家内の3回忌と年越しと

いろいろあったが今年も余すところ1日だけ。一昨日の土曜日に家内の実家に娘たちと集合して3回忌も無事済ますことができた。坊さんのお経は無くても仏には喜んで貰えただろうと勝手に思っている。義母は大正13年子年の生まれの95歳だから来年は96歳になる勘定。東芝と横浜市が共同して造成した団地内に今でも一人住まいをしている。長女は心配で毎朝定期的に電話をしているが、義母自身が言うには「この団地は全部で100戸あるが、その中の最高齢者になった。」とのことで未だ元気だ。

一昨日は義母の手作りと娘二人が持ち寄ったものを併せ、盛大な年越しができた。また、家のことに無関心だった小生には初耳の話をたくさん聞くことができて有意義であったとも言える。義母は夫に続いて娘にまで先立たれているので、普通は落ち込むところだろうが、なかなかどうしてである。「もう怖いものは何も無い」そうだ。毎朝電話でやり取りしている長女がいろいろ解説してくれた。先ず「私が初孫だが、おばあちゃんが45歳の時だからね。19歳の時に結婚したのだから。」恐れ入りました。

夫である岳父は我々の婚約が整った時、静岡県島田市にある東芝の関連工場に勤務をしていた。当時は社宅に住んでいたので、それでは家でも建てようと土地を手当し、家の方も設計が終わり地鎮祭まで終わった時に、いきなり東京本社勤務を命ぜられたそうだ。我々の婚礼が終わってから会社が造成したこの土地を買って建てたのがこの家で、築後50年になってしまった。一人住まいには広すぎるし、先ず足が弱っているので2階に上がることができない。だから孫娘が時々訪れて、2階に上げてある衣服を季節に合わせて下ろす必要があるらしい。

近くに義弟が住んでいて、これも毎日顔を出している。しかし、衣服のことなどはやはり女性同士でないとコミュニケーションが上手くないらしい。2年前までは娘である家内がやいていた世話を孫の娘どもが代わってやっているようだ。何れにせよ皆健康で年を越せそうなので何よりのことだ。

コメント

このブログの人気の投稿

慶応義塾入学式 期待が膨らむ

読後感「新天皇と日本人」小山泰生著

何もかも関係ない話だ