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聖徳太子伝説

この世に生を受け70年、随分長い月日であり時間だ。記憶は茫々と霞んでいるが、すっかり風景が変わっている事だけは実感している。先日テレビBS歴史館で「聖徳太子の謎」を見た。聖徳太子の実像が我々の理解と異なる可能性が多分にあるとの内容だが、その事はどうでもいい。仮に8世紀に入ってから伝説によって誕生した人物であろうと、7世紀に17か条の憲法が制定され、隋の煬帝に国使が送られた事実は厳然と存在する。
当時の天皇家と取り巻く豪族を政治家とすれば、彼らに仕える官僚たちも相当いて、その官僚の服務規定が17か条憲法との事である。天皇豪族も官僚たちも権力闘争に明け暮れ、賂と暗殺が流行る殺伐たる時代との印象が深い。しかしこの憲法に書かれている事は、非常に開明、常識的で現代社会でも十分通用するところが多い。しいて問題があるとすれば、仏教を敬うことを強調しすぎているところだろうか。
これとて現代のインチキ宗教のように特定の個人崇拝や、教団への寄付を強請するものとは根本的に異なる。勝手な解釈をすれば、むしろ教養を身に着けるために勉強する事の奨励と受け止めたい。何と言っても憲法自体が外来(中国)語で表記されている。一方で人切庖丁を振り回していても、外国語を読み下せないような無学者は、官僚にすらなれなかったに違いない。
70年の人生を振り返り景色がすっかり変わったと書いたが、国の統治は1400年昔と比べてどの程度変わっているのだろう。7世紀国家の態を成し始めた我が国は近隣に互いに角付き合っている百済、新羅、高句麗の3国が控え、その裏に超大国隋が存在していた。天皇家も割拠する豪族もどこが出自か分からぬが、一応土着と考えよう。
これら土着の人間がどのように学んだか知りたいところだが、兎も角国家の形成に思いが至ったのは素晴らしい事ではないか。その象徴が遣隋使であり、17か条憲法と理解する。特に遣隋使は外交の大ヒットで、隣のややこしい3か国と適当に付き合いながら、頭越しに超大国と国交を結んでしまったのは正に偉業だろう。
やった人間が誰か、彼が実在したかどうかより、歴史に残る事実を深く噛みしめたい。教養も礼も徳の片鱗だに覗えない統治者の馬鹿騒ぎが当分続くのだろう。

読後感「父・金正日と私 金正男独占告白」五味洋治著

どこの書店でも売れ筋10位以内には必ず入っている評判の本。芥川賞受賞作品よりは面白かろうとの思いで読んだ。ここに書かれている内容の大部分は既に東京新聞には発表されていたらしい。2004年東京新聞の北京特派員であった著者が北京国際空港で偶然金正男らしき男を見かけ、「金正男さんでは?」と声を掛けたことがきっかけで、名刺を手渡すことに成功。
そしてその年末の12月4日に正男氏から突然メールが送られてくる。内容は、「9月にお会いできて嬉しかった、良い年をお迎えください」と言った何の変哲もないもの。空港で名刺を渡した記者仲間は5人がいたので、何故?とは思いながら「是非インタビューさせてもらいたい」旨の返信を出し合た事からメールの糸が繋がり、更にインタビューの実現に発展していったとの事。
著者は早速記憶に新しい(とは言っても2001年の事)日本への不法入国と中国への強制退去から率直な疑問をぶつけ、率直な答えを得ることに成功。それから約1週間、双方かなり率直なメールのやり取りがあり、メールの内容を記事で公開する事まで了承を取り付ける。しかしそこで、突然一方的にメールのやり取りの終了を宣言されてしまう。どうもメールのやり取りは彼だけでなく、他の記者たちとも同様に行っていて、中に彼が偽物でないかと疑った記者がいたのがいけなかったようだ。
連絡が途絶えてから3年後、五味氏はこの時のメールのやり取りを全文「文藝春秋」2007年3月号で発表する。それから更に3年後の2010年10月、又突然五味氏のもとに正男氏からメールが届く。「もし質問があればお答えしたいと思います。」ただ記事を発表する時期は、来年9月の後継者決定1周年を過ぎるまで待ってくれとの条件付き。1か月前に弟正恩氏が後継に任命されたばかりの時期である。
兎も角これで新たなオンライン対話が始まり、150通の対話がなされたそうだ。そして翌年2011年1月、正男氏が居住しているマカオの高級ホテルでの独占インタビューが実現する。世界初と称せられる快挙に違いない。そしてその内容が昨2011年1月28日東京新聞紙上に掲載される。やはりこれは相当大きな波紋を呼び、正男氏からこれ以上の公表を止めるよう要請が来る。
正男氏は本書で明らかな通り、北の経済政策、権力継承についてはかなり批判的である。中国の庇護のもとにあると言われても、身の危険には敏感にならざる…

一寸先の暗闇

国会が始まった。23年度も余すところ2か月なのに、来週から第4次補正予算(約2兆5千億円)の審議が始まり、来月8日に自公の賛成を得て成立の予定と報道されている。一方で野党は、そのあとから始まる来年度予算について 徹底抗戦の構えで野田政権に解散総選挙を迫るとも言われている。こういったニュースを素直に理解できる人がどれほどいるのだろう?
少なくとも小生には理解不能である。エコカー減税だ、子宮頸癌の予防接種だのがそんなに緊急性の高いものだったのか?対決姿勢を鮮明にしている野党の協力を得てとあるが、こんな下らない事に何で協力する必要があるのか。 下品な言い方で恐縮だ、自家用車を持たないので僻みになるが、車を買えるような人に税金で補助なんてとんでもない、と昔から思っている。
分かりすぎても困るのだろうが、このところ民主党内部の混乱より野党自民党の混乱がクローズアップされ始めている。一体改革の協議に応じないのは良くないとか、消費税は問題については共通の認識だから、すんなり法案を成立させてから選挙に臨むべきだの声が大きくなっているようだ。確かに谷垣さんはおっとりしたインテリ風が売りだったのに、余りにもヒステリックになりすぎてはマイナスと思う人が出るのも当然かもしれない。
一方では、まっすぐ立つのも容易でない爺様方が新党を作ろうとしたり、地方の首長が国政に攻め上る姿勢をちょいと見せたり、何れも年内の選挙を意識して、必至の生き残り策なのだろう。しかし、国民は辟易しているだろう。あれだけ期待した政権交代の実態がかくも期待外れに終わりそうなのだから。小泉時代の川柳に「純ちゃんと叫んだ私が馬鹿だった」が有名だが、今や純ちゃん=民主党てな事だろう。
小生は冒頭に書いた事を不思議に思っているだけで、政局が混乱するのは仕方がないと思っている。混乱して互いに非難し合えばし合うほどに、問題点が浮かび上がってくる。分かりつつあるのは、どこが主導権を取ろうと日本の行く末は相当困難になるだろう。少し長期で見れば、日本人全体が今後又貧乏生活の方へシフトせざるを得ないのでは。と自己流に解釈している。
貧乏は体験した人は嫌だろうし、経験のない人には恐ろしいだろう。しかし 「家貧しゅうして孝子出ず」の喩え通り、そうなったときにはきっと素晴らしい人材が出現する筈。我が国では又きっと多くの美談が生まれるだろう。最近の耐え難い傾向、…

これも老後の楽しみ

年を取ったので耐寒性に弱くなったかと思いきや、若い人も寒いのだそうだ。今年の寒波は確かに厳しい。少なくとも昨年までより1枚余計に着込んでいる。休日の定番にしているプールで泳いでいると暖かいのだが、プール来場者もぐっと少なくなっている。普段はご多分に漏れず年配者のたまり場だが、こう寒くては出掛けること自体がおっくうになってしまうのだろう。そんなに大きくないプールなので、利用者の立場からすると空くのは大歓迎だ。
昨年は1月に2回もスキーに行ったのに、この寒さと連日の降雪ではスキーに行く気もしない。あと1週間で寒が明けるが、今年は寒さが大分続くようだ。3月ひな祭りのあたりで志賀高原に行く約束がある。その頃には天気になってほしいものだ。雪を見たり寒さが身にしむと嬉しくなる年齢は遥かに過ぎ去っている。東京に居ながら冬籠りの気分になるとは情けない。
今日も水泳の後、ネット囲碁で遊んだ。何と4連敗だ。流石にこれ以上何度やってもっ駄目だとやっと自覚、囲碁回線から離脱した。ネットの囲碁は相手がすぐに見つかるので、熱くなると反省もなしに次から次へと試合を重ね黒星を積み上げる事になる。何でもそうだろうが、冷静さを欠いて勝負に勝てる筈がない。「分かっちゃいるけど止められなくなる」のは意志が弱い証拠。いつも思うのは、「囲碁でよかった」
幸い競輪競馬にパチンコ麻雀一切やらない。学生時代に遊び方賭け方は一通り憶えたが、一度も勝てなかったので、サラリーマンになってから手を出さずに済んだ。一緒に生活していた兄が結構勝負事が好きで、兄の会社の同僚や小生の友人たちが入り混じり、我が6畳一間のアパートが徹夜マージャンの鉄火場と化したことが何度もある。今にして思うと昭和30年代のサラリーマンにせよ大学生にとっても、娯楽が現代とは比較にならない程少なかった。
昼は映画や寄席を見る、夜は盛り場に飲みに行く、そして麻雀くらいしかすることがなかった。休日には競輪に行ったり、競馬場にも連れて行ってもらった。兄は結構何をしても上手くて、勝って奢ってもらったことが何度もある。しかしこちらは何をしてもまるで駄目、いつも負けてばかり。大学2年生の秋だったような気がするが、後期の授業料1万5千円をそういった遊興費につぎ込んでしまった。
この危機をどう凌いだか、話せば長いし古傷が痛むので書かないことにするが、以来兄にも言われ「勝負事は封…

食事に関しての拘り

殆どの人がそうだろうが「不味いものを食いたくない。」自慢するほどの事ではないかもしれぬが、食いものには少し拘りがある。昼飯は「○○」に決めている人がいるが、その辺の気持ちが余り理解できない。安月給の時でも、その日の気分で、食いたいなと思う店に行って、その日の気分で注文を決めていた。三度の飯は命を繋ぐ栄養の補給でもあろうが、それ以上に昔から重要な楽しみでもある。2日続けて同じ店に行くとか、2食続けて同じものを食うはまっぴらだ。
普段朝夕の飯には小1時間掛ける。昼飯は流石にそうはいかないが、それでも食い方が遅いので30分近くは掛かる。お店にとっては迷惑な客かも知れないがご勘弁頂きたい。拘りと言っても不味いものは嫌なだけで、特別の素材やレシピに拘る訳ではない。我が家のエンゲル係数は高いかもしれぬが、絶対額はびっくりするほどの事はないだろう。むしろ根がケチなのか貧乏のせいか、自分が払う昼飯は出来れば700円くらいまで、「よし、今日は奮発!」と思っても1000円以内に、と拘っているくらいだ。
外食の昼飯について言えば東京は有難い。事務所と池袋の間には選択肢が豊富なので、食後の幸せ感を感じる店に不自由が無い。仕事の関係もあって銀座・赤坂や日本橋近辺での機会も多い。実は蕎麦とラーメンがあまり好きではないので、この関係は殆ど選ばない。蕎麦好きの友人が多いので、誘われて有名蕎麦店などの暖簾をくぐることもあるが、個人的に入る事は皆無に等しい。ラーメンに至っては友人に誘われた記憶も殆どない。この2品目を追加したら選択の幅は更に拡大するだろう。
うどんやイタメシ系パスタ、パン屋もたまには利用するが、やはり昼飯でも米粒を食べる事が多い。外食産業の米については、利益重視から安い米を使いがちとの話をよく聞くが、そんな店に当たったら2度と行かないせいか、あまり不味い米に遭遇することもない。一時都内の食料品店から古米が一斉に消えたことがあったらしい。震災とか原発事故の影響だったとの事。
普段ご飯をあまり食べない人がそういう事をするのよ。と婆さんが言うが、その人たちは今でも態々あまり美味くない古米を食べていると思うと少し笑えてしまう。偶々昨日1250円もする昼飯を食って大満足だったので、こんな事を書いてしまった。(笑い)昨日の夕食時にもそんな話をしていて、互いにその通りと意見が一致したのが「出来立ての料理を…

頭隠して尻隠さず

少し年輩の方なら誰でも正月には「いろはかるた」で遊んだ思い出をお持ちの事だろう。ほとんど意味が分からない事が多かったが、「犬も歩けば棒にあたる」は、悪がきが多いから犬も歩く時に注意しなければいけないとか、「頭隠して尻隠さず」はかくれんぼの時の注意を言っているのだとすぐに理解できた。何れも的外れの勝手な解釈だったが、それなりに教訓にはなっている。現代子は「かるた」からどんなことを学ぶのかな。
それはそれで置くとして、これまでも度々メディア内に関係する事を大分書いてきたので、今回からラベルを1個「メディア関連」を増やすことにする。取り敢えずは、今週報道された原発事故で設置された政府の「原子力災害対策本部」が議事録を作っていなかった件、びっくりすると同時に「頭隠して尻隠さず」の諺を思い出した。マスメディアは政府の発表を真に受けたように白々しく発表をするが、誰もが指摘するように、議事録が無ければ作らせればいいだけ事ではないか。録音や録画の有る無しは別にしても、陪席している官僚の詳細なメモは必ず存在している。
官邸が今頃慌てて破棄を命じているかもしれないが、各省の官僚サイドは、それに唯々諾々と従うほど順(純?)ではないだろう。「はい分かりました」と返事をしながら、メモをどこかに仕舞い込む奴がいるに決まっている。捨てるなと言われりゃ捨てたくなるし、捨てろと言われりゃ捨てたくなくなるのが人情だ。いざと言う時に何かの保険になりそうな気になるのが当たり前。官邸を丸ごと巻き込んだ大事件を本気で隠せると思っているとしたら、官房長官以下官邸スタッフが余程の馬鹿か、或いは我が国の報道機関がどうしようもないほど官邸官僚に丸め込まれている証拠に他ならない。
国会も始まっている事で、野党も失態の一つとして追及はするだろうが、その程度で済ますべき問題ではない。マスメディアが本気を出さない限り、こういった問題は結局ウヤムヤで終わるのが常態化している。しかし原発事故は度々ある事ではないので、原因をはっきり究明しておかないと千載に悔いが残る。真相が明らかになって、菅が悪いの、枝野が悪いのと騒ぐことにはもう大した意味はないだろう。
どっちにしても当時の政権担当者(政治家)には大×印がとっくに付いている。固有名詞は別にして、こういった危機に際して官僚や政治家がどのように機能していたかを検証しておきたい。かねて馴れ合…

読後感「検察に死の花束を捧ぐ」柴野たいぞう著

著者は元衆議院議員だったそうだ。1993年に与謝野氏や海江田氏が地盤とする激戦区の東京1区に、新政党から出馬して当選したことがあったらしい。次の選挙では落選して、以来政界をうろうろして最終的には2010年1月自民党公認で参議院選に出馬、これも落選したらしい。そして昨年9月首吊り自殺をしているのだが、殆ど報道もされていないのではないだろうか。少なくとも何も記憶が無い人物が、死ぬ直前まで書き綴った原稿を、出版社の編集が発見して今月発刊の運びなっている。
この人物、一昔前によく聞いた自民党院外団(勝手な解釈かも知れないが、議員崩れの政治家の用心棒グループ、政治ゴロとも言われる)のような存在で、実態は分からないが評判決して良くなかったようだ。勿論怪しげな評論家になったり、本も出したりしていたのだろう。そして、2010年9月、自身が代表を勤める日本中油の架空増資と、未公開株をめぐる詐欺容疑により東京地検特捜部の強制捜査を受け、逮捕され、昨年4月に釈放されるまで198日拘留されている。
本書の内容からすると、拘置所中でも相当検察に楯突いたようだ。検察に対する態度の悪さのせいかどうか分からぬが、取り調べが終わり起訴が確定して逃亡の恐れのない被告は保釈される権利が発生するが、彼の場合何故か11回の保釈申請が検察の妨害で却下され、12回目にしてやっと娑婆に出られた。 本書の意図するところは、検察とのバトルを通しての実体験に基づき日本の司法制度の問題点を提起するところにある事だけは間違いない。
著者が亡くなったのは第1審判決の出る前日の事。検察が起訴した99.9%が有罪判決に至る我が国の司法の構造を知悉した著者が、最後の手段を以てしてでも訴えたかった事を読み取ることが出来る。即ち、強力な権力を持つ検察制度が己の権力を維持するために、これと狙いを付けた人間は何が何でも、柄の無いところに柄を据えてでも牢屋にぶち込まずには済まない。その手段方法は凡そ近代民主主義国家には馴染まない前近代的であり、冤罪を生みかねない。
昨年厚生省の村木局長が見事逆転無罪判決を勝ち取り、逆に検事が証拠物の偽造で逮捕されるなど、我が国の司法制度の問題点が一瞬露呈されたかに見えるが、大勢に何の変化が無いのでは、と心配になることしきりだ。

ニュースから取り残された感がある

明日から始まる国会で、話題の中心は消費税にシフトしつつある。 しかし、福島原発事故はどう見ても未だに収束のめどが立たず、事故が延々と続いているのが実態のようだ。昨年末政府が冷温停止の達成を発表した時には、放射線の拡散はもこれで収束かと思ってしまった。しかし、それは素人の勝手な思い込みで、発電施設の冷温停止と放射線の放出はどうも別問題であるらしい。福島県の人は空中線量が下がらない事について、もはや諦めの境地とのニュースを見てびっくりしてしまった。
それではいくら除染とやらで土を剥ぎ取ったりしても、賽の河原の石積みと同じと思うが、除染を進めている指導者は何を考えているのだろう?首長が「そろそろ帰郷を」と避難している住民に促しても、おいそれと「はい帰ります」とは言えない気持ちが重々わかる。他にも問題は多々あるだろう。故郷に帰るのはいいが、仕事も無い買い物する店も無くてどうやって暮して行けと言うのか。こんな答えがあったがこれも当然だ。
今回の事故は専門家でさえ想像できなかった人が多いくらいだから、素人が分からないのは当たり前だろうが、不思議な事が多すぎる。福島の空中線量が未だに減らないのは、3月のベントや水素爆発で放出された放射性物質が、10か月経っても地上に落下せず空中に漂っているものなのか、雨や雪で地上に落下しても、次から次へと原発からの放出が継続しているのか。疑問を感じるのは頭が悪いせい(ダルビッシュさんの会見良かったよ)かな。テレビに出るような偉い人が一言教えてくれても良さそうだ。
このように基本的な事は忘れられているが、次から次へと新しい問題が報じられる。福島県産のコンクリート用砂利や砂の件がクローズアップされ始めた。 例えば、二本松市で昨年の秋に完成したマンションから結構な数値の放射線量が測定され、コンクリートの材料であった浪江町の砂利が原因と特定された。 この手の話は未だ未だ出てくるのだろう。枝野経産相はすかさず「東電に責任を取らせる」と力んでいるが、そんな話で済むのかな。
問題になった1社でさえ出荷先が1000か所以上に及ぶと聞く。今でも県内の空中線量が減っていないとすれば、放射性の砂利や砂の量を特定するのは不可能だろう。最近身近で工事があった人は、放射性の素材が使用されていない事を祈ることぐらいしかできない話だ。すぐ近くに来月入居が始まる新築マンションが有るけど大丈夫…

スポーツ紙は読まないが

今年の春場所が昨日千秋楽、また外国人力士(把瑠都)が優勝した。日本人大関のどちらかが優勝するまでにはまだ相当な時間が必要かもしれない。それでも昨年の九州場所に比べれば、満員御礼の垂れ幕も何日かは出たし、大相撲人気が少しずつ回復基調にあるのは結構な事だ。放駒理事長が今場所限りで退任するようだが、一人横綱の白鵬と放駒さんは困難な時期に「よく頑張った!」とエールを送りたい。
日本人でなくて残念みたい事を書いてしまったが、把瑠都のキャラも明るくていい。スポーツの選手は朝青龍みたいにハチャメチャではちと困るかもしれないが、明るいのが一番だ。もちろん日本ハムの斉藤祐樹投手や横綱白鵬のように、如何にも真面目・優等生は悪くないが、本人達も疲れてしまうだろう。それにしてもスポーツでのし上がる選手は偉いものだ。
厳しいけいこが続くのは相撲ばかりではない、卓球でやっと全国制覇を達成した福原愛、全豪オープンテニスで頑張っている錦織圭選手、野球のダルビッシュにしてもそうだが、何年も何年も厳しいトレーニングを自らに課した上に、幾つもの挫折を経て栄冠を射止めている事がよく分かる。特に愛ちゃんが、大分後輩の石川に全日本優勝を先に奪われながらも、挫けず頑張った精神力には大拍手だ。
一度も挫折した事の無い人間なんかはいないだろうが、すぐ諦める事が特技みたい自分から見るとスポーツニュースに出てくる若人は尊敬するばかりである。把瑠都は稀勢の里との一番で品格迄問われている。それに引きかえ政治家の品格の無さ、する事なす事のご粗末な事は目を覆いたくなるばかりだ。市民、国民のためにとの信念一筋に精進している人間なんているのだろうか?
世の若者全てが、一流のスポーツ選手のように精進している訳ではない。しかしこれだけスポーツでは次から次へと明るいニュースがある。政治面でもせめて一つや二つ、或いは一人か二人でもいいから、新聞を詳しく読んでみたい記事に出くわしたいものだ。「精進」これも政治家とは無縁の言葉なんだろう。

歌は世につれ、世は歌につれ

元禄時代には極月半ばの14日には雪が積もったこともあったようだが、やっと都心にも雪が降った。夕方になっても積もるに至らないが、冬に欠かせぬ風情と受け止め、昼にはいつもと同じように街中を歩いた。流石にうすら寒く、昼間と言うのに暗い通りに人影が少ない。こんな風景に遭遇すると決まって、身体のどこか(頭?心?)で「雪の降る街を~」歌が流れる。
歌手が男性だったり女性になったりして、誰の歌声か分からないのは、主が音痴のせいだろう。この歌は自分で組み立てた鉱石ラジオで高英男が歌うのを聞いた頃の記憶から始まるのだから、本当に好きな歌であるのは間違いない。戦後間もない時期に、こんなにロマンチックな歌を産んだ諸先輩には大いに敬意を表したい。
特に3番のさび。歌詞をコピーペーストするだに感動的だ。
  だれも分らぬ わが心   この空しさを この空しさを   いつの日か祈らん   新しき光ふる 鐘の音
空しさは正に反語の用法で、心の中に新たな幸せを告げる鐘の音が聞こえている。と勝手に解釈。
先日テレビで、作曲家の船村徹氏が語っているのを聞いて、その通りだと思ったことがある。曰く「歌謡曲は歌を歌うのですから、歌即ち詩が何と言っても先にあり、命なんです。」ある歌手が「先生は音を少々外しても怒らないが、歌詞を間違えると大変叱られました。」とも言っていた。船村氏は最近のシンガーソングライターについて批判めいたことは一言も言わなかったが、昔の作詞家の勉強の凄さを短く語っていた。
孫はAKB48の前田敦子が画面に出ると、テレビの前で歓声を挙げたくなるらしい。顔形にほれ込んだのか、歌が気に入っているかは分からない。もし後者だとすれば、どんな歌か知りたいと思うが、残念ながら1曲も知らない。比較的その方面に詳しい婆さんに聞いても、「最近の曲はテロップが出なかったら何を言っているのはおろか、日本語かどうかすら判別できない。」 と言っている。
タイトルに書いた通り、どっちも理解不能になってきつつある。 年だなぁ~

図書館健康法

日本の純文学とは縁遠いけれど、今回芥川賞を受賞した田中慎哉さんの発言は面白かった。審査員の石原慎太郎氏をとことん馬鹿にしていた。発言を受けた石原都知事が、これまた田中氏の言う通りに子供じみて、「審査員を辞める」と仰ったのも面白かった。田中氏は見るからに相当な偏屈に見えるし、自らも友人が一人もいないと言うだけに本物だろう。芥川賞を受賞していながら、嫌いな作家の代表に芥川氏を挙げている。
好きな作家と言えば谷崎、川端、三島で、この人たちは人生を語らないのが良いのだそうだ。昔紙芝居で見た記憶がある芥川さんの「蜘蛛の糸」は確かに人生そのもので、未だに記憶にあるぐらいだから相当なインパクトがあったのだろう。小生は逆に人生を語らない小説は興味もわかないし、面白いと思わない。日本の現代文学に興味が湧かないのは、何となくそんな雰囲気を想像するせいかな。勿論田中氏の本を読んでみたいとも思わない。
いつもながら余談が先になってしまった。本題は我流老後の健康についてである。その一つに図書館通いがある。先ず歩く事を健康法の第一と考えているので、昼食のために池袋迄地下鉄2駅分を歩くのを毎日の基本にしているが、もう少し時間の余裕があったり、何となく心身状態が爽やかであれば図書館に行く。図書館は東池袋の豊島区立中央図書館か国立国会図書館かが多い。どちらも歩く距離は伸びるのだが、後者に行くと普段の倍ほどになる。
国会図書館は永田町、国会だから当たり前。地下鉄永田町駅は深度が深いので階段の上り下りが多く、運動量が増えて老人の健康法に向きと勝手な解釈。地上に近い有楽町線からでも150段以上階段を登る必要がある。(エレベータやエスカレータは当然設置)半蔵門線を利用される方は多分250段を超えるだろう。都心にありながら歩く距離が延びるし、閲覧室の雰囲気も悪くない。閲覧室は机が大きく椅子の配置も間隔が広く取られ、区立図書館とは雲泥の差。空調が万全で、暑くなく寒くなく読書の途中に居眠りはしょっちゅうのこと。PC持ち込みも可(持ち込み経験無し)。
区立図書館では読書の椅子を確保する事が先ず難しいが、国会図書館で閲覧室が満員だったことは一度もない。館内に食堂がいくつかあるし、コンビニまであるから、首都圏在住のご同輩には運動を兼ねて出かけ、書斎代わりに利用することをお勧めしたい。蔵書が日本一豊富であるのは勿論だが、閲覧室…

見方いろいろ

朝食時にインターネットサイト「食べログ」でのやらせ書き込みが話題になった。テレビが又この問題を取り上げていたからである。
婆さんが言うには「やらせ書き込みなんか当たり前の事で、信じる方が馬鹿でないの。悪口を掲載しておいて削除でもう一儲けなんて、サイトの経営者が九州の暴力団と同じ手合いじゃないかしら。インターネットなんて店の場所とかせめてメニューの料金とか事実関係の確認だけにするべきよ。」パソコンに触ったことも無い婆さんだがかなり的を射ている。
評論家と言う職業があるが、彼らの評でさえ実際に感ずるのとはだいぶ異なる場合が往々にあるのは確かだ。書評なども書いている人間や媒体を選ばなくてはしっくりこない。まして食い物の評論なんてものは嗜好に大きな個人差があるのだから、成り立ちがたい典型だろう。それも匿名性が特徴のネットと来れば「信ずるほうがお馬鹿」は納得せざるを得ない。
ネットの問題が先に出てしまったが、話題の中心はテレビの事だ。彼女は兎に角テレビをよく見ている。朝に晩にその日のニュースの主だったことをかいつまんで聞かせてくれるので、テレビ視聴時間が少ない小生にはとても重要な情報源である。しかもカバー範囲が政治経済や社会ネタだけでなくスポーツから芸能まで実に広範囲にわたる。更に面白くさせてくれるのが婆さんのテレビ報道に対するコメント、これが結構厳しくて面白い。
例えば今日の話題「往年の大スター片岡千恵蔵さんの息子さんが日本航空の社長に就任のニュース、テレビ朝日の早朝のニュースで千恵蔵と言いながら市川歌右衛門の写真を出して、今(7時頃)に至るも何の訂正もない。テレビに携わる人間の年齢層や常識が垣間見える。」とか、「NHKのニュースは、殺された男性の局部が切り取られていた、と言う肝心な情報を流していない。だからNHKのニュースはつまらない。」とか。
「局アナが『総理が決意を固めました』と平気に使うが、挙式を挙げると同じで馬鹿を売りにするタレント同様のご丁寧な言葉遣いじゃないかしら。」みたいな話をしょっちゅう教えて頂き笑いの種にしている。今日の「やらせ」だが、婆さんが言うには「テレビがこれを執拗に取り上げるのは、自らが「やらせ」と「仕込」の元祖家元だから、お鉢を奪おうとしているネットを徹底的にやっつけているのでは。」だそうだ。
「私は朝早くからテレビを見ているが、テレビは同じことを繰り返…

時の流れのままに

今日は17年前に阪神淡路大震災が起こった日だ。その頃自分が何をしていたのか全く記憶が無いので年金記録を調べてみた。4月に55歳になる年だから未だ現役、但し、盛りは過ぎてかなり疲れていたのだろう。3月に2度目に勤めた会社を退職している。2度目のお勤めは47歳からだから8年ほど勤めたことになるが、最初は前の会社勤めの7掛け程度のお給金だったが、この頃になると何故か、かなり高額にして頂いて有難かったことを思い出した。
1990年でバブルがはじけ、不毛だったか何とかの10年や20年が始まったと言われるが、少なくとも個人的には株などに手を出していなかったので、そんな実感はなかった。むしろ新人として入社したにも拘らず、程なく役員として厚遇を受けてさえいた。むしろ強烈に思ったのは若い人との認識の差、世の中が縦社会から違った形に変わっていくことだった。少し前に読んだガルブレイスの「不確実性の時代」を実感せざるを得なかった。
盛りを過ぎた年齢だったのに、生まれて初めて秋葉原の電気店に行ってワープロなる機械を買い込んでみたが、結局年賀状1枚作ることもできず、いつの間にかゴミになっていった。最初のトライは挫折してもこの目覚めが自助の精神を産み、現在にまで生きている事は間違いない。そんなことを思い出したので書いてしまったが、平成7年の今日の事だけは、はっきり記憶している。長野市郊外の飯縄スキー場に娘と二人で行っていた時だった。
当日は帰京予定日で、朝起きて宿のテレビをつけると神戸で火災発生のニュースが流れていた。地震そのものは殆ど感じなかったのではと思う。地震で火事とは大変な事だね、死者もいるのでは?と話し合った記憶がある。夕方東京に着くと、夕刊紙に死者800人と出ていたので、そんなに大変な騒ぎかとびっくり。娘も私もようやく関西にいる友達の事が心配になりだした。 娘は昭和62年迄、私はさらに1年後まで大阪に住んでいたので友人が沢山いた。
更にその翌日になると、事の真相がはっきりしだして、友人知人が相当な被害にあっている事が徐々に分かってきたのだった。昔の事はどんどん忘れてしまうので、覚えているのはこのくらいしかない。その娘がもう中学2年生の子を持つ母親になっているので、相当な歳月が流れている事だけは実感する。お母さんを亡くした神戸の友人、その後何回か顔を合わせているが、今頃どうしているだろう?「ア…

本当に馬鹿(二題)

*三度の食事もほぼ決まった時間に食べないと気が済まない性格である。規則正しい生活は健康の秘訣と勝手に思い込んでいるだけの事。半ば当たっているかもしれないが、融通が利かないとこういった馬鹿馬鹿しいことが起きる。昼前に歯医者に行った。奥歯に詰め物をしてもらうためだが、その型を取るので麻酔を打たれた。今日のところは仮の詰め物をしてもらい、終わったのが丁度昼ごろ。
麻酔の後は効果が切れるまで1時間かもう少し安静にしているのが常識。知らない訳ではないが、食欲に勝てずそのまま昼飯で天丼を食いに行ってしまった。歯医者の目の前に「てんや」があるのがいけない。歯医者に行くたびにここで500円の天丼を食うが、これはいける。ご飯の前に出たお茶を口にしてみたが、下唇の半分は全然感じが無いけれど、上唇を上手に使えば溢すことも無く喉へ通すことが出来る。
丼が出てきて慎重に喰い始めた。いんげんもエビも相変わらず美味く揚っている。いか天に取り掛かったところ、今日に限って衣は喉を通ったが、イカが口の中でなかなか切れない。数回噛んだところではっと気が付いた。麻酔が効いている下唇の触感(食感)はイカそのものだ。後で鏡を見ると案の定、上の歯で下唇を噛みきって出血していた。何事にも辛抱の悪い人間は浅ましい。
*昨日のフジテレビ系列朝の情報番組「報道2001」に昔人気のあった金さん銀さん姉妹の妹銀さんの4姉妹が出演していた。この4姉妹最近テレビよく出るらしい。婆さんから聞いていたので見たいと思っていたところだった。88歳が一番下で94歳だかが長女とのこと。全員凄いくらい達者で、頭もしっかりしている。88歳の人が上の3人を車に乗せて運転しているので仰天した。三度の飯をしっかり食う、それも自分の好きなものを食うのが一番と仰っている。
政治番組が好きで国会中継までご覧になるようだ。それで引っ張り出されたのだろうが、馬鹿な司会者が一生懸命に弱者である彼女たちを、弱者ぽく見せようとすればするほど、彼女たちは反対の反応を示す。社会保障が少なくなり税負担が重くなるのは仕方が無きゃろう。4人ともご亭主は目出度く涼しいところに先に行っておられるらしい。
直ぐ後にお決まりパターンで30歳代子育て独身女性が弱者代表で出てきた。また馬鹿な司会がよせばいいのに銀さんの娘さんに感想を聞いた。88歳の娘さんがすかさず「あなただって我儘で旦那さんと…

金は天下の廻りもの

1940年生まれは30年代の生まれと言うことになるのだろうか。30年代40年代の年寄りは元気な人が多いらしい。その通りだと思う。更にこの年代以上の方は、年金も掛け金の数倍受給しているので比較的蓄え等も有り、そこそこお金持ちらしい。1940年生まれだからその末席に繋がる訳だが、年金を貰いはじめて既に12年目に入る。確かに既に貰った年金だけで、それ以前38年間払い続けた年金保険料はオーバーしているかもしれない。
1か月おきに振り込まれる年金額を見ては、頼りない額だと思うのも事実であるが、どうもそんな贅沢を言っている場合ではなさそうだ。このまま行くと我が婿さんたちは払い込んだ保険料の元を取る事すら覚束なくなりかねない。流石にそれではあんまりなので、現政権も年金を含む社会保障制度の見直しに本格的に取り組む腹を決めたようだ。勿論わが預金通帳の頼りない数字も更に削られていくだろう。消費税も小生が生きているうちに上がる可能性がはっきりしてきた。
これらの事は共産党政権になっても、我が国の人口構成が急に変わる訳はないから一緒の事だろう。その事はいいのだが、問題はその程度ではとても済みそうにない事にある。「デフレの正体」著者藻谷浩介氏が言うには、団塊の世代以上が溜め込んでいる貯蓄を吐き出させて、これを若い層に回さないと金が死んでしまう。金と言うものは溜め込んでおくだけでは役に立たないのみならず、やがて腐って死んでしまうものらしい。
90歳で亡くなった親の遺産を60歳の子が受け継いで、また後生大事に溜め込んだのでは日本は疲弊するばかり。金は天下を廻っていないと価値が無いらしい。廻す方法は一見難しそうだが、著者はいろいろアイディアを書いている。貯金している金に対して、何らかのインセンティブを以てして、どんどん次世代に生前贈与を促進せよとも言っている。確かに年を取ってから遺産を相続しても使い道が無くて又貯金になりかねない。子育てに忙しい時にこそ、金を渡せば使いではあるだろう。
もう一つ同感と思ったことがある。企業経営者はこれから始まる団塊の世代大量退職で浮いた人件費を、思い切って若い人の給料に上直せしていくようにすべき。個人が貯蓄に走る前に金を回せ、と同じ理屈で、チマチマと目先の利益ばかりにこだわるな。小生は図らずも2年前に経営実務をヤングマンに譲り、4:1だった給与体系を逆転させ1:4にした。…

何とかしてよ、アメリカ一辺倒

身近な親戚関係の事すら理解不十分であるのに、国家や国政について書くのも烏滸がましい。我ながらよくやるよと思いつつ、更に飛躍して世界のすう勢に関係したことを書く。昨日読んだ本にもあったが、事実を確認しない事は信じていけないのだが、ブログとは気楽なものだ。
このところアメリカがイランに難癖か因縁をつけているようだ。イランについて知っている事と言えば、革命政権の国であること、日本もかなり依存している産油国であること、イラクとの関係が複雑で、現在のイラク政権とは比較的近いことぐらいかなあ。核開発を進めているとの事だが、有限の資源である原油が枯渇する日に備えて原子力発電の開発をしていると言っているらしい。
これがイスラエルの神経に触って、科学者が暗殺されたりしているようだが、実態と言うか本当の事情なんか分かりようがない。アメリカはこれに悪乗りしたかどうか、兎に角イランへの資金流通を止めるは、原油取引のある国に対しては原油の輸入を止めろと言って回っている。さすがに中国はきっぱり断ったようだが、EUや日本は言うがまま。安住財務大臣、玄馬外務大臣、野田首相の見解が一致しないが、結局はアメリカに引っ張られて制裁に加わるのは間違いないだろう。
前大統領のブッシュが911にかこつけて、アフガンとイラクで戦争をおっぱじめた。アフガンにアルカイダの拠点があったのは事実で、911がアルカイダの仕業らしいのも半分くらいは当たっていたかもしれない。しかし、イラクは全く無関係であったにも拘らず、国全体を悲惨な戦争の泥沼に引きずり込んでしまった。その結果いかに多くの無辜の民が死に、傷ついたのだろうか。
過去形で書いたが、現在進行中が正しいのだろう。思うだけで胸が痛む。これはブッシュ大統領の個人的な資質に依るところも大きいので、オバマになれば多少まともになるのではと期待していた。しかし、イランへの対応は柄の無いところに柄をの喩えとは少し違うのかもしれないが、前大統領と大差ないのにがっかりだ。国そのものが何らかの理由で、ならず者の体質を持っているのではと思わざるを得ない。
兵器産業がかの国の最大の産業故に、常にどこかに戦争状態を維持しないと困る、と訳知り顔で言う人もいる。冗談じゃない、そんなことで人殺しが許される近代国家があったのではたまったものじゃない。中国でもロシアでもヨーロッパでもいいから誰か何とかしてほし…

読後感「デフレの正体」藻谷浩介著

10年6月の出版で、当時何人かのブログで好評であったことを思い出して手にしてみた。日本の経済状況が一昨年の夏以降改善している様子もないし、景気対策だのデフレからの脱却だのの議論は相も変わらずで、対策にも目新しいものは何一つ聞こえてこない。経済評論家や政治家にも評判だったと記憶する本だが、読んだ人間は読書から何を学ぶのだろう。
書かれている内容は、ど素人の小生にもよく分かる。国会では丁度来年度の予算審議を前に、景気回復が先か消費税が先かとの議論が活発になっている。景気回復論者の論は思い切った公共事業の展開して経済成長を図ったり、日銀券の発行を増やして緩やかなインフレを起こすことで、デフレからの脱却をと言った論が主流だろう。著者が述べるには、そんなことをしてデフレからの脱却なんか出来る筈がない。
何故ならば多くの経済学者の現状認識そのものが間違っているからである。所謂マクロ経済学(どんなものか知らないが)の体系自体が日本の現実にそぐわないので、彼らがもてあそぶ数字自体が日本経済の実態を見誤らせている。とのことだ。経済を動かしているのは景気の波でなくて人口の波、つまり生産年齢人口=現役世代の数の増減。日本は団塊の世代が定年を迎えるこれから益々経済が縮小するのは自然現象でやむを得ない。
この自然現象を前提にしない限り、政策も対策もすべて的を射ないものにならざるを得ない。目から鱗の内容が多いのだが、例を挙げると、先ず景気が良いとか悪いとか、確かにこちらには実感がないケースが多い。実はそれももっともな話で、政府や日銀が発表する際に使用する指標そのものが実態にそぐわないものが多いことがよく分かる。
景気が悪くても貿易収支は伸びていたり、就職者数が増えていたりするのは生の統計をチェックすればすぐ明らかになる事だ。政治家は仕方ないとしても、その発表通りに飲み込む学者や評論家の検証能力は一体どうなっているのだろう。地域間格差なんかも率で判断するととんでもない間違いになるらしい。一番疲弊している筈の沖縄が変に活気があったりする事実も指摘している。
この本に少し期待したのは、「デフレからの脱却」が可能なのか?結論的に言えば可能と言えば可能だが、そう簡単な事ではないも分かった。一見、素人が考えると成程と思う事ばかりだ。未読の方に是非お勧めしたい。

火の気が無くても暖かい、有難いが…

前世紀前半生まれの小生にとっては、それこそ想像だに出来なかった便利なものに取り囲まれる生活になっている。物心ついた頃にはラジオが床の間に鎮座ましましていたし、夜は電燈の灯りに頼ることは出来た。とは言ってもラジオは雑音が酷くて聞き取るのが困難だったし、夜の部屋は赤茶けた電燈の灯りでほの暗く、停電も頻繁だった。冬は寒いと決まっていた。
こんな事を書きだしたのは寒さのせいだ。今年は東京に雪こそ降らないが、例年になく寒いように思う。テレビの気象報道を見ていてもそのように言っているので、年のせいばかりではないだろう。そこで有難いと思うのが、室内や外出した時の交通機関の暖房だ。昭和20年代の普通の家庭での薪炭費が幾らくらいで、家計の何割を占めていたかは全く分からない。
長野に住んでいたせいもあるが、経費は兎も角、どこの家庭でも冬の始まりには炭と薪をできるだけ沢山買わざるを得なかったろう。小学校同級生に結構裕福な薪炭屋の息子もいたし、大学時代でも薪炭屋の子弟は、どこから来た生徒でも家は裕福に思えた。現代の薪炭屋は電力会社とガス会社か、裕福さに於いては昔の薪炭屋の比ではない。しかし家計支出で見れば昔とどのくらい違うのだろう?どうでもいい思いがふとよぎる。
調べてみると平成22年度の家計調査で、消費支出全世帯平均が月額約30万円、対して光熱水道費で約2万円だそうだ。水道費も馬鹿にならないから光熱は更に7掛けくらいとすれば家計の5%。昔もそんなものかなあ。とすれば灯りや燃料の他に実に様々な利器を与えられているものだ。アラビアンナイトで盗賊シンドバットが唱えた「開けゴマ」なんて呪文は、今やお伽噺にもならない。
ありがたや、ありがたやだが、その電力会社の大事故は昨年とんでもない災厄をもたらした。卑近な話をすると、今週我が会社のパートナーの家で小火騒ぎがあった。一人住まいで使用した事のない電気コンロから、留守中に火が出たらしい。事務所から飛んで帰って警察、消防、電力会社立ち合いの現場検証やら保険請求のための更なる検証やらで3日ほど仕事にならなかった。
婆さんに言わせると「オール電化の台所なんてものは使い勝手が悪いうえに、火の気が見えないので、年寄りには却って危険」と断然敬遠している。帰宅してすぐ温かい風呂に入れるのは有難いし、諸々電気・ガス屋さんには感謝しなきゃいけないのだろう。しかし、若い時代に山…

夢と希望

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お正月らしいテーマを選んだ。写真は可愛い孫(3歳)と私
沢穂希選手が代表的だろうが、最近女子のスポーツ選手の活躍が目覚ましい。スケートにも新人が次々に出てくるし、スキージャンプの高梨沙羅ちゃんにも大きな期待が持てる。引きかえ男子の方はサッカー、スケート、スキー、ゴルフ、相撲、柔道何れもイマイチの感無きにしもだ。本当は男子も頑張っているのだろうが、依怙贔屓をご勘弁頂こう。
何れにせよスポーツは勝敗で残念な結果が出ることもあるが、スポーツ報道は無害で楽しいものだ。報道以外でもスポーツ選手がテレビに出演して、多少おかしな事を言ってもご愛嬌だし、許されるだろう。オフにファンや市民との交流するのも善い事で、多くの人に夢や希望を与えているのは間違いない。婆さんに言わせれば「今や市民に夢や希望を与えることが出来るのはスポーツ選手しかいない。」そうだ。
特に政治家の小父さんと来た日には、見ているだけで夢も希望も無くなるので教育上問題だと言っている。とは言っても、30代の甥の一人がサラリーマンの傍ら、月に2回ほどある政治家の塾に通っている。彼が何を考えているか分からないが、一種の憧れを以て入ったとすれば先に述べた事は的を射てない事になる。大体小生が書くことの多くは的を射てないのだろう。
中学生の孫二人に聞いても政治家に対する夢や希望は無さそうだ。だからと言ってスポーツ選手で一流になろうなんて事は毛頭思ってないとの事。彼等がしているスポーツはバスケット、これは日本で一流となっても世界には全く通用せず、最も金にならない種目なんだそうだ。それも理由の一つかもしれない。さればとてサッカーに対する感想を聞くと「一試合で1点とか2点しか取れないなんてつまらない、それじゃヒーローになれるチャンスも少ないじゃない。」
どうでもいいが、スポーツで身を立てるのは至難の業、おかしな夢を持っていないのにホッとした。第一成人して何になろう以前の問題で、どこの高校に進むべきかも考えたことが無いみたいに言っている。(だけかもしれない)「正月早々爺が無責任に学校の事など聞くものでない(ましてやその先の事など)」と婆さんに怒られてしまった。
確かにその通りかもしれない。我が老夫婦は兎に角諦めが早い。孫の事をよく書くが、考えてみる全員他家の子供で、我が家には跡継ぎさえいない。まあ、継いでもらうほどのものも無いのも事実。婆さんは子…

読後感「ミッション・ソング」ジョン・ル・カレ著 加賀山卓朗訳

ジョン・ル・カレと言えばスパイ小説の世界的第1人者である事は殆どの人に異論が無いところだろう。「寒い国から・・・」を読んだのはもうずいぶん昔になるが、既に80歳を超えている。と言っても面白さに変わりはない、正月の読み物に最適だった。
著者らしいところだろうが、主人公はジェームス・ボンドのようなスパイではない。アフリカ生まれで英国に在住する通訳を職業とする普通の市民である。但し、彼の父親は中央アフリカに派遣された宣教師で、母は現地酋長の娘であった。この複雑な環境下で生を受けた故に彼は数奇の運命をたどり、遂には英国の高等教育を受けて一流の通訳となり、同じく同様の教育を受けた一流のジャーナリストと結婚もしている。普段から政府依頼の仕事もこなしてはいた。
そんな彼がある日ひょんな行きがかりで、いつものように政府から仕事で緊急の呼び出しを受ける。妻に連絡する間もなく駆け付けると、依頼内容が極めて特殊で、仕事内容はある特殊のシンジケートに切り替えられて、その場から仕事場への直行をやむなくされてしまう。彼が拉致されるように連れて行かれた先の仕事場は北海の孤島。ここで開催された通訳の仕事を通じてある秘密を知り、正義感からその秘密を当初の依頼人に訴えようとして挫折する。
全体の構成を一言で言ってしまうとそうなるが、その会議の内容が実に現代的で、凡庸な作家の取材力ではとても想像できない内容である。即ち旧ザイールに実在するであろう、反政府ゲリラ集団二つの首領と政府に取り入っている政商の現地人の3人と、怪しい白人のシンジケート(これには英国だけでなく、アメリカの軍事産業に関わる政府高官も名前を連ねている)の代表者たちが会議の構成者である。
主役はこのシンジケートに雇われていて、この多重に亘る会議の通訳をしていく場面が主文になる。現地の3人は当然ながら利害は対立しているのだが、シンジケート側は、この3人を甘言を以て融和させようとする。狙いはクーデターで新たな政権の樹立を図り、レアメタルの利権を獲得するにあることが徐々に明らかになっていく。
これ以上書いてしまうと未読者の興味を半減してしまうので止める。我々には遠い存在であるアフリカではあるが、あらゆる意味で未来を見据えると無視する事の出来ない地域がアフリカであるとも言える。しかしアフリカの現状はきっと相当混沌とした状況である筈だ。そこに生存する人の意…

チョンボをしました、済みません

今日は休日でもあるので、ブログは休むか読後感でも書くことにしようかと思っていた。昨年の秋までは休日にパソコンを立ち上げる事は殆どなかった。しかし最近は碁会所通いをやめているので、休日でもメールぐらいはチェックするようになった。先程チェックすると高校同期の友人からメールがあり、昨日のブログで取り上げた朝日新聞の記事の読み違いについて、重大な間違いの指摘を受けた。即ち、毒まんじゅうを食った筆頭の政治家は、河野太郎氏ではなく麻生太郎氏だった。
麻生氏にしてみると「ごめん」じゃ済まないだろうが、兎に角お詫びして訂正させて頂く。
ブログを削除すべきかとも思ったが、既にコメントまで頂いているので取り敢えずは未だそのままにしている。DonKoba さんの許可が出たら削除します。

東電の毒まんじゅう

今朝朝日新聞は1面トップが「東電、10議員を「厚遇」 パーティー券を多額購入」とあった。びっくりするほどの事ではないと思いつつよくよく見ると、10議員の筆頭に河野太郎とあったので、これには些か驚いた。彼は311の大事故発生以前から、日本のプルサーマル計画に強く反対していたからである。少し解説的に書けば、原子力発所がウラン燃料を使用すると、自然界には存在しないプルトニュームが発生する。
これを再加工してもう一度原子力発電用の燃料として利用すれば、燃料の利用効率は飛躍的に向上する夢のようなシステムと持て囃された時代がある。高速増殖炉と言うやつで、フランスやドイツが先鞭をつけたが、結局どこも上手くいかなかった。日本も福井県に「もんじゅ」を建設して実験を始めたが、度重なる事故でまともな運転をするに至っていない。そこでプルサーマルというその場しのぎのようなプルトニュームの利用を始めたわけだ。
河野太郎氏のホームページなどを見れば詳しく分かるが、要はプルトニュームの再利用は夢どころではなくて、とんでもない金食い虫。既に兆単位の税金が投入されて運転のめどが立たないばかりか、永遠に運転できない危険極まりない代物。無駄遣いの最たるものと言っている。即刻予算をつぎ込むのをやめるべきと声高に主張していた。兎に角太郎さんは、電力会社からしたら許されざる者の筆頭だろうし、自民党内で浮いてしまうわけだと得心していた。
そこに持ってきて原子炉爆発事故が発生した訳だ。事実福島第1の3号炉ではMOX燃料と言ってプルトニュームをウランに燃料に混合したものを使用していたので、ヨウ素やセシューム同様プルトニュームが拡散したことも明らかになっている。これでもって太郎さんは原子量政策を推進してきた自民党議員ながら、ずっと原子力推進政策に反対し続けてきた議員として、その先見性をもって一躍名を挙げた。小生も感心した一人である。
しかし今朝の報道では、東電に政治資金パーティーの件を大量に買わせた自民党議員の筆頭に彼の名前が特筆大書されている。小沢一郎ではないが企業献金無しに政治活動なんかできるわけもないし、寄付を貰ったからと言って自らの政策が変更されることも無いだろうとは思う。しかしだ、河野太郎は日本の原子力政策に孤立無援で古くから異を唱えていたと思った人物だ。孤立でも無援でもなかったとすれば、格好の良さは半減ではすむま…

老人パワー

昨日ある新年会に出席した。総勢9人の小さな集まりだったが、全員謂わば同世代、人生の第1ステージは卒業している。しかし単なる隠居の集まりではない。現代社会の問題点に真剣に取り組み、後世に少しでも住みよい環境を残そうとの事で志を一にしている。そのためにそれぞれが現役時代に培った能力を新しい形でフォーマットしようとしている。従ってそれぞれが現役時代に一緒の会社にいたとか、取引相手であったと言った関係は全くない。
シニア同士が新たなシンジケートを組んで、もう一度社会に貢献してみようとの心意気なのである。小生も友人に誘われて参加したものの、このシンジケートに於いて役に立つだろうかと心配をしていた。ところが友人のコーディネート或いはマネージメントの宜しきを得てと言うべきか、微力を発揮することが出来そうな雰囲気が感じられる。
メンバーには純粋な科学者がいる。小生は広告会社に居たので相当幅広いジャンルの人と付き合いがあったつもりだが、考えてみると科学者と膝を交えて共通のテーマを以て話をするなんて事は初めての事だ。勿論こちらから話す事は殆ど無いのだが、飛び交う話を聞いているだけで胸が高鳴ってくる感じがある。それ程に皆若々しく、とても70歳前後には思えない。
偶々昨年暮れ、徒然なるままにジャーナリストの田中良紹氏の話を聞きに行った時に氏が言っていた。「見過ごされがちな日本のパワーの一つにシニアのパワーがある。自分もその年齢になったが、来年あたりこのシニアのパワーを生かすネットワークの構築でも考えてみたい。」その時は成程と思っただけだったが、昨日の会は正にそれそのものだった。60代70代の人の知力は基礎がしっかりしているから、若い人に勝るとも劣らぬものがあるのは当然だ。
特に昨日集まった学者の方々は日頃トレーニングをされているのだろう。最新の情報の吸収も続けておられるようだ。確かにこういった人材を単にゴルフ場や孫の相手に遊ばせておくのはもったいない。今後このシンジケートからいつ何が生まれてくるか、今のところは分からないが楽しみにしたい。

前向きに

自分の事について前向きに考えるべきことは殆ど無い。前方を見れば、下り坂の下にあの世の入り口が門を開けて待っているだけだ。しかしひと様の事、世間の事については出来るだけ前向きに捉えたいと思っている。従って、暗いニュースは極力見ない、聞かないようにしている。しかし毎日のニュースが昨年来暗い話題が多いので些か辟易していたが、年が変わって少し風向きが変わって来たのではないか。
象徴的なのは、昨日早朝築地市場で行われたマグロの初競りの報道だ。青森県大間産クロマグロ1本(269㎏)が5649万円で競り落とされたとの事。記録のある1999年以降では、2011年の3249万円を大幅に上回る過去最高値で、キロ当たり単価21万円は昨年の倍以上らしい。しかも落札したのが東京のすしチェーン店(「すしざんまい」運営の喜代村)で、ここ数年中国に最高のものを持って行かれた不名誉?を挽回したとある。
昨日は早朝から何度このニュースを見たやら聞いたやらだ。この店は全く知らなかったが、早速日記に書くくらいだから強烈なインパクトであった。社長さんの顔まで1日で覚えてしまった。偉いものだ、5600万円で仕入れた魚を店頭で捌いて、あっという間に店頭に並べて即日売り切ってしまったらしい。
勿論原価割れどころの騒ぎではない、一番値の張る大トロで1貫418円の通常価格だったので原価の何十分の一だったようだ。社長に言わせると「宣伝費と思えば安いもの」との事。これもその通りだろう。元広告営業の小生としてもシャッポを脱がざるを得ない。何となく全体ムードの落ち込んだ時こそ、この社長さんのように前向きな人にはチャンスなんだろう。事実近い所で見ても、そのようなケースが増えてるようにも思う。
小難しい経済、株や金融市場のことについては全くちんぷんかんぷんだが、こんなニュースが流れている国の景気が悪いなんて誰が言うのだろう。デフレが14年続こうと15年になろうと、国家の財政収支が最悪であろうと、100兆円の新年度予算が組まれて公共事業が目白押しに並んでいる。為政者即ち政権与党は頭が少しおかしいのでは、とも思うのだが、一方で再来年には消費税を引き上げると言っている。
財界は勿論本音では大歓迎だろう。大部分の市民からも文句は出まい。野党は政府に対する攻撃材料にするだけで、方法論に反対するはずもない。「運転手は僕で車掌は君だ」と言っているだけ…

読後感「父 山本五十六」山本義正 著

元連合艦隊司令長官、軍人でもあり高級官僚とも言える。旧日本海軍で開戦の真珠湾攻撃から陣頭指揮を執り、戦いの半ば(開戦後約1年半)の昭和18年4月、南方にて戦死は余りにも有名。生年月日が同じ4月4日と言うこともあり、幼い頃から憧れにも似た気持ちで伝記も何回か読んでいる。今年の正月には半藤一利氏が書いた伝記をベースにした映画も上映されているようだが、これはまだ見ていない。本書は実子の長男が書いた父の思い出である。、山本五十六氏の人間像が浮かび上がってくる。
当然ながら実子から見ても五十六氏は正に大和の武士であると同時に優しい父でもあった。むしろ、著者については今まで全く知らなかったので興味深い点がある。戦前の事だから現代のように裕福ではないだろうが、それでも海軍高官の子息である。父五十六氏も自分のように優秀になってほしいと心中思っていたに違いない。公私のけじめが厳しい限られた時間を割いて、遊びの相手や勉強の相談など子供には優しく接していた。家庭教師もつけたり通う学校を考えて引っ越しまでしている。しかし父が願ったように著者が育ったとは思えない。但し、技術者の道を歩みながらも海軍にも従軍し戦後は東大を卒業して立派なエンジニアになられたようだ。
当時の大人の大部分がそうであったように、家庭内で仕事の事は言わなかったのだろう。著者は父の国家観については当然ながら何も語らない。英米滞在経験が長い五十六氏が国力の差も十分理解し、戦争を望んでいた筈はないだろうし、いったん開戦すれば負ける事も予想の範囲であったとは思う。しかし彼が自分一人でなく国家国民を悲劇に巻き込まざるを得なかったのは何故だろう?
今回もそうだが氏の伝記を読んでいつも思うのはその事だ。浅はかな結論かも知れないが、それが軍人の悲しさかもしれない。身体頑健、頭脳明晰、博覧強記、知識横溢、分析力最高、国家に対する責任感は誰にも負けない。当時の軍官僚は現代の財務省以上、内務官僚と並んで官僚の頂点に位置していた筈。問題は最後の責任感にあると思う。国家とはと言った時、現代の感覚であれば国家国民となるのだろうが、当時の軍人さんは国家天皇或いは天皇国家となったとしか思えない。
前後構わず国家と書いたが、国家の比重は極めて低く、いざと言うとき死んでお詫びをしなければならないのは天皇だったのではないか。戦時中天皇は神であろうとなかろうと、国民…

歩け歩け!の健康法

兎に角最近考えるのは先ず自分の身体の事、他に考える事が無いからか。ブログもつまらなくなるわけだ。
昨年は腰が痛いの足が痛いのと言いながらも山歩きとスキーで合計18回も出かけている。最後っ屁は暮の29日志賀高原で初滑りを楽しんだ。新雪が全てのゲレンデにたっぷりあった。しかも快晴の一日で、丸池から焼額まで、実に多くのゲレンデを堪能した。翌30日も午前中滑る予定だったが、これ以上は体力的に無理だろうと思い、滑らずに早い時刻に帰宅してしまった。
昨シーズンは1泊2日のスキー旅行が2回あったが、今シーズンから2日連荘でのスキーは辞めておきたい。3月に高校同期会のスキー旅行が2泊3日で計画されている。参加は申し込んでいるが、とても3日は無理だ。丸1日のスキーと一晩の宴会だけで十分だろう。その酒も大分弱くなっている。2日に家族の新年会では、ビールは遠慮して日本酒だけで頑張ったが、冷酒正味2合半くらいで寝てしまった。
その代わりと言っては変だが、ここのところ平地をよく歩いている。正月休みにお伊勢参りをしたせいもあるが、暮の28日から昨日まで平均1万歩位を歩いている。今日も多分越すだろうし、明日、明後日は挨拶回りをするので少なくとも7千歩以上は歩くだろう。寒いせいもあるのだろうが、一度に30分(約4千歩)くらい歩かないと体が温まらない。
幸い時間だけはたっぷりあるので、これからは日常平地をできるだけ歩いて健康法としたい。但し歩くためにのみ歩くということは出来ない。出歩くとき少し早めに出て、出来るだけ乗り物を使わないようにする。と言っても精々一駅か二駅、昔から庶民の健康法としてポピュラーではあるが、結構身体には善いようだ。
しょっちゅう医者に行ったりはするが、幸いここ数年は風邪で寝込むことが無い。今日は新年早々から初歯医者。昨年約半年かけたインプラントの土台がしっかり出来てきた。来週には仮歯が入るとの事で義歯とさよならできるらしい。この鬱陶しさから解放されるだけでも今年は良い年だと言える。

年の初めに

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:お伊勢参りに向かうバスの車窓から
暮からしばしの間お正月休みでブログもお休みした。今日からまた平日の日課にして書いてゆきたいと思う。私は昭和15年(所謂皇紀2600年)4月4日の生まれ、今年の誕生日で満72歳になる。90過ぎまで生きた両親や最近の平均寿命なるものを思うと未だ未だと思っていたが、冷静に考えると随分長い年月を生かされてきたものだ。休みの間は何となく両親や先祖を事を思ったり、年賀状を見て無沙汰を重ねている友人知人に想いを馳せたり、子供や孫にも会ったりしていろんな感慨にふけった。
これまでの長い人生を小過は数えきれないが、大過なく過ごせたのは神仏のご加護と大勢の方から戴いたお力のお陰と改めて感謝するばかりだ。これから先残された僅かな時間も、人様のご迷惑にならず、且つ穏やかな時である事を祈るのみだ。「のみだ。」なんて言っても随分欲張った願いかも知れない。
私の名前「明」は祖父が付けてくれたもので、祖父が書いた手紙に「在明○徳」出典:大学と墨痕鮮やかにあり、赤ちゃんの多幸を祈ってくれている。今や最も大切なお宝だ。手紙の日付は4月6日。奈良で生まれたので、長野の祖父には電報が行って、直ぐに考えてくれたのだろう。そして僅か1週間後の4月13日に、この祖父が脳溢血で亡くなってしまうのである。当然私は祖父に会ったことはない。しかし、身体の中に祖父の血が流れているせいか、常に近くに感じているし、何かにつけ祖父を真似ようとしている自分がいる。
祖父が亡くなったのは62歳かと聞いているが、亡くなる前日まで約35年毎日日記を書いていた。先ずこのブログもその真似。祖父は大正から昭和にかけて、随分と山歩きをしていた。中高生の頃読んだ祖父の日記にはすべて記録があり、今は無くなってしまった田舎の家には焼印だらけの金剛杖が何本も転がっていた。数年前から始めた山歩きも祖父の真似事。もう一つはお伊勢参りである。
祖父の道友(禅宗)の一人が書いた追悼文がある。その一節に「新年には必ず伊勢大廟に参拝して、それから皇陵を参拝されることを近年毎年の恒例とされていたようで、毎年々賀の挨拶はその皇陵参拝の旅の挨拶を兼ねて貰うことを例としていた。」とあったので、真似事3として伊勢神宮初詣を初めてもう20年くらいになるだろう。今年は大晦日から1泊のバスツアーに参加して行って…