文部大臣vs文科大臣

朝から快晴、半年ぶりの泌尿器科検診日なので朝一番で日大板橋病院に行き、採血採尿の検査結果を待って担当医と面談。特に問題は無いようなので一安心。来年4月24日に再診予定が決まる。最近の物忘れは酷い、大分前から買わなければと思っていた小手帳を購入する必要がある。

忘れないうちに書いてしまいたいことを一つ。昨日図書館で読んだ月刊「文藝春秋」1955年4月号だったか(終戦10周年の特集号だった)について。巻頭随筆を斜めに読んでびっくりした。天野貞祐氏とか金森徳次郎氏とか余り気に入らぬが服部卓四郎氏などが執筆しているが、最後に登場したのが吉田茂元首相だ。この順番にはチョット驚いた。首相経験者が何故文部大臣経験者の後塵を拝したのか?まさか「あいうえお順」でもあるまい。

1955年と言えば既に15歳だから記憶していることも相当ある。しかしその10年前5歳児の記憶はかなりあやふや。執筆者の殆ど全員が、この10年の変化は非常に激しいものがあると書いているが、現在の変わりように比べればそれほどではあるまいと思った。暮らしぶりの変化は大きかったろうが、国権主義或いは軍国主義から民主主義となり法律も随分変わったにせよ、市民の基本的価値観・常識はさほどの変化が無かったのではないか。

常識の一部は変更せざるを得なかったろうが、頭に刷り込まれたものはそう簡単に捨てられなかった筈だ。例えば人を見る時よく言われた言葉の一つに「人格者」がある。現代では殆ど死語化しているし、「知識人」に代わったのが「専門家」。記者魂は失せてコメンテータが蔓延る昨今。大学が文学部だったせいか、この歳になって言葉に拘るのも困ったものかも知れぬ。

序に、名前だけは知っている政治家の松村謙三氏のことを読んだ。彼は鳩山一郎内閣の文部大臣事などを経て結局自民党員になり、昭和34年 岸首相のタカ派的な姿勢を批判して、総裁選挙に出馬するが惨敗している。日中国交回復関連など、松村氏の功績は兎も角として、感心したのは「政治は職業に非ず」として、職業を問われると何時も無職と答えたそうだ。このように捨て去られた言葉に思いをすると、自分が経験した歳月の長さをしみじみと感じる。

たまたま今日取り上げた3人はそう遠くない昔の文部大臣経験者、文部省は経済発展にもっと貢献すべきと科学技術省と合体し文部科学省となった。今の大臣は萩生田光一氏、いずれ文藝春秋の巻頭随筆に寄稿するかも知れぬが、読む気になりそうにない。

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