2012年1月10日火曜日

読後感「ミッション・ソング」ジョン・ル・カレ著 加賀山卓朗訳

ジョン・ル・カレと言えばスパイ小説の世界的第1人者である事は殆どの人に異論が無いところだろう。「寒い国から・・・」を読んだのはもうずいぶん昔になるが、既に80歳を超えている。と言っても面白さに変わりはない、正月の読み物に最適だった。

著者らしいところだろうが、主人公はジェームス・ボンドのようなスパイではない。アフリカ生まれで英国に在住する通訳を職業とする普通の市民である。但し、彼の父親は中央アフリカに派遣された宣教師で、母は現地酋長の娘であった。この複雑な環境下で生を受けた故に彼は数奇の運命をたどり、遂には英国の高等教育を受けて一流の通訳となり、同じく同様の教育を受けた一流のジャーナリストと結婚もしている。普段から政府依頼の仕事もこなしてはいた。

そんな彼がある日ひょんな行きがかりで、いつものように政府から仕事で緊急の呼び出しを受ける。妻に連絡する間もなく駆け付けると、依頼内容が極めて特殊で、仕事内容はある特殊のシンジケートに切り替えられて、その場から仕事場への直行をやむなくされてしまう。彼が拉致されるように連れて行かれた先の仕事場は北海の孤島。ここで開催された通訳の仕事を通じてある秘密を知り、正義感からその秘密を当初の依頼人に訴えようとして挫折する。

全体の構成を一言で言ってしまうとそうなるが、その会議の内容が実に現代的で、凡庸な作家の取材力ではとても想像できない内容である。即ち旧ザイールに実在するであろう、反政府ゲリラ集団二つの首領と政府に取り入っている政商の現地人の3人と、怪しい白人のシンジケート(これには英国だけでなく、アメリカの軍事産業に関わる政府高官も名前を連ねている)の代表者たちが会議の構成者である。

主役はこのシンジケートに雇われていて、この多重に亘る会議の通訳をしていく場面が主文になる。現地の3人は当然ながら利害は対立しているのだが、シンジケート側は、この3人を甘言を以て融和させようとする。狙いはクーデターで新たな政権の樹立を図り、レアメタルの利権を獲得するにあることが徐々に明らかになっていく。

これ以上書いてしまうと未読者の興味を半減してしまうので止める。我々には遠い存在であるアフリカではあるが、あらゆる意味で未来を見据えると無視する事の出来ない地域がアフリカであるとも言える。しかしアフリカの現状はきっと相当混沌とした状況である筈だ。そこに生存する人の意思を無視した先進諸国の思惑が、一層の混乱を招いているのも事実かも知れない。

恐らくは相当綿密な調査による事実に基づいて作られたフィクションではあろうが、面白い以上に考えさせられる作品である。


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