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5月, 2015の投稿を表示しています

民主主義のルール

恥ずかしながらであるが、この歳になって民主主義のルール「三権分立」の法則がやっと分かった。今週の衆議院平和安全特別委員会をつまみ食いではあるが、ネットで傍聴したお陰である。ひょっとすると安倍総理もよく理解していなかったのではと思ってしまう。安倍総理の得意の台詞に「私が総理なんですから」がある。最近の若い人は違うだろうが、現在の憲法制定前の生まれとしては、総理は行政府の長であり、国権の最高機関とされている国会で選出されているから、日本国では一番偉い人と素直に思っていた訳だ。総理大臣になることが日本人最高の名誉かもしれぬなんて思っていた時期もある。

少し前から、国家での総理答弁を聞いたり、総理自身の下品なヤジなんかを聞くにつれ、こんな人が日本で一番偉い人でよいのだろうかと、疑問を持ち始めたのも事実である。しかし、今週の安保関連の国会討論で、これまでの考えが誤りであったことにやっと気が付いた。総理が日本で一番偉いなんて考え自体が間違っていたのだ。青少年に将来なりたい職業を聞いて、総理も大臣も上がってこない方が自然だった。

今週マスコミから教えてもらったことで目から鱗の思いは、政府と議会の関係である。冷静に考えればすぐ分かることだが、議会は国民に直接選ばれた議員で構成されているが、政府を構成する大部分の官僚は国民が選んではいない。ただ、日本は議院内閣制であるので政府の幹部、大臣の多くは国会議員が就任しているので勘違いをしていた。本来国の形を決める法律は、立法府である国会議員の発議で作られるべきものだろう。故に議会が国権の最高機関とされ、政府の上に位置するのは当然のことだ。

ところが何故か日本は政府が法案を議会に提出することが許され、これがまた現実として議員の発議を大幅に上回っているらしい。今回特別委員会が設定されて審議に入っている安保法制は、全て政府が議会で審議の上、承認をお願いしているもので、これを閣法と言うらしい。新聞解説に依れば、政府が議会にレポートを提出して、審査員である議員からレポートに関する口頭試問を受けていることに他ならないとのこと。面接を受けている先生に向かって、生徒がヤジを飛ばすなんてこと自体、元より許されざることなんだそうだ。
「何とも分かり易い説明だ。」


政府即ち行政と立法の関係は少し分かったが、この二者とは別にもう一つ重要な機関と言うか組織がある。司…

何がそんなに嬉しいのか

株価高騰で上場企業の株式総額が27年ぶりにバブル崩壊膳の水準を上回ったそうだ。昨日のテレビを観る限り鬼の首でも取ったよな燥ぎようである。日本の景気が良いと言いたいのだろう。果たしてそんなに喜ぶほどのことなんだろうか?株式投資と縁が無いから僻みかもしれぬ。外国旅行とも縁が無くなり、世界経済のことことなんかチンプンカンプンだからどうでもいいような話ではあるが、通貨安のデメリットは余り真剣に扱われない。

株高の一方で円安と言う奴が進行して、一時80円程度だった我が国の通貨が125円近い安値になってしまっている。外国でどのように受け止められているのか確かなところは知らないが、恐らく外国人は喜ぶ筈だ。これまで1万ドルしていた日本車が為替の変動だけで8千ドルで買える理屈になるかもしれない。計算がが正しくないにしても日本製品の大バーゲンに違いはあるまい。

売り手の日本からすれば、嘗て1万ドルで売れていた商品が8千ドルにしかならないと言うのに、嬉しそうな顔をする経営者の気が知れない。また全国各地に外国からの観光客が増えるのも当然だ。100ドルしていたホテルが80ドルで泊まれるのはかなりの割安感の筈だ。お陰で日本国民は外国人様を歓迎する傍ら小さくなっていなけりゃならぬみたいだ。3年か4年前まで80ドルで輸入できたものが100ドルとなれば、小売値への跳ね返りは相当きついだろう。

小さな食堂の経営者は口を揃えて仕入れの高騰を嘆く。料金改定を次回消費税改定まで待てるかどうか。今度の改定は2%上がるだけだが、メニューは大幅値上げをせざるを得ないと、今から予防線を張っている。給料が余り上がらないサラリーマンは苦しいかもしれぬが、年金生活者の暮らしは日増しに苦しくなるばかりらしい。個人的実感が無くても、この間失われた国家的損失は莫大な額になるらしい。

アベノミクスの光と陰とさらりと言って済まされるような金額ではないらしい。何兆円になるか忘れたが、それだけの金額を国内で教育とか新しい産業開発に投資していれば、10年先20年先で相当の違いが出た筈だ。とどこかで読んだことがある。5年先のオリンピックの準備すらまとも出来ない今の政治家にその資質を求めるのは無い物ねだりかもしれぬ。せめてマスコミは光と陰を公平に論じてもらいたい。

見えないことだらけ

棺桶に片足を突っ込む今頃になって気が付くのは遅すぎるが、日本社会の制度疲労、綻びが目に余る。この夏の終わりごろには新しい安保法制が制定されてしまうだろう。昨夜も老夫婦の会話は国会討議に関する嘆き節だ。孫が3人いて、一番下はやっと小学1年生である。婆さんが心配するのは、この子が成人(現在の法制下で)する頃には自衛隊員の員数が合わなくなり、徴兵制論議が高まっているのではないか「だから私は男の子は絶対に産まないと言ったのだ。」とのことだ。そんなこと言っても孫は全員男じゃないか、なんて言うと怒られる。

そんな先のことまで心配しても仕方ないかもしれないが、気持ちが全く分からないでもない。最近痛感しているのは、現在社会が小生から見ると、我が国の至る所で噴出している火山活動に似ているとことだ。現在社会で時々吹き上がるいろいろな問題に関して、その原因を辿って行くと、我が国には表面上から窺い知れない地下のマグマ溜まりのようなものが、国民とは別に存在しているような気がしてくる。これは物質的な存在ではないし、国民の意識でもない曰く言い難い難しいものだ。

最も端的に言えば、国の最高法規とされる日本国憲法の上を行く日米地位協定があるように、多くの国民が「どこかおかしいな」と思いつつ、誰一人そのおかしさを追求しないことがある。この故であるかどうか、変であることが、そのまま当たり前と容認されてしまうことが多すぎるのではなかろうか。日本語の表現は間接的な表現を持って善しとすることや、多種多様な同意語が存在する民族的特徴のせいかもしれぬ。

今週始まった安保法制改定論議なんぞを聞いていても、これが重要問題に関するまともな討議とは全く思えない。与党側は既に米国とも約束してきたことでもあり、自衛隊が米軍に協力することを今更曲げる訳にいかない。先に書いたように、例えそれが日本国憲法を逸脱することであってもだ。従って政府側の答弁はしどろもどろで、野党側の質問の方が理路整然としてくる。質問が1問発せられる度に大臣の後ろに控える秘書官が駆け寄ってメモを渡して耳打ちをしている。

中谷防衛相と岸田外相は正直なお人のようで、どうしても狼狽ぶりが表に出てしまう。その点流石は総理である。両大臣への質問に代わって答えようと、名指しされていないのに積極的に挙手をして発言を求めている。そして指名を受けるや、聞かれていないことを…

リタイアメントの過ごし方

今日は真夏のような暑さになった。昼飯で池袋を往復しただけで、汗がびっしょり。風呂場あるがお湯が出ないのが玉に疵。汗だけ拭って下着だけは交換した。

昼間居座っている事務所は一応会社の名義になっている。1銭の稼ぎもしていないが、法人都民税年額7万円は支払う必要があるらしい。その件で税理士さんが3時頃来られるとのことで待っていたところ、税理士さんの予定が押せ押せになって来られたのが4時過ぎ。1年に1回だけなので四方山話で時間を取られて、ブログを書く時間が無くなった。

四方山話の中心は、税理士さんのお父さんが最近リタイアするとのこと。娘さんである税理士さんが、お父さんの過ごし方を考えてあげたいのだが、小生の生活を参考にしたいとのこと。娘さんとしてはお母さんのことも考えてあげる必要もある。自宅とあまり遠くないところに、お父さんの事務所を持たせたいようだ。それは何よりもお母さんの為になる筈なので、経験談をいろいろしてあげた。

昼間は時間が余ってしまったので、国会の不毛の論議を大分聞いたが、今更何をか況やである。

同人誌主宰の先輩

昨年来、大学卒業後最初に入った広告会社の先輩で、当時の制作部長が現在主宰している同人誌「縦走」(季刊)に、このブログから適当に選んだ記事を投稿するようになった。同人誌と言ってもA5版32ページ建てのこじんまりしたものだ。しかし、この春号で65号目になったから15年以上の伝統を持つ立派なものである。主宰されている先輩は90歳になろう程のお年だから、立派なアプレゲール、筋金入りの反権力の平和主義者であるのは不思議でない。

学生時代に、先生達や国家指導者から新聞ラジオまで、昨日までの権威・権力者の言う事が一夜にして180度ひっくり返れば誰でもそうなるだろう。先輩は多分中学生くらいだったのかもしれぬ。その後師範学校を経て教員の職を模索しながら、演劇も志したようでもある。この手の人が共産党党員にならない方が不思議だが、先輩も一時は党員にはなったようだ。今でも変わらないようだが、革新グループて奴は何で必ずのように仲間内で争いが起きるのだろう。

先輩もそれに嫌気がさして、結局は共産党から脱退し、とどのつまりが資本主義の促進剤のような広告屋でのアートディレクター職について、人生の大半を過ごしたことになる。でも終戦を境に受けたショックで身に着いた反権力精神だけは拭い去れなかったようだ。同じような年代では読売のオーナー気取りの渡辺恒雄氏なんぞも共産党からの転向組だが、反権力思想も一緒に脱ぎ去って来ているところは大違いである。人の考えはいろいろだから、別に渡辺氏を批判するものではない。

その「縦走」夏号の原稿締切が今週末に迫ったので、又ブログから適当なものを選ぼうと思って募集要項を再確認した。毎号特集テーマが設定されているので、なるべく近いものを選ぼうと思ったからである。確認すると次回テーマは「国家」となっていて、編集長の先輩が次のように敷衍している。

「漠然と考えると、国家は国民を守るべき義務を負った機構であると思っている人が大半であろうが、そうは思っていない人も少数派ながらかなりいる。90歳以上の男性で、かつて戦争に駆り出され死地をくぐり抜けて奇跡的に生還した人たちだ。大日本帝国は戦争を始めることによって、徴兵制度のもと情け容赦なく、成人男子を戦地に駆り立てた。戦死者よりも餓死者の方が圧倒的に多かった無残な敗戦。つまり、国家は国民の敵になった歴史を我々は経験しているのである。(編集…

天災と人災

先ず天災

今日は朝一から病院通い。採血されたり注射を打たれたり、最近は段取りに慣れてきたので、昼前には会計を済ませて病院を後にすることが出来た。帰り道に接骨院に寄り道してから昼食を摂って、事務所に1時半頃には帰り着いた。大分手際が良くなったものだ。血液検査の結果も良好なので、診療医に放射線治療をパスする訳にいかぬものかと質問。現在のホルモン療法は根本治療ではないので、何れ再発は免れない。従って根本療法の手抜きはまずいとのこと。

ま、予想通りの返事だった。来月15日には、放射線科でMRI検査の予約まで入っている。そこから本番の放射線照射が始まるのだが、費用の予想をドクターに聞いてみた。ドクターは費用についての詳細を知らぬものらしい。健康保険がきく筈までは知っているが、詳しくは会計前に「癌相談支援センター」に顔を出して確認してくれとのこと。顔を出すと、ここでも面白いもので、当病院での治療費の詳細は分かりかねるが、と前振りがあって他の病院ので治療費を教えてくれた。

癌保険も生命保険も一切加入していないので心配していたのだが、意外に安い。8週間近い治療でも、総額150~160万円らしい。後期高齢者で1割負担だから15、6万円で上がることになる。ホッとしていたら、更に高額療養費自己負担の限度額制度もありますので区役所に確認してくださいとのこと。親切なことだ。豊島区役所が新庁舎になったそうだし、29日には近くの歯医者に予約を入れてあるので、序でに顔を出してみようかなんて思っている。

何となく疲れてしまい、ぼーとしていると、2時半頃急に大きな地震が来た。ほどなく止んだが、慌ててテレビをつけると、震源地は茨城県で震源地近くでは震度5弱あったらしい。あちこちで火山活動は活発だし、自然災害はいつ何があっても不思議は無い。東京大震災が生きている間に来ないとは限らないが、その時は諦めるしかないだろう。

閑話休題:人災の話である

先週水曜日、翁長沖縄県知事が外国特派員協会と日本記者クラブで記者会見を開いた。マスコミの扱いは小さいものだったのでご存じない方も多いと思うが、出来れば下記で生会見をチェックして頂きたい。
http://www.videonews.com/press-club/150520-onaga/
本編は少し長いので、手短には下記をどうぞ。
http://www.videon…

まともな論戦が見当たらない

先週は約1年振りで党首討論が行われた。週末はこの討論をめぐってマスコミが炎上するかと期待したが、案に相違して思ったほどに盛り上がらない。今朝のテレビ(TBSサンデーモーニングでの岸井成格氏)で、党首討論はもっと時間をかけた方が良い。さもないと議論が深まらないとの意見を聞いた。時間が長いに越したことはないかもしれぬが、今回の討論を聞く限り、時間が伸びても視聴者の消化不良は変わらなかったろう。

短時間ではあったが3人の野党々首の質問は、それぞれを簡にして要を得た内容で問題の核心をついていたと思う。対する総理の答えは徒に長たらしく、人を馬鹿にしたような内容で、まるで答えになっていないことは万人の認めるところだろう。岸井成格氏の解説によると、総理の答弁は大変慎重に言葉を選んでいるとのことなので、余計腹が立つ。野党の懸念は皆的確であって、まともに答えたら収拾がつかなくなる可能性が高いので、言外に含みを残して誤魔化しているらしい。

終盤国会までそんな誤魔化しを延々と聞かされた挙句に、強行採決が待っているとは国会の権威も地に落ちたものだ。と思っていたらやはり今朝のTBS時事放談に出演した古賀誠氏が「この安保法制改定問題は、1国会の多数決なんかで決められる程簡単な問題でない。」と言っていた。国民の覚悟を確認せずに決められる程簡単な問題ではなかろう、との意味に於いては正論である。

しかし、彼自身はバッジを外しているとは言え、重要派閥岸田派の実質オーナーではなかったか?全くよく言うよとの思いだ。本心からのことであれば、後藤田氏ではないが、子分どもを叱咤して内閣から閣僚(外務大臣の他2人もいる)を引き上げるとか、手段は幾らでもある。まさか、国柄が変わろうとするあの時に「俺は反対した」とのアリバイ作りではないだろうね。

内閣に大臣を1名も出していないが、二階派会長の二階俊博氏も面白いキャラだ。自民党総務会長のネームバリュー以上に最近やたらと報道対象になっている。現在は、安保法制改定の主たる目的が、増大しつつある中国への脅威に対する備えとされている騒ぎの中で、如何なる人か知らぬが3千人の徒党を引き連れて訪中している。先方も習近平国家主席が態々出迎えて、総理からの親書を手渡されて受け取っている。

ひょっとすれば、中国脅威論なんてのもアメリカの言いなりになるための、でっちあげなんて事なんだろう…

故郷も様変わりだ

世界中どこの国でも同じことかもしれぬが、日本も郷土色豊かな国であることは勿論である。狭いと言っても1億2千万人もの人が、地勢などに応じて一定の集団ある意味の共同体を形成して暮らしているのだから当然だろう。おまけに日本は南北に細長く、小さい割には地勢ばかりか気候なんぞも大きく異なる。海岸の地方もあれば険峻な山々に囲まれた地域もある。

生国は後者の北信濃の狭い盆地だが、東京に出て若い頃お世話になった小父さんがすぐ隣の越後は柏崎のご出身だった。現代の交通機関で行けばほんの数時間の時間的距離だ。この方が常々仰っていたことが今でもよく覚えている「不思議とも言えるが、朝夕馴染んだ風景と空気で、これほどまで住民の気質が違うのものだよ。」学生だった小生に対して「もっと勉強をしっかりしなさい。越後ののんびり屋と違って本来信州人とはそうある筈です。」と叱咤激励が続くので覚えている次第だ。

実はその頃もう勉強が大嫌いで、大学2年への進級が危うくなっていた。田舎の両親が叱ってくれと依頼したのだろう。従って後半の説教も効果が無かったが、<海に面した越後人はのんびりしている>についても腹の中で異論を唱えていたものだ。当時別のところでは次のようなことを聞いていた。東京の風呂屋に越後出身の人が多いのは越後の人は働き者が多いことに他ならない。越後の冬は厳しいので、誰もが終日働くことを厭わないのだ。

今でも小父さんよりこちらの思いが正しいと思っている(笑)。信州人は冬中炬燵を囲んで野沢菜を摘みながら茶を啜り、くだらぬ議論ばかりしている。越後人は現代でも雪下ろしに終日追われているではないか。それこそどうでもいいことだが、風土の違いで住民の気質に違いがあるかもしれないが、少なくとも食物には大きな違いがあっただろう。過去形で書いたのは現代では、その違いが段々薄れ、折角の郷土色が失われつつあるようで残念に思っているからだ。

ことの善悪は別にして、東京には日本各地は言うに及ばず世界中からの食物が集まり、食いもの屋のバラエティーも数えきれない。外来の食いものは東京を席巻すると次第に全国に展開していく。スターバックスなるコーヒーショップが最後の処女地鳥取県にオープンなんてことがニュースになったりする。その東京に長年住んで言うのは烏滸がましい気もうするが、何でも全国一律は少し残念でもある。

地方にはその土地に昔から…

「昭和偉人伝 後藤田正晴の生涯」

5月20日21:00BS朝日の番組である。普段は観たことが無い時間帯であるが、21時NHKニュースはつまらないことが分かりきっているのでチャンネルを変えて頭からこちらを観た。昨日は昼間国会の党首討論を生中継で観ていたので、一層感慨深いものあった。現総理が中曽根元総理の見識にははるかに及ばず、米国大統領との関係でも、ロンvsヤス関係程の紐帯が結ばれていないことは言うまでもない。

後藤田氏はそのパワフルな中曽根総理に楯突いて、レーガン大統領から強く要請されたホルムズ海峡の機雷掃海を断らせたのだった。なりたくて官房長官ポストに座った訳ではなく、三顧の礼をもって迎えられたと言われる証拠だろう。1987年のことだそうだから、当時は永田町でテレビ番組制作に関わっていたので、パーティーなどで後藤田氏の肉声に触れたり、近くで話を聞く機会も多々あったのに、何も考えを持たなかった当時の己が恨めしい。

あの豪腕に思える中曽根康弘氏が、それこそお友達のレーガン氏からの要請を断らざるを得なかったのは、再三さしでの膝詰談判の挙句、後藤田氏の放った一言「国民に戦をする覚悟がおありと考えますか、あなたがどうしてもと言うなら、閣議で私はサインをしませんよ。」官房長官の椅子に未練がある人間にはとても言えない台詞だろう。現在の政権幹部、或いは与党幹部の中にも安倍総理の暴走を快く思わない人間が居ても不思議は無い。

自民党内は言うに及ばず、特に公明党なんぞ全員がそうであっても不思議は無いが、誰一人総理に楯突いて翻意を促すことなく、結局は全員総理に阿ってしまう。先日沖縄の翁長知事が記者会見で「政治の堕落ではないか」と発言しているが、正確に言えば「与党政治家が全員堕落している」ことになるだろう。

番組内容をもう少し敷衍すると、シニア・ブッシュ大統領時代の海部元総理のインタビューも挿入されていた。海部氏は三木武夫氏の番頭格で、中選挙区時代に三木派候補と激烈な戦いを演じた後藤田氏には敵味方の間柄であった。その海部氏が後藤田氏のアドバイスを重く受け止めた話である。ショウ・ザ・フラッグと執拗に米国から攻められていた時に、態々官邸に来られて「例え蟻の一穴でも開けてはならない」と助言を頂き、力添えして頂いた。と明確に話している。連立内閣で舵取りが難しい中で自民党内はワシが抑えるから心配するな、の意だろう。現政権のしてのけ…

2020年東京オリンピック

そんな先まで生き永らえる自信が無い僻みかもしれぬ。もう一昨年のことになるが、リオで東京開催が決まった時、なんで又こんなものを引っ張ってこなきゃならぬだ、の思いが強かった。開催国にどんなメリットがあるにせよ、それは発展途上国が享受すべきもので、我が国のように世界的知名度の高い経済大国(?)より、トルコに決まった方が良かったのではと、今でも思っている非国民である。総理大臣までしゃしゃり出て、スペインとトルコを蹴散らし勝った勝ったの大はしゃぎを見ていて恥ずかしかった。

「何がアンダーコントロールだ、嘘をつくな!」であったが、最近は放射線量の件ばかりでなく、様々な仕様変更が行われているようである。普通の商取引であれば、競争入札で落札した見積り変更となれば、その業者は失格して再入札になっても仕方ない。ところが、日本の官庁との取引に於いては、この手のインチキがよく用いられる。日本独自の慣習かと思っていたら、国際的にも通用する仕組みがあったのか、或いは我が国のお利口さんたちが世界を相手に上手く誤魔化しているのかは分からない。

思い返せば、お利口さんの中心人物に見えた前都知事閣下が、オリンピック招致決定から数か月後の年末に辞任されたのも、実につまらぬ嘘がばれたことに起因している。ご本人はさぞ残念であったことだろうが、やはり嘘をつくのはいけないことだ。その後を襲った現知事は棚からぼた餅とお考えかどうか、決定に与っていないのだから好きなことが言える立場だ。その舛添知事さんが一昨日下村文科相と会談されたのは知っていたが、この会談での文科省側からの提案に、昨日都庁で怒りの記者会見をしている。

オリンピックの際メインスタジアムになる筈の国立競技場については、既に一昨年のプレゼン段階からすると、かなり縮小されたようなことは聞いていたが、一昨日の文科相からの提案は、更にそれを上回るものだったらしい。多くの修正点があるが、聞いて、大丈夫かねと思ったのは、開閉式の屋根が間に合わないとのこと。確か来る東京オリンピックは開会式が7月24日と聞いている。数年前その日、もう梅雨が明けたろうと山に行って、集中豪雨で往生したことを思いだした。

梅雨が明けていれば、梅雨明け10日で文句なしの天気になるが、そうでない日もあるから心配した方が良さそうだ。世界各国の選手団が、長時間日本特有の集中豪雨の中でずぶ濡れにな…

自衛隊の実力は?

政府は今日の閣議で、海外での武力行使は「許されない」との見解を示していた従来の国会答弁を変更し、安倍政権が定めた武力行使の新3要件の下では「許されないわけではない」とする答弁書を決定したそうだ。いよいよ我が国も戦争モードが本格的になってきた。既にイラクのサマワに派遣されたかう赫々たる武勲を持つ自民党佐藤正久氏なんぞは、テレビ番組ではあるが「これで、南シナ海で横暴を極める中国軍を米国と一緒に牽制することができる。」なんて趣旨の発言を大威張りでしているのを聴いたことがある。

政権幹部とは言い難い議員の発言ではあるが、戦争好きにはたまらないほど血沸き肉が踊っているのかもしれぬ。小学生でもあるまいし「一寸待ってよ!」である。直接聞いたことはないが、現職の自衛隊員の中にはPKOで海外派遣となったら退職する人間が増えるそうだ。まして武力行使が前提となると、その数は一気に膨れ上がることだろう。只でさえ自衛員の員数不足と高齢化が問題になっている昨今、当たり前だ。

米軍仕様の武器で訓練しているとは言え、訓練内容は米国とは大分異なる筈である。テレビでは米国海兵隊との合同訓練がよく放送されるが、米国海兵隊は本来敵前上陸専門の部隊だから日本の自衛隊からすれば、無縁無用の訓練ではないか。同じ意味で言えば、昨日ハワイで墜落事故があったオスプレイについても、米軍が日本で訓練飛行をするのを当分見合わせるよう、沖縄の翁長沖縄県知事は声明を発表したが、同型機の購入まで決めている政府は、安全性に問題ない筈、としれ~と言ってのけた。海兵隊が存在しない自衛隊には無用の長物だろう。

戦争について知らない言えばそれまでのことだが、「戦争」と言わなければ「戦争」の危険から逃れることができるとでも思っているようだ。現在大使館付きの自衛官は大分配置されているようだが、実際の戦を自ら確認する観戦自衛官はいるのだろうか?どうもフリージャーナリストの方が戦場には近いようだ。そのことは別に非難には値しない。本来的に自衛隊の任務は専守防衛、日本に攻め寄せた敵を防御することのみである。

故に、他国の軍隊と比較して強いの弱いのとは言いたくない。仮想敵国も持っていない筈なので、他国との戦いを想定した訓練はしていなくても不思議は無い。脅威々々とよく言うが、国内における脅威をどのように見積もってどんな訓練をしているか、教えてもらいたい…

「維新の党」への激励

昨日から今日にかけて、大阪市の住民投票の結果で話題がもちきりになっている。橋本市長や松井知事の主張する大阪都構想が、住民投票で否決されてしまって、橋本氏は政治家を引退するとのことだ。更に、お二人が所属する政党「維新の党」の江田代表まで辞任する騒ぎになっている。橋本市長と松井知事は国会議員ではないが、国会における維新の党は、民主党に次ぐ第3勢力でフレッシュな人材にも恵まれている。

そして基本政策1丁目1番に「憲法改正」をうたっているので、安倍現政権は大分色目を使っていたようだが、期待外れだったみたいだ。しかし自民党の憲法改正と維新の党の改正とでは目指すところが大分違うので、今回の住民投票に維新の党が勝って、おかしな野合が現実化せず却って良かった。維新の党はこれにめげず、国会では引き続き健全野党として、安倍政権の右傾化に対するブレーキ役を果たしてもらいたいものだ。

党基本戦略の2番目に掲げているのが、広域地方政府と道州制だからショックが大きかったのかもしれぬ。しかし代表が辞任するほどのことでもあるまい。そもそも大阪都構想が間違っているような気がする。大阪在住経験6年ほどあるが、現在の市民と一緒で内容が理解し難い。2重行政の無駄排除については誰にも異論は無かろうが、安倍総理の安保法制変更と同じで、利害得失のマイナス面の説明が不十分に過ぎたのだろう。

何事にも陰と陽、プラスとマイナスは必ずあるものだ。我が田のプラス面を強調すればするほど、裏側が見えてくる意味もある。橋本氏が政治家を引退するのも実現すれば結構なことだろう。そのことで維新の党がより民主的な党に生まれ変ることが出来れば、党勢が衰退すると決まったことでもあるまい。むしろ、今回の大阪の住民投票では、自民党のご都合主義が露呈したことに、改めて気づいた人も多いことだろう。

東京と大阪では大分趣が異なるかも知らぬが、2重行政の無駄には同様にありそうだ。国があって都道府県があり、区市町村と3重になっている官僚制度には大層な無駄があるに違いない。これにメス入れる方法は、道州制よりむしろ中間の都道府県を廃止して、区市町村と国をダイレクトに結ぶことの方が早そうな気がする。情報処理技術が進歩しているのだから可能だと思うのだ。

何れにせよ、維新の党は自民党なんかとくっついてはいけない。下駄の雪は公明党にお任せして、基本政策にある「一…

昨日の報道ステーション

3月末の古賀茂明氏降板騒動以来暫く視聴を止めたりしていたが、何と言ってもNHKのニュース報道が酷すぎるので、このところまた視聴するようになった。考えれば、古館キャスターもスポーツレポータ上がりの一種の芸能人である。その割にはニュースキャスターの分を弁え、古賀氏の騒動にも巻き込まれずに中立を保ち、よくやっていいると褒めるべきかもしれぬ。

昨日(5月15日)放送の中で紹介された安保法制審議入りのニュースも、NHKなど比べものにならないくらい充実していた。解説者がレギュラーではないような気もするが、社会学者の古市憲寿氏。当然ながら賛否両論があり、これからの論戦が待たれるテーマなので、古館氏も古市氏も中立を保ちながら慎重な物言いで、十分審議を尽くしてもらいたいと締め括っていた。

その賛否両論の代表的意見と言うことで、賛成論は三宅邦彦氏、反対論は白井聡氏のインタビューを挿入した。両者のコメントの長さはきっと厳密に等分されていたに違いない。白井氏のコメントが先に紹介され「従来保守リベラル関係なくオール日本で墨守してきた憲法の平和主義を捨てて、アメリカの政策に象徴される軍事力による抵抗勢力の抑え込みは、軍事力増強の際限なき競争に嵌るだけ。」

次に三宅氏が「今や1国で安全を確保することが難しい時代、日本だけが平和維持活動をお金で済まそうなんてことが許される時代ではない。戦争に巻き込まれるのでは、と心配する向きもあるが、今回提出の法案では制約条項がきちんと整備されているので心配は全く無い。」との説を述べていた。

どちらの説が説得力あったかについては、取り敢えず置くとしたい。気になったのは三宅氏のインタビュー中の一言。制約条項云々の中で、「例え数年前のようにおかしな内閣が誕生しても・・・」である。一旦舵が切られて方向が変わると何が起きるか、ご本人もその危険は十分承知しているからの発言でもあろう。

三宅氏からすれば前政権は気に入らぬ政権であったのだろう。でも、仮初めにも民主的選挙の結果国民が選んだ政権を「変な」と言ったか「おかしな」であったかははっきりしないが、生放送中のことであれば仕方なかろうが、挿入インタビューである。番組のディレクターかプロデューサーか知れないが、余りにも無神経であり過ぎるのではないか。

意外な世代間の違い

昼飯に入った池袋の天丼の天や、いつもように500円の天丼を注文して待つ合間、カウンターに立てられた写真入り広告カード「コシアブラが入りました。税込100円」が目に止まった。ほんの一枝で100円とは少し高いが、懐かしい香りと味を思い出して追加注文してしまった。7、8センチ程の枝先に蕾が3つか4つだったが、まさしく故郷の香りと味で、北信濃の山を思い浮かべながらの昼食となった。そこに行ければ、只でレジ袋一杯ほども採れるだろうに、などと野暮は言うまいだ。


今日も朝からまるで夏の陽射し、しっかり汗をかいた。山歩きは出来なくても、コシアブラを食うことも出来たし、先ずは善しとしたい。

閑話休題、日本も農耕社会から工業社会に変化を遂げて久しく、今や世の中の変化のスピードは目まぐるしいものがある。農耕社会の昔を懐かしむつもりも無いが、変化のスピードについて行けなくなっているのも事実だろう。自宅でテレビを観ていてもコマーシャルの意味が理解できないことはしばしばである。もう変化について行く必要もない年頃でもあるし、懐メロの歌謡番組でも観て楽しんでいればいい訳だ。

70有余年の人生を顧みて、最も変化が激しいことは何だろう。個人的生活や社会環境に余りに多すぎて、俄かには適切な答えが見つからない。社会的にはエネルギーの安定供給と情報の量的拡大と多様化かな、なんて思ったりもするが、当たっているとも思えぬ。しかし情報に関することは当たらずとも遠くはあるまい。

何でこんな前置きをしたかと言えば、今朝婆さんに聞いた話が非常にインパクトがあったせいである。曰く「今、デパートでも何処でも文房具の売り場で鉛筆を探すと、HB鉛筆がなかなか見つけにくいそうよ。小学校の先生もBか2Bの鉛筆を持たせてくださいと親に依頼しているそうよ。」何でも昨今の小学生は筆圧が弱いので、HB鉛筆で答案など書かれた日には先生が読み取り難くて苦労してしまうようだ。

何処から仕入れた情報か知らぬが、どうも本当らしい。自分なんぞ筆圧が強すぎて字が上手くならないと思っていたので、ひょっとすれば現代っ子は習字が上手になるのではと思ってしまったりしてしまう。更に現代っ子の手首や手先の運動神経に話が及ぶと、大分我々世代とは様変わりしているらしい。いい大人になっても鉛筆が削れない、との話は前から聞き及んでいたが、最近の子供は缶切りで缶詰の蓋を開け…

国民感情は大きく割れているだろう

今月10日発売の文藝春秋6月号に、天皇皇后両陛下が先月訪問されたパラオ諸島への慰霊の旅について、随行した当時(5月1日付で退官したばかり)の侍従長川島裕氏がその計画から当日の随行詳細を書いている。訪問旅行そのものは逐次テレビでも報道されているので概略知ってのことだが、両陛下の過去の戦争に対する深い哀悼の念については改めて読者の心を打ったことだろう。
両陛下が度々赴かれる被災地への見舞にしても同じだが、何処に住もうと何をする人間であろうと、全ての日本国民に対する公平な思いやりの心遣いには心からの敬意を禁じ得ない。

これは一見簡単なようでもなかなか難しいことのようだ。比較するのも可哀そうだが、歴代総理などの被災地視察や、戦没者慰霊祭などでの態度や式辞を比べると、自ずから見えてしまうと言うべきか、分かってしまうことだろう。このような現実があるので、国民の側から両陛下を見る目も大方は愛情に満ちたものである筈だ。畏れ多くて世論調査の対象にはしにくいのだろうが、実際に調査が出来たとして敢えて仮説を上げれば、現憲法下の天皇制維持に賛同する率は90%を超えても不思議は無い。

歴代内閣の出来不出来や、支持不支持には様々な変動があって当然だが、象徴天皇はどうもその上に置かれた重石の感が無くない。憲法の法律解釈でいけばどうなるのか知らぬが、内閣は国民が選挙で選んだ人間で構成されている。従って、ここが国家の最高権力機関であり、象徴天皇がその上に重しとなるなんてことはあり得ない筈だ。しかし天皇制の無い日本を想像すると、ぞっとすると言おうかどこか居心地の悪さを感じてしまう。例えとして適切かどうか疑問があろうが、憲法9条も天皇制に似ていると思う。

現政権はこの9条に手を付けたい意向のようで、実質的には手を付けて解釈改憲をしている。憲法9条に関して国民の間にはいろいろな考えがあると思う。しかし実質的には相当な軍備を持ちながら、世界各国から平和国家として認められ、軍事行動に引きずり込まれずに済んだのはこの9条の存在によるものではなかったろうか。唯一の同盟国であるアメリカの強い意向があったにせよ、これに手を付け始めたのは、例えは悪かろうが天皇制を否定するような感じだ。

もとより、内閣の権力は国家を支配するもので、天皇の意向なんかまるで関係ないのも事実だろう。しかし平安末期から鎌倉、室町、戦国時代でも…

五月晴れとは今日のことだろう

季節外れの台風の余波が都会の汚れをすべて吹き飛ばしてくれたような、清々しい一日だった。都会とは言え、我が散歩道には電線が全て地中化されている。空の透き通ったブルーに街路樹の濃い緑が良く映えている。目には青葉でホトトギスこそ見当たらないが、初鰹は先週だったか食膳に上がっていた。兎に角散歩には最適の良い季節になった。明日までは続くらしいので、暫くはゆっくりできそうだ。

頭にあることを何か書こうとも思ったが、こんな素晴らしい天気に下らぬたわごとを書くのは勿体ないと感じ、今日はこれで止めておく。

右旋回が急だ

このところ箱根の噴火や季節外れの台風関連のニュースばかりで面白くない。
目立たないようにしているのかどうか知らないが、国家の方針が曲がり角にあることの方がずっと重要に思うのだが、意外とマスコミは淡々としている。そこで最近の個人的思いを少しばかり書きたい。

この世に生まれたは75年前の1940年、日本は軍国主義の真っ盛りで、国を挙げて大陸や南洋諸島に覇権を拡大しつつあった時期に当たる。明治維新自体が、欧米の植民地政策に屈しないことを目的にした内政改革で、その血で血を洗う騒乱が収まって以来、国家として目指したのが欧米の植民地にならないようにすること。むしろ欧米列強並みに海外に権益を拡げ、植民地を持たねばならぬと考えたのだろう。そして新政府の指導者たちが国家目標に掲げられたのが「強兵富国」政策。

そしてこの時、国家のシンボルとして「天皇」を国民の脳裏に上手く刷り込み、政策推進にフル活用することになる。この手法はある意味で大成功して、その最初のピークが小生誕生の頃だったのだろう。明治元年から数えれば72年目に当たる。(因みに第2のピーク敗戦直後だが、何時か改めて書きたい)恐らくその間日本人は、官民挙げて欧米並みの国造りを目指したに違いあるまい。多くの個々人にとって国造りは関係ないだろうが、国民の大多数は日本国が何となく世界でも屈指の強国となって行くことは誇りでもあり、出来れば自分もその一助か一翼になりたいとの思いを持っていたに違いないだろう。

列強になって行くことは一方に被征服国家が植民地となって行くことでもあるが、そこの国民に思いを致した日本人はいなかったも同然のようだ。そのことは致し方あるまい。日本が植民地化しなければ、他の欧米諸国が植民地とするまでのことに過ぎないのだから。むしろ日本では、アジア諸国を欧米諸国の植民地化から守るぐらいの理解でいた庶民が大半だったのだろう。1930年代に世論調査なるものがあったか分からないが、当時に調査をすれば、大陸や南方に覇権を拡大することについて圧倒的に支持があったのではなかろうか。

しかし国家の運営とか国策とは難しいもので、必ずしも世論の支持率だけに沿って舵を切っていれば間違いないてなものでもなさそうだ。誰かが責任を持って舵取りをしなければならない。時に世論の支持が間違っていたのは歴史の示すとおりである。軍国主義がピークを迎えつつ…

読後感「敗北を抱きしめて」ジョン・ダワー著
訳 三浦陽一・高杉忠明

先々週土曜日に放送された著者のテレビインタビューを観て触発され、大枚を叩いて買い込んだ本であるが、1週間がかりでやっと読み終えた。正直なところこんなに早く読了に至るとは思っていなかった。読み始めると引き込まれて随分と読み進んでしまう。近来かくも興味深く読み応えがあった書物は珍しい。著者は2歳年上の文学者であり歴史学者でもあって、日本文学とと日米の関係の歴史を専門としている。

そもそも現代日本に於いて、大学などの文系学部では法律だの経済だの言った方面が文学や歴史学に比べると一段格上に見られているように思うが、英米などではそうではないらしい。英国オックスフォード大学では歴史学が最難関コースとされている、とどこかで読んだような気がする。本書は、先の大戦の終戦直前から米軍による占領時代を中心に、昭和の終わりくらい迄にかけ、日本人と日本社会がどのように変容していったか、そしてそこに占領軍或いは同盟軍としての米軍とアメリカ人がどのように関係していたかについて記した記録である。

明治或いは大正生まれの両親の世代が、この間の変化をどのように感じていたかは知る由も無いが、昭和15年生まれとして思うのは、価値観に劇的変化があって戸惑うことも多かったのではとの思いである。何故ならおぼろげながらであっても、1945年8月15日の玉音放送が我が家に流れた日の記憶はあるし、その後社会に起きた変化の現実の一端は実際に見聞してきたからである。しかし著者は、5年や6年で国民の価値観など簡単に変わるものではないと言い切っている。このことが目から鱗の思いと言える。

日本が何故あんなに惨めな敗戦を喫したか、戦後70年経った今でも正確に理解できていないと思われるような社会現象が出始めている昨今でもある。1931年の満州事変から1945年の終戦に至る道筋を追い、且つアメリカに依る占領とマッカサーの占領政策を残された記録を基に丁寧に分析した本書を読み進むと、これまでに思い込んでいた、又は現実に見て知っていたつもりの日本が全く別の形に見えてくる。敗戦による進駐軍の占領によって東京裁判もあり、新憲法の制定もあり、数々の法令の改正で日本は全く民主化され生まれ変わったかのようにも言われるし、そう思ったりもしている。

しかし敗戦から僅か5年後には朝鮮戦争が勃発して、警察予備隊の編成を余儀なくされたりして、ここで再び日本…

歴史認識

今日昼頃のニュースで、自民党の議席獲得は10数議席の見通しとは嬉しい響きだが、イギリス総選挙でのお話で、我が国では圧倒的多数を占めいている現実は当分変わりそうにない。流石政権への支持率は少し落ちてはいるようだが、それでも過半数を維持しているようで、いよいよ憲法改正に着手する姿勢を示している。民主的な選挙で選ばれているから、何をしようと文句のつけようは無いが、昨日報道された「欧米の日本研究者ら187人が4日、安倍晋三首相に対し、戦後70年の今年を過去の植民地支配や侵略の過ちを認める機会にするよう求める声明を送付した。」との記事には思わず惹きつけられた。

これまでに中国や韓国の政治家やら一部アメリカの議会関係者からも、安倍総理の歴史認識について注文がつけられることは屡あったが、余り真剣深刻に考えたことも無かった。多分総理ご自身の受けとめや多くのマスコミも同じ筈だろう。どうせ、それぞれの政治的立場の相違から己に都合の善いように、他国の指導者を批判しているだけのことだろうと、気軽に聞き流してきたような気もする。かと言っても、個人的には総理の歴史認識は相当おかしいと思いるのも事実である。

しかし政治家とは少し立場を異にする学者さんたち、しかも複数国に亘る187名もの人からの声明ともなると、少し真剣に受け止める必要があるのではなかろうか。この連休半ばから読み始めてやっと下巻に入り、未だ読了に至っていない「敗北を抱きしめて」の著者ジョン・ダワー氏も名を連ねている一人だ。読みながら感心するところが余りに多いので、このニュースのインパクトは余計強かった。

改めて歴史認識を考える時よく引き合いに出されるのが、ドイツのメルケル首相。先日も態々我が国を訪問してまで、先の大戦から福島原発事故にまで触れて、歴史に学ぶべきとのことの重要性を日本人か日本政府に伝えたかったようだ。その彼女がつい先日、また歴史認識について今度は自国民に向かって放ったメッセージが連休中に紹介された。日本人は総理も含め行楽でお疲れで真剣には聞いていないだろうが、傾聴に値する。

今月3日ダッハウ強制収容所の解放70年式典で曰く「ナチスがこの収容所で犠牲者に与えた底知れない恐怖を、我々は犠牲者のため、我々のため、そして将来の世代のために、決して忘れない。我々は、皆、ナチスのすべての犠牲者に対する責任を負っている。これを繰り…

大型連休に飽きて

今朝は新聞休刊日だそうで新聞の配達が無い。街を歩いても未だ人通りが少なくて、何となく活気が無いように感じる。大型連休も有難い人はいるのだろうが、日本全体の経済効果とか、学生の向上心の面から見て必ずしも有効であるとばかりは言いきれないだろう。昨日大型連休の最終日の報道も又ステレオタイプで、里帰りした家族と田舎の年寄りとの涙の別れに交通の混雑、空港での海外旅行から帰国した優雅な人種の映像と決まりきってはいるが、平和で景気も悪くないと言わんばかりだ。

昨夜テレビ朝日系列の「報道ステーション」を観ていたら、司会の古館氏が珍しくそのことに関連して反省めいたことを口にしていた。解説者の中島岳志氏とも、日本がデフレから一行に脱却する気配が無いし、一般国民は先行き不安ながらも、連休気分を細やかに味わうしかないのだろうと言ったような意を述べていたと思う。むしろ続いてNHKが全く触れない日米ガイドライン改定と今後の安保法制審議について、極めて慎重なもの言いながら「こんな事でいいのだろうか」と批判していたのが印象に残った。

日本の連休に乗じてかどうか知らぬが、米国では日本の自衛隊を米軍の下請けに組み込むことに成功したようなもの言いが公然と行われている。そりゃそうだろう、日本の総理を筆頭に外務・防衛の重要閣僚が米国に出掛けて、それを請合うようなことをこれまた公然と口にしているのだから。新聞は休刊、安倍さまのNHKは、この重大事件は箱根大涌谷の地震活動がやや活発化していることより、先の連休終盤の定型映像に比べれば取るに足らぬことらしい。

連休後半をゴルフ三昧に過ごした安倍総理が来週以降の国会をどう乗り切るのか?そしてマスコミはそれをどのように報道するのか、他人事ながら少し心配でもある。

武蔵野散策

婆さん昨夜は、実家からの帰りが遅くてこちらは先に寝てしまい、今朝久し振りのように顔を会わせた途端に曰く「あなたがこの連休にずっと家に引き籠りぱなしとは、結婚以来初めてでは?」どんな心算で言っているのか知れないが、濡れ落ち葉にならないでよ、の意かもしれぬ。実際のところは分からぬが、ここ数年はJRの老人割引が利かない期間でもあるので遠出はしていない筈だが、家に引き籠りきりは珍しいかもしれぬ。

たまたま昨日埼玉県の新座に住む友人が電話をくれて「高尾山に行く機会があったら一緒させてくれ。」とのこと。その時「勿論それは構わないが、山は未だ体調が十分でないので今しばらく待ってくれ。それより君の近くの武蔵野へでもたまには散歩に行きたいから付き合ってくれよ。」なんて返事をしたばかりだった。今日は朝から天気も好いし婆さんのけしかけもあったので、昨日の友人にこちらから電話をして、早速今日武蔵野散歩を実現してきた。

誠にガッテン太郎さんの面目躍如、善は急げだ。埼玉県と書くと土田舎と勘違いされそうだが、埼玉県新座市と我が住居の都内豊島区千川との距離は僅か電車で30分ほど、生活環境の利便性など比較してもどちらが田舎か分からない。異なるのは自然環境で、勿論軍配は新座市に上がる。特に友人宅は駅から5分と掛からぬ交通至便であるにも拘らず、武蔵野一の名刹される臨済宗の平林寺から20分ほどの場所に位置している。

友人の言葉に甘えて昼前からお宅にお邪魔をして、久し振りの四方山話の後に奥さんにもご同行願って近くの焼き肉店で腹いっぱいのご馳走に与った。2時近くになってから、友人と二人で腹ごなしの散歩としゃれ込んだ。目的地は彼の平林寺、半世紀前頃一度訪れたことだけは覚えているが、印象は全く残っていない。多分季節が異なっているのだろう。紅葉が有名な寺だけに秋のことだったかもしれぬ。

寺の敷地の広さと森林は見事なものだが、建屋は仁王門にせよ本堂にせよ想像以上に粗末なものだ。考えてみると禅寺にはこの佇まいこそが相応しいのかもしれぬ。境内の森林は実に広大で、現在は新緑一色だが、よく見ると楓が圧倒的に多い。秋はさぞ行楽客で賑わっても良いと思うが、門前の食べ物屋やとか土産物屋が少ないので、意外な穴場かもしれぬ。元々岩槻に勧請された寺であるが、江戸時代に新座に遷座されたようだ。

その時同時にこの地に多摩川から用水工事が行…

嘘つきは泥棒の始まり

大型連休とて近くの商店街には人影がまばらだが、高速道路は渋滞しているようだし、列車も満員のようだ。大勢の人に行楽の余裕があるのは、日本は不景気と無縁の証拠だろうから目出度い限りだ。高校時代の同期生が、10年以上も連休が続いているので何を今更、感激は皆無なりと言った趣旨のことを述べていたがその通りだ。我が家も男ばかり孫たちの端午の節句とて、婆さんは早朝から彼等に柏餅でもご馳走しなきゃと、いそいそとお出かけ。こちらは一人淋しく置いてけぼりで感激よりむしろ侘しい限りだ。

ところで、このところ熱心にニュースをウォッチしていなかったせいもあるが、総理の帰国がマスコミで大した騒ぎにはならなかったようだ。第一総理のお姿を米議会での演説以来殆どお見受けしないと思っていたが、一昨日の3日にはいつの間にやら帰国されていたらしい。やれ国賓待遇だの議会での演説が大成功と持ち上げて大騒ぎしていたマスコミもいい加減なものだ。英国プリンセス誕生より、総理の凱旋を華々しく迎えるかと思っていたので拍子抜けしてしまった。

どうも、ワシントン滞在の先月27日と28日の2日間は、アメリカ側でもそれなりの配慮があって公式行事が重なったようだが、オバマ大統領と個人的親密さをアッピールするような行事は一切無くて、残りの3日間は総理も人並みに大型連休をアメリカ旅行で楽しんできただけらしく、流石のマスコミも論評のしようが無いと言うことだろうか。何時から始まるか知らんが安保法制関連の国会審議を前に、今朝の新聞に出ていた小さな記事が目に留まった。

自民党の高村副総裁がこの時期に北京を訪問していて、唐家セン元国務委員(元外務相みたいなものだろう)と会談したらしい。高村氏が超党派の日中友好議員連盟会長であるのも、氏の中国脅威論からするとおかしげな感じもあるが、案の定唐家セン氏からズバリ釘を刺されたようだ。曰く「お国の脅威論に中国を引き合いに出すのはやめなさい。」との意。他にも総理の演説や歴史認識について率直な批判があったらしい。高村氏が何と答えたか何処にも出ていないのが、マスコミのいい加減なところである。

何処の国の政治家にせよ率直な物言いは分かり易いが、どうも我が国の政治家特に政府関係者の言はもって廻って分かり難いばかりでなく、結果的にかどうか別として結局嘘を平気で言ってしまう節がある。これを改めないと世界からまともに…

TBS『報道特集』

最近のテレビはニュース番組すらつまらなくなってきたが、昨日18時から放送されたTBS「報道特集」は見応えがあった。特集としてご多分に漏れず総理のアメリカ議会での演説を取り上げていたのだが、コメンテーターの選定に敬意を表したい。国内から二人、一人は新潟県加茂市の市長小池清彦氏(78歳)、氏は元防衛庁制服組の幹部で5期目の市長さんであるが、自衛隊の海外派遣には一貫して反対し続けている。

もう一人は安倍氏の側近評論家元外務省官僚の三宅邦彦氏(63歳)、勿論集団的自衛権行使は賛成で、日本が普通の国として評価されるにはこの道しかないと考えている人であるのは衆知のお方。自衛隊員が海外で血を流すようなことがあっても、彼等はそれを覚悟で入隊してきているのだから、私は特に違和感を覚えない。と言い切ったのには流石少しびっくりした。

そしてアメリカから一人、選ばれたのがジャーナリストのジョン・ダワー氏、小生の2歳年上のようなので77歳だろう。何となく名前は知っているが、著書を読んだことはなかった。彼のインタビューが秀逸。日本人の妻を娶り、長く日本を見つめ続けているジャーナリストでピュリツァー賞まで受賞している人なので、アメリカでも評価は高い人なのだろう。

金平キャスターのインタビューに答えるコメントでかなり長時間に及んだ。今年は大戦の終結から70周年であるばかりでなく、ベトナム戦争介入50周年の二つの節目の年なのだそうだ。現在アメリカの国防省はベトナム戦争を美化して、あの戦争は崇高な戦いだったとするためのイベントを用意しているとのこと。これと似たように、日本の保守派には先の大戦を美化しようとする雰囲気を感じてしまう。

先の大戦にせよベトナム戦にせよ戦争とは悲惨なもので、弱者が多く犠牲になる。そして日本の保守派が「日本を普通の国にしたい」という時、彼らの言う「普通の国」とは憲法を改正することで、自ら軍隊を持ち、自ら武器を保有し、戦闘に参加できる国を意味しています。アメリカは普通の国でも何でもなく、極言すれば狂っている国だから、素晴らしい日本には「アメリカのミニチュア版(Little America)」になって欲しくありません。と結んでいる。詳しくは下記を参照願いたい。
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-4234.html

素晴らしいこ…

在宅なれど快晴だ

実にメーデーの名に相応しい素晴らしい天気になった。連休に入っている人にとってはラッキーな滑り出しと言える。特になす事もなくぼんやり考えるに、総理のアメリカ議会演説など大きなニュースが多いので、余り目立たなかった北海道羅臼町での海岸隆起事件を思い出した。地質学者や地震学者の間では注目されているかもしれぬが、一般人の殆どはもう忘れ去っていることだろう。

報道されたのは1週間前の先週金曜日、長さ約300メートル、幅約40メートルにわたって高さ約10メートル隆起しているのに住民が気づいた。町の調査では、約200メートル離れた裏山で長さ約250メートル、幅約50メートル、深さ約20メートル陥没が起きていたことが判明。専門家は、土砂の塊が地中から海側に流れる地滑りが起き、海底を押し上げたとみている。山の陥没はよく聞くことなので、それが原因とはっきりすればそんなに珍しがったり心配することではないかもしれぬ。

一方で大々的報道が現在も続いているネパールの大地震も発生日が同じ25日だ。天変地異と言われる現象も地球規模で観ればかなり頻繁で、地球が生きている証拠だろうから、現代人がいちいちびくつくのも如何かとは思う。昨年は南の方で西ノ島の噴火もあったし、御岳山の噴火もあったではないか。最近の異常気象は日本に限った事ではないようで、アメリカでも相変わらず異常気象に見舞われ、落雷や竜巻が発生する一方、集中豪雨による洪水が各地で発生している。また五大湖周辺は冬に逆戻りで、日中でも零下となって 先月21日から22日にかけ、ミネソタ州では雪の舞う1日となっている。

反対にロシアのシベリアでは季節外れの高温が続いており、例年ならまだ雪に覆われている原野に雪はまったく残っておらず、高温で乾燥した草原が燃え上がり、消防士が出動して消火活動にあたっている。 どうやらシベリア全体が高温となっているようで、バイカル湖の西に位置するイルクーツクの一昨日の気温は26度と真夏並み、4月の平均の最高気温9.4度と比べ れば、いかに高温であるかが分かる。

またこれとは別に、ロシアの西部地方にあるペンザ州ツァレッチニというところでは、アースフローと呼ばれる不思議な地滑り現象が発生している。 雪解けシーズンであるから積雪した雪の塊が滑るという現象はあり得ることであるが、4月1日に発生した地滑りは、まったく平らな場所で起き…