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8月, 2012の投稿を表示しています

企業の寿命 がんばれニッポン

嘗て堺屋太一氏が企業の寿命30年説を唱えていた事がある。内容を正確に覚えているわけではないが、大抵の企業は創業から30年もすれば衰退が始まるので、就職する際は今人気の企業より、自分が好きになれそうな職種と企業を選べと言う説だったような気がする。その時はピンとこなかったが、企業の栄枯盛衰はもはや30年と言っていられないようだ。

法則的なものを当てはめるのは難しいと思うが、企業も人間と同じで長生きする企業もあれば短命に終わる企業があるだろう。創業は江戸時代はおろか鎌倉時代と言う話さえ聞いた事がある。確か宮大工さんの会社だったかな。きっと刀鍛冶とか指物師の店なんかも探せば古いところは沢山あるだろう。それはそれで目出度い限りだが、振り向けば己の会社なんかも丁度10年で廃業を迎えた。

自分では5年持てば御の字と思っていたので、これもある意味では望外の長生きと言うことにしよう。昨日から書こうと思っていたのは、家電メーカーシャープに関連してのことだ。何でも主力製品のテレビが韓国製品などの台頭に押されて業績が悪化、台湾にある下請け専門企業の支援を受けなくてはならなくなっているとのことである。シャープ製品を買った事はないが、1970年大阪千里山の万博に出展せずに亀山に工場を建てて、経営判断の健全性と先見性を賞賛されたのが印象深い。

その数年後小生も大阪勤務になってシャープには何度も足を運んだ。こちらの商売のネタが「広告」即ちインチキ臭いものなので、断られる度に上記の合理的判断を思い知らされたものだ。そのシャープでさえ今日の窮状を迎えている。そして同様の問題はシャープだけには留まらない。当時広告クライアントの頂点で眩しいぐらいに勢いを誇っていた松下電器産業(現在のパナソニック)ですら、似たような状況にあるようで、ものづくり日本全体が凋落傾向と報ぜられている。

何故起きるのか理解できない為替変動とやらで、このところ円高が続き、輸出で成長してきた企業にとっては皆苦しい局面らしい。それでも普通の企業経営者は政治家とは違い、環境の変化に対応して克服する術を日夜必死に模索しているだろう。だから「ものづくり」に限らず日本の企業と日本の経済は、そう簡単に潰れることはないと信じたい。自動車にせよ家電にせよ同業の多企業が存在する国は珍しいらしい。

最近の傾向で企業が苦しくなると、すぐに海外からの投資話…

理解不能だ

未だ採決に至っていないようだが、今日は参議院で首相の問責決議が採決されて賛成多数となるらしい。これで会期を10日ほど残して今国会の審議が事実上幕となるとのこと。赤字国債発行のための法案も参議院での審議が出来なくなって成立しないらしい。予算案は成立していても国債が発行できずに財源が無いとなるとどうなるのだろう?国家公務員の給料が支払えないなんて事態になれば、それはそれで見ものだ。

問責決議案なるものも中小野党連合と大野党の自公から2通出されているらしい。前者は消費税増税を通したことに反対の意思表明で、後者は野田総理が解散の約束を実行しそうにないので、これを迫る意味で提出したらしい。
国会のことなど余りに馬鹿馬鹿しいのでまともにチェックしていないが、この場面で総理の責任を問うこと意味を理解できる人はどのくらいいるだろうか?

前者について言えば、成立してしまった法案が気に入らないとて、問責したからどうなるのだろう。後者は後者で、理由なんか何でもいいから選挙を早くしたいということらしい。だから、自分たちが成立させた法案を否定するような法案に便乗してでも、問責が成立しさえすればいいらしい。どう考えても正常な人間には理解不能のように思う。

全野党が一致すれば法案が成立するのは当たり前だろうが、問責されたら野田総理が解散に打って出る可能性は殆ど無いらしい。ここまで分かっていながらの大騒ぎは一体なんだろう。選挙選挙と騒いで何が面白いのだろう。選挙がいつあろうと、世の中変わりそうにないと思うこちらの頭が少しおかしいのだろうか。

話が変わるが、時々出てくるオスプレイなる飛行機の話。アメリカ本土では危険すぎて訓練する場所が見つからず、日本で訓練をと米国の偉い人が決めたらしい。昨日読んだ本からすると、日本は米国から見たら奴隷の国家らしいから仕方がないとしよう。しかし問題はこの訓練にあたるのは当然アメリカ海兵隊の軍人である。このパイロットに要求される資質について米国のある評論家がこう言ったそうだ。

工学博士並みの頭脳とオリンピック選手並みの体力や反射神経を持った自殺志望の人間。未亡人製造機と言われる所以だそうだ。国会でのバトルも分からないが、この訓練を自国民に認めてもらうために茶番を演じている防衛相とそれを取り巻く防衛省の幹部。皆戦後の立派な教育を受けた優秀な人に違いないのに、どうしてかく…

読後感「戦後史の正体」孫先享著

どこの書店でも店頭に大量に置かれているし、非常に多くの評論家が書評を書いたりコメントしている。今最も売れている本の一つだろう。著者の著書は何冊か読んでいるが、流行に敬意を表して読んでみた。高校生にも分かるように書いたと書かれている通り非常に分かりやすい。言わんとするところは1945年の終戦から現代にいたる我が国と米国の関係についてである。これはとても独立国同士の関係ではない。

終戦時に連合国代表で日本に進駐した米軍は、その後の世界情勢の変化で1951年サンフランシスコ条約で日本の独立を認めた形をとっているが、同時に旧日米安全保障条約が結ばれことで、他国の軍隊は撤収したが、日本における米軍の実態は占領時代と何ら変化していない。その後安保条約の改正はあった形にはなっているが基本的なところは何も変わっていない。常に米国に都合よく利用されてきているのが戦後の歴史である事を順序良く具体的に述べている。

先ずは日本が独立する時旧安保条約を締結した。当時ダレスは米国務長官「我々が望むだけの軍隊を、望む場所に、望む機関だけ駐留させる権利を確保する、それが米国の目標である。」と述べている。このダレスが決めた目標は、その後一貫して、日米の安全保障関係を支配している。これを根本的に変えようとした政治家は重光葵であり岸信介だが何れも成功していない。

そしてその日米安保体制が時間の経過とともに、日本がまるで米国の属国のようになってしまった理由が述べられる。即ち米国は日本の政治に対して或いは表から恫喝したり、或いは裏から画策して都合の悪い人物を排除してきたからである。日本の主たる政治家は米国のポチにならない限り長続きしないらしい。勿論検察やマスコミが何故にそうなったかについても改めてよく理解できた。

1945年9月2日日本が降伏文書調印直後、マッカーサーが最初に出そうとした布告が次の3か条であったことを私は初めて知った。そしてこの布告を無条件降伏にサインしたばかりというのに即座に撤回させた重光葵の働きを現在何人の日本人が知っているだろうか?
1.日本を米軍の軍事管理のもとに置き、公用語を英語とする。
2.米軍に対する違反は軍事裁判で処分する。
3.通貨を米軍の軍票とする。

朝鮮動乱の勃発や冷戦の終結による世界情勢の変化が米国にどのような影響を及ぼし、結果的に日本がどんなに救われているか。対米…

体力も限界のようだ

イメージ
久しく山歩きをしてないうえに、今月は酒を飲む機会も多く、一昨日土曜なんぞ真昼間からワインで酒盛りをしてしまった。先月末の梅雨明け集中豪雨の中北アルプスに行って若干消化不良気味なので、出来れば今シーズンもう一度黒部源流方面に行きたいと思っていた。思いは募っても体力が無ければ、北アルプスなんかとても行けるものではないことは十分承知している。こんな事ではいけないと思って軽いトレーニングのつもりで昨日のハイキングを決めた。

土曜日は昼酒、うまい具合に昨日はプールも定休日である。目的地は奥多摩の川苔山にきめた。山登りを始めた翌年の2006年5月に行って以来だ。丁度この頃からmixiで日記を書き始めたので記録が残っている。奥多摩の中では標高的にも中くらいで、渓谷沿いの景観もきれいでポピュラーな山だったとの記憶があった。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=128512412&owner_id=1586311

奥多摩からのバスは当時乗った8:35ともう1本9:35がある。こちらであれば7:44新宿発のホリデー快速でピッタリで特に早起きする必要もない。自宅で森喜朗と渡辺恒三の時事放談を観ながら、山行きの朝恒例のオムレツとスープ、食後にワインと蜂蜜で煮た無花果にヨーグルト自家製のデザートをゆっくり食べた。日帰りの軽いハイキングなので装備も雨具と着換え1式、飲料はポカリ500ccと同量の魔法瓶に氷を詰めた水の合計1リットル、飴と塩羊羹少々、アロエヨーグルトゼリー1本とコンビニのお握り2個だけ。

新宿には7:30頃ついてホリデー快速もゆっくり座れた。バスは奥多摩は少し混んでバスも臨時が何台か出るようだったが、タイミングよく予定時刻に先立つ最初のバスに乗車できたので、9:40分には登山口を出発できた。歩き始めると未だ500m足らずの標高でも山の空気は爽やかだ。谷川の瀬音と気持ちいい風を受けてゆっくりの歩き始めた。2kmほど行くと少し道が険しくなるが、
中間点の百尋の滝までは快適な渓谷歩きと言える。

しかしこの滝を過ぎると見通しは全く面白くなくなるし、ただただ暑くて参ってしまった。山頂までの距離も2.5km程度だし標高差的にも500mくらいしかないのに2時間近く掛かってしまった。全くよれよれ、ガス欠状態でやっと山頂に到着。山頂はこの暑さのせいか思ったほ…

見果てぬ夢

昨日は少し忙しくしてブログは休んでしまった。書きたいことが特に有る訳でもないが、ウィークデイに休むと何かし残した気分でさっぱりしない。明日はハイキングに出かけることにしていてパソコンに触ることはない。今日は昼から用事があって恒例にしているプールにも行けないので、朝のうちに書くことにする。ここまで無理をして書くのは自分でも少しおかしいと思う^^。言ってみると朝晩のストレッチ体操みたいもので、どんな意味があるか分からないけれど、しないと不安。年寄り固有の現象でしょう。

たまたま昨夜NHK総合で松本幸四郎の「ラ・マンチャの男」特集を放送していたので何となく見てしまった。特にファンと言う訳でもないが、昔新婚旅行替わりに市川染五郎主演、草笛光子共演の「ラ・マンチャの男」を観に行った記憶があるから何となく懐かしかった。当時は芝居なんぞより映画の方が感動的だと思っていたが、嫁さんが映画に興味が無くて芝居が好きとのことだったので、そちらの顔を立てた次第だった。

たしか婚約時代は西部劇か何か映画を1本観に行った筈だが、二人ともどんな映画だったか記憶が無い。しかし婚礼の翌日だったか翌々日に有楽町の帝劇にいった事は二人ともしっかり覚えている。昨日も同じ番組を見るのかと思うと、婆さんは歌舞伎役者としての幸四郎をさほど評価しないのかどうか、この特集を観るほど興味はないらしく他の番組を観ていた。この演目は我々が観に行ったのが最初の興業で、それから43年目、今月には1200回目の公演があったとのこと。

歌舞伎役者でありながら20代でブロードウェイミュージカル日本版に挑戦
したのは先代の影響も大きかったようだが、本場での公演も含めて、今や演出までも手掛けている。名実ともにしっかりと己のものに定着させた実績の裏には言い尽くせないほどの努力があったのだろう。今朝「いや~幸四郎は大したものだ。」と言うと「彼は奥さんが偉いのよ。」と冷ややかなものだ。優秀な男は大抵その一言。4代目の市川猿之助に期待しつつも、嫁の来てが無いのが些かご不満のようだ。

自分の亭主が人並みに生きているのも、実は私が優秀だからと思っているに違いない。そりゃそうかもしれないな。

「サラリーマン」

中学三年生の孫の誕生日が近い。最近は夏休みと言うのにあまり外に出かけることもなく家に閉じ籠って勉強する振りをしているらしい。直接会っていないので婆さんに聞くと、なんでもこの暑さがあまりに気にならないようだ。
夏休みを殆ど家の中で過ごすなんて信じられない。幾ら二年生までバスケ漬けで勉強が遅れたからと言っても、そんなにしてまでしなきゃならんものだろうか?

ネットの囲碁なんか熱くなってすればするほど弱くなっていくことがある。中学生の夏休みに勉強などほとんどした記憶が無いので偉そうに言えないが、運動と勉強で少し緩急をつけた方が善いとも思う。周りは黙って見守っているようだし、本人も黙っているようではっきり聞こえてこないが、目指す高校は都立のどこかだろう。

通っている中学校の隣に国士舘のキャンパスがあるので、その高校でもいいではないかと思うが、私立は授業料が高いしと言っている。何れにせよ受験生は大変だ。二学期の通信簿か、模擬テストのようなものがあればそれが楽しみだろう。将来なんになりたいのだろうと思っていると、先日お盆で家内の実家に集まった際に曾祖母がそれについて聞いたそうだ。

答えは「サラリーマン」だったらしい。ある意味で面白い答えだと思った。元々ユーモア精神が旺盛な子なので大人をおちょくっているのかもしれないし、本気でそう思っているの可能性もあるのでネットで調べてみた。現代っ子を一般的に見ると、殆どの調査のトップがスポーツ選手で、二番目以降上位に会社員、学校の先生、公務員など比較的安定した職業が並ぶ。

別にふざけているのでもなく、ごく平凡な考えのようだ。将来なりたい職業の調査を数件見たが、政治家を希望する中高生は皆無。近いところで法律家(弁護士・裁判官・検察官)が10位前後に顔を出す。祖父としても政治家になんか絶対なってほしくないからいいようなものだが、IT技術者とか、医者とかは所詮無理だろうし。

「サラリーマン」がまあいいところなんだろう。あまり無理をせず折角の夏休みだ、少し遊ぶことも考えてもらいたい。

昼寝

酷暑の日が続く。毎晩の就寝時刻が22:30前でほぼ安定しているし、寝つきもいい方だと思うので5時に目が覚めるにしても6時間半の睡眠は取れている筈。それでも昼間眠くなるのは年のせいだろうか。昼前後に汗をかくような運動(と言ってもただ歩くだけ)をすると、午後猛烈に眠くなる。思い切って1時間ほど昼寝をするとやっとすっきりする。でもこれはそう簡単にいかない。

贅沢言えば、昼寝はやはり畳の部屋で少し暗くて涼しい環境がいいのだろう。明るい事務所の片隅に置かれたスプリングの壊れかけた長椅子上ではどうもうまくいかない。相当しっかり汗をかき、着替えでもすれば兎も角、1時間の昼寝は難しい。それでも30分くらい横になるだけで、体の動きも頭の働きもずいぶん違うように思う。ネットで囲碁をすると如実に分かる。サラリーマン時代はこんな事さえ許されなかった。思えば結構な身分になったものだ。

旧友

仲の良かった古い友人も次第に疎遠になってくる。今日は久しぶりにそんな一人と昼食を一緒にした。話は当然「あの時は楽しかったなぁ」が殆ど。もう世の中何が起きようと、まして政治なんか全く興味が無くなってしまったそうだ。従ってテレビを見るのもドキュメンタリーが主で、ニュースは見ない訳ではないがあまり関心が無いらしい。お盆に墓参りで長野に帰った折に、昔よく一緒に遊んだ裾花川の河原を散策してきたとのこと。

「あそこでハヤを釣ってすぐ君の家に行き、塩焼きにして食ったのを覚えているかい?」聞かれたがさっぱり記憶がない。彼もお盆に帰った折には必ずゴルフをしたのだが今年はゴルフをやめて昔の遊び場と学校周辺を散歩するに留めたらしい。こちらが先月末に北アルプスを歩いてきた話をすると、しきりに感心してくれた。君の生活で褒めるべき最大の要因は、自家用車を持たなかったことだそうだ。

「会社を定年になる時、多くの人は一旦自家用車をやめる事に思いが至るが、大体奥方が反対してズルズルと持ち続けてしまう。これが結構な物入りで、年間50万くらいの持ち出しになるし、健康上からも車をやめて歩く方が余程いいのだがなぁ。」そりゃその通りかもしれない。その他栄養を管理する上からご飯の量を減らして、緑黄色野菜を多くすべきだとか。最近は食事にもかなり気を使っているらしい。

昔は奥さんと3人でよくゴルフもした。我が家の婆さんとほぼ同年齢の奥方の近況を尋ねると、あの元気な奥さんがスポーツのしすぎで膝を痛めたそうで、カートをフェアウェイに乗り入れることが出来るコースでないとゴルフもままならないらしい。半年ぶりだったが、年を取れば誰しもできなくなる事ははあるにしても、友人一家の印象が随分変わったのは仕方がないのかもしれない。

普段も大食いはしないが、食べたいものを我慢することが出来ない。特に食後の甘味なんぞは必須である。食いたくないものには箸をつけないし、美味くても腹が一杯になれば食べ残す。食に関しては外食は昼だけだし、朝夕は基本的に自宅で食べているので、我慢とか無理はしたことがない。

家計の先細りを考えると、生活は全てにおいて益々慎ましくならざるを得ないだろう。でも今日は昔からの習わしで、普段に較べるとかなり豪華な食事をしながら友の話を聞いて少し変な気分だ。こんな食事会もそろそろ終わりかもしれない。何事も激変を避け、無理せ…

日の丸と勝手読み

終戦の月でもありお盆の月でもある8月は、多くの日本人があの戦争の犠牲となった人々の無念を思い、悲しみのうちに戦争の愚かさを憎んでいる事だろう。にも拘らず、周辺諸島の領有権問題が騒がしい。北方4島については、ソ連を引き継いでいるロシアと平和条約さえ締結できていないので、少し事情が異なるかもしれない。しかし竹島と尖閣については、曖昧であるかもしれないが一旦ある程度の合意が形成されている事では共通している。

なのにここに来て騒ぎが起きるのは何故だ?騒ぎを起こしたのは日本からすると中国であり、韓国側だと言いたいのだろう。そうかもしれない。しかしその挑発に乗って大騒ぎしている日本側も少し冷静になる必要がありはしないか。諸説あるようだが、次の総選挙の争点を消費税など国内の重要政策からそらせて外交問題に置き換えたい勢力が存在する。そもそも日中韓が仲良くなっては都合の悪いアメリカの仕掛けに嵌っている。この2点が主たるものらしい。

尖閣の海底付近に莫大な量の石油資源が埋蔵されていると、半世紀以上前に発表したのは国連らしいが、この発表自体がアジアが一つにならないようにするためのアメリカの仕掛けた陰謀との説もある。本当に埋蔵石油があればアメリカが黙っている筈はないのだそうだ。尖閣も竹島も日本からすれば漁業資源宝庫である200海里領海を守りたいだけのことだろう。現在は互いにこの島を根拠に領土を主張しあっている筈。

大体200海里の領海なんて発想もそんな古いものではない。少なくともこちらが学生の頃は12海里が領海で海原に国境なんか無かったと記憶している。海洋を独占することなく両国が共同で使用できさえすればいいではないか。島にどちらの軍隊が駐留しようと勝手にすれば。些か無責任かもしれないが、そういった話し合いこそが「小異を捨てて大同につく」だろうと思う。

なのに聞いていると、いい年をした爺さんから戦争を知らない若い小父さんまで、口を開くと「国益を損ねる、云々」である。日の丸のねじり鉢巻きはオリンピック応援の時だけにしてもらいたい。

因みに「勝手読み」は囲碁用語。相手の考えることをこちらの都合だけで考えて、大きな間違いを犯すことを言います。

読後感「日本はなぜ開戦に踏み切ったか 両論併記と非決定」森山優 著

今まで著者の名前は知らなかった。静岡大学で教鞭をとっておられるようだが、歴史学者だから、かなり真面目に開戦の意思決定が誰によってどのように行われたかを解きほぐしている。ここで言う開戦とは勿論1940年12月8日の対米英欄に対する戦争、今は太平洋戦争と呼ばれている戦争である。念のため言えば、対支那(中国)とは1937年から既に戦争状態に入っている。

何も知らずに常識的に考えれば、一国と戦争している時にさらに三か国に対して戦争を仕掛けるなんて正気の沙汰ではなかろう。しかし当時の日本が取っていた大陸政策に対する国際世論の圧力からすると、現代の政治家でも自存自衛のために不可避の選択だったと言う人間までいるくらいのものだ。この辺については本書と関係が無いので措くとしよう。

本書はその対日圧力から逃れる道を模索していくうちに、開戦に踏み切らざるを得なかった明治憲法下における当時の意思決定プロセスを丁寧に分析している。意思決定には現代とはかなり異なる多くの組織(と人間)が関与している。
主なところを上げるとトップが決定的に現代と異なり、天皇である。その下に輔弼の任を負っているのが内閣、統帥部が存在する。大雑把に言ってしまえばその通りだが、他に輔弼の任を負っている内大臣がいたり、諮詢の任を負う枢密院なんてものもあるが省略する。

分かり難いのは天皇直属統帥部(陸海軍の戦闘作戦立案セクション)と内閣の一員である陸海軍省だろう。同じ体から二つの頭を出す化け物のようだ。何れにしても戦前の軍部は至る所に顔を出している(大蔵大臣まで海軍の軍人であったこともある)。そして今となると、戦争をやりたがったのはやれ陸軍だとか、いや海軍だとか、個人的には誰それが一番いけないみたいことが言われる。
ところが、本書を読む限り、特定の人間が開戦に向け意思決定を誘導したとは言い難い。

特にアメリカを相手に戦争をして勝てると思っていた人間はいなかったようにも思える。外務省等内閣の当事者だけでなく、意思決定に重大な影響を及ぼした統帥部海軍に於いてさえ三年戦いが長引けば必敗は常識だった。内閣は陸海軍も含め非戦に向け最大の努力をしたのだろう。しかし幸か不幸か最終意思決定者ではない故に、自分(の属する組織)のせいで当時考えられたじり貧の選択をするのを皆が避けた結果がじり貧以上の惨めな結果をもたらしたことがよく理解できた…

残暑の徒然に

相変わらず残暑が厳しいが、今日はどういう訳か朝から何をしてもスムーズに進行する。一つ残念なのは来週も山歩きに行けそうにない。ぽつんぽつんと約束が入ってくる。聞けば皆さん、お盆の休みが終わったので久し振りに飯でも食おうよ、との話だ。さしたる楽しみも無い身なので、1年に数回しか会うことない友人からの誘いは基本的に断れない。山は暇さえあればいつでも行けるが、我々の年になるといつ幽明境を異にしなければならないか分からない。

今日は久し振りに読書でもしようかと思ったが、結局できなかった。代わりに、8月15日のNHKスペシャル「終戦 なぜ早く決められなかったのか」をオンデマンドで一人ゆっくり見た。数人の友人からも見応えありと聞いていたが同感、さすがNHKだ。日本官僚機構の悪しき伝統、国家全体への帰属意識の欠如から情報は全て縦割りで、己の組織に都合の悪い情報は全て無視してしまう。結果何十万人が無駄な死を遂げる。

今までの定説はソ連の参戦情報が無かったことが、終戦の決断が遅れた原因とされている。しかしソ連が参戦することは、ソ連侵攻が開始された8月9日の2か月も前のヤルタ会談直後、陸軍でも海軍でも複数個所から中立国の駐在武官情報としてに上がっていたのだ。原子炉がメルトダウンすることは分かっていても、東電や経産省にとって都合悪いとなると、広報担当の首を切って知らぬ顔をする。結果何十万人もの人が要らぬ被曝をしてしまう。

終戦末期の2か月で亡くなった人は30万人とも言われている。よく似た話である。現在の閣僚も殆ど同じで自公であれ、現政権党であれ、政権を担う政治家の何人が己の省を超えた日本国を意識しているであろうか。ちびっこギャングの財務大臣や野党の旧大蔵族の議員が財務官僚に踊らされているのは分からないでもないが、総理大臣までもが同様であったら余りにも悲しすぎる話だ。経済のことは分からないのでこれ以上は書かない。

序でに昨日書きかけたことに触れたい、一昨日「日銀が保有する長期国債の残高が初めて銀行券(紙幣)の発行残高を上回った。」報道があった。経済的に意味するところは理解できないが、少なくても日本はお札が幾ら出回っているかは公的に把握され、公表もされている。然るに韓国はお札がどのくらい刷られ出回っているかについては誰にも分からないらしい。そこで、大統領になった人間が、常に好きなだけの現金を…

終戦の日

また8月15日が巡ってきた。戦後生まれが圧倒的多数になった現代社会で、「終戦」の意味するところの受け止めは様々だろう。正直な話、米英に対する宣戦布告の前年生まれの小生でさえその意味をよく理解していない。「ポツダム宣言」受諾によって、それまで戦っていた連合国側に対して無条件降伏を受け入れたものとぼんやり思っていたに過ぎない。

連合国側と書いたが、日本が敵として戦った相手国が果たして何か国になるのかも知らない。イメージ的にはドイツ・イタリア・スペイン以外の全世界を相手に戦っていたような印象が無いでもないが、まさかそんなこともあるまい。少なくとも、父が復員後少し話してくれたことから、インドやオランダも敵であったことは想像していたし、韓国や台湾は日本の一部であったことぐらいは知っている。

改めて考えるに、肝心の「ポツダム宣言」だが、これは連合国軍によって出された宣言ではない。米英と中国(蒋介石政権)の首脳がドイツのどこかに集まり、日本への降伏を促したものだ。後でソ連も参加して4か国連名となっている。しかし、この宣言の受諾で、世界中で戦っていた日本は休止状態になったのだから、日本は連合国側の総意と受け止めたのだろう。不幸にして、こちらが武器を置けば戦が終わるとの思い込みが間違いであった。

この宣言を無条件で受け入れているのだから、台湾や韓半島が日本領土でなくなるのは仕方がない。しかし台湾や朝鮮を敵として戦った訳でないのだから、勝ったの負けたのとは少し意味が違うと思う。世界の歴史を知らないので分からないだけかもしれない。台湾や朝鮮は日本の植民地だったのだろうか?これも少し違うような気がするのだが、分かっているにの教えてもらいたい。

現在の中国についても同じこと。戦時下で中国共産党と戦をしたのは事実であろうが、1945年8月当時、現在の中華人民共和国なんて国自体存在すらしていない。台湾は兎も角として中国、韓国、北朝鮮あたりから戦時賠償だとかなんだとか因縁をつけられ、昨日今日なんぞ韓国大統領から天皇陛下にまでとんでもない難癖を付けられている。何れも歴史を詳しく紐解けば、それなりの理屈は着くのかもしれない。

何れにしても訳が分からない事が沢山あるが、アメリカの実効支配を受けている日本について言えるのは、国としての纏まりの欠如だろう。纏まりとはオリンピック選手たちがチームで見せたもの…

それぞれの夏休み

お盆の臨時休業で街中はがらんとして人出が少ない。アスファルトに照りつける真夏の直射日光だけが強烈で、ただ々々暑い。昼飯から帰って滴る汗をぬぐうとタオル地のハンカチが瞬く間にぐっしょりになった。こんな天気が続くなら人並みにどこかに出かけようか、と天気予報を見ると明日から天気は下り坂で、特に山岳地帯は今週いっぱい晴天が期待できそうにないとされている。

幸か不幸か今週から来週月曜にかけ、新しい仕事の関係で少し忙しそうなので来週の好天を期待しておこう。もし来週晴れたらまた山に行きたい。なんでこうなったか分からないが、ここ2,3年ハイキング中毒に近い状態で、ひと月に1回は山歩きをしないと落ち着かくなってしまった。誰に迷惑掛けるでもないし、お陰で健康には気を使うようになっているので悪い事ではないだろう。

婆さんは孫に食事を用意して「お祖母ちゃん、美味しかったよ!」と言われるのが無上の喜びとのこと。一昨日の土曜日は中学生二人の孫の為、態々世田谷の娘の家に行って孫のサービスをしてきたばかり。明後日は実家の母のところでお盆の賄をしなければならない。そういう場合、亭主は当然夕食を外食で済ませなくてはならない。婆さん装飾品と飛行機嫌いだから、亭主はそのくらいは我慢すべきとは心得ている。

若い頃は家で夕食を摂ることが殆ど無かったのだから、今更文句を言う気も無い。でも婆さんが「外で好きなものを食べられるのだから嬉しいでしょう。」と言うが、この年になると決してそんな事はない。先ず何を食うか考えること自治が面倒くさいし、10分で帰宅できる場所から更に遠くへ移動するのも億劫である。帰巣本能が年と共に高まってしまうのは致し方ないだろう。

でも婆さんが孫たちのサービスをした翌朝は孫や娘夫婦の近況を話してくれる。これも最近の楽しみの一つだ。世田谷の娘や孫はつい2、3年ほど前まで、長期の休みになると必ずどこかに連れて行ってくれとか、映画に付き合ってくれとか言ってきたし、我が家にも遊びに来たものだ。しかし孫が二人とも中学生になると、ピタッとそれが無くなってしまった。

二人とも部活で夏冬春の長期休暇が無くなってしまったようだ。別にオリンピック選手を目指す訳でもない平凡な区立中学でも、部活て奴はそういうものらしい。上の子は3年生になる時に部活をやめているので、少しは暇があるのではと思ったがそうでもないらしい。…

婦唱夫随

昨日一昨日と過ごしやすかったが、さすがにそう上手い具合が続く筈もない。真夏の暑さが戻ってきた。街はすっかり夏休みモードで何となく閑散としている。甲子園で高校野球が始まったが、長野県代表は昨日1回戦で敗退が決まった。オリンピックも男子サッカーの3位決定戦が終われば、後の見どころはマラソンぐらいか。女子マラソンの結果からするとあまり期待しない方が善いのかも。

嘗て日本の男子レスリングが滅法強い時代もあったと思うが、今回は印象が薄い。男子柔道もパッとしなかった。それにしても柔道で1、レスリングで3の金メダルを獲得した日本女子の格闘技の強さには敬意を表すべきだろう。
家内に言わせると何も格闘技ばかりではない。サッカーだって遠征するのにエコノミーで行った女子が銀メダルで、ビジネスクラスで行った男子はやっとベスト4、帰国便は女子がファースト、男子はエコノミーにすべきとのご託宣。

元々あらゆる能力で女子の方が男子より優れているとするのが我が家の共通認識。因みに我が家は娘二人で圧倒的に女性優位社会、幸か不幸か孫は3人とも男子が救いである。何事も婆さんや娘の御意に従うのが身についてしまった。「今日は下の娘のところに行くので夕食は外で食べてきて。」とのこと。昔ならウェルカムだが、近ごろはそれが面倒くさい。昼飯を一人で摂るのは全く苦にならないが、夕飯を一人ではどうも苦手である。気の置けない友人に電話してやっと夕飯の段取りをした。

しかしながら我が家の女性軍も当方の気持ちを察してくれて、こちらのすることにかなり協力をしてくれる。山登りなんかの趣味だけでなく、昨日は新しい仕事の心配までしてくれた。やっぱりこの先何年生きるか分からないが、無収入状態は心細いのかもしれない。兎に角何やかにや言いながら、それぞれが好きなことをする、そして互いのすることになるべく文句を言わない。敢えて胸襟を開いて密談するまでもなく、平凡平和の基本だと思う。

昨夜は政治のニュースを見なかったが、婆さん曰く「今度の総選挙は父ちゃんの名前を書いて投票するすることに決めた。」何事も婦唱夫随なので「では、俺はお前の名前を書いて投票しよう。」と言うことで意見が一致した。

エネルギー問題

お盆前なのに例年になく涼しい日が2日続いた。今週の初めまではやけに暑かったが、お盆12日と13日は雨が降るらしい。陽気までが何やらおかしな年だ。因みに東電の最大電力実績カレンダーでピーク電力を確認してみると、今日のピークは80%を下回っている。先月から今日まで90%に達したのは7月17日、18日、26日、27日の4日だけである。経営上のコスト如何を別にすれば、東電管内では原発を稼働しなくても電力需給には特段の問題が無いのではと類推するしかない。

枝野経産大臣もその辺は十分分かっているので、金曜日毎に総理官邸周辺でデモを展開する人の代表に総理を合わせたくないのだろう。「将来の原子力発電をどのように考えるか」については、政府は真面目に考えているとはとても思えない。見え透いた意見聴取やアンケートを取っているが、誰が考えても15年後であれば原発ゼロにと望むのが自然だろう。しかし、政府はどうしても15%は必要だと思うなら、先ずその寄って来る根拠を明確にしてから、多様な意見を持つ有識者や国民代表から意見を聴取すべきだ。

それで意見が集約できそうにないなら、その時こそ選挙の争点にしてでも国民の意見を聞けばいい。エネルギー需給と原発の位置付けはそのくらい大きなテーマだと思う。「国民の信を問え」と野党は二言目には言うが、不要不急の増税で2大政党が野合していて、今更何をほざくか。夕べ垣間見たテレビで自民党の高村氏が「マニフェスト(公約)違反、選挙の際に嘘を言った、それは絶対にしてはいけない事だ。」尤もらしく喋っていた。

傍らで婆さんが「選挙での公約に反しなかった政治家がいたら、ぜひお目に掛かかりたいものだ。」と呟いていた。

原発を15年ぐらいでゼロにするのはそんなに難しくは無いのだろう。しかしそこに至るプロセスとその後処理、そして後のエネルギー需給問題はかなり難しい問題で、そう簡単に答えが出せる問題ではない筈だ。再生可能エネルギーと気安く言っても、これが全エネルギー供給の10%になるような日が100年程度で実現するとはとても思えない。

ではどうすべきか、それこそ拙速を避け、十分な議論を経て、初めて幾つかの選択肢を提示するのが政府の務めではないか。考えてみると似たような事があちこちに見られる。政府を切り盛りする政治家が国家を余りにも軽く見過ぎている。政治家として何か基本的なものが見に着…

「分からない?」以前の問題

今朝東京の気温は23℃前後、えっと驚くほど爽やかな朝だった。当然これで夏が終わる筈はないし、誰もそこまでは期待しないだろう。オリンピックの話題もちょっと似た感じが多い。例えれば卓球の女子団体にせよ、男子サッカーもそうだ。2位以下ではダメなんだと言う人もいるだろうが、4位であろうと、銀メダルであろうと、その健闘ぶりに涼風の一服を感じている。いつも人後ばかりを歩んでいる我が身と比べるせいかもしれない。

それに引きかえ、政治の世界の醜さはどうだ。正に魑魅魍魎の世界で、いくら夏とは言え想像を絶する世界を覗きこんで芯から冷え冷えしてくる。バッジを着けるまでは皆普通の人間、或いは普通以上に優秀な人たちで、国家国民を思う志も多少はあった筈だ。それが国家から何億円のお手当を受けると、あたかも人間の生き血を吸ったドラキュラ伯爵が化け物に変身するが如く、国民の生き血を吸い続ける得体の知れない化け物になってしまっているようだ。

ホラー映画は怖くて殆ど観ることがないが、化け物に人間の常識でモノ言っても通じる筈も無かろう。また化け物の思考について行くのは常識的な人間には先ず無理だろう。どう見てもこの化け物屋敷住み心地が余程いいらしく、1日でも長く棲み続けることが彼らの究極の目的であるのが誰の目にも明らかだろう。この化け物屋敷を血税で保存しているのは口惜しい限りだが、日本の憲法で保証されているのだからどうにもならない。

化け物外道に道理を説いても始まらないだろうが、選挙をしたくない奴もいれば、己の無法を守ってくれている憲法を無視してまで、一刻も早く総選挙をしたいと騒ぐ連中もいる。どっちもどっちだが、政権党となって何れも化け物屋敷の主になるかならないかの違いだけで、選挙権を行使する有権者の意思なんかまるで関係ない。東北被災地の復興とか、日米安保条約の見直しとか、目前の政策課題は全てほったらかし状態。

不要であるかは兎も角、不急である事だけは間違いないのに、大騒ぎして纏め上げた筈の増税問題も、純ちゃんお化けの鶴の一声で破棄する騒ぎになりそうだ。増税については反対する国民も多かったので、少数野党が連合してこれを阻止する構えを見せたことは一応筋が通っている。しかし法案提出の大野党がこれを破棄してまでというのは正に「俺に喧嘩を売っているのか?」とこっちが聞きたい。

化け物の中では公明グループに属す…

スポーツ選手へのインタビュー

連日好むと好まざるにかかわらずロンドンオリンピック報道で明け暮れている。厳しい勝負の世界だから、常に予想とは異なるドラマが生まれる。どの選手にとっても4年もの間、必死にその瞬間を目指して研鑽を積んできたのは明らかだ。結果的にメダリストになって喜ぶ人、勝負の女神に恵まれなかった人、思いは様々だろうが、試合後の選手インタビューは見ていて気持ちが良い。

口惜し泣きにくれても、やるべきことをやっての結果だから言い訳だけは聞こえてこない。勝った選手は爽やか口調で周りへの感謝を先ず述べ、奢った風情が無いことは言うまでもない。オリンピック開催の直前に、アメリカメジャーリーグのイチロー選手のニューヨークヤンキーズへの移籍記者会見があった。珍しくスーツに身を包んだ彼が目を潤ませながら語った内容「即ちマリナーズの為にも自らの為にも、敢えてこの道を選んだ。」について政治評論家のテレビで田勢康弘氏が非常に感銘したと述べた。

確か目の前には民主党の若手有望株とされる大塚氏か古川氏がいたと思う。スポーツ選手のコメントは心に響くが、政治家のコメントで心に響くものを聞いたことがない。と切り捨てたが相手の政治家は何も反論できなかった。田勢氏の言うのは同感できる。政治家のインタビューがどれをとっても心に響かないのは、やっている事がインチキ臭いことばかりだから仕方がないのかもしれない。まともな質問であれば、殆ど間違いなく言い訳に終始するのだから、聞いていられないのは万人共通の思いだろう。

こんな話題に政治家を引き合いに出したのは失礼だった。兎に角今度のロンドンオリンピックでは、日本人選手が善戦健闘していると思う。勿論、体操団体や柔道のように期待されながらも、と言いう選手が無いわけではない。しかし勝敗は「時の運」もあるし、ルール変更に対応が追い付かなった日本国全体の問題もあるだろう。我が家では、オリンピック柔道なんぞは、日本の柔道とは別物として考えるべきとの事で意見が一致している。

昨日の水泳400メートルメドレーリレーで男子が銀、女子が銅と男女ともにメダルに受賞したのは嬉しいことだし、何と言っても選手にとって素晴らしい有終の美だった。特に男子平泳ぎの北島康介の頑張りは圧巻だった。中高年の小父さんたちに大きな力を与えたことだろう。水泳だけでないかもしれない、個人が戦っているように見えるが、全て周辺で実に…

楽しみいろいろ

少し長いことブログの更新をしなかったので「体調でも悪いのか?」とお問い合わせを頂いた。拙文を読んで頂いている方々にご心配をおかけしまして済みません。暑さに閉口はしていますが、体調を崩している訳ではありません。先月末北アルプスから帰って以来、少し仕事関係でドタバタがありました。一つは10数年本業としてきたウェブサイト管理の仕事が、クライアントの予算縮小の影響を受けて、立ちいかなくなってしまった事です。

経営を若い青年に引き継いでいるとは言え、株は全株私の名義ですのでオーナーとしての責任もあり、青年から相談を受けて仕事から手を引く段取りをしました。サイトの正式なリニューアルは来年4月からになりますが、今月から実質的な作業は無くなる見込みになりました。捨てる神あれば拾う神ありの喩えもありますように、時を同じくして友人が起ち上げたNPOから少し仕事を手伝ってくれとの依頼が舞い込みました。

世の中って本当に面白いと言うか良くできていると思います。報酬は見込めませんが、今まで以上に人に会う機会が増えそうです。事実、先週来連日今までとは全く異なる方面の方とミーティングが重なり、ブログを更新する時間が取れなかったわけです。明日も多分ブログはサボることになるでしょう。しかし、先週から急に出歩く機会が増えて帰りが遅くなることも多くなりましたので、家で夕食をする機会が減っています。収入が無いのですから、婆さんはきっと喜んでいるでしょう。

私もここ数年規則正しい生活で健康づくりに励んできましたので、急に不規則な生活が戻り不健康にならないよう気をつけたいと思います。昼飯を食べに池袋を往復する機会も減っていますので、歩く距離も減っていますが、出来るだけ1日1万歩近くは歩くよう工夫はしています。7月21、22日の週末は山にいましたので水泳が出来ませんでした。先週28、29日は久しぶりにプールに行きましたが、1週間サボっただけなのに調子が出ません。いつも1000メートル泳いでいたのに、土曜日は600、日曜場は800メートルで止めてしまいました。

オリンピック3回連続出場の北島選手が決勝戦で泳いでいる凄さが実感できます。メダルなんかのことより、あまり無理をして体を壊さないことをむしろ祈りたいです。ノンキな爺さんの私のことに戻りますが、明後日はまた孫が来てくれると言うのでプールは休むことになります。…