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「リクルート事件・江副浩正の真実」  江副浩正 著

このところ民主党幹事長小沢一郎がらみ一連の報道で「東京地検特捜部」がクローズアップされてきている。しかし司法なんかに全く興味がないので、社会的な機能はもちろんイメージすら湧いてこない。退屈を覚悟で特捜関係で現在評判になっている本を何冊か読むことにした。その第1冊目である。

検察云々以前に改めてびっくりしたのはこの事件の大きさである。当時社会問題に興味がなかったのか事件概要は殆ど記憶にない。リクルート事件の発生は昭和63年6月で逮捕起訴された人間が12人、江副氏自身は翌年の2月に逮捕されて6月に保釈になったものの判決はなんと平成15年3月である。江副さんと言う人は大金持ちで広い範囲に谷町気分でお金をばら撒いていたようだ。従って彼から株券やお金を貰った人は広範囲すぎて彼自身も認めているが、逮捕起訴されなかった人物は本書には書かれていない。

唯一例外的に政治家の中では中曽根康弘の名前が何度も登場するのは、彼の身代わりとして訴追され政治生命も絶たれた藤波孝生氏に対する贖罪的な気分からだろう。考えてみれば昭和63年と言えばバブルの絶頂期、世の中金さえあればなんでもOK の雰囲気に包まれていた時代だ。なるほど正義の検察がこりゃ何とかしなきゃいけんな、と思った気持は分からないでもない。同じような連中が数多くいた中で血祭りに上げられた江副氏は気の毒ではある。

捜査手段をほとんど持たない検察は、捜査の大半をマスメディアの情報に頼って起訴のストーリーを組み立てると書いているが、これもあながち嘘だろうとは言えないかもしれない。併せて取り調べの過酷さと卑劣さ(脅しの手口)、これについてはこの本での論を待つまでもなく多くの人間が指摘しているところだ。友人からも実体験を聞いているので本当の事だろう。しかし捕り方からすれば悪人をふん捕まえて「有体に白状しませい」と迫るのは生易しい事では勤まらないのも事実だろう。だからこの辺の感想は引かれ者の小唄を聞くようなものだとしたい。

問題は検察が世の中や政界にはびこる金権体質を糺(正)したいとする発想で、一罰百戒をよしとして事件に着手する特捜のシステムだ。この事件の経緯を受けて政治資金規正法が制定されたらしい。検察側は所期の目的を達したとして喜んでいるのだろうか。同じ行為をしながら罰せられなかった不特定多数の人間がいて、片方に大きく人生を左右された特定の人間が存…

今週はNG

今週ついにダウンしてしまいました。別に運動しすぎた仕事をしすぎたとか飲みすぎたとかではありません。強いて言えば月曜日の昼に、普段あまり食べた事のないチーズバーガードッグとミネストローネなるものを食べたせいではないかと思っています。食べた直後から口の中にトマトと豚肉の変な味が残っているなとは思っていました。そこへ持ってきて夕飯がまたヒレカツでした。ヒレカツは好物なのですが、どうも素直に腹に入っていかなかったようにも思っています。

夜中もむかむかしていたのですが、一昨日起きると途端に嘔吐です。びっくりしました。嘔吐なんて何十年も経験した事がありません。こんなに苦しいものかと思いました。それでも少し飯を食わなければと思って、お粥を作ってもらって少し食べてみました。ヨーグルトなら入るだろうと思ってプルーンとヨーグルトも少し食べました。ところが全くいけません。暫く経つとまた嘔吐で全部吐き出してしまいました。仕事どころではありません。結局吐き気は夕方まで続き、昨日の昼に食べたトマトの滓まで出てしまいました。昼間の大部分は寝床とトイレの往復で、暗くなってから病院にやっとの思いで行きました。

子供の頃、具合が悪いとお医者さんが家に来てくれたのを思い出してしまいました。今でもお医者さんの往診なんて事はあるのでしょうか?我が家には自家用車がないし、タクシーを呼んだら笑われそうな距離です。少し残っている吐き気を我慢してとぼとぼ歩いて行きました。診察中に看護婦さんがビニール袋をもって待機してくれましたが使用せずに済んだのは幸いでした。今年は風邪にも似たような症状が出ているようですが、診断はウィルスだろうという事で吐き気止めと胃薬の対処療法になりました。

吐き気止めは肩に打ちますか、尻にしますか、それとも座薬にしますか三択で尻に注射をしてもらいました。幸い昨日の朝には吐き気は治まりお粥を口にする事が出来るようになりました。段々量も増えて今朝はほぼ茶碗一杯ほど口に入れましたが、殆ど下痢で出てしまいます。とても力が入りません。寝ていても仕方がないので床屋に行ったリしてぶらぶらと過ごしました。ぼーとしていて読書すら気が進みません。明日は月末で経理関係の仕事があり、これが雑事雑用の最たるもの、余人をもって代えられません。明日は頑張ろうと思っています。

「正義」とは何ぞや?

先週金曜日の夜、家内が芝居見物のため一人で留守番。退屈しのぎの徒然に「BSフジLIVE PRIME NEWS 」という2時間近い番組をじっくり見た。テーマが『どうなる?政治とカネ“小沢一郎 VS 検察”最終戦争の舞台裏』でゲストは元検事が2人高井康行と郷原信郎、元警察庁の佐々淳行、元共同通信社の司法ジャーナリストの魚住昭、政治学者の山口二郎にフジの報道から2人での討論番組である。
内容は下記でご確認頂けるので興味のある方は是非ご覧ください。http://www.bsfuji.tv/primenews/movie/index.html?d100122_0

私的な感想を言えば、検察応援団に自民党応援団の佐々淳行を持ってきたのは如何にもミスキャストだった。私は三宅久之、岩見隆夫、塩川正十郎が今でもテレビに出演して、何かにつけ訳知り顔で新政権をくさすのを見て、世の中変わったのだから新しい動きを是認できないような老人共を出演させること自体間違っていると思っている。善意に解釈すれば、テレビ局は世論に迎合していると思われたくないので敢えて少数党応援団に出演依頼しているのかとも思う。

しかし性懲りもなく同じようなメッセージを流し続けることについてはどうなんだろう。事の是非をテレビ局幹部もよく考えてほしいものだ。今回の佐々淳行も同じような趣旨での出演だろうから仕方がないとしよう。しかし彼の発言は兎に角何を言っても二言目には「小沢、鳩山は倫理に反する政治家だから辞任すべき。」一点張りで、各テーマの検証結果を全てここに結び付けている。牽強付会を絵にかいたような発言内容だ。其の度に元検事二人は苦笑いをしながら軽くいなしている。

小沢は私の好きな政治家はではあるが、彼が田中派の利権の牙城と言われた旧建設省と旧郵政省のうち建設省をがっちり引き継ぎ、その利権を掌中にしてきた事は衆知の事。従って今回もこの旧悪を暴こうとする検察と小沢の戦いにどう決着がつくかは分からない。当然小沢が負ける事もあるだろう。負けない場合でも、既に多くの人が指摘するように、参議院選挙前には幹事長辞任もありうるかもしれない。洋の東西を問わず政治に金が掛かる事もこれまた衆知の事。だから今日は小沢問題とは離れて、この番組での感想を書きたい。

誰の発言かは忘れたが「検察は正義を追求するとおっしゃるが、悪の権化の小沢一人を槍玉に挙げれば一罰…

雑事雑用係

今朝は今週日曜日の中学同窓会で撮った記念写真をプリントして、メールを使用していない友人6人に郵送の手配をする。昨日は年始の挨拶できていなかった人のところも行くことができた。来週月曜日に年賀はがきのお年玉抽選番号の照合をすればやっと正月の雑用が終わるだろう。正月が終わると来月は個人所得の申告があり、3月に入ると仕事の決算月でこちらの経理処理やら精算関係が少し忙しくなる。追われるほどの事ではないが毎日何かと雑用があって1日が暮れていく。この日記もその一つかな。

平日は朝食を済ますと前日自宅に届いた郵便物などを持って別に借りている仕事部屋に8時頃には籠る。小さな机が一つとテレビ、昼寝用のソファー、トイレに水道はあるがガスは来ていない。仕事部屋を訪れる人は殆どないが、たまに来客があってもお茶も出せない。1年ほど前までは近くに自販機があったので来る時わざわざ缶を買って来てくれる人もいたが、現在はそれもできなくなっている。

仕事と言っても大した事をしている訳ではない。ホームページの管理業務で技術スタッフはそれぞれ自宅なり個人事務所を拠点にしている。メインのサーバは厳重にアクセスを限定しているが、ミラーサーバをスタッフと共有して顔を突き合わせての打ち合わせを出来るだけ少なくしている。いる。従ってヘッドオフィスのここはPC1台と電話1台で用が足りる勘定である。私の仕事はむしろ管理面特に経理関係の事が多くなる。と書けば格好は良いが言い換えれば殆ど雑事雑用だ。

しかし最近この雑事雑用と云うのが結構スキルを要する事柄が多い事に気がついた。我々の時代は事務系の総合職が恰好もいいし偉いと思い込んでいた。お陰で未だに日記一つ書くだけでキーボードの操作に四苦八苦だ。現在も総合職という言葉あるかどうか知らないが、総合職なんてものは段取り屋さんで雑事雑用係、これからはあまり必要とされないだろう。役所で言えば事務次官なんてその最たるものだろう。

娘の婿は二人とも専門職なので、私たちの時代感覚で言えばあまり雑事雑用には向かないし、出世するタイプではないという事になるだろう。しかし彼らの話からしても、40歳そこそこの彼らが組織を動かし、即ち変化に対応し、50,60歳の役員クラスは反応が鈍くてどうしようもないようにも聞こえる。孫たちはまだ小学校なので、将来何になりたい、したいなんて事は孫が来ても話題にならない。も…

墓に衣は着せられず

1940年の生まれで5人兄弟の3番目、小学校に入学する前は、親父が外地に出征していてどんな姿かたちであったか殆ど記憶にない。小学校に上がる年の冬1月か2月の寒い頃突然帰ってきた。ある朝目が覚めると隣に祖母がいて「隣の部屋にお父さんが帰っているからご挨拶をしなさい。」と言われた。襖をそっと開けて薄暗い部屋に首を突っ込んで「お父さん」と呼びかけると、顔は見えなかったが布団の中から「おぉ○○か、元気にしていたか?」と返事が返ってきた。私は「お帰りなさい。」だけ言ってすぐ襖を閉めてしまったように記憶している。

現在の常識で考えれば、5年ぶりで父は家族と再会したのだから家族をあげて盛大な祝宴となるべきだが、私の記憶に大した祝宴は残っていない、多分当時一般家庭に酒なんかはなかったのかもしれない。ただこの当日であったか数日後であったかははっきりしないが次の光景が記憶に焼きつき、それが父の第一印象となっている。当時我が家でも卵の供給源として鶏を数羽飼っていた。そのうちの一羽をご馳走にしようと言う事だったのだろう。父が鶏小屋に入って一羽の首を抑えててを掴みだし、こいつの首を薪割台に据えて片手に持った手斧で叩き落とした。

首は落ちたのだが片方の手が緩んだのだろう、首のない鶏が庭を走りだしたので、父があわててこれを追いかける様が可笑しくてしょうがなかったのを覚えている。父は謹厳実直そのものみたい顔していたので、慌てた顔が子供心に愉快であった。死んだ鶏は少し離れた処にあった今で言えば肉屋さんかな、に持って行って熱湯に浸してから羽を剥いてもらって持ち帰り、母と祖母がさばいて料理をしてくれた。確か野菜と一緒に煮たような料理だったと思う。それまで肉なんぞ食った事がなかったので、凄く旨かった。特に内臓に入っている卵の黄身の小さいのが印象的だった。

1948年冬、信州松代の光景が何となく甦ってくる。山に囲まれた盆地の端っこ、山の中腹からは炭焼きの煙が何本も立ち上っている。庭先の泉水、縁側の横には鶏小屋、さらにその先には畑が拡がり、黒い土の上に葱や少し芽が出た麦の青さが目にしみる。これだけ書けば風流なものだ。しかし鶏小屋の隣は人間様の手洗い所。外側には当然汲み取り口があって、母が長柄杓で糞尿を汲み出して畑に撒いていた。畑は我々子供の遊び場でもあったし、もう少し春が近くなると麦踏なんかをさせられたものだ。そ…

「真っ赤なウソ」 養老孟司 著  PHP文庫

著者は東大医学部の教授であったから当然お医者さんであり、専門が解剖学であることはよく知られている。私もベストセラーになった「バカの壁」以来ときどき愛読している。先週書店でたまたまこの本に出会って購入した。生物とか化学の科学者の随筆的読み物には「科学的な事を幾ら突き詰めて探っていっても、全ての謎が解き明かされることはあり得ない。そこに宗教の大きな役割がある。」とするものが少なくない。

この本もその趣旨だと思う。科学者は真実を追求するのが仕事ではあるが、なかなか極めることはできないのではないかとしている。著者は専門とは別に昆虫収集が有名で、自然界の中でももっとも小さなもの熱心に集めている「よく月に届くロケットなんかを作って科学の力を自慢しても大したことはない。悔しかったら蚊でも蠅でもいいから1匹作ってみろ。」てな毒舌をあちこちで言っている。

要するに自然に逆らうのも程々にしないといけないと言う事だろう。人間の能力については脳みその話を書いているが、脳みそなるものは神経と血液の塊なんだそうだ。考えてみれば当たり前かもしれないが、個性的な脳みそなんかあるはずもないと聞くと嬉しくなってくる。本のタイトルにもなっているが世の中の真実と嘘、これもぎりぎり突き詰めても実際に突き止められるものではないことも暗示している。

だから究極の嘘みたいな話で「宗教」の必要性があるのだそうだ。この辺の事は私のような凡人には解説が困難であるが、薄っぺらな本にしては奥が深いし2度読みしてみたいなと思うくらいだ。

中学校の同窓会

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故郷長野で中学校を卒業したのは50年以上昔のことになる。昨日は東京近郊に住む同窓生が19人集まって同窓会を開いた。老人が集まると病気の話か孫自慢くらいしか話題がないとよく言われるが、我が同窓生は決してそうではない。今年の計画を聞いていると、「パリに一緒に行きましょう」とか「アメリカ大陸を車で横断旅行をするつもり」と元気のいい話題が飛び交っている。 上の画像は虎ノ門の会場から東京湾方面を望んだもの。


となり合わせた友人は「昨年は百名山を踏破し、正月休みに小笠原諸島に行ってきた。今年になって山は既に3回も行っている。」この友人は少し凄すぎる。他方ではオペラ鑑賞同好の士が昨年の見たオペラの批評や今年の計画を論じ合っていたりする。医師不足の世の中のせいか三つの病院で現役として外来患者を診察している友人もいるし、とても並みの老人ではない。


最近は若い人が海外勤務を嫌ったり海外留学を敬遠する傾向があるようだ。我々の時代は昭和の「坂の上の雲」を目指した時代なので知的吸収力が旺盛であったし、現役時代に海外で活躍した人も多い。彼らは今でも積極的に海外に出かけている。「若かりし日に日本製品を売って歩いたベトナム旅行に行ってきた。それもインターネットで見つけた一泊20ドルの旅館に泊まりながら。」とか「子供婚礼でヨーロッパに行った」「同じく南アフリカに行ってきた」etc.「フルマラソンをX回出場した。しかし東京マラソンだけはいつも抽選漏れで悔しい。」


大方は社会人の第一ステージからリタイアしているものの、第2第3のステージでまだまだ社会的な貢献をしている人もいるし、第2の勤めを持ちながら一方でフルマラソンに出場している人、趣味にしている絵画で作った絵ハガキをお土産に持ってきてくれた人もいた。まだ第一線にいる牧師さんもいた。実に多士済々ではあるが皆幼馴染だから極めてざっくばらん、話も面白いしあっという間に半日がたってしまった。



実はこの会の幹事を引き受けてもう七年目になる。幹事として思ったことは、次回から会場設営の変更だ。ポイントは酒量との関係、昔は小生を含め皆大酒を飲んだが全員酒量がめっきり減っている。今回は会費8千円で飲み放題3時間の設営。時間は多ければ多いほど良いが、ビールに日本酒焼酎ワインと並べても、そんなに飲みきれるものではないことが分かった。飲んだだけ精算することにしても費用的にはそん…

石川代議士逮捕を聞いて

ついに民主党小沢幹事長の秘書3人が逮捕されてしまった。極めて残念なことだ。ひょっとすると検察はこちらの時効成立前に格好をつけなければ、3月に逮捕した西松建設で逮捕した大久保秘書の事件が思い通りに公判を維持できないと思ったようなことはないだろうか。

ぼけ老人が生半可な知識で政治についていろいろ書くのも如何かとは思うが、最近他に関心を持つことが少ないので仕方がない。

先ず思うのは、なんで政権交代を成し遂げた最大の功労者小沢氏はこうまで検察にいじめられなければいけないのだろうか?である。小沢氏は昔から大物政治家であるから、建設業界からの政治献金も多かったとしても不思議はない。現在も続いているのかもしれない。

普段からその手の金を扱わなければならない大物政治家が、直接自分の手や政治団体でそんな金を扱うなんて幼稚なミスを犯すとは想像できない。検察も一筋縄ではいかないそれを暴こうとする以上相当にプライドと名誉を掛けていると思わざるを得ない。

例えは悪いかもしれないが、囲碁の名人戦を見るような気もするのである。名人戦と少し違うのは解説者にご粗末な人間が多い事だ。元検事の解説はそれなりに聞くだけの価値があるが、大新聞の現役であれOB論説委員クラスのそれは聞くたびに混乱しているなぁ、と思っている。

彼ら素人には、「検察が何故小沢を目の敵にするのか」を解きほぐしてもらいたいものだ。ただ昨日のテレビで共産党応援団の江川祥子が「検察が常にすべて正義との前提で物事は見るのはどうなんでしょうね」とつぶやくように言っていた。彼女の見識は見直す必要があると思う。

一方総理大臣が「幹事長には検察と戦ってください。」と云ったのは、全てのメディアが一斉に非難している。民主党応援団をもって自任している我が家だが、流石に「幾らチーママがオウナーママに逆らえないと言ってもこれだけはまずかったね。」と笑ってしまった。

テレビワイドショーと政治

暇人なので昼夜を分かたずテレビを見る。趣味の囲碁や山の番組を別にするとどうしてもニュースショー的な番組が多くなる。今年に入ってこの手の番組の中心テーマは何と言っても「小沢偽装献金問題」である。毎日のように報道されているが、報道する側は何を伝えようとしているのか自分でも分からないのではなかろうか。

新聞報道なども補助的に読んで理解に努めようと思うが、少なくとも我が老夫婦には理解不能である。「小沢偽装献金問題」については連日の報道があるが、毎日のように関係者への取材で新しい事実が紹介されている。根っこにある犯罪容疑は、2005年だったか陸山会の小沢氏個人からの借入金4億円の記載漏れである。当時の会計責任者が石川議員で、彼はこの事実を認めたとも報道されている。小生は「はい認めました。」という映像は見ていない。

ところが最近は、①陸山会はこの時期に銀行から4億円を借りている事実があるから小沢個人から借り入れをするのは、小沢側に資金洗浄の意味があったのではないか。②とすれば小沢個人の4億円という大金はどのような手段で手にしたものか。建設業界からの裏金ではないか。③同じ時期に水谷建設から5千万円陸山会に渡っている。④水谷建設から渡った5千万円は元請けの鹿島の指示によるものではないか。これは東北の公共工事の談合に絶大な力を持つ小沢の天の声を期待したものである。

さらに昨日から追加されたのは、⑤昨年3月にあった小沢秘書の大久保が逮捕(何の容疑かは忘れた。、現在裁判中で一昨日も公判があり、検察側証人が検察の意に反する証言をしたようだがテレビでは報道されない)された当日石川が小沢の指示で、この件に関わる重要な書類を隠ぺいした。これについてはご丁寧に「私も一緒隠ぺい工作をやりました」という証人が登場した。以上簡単に整理したつもりだが、その前の段落から読んでくると頭の中が混乱して何が何だか分からなくなってくる。

ましてテレビを見る度この番組はに何を言いたいのか伝えたいのか理解に苦しむのだ。アナウサーやコメンテーターは、「民主党には自民党とは違うクリーンな政権を期待したのに何も変わっていませんねえ。悪党小沢がふてぶてしく検察の参考人聴取ににも応ぜずふんぞり返っているが、世論はこれを許すはずもありません。」ということに落ち着く。時制も何もあったものではない。しゃべっている奴は無我夢中で自分が喋ってい…

日新

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殷の湯王は洗面器に『苟日新、日日新、又日新』と刻んで毎朝洗面の際にこの言葉をかみしめたそうだ。私もこの言葉が好きで、10年ほど前に縁があった中国の書道家に色紙に書いてもらって仕事部屋に飾っている。毎日同じようなリズムで暮らしているが、昨日と今日の自分は違うし今日と同じ明日はないだろう。日本で言われる諸行無常とか色即是空なんてことも同じ意味のようだ。何事も日々変化して何れは滅び無になるのは空しいとも思えるが、考えようでは面白いのかもしれない。

少し話がそれるかもしれない。私がたとえどんなに頑張ってみても肉体的にはピークをとうに過ぎ、これからは衰えていく一方である、しかし脳みそだけはピークどころかそのキャパシティーの10%も使用していないそうだ。今年の頂いた年賀状の最高傑作を紹介したい。
「新年おめでとうございます。今脳みその移植をすると最も人気の高いのが政治家の脳みそだそうです。ノーベル賞の学者や優れた経営者の脳より政治家の脳に人気があるのは、ほとんど使ったことがなく新品同様だからです。」後略

この人は科学ジャーナリストで、脳みそをたくさん使って悩んできた人生を顧みられているのですが、幸い小生も政治家同様であまり脳みそを使ってこなかったので、これから未使用部分を少しでも有効利用できればと思っている。兎に角「日新」はなにかと都合が良いのでここ10数年座右の銘としている。お陰で友人から「お前は変わったなあ~」と言われることも多いが、内心「それでいいのさ、きっとこれからも変わると思うよ。」と思っている。

何が起きるのだろう?

明治維新が成って江戸城に官軍が入った時、江戸の庶民はどんな気持ちだったのだろう。まさか数年のうちに侍がいなくなって百姓町人までが兵隊に駆り出される世の中が来ると考えた人は皆無であったに違いない。なんだかんだ言っても庶民は暮らしぶりが変わる事に慣れていないし、上つ方で行われている交渉事や政策決定など知る由もなかった筈だ。きっと皆不安を感じていたことだろう。まして当時の江戸はすぐに本物の戦が勃発したのだから当然と言えば当然だが。

今回は霞が関に自公に代わって新政権が一応進駐したとは言っても、小生が考えるに自公政権とは隠れ蓑で実際に政権をハンドリングしていたのは官主政権。この実際の権力者が「俺は未だ政権交代をさせないぞ」頑張っているかのようだ。これが宮内庁とか駐米大使や検察庁に象徴される官の凄まじい抵抗だろう。即ち戊辰戦争を見ているようなものかもしれない。官僚側を当時の佐幕派に例えれば明治維新と違って新政権側は兵力が圧倒的に少ない。

見ている側とすれば歴史の流れを押し戻されてしまうのかハラハラしてしまう。逆戻りはないにしても混乱は長引きそうだ。だから私は当時の江戸町民と似たような心境にあると思うのだ。100数日前一応政権交代がが行われたが、取敢えず我々の日々の暮らしに極端な変化は無いだろうから、淡々と生活のリズムを保ちながら世の中の変化をゆっくり見ていればいい。中小企業なんかで困っている人はいるだろうが、お互い様なら仕方あるまい。とタカをくくっていた。

しかしここに来てJALの件がクローズアップされてきたので、いささか心が揺らいでいる。不動産業やら建設業、マスメディアなんかも苦しいらしいとは聞いていたがまさかJALが倒産するとは思いもよらなかった。小生のイメージでは超一流企業だ。前原氏が大臣で乗り込んできた途端これが180度ひっくり返ってしまった。これがもし政権交代の結果だとすれば、我が家も暢気に構えてうかうか出来ないかもしれない。(理由は省略)

現政権で世の中が変わるとすれば、これからどんな方向を見据えてものごとを考えたらいいのだろう?小生は既にリタイアしているようなものだからどうでもいいのだが、子や孫から学問とか職業に関してアドバイスを求められたらどう答えるべきか悩んでしまう。----なんて言っても誰もアドバイスなんか求めてこないだろう。

春から縁起が良い

10日の日曜日行きつけの碁会所で新年囲碁大会。6人のリーグ戦で目出度く1位。段級位に関係の無い組み合わせで、4子置かせる人が1人で後は全てこちらが置く手合いで3子4子7子9子の置き碁でした。ご存知の方いらっしゃると思いますがアマチュアの段位は6段迄です。従って強い人に7子も9子も置くと書くと私が3級か4級の級位者と思われるかも知れません。しかし私も一応有段者です、免状は初段を持っていますがアマチュアの免状段位はあまり当てに出来ません。

囲碁の実力は測り方が難しくて、プロとアマチュアがお金を賭けて真剣に勝負をしたらアマチュアの高段者が9子置いても勝てないだろう、と言う人もいます。当日私が9子置かせて頂いて打った相手はその碁会所の席亭(経営者)で大学の囲碁部出身、アマの全国大会優勝の経験者です。お正月なので賞品も豪華との事でした。普段は5子で教えてもらっていますので負けるわけにいきません。席亭も名誉にかけて同じ気分だったと思います。

普段の日曜日は午前中プールに行って体力を消耗してから午後碁会所に行くと決めています。更に半日に5局も打つと最後の方はただでさえ集中力が途切れてミスが出るものです。試合の順番はあみだくじで決めたのですが、不思議な事に私は石を置かせる人から始まって順に強い人、更に強い人とぶつかる事になりました。そして第1局目に負けてしまったのです。これは新年早々縁起でもないとがっくりしたものです。

ところが一昨日は幸いにもプールが休みでしたので午前中ゆっくりして体力を温存して出かけた所為だったのでしょうか、後がだんだん良くなって最終局まで集中する事が出来たようです。特に席亭との最終局は席亭の方も9子局だからいい加減に打っていた訳ではありません、真剣に対応してくれたと思います。これが囲碁の面白いところです。

他愛のない事ですが夕方帰宅して自慢話ができました。そうしましたら婆さんがもう一つおめでたい話をと言う事で、「小学校5年生の孫が少年館(休みのたびに遊びに通っている区の施設)のベーゴマ大会で優勝したそうよ。」
我が家にとっては春から縁起の良い話でした。

暦について

年末年始の長い休みが終わったと思ったらまた三連休だ。子供の時は休みが多い方が嬉しかったし連続してあれば余計に嬉しかった。大人、まして老人になると毎日が休日のようなものだから、世の中全体が休日になると生活のリズムが狂って却って不便でもある。何でこんなに中途半端に休みが多いのだろうと不満である。

ついでに言えば、1月15日は昔から小正月の行事もあったりしたし、成人式なども大分昔から15日としてきらしい。これが昨年は12日、今年は11日、来年は10日となるとけじめのつかない事夥しいように感じるのはやはり歳のせいだろうか。月~金の休日は一切なしにして皆土日にくっつけると言うならまだ分かる。

太陽の運行に関する春分秋分の日や天皇誕生日は流石に動かせないらしい。建国記念日なんかも同様のようだ。紀元節なんてそもそもがいい加減な神話の話が太陽の運行と何か関係でもあるのかな?
クリスマスなんかも、毎年週末に来るように世界キリスト教連盟みたいなものが発表したらどうだろう。

科学の進歩と関係があるのか、いろいろなものの価値観が変わってくるが、現代の人間が不遜にも暦なんかを気安くいじるのは如何ものかと思ってしまった。

ザ・コールデスト・ウィンター「朝鮮戦争」 デイビット・ハルバースタム著

著者はベトナム戦争当時「ベトナムの泥沼から」と言う著書で、米国が「泥沼」に嵌りつつある事を示唆した著名なジャーナリスト。米国がコミットしている様々な社会問題を精緻な筆致で追求し、数々の賞を受賞している。

朝鮮戦争当時はおそらく高校か大学生くらいと思われるが、「この戦争について書く事を思い立ったのはベトナム戦争を取材している1963年頃(33歳位か)で、準備ののための資料読み込みだけで10年ほどかけた。」と著者自身が語っている。彼は2007年にこの著作の校正を終えて5日後に自動車事故で亡くなっているので、半世紀近くを費やした本当のライフワークとも言える。上下合わせて1000ページの大作なので、読み終わるのに1カ月かかった。

朝鮮戦争が何故勃発したか、その時米国の当事者(文民と軍人)は如何なる情報に基づいてだれがどんな意思決定をしたか、軍人たちの戦闘はどのように行われたかー現場と指揮系統に於ける齟齬はどのように発生したか等々。幸い著者が取材を始めた当時は未だ生存者が沢山居た。膨大な人数に登る当事者へのインタビューを積み重ねる事で彼は事実を浮かび上がらせている。

1950年6月金日成が突如韓国に侵攻、小生が小学校3年生の時のことだ。先の大戦の後発生した東西大国の対立軸がどのように金日成を動機づけているかから話は始まる。朝鮮戦争の停戦協定が整うのは1953年7月になるが、この著書は戦争が勃発して翌年の2月頃、厳しい冬をまたいで38度線付近で戦線が膠着するまでをコアにして構成されている。

報道記者が綴る著作なので登場する人物は時に多彩。中心に据えられているのが国連軍司令官のマッカーサーと米国大統領トルーマンである。特にマッカサーについては、己の軍人として名誉欲や政治的野望から母国の最高指揮官米国大統領トルーマンに正しい情報を上げず、命令違反を重ね事態を悪い方に導いていった人物として描かれている。

この本では朝鮮戦争にせよその前に起こっている中国の内戦(蒋介石が毛沢東に敗れて台湾に追いやられる)にせよ米国が深くコミットしている事が描かれ、それが国内の共和党と民主党の政治駆け引きにとどのようにリンクしているかが示されている。マッカーサーは最終的にトルーマンに解任されて帰国してからも、国民から軍人の鏡として熱狂的に歓迎されるが最終的には国会の公聴会で化けの皮がはがされていく。この辺の事は日…

野党の存在感

小生子供の頃から少々ひねくれていて、何をしても野党贔屓の事が多かった。しかし日本には「判官贔屓」と言う言葉あるから、少数派や弱者を応援したくなるのは必ずしもひねくれているとは言えないかも。政治に関しても強大な与党は勿論、大成翼賛的政治体制は好ましくないので、現在の政治状況からすると「自民党」応援団にならなければいけないのだが、未だにその気持ちが湧いてこない。何故か、自民党が与党ボケのままで野党に慣れていないからに違いない。

谷垣総裁のリーダーシップの無さについては党内でもいろいろ言われているらしい。確かに野党の時こそ強烈なリーダーが居ないと組織がバラバラになってしまうだろう。と言ってもそんな事は百も承知で彼を選んだのだから如何に人材が不足しているかと言う事か?舛添要一なんかも新年早々テレビインタビューに答えて面白い事(小沢一郎以上の独裁者)を言っていた。他には一昨日河野太郎が自身のブログに面白い事を書いていた。以下引用する。

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>テレビのニュースはいいとこ取りしかしないから発言も気をつけなければいけないが、谷垣総裁の年頭の挨拶が少し気になる。

鳩山、小沢の政治資金疑惑はたしかにおかしいし、きちっとした説明を本人からさせるようにしていかなければならないが、今、政治がやらなければいけないのは日本経済を建て直すこと。そして日米関係を修復すること。野党第一党としては、国会の論戦を通じてこうした問題を議論して与党の間違いを認めさせ、正すことではないか。別に解散総選挙になったり、内閣総辞職になったりしても景気は上向かない。解散や総辞職が目的だということではいけない。

むしろ自民党としては、自らがきちんと変わりつつあるということを見せていかなくてはならない。そのためには、総裁が、山崎元副総裁や青木元参議院会長の参議院選挙出馬を直ちに明確に否定し、有能な新しい候補者をどんどん発掘することが大事だ。古ーい人たちがまた出てくるというような噂があること自体、自民党は変わっていないねと言われるもとになる。<

(河野太郎公式サイト > 河野太郎ブログごまめの歯ぎしり 自民党改革 > 町中のゾンビ 2010年1月 5日 17:19 から引用)http://www.taro.org/2010/01/post-6…

当たり前のこと―指導者の責任

昨日までは正月休みのイレギュラーな生活で、ルーティンにしているテレビニュースも殆ど見る事はなかったし、新聞もあまり読まなかった。唯一見たのは前夜録画したテレビ東京の「カンブリア宮殿」(村上龍司会のレギュラー番組だがこの日のゲストが小沢一郎と宣伝していたので録画した)、前夜山から下りて来て7時前に寝てしまったので朝4時に目が覚めてしまい、お陰で通しで見る事が出来た。村上龍も緊張気味で質問していたが、質問内容と番組の構成が作家らしく要領を得ていて上手くまとまっていたと思う。

ゲスト小沢一郎の受け答えは決して上手でもないし、特別変わった事を言っている訳ではないが、何故か考えている事が凡百の政治家と大分違う事が伝わってくる。彼がこの番組で発信したかった事の最大のポイント、即ち私の心に一番残ったのは二点「一はこれまでの日本人のありようは何事によらず誰も責任を取らない事にある、特に政治家、メディアについてはこれを改めなければいけない。官僚支配はこの事から発生した、これからは政治家が責任を明確にしていく。二は私の師匠たちが行った調整型政治即ち足して2で割り責任の所在を不明確にすることはもう許されない。」

小沢は発言の一言が持つ意味の重大さをよく知るからか、非常に慎重な言い回しが多いがこの点だけはかなりはっきり言い切った感じだ。現在個人的には最も情報が多く集まる人だからさぞ目新しい話が出るかとも期待したが、そんな話が出る筈もない。小沢の過去を論っていろいろ言う人も多いが、彼とて思想信念がずっと一貫している訳ではなかろう。そんな人間がいたらお目に掛りたいものだ。これからの事について責任を取る、と言うのは当たり前の事のように思うがそうではない。民主党政府全体の動きもその方向を目指しているようにも思えるので、ある程度のものが見えて来るまで暫くは待とうと言う気になるではないか。

「政権担当者が行政に関する決定にに関して責任を取る」事は簡単普通にも見えるが、なかなか難しい筈だ。彼は更に言う「このパラダイム変化を理解しない人間が民主党内にも沢山います。」との事、そりゃそうだろうな。そこでリーダーとしてそっちの方向にどこまで全員を引っ張れるかの手腕が問われることになる。今朝からは藤井財務相の辞意表明と絡んで小沢との確執が面白おかしく報ぜられているが、私は予算編成をニュースで見ていて小沢が藤井に助け船…

御用始め

今日から仕事が本格的に始動。形式的な挨拶周りは無しで仕事の合間にちょっとだけと言う感じ。
この日記にも思いを新たにして何かを書きたかったのだが、又電話が入って用でもない仕事に掛らなければならない。

今年もこのように新年がスタートするのは又忙しい1年になってしまうのかな。「稼ぎ追いつく貧乏なし」とはよく言ったものだ。

正月登山ー雲取山

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正月元日から二日にかけて連荘で家内の実家で朝から夕食まで酒びたり。「連日では大変でしょうから、3日4日は山へでも行ってらしたら。」と家内が勧めてくれた。幸い太平洋側は天気もよさそうなので雲取山荘に電話をしてみると、暮れから元日にかけては雪も結構降ったし風も強かったようだが3日にはだいぶ落ち着きそうで、客もそんなに多くないとのこと。

実は正月の初めから家内とそんな話はしていたのだが、冬に山歩きなんぞしたことがないので少し決心つきかねていた。冬用のウェアを買おうか、行くのはやめようかと悩んでいたところだ。ところが二日の宴会に娘の婿(元山岳部)が来たので相談してみると「雲取山程度なら特に冬山の装備は必要ないですよ」との事。これで決心がついた。2日の夜一人で自宅に帰り、昨日5時起きして奥多摩に向かった。

天気は快晴、春から縁起のいい登山日和。奥多摩からタクシーで小袖乗越し登山口に9時30分に到着。支度を整えて9時40分から登り始める。前後に人がいないので極めて気持ちがいい。昨年のゴールデンウィークにも着た道であるが、何度来ても長い道のりである。4時間半かかってやっと山頂に到着。ここまでアイゼンを着けずに来ることができたが、山頂は雪もしっかり付いて寒い。とてもゆっくり飯を食べる気にならない、取りあえず写真だけとって山荘にすぐ降ることにした。

山荘への降りは雪がべったりでしかも凍っている。アイゼンがなければとても歩けないは勿論だが、夏用の薄いグローブのままだったので山荘にチェックインしたとき手がかじかんで字が書けなかった。2時半でチェックインが一番かと思ったら、なんと12時にチェックインしたおじさんがいて、もうワンカップも冷酒を手にしている。結局このおじさんと相部屋になったので聞くと、名古屋から来て乗越しの登山口で仮眠を取って5時からヘッドランプで登り始めたとの事。




6時の夕食までには客が増えて22人になっていた。夕食の後7,8人がストーブを囲んで山荘から振舞われた冷酒を飲みながらお決まりの山自慢。こちら冷酒でなくお冷を飲みながら聞くのみだったが、さすがこんな時期に来る客はすごい人が多い。消灯は8時半、コタツのある一部屋にたった二人、夏場の山小屋を思うと嘘みたいな極楽。明けて今朝も快晴6時の朝食で7時に出発、冬なので来た道を帰ることにする。山頂から奥多摩小屋迄の間はずっと霊峰富士の姿…