2010年1月8日金曜日

ザ・コールデスト・ウィンター「朝鮮戦争」 デイビット・ハルバースタム著

著者はベトナム戦争当時「ベトナムの泥沼から」と言う著書で、米国が「泥沼」に嵌りつつある事を示唆した著名なジャーナリスト。米国がコミットしている様々な社会問題を精緻な筆致で追求し、数々の賞を受賞している。

朝鮮戦争当時はおそらく高校か大学生くらいと思われるが、「この戦争について書く事を思い立ったのはベトナム戦争を取材している1963年頃(33歳位か)で、準備ののための資料読み込みだけで10年ほどかけた。」と著者自身が語っている。彼は2007年にこの著作の校正を終えて5日後に自動車事故で亡くなっているので、半世紀近くを費やした本当のライフワークとも言える。上下合わせて1000ページの大作なので、読み終わるのに1カ月かかった。

朝鮮戦争が何故勃発したか、その時米国の当事者(文民と軍人)は如何なる情報に基づいてだれがどんな意思決定をしたか、軍人たちの戦闘はどのように行われたかー現場と指揮系統に於ける齟齬はどのように発生したか等々。幸い著者が取材を始めた当時は未だ生存者が沢山居た。膨大な人数に登る当事者へのインタビューを積み重ねる事で彼は事実を浮かび上がらせている。

1950年6月金日成が突如韓国に侵攻、小生が小学校3年生の時のことだ。先の大戦の後発生した東西大国の対立軸がどのように金日成を動機づけているかから話は始まる。朝鮮戦争の停戦協定が整うのは1953年7月になるが、この著書は戦争が勃発して翌年の2月頃、厳しい冬をまたいで38度線付近で戦線が膠着するまでをコアにして構成されている。

報道記者が綴る著作なので登場する人物は時に多彩。中心に据えられているのが国連軍司令官のマッカーサーと米国大統領トルーマンである。特にマッカサーについては、己の軍人として名誉欲や政治的野望から母国の最高指揮官米国大統領トルーマンに正しい情報を上げず、命令違反を重ね事態を悪い方に導いていった人物として描かれている。

この本では朝鮮戦争にせよその前に起こっている中国の内戦(蒋介石が毛沢東に敗れて台湾に追いやられる)にせよ米国が深くコミットしている事が描かれ、それが国内の共和党と民主党の政治駆け引きにとどのようにリンクしているかが示されている。マッカーサーは最終的にトルーマンに解任されて帰国してからも、国民から軍人の鏡として熱狂的に歓迎されるが最終的には国会の公聴会で化けの皮がはがされていく。この辺の事は日本とは違って実に興味深い。

又、ここで描かれている戦争はアメリカ国民や朝鮮半島の人民のためのものではなく、いろいろな国に於ける人間個人の政治的野心を達成するために惹起され、馬鹿と言おうか自ら考える事のない(尤も考えてはいけないのが軍隊である)指揮官の指揮に従って無辜の血が大量に流される事も良く分かる。結局一番虚しいのは異国で命を絶った米国(他国連各国)や中国の兵士、国土が戦場となり多くの人間が死んだ朝鮮半島の人民に他ならない。

この本を読むことを勧めてくれた友人は、現在アメリカがコミットしているアフガン戦争の行方と日本の関りについて思いをしたようだ。
昨今日本でも政権交代があった事から日米関係についての議論が喧しい。外交問題とか国際関係と言った小難しい事は分からないが、自国の政治的対立を外国に依存して自己の政治的立場を有利にしようとすると碌な事は起きない。たまたま昨日の日記で自民党石破氏の米国訪問について少し触れた。この行動を蒋介石に例えてはいけないかもしれないが、似たような危うさを感じた。



2 件のコメント:

kiona さんのコメント...

あけましておめでとうございます。

ひとつのテーマを10年かけて資料を読み込む・・ なんて凄いですね。
興味の持続ということもそうですが、費やされた時間と労力を換算すると本は実質いくらになるか。

作家、ジャーナリストだけでなく、いわゆる研究者が研究を実らせるというのは稀少なことなのではないかと思います。 ですが本であればその価値は、読んだ人々がそれをどう役立てるかに他ならないのではないかとも思います。

ベトナム戦争は映画でもたくさん取り上げられましたが、それでもアフガンやイラクの戦争は起き、政権は変わっても状況が一気に変わることはないだろうし、今後イランや北朝鮮その他の問題は2010年代にも残り続ける。

この本の著者が生きていたら、あるいはベトナム反戦運動をやっていた人たちはいま無力感にさいなまれているのか、それとも新たなモチベーションを持っているのか、聞いてみたいところです。

senkawa爺 さんのコメント...

kionaさん

今年もよろしくお願いします。

大金を投じてベトナム戦争が如何に空しいかを暗示する事は映画でも可能でしょう。しかし戦争を実際に動かしているホーチミンとか毛沢東、或いはグエンカオキをバックアップしているケネディー達の思惑の複雑な絡みを映像で描く事はかなり困難だと思います。

その点書物は便利ですね。複雑な所をかなり書き込むことが出来ますし、文章が上手ければ戦闘シーンの臨場感を表現することも可能です。この本は読者にいろいろな事を考えさせると思います。私も暇つぶしのつもりで読みましたが、読み終わって色々な事を考えさせられました。

幸い私が本当に物心ついた時には日本の大戦は終わっていました。朝鮮戦争については断片的な記憶はありますが、遠い別の星の出来事です。ベトナム戦争の時代は大人になっていましたが、政治的な事には全く無関心でした。

大人びた友人は高校2、3年生頃から反米基地闘争に参加しているのもいましたし、大学2年生の時には60年安保で殆どの友人が国会デモに参加しました。私も誘われはしましたが、デモに参加するよりはマージャン屋に行った方が良いてな調子でした。

70年代に入ってベトナム反戦運動をしていた人の中心(日本の事は良く分かりませんが)は、兵隊に取られそうな年代の人でしょうから私より一回りくらい若い人たちだったと思います。私とオバマの中間に位置する人かと思います。今何を考えているか、ハルバースタムにも聞いてみたいところですね。

日本は半世紀以上戦争に直接参加していませんので、戦争を理解することが非常に難しいと思います。少しでも戦争に行った事のある人は保守革新を問わず戦争にコミットするのは絶対反対でしょう。私の父も戦争の体験談は殆ど何一つ語りませんでした。その影響からでしょうか、私も他国の戦争にコミットするなんてまっぴらと思っています。小沢一郎が言う国連軍となっても反対です。

しかし戦争そのものは無くならないでしょう。専守防衛で行くしか無いと思っています。これもまた難しい話で、専守防衛のための防衛力とは何ぞや、となると容易に結論は出ません。私の考えは、韓国のように徴兵制はあっても良いけど、兵力は出来るだけ軽装備の方が良いように思っています。

何故か。不幸にして日本が戦争に巻き込まれたら、如何なる防衛力を持っていても結局は降伏する事になるのではないでしょうか。相手国はどこでも早めに降伏した方が私のように臆病な平民は生き延びる可能性が高い、と期待しているのです。