昭和館

昨日、冬晴れの好天に誘われ皇居近くを徘徊してきた。先ずは一ツ橋にある如水会館での昼飯。ここは一橋大学の校友会館であるが、レストランは一般公開されており、東京会館直営の美味い洋食が食べられる。ランチ定食(サラダバー、デザート付き)1080円は都内随一とも言える。未だ冬至には数日あるがサラダバーに置いてあったパンプキンサラダが特にに美味かった。往路だけでは運動不足なので、帰りは神田の古本屋街から九段下を抜け飯田橋まで歩くことにした。

途中九段下まで来ると娘が婚礼をした九段会館が見当たらない。天井崩落などがあったからだろう。大きな覆いが有って中はよく分からなかったが、取り壊しではなく、どうも改築しているようでもある。その横の交番の脇にあった「昭和館」のポスターに目が止まった。何回も通った道だから建物があるのは知っていたが一度も入ったことは無い。昨日はもともと国会図書館にでも行こうかと思いながら、休刊日なのでこんなところをぶらついている。よし一度はてなことで入ってみた。

東京が如何に広いとは言え平日こんな場所に来る暇人はいるのかね?と思いながらではあったが、やはり東京は大都市である。収集された資料をパソコンで見ることが出来るブースは70%ほど埋まっていた。厚労省援護局所管ではどうせ大したことあるまいと、半分冷やかし気分でブースに入り、少し検索をしてみた。ところがどっこい、アメリカ公文書館やら一般人からも大分提供があったことが窺える資料が豊富である。入館無料なので5分か10分のつもりだったが、昭和20年代に制作された映像「日本の悲劇」を見始めたら途中で止められくなってしまった。

終戦直後の共産党系のニュース配給会社制作のようだ。先の戦争の反省を込めて作られているが、身につまされたのが次の2点。「戦争の原因の一つは、海外に市場を求めた日本の産業資本市場拡大、外国製品との競争ぬ勝つため生産性の向上を生産工程の合理化より安い労働力に求めた。そして軍部と結託した資本家は戦争で大儲けをした。」「敗戦が迫った時フィリピンからの撤退に当たって参謀本部が現地司令部に下令した命令文書。そこにはマニラの街を焼き尽くせ、そして住民には、食料はおろか水も与える必要なし。焼き尽くす一画に封じ込めてもろとも焼いてしまえ。と書かれている。」

如何に歴史に学ばないか、1世紀近く経っても未だに安い労働力に頼る日本の資本家、軍産複合体だけが太る戦争に加担したがる政治家。日本でもアメリカでも浜の真砂とと同じ盗人だろう。そんな思いで時間の経つのを忘れてしまった。

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