今頃どうして

こちらが知らないだけで多分昔からあったことだろうが、地球上には生まれた国を捨てたくなるほど悲惨な国が沢山あるようだ。そう考えると日本はマシな方だろう。ところで、歳のせいだろうが今年はやけに訃報と喪中案内の葉書が多い。長い人生の中で、ある日突然外国に行くと告げられそのまま消息が分からなくなった友人が二人いる。一人は高校時代の1年先輩、卒業式の前日その先輩が後輩を前に宣言した「俺は大学にも行かず就職もしない。卒業したらすぐブラジルに行く。」

先輩にどんな動機や伝手があったかは今記憶にないが、昭和33年のことだから、日本がこれから高度成長になることは誰も想像しなかったのだろう。逆に言えば、それだけ選択肢が多かったのかもしれぬ。びっくりはしたが、当時は北朝鮮にしろソ連にしろ隣の芝生が青く見えた時代でもあったのだろう。翌年の34年3月卒業の我々の代になると、卒業生の半分程度が大学進学を目指すようになった。

もう一人はそれから大分経って就職して後のこと、恐らく昭和47又は48年くらいの頃だ。会社の9期後輩が突然辞めたいと言い出した。直属の部下で慰留する責任があったので大分話をしたが、どうしてもイギリスに行きたいとのこと、確か友人が向こうに居ると聞いた気がする。この頃高度成長の真っ只中、毎年給料が15%は上昇していたように記憶する。彼はそれにも満足せず更なる高みを目指したと理解している。

二人ともそ後の音信は途絶えたままだが、会社の後輩の方はイギリスで結婚をして旅行会社か何かを立ち上げ立派にやっていると風の噂に聞いた。彼の同期生が今年亡くなったと奥さんからの喪中はがきが届いたので思い出した。高校の先輩は存命なら来年もう80歳の筈、どうしているだろうかと突然思い出した。人間は社会的動物だから、一人で暮らしていくことは本当に難しい筈で、それを克服しうる強い意志の持ち主もたまにはいるだろうが、一人で外国に渡るなんてことはおよそ想像を絶している。

ここに紹介した先輩や後輩はきっと誰とでも友達になりやすい性格だったのだろう。何れにせよ多くの友がいたが、今となると消息不明やら忘却の彼方に沈んでしまった友がなんと多いことよだ。

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