2011年3月4日金曜日

英語で言えば<セルフォン>か

今週は寒い日が続いた。しかし間もなく確実に暖かくなるだろう、もう少しの辛抱だ。京都大学他3大学でのカンニング事件、これも解決してみれば何とつまらない事件だった事よ。小生も愉快犯だろうなんて想像を逞しくして、お恥ずかしい限りだ。予備校にまで通って大学入学を目指したのに、なんでこんなつまらない事をいてしまったのだろう。深く後悔しているであろう犯人が、少し可哀そうになってきた。

この日記は大体800字から1000字くらいに収まるように、いつも考えている。たったこれだけだが、概ね1時間近い時間が掛かる。今朝テレビのカンニング事件関連番組を見ていると、町のお姉さん達が携帯で文字を打ち込むスピードについて放送していた。200字程度なら3分と掛からないらしい。羨ましい限りだ。小生パソコンのキーボードタッチも滅茶苦茶で、モニターを見ながらのキー操作なんぞは夢のまた夢、打つ度にタッチする指が変わるので、キーボードに心あるなら「なんて浮気っぽい人だろう」と思うに違いない。

まして携帯になると、操作がよく分からない上にキーが小さすぎて上手くタッチできないので、なるべくキーには触らないようにしている。現在の携帯は8年前に機種である事に気が付いた。最近は家内も一応携帯を持ってはいるが、夫婦共にこれを携帯公衆電話と称している。最近公衆電話がめっきり減っているので、これを持っていないと出先で不自由する。それだけの事だ。

互いに掛かってくる電話は殆ど無いし、メール設定をしている小生でも携帯へのメールは皆無に等しい。しかし若い人にとっての携帯は、もはや小生のパソコン以上に機能を発揮しているのだろう。その事自体は悪くは無いが、物事の思考方式が我々世代とは大分異なってくるのは致し方あるまい。少し前までは「漢字が書けなくなったなあ」等と友人と話していたものだ。今やそれどころの話ではあるまい。恐らく漢字や電話番号ばかりではなく、あらゆる物事を記憶する機能が低下しているのではなかろうか。

学校の試験場ではまずいだろうが、携帯を持ち歩いていれば殆どの事が検索で引っ張り出せる。結構な世の中と言えばそれまでだ。ある先生は、それは世の進歩だから仕方ない、教科書・辞書持ち込み可の試験があるのだから将来は携帯持ち込み可の試験もありうるだろう。と仰っている。ならば、学校では何を教えるのだろう?「読書百遍意自ずから通ず」ではないが、若い時に苦労して勉強した事だけが身に付くと教わった。携帯を操作できるようになれば脳味噌が不要になる訳でもあるまい。

苦労して勉強した事無い奴が偉そうな事を書いてしまった。いつもテレビのクイズ番組を見ると、正解を言えないものだから「俺は社会に出てから、台形面積の計算なんか一度もした事が無い」とか「円周率なんて本当に覚える必要があるか」と負け惜しみばかり言っている俺だ。せめて携帯の使い方ぐらい少し勉強した方が良いかもしれない。

0 件のコメント: