長野高校東京同窓会

昨日の夕方、高校の東京同窓会幹事会があって出席した。母校は今年120周年の名門校であり、首都圏在住の同窓生は多数居ると思うが、年に2回開催される同窓会の集まりは往年(約半世紀前)に比べると寂しい限り。近年は100人を超える出席者がいれば善しとせねばならない。同窓会では同窓生の中から我々幹事が選んだ著名人の講演がある。その講師を選定するのが幹事会の主な仕事。

各年代の幹事全員が出席すれば、幹事会だけでも50人近い出席者数になっても不思議はないが、昨夜も集合したのは約20名程度。しかも年代に依って偏りがあるので歯抜けになっている年代が年々増えているのが実態。120周年とは高校の前身長野県立長野中学が設立された明治32年(1899年)創立ということらしいが、昭和34年(1959年)卒業だから創立から勘定すると丁度真ん中に当たる60回生かもしれぬ。昔初めて同窓会に参加した頃は長野中学出身者も居たが、今や恐らく1人も居まい。

しかも戦後長野高校誕生までも些か複雑で、長野北高と称された時代があったため我が世代は高校11回生となっている。最近の同窓会では北高時代の先輩も殆ど見かけなくなった。従って79歳の高校11回生は貫禄は無いがもう長老の部類。母校の故事来歴を書いたのには理由がある。幹事会では出席幹事一人ひとりが近況を申し述べることになっている。そこで昨夜は思い切ってこのブログのことを披露させてもらった。出席者の中で最も若い人は51歳の若い青年。

幹事会を仕切ってくれている人たちでさえ未だ還暦前だ。年寄りが近況と言っても面白くもおかしくもないが、若い人たちの話からは時代の息吹が感じられて楽しい。その息吹をこれからも時に応じて伝えてもらえることを期待してのカミングアウトだ。同窓生の同窓会に対する意識が時代とともに変化していることは否定できない。しかし世代を超えたコミュニケーションの可能性が残る数少ない場であることも事実。願わくば昨夜をきっかけに新しい読者が増え、更に欲を言えば、何らかの反応を期して待ちたい。

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