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4月, 2019の投稿を表示しています

馬鹿話

朝から終日雨降りのようだ。高尾山方面へのハイキングを中止してよかった。平成の終わりの日だから、社会的な問題に触れようかとも思ったものの、お天気と同じ寒々とした話になりそうなので止めて、馬鹿話にする。ビリーブ・イット・オア・ノットだ。昨日も書いた通り長野で法事があり、近しい親戚が集まった。気が付けばここでも年長者だから、若い人の話を楽しく聞いた。一部を紹介して、やはりと思う人、本当かと疑う人、さまざまだと思う。

弟の一人が志賀高原を含む山ノ内町在住で、近頃モンキーパークで世界に知られるようになった地獄谷温泉の近くに住んでいる。そこでひとしきり猿を巡る様々なことが話題になった。甥や姪の中には異国で生活したり歩き回った経験者もいる。ネパールの飯はそんなに不味くなかった話から中華料理に話が及び、中華の最高級料理は「猿の脳みそ」と言うことに異論は無かったものの、食った経験者はいなかった。

私の友人に台湾で「猿の脳みそ」を供された経験者が居る。まるで生きているような状況で卓ごと運ばれてに来るのだそうだ。卓の下には首から下がぶら下がていて、目の前で額から上を蓋を取るように開けられた時はさすがにギョッとして結局食えなかったらしい。そんな話を披露しながら猿の生存域に話が及ぶ。やはりモンキーパーク近隣の弟は詳しい、猿が生存する国は世界でも珍しく、欧州・北米・オーストラリア辺りには殆どいないらしい。

確かに生存域の北限はあって、日本で言えば津軽海峡より南とされていたようだ(最近は北海道に出現したとの話もあるらしい)。北米・欧州・豪州からのスキーヤーが珍しがってモンキーパークの押し寄せるのは何故か、猿が自国に居ないからとのこと。先の北限説とは異なり、ここに住む人間が猿を皆殺して食ってしまったからだそうだ。弟の家では猿の被害甚だしいようで、ガラス戸を器用に開けて廊下にあったリンゴをそっくり食われてしまったことがあるらしい。

また猿はずる賢さも相当で、こっちが本気にならないと甘く見られてしまうそうだ。そこで弟はバールを用意し、今度近づいたら思い切り殴りつける準備をしているとのこと。死に至らしめると法的にも厄介ではあるらしいが、兎も角殴りつける部位などを研究中とのこと。面白い話が他に沢山あった中で、湘南海岸でヨットビジネスをしている姪の話。彼の地は現在ITバブル、ヨットと無縁に思われる長者たち…

旅情

大昔観た映画で今でもどことなく印象に残る映画に「旅情」がある。詳しい話は別として、現代に置き換えればメリル・ ストリープに匹敵するかそれ以上ともされたキャサリン・ヘップバーン主演の名作。たった数日の異国での恋が、主人公の胸に生涯刻まれるだろうとの暗示を与えるところが妙に印象深かった。

実は今日はブログを書くつもりも無かった。と言うのは早朝に起きて長野まで日帰りしてつい先ほど帰宅したばかり。しかも弟の1周忌の法事だったので、昼からのお斎で日本酒を大分飲んだりしている。考えが変わったのは「旅情」と関係がある。

長野で近い親戚と顔を合わせる楽しみの他に、今日は従妹から貴重な品を受け取る楽しみがあり、その品を先ほど早速目の当たりにして、急に旅情に襲われた次第。亡き妻が傍に居ればすごい自慢話が出来たのだが、そばには誰もいないので一人寂しく物凄く旅情が湧いてきた。その品とは、先日のネパール旅行の隊長がまとめてくれた記念ビデオである。

たった10日の旅でもあり、期待以上の恋にも似た気持ちになれたヒマラヤ山脈の眺望、そして隊長以外は初対面の旅の仲間。楽しかった思い出が次から次へと湧いてくる。このビデオを収めたメモリースティックを隊長の近くに住む従妹が預かって渡してくれたのであった。これを観るために実は昨日、テレビを今流行りの4Kに買い替えてパソコンと繋ぐ準備を整えておいた。

我がテレビの必要性からすれば4Kなんぞ不必要だが、このビデオを観るためだけに敢えて安物とは言え4Kにした。結果は上々、テレビの全面画像で観た映像は予想以上で冒頭に書いた映画の主人公になったような気がしてしまった。普段旅もあまりしないが、この歳になってこんなロマンティック旅が出来たことは幸いである。これを預かってくれた従妹も隊長の制作能力の高さを誉めていたが、改めて隊長に感謝したい。

見解の相違

昨日は寒かったせいか気分が乗らず、ブログもしばらく休もうかとも思った。しかし今朝はうって変わった快晴で気分が変わった。1週間に1日くらいは休んでもいいが365連休中折角続けてきた習慣だ、もう少し書き続けたい。気分が変わった原因は天気の他にもある。頭の体操になることだ。安倍首相が大嫌なことは既に十分ご承知かと思うが、世論調査を信じる限り国民の40%以上の人が同僚にお考えかと安心していた。

しかし昨日は週に1回届くメルマガでビックリする記事を発見した。発信者は米国ニュージャージー州在住のジャーナリストである冷泉彰彦氏、家庭環境学歴ともに赫々たる人だ。氏のメルマガは少なくともこのブログを始める前から毎週読んでいるので、氏の識見はかねて敬意をもって読んでいた。ところが昨日のメールの内容は信じられないものだったので、読者の皆様に概要をご紹介したい。

氏が安倍首相のことをべた褒めしているのだ。と言っても手放しでのべた褒めではない。氏が長いことウォッチし続けているアメリカ社会の受け止めを通じての発言である。内容は全文引用するには長すぎるのでかいつまんで紹介する。冒頭の1節「意外に思われる方も多いかもしれませんが、海外、特にアメリカから見れば安倍政権というのは、まぶしいほどの中道左派政権に見えます。トランプが「アメリカ・ファースト」と叫び、英国では破壊衝動のような「BREXIT」への国民投票結果で政府が迷走、欧州大陸では移民排斥の動きが出てきた、そんな2010年代末の現在。」

確かに多くの国で右派勢力の台頭が強いが、日本では幸い極右(或いは極左も含め)とされる政党も存在しないし、まして民族原理主義と言った過激な社会運動も無い。安倍政権下で進められている政策はどれをとっても「中道から中道左派政策であり、2019年の世界では、特に主要国の間では全く実現不可能な内容です。」と讃えているのだ。

それが可能になった理由は以下の2点。1)は首相の「保守派」だというイメージ、即ち、イデオロギー的には保守派であり、知識人ではなく庶民であり、エリートではなく若い時は学業に苦労した人物であること。2)は保守派とイメージ付けられているが、中身は融通無碍でどっちつかずだから、穏健な印象も産み幸いしている。

特に2点目のイメージと言うべきか性格絡みの問題を評価している点は相当な違和感を感じた。成程首相の本…

10連休初日

東北や北海道では折角の桜に雪が積もったそうだが江戸も冷え込んでいる。数日前に半袖のポロシャツを着ていたのが嘘のようだ。今日から10連休とのこと、何が悲しいのか目出度いかが分からない。普段休暇と縁遠い勤め人は嬉しいことのようで、世論調査でこの期間旅行する人が約25%、連休中のお小遣いは一人当たり約5万円と今朝のテレビが言っていたような気がする。

テレビではさも国中がこの大型連休で沸き返っているかのような報道をするが、75%側の人からすると嬉しさなど全く感じず迷惑だと思う人も少なくないだろう。特に365連休の身とすれば、一瞬1日の生活費目標3千円をこの期間だけ人並みに5千円に上げてみようかなんて考えてみたものの、つまらぬ考えは碌なことにならぬと思って辞めた。

本来旅行するつもりもなかったが、仏事があるので明後日には長野まで日帰り旅行せざるを得ない。数週間前で指定が取り難かったことを思えば、それなりに列車も混んでいるのだろう。代わりに今日は都内は静かで、池袋西口で店頭に行列が出来ていたのはQBハウス(昔の千円床屋)だけ。髪も大分伸びているが行列してまで刈る必要はない。書店には食指の動く本は無いし、図書館まで行く気にもならなかった。

ブログも書くことが思い浮かばず、人並みに大分怠け癖が生じているようだ。

首脳記者会見

昨日行われたロシア大統領の記者会見の報道を観ながらつくづく思った。記者の質問に丁寧に答える姿が、日本政府要人との違いが大きすぎる。プーチン氏に限らず外国首脳の記者会見は大勢の記者が詰めかけ、その中には外国人記者も沢山含まれる。そのためにプレスセンターが予め設置される場合もあろうが、そうでない場合でも当事国語をこなせれば国内外記者に関しての差別は無い筈だ。

総理大臣が旅先で内外記者団の質問に答えることは想像もできないし、国内に居てさえ総理記者会見ときた日には総理の一方的発言に対し、質問は時間を限られて行われるのが常で内容的には形式的茶番に過ぎぬことは明らかだ。そうであれば、昨日の金正恩氏のように予めセットされたロシア国営放送記者との受け答えに留める方が未だ素直に受け止められる。これから総理記者会見はNHK岩田明子解説員との会見に限れば良いかもだ。

それにしてもプーチン氏は誇り高い指導者だ。聞けばロシアの経済力を示すGDPは韓国と同程度アメリカの10分の1以下とのこと。誰が見ても、その格差から起きても仕方がない卑屈さが微塵も感じられない。総理に言うより己に対して見習えと言わねばならない。その誇り高いプーチン氏を待たせること30分、玄関先まで出迎えさせた北の若旦那も相当なものだ。テレビ解説のロシア専門家者は、この出会いについて簡素過ぎるので元首待遇ではないとか言っていたが、どこまで的を射てるか分かったものじゃない。

同じく記者会見に話を戻すと中国習近平氏も相当なものだ。広い会場に多数の記者を入れ、時折メモに目を落とすが、確信的な何かが無ければあのようにスムーズな受け答えは出来ない。残念ながら我が国の首相閣下はあっちにもこっちにも良い顔をしたがる故か、如何なる発言を聞いても、その言葉から確信的信念を窺い知ることが出来ない。唯一分かるのは、透けて見える総理大臣の座に居続けたい思いのみだ。

残念なこと

今週月曜日、行きつけの飯屋で鯵の酢味噌和えが出てきて感激したものだ。親父が土曜日に横浜に行って釣ってきたとのこと。聞くと釣り船は半日で6千円、午後も利用すると午後は半額になって1日で9千円とのこと。釣果を聞くと「今回は午後が特に全然ダメで、50匹しか上がりませんでした。しかも焼き魚にできそうな鯵はゼロで皆ご覧の通り小ぶりなものばかりです。」鯵はこれからがシーズンだと思うが形がよいのは本職が皆網で捕ってしまうとのこと。
付き出しの小鉢に盛られた2枚はサービス品だろうが「随分高価なものだね。」と笑いながら非常においしく食べた。

と言うのは滅多に寿司なんか高級食なので食ったことが無いからである。兎に角独居老人だから日常食するものも自分で買い出しせざるを得ない。となると保存や調理が難しい生魚なんかとても手が出ない。動物性食材は精々卵と豚肉細切れくらいか。卵は10個入りを、豚肉細切れは200g、後は野菜、生食はネギとトマトぐらいで後は根菜類だ。それでも5日10日となると半分程度腐りかけたり、芽が出たものを自己責任だと思いながら食っていることになる。

最近は滅多に食さない魚介類だが、妻の生存中は毎日欠かしたことは無かった。彼女はデリケートなところがあり、1週間以内に同じ魚が出てくることは無かったように記憶するのが1点、2点目は東北大震災の後三陸沖の魚は買ったことが無かったし、昔よく使っていた三陸ワカメや昆布にしても鳴門ワカメや北海道産にしたりしていた。それを自慢めいて話すので「何もそこまで」と内心思っていたものだ。

ところが今週の報道によると、政府がずっと言い続けてきた「WTO判決で日本産食品の科学的安全性は認められた」が「世界貿易機関(WTO)の上級委員会が判決に当たる報告書で、東京電力福島第一原発事故を理由とした韓国による日本産水産物の禁輸を事実上容認し、日本が敗訴した。」とのこと。理由は簡単、「日本は安全の根拠に何一つ科学的立証しなかった」とされている。しなかったのか、出来なかったかは報道には無い。政府が何もせず論拠を覆されたことは三陸沖で操業される方からすれば残念としか言いようがあるまい。

何れにしてもアンダーコントロールで無かったことだけは確かだろうし、妻の言い分が正しかったようだ。

危機感と緊張感

日本はアメリカの同盟国で、アメリカの軍隊が駐留してまでして日本を守ってくれている。と信じている国民も多いだろう。小生始め凡人はそれでいいかもしれぬ。しかし少し外国の事情が分かっていたりする人からすれば、その考えは大いに異なるのが自然ではないか。例えば数日前に発生したスリランカの大規模なテロ事件、この真相は未だはっきりしないが、IS即ちつい最近まで中東で大変な混乱を惹き起こしたイスラミックステイト残党が関わっていたとの報道もある。

欧米の放送局は揃って現地に特派員を派遣して、連日現地から生々しい報道を続けて、日本のマスコミの取り組みとは全く異なる。ISの残虐性については日本人も被害にあっているので知っている人も多い筈。だから言うのではないが、日本は御代替わりが近いことと例年以上の大型連休を控え、マスコミを含め何となく浮かれた気分が充満している。こんな時にこそ、指導層の人たちには、勿論マスコミも含むが危機感を持ち緊張感をもって業務に精励してほしいものだ。

海外旅行がままならない貧乏人の僻みかもしれぬが、昨日首相は29日までの予定で新しい政府専用機に夫人と大勢の取り巻きを連れて乗り込み、1週間の外遊に旅立った。しかも訪問先はフランス、イタリア、スロバキア、ベルギー、アメリカ、カナダの6か国。月末月初は皇室行事が重なるのでいくらなんでも不在は許されない。ならば国民より一足先に唯一の家族である女房同伴で海外旅行が見え見えだ。出発に先立っては二つの国政選挙(衆議院補欠選)で負けたことについて、自民党員全員でしっかりと反省すべき、まるで他人事の様なお説教までしている。

首相の頭の中には国会の開催中なんかまるで無いようだ。国内はお殿様気分で何でも許されると思っているのだろう。百歩譲ってそれを置くにしても、外国は事情が違う。スロバキアの事情は全く分からないが、EU諸国は選挙も近いし、東南アジアやアフリカ、中東など関係国の紛争等があり今非常に忙しい時期である。特にフランスはノートルダム寺院大火災やら社会保障費を巡る国民運動への対応で大わらわ、そこへもってきて焼け跡の見学を申し出て断られる有様。何を考えているのかねだ。

そんな時に首相が観光気分でノコノコやって来る日本と言う国を訪問先首脳はどう見るか?聞くまでもなく小生でさえ分かる。

10連休、カレンダーの表示

もう一度くらい寒さがぶり返すかもしれぬが急に暑くなった。長野は東京より3℃も高い26℃とか。池袋から帰宅する僅か2キロ程度で汗をかく。また帽子が必要になりそうだ。寒いよりは暑さを歓迎するが、今年の夏はどうなることやらだ。昼飯を食っていたら店主が急に「仕事から離れているので関係無いとは思いますが、10月22日が祭日と言うことを知っていました?」もちろん知る訳はない。

「一寸このカレンダーを見てください。」座っている横にあったカレンダーを指さす。成程赤インク刷りになっている。注釈は即位礼正殿の儀と書いてある。我が家にも壁掛けカレンダーが3枚あるので帰宅して確認してみた。この日が赤字なっているのは1枚も無かったが2枚には10月22日の下に赤字の注釈が印刷されていた。店主が話しかけてきたのは訳があった。

このカレンダー毎日何気なく観ていたが、自衛隊のカレンダー多分広報用の資材だろう。何でも近くに住むカメラマンが持って来てくれたそうだ。改めてよくよく見ると今月27日から来月6日までが見事に赤文字だ。店主が昨日客に指摘され初めて気づいたとのこと。今年の10連休が決まった日付何ぞ全然思い出せないが、その日を待ってディザインを決定したか、決定する前から情報を掴んでいたか、後者だとすれば印刷所から情報漏洩があるから、前者ではあろう。

もちろん制作部数やコストは分からない。自衛隊にも広報予算はたっぷりあるだろうが国民の税金だ、なんてケチなことは言うまい。己を思えば現役時代には随分世話になってお零れにありついたものだ。飯屋の親父共に感心することしきりだった。

一皮むけば似たりよったり

昨日は地元豊島区を含む第2次地方統一選挙と全国で2地区、沖縄と大阪の衆議院補欠選挙の投票日、立候補者は当落が確定して悲喜こもごものことだろう。地元では亡き妻が力を入れていた区会議員がトップ当選したので、今朝は霊前に報告、彼女も草葉の陰で喜んでいることだろう。それにしても世界を見渡せば、民衆の反政府運動が騒がしいほど大きくなっている地域もある。

比較して我が国の場合、先月29日に集計された第1次統一地方選前半戦の41道府県議選と17政令指定市議選で、無投票になる選挙区は急増している。全945選挙区のうち371選挙区(39・3%)に上り、総定数2277のうち無投票で当選が確定したのは612人(26・9%)。今回は都市部が多いのでこの比率が当てはまるかどうか知らぬが、豊島区の投票率が前回より1ポイント低い41%から見ても、政治への関心が低いことは明白だ。

これは日本が平和な証拠かもしれぬし、政治への無関心については他人のことをとやかく言う資格が無いのも自覚している。今は独居となって暇しているので、このブログでも偉そうに書いているが、現役時代は仕事の義理やプライベートな付き合いで頼まれた候補者に投票していたものだ。従って選挙ごとに投票する相手が公明党だったり共産党と主体性の無いこと夥しく、女房からいつも怒られていた。女房は若い時分、少なくとも子供たちが小学校に通始めた頃から社会意識が高く思想が明快だったように思う。

経緯を詳しく聞いたことがないが、最初に選挙に関わった区会議員候補者が娘の小学校の養護教員で、この人が民社党系だったことだけは記憶している。西尾末広氏の名前だけは憶えているが、自民、社会の2大政党の狭間にあって当時どんな役割を果たしたかも知らぬし、現在その流れがどの政党になるのかも知らない。今度の選挙で応援した候補者は当時自民党代議士人の元秘書で、当事無所属であった女房が応援する区会議員候補者の事務所に応援に来ていたらしい。

その元自民党議員は郵政選挙で離党、刺客の小池百合子氏によって見事蹴落とされ、今では浪々の身。秘書連中も散りじりバラバラ、中には自民党衆議院議員となって元の先生より偉そうにしている人までいる。その秘書が我が家が応援する区会議員当選者の対抗馬(彼も目出度く当選、票数は約半分)になったりしている。政治の世界も変わり身が大事なようで、一皮むけば皆同…

読解力

独居となって会話の機会が極端に減った。日本語を忘れないためにも、文字を読んだり短い文章を書くことを日課にしているのはご承知の通り。とは言っても殆どパソコンを通じてのことなので、脳への刺激は大したことがあるまい。特に読む方であるが、どうしても読み飛ばしや中断が多くなる。子供の頃から好きだった読書も機会はめっきり減っている。文庫本1冊読了するのに数日図書館に通うことも珍しくない。

情報源として考えればテレビが圧倒的優位を占めることは否定できない。しかしテレビも、どのチャンネルを選ぼうと、似たような顔ぶれのアナウサーや解説者で取り上げられる話題や取り上げ方も似たり寄ったりで、印象付けられるものは少ない。やはり文字を丁寧に追っていく方が脳にはインパクトがあるように思う。ただ残念なことは最近とみに読書力が衰え、読書を始めると時間や場所を問わずすぐ居眠りが始まる。テレビを観ながらの居眠りもあるが、面白いと思えば相当な時間我慢が出来る。

読書はどんな本でも面白いと思うまで半時間ほど掛かることは間々あるし、面白いと思っても居眠りしていることもある。そこで最近感心したのが内外を問わずジャーナリスト或いはそれに準ずるテレビ出演者の速読力、先日発表されたトランプ大統の疑惑に関して捜査を命じられたモラー特別検察官(?)報告書、英文は日本文に比べると分かり易い表現が多いとは聞くが、それでも約450頁の膨大な量。これが公開されて以来24時間以内に内外含め何人の人からテレビを通じて解説を聞いただろうか。

彼等は出演する前の準備として、例え嘘にしてもこのレポートのページは一応めくり、要所要所は読んでいる筈。テレビに於けるこのような問題を扱う社会情報系番組は現役時代何度も関係しているのでよく知っているが、一人一人のコメント時間が合計僅か数分であっても、内容的にある程度の纏まりが無くてはいけない。文字に置き換えれば恐らくこのブログの数倍にはなろう。本当に敬服すべき読解力だ。

因みにこのブログ、読者が目にする時間は1日平均約1分弱である。

どこに住もうと

昼飯を済ませて池袋西口を徘徊していると、上空にヘリコプターが何機も飛来してやけにうるさい。何か近所で異変が起きたと予想して帰宅すると案の定、東口方面で大きな交通事故で人身被害があったようだ。素人なので分からないが、ヘリコプターの飛行ルートはどのように管制されているのだろう?地上で大きな事故が発生する度に何機も飛来して、よく空中で衝突事故が発生しないと思ってしまう。

ヘリの爆音は地上で聞くと激しく大きいが、パイロット同士には聞こえるのだろうか?又ははバックミラーに匹敵する機材があるのだろうか?戦闘機のF35の操縦と比べてどちらの方が難しいか?歩きながらそんな下らないことを考えていたが、分かるはずも無い。都内は道路事情も良いし、信号も至る所に設置されているので大きな交通事故は少ない筈。問題は自転車による事故だと思う。大昔ヨーロッパで発明された当初、自転車の操縦には当局が発行した免許証が必要だったと聞いたことがある。

現代ではそうもいかぬだろうが、日常的歩行者としては自動車より自転車の方が余程怖い。近所の歩道の一部は真ん中にマークがあり、車道側が自転車用とされているが、自転車に乗る人は全く関係ないみたいだ。尤も専用ではないので、自分を含め歩行者がそこを歩いていることは日常的な光景でもある。スマホを見ながら片手ハンドルもよく見かけるし、高齢のおばさんが危なっかしく乗っているのを見るのも辛いものがある。スーパーの前には置き場係のお爺さんが居て、駐輪の手助けをしてくれるから良いようなものだが。

山に住めば危険は一杯だろうし、都会には都会の危険もある。どこに住もうと危険は常に隣りあわせと言うことになる。

元号騒動

母は明治45年2月生まれだから明治の人間としての誇りを持っていた。父は7つ年上なので、いつも笑いながら「お母さんは大正人だよ」と半ば小馬鹿にしていた。詳しく知らなかったので調べると、明治は7月30日まで続いたので母が正しいことが分かった。難しいのは大正15年生まれの人と昭和元年生まれの人の場合だ。大正天皇の崩御は大正15年12月25日なので昭和元年は1週間しかない。

大正15年、昭和元年、昭和2年生まれの人は15才ほど年上に当たるのでお世話になった人が大勢いる。長幼の序列を考える時など何方から並んでもらうか分からず、まごついた経験が屡々あった。先の大戦に直接参加した人も多いが、それだけで判断しては順番を間違いかねない。この年齢の人はよく笑いながら話してくれたものだ。「昔の同級生は落第なんか関係なく、3世代がいたものよ。」そりゃそうだろう、大正15年の4月1日から昭和2年3月31日生まれが同級生になる訳だ。

昨今の新元号騒動を見て感じることがある。率直に言うと、総理大臣は皇族や天皇の地位を内心軽く見ているくせに、利用だけはちゃっかり十二分に利用している。鳩山由紀夫氏に言わせると、嘗て習近平氏が来日した際に天皇陛下との面談を設定したことを「陛下の政治利用」と野党自民党から強い反発を受けた。それを思うと、この元号騒動は皇室の政治利用そのものではないか。これは政権が意図していることではないと思うが、結果的にそのような僻み発言が出ても不思議ではない。これは元号法制定の際に事前発表できるかどうかを法定化しないままに放置していたことに原因があるらしい。

施行されている元号法にも「皇位の継承があった場合に限り改める」と明記してある。歴史的にもそのように継承されてきた訳だが、そうすると3世代人が同級生の様な不便さがあると言うよなことが勘案されたのかもしれぬ。このようにしてお手軽な現代人が生まれ、伝統は徐々に薄れて日本の姿も変わってゆくのだろう。どっちが良いかは判断しかねる。

地方選挙

いま都内は区長・区議会議員選挙の真っ只中、今度の日曜日が投票日。区長は既に20年在籍で今回は6選目の立候補、1937年生まれだから今年82歳になる勘定だ。多選を禁じる法律が無いので立候補は自由だろうが、幾ら美味しい稼業にしても流石に度が過ぎる感じがする。対抗馬が3人立候補しているが、看板を見るだけで街宣の声は一人も聞いたことがない。

代わって区議選の方は定員36名に51名が立候補しているので朝から喧しいこと夥しい。昔区議選に熱心に関わっていた妻から聞いたが、公選法で街宣車1台しか走らせてはいけないとのこと。(とは言っても何が起きるか分からないので2台用意し、カバーを掛けて隠しておくそうだ)従って、これも妻からの受け売りだが、所謂「桃太郎」と称する候補者を先頭に幟を立てて練り歩きhながらのビラ撒き、これが早朝から何人も通る。うっかり外に出ようものなら大変で、いろんな人と握手をする羽目に。

昼飯の帰り、スーパーで買い物して帰宅するとすぐに「ピーンポーン」。滅多に来る人なんかいないのに、また怪しげな押し売りかと思いきや「お出かけですか?」妙に馴れ馴れしい若い男性、しかも今流行りのイケメンである。そんな友達が居るとは知らなかったので、面白半分「はい、今ちょっと出かけています。」と答えると、これが自民党の若手区議。しかも妻が嫌っていた衆議院議員の元秘書上がり。

「いつもお世話になっていますので是非よろしくお伝え願います。」ときたものだ。「嘘つけ、今日初めて玄関に立ったのだろう。」とも言えないので、こちらもニッコリ笑ってビラを受け取り握手してあげた。今月初めに妻が応援していた区議からの依頼で応援葉書を5枚書いて渡したが、彼は何票獲得するだろうか?確か4千票獲得すればトップ当選だったように記憶している。と言うことは、5票持っている女性を千人集めればトップになれる訳だ。

これも妻の台詞「兎に角女性でなくてはだめ」妻も何が面白くて選挙に関わったか知らぬが、我が祖母が選挙熱心で、女性活躍の走りだったことを思い出した。

信念の有無

政府高官と称する閣僚が北京やワシントンで日中ハイレベル経済対話とか日米通商協議と仰々しいお題目が付いた会議に出席して、中国や米国との間で国益に沿った成果を上げてとか上げるであろうとかの報道がなされている。詳しく読むまでもなく、どちらも大国の都合を厳しく突き付けられ、曖昧な返事でお茶を濁すのに必死になっているだけに過ぎぬない。マスコミは正直に報道すればいいのに、日本閣僚の「○○で同意した」だの「意見が一致した」の発表をそのまま垂れ流している。

米中が経済的にも政治的にも厳しい緊張関係にあり、特に中国側はアメリカの独善的姿勢に反発して、交渉する姿勢は維持しながらも独自の経済発展構想を実現すべく必死になっていることは疑いようもない。その間に存在する日本は自ら進むべき道を選ぶ努力もしないで、その場凌ぎで両方の国と良いとこ取りをして甘い汁を吸おうと思うのか?そんな誤魔化しは決して通用する筈がない。諸般の事情有之、何でもアメリカの意通りにしなければならない、ならそれでも良い。中国にはっきり言えばいいだけのことだ。

それもできずに、通信機器問題の「なぜ日本政府はファーウェイを排除するのか」に対し「日本政府は特定の中国企業名を念頭に置いているわけではない」と相変わらず質問をそらす朝ごはん回答をしている。居並ぶ日本ハイレベルのお歴々は中国側と比較するとまるで子供っぽい。しかし国際会議であるから肩書は同等になっている筈。姿かたちは民族固有のものだからどうしようもないが、話す内容はもっと堂々とした腹の据わったものであってほしい。

人は二か所同時に立つことは出来ない事ぐらい分からないのだろうか?一方に依れば一方から嫌われる。個人的にはアメリカべったりが良いとは思わないが、閣僚が信念以てそうであるなら良いではないか、ファーウェイについて懸念を表明すべきだ。国際交渉は信念を持った姿勢で取り組むないと、どちらからも馬鹿にされる。メディアにも責任があるかもしれぬが、誰と話しても意見が一致をした、とヘラヘラ笑うばかりの政府高官を見せられてばかりいると本当に情けなくなる。

北国の春

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今夜遅くに帰宅の予定だったが、思いがけず早く帰宅したのでブログが書ける。

昨日は過日のネパール旅行の打ち上げ会、中国からの参加者を除いて全員14人が顔を合わせることが出来た。会場は参加者ご夫婦の自宅、標高800メートルを超える信濃町の飯縄山麓にあり、ワサビが自生している渓流が敷地内を流れていた。私は最初の乾杯までで失礼したが、屋敷内には全員が泊まることもできれば、カトマンズの料亭並みの大宴会も可能。但し、庭園には未だ残雪があった。自然派のご夫婦にして初めて可能となるお住まいだった。因みに我が夫婦の決まり文句は「もう暫くしたらこの近所の1階がコンビニなっているアパートの2階に引っ越したいね。」だからどうしようもない。

夕方6時過ぎに迎えに来てくれた従妹の車に乗り込むときは雨が激しくなり、先週末書いた通り今日は悪天候の筈だった。ところがギッチョン、我が女将さん昔から自他共に許す晴れ女、今朝起きると曇りを通り越して日が照っている。流石なものと感心しつつ予定通りに寺に行って墓参り。例年であれば桜が満開か一寸盛りを過ぎても不思議の無い時期なのに、この写真のようにまだほんの咲き始め。今年は雪が少なかった割には春が遅いと聞いた通りだ。



その後快晴に誘われて戸隠高原までドライブに連れて行ってもらうことが来た。この方面は子供時代から何度も歩いているのでいろんな景色の記憶があるが、こんな景色を観ることが出来たのは初めてのこと。若い時分は学生だから春休みが終わるころの風景まではなかなか接することが出来ない、改めてその美しさに感激した。後は戸隠定番「おそば」昼食、大久保西の茶屋で「春山菜てんざる」を注文、しかし戸隠のそばは量が多い上、丁寧にそば団子まで付いてくる。美味かったがとても食いきれなかった。

店の周りは当然残雪、ダウンジャケットでも寒いぐらい、僅か200キロ強しか離れていない北国の春と江戸の春との違いを痛感した。

*写真上は天ざるの具材 下は戸隠スキー場で背景は戸隠の西岳方面





一つの健康法

明日から長野へ墓参りともう1軒野暮用があって出かけなくてはならないが、日頃の行いが悪いとて2日とも雨のようだ。代わりに今朝は朝から快晴、土曜日はいつも早めに起きて5時半からTBSの「サタデー・ジャーナル」を観る習慣があるので4時半に目が覚めた。ところが今日はゴルフのマスターズトーナメント中継で番組が中止。折角起きたので早めに朝飯を済ませて少し前から気になっていた庭の草むしりをした。

いい塩梅に今日は生ごみ回収日でもあり、雨模様が続いたので土が柔らかくドクダミのように根がはびこる草もむしり取りやすい。丁度早起きした分30分のアルバイト、早起きは3文の得だった。序でに女房絡みの用事で妻の友人に電話をしたり、同窓会絡みの案件であちこちに電話をしたりして時間を潰すことが出来た。思ったのはお婆さん連中の長電話、妻はこれが生きがいだったようで、聞けば一時間くらいは平気で話をしていたらしい。

今朝はこちらから親友だったらしい二人に、妻を忘れずにいてくれたことに深く感謝する心算で電話させてもらったところ、尽きぬ話を途中で切るわ訳にはいかず、女性同士の会話のありようをじっくり勉強させて頂くことが出来た。何と言ってもこちらは語彙が不足しているので、感謝の気持ちは「ありがとうございます。」くらいしか出てこない。それに対してお二方から汲めど尽きぬがごとくお言葉を頂けた次第。気持ちも本当にありがたいし、正直長時間会話が続いたことは何より嬉しい。

男同士の友情に比べると、女性の場合は長じて環境が随分変わるので長続きしないと聞いていたが、妻の短大同期生の場合はそうでもないことが分かった。話がちょっと変わるが、毎朝我が家の前を通る3人組のお婆さんがいる。トレーニングウェアに身を固めているので多分共通の健康法と推察している。このお婆さん連中も何分ほど歩かれるか知らぬが、兎に角毎朝元気な声で会話を交わしていらっしゃる。子供たちならいざ知らず、いい婆さんが毎日顔を合わせていても良く会話が続くと秘かに感心している。

会話は年寄りには健康法の一つだろう。従ってその3人組は毎日孤独な徘徊を続けている独居爺からすると羨ましい限り。

世知辛い

長野高校の東京同窓会が毎年2回開催されるが、それの学年幹事を仰せつかっている。半世紀前の昭和34年卒業なので可成り古顔になってしまった。昨夜その幹事会があって有楽町まで出かけた。普段は銀座の東武ホテルで開催されてきたが、今回の案内は新東京ビル4階某社の会議室となっている。幹事長は23期後輩、案内をくれたのは46期後輩にあたる。何事が起きているか不審に思って出席して理由を聞いて、幹事諸君の苦労がよく分かった。

要するに世知辛い世の中に同窓会幹事も翻弄されているのだ。先に銀座東武ホテルと書いたこれまで使っていた会場、かれこれ10年以上毎年恒例として2~3回宴会場を使用する100人前後の会があって、他に会議室でアルコール無しの弁当だけの30人程度の幹事会が行われる。恒例の行事であるので、ホテル側も気持ち良く受け入れていた。年末までの大凡のスケジュールがこの4月の会議で纏まり、来週幹事の方から仮押さえするのが標準的手順であった。

ところがこのホテル、数年前からコートヤード・マリオット銀座東武ホテルとやたらに長ったらしい名前になっていた。大方その辺が原因であろうが、学年幹事会開催にあたり幹事長が今年もよろしく、と仁義を切ったところ、なんと「そうは参りません。会場のお申し込みは2か月前にお願いします。尚その際であっても婚礼関係を優先させて頂きます。」ま、体のいいお断りを食ってしまった訳だ。

この幹事長、可愛そうにもう10年以上幹事長をさせていると思う。実に優秀な後輩で、山梨大学先端材料理工学科 近藤研究室の堂々たる教授様なのだ。いくら若くて東京は慣れていると言っても、上京の経費すべて自己負担だろうから、心中察するに余りある。温厚な人柄でもあるが、責任上そんな無体なホテルとなんか付き合っていられぬと、代わりの会場探しに奔走した結果が、新東京ビル4階の某社会議室。これがまた映画にでも出てきそうな豪華な部屋で、50席分くらいの長方形で、全て革張りの重役椅子各席にマイクが置かれ、天井にはカメラが設置されていた。

連絡をくれた40数歳下の幹事の勤務先らしい。弁当は幹事が近くの店で買い求めたのだろう。重そうなビニール袋で運んでくれた。今年度から本番の会議は、某大学のキャンパスを借りる交渉で決めてくれたらしい。オリンピックで観光客が増えるのを見込み、いろんな業界が虎視眈々と業績の拡大を狙っ…

ブラックホール

100年も前から理論上存在すると言われていたそうだが、宇宙に「ブラックホール」が実在することが映像で確認されたとのこと。光が鏡で反射することぐらいは知っていたが、物理学的には引力で曲がることが100年以上前から分かっていて、その論理的帰結だったらしいが凡人としては驚きだ。また1秒間に地球を七回り半する光を撮影するなんてことが実現できたのは、所謂電子技術の成果とのこと、しかしこれを想像できる人間が100年以上前に存在していたとは、昔から人並み外れて賢い人がいた訳だ。

記事は読んでないが朝日新聞に「ブラックホールあるM87、元々はウルトラマンの故郷?」なる記事が掲載されている。自分の馬鹿を棚に上げて文字を読まずにマンガばかり読む人間を蔑視してきたが、数式に依らず感覚的に物事を捉えることも馬鹿にできない。自分みたいに中途半端が一番良くない。麻生大臣様ごめんなさいである。

この映像の制作に参加した天文台は南米・チリのアルマ望遠鏡を中心に、米国のハワイとアリゾナ州、メキシコ、スペイン、南極の8か所とのこと、しかし動員されている科学者は膨大な数のようで、日本からも国立天文台や工学院大、海外などで研究する22人の「日本チーム」も重要な役割を果たした。との報道、これも己のことを棚に上げ、子供の学力や我が国の技術力低下を内心寂しく感じていたので、まだまだ賢い人が大勢いると些か胸を撫で下ろした。。

このプロジェクトが発足したのは2006年と書かれているので、今朝観た1分足らずの映像制作に費やされている時間は少なくても15年以上、費用が幾らになるか計算もできないだろうが、嘗て観た如何なる超大作も及ばないことだけは確かだ。それにしても夜空には月や星の数々、見えてる星には1個1個名前もあるらしいが、そこに何があるかは殆ど分かっていない。まして夜空を遥かに超える太陽系が宇宙の片隅にあるほんの小さな存在で、今回発見されたブラックホールと地球との距離が5500万光年と知って頭がくらくらして思考が止まってしまった。

明日の世界

朝から冷たい雨が降り続き、まるで冬に逆戻りしたかのようだ。長野の友人に電話する用事があって聞くと、長野は大雪になっているらしい。半世紀前に結婚した日が確か4月の半ば過ぎだった筈で当日霙が降ったように記憶する。何れにしても春の陽気は安定しないので困ったものだ。昨夜友人と会食する前に、友人の息子さんにガラ携とスマホの扱い方についていろいろ教えてもらった。

昨年末から大体月に一度くらいのペースでご教示に与っているのだが、呑み込みが悪く未だにどちらも使いこなすに至っていない。一方で、家内の友人から便りがあり、態々長野の寺に墓参して下さったとのこと。礼状を1通書くのに四苦八苦、お手軽な機械でのコミュニケーションも小学生時代から習い始めた書き取りも両方とも中途半端で実に困ったことだ。

いつも同年配の友人たちとは他愛の無い話に終始するばかりだが、未だ40歳代の若者が加わると話の内容が非常に興味深いものになる。友人は会社の経営を実質的に息子さんに任せているようだ。彼も小生同様サラリーマンから初めて幾つもの変遷の後、最終的に建設関係の個人起業に成功している。しかも最終局面でIT関連企業に居た息子さんが継いでくれたのだから羨ましい限り。恐らく親父さんが期待した以上に彼の会社は発展すように思う。

その息子さんの話で酔いがさめても印象に残っているのが、彼の見る世界情勢。
彼の世代か彼個人の意見かは別として「我々個人は国家の管理と所謂GAFAのようにインターネット空間を支配する巨大企業と二重に管理されているのだから、絡み取られたこの網目に反発しても始まらない。意識してどう生きるかではないか。」我が世代には理解し難いかもしれぬ。

彼は経済なんか専門ではないが、各国産業の将来性に関する見方なんかも下手な経済専門家より面白い。要するに各国の産業政策がどうであれ、先の巨大企業の企業戦略が各国の産業のみならず福祉方面を含め様々の方面に与える影響を熱く語ってくれた。即ち、巨大企業のありようが社会の格差を増大しつつあることだ。世界には気が付いている政治家もいるだろうが、全く気にしていない或いは気付いていない政治家もいる。勿論我が国は後者だ。

老いの嘆き

好むと好まざるとは関係無く世の中はどんどん変わっていく。そのスピードは益すばかりで驚いていても仕方ない。この世に生を受けて僅か80年足らずの間に習い覚えたことの多くは忘れながら、毎日のように新しい情報が耳目に入ってくる。通信情報機関の発達による恩恵と受け止めるべきなのか、ふと考えてしまった。ブログを始めて丁度10年余り、特にこの期間の変化が著しい。

亡くなった家内は私の数々の悪癖に対し余り文句を言わなかったが、ブログだけは当初から度々やめるように警告を発していた。曰く「百害あって一利なし」である。老人の夫婦喧嘩も嫌なので黙って聞いていたが「百害は無いだろう、仕事の関係もあるのでパソコンに慣れたいだけだ。」と密に反発して結局辞めなかった。もともと不器用なのでパソコンの操作が未だに上手くいかない。
しかも当時仕事で使っていた必要性も、5年前くらい前に仕事をやめているので今は全く無くなってしまっている。

今や完全に暇潰しの道具と化したこのパソコン、ここで得た情報を基に書き綴る駄文、もちろん何を書いたか真面に記憶にも残らない。これを趣味と考えようにも余り上等な趣味ではない。ご近所を歩くと家の前や庭を掃除したり手入れをしているご同輩をよく見かけるが、我が家の庭は既に春の雑草がぼうぼうと生い茂り始めた。毎朝これを見て鎌を買ってきて刈らねばと思いつつ、日が過ぎていく。自分のためにも他人にも何ら役立たないことをするより、家や身の回りを奇麗にすることの方が趣味としては余程高尚だろう。

てなことで過去10年余りを振り返ると、世の変化が激しい割に己の脳みそが退化し続け、置いてけぼりの老人になりつつあることに気づき非常に虚しくなってきた。だからと言ってその原因をパソコンのせいにして、これをお払い箱にする気にもなれず実に悩ましい。今日は又春らしい陽気が戻ってきている。今夜はブログで知り合った唯一の友人に誘われ、下町での夕食会だ。帰りが遅くなるので早めにアップする。

ほとけ心

若い頃は善光寺の門前町長野市内に居住したせいか、4月8日の花まつりはご近所含めて春の訪れを祝う雰囲気があったように記憶する。小中学校の入学式が行われるこの頃は概ね好い陽気としたものだった。ところが今日の東京は小雨に姥桜がしおれ、折角のお釈迦様誕生日に相応しくない寒々とした天気になってしまった。尤も東京で仏教行事と言えば精々春と秋のお彼岸の墓参りが精々で、7月のお盆も余り気にしない家が多そうだ。

我が家も東京には菩提寺が無かったし、家には仏壇も無かった。先祖を思う気持ちが無い訳ではないが、先祖とのコミュニケーションは何故か寺を通さなくてはならないと、おかしな反抗心もあった。これが先に述べた花まつりと関係がある訳で、子供の頃に宗派の関係無しに坊さんの話を沢山聞いて育ったわりお寺との関係は良くない。こう言っては語弊があるかもしれぬが、最近の坊さんは葬式や法事の席で法話を話す人が少ないように思う。

若い坊さんの法話で感心しながら聞いたのは、20数年前に聞いた信州佐久の禅宗の寺だけで、その後数多い機会があったにも拘らず感心したことが1度も無いのは、仏教普及のためにも残念なことだ。かと言って、他宗教と言っても殆どがキリスト教か神道系の葬儀だが、主宰者の法話とは言わず挨拶にしても大同小異。世界に無宗教の地域があるかどうかは知らぬが、宗教による人類救済も道遠しと言えよう。

なんてことより、やはり忙しさを前面に掲げお布施や献金、賽銭をケチるが本音かもしれぬ。もとより宗教心が無い訳ではない。むしろ有り過ぎるほどで、何事によらず神さま仏様頼りの人生であることは度々書いている。家内を亡くして1年以上が過ぎ年齢も八十路近づいた今頃になりやっと、人並みに家に仏壇・位牌を整え、毎朝線香を上げる習慣が身についた。仏壇のご本尊はお釈迦様(仏壇屋の説明では菩提寺の宗派で決まるらしい)とのこと、今朝そのご尊顔を拝み我が眷属の安寧を感謝申し上げ乍ら思ったものだ。今度の週末ネパール旅行の打ち上げで長野に行くので、彼岸にパスした墓参りをしよう。

我が生国

5日金曜日の夜、現役時代からずっと親しくしている友人に食事をご馳走になった。会社は違うが同年の入社で、知り合ったのは30歳にならない頃だったような気がする。偶々仕事柄、売り手と買い手で顔を合わせる機会が生じたからだ。今は知らぬが、当時の広告代理店は得意先(所謂スポンサー)を見つけるより、売り物を確保することが大事だったから、立場的には売り手の方が強かった。

共に仕事を熱心にするより遊び好きで気が合ったのかもしれぬ。共にと書いたのは彼には失礼かもしれぬ。未だ交際費が税金から控除の対象になっていた時代、安月給鳥としては交際費で食事を賄えば家計の助けになるだろうとのさもしい根性。彼も几帳面で、こちら1度交際費を使えば必ずお返しの席を設けてくれた。その気分が抜けず、未だに遊び続けている。

金曜日の夜話題になったのが肝心なこと。酔った勢いだったかどうか、変なお国自慢をしてしまった。ところが彼曰く「ところでお前さんの国は幕末にどちら側に就いたのかね?奥羽越列藩同盟に信濃は入っていないよな。」はっと思ったが時すでに遅し。心情的に官軍と言わず薩長同盟軍と思っている口である。我が信濃は列藩同盟側であってほしいが、確かに聞いたことがない。佐久間象山、赤松小三郎、堀直虎のように幕末に暗殺されたリ自決した人物を列挙して、幕府側だったのではとの推論への賛同を求めた。

彼笑って曰く「ならば、なぜ皇軍に攻められなかったのかね?歴史上の経緯は未だに判然としないことが多いよな。敵味方の問題は兎も角、自分でよく調べてみたら。」酒の席故か、彼の人情然らしむか別として直接的な否定はしない。前から諸般の知識で彼に及ぶものでないことは十分に承知していたが、いい齢になって己の生国についてまともに答えられない恥を曝したことは慙愧に堪えない。早速昨日Wikiで調べてみた。

悔しいが、信濃の各藩は皆官軍に味方してる。石高では最大の松代藩も同じこと。特に松代藩は本来外様とされるべき家柄でありながら、徳川家譜代大名並みの特別な処遇を受けていたらしい。歴史はきちんと認識すべきと改めて思う。実はタイトルに生国と書いたが、生まれは奈良県奈良市法蓮町、近鉄奈良駅の近くである。しかし心底は信濃の松代が生国だ。

国語の用法

昨日まで鼻水が止まらず苦労していた。愛用の風邪薬「改源」を朝晩3日連続で服用しても調子が治らない。昨日来た娘の「そろそろ医者に行った方が好いかも」との忠告に従って、久し振りに耳鼻咽喉科に行って点鼻薬を貰い、やっと落ち着いた。風邪か花粉症かは定かでないが、妻から「偉そうなことを言う割にデリケートな身体だ。」とからかわれたことを思い出す。

今日は寒さも和らいだから、この先は暫く楽できることだろう。昨日誕生日祝いだと昼酒をご馳走してくれた友人が言っていた。社会や政治に不満は沢山あるが、それを非難批判してもどうにもならず、所詮はなるようにしかならない。だからブログなんかを書かないことにしている。もともとブログが縁で友人になったほぼ同世代人。言われて見ればその通りだが、書かずにいられない我が習性である。

話題を替えてテーマに沿った感想を書く。政府答弁に使われる日本語で最近有名なのは「朝飯は食っていないが、パンとコーヒーは飲んできた。」この朝飯答弁は枚挙にいとまがない。しかしこの矛盾をメディアが厳しく追及したことも知らない。些細なことかもしれぬが、国語を大切にする気持ちはマスコミのみならず国民で共有すべきと思う。

事実を喋って野党から糾弾され、「嘘をついた心算はないが、事実でないことを言ってしまった、ごめんなさい。」と国会で意味不明な釈明した姓名は忘れたが国交副大臣が辞意表明と報道されている。笑えてくるが、どうせ辞めるならも少し益しな答弁をさせるべきだった。マスコミにはそこを突いてもらいたいものだ。日本語は古来中国から輸入されたので、本来句読点は無い。自分も毎日ブログを書くので句読点と接続詞の用法には苦労するばかりだ。

多分誤用がかなり多いと思う。別けても多いのが「だが」と「が」である。中文に接続詞があるかどうか何れ確認させてもらう心算だ。日本人は「この饅頭は美味いが、本当は不味くて食えない。」みたいことを聞いても目くじら立てないのが不思議で仕方ない。今回は流石に総理、副総理共に支え切れないと因果を含めた模様である。しかし問題の予算についてはそのままだから、トカゲの尻尾きりに他ならない。

この10年

顧みるとこのブログを始めて10年の月日が経ってしまった。あまりに速い歳月の流れだ。当時書いた内容はすっかり忘れていたので、第1回目を開いてみた。次のように書かれている。

『今月からブログ始めようと志を立てたがなかなかうまく運ばない。長年の経験で何事も最初は様々な障害にぶつかるものと知ってはいるが結構疲れる。
今回は幸いな事にインストラクタがそばに居てくれるので、うまくテイクオフできる事を期待している。

学生時代から4月1日はある意味で新たな1年の始まりだ。今日は春のスタートにおよそふさわしくない寒い1日で、桜もほぼ満開にちかいのだがちっともぱっとしない。部屋には暖房を入れている。余り結構な1年にはならないのかな。

昨年から自分の仕事とは無縁と言えない広告業界に関しては相当に厳しいようだ。月曜日に昔の会社で一緒だった少し若い人から教えてもらった。吹けば飛ぶような個人企業だが気を引き締めないといつ店じまいと言う事ならないとも限らない。

とぼやいて見ても仕方がない。兎に角又新しい1年を頑張って行こう。頑張ると言っても歳でもあるし、何をどうするのかは分からない。明日以降も今までと同じように同じようにやるだけだろう。何と言っても取りあえずは健康維持だな。

「無理をせず、しかし怠けずに」「高望みをしない、身の丈に合うことを考える、急ぐ人には道を譲る」』2009年4月1日

心配した通り、個人企業は店じまいして既に数年経っている。スタッフはおろか女房まで亡くした完全な独居老人となってしまった。それでもブログは続けているから不思議なものだ。

今日は79歳の誕生日、これまでのブログでは誕生日についての感慨はあまり書いてこなかったようだ。しかし昨夜から今朝にかけて複数の友人がお祝いの電話をくれたり、娘と孫がお祝いに来てくれたり、ブログの縁で交際が始まった友人が昼酒に誘ってくれた。どれも素直に嬉しいことばかりである。

安全保障問題

あまり大きく問題視はされていないが、政府が昨日の閣議でシナイ半島多国籍監視団の司令部要員として自衛官二人の派遣を決めたことについて、憲法違反と異を唱える向きもある。何故なら、これは国連要員ではなく、多国籍軍への参加に他ならぬ。「そんなに目くじら立てるなよ。」と言う人もいるだろうが、国の基本政策がなし崩しになるのを危ぶむのは当然の事だ。

同じ昨日一方では、ドイツが今月から「国連安全保障理事会議長国」になることが決まったと報じられている。これから当分の間、前大戦終結まで200年近く戦争を繰り返してきたフランスと2か月交代で議長を務めるとのこと。嘗ての同盟国であるドイツには親近感を持つ日本人が多い。だから政府が祝意を述べたかどうかは知らぬ。もしそうであれば相当複雑な心境であろう。

ドイツは日本・イタリアと組んで圧倒的多数の世界を敵とした悪役の張本人。
国連の実態を理解できていないので、第2次世界大戦の枢軸国の最主要メンバーのドイツは現在でも敵国条項適用国ではないのか?そうではなく、現在適用が外れていない国は日本だけと言う人もいる。どうでもいいが、議長国就任はエイプリルフールではなさそう。

国連は現在の世界平和を担保できないまでも、そこを目指す唯一最高の国際機関だ。我が国が安全保障問題に力を入れるのは結構なことだが、ドイツと比較して考えると、それこそ目線の高さが違うように思う。歴史は忘れてはならぬが、未来は変わることの証左と受け止めるべきかもしれぬ。

来るべき時代

日本では新会計年度が始まった。諸外国の多くも同じだろう。年度替わりは個人的に無関係だが、たまたま誕生日が今月4日なので、また馬齢を重ねるかとの思いがある。海外の報道からすると、国内に混乱を抱える国が多い。比較して我が国は静謐を保っている。外国人が羨ましがるに違いない。勝手な想像だが混乱は若さとエネルギー、静謐は老いの証拠の様なものだ。日本は旦那が三代目になった老舗の大店と思えばいい。

大店にもいろいろあるが、戦後急成長して飛ぶ鳥を落とす勢いがあったお店が僅かの間で没落した例は枚挙にいとまがあるまい。個人的には時代の移ろいと簡単にあきらめもつこうが、国家の指導者にはもっと危機感を持ってほしいものだ。しかし残念なことに大店の例を持ち出すまでもなく、先祖の遺産がそれなりにある三代目には危機感を持てと言う方に無理がある。店が潰れ、家作や土地が引き剥がされ母屋に危険が迫れば、自ずと賢い四代目や五代目が誕生するのだろう。

イギリスやフランスのように歴史ある大国は、そういった危機を何度も乗り越えてきたと思うが相当な混乱に直面している。お店の1世代が20年から25年とすれば60年から75年、総理大臣は戦後53代目だそうだが、日本の政治世代もそろそろ「売り家あり」と唐様で書く頃合いに入ってきたのかもしれぬ。多分この静謐の最中におさらばして、我が国の次の混乱を目にすることは叶わぬであろう。しかしいくら少子化が進んでも、それはいつかやってくるに違いない。

その時起きる変革は 痛みを伴うだろうが、それが人間社会の実態がであり必然ではないだろうか。諸外国の現実を垣間見て思うのは、思想の混乱、特に永いこと最善とされてきた民主主義が揺るぎ始めている実態だ。特に政党政治の理想とされてきた2大政党制なども大きく揺らぎ始めている。個人的な思想が統一できるほど人間は単純でないと理屈では分かっていたのだろうが、。

その個人で形成される国家と個人との関係、現代はその上に国連なんてものまである。そうなると盛んに言われる国家の人権問題なんてことも、どう折り合っていくのだろうか。もうじき消えていく人間には難しい問題ばかりだ。新しい人に考えてもらわねばなるまい。

元号「令和」

来月1日からの元号は「令和」と決まったらしい。今年いっぱい生き延びれば、明治・大正・昭和と三代の御代を生きた親父と肩を並べることになるが、果たして目出度いと言えるだろうか?自問自答するに、昨今年金だけで無為徒食のの生きざまからすると、目出度いとは言い難い。

つまらぬ話はやめて、この元号「令和」であるが、相当な違和感を覚えた。初めて聞いた時に意味が解らなかったせいもあるだろうが、音だけからすると、「冷とか霊」が第一印象で何か冷たい感じがしたものだ。昼のニュースで官房長官やら総理が繰り返し説明したのを聞くと、どうやら万葉集にある古歌から二文字を引っ張り出して偉い人が造語をしたらしい。最高責任者お二人は、非常に目出度い言葉と力説強調されたが、これまで日本人の誰一人聞いたこともない造語で目出度いと言われてもな~。 

安倍氏が中国を嫌いなことは知っているが、何もそこまで無理をしなくても良いだろうに。我が国の文化は好き嫌いは別にして、中国の長い歴史に育まれた文字や言葉を拝借していることは周知の事実。二人は尤もらしく竹下内閣の「平成」年号制定に倣うと言っているが、真っ赤な偽りであることが明々白々。竹下派の鼻を今開かしたと内心得意がっている様子が目に浮かぶ。キラキラネーム大流行りの昨今に倣ったかどうか知らぬが、そんな子供じみたことで喜ぶならいっそラテン語の年号でも捻り出したら如何?

皮肉を言いたくなるが、今の子供たちにとっては、これまでの元号の意味なんて無いのと同じ、ただの記号に過ぎないのかもしれぬ。未だ30歳前後の頃、凄くお世話になった得意先の会長さんが元号と国旗国歌制定法案が成立した時「これでやっと安心した、今日はお祝いしよう。」と飲みに連れて言ってくれたことを思い出している。会長の年齢は親父と同じくらい、ポツダム大尉の階級だった。当時は何でそんなに目出度いか、意味がよく分からなかったのも事実。

現代の若者のことを嘆いても仕方あるまい。元号が意味不明の言葉になるくらいはいいとして、天皇制は大切にしてほしいが、果たしてどうなることやら。