ニュース」(注)がある。どちらかといえば与党寄りで好みではないが、異なる意見を持つ人たちの考え方も知らないといけないので結構観ている。この番組のレギュラー出演者に元共同通信社の政治記者をしていた青山繁晴氏がいる。氏は45歳で共同通信を退職して、一時は三菱総研に在籍したが、4年ほどで退職、2002年4月(有)独立総合研究所を立ち上げた。以来15年近く実際のところ何が本業かわからないが、政府の審議会委員になったりしている。
(注)https://www.youtube.com/watch?v=AqQ6PKOKODM

東電福一発電所事故の時、部外者でありながら所長の吉田氏と単独インタビューしたのは有名で、その本を読んだ記憶もある。他にはテレビにもよく引っ張り出されていたし、現在でも講演の依頼は多いだろう。言うなら今風で多彩なマルチタレントであった。その彼が、突然昨年の参議院選挙に立候補して見事当選してしまったのだ。マスメディアでは決してメジャーな解説者ではなかった氏の当選には、このインターネット番組のレギュラー出演が間違いなく大きく貢献している。世の中が大きく変化している一つの現れでもある。

この青山氏が昨日2月27日出演の「虎ノ門ニュース」で、自分で取材したわけでもないので詳しくは知らぬが、と断ったうえでの発言『この(事案と言わずに)事件は、どう見てもおかしい。総理も気にされてのことだろう、「官邸スタッフや関係者でこの事案に関係した者がいないことを確認した。」と仰っている。だがしかし、これだけ多くの役所が絡んでいて、どの役所も揃いも揃ってこの学校に特別の配慮をしている。こんなことは政治家、特に与党の働きなしには考えられない。司法が捜査すべきと思うので敢えて事件と言った。』
ここでこの問題を取り上げるだけでも驚いた。

氏は国会議員になる前から安倍総理の応援団員で、自ら安倍総理から直接口説かれたので参議院議員になったと公言していたし、当然ながらこれまでは政権批判めいた発言はなかった。それだけに昨日の発言にはびっくりした。森友学園事件はマレーシアでの金正男殺人事件に助けられ、マスコミで燃え上がらないと些か残念に思って…

官民もたれ合い構造

サラリーマン現役のころは、政府の諸施策に関してあまり感謝の念はなかった。むしろ税金をむしり取られていると思いが強く、政府を友好的に思うことがなかった。年金生活の今を思うと相当に間違った考えであったかも知れぬが、政府がサラリーマンを応援してくれているとは思わなかったし、応援してほしいとも思わなかった。昔も今もサラリーマンは一所懸命仕事をする以外に、所得を増やしたり暮らしを豊かにする道はない筈だ。

ところが最近は「働き方改革」なんて言葉が出来て、政府が勤め人の味方のような風情でつまらぬ法律や下らぬ政府方針を打ち出してくる。最たるものが先週末から実施された「プレミアムフライデー」だろう。勤め先を公然と早退できることを喜ぶ人間も多いかもしれぬが、それが国の経済にどんな影響を及ぼすのだろうか?言い出しっぺが経産省で経団連がお先棒担ぎらしいが、会社の業績や国の経済に好影響を与えるとはとても思えない。

無駄な勤労を奨励しろとは言わないが、政府が国民個々の勤労意欲を削いでどうするのだ。政府が民間企業の経営に口出して経営効率が上がるなら経営者は気楽なものだ。昔から特に創業者に多い優秀な経営者は官に頼ることを嫌った人も多い。本田宗一郎氏なんかが典型のように思う。こういった人材が多く出現するようになれば、国の将来も明るくなるだろう。

だが現実は正反対で、大企業は株式まで政府に買ってもらって喜んでいる。その1社東芝が何故破産状態に追い込れたか、理由ははっきり分からないが、原子力技術取得のために無理をしたことだけは明らかになっている。東芝と国との関係について、誰がどうしたかまでは明らかになっていないが、組織と組織として捉えれば相当深い関係にあったことは容易に想像がつく。今回の破たんに関して社内にも責任者が沢山いるだろうが、政府の方針にも責任の一端くらいはあるだろう。

原発に関しては6年前の3月以来、廃止の議論が主だとばかり思っていたが、東芝ではアメリカを含め諸外国向けに積極的に原発事業を展開していたとはつゆ知らなかった。「国内が駄目でも海外はあるさ」だったらしいが、これこそ官民一体でなければできぬことだろう。大企業の多くが東芝同様に政府ともたれ合ってるとすれば、日本経済の先行きはあまり明るくなりそうにない。

総理の人気

たまたま今国会で我が総理大臣閣下が大分攻撃されているので、内閣支持率が少し下がってきているかもしれぬ。月が変われば、またどこかが世論調査結果を発表するだろう。その際内閣支持率がどう変化するかは分からないが、総理の国会答弁を聞いている限りは、支持率低下を心配しているようには聞こえない。相変わらず野党の支持率低迷を嘲る発言をしている。

国内は相も変わらず下らぬ問題で大騒ぎしているが、昨年ヨーロッパに於けるブレグジットに続いて今年はアメリカではトランプ政権の発足と、世界は益々分かりにくい状況に陥っている。政府も口先では「我が国を取り巻く安全保障環境は日々厳しさを増し・・・」を決まり文句にしているばかりで、とても世界の環境変化を正しく認識して対応を準備しているとは全く思えない。国内も経済問題をはじめ問題山積はもちろんのことだ。

総理が新アメリカ大統領と早々に首脳会談を持てたばかりか過分のご接待に与ったことを大喜びするのも結構であるが、アメリカに何を言われたかといえば「尖閣諸島は日米安保条約第5条の範囲内」が最大の収穫で、ここが侵略されるようなことがあれば、アメリカは核兵器をもってしてでも日本を守る、と言ってくれたとかで大喜びしているだけである。アメリカは前から中国との領土問題には介入しないが、尖閣は日本の領土と認めているのだから殊更目新しいことはないが、核云々に感激したとするなら相当問題だろう。

素人目からしても世界的に核戦争の危機が高まっていることは分かる。そんな時に自国防衛のためかどうか知らぬが、評論家も含め日本人であるなら軽々しく核云々を口にするだけでも慎むべきだ。たとえトランプ氏がそのような発言をしたとしても違う受け止めをすべきであろう。本当に世界平和を願う気持があるなら宗主国であってもそんな発言をさせるべきでない。核の問題については改めて書くことにして、首脳会談でこちらから何を申し上げたかである。

まず「米国こそ民主主義のチャンピオン」と持ち上げて、日本から工場を持ってきますよ、投資を沢山しますよとか、どうしてそこまで弁チャラを言わなきゃならぬか、理解に苦しむ。肝心のTPP問題については「大統領の判断を承知している。」だそうだ。世界的に問題視されている移民問題については国内問題なので意見をあえて述べないのだからトランプ大統領は悪い気はしないだろう。そしてさぞかし…

精神年齢?

皇太子殿下が既に57歳になられたとのこと。昔は随分お若いと思っていたが、今となると年齢差をさほど感じなくなってしまう。時の流れだけは万人に公平である筈だが、ある時点から年齢差の感じ方が違ってくるのが面白い。こちらの成長が止まり、相手が成長し続けるからだろうが。成長云々は肉体上の問題でなく精神的な問題であるのは言うまでもない。

精神なんてことも随分抽象的で、正直なところ具体的に何を意味するかよく分からない。知識とか知恵と言えば少しは分かるような気もする。一昔前は精神教育なんて言葉もよく聞いたが最近あまり流行らなくなった。ところがここに来て大阪・森友学園の小学校建設が社会問題となり、関連で系列の塚本幼稚園の教育方針が報道で取り上げられて、急にその懐かしい言葉に巡り合った思いだ。初等教育の狙いの一つには、児童に知識や知恵を授けることで精神の健全化を図ることもあるだろう。

幼稚園児に教育勅語を丸暗記させることが、必ずしも精神衛生に悪い影響を与えるとは断言しかねるが、素晴らしい教育効果を上げるともチト考えにくいように思う。問題は総理夫人がこの幼稚園の教育方針を絶賛したことである。誰かのご夫人が飲み屋を持とうと、一私立幼稚園の教育を絶賛しようと勝手だろうが、総理夫人となると如何なものだろう?総理大臣自身もご夫人の話を聞いて感心したと公言している。

公人であれ私人であれ、個人の思想信条に言いがかりをつけてはいけないかもしれぬが、どうしても気になる。健全な精神とは何ぞやである。先日読んだ本に「政治家の知性の貧困」を嘆く1節があったのを思い出す。それも困るが、指導者の精神が左右のバランスを欠いたらもっと大変だ。世の中には極右から極左まで様々な人がいるのだから、どこが中道か又は何を以て精神のバランスかと問われても答えに窮するのも事実だ。

まして、総理がややどころかかなり保守的であるのも周知のことだ。その彼を国民が民主的な選挙で選んだのだから、気になるこちらの精神バランスが狂っているか、精神年齢が未熟なのか。兎も角気に入らぬ世の中だ。

読後感「戦場体験者 沈黙の記録」保阪正康著

まだ幼い頃、我が父も軍属ではあったが南方(バリ島)に出征して足掛け5年も帰宅できなかった。父が帰国した時はすでに学齢に達していたが、その時もそれ以降も父から当時の事についてまとも聞くことは無かった。従って戦時中の経験は殆ど無いに等しい。戦後だいぶ経ってから映画で「真空地帯」「2等兵物語」「兵隊やくざ」等はだいぶ観たが、これらで戦争をの実態を理解するのは難しい。従ってどうしても、先の大戦に関する歴史は殆ど活字に頼るしかないのが実情である。

小中学生時代の戦争に対するイメージを敢えて言えば、いかにも幼稚で恥ずかしいがこうかもしれない。「国家にとって戦争とは好むと好まざるに関わらず、必要な時と場合がある。そして勝ち負けもがあるのも仕方なく、たまたま先の大戦では負けてしまった。負けた原因も多々あるのだろうが、次に戦うときは負けないようにせねばならない。」その後約半世紀の間に少しばかりの本を読むことで大分考えが変わった。

最近政府自体がおかしな右傾化傾向にあるので、社会に軍国主義への復古調がほう芽しつつあるのは非常に残念なことだ。いい大人でも先の大戦に対する反省より先に、自存自衛のやむを得ざる戦いであったとか、南京大虐殺は中国のでっち上げとか、第一我が国は朝鮮は勿論だが共産党の中国とは戦争をしていない、と真面目に言う人が多い。いい大人と言っても戦争の実態を知らないという意味では、小生よりはるかに若いのだから推して知るべしだろう。

自らを顧みれば彼らの無知を非難すべきではないかもしれぬが、マスコミを通して発言する立場にある人間には是非一度本書に目を通すことを強く薦めたい。
著者の保坂氏は戦後70年の節目に同じ思いを持たれた可能性もある。内容については何も書かずに読後感とするのは著者に申し訳ないかもしれぬ。逆に言えば、それ程一字一句の重みが大きい書物だった。

「戦争は絶対悪である。日本は今後如何なることがあっても戦争だけはすべきでない。」ただその信念が強固になっていくばかりだ。


ふざけた話

国会に限らず政治家や官僚の発言を聞いていると、度々使われるのが「答弁を差し控えさせていただく。」であり、「塗りつぶされた資料」の提示である。これは国民を馬鹿にしているとしか思えない。特にのり弁当と揶揄される資料は酷い。議会が要求する資料の提出を拒否しているわけである。要求された側は何様のつもりでいるのか知らぬが、個人情報に引っかかろうと、国家の防衛上の機微に関わろうと関係ないだろう。

不思議に思うのは、こういった答弁を平気でする大臣とかのお偉いさんだが、彼らもひょっとすると本当のことを知らされていないのではなかろか。マスコミを通して公開される危険を回避するだけなら手段は幾らでもある。国会で言えば委員長立ち合いで理事会なり秘密会に提出してもよい。何れにせよ、官僚がお上意識満々で、国民や国民の代表である議会を軽視することを許すべきでない。

国会では防衛省の制服組と大臣のコミュニケーション不全が明らかにされ、防衛相は相当イラついた答弁を繰り返している。彼女の資質に問題があるのも事実だろうが、それをいいことに制服組が暴走しないとする保証もないように思う。アホな大臣も問題だろうが、おかしな正義感のようなものを持つ制服組が外国の軍隊にそそのかされて暴走したのではたまらない。文民統制など夢のまた夢だろう。2月26日が近づいてきてふと思ってしまった。

脛に傷か!

先週来マスコミの最大の関心事は、マレーシアの首都空港で暗殺された元北朝鮮の支配者金正日の長男金正男の殺され方にあるようで、今日に至るまで明けても暮れてもその話題がトップで大々的に報道されている。次に来るのが、何とか言う芸能人が幸福の科学なるインチキ宗教団体と絡んでどうとかこうとかで、テレビの社会情報系番組なんかはこの二つの話題で大部分構成されているのではなかろうか。

テレビも新聞もいわば社会の公器ではないか。マスコミの経営者はその役割や責任をどのように考えているのだろうか?読者なり視聴者たちが喜びそうな案件について、事実を偽りなく報道することをもって事足れりと考えているように見えるが余りにも情けない。自分たちも政治家同様に社会の動向に大きな責任を持つ気概が欠如し過ぎている。大勢の社員の中からたまにはそういった志を持つ人間が出てきても、勤め人の悲しさで会社の方針に抗しきれずに消えていく。

即ち「金さえ儲かればいい」という経営者の根性が悪いのだ。今朝ネット上で目にした『大マスコミが黙殺する安倍晋三小学校「国有地不正売却」疑惑の論点』タイトルを見てしみじみ思った。国会では既に野党が相当取り上げ始めているにも関わらずマスコミが黙殺している理由は簡単らしい。大手マスメディアは殆ど例外なしに国有地の払い下げを受けたり、税金のお目こぼしを受けているので、我が脛に傷ゆえにこの問題を追及でない。極めて分かりやすい解説で、「私や家内が何らかの関係があれば、総理はおろか議員辞職しますよ!」総理が大威張りするのも仕方なしとしよう。

しかし、こと防衛問題となれば話は別だろう。前世界大戦時にメディアが果たした役割については十分な反省があり、その精神が受け継がれていないとは言わせない。「自衛隊員を防衛大臣から守ろう」と言うデモに隊員の家族が参加して真剣に訴えているそうだ。法務省の治安維持法復活(共謀罪)の目論見もそうだ。メディアが手をこまねいている場合ではなかろう。

政府の強弁とマスコミの対応

「南スーダンに戦闘行為は無い」と強弁し続ける日本政府だが、「南スーダンの反政府軍指導者マシャールがテレビの前で堂々と内戦再開を宣言」との報道が出た。政府の詭弁はどこまで通るのだろう?政党間の論戦で詭弁を論破しきれないのは歯がゆい限りだが、百歩譲って措くとして、マスコミが断罪しないのは遺憾では済まない。マスコミが政府の提灯持ちに堕しては罪は政府以上に重くなる。

一昨日の衆議院財務金融委員会で共産党宮本岳志議員が、ネット上ではかねてより有名になっている大阪市豊中の森友学園問題について質問をしている。僅か30分ではあるが、国有地の払い下げ方法と払い下げられる土地をめぐって国交省が異常な補償をしていること、文科省に対し「土地の確保も学校の所在地も定まらないような学校の設置認可の申請など、受け付けられるはずがないと思うが。なぜ?」と問い質したりしている。

委員会における宮本氏の質問に対しては、財務省、国交省、文科省からの官僚がそれぞれ答弁に立って、何ら違法性がないことを力説強調した。宮本氏の質問には個人名が出てこないが、ネット上では既に明らかになっているように、総理夫人が名誉校長で、寄付を募った文書に「安倍晋三記念小学校」を謳っていることからしても、総理周辺の関与は明らかだ。昨年の甘利明氏の辞職に繋がった事件と瓜二つと言える。

思い起こせば甘利氏の事件でも、国交省とか公団は違法性がないことを強弁して通してしまった。郷原弁護士に言わせると「贈収賄事件としてこれほど分かりやすい事件は無い。ど真ん中のストライク。」であったが、一部週刊誌がフォローしたものの、賄賂を贈った側の筋が少し悪かったことからか。結局甘利氏側は秘書数名の首を飛ばしただけで、本人は無罪放免になってしまっている。要するに肝心のマスコミが市民の側に立たず、悪徳政治家の味方になってしまっているのだ。

この伝で行けば、今回の森友学園問題も事件にはならずに終わる可能性無きにしもだ。せめて野党が結束して予算委員会に持ち上げて騒げば何とかなるかもしれぬが、民進党辺りも脛に傷があるかどうか、イマイチ迫力に欠ける。これでは市民は救われない。

有楽町線車内で

イギリスのEU離脱に続いてアメリカのトランプ政権誕生とか韓国の大統領が職務停止状態に置かれたり、海外では大きな事件が相次ぎでいるようでもある。しかしこれらの事が我が暮らしにどんな影響があるかは全く分からない。また分かる必要もないのではと思ったりもする。歳をとっで暇が増えているので、毎日のように新聞に目を通し、毎日1度はテレビのニュース番組なんぞも観てしまう。

最近は特に知りたいと思う情報は皆無に等しいので、正にざっと眺めているにすぎぬ。従って内容の殆どが記憶に残らない。頭の中はいつも空っぽ状態にしておきたいが、マスコミの他にパソコンもあり、これだけメディアが発達していると用でも無い情報がどうしてもインプットされてしまう。忘れっぽいたちであることがせめての救いだ。

昨年10月個人事務所の閉鎖以降、運動を兼ねて毎朝のように池袋まで歩き、地下鉄を利用して麹町の友人の事務所まで通う生活になった。押しかけ席借り人だから、何も拘束事項は無いが、持ち前の性格で几帳面にほぼ毎日規則正しく通っている。後期高齢者になって数十年ぶりに電車通勤を体験すると、面白いように世の中の変わりようが分かる思いだ。

朝乗るのが地下鉄メトロ有楽町線池袋駅発9:30前後。この時刻を過ぎると最後尾に1両だけ連結されている女性専用車両が男性にも開放される。別に15分もかからぬ距離だから座る必要も無いが、本を読んだりすることが多いので空いていた方が有りがたい。そんなことはさて置き、「こんな時間でも結構混むな!?」との思いだ。一昔前であれば重役の出勤時刻だと思うが、乗り合わせているお客の殆どが普通の勤め人のようだ。

勤め人の労働時間が政治問題化している昨今、混雑する車内で熱心にスマホに見入る男女を見ていると「なんで政府が勤め人の労働時間を規制しなければならぬのか?」労使関係とはあまりにも多様で取り上げにくいが、疑問を感ずるばかりだ。百歩譲って、いわゆる事務職の女性であれば超過勤務時間を制限してもらうのは嬉しいかもしれぬ。しかし一般的に見て、勤め人は仕事の成果に応じて報酬が出されるものであれば、何時間働こうが誰にも制限されるべきものではない筈だ。

ましてや広告代理店なんぞはその典型と思うが、電通社員の死が騒ぎに拍車をかけていることが不思議極まりない。

嘘つきの罰

アメリカでスパイの親分だったような人物が新たな政権で要職に就いたと思ったら、なんと電話を自国のスパイ組織か正規の法執行機関か知らぬが、に盗聴されて公開されたらしい。それが違法であったにも拘らず、上司のうその報告を上げたとの指摘をけて、あっさり要職を辞任との報道がある。盗聴の公開も不思議なら、違法の指摘も誰がしたのかよく分からない。

日本の実情と併せ考えると分からないことだらけではあるが、アメリカでは公職にある人間の「うそ」即ち虚偽発言は相当重大なこととして扱われるようだ。この認識に間違いがないとすれば、日本の国会程いい加減な茶番はない。政府答弁を聞いていると言いたい放題、嘘のつき放題で、それを誰も咎める者がいないではないか。質問する側に「うそ」を突き止めるだけの力が無いから仕方ない、と言ってしまえばそれまでだが。暫くして「うそ」がばれても「遺憾です」で終わりである。

何故アメリカではそれが通用しないのだろう?同様に思う人がどのくらいいるか分からないが、一寸嘘を言ったくらいで要職を棒に振るのは不思議に思う。ひょっとすると「釈迦の方便」を慣用句として頻繁に引用するくらいだから宗教感の相違だろうか。「嘘は泥棒の始まり」とも言うのだからいけないとはされているが、余程潔白性の人でない限り「絶対嘘はつかない」と断言できる人は少ないだろう。

たまたま昨日、図書館で終戦直後の古い図書を借り出して読んでみた。題して「戦争責任者の問題」著者は伊丹万作氏である。どこかで聞いたような名前だとお思いでしょうが、その通りあの伊丹十三氏の父上である。1900年の生まれで終戦の翌年1946年に46歳の若さで亡くなっている。よく調べると十三氏より優れた映画人で著名だったらしい。略歴に「シナリオに『無法松の一生』(三船敏郎主演でなくて阪東妻三郎主演のもの)『手をつなぐ子等』など。」とあってびっくりした。両方ともしっかり観ていた。

ともあれ、内容は非常に薀蓄あるものだったが、中にこの一文が入っている。今日はこの触りだけの紹介に留めよう。
「多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知つている範囲ではおれがだましたのだといつた人間はまだ一人もいない。」

言葉の軽さ

昨夜何気なく観たテレビに帰国早々の安倍総理が出演していたことにはびっくりしたが、他に少し引っ掛かったことがあるので、このことは取り敢えず措こう。次の場面で登場してきた木村太郎氏である。木村氏についてはNHK出身のジャーナリストであり、昨年のアメリカ大統領選について、日本でトランプ氏勝利を予言した数少ない一人だとは知っていた。彼の発言が気になっていたので、改めて調べてみるとアメリカ生まれで慶応高校を退学になっているとか、少し知って驚いてもいる。

彼の発言で気になったのは「ポリティカル・コレクトネス」と言いう言葉である。何度も聞いたことがあり常識的な言葉のようだが、お恥ずかしいことに意味を全く理解していなかった。今更であるかもしれぬが「政治的・社会的に公正・公平・中立的で、なおかつ差別・偏見が含まれていない言葉や用語のこと」だそうだ。更に少し敷衍すれば、英語でpolicemanをpolice officerと言い換えたり日本語で痴呆症を認知症と言い換えたり、<めくら>や<つんぼ>と言わないことだそうだ。

木村氏が言うには「これまで日本の外交において安倍総理も非常に重視していた概念に<普遍的価値観。即ち自由、民主主義、基本的人権、法の支配>がある。がしかし、これはオバマ前大統領のポリティカル・コレクトネス(お題目か念仏と同じ)である。トランプ大統領の出現で、こんなものは雲散霧消してしまった。今後は実質が重視される。」一ジャーナリストが言ったことだから気にするほどのことでもないかもしれない。しかし氏は?せても枯れてもジャーナリスト、これまで普通に使用していた言葉をこう簡単に捨て去っていいのだろうか。

氏からすると「誰が使おうと、以前からまともに聞いてなかったよ。」と答えるかもしれぬ。総理が今後もいろんな場面で、この価値観の共有を発言するかどうかは分からない。確かにチェックしてみるとトランプ氏は「ポリティカル・コレクトネス」を全く無視した発言を重ねている。総理がどのように今後トランプ氏に対応するのか、そんなことはどうでもいい。ただ普遍的であった言葉の意味がそんなに簡単に変わるものとは思わなかった。他人のこと言う前に、普段軽々しい言葉遣いを続けている己の馬鹿さ加減を反省すべきかもしれぬ。

友情

寒さの中ではあるが、桜の蕾も大分大きくなってきた。桜が咲けば齢既に77才になる。思えば遥けくも来つるものだ。既に幼いころから親密な関係であった友人が相当数幽明境を異にしている。早く逝った友人は高校時代10代の末に一人と大学時代に一人いる。以降20年くらいはいなかったが、39歳の時に一人、会社関係で世話になっていた先輩が亡くなり、友人とは言えないかもしれぬが生まれて初めて弔辞を読むことになった。

45歳の時に親友の一人が亡くなり、これはショックだった。それからポツリポツリと昔の友人の訃報に接するようになり昨年末にもまた一人の訃報に接することになった。逝きし友については未だに時々思ったり、夢に見ることがある。かけがえなく思っていた優れた友人程早く逝くのが口惜しいが、彼らはそこから永遠に年を取らないのが羨ましいとも言える。あの世に行って会いまみえる時「お前、随分年を取ってしまったではないか。」と馬鹿にされそうだ。

我が国の総理とアメリカの大統領が友情を育んだとの報道で思い出すのは我が友人のことばかり。互いに言いたいことを言い合っていたあの日が懐かしい。総理と大統領が仲良くなるのも結構なことだ、多くのお仲間の中で二人だけが浮かねばいいが。お互い言いたいことが言えているかは分からないが、3日間の付き合いで厚い友情が育まれることがあるのもまた善しだ。それにしてもこのお二人、世界のお仲間に比べ余程暇らしい。悪漢に事欠かぬ世の中故、我が国やアメリカ国民にも災いが及ばぬよう祈りたい。

日本という国

昼過ぎに有楽町に行くと、駅前に右翼街宣車が止まって一人のおじさんが演説をしていた。可愛そうに立ち止まって聞いている人間は一人もいない。遠くに公安警察らしき男が二人立っているのみ。時間はたっぷりあったし立ち止まってもよかったのだが、恥ずかしいので遠巻きにゆっくり歩いて少し聞いてみた。実は彼の声を聴くまで今日が「建国記念日」であることを忘れていた。朝からテレビも見ていたし、新聞も普段よりは丁寧に読んだつもりだったが、安倍・トランプ会談と山陰の大雪情報で霞んでしまったのかとも思って、帰宅して新聞(朝日)を確認した。すると題字下2月11日の下に土曜日とあり、その下に同じ活字で建国記念日とあり、それに関する記事は全く無い。

今日の首脳会談はどちらが仕掛けたか分からないが、アメリカの仕掛けとすると、「またか」の感がある。アメリカは嘗て皇太子殿下の誕生日に戦犯の絞首刑を執行したりして、時々嫌味なことをするので定評がある。トランプ大統領も人のよさそうな風情で日本の総理を破格の待遇をもってご接待してくれているようだが、本音がどこにあるか分かったものではない。一般的に言われるのは、国と国が互いの国益をかけて交渉するするに、個人的な信頼関係なんか関係ないらしい。

トランプ大統領も記者団に「安倍首相とはウマが合う」と言ったらしいが、「気が変わったらそう言うよ。」と付け足したとのこと。決断が速いことでは大統領自身もさることながら、周りを固めるスタッフも相当なものと思わなくてはいけないだろう。ここまでのところ、日本の言い分は全て完璧に先読みされてリップサービスとご接待が充てられている。総理以下提灯持ちの評論家連中は大喜びのようだ。手元に引き付けるときは徹底的に引き寄せ、切り離すときは冷酷に切って捨てる。遊び友達になるつもりでもあるまいに、商売人でなくても当たり前のことだ。

ましてやリップサービスと思えば何でも言える。南太平洋の件で中国を牽制したと喜ぶ論調が多いが、一方で習近平との電話会談の全容が分かっているのだろうか?右翼のおじさんが絶叫していた。「アメリカ大統領のつぶやきに一喜一憂するのではなく、自国の自主性を大切にしましょうよ。」

読後感「毛沢東」遠藤誉 著

サブタイトル「日本軍と共謀した男」となっている。著者は1941年生まれの物理学者であるが、満州の長春生まれで1952年日本に引き上げてくるまで、即ち小学生の半ばまで中国で過ごさざるを得なかった。当然先の大戦末期から中国内戦を経て共産党支配が確立した中国で厳しい実体験しているわけである。物心のつき始めに体験した地獄から命拾いをし、初等教育で共産党思想を刷り込まれているので共産党思想に凝り固まっているかと思いきや、逆に中国国内の複雑な社会事情に関心が移り、複数の言語に堪能なことも加わったせいでもあろう、日中関係については立派な歴史研究家となり、このような著述になったようだ。

著者の思想的立場についてもう少し敷衍すると、一般的な共産党思想はさておき、中国を統一国家ならしめている思想、即ち毛沢東思想に疑問を持っていることだけは間違いない。読者の感想として言えば「社会思想なんてものは所詮権力者の闘争用の道具にすぎぬ」かのようである。著者は実体験した中国の内戦から日中戦争まで遡って歴史を探求している。そして幼いころに、徹底的に「悪」と刷り込まれた中華民国と国民党政府、そのリーダーであった蒋介石の思想などに惹かれ始めたのである。

そして中華人民共和国内で神にも等しい存在となった(なっているかな)毛沢東について深く知れば知る程疑問が湧いてきたのだろう。その疑問符が付いた部分を検証した事実を披歴したのが本書である。毛沢東の生い立ちから簡単に述べてくれているが、(著者が小学生時代に中国の人口は6億人と教わったようだ)これだけの人口を掌握するに至った人物であるから相当非凡な人物であるのは確かだ。田名角栄氏に似てなくも無いがスケールが大分違うかもしれぬ。

政権を奪取するまでの道のりに立ちはだかったのは蒋介石だけでなく、国内には他にもいるし、日本軍とか敵は重層的に存在しているわけである。お互いにある時は味方となり敵になりを繰り返して、最終的に権力を手にすると、不都合な過去を知る者は全員殺してしまう。毛沢東が殺した自国民は7000万人とも云われるらしいから凄まじい。

前世紀前半の中国は清王朝なんて言っても、江戸末期の日本以上に群雄割拠の状態だったに違いない。ここに世界中の先進国が侵略してきたわけであるが、中でも突出していたのが日本だったようだ。毛沢東は当初ソ連のコミンテル(共産主義)も利用し…

おかしな空気

今日の朝日新聞朝刊に次の記事が掲載された。『 国連のアダマ・ディエン事務総長特別顧問は7日、南スーダン情勢について「(民族間の)大虐殺が発生するリスクが常に存在している」と警告する声明を出した。』丁度昨日の国会予算委員会で稲田防衛相が、省内の日報等で、同地で昨年7月にあった戦闘についての報告を受けながら、その日報が紛失していると苦しい嘘を言って、戦闘でなくて衝突だったとした強弁に終始したばかりである。

別に朝日新聞が意図したわけでもないだろうが、国連は絶好のタイミングで声明を出してくれたものだ。それでも政権は稲田氏の発言を擁護し続けることだろう。法務大臣の金田氏にしても同じこと、大臣が何を言っても失言とはならない現在の政治情勢は、余りにもいびつに過ぎる。言葉遊びとも言えない下らぬやり取りを延々と繰り返す、これが神聖な国会だそうだ。真面目に傍聴する人間が少ないからいいようなものだが、これで命を賭けられる自衛隊員や、共同謀議罪で引掛けられることになる国民はたまったものではない。なんだか暗い気持ちになってくる。

こうなると数か月前だったかもしれぬが、150万円を自殺した同級生から恐喝した中学生の行為をイジメと認識できなかった学校や教育委員会がやり玉に挙がったことがある。流石に最終的に誤りを認めて謝罪せざるを得なかった。しかし昨日の国会のやりとりがが認められれば、謝罪の必要はない。大威張りで会見が開いて言えばいい。『恐喝の事実はあったにしても、法的に厳密な意味で「イジメ」とは認識できなかったわけでございます。』今後似たような現象が、大人に限らず社会のあらゆる場面で生ずるに違いない。おまけに「自分ファースト」現象が世界を覆っている。

正義とか常識について

野党が文科省天下り問題について、恰も鬼の首を取ったみたいに正義感ぶって追及している。これは如何なものだろうか。官僚とて人の子、当世では定年退職して悠々自適で過ごせる人なんかいないだろうし、再就職先を自力で見つけられる人間がいたらお目にかかりたいものだ。友人の話では「天下り禁止は、職業選択の自由を保障した憲法に抵触の恐れあり。」とする学者がいるそうだ。それは措くとしても、在職中の関係先以外の再就職先なんてあり得ないだろう。

それを組織的にどのようにサポートするかである。全省庁がそれぞれ陰に籠った姑息な手段を考えて実行していることを思うと、憐れみより先に可笑しくなってしまう。昔からよく言われるように政官財の三位一体だから、政治家だってその仕組みに組み込まれているのは自明で、官の再就職先の一つにもなっているではないか。世の中は水清ければ何とやらの譬え通り、諸悪が存在するのはやむを得ないと言うと、クレームが来るかもしれぬが、どんなに知恵者の政治家でもこの癒着を切り離すことは殆ど不可能だと思う。

問題は程度である。昔の役人は現役時代の給料が民間に比べて低いが、生涯食うには困らないとされていた。父が官僚だったので、幼いころから聞き覚えたことがもう一つある。「お金は無くても威張っていられる。」である。少なくとも我が国は、江戸末期まで士農工商なる身分階級が存在して、左から順番に偉いとされていたらしい。外国の身分制度とは異なり、個人の努力次第で身分階級を突破すのは比較的容易だったと理解しているが、一般社会では、お侍さんが偉いと祭り上げられた存在であったらしい。がしかし、日本の階級制度で興味深いもう一点は、偉さと実入りが反比例していたことにある。

お侍の家計に苦労があったことは山本周五郎や藤沢周平の小説にはよく出てくるところだ。百姓の倅であったわが父が侍の流れをくむ官僚の道を選んだのは、貧乏承知で威張りたかったのかどうか、存命であれば聞いてみたい。こういった大きな構図で考えると、現代の官僚は決して給料も悪くないようだ。だから再就職も民間並みにと言う安易な考えが政治問題化してしまったところに問題がある。

それを言うなら、先ず政治家自身の財布を考える方が先だ。これも友人から教えてもらったことではあるが。政治家の質が劣化したのは政党助成金のせいだそうだ。政治家がサラリーマン化して社会勉強の…

平和国家

一度も行けなかったがスイスには憧れていた。アルプスの山脈と美しい湖水に恵まれ、平和と勤勉を愛することを世界中が保証している宝石のような存在、といったイメージだろうか。いつの頃からか知らぬが平和のシンボルオリンピック委員会の本部が置かれ、1月には世界中から政治経済の指導者が集って、世界平和に向けての議論を交わす「ダボス会議」なんて存在も知るようになった。有名な菓子屋や精密機械メーカーもあるし、山やスキーの愛好家が想像するに夢のような国だから、一度行くことを夢見たのも当たり前だ。

面積もたいして広くないようで、多数の国民が数か国語を使いこなすもよく聞いたところだ。しかし逆に考えてみると、訳の分からない銀行も多数存在するのでマネーロンダリングに利用する悪漢も出入りするだろうし、スパイ活動にはもってこいだろう。残念な事実としては、先の大戦の終戦間際スイス大使だった加瀬俊一の働きは成果を生まなかったこともある。

そんなスイスのある企業に、イランが核濃縮装置を秘密発注していたらしい。これを嗅ぎつけたアメリカの諜報機関(CIAらしい)がその阻止に動き始めた。一方でアメリカの別組織(国防省の裏組織=狂犬と呼ばれてはいなかったようだが、狂信的な退役将軍をトップとする怖い兄さんの集合体)がダボス会議に出席するイランの政治指導者の暗殺を企てる。この二つの糸が複雑に絡み合いながら相手を出し抜こうと戦いを繰り広げる。

実はこれは10年くらい前に書かれたスパイ小説の骨組みで、つい先日豊島区立図書館で見つけて読んだばかり、読後感を書くほどのものではないが、主人公が国境なき医師団の外科医で山岳ガイドとスキーインストラクターの有資格者。話は少し複雑のきらいはあるが非常に面白かった。「欺瞞の法則」クリストファー・ライク著 講談社文庫(上下2冊)である。

先にこの話を持ってきたのは理由がある。即ち昨今世間を騒がせているアメリカトのランプ大統領令(7か国に対する入国禁止令)に反対する騒ぎを連想したからである。日本の総理は「他国の内政問題だからコメントを差し控える」そうだが、主だった国のリーダーは最大の同盟国英国のメイ首相でさえ、明確に反対の意思表示をした。

この問題を巡りアメリカ国内が大揺れに揺れているのはご案内の通り。与党共和党内ですら纏まらないのは良いとしても、軍部や諜報機関なんかの実力組織が、別の…

パソコン治療とがん治療

四苦八苦或いは七転八倒と言ってもいいくらいの試行錯誤であったが、週末丸二日を費やしてやっと自宅のパソコンが復旧した。実は再度の初期化かと半ば覚悟を決めていたのだが、昨年末の11月20日時点の状態で復旧できたので望外の幸せである。故障の程度が酷くて普通の初期化もできず、愈々リサイクル向けの初期化かと思ったが、どうせ廃棄処分ならその前に思い切ってトライしようと思ったのが結果オーライにつながった。

そもそもwindows7で購入した機械だ、使い方が荒いので機械がストライキを起こしたようなものだろう。いつまた壊れるか分かったものではない。メイラーに入っているアドレス帳だけは今度は忘れないうちにリストを紙に印刷しておこう。関連で先日のスキーを一緒した友人の話を思い出した。彼は食道がんから始まって悪性リンパ腫に転移して、一時はかなり重症と診断されていたが、現在はどんな検査をしても癌の痕跡は一切発見できない健康体だそうだ。我がパソコンもそうであってくれれば有りがたいが、果たしてどうなることやら。

なんで彼の話を思い出したかである。彼はがんが発見されて以来、自分の身体は自分が治すつもりにならないといけないとの信念で、勉強もしてがんと戦ってきたとのこと。その中で、治療法についてある医師との意見が異なった時のことを話してくれた。抗がん剤治療の継続を言ってきた医師に対し彼は「こんな治療を続けていたら私は死んでしまう。どうせ死ぬならがんで死んだ方がいいから抗がん剤は辞めてくれ。」と言ったとのこと。当然その医師とはそれまでになったそうだが、兎にも角にも彼はその治療を拒否して生き延びている。

彼曰く「がんで死ぬ人間の相当数が放射線治療で殺されているように思う。」彼は人間の意志の力を信じて戦い抜いているのも事実。抗がん剤治療がきついとはよく耳にするが、経験がないので分からないし、彼ほど意志が強くないので同じ立場になった時、医師に抗弁できるとも思えないが、パソコン治療で似たような場面に遭遇するとは思わなかった。

春よ来い

今日は節分、明日からは暦の上では春ではないか。昨夜来の風も収まって気温も上がり小鳥のさえずりさえ賑やかに聞こえる。どんなに寒くても季節は巡る結構がある。しかし人間社会のお先を期待を以て見守る日本人は少ないかもしれぬ。ルンルン気分でいるのはアメリカ大統領専用機に搭乗できることを約束してもらった安倍総理くらいなものだろう。見返りに我が年金機構の大枚を投じて、アメリカで70万人の雇用を実現する約束までしている。言っている意味がよく分からないが、どっちにしろこちらとは関係ない話だ。

季節の移り変わりを楽しみたい週末なのに、何の因果か昨夜から自宅のマシンが全く起動しなくなってしまった。もうそろそろ買い替えの時期が来ているのかもしれぬが、先日初期化してやっと使えそうになったばかりと言うのに、全く腹が立つ。買い替えるにしても使用中のマシンから移動させなければならないデータもあるし。婆さんは「パソコンなんか何に使っているの?外に1台持ち出しているなら、それを持ち帰れば十分でしょう。」言われてみれば尤もなところもある。最近ブログは友人のオフィスで昼間書いているので自宅で書くことは滅多にない。自宅で使うのはネット碁が主かもしれぬ。

現在のところ友人のオフィスに来て、インターネット上にあるお助けマンサイトに3千数百円支払って、何とか回復をトライしている。これで明日あたり治ったとしても、やはり家の外にも1台なければ不自由な意味もある。ニュースを好きな時間に読めて、マスコミ報道より詳しく知ることのできる便利な道具でもあり、囲碁も楽しめる素晴らしい玩具でもある。しかしこのことは、パソコンに触ったことのない婆さんにどんなに説明しても分からないだろう。

何れにせよ、寒さはもう暫くの辛抱で年寄りにはありがたい春が来る。

志賀高原での休日

イメージ
1月29日の日曜日から昨日にかけて4日間、志賀高原に行ってスキーを楽しんできた。と言ってもスキーを楽しんだのは中の2日間だけで、プレスキーとアフタースキーで美味しい料理にと美味い酒で懐かしい人たちとの会話をたっぷり楽しんだ。これこそ後期高齢者のスキー旅行と自画自賛する次第である。この4日間で天気が一番よかったのが昨日、スキーこそ滑らなかったが、風景だけは満喫できたので皆さんにもご披露したい。


2月1日早朝 蓮池から北アルプス連峰を望む
同日 昨日山頂から完走した東舘コース(右) 閑話休題              

昨日3時に帰宅してから乾燥かゆみ止めの薬を貰いに皮膚科の医者に行ったら大分混んでいたが、待合室で国会中継を流していたので退屈せずに済んだ。衆議院の予算委員会で民進党辻元清美議員が質問していた。途中からだったが、総理の対ロ・対米外交についての懸念をぶつけていた。内容的には昔から聞き飽きていると言っては申し訳ないが、プーチン大統領やトランプ大統領の手玉に取られ、国益を損ねているのではとの趣旨である。

辻元氏のことを警察情報に詳しい友人に聞くと、旦那さんが古い共産党員で、公安警察の要注意人物筆頭に上がるほどのバリバリ活動家で、彼女自身もマークされている左翼勢力とのこと。総理の答弁を聞いているても、辻元氏をうさん臭く思っているのか相性が悪いことを自認しているようだ。質問者の氏素性は兎も角、総理答弁にはいつものことながら気になるところがあるのも事実である。

何点かある中で最も気になったのが北方領土問題の対ロ交渉に関して言い放った次のセリフ、今朝の朝刊で非難されるかと思ったが、マスコミはこれまたいつものように寛容で見過ごしている。「私は交渉のバトンを渡そうとは思っていません。私とプーチンとの間で平和条約を締結して解決します。」戦後70年以上に亘る北方領土交渉に関し厳しい条件の中で交渉を積み重ねている先人達が、頑として譲らなかった最後の一線である国後、択捉、歯舞、色丹の日本地名。これをいとも簡単に譲ってしまったことに対する質問であった。先人たちとの努力を<1ミリも進めることができなかった>と罵倒するのも如何なものかである。

総理と外務省の関係が悪いとは聞いているが、外務官僚のOB連中や過去の交渉に関係した政治家を含む実務者はどんな思いでいることだろうか?傲岸不遜と言…