「お努め」

相当ズボラな横着者でも、大晦日ぐらいは普段気にしていた事の一つや二つは片付けてみたくなると思う。その一つや二つが俗に言う「ケジメ」であり、この行いが「努め」だと思う。今朝朝食後のお茶を飲みながらNHKで「皇室この1年」を観て思ったのが、この「努め」。皇室の皆さん別けても天皇皇后両陛下は365日朝から晩まで「お努め」で休む間も無さそうだ。一昔前なら平民は50歳ともなればそろそろ引退を考え始める年頃。

その50歳を過ぎてから否応なしに新しいお努めを割り振られたのだから、両陛下のご苦労は並大抵ではないはず。しかもこれは死ぬまで務めなくてはならぬかもしれぬ。「努め」は祈り、極端に言えば四六時中休む間が無いのだから、世界に数多ある宗教の聖職者の中で最も過酷な地位かもしれぬ。日本の文化及び統合の象徴とはよく言ったものだ。改めて思いを深くした。

今上陛下は覚悟されて皇位を継がれていると拝察するので心配ないと思う。問題はこれから先、我が孫やその子達の世代に何方が継がれるかは分からないが、少なくとも知る限り昭和・平成・令和と三代に亘り受け継がれたこの「努め」が無事継承されるか少し心配でもある。それこそ国民多数の支持を得て首相の座にいる政治家や長年そばに仕える官僚どもが、継承の無事を果たすために支える決まりにはなっているが、現状のような体制が続く限り実に心細い。

他人の務めについては偉そうに言うけど、己については言えた義理ではないかもしれぬ。それこそ伝統的な社会の義理を欠き、家の内外の掃除もせず、庭の雑草も大分伸びているが結局草取りもしないまま、むさ苦しい独居世帯での年が間もなく閉じる。除夜の鐘を聴くこともなく、明けりゃこれまでのことは全てチャラになるだろう。昨日は家族親族への感謝を込めて書いたつもり、今日はやはり友人諸兄(中にはこれを日頃ご愛読頂いている見知らぬ方もおられる)のあたたかい友情に支えられどうやら無事年を越すことができそうだ。厚くお礼を申し上げて最後の締めくくりとさせて頂く。皆様どうぞ良い年をお迎え下さい。

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