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10月, 2015の投稿を表示しています

沖縄は日本

日本は世界の中では小さい国のようだが、75歳になった今でも未だ一度も土を踏んだことの無い県が幾つかある。結構広いし、方言を含め地方色も結構豊かな国だ。しかしどの府県に行ってもそこそこ山もあるので、100名山踏破と大それたお考えの方は、殆ど全都道府県を歩いた経験をお持ちなのだろう。鉄道マニアにしても然りだ。そんな目的を持って全国を歩いている方は、沖縄県だけは行かなくても済んでしまう。

沖縄の山と言うのは聞いたことが無いが、何処に行っても美しい海がある。現役時代は山には全く興味が湧かなかったので、40歳になるかならぬか頃、夏に何度か沖縄に遊びに行った想い出がある。沖縄はハワイなんかと異なり、ビーチしかないので変化がなくてつまらないと言う遊び人の友人もいたが、水泳が好きだったし、いろんなマリーンスポーツに挑戦できたので、小生には健康的で楽しかった。

今は趣が違っているかもしれぬが、正直なところ当時から国内旅行の割には結構高くついた記憶があり、当時はどうせ行くならハワイへと言う人間が多かったようだ。小生は飛行機が苦手で、沖縄の方が早く着くからと主張して沖縄に引っ張った記憶がある。しかし、当時から沖縄を半分外国気分で見ていたことも事実だろう。その沖縄が現在揺れている。昨晩のテレビで地元の年配の方が「いつまで経っても沖縄は日本の植民地です。」と寂しげ話すのを聞いて、ハッとした。

確かに、自分も沖縄の騒ぎを他人事のように見ている。しかし豊島区に米軍基地があって、オスプレイが昼夜を分かたずに我が家の上空を飛び回る事態を想像してみよう。或いはそんな計画が豊島区で持ち上がり、区長が反対を表明して国に抵抗したらどうするだろう?米軍基地が来れば戦争に真っ先に巻き込まれるのは必然である。今であれば婆さんと相談して引っ越すかもしれぬが、少し若ければ抵抗運動に身を投じてテロリストにでもなり兼ねない。

終戦直後は日本中に連合軍基地が置かれ。沖縄返還時の米軍基地の分布を見ると、沖縄の基地は確か20%台だった筈だ。それが、返還後40数年で75%に膨れ上がっている。この事実について、沖縄県外の人は殆ど無関心で「そうなの」の一言で済まそうとしている。1972年5月沖縄返還が成立した式典で、佐藤総理を初めとする政治家が万歳をして喜んでいる。この万歳は、内地の厄介事を海の向こうに押し付けることができる喜びだ…

未来の車

認知症を自覚した訳でもないが、可能性を心配して運転資格を放棄してから早いもので5年経ってしまった。昨日の報道によると、そう遠くない将来には手放しで運転できる自動車が開発されるそうだ。仮に明日その車が実現しても、小生には無縁のものである。むしろ昔、自転車に乗れるようになって暫く後に、恐る恐る片手をハンドルから放し、更に暫く経ってから両手を放しても倒れなかった時の喜びが懐かしく思い出す程度のことだけである。

しかし住む場所などの環境によっては、そう暢気な話では済まない人も沢山いるだろう。皮肉なことだが、昨日は宮崎市で悲惨な交通事故が起きた。運転していたのが73歳の方だったそうで、持病の癲癇に加えて数日前には認知症との診断がされたばかりとのこと。事故の被害者は浮かばれないだろうが、癲癇持ちや認知症の患者から運転資格を取り上げるのは容易であるまい。そう遠くない将来と書いたが、早いとこ自動操縦の自動車を開発して、資格が無くても車の運転ができるようにしてほしいものだ。

このところ個人的には無関係な事柄にせよ、科学技術の進歩が社会に多くの恩恵をもたらしていることは喜ばしいのだろう。しかし一方で偽装だとかインチキ臭い話が余りにも多く湧いてきているように思えてならぬ。科学技術の先進国ドイツの1流自動車メーカーでさえすることだから、我が国の大企業、天下の「東芝」が決算を誤魔化すなんてことは仕方ないのか。ゼネコン然りだ。もっとも土建業のお歴々に言わせると、昔から業界の方は、ご自分がお造りになった橋や道路は怖くて使わないとしたものらしい。

科学技術の進歩や発展が、人間に対する信用を減じているとすれば、科学技術の進歩も余り有難がってばかりはいられない。

延命治療

昨日読んだ雑誌「新潮45」11月号に面白い記事があった。臨床医の里見清一氏が書いたもので、高価な新薬が次々に開発されるのは良いが、これに伴う医療費の高騰で国家財政が破綻しかねないとの警鐘を鳴らすものである。人間だれしも健康で長生きを願うだろうが、後期高齢者が更なる延命のために、効果の程がよく分からない高価な薬品に頼るのは如何なものか、との問いかけに共感を感じるところもあった。

氏が言わんとするところは、最近評判の高価ながん治療薬の中には効く場合の確率が3割以下なんてものもあるらしい。しかし一旦使い始めると「あなたには効かないみたいです。」と宣告するのが難しく、だらだら使い続ける傾向があって、これが国家財政における医療費補助の大きな要因になっているらしい。本論はそこにあるのだが、共感を覚えたのは他の個所である。氏曰く、医療を大別すると「延命治療」と「対処療法」に分けられる。

一般的な意味と異なるかもしれぬが、「治してしまう」治療(がんの手術、肺炎に対する抗生物質など)も延命治療の一種である。引き換え、「対処療法」は痛みや苦しみを除く手当を言うらしい。アメリカでは、75歳以上の人に対する延命治療禁止を提唱している有名な医者がいるらしい。それを引き合いに出して、後期高齢者が徒に国費を浪費して延命を図ることに疑問を投げかけていることに関心又は共感を覚えた訳である。

たまたま、後期高齢者の無料検診の結果が出たからとて掛かり付け医から電話が来たせいもある。友人の中には、面倒だから区の健康診断なんか受けない、と断言する人も何人かいる。小生は後期高齢者に突入した今年になってから、前立腺がんの治療で健康保険には150万円以上お世話になった筈だし、区の無料検診は以前から几帳面に毎年受けている。何だかんだと言いつつ、後期高齢者になりながら延命治療に相当依存している口だ。

しかし、如何に延命を図ろうと、身体の劣化は着実に進んでいるのも事実。特に先週のハイキングではその思いが強く印象付けられた。今日読んだ何かにもあったが、人間ピーク時には思いがけないパワーを発揮するものらしいが、盛りを過ぎた人間は幾ら力んでもパワーが出ないと決まったものらしい。分かっているつもりでいたが、本当は全く分かっていなかった。無駄な検診や延命治療はやめて、今後は対処療法に限るのも一つだろうが、どうもうまく割りきれそ…

読後感「宇宙は何でできているのか」村山斉著

最近書店を覗いても読みたい本がなかなか見つからない。自分の書棚をボーと眺めていたら、なんでこんな本が置いてあるのか不思議に思う本に目が止った。新書版でそんなに厚いものではない。書棚の本に触ることは殆ど無いのだが、思わず取り出してパラパラと頁をめくる。と、中から領収書が出てきた。2010年10月8日池袋旭屋書店のものである。読後感をSNSに上げ始めたのは2006年からだから、当然既に読後感を書いている筈だが、調べても出てこない。

きっと難し過ぎて読み終わらなかったか、読んでも意味が分からなかったのだろう。購入した記憶すらないのだからどうしようもない。たまたま先日東大宇宙線研究所長の梶田梶田隆章氏のノーベル賞受賞が決まったばかりで、再び「ニュートリノ」がマスコミを賑わしている。2010年に理解できなかった脳味噌が退化こそすれ、進化することは100%ないが、暇だけは増加の一歩である。暇に任せて頁を最後まで繰ってみた。

結果的には、著者が一所懸命努力をしているにも拘らず「ニュートリノ」についての理解はゼロに近い。しかし面白いところも多分にある。普段全く考えてみたことが無い「宇宙」についてであるが、確かに自分は宇宙の一員であることだけは間違いない。先祖に思いを馳せると同時に更に遡って地球の誕生を通り越し、宇宙の起源に遡って考えるのは冥途の土産としては最適かもしれぬ。本書でも宇宙の起源は百数十億年前のビッグバンの一言で片づけられてるだけだが、宇宙とは何ぞやについてはかなり分かり易く説明してくれている。

大胆に言ってしまえば、宇宙を構成している物質について現在分かっているものは宇宙全体の星の重量を含め5%にも満たないものらしい。分からない物質が95%以上存在することだけが分かっているとのこと。科学て奴はなんて素晴らしいものだろう。見えないところにある地中や海底もさることながら空の星やお天道様を含めて、何が何やらさっぱり分からないことが95%も残されていることを発見してくれているのだ。何でも知ったかぶりする人間が多い世の中で、このような謙虚さを知るだけでも眠気と戦いながら読破した甲斐があるともいえる。

更にこの書で評価に値するところをもう1点。素粒子物理学と聞くだけで頭が痛くなる筈だが、全編を通じて数式がたった1件E= mcの2乗だけある(この有名な数式ですら疑い無しとは断言でき…

気分はすっかり冬

先週水曜奥多摩で紅葉を見た時、山小屋の人が言っていました。「今週末になると、もう見頃を過ぎてしまうだろう。」山での季節の移ろいはそんなに早いものかと思いながら聞いていましたが、今朝は東京でも急に寒い風が吹き始めました。気象庁は未だ発表していませんが、多分、木枯らし1号になるだろうと専らの噂のようです。昨日の朝婆さんが「明日から下着類を冬物に変えてあげる。」とて下着を冬物にしたタイミングがドンピシャでした。

水曜日山から帰って以来昨日まで、足腰の調子がおかしかったのも治ったみたいでホッとしたところです。筋肉痛の解消に3日も要するのは歳を取った証拠でしょうが、もの忘れの激しいことも悩みの種です。普段から多い上に、疲労が重なると余計激しくなる傾向があるようです。ただ代わりに頻尿が少しおさまって睡眠だけは十分すぎるくらい取っています。

昨日の夕方友人から電話があって、今日の夕方6時から落語家「三遊亭歌扇の独演会」に誘われています。場所は神田ですので、落語の後は久し振りに暖かい日本酒でもやりながら、政府の悪口でも言って憂さ晴らしが出来そうなので楽しみにしています。気分はすっかり冬です。

ノーベル賞・大村先生に拍手

つまらぬニュースばかりの世の中だが、昨日、やや旧聞に属するニュースの中から感心すべきニュースを発見できてうれしかった。帰宅して婆さんに話すと、有名な話だそうで、丁度山に行っている間の出来事、ラグビーワールドカップ出場の3選手が総理官邸に報告に及んだと相俟って解説してくれた。ネットの記事のタイトルが『総理大臣がなんだ!ノーベル賞・大村智先生の、権威に媚びない「痛快人生」』である。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/45883

URLから記事をご参照頂けばよくお分かりになるが、受賞の一報を受けての北里大学での記者会見をしている席上、業績紹介や学長挨拶の後、詰めかけた報道陣を前に大村さんが挨拶をしようと口を開きかけた刹那、事務方が「安倍総理からお祝いの電話です」と耳打ちした。とある。総理が勿体を付けて、秘書官に電話しろと命じたらしい。すると、大村さんは「あとでかける」とにべもない。大村先生の応答に無礼は無いし、むしろ相手の都合を弁えずに電話した総理の方が礼を失しているので当たり前だと思うが、小気味良いとはこのことだろう。

そもそも国民への奉仕が仕事の安倍総理は何様の心算だろう。完全に己の役割を勘違いして、封建領主の心算でいるようだ。ラグビーの選手たちも官邸に報告に来たとあるが、婆さんも「官邸が呼びつけたに違いない」と言っている。ネット上にも「そんな暇なら臨時国会でもきちんと開けよ!」趣旨の書き込みが溢れている。兎に角国民的人気者に少しでもあやかろうとのさもしい根性が見え見えで、品性が益々薄汚く見えてくる。

婆さんが、更に大村先生の生きざまについて解説を加えてくれた。曰く、今回ノーベル賞授与の対象になったご自身の発明から医薬品の開発に至る過程で、発明を単に特許で保護することなく、世界でも有数の製薬会社メルクと堂々とビジネスをされたこと。それ故有利な研究環境が構築できて、素晴らしい新薬の開発に至った。そして結果的に、特許販売なんか比較にならない莫大な利益を手にされたこと。またその利益を殆ど私せずに、学校を初め地域社会発展に投げ出されているそうである。

国会開催を逃れるために海外に逃亡のような無意味な旅行をしている総理は、大村先生の爪の垢でも譲ってもらって飲むが善い。もっとも婆さんに言わせると「先生も奥さんを亡くされているのであそこまで淡白…

リハビリハイキング

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月曜日のブログで書いた通り、今週は頭から素晴らしい天気だった。過去2年間山歩きを自粛してきたが、こんなに天気も好いし身体の調子も徐々に良くなってきている。19日の昼頃この絶好の天気を逃す手は無いので、山歩きに挑戦しようと思い立った。翌日出発となると行くところは限られてくる。近間の奥多摩でどこにしようか少し迷ったが、結局通い慣れたるの心算で雲取山に決めた。
翌日も快晴、池袋発7:30の西武電鉄レッドアロー号なので、起床時刻も平常と足して変わらず、婆さんにも余り迷惑掛けずに済んだ。予定通り10:30頃から三峰神社を起点に歩き初めるが、やはり久しぶりなのでペースがうまく作れない感じ。しかし道は何度も来てよく分かっている。何とかなるだろうと高を括って歩き続けたが、行程の半分くらいで足がつると言うか、硬直して上がらなくなってしまう。こりゃいけないと休憩を取り、持参の津村順天堂の漢方薬68[芍薬甘草湯]を飲んで気を取り直す。
結局同じバスで来た4人の中では一番最後になり、5時間半以上かかってようやく山荘に到着。山荘は客数も20人一寸くらいだったろうか。比較的すいてはいたが、予約を入れるのを忘れてきたのでフロントでいきなり文句を言われてしまう。こちらが悪いのだから仕方がない。お客さんはやはり同じ年恰好の人が多かった。その中で2歳年下ではあるが山にかけては大ベテランの人と仲良くなって、消灯時刻の8時半まで四方山話で楽しく過ごす。
翌日の昨日も朝から快晴、昨日が余りにきつかったので、無理をせずゆっくり鴨沢に降るつもりで6時15分位に山荘を出発。殆どの人は10時40分かのバスに間に合うように6時前には出発したが、その後は13:58までバスが来ないので、相当ゆっくりできる筈だった。
ところが、小生よりさらに遅れて出発した先夜仲良くなった人に山頂で再会。聞くと三条の湯方面に降る予定とのこと。少し遠回りになるだろうことは当然予想できたが、7回も来ていて未だ一度も通ったことが無いルートの話だ。バスについて聞くと3:30まであるから全然平気とのこと。連れて行ってもらえぬかと頼むと快諾してくれた。彼にも昨日の状況は十分話してあったが、二人とも足に不安が残っていても、降りだから何とかなるだろうと意見が一致した。
降り初めは急斜面が30分ほど続き、ちょっと不安になるが道を選んでしまった以上仕方ない…

小役人的発想

[まえがき]
珍しく野党批判なので、予め自民党をくさしておこう。
首相のメルマガに次のような投稿(10月14日付)が掲載されている。
<伊万里の窯業家の皆さんから、美しい壺を「献上」いただきました。>
一億何とかも同じだが「献上」とは面白い言葉遣いなのでご披露しておく。

少しおつむが弱い世間知らずのボンボンも困るが、小役人的発想の秀才も困る。
共産党が提唱した「国民連合政府」についての民主党代表の岡田哲也氏の発言「選挙協力は可能だが連合政府は難しい。」である。小生はかなり以前から民主党を応援してきた。理由はいろいろあるが、民主党には自民党と比較すると、政治を真面目に考えている頭の良い人間が多いと思っている。しかし頭の良い人間の集団はそれなりに悩みがある。一番の問題は、まとまりが悪くていつまでも結論が出せないことだ。自民党の派閥より始末が悪い。

議論が延々と続き、いつまでも結論が出ないばかりか、分裂まで行くこともしばしばのシーンをこれまでも嫌になるほど見てきた。現在の民主党にも優秀な人材が豊富であるのは事実で、岡田党首も枝野幹事長も個人的には優秀であるのは自他共に認められると思っているのだろう。しかしどう見ても、党内が自公政権打倒に向けてしっかり纏まっているようには思えない。政権側から見れば勿怪の幸いで、閣僚が変ろうとTPP交渉が大筋一致になろうと、臨時国会すら召集せず、野党の意見なぞ聞いても仕方ない風情である。

野党側には他にも維新の党のごたごたもあるし、自分の頭の蝿を心配しろ、と言われても仕方ない面もある。置き去りにされている国民側からすれば、迷惑な話だ。民主党も一旦解散して自民党に行きたい人は自民党に行く、維新なんかとくっつきたい人はくっついて、その上で新党を立ち上げてはどうなのか。それで現在の多数乱立野党が少しでもすっきりした方が、少しは分かり易くなるだろう。

いずれにしても長年応援してきた民主党だが、寿命が尽きた感じである。党内には党名の変更を主張している人間もいるようだが、名前の変更だけで支持を繋ぎとめるのは不可能だろう。そんな矢先の共産党の連合政府構想の提案である。小沢一郎氏辺りが支持しているとの噂もあるが、実に傾聴に値するものと思う。子供の頃と言うか最近まで、共産党と聞くだけで、なにか普通でない極悪非道の人間集団のような響きがあったのも事実だ。

しか…

世界の中の日本

昨夜から今朝にかけて、各マスコミで米国オバマ大統領と韓国朴大統領との首脳会談と共同記者会見の報道が大きく扱われている。内容的にはあまり詳しくないが、映像と写真を見る限り、日米首脳会談当時の米国大統領の表情とかなり異なる趣のようだ。人間と言う生き物は不思議な生き物のようで、顔に感情が出るものらしい。犬や猫に詳しい人であれば、動物の顔にも感情表現があると言うかもしれぬ。

なにせ人間以外の動物を飼ったことが無いので、取り敢えずは顔での感情表現は人間固有のものだと考えておく。もっと言えば感情のみならず心根と言おうかもっと深いところまで、人間の顔には表れてしまうとも思っている。そんな観点から日米及び韓米首脳会談後の記者会見を比較すると、残念ながらオバマ大統領がどちらに好意を抱いているかについて、日本の方が大分見劣りするような気がしてならない。

我が国では韓半島を一時自国扱いしていたことから、韓国を少し格下に観る傾向は否めない。確かに人口や経済力なんかを考えれば彼我の差はまだ相当あるのだろう。仮に日本を大国、韓国を小国と相対的に捉えてみたところで、この差は一体なんだろう。人口やGDPが日本より低い英国は小国と言えるのかである。恐らく英国を小国と断じ得る日本人は少数派だろう。米国からすれば日本も韓国も同じ小国だろう。

その小国の首脳の扱いに差(実際には差なんぞ無いかもしれぬが)が出てしまうのは何故か?察するに価値観に於いて共通するものの多少、又は相手に対する敬意の多少に関係しているようにも思える。安倍総理からすれば、日米ほど価値観を共有できている2国関係は無いと思っているのだろう。しかし、それがとんでもない勘違いで、米国からすると、日本は利用価値はあるが本格的外交面では一人前の国家として扱うには及ばない、それこそ味噌っ子だと思われているようにさえ思えてくる。

このように悲観的に考え始めると、ロシアや中国首脳の日本に対する言動を観察するに、彼等も口先では一応の敬意を払うように見せながら、内心もう当分この国とはまとも付き合っても仕方ない、と意識の外に置かれているような気がしてくる。最初のつまずきは総理の歴史認識の甘さにあったかもしれぬが、先週官房長官が口走った「ユネスコ分担金停止も・・・」なんかを聞いていると、まともな大人が言うべきこととはとても思えない。

当然ながら国際的に発信さ…

1945年

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昨日、病院通いで長いこと足が遠のいていた国会図書館に行ってみた。図書館は落ち着きがあって精神衛生にもかなり有効な場所であることを再認識することが出来た。強いて難を言えば、食事があまり美味くないことかもしれない。国会図書館には食堂が3か所用意されているし、コンビニ的売店もある。弁当持ちで来館しても、食道の一角にはその人たちのためのコーナーが設けられている。食堂のメニューは学食みたいもので豊富ではないし、ワンプレートの日替わり定食が中心メニューになってしまう。但し料金が安いことでは共通していて、数年前までは定番のカレーライスが300円台だったこともあったが、さすがに昨今は500円前後になってしまっている。

多くの国民に親しんでもらうからにはそれが当たり前で、文句を言うのは年寄りの我儘でお門違いと言うことなんだろう。余計なことを書いてしまったが、蔵書の豊富さと借り出しや複写サービスの行き届いたシステムと読書環境の素晴らしさはさすがと言うしかあるまい。特に最近は蔵書のデジタル化が進み、館内の端末で相当数の読書が可能になってきているのも嬉しい限りである。特に古い雑誌類は殆どデジタル化されているし、新聞社のデータベースともリンクされている。従って、目当ての書物を借り出し入力した後、カウンターに届くまでの約20分間は、古い雑誌などを読みながら待つのも楽しみの一つだ。

昨日久しぶりに訪れて、閲覧室近くにあった展示場が無くなったなと思ったら、昔とは違った場所に展示場所が移って規模が拡大していた。タイトルの「1945」その展示のタイトルからである。戦後70年を記念してのことだろう、昭和20年終戦前後の出版物の展示だあった。館内で興味深く観たのだが、展示脇にパンフレットがあって展示目録が書いてある。これを持って案内係まで足を運んで聞いてみると、この展示はネットで一般公開がされているとのこと。蔵書のデジタルデータは、現在館内でしか見ることが出来ないのだが、このイベント展示と同じようにネットで一般公開される日が待ち遠しい。

読者の皆さんも暇があったら是非下記URLから展示をご覧になってください。
http://www.ndl.go.jp/jp/event/exhibitions/1211430_1376.html
下の方に<出展資料一覧(デジタルコレクション等へのリンクつき)(PDF:19…

非常識

たまには軽い話題で気分転換でもしよう。よく使う言葉であるが「常識」は定義が難しいものらしい。家庭内に於いてはほゞ定義が一致しても、一歩外に出ると常識が通用しないことがあることに気付くこともある。帰宅してから「あなたが非常識なだけよ」と叱られることが多い。己の非常識は棚上げして、先日婆さんから聞いた話が面白かった。婆さんは娘から教わったらしい。

我が家とは無縁の新聞である「日本経済新聞」の夕刊に10日ほど前に掲載された記事を見せられ二人で大笑いしたので、爺さんにも教えてあげようとなった次第らしい。題して「社会常識を身につけよう」となっている。成程「社会常識」なんて言葉もあったなと思いだしはしたものの、さてどんなことを指すのかよく分からないが、この記事を読んで成程と思い知った。

記事に「FAXの送り方知らない学生」とサブタイトルで大書してある。要するに最近の学生諸君はファックスなんて代物と関係ない人生を送っているので、就職してからファックスに初めて遭遇するようなことがあるらしい。更に、ファックスは固定電話で機能することから、電話番号に局番があることを知らない生徒もいたらしい。多分ややオーバーに書かれているとは思うが、あっても不思議は無い話でもある。

この記事を書かれた先生は、他にも女子学生のマナー講義でお茶の淹れ方が分からない女子学生、例えば茶托や急須(態々漢字で表記している)を知らない学生などにも触れられて、そのことを嘆いて社会常識の欠如を指摘されている訳である。大人である先生は、ファックスの使い方やお茶の淹れ方が社会常識と考えておられるに違いない。しかし、小生もファックスの使い方が分からない時期はあった。

分かってからは、少し年上の人の話「うちもファックスを入れたけど、どうも壊れているみたい。何度送信しても紙が戻ってきてしまう。」を聞いて大笑いした経験がある。先生から非常識と非難された青年諸君からこちらを見れば、道具や機械の使い方について非常識なところが多々あることだろう。こんな非常識は笑い話で済むから良いようなものだ。問題は常識に少し共通するところがある社会道徳だろう。

こちらも難しい問題で、小さなことを言えば電車のホームでの整列だが、東京はドアの停止位置の前で整列して待つのを常識とするが、大阪に行くとそんな常識は通用しない。常識にしろ道徳にしろ人間の習慣の問題…

マイナンバー制度

インフルエンザの予防接種を受けたせいかどうもすっきりしない。これはこじつけに過ぎないのだろうが、余り嬉しいニュースが少ないせいだろう。ラグビーワールドカップの日本チーム善戦で勇気を貰えれば有難いのだが、年寄りにはとてもじゃないがあの面々を見ているととても同じ人類には見えないし、ハードな日常なんか関係ないので、一応敬意は表したいが僻みの方が先に立ってしまう。

厚生労働省の汚職問題や、長野県小諸市郵便局の詐欺事件、種類は異なるが、東京オリンピックのロゴに都が1億2千万円の巨費を投じている報道。どれをとっても官僚機構の中には、庶民の窺い知れない莫大な無駄遣いが行われていることを示しているような気がしてならない。何と言っても毎年100兆円ものお金を使っている政府である。使い手が何人に及ぶか知らぬが、厚労省汚職事件の贈賄側は時効で罪に問えないとされているようだ。

職業はシステム開発のコンサルタント、千代田区に事務所を構え厚労省から5年間で12億円以上の受注があったとのこと。少しシステム開発の実態を知っているだけにこのコンサル会社の生態が何となく想像できる。マイナンバーのシステム開発を合計すると3兆円以上になるとの報道もあるが、誰がどこでどんな根拠に基づいて積算したものかも疑わしい。何でも官需で大きい数字をぶち上げておけば、景気向上に資するとでも言うことかもしれぬ。

ところで未だマイナンバーの通知が来ないが、これも5日に発送されているならとっくについていて当たり前だが、果たしてどうなっているのやら。もっともそんな番号を貰っても有難がることは何も無いので、来なければ来ないで結構ではある。本来システムを開発するなら、例え何年に亘る計画であっても、全体設計があって、そこから木の枝のように各論に亘る設計があり、それぞれの担当責任者が指名されて承認を得るものである。

5年も前にの事件と言うから、少なくともすでに5年以上は計画策定が行われている筈である。たまたま厚労省で事件は発覚したが、総括責任は何処にあって、チーム編成がどうなっているか誰も語らない。当然税金問題も絡んでくるだろうから、これから益々混乱が続き、全ての役所で無駄遣いに拍車がかかるに違いない。

読書の秋「縦走」67号から

最近は図書館からも足が遠のいてしまっている。書店に行っても面白そうな本が見つからない。今月は年金基金から少しばかりのお小遣いが振り込まれたので、月初にスパイ小説の文庫本を2冊買いこんで読み始めたが、最初から下らないと考えているせいか、1冊目はどうにか読み終わったが2冊目に入るともう食傷気味ですぐ眠くなってしまう。読書の秋と言うよりむしろ居眠りの季節になっている。

そもそも読書が本当に自分の趣味であるかも怪しいものだ。よく書店には行くが、自分が読みたい本があっていく訳でもない。それでもブログの読後感は185冊分が上がっているし、ここに移動する前に2006年3月以来mixiで書いていた読後感を合計すると318件となっている。10年間ちょっとの間によく読んだものだと思う一方、たったこれだけかとの思いもある。しかも軟らかの本ばかりだ。

社会人になりたての頃、広告屋なので文藝春秋社とも縁があり、そこの偉い人に言われた言葉を覚えている。「人間が一生で読める本は多い人で5千冊くらいのものだ。だから良い本を読まなければいけません。良い本とは知性や教養の足しになるようなと言うことです。」今でもご尤も話しだったと思うが、一生に5千冊は相当な読書家でないと無理だろう。

10年で約300冊なら100年でも3千冊ではないか。読後感があるので、ざっと振り返っても知性や教養の糧になりそうなものは皆無に近い。当時の会社の先輩のクリエーターが現在88歳であるが、もう10年以上、年に4回40頁前後の小さな同人誌を編集長として出版されている。昔から読んでいたのだがここ数回は有難いことに小生のブログも転載して頂いている。先日今年の秋号(67号)が送られてきた。

中に掲載されている編集長の読書歴を見ると凄い。編集長は確か豊島師範学校のご出身と記憶するが、昔と言ってもそんな昔ではない、終戦直後のことになるが、学生の読書傾向が書かれている。「戦いすんで日が暮れてー戦後70年の我が知的遍歴(1)」である。読んだことは勿論、書店なり図書館で見たことも無い本ばかりである。

書き出し「先ず前史として、戦中の昭和19年、僕が17歳の折に読んで衝撃を受けた和辻哲郎の『風土』を上げねばなるまい。」から始まり、著者としては三木清、西田幾多郎、丸山真男、久保栄、加藤周一、鶴見俊介、等々。雑誌は展望、思想の科学、哲学評論、世界、…

政治家の本音は分からない

700人から居る筈の国会議員の中でテレビに出演する人間は、与野党ともいつも同じようなメンバーになっている。理由はよく分からない。局側の事情もあるかもしれぬが政党側の戦略みたいものが絡んでいるようにも思う。現政権内で広報を仕切ると言われる世耕弘成氏は元NTTの広報部長だそうだから、大手広告代理店との腐れ縁を引きずっているに違いない。

従って総理や政府の発表などを聞いていると、如何にも広告屋の入れ知恵のような意味不明の語句が多いのも辟易だが、政治家のテレビ出演にも多分に広告屋めいた意図が感じられてならぬ。政治家も個人的に見れば芸能人と大差なく、1秒でも長くテレビで映像を流してもらいたいと思っている筈だ。民間放送にしてみれば視聴率を上げるのが主たる目的なので、時宜に適した大物を呼びたいところだろう。

この土日は何故か石破茂地方創生担当相のテレビ出演が多かったようだ。各局とも内閣改造絡みで話題性が大きいとの思惑もあり、政権側としても石破氏なら安心との思いが一致したのだろう。まさかと思っていたのだが、テレビ東京の「田勢康弘の週刊ニュース新書」(土)11:30までがゲストに石破氏を迎えたのは少しがっかりだったが、我慢して見ていたら石破氏の本性が丸見えになって結構面白かった。

この番組は司会が元日本経済新聞政治部の田勢氏で、彼がゲストの決定権から番組構成に深く関わっているのは間違いないだろう。主に政治家を一人だけスタジオに招く数少ない番組で、殆ど毎週録画して観ている番組の一つである。いわば田勢氏とゲストとの指しでのやり取りなので、ゲストの本質が明らかになることが多い気がしている。昨日の番組では、田勢氏が石破氏をフォローする立場に廻っている体裁になってはいたが、田勢氏の狙いは別にあったように思う。と言うのは、途中に珍しく挿入インタビューがあったからだ。

挿入されたのは、元共同通信の記者で現在は評論家としてテレビでも幅広く活躍している後藤謙次氏である。田勢氏も後藤氏も読売系の橋本五郎氏とか辛坊治郎氏や時事通信出身の田崎史郎氏辺りとは大分異なり、どちらかと言えば現政権に批判的な発言が多い。二人は恐らく親密な間柄だろう。その後藤氏が石破氏の大臣再任をいきなりぶった切ってしまった。うろ覚えではあるが確か3点の理由を挙げたように思う。

一つは、自民党総裁を志すならば、相撲のぶつかり稽古と同…

福島県民の潜在的脅威

個人的なことを言えば、昨年7月発見された前立腺にがんが先月末までの治療を経て、今週月曜日に一応の収束に至ったみたいでホッとしている。「がん」は身体のどこに発生しようと厄介な病気である。発生の原因や予防方法が確立していないし、場合によっては死に至ることはよく知られている。こういった原因不明の病気の原因を探り、予防法の研究をする学問が疫学と言う分野らしい。

日本は医学の先進国であり、近年はノーベル賞受賞者が立て続けに出ているくらいだ。しかし残念ながら、人のデータを分析する疫学者の数が欧米に比し圧倒的に少ないとのこと。そんな中にあって日本で一番疫学者の数が多いとされる岡山大学の津田敏秀教授が、2011年3月の福島原発事故により放出された放射性物質と、住民に今起こってきている甲状腺癌の因果影響を定量的に明らかにする調査研究を続けている。

最近これまでの研究結果を論文にまとめてどこかの学会で発表したのだろう。そこに明らかにされているのが<甲状腺がん>「日本全国と比べ最も高いところで約50倍、低いところでも20倍の多発が起こっている」である。この論文について一昨日が国人記者クラブで会見が行われた。昨日は一度もテレビニュース報道を見なかったので、既報なのかもしれぬが今朝の新聞には関連記事が無かったような気がする。

今日になってたまたま記者会見をネットで見ることが出来た。津田教授は、福島県内の甲状腺がん多発は福島原発に起因しているのが明らかで、今後チェルノブイリ同様に益々患者数が増えるだろうと指摘。政府は早急に対応策を講ずるべきと強調している。ところが福島県でも同様な調査を実施していながら、政府や福島県は次のように述べて、何の対応策講じようとしないでいるらしい。

『国立がん研究センターの津金昌一郎がん予防・検診研究センター長は「事故前と比べ発症率が高いのは事実だが、甲状腺がんは世界的に検診による過剰診断の傾向がある。被ばく量との関係を調べなければ関連は分からず、結論は時期尚早だ」と指摘している。』如何にも日本の役人が言いそうなセリフではないか。暇な方はネットで下記をご確認ください。かなり長時間にわたる会見で、主なテレビ局は殆ど取材して質問をしています。
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-4371.html

質問の中には「甲状腺…

書くべきことの少なさよ

今週は個人的なことばかり書いてしまったので、少しは世相や政治に類することを書きたいと思うのだが、最近どうもピンと来ないことばかりで困ってしまう。内閣改造についても、これで内閣支持率が上がったなんて記事を見てしまうと、悪口を書くことさえ憚れる気分だ。朝のうちは河野太郎の変節でも糾弾しようかと考えていたが、これとて元NHK記者の池田信夫氏のブログ「河野太郎氏を応援する」を読んですっかり萎えてしまった。

もう何でも好きにやってよ。と投げ出したいような気分だが、元TBSの記者田中良紹氏のブログ「安倍政治の断末魔が始まる」を読んでやっと少し機嫌が直った。曰く、安保法案の強行採決と内閣人事で自民党内部に相当不満マグマが蓄積していることに加え、外交面で日本は主要国から対等な国と見られなくなってしまっている。と書いているが成程その通りかもしれぬ。
http://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar880370

昨日親しい友人と昼飯を食いながら少し政治関連の話題になった。残念ではあるが、多くの人は安保法案の中身、危険性は理解できないでいるだろう。与党サイドのマスコミ操作や国会運営技術いろんな要因はあるだろう。しかし野党の責任の方が大きそうだ。ともあれ野党、特に民主党辺りが解党して本格的再編が行われない限り、自民党の天下が継続してしまうだろうと、悲しむべき意見の一致を見た。

北信濃の秋

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一昨日から昨日にかけて故郷長野に墓参りに行ってきた。本来そんなに殊勝な人間ではないが、余りご無沙汰してしまうと近い将来自分も入れてもらう段になった時に、少し具合が悪いのではないかと弱気になるのも年の所為だろう。今年は春秋のお彼岸もお盆もサボっていたので、やっと肩の荷が下りた。東京からバスで長野に行き、いつものことながら弟にに同行してもらった。秋のお彼岸から間が無い時期でもあったので、お墓は綺麗になっており、箒も一応持参したが使うまでもなかった。

素晴らしい秋晴れの中で墓前に線香をあげて佇むむと、こちらまで気持ちが鎮まる思いだ。翌日の昨日は弟夫婦に孫二人(市内の小学校が丁度休校日になっていた)と山歩きを何度一緒した従妹の6人で、志賀高原の紅葉を訪ねた。前日同様朝から快晴で、紅葉も志賀高原の中心丸池付近から上は真っ盛り。楓やナナカマド或いは漆の類が少ないのだろう、朱色はそんなに目立たず、どちらかと言えば樺類の黄色が鮮やかだ。


何よりも空気がひんやりとして何とも言えない心地よさである。所々で車を止めてもらって写真を撮る。車を止めるようなポイントの近くにはお年寄りカメラマンが大勢カメラを構えている。こちらは馬鹿ちょんカメラで素早くシャッターを切るが、飽く迄も恰好付けだけ。適当なので、後で見ても感激するように写っていないことは先刻承知のことだ。兎に角今この場所でこの空気を吸うことを満喫するのみである。

現在の志賀高原は子供の頃とは大変な様変わりで、標高2100m迄国道が整備されて車で登れてしまう。更にそこからリフトで志賀高原の最高地点2300mの横手山々頂まで誰でも行ける。大昔であれば多少苦さ々々を感じたかもしれぬが、今は有難く感ずるばかりだ。総理閣下が1億総活躍なんて号令を掛けられても、小生同様活躍できない老人が多いのだろう。平日にも拘らず結構な人出でもある。

2300mの山頂からの景色は何とも言えない。近くの紅葉もさりながら、遥かに遠く薄紫に浮かぶ山脈は最高だった。冬場だと西方の笠岳や北アルプスが見事なのだが、今回はそっちに雲がかかっていた代わりに南が格別で、八ヶ岳や煙たなびく浅間山、更にその奥に富士山が見えたのは感激で、この世の名残か冥途の土産としても良いくらいだ。一応簡単な防寒具は用意していたが、気温が4℃しかないので余りゆっくりもしていられない。


まだ12時前であ…

前立腺がん経過診察

4月4日の生まれだから、この世に生を受けてから75年半が過ぎた勘定で、後期高齢者ぶりも板についてきた。久し振りに日大板橋病院を訪れ、放射線治療終了後初めての診察をしてもらう。頻尿などの後遺症は、どうしても半年くらいは仕方ないとしたものらしい。血液検査の結果から、前立腺に接している直腸と膀胱に炎症が出ていないだけ益しと考えるべきようでもある。未だ経過診察は必要だろうが、難病とされる「がん」に一区切りがついたのは嬉しい限りだ。要した期間も半年とは長いようでも短いし、費用も心配したほどではなかった。

今日掛かった費用は3か月分の薬代込みで約2千円。健康保険制度に感謝せねばなるまい。次の経過診察は12月28日。約3か月病院に行く必要が無くなるのも有難いが、毎日飲む薬も処方を変更してくれて、朝1錠で済むようになった。10数年飲み続けている尿酸値を下げる薬と併せても、毎朝2錠の薬だけになる。これで病人気分も大分和らぐことだろう。それにしても今日は病院の混雑が凄かった。朝8時半に検査室に行くと既に50人待ち以上で、採血だけで約1時間。

その後、泌尿器科と放射線科の診察と会計を終えると12時半になっていた。泌尿器科の先生の言依れば、年末の28日は少しは空くでしょうとのことだが、逆にもっと混むのでは内心では思っている。今年はお盆もお彼岸も東京を離れずにいたので、墓参りも出来なかった。やっと少し落ち着いたので明日明後日と墓参りに行き、序でに志賀高原の空気を吸ってくることにする。

出来れば少しハイキングをしてみたかったが、今回は時期尚早と諦め、横手山をリフトで登る予定。

読後感「世界史の誕生」岡田英弘著

著者は奥さんの宮脇淳子氏と共に中国・蒙古・満州の古代から近代にかけての歴史に詳しく、図書館では何冊か読ませてもらっていた。我々と言うべきか私個人のことかもしれないが、中国・蒙古・満州の地理的、歴史的事実をどのくらい理解しているのであろうか。

中国と言えば司馬遷の「史記」を思い出し、秦の始皇帝の遥か以前から連綿と続く4千年の歴史を持っている巨大帝国。蒙古は中国の北方の外側に存在する国で、チンギス・ハーンの時代だろうか、西の方にもかなり勢力を拡大したことがあるらしいが、何と言っても広い草原で牧畜をしてきた民族だから、現在に至っては国家としての組織がどのくらい確立されているか疑わしい。

お相撲さんの供給源となっていることだけは有名だが、中国領内にある内蒙古と国としての蒙古の地理的概念すら定かではない。満州とは中国の東北地方の呼び名で、一時日本が独立させようとしたが、結局は元に戻って黒竜江省などと呼び名も変わり、現在では消滅した国である。ことほど左様にいい加減で、理解できていないこと夥しい。

読者の皆さんはこんないい加減な知識ではないでしょうが、少なくとも私の認識は全部間違っています。この本を読んで、間違っていると言うことは理解できましたが、中国・蒙古・満州の地理的、歴史的事実にどのくらいまで接近できたかは言わぬが花かも知れません。実は私は、昔から講談本で昔のお侍さんのことを勝手に想像したりするのが好きでした。同時に、大学入試の際の社会で「世界史」を選考したくらいなので、歴史は好きな方です。

そして歴史の基本は世界4大文明のメソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明・黄河文明にあると考えていました。日本文明は一番古くから勘定しても2675年(私が皇紀2600年生まれなので詳しく書きました)。黄河文明は4千年と聞いていますので、ここから人間が流れてきて起ったものじゃないかと勝手に想像していた訳です。

ところが著者の岡田氏は、この考え方が間違っていると仰います。この考えとは、世界史と日本史を、ひいては世界史と東洋史、西洋史なんて分けるのも日本だけのことのように言われます。歴史は文化ですからローカル文化とローカル文化が一致しないのは当たり前かもしれません。

世界史とはそれこそ地球を俯瞰的に見て綴られなければ意味が無い、と言われればその理屈も分からぬではありません。ヘロドトスが…

ジャーナリストの矜持

総理大臣閣下は長い外遊から昨晩帰京された筈だが、現在に至るまで何の音沙汰も無い。政治的には余程実りの無い旅で、身体だけがお疲れになったと言うことだろう。マスコミもお付き合いして、面白くもおかしくもない社会ネタや気象情報を長々と垂れ流している。検察が日歯連の迂回献金をめぐって日歯連幹部を逮捕なんて大騒ぎしているが、何を今更の感だ。日歯連幹部が取り調べに対して次のように言っている。「総務省とも十分相談の上のことだからい、違法性の認識は全くない。」

そりゃそうだろう、迂回献金なんてものは自民党ではお家芸みたいもので、今回の騒ぎも暇潰しか、何か他の目くらましのような臭いを感じてしまう。そもそも経団連が、昨年9月に「最低50億、中期的に100億円目標を」掲げ、大っぴらに自民党への献金を再開した。多分窓口は国民政治協会からになるのだろうが、これこそ迂回そのものだろう。せめて小渕優子議員くらいは失職させてほしかったが、目出度く無罪放免になってしまった。

どうせ腐りきった連中のしていることだから、政治とカネの話をしても切りが無い感じだ。週末でもあるので、また少しメディアについて書きたい。最近はマスコミも産経・読売グループと毎日・朝日・東京グループでは、政権に対する姿勢に少し違いがみられるのは良いことではある。しかし、今日、少し古くなったが「ニュース専門ネット局 ビデオニュース・ドットコム」の記者・神保哲生氏と社会学者宮台真司氏の対談番組で「記者会見は首相の独演会ではない」を観てびっくりした。

総理の記者会見或いは内閣の記者会見の最後に、必ず記者からの質問が設定されている。ところが安倍政権になって以来、この記者からの質問も全て予定稿に沿っているもので、想定外の質問は一切受け付けないそうだ。先日の総裁再選を受けて開かれた記者会見で、神保哲生氏は、野田聖子氏の立候補辞退を総理がどのように受け止めているか聞きたかったらしい。以下少し長くなるが引用したい。

『野田聖子氏が総裁選出馬の強い意思を表明しながら、20人の推薦人を集めることができず、無念の立候補断念を記者会見で発表した、いわくつきの総裁選を受けたものだった。報道各社はこぞって、安倍首相周辺から野田議員の推薦人予定者に対して、激しい切り崩し工作が行われている様を報道していた。総裁就任の記者会見を行う以上、記者はそれを質さなければなら…

アベノミクス効果

総理のお言葉に依れば「我が国の経済は、あの暗く重苦しい雲を抜け出し、着実な発展に向かっている。」その証拠も数々あるようだが、どうもピンと来ない。既に子供も親離れをし、老夫婦が3度の飯を食えさえすればいいだけのことだから、隔月で頂戴する40万円弱の年金で暮らせない訳ではない。庶民の中でも上等なポジションにいると自覚すべきとすれば、軽々しく庶民感覚なんて使うのも畏れ多いかもしれぬ。

しかし総理よりは庶民の暮らしむきについて関心は高いと思う。ここ数年は毎年毎日似たような暮らしをしているので、恒例行事に関して、今年から掛かる費用が上がったりすると非常に敏感に響いてくる。毎年この時期になると、JTB(昔は日本交通公社)から送られてくるパンフレットで確認して、年末年始のお伊勢参りの計画を決めることになっている。先月末に送られた来たパンフレットを拡げてびっくりした。

このところ毎年のように少しずつ料金が上がったり、或いは内容が薄められてきてはいたが、今年は又思い切った値上げになっている。昨年まではそれでも大晦日に出発して元日の夜新宿に帰ってくるバスでの弾丸ツアーが、1万円そこそこであったが、今年は2倍近くに跳ね上がった。昨年までは老骨にムチ打って辛抱していたが、もうこれまでの感である。婆さんが言うには、来年は孫の大学受験が控えているので、一番大切な年なんだそうだ。

従って来年も伊勢神宮初詣をやめる訳にはいかないようだ。JTBのバスツアーも5回くらいは利用したように記憶するが、今回はついに諦めた。かと言って、嘗てのように新幹線を利用しての日帰りは、身体もきついし費用もかさみ過ぎる。伊勢市内のホテルや旅館は、このシーズンになると超満員だし、料金も1泊2万数千円が最低らしい。しかし松坂で探したら1泊4200円のホテルが見つかった。今年の大晦日はゆっくり新幹線「ひかり」で出掛けることに決めた。

しかし、こんな事も一種の贅沢だろう。出来るうちはまだいいが、最近どこの店に行っても昼飯代が高くなっているのが気になる。野菜が高いのは聞いているが、米は激安だそうだし、輸入肉なら安くなって当たり前だと思う。誰がどこでどのように儲けているか分からないが、店の人も苦しいようなこと言う。本当にアベノミクスの恩恵に被っているのは誰なんだろう?不思議でならない。

相互理解の知恵

親しい友人同士でも、相手の家族を含めての理解はなかなか難しいものだ。まして国家と国家間の理解には多面的なんて言葉で言い尽くせない複雑なものがあり、外国と円満に付き合うにはそれなりの知恵が必要なんだろう。しかし考えてみれば諸外国なんて言っても、地球上に存在する国家は精々200国強と聞く。中学校時代の同期生と似たようなものではないか。信州大学の付属だったので、普通の市立に比べると大分生徒数が少なく、4クラスしかなかった。
3年間のうちには殆ど全員が顔見知りになり、外で出会えば互いに挨拶くらいはしたものだと思う。

国家と中学生を同列に論じるのはいささか乱暴に過ぎるかもしれぬが、国家の主権と個人の主体も少しは似たところがあってもいいだろう。諸外国にはそれぞれ特殊な事情があるに違いないが、国家に主権が存在していることだけは共通の筈。遠目で見る限り、国民が随分可哀そうに見える国もある。中東やアフリカのみならず、隣国の北朝鮮なんかの国民は見ていて可哀そうに感じることが多いのも事実だ。こういった国との付き合いは確かに難しいだろう。とっくに北朝鮮の場合は、国家の意思として我が国の人間を拉致したことを認めているからなおさらだ。従って以下に書くことは北朝鮮だけを除外する必要があるかもしれない。

国際的な安全保障環境が厳しさを増しているとの論が大声で叫ばれ、その中でこれも隣国である中国の存在をことさら危険視する風潮がある。世論の大勢だから何らかの根拠はあるのだろうが、どうも納得できない。中学時代から高校にかけて、どのクラスにも確かに喧嘩が強そうで目立つ子が一人二人はいたものだ、当然彼等とはなるべく喧嘩にならないように心掛けたものでもある。そして仲良くなってみると、彼らの優しさも段々分かってきたものだ。中国が優しい国であるかどうか保証の限りではない。

親しくお付き合いしているアメリカは、喧嘩にかけては確かに世界一かも知れない。しかし優しさに於いてはどうなんだろう?ロシアのプーチン大統領が言うには「革命を助けると言っては方々の主権国家にチョッカイを出し、結果的にはその国の国民を苦しめているだけではないか。」も一理ありそうだ。何れにせよ、我が国には先入観に捉われずにもっと諸外国を理解する努力が必要だと思う。これまでODAの最大供与国であったインドネシアの鉄道問題で、中国との競争に敗れた形になっ…