2024年3月31日日曜日

遊び心

 今日で3月も終わり、4月4日の生まれなので間もなく満84歳だから文句なしの高齢者。老後或いは余生と言われる人生ならば、毎日を出来るだけ余計な心配をせず楽しく生きていきたいと思っている。昨日も昼間電車に乗ってつり革に手を伸ばしたら、前に座って2人分近い席を占めていたアジア系の大男が、すぐに立ち上がって手真似で席を譲る風情を示してくれた。こちらも通じたかどうか一言「サンキュー」と座らせてもらった。髭モジャで年齢も分からないが恐らく30歳はいっていないのかも知れぬ。

少し前までは席を譲られると悔しい気持ちが先立ち「結構ですから」と断ったりしてたが、最近は前述のようなケースが多い。自分とすれば、できるだけ若々しくありたいと思ってもそうはいかない。人相、風体、歩き方が同情を誘うようだ。しかし社会の流れは必ずしも年寄りに同情的ではない。社会には若い人も年寄りも混在しているから仕方ない。今朝早朝郵便受けを見ると、日曜日にも関わらず何かが入っている。何事かと取り出すと、光熱費の3月分請求書。

几帳面なことと感心して一覧しながらふと思った。1年間になんぼ支払っているのだろう?時間はたっぷりあるので古い請求書を持ち出して整理すると、157,717円也。明日から5,000品目以上の値上げが行われるとニュースは言っているが、中に光熱費が含まれるかどうかは知らない。含まれないことを願うばかりだ。久しぶりにExcelをいじったが、使い方はすっかり忘れていた。遊び半分、80の手習い半分で作ったグラフを貼り付けておく。




2024年3月30日土曜日

停滞感

 昨日気象庁が東京の桜開花宣言を発表した。しかし昼に出かけてみたが豊島区の桜は殆ど蕾のまま停滞してる状況。銀座から皇居のお堀端を半蔵門近くまで散策したが、こちらも花を見ることは出来なかった。柳の芽吹きも未だだ。ただ気温が急速に上がったことは確かなので、明日にかけて一斉に開花して、早く散ってしまうなんてことになるのかも知れぬ。

閑話休題:ブログという言葉を知ったのは2009年の4月1日。この最初のブログに桜のことが記されている。「桜もほぼ満開にちかいのだがちっともぱっとしない。部屋には暖房を入れている。」ブログ書きを勧めてくれた友人が次のように教えてくれた「日記に+α、謂わば個人的意見を加えたものだ。」当時ネット上には2チャンネルとか、ツイッターとかユーザーが個人的意見を表明することが流行っていたので、面白そうに思って始めた。以来15年、途中何回か中断はしたが未だに続いている。

テーマに関して<政治>の括りがあり、今日確認する限り、これまでに867回も書いてきて、前回が今月19日。タイトルが「リーダーシップ」で岸田首相のリーダーシップに文句をつけている。10日以上経った今日具体的に書くとすれば、全く同じ文章をコピーして貼り付けても問題無いと思わざるを得ない。本当に日本の政治は停滞してると思う。このことが我一般庶民に齎すのは何だろう?年金生活の年寄りは、政府からの支給で暮らしているのだから、生活が苦しくなっても仕方ないかもしれぬ。

しかし普通の人は、乗っている列車が駅でもない場所に止まってしまったような感じを受けている筈だ。理由は何だろう、別に天気が荒れている訳でもない。列車の運行に当たる乗務員たちが、税金をくすねていた泥棒集団であったことがバレて、右往左往しているだけのこと。リーダーシップの欠如で、責任者を出せないのも不思議に思う。仲間内のことは後にして、組織のトップが全責任を負うのがごく普通の考え方。出来ないなら全員さっさと交代してもらうしか無い。

2024年3月29日金曜日

読後感「モンテ・クリスト伯」アレクサンドル・デュマ著 新庄嘉章訳

 フランス人の著者が1844年(天保年間)頃から数年に亘って発表したものらしい。当時日本でも「南総里見八犬伝」など長編小説はあったのだろうが、兎に角フランスでは大人気となり芝居にもなったりして、著者デュマは大金持ちになったそうだ。小生も子供の頃から絵本などで何度も読んだ記憶はあるが、正確なストーリーを確認する意味で、昨年12月3日に講談社文庫:全5巻をアマゾン・Kindle版で購入、昨日やっと読破した。

Kindle版は場所を取らないメリットはあるが、読書の途中で前に戻って読み返すには実に不都合。1冊が500頁を超える大作になると登場人物も多く、読み返しができないのが真に不便。仕方なくうろ覚えのまま読み進まざるを得なかった。あらすじは多くの方がご存知だと思うが、19歳青年船乗り<エドモン・ダンテス>の乗り組んだ外洋帆船が航海途中で船長が死亡。エドモンが代わりに指揮を取って故郷マルセイユへ。

途中、前船長の遺言でエルバ島に立ち寄り、ナポレオンの側近のベルトラン大元帥に小荷物を届けたことから、友人の裏切りもあって当時失脚していたナポレオンの親派と見なされて逮捕、投獄の憂き目に。彼には許嫁もいたが、彼女も裏切りの友人に奪われる結果に。投獄は14年に及ぶが、獄中で不思議な老人に出会い、モンテ・クリストなる島に莫大な財宝があることを教わる。老人は獄中で死亡、エドモンは老人に成りすまして海中に投げ込まれるが脱出に成功。

老人から教わった島に辿り着いて財宝を手に入れる。それから10年、財宝を手に入れた主人公が、彼を裏切った昔の知り合いに報復をしていく筋立て。当時のフランスルイ王朝と島流し中とは言え生きているナポレオンには当然親派もいてフランス社会は複雑な情勢ながら、海洋国家として世界中と付き合っていたので話が拡大して面白くなっていく。現在のロシアなんかも似たようなものと思うが、フランスもヨーロッパと言う多民族国家の一角であったのは間違いないところだろう。

19世紀の作家が、当時の時代を背景に書いてるだけに、読み応えは十二分にある。同時に日本と比較すると、受け継いでいる文化の違いを大いに感じることができたような気がする。

2024年3月28日木曜日

肉食礼賛

 人体の構造は不可思議で、大勢の科学者がその秘密を解き明かすべく努力されているが、なかなか思うようにいかないのが実態だろう。数日前NHKの番組「ヒューマニエンス」が<記憶>を取り上げたので興味深く観た。そして思ったことは「人の記憶は当てにならないこと」。昔から普通の人より記憶力が弱いと思っているが、普通の人でも記憶は思い出すたびに強くなることもあるようだが、一般には思い出すたびに新しい情報が加わったりして変化してしまう場合が多いようだ。

最近よく見かける光景の一つに、飯屋で美味そうな料理をスマホに収める娘さんたちの姿がある。写真や映像は2次元の形や色はかなり正確に取り込み情報として残すことが出来る。しかしその料理が醸し出す薫りや温度はたまた食感などに由来した感動を残すことは不可能。要するに個人的な刺激は日を追って薄れても仕方ないだろう。物忘れが激しい小生なんぞは一昨日の昼食った食事でさえ思い出すのが容易でない。

最近は高校同期生のの訃報が多く、同期会幹事の友人がメールで知らせてくれる。一昔前であれば誰のことかすぐに思い至っただろうが、最近は容易には思い出せない。山を歩いて得た感動なんかも今や何処へ行ったらやらだし、昔覚えた英語の単語が思い出せなくても気にする必要は無さそうだ。別に悪気があって忘れるわけではないだろうが、テレビで、忘れると言うことが意外に大切らしいと知って少し安心。

マスコミでは博覧強記の代表格、池上彰氏や林修氏は記憶保存に関してどんな努力をしているのだろう?なんてつまらぬことを考えたりしてだ。記憶は海馬だけでなくて脳内の異なる場所に保存されてるとのこと。脳みそと言うくらいだから、脳神経を含め記憶を保存してるのは何れもタンパク質。精々肉食や豆食を大切にしようと思ったりした次第。何となく冗談ぽくてゴメン。笑




2024年3月27日水曜日

先祖のこと

 5年ほど前だったと思うが、高校の同期会が長野県蓼科山麓で開かれ、ゴルフに参加しない友人と二人で、夜の宴会だけ参加した時だったと思う。その際友人に誘われ尖遺跡を見学した。特に古代史に興味があった訳でもないので詳しくは覚えていない。急にこんなことを思い出したのは、最近そんな時代より少し近代に近くなった時代の情報で少し気になったことがあったからだ。番組名も記憶にないNHKのテレビを観てた時である。いきなり「倭の五王」と言う言葉が飛び出しきた。

大和奈良時代より前になるようだが、日本は韓半島と大分深い関わりがあって、文字の他に製鉄技術も導入されて、戦争なんかもしていたとのこと。小生にすれば当に神話の時代だから俄には信じ難いものもあるが、中国の「宋書倭国伝」にはっきりと名前が特定されている。倭の国王は「讃」「珍」「済」「興」「武」の5名。「在位期間は少し曖昧でも年代は400年代と特定。

「讃」は奈良地方に古墳が残る仁徳天皇、反正天皇、履中天皇のいずれかなどと妙に真実味があることを知らされた。昔から有名な「魏志倭人伝」に出てくる「卑弥呼」は180年代のことようなので、それと比較すれば大分新しい情報だ。

小生奈良市で誕生してるので、奈良に少し興味があっても、奈良時代については何も知らないに等しい。知ってることは聖徳太子の名前や東大寺の大仏さん程度だ。天皇の名前は平安時代以降にならないと知らなかったのに、急に奈良時代前の名前が出てきたので驚いた次第。生まれたのは皇紀2600年なんて言葉は子供時代から知ってるが、意味を考えたこともなかった。

しかし今更ながらではあるが、日本の皇室は本当に2684年の歴史が存在して、現天皇が第126代に当たるこの事実。おそらく現存する世界最古の血統に違いあるまい。血統がどう引き継がれたかを、今回の倭の五王のように学者が調べて解説してくれることは意味がある。しかし学識に乏しい素人が男系男子万世一系だとか、北朝とか南朝とか、取り沙汰するから将来問題でややこしくなる。いくら偉いと言ってもたかが公僕の政治家や無学者のマスコミが大騒ぎすることは無用。もっと素直に受け止めれば良いではないか。

2024年3月26日火曜日

知らぬが佛

 最近テレビを観る機会が減ってるし、新聞は前から取っていない。ネットで出だしを見てるだけなので、世間の耳目が何処に集中してるか分かり難くなっている。今から取り上げる3日ほど前にロシア(モスクワ)のコンサートホールで起きた無差別殺人事件。詳細は知らぬが、死亡者が140人に上っているそうだ。襲撃犯は4人とされているようだが、共犯者が同数近くいて全員逮捕されているとのこと。

しかも犯行声明がイラク戦争当時有名になったIS(イスラミックステート)から出されたこともびっくりだ。当時は日本人ジャーナリストが誘拐され、政府が身代金要求に応じなかったので、人質になった二人はテレビカメラの前で惨殺されてしまった。記憶されてる人も多いだろう。何年前になるか調べると次の記事が見つかった「中東の過激派「イスラム国」とみられるグループに拘束されたフリージャーナリスト、後藤健二さん(47)が、同じく拘束された知人の湯川遥菜さん(42)を捜すため、イスラム国支配地域に行くと周囲に話していたことが分かった。」2015年1月22日の記事だ。

その後イラク戦争も終わって、ISはこの世から消えたかと思いきや、10年経った現在でも中東では相変わらず活発に活動してるらしい。中東の概念がまた小生には分かり難く、少なくとも先日のモスクワ事件を起こした連中は、ロシアの衛星国(旧ソ連邦)タジキスタン人とのこと。勿論タジキスタンなんて国が何処にあるかも知らない。暇なので地図帳を本棚から引き出し調べてやっと分かった。まあるい地球にはいろいろな国があるものだ。そこにどんな暮らしがあるかなんて小生が知るはずもない。

タジキスタンがどんな田舎か知れぬが、調べ始めると切りが無いので、逮捕したロシア側に移ろう。こちらも相当野蛮でありそうなのは何となく分かりかけているが、逮捕者をいきなり裁判所らしき場所で公開してくれた。日本の検察や拘置所も逮捕者を非人間的に扱うことでは定評があるが、今日のテレビを観れば日本の関係者は安心するだろう。引きずり出されてガラス戸越しにテレビに晒された逮捕者4人は拷問の跡が生々しく、一人は失神状態、一人は片耳を切り落とされて分厚く当て物が張られている。

勝手に想像すれば、彼等は一刻も早く殺してほしいだろう。こちらも報道を知ってびっくり仰天だが、欧米各国は何れも、かなり前からISへの警戒感を強化しているそうだ。

2024年3月25日月曜日

健康管理

 今年の大相撲春場所は観る機会が少なかったが、途中から平幕の尊富士が頑張っていることは知っていた。これまで聞いたことがなかったことは当然で、今場所初入幕で、初入幕力士の優勝は何でも110年ぶりらしい。四股名の読み方が<たけのふじ>というのも珍しい。ただ名門日大相撲部の出身とのこと、兎も角将来を期待しよう。11勝4敗で活躍した前頭5枚目の大の里は未だ丁髷が結えないほど若い。若手の活躍は将来への期待が高まり、明るい面もあるが、勝って当たり前の強い力士が少なくなるのも考えものかもしれぬ。

閑話休題:大阪の小林製薬が発売した健康食品「紅麹〇〇」に健康障害が発生したとのこと。紅麹というものを始めて聞いたが、他のメーカーにも販売されていて影響は大きいようだ。山に行くときはいつも健康飲料のポカリスエットを買っていったものだが、甘酸っぱい味が良いだけで、特に元気になる筈はない。所謂鰯の頭と同じ気分だけの問題だろう。健康食品もオマジナイのつもりでたまに食するのは良いだろうが、常用して逆に障害が起きたのでは洒落にならない。

しかしある程度の年齢なれば誰しも健康が気になるのは当たり前。しかし消化器系であれ、循環器系だとか、筋肉や神経系、最近では認知症予防のための健康食品なんてものまで宣伝されるが、そんなことで健康が戻ることはないだろう。やはり気になったら一度医師と相談してからにすべきだ。医師が処方すれば薬は保険適用で安く買える。「今注文すれば5割引」或いは「お試しセットが千円」なんてのも結局は高く付くだけになりかねない。

健康は規則正しい生活時間の管理、3度の食事の管理、適度な運動と十分な睡眠に限ると思って80歳の坂を越してきた。何処まで行けるか知らぬが、これを続けるしか無いだろう。偉そうに書いてもここ数日鼻水と咳が止まらない。次女が言うには「花粉じゃないか」とのこと。今まで花粉被害は無かったつもりだが、熱は無いのでそうであってほしいと思っている。後数日様子を見て、治まらなかったら医者に行くつもり。

2024年3月24日日曜日

住めば都

 何となく騒然として落ち着かない世の中、身辺では歳のせいもあろうが、訃報とか不祝儀とかパットしない出来事が続く。いちいち数え立てれば不満が募るばかりだが、不景気で縁遠い話はできるだけ触らずに行動範囲を狭めて考えてみた。すると日本、特に東京は住めば都で、結構住み良いようにも見えてくる。何ゆえこんな事を書き出したかだが、尾籠な話になって恐縮ながら、昨日赤坂を散歩している途中にTBS(東京放送)が所有する大きなビルの公衆トイレで用を足したものだ。

料理が安くて美味かったから少し食いすぎたかもしれぬ。それは兎も角、このトイレが珍しく尻を洗うシャワーがついていなかった。TBSもつまらぬところでケチったものだ。少なくとも小生の行動範囲の中でこの装置が無いのは列車の中か、余程山奥くらいのものだろう。子供の頃は毎朝尻を拭う新聞紙を切ることを仕事にしてたし、山では野糞も平気だから別に腹は立たないが、都内では安手のファミレスでもシャワートイレが標準だろう。一昔前には中国からの観光客がこのトイレを土産に持ち帰ったなんて話も聞いたような気がする。

外国旅行の経験が少ないので的を射てるかどうかはっきりしないが、都内の公衆トイレが綺麗なことは世界に冠たるものだろう。アメリカあたりでは身長160センチ強の小生には先ずサイズが合わず苦労するし、大の用を足してる時、膝から下がっ丸見えなんてのも余り頂けない。ウクライナではプーチンロシア大統領の顔を印刷したトイレットペーパーが売られてると報道で聞いた記憶があるが、下らぬこと思いつくものだ。兎に角トイレットペーパーに糞の存在を確認したのは久しぶりだった。

戦争をしてるから地下での共同生活は已むを得ない国を思えば、日本の不便なんか無いと同じ、天国みたいもの。戦争せずに80年近く、物価が高いなんて文句を言わず、金があっても買う品物が無い国を思えば良い。政府はアホでも、アホ故に外国が攻める気にもならないと思ってくれればそれで結構じゃないか。

2024年3月23日土曜日

春未だ遠し

 日本銀行が長年続いた政策金利を引き上げたことで、後期高齢者への年金額が増えることもなければ、上がり続けている生活費が下がることもないだろう。しかし世の中には変化に敏感な人が多いようで、日経平均株価はバブル時代の最高値をあっさり更新している。この動きを主導しているのは勿論外資だろうが、動きに乗る日本人も少なくないだろう。何れにしても年金暮らしの年寄には関係がないが、社会の閉塞感が変わるかもしれぬので期待したい。

経済学者の中には失われた30年が40年へと続くと言う人もいるようだが、少なくとも大手企業は数十年ぶりの賃金引き上げに踏み切るとのこと。結構なことだが、我が現役時代と異なり、労働者の構成が正規非正規に大きく割れてる現在だ。格差が拡大することは避けられないのだろう。幸い現役時代に辛うじて年金保険料を払い続けることができたし、同額を払い込んでくれた経営者にも感謝している。お陰でこれから先、死ぬまで生活費の苦労をするような格差の下部に属さずに済みそうだ。

有り難いことに間違いないが、その下部に属してしまっている人も大勢いるだろう。若い人は努力次第で何とかなるかもしれぬが、高齢者で年金受給ができない人も少なくないだろう。毎日のように見かける建設現場で外国人と一緒に働く高齢者、或いはガードマン。現場が無い今日のような休日、何処でどのように過ごすのだろう?家族の事や過去の事を聞けても始まらない。聞けたところで何一つ手助けはできない。これが社会の現実なんだろう。

2024年3月22日金曜日

赤坂の変貌

昨日に比べると、風が少し弱まってきた感じがあって少し春の兆しがある。そこで少し趣向を変えて先ずダウンジャケットを脱いで、背広のジャケットだけで外出してみた。流石に少し風通しが良すぎて寒かったが、歩くコースも大幅に変更して昔懐かしい赤坂方面に昼飯を求め彷徨った。サラリーマン生活を送った四つの会社は何れも影も形も無いが、それ以上に街並みの変貌が凄まじい。営団地下鉄「赤坂見附」が大きく変化したことは承知していたが、正面にあった東急ホテルも取り壊しが始まってるようで、全面覆いが掛けられていた。

TBS(東京放送)だけは未だに赤坂に本社を置いているが、放送局か不動産業か得体が分からないとも言えるだろう。昔は赤坂と言えば政治家が暮夜密かに会合を持つとされた三業地として有名だったが、高級料亭は殆ど消えたと言っても過言でない。大手の代表「中川」と田中角栄氏ご愛用の「千代新」はとっくの昔に廃業してパチンコ屋ななったりしてる。一つ「口悦」だけは場所を変えて営業してるようだが、肝心の芸者がどうなのかな?流石と思うのは食い物屋が多いこと。中には安くて美味い店もありそうだ。

現役時代は赤坂にあったのは営団地下鉄赤坂見附駅だけで丸の内線と渋谷線だけの駅だったが、永田町駅と繋がったことで、有楽町線や田園都市線が乗り入れることになって大きく変わった。更にだいぶ前になるが、に千代田線赤坂駅が完成、東は茨城、埼玉。西は神奈川県の中央林間からストレートに乗り込めるので、人の流れは大きくなってる筈だ。今日は昼間の散歩なので、歓楽街の日中の侘しさが漂い、サラリーマンらしき人物はあまり見かけなかった。しかし、朝夕にはTBSや広告会社の社員たちも行き交うことだろう。 

2024年3月21日木曜日

幸福度ランキング

 国連から世界幸福度ランキングなるものが発表され、日本は51位だそうだ。戦争とは程遠く、社会保障も充実しているのでもう少し上でもよいのではと思うが。世界幸福度ランキングは、GDP、社会的支援、健康寿命、人生評価、自由、寛容などの指標に基づいて算出され、これらの指標のうち、日本は社会的支援、健康寿命、人生評価が比較的高い一方、GDP、自由、寛容が比較的低い傾向があるとのこと。2013年の43位が最高点で、その後は順位が下がり続けているらしい。

ランク上位には北欧諸国など、なんとなく寒そうな国が多い。今日も彼岸中日を過ぎたと言うのに、歩いていて鼻水が出っぱなしの真冬の寒さ。冬に日が短いのも気に入らぬし、フィンランドに住みたいとは思わない。しかし暑さにかまけるアフリカあたりの人にすれば、国連基準が優先されるかもしれぬ。国連の評価は兎も角として、幸福度は個人の問題。戦争と殆ど関わりなく過ごせた我が人生としては、概ね幸福だったと思っている。問題は子や孫たちの世代、何とか平和だけは維持してほしいものだ。将来に向けて平和に貢献できることは少ないが、社会的公平思想を基本として、ブログを書き続けていきたい。

2024年3月20日水曜日

食いしん坊の昼食

 日本銀行が政策金利なるものを引き上げるとのこと。これで世の中がどう変わるかさっぱり分からないが、アベノミクスなるオマジナイに終止符が打たれることになるらしい。当然のことだが我が家の家計が良くなることだけはないだろう。いつも書いてい通り、いつまで生きるか分からぬが、できるだけ節約を心がけるしかないだろう。節約は父の遺言のようなものだ。生きると言えば今日はお彼岸の中日、本来は墓参りでもすべきだろうが、今年もまたサボらせてもらう。

長い事7人家族を意識してたが、5人は既にあの世に逝ってしまった。家族だけではない、友人も幽明境を異にした方が多いくらいになっている。一人ひとり思い出すと、皆それぞれこの世に何らかの思いを残して他界したような気もする。目を閉じる年齢に差があっても死ぬことだけは確実。その時思いや憂いを残さないためには遺言を書かなければいけないと思いつつ、未だに果たしていない。怠惰なことだ。

先週から今週の始めにかけて街で袴姿の女性を多く見かけた。卒業のシーズンも終わり、これからは若い人には楽しい春休み、池袋の街も大いに賑わっている。政府が言う通り、巷には好況感が溢れているのかもしれぬ。こちらも浮かれて昨日は2千円もする昼飯を自分に奢ってしまった。店の名前は<HARBS池袋ルミネ店>

1976年名古屋が発祥の地とのことだが、昨日食した<B・L・Tサンド>は秀逸だった。特にベーコンのボリュウムが半端でない。厚さ5ミリは優にあって極論すれば草鞋のようにでかい熱々のベーコンが3枚も食パンからはみ出して挟まっているのだ。大きな皿には野菜も溢れるほど盛られている。単品では1400円と書いてあるが、この他のドリンクにしてもケーキにしてボリューム満点。昨日はたまたますぐ入店できたが、いつも行列ができている理由が分かる気がする。



2024年3月19日火曜日

リーダーシップ

 自民党のお金の問題は偏に総理総裁の指導力の欠如故と思うので、改めて一言文句をつけることにする。

この問題に関し、国会では野党が自民党の汚さの原因を追求するような姿勢を見せるが、そんなこと土台無理だろう。自民党は大分昔から、金が無ければ国民の信任を得られないと思い込んでいるようで、金持優遇を党是のようなものとしてきている。今回そのことがはしなくも露呈してしまった。即ち、首相以下大部分の国会議員がお旦那衆にお願いしてパーティー券なるものを発行する形でお金集めをしていたことが、新聞「赤旗」や神戸大学院上脇教授の告発で明るみに出てしまった。

告発されると検察も放ってはおけず、泰山鳴動してネズミ1匹の例え通り数名は起訴したりしたが、とても告発者の思惑とは異なるなおざりさ。国民は「何だこりゃ」となって自民党支持者でさえ鼻白んだことだろう。自民党の国会議員が何人いるか知らぬが、300人は間違いなくいるだろう。彼等は皆同じ穴のムジナ、総理総裁にしても例外ではない。パーティー券を刷って現金化する悪企みは、1950年代の終わり頃信州の田舎から上京したてに初めて遭遇した。大学同期の不良少年からパーティー券なる安っぽい印刷物を「250円出せ。」と押し付けられ始めて知った古典的なもの。

発案者が誰かなんて関係無いだろう。「キックバック方式は辞めようじゃないか。」と安倍元首相が言ったとも言われるが、誰が何処で聞いたかもはっきりしない。要する一庶民の小生には関係無いことばかりだ。要するに自民党は金に汚く、民主主義(原則は公平性にあると思う)から程遠いことが明らかになった。当然、党勢は滑り台から滑るかのように急降下中となっている。こうなるとリーダーとしては、何とか党をまとめることが最優先だろう。

しかし岸田氏は派閥単位は勿論、個人的にも党内に対立を招くことばかり言い募っている。放っておけば党が割れて目出度いことになるかもしれぬが。一言アドバイスすれば「すべて私が悪うございます。かくなる上は党員一丸となって国民の皆様にお詫びして、改めて信を問うしかありません。」しかないだろうに。

今朝の朝日新聞は1面で「岸田首相による四月電撃解散があると思わせる」と書いたそうだ。

2024年3月18日月曜日

前歯の復活

 昨日までの2日間は<暑さ寒さも彼岸まで>でよかったが、今日はまた冬に逆戻り。三寒四温ともならずで北風が強く、春がまだ遠い感じだ。自然は天からの授かりものだから文句を言ってはいけないと思っている。先週志賀高原でスキーをしてきた友人によれば、絶好のパウダースノーで快適だったが、残念なことに昼飯があまりに不味いとのこと。如何にもそうだろうと思う。奥信濃の信州人に美味いものを求めることが土台無理な話。彼が言うように志賀高原は今後日本のスキー場ランクではずっと後退せざるを得ないだろう。

残念な気持ちもあるが、それで良いのかもと思ったりだ。最近貧乏暮らしが身についてきてるので、日本全体が少し贅沢になりすぎてるのではなんて思ったりもする。

閑話休題:今日の午前中は寒かったが、朝一番10時に予約していた歯医者に行った。いつも11時台の予約なので店が閉まっている池袋の街なかを歩くのもまた一興。ただ風が強いので道路脇に集められたゴミ袋が散乱しそうで心配にもなった。ドクターが先週型を取ってくれたが、帰りしな受け付け嬢がお金について何も言わなかったので(高額の支払いが予想される時は必ず前もって言ってくれる)、今日は最終ではないと思っていったところ、案に相違して今日で終わりとのこと。

受付嬢に「今日は特別にお金は用意してないよ。」と言うと「今日はこのカウンターでお支払い願いますが、多分大丈夫だと思います。」結果的には3866円だから持ち合わせで間に合った。帰宅して過去の支払いを合計してみると2月14日から7回通院して合計8266円。過去の入れ歯、ブリッジ、インプラントと比較すると激安。完全に保険治療だったのだろう。歯医者と言えばすぐ保険外治療の想像が浮かび、次女からも覚悟を求められていたので、なにか儲かったような思いだ。仮歯の期間に言われていたように、今後も前歯に負担をかけずに物を噛む習慣を身につける必要はありそうだ。

2024年3月17日日曜日

つまらぬ話

 来週から少し寒さが戻るとは言われているが、大分春めいてきたのは確かだ。良い香りを街中に放ってくれてた沈丁花や河津桜も大分散り、桜の蕾が出始めている。しかし歳のせいかあまり浮かれた気分になれないのも仕方あるまい。昨夜のリモート懇では、いつになるか分からない日本の総選挙に代わってアメリカの大統領選が話題になった。こちらは既に候補者が二人に絞られているが、結果を予測することが難しそうだ。

小生は二人共人格的に相容れないところがあるので困るが、年齢が少しだけので若いトランプ氏の方がましかなんて思うこともある程度の話。どちらにしても日本にとっては重い課題を押し付けられるだけのことだろう。そんな話題の中で、先の大戦で日本に無条件降伏を押し付けたトルーマン大統領について友人が解説してくれた。聞いて驚いたのはトルーマン氏は大学を出ていなかったとのこと。日本も田中角栄元首相は大学を出ていない。スポーツ選手に大学の勉強が不要のように権力者にも大学の勉強以外に必要な何かがあるのかもしれぬ。

因みにバイデン大統領にしてもトランプ元大統領にしても出身大学は聞いたことが無い。バイデン大統領は弁護士の資格を持っているので、アイビー・リーグには属さないどこぞの大学で博士号は取得されているようだ。日本でも明治時代以降の首相の学歴を調べれば面白いかもしれぬ。これまでにあまり考えたことは無いが、権力者に必要なもの中で学歴は特筆すべきことでは無さそうだ。いや権力者でなくても学歴は人生で大きな意味を持った人、持たない人がいて当然だろう。

2024年3月16日土曜日

理屈と膏薬

 昔からよく言われる「理屈と膏薬」は全くそう思う。年度末で大きなニュースが多く飛び交う中、公明党が自民党に説得されて外国(英・伊)と共同開発する戦闘機の外国への輸出を承認したとのこと。公明党は少なくとも平和の党を自認してきた。年のために申し添えれば、小生は全く信用していないが。このことは党の看板政策と大きな矛盾があるので色々理屈を並べている。宗教法人、それも日蓮宗の流れを汲むを背負う政党として恥ずかしくないのかと聞きたいが、恥ずかしくないから自民党の補完をしているのだろう。

理屈と言えば科学的理論とか哲学的論理を思い浮かべる人も多いだろうが、どこにでくっつく(貼れる)として膏薬と一緒にされている「理屈」は全く別で、本来「言い訳」とか「弁解」とでもすべきだっただろう。このチャンピオンは自民党、現在開催されている臨時国会は飽きもせずに裏金に関する理屈を延々と並べ立てているのはご承知の通り。国民もマスコミも余程暇か辛抱強いものと感心せざるを得ない。日本も来月には幾つかの補欠選挙あるようだが、世界はロシア、アメリカ、韓国、EUなどの選挙年と言うことで注目されているし、小生も深い関心を持っている。

特に、アメリカだ。爺さん同士の一騎打ちが決まっているが、実際の投票日11月までは未だ相当の日数がある。報道からは接戦と聞こえてくるが、もし共和党トランプ氏が勝ったら日本や世界はどうなるのだろう?あまり変わらないと言う人もいるが、米中関係が悪化して世界経済はより悪くなると言う人もいる。小生ごときボケ老人が心配しても始まらぬが、良いことはあまり無さそうなので少し心配でもある。

2024年3月15日金曜日

隔世の感

 現役時代はマスコミにどっぷり浸かった生活だったのに、年金暮らしになってからは全く縁が切れたしまった。それでも残っているのがテレビ、これは毎日最低でも3時間ぐらいは視聴している。新聞記事は一応ネットで見出し程度は読むが、中身を読むことは本当に少ない。雑誌は月刊文藝春秋を毎号買うが通して読むとは言い難い。同じく週刊文春を毎号飯屋で目を通すが、記事を読むのは精々20%程度のものだ。現在その中心は西﨑伸彦氏なる作家(未だ記者かな)が書いている「バブル兄弟“五輪を喰った兄”高橋治之と“長銀を潰した弟”高橋治則」が実に面白い。広告代理店電通が絡んだ物語だ。

マスコミが社会に及ぼす影響は、これも功罪半ばするかもしれぬ。それは兎も角として、それぞれの人には好みのマスコミが有るだろう。近年はこれにインターネット情報を加えなければいけない。これこそ当に好みで選ぶものだから、他人がネット情報を如何にしてるか聞けばその人の生活や思想が大分推測できる筈だ。と言っても、最近問題になっている<Tik Tok>なるサイトは1度も見たことが無いのでなんとも言いようがない。アメリカのバイデン大統領は選挙のためにユーザーになったそうだが、理由は勿論分からない。

なんと言っても現代人は生まれた時から多種多様なメディアと接触するので形成される想像力も自分の想像とは相当に異なることになる筈だ。先日驚いたのが広告費の伸び。昨年の日本の広告費はなんと7兆3千億円を超えてるらしい。しかもその中でマスコミ4媒体(新聞・雑誌・ラジオ・テレビ:あえて古いもの順にした)が占めるのは2兆3千億円。インターネット関係広告費が3兆3千億円。記憶がはっきりしないが、小生が広告業界に入った1960年代は未だ新聞がトップで業界全体でも4千億円前後だったと思う。確かビール業界と似たようなものと聞いた気がする。

広告営業している時は後輩にこう言っていたことを思い出す。「広告営業なんて神社のお守りを売るような商売だ。ご利益のほどは証明しようがない。」しかし現在は、特にインターネット関連に於いてはだが、ご利益が証明されつつあるようだ。もう何の関係も未練も無い業界だが、隔世の感とは当にこのことだろう。

2024年3月14日木曜日

セコい考え

 北風が止み、やっと春らしい暖かさがやってきた。日中は外にいても屋内でも暖房要らずで有り難い。自然の恵は時間が経てばやって来るが、政府が言うところの経済の好循環は本当に6、7月頃には来るのだろうか?日本株価の値上がりや期待以上の賃上げで喜ぶ大手企業の皆さんは信じているかもしれぬが、年金頼りの年寄にはどうもピンとこないし、同じように俄に信じ難い人は喜ぶ人より多い筈だ。年がら年中街をほっつき歩いているので、その重苦しい雰囲気が何となく分かる。

自分としても生活防衛は大きなテーマだ。首相は昨年の年頭記者会見でやたらに「挑戦」を連発し、今年の年頭には「昨年に引き続き、本年も覚悟を持って、先送りできない問題への挑戦を続けてまいります。特に2つの課題、第1に、日本経済の長年の課題に終止符を打ち、新しい好循環の基盤を起動する。」と述べている。22ヶ月も実質賃金が下がり続ける経済状況からすれば、当然のことながら小生はじめ多数の人は、個人が生活防衛を考えるしかあるまい。

国の経済には更なるマイナスであることは承知だが、生活費の切り詰めだ。我が暮らしを顧みれば、生活防衛のため余計なものはかなり省いてきた。ガザのパレスティナ人民を思えば3度の飯を2度にするとか方法は未だ多く残されているだろうが、個人的には頑張って切り詰めているつもりだ。兎に角目標は年金の範囲で生活することにある。国民年金と企業年金併せて月に20万円弱。インフレがどう動くか分からぬが、当面は1日5千円以内で生活していれば何とかなるだろう。

年金暮らしを始めた頃、友人と「これから1日1万円暮らせるから楽なものだ。」と話し合った記憶がある。当時は家内と二人暮らしだったから独身の今、1日5千円なら御の字かな?何れにせよセコい話だ。

2024年3月13日水曜日

仮初めの国

 余命も大分短くなってきたように思うが、日本のアメリカ化、謂わば半属国化は我が生命より長引きそうだ。アメリカも占領当初は日本を属国化して自国防衛に足しにしたい程度の軽い気持ちだったかもしれぬが、最近のように世界が分断されパックス・アメリカーナが崩れ始めると、軍事力の足しよりも嘗て中曽根氏が唱えた通り太平洋西岸に置かれた不沈空母としての戦略的価値が益々増大、日本がユウラシア大陸に惹きつけられることだけはなんとしても防がなくてはの意識が高まる一方に違いない。

78年前に連合軍の代表としてのマッカーサー将軍に対し、連合軍の提示条件即ち無条件降伏と続く米軍の占領に応じたのだから仕方ない。と言えば身も蓋もないが、将来のため若い人には少し考えてもらいたい。

戦争とは独立主権国家同士で行われる一種の政治行為。ここが肝心で、アメリカもその辺は心得ていて、日本と終戦後7年目の9月サンフランシスコ平和条約を結んで日本の独立と主権を認める形を取っている。しかしこれがとんでもない偽物で、言えば日本と言う国家のショーウインドウ飾られたもので、実態の占領は今に至るも継続しているのだ。余談になるが、日本は蝋細工のメニューが陳列されている国。国民でさえ正味の料理が食べられずにいる国だ。

国民が選ぶ政府も機能する立派な国民国家と思う人も多いだろうが、少なくとも小生はそうは思わない。アメリカが唯一の同盟国なんて真っ赤な嘘だ。この論の基礎になっている日米安保条約では何回か国民の反対運動があって、騒動のさなかに国民の分断があったり、死者が出たりもした。その騒動は大抵は先ず若い人から起こされたものだが、ここ数十年その傾向は見られない。むしろその運動に参加していた大人たちが年令を重ねて、アメリカ様々に様変わりして、安逸な暮らしを楽しんでいる。

当事者はそれで良いだろう。しかし国家は金持ちだけで構成されるなら問題ないがそうはいかない。貧しい労働者の存在が不可欠であるのは言うまでもない。日本も欧米と同じように移民を受け入れて下層労働者の手当をしようとしているが、国民的合意を形成できるほど社会整備は行われていない状況にある。原因は国家存立に先述の矛盾があるからだと思う。占領時代は国民の大半が貧乏だったので上流社会人が持つべき社会哲学を持たぬまま金持ちになった人、なりつつある人で構成されてる日本。楠木正成を気取るようだが、行く先がどうなることやら。

2024年3月12日火曜日

互いを尊重

 マーシャル諸島と言ってもピンとこない人が多いと思う。一寸年配の人なら<私のラバさん酋長の娘~>で南洋ののんびりした島国程度の認識だろう。しかしここはアメリカの水爆実験場に使用されて放射能汚染に晒された。謂わば日本と同じような厳しい現実がある。ここの大統領が今来日している。折からハリウッドで行われたアカデミー賞の授与式で最高の栄誉が与えられたのが原子爆弾開発の責任者をテーマとした「オッペンハイマー」。日本では未公開なのでどこまで描かれているかは分からないが、氏は原爆実験を成功させるが、その使用と続く水爆開発に強く反対したとされている。

しかし実際はアメリカは開発を継続し、ネバタ州にあった原爆実験場をマーシャル諸島に移して南洋諸島に放射能を撒き散らしたのだ。被害は日本にも及び第五福竜丸事件とか、ストロンチュームの雨なんかを記憶されている方もいるだろう。アメリカの独善主義には辟易するが、今日はそれを措いて日本政府の無神経さを追求するために書いている。日本政府は大統領の訪日を受け、岸田首相を始めとする要人が対談を行う予定で、そのための要領を外務省は次のように発表している。

曰く「政府は8日、マーシャル諸島のハイネ大統領が10~14日の日程で来日すると発表した。滞在中、岸田文雄首相と会談する予定。2国間関係の強化や「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた連携について議論する。」ところが、当のハイネ大統領が記者団に語った内容にはもっと深い将来への懸念が含まれていた。そのことは誰かのメルマガで読んだ気もするが、残念ながらマスコミではあまり大きく取り上げられていない。いつものことだから仕方ないが、代わりに書いておく。

ハイネ大統領は同じく死の灰を浴びた国の代表として、東京電力福島第一原発の処理水の海洋放出について「放出計画を延期し、安全性や環境への影響について、より詳細な調査を行うよう」注文をつけていたのだ。詳しくは書かぬが、科学的透明性の問題とかいろいろあるが、注目したいのは処理水放出に「互いを尊重して」 という言葉が使われていたことにある。自分がしたいことに反対する人はいつもいる。政府はそのことに関してはいつも無視して掛かるくせがある。どこの国の権力者も同じと言えばそれまでだが。

2024年3月11日月曜日

生き方と時間

 最近哲学好きの老人になっているが、宮崎駿氏が再びアカデミー賞受賞の報道を受け、そのアニメの解説記事を読んで少し混乱している。受賞した作品のタイトルが「君たちはどう生きるか」とのこと。書店に行って岩波文庫の棚を見るといつも同名の本が目に入る。吉野源三郎氏の著作で、常に並んでいるので読者が多いのだろう。確かに何度か手にとって少し立ち読みしたこともありそうだが、何一つ記憶は無い。普段思うのは、<何一つ常ならざるこの世>哲学など齧ったところで、生き方はいつも変わるので考えても仕方あるまいが本音。

ただ日常生活の基本的考えは大事だから、宮崎氏にしても吉野氏にしてもその辺を分かりやすく表現したいのだろう。つまらぬことばかり考える小生も偶にはアニメ映画を観たり薄い岩波文庫の1冊を読むことも必要なのかもしれぬ。それは扨措き、小生が日常大事にしようと思っていることは<時間を大切に>だ。兎に角、1日は24時間しか無い。従って朝早起き(4時半頃)をして軽い体操の後、5時頃からは本格的に動き出すことだ。ところが今朝は目覚めたのが5時半。

今日は1日23時間なので体操を全面的に割愛してしまった。寝坊は偶にはあるが1時間は本当に珍しいし、理由も分からない。今日は東北大震災から13年目の日。尋常ならざることが起きた悪い日に当たるが、我が身に起きた尋常ならざることを歳のせい以外にするのも如何と思ったりしたものの、歳のせいにするのも悔しいし。なすすべを知らずだ。

2024年3月10日日曜日

ケジメの問題

 今日は昭和20年のアメリカ軍による東京大空襲の日。明日は東北大震災、続いて起きた東電福一原発事故の被害は、13年を経た今日に至るも継続中で大きくなる一方。先に述べた米国がもたらした日本社会の破壊も、敗戦から78年を経て尚継続していると言えるかもしれぬ。たまたま今日の報道に関連する事案を見つけた。朝日新聞デジタルには次のように書かれている『強まる米軍依存、オスプレイ飛行再開へ 防衛省幹部「拒否権はない」』

記事の冒頭は「米軍は8日、鹿児島県屋久島沖で昨年11月末に起きた墜落死亡事故を受けた輸送機オスプレイの飛行停止措置を解除した。日米両政府は事故原因を「特定の部品の不具合」とするが、具体的には明らかにしていない。日米両政府は今後、日本国内における米軍オスプレイの具体的な飛行再開時期を協議する方針だ。」となっているが、木原防衛相は「アメリカ側からは事故の状況や原因、安全対策について、前例のないレベルで詳細な情報提供を受けており、合理的だと評価している。」

と言われても一般国民(少なくとも小生)には何も理解できない。第一オスプレイなる危険極まる航空機はアメリカ軍でも評判が悪く、生産中止が決まっていて、残る生産予定は日本自衛隊への納入分のみと聞いた気がする。念のためGoogleの生成AI(gemini)に訊いてみた。応答は次の通り。

「オスプレイの生産中止は、2023年12月9日に沖縄タイムスが報じたことがきっかけで話題になりました。記事によると、アメリカ国防総省は2026年に生産ラインを閉鎖し、新規調達を終了する計画とのことです。しかし、その後アメリカ海兵隊は、オスプレイの生産終了は誤報であり、今後も調達を継続していくと発表しました。現在の状況としては、オスプレイの生産終了については正式な発表はなく、今後どのように決定していくのか注目されています。」

米国の海兵隊が発表したように誤報であったかもしれぬが、現在オスプレイを運用している国は米日以外そう多くないことは確かなようだ。

2024年3月9日土曜日

漫画の世界

 漫画家・鳥山明氏の死亡報道に対する反応の大きさに驚いている。漫画は子供の頃に人気のあった手塚治虫氏を始め、孫の子守で映画を観た<ドラえもん>や<ナルト>は知っているが<Dr.スランプ>や<ドラゴンボール>については何も知らなかったから、作者の名前は昨日始めて知った次第。今回特に驚いたのは海外での反応の大きさだ。特に中国では外交部報道官毛寧氏までこれに触れている。日本発の報道が海外でこれ程まで大きく取り上げられた近年稀のことだと思う。政治家などは羨んでいるだろう。日本の漫画が外国の子供に影響を及ぼしていたことを嬉しく思わずにはいられない。

翻訳は当然各国の大人たちがするのだろうが、漫画が描く<愛と勇気>が言葉の違いを超えて人間にとって重要な要素であることを改めて痛感する。戦争が世界を覆ってしまってるような錯覚?もある一方で、日本の漫画が正反対のベクトルで貢献してるとは実に不思議にも思える。小生も大分時代遅れを感じるが、現在活躍している政治家諸氏も若い頃は、鳥山氏の漫画を読んで育ったろうに、なぜ今戦争の片棒をかつぐのか、子供心に立ち返って反省してもらいたい。

漫画に関連して思い出すのが<スーパーマリオ>。安倍元首相がオリンピック招致委員会の会場であの扮装をして登場した時の光景。当時強烈な違和感を覚えたが、安倍氏には異なる算段があったのかもしれぬなんて今更思ったりした。何れにせよ、幼少時の思い出はなかなか消えない。我が思い出を披露すれば最も印象深いのが、山川惣治作<少年王者>かもしれぬ。

掲載誌は集英社の「おもしろブック」は小学4年生の頃と思うが、毎月この本を買うためにせっせと母の手伝いをして小遣いを貯めていた時代が懐かしい。これが松本時代。それから1年そこらで長野市に戻り、講談社の「少年倶楽部」に趣味が変わった。集英社にしても講談社にしても未だに子供心をしっかり掴んでいるが、こちらの現在は「週刊文春」に移ってしまっている。因みに掲載漫画は東海林さだお氏の<タンマ君>だ。

2024年3月8日金曜日

簡明な目標

 天気予報通り朝から春の大粒ぼた雪、薄ら寒い1日が始まった。これが歌の文句通り東京に降る雪の最後であってほしいものだ。今日は3日毎の買い出しの日、午前中は行けないかもしれない。午後は晴れるそうだから期待している。テレビは天気が少し崩れると喜んでネタにするが、暇な国だと思う。もう少し大人向けの話題は無いものだろうか?最も政治は相変わらず政治とカネ、文科大臣の統一教会問題とカビの生えたような話題を追いかけている。

昨日の昼、紀尾井町のレストランで読んだ「週刊文春」に掲載されていた大谷翔平選手の嫁さん推測記事が野次馬根性にとっては余程面白い。どこまで信用できるか問題だろうが、文春は某実業団バスケットボール選手に狙いを定めているようだ。大谷選手はかなりストイックな性格で、遊びには余り関心を示してこなかったらしい。それでも26歳には結婚したいと目標を持っていたとのことで、現在は28歳。テレビ関係者や芸能人は好みでは無さそう、結構なことだ。

アメリカの大統領選が熱を帯びて、共和党も候補者が絞られずモヤモヤしていたが、いよいよ対立候補がいなくなってトランプ氏に一本化された。11月の本選挙までは未だ相当な日数があるが、対する民主党はバイデン現大統領が既に決まっている。何れも相当な爺さんだ。特にバイデン氏は裁判所が認知症と判断して、国家秘密の持ち出しを免責したくらいだから「大丈夫かね?」と言いたい。毎日のようにテレビで拝顔の栄に浴するが、どう見ても半病人に見えて仕方ない。

野次馬だから善悪を措いて言うが、トランプ氏の「グレート・アメリカ・アゲイン」は判り易い。政治家の目標は簡潔である方が良いようだ。比較して思うのは岸田首相の目標・考えは何一つ分からない。最近は経済を重視するような姿勢を示し始めたが、たまたま株価が少し上昇し始めたので乗っかっているだけ。どう見ても「新しい資本主義」との関係は理解不能。どうせ乗るなら先ず「アベノミクスを否定しろ」だ。

旧聞になるが池田勇人氏の「所得倍増」田中角栄氏の「列島改造」等は実に的確に政治目標を国民に訴えたものと改めて感心する。

2024年3月7日木曜日

読書から

 最近は読書量がめっきり減ってきたので、できるだけ読書を厳選している。娯楽面でボチボチ読んでいるのがフランス人アレクサンドル・デュマ・ペールによる小説の翻訳本。「モンテ・クリスト伯」小学生時代の絵本から始まり、中学校の図書室にあった世界名作全集の中に見つけて読んだ記憶が残っている。これの講談社文庫版全5巻を昨年12月3日にアマゾンで購入、現在やっと4巻目の中ほどまで読み進んだところ。昔貸本屋から借りて読んだ時も非常に面白いと感じた記憶はあるが、正確なストーリーは殆ど記憶に残っていなかったので、改めて読み直しても非常に面白い。

これとは趣が全く異なるが、やはり昨年の11月3日に購入したのが、岩波文庫版「大学・中庸」金谷治訳・注なる1冊。初版は1998年4月だから比較的新しい。少し前から図書館で古い訳注本を借り出してパラパラと読んだりしていたが、難しい本なので、やはり手元に置いて読んだほうが良かろうと思うに至った1冊だ。これも前者と同じある意味翻訳本と言えるが、なかなかためになることが書いてある。前者との決定的な違いは通読しただけでは殆ど記憶に残らないこと。最近は思いついたように少しずつ読み返している。

昔から読書は好きで、このブログにも297冊の読後感を書いているが、今年は残念ながら未だ1冊も書けていない。ひょっとすると年末まで1冊も書けなかったなんてことになる恐れもある。モンテ・クリストの方は読み終わったら書くかもしれぬが、後者は少なくとも1回は読破できているが、感想を書く気にはなっていない。少なくとも20世紀初期言い換えれば戦前までは、日本でも儒教が教育の基礎に置かれ、四書五経を読まずとも、その意味するところを知らぬ大人はいなかったと思う。

その風潮がものの見事に失われた今日、改めて読む価値があるかもしれぬ。四書とは「論語」「大学」「中庸」「孟子」を言い、「大学」は最初に、「中庸」は最後にとされたと言う。順番は兎も角、2冊併せても薄い文庫版1冊に十分収まる。年寄りが読んでも仕方ないかもしれぬが、若い人特に組織の中間層の人が読めば得るところが大きいように思う。

中庸の結論を一言で言えば「出すぎず、遅れず」に尽きる。

2024年3月6日水曜日

議会の不思議

 昨日の午後久しぶりにテレビで国会中継を2時間近く観てしまった。参議院予算委員会で、質問者は共産党田村智子氏(日本共産党)山本太郎氏(れいわ新選組)の二人。討論内容は質問者の視点で幾つか共通点がある。即ち、自民党の政治資金問題(いわゆる裏金問題)経済政策(株価が高騰する中、労働者の賃金が上がらない問題)(能登半島地震に対する対応の遅さ)が主なものだろう。

予算委員会は全閣僚出席で行われるが、二人の質問者何れもは舌鋒鋭く岸田首相めがけて発せられ、1問1答方式だから仕方ないが首相は防戦一方になる。感想を正直に書けば、質疑応答が噛み合っていないとしか言いようがない。議長席に座るのが、つい先日まで立憲民主党員だった記憶する桜井充氏であるのも一寸不思議な感じだ。しかし野党から自民党に移籍して活躍してる人は衆議院にも参議院にも多いから不思議がってはいけないのだろう。

もっと根本的な国会に関する疑問は、国会の不文律とされている質疑応答のシステムだ。質問者がどのように決められるかはさておき、質問者は前日までに質問内容を文書にして院の事務局に届け出すことが義務付けられている。回答者側は当然回答内容を事前に関係官僚を通じて内容を準備する。昨日の中継では岸田首相の応答には棒読みの部分は皆無だったが、官僚が制作した文には一通り目を通していて不思議はない。質問者の質問も場合によっては官僚に相談することもあるようだ。

外国議会の実態は全く知らぬが、質疑応答のが予め官僚によって制作される日本のこのシステムが外国でも一般的なのだろうか?国会は小中学校の学芸会ではないのだから、そこまで丁寧になる必要はないだろう。日本の政治システムが真に国民の意見を反映しうるのか、疑問ばかり湧いてくる。馬齢を重ねても理解できぬことが多くて困ったものだ。

2024年3月5日火曜日

世間の見方

 暦の上で今日は啓蟄、冬眠していた虫が目覚めて巣ごもりから這い出すとされる日。だが人の年寄には未だ寒さも去りやらず、なかなか目覚めた気分にはなれないのが正直なところ。と言ってもいつまでも惰眠を貪るわけにもいかず、起き出した。今日は昨日の仮歯が48時間以上抜けずに口中に鎮座している。珍しく昼から夜まで他人と会う予定があるので後1日頑張ってくれると有り難いが、どうなることやらだ。

昨日歯医者に行きがてら途中の書店で立ち読みした本が少し気になっている。危うく購入しそうになったが、踏みとどまった。書名は「暇と退屈の倫理学」著者国分功一郎、著者は今そこそこ売れている若い哲学者のようだ。暇は存分にあるが、退屈は余り感じない性格なので逆に気になったと思う。暇は物理的時間の問題、退屈は心理学的問題でと思うが、それを結びつけて理屈をこねてもあまり面白くないと考えるのは少しひねくれているかもしれぬ。

本に巻かれた帯の宣伝文句に<いま東大生京大生に最も読まれている>とあったように思う。今の大学生がそんなに暇しているとも思えない。むしろ多すぎる情報の波に襲われて狼狽えてしまってるのではなかろうか。むしろ今朝の<日刊ゲンダイ>に掲載された「将来つきたい職業」の方が余程リアルさを感じた。元ネタは学研教育総合研究所が2月27日に公開した「小学生白書Web版」(2023年10月調査)とのこと。

将来つきたい職業の全体ランキングは「パティシエ(ケーキ屋)」がトップで、2位「YouTuberなどのネット配信者」、3位が「警察官」、4位「その他スポーツ選手(野球、サッカー、水泳以外)」という結果に。そして「看護師」は前回調査の22位から5位と、順位を大きく上げているのだ。詳細は省くが、現代は小学生たちでさえ資格職・技術職を選びたがるとのこと。ある意味、我々の幼少期を思うと世知辛いと言うか、しっかりしてるとも言える。世間の見方は兎に角様々だ。日本の株価急上昇一つとっても同じことだろう。

2024年3月4日月曜日

情報の拡散

 このブログへのコンタクト数が機械的に分かるので、継続的に読んでくれる人が100人近くいることは想像がつく。中で頻繁にコメントを送ってくれる人が約一人。この人が小生にとっては実に大切な存在。直接お会いしたことはないが、石川県在住で年齢的には少しお若いかもしれぬ。ただリタイアメント、言わば相当自由な立場という意味では共通項もありそうなので、できれば直接お会いして酒も飲みながらゆっくり会話したいものだ。

人間は個々人で越し方も異なれば、現在の生活環境もだいぶ違う。当然思想、考え方にも大きな違いがあって当たり前。でも会話は楽しいはずで、中でも「打てば響く」反応が大事だと考えている。遠因は未だ幼稚園児だった子ども時代に祖母から言われた「呼ばれたら、すぐ返事だけはしなさい。」にある。たまたますぐに駆けつけられない事情があってもだ。80歳を超えた今でも、これは大事にしたいと思っている。通信機器が発達して、発したメッセージへの反応がすぐに無くても気にならない人が多いらしい。

古いかもしれぬし、セッカチなのかもしれぬが、どうも反応が鈍いと気になる性質だ。意見が絡めば同意とか、否認といった問題もあるだろうが、取り敢えずは「あなたの意見は承った」と打ち返して返事をすれば、発信者はホッとするだろうに。現代社会はSNSによる誹謗中傷が社会問題化するほどインターネット上の情報認知は広くされている。卑近な例を上げれば、小生の高校同期生が利用するグループメールがあって、80人強が利用している。小生も偶に書き込むことがあるが、これに反応する人数も5人を超えることは先ず無い。

情報の拡散は無用の場合は広く、要反応には少なく、難しい問題だ。

2024年3月3日日曜日

さらば雪山

 江戸は桃の節句に相応しい良いお天気になった。これも明日までで火曜日にはまた雨と予報は言うが、それでも2日続けば御の字だ。梅は散り始めたが、桃や辛夷の花が咲き始め、陽も長くなり春の感じがだいぶ出てきた。ただ前歯が1本欠けているのがどうも気になって仕方ない。歯医者では毎週月曜の昼前に仮歯を入れてくれるが、接着剤で糊付けしてるだけなので、よくもって2日か3日。5日以上は真に見苦しき面体である。根っこがあるらしいので差し歯になると思うがいつになるか、明日通院日なので訊いてみたい。

何事にも原因があっての結果だから、結局は自分の責任に違いない。社会問題なんかは元を正せば枝葉のことは大方片付くだろうが、身体だけは遠因が遥か昔からの積み重ねだから、残念ながら始末のつけようがない。

春山からは雪崩の遭難事故のニュースが沢山聞こえてくる。山に行きたくなる気持ちも分からぬではないが、気をつけてもらいたい。圧雪してない斜面を滑ることができれば爽快に違いなかろうが、かなりの技術と体力が必要であることははっきりしている。昨日報道された信州北小谷の風吹岳は昔白馬岳を目指して登った記憶がある。とてもスキーをするために登る山じゃないように思えてならない。鳥取の大山は夏でも登ったことがないが、危険性はどこにでもあるものだ。昨夜のテレ懇で聞くと、スキーの公認指導員資格を持つ友人でさえ、数日前新雪と視界が効かない中で苦労したとのこと。

さらば雪山、もう小生にスキーは無理だ。

2024年3月2日土曜日

卒業式シーズン

 そろそろ卒業式のシーズンとのこと、小中学時代は「仰げば尊し」の歌詞の意味が分からずじまい、卒業式が済めば長い春休みだけが楽しみで、高校も大学も卒業式には興味がなくて一度も出席しなかった。サラリーマン時代の卒業は何れも式やパーティーとは無縁でほろ苦い思い出だけだ。あと残すのは人生の終わりのみ、せめて後味の良いサヨナラが出来れば最高だが、果たしてどうなることやらだ。

父の死はサラリーマン時代に兄から電話が来て知った。小生は未だ50歳少し前だったと思う。兄の説明、自宅にヘルパーが来て、入浴予定だったが「今日は寒いから体を拭くだけにしましょう。」とて体をヘルパーの女性に抱かれて逝ったそうだ。享年92歳、当に理想かもしれぬ。生憎こちらは一人住まい、どこぞの病院なり介護施設のような場所で最後を迎えることになる可能性が高い。一人寂しく旅立つのはこれまで何度もしてきたが、最後だけは誰かに看取られたいと思っている。

しかし、こればかりはどんなに願っても思うようにいかぬだろう。歳とともに体力も気力も衰えた昨今、思うのは<自然の流れに沿うこと>、これが一番大切だと思い始めた。

2024年3月1日金曜日

弥生御朔日

 今日から弥生3月、やっと昼間の陽射しも散歩に最適、春の気配が濃厚だ。春に相応しく、野球で世界に日本人の名を轟かせてくれた大谷翔平選手の婚約発表があった。ヤンキーガールではなくて日本人女性とのこと、大和撫子は先日女子サッカーでも北朝鮮に勝利したし、目出度いことが続いて結構なことだ。目出度くないのは日本の政治で、何をしているか一向にはっきりしない。ひょっとするとこっちのボケが進んで理解できていないだけかもしれぬ。と言うのはテレビに出てくる解説者の発言を聞いてる限り、首相の発言を余り厳しく批判する人が少ないような気がするからだ。

昨日も触れたが、立憲民主党の野田佳彦氏に「首相として恥ずかしくないのか。」と言われていた。ロシアのプーチン大統領を先日獄中で死んだナワウイリ氏の奥方が「泥棒集団の親分」と批判してるが、岸田首相も似たような者と言えなくもない。テレビに出演する解説者は、そのことをズバリとは言わない。やはり彼等もどこかで政府要人と繋がりがあって言いにくいのかもしれぬ。だったら国会のニュース解説なんかしないで、放っておけば良さそうだが、毎日ご丁寧に国会中継やらニュース解説をしている。

他人の悪口は少し措いて、自身のボケ具合を反省しよう。今日も痛切に感じたが、脳の何処かにある平衡感覚を司る機能の劣化だ。昔から両耳の中間にあるとか言われた<三半規管>という言葉だけは知っている。ここだけで身体の前後左右と天地、言ってみれば6方向のバランスを取れるのだろうか?それはそれで良いとして、どうもこれが塩梅悪い。散歩もただひたすら前を向いて歩を進めてるつもりだが、最近はふと進行方向間違っていないかと不安になる時がある。

方向感覚には視覚や聴覚も大いに関係するだろう。遊園地で余程変な乗り物にでも乗らない限り乗り物酔いはそんなにしないほうだが、時々船酔いみたい感覚に襲われることもある。今朝も顔を洗って一息ついた時に襲われた。変だなと思っていたら3分近く経ってから、NHKが地震速報で都内は震度3との臨時ニュースを流した。身体のことはホッとしたが、今年は元日から大地震があったりしてなんか変な年だ。いくら4年に一度と閏年と言っても、異常なことが起こらないことを切に祈らずにいられない。