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新撰組顛末記●永倉新八

北海道松前藩江戸詰の上級武士の子として生まれた永倉新八、幼いころから武芸に優れ、8歳の頃より道場に通い18歳にして本目録を授かったとある。なお江戸市中の道場をを渡り歩いて剣術に打ち込むうちに、小石川小日向柳町に道場を構えた近藤勇に巡り合い、意気投合してその後の人生を共にする事になる。やがて名高い新撰組の幹部隊員となって、明治元年近藤勇が板橋で捕らえられ首をはねられる直前、甲州攻めに失敗した時に袂を分つことになる。

袂を分かったからと言って官軍に盾突いた彼の罪が消えたわけでもなく、相変わらず会津軍に加勢したりするのだが、人の運命は分からないもので結局大正年間まで生き延びる事になる。結局は脱藩した形になっていた松前藩に戻り、晩年は北海道の小樽で過ごしたようだ。この本は大正2年新八が小樽新聞社の取材に対して語りつくし連載されたものを纏めたものである。

新八も隠棲してからは家族にさえ新撰組在籍当時の事については殆ど何も語らなかったらしい。しかし明治も45年を過ぎ、自分自身も75歳になった時に考えを改めて記録を残す必要を感じたのだろう。その気持ちは分かるような気がする。

江戸末期と言えば江戸幕府は開国佐幕、西国が尊王攘夷を唱えて最初から対立していたように理解していたが、これもどうも間違っているらしい。志士と言われるような人は近藤勇ですら当初は尊王攘夷を唱えていたようだ。これが理念の主導者だった清川八郎と対立するあたりから佐幕一本に傾いていったようだ。西郷にしても仲が悪かった長州なんかより幕府側に接近していた時期がった事が良く分かる。

又、江戸時代の武士は軟弱とのイメージがあるが、幕末の志士と言われる人間達の乱暴ぶりがものすごい。自分の命も粗末にしているのだろうが、手段を選ばずテロを事も無げに実行する感覚。昨日の友は今日の敵できっと自分なんか知らない多くの有為の人が命を落としているのだろう。やはり日本における革命だったという事が少しわかった気がする。

板垣征四郎と石原莞爾

生来極身近な事のみにしか関心を持たずのほほんと過ごして約70年、振り返って見るに余りに近世の日本史を知らなすぎる。いつも思っているが、改めてその感を深くした。板垣征四郎と石原莞爾 、について知っていたことと言えば、指揮者の小澤征爾の父が満州でこの二人と親しかったと言うことぐらいか。

更に言うと、昔から何となく海軍が好きで、特に東郷平八郎と並んで山本五十六なんて人は尊敬すべき人物と思っていたが、逆に陸軍は何となく融通のきかない人間の集合と思いこみあまり好きになれなかった。ところがである、この本を読んで大分考えを変えなくてはいけないと思い始めた。

当然本書では陸軍の二人を主人公にしているのだから陸軍よりになっている。近世とは言え過去の事だから、著者の立脚点で読者に与える印象は変わってくるのは仕方がない。にしても帝国海軍と陸軍の戦略の相違があって、これが日本を不幸な道に誘い込んだ事がよく理解できた。

前大戦末期この二人は陸軍中枢からやや外れてはいたが、満州国の設立に深く関わった事は自ら認めるところで、板垣氏はそのために絞首刑となる。当然石原氏も同様の刑を望んだようであるが何故かそうはならなかった。ここにも東京裁判のいい加減さ浮き彫りにされている。一番興味深かった事は石原莞爾と東条英機との対立のくだりである。自分の陸軍嫌いは東条英機に大きく起因している。その意味からも、だからと言って陸軍全てを嫌ってはいけないと反省した。

甲武信岳登山

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20日の土曜日、天気が1日持ちそうだとの天気予報に気を好くして、兼ねて念願の甲武信岳登山に出発。1泊の予定なので出発も新宿発8時とゆっくり目。小渕沢の駅で案内役をして頂くHさんと合流、小海線に乗り換えて信濃川上の無人駅で下車。10人ほどの乗り合いのタクシー(と言ってもマイクロバス)で登山口の毛木平に11時頃到着。駐車場には自家用車がぎっしり。きっと上は混んでいる事だろう。

準備をして11時20分頃に出発。林の中を信濃川に沿って登りはじめる。花の季節には少し遅いが、お天気は良いし緑の森を駆け抜ける風の爽やかさに加え鳥の鳴き声がやかましいくらいだ。コースの整備も行きとどいているし、勾配もあまりきつくない。そして脇には信濃川の渓流が見え隠れしてハイキングとしては絶好のコース。出発が遅いせいもあって人影も殆どなし、70分ほど歩いたところで昼飯にする。20分ほどの休憩で再び歩く。この辺から勾配が少しきつくなる。途中で少しずつ休みながら1時間半ほど登ると信濃川の源流と言う木柱が立っている場所に出た。

この山は子供の時から日本海と太平洋の分水嶺と聞いていたので、山頂の嶺に池みたいものがあって、そこから2方に川が流れ落ちている事を想像していた。70歳近くなっても誤った思い込みを正すのは実際を一見するに越した事は無い。因みに後で知るのだが、太平洋側笛吹川や荒川の源流は結構な難所にあるらしく見る事は出来なかった。ここからいよいよ本格的な登りとなるが、標高2100mを超えているのに高い木が茂っている。自分のイメージでは1800mが大よその森林限界で、これを超えると精々はいまつ程度しか生えないものと思い込んでいた。これも間違った思い込みであった。


確かに息も上がり、汗もびっしょりではあるが、直射日光に照りつけられる感じが少ないのは有り難い。3時半頃には無事山頂に到着。富士山までは見えないが奥秩父の山々の眺めは雄大である。眺望を楽しんでいるとここは2400mを越しているので、吹く風が涼しさを通り越して半袖のTシャツ1枚ではすぐに寒くなってきた。宿泊予定の小屋はここから100mほど下った所にある。名物のシャクナゲの季節は過ぎているのに小屋は大勢の登山客でにぎわっていた。明日の天気を祈りながらビールで乾杯をして、夕食、20時には消灯。いつもの事であるが、1畳に二人の寝床ではなかなか寝付けない。夜中に…

梅雨の晴れ間

梅雨の晴れ間ではないとの事だが、気分としては完全に梅雨の晴れ間である。鬱陶しい日が4日も続いたので気持ちが良い。臓器移植法なるものの話題が急に出てきたが、家での会話も長く続かない。命にかかわる事なので、家族に切実な問題を抱える人を思うとあまり気安く返事をする事も出来ず、つい生返事になって会話は短く終わってしまう。昨年暮れに3人目の孫が無事生まれて、身内に切実な問題が無い事を神に感謝するばかりだ。自分も天命をそろそろ自覚しなければいけない年齢ではあるが、その受け止め方が良く分からないのが本当のところだろう。

天命と言えば麻生さん、この人に関する話が茶の間の話題として一番愉快で楽しい。自民党は学級崩壊状態と上手い事を言ったTVのコメンテータがいたが、自民党代議士の右往左往ぶりを見ると言い得て妙だ。日米同盟をわざわざ党首討論の最後に持ち出す本人が、米国大統領の名前を間違えるなんてお笑い以外の何物でもない。後で「何で台本にきちんと書いてないのだ!」とか言って役人を叱りつけたのだろうか?

明日明後日は久しぶりの山歩き。天気が良くなったのが本当にうれしい。

郵政問題関連で

つい少し前まで政治家が出演するテレビ番組を興味深く見て楽しんでいたが、最近だんだんつまらなくなってきた。インターネットの高速化のお陰で、国会の生中継がオンディマンドで視聴可能になった事や評論家のコメントもきちんと読める様になったせいだろう。昨日も昔から視聴習慣化している「たけしのテレビタックル」を見た。しかしいまいちピンとこない、と言うか「これを見る多くの人はどのように捉えるか?」が少し気になった。

今日になってこんなブログを見つけた。リンクフリーだから大幅に引用する。
植草一秀氏(手鏡事件で有罪判決を受けマスメディアからは消えているが、インターネットのブログ世界では結構な人気があるようです)のブログからです。
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6月15日の「TVタックル」も酷かった。BPOに番組の是正を申し入れる必要があると思う。
日本郵政西川社長続投問題。
番組の流れは出演者の構成で決まる。
この番組は、もともと自民党小泉一家につながる人物が主要アンカーを務めている。
北野たけし氏、三宅久之氏が常に小泉一家寄りのスタンスを維持している。
6月15日放送では、ここに自民党田村耕太郎議員、竹中平蔵氏の秘書官を務めていた岸博幸氏が登場。また、元朝日新聞編集委員の萩谷順氏が出演した。岸氏はネットでも論考を発表しているが、読むに堪えないような文章しか発表していない。
自民党の田村耕太郎参院議員は政府紙幣発行論などを通じて、中川秀直氏、元財務相職員の高橋洋一氏などとも関わりの深い議員である。また、竹中平蔵氏、奥田かつ枝氏、オリックス専務取締役小島一雄氏などが関わるCMSA日本支部でも講演し、竹中平蔵氏ともつながる議員である。
番組でVTR出演するのが屋山太郎氏だが、完全な小泉一家陣営の御用言論人的な発言を繰り返す。
こうしてみると、西川社長問題を論じるための番組に、もとより西川社長続投を擁護するとみられるメンバーが6人も用意されていることになる。
江田憲司氏は一見、中立公正の論議をしているように装うが、「かんぽの宿」の40億円の赤字だけを強調することに象徴されるように、小泉一家の別働隊の一員とみるべきだろう。渡部喜美氏とともに行動する「偽装CHANGE勢力」は小泉一家別働隊であると理解するべきだろう。江田氏を含めると西川社長続投派が7名になる。あ…

極めてまれな事

昨日は碁会所の月例囲碁大会。殆ど毎月のように参加しているがいつも順位的には真ん中あたり。それが昨日は奇跡的に優勝する事が出来た。昔から競技に参加して上位に入る事は先ずない人生なので、昨日のハプニングは特筆するべき事になるかもしれない。賞品は3000円のクオカードと指導碁券1枚。参加料がたった1000円だから大振舞いと言える。

全く自慢できないが、私は昔から運動会でも展覧会でも表彰とか入選という晴れがましいことから最も縁遠い人生である。自分の記憶にある入賞記録は高校時代の水泳クラスマッチ。たまたま50m自由形競争の選手になって、学年で1位か2位になって賞状をもらった事だけ。両親が卒業証書と一緒に大事に保管してくれていたので今でもどこかにあるだろう。運動の選手をしていた友人が、「カップの置き場に困って縁の下に置いている。」なんて話を聞くと羨ましく思ったりした。

昨日の大会と言ってもたった7人のトーナメントで別に優勝の賞状やカップが出るものではない。しかも普段だと10数人の参加者があるので、総当たりのリーグ戦形式で行われるところが、先に書いたように7人しか参加しなかったのでトーナメントに変更されたのである。私は実力的に(囲碁というゲームは実力が大変はっきりしていて、碁会所の中では各人がそれに応じた点数をを持っている)7人の丁度中間に位置していたのだが、くじ引きの結果第1選が不戦勝になる幸運に恵まれた。

普段は籤運も悪いのだが、更に私が不戦勝になっている第1戦で、どうしたはずみか上位者3人のうち2人が負けてしまったのである。勿論第1戦で負けても敗者復活で勝ち上がれるルールにはなっているのだが、第4戦の優勝戦まで一度も上位者と当たらずに済んだのも大いにラッキーとしなければならないだろう。余りラッキーに恵まれると却って良くないとも言われる。こんなささやかな幸運に調子ずいて日記なんか書くといけないかな。

チャレンジ又は年寄りの冷や水

知らない人が聞いたらびっくりするだろうが、私はホームページの制作と管理を生業にしている。そもそも文系の学校を出て最初に就職したのが広告代理店、勿論営業職である。それから40数年ずっと営業職でやってきた。しかし63歳の時に、はずみのような事で独立を余儀なくされ、ありていに言えばお払い箱になって、現在の会社を急きょ立ち上げた。それが今の会社で、それまで営業として抱えていた得意先の仕事を持って独立したので唯一の仕事がホームページ関連という訳である。


元の会社でも制作の大半は外注に頼っていたので、当初は外注先にも話をつけて仕事を引き続きしてもらった。しかし一人営業の会社になると技術者が外部に一人いるだけでは話にならない。ホームページというものはしょっちゅう、しかも不定期に内容(コンテンツと言います)が更新される仕掛けになっている。更にサーバ管理とか技術的に言えば、コンテンツ制作とは別のスキルを持った要員も確保しなくてはいけない。かと言って各技術者を社員として抱えるほど売り上げがあるわけでもない。自分自身と言えばパソコンで文書を書く事すらままならない状況で、分かってはいたが度胸良く起業したものだ。

それから6年、サポートスタッフの確保には苦労したが何とか今日まで仕事を続けている。そして私自身も少しずつではあるが技術関係について解るようになってきた。と言っても自動車の運転でハンドルを左に回せば車は左方向に動き、アクセルを踏めば加速するといった程度の知識を身につけたという事にすぎない。とても車の運転を出来るようにはならないだろう。しかしだいぶ分かってきた事が別にある。

このインターネット関連サービスの世界にはオールマイティーの技術者が極めて少ないことである。電気通信や電子工学的な知識が一定の水準に達しないとホームページの管理が出来ないのは当然であるが、その部分で高いスキルを持っていても最終的にモニターに表示される画面のディザインはディザイナーさんの職域である。この部門を担当するのがウェブディザイナーだ。更には画像の処理を専門にする人とかコーディングといって作文で言う所の清書の専門家と、機能別に職域が多様化している。

その昔、広告会社はどこの会社にも広告を作るためのセクション制作部とかクリエイティブ部があった。ここには基本的にコピーライターとグラフィックディザイナーという2種類の人種で構…

1Q84(2)

自分は全くの野次馬だなとしみじみ思う。この著者の小説は一度も読んだ事がなかったし、どんな小説かと書店で手に取る事すらしなかった。ところが先日のエルサレム章受賞記念講演録を読んで感動してしまった。その上初日から売り切れの大評判という宣伝文句につられ、つい買ってしまった。

講演やしゃべりが面白いから小説も面白くなくてはいけない、という理屈は無いが今回のギャップは非常に大きい。上下2巻で千頁を超える著作であるが、自分にとってはまともな小説とは思えない。 ちょっと風変わりな書き出しだが、次第に面白くなるのだろうと期待して読み始めた。

ところが途中から訳が分からなくなる。そもそも時空を超えたところにテーマを設定しているようで、凡人の自分にはとてもついていけない。漫画かおとぎ話を読んでいるように「下らない」と思ったりもしてくる。しかし何か著者としては哲学的に現代社会の深刻な問題を提起しているのかも。

仏前結婚式

昨日甥っこの婚礼に招待され夫婦で長野へ行って来た。土曜日までの梅雨空が嘘のようで、慶事にふさわしい素晴らしい晴天だった。早朝に家を出て朝9時に式場の善光寺大本願に到着。これまでの人生で数多くの結婚式に参列したが、お寺での式は初めてなので興味深々だった。式は本堂のご本尊の前でお上人様が執り行う仕掛け。勿論司会は実に堂々たる体躯の方坊さんで、ところどころに大勢の坊さんの読経が流れるおごそかなものだ。途中司会の坊さんが執り行われる儀式について丁寧に説明解説をしてくれる。

神式やキリスト教会の式に比べると少し手順が多く時間がかかる。何故ならば新郎新婦が仏弟子になるための手順に加え、先祖への報告が加わっているからだろうと思う。式場のしつらえとしては正面の本尊以外は全て白い幕と屏風で覆い隠され、代わりにお上人様の脇に両家の先祖の位牌が置かれている。新郎新婦は勿論両親達は本尊に焼香する度に先祖の霊にも焼香しなければならない。三三九度の杯はあったが謡曲や讃美歌は勿論なし。代わりに脇の坊さん達が雅楽みたいものを笙や笛などで演奏する。

そもそも「夫婦や親族固めの杯」なんてものは仏教には無いと思うのだが、その辺はお寺さんも少し譲歩して俗事を取り込んでいるのだろう。何れにせよ、最近我が国においては婚姻届を出す前に神仏の前で契り、この契りを終生違えぬ事を神仏に誓うのが普通である。この習慣は決して悪いことではないので、これからも大勢の皆さんが大事にするのは良い事だ。

因みに我々夫婦が結婚した時は違った。親戚のおじさんの一人が謡曲「高砂や~」とうなっている時、料理屋の女中さんが注いでくれた三三九度の杯を飲んだだけだったような気がする。確か床の間に何かめでたい軸が掛っていたが神や仏ではなかったと思う。ま、それでも40年、何とかここまで来たのは三三九度の盃に神仏の加護を約する力が宿っていたのだろう。

「ニッポン社会」入門―英国人記者の抱腹レポート

滞日本歴17年イギリスのジャーナリストが見た日本。外国人から日本がどう見られようとよいではないか。と思いつつもつい読んでしまう。この記者さん、特に日本特定の文化とか歴史にかぶれて来日したわけではないので、先入観なしに自分が見たこと体験した事を通じて感想を書いているので読みやすい。

彼の文章を通して、むしろ英国人が日本をどのように見ているかを理解する事なった。即ち英国人から見ると、日本は地球の果ての小国であまり関心が無いという事だろう。実際に住んでみると、その小国にも捨てがたい良さはあるが、どうしても理解できない事が多そうだ。

異文化圏から情報発信の務め負うジャーナリストとして、どんな情報を本国に送ってきたか、またそれがどのようにモデファイされて本国の新聞に掲載されているかに関する経験談が特に面白い。情報は長い距離と時間を隔てるとやはり相当に変質する事を知る所になった。

ジェネレーションギャップ

自分では世の中の動きを常にチェックをして空気を読んでいるつもりでいるが、案に相違して世の大勢を見誤っている可能性があるように思いだした。今朝、新聞の投書欄を読んでいてハッと思い至ったのだ。投稿者は確か30歳代の男性だった思う。内容は野党民主党に対して「地に足が着いていないので政権を預ける気にならない」といった内容だった。実は政権交代を望んでいる層は比較的若い世代かなと思っていた。しかしこの新聞への投稿者のような意見を以前に自分の周りの若い人からも聞いていたのだ。その時は変わった事を言う奴だと思っていたが、今朝新聞を読みながら「待てよ」と思った。

確かに私は「自公政権さよなら」を応援したい気持ちがあり、世論としてはその傾向が盛り上がってきていると思っていた。しかしこの傾向の中にジェネレーションギャップがあるかもしれない。年寄りは大分痛めつけられたので、自公政権への不満が大きくなっているだろう。しかし、若い人は政治全体に不信感を持っていて、「どっちもどっち、どうせだったら今のままで良いではないか。」と言う人が大半なのかな。思い起こせば自分も昔は目の前の快楽の追求が大切で、そのために仕事に精を出し月給やボーナスをいかに増やすかだけを考えていた。何れにせよ不要不急の新聞の政治面なんか読む気はしなかった。

現代のヤングソルジャーも行動の誘因は同じかも知れない。マスメディアへの接し方も50歳以上世代とはおのずから違うだろう。昔の自分と同じ程度の彼等から見れば小泉潤一郎と小沢一郎の違いはなんだろう?写真で見れば小泉は善人、小沢は悪人、好き嫌いで聞けば軍配は小泉という事になっても当然。ひょっとしたら事実として、こんなジェネレーションギャップは無いだろうか?あっても不思議は無いようにも思う。

今度のマスメディアによる世論調査の際、年代別政党支持率の変化を気を付けてみたいものだ。年代別の統計は発表されただろうか?麻生総理の能天気振りを嘲笑ってきたが、空気が読めないという意味で他人の事を言えた陽気ではなさそうだ。

同じような事が孫との関係にも生じているようにも思う。子供は10歳になればある程度親離れをするという。まして祖父との関係ともなるともっと微妙な変化があって当然だろう。こちらは小学校低学年の時に遊んでやった時と同じ気持ちでいるわけだから、精神年齢も進んでいる先方にしてみれば段々うざく思い…

孫の運動会

日曜日は楽しみにしていた孫の運動会。天気が悪いので開催が危ぶまれたが、幸いにも朝は雨が上がっていた。陽が射さないので暑くなく、見物するには好都合と思っていそいそと出かけた。自宅の近く豊島区板橋区辺りは児童が減って小学校は閉鎖になっているところが多い。しかし孫の通う世田谷の区立は生徒数も結構多く、かなり賑やかで広い運動場が大勢の老若男女で盛り上がっていた。

開会の9時ちょっと前に着いたのだが、トラックの周りには生徒席と先生役員席以外びっしりと2重3重に色とりどりのビニールシートが敷き詰められている。携帯のやり取りなどしてやっと婿どの陣取っているシートにたどり着く事が出来た。何でも彼は6時にここに来てシートを敷きつめ陣取りをしたのだそうだ。それでも前から2列目。早い人は3時半には場所を確保していたとの事、敬服の他なし。

お定まりの開会式や準備運動に次いで低学年の方から競技が始まる。どの生徒の顔も楽しそうで明るく且つ真剣なので見ていて気持ちが良い。何回ほどの予行練習があったか知らぬが、整然と競技が進む、先生方も大忙しだ。我が孫は5年生6年生なので昼近くになってやっと出番が回って来た。弟はかけっこでは一番になれなかったが、騎馬戦では大いに闘い、最後に残る騎手になって誇らしげだった。兄の方は騎馬戦では馬の片方で騎手も負けてしまったが、かけっこでは学年最後の組の1等賞になる事が出来たのでこれ又大いに自慢顔。

このすぐ後が昼飯で、生徒は父兄と一緒に弁当を食う事が許されている。今回は婆さんが用意してこの爺が持参したものを5人で食した次第。二人ともうまそうに食べていた。しかしこの間にだんだん雲行きが怪しくなって、午後の競技が始まると雨が降り出した。2,3種目目ぐらいに一時競技を中断して様子を見るとのアナウンスがされたが、雨脚が強くなる一方。すぐに中断の判断がされて残る競技は今日の火曜日に延期される事に決定。実は最後の競技として5,6年生のリレー競技あり、二人ともこの選手になっていたので、それを見る事が出来ないのは少し残念だが、臨機応変の先生の判断は正しかった。

久しぶりに娘の家に行き、上の娘夫婦と3人目の孫も加わり賑やかな日曜日午後を過ごす事になった。孫も従弟が来ると言うと大張りきり、母より先に毛布などを持ち出し従弟用の場所などを用意している。
午後で印象深かったのは、先ずは一番上の孫のクラ…