2010年12月31日金曜日

大晦日

今年も余すところ数時間、いつもの年だとお伊勢参りを終わり、名古屋から東京行の電車に乗り込む時間、でも今日は夕方6時にバスが発車する。どんな旅になるやら、天気は大荒れらしい。道中さえ無事ならば、境内の混雑が若干緩和されるのではと期待したりしている。兎に角寒そうなので山行きの下着を着用した。

振り返れば、今年は長年懸案であった仕事の引き継ぎも出来たし、健康もなんとか維持をしている。子や孫達も皆平穏に暮らしている事を感謝しなければいけない。来年も過剰な期待はせず、皆が平穏で過ごせるよう祈ってくるつもりだ。

2010年12月30日木曜日

年の瀬に

一見するに世の中の流れが早くなっているようにも見えるが、この先行きつく所が分からないので、若干の苛立ちや不安を抱えて越年する人も少なくないだろう。特にJALの社員で指名解雇の候補となっている人や、一般論として冬のボーナスが少し良くなったと報道されているのに、来年の給料が下がりそうな気配を感じている人もいる。深刻さの度合いはそれぞれ異なるが、何れも東証1部上場企業の社員の話で、メディアが好んで取り上げる仕事納めが済んでいるのを承知でハローワークに行っている人の事ではない。

こんな事を言うと叱られるかもしれないが、メディアが取り上げる就職できないとか、仕事がないと言って居る人は、メディアの取り上げ方と本人の考え方に少し問題があるように思う。メディアはお涙ちょうだいのステレオタイプでしかないし、学生の就職についてはいつか日記に書いたが、高齢者の再就職にしても、本人の来歴と求職内容や職業の選び方を詳細に分析すれば、問題点の所在が少し違って見えるのではなかろうか。ハローワークの職員の方はご苦労な事だ。

むしろ、今勤めている会社が後何年持つか、これが日本の政治や世界の経済とどんな関係にあるのか。この辺をすっきり割り切れない人が、いわゆる中年の中間層に結構多い筈だ。彼等は家庭や仕事に一番エネルギーを注がなければならない筈。極言すれば、老後の事やアホな政治の話なんかに関心を持つ暇なんか無いかもしれない。小生もそうだが年寄りはその辺と無関係だから、アホと一緒になってアホな話に付き合っている。本当のところ、年寄りの解説者なんかテレビでもの言う資格がないと思っている。

行く川は流れ流れて何処迄行くか、それは誰にも分からない。今日のところは胸に若干の不安があるかもしれないが、近くの町を見ても多くの市民は明るい新年を迎えるべくお節料理の買い出しにいそしんでいる。目出度いことだ。

昨日小生が関心を持つ政治に関して、友人の若いジャーナリストから話を聞いた。

「むかし江藤淳氏が、菅直人は市民運動家でもなんでもない、単に出世欲の塊と言っています。1日でも長く総理の座に居たいのでしょう。そう簡単に辞めると言わない可能性が高いと思います。今年9月の民主党代表選、あれは一政党の選挙と言っても国民の選択じゃありませんか。小沢はこのまま菅にやらせたのでは駄目になる。仕方がないので俺が、と立ち上がった筈です。当時の報道を思い出してください。」言われてみればそうかもしれない。

「もう手遅れです。総理大臣は自ら辞めると言わない限り辞めさせる手段が無いのですから。これから2年数か月、菅氏が居座る可能性が高いと思いますし、仮に誰が総理になっても数年はダッチロールが続くでしょう。」少し悲しい気分にもなったが、国民の選択であれば仕方が無いだろう。最後にもし国民の選択が小沢氏だったとしたらと聞いてみた。
「彼だったら、尖閣問題は起きなかったと思います。まして法務大臣更迭なんかは絶対にあり得ません。マスコミも彼は怖いので書けないでしょう。国会対策は万全ですから、公明党は引きずり込んだでしょう。但し彼は経済対策については音痴ですから、どうなったでしょうね。」成程、成程と思いませんか。

2010年12月29日水曜日

年中行事

今年もウィークデイは殆ど毎日、変わり映えのしない日常なのに小1時間掛けて日記を書いてきた。読み返すのも恥ずかしくなる内容ばかりである。小生にとっては一種の娯楽だから来年もきっと続ける心算、お付き合い頂く方には予めお許しを願いたい。昔からお喋りが好きで、勉強は嫌いだが耳学問は大歓迎だった。これが高齢化と共にお喋りする相手がどんどん減って、毎日会話が出来るのが婆さん一人になってしまった。婆さん相手だと殆ど聞く一方なので、こちらが喋る代わりに日記を書いているようなものだ。内容的には婆さんとの会話に依るものが圧倒的になっている。

今年も残すところは後二日。大晦日は伊勢神宮参拝をここ20年ぐらいの習慣にしている。昨年までは会社の経費を遣って日帰りで行っていた。今年は代表を降りた事でもあるので、ポケットにある年金で行く事にした。JR「のぞみ」と近鉄で日帰りをするには現地で少しタクシーを利用する必要があり、何やかにやで5万円仕事になってしまう。どうしたものかと思案して居た時に、婆さんが新聞広告に折り込まれた初詣のバスツアーを発見。何と9,800円なので、早速これに申し込み。明後日の夕方6時に新宿を出発する夜行バスで年を越す事になる。

一寸きつそうな感じがしないでもないが、山に行ったと思えば大したことはあるまい。昨年最後の日記にはお伊勢さんの美しい写真が掲載してある。今年は真夜中に到着との事なので、こんなに素晴らしい写真は撮れないだろう。昨年の日記を読むと、人出の多いのにびっくりしたような事が書いてある。昨今はパワースポットが流行との事だから、今年も真夜中と言うのに大変な混雑になるのかもしれない。バスツアーの予定表を見ても内宮到着深夜とあるだけで、ここで何時間過ごせるか書いてないのが気になる。

元日の参拝をした事もあるが大変な混雑で、お札を与かって(買うと言ってはいけないらしい)くる事が出来るか、それが心配なのだ。何事も「物は試し」だからやってみるまでは分からない。費用が安く済んで今迄通りに行けと言う方が無理だろう。こういった事は一度始めたらなかなか止められないものだ。

2010年12月28日火曜日

小沢一郎記者会見

小沢一郎氏が、今日の午後2時から記者会見を開くと言う事が、急に決まったらしい。その10分くらい前、丁度昼飯から帰ってきたところで、特に予定も無かったので、テレビを見たが、どこも中継していない。あれほどまでに連日、出るのでないので大騒ぎをしてきたのだから、せめてNHKぐらいはニュースを切り替えても中継すべきではなかろうか。日テレ系列もニュースショーの時間だが、一言も触れていない。ニュースショーなんてものが如何に予定稿に基づくものかがよく分かる。

小沢サイドは何を狙っているかしれないが、本当に電光石火決断して記者会見だったのだろうか?それとも狙い澄まして大方の裏を斯いたのだろうか?インターネットでさえ中継を流した人は一人しかいなかった。しかもソフトバンクのiphonからのもので、1000人近くがアクセスしていたが、生でまともに視聴出来た人は殆ど居ない筈だ。それにしてもこれを流した畠山さんと言う人は男を上げた。30分足らずの中継中、畠山さんに対する感謝や応援と、既成メディアに対する罵倒のツイートと言うのかチャットが凄かった。小沢氏自身は機械に触らないだろうが、この辺りの時代の変化を読んでいるのかもしれない。

これで、何となく政権運営にイライラしていた政権支持派の国民も少し安心、迄はいかないかもしれないが、年末に少し部屋を片付けたぐらいの気分では年を越せるだろう。ここら辺は、有権者の心理を汲みとるのに長けているのかもしれない。兎に角政治の世界の事は分かりにくい。政治家本人が、基本的にメディアに向かって余り本当の事を言わないようだし、メディアの編集委員、論説、コメンテータがこれ又実にいい加減。自分の考えや、支持政党を明確にしないまま、その場その場で尤もらしい事を言う。当然前後の脈絡に矛盾が出てくるのは当たり前だが、日本ではこれを問題視する事が皆無である。

だから一時は、改憲派の超保守「立ちあげれ日本」が連立なんて話までまともに飛び出してきたりする。要するに何でもあり、自分が国会議員として生き永らえれば、それで良いのだろう。メディアの報道に振り回されている小生のように無知蒙昧の市民は、頭が混乱するばかりだ。

政治家の皆さん、権力闘争でもなんでも、どうでも良いが、子供じみた芝居は止めて頂きたい。婆さんが最近よく口にする言葉「頭は生きているうちに使いなさいよ。」孫に言って聞かせるのだそうだ。総理大臣にも贈りたい。

読後感「幕末百話」篠田鉱造 著

明治時代のジャーナリストが長年にわたってコツコツ集めた聞き書きを、明治35年に「報知新聞」で発表、38年に単行本として出版したものである。当時は日露戦争の最中で、それいけどんどんの時代、暗い過去を思い起こす暇も無かったのか、あまり売れなかったようだ。それが戊辰60年に当たる昭和3年に東京日日新聞社から再出版され、今度は結構売れたらしい。手にした岩波文庫は平成8年に初版となっている。

明治維新は日本における大革命で、幕末から明治にかけては、大争乱と共に価値観が大きく変化した時代である。現代にもどこか似たような雰囲気がないでもない。内容は全て当時現存している人から聞きだした実話である。それも特に偉い人ではなく、いわゆる市井に埋もれている人々なので、権力や価値観の大きな変化に巻き込まれ市民の悲哀がにじみ出ている。お上に従順でなければならなく、事実従順であった江戸市民に対して、ある日突然官軍と称する占領軍乗り込んできた。

昭和の終戦時のように、ラジオ放送にせよ終戦宣言が出された訳でもない。市民感覚と言う物は鋭いもので、大部分の人は何となく臭いをかぎ取って、騒乱に巻き込まれないよう、逃げたり隠れたり準備をした事だろう。中にはそのタイミングをほんの少し見誤り、幕末に薩摩の武士の乱暴にたまりかね、それを捕まえたりしたばかりに、後に乗り込んできた薩摩軍に夫婦もろとも切り殺される事件もあったらしい。

幕末と言えば直ぐに西郷だ事の勝海舟、最近では坂本龍一なんかの話しで、何となく華々しさが先に立つが、日本全体として暗い時代であったに違いない。兎に角お話全体が、非常に殺伐として暗いし、一見華やかに見えても、裏か見たりその後を聴くと実際は貧乏くさい話しが多い。先人の苦労や悲しみが伝わってくる。

もう一つ印象的だった事は、いつの時代も変わら無いと感じた事。例えば、支配階級の武士社会でも人材的には玉石混交、ピンからキリまで居たらしい事。奉行制度即ち現在の司法制度の源流だが、これのいい加減さ。無実の人間を犯人に仕立てる拷問が日常化している事やヤクザな人間との馴れ合いなど。岡っ引き時代から今日に何かが繋がっているように感じてしまう。

大きく変わったようでも、根源的な人間社会の変化が如何に難しいかに思いが至ったような気がする。


2010年12月27日月曜日

来年はきっと良い年に

今日で仕事納めにする予定。この1年を振り返ると、仕事的には代表を若い人に譲って、収入が減る事になったことぐらいで、個人的には特筆大書するような事は何も無く、相も変わらずの年だった。これも毎年のことだが、
年末になると毎年思うのだ。「来年こそは何か良い事がありそうだ。」しかし冷静に考えれば、70歳を越してこれは少し虫が良すぎるかもしれない。本当は、生き永らえるだけでめっけものとしたものだろう。

ぼちぼち冷静になって、もっと平穏に淡々と生きる事を身につけなければいけないのかもしれない。先日古い友人と懐旧談やら近況報告をしあった時に言われてしまった。「君、それは少し見栄の張り過ぎではないかえ。」たしか、会社代表の譲り方とか家族との関わり方についての話の時だった。これからの安心に保険をかけるつもりで、それなりのやり方でやってきたつもりだが、彼に言わせると「甘い、甘い。今までの見返りを期待するなんて。男は死ぬまで自分の事は自分で始末しなきゃ。」とかなり無理な事を仰る。

そんな事で、冒頭の生臭い思いが湧いてくる次第。別に欲ボケするつもりはないし、ポンコツになりかかっているものの、今のところ身体に大きな支障もない。昔から人並み以上の才能は何も持ち合わせないのに、なんとかここまで来たのが自分でも不思議だ。駆けっこでは何周も遅れて走ったり、普通の人がとっくにやり遂げた事を随分と、場合によっては最近の山歩きのように何年も後からボチボチするのは得意中の得意。「鶏口となるも牛後となるなかれ」の正反対、牛の最後尾、いつも鶏の殿集団の中でボチボチ歩くのが好みである。

しかし、会社勤めを辞めてから、偶然の所産で随分趣旨と違う事に嵌ってしまったが、これもそろそろ終わりにしよう。と思いながらも、また残りものの福を期待して、神頼みを続けているのだからいい気なものだ。昨日碁会所で、中学1年生の坊やに5目置いて、碁を教えてもらった。坊や曰く「冷静になったり、強気になったり、考え方が一貫していませんね。」
要するに、言う事成す事常にバラバラ、これも毎度の事で困った性格だ。

2010年12月24日金曜日

どうやら元気で過ごす事が出来た

仕事は27日で終わりにしたいので、年初の頃を思い出すために1月の日記をざっとを読み直した。やはり早いようでも長い1年なのか、惚けているのか忘れている事が多い。はっきり覚えているのは、新年早々雲取山に行ったことぐらい。今年は年初から元気だったが、ここに来て大分体力も低下している。来年の正月はとても山に行く気力がない。でも大過無く過ごせた事は有難いと思わなければいけないだろう。

来年の事はもう少し先で考える事にして、やはり1月13日の日記に「何が起きるのだろう?」のタイトルで政権交代関連で書いている。
>見ている側とすれば歴史の流れを押し戻されてしまうのかハラハラしてしまう。逆戻りはないにしても混乱は長引きそうだ。中略 現政権で世の中が変わるとすれば、これからどんな方向を見据えてものごとを考えたらいいのだろう?<

こんな風には書いてみたものの、ここ迄混乱が長引くとは思っていなかったのが正直なところだ。今月の初め頃だったろうか、NHKの「日曜討論」で民主党贔屓の山口二郎氏が「どうもリフォーム詐欺の片棒を担いだみたいで、居心地が悪い。」と発言していた。言い得て妙で、小生も全く同じような気分である。代表選以降の菅氏が、ここまで官僚にいいようにあしらわれるとは想定外だった。誰が政権についても結局は宗主国アメリカの思い通りにならざるを得ないのだろうか、残念の極みだ。

それにしても自民党の専売特許のように思われた「政治と金」で、民主党が攻めたてられる構図は何なんだろう?菅さんや岡田さん達は、自分とは関係ないことだから、と簡単に割り切っているように思う。しかしそれは少し違うのではないか、選挙に勝たなければ政権は取れない訳だし、政権を取らせてもらえたのは、小沢氏の金の配り方が適切だったからに他ならぬだろう。野党の尻馬に乗っかって、お家騒動をしている場合ではあるまい。

次の選挙がいつあるか分からないが、落選候補に投票するのはつらい。なんとか党勢を立て直してほしい、これも正直な気持ち。昨日日経だけが小さく報じたそうだが、こんな記事がある。

天木直人のメルマガから引用
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来年1月11日―16日の日程で訪米を予定していた谷垣自民党総裁が、米政府要人との面会日程が入らずに訪米を断念したことが22日明らかになった、というものである。
これは、米政府がもはや谷垣自民党総裁に会っても意味はない、と判断した。ということだ。 有体にいえば、もはや自民党は米国政府に捨てられたということだ。
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こんな記事で溜飲を下げても始まらない。

2010年12月22日水曜日

読後感「祖父たちの零戦」神立尚紀著

著者は戦後も戦後、昭和38年生まれの人である事に先ず感心した。日大芸術学部写真学科卒業後、講談社専属のカメラマンになって、平成7年から縁があって、近くに住んでいた元零戦搭乗員の取材を開始したらしい。この人物と同じ元零戦搭乗員で士官学校同期の友人の二人の軌跡をたどりながら、その周辺の生存者から多くの丹念な取材も取り込みながら構成された大ノンフィクションである。主人公のお二人もこの出版(本年7月)前には亡くなられている。ある意味で貴重な読みものだろう。

零戦が有名になったのはどうも戦後の事らしい。戦時中は陸軍の隼戦闘機の方が、加藤隼戦闘隊で歌になったりして有名だったらしい。それは兎も角、海軍の零戦が前大戦で当初大活躍した事には違いがない。零戦と命名されたのは昭和15年即ち皇紀2600年4月に海軍が正式採用になった事に依る。たまたま小生の誕生と同じ年だったので、昔からこの飛行機の優秀だったと言う噂を信じ、これで戦った戦闘機乗りの人には親しみを感じたり、誇らしく思っていたものだ。

しかしこの書を読んで、零戦もその搭乗員達もそんな甘くロマンチックで無い事がよく分かった。その意味でもこの著者には敬意を捧げたい。大戦後も世界各地で戦争や紛争は相次ぎ、戦闘機は無くならないし、すっかり変わっている。第一プロペラで飛ぶ飛行機、まして戦闘機なんか見たくても無いだろう。きっと昔も今も戦闘機の役割は同じで、戦闘機同士の戦いにどうすれば勝てるかに違いない。

条件が二つも同じ事だろう。一つは機の性能が相手に優っている事。二つはパイロットの技術が相手に優る事につきる、がよく分かる。零戦が登場した時は、確かに世界でも屈指の航続距離とスピードを誇り得たのも事実らしい。これが開戦当初の真珠湾やフィリッピン・ルソン島の大戦果に繋がっている。小生はこの優秀性が終戦まで継続したかのように錯覚していたが、終戦の前々年昭和18年の9月には、敵側ではスピードでは零戦を凌駕するスピットファイヤーなんかが投入されているのだ、その後さらに強力なグラマンF6Fなんて奴が出てきて、圧倒的な物量差にも押され、坂道を転げ落ちるが如く敗戦に向かう事になる。

更に問題は、人的資源の供給が覚束ない中で特攻なんて馬鹿な作戦が取られる。上が現場を知らずに不合理な作戦を推進して、結果、前線は摩耗するだけで誰も責任を取らなかった事も記されている。どこの国の軍隊も同じ事かもしれないが、特に日本の軍隊は現代の官僚機構の前身みたいもので酷かったのだろう。要するに空中戦はセーフティーネットの無いサーカスみたいもので、搭乗員は常に死と隣合わせだった事がよく分かった。

この本の素晴らしいところは、二人の主人公だけでなく生き残った搭乗員の終戦後の生きざまに相当なページを割いている事にある。特に戦後撃墜王として世界に名を知られた坂井三郎氏の事については非常に考えさせられるものがあった。空中戦の結果と言う奴は非常に分かりにくいもので、戦後当事国の正式な文書を確認しなければ判明し難いものらしい。又戦時中は、戦闘機乗りはそんな不確かな事を自ら吹聴するような事は決してしなかったらしい。

時間と共に正に失われつつある事実を丁寧に拾い集めて、日本人の記憶に留めようとしている著者の姿勢に脱帽したい。



2010年12月21日火曜日

加齢現象 今昔

昨日の夕食時に婆さんが突然に言った「私の脳は未だ全然問題がないそうよ。」何を言うのかと思って詳しく聞いてみると、物忘れが多いので心配になり、脳のMRIテストを受診したらしい。結果を診断してもらったところ、脳味噌がびっしりと詰まって極めて健康との結果だったらしい。ずっと前に小生も一度受診した事があるので「ありゃ結構高かったろう、確か8千円ぐらいしたのでは?」と聞くと、「その位だったかしら、忘れたわ。」との事。診断結果の割には物忘れが激しいのでは、と言えば喧嘩になるからやめた。きっととぼけているのかもしれない。

なんでも痴呆症の人なんかは脳味噌がすかすかになっているのが一発で分かるらしい。現代では、生まれてくる子の性別は勿論、障害があるなんて事も、母体の診断で簡単に分かるらしい。倫理的には如何なんて声もあるようだが、本音で言えば、生まれた時から業火を背負う人を少なくするのは良いことだと思う。婆さんに「余り本当の事は言わない方が良い。」とまた怒られそうだ。

21世紀に入って早10年が過ぎてしまった。日々の暮らしは何も変わらないが、世の中の変わり方には驚くべきものがある。例えば、一昔前までは「脳梗塞」で倒れたり「癌」告知されたら一巻の終わりみたいに思っていた。最近どうだろう、周辺に持病が「癌」や「脳梗塞」から復帰の友人が大勢居て、手術を受けたり放射線治療をした割には皆結構あっけらかんとしている。胃癌から復帰した友人なんかは流動食は何の問題も無い、とて酒をがんがん飲んでいる。

つい先日も食道癌持ちの友人と酒を酌み交わした。彼は数年前の検査で食道癌が見つかり、内視鏡で切除して短期入院で終わったので、会社でも余り大ぴらにしていないそうだ。その後は1年一度の検査で済ましているらしい。宴席でもむしろ最近掛かった痛風の方を心配して飲食するのだから面白い。こちらはその痛風と前立腺肥大だけでびくびくしているのだから、前立腺癌が発見された暁にあんなに明るく振る舞えるか自信はない。

2010年12月20日月曜日

囲碁の面白さ

昨日、民主党の小沢元幹事長と立ち上がれ日本の与謝野衆議院議員が囲碁の公開対局をしたそうだ。小沢氏が逆転勝ちと大マスコミが報じている。テレビでは言わないが、明らかにニコニコ動画のバックが映っている。小沢氏は以前代表選挙の際にニコ動に出演した経緯があるので、その時の縁だろう。NHK以外の囲碁中継は見た事がないので、野次馬気分で今日朝からパソコンで見入ってしまった。政治家の囲碁なんて大した実力も無いだろうし、どうせ数分のやらせ映像だろう。と思っていたのだが、大違い。

時間の制約こそ無かったようだが、どうしてどうして、なかなか本格的なものでちゃんと記録係やプロ棋士の解説まで付いていた。ツイッターでは最初から中継はしてたようだが、PC版は打ち始めから1時間以上経過して終盤戦に入ってからの中継だった。解説のプロ棋士が黒番の与謝野氏の方がやや優勢と解説している。小生も少し碁は打つので、明らかに与謝野氏が大優勢に思える。与謝野氏の表情は「これで負ける筈がない」で、小沢氏は真剣そのもの、正に崖っぷちに立っている表情だ。

小生だったら「こりゃ駄目だ、前回勝っているのだから負けてもいいや」てな事で、投げ場(投了と言って自ら負けを宣告する事)を何処にするか考えたり、どうせ負けるならと無茶な手を打ったりするのが常である。ところが、小沢氏にはその気配が全く見えない。真剣そのものである。対する与謝野氏も表情にやや余裕が伺えるが、決して先ほど書いたように甘くは考えていない事が分かる。与謝野氏が高段者と言う事は聞いているが、二人とも今までの想像とは全く異なり、相当なレベルにある事がすぐ分かった。

結果的には本当の終盤で10数目の争い(劫と言う囲碁独特のせめぎ合いだが解説が難しいので略)が起こり、与謝野氏がうっかりして其の10数目を利益を取ってしまった。与謝野氏はこれで勝ちが決まったと思っただろう。ところが、囲碁と言うのは実に面白いもので、ある場所で相当な利益が上がっても、別の場所の手を抜いたばかりに、その何倍もの物を失う事がよく起きる。正にこの大逆転起きてしまったのだ。

実は小生あたりのレベルではよく起きる事ではあるが、政界で最高の打ち手である与謝野氏のレベルでも起きるのだから楽しい。小沢氏も勝負に勝ってはいるが、碁が悪かった事は認めている。それにしても小沢氏の粘りは凄い。どんなに碁が悪くても負けるなんて事を想定をしない気迫が感じられた。
与謝野氏の方がどう見ても小沢氏より本格的な碁で、わざと土壇場でと思われかねないが、見ていると明かにうっかりして手を見逃している(読みが浅い)のだ。八百長なんかはあり得ない、勝ち碁を勝ちきることの難しさが分かる。

2010年12月17日金曜日

忘年会 今昔

昨日は珍しく出先から忘年会に回ってしまったので日記を書けなかった。終日寒くて、忘年会の「ねぎま鍋」と焼酎のお湯割りには実に相応しい日だった。料理も美味かったが、狭い部屋での歓談も楽しく、心身ともに十分暖まり、楽しく過ごす事が出来た。今夜もまた忘年会なので、夕方日記を付ける事が出来ないので今の中に書いておく。今夜は鯨だそうだが、これもきっと「はりはり鍋」だろう。大阪時代は南に有名な店があって、何度か行った事があるが東京では初めて、何処に連れて行かれるか楽しみである。

忘年会も今日でおしまい。喪中ハガキも来なくなったので、来週初めに年賀状を出してしまえば気にする事は殆ど無くなる。最近の年の瀬は楽なものだ。若い頃の忘年会と言えば、役所関係の人とが多かった。この時期は予算編成の真っ最中、お客さんは、昼間に紫色の風呂敷包みを抱えて、自分の役所と大蔵省の間を飛び回っている。そして彼等の夕方は早くて20時、酷い時は10時始まりなんて事まであった。

大体そんな時は双方とも偉いさんが出席する席で、幹事役を務める小生なんかには最悪の事態だ。先についている人の機嫌を取り結ばなくてはいけない上に、料理屋だっていい顔をしない。板前さんや女中さんをオーバータイムで拘束するように店に掛け合う必要があるが、これだって無論只では済まない。余程顔がきく店であっても、領収書の必要が無いなにがしかを渡さざるを得ない。これを翌日精算するのが一苦労。経理は当然「チップなんか落とせる筈が無いでしょう。」てな事になる。

思えば、そんな時に備えて、若いくせに銀座赤坂界隈の料理屋を個人的にもよく利用したものだ。自慢にゃならぬが、借金こそ増え貯金なんか考えた事も無い。当時頻繁に使っていたこれら料理屋は殆ど姿を消している。昨日の話では、座敷付きの料理屋だけでなく、中小の飲み屋は不景気で大変なようだ。居酒屋での一次会の後はカラオケに行ってしまうと、昔風のバーなんかはやっていける筈がなかろう。こちらの忘年会も6時前から初めて二次会も無し、当然酒量も限定的。年寄りには結構な事ではある。

2010年12月15日水曜日

名古屋市議リコール署名

先月名古屋市の選挙管理委員会が発表した、リコール署名に10万を超す無効票があったとする件。案の定、市民から猛烈な反撥があって再調査する羽目に。どうやら要件を満たしそうな雰囲気である。あの選挙管理委員会の委員長さんはどのように責任を取るのだろう?報道で知る限り「費用が無いから再調査は出来ない。」と言ってみたり、再調査のアンケートも極めて分かり難い内容で、恣意的である事がありありだった。

日本の民主主義は、やれ調査委員会だ事の審議会だといって、どこからか尤もらしい人間を寄せてでっち上げ、役所が良いようにコントロールをするのがお定まりのパターン。この度は市議会事務局の小役人の差配に違いない。委員長が責任をとれば立派なものだが、これ又市議上がりのおっさんだから恬として恥じないのかもしれない。誰が考えても市議会議員の定数を減らしたうえで月給を800万円にすると言えば署名するだろう。それに対抗して、無効票が出るようにしかけているのだから悪質だ。

折も折、昨日の事としてこんな報道がある。『鳩山前首相が、国会内で開かれた超党派の国会議員で作る「衆参対等統合一院制国会実現議連」の会合で、一院制導入のための私案を示した。』こんな議連は初めて聞くが、要するに議員定数を減らして、今や存在意味の無くなった参議院を廃止する趣旨のようだ。発言が政治家を引退すべき鳩山前首相とは気に入らないが、趣旨は名古屋市議リコールと同じとすれば結構な事だろう。

と言っても憲法9条の若干の修正すら何十年も店晒しになっている我が国で、こんな大改造が実現するのは何世代先の事になるのだろう?記事は次のような文句で締めくくられている。『座長の衛藤氏も、2016年までの一院制国会創設や、議員定数を500人以下に削減することなどを柱とした私案を発表済みで、同議連では鳩山、衛藤両案をたたき台に、年内にも試案を取りまとめたい考えだ。』

テレビには登場しないある政治記者が講演で面白い話をしていた。「皆さん、いつかは正論正義が通ると思っていませんか?政治にとって正論正義なんてありませんよ。多分国民の皆さんも一緒です。政治家の行動原理は多くの人と同様、個人の利益にあります。保守も革新も関係無く、思想理念なんか殆ど関係無いのではないのです。」そうかもしれない。その政治家をどのように動かすべきか。この記者が言うには「永田町は戦場、一般の人とは大分違うのです。四方八方敵だらけ、流れている情報は全て謀略が絡んでいると思ってください。マスメディアが全て同じ報道をしていますが、100人が同じ事を言っているからと言って正しいとは限りません。」

関連しない二つのテーマを取り上げているかもしれない。なまじ政治に関心を持った市民にとってはさっぱりした気分になれない年の瀬だ。しかし政治家の本当の意中を、報道から押し図ろうとる事自体に無理があるのかも。

2010年12月14日火曜日

健康管理

今日は泌尿器科で採尿・採血の今年最後の検診、結果は年明けになるが大した問題はない筈だ。お医者さんとは毎度おなじみの「体を冷やさないように。」だけで、和やかに年末のあいさつして別れる。
健康は運動・休養・栄養補給のバランスと精神の安定が大事と認識している。高齢者になった現在、精神の安定は規則正しい生活に依ると勝手に決めて、出来るだけ規則正しい生活を心掛けている。

平日は6:30起床、7:00から朝食、7:50に家を出て8:00に仕事部屋に到着、夕方19:30に仕事場を出て19:40に帰宅、風呂に入って20:10から夕食、22:00から遅くても22:30には就寝。休日は起床時間を1時間遅れにして、出かけるのも1時間遅れ、出先はプールや碁会所になる。帰宅は大体18:00前後で、就寝時間も変わらないから、テレビを見ている時間が平日より少し長いと言う事だろう。

最近もう一つ気を遣っているのは運動量で、毎日極力歩く事にして、1日最低でも5000歩以上、階段の上り下りを100段以上を目標にしてきた。幸い携帯電話に歩数計がついているので、これに依るとここ数カ月は1日7000歩くらいの日が多くなっている。階段も毎日池袋の往復だけで100段以上はありそうだ。いつまで続くか分からないが、出来るうちが花だろう。

食事については朝晩は家内に任せきり、出されたものは極力全て食べる事にしている。彼女の主義で「必要な量だけ作り、出来たものをすぐに食べる」が原則、同じおかずが連続して食卓に上る事はない。朝食も卵料理や魚の干物なんかが多いが、2日連続して同じ料理と言う事はあり得ない。漬物も毎日変わっている。

昼は毎日外食が基本だ。千川と池袋の間で10か所ほどお気にリの店があって、これをとっかえ引き換え利用している。昼はパンやパスタ・うどん等粉食系が多いかもしれない。費用は平均すると1食750円くらいかな。でもどの店も結構旨い、食事は美味いのが一番の栄養らしい。健康診断の結果を見た医者が「栄養指導を受けましたか?」と聞く程だから、栄養バランスは余程いいのだろう。

2010年12月13日月曜日

頭が良いのに越したことはないが

確かこの週末に見たNHKのニュースだったと思うが、日本の小学生か中学生の学力が若干の改善を見た、があった。それに関連して、子どもの学力世界一になった上海からの報告で、中学低学年くらいの女の子が「将来ハーバート大学に進学したい」と言ったのを放送していた。多分ご覧になった人も多い事だろう。同じ年格好の孫の居る我が家では「ハーバート大学を知っているだけでも大したものだ。我が孫はハーバートとだけ聞けば、多分食べ物を連想するのではないか。」てな事で大笑いになってしまった。

若いうちに一所懸命勉強するのは決して悪い事ではないから、日本の子供や親も上海を見習うのは結構なことだ。しかし世の中それが全てでもないと言いたいので。

先日大学の同窓会的忘年会でのある友人の話。彼は慶応の志木校から来た。現在慶応の志木と言えば、医学部を目指す高校生が最も入りたがる名門付属高校で、日吉の慶応高校より難しいとも言われるらしい。だが我々が高校時代は慶応志木農業高校と言われていた。

彼によると、
「慶応の付属であっても、進学するには試験があって半分は落とされるのだから大変よ。なんたって100点取らなきゃ駄目なんだから。」
「そりゃ大変だな。で、落ちた奴はどうするの?」
「翌年又再受験するか、諦めて他校に行くかだ。」
「でも100点とはハードルが高すぎるな。」
「そうでもないさ、5科目で100点なんだから。」
「なんだ、それなら話が分かる。ところで君は確か留年したんだろう?」
「そうさ、更についていたのは、留年したお陰で翌年から(農業)が外れて普通高校になってしまったのよ。お陰で日吉と同じで、全員大学進学が可能になってしまったと言う訳さ。」

高校時代5科目100点に苦労した彼が、70歳(彼は71歳)の今日、集った仲間の中で最も元気で、仕事もスポーツにも現役でもあり、我々年金生活者には一銭も出させず飲み食いを全て支払った。彼は高校まで仙台で、高校から志木に来たようだ。決して金持ちの息子ではない。大学卒業から今日までの人生も波瀾万丈で、とても順調だったわけではない。

2010年12月10日金曜日

冬来たりなば春遠からじ

先日強風が吹いた際に、近くの学校に沿った桜並木の葉が一晩で全て散ってしまって、用務員さんのお掃除も大分楽になったようだ。その脇を通って通勤しているのだが、今朝は青空がすっきりと見えて気持ちが良かった。なんとなく上を向いて歩いていたら、桜はどの枝を見てももうふっくらとした蕾実のようなものが沢山ついている。植物の代替わりとは上手く出来ているものと改めて感心した。

同じ生物でも人間社会は、枯れ葉がいつまでも枝にぶら下がっているようなものかもしれない。どこを見ても世代交代がうまくいかない訳だ。このところ同世代の友人に会うと、みな異常に元気だ。自分も頑張って長生きはしたいが、余り欲張るのは如何なものかと考えたりする事がある。

昨日はテレビで、女性の初産年齢の平均が29歳てな事を言っていた。こんな事では益々長生きをしなければならなくなる。皆もっと早めに結婚する事を考えるような社会にするにはどうすればいいのだろう?何処か田舎の自治体で、若い夫婦が住んでくれたら家を提供するなんて話を聞いた事がある。でも家があっても仕事が無ければ、どうしようもないか。

タイトルからしたらもっと別な事を書きたい気持ちもあったようだが、考えが纏まらず、枯れ落葉が余計な事を言ってしまった。

2010年12月9日木曜日

読後感「政治とカネ」海部俊樹 著

先週、細川護煕の回想録を読んだばかりだが、又その一世代前の総理の回想録を読んでしまった。どうも同じ傾向の書物を立て続けに手に取るのが習慣めいている。細川氏のものは日記であり、所感はところどころに入っているが、何を言いたいか理解するのにやや時間が掛かる。総理として何を志し、何を果たして何を果たし得なかったか、未練があるのかないのか。

文章が平易な話し言葉で書かれているせいもあり、海部氏の場合はこの点はっきりしているし分かりやすい。彼は議会の子三木武雄氏の子分であって、自民党の最小派閥河本派に所属する1議員でありながら、角栄支配の自民党政治にうんざりした国民の気持ちをそらすために、自民党が総裁に選んだ異色の総理である。誰しも回顧録を書くときは、「きれいな政治」に対する志を持っていて、政治改革を成し遂げるために心血を注いだと書く。

確かに海部内閣で一旦店晒しになった政治改革法案は、細川内閣で成立して陽の目を見たのも事実。そうは言っても、現実の政治はかなり汚く、カネが動かなければならない実態をかなりの所まで明らかにしている。カネと同様であるが、55年体制とか言って自民党と社会党との間には決定的な対立があると一般に思われていたが、ある日突然連立政権が成立してしまう等、政治の表と裏ではかなりの違いがある事もある程度書きこんでいる。政治家は与野党を問わず、みなかなりの悪党でペテン師のようだ。

自身は勿論自民党時代に田中派、竹下派の幹部小沢一郎のお陰で総理になりながら、彼とついたり離れたりお3度繰り返したらしい。お陰で自民党から離れて、いろいろな野党をぐるっと一巡りして最後に又自民党に戻っているのだから何をか況やである。自分だけが悪者になるのも気が引けたのだろう、後に自社さ政権で総理の座に就く村山富一氏なんぞはかなりの悪玉で、だまし、約束違反は数知れずみたい事まで書いている。政治の裏の駆け引きでは、最後に彼自身に引導(解散権を封じた)を突き付けた新聞へのリークについては、さすがに当人を名指しするのは避けている。

しかし捨てるものが無いという心境からか、本書のタイトルになった「政治とカネ」については相当あからさまに書いている。金が無ければ政治は動かないが現実らしい。今日でも国会ではみな綺麗事を言っているが、一皮むけば「同じ穴のムジナ」と言う事が分かった。二重人格とは言わば精神異常だろう、情けない話だ。

2010年12月8日水曜日

昭和も遠くなりにけり

今朝読んだのに気がつかなかったが、朝日の天声人語は開戦記念日、即ち12月8日について書かれていたようだ。その通り、開戦前に生まれた小生が忘れているくらいだし、今日同年の人間に会っても、そんな事は少しも話題に上がってこない。忘れっぽいのは結構だが、草葉の陰で泣いている方も多いだろう。昔から日本人はこんなに忘れっぽかったのだろうか?

考えてみると、これは日本特有の現象で、マスメディアのありようが大きく影響しているように思う。我が国は沢山のメディアがあるようでも、報道が非常にシンプルで、ある日時を切り取ってみると、全てに近いメディアが同種の情報しか発信していない。尖閣列島沖事件と言えばそればかり。次は、普通の市民とは無関係の、いかがわしい場所での不良と馬鹿な役者の喧嘩沙汰。その前に大騒ぎになった特捜検察の証拠改竄なんてどうなってしまったのだろう。

まして69年前に我が先祖が大戦争をおっぱじめた事などは、「わしゃ知らん」で、関心無くても当たり前なのかもしれない。「坂の上の雲」も結構だが、もっと近代の歴史をしっかり検証しておく必要はないのか。小生自身も書いていながら忸怩たる思いだ。もう少し子や孫たちに何かを伝えるべきではなかろうか。先程電車乗っていて考えた。同じ「日本号」と言う電車に乗り合わせていても、先頭車両で前景を見ている人、横の窓から移り行く景色を見ている人、後部車両で過ぎゆく景色ばかりを見ている人といろいろ居るだろうが、それぞれ同じ景色を見てるのだが、受け止め方は異なるに違いない。

ひょっとすると乗る車両の違いは世代間にもあるだろう。さしずめ我々世代は後部車両かもしれない。昔の事ばかり云っても仕方が無いかもしれないが、国民が上げて流行を追いかけ、一定の時間で潮が引くように忘れていく。今日の話題はスポーツで、昔あれだけ華やかだったスキー場ばかりかゴルフ場までが、今やどこも閑古鳥だそうだ。辛うじて支えている客はシルバー層にご婦人層らしい。カラオケ店なんかも同じらしい。

同世代が話しているので直ぐ意見が一致する。これも皆同じく後ろ方向を見ているからかもしれない。我々が知らない場所で若い人が集まっていそうな所、友人と別れて一人で考えてみた。学習塾くらいしか思い浮かばなかった。


2010年12月7日火曜日

スペースバトルシップ 妄想

昨日友人のブログに宇宙生命体に関して、NASAの与太話ではなく本当に可能性が高い事が書いてあった。直接的な関係は無いが、インターネット上のウイキリークスサイトが、アメリカの国務省から25万ページに及ぶ秘密文書をすっぱ抜いて公開してしまった事が世界的に大問題になっているらしい。

この二つの事からふと思った。地救上には200前後に及ぶ国家が存在して、互いに連合してみたり角突き合わせて戦争で人殺しをしたりしている。日本も例外ではなく、外交て奴は国家の大問題らしい。当然「愛国心」なんて言葉も世界中にあるようで、どこの国でも愛国心の無い奴は人間扱いされないのかもしれない。

小生はひねくれ者だが、日本に生まれて日本語しか喋れないので、日本に居るのが一番居心地は良いし、外国に住みたいとは思わない。しかし、「それで愛国心は如何ほど?」と聞かれると、はてどんなものやら見当がつきかねるが、人並みのものは持ち合わせているつもりでもある。人類の全ては好き好んでその国に生まれた訳ではないので、恐らく殆どの人間が同様に思っているのではなかろうか。北朝鮮だって同じで、住民の大部分は現在住んでいる国に対して、小生が日本に対して抱くと同じくらいの居心地良さと愛国心は感じているのではなかろうか。

でもこれが(世界のあちこちで行われているが)本当の戦闘状態に入ってしまうと、居心地が途端に悪くなって、難民だ事のボートピープルみたい事になるのだろう。兎に角戦争は絶対的な悪だと思う。なんとか戦争は止めてほしいものだ。余談になるが、戦争とは国家と国家の争いで、テロに対する戦争とはあり得ないのだそうだ。テロは犯罪行為で、これに対する闘いは戦いに非ずして、犯罪の取り締まり行為らしい。従って戦争をなくすためには、国家が無くなれば手っ取り早いとずっと考えていた。ここらへんから小生の愛国心が怪しくなる。

しかし、そんな事は幾ら空想しても実現不可能だと思っていたのも事実。即ち地球上から国家や戦争が無くなるなんて事はあり得ないだろう。日本もいつかはアメリカに再挑戦してこれをやっつけ、アメリカを日本の属国にする日が来れば良い、と願った日もある。

ところが最近は少し考えが変わってきた。今ネット社会に出現しつつある人種、特にウイキリークスなんかに関わっている連中に国家意識なんか何処まであるのだろう。多分国家とか人種なんかどうでも良いのではないだろうか。インターポリスから国際指名手配を受けたウイキリークスの主催者なんか世界を股にかけて神出鬼没だ。彼はスェーデン人らしいが属国意識なんか無いのではと想像をたくましくしている。

一方、企業なんかが大きくなりすぎると、企業組織と国家が利害対立したりするケースが今以上に顕著になるだろう。企業がマフィア化してしまい、これまたギャング同様国家なんか無視する可能性もあるだろう。そうなると、個人は国家に帰属するより別の組織に帰属する意識を強く持つ時代が来るに違いない。もとよりインターネットは意思の疎通における言語障壁を大分低くしつつある。国語より先に、インターネット語を覚えた方が居心地が良くなる時代なんかが来るかもしれない。

そんな時がもし来れば、インターネットの最先端を行く人種(多分現代風に言えば科学者か)が人類の指導者となり、世界中の通信システムをコントロールして、旧世代の指導者(軍人や政治家)が後生大事にしていた人殺しの道具は全て無力化することだって可能じゃなかろうか。目出度しめでたしとも思うが、その時にはもっと恐ろしいスターウォーズが始まっているかな。

2010年12月6日月曜日

健忘症

師走に入ると隠居の身ではあっても方々から忘年会のお誘いがある。友人から忘れ去られていない事は有難い限りであるが、出来る事であれば昼飯の時間で設定して頂くと、互いに深酒をしないで済むので余計有難い。大きなグループでの集りは夜にならざるを得ないが、小グループでは幹事役もその辺の塩加減を心得て、今年は昼飯のお誘いが多い。12月に入って小春日和が続いているので、連日いそいそと出かけている。

旧友と久し振りに会って他愛のない昔話をするだけだが、現代のご隠居のする事はこの程度の事しかないのだろう。会話の途中に思うのは皆さん記憶力だ。どうも忘れっぽい性質で、こちらの記憶にない事が結構話題に上る。だから面白いし楽しい訳でもある。考えてみると忘れっぽいのは昔からの性癖で、誰かに「鶏と一緒で3歩も歩けばもう忘れるのだろう。」とからかわれた記憶があるが、これは囲碁の先生の言葉だったかな?

今でも何かの必要に迫られて、思い出そうにもどうしても思い出せなくてイラつく事がままある。ここ数年日記や読後感を書き残しているのは、これの予防に役立つかと思っている面もあるが、役だった事は殆ど無いし、むしろ物忘れを促進しているのではとも思えてくる。未だかなり若い頃、新しい本を読み始めて、何処かで聞いたような話だなと思うと、自分の書棚に同じ本が並んでいた事がある。その時はさすがに恥ずかしく、「お父さんやめてよ!」と娘に怒られた事は覚えている。さすがブログの読後感に同じ本は無いだろうと思うが、確認していないので保証の限りではない。

元々物覚えが悪くて物忘れが早いと来ると、人生に少なからぬ不都合が生じたのではとも思うが、凄く損をした記憶もない。考えてみると、人生いろいろな事が起きるが「人の噂」の75日どころではなく、小生の場合、忘年会をする迄もなく、都合の悪い事は1日も早く忘れてしまうよう身体が出来ているようだ。

2010年12月3日金曜日

大学の同窓会

昨夜から今朝の出勤時間にかけて、まるでバケツを引っくり返した様な土砂降りで、大きめの傘をさしていても僅か10分足らず濡れ鼠になってしまった。かと思ったら9時過ぎには嘘のような快晴になり、外でもコートはとても着ていられない程の暑さだ。お天気まで何処か気狂いじみている。今日は高校同期の勇氏が高崎のゴルフ場で忘年ゴルフ会の筈で、「俺たちは絶対晴れる事になっている。」と元気な諸氏が自慢しあっている事だろう。

こちらは昨晩大学の同窓忘年会に出席した。久し振りに少しばかり飲んだので、今朝は未だ少し酒が残っていたように感じた。10時前には帰宅し、婆さんが「えぇ、もう帰って来たの!」とびっくりしていたのに、やっぱり酒は適度に飲み続けないと弱くなるものだ。その席で参加者の一人が全員に披露した話にこんなのがあった。「先週横浜の中華街で小中学校の同窓会を10人規模で開催したところが、会場で2人倒れてしまい、1人は救急車のお世話になってしまった。2人ともそんなに馬鹿飲みした訳ではないが、1人は最近具合が悪かったようで、も1人はこのところ酒を止めていたらしい。」

昨日の会は20人ちょっと集まったが、やはり病気をして酒を控えていると言った人が3人いた。半分は女性なので、男性だけで見れば結構な比率になる。3人とも控えてるとは言いながらも結構なペースで飲んでいた。一番飲まなかったのは一所懸命お酌に回った小生かもしれない。もうひとつ印象に残ったのは、1人が「この秋久し振りに平城京から奈良の寺々を回ってきた」との事で彼曰く「薬師寺や興福寺で仏の顔を見ていると、何故かほっとする気分になって、思わずじいっと立ち止まって見入ってしまった。俺も年だなぁとしみじみ感じた。」そうだ。

周りの人間が「もうそんな年かぁ」と囃したてたが、彼の気持ちや発言も分かるような気がする。こちらはあまり海外旅行をしないので、西洋の教会や寺院はそんなに知らないが、日本人は血だらけのキリスト像からほっとする感覚は得られないのかもしれない(マリア像もありますね、クリスチャンの人ごめんなさい)。仏像のミステリアスな表情は、確かにどのようにも受け取る事が出来そうだ。

小生も仏教の教えをよく知っている訳でもない。薬師寺展は見逃したが、興福寺の阿修羅像はたまたま上野に来た時に見る事が出来た。人混みの中で見たので友人のようにほっとするところまでは行かなかったが、観光客の少ない時にじっくり見れば、小生も又何かを感じる事が出来るだろう。何れにせよ、「互いにお迎えが近づいている事に他ならない、来年又会おうぜ。」でお開きとなった。

2010年12月2日木曜日

読後感「内訟録―細川護熙総理大臣日記 」細川 護煕 著

著者が総理大臣であった1993年8月から翌94年4月迄の日記を纏め、関係者の証言などを挿入して編集されたものである。今年の5月に出版された。

当時余り政治に関心が無かったので、細川護煕については別に好きでも嫌いでもないが、所詮はお殿さまで身勝手な人、くらいの印象である。しかし親の反対と家訓に背いて政治を志し、総理大臣に迄登りつめたのだから、それなりの資質と才能は評価すべきだろう。本書を読んで感じたのは、日本のセレブとして身につけた教養の深さだ。学歴は上智大の出身でゴルフ部のキャプテンだから、通信簿や受験戦争向きの学力は大した事が無いだろうが、上流社会ならではの教養が文章ににじみ出ている。

総理大臣の責務よりも、身に備えたその教養に裏付けられた美学をもって、僅か8ヶ月でも総理総裁になった事を後世に伝え、ご先祖と肩を並べたい気持ちがありありだ。こうやって下らないブログを世間にさらして自己満足している何処かの馬鹿と相通じるところがある。心理の根底では通ずるところ無きにしもだろうが、日本の政治史に残した足跡は大きい。何と言っても半世紀近くに亘った自民党政権を初めて倒したのだから。現在と同じで当時もマスコミによる世論調査があり、政府も勿論同様な調査をしている。そしてこれも現在と同様で、総理自身もこの結果にはかなり神経を尖らしているのが分る。

彼の場合は、94年2月に「3%の消費税を廃止して国民福祉税7%」を打ちだす迄、政策にしても内閣にしても世論調査での支持率が結構高いのだ。この辺は現政権と大分違う。確かに8会派で構成される難しい与党事情ながら、小選挙区制や政治資金規正導入のきっかけとなる政治改革法案を成立させたりしている。更にこの時期、クリントン政権下のアメリカ経済が厳しく、アメリカからの市場開放プレッシャーが相当であったらしい。93年にはウルガイラウンドでコメの部分開放に道筋をつけたり、辞める直前にはクリントンに直接「出来ない事は出来ない。」とはっきり言って役人をハラハラさせたりしている。

簡単に言えば、彼の内閣は役人も適当に使いながら、時宜に応じてよく働いているし、政治を浄化したいとの志も果たしかけていたとも言えるだろう。唯惜しむらくは、育ちが良すぎたのだろうが、交渉相手の悪意や裏の裏を見通す眼力や真の政治家としての非情さにやや欠けていたのではなかろうか。8か月の間でよく仕事をしたと思う一方、総理になってしまうとこの程度の人間としか会えないのかとか、入手しうる情報とはこの程度のものかという点は現在も似たようなものだろう。

当時は最大野党の自民党が圧倒的な多数議席を占めているので、役人にしても半分は野党にも気を使っていたようだ。佐川事件で攻撃する野党の先頭に立ったは野中氏自身が言っている。「本当はこの程度の事は内閣を倒す程の事件ではない。」他に側近や関係者のもいろいろな証言があり、実に興味深い。本人は志も高く金の面でも本当は清潔であり、政策的にも頑張っていたのに、8ヶ月しか持たなかったところに、綺麗事だけでは済まない政治の難しさがあるのだろう。

なによりも、与党の内部がガタガタで、「魁」党首の武村氏が官房長官だったのだが、彼に総理の女房役の自覚が全くなく、党首としての党利党略に終始。新進党と公明党の一一ラインと決定的に対立したばかりか、自民党や社会党と裏で握り合っていろいろな画策(これを小沢氏は凄く嫌ったようだ)をしたために、内閣が崩壊したようなものだろう。彼の後は羽田内閣が誕生するが、3か月持たずに自社さ政権が誕生した事見れば明らかだ。

この間、渡辺美智雄を担ごうとするYKKの動きや、クリントンとの会談で表面に出なかったが、北朝鮮問題が大きなテーマで、クリントンが北朝鮮攻撃を意図していて、その際日本が掃海艇を出して機雷除去をする事を強く求めた話なんかを読むと、今も全く同じ状況ではないか、と思えてくるところが随所にある。このタイミングで出版をするとは著者は才人との感を益々深くした。


2010年12月1日水曜日

老人医療費 個人的体験

このところ暖かく穏やかな日が続いているので、今のところは風邪も引かず取敢えず息災に過ごす事が出来ている。この季節の変わり目には、例年行事のように鼻水が出たりして不愉快な思いをするので、今年は有難い。しかし昨日、もう10年以上8週間おきに通っている内科医に行って若干面白くない事があった。ここに通院するようになったきっかけは痛風のアタックである。未だ60歳になる前で、酒も随分飲んでいたし食生活もいい加減だったので当然の帰結だった。

当時勤めていた会社の近くでたまたま飛び込んだのだが、その後、10数年の間には大腸のポリープ摘出から始まり帯状疱疹やら胆石の手術やらを含め様々な病気の際に適切な初期診断で、いろんな病院を紹介してもらった。従ってこの先生を勝手にホームドクターに位置付けをして、2カ月に1度豊島区から渋谷まで態々通っている。ここ数年はこちらの生活態度が改まったし、尿酸を処理するザイロリックなる薬を飲み続けているので痛風の恐れは全く無い。

ここは結構繁盛しているお医者さんで、いつも最低1時間は待たされる。やっと診察室に呼ばれると、「どうですか、変わりありませんか?」「はい、お陰さまで変わりありません。」「では血圧を測りましょう。」結果はいつも大体同じで「130の80で特に問題はありません。いつものお薬を出しておきましょう。」で、まあ5分もあれば終わりである。しかし小生もホームドクターが居る事に安心感を覚えているので、この先生が何か検査をしたいと言えば「どうぞお願いします。」で文句を言った事はない。

たまたま昨日は前回からの約束で血液検査を受ける事になっていた。実は7月に豊島区の老人健診で血液検査を受けて、その結果を前回持参していたのだが、帰り際に「こちらでは4月以降血液検査をしていないので、次回検査をしましょう。」と言われて同意していたのだ。お医者さんもある意味でご商売でもあるので、厳密に言えばこの時点で不要かもしれないが、少しばかりのダブリには文句を言ってはいけないと思っている。

ところが、血圧測定のすぐ後でいきなり「もうそろそろ尿をアルカリ性にする薬を飲んだ方が良いと思います。ウラリットと言うとても良い薬があるので、それも出しましょう。」との話。「一寸待ってください。特に現在何の問題もない筈ですし、ザイロリックを毎日飲んでいますよ。その上に泌尿器科に役立つと言う事で漢方の八味地黄丸迄飲んでいますよ。」と抵抗したが、先生は「70歳を超えると、同じ予防でも多方面からのアプローチが必要で、現在服用している薬とバッティングする事も無いし・・・」と言う事でメリットをつらつらとお述べになる。

お医者さんと喧嘩をしても始まらないので、少し口論になりかけたところで「わかりました。」とこちらが引いた。薬を処方するとお医者さんにどんなメリットがあるか知らないが、先生もせめて血液検査をた後、その結果を見ながら次回に持ちかけてほしかった。馬の餌程の袋を持ち帰って婆さんに話をすると「もう渋谷のお医者さんは辞めたら。薬を処方すればお医者さんにメリットがあるのは当たり前じゃないの、そんな事も知らないの?」とこれまたあっさり仰る。そう言われても薬を売って儲かるのは薬局だけと思っていたし、通院を打ち切るなんて勇気はとてもない。

昨年は医療費が丁度10万円に届いてしまった。この調子では今年もまた行ってしまうのでないだろうか。個人の家計は兎も角、このようにして国の老人医療費は膨れて行くのだろうな。ま、次回は勇を鼓して八味地黄丸はお断りしよう。

2010年11月30日火曜日

読後感 「アメリカとともに沈みゆく自由世界 」カレル・ヴァン・ウォルフレン著・井上実訳

20年前に出版された「日本権力構造の謎」以来久し振りに著者の本を読んだ。前回も、外国人でありながら日本の核心に迫った観察の鋭さは驚異的で、今でも深く印象に残っている。今回はアメリカが主たるテーマにはなっているが、日本人に対する多くの示唆的メッセージが込められている。著者は1941年生まれのオランダ人ジャーナリストで、アジアをメインに各地を取材して多くの賞を受賞している。学者ではないようだが、本書においてもそうだが、社会学的造詣の深さとアプローチについては日本のどんな先生も及ばない。

1999年の冷戦終結以降世界の構造が大きく変わり、これまで欺瞞をもって国民を抑え込んできた社会主義国家のソヴィエトが崩壊した。これで世界に自由主義が広まり平和が訪れれば問題無かった筈だが、現実はそうなっていない。特に自由で民主主義国、平和の守護神である筈のアメリカが世界中に戦争の災厄をまきちらし、各地で無辜の民を殺傷している現実にがある。何故か、著者はそこを冷静に解析していく。

アメリカには産軍共同の萌芽がかなり以前から存在していた事実もある。しかし、今世紀に入って直ぐの世界貿易センター事件を契機に、ブッシュ大統領がこれを「我が国に仕掛けられた戦争」と位置付け、対象を「テロ集団」として「テロとの戦争」を始めた。これで国内は一気に結束して、アフガニスタンに戦争を仕掛ける事(日本もすぐ同調)に反対するものは悪人とする雰囲気を作り上げたしまった。引き続いて反テロ対策の対象として北朝鮮、イラン、イラクの3か国を名指し、これらの国を「悪の枢軸 」と総称して批判、その後イラクには無い所に柄を付けて戦争を仕掛けてしまった。

この経緯を冷静に分析すると、論理的に破綻しているのは言う迄もない。要するにテロは犯罪であって、あくまでも個人的に罰せられるべきもの。戦争とは政治主体である国家と国家の紛争で、性質がまるで異なる。何処かの国をぶっ潰してテロが無くなる筈はない。目線がまるで違う方向に向いているのに、暫くの間少なくとも国内からは非難されなかった。その間アメリカでは戦争がビジネスに大きく貢献、国民の犠牲が増える一方でとんでもない少数の富裕層が出現している。

8年の時を経て、国民もおかしい事に気が付きオバマを選んだが、事態は全く変わっていない。オバマ自身はノーベル平和賞まで授賞しているが、世界中に戦争をまきちらす構造に何の変化もなく、貧富の格差拡大は続いている。どこが狂ってしまったのか、著者に言わせると、もう政治ではどうにもならないところに来てしまっているのだそうだ。従って著者は解決策については言及していない。日米の関係についても少し言及があるが、小生がいつも書いている通り「明かなアメリカ属国」と断定しているが、喜んでいいのか戸惑っている。

最後に日本にある「本音と建前」を引き合いに、世界中のリーダー層(政治家・学者・ジャーナリスト)が使うレトリック上の欺瞞について警鐘を鳴らし、依って来たる所を読者に考えてほしいと言っている。

今年読んだ書物の中で最も感銘を受けたと言える。



2010年11月29日月曜日

日本と東京の違いだろうか

毎日のように池袋の繁華街を歩いているが、年末が迫って益々活気づいているようにも思う。特に池袋西口地下街には宝くじの売り場が2か所あって、いつ歩いてもこのところ毎回長蛇の列になっている。昨日プールで会った人に聞くと、何でも大当たりが良く出るのだそうだ。そりゃそうだろう、平日の昼間の人口で言えば、全人口の1割以上の人間が東京に集中する上に、池袋と言えば都内でも有数の繁華街である。当選者が多いのは不思議でもなんでもない。

むしろ不思議に思うのは、マスコミは不景気やら先行きの不安を盛んに喧伝しているのに、国内外旅行やパチンコ屋の広告はいつも溢れている。小生の目からすると、東京の人は自分の生活に不安を感じていないように見えてしまう。確かに牛丼一杯290円と言うと、売る側の人は大変だろうとは思う。しかし消費者からすれば結構な事に違いない。デフレスパイラルやら円高不況で企業経営は大変だそうだが、少なくとも家電業界は地デジ特需とやらで、作る人も売る人も寝る間もなく働いているらしい。

10月でエコカー減税が終了した自動車は、11月に入って売り上げが25%も下がって大変なような事を言っているが、こちらも売りまくっていた時の事は口を拭って知らぬ顔を決め込んでいる。今期はしっかり黒字を計上するようではないか。結局企業なんてものは、おかしな博打みたい事に手を出さない限り、環境がいかように変化しても損をしないように対応出来るものなんだろう。この辺が大手金融が支配するアメリカの企業とは大分違うと思う。

しかしそのとばっちりを食っているのが、そこで働く社員の皆さんと言う事で、我々の時代のように右肩上がりにお給金が伸びて行かない事になる。とは言っても、目指す会社か役所団体に就職さえしてしまえば、初任給が食えない程低い訳でもないので、取敢えずはハッピーで毎日を楽しく、代わりに向上心もなく過ごしてしまっている人も多いのではなかろうか。その結果が、結婚して所帯を構えようとか、家を持とうなんてことも考えになかなか進まないのが現代社会だろう。

問題の失業だが、報道を見ていると年寄りは兎も角、若年層は大企業とか中小企業とか変に選ばなければ求人は未だ求職者を上回っているらしい。以前も書いたが、就職氷河期なんてのはマスコミが騒ぐだけで、訳の分からない大学に在籍して、身の程を弁えず高望みをしているお馬鹿さんをテレビに登場させて、訳の分からぬコメントを拾って恥ずかしくもなく流しているにすぎない。失業率も彼のアメリカでは20%前後と言うのに、我が国では年寄りを入れて5%前後が証拠だろう。

中には本当に努力しても就職先が見つからない鈍な人もいるかもしれない。しかし現在就職してない人間は、何らかの事情で就職しなくえても食える人間が大半ではなかろうか。昔、親からよく言われたが「そんな事では橋の下の乞食になっちゃうぞ」てな次第で、若くして行き倒れになってしまったなんて話を聞いた事が無い。

円高で外国人観光客が減るとの懸念もよく聞くが、この円高の国を訪れる外国人も多く、こんな意見を聞いた。「日本は素晴らしい。先ず食事が美味いし街がきれい、人間も穏やかで犯罪も少ないらしいし、何よりも街行く人が綺麗で、特に髪の毛をきちんとセットしている人が多い。」後半については本当にそうかなと些か疑問だが、家内に聞くとまんざら嘘でもないらしい。結構な婆さんになっても皆さん美容院は几帳面に行かれるとの事。

どこをどう考えても、何から何まで結構な国ではありませんか。内閣に危機意識が無いのも当然と言えば当然だと思う。しかし国民が「内閣の危機管理・緊張感が足りない」と指摘していると、世論調査は示しているそうだ。小生は米中韓や北朝鮮の政府には内政上の本当の危機やら国民との緊張が存在するのに比較し、我が国は国民に危機意識は無いし、政府なんて猿にも勤まるぐらいにしか思っていないのだろうと思っている。

東京の一角しか見えていないせいかもしれないが、本当に不思議の国ニッポンだ。

2010年11月25日木曜日

往生際の覚悟

故郷長野市に住んでいた子供の頃、近くの山寄りに「往生地」の地名があり、林檎畑が多く、友人の家もあった。そこに至るには遊覧道路が通っていて、冬は子供がそりや竹スキーで滑って遊ぶ場所になっていたので、よく通ったものだ。もちろん「往生寺」もあった筈だが、こちらは記憶に殆ど無い。こんな事を急に思い出したのは、昨日高校の同窓会幹事からの連絡メールである同窓生の訃報が届いたからである。

その中に彼が逝く2日間に書かれた日記の紹介があった。内容は簡潔に来し方を振り返り、我が人生に悔いが無いとしたうえで、最後に「そして今、金色に輝く阿弥陀如来様の来迎を受け、妻のもとに旅立つ。」と締めくくられている。実に立派な往生際の覚悟の程に、メールしてくれた幹事役も感心したらしいが、小生も全く同感である。とても真似できるものではない。

小生のみならず現代人の多くは、用済みの人生になっても健康志向とやらで、娑婆に未練たらたらが普通かもしれない。しかし思い返してみると、小生が幼稚園時代に覚えた童謡の他に幾つかの軍歌がある。その中で今でも頭にこびりついているものに、題名は分からないので『仮に「恩賜の煙草を頂いて」としておこう』がある。歌詞は今でもすらすらと出てくる「恩賜の煙草を頂いて/明日は死ぬぞと決めた夜は/荒野の風も生臭く/ぐっと睨んだ敵空に/星が瞬く二つ三つ」である。

昭和20年頃は学齢にも達していない子供までが、こんな歌を覚えたのか、教えられたのか知らないが歌っていたのだ。物心がつくと同時に一種の死生観を身に付ける環境が整備されていたのは、何も長野が善光寺の門前町だったからではないだろう。戦時中という環境だったからに他ならない。勿論大人の感覚では違ったかもしれないが、軍人をはじめとする多くの人は、「人間いつかは往生しなければならない」を、覚悟は別にしても念頭には置いていた事だろう。

こんな事を思い出すと、己自身を含め現代人の「往生際の覚悟」の無さと往生際の悪さだ。なにも、現政府の閣僚ばかりの事ではない。テレビに映し出される事だけを念頭に、徒に金切り声を張り上げパフォーマンスに終始する野党の卑しい姿を見るにつけても情けなくなる。大正から昭和の初期にかけ、国の針路を誤ったリーダーたちの判断ミスを論うのは簡単である。しかし少なくても当時の政治家には、与野党の違いがあっても、一国のリーダーとして間違えば、自裁するなり殺される覚悟だけはあったと思う。

こんな事を書くといつも思い起こすのは、終戦後の9月になって自決した杉山元陸軍大将夫人のことだ。彼女は夫が責任を取って自殺すると言ってもしないので、「何をぐずぐずしているのか」とはっぱをかけて、旦那の自殺を促したのち、直ぐに自分も青酸カリを煽った上に短刀で喉を突いて逝ったそうだ。思うだに涙が湧いてくる。婦人ですら、と言うと性差別で問題になる世の中だが、女性の方が昔から根性が据わっていたのかもしれない。

外国と戦ってもいいような強硬論を声高に吐く人も多い。しかし、そのうち何人が本気で命を賭ける覚悟をもっているのだろうか?

2010年11月24日水曜日

営業マン 三百代言か

思えば長いこと広告会社で営業の仕事をしてきたものだ。現在の会社は広告とは少し違うがので、営業職はいない。今年の4月経営を替ってもらった青年は技術者なので、クライアントとの折衝となると少し可哀そうである。別に悪い事ではないが、常にクライアントの意向を十分確認したうえで間違いない仕事を期すために質問が多い。

そんな事を聞かなくてもいいと思う時がたまにあり、傍にいて少しハラハラしている。特にクライアントが我々に新しい仕事を投げかけてくる時が問題なのである。委託を検討している仕事に関して、クライアントはある程度のイメージをもっている事は確かである。しかしそれを具体的に言えないから専門家の業者に仕事を回して、提案を求めるのが普通の仕事の手順である。どの会社にも営業の専門職が居て、それを持ち帰り技術やクリエーターのスタッフを招集して、ミーティングの結果、提案を纏めるのだろう。

従って、技術屋さんの場合は、営業の意見を出来るだけ詳しく聞いた上で仕事に掛かるのが普通かもしれない。クライアントとの直接のやり取りは営業がするのだから、彼が出先で困らないように、出来るだけ彼の意見に沿うように設計をするのが当たり前かもしれない。その習慣があるので、我が後継者はクライアントの前でも丁寧に質問をぶつける事になる。クライアントも聞かれて答えないのは沽券に関わると思うかどうかしらないが、戸惑いを隠して意見を言わなくてはいけない。

今のところは小生が脇に付き添っているので、いい加減な所で割って入る事にしている。考えてみると営業マンの仕事とは、クライアントの気持ちを忖度して、自社のスタッフにそれを具体化させる仕事だった。だからこっちの見込みが異なると、再提案と言う事でスタッフに余計な手間をかけさせ嫌われたものだ。最初の提案をもってプレゼンする時は、それなりに説得はするものの、泣く子と地頭の例えで比較的簡単に「では、そう言う線で再提案します。」と言ってきたものだ。スタッフが怒るのも無理はない。

しかしクライアント側からすれば、自分好みの色が選べるので営業マンの存在は貴重だったのだろう。世の中には赤が良いかピンクが良いか、はたまた青が良いのか、分からない事が沢山ある筈。時にははったりで、スタッフの考えに誘導しなければならない時もあったし、スタッフに信念を曲げてもらった事もある。長年営業をしてきたお陰で、現在は自分の好きな色が分からなくなっているとも言える。

2010年11月23日火曜日

勤労感謝の日

今日はお休み。誰も文句は言わないのだろうが、先週何処かで読んだ事が引っ掛かっている。「勤労感謝」とは誰が何に感謝する祝いなのか、と言う趣旨だ。言われてみると、成程意味が不明だ。若いので知らないが、戦前は「新嘗祭」と言っていたらしい。天皇が五穀豊穣を祈り、新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に勧め、また、自らもこれを食して、その年の収穫に感謝する大切な宮中祭祀を全国民が共に祝ったらしい。これはとても分かりやすいし、美しい。

ところが先の大戦で負けたばかりに、占領軍が宮中祭祀を国民が挙げて祝うのは好ましくない、としたらしい。しかしアメリカにも収穫を祝う国民的行事の感謝祭(Thanksgiving Day)があるので、休みを廃止するのは可哀そうと言う事になったらしい。だったら属国日本も収穫祭とでも言えばいいではないか、と思うのだが何故か訳の分からない名前がつけられている。同じ解説で勤労と言う言葉もおかしいと言っていた。

確かに変だ。「労働」と言えばいいところを「労働」を祝うと言うとメーデーのように社会主義者が喜ぶから具合が悪いとされたらしい。いまどき「勤労」なんて言葉を使う日本人が居るのだろうか。全く馬鹿馬鹿しいが、誰しも休日は大好きみたいで、文句をつけた人は珍しい。戦後60年以上経っても敗戦の傷跡から少しも脱しないばかりか、アメリカへの従属は強まる一方だ。昨年の政権交代の結果が、ものの見事にその事を証明した。

アメリカに対するほんのささやかな抵抗でも許されない。リーダー格の人間がもしそんな態度を示せば、アメリカが直接言わなくても、同胞である日本人がそいつを引きずり下ろす仕組みが完成しているのだから何をかいわんやだ。今頃マッカーサーは草葉の陰でほくそ笑んでいる事だろう。

2010年11月22日月曜日

紅葉狩り 箱根・金時山


20日の土曜日、前日の金曜日になると木曜日までの天気予報と打って変わった秋晴れの行楽日和との事。金曜日の夕方慌ただしく今年最後のハイキングの計画を立てる。行く先は前から思っていた箱根の金時山。上手い具合に金曜日の午後に、得意先の人から今まで歩いた事が無い道を教えてもらう。仕事から帰って直ぐに、教えてもらった通りの道順で電車の手配。小田急線の新松田から入って、タクシーで登山口迄。明神ヶ岳と金時山を縦走して、恐らく5時間一寸らしい。仙石原への降りと休憩を考えると、6時間半から7時間は見とく必要がありそうと判断。7時新宿発で帰りは4:47箱根湯本発の切符を手配した。

当日は早朝から快晴で、気温もさほど低くない絶好の行楽日和。7時の電車にはゴルフ客が多くて登山姿の人は少ない。新松田で降りる観光客も少なくて、タクシーで最乗寺に着いたのはまだ8:30。このお寺は小田原辺りでは2年参りでも有名なお寺だそうだが、立派なものだ。山門から本堂まででも結構な距離がある大きな寺だ。境内は杉の林に囲まれているが、本堂の周りは紅葉が綺麗に植わっているので美しい。未だ参拝客もなく空いているので、本堂にお参りしてから綺麗な境内でゆっくり準備が出来た。


縦走路は良く整備されていて歩きやすい。1時間ほどで最初の休憩ポイント神明水なる水場に到着。水も美味しかったが、相模湾を望む景色が良い。ここから明神ヶ岳山頂手前迄はすすき棚引く秋の道が続く。里山だから未だリンドウが沢山咲いている。山頂は広々して見晴らしも抜群。噴煙あげる箱根山は目にして、今居るのが箱根の外輪山だと言う事を初めて納得した。箱根から上がってきたらしい登山者が大勢もう弁当を広げている。ここから先の金時山はと見ると、これが遥か先に見える。背景に富士が見えなくてはいけないのだが、残念ながら雲の影だ。


未だ昼までは1時間もあるので、出来るだけ先を急ぐ。山頂から尾根道はよく見えたのだが、歩き始めると背丈を超える笹に隠れて展望がきかない。しかし旨い具合に約1時間で笹が途切れて一つのピークに到達、陽射しと共に富士が顔を出す。これ幸いにここで昼休み富士山を見ながら弁当を食べる。腹ごしらえの後は本日最後のきつい登りが待っていた。約1時間半後にやっと金時山に到着。富士山も絵のような姿を見せている。食事は途中で済ませているので、写真だけ撮って直ぐに下山、仙石原に3:20前に着いている必要がある。


帰りは紅葉を楽しみながら予定通りに仙石原に到着。箱根の紅葉は見事なものだし、観光客と車も半端ではない。渋滞は計算済みで帰りの計画をしていたので、バスの渋滞も気にならず箱根の紅葉を車窓から堪能した土曜の休日であった。

2010年11月19日金曜日

ハイキング予定

今日も1日撮影の立会、撮影件数が昨日の2/3なので明るいうちに終わった。昨日同様、撮影の合間の雑談で、それぞれの若い頃、なりたかった事と現実の違いの話が面白かった。我が後継者は電気工学を志して、現実はIT技術者だから当たらずとも遠くは無い。クライアントも高校時代は無線にはまって資格を取ったりしていたので、工学部系を目指されたようだが、結果的には農学部に進学してしまったとの事。やはり、理工系の素地があるので、現実は適役かもしれない。二人とも大学時代の実験や実習が懐かしそうだった。

小生はこういう場合、若い頃の志も高校大学での研究が無いも同然なので、恥ずかしくて会話に加われない。暫くするうちにやっと出身地の話になった。クライアントが小田原の出身なので、箱根の金時山について聞いてみた。若い頃には何度も登ったし、良い山だよ。との話でやっと会話が噛み合った。一度行った事はあるのだが、兼ねてこの年末にはと思っていた山なので、新しいルートや見どころについてかなりの情報を貰う事が出来た。

明日は天気予報が変わって、晴れそうだから行った方が良いよ。と背中を押された格好になったので、事務所に戻って早速交通機関の確認をしたところ、まだ間に合いそうである。これから準備をするので、今日の日記はここでおしまいとしよう。

2010年11月18日木曜日

苦手であっても、科学の話しは面白い

今日と明日は一日中撮影の立会。今日は10:30から16:30の間に15カットの料理を撮影。1件ずつ味を確認してレシピの問題点を発見する任務があるので、全ての料理を試食しなくてはならない。プロのレシピをプロが調理しているので、味はどれを取っても合格点である。しかし規則正しい食生活の実践を心掛けている身にとっては、例え少量ずつとはいえ、絶え間なく料理を食べるのは負担と言えば負担でもある。男性3人での立ち合いだったが、小生の分だけ試食量を減らしてもらった。それでも満腹感が残っている。後1時間後には又ごはんを食べる事になるが、これは相当セーブする事にしよう。

撮影の合間に時間があるので、技術を得意とする我が後継者とクライアントを交えて面白い話を沢山聞けた。特に携帯電話とキャリアや機器メーカーに関する話しや、iPadのような携帯端末に関する話に加えアップル、マイクロソフト、グーグル社、からアジアのメーカーの動向迄話題になっていた。海外の話が大分出ていたが、もう海外旅行の機会なんかなさそうだし、仕事で携帯端末を持ち歩く必要もなさそうだ。話題になっている機器については、ぼんやりイメージしていたものと大きく異なり、どんどん進化しているようだ。直接関係は無いしどうでも良いようなものだが、未知の話は聞いていると面白い。

iPadの類似品も近くマイクロソフトからも発売される筈で、価格的にはかなり安くなってくるらしい。既に出ているアジア製はもう3万円くらいにはなっているとの事。我が後継者はいつも引きこもってPCと睨めっこばかりしていると思っていたが、大違いで秋葉原ばかりでなくいろんな所をよく歩いているみたいだ。そしてPC関連ばかりでなくて、調理関係の家電製品についても一家言を持っているのには感心した。独身のくせに10万円もする炊飯器購入を検討しているらしい。

以上は半分仕事に密接に関係した話だが、小生が一番聞きたかったのは、宇宙探査の”はやぶさ”がどうして地球に帰還できたか、である。無人機から故障についての報告を地球で受信し、月の1000倍か1万倍か離れたところに浮かんでいる機械をどうやって修理するのか、その上計画とは違う帰還命令をどうやって実行させるのか。どう考えても訳が分からない。考え始めて頭が混乱するのは、地下鉄を何処から地下に突っ込んだか以上だろう。

やはり基本的には無線による通信技術らしい。随分噛み砕いて説明をしてくれたのだろうが、こちらは、「ファックスを送ったら紙が元の機械に出てきてしまったので、機械が故障していると思った。」程度の頭で聞くので、結局理解できた事は、電波による通信技術であること。電源が必要だが、1w前後の電力で電波は何千万キロ何億キロもの距離を飛ばす事が可能なものらしい。ソーラーパネルを使用していたらしい事。その程度でも、今夜は大分安心してして寝る事が出来そうな気分だ。

2010年11月17日水曜日

茶番の極み 事業再仕分け?

機能崩壊の過程にあるように見える現政権、中でも壮大な無駄遣いと揶揄される事業再仕分けは非常に分かりにくい。賽ノ河原でもあるまいに、ゾンビの如く復活している税金の無駄遣い。前回の事業仕分けを無視して、厚かましく予算を提出してきたのは現政権である。どうすればこういった事になるのか不思議でしかたない。それに対して同じ政権が文句をつけている。事業仕分けそのものが結構な予算を食っていて、しかも何の強制力を持たないとは知らなかったが、知れば全くの茶番である。全く無意味とすれば税金の無駄遣いの極みで、シャレにもならないだろう。正に自らの機能崩壊を証明する事に他なるまい。

少なくとも小生は期待した昨年の政権交代とは何だったのだろう。あの時の期待とは何だったのだろう?現在の右往左往を見ていると、こちらも混乱してくる。政治家の仕事も分からず、勝手に、これで少し世の中が変わる、と思った俺がいけないような気もする。改めて政治家の仕事を考えてみたい。
先ず政治家は立法府のメンバーで、直接市民大衆に接して税金を取ったり、税金を直接配分する訳ではない。その仕事をしているのは国や地方の行政組織である。その行政を運用する法律を作って、間接的に指揮するのが立法府の仕事になる。この仕掛けについてはある程度理解している。

考えてみると、行政に携わる人間は全て公務員の筈だが、この数は現役だけでも確か数百万人のオーダーで、OBを加えたら夥しい数になるのだろう。この頂点に立つのは一応政治家で、内閣総理大臣をトップに100人程度が行政を直接指揮統制しているとされている。しかし実際に彼等を動かしているのは、明文化されている法律だから、いきなり来たトップが「お前、そのやり方は間違っている。こうしろ、ああしろ。」と言っても官僚がそのように動く筈もない。

まして、市民大衆に直接関わる階層とトップとの間には、今や官僚組織と訳されるエジプトのピラミッドにも匹敵する厚くて高いヒエラルキー(階級制)が存在して、実動部隊は「お上の声なんか、都合の悪いものは聞こえません、悔しかったら法律を変えてから言って来い。」てなものだろう。今朝のテレビで河野太郎が「事業仕分けの対象は予算の話だから、政府三役がその気になって、部下を指揮統制すれば事業仕分けの結果を反映させる事も可能だ。」と声を張り上げていた。

本当かね、不肖の爺にも段々分かってきたのは、与野党とも政治家は官僚には敵わないと言う事実。自民党は官僚の手のひらで踊って甘い汁を吸い、民主党は馬車に向かってカマキリが斧を振りあげたようなパフォーマンスを演じてみたと言う事だろう。これでは結果が出ないので、政権党が変わっても、何も変わった実感は無いし、小市民としては恩恵を感じる事が出いない。その上悪い事には、民主は「アメリカ軍はこの国から出て行ってもらおう」と威勢のいい事まで言ってしまった。これが又大問題で、虎の尾を踏むどころか、虎の横面を思いきり張ってしまったらしい。この事については日を改めて書きたい。

2010年11月16日火曜日

要・不要 区別の悩ましさ

冬に入り年末が近くなってお定まりの作業を始めた。お掃除(本来大掃除であるべきだが、我が家・我が部屋には残念がらその習慣がない)、衣替え、お歳暮や年賀状の準備。何れも個人的なものだけなので、大した作業量ではないし、ちょこちょこと済んでしまうものばかり。むしろこういった作業の中で来し方行く末を改めて感じ、感傷に浸るのを楽しんでいるのかもしれない。日月の早さと老い先の短い事を歎じてばかりいるのもどうかと思うし、いつも己の決断の無さを情けなく思う事がある。

その最大の悩みは不要物の処理である。多分どこの家でも同じかもしれぬが、押し入れや戸棚に、未来永劫に使う予定の無い不要物が沢山詰まっている筈だ。特に我が家は物置の無いラビットハウスだからなおさらだ。小生は何事もさっぱりして空間が広々しているのが好きで、どちらかと言えば物を捨てたがる。反対に家内は物を捨てたがらない。後に必要なものを捨てたと思い、後悔した時に、家内がそっと持っていてくれて助けられた事もないではないが、性格は変わらない。今回は小生のスーツなどの洋服類を大量に処分してもらった。あと個人的なものと会社関係は彼女に任せる事が出来ないので、自分で処分しなければならない。しかしいざとなると、なかなか処分が難しい。

普段から不要なものは出来るだけ廃棄処分をするように心掛けてはいる。だがしかし、知らず知らずに溜まってしまう物がある。場所を取っているのは本と書類だ。会社関係の書類は、何が本当に保存する必要があるのだろう。経理関係は全て電子的に記録して会計事務所に送っているので、1年分だけ保存すれば事足りるのか否か、一度確認する必要がある。その上で3月に予定している事務所引っ越しの際、エイッヤーと処分すればいいとしよう。

厄介なのはCDやDVDの電子メディアだ。これもいつの間にか結構な量になっている。どれが本当に必要なものかチェックする必要があるが、結局は皆不要と言う事になるのではなかろうか。その場合はシュレッダーにかける必要があるらしいが、その機械が無い、困ったものだ。DVDデッキを買った際に、ずっと使っていたビデオデッキは電気屋さんに処分を依頼、同時にテープは全て家内に処分してもらった。確か燃えないゴミで、区が回収してくれたような気がする。

次の問題として要・不要の区別が難しいものに年賀状がある。結局は何十年分も溜まっているのを、チェックせずに燃えるゴミで出すしか無いのかなぁ。名刺や写真の紙焼きも同様だ。今年こそは挑戦して結論を出そうと思っているのだが・・・・出せばすっきりするだろうけど、出来るだろうか。

2010年11月15日月曜日

将来・未来について

政治の話は面白くないものばかりだが、スポーツは面白い。アジア大会ではいろいろな種目で頑張っているし、TBSしか放送しないが、女子バレーも健闘している。スケートも男女共に好い成績を残しているし、男子ゴルフは石川遼が今季3勝目を挙げて賞金ランクでも首位に迫っている。相撲が始まって白鵬は勝っても負けても爽やかだし、サッカー選手にも世界で活躍する人が居る。月曜日の朝から嬉しいニュースが多い。

何かにつけ「最近の若い人はなっていない、駄目だ。」と言う年寄りが居るが、言っている本人は、自分が時代い遅れになっている事に気がつかないのだろう。学問でもビジネスでも活躍するヤングマンは沢山居るに違いない。自分もそうだが、長生きのお陰で年寄りが引退せず偉そうな顔をしているが、年寄りは出来るだけ早く引退する事を考えるべきだ。

死にたくないから、摂生して肉体の劣化をカバーしているつもりが、どんなに頑張っても止めようがない。医学的には20歳あたりが肉体機能の頂点と言う説があるようだ。しかし個人的には、最も活躍できた45歳あたりが心身ともに頂点で、そこから緩急は別としてずっとスロープを降り続けている感じだ。最初は5年おきぐらいで感じていた劣化が、日を追って3年になり、去年出来た事が今年はどうしても出来ないてな事になる。

最近は土日に通うフィットネスクラブで、ストレッチなんかしていると、先週はもっと体が曲がった筈なのになんて思う事もある。こうなってくると、毎日のように何か運動していないと倒れてしまうのでは、と言った強迫観念に苛まれてしまう。しかしこれも考えてみればおかしな話で、人間の体は自転車じゃないのだから、ペダルを踏み続ければ良いと言うものでもなかろう。却って使い過ぎると肉体疲労による劣化が促進され、以外にパタンキューになるのではないか。てな妄想もわいてくる。

何れにせよ元気であろうとなかろうと、年寄りはしょせん年寄り、明日の社会に役立つ事は多くはあるまい。又責任を持てない未来の事を余り真剣に考えても仕方がないし、それを偉そうに言うのは無責任のそしりを免れない。今月発売の月刊文藝春秋に掲載された、”日本も核武装すべき”だと言う後期高齢者の都知事さんの論文を見て考えた。

序にもう一つ、先週小田嶋隆さんという少し変わった人のエッセイを読んで成程と思った。私も知らなかったので、ご同輩読者のためにこの人について少し触れておこう。年齢は50歳台前半、職業はコラムニストと言う事になっているが、テレビには出てこない。特にネット関係については自ら「ヒキコモリの、オタクの、ネット依存の自家中毒ライターであるオダジマ」と称している。

この人が11日の日経ビジネスオンラインの中で、YouTubeに海保の映像が投稿された事を見通せなかった事を悔んでいるのが面白い。曰く「この度の動画漏洩を見通せずにいて良いはずがないではない。ほかの誰がうっかりしても、私はうっかりしてはいけない立場の人間だったのである。(中略)明確な形で、メディアを通じてこの度の事態についてきちんとした予測を述べた言論人は、私の知る限り一人もいなかった。未来を見通すということは、それほどに難しい達成なのだ。」

そりゃそうだ!将来どうなるかは誰にも分かりはせんのだ。

2010年11月12日金曜日

のんびりした

お昼に人形町まで行って友人を一人誘い、「よし梅」で牡蠣の入ったミックス雑炊を食べた。大きな土鍋の蓋を取ると湯気がワッと立ち昇る。茶碗に掬ってフーフー息を吹きかけながら食ったが、牡蠣の他には海老やら鶏に野菜と卵がたっぷり入って実に美味い。しかも1人前千円也で二人でも食いきれない程量もある。この質と量は江戸ならではのものと言えよう。

小春日和が続いた1週間だったが、冬が段々実感となりつつある。帰りは国会図書館で読書。帰宅してから先程まで年賀状の事を考えていた。来週は又忙しくなるのだが、今週は本当にのんびり出来た。

2010年11月11日木曜日

DDTとPTA

今週は横浜でAPECなる国際会議が開かれている。何のためのどんな会議か知らないが、なんでも米国の大統領、中国の首席、ロシアの大統領等のお歴々が週末には大勢横浜に来られるようだ。つい最近に名古屋で開かれたCOP10も国際会議のタイトルみたいだ。TPPは政府が検討を進めるとしている何かの協定のようである。兎に角毎日のニュースの中に横文字が氾濫しているが、これの意味を正確に理解している人間はどのくらいいるのだろう。

我が家では、DDTは消毒薬でPTAは小中学校の父兄会の事を言うと、概ね当たらずとも遠くは無い解釈をしている。しかしJFKと聞いてすぐにアメリカの元大統領の事、と家内が答えられるかどうかは定かでない。小生にしてもそれ以外で知っているのはFDRぐらいだ。彼女に言わせれば、関係無いからどうでもよい事らしい。個人的な好みかもしれないが、現在中国で使用されている漢字のように、文字を簡略化するのは好きになれない。台湾に行くと中国本土と違い漢字が繁体漢字で、日本以上に旧態依然の字に出会うので、同種の民族だなぁと懐かしさを覚える。

勿論名称を短縮するのも如何なものだろう。日本では略称はカジュアルなもので公式に使用するのは非礼とされている筈だ。仙谷由人さんを仲間内が(せんよし)と呼んでいたにしても、それを報道機関が使用する事は先ずあり得ない。しかしアメリカではこれが当たり前でむしろ自然なのかもしれない。だからと言って日本人が有難がって真似するほどの事ではない。長たらしくとも日本語の名前を振って標記したほうが美しいと思う。役人に期待しても仕方がないかもしれないが、記者や作家とか作詞家といった言葉を商売道具とする人の奮起を促したいものである。

ベースボールを野球としたのも名訳だと思う。もう一つ感心したのは国名:「中華人民共和国」の中で、中華という語句は昔から支那にあったらしいが、人民と共和国と言う語句は何れも江戸の末期か明治の日本製らしい。最近の朝日新聞に出ていたそうだ。千数百年の昔、大陸から言語と共に文字がが入って来て以来、我が祖先は固有の言語を確立すべく様々な努力をしてきている。国際化も必要で小学校から英語教育も結構だが、大人はもう少し己の文化を大事にする努力をすべきではないか。

2010年11月10日水曜日

昔話をしながら

先週後半から良い天気でポカポカ陽気が続いて気分が良い。夜は夜で、布団を沢山かけて早めに寝るのでぐっすり休める。夏の苦しさが嘘のようだ。全ての事で能率が上がる。実に季節の移り変わりは好いものだ。今日は久しぶりにスーツを着て日本橋まで行って、昔世話になった人と会食をした。年齢的には少し若い人だが山歩きでは大先輩。年末行こうと思っている金時山に付いていろいろ教えてもらう事が出来た。

話題が変わって政治の話になると、やはり民主党政権の素人加減について、一次情報を交えてこれまた面白い話を沢山聞かせてもらう事が出来た。小生が永田町や霞が関を徘徊していた頃から既に20年経っている。省庁も再編されて役所の呼び名も変わっているし、官邸なんかは建物自体もすっかり変わっている。そんな外形的な事ではなくて、官僚の機能も全く変化しているらしい。政権に就いた民主党は小企業のおっさんで、組織の運用が全く分かっていない、が彼の見立て。

互いに千代田区からは遠くにいて気楽なので面白かった。マスコミの不勉強や能天気は昔からかもしれないが、現状に至っては正視に耐えないようだ。
尖閣の映像流出も話題になって、これは完全に海保からの意図的流出だろうと話していたが、先程トピックスをみると案の定だ。益々騒ぎは大きくなるばかりだ。

2010年11月9日火曜日

いじめられっ子 いじめっ子

先月23日自宅で自殺した群馬県桐生市の小学6年生女子について、学校側が昨日(11月8日)やっといじめのあった事を認めたそうだ。これまで両親は「自殺の原因はいじめだ」と訴えていたが、学校側は「学級内の人間関係に問題はあったが、いじめがあったとは認識していない」と記者会見などで説明していた。見解を転じたのは、全校児童を対象にアンケートや聞き取りをした結果、複数の児童からこの女子児童に心ない言葉が投げかけられていたことが判明したため、だそうだ。

こんなニュースは見たくも聞きたくもないので、関心を持たないようにしている。しかし、今日朝早くから校長の謝罪会見が何度も繰り返し放送されるので嫌でも目に入ってしまう。謝罪の言葉も日本語としてなっていないし、随分頼りなさそうな校長だ。我が家は実弟も家内の実家も教員教師が多いので、先生方の質の低下についてはあまり声高に言いたくない。しかし婆さんの方はそうはいかずに怒りまくっている。

「今や少し優秀な人は校長になんかならない、生徒も親も昔とは様変わりで、生徒の指導以前の問題でなにが起こるか分からない。最悪は身の危険を心配しなければならない。」そしてこう付け加えた。「今度の桐生市の事件を見ていて思うのは、いじめを認めたとか認めない、因果関係があったか無かったか、ではなくて問題の解決に時間をかけ過ぎている事だ。何故かと言えば、解決に時間をかけ過ぎる事で、いじめたとされている生徒側の心の傷が深まるではないか。」

日頃は関心を持たないニュースだし、先生の悪口も聞きあきているので聞き流そうと思ったが、最後の一言が心に残った。確かにその事は大事かもしれない。自分もどちらかと言えばいじめっ子だったし、上の孫も体が大きくて、そっちの方だったのではとの心配もある。問題になっている桐生市の件は別として経験だけで子どもの頃のいじめについて言う。いじめられる側といじめた側には心理的に相当大きなギャップがある筈だ。即ち、いじめられた側からすると死にたくなるほどつらい事も、いじめているとされる側には、深刻さが皆無で、ホンのおふざけで許される範囲と思っている事だ。

卒業から25年ほど経った中学校の同窓会の席上で、同級生から面と向かって真顔で言われた事がある。「昔あなたから『この低能の豚野郎!』と言われた時は、家に帰っても悲しくて本当に死にたくなりましたよ。」四半世紀を過ぎて印象に残っているのだから相当なインパクトだったに違いない。勿論加害者である小生の記憶に何もなかった。「本当に申し訳ありません。」謝ったものの、後悔は先に立たず、爾来この傷は一生こちらに残るだろう。本人は認識していようといまいと、いじめはいじめなのだ。被害者がいじめと明白にしている事をアンケートを取ってみなければ分からないとは何事だろう。

仮に事件発生まで担任がいじめの実態を把握できていなかったとしよう。しかし翌日、クラスの担任が加害者と思われる数人と被害者の友人と思われる数人に事情を直接聞けば、どんなにご粗末な先生でも実態把握は簡単に出来た筈で、実際にはそうしているのだと思う。

ここからが問題で、重大な事件だから、当然市の教育委員会やもっと上部の組織も絡んでいるに違いない。そして何かにつけ問題になってくるのが「総意=大方の意見」である。担任なり校長が翌日「申し訳ありません。気が付きませんでした。」或いは「指導不足でした。」と簡単に頭を下げられないのではなかろうか。今の世の中、こちらは見たくもない記者会見が必要となり、アンケートが必要になってくる。

確かに先生方一人一人の能力資質の劣化もあるのかもしれないが、教育のように極めて個性的な問題が、マスコミとの関係において平準化を強いられる現象がある。日教組が戦後教育を悪くした、とこれまた一般的に言われる。日教組の何が何を悪くしたのか具体的には何も知らないが、マスコミに依る平準化社会や、記者会見を強いられる事の方が余程罪が深いと思っている。

マスコミが絡むと全ての事象について全国一律平準化と国民の総意だ。小生は同意したくないが、世論調査のように平均化された数値から、分かる事もそりゃあるだろう。しかし、教室で発生した極めて個人的な事件に関連してアンケートを取って何をするというのだ。関連した当事者(加害者を含め)に対する迅速な善後策ケアこそが、早急に求められている大事ではないか。そしてこれ又残念かどうか分からないが、当事者に任せる以外ないだろう。

学校の格差、教師の格差、生徒個人個人の資質格差があることは誰にも否定できない。まして個人の感情については千差万別は言う迄もない。個人的な接触なくして教育が出来る筈はない。総理大臣でもあるまいに、田舎の校長さんがテレビで多くの人に頭を下げる理由はどこにあるのか。マスコミはいつも国民の代表のような顔をしているし、記者や出演者も二言目には「私たち国民」と平気で言う。小生はいつも苦々しく思って、心中「お前になんか俺の代弁をしてほしくない。」と呟いている。

アンケートや世論調査のように平均化された数値から、真の問題の所在や解決方法が見つかるはずの無い事を声を大にして指摘したい。

2010年11月8日月曜日

己の関心事と民意のずれ

連日テレビや新聞は、素人には全くわけのわからない外交問題を取り上げて騒いでいる。テレビに出演する人は例外なく恰も自分が総理大臣であったらもっと上手い外交をするみたいな言い方である。小生も現内閣の外交が余り旨い具合には言っていない事は認めざるを得ない。官僚との関係もそんなにハッピーなものでもなさそうだ。しかし、これだけ張り扇ぎで内閣の足を引っ張ると、喜ぶのは誰かな、との思いが強くなる。

解散して民意を問うべきとの意見が、如何にも尤もらしく語られる。何を民意に問うべきなのか、総理や閣僚が馬鹿だからか?我が妻もよくそう言う。しかし現政権が倒れたらどうなるのだろう?どこにもっとましなお利口さんがいるのだろう?今回の中国やロシアとの騒ぎは、正直なところ国を二分して大騒ぎをする問題とは思わない。自公政権だったら起こらなかったし、起こったとしてももっと上手に処理したような言い方はすればするほど、相手国が喜ぶだけの事だろう。

小沢一郎氏の政治と金の問題にしても、目くそが鼻くそを笑うような騒ぎが続いているが、どうでも良いじゃないか。85%の国民が国会で説明を求めていると言うが、その国民の皆さんは何を聞きたいのだろう?識者の皆さんは「どうして政治にそんなに多額の金が必要か?」説明を聞きたいとの事だが、聞いてどうするのだろう?金の掛からない方法を教えてやるのであれば、直接言えばいいじゃないか。なんとなく政治の舞台から小沢氏を追放したいなら、それこそその理由をこちらが聞きたくなる。政治関連のニュースは疲れるばかりだ。

面白くない話ばかりだなと思っていたら、昨夜NHK7時のニュースで面白いネタが流れた。何故細川元総理が1994年のある夜唐突に国民福祉税7%構想を打ち出したかについてだ。当時の大蔵事務次官斎藤次郎氏による秘密メモの存在で明らかになったとの事。内容は当時米国からの減税要求が激しくて、これを受け入れる代わりに消費税の増税を苦肉の策で打ち出したものの、これが原因で内閣自体が潰れてしまい、減税だけが残って国の借金が増えるもとになったとの事らしい。

ま、昔から日本はアメリカの属国みたいもので、アメリカの言う事だけを聞き続けてきたのだろう。きっと月曜日の今日になれば各報道機関が追随して騒ぐだろうと期待したのだが、これをフォローしているところは1社もない。不思議に思って調べてみると、これは昨夜遅くなってから「NHKスペシャル:借金はこうして膨らんだ」で詳しく紹介されたものらしい。オンデマンドとやらで有料でも良いからみたいと思ったが、配信されていないようだ。国の借金が900兆円と大騒ぎする割に、こんなに面白そうなネタを何故みんな食い付かないのだろう。

こちらのセンスが余程浮世離れしているのかな?

2010年11月5日金曜日

秋日和は大掃除が似合う

穏やかな温かさに包まれ本当に素晴らしい秋日和だ。東京で昼間空がこんなに透き通って見える日は1年にそう何日もないだろう。仕事も暇だし、ぼんやり過ごしていたが、思い立って仕事部屋を少し片付ける事にした。来年3月には、この築30年以上で木造モルタル造りのぼろアパートが取り壊しになるので、立退きが決まっている。次の行く先は決まっていないが、こんなに天気が良いので部屋を整理して少しさっぱりしたくなった。

狭い部屋なので出来るだけ荷物を増やさないように気をつけてはきたが、昼間だけとはいえ7年間使っていると否が応でも荷物が増えている。やはり一番気になるのはパソコンである。狭い空間にデスクトップが2台とノートが1台、押し入れにもう1台ノートが入っている。その他にスキャナ件プリンターが一台とリンクステーションやらルーターがあるので、配線を見ているだけで汚らしい。この中からデスクトップを1台スタッフの家に引き取ってもらう事にした。

仕事部屋を開設して2年目か3年目に導入して、後からメモリを増設したりしてスタッフの専用としていたのだが、最近はスタッフの自宅の環境が整ったので自宅作業が多くなっていた。スタッフも使いなれた機械なので喜んで引き取ってくれる事になった。梱包されていた箱も処分済みだったので、早速ヤマト運輸を呼んでパソコン宅急便の集荷を依頼。デスクトップはモニターが別配線になっているので、1台片付けただけでも大分さっぱりした。

昨日は友人からは忘年会の案内が舞い込むし、今朝テレビからはクリスマスソングが聞こえ始めたところで、部屋なんぞ片付けてさっぱりしたものだから一気に年末モードか。これが片付いたら、年賀はがきの印刷や歳暮の手配もせにゃならんな。昼ごろは相当のんびりした気分だったのに、ああ嫌だ。月日の経つのは何と早い事よ。

2010年11月4日木曜日

孫の誕生日

昨日は一番年下の孫と末の弟の誕生日だ。娘夫婦二組がそれぞれ孫をつれて遊びに来た。満2歳になった孫は未だ日本語は喋らないし、未だおしめもしたままだ。しかし元気だけはすごい。外を歩くのが大好きという事で一緒に散歩に出かけたが、保護者が手をつなごうとしてもどうしても聞かない。捕まえてもすぐに振り切って走り出すので、親は大変だ。何を言っているのか理解できないが、母親似の大声をあげたり、馬鹿笑いをして悦に入っている。食欲も旺盛だし出すものもしっかり出している。来年の今頃はもっとコミュニケーションが取れる事だろう。

午後は小学6年生の孫と池袋に本を買いに出かけた。1時間ほど前に2歳児の散歩に付き合ってはいたが、朝から飲んだり食ったりしたので、腹ごなしに歩いていく事にした。びっくりしたのは、歩く速さだ。孫が我が家に来る時は、いつも池袋からは車かバスなので「ええ、歩くの?」と一瞬嫌がったのかと思いきや、歩きだすとこちらがついていくのに息が上がった。普段凡そ30分で歩くところを25分位で歩いてしまっと思う。小学生と思って馬鹿にしたのが間違いだった。やはり若さの持つエネルギーは括目すべきものがある。

自分では日頃トレーニングをして鍛えているつもりでも、年に勝てないとはこの事かとしみじみ実感した。もう一人中学1年生の孫が居るのだが、彼はバスケット部に入っていて試合のため来る事が出来なかった。弟に言わせると、彼も毎日練習でみっちり運動しているらしい。二人とも勉強の方はあまり話題にならないところみると、たいした事は無いのだろう。しかし丈夫に育つ事が一番だから、そこのところを余り突っ込んでも仕方がない。池袋の本屋では目的のゲーム攻略本が無かったので、コミックを1冊買うことで代わりとした。

2010年11月2日火曜日

読後感「龍馬を超えた男 小松帯刀」原口泉著

これまであまり有名ではなかったが、一昨年のNHK大河ドラマ「篤姫」の準主役で登場して一躍有名になったようだ。勿論小生もごく最近まで知らなかった。小生が知ったのは、民主党元幹事長の小沢一郎氏が記者会見か何かで、「明治維新の立役者の中で特に尊敬すべき人」として名を上げたからである。今ではすっかり有名になり、正に維新の立役者として評価を受けている坂本竜馬も、明治16年迄は全く無名の人であったらしい。

小説などの影響で、明治維新は西国下級武士の志士達によるクーデターと思われがちだが、そうではない事を教えてくれている。それはそうであろう、盤石の構えをもって250年の長きにわたった徳川幕府の行政統治機構を組み替える大技が、若干の流血があったにせよ1年や2年で達成できたのは、西郷をはじめとする数人の個人の力だけではあるまい。しかし、学校の歴史では教えないし、知識の吸収が小説等に頼らざる得ない現状ではどうしてもそのように錯覚してしまう。

本書はその認識の間違いを訂正するに非常に役に立った。維新を推進したのは江戸時代の藩で言えば薩摩と長州、この二藩が土佐の脱藩志士坂本竜馬の活躍で、薩長連合を結ぶ事によって成就する事が出来たと相場が決まっている。一見したところ結果からすればその通りなのだが、他藩の脱藩志士や殿様が名前も知らない下級武士(西郷隆盛)数人によって、石高で言えば何十万石、武士の人数でも数万人の藩組織が動く筈はない。指摘をされればその通りである。

特に、長州と薩摩では藩内の事情が全く異なっていた事が重要である。前者は明治維新前に既に藩内で一種のクーデターがあり、既に高杉晋作等によって下級武士がが実権を握り、百姓町民が参加する革命軍創設に迄進んでいた事情がある。一方薩摩は維新の最初から最後まで藩としての意思決定があり、それに基づいての行動であった。

主人公の小松帯刀は維新達成直後の明治3年35歳の若さで世を去るが、小なりと言えど九州の一領主の子として1835年に生まれ、ペリー来航の翌年には若くして島津斉彬の奥小姓として仕えて薫陶を得る。23歳の時斉彬が亡くなり久光の代になると、その才能と外交手腕を買われて側用人から家老にまで出世していく。本書は出世物語ではなく、明治維新前夜の動乱期に薩摩藩重役の小松が藩と日本国の行く末をどのように見据え、どのように動いたかを考証している。

一口に言えば国際化の波に洗われた時、薩摩のため、ひいては日本のため何をしたかである。坂本竜馬とは同じ年の生まれでもあり思想的にも相通じるところがあった事は事実のようだ。特に幕府の神戸海軍操練所が解散を余儀なくされた時に、勝海舟の依頼で生徒だった彼を薩摩屋敷に引き取ったりした事から特に親しかったようでもある。本書によるとこの二人が考えていた維新の筋書きは現実とは少し異なり、飽くまでも無血クーデターで、大政奉還まではほぼ筋書きに沿ったようだ。

残念ながら1867年(慶応3年)末、天皇、徳川慶喜双方から厚く信頼され、東奔西走した帯刀は大政奉還が無事なると、身体がぼろぼろになり、お役御免を申し出て薩摩に引っ込んでしまう。殆ど時を同じくして竜馬は暗殺されてしまう。

この直後1867年末から翌年正月にかけて勃発した鳥羽伏見の戦いを皮切りに1年ちょっと続いた戊辰戦争迄の血なまぐさい戦は、どうやら、彼ら二人の本意ではなかったようだ。竜馬の新政府人事構想は慶喜が政府の筆頭になっている。明治政府になってからも、新政府は外国との難しい交渉事に関して、帯刀の力を借りる事が多かったようだが、それも束の間明治3年には没する事になる。

彼の正式な名前は「小松帯刀清廉」。名前の通り誠に清廉で無私の人柄で、知行資産は勿論、名誉も死んだ後に名前を残す事すら望まなかったようだ。
現代の政治家に爪の垢でも煎じて飲ませたい。

2010年11月1日月曜日

豊島区囲碁大会

いつもの日曜日は午前中にプールで水泳、午後は碁会所で遊ぶと決めている。昨日は行きつけの碁会所席亭から是非出てみろと勧められて、午前中から区の囲碁大会に参加した。池袋にある勤労福祉会館のホールに、見学者を含めると150人以上の人が集まり壮観である。開会に先立っては区長さんやら区議会議長さんの挨拶まであって、大会が盛り上がった。試合開始は午前10時、子供の部から、級位者、初二段、三四段、高段者と5クラスに分けての戦いとなっている。

小生は二段ということで初二段クラスにエントリしたが、総勢30人ほどいただろう。午前中に2局打った後に支給された弁当を食べて、午後又2局打たなくてはならない。一種のトーナメント方式で、1局負けても負けた者同士で打つ事が出来るスイス方式と言う奴らしい。

難しい点数の計算があるらしいが、全て立教大学囲碁部の青年が事務局でやってくれた。時計は使わないが、1時間以内に勝負を決める必要がある。普段の遊びでも1時間は少しきつい。まあ勝敗にはあまり拘らないで気楽に打つ事にした。1回目はさすがに緊張してしまったが、相手の人も同様だったようで、辛うじて勝つ事が出来た。2局目は思い切って打ったつもりが、逆目に出て負けてしまった。

午後に入ってやっと平常心になったのだろうか、2局連勝する事が出来たので、結局3勝1敗。4連敗の人が居れば当然4連勝の人もいるだろうから、賞を貰えるとは思っていなかった。ところが、終わってみると、事務局の人が「3位の入賞者が4人出ました。お名前を呼ばれた方は生年月日を仰ってください。」との事で、小生の名前が呼ばれた。生年月日を告げると、ななんと、最年長との事。目出度く3位に入賞してしまった。

賞品の<あられ>が入った立派な箱を頂き帰宅。明後日は孫の誕生日で娘夫婦が来るとのことなので、床の間に麗々しく飾って自慢する事にした。会費は1500円で、いつもの碁会所より600円高かったが、昼に弁当は出たしお土産付きとなると、「最高じゃないですか」と婆さんに褒められた。

2010年10月29日金曜日

最後の運転免許証

昨日「免許証更新のための講習のお知らせ」なるハガキが都の公安委員会から届いた。来年の誕生日が更新時期に当たるが、道路交通法の第101条の規定により、更新手続きの前に「高齢者講習」を受講する必要があります。との趣旨で、受講するための必要事項(連絡先・必要経費・持参するもの等)が書かれている。受講料が5,800円で更新手続きの6カ月以内に受講してないと更新が出来ないらしい。

高齢者の事故率は多いのだろうから、40年も50年も前の試験で通した免許を無条件で更新するのは、取り締まり側の良心に差し障ると言う事だろうか。一見すると大義名分はあるようにも見える。しかし本音は警察官定年後の救済事業の一環である事は明らかだ。150万人近いご同輩の半分が免許証を持っていたとしても大変な金額である。大雑把に50万人が受講するだけで29億円の受講料が転がり込む計算になる。

警察官は全国で24万人ほどいるらしいから、40年で退職とすると毎年6千人位の退職者が出る勘定だ。高齢者講習の受講料をその年の退職警官に餞別として差し上げれば、1人当たり48万円になる。彼らには退職時に勿論税金から少なからずの退職金もあり、民間に比べると遥かに割の良い年金(昔は恩給と言った)もある。だから選別に例えたのだ。兎に角官僚は頭が良い、別に税金ではないので人目につきにくい。お宝の産み方に長けていらっしゃるが、何れは事業仕分けなんぞでどうにかしてほしいものだ。

三つ折ハガキの最後に「運転免許証自主返納のご案内」があった。18歳の時に免許を取得したが、ここ10年以上運転する機会はなかったし、今後もする気はないので、次回の更新時には更新を止めようと思っていた。この場合は1,000円「運転経歴証明書」を発行してくださると書いてある。しかしさらにその下に小さく次の注意書きがある「*運転経歴証明書の交付後、6ヶ月を経過した場合には、銀行等における本人確認書類として用いる事が出来なくなります。」一寸待ってくれ、こんなものを貰っても役に立たないのでは?と思って申し込み先・問い合わせ先一覧から我が家の所管を探して電話をした。

「免許証更新のための講習のお知らせ」のお知らせを頂きましたので、と言うと、いきなり
「ハイ午前中が宜しいですか午後の方が良いですか?」とかなりそそっかしい小父さんだ。
「いえ、自主返納でお尋ねしたいのですが。」
「ああそうですか、それは最寄りの警察でしてくれますよ。」電話した先は教習所だったらしい。正に退職警官が応対しているのだろう。
「ところで、注意書きに6ヶ月しか効力が無いように書いてありますが・・・」
「そうなんですね。確か区役所の方で住記ネットか何かで5年ぐらい有効のカードを発行してくれるはずですよ。その方が便利かもしれませんよ。」
「だったら、運転するつもりが無ければこのまま持っていて失効させるのが一番でしょうか?」
「そうですね、それが一番かもしれません。」

来年4月の頭には失効してしまうが、免許証を持って警察署なり教習所に赴く事は止めにした。

2010年10月28日木曜日

世襲議員と組合選出議員ではどうにもならん

昨日久し振りに旧い友人二人と会って四方山話をした。見識ある友人の話を肉声で聞くと、成程と感心する事が多い。二人とも同じ年齢なので「どうせ俺たちゃもうはそんなに長生きしないから、どうでも良いようなものだけど・・・」と断りがあるにせよ、現在の世の中を慨嘆することしきりである。二人の嘆きに共通するのは政治の劣化、即ち政治家が余りに小粒になり過ぎている事に尽きるようだ。

二人とも若かりし日に大物政治家を目の当たりにした経験があるので、思い出話をして頷き合っていた。残念ながらこちらの若かりし日は、得意先の担当者と飲み屋のお姉さんぐらいしか会った事が無い。昔の大物政治家は会っただけでも気押されて、喋ろうと思ったことの半分も言えない雰囲気があったそうだ。友人二人は若い頃からかなり強かで物おじしないタイプだと思うが、池田、佐藤、田中氏等の総理クラスは勿論、官房長官では二階堂氏とか後藤田氏等、子供や孫が議員に菜っいる河野一郎氏もそうらしいが、見かけはチビで風采は上がらなくても相対すると相当な威圧感を感じたらしい。

要するに現在の政治家は口先だけ達者と言うか、公開の場で恰も芸能人のように、思いつき見たい事をぺらぺら喋るだけだ。本来志を持つ政治家は、目的達成のためには対象を定めて人知れず話しを着けたうえで、公開の場では空とぼけて議論を重ね、落とし所に落とし込む芸当が出来ないとだめらしい。平たく言えば与野党含めて、日本的な根回しが出来る政治家が居なくなったと言う事らしい。事の善悪は別として、政治家が小者になったせいだろうか、確かにそういう芸当が行われているようには見えないのも事実だ。

特に現政権は政治主導の透明性と公開性を強調し過ぎるきらいがあって、各大臣全てが思いつきでもなかろうがよく喋り、その為に前言や別の閣僚と矛盾する事を言わざる得なくなる事が多い。これで政治主導が出来る筈もないと友人二人の意見が一致したが、そう言われりゃその通りだ。言葉に責任が持てない内閣の行く末については、1人は参議院で早晩問責決議が通ってしまい解散が避けられないだろう、との見立て。1人は民主はなんとか凌ぐのでは、とも言ったが、その場合でも小沢を切らざるを得なくなる。

小沢を切れば付いていく議員が50人前後は出るのではなかろうか、すると民主の議席は衆議院でも相当に減って政界再編は必至との意見。政権交代を応援してきた小生とすると少し残念ではあるが、政界再編は必然なのかもしれない。そう言われてみると、政策的には自民も民主も他の政党も余り違いが感じられない。友人曰く「昨今の政治家には日本をどうするなんて志を持った奴は一人もいない。全て自分の選挙と、その為の利益誘導だけにしか関心が無い。そこに各省庁の技官グループが悪乗りをするから、全国に90以上の飛行場が出来たり、必要のないインフラが造成される事になる。」

これもその通りだろう。技官グループの悪さは全省庁の許認可関係で一般には見えないところで沢山あるらしい。ここらの事も事業仕分けで明らかになるといいのだが、組織的に官僚組織の大リストラが行われない限りどうにもならないようにも聞こえる。

政界再編があっても、変わらないのは共産党と公明党だけ。但し公明党は鵺みたいものだからどっちに付くか分からない。問題は議員の多数が世襲議員と組合選出議員なので、本当の政治主導は出来ないだろう。ご尤もではあるが困ったものだ。

2010年10月27日水曜日

小春日和

冬の季語だろうと思うが昨夜から今朝は寒かった。つい先日までの暑さが嘘のようだ。帰宅が19:40頃だったが吹いていた風は正しく木枯らしだったと思うのだが、テレビでは東京地方に木枯らしが吹いたとは言っていない。身体が未だ寒さに順応できないので、体感的に寒いと感じるだけで、本物ではないと言う事だろう。しかし陽が昇ってくると暖かさが増し、小春日和で結構なあんばいだ。

外国に住んだ事が無いから比較はできないが、四季の変化は日本人の精神に大きな影響を与えている筈だ。少なくとも小生の精神安定には凄く役立っている。今年の秋は少し短めではあるが、夏の暑さを思い出すと巡り来た季節の変化はほっとするものがある。そして迫りくる冬を予感させ、冬の準備に思いを馳せるのは日本人に共通するだろう。春夏秋冬、色に例えると青朱白玄(黒)で今はちょうど白秋になるらしい。

しかしこの良い日和なので来たるべき厳(玄)冬の事はさて置き、日向ぼっこでもしながら心身を白紙に戻して青春や朱夏の思い出に浸る時期と季節の到来と考える事にしよう。世の中は小春日和とは参らず何となく寒々した感じのようだが、今月は2回も山に行ったので心も体の調子もなんとなく軽快だ。丁度古い友人が今日の午後会いたいとのことなので、午後は都心に出かけて、久し振りに外食になりそうだ。

2010年10月26日火曜日

便利は結構だが

一昨日奥飛騨から高速バスで東京に戻ってきた。土日恒例の渋滞で4時間半の予定が1時間半延着して6時間を要した。別に急ぐ旅でもないし、長野に帰郷する際大学生時代には夜汽車で7,8時間は当たり前だった事を考えれば何でもない。現在でも東京駅から東海道新幹線名古屋経由飛騨高山線高山駅までJRを利用したり、同じく中央本線松本経由松本電鉄とバスで平湯に入る時間と比較すれば、6時間は決して遅くないだろう。

最近は列車のシートは全部進行方向向きのリクライニングが当たり前だが、これも一昔前の事を思えば夢のようだ。バスのシートも列車よりはやや狭いかもしれぬがほぼ同じで旅は快適だ。列車には車内販売があるが、大阪に行くにしても2時間半もあれば着いてしまうので、余り利用した事が無い。そこに行くと今回のバスは途中休憩20分の楽しみがあった。人によって異なるだろうが、東京から奥飛騨方面へはバスが便利と思う。

今回もう一つびっくりした事がある。自家用車に乗る人には当たり前の話かもしれぬが、ナビの進歩だ。行きのバスには装備されていなかったようだが、帰りのバスは前方のモニタに何事もなければナビが表示されていた。中央道を走行中に外は暮れた上に雨の暗闇になって面白くないので、このモニタに注目した。現在走行中の位置から数個先のポイント迄の距離と走行時間が表示されている。この予定走行時間の変わり具合が、どうも現在の渋滞状況を反映してリアルタイムで変化しているようだ。客も何分の延着になりそうか分かる仕掛けになっている。

どうすればこんな手品のような真似が出来るのだろうか。話しが飛ぶが、来年にはテレビ放送の何かが変わって古いテレビは映らなくなると盛んに宣伝されている。なんでそんな用でもない事をするのか、と些か腹立たしい思いでいたが、ひょっとするとこんな事とも関係しているかもしれない。兎に角通信とか放送てえ奴は目に見えないのでさっぱり分からない。更に訳の分からないコンピュータの技術が加わっての事だろう。便利と言えば便利に違いないが、物事には何事も+面があれば必ず等量の-面があるらしい。先日読んだばかりの本からの受け売りではあるが。

便利さがプラスとすればマイナスは何だろう?すぐには思い浮かばないが、想像力が欠如してくる事は間違いないだろう。知識と知恵の違いがよく言われるが、知恵とは状況の変化に対する対応の決定力とも言われる。IT技術や高度な通信技術で未来言予測がこんなに簡単に出来てしまうと、肝心の人間の想像力が欠如して、状況の変化を読みとる事が難しくなるだろう。そんな事でいいのかなぁ。

2010年10月25日月曜日

奥飛騨の晩秋山行


金曜日夜の9時頃新穂高温泉中尾の民宿「麓庵たきざわ」到着。火曜日にインターネットで調べて予約したのだが、予想をはるかに上回る応接に感激した。西穂高岳は勿論初めてだが、新穂高温泉そのものが初めてで、登山口との位置関係等さっぱり訳が分かっていなかったのだ。

遅い到着にも拘らず、明日の登山について諸々相談に乗ってもらった。先ず朝食時間を聞くと通常は7:30との事。東京で調べてきたロープウェイの始発8:00になっていたので、遅すぎるのではと聞くと「シーズンオフなので現在は8:30が始発ですが、もう一度調べてきます。」と言って帳場で調べなおしてきてくれた。「今月も土日は8:15始発になっているようです。食事は7:15にして、始発に間に合うように白樺平(第2ロープウェイの起点)まで送ります。」

23日は早朝から周囲の山々が朝日に映えて透き通るような秋晴れ、7:50に自家用車で駅まで送ってもらうが、結構な距離で10分は楽に掛かった。駐車場も大分車が埋まっていて、駅の中は既に大勢並んでいる。ひょっとすると始発に間に合わなかったかと思ったが、ケーブルが2階建てで一度に120人運べるとの事で間に合った。計画通り8:30に登山を開始。アルプスでは最も初心者向けと聞いていたが、とても同意できない。想像以上にハードな山であった。しかし天気は今年一番と、民宿の人が後で折り紙をつけてくれた位に素晴らしく、アルプスを堪能する事が出来た。

惜しむらくは山頂発4:15が最終と聞いていたので、休憩をゆっくり取る事が出来なかった事だが、季節柄やむを得ない事だ。山頂駅スタートから山頂駅帰着迄8時間(内45分の休憩)の予定を立てて、ほぼ予定通りに戻ってはきたが、登りも降りも結構時間を食ってしまい、休憩は合計30分位しか無かったと思う。今回はやはり季節の所為か、お馴染みのご同輩爺婆を殆ど見受けなかった。恰好いい山男に山ガールが圧倒的で、悔しいけど周辺からなんとなく同情的に見られているような気がしないでもない。


24日は、バスの便が悪いので仕方が無いのだが、中尾を8:58に発って9:30には平湯のバスセンターに着いてしまう。そして新宿行きが直近で14:30(その前は9:00発)なので始末が悪い。バスセンターは600円で日帰り入浴施設付きだが、朝も入ってきたばかりで、そんなに温泉ばかり入っていられない。仕方がないので、民宿で言われた通り大滝を見に行ったりして午前中は紅葉狩り。バスセンターに戻って昼飯にした。飛騨牛は昨晩民宿で牛刺しにステーキとたらふく食べたので、今回は飛騨豚どんぶり850円を選んだ。これが実に美味い、何故なら柔らかい豚ソテーにたっぷり野菜が一緒に炒めてあり、炒め汁がたっぷりかけてあるのだ。

どうも信州の観光地は食い物がぱっとしないが、民宿の食事と言いここの昼飯と言い食い物が実に美味い。後先になるが、昨晩のメニューは飛騨牛の刺身に、朴葉みそステーキ、岩魚の刺身にヒメマスのホイール焼き、そのほかにも野菜やら酢の物やら覚えきれない程おかずがあって、ごはんは栗ご飯だった。朝食も鮭と茸のホイール蒸しの他に温泉卵があったりして、兎に角豪華。お陰で朝飯をたっぷり食っていたので、山歩きの途中はあんパン程度で簡単に済ます事が出来た。

温泉は信州の育ちだからびっくりはしないが、湯量はこちらの方が豊富なようでもあり、至る所に温泉がある。バリエーションが豊富なので2泊の間で5回も入浴したのも久しぶりだ。人情も良い。昨日チェックアウトしてからバス停が5分くらいと言うので、紅葉を見ながらのんびり歩いていて
「バス停はどこですか?」とある民宿の女将さんらしき女性に声をかけた。「バス停はすぐここですが、どちらまでですか?」
「8:58でのバスで平湯までです。」
「一寸待ってください。調べてみますから。」と家に引っ込んだ。
「やはりここではありません。温泉口ですからお急ぎになってください。」
どうやら宿泊した民宿で勘違いをしていたらしい。温泉口が何処かも見当がつかないが、仕方が無いので急ぎ足で歩きだすと、後ろから声が追ってきた。
「一寸待ってください、今キーを取ってきてお送りしますから。」
やれ有難いと少し待つとすぐに車を出してくれた。ご亭主も見に出てきた。どこの客かと思ったのだろう。

同乗させてもらうと成程距離がある。時間は15分以上余裕があったが、坂道でもあり歩いていては大変だったろう。些少のお礼をと申し出るがどうしても受け取ってもらえない。「気持ちあるなら再び中尾に来てください。」と言うのみ。同じ民宿で名前も聞かずに別れたが、ほのぼのした気持ちだ。宿泊した民宿もロープウェイ迄の送りだけだなく、電話をしたら夕食の準備で忙しいだろうに早速来てくれた。



飛騨は初めてだったが、食事の美味い事、人情味が豊かな事、一番はコストが安い(因みに宿泊した民宿は2泊で15000円、1泊は朝食のみ、夕食の飲み物を含む)には感激した。以下は帰宅して婆さんとも話した事だ。飛騨は雪が多いのに立地条件からスキー観光が成立しえない、従って冬場は湯治客だけで凌がなければならないそうだ。信州は同じ山国でも四季を通して客に不自由が無いので若干慢心があるのではなかろうか。山歩きから帰ると婆さんも機嫌が良いし、なんとなく心が豊かになるような気がする。特に今回は素晴らしかった。

先月から山行きの記録を画像を含め「ヤマレコ」サイトに上げています。
http://www.yamareco.com/
ここでsenkawaで検索してsenkawaさんの「山行記録」をみてください。

2010年10月22日金曜日

若い女性の賃金男性を上回る

昨日知って調べてみると、今月14日総務省から間違いなく発表されている。

「総務省がまとめた09年の全国消費実態調査によると、勤労者世帯の収入から税金などを支払った後の手取り収入である可処分所得は、30歳未満の単身世帯の女性が21万8156円となった。この調査は5年ごとに実施しており、前回の04年に比べて11.4%増加した。同じ単身世帯の若年男性は21万5515円で、04年と比べ7.0%減少。調査を開始した1969年以降、初めて男女の可処分所得が逆転した。」10月14日日経ウェブ版から引用

微差とは言え俄かに信じ難いが本当らしい。同調査の20年前では女性は男性の約半分、10年前でも約7割だったのがいきなり逆転だからびっくりしてしまう。前回調査の5年前と比較すると男性の所得が1割以上減っているのに対して、女性は1割以上増えている。

理由はいろいろあって、「男性比率の高い製造業で雇用や賃金に調整圧力がかかる一方、女性が多く働く医療・介護などの分野は就業機会も給与水準も上向きという産業構造の変化が背景にある。男性の非正規雇用が増加している事が挙げられている。」と書いている。医療や介護の仕事がそんなに給与水準が高いとは知らなかった。広告会社での勤務が長かった自分としては、サービス業における女性の進出が男性社員の居場所を食ってしまった結果と思ったりするのだが、そうは書いていない。

何故そう思うかと言うと、もう20年以上前、女性社員がお茶を汲んでくれなくなった頃、一杯やりながら不満を口にしたら若い社員にたしなめられた事を思い出した。「何を言っているのですか、アメリカの広告会社では管理職の半分以上が女性ですよ。今にあなたなんか女性に顎で使われる時代が来ると覚悟しておいてください。」だからついにその時が来たと思った訳だ。日経の見立てとは若干異なるが、この要素も少しはあるだろう。

我が家の孫は3人全員男だが、彼等が成人に達し職業に着く頃の日本はどうなっている事やら。2009年においてさえ30歳未満の若年男性勤労者のうち30%以上が非正規雇用とは、可哀そうなものだ。

昔就職して間もなく母校の教授から聞いた事がある。「入試結果を男女の別なく公平に審査すると、文学部なんかは女学校になってしまったでしょう。だから女子枠は2割なら2割までと決めて、女子を別枠で選考してたのです。」現在は違うだろうが、少なくとも我々の入学当時はそうであったに違いない。何れにせよ昔からお勉強は女性の方が良く出来たものだし、最近山歩きなどをしていると、体力や度胸についても女性の方が優っているとしか思えない。

それにしても男が産休を取ったり、イクメンだと言ってみたりして恐ろしい世の中になってきたものだ。只でさえ頭が悪くて体力の劣る男性に、今まで以上に学ぶ事を増やしたら可哀そうじゃないか。我が連れ合いは短大家政科のご出身である。しかし堂々たる四年制大出身の小生より遥かに頭がよさそうだ。たった2年で家庭のまつりごとは諸々完ぺきに習得されたそうな。更にその中で和裁が特に好きだったので、和裁の専門学校に迄進まれている。旅行がお嫌いで、生まれてこの方飛行機に乗った事が無いのに、フランス語の辞書など手元に置かれているのは、料理熱心のためかなと思ったりしている。

お陰で彼女に炊事洗濯掃除は勿論、育児教育家計に至るまで一切合財お任せして、こちらからは何も口出しはしない。毎月稼いだ(これからは国から頂く年金になるが)僅かばかりのお長目の一部をお渡しして、日々食わせてもらってきた。彼女に言わせると、育児教育なんぞは特に、母親が専任するのが望ましい、と学校で習ったようだ。女性が社会で活躍するのも結構だが、男女分権の方が望ましい(能力のある方が家庭を守る)持論。小生も賛同して、男女の区別がぐちゃぐちゃになっていくこれからの世の中、子供たちがどうなっていくか心配といつも話しあっている。幸い我が子供達までは、今のところ旨くいったようでもあるが、これから先についてはケセラセラだ。

今日は予定通り夕方から奥飛騨に出かけるので早めに日記を書いた。

2010年10月21日木曜日

読後感「宇宙は何で出来ているのか」村山斉著

極楽とんぼが理解不能を承知で読み始めた。案の定でもあったが、別の意味で面白いとも言える。結局のところ、宇宙の謎を解くのは極小の世界を探求するしかないらしい。何故なら宇宙の果てまで行って調べる訳にはいかないが、極小の世界について調べて行くと宇宙発生時の事(140億年前に起きたとされるビッグバン)が段々詳らかになるらしい。これすなわち素粒子物理学なる代物。

これが著者の専門とする分野で、終戦直後の湯川博士以来2002年受賞の小柴博士の研究を挟み一昨年の小林、益川、南部の3博士に至る系譜を引き継いでの研究との事。そんな事もあり、近年その研究が随分と進んでいるようなのだ。一寸理解不能のまま書くと、ビッグバン発生から1億分の1秒にあった事が分かっているらしい。小柴博士の顔と結びついて印象にあるのだが、岐阜県にある「カミオカンデ」なんて実験施設の事も朧げながら分かってくる。

実際には分かっていないのだが、分かった事にしないと極小世界、素粒子が云々カンヌンと続くので読み終わる事が出来ない。この研究の元祖がアインシュタインで相対性理論やらE=mc²が経典の原本らしいが、面白いのは研究が進むにつれて、この理屈で説明がつかないところが次々に発見されているらしい。特に膨張を続ける宇宙の最後がどうなるかについては、急速に雲散霧消するか、固まってしまうのか、どっちに行ってもとても理屈が合わないとの事。

凡そ非科学の権化が言うのも可笑しいが、「あったり前でしょう、そんな事が分かってたまるか。」何もかにも明解になったのでは面白くない。宇宙は見ての通り、昔から吾輩見ている通りに出来ていて、吾輩が死ねば宇宙も同時に消えるだけだ。と思っていれば気楽なものなのに。恐らく昔も今も天才的な人達が居て(きっと著者もそうに違いない)、10次元の世界だ事の10のマイナス35乗何て計算を真面目にしている事を考えると、科学とは偉いものだとも思えてくる。

2010年10月20日水曜日

日本語の難しさ

日本語しか読み書き話しが出来ないので、せめてこの唯一の言葉を正しく使えるようにと念じながら、日記を週に5回は書くように努めている。しかし全くの自己流なので、果たしてまともな日本語になっているかどうか、全く自信はない。生まれた時から日本語をしゃべり、読み書きも一応は学校で学び、毎日のように文字は読んでいる。当然ながら話しをしていても、文章を書いても日本語が間違ったと気付く事は少ない。

しかし「これで正しいのだろうか?」と漠然とした不安感、或いは違和感のようなもの常に感じている。何故なら、最近プロのアナウサーの言葉遣いに引っかかる事が余りにも多いからである。そろそろ平成時代に日本語を身につけた世代が活躍し出しているので、昭和以前に存在して過去の遺物と化した文物事象について、知らないのだから仕方あるまいと言ってしまえばそれまでだ。我々だって明治以前使用されていた日本語を正しく理解して使えるか、と問われれば「できません」と答えざるをえない。

むしろ考えたいのは、古い言葉より平易な言葉の使い方だ。ここに日本語の難しさがある。例えば我が家で「また言っている」と話題になる言葉に「ご苦労さまでした」がある。婆さんは「目上の人の向かって使うのは失礼だ。『お疲れさまでした』が正しい。」と言うのだ。どっちも同じじゃないかと思うのだが、「お疲れさま」と「御苦労さま」は同じ意味でも、後者はなんとなく上から目線だとの事。こんな事で言い争っても仕方ないので、「ああ、また言ってるね。」で済んでいるのだが、こんな類は挙げだすときりが無い。

もう一つの例は、最近はやりの言葉で「粛々と」がある。「英語に訳すとなんて訳すか教えてくれ」との事。勿論即答は致しかねるので翌日まで待ってもらった。自宅に遺書も辞書はあるのだが、最近は何でもインターネットに依存している。翌日YAHOOの辞書で検索した結果が下記である。
「◇粛々と|〔静かに〕silently; 〔厳かに〕solemnly 葬列は粛々と町を進んだ The funeral procession moved along the street in solemnly.◇」これで諸外国の方々に意味が通じるのかなぁ。

通じると思えば通じるし、政治家の話は言語明瞭にして意味不明が当たり前とされている。霞が関の作文は官僚が読み解くと、官僚に極めて都合よく解釈できると言われている。テレビで若い人が歌う歌は下に字がでなければ何を言っているか分からないし、テレビコマーシャルに至っては言っている言葉が分かっても何の宣伝か分からない事が多いようだ。時たま小生にも意味が分からない横文字のCMがある。原始的な生活をモットーにしている婆さんに分からないのは無理もない。

新しい言葉に美しさが欠けている事も気になる事だ。日本語は語彙が豊富なので、使い方によっては非常に理知的な印象を与える優れた言語だと思うのだが、自分を棚上げして言えば、大人の言葉遣いも粗野になる一方だし。景気がどんなに悪くなっても日本が溶けてなくなる事は無いと思うが、日本語が無くなってしまえば、日本と言う国家が溶解してしまうのと同じではないだろうか。日本語が難しすぎるせいか、公用語を英語にする会社が出現している。英語の汎用性は認めるにしても、日本語をもう少し大事にしてほしいものだ。

2010年10月19日火曜日

都会でも季節が分かるようになった

ここ1,2年だろうか、毎日のように食っていた菓子を止めて、代わりに果物を食べるのが習慣になっている。昨日も今年何回目かの柿を食べたが、大分甘くなっている。今朝の気温もやっと涼しくなり、秋がやっと深くなった。今日は仕事の請求〆日、婆さんからは年賀状の必要枚数を確認された。今年もあと2カ月になってしまった。

自分なりに今年の山登りシーズンは終了、先週3連休の蓼科山で泊まりがけ行くような山歩きは終わりにしようと思っていたが、昨日婆さんから「今度の土日は夕飯の支度が出来ないから外で食べてきて。」と宣告されてしまった。併せて「私も外出するから天気は大丈夫。」とのお墨付き。山登りを催促されたようなものだ。念のため天気予報を見ると、「天気が良い」も満更嘘でもなさそう。一度断念した遠方の山行きを計画することにした。

いろいろ考えているうちに折角の機会ならと段々欲が出て、今まで一度も行った事のない飛騨の高山地方に足を延ばしてみる事にした。そうなると今度は1泊では無理そうなので、金曜日の夕方新宿を出てし穂高温泉に前泊して有名な新穂高ロープウェイに乗ることにする。その後は今のところ、西穂高に登ろうと思っているが、天気の具合が悪くとも、初めて奥飛騨には観るところが沢山ありそうだ。

取敢えず行きのバスと金曜日の宿泊を手配した。土曜日に山に登って上高地に降ろうとも考えたが、知らない道を一人で降りて、転んだりしたらと考えた。只でさえその可能性が高いうえに、山はもう冬と考えなくてはいけない季節に入っている。天気の可能性も半々だし、上高地をあきらめ、新穂高で2泊にするのが妥当と思い至った。考えてみれば山に行ったにしても、この方が歩く距離はぐっと短くなって楽なはずだし、雨で奥飛騨の観光だけにもなっても応用が利くだろう。但し、帰りのバスがまた大渋滞に巻き込まれる可能性が多分にあるのは覚悟して、片道の予約を往復に変更した。

閑話休題(仙石長官)

仙石内閣官房長官の答弁が面白い。特に昨日の参議院決算委員会、自民党のの丸山和也議員の質問に対して。質問者も弁護士で、行列のできる法律相談所の一員として、又テレビタレントとして人気の高かった人だ。官房長官と年齢も同じだそうだ。長官は社会派の弁護士として社民党党首の福島さんに言わせると先輩でもあり、権力に対する闘士として実務的に非常に実績があった人らしい。

2010年10月18日月曜日

読後感「ブラックマネー」須田慎一郎著

旅行のバスの中で読んだので、最初から最後まで読んだのだが、内容は殆ど記憶に残っていない。しかし、つまらなかった訳でもない。不動産取引とか株や金融商品と無縁なので、脳みそにインパクトが与えられなかったせいもあるだろう。

理解できた事は、金銭にまつわるこの世界には胡散臭い話がごまんとあって、これが全てヤクザがらみに限った話では無い事だ。当然かもしれないが、一見まともに見える会社が行っている不動産取引なんかにも、裏でアングラの人間が関与したりしている事がいろいろ書かれていた。アングラの人間も儲けるが、堅気の儲けも馬鹿に出来ないとして、オリックスの名前がちらっと書かれていたように記憶している。

逆に、司法によって糾弾されたホリエモンや村上ファンドについて、これが糾弾されるなら糾弾すべき企業はもっとあるのではないか、といった内容が書かれていたようだ。やばそうな話は追求していくと、何処かで死人が出て追及できなくなっている。ライブドアの野口氏なんかもそうらしい。何れも左もありなんと思う事ばかりだ。

読後感にもならない内容だが、日記に書くネタが無かったのでアリバイ代わりにアップする。

2010年10月15日金曜日

社会保険

今月は楽しみにしている年金が振り込まれる月である。先日の三連休の前に日本年金機構からなんぞ「大切なお知らせ」が届いていたとの事。こちらが山に行ったりして留守だったし、留守中に孫が来たりして、家内が仕舞い忘れていたと言って渡してくれた。ここ数日は官製談合で評判の悪い年金機構の事だ。嫌な予感がしながら開けてみると「年金振込通知書-初回振込予定日平成22年10月15日」保険料の特別徴収額が変更された事により・・・とあって、新しい振込金額が記入されている。

記憶が定かでないが、同様のハガキを見てハッピーな気分になった記憶が無い。その上これが最近は頻繁に来るような気がする。今までは、頂戴するものなので、文句のつけようもないからと碌に見もせず破棄していた。しかし今回示されている金額を見て、黙って見過ごしてはいけないと思った。どこに文句を言って行くべきか、持って行きようが無いのは分かるが、この事を頭にインプットして将来に備える必要があるとおもい、今日のブログのネタにする。兄弟や従妹達、同窓生の読者が殆どだから同感してくれると思うし、若い人には何かの参考になれば結構だと思う。

今回来た通知によると、これからの偶数月(来年の4月迄の4回)に振り込まれる金額は1回当たり38万6848円也となっている。因みに10年前の平成12年8月15日の振込金額(これが2か月分としては初回だったようだ)45万3186円で同年10月15日はこれが43万9445円と既に減り始めている。その後通帳がスキップしていて経緯が詳しくは分からないが、平成16年10月15日になると更にダウンし、40万6430円となっている。

後の経過は調べるのも面倒なので結論を言えば、この10年だけで見ても受給額が15%も減っているのが事実だ。平成23年になったらまた下がる話だろう。しかし小生は60歳から今までの10年間で、2500万円以上の給付を受けた訳だから有難く思わない訳にはいかない。今まではなんとなく月に20万円あればと思っていたのが、既にその線は破綻している事に気がついた。急に死に欲をかいても仕方ないが、今まで以上に無駄遣いをしないように心がけなくては思い立った次第だ。

幸い婆さんも娘二人も余り贅沢な趣味は持ち合わせないようだし、それぞれの婿さんもしっかりものなので心配は無用だろう。政権がどう変わろうと、世界経済がどう変動しようと、社会保障のトレンドは益々頼りになりそうもない。偉そうに言えた義理ではないが皆の衆、生活防衛は自衛の精神でよろしく願いたい。

2010年10月14日木曜日

これでいいのか、野党自民党

チリ鉱山での遭難者救出が報じられる中で、指導者が果たす役割(リーダーシップ)の重要さが改めて認識された。比較して日本現政府におけるリーダーシップの欠如に些かうんざりしているところに持ってきて、今週始まった国会予算委員会審議内容を垣間見ると、情けなさを通り越してもう笑ってしまいたくなる。我が国の政治構造が歪んでいるのか政治家の質的劣化なのか分からないが、1日億円単位の費用をかけてやり取りする審議内容がこんな事で維持されている日本は本当に暢気で結構な国だ。

野党の突っ込みの大半は何れも生活に直結しない問題なので、能天気なやり取りをまともに聞こうとする人が国民の何パーセントになるか分からない。少なくとも小生がちょこちょこと聴く限り、予算委員会の審議内容は小学校の授業参観をしているような気分になる。それもかなり頭の悪い生徒に出来のあまりよくない先生が教えようとしているようだ。

衆参で今日まで3日間の予算委員会がテレビ中継され、更に朝晩のニュースや新聞報道でも取り上げられた。似たような質問がだらだらと続いたのだろうが、中で大きなウェイトを占めたのは、尖閣の漁船船長逮捕に絡む日中の外交問題、政治と金に絡んで起訴が決まった小沢氏の国会招致、補正予算に絡む民主党マニフェストによるバラマキ政策批判の3点のようだ。

特に前2件について質問者が大声を張り上げて質問しているが、政府側の回答と全く噛み合わない。政府側は同じような質問に対して、回答に窮するより、開き直って馬鹿な質問を繰り返す質問者をあざ笑っているようにさえ見える。要するに野党の質問が余りに幼稚すぎるのだ。野党の質問に多用されるフレーズに「国際的信用を失墜して国益を棄損した。」「国民が怒っています。知りたがっています。」がある。

小生は少しへそ曲がりで常識外れの可能性もあるので、国民を代表する見解を持ち合わせていないかもしれない。しかし、今回の日中の折衝について欧米のメディアを知る人に言わせると、大方の欧米メディアでは「日本の対応は概してクールで大人の対応であった。対する中国の強硬姿勢については、日本以外の国に対して脅威を印象付けただけでなく、船長が釈放された後に賠償を云々したりして、外交的に不味い対応であった。」との意見が一般的のようだ。質問者がもしこの事実を知らないでいるとすれば、情報収集にかなり問題があるだろう。

国益なんて難しい事は小生のような無学者にはよく分からないし、第一不良外国人一人の事で国会が延々と大騒ぎするほどの事かと思っている。重箱の隅を突っついたような些細な事をさも一大事の如く繰り返し聞いているが、己の馬鹿さ加減が露呈するばかりだ。領海はこれからもしっかり守っていこう、で終わりじゃないか。こんな事で時間を費やさずに、もっと議論するネタは無いのだろうか。

小沢問題についても同様だ。世論調査で「小沢氏がもっと説明すべきとする人」が80%、を根拠として証人喚問を迫っている。何を聞きたいのか知らないが、国会で証人喚問をして、彼が今迄に話してきた事以上の何かが出てくると本気で思っているのだろうか。第一「政治と金」問題は自民党の専売見たいものではないか。人の頭の蠅より自分の頭を見て反省すべき、みたいな反論に返す言葉が無いではないか。

鬼の首でも取ったかのようにひけらかす世論調査自体のおかしさにも、当然ながら思いは及ばないのだろう。

典型は第5検察審査会2度目の「起訴相当」の議決関連だ。昨年11月の法改正があって今回初めての適用となった事の持つ意味や、予想される顛末はさて置き、恰も検察が起訴したと同様の報道を続けてきたメディアが先ずある。世論調査はその上で「小沢氏は説明責任を果たしていると思いますか?」とやっている訳である。その尻馬に乗って質問を作成しなければならない野党とはあまりにも情けないのではなかろうか。

マニフェスト関連で、財源の見込みが破綻しているから、国民に詫びてマニフェストを撤回したうえでバラマキを直ちにやめろ!に至っては正に噴飯もの。野党のくせに己を何様と考えているのだろう。現政権の政策は正しくないとしよう。その点を指摘するのは構わない、しかしその時、野党として国家百年の大計を考えて言うべきは「次の選挙において政権の座に着かせてもらうなら、我が党はこのような政策を実行する。」だろう。前の選挙で党として統一マニフェストも作れなかったくせに何を血迷っているのか。

野党自民党のだらしなさは言いだすときりがない。民主党も決して褒めたものではないが、相手がこの程度だと自惚れてしまいかねない。やはり野党は共産党のように独自の組織を固め、新聞も発行して、独自のネタを収集する力がなければ存在する意味がないのか。その意味では公明党も似ているが、こっちは一度権力の甘い蜜をを吸っているので迫力が無いなあ。

2010年10月13日水曜日

チリ落盤 地下700メートルからの脱出

深さ約700mの地底に閉じ込められたチリの鉱山落盤事故での遭難から今日は69日目。全世界注視の中で進められた救出作業が最終段階に入り、日本時間で今朝の8時頃、最初の一人が地上に引き上げられた。大勢の人間が一つの目的に向かって一致協力、難関を突破して目的が達成された瞬間の喜び優るものはあるまい。ライブ映像をちらりと見たが、現地の大きな歓喜が伝わってきて胸を打つ。

この救出作業は国家事業で行われたのだろうか。チリがどんな国かは全く知らないが、費用も馬鹿にならないだろう。全て税金とするより、放送権料を売れば少しは足しになるのではないか、なんて馬鹿な事を考えたりしてしまう。全員の脱出までには丸2日程を要するらしいが、作業は順調に進んでいるようだ。それにしても33人もの人間が、深度700メートルの地底で2カ月以上もよく頑張ったものだ。

8月5日遭難して、8月22日に全員の生存が確認された事が奇跡のように思われたが、その時には救出はクリスマス頃と報道された。これが52日目の今日救出開始なのだから大幅な短縮である。救出作業チームスタッフにはさぞ数々のドラマがあるに違いない。海でも山でも遭難救助は困難を極めると思うが、我が国では不眠不休の捜査はあまり聞かない。大抵の場合、日没になれば一旦引き揚げ又翌日からである。

現地の作業がどのように行われたか承知はしないが、多分不眠不休の24時間体制で事に当たったように思う。特に生存を確認する迄の17日間、この体制やモチベーションを維持するには費用以外の何か、流行の言葉で言えば強いリーダーシップがあったに違いない。

それと遭難者達のマインドと行動規範も大したものだ。報道によれば、この33人は年齢的にもかなりの幅がありながら、かなり上手に組織的に統制されていたようでもある。当然ここにも強いリーダーが存在したに違いない、この事は社会学、心理学研究の対処として良いくらい驚異的な事かもしれない。地上との連絡がついてから、地底から送られてくる情報はかなり楽観的なものが多かったが、これは実体とはかなり違うようだ。「地獄のような毎日で気が狂いそうだ」と本音を洩れ聞いた事もあった。

それはそうだろう、陽の目を全く拝まない暗い洞窟に、よく知らない男同志が肩を寄せ合って3日も一緒にいたらどうなるか。仲の良い友達同士でも喧嘩沙汰が確実に起きる。因みに小生が団体旅行を避けるのは、嫌な経験があるからだ。まして、現地の実態は知らないが、鉱夫と言えば荒くれ者との相場だし、絶望でどんな自暴自棄になる事やら。彼等を率いたリーダーは50歳代の大学を出た鉱山技師と聞くが、本当に俄かには信じ難いぐらいに、偉業を果たした。

一定の時が経てば、様々情報が流出して実態が徐々に明らかになるだろう。アポロ13号の生還以来最大のドラマかもしれない。何はともあれ、関係者には心から祝意と敬意を捧げたい。

2010年10月12日火曜日

でっかい秋を満喫


昨日までの3連休を八ヶ岳山麓に住む竹馬の友T君の家で世話になった。土曜日の夕方は土砂降りの中、中央道富士見のバス停までご夫妻お揃いで態々迎へに来て頂いた上、夫人手作りの夕食をご馳走になって夜遅くまで歓談。

翌日曜日は天気予報が外れて9時過ぎから急速に青空が見えてくる。奥さんの方が本当は郷土史に詳しいようだが、今日は所要ありとの事で、T君の案内で諏訪神社巡りをする事になった。諏訪神社はとても大きな神社で、末社は全国に1600社程にもなるそうだ。先ず上社の前宮を参拝、お宮の四方に聳える御柱を初めて拝ませて頂いた。今年は7年に一度の御柱の年に当たるので、この柱は春に新しく建てられたばかりだそうだ。

冬に山から切り出し、枝を打ち払い皮をむいた樅の巨木(最大の物は重量が5tに引き綱が8t、合計13t程にもなるらしい)を人力でお宮に運び、神を迎えるためにお宮の四方に打ち立てる儀式は日本の祭り中でも特筆大書されるもので、大社が置かれる諏訪地方は1年中がお祭りで、氏子住民は年中御柱祭に集中するので、婚礼さえ今年1年は慎むべきとされるのだそうだ。

事実この日の午後ドライブの途中、上諏訪の小さなお宮の御柱祭に遭遇して、車を止めて小振りの御柱が引かれる様に見とれてしまった。夕方新聞を見ると岡谷でも御柱祭があった事が報じられていた。兎に角この地方ではどんな小さな社にも四方にサイズは兎も角柱が立てられている。昨今のすさんだ世相を考えると、土着の信仰を守りながら神を恐れる心と、農耕民族の由縁かもしれぬが地域共同体意識を高揚するのは決して悪い事ではないだろう。


この前宮を皮切りに、神長官守矢史料館に立ち寄り、上社本宮、下社の秋宮と春宮の4社を丁寧にお参りして廻った。午後になると天気はすっかり日本晴れとなったので、T君が勧めてくれるまま霧ケ峰方面に行く事にした。霧ケ峰は山の名称はではなくて車山の裾一帯の総称との事。下諏訪から車山方面に徐々に高度を上げてくると、眼下の諏訪盆地と周辺の山なみがどんどん広がってくる。車を止めて振り返ると八ヶ岳の雄大な裾が平に向かって伸び、その向こうの雲間には富士がくっきりと浮かんでいる。

足元の斜面にはにはススキの穂が波打ち、ひんやりとした秋風が顔をなぶって吹き渡っている。歌の文句に「小さな秋見つけた」があるが、1500m近い地点から望んだこの日の秋は「でっかい秋」であった。車山山頂にはリフトが運転されていたので、これに乗って登頂。山頂のお宮もご多分に洩れず立派な御柱が建っていた。


蓼科山

翌月曜日はT君夫妻に案内してもらって蓼科山登山。全員早起きして、6:30には朝食を済ませて出発。7時前まで蓼科山は雲に覆われていたが、登山口に到着する頃は雲ひとつない全くの快晴となる。7:30女の神茶屋前登山開始、紅葉が始まっているので山全体が錦になって実に美しい。快晴なので見通しも良い。T君は最近俳句に凝っているので、急な登攀の途中でも写真を撮ったりメモをしたりしている。2時間40分で山頂に到達。山頂は文句なしの360度の眺望、北・南・中央アルプスは勿論、北から東に頭を振ると北信五岳・上信越国境の山々から浅間まで、もう少し南には金峰の五丈岩も幽かに雲間に浮かんでいる。


但し、山頂の風はそれ迄と一変、北風で肌に突き刺さる寒さなので、のんびり昼飯と言う訳にいかない。写真撮影の後は山頂ヒュッテのテラス迄撤退、昼飯を半分食べて下山を開始。復路は往路と別の蓼科山荘経由にする。30分の休憩の後10:45山頂発、蓼科山荘までの降りは傾斜もきつく険しい岩道の上に時間的に登り客が続いている。相当慎重に降らなければならない。30分で蓼科山荘に到着、残りの昼飯を食す。ここから眺める蓼科山は丸々と実に美しい。11:45蓼科山荘を出発、往路の登山口より100mほど下の龍源橋の登山口迄2時間近くかけて降る。


龍源橋から車を取りにビーナスラインを約30分又登り返し、途中で地元のおじさんが売っている松茸をひやかしたりして2:30丁度7時間で本日の蓼科山歩きが無事終了。帰路蓼科高原で茅野市営の温泉で汗を流して、T君夫妻に中央道富士見のバス停まで送って頂き16:25発のバスで帰宅。19時到着予定が2時間の延着になったが、運転している訳でもないので転寝をしたりして全然気にならない。婆さんに早速松茸を焼いてもらい写真を披露しながらうまいビールを飲んだ。

今年の山行きは先月まで2回雨にたたられたが、今回は全くの日本晴れで最高の山行きで、車山登頂のおまけまであり最高の連休となった。

2010年10月8日金曜日

田舎でなくても個人商店は大変だろうな

昨日、我が後継の新社長の仕事場の近く、東池袋の大きなビルの1階でシャッターの降りたブロックがあった。説明を聞くと、近くに区役所が移転して来て、近辺の再開発がされる予定だったのに、不景気のせいか予定が遅れてしまった。為に、この再開発を見込んで出店した店が次々と撤退し始めているとの事。人口が多い江戸は不景気と無縁かとイメージしていたが、そんなに甘いものではなさそうだ。

シャッター通り商店街も田舎に限った事ではなさそうだ。改めて振り返れば我が家の近くも、40年程前迄は○○通り商店街で、日常生活に必要なお店は殆ど揃っていた。八百屋、魚屋、肉屋、酒屋、米屋、豆腐屋、乾物屋、菓子屋、布団屋、畳屋、ガラス屋、自転車屋、薬屋、蕎麦屋、すし屋、床屋と実に豊富な店が並んでいた。すぐに思い出せないのは本屋と電気屋ぐらいなもので、主婦の日常的な買いものは全て2,3分のところで間に合っていたようだ。その上、取敢えず我が家は必要なかったものの銭湯までごく近くにあった。

「25,6歳で赤ん坊を二人抱えていたので、この生活環境は凄く有難かった。」と今でも家内はよく言う。それが現在は殆ど廃業か転居してしまっている。一時はシャッターが下りていた店も、現在では住宅に変身した家が大部分だ。余り間近な事で、却って変化に気がつかなかったようだ。幸いと言うか、或いはこれが原因かも知らぬが、当時は雑多な市場だった場所がスーパーに変身したりして、現在では徒歩15分以内に中型と小型スーパーが3,4軒出来ている。子供が幼稚園や小学校に通い始めた頃から、家内の買い物も自転車に乗ってスーパーに行くように変わったが、消費者としてのこちらには特段の不便はなさそうだ。

また交通事情も随分変わった。当時も今もこの通りを池袋行きの循環バスが走っている。しかし20年かもう少し前に、池袋からの地下鉄が開通、小生の足で10分程の場所に駅が出来る事で、商店街の没落が決定的になってしまった。嘗ては通勤客で朝夕混雑していたバスも、今では老人専用の乗り物みたいになっている。バス会社も大変だろう。

ともあれ、生活環境の変化は、そこでビジネスをする人に大きな影響を与えてしまう。この環境変化に個人的に対応しなければならない個人商店の経営努力は、大変に厳しいものに違いない。会社勤めを辞めた時に、屋台でも良いから小さな店を持ちたいという発想が湧かなかったのは幸いだった。

読後感【「権力」に操られる検察】三井環 著

検察の不祥事が続いている。その原点らしい事件に著者三井氏(元大阪高検公安部長)の検察裏金の告発事件がある。2002年4月週刊朝日とテレビ朝日が三井氏による実名実態スクープを決めたのだが、番組収録3時間前に肝心の三井氏が大阪地検特捜部に逮捕されたために、未だに正式には認知されていない事件である。著者はその後裁判で1年8カ月の有罪判決を受け、服役の後、昨年1月に満期出所をしている。

出所後3冊出版をしているが、この本は本年6月時点で脱稿して7月末に出版されたものである。内容的には裏金問題よりも、現在検察による起訴事実が疑いの目を以て見られている5件の大事件について、三井氏の見立てが書かれている。5件の事件とは「鈴木宗男事件」「日歯連、自民党への献金事件」「朝鮮総連ビル詐欺事件」「小沢一郎事件」「郵便不正事件」(これについては村木さんの判決以前)

著者の見立てでは、何れも検察の捜査から起訴に至る道筋が何処かで恣意的に歪められ、公正が著しく毀損されているとして、問題点を具体的に厳しく糾弾する形になっている。そしてその原点が、著者の裏金告発にあったと言う。三井氏が告発を決意した裏金とは、検察庁が税金である調査費(当時は年間5億円、現在は7500万円)を裏金としてプールして、高級検察官僚の私的流用が恒常化していた事実である。

そもそも彼がこんなアクションを起こすきっかけが、組織内部の出世争いの私怨であった事も正直に書かれている。しかしこんな事で組織の論理をぶち壊されて、思惑どおりに人事が出来なくなることに危機感を抱いた当時の検察トップが、時の(小泉政権下)実力者で元官房長官の後藤田正晴氏に泣きついて予定通りに人事を可能にし、同時に騒ぎを起こした著者を抹殺した。
又、その目くらましに使われたのが鈴木宗男事件と言っている。

検察が政治との一線を超えたこの事を著者は「けもの道」と称し、爾来自民党政権との間に借りが発生、この借りを返したのが「日歯連事件」と位置付けている。他章も当然そうだが、検察という組織の論理からかなり無理な捜査が行われる実態は、当事者が言うのだからかなり信憑性が高い筈だ。昨今問題になっている検察不祥事の根っこを理解する上で非常に役に立った。

2010年10月7日木曜日

祝ノーベル化学賞受賞

昨日の夕方、日本人科学者お二人のノーベル化学賞受賞のニュースが飛び込んできた。暗い話題が多いご時世なので、一昨年のトリプルに続くダブル受賞にはほっとする思いだ。初めて聞くお名前だが鈴木章氏・根岸英一氏には心からなるお祝いと敬意をささげたい。報道によると、授賞対象になった研究成果は既に30年以上前のものだそうだ。科学知識が全く無いので、研究成果「クロスカップリング」について理解する事はほとんど不可能に近い。

しかし、その成果によって既に現代人に多くの利便をもたらしている事が報道されている。併せて、いつもの事だが受賞者のコメントには拳拳服膺すべき事が多い。先ずは鈴木章氏に関してだ。

鈴木カップリング反応に関連する論文・特許は6千本を超えるという。鈴木さん自身がのんでいる血圧の薬にもこの反応が使われている。だが、鈴木さん自身は特許を取得していない。「特許を取るなんて、がめついヤツと言われた時代だった。それに、自分のお金でなく、国のお金で研究していたのだから。特許を取らずにオープンにしたおかげで、これだけ広く使ってもらえるようになったのだとも思うね。」80歳の老先生のこのコメントには強い共感と感動を覚えてしまう。

アメリカ在住の根岸先生も既に75歳。しかし両先生共に矍鑠として教鞭をとっておられるようだ。根岸先生のコメントも日本人全体に極めて重大な事を示唆している。

根岸先生が勤務するパデュー大学は海外からの留学生が多いそうだ。先生の研究室にもかつて日本からの留学生がいたが、この数年間は訪れていない。「日本は非常にカンファタブルな(居心地の良い)国なんですよ」と日本の若者が内向き志向になる背景を先ず指摘、「ある一定期間、旅行者としてではなく、海外に出て日本を外から見ることが重要。もっともっと出てこられることを勧めます。」と若い人の奮起を催促しているのだ。

日本における科学者の年齢的分布がどうなっているか分からない。多分60歳代以下の層にも、ノーベル賞候補が沢山居ると信じたい。気になるのはいわわゆる若者、小学生や中学生の我が孫がこのニュースをどのように受け止めるか、生徒同士の会話にこの事が話題になるかどうかだ。残念だが我が孫にこのニュースがなにがしかのインパクトがあったとは一寸考えにくい。身内はさて置き、全国の若者諸氏にはこれを機会に是非奮起してもらいたいものだ。

2010年10月6日水曜日

検察審査会---健全な市民感覚?

今週の月曜日に東京第五検察審査会の議決が発表され、小沢一郎氏の強制起訴が確定したのはご案内の通り。小沢ファンの小生からすれば少し残念な気もしたが、本人はそれどころではないだろう。なんたって民主党内からでさえ、議員辞職しろという声が出てくるのだから。小生なんぞは短腹だから、すかさず「上等だ、辞めてやる。」と言いそうだが、小沢氏はそんな単細胞ではないだろうし、頭を悩ませている事だろう。

それにつけても司法関係の事なんぞ別世界の事なので、何も知らないと言っても過言ではない。当然ながら「検察審査会」なんて事自体今度の報道で初めて知った次第で、市井の大半の方も同様だろう。新聞等によれば仕掛けがどうなっているかは別にして、検察が独占している公訴権の例外として認められた、健全な市民感覚を反映できる制度らしい。今回は平均年齢30.8歳の市民11人によって構成され、おおよそ2ヶ月間ぐらいで何回審査が行われたか知らないが、最後の1週間ほど「審査補助員」なる専門家(弁護士)が指導したらしい。

大昔から存在している制度の事を、未だに何も知らない老いぼれが、殊更に論うのも可笑しいが、司法について全く無知の人間が「起訴相当」と断定する市民感覚とは何だろう?たまたま大阪地検特捜部の大チョンボ事件で検察関連に興味があったので、三井環元大阪地検の公安部長や元長崎地検検事の郷原弁護士の意見をインターネットで聞いたりしている。特に郷原氏は実に重大な指摘をしている。

時間のある方は是非下記を開いて<タイムシフト視聴する>をクリックしてご覧いただきたい。
http://live.nicovideo.jp/gate/lv28656293
自民党の議員で元検事である柴山昌彦も同席して、彼が今回の議決をヨイショするのだが、郷原氏に議決要旨を読む限り「不起訴処分の対象事実を逸脱した被疑事実で起訴相当議決を行うことは許されない。今回の起訴相当議決は無効であり、強制起訴手続をとることはできない。」と論破されて、反論できない。

専門家である郷原氏が見ると、この決議はどうもかなりインチキくさいものらしい。郷原氏は元々小生も好きな人だから身贔屓があるのかもしれないし、異なる見解の専門家もいるだろう。それにしても、もしそんな瑕疵があるとすれば、小沢氏が涙を流したくなるのも分かるような気がする。小生がチェックしている記事やコメントはそっちの意見が圧倒的に多いが、新聞やテレビと比べれば蟷螂の斧にすぎない。どっちの意見が世論になるかと言えば、帰趨は決定的である。しかしどっちが正しいかと言えば、官僚に取り込まれているマスコミに非があるように思えてならない。

2010年10月5日火曜日

健康増進国民運動

昨日の日記でインフルエンザ予防接種費用について書いた。後で婆さんと話をすると、「どの世代を優先するかより、予防ワクチン接種が健保の適用外になっている事がおかしいのよ。」とのご託宣。言われてみれば尤もで、医療費が減る事に繋がるのに何故健保対象にしないのだろう?どうせ、病気治療でないのでダメ、とかなんとか下らない理屈があるのだろうが、おかしな話だ。健保対象になれば我々高齢者でも、勤労者と同額で恩着せがましく言われる必要もなく、1500円以下で接種が可能になる勘定だ。

後期高齢者の問題が典型的だが、どうも役所の考え方は杓子定規で芳しくない。今日は又健康に関連するメルマガが来た。JMM [Japan Mail Media]  でデンマーク在住造形作家の高田ケラー有子さんのメールである。デンマークの子育て事情が分かって面白いのだが、6年生の子供たちの体力作りについて書いている。6年生になった息子さんが、自転車に乗る機会がどんどん増え、先日学校で、6年生の自転車教習テストが、警察官立ち会いで一般道を使って行われた。とあって詳しく内容が書かれている。

これも無断引用お断りなので引用はしないが、学校行事(授業)のようではあるが、公道5km程のコースを使用しているようなので、どうも国策みたいだ。更に0年生から10年生迄を対象とするActive Round in Denmarkという健康運動キャンペーンについて書かれている。これは9月から10月にかけての3週間、全国で約10万人の児童生徒が参加するデンマーク全体で取り組むキャンペーンだそうで、全体を学年別に4グループ分けてテーマや課題があり、また全体でのコンペティション形式にもなっていて、クラス対抗あるいは学校対抗で、全国のどのクラス(学校)が一番健康で運動をしたかを競うらしい。

詳しくメニューを紹介できないのが残念だが、これが実によく出来ていて、
コンセプトは「もっと身体を動かし、もっと自然と触れ合い、健康な食習慣を身につける。」との事。当たり前と言えば当たり前ではあるが、デンマーク人は低学年時代に走り込む事をきっちり身につけてしまうメニューになっている。しかも無理をしないように(例えば2分走って2分歩くから徐々に走る時間を延ばしていくとか)配慮しながら、1日に最低1時間は運動するように仕向けているようである。

更に筆者がデンマークの人とサイクリングツアーに参加した時の記憶で書いているが、彼の国の人は体力は凄いらしい。おばさんでも例外でなく、日本人としての体力差をしみじみと感じたらしい。息子さんの事を見て、子どもの頃から、日常的に鍛えられていることがいかに大切かを痛感されたとしている。

日本でも昔から掛け声的には「国民体力増進運動」とか聞こえてくるし、「国民体育大会」なんて下らない行事を、戦後、都道府県一周しても未だ続けている。箱モノづくりで開催自治体の土建屋が儲かるのかどうか知らぬが、国民の体力向上には全く関係ない話だ。こういった事もやれ文科省だ厚労省だと、省益確保だけが優先され、国民は全く不在になっているのが実態だろう。児童の学力低下が指摘されているが、学力より大切なのが健康と体力の筈。この問題だけは縦割り行政を止めて、デンマークの爪の垢でも煎じて飲んでほしいものだ。

行政改革だのへちまだの理屈ばかりで、現政権でも官僚国家の骨格は自公政権と何も変わっていない。小沢一郎がやっても行政の縦割りをぶち壊す事は出来なかったろうか。

後何年待てば、誰が革命的変革を成し遂げてくれるのか。嗚呼

2010年10月4日月曜日

高齢者優遇は有難いけれども

インフルエンザのシーズンがやってくる。我が家にも早々と「インフルエンザ予防ワクチン接種のお知らせ」が来た。夫婦共に65歳以上の認定で、それぞれ別に届いている。ご丁寧と言えばそれまでだが、社会保険庁の通知、総務省の国勢調査等、お役所が発送する印刷物は莫大な無駄を含んでいる。豊島区の区報なんぞも定期的に全国紙に折り込まれて配達される。広報活動が無ければ無いで文句を言う奴が出るだろうし、(先週の日記に書いた小生の行動「街路樹についての質問」なんかがいい例だ)無駄を如何に省くかは難しい問題だ。

少し脱線してしまったが、今日指摘したいのは別の事。今日はたまたま2ヵ月に1度の掛かり付けの医者に行く日、そこでインフルエンザ予防接種についての雑談をした。

先ずアドバイスとして、案内が来たからと言って慌てて行かない方が良いでしょう。何故なら、インフルエンザの本格的流行はいつも12月に入ってからで、ワクチンが本当に効いてくるのは、接種後1ヵ月後くらいが目安です。
又、今年のワクチンは2回接種が必要とテレビで言ってましたが、その必要はないでしょう。どうも子供を対象とした場合、一定期間でワクチンの効果(抗体?)が減ってくるのかもしれない、と曖昧な返事。

ここまでは良しとして、次の発言が重かった。曰く「皆さんは確か2千円ちょっとで接種できる筈ですから、必ず摂取してください。本当は働き盛りでお勤めの方に摂取してほしいのですけど、残念ながら公費負担が全く無いので4500円位になります。お年寄りの皆さんに比べると、外出や人と接する機会の多い若い方の方が感染の機会は多い筈です。でも40,50歳代の方にとって5千円近い出費はかなりの負担になるようです。」

因みにこのお医者さんは渋谷駅近くで開業していて、圧倒的にサラリーマン・OLの患者が多い。冬場近くになるといつも待合室に「インフルエンザ予防ワクチンあります」の掲示が出ているが、上記の理由で働き盛りの人はなかなか接種に踏み切らないのだそうだ。自分の事を思い返しても、ワクチン接種をするようになったのはここ3,4年の事かもしれない。学童のワクチン接種についても費用の事が問題になっている。年寄りを大事にして頂くのは有難いが、65歳ともなれば極端な事言えばいつ死んでも仕方がない世代だ。

若い人に公費負担をしてほしい、とはドクターの私欲ではなく尤もな事かもしれない。「先生の仰る通りだと思います、年寄りも長生きすればいいと言うもんじゃありませんね。」と相槌を打ったら、少し言い過ぎたと思ったか「いえ、やはり長生きして頂き、我々若い者をいろいろご指導頂く事が必要です。」と言う事でお互いに笑ってしまった。この先生も小生と10歳とは違わない美人の女医さん。

2010年10月1日金曜日

さすがNHK、すぐ返事が来た

昨日の日記でNHKに問い合わせを出した事を書いた。さすがNHK、今日の10:30に返事が来た。公平を期すために以下に全文を転記しておこう。後で気がついたが、メールフォームに転用禁止となっている。ひょっとすると削除せざるを得ないかも。

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NHKからのクレームで転用は削除します。
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3段落目の括弧の中が当日のコメントだと言っている。「国民の中で反対論が多い」との言い回しは使っていないとの事だ。確かにうろ覚えの記憶で書いているブログだから、こちらの聞き間違いは大いにあるだろう。家内と一緒に見ていて、国民云々を話題にしたので、国民と言う言葉が入っていたようにも思うが、これ以上言ってもしかたがない。

しかし日本語は難しいものだ。この回答でも、子ども手当の前に「批判の強い」と形容をかぶせているが、この主体も誰だかよく分からない。それにしてもスタッフ全員が、放送が視聴者の皆様に多大な影響を与える事だけは理解しているらしい。研鑽の程よろしくお願いしたいものだ。

今日は秋晴れで非常に爽やか、散歩の道すがら思った。小人は閑居すると碌な事を考えない。実は今週初めから気になっていた事である。地下鉄最寄り駅[千川]の上を走る大通りの街路樹(豊島区の木であるハナミズキ)と下のツツジの植え込みが、何故か2~300mに亘って引き抜かれてしまった。黒い地肌が無残で見栄えが非常に悪い。この理由について区役所に電話して問い合せた。区の街路樹担当によると、道路の管理者が都なので、そちらにお問い合わせ願いたい。電話番号を教えてくれた。

都に問い合わせてみた。地下鉄の路線工事の関係で、上の街路樹を撤去させてほしい旨の依頼があり、これを許可しました。費用は当然東京メトロ負担で、4,5年先にはなると思うが当然原状復帰をさせます。との事。その頃はこちらがこの世にいないかもしれないので、それ以上追及するのは止めた。

折角の日和だが「ああ、無情」


2010年9月30日木曜日

国民の中で反対論が多い。本当だろうか?

昨日のNHK夜9時のニュース、次期国会で審議される予定の補正予算に関する与野党事前協議関連ニュースの中で、女性の司会者が、自民党が事前協議に反対している理由の一つとして「国民の中で反対論が多い、子供手当の打ち切り等について与党が飲めるか・・・」と喋っていた。私は今の日本、景気が悪くて、暮らしが大変な人が多いと思う。昨日も現役の後輩から話を聞いたのだが、サラリーマンの彼から見れば「新聞報道にある通り、現在の給与水準は1990年並みですよ。正に失われた20年です。」と嘆いていた。

一般論としても自分の事を考えても、暮らしが厳しい事に違いは無いと思う。がしかし、その厳しさの実態が何を指すのか考えてしまう。我が家はもう老人が二人だけ、月に20万円を超える年金を頂戴しているので、死ぬまで飢える事は無いであろう有難い境遇だ。他に嫁に行った専業主婦の娘が二人いる。ご亭主は共に40才台の前半、それぞれ育ち盛りの子供を抱えている。彼等は小生と異なり、大変まじめなサラリーマンでもある。給料がいくらかは聞いた事がないが、少なくとも子供を私立の学校に通わせたりする余裕はなさそうだ。

酒も飲まないではわけではないが、小生の40歳代の頃とは大違いで、盛り場で飲み歩くのを趣味にしている事は無い。二人ともたばこは吸わないし、ゴルフもしない、麻雀・パチンコなど賭け事とも無縁のようだ。共に休日は可哀そうだが、殆ど家族サービスをしている。1軒の孫は未だ2歳未満なので教育費は関係ない。もう1軒の孫は中1と小6の二人。中学生の方は昨年までピアノを習っていたが、バスケット部に入って練習が厳しいからとの理由で止めてしまったようだ。英語だけは塾か家庭教師をとも考えたようだが、娘が付近を取材した結果コストが合わないと諦めたようだ。中学生は正に育ちざかり、衣服はすぐつんつるてんになるし、バスケのシューズは1万円以上するものらしい。何と言っても教育費より食費が大事なんだろう。

小学生は近くで習字と合気道を習いに、町の集会所見たいところに通っている。両方で月謝が4千円か5千円と聞いた。子供二人居る家族は住宅ローンを抱え、子供一人の方も将来を見据えて真面目に貯金しているのではと推察している。そのせいかどうか、家族で温泉旅行とか海外旅行の話もない。何れもごく普通の働き盛りの家庭だと思うが、今年4月から支給が決まった子供手当については、「家計が大いに助かる」と大変喜んでいる。

NHKが言っているのか、自民党のセリフをオウム返しに喋っているのか不明であるが、「国民の中で反対論が多い」とはどういった状態を言うのであろう?曖昧な日本語を几帳面に考えれば、国民の過半数が子供手当に反対している事になってしまう。しかし自民党の支持家庭全員が子供手当に反対を唱えたとしても、過半数に満たないのは先日の選挙の投票結果からしても自明である。

娘夫婦もひょっとすれば自民党支持かもしれない。年収も賃金労働者全国平均よりは上だろう。それでも子供手当は大賛成で、まさか自民党が言うように「子や孫の世代に借金のつけ回しをしないため、来年度以降子供手当を打ち切る」なんてとても賛同しないだろう。どこをどのように検証すれば「反対論が多い」事になるのだろう?アナウサーやコメンテータの言葉尻を捉えて、ねちねち言うのも如何かとは思うが、さりげない言葉遣いが視聴者に与える影響も見過ごしたくない。金持ちの守護神自民党はさて置いても、NHKには是非答えてもらいたいものだ。

日記をアップしてから、本当にNHKに問い合わせを出した。インターネットのフォームが400字以下の制限がある。以下はその内容

【昨日ニュースウォッチ9、次期国会で審議される予定の補正予算に関する与野党事前協議不調の中で、「国民の中で反対論が多い、子供手当の打ち切り等について与党が飲めるか・・・」とのコメントあり。NHKが言っているのか、自民党のセリフをオウム返しに喋っているのか不明であるが、さりげない言葉遣いが視聴者に与える影響は大である。「国民の中で反対論が多い」とは何を根拠に言ったのか?】

2010年9月29日水曜日

ヒステリー

最近あまり聞かなくなった言葉に「ヒステリー」がある。一寸調べると、最近は医学的にも余り用いる事がなくなって「解離性障害」等と言うらしい。序に語源が面白い、「ヒステリア」とはギリシャ語で子宮を意味し、当初女性特有の病気と思われていたらしい。確かに小生の思い込みで「ヒステリー」を言えば、「女性が感情的になって、キーキーと甲高く、自分勝手なことをわめき散らしてはた迷惑な事」に違いない。

自分勝手な思い込みで勝手な事を言う、ブログなんぞはその典型的なもので、とても他人様の事をとやかく言えた義理ではない事は分かっているが。今話題の中心になっている尖閣の問題について、文章で勝手な事を書くのは良いとして、テレビやインターネットの映像で語る場合は気をつけたいものだ。日曜日のテレビ番組(与野党幹事長討論)や昨日の参議院外交防衛委員会の審議を見ていて思うのだが(如何に暇人か分かって恥ずかしい)、野党特に自民党の論理の組み立てが支離滅裂に聞こえる。

非論理的だけならまだしも、石原幹事長やちょび髯のイラク派遣隊長佐藤委員なんかの喋り方を聞いているとヒステリック、即ち病的に聞こえてしまう。これも序の話で、初めて知った公明党の山本香苗なる若くて美人の委員も同様だ。しかし、女性のヒステリーは当たり前という感覚があるので、許せてしまうのは、こちらがエロぼけ老人の証拠かな。因みにこの方は外務省出身のようだ。なのに党を背負って外務大臣に噛みついて食下がったのは偉い。TV出演常連の高木陽介氏を食うのでは?

脱線してしまったが、医学的には男性も公平に罹る精神病ではあるようだが、男性が病的に見えるのは如何にも見苦しい。特に石原氏の場合、若くて未熟なのは分かるが、対する与党の幹事長や外務大臣もそんなに齢は変わらない筈だ。攻められる民主党の方が、論理は兎も角、大人に見えるのは小生の身贔屓だろうか?折角若返り人事で要職に就いたのだから、勉強すべき事は沢山あるだろうが、先ず話し方、討論の仕方を基本的に勉強して、かつてのように奢った「上から目線」の話し方を改めるべきだ。

序に言えば今朝の朝日新聞で元総理の森氏が、自民党参議院会長中曽根氏と同幹事長小坂氏、更に谷垣総裁を名指しでこき下ろしていた。これも些か異常或いは病的に思える。自民党も総裁、幹事長共にリーダーシップの確立と党内の取り纏めが大変そうだ。

一兵卒集団の反乱を恐れる民主党と程良いバランスか?

2010年9月28日火曜日

就職氷河期

現在の若者は「就職氷河期」に直面しているらしい。「就活」なる新語も誕生して、テレビでは「会社訪問で数十社廻りましたが未だ何処にも採用になっていません。」なんて嘘みたい話が堂々と流されている。似たような映像を見る度に、「どこのどんな会社を訪ねたか知らぬが、この若者はどこかおかしいのではないか?」と流行の言葉で言えば違和感を覚えてしまう。

おかしいのはこちらの頭かもしれない。学校の卒業目途がついた若者に迫ってくるのは、更に学問を続けるか、又は職に就いて自ら生活費を稼ぐかの選択である。例えば大学生だった場合、学院以上に進んだり、海外の上級校に留学をしたりして、学問を続けるのは、相当な向学心を持ち、且つ自他共に頭が良い事が認められる必要がある。更には学資の問題もあるので、余程裕福か、優秀さを認められて公私様々な奨学制度が利用できる人とか、何れにしても一般的とは言えないだろう。

そこで一般大学生が職を探す事になるのは当然の成り行きに違いない。その段取りについて、昨今一般的にどうなっているかが分からないのだ。小生が考えるには、先ず第一に自分が希望する職業の順番をを決めなくてはならない筈だ。確かに我々が大学を卒業した頃は、今のように職業が細分化されていなかったので仕分けが簡単だったのかもしれない。50社以上も会社訪問を繰り返した若者はこの職業の仕分け、順番をどのように考えていたのだろう?

仮にある職業で、業界ランクAからCクラス迄3~5社受けて駄目なら、二次志望の業界に転身せざるを得ないだろう。ここでも同様な手順で駄目なら、不本意でも三次志望の職業でトライするのが自然だと思う。こんな手順で15社も回れば、どんな馬鹿でも己に対する社会のニーズが何辺あるかが分かりそうなものだ。小生は幸い第3志望の業界のDランクの会社に引っかかったので幸いだった。

その直前に東京での保証人のおじさんが、「文学部なんて学部を選ぶからそんな目にあうのだ。ここで駄目なら、お父さんに頼んで法学部への学士編入を許可してもらうから、後2年間、今度は真面目に勉強をしなさい。」と叱って下さったものだ。しかし、こちらは「ここで駄目なら、何処かで日雇いでも部屋住みでも良いから土方人足にでもなろう。」と考えたりしていたような気がする。

蛇足だが、後で考えれば既に我々の時代でもリクルートの江副氏のように学生で起業した優秀な人間はいた。ホリエモンも同じだろうが学生時代に起業するなんて事は、想像もできなかった古くてプアーな脳みそで書いている事をお許し願っておきたい。

景気の良い悪いは常にあるし、現代の求人が減っているのは間違いないかもしれない。それでも大方の日本企業はフレッシュな新卒を採用したがるはずである。若者は闇雲に会社を回り始める事より職業に対する自分の考え方が、社会に適合しているかどうかを、先ず確認する事が必要ではないか。それにしても、菅氏が代表戦で述べた民主党国会議員の前職だけでも50種類もあったらしいから、職業の選択も大変と言えば大変だろうが。

確かに大学が増えて、名ばかりの大卒が巷にあふれているのも事実だろう。入学試験は変に厳しくて、入学してしまえば殆ど卒業できるのが当たり前の大学システムについての議論は別に必要だ。極めて低賃金の制作会社クルーが拾ってきた映像を、エリート面の放送局社員が尤もらしく「就活」学生に同情っぽく報道するのを見て「本当にそう思うの?」と聞きたくなってしまう。

2010年9月27日月曜日

ふくろ祭り

普段「お住まいは?」と聞かれると「池袋です。」と答える事にしている。
実際は同じ豊島区内の池袋駅からは2.5km程離れた千川だが、池袋の方がずっとポピュラーなので分かりやすいだろうと思うからだ。ご近所の殆どは毎朝バス6か7停留所、地下鉄で2駅を乗って池袋迄行っている筈だ。小生は健康のため、池袋まで毎日30分掛けて昼飯を食いに歩いて行くことを日課にしている。従って自分でも池袋は居住地の感覚だが、実際には町が異なるので氏神様は千川とは異なる御岳神社である。(千川は長崎神社で今月の11,12日でお祭りは終わっている)

都内でも有数の繁華街の一つなので、ここの秋祭りは「ふくろ祭り」と称して盛大に執り行われる。昨日がその祭りで、広い氏子の町内から何台もの神輿が出て大賑わいであった筈。数年前迄は休日に通っていた碁会所が池袋駅のすぐそばの繁華街にあった事もあり、この神輿が池袋駅前に勢揃いする夕刻に見物するのが常であった。子供の頃故郷の氏神様のお祭りで、小さな子供神輿を担いで以来神輿担ぎの経験は無いのだが、大人神輿を見ていると日本人の原風景を見る思いで気持ちが良い。

昨日はやはり神輿の勢揃いを見る事は無かったが、昼の時間に駅付近の町内神輿4,5台を見る事が出来た。既に駅前は交通規制が敷かれて神輿のために広い道が確保されている。見物客も未だそんなに多くないので、近くでゆっくりと見物させてもらった。それぞれの神輿に、神輿毎に異なる揃いの袢纏姿の大人が大勢群がっている。全神輿の先頭には提灯を高く掲げた若者が二人、その後には浴衣に羽織のような袢纏を羽織り、雪駄姿の顔役めいた小父さんが先導役として歩いている。その中の一人に腰に煙草入れを差している人がいたが、今でも刻み煙草を吸っているのだろうか?それとも今日は伊達かな?こんな想像をしているだけでも楽しい。

大勢群がる担ぎ手も観察しているのも面白い。袢纏は同じでも足拵えはゴム引き足袋だったり足袋に草鞋だったりそれぞれ工夫をしている。下半身は褌一丁、パンツ、股引とこれも様々。男に女、それに結構体形からして40代後半から50近いのではと思えるような人迄、一種の興奮状態でわっせわっせとやっている。逆に本当の若い人が少ないような気がしないでもない。担ぎ手はある意味で皆高揚したいい顔をしているのが印象的だ。昔だったら職人さんとか、肌に彫り物を入れたような人が多いのだろうが、現代ではそういう方は少数派の筈。

何れにしても男たちは意気揚々と男っぽさを最前面に打ち出し、女もそれなりに誇り高く神輿に取りついているが、普段どんな職業についているか、この姿からはとても想像できない。因みに入れ墨をした人は大勢の中で1人も見かけなかった。帰り途に町内の寄り合い所があり、浴衣姿の爺さん婆さん連中がたむろして酒か茶を飲みながら談笑している。脇に大きな掲示板を設け寄付した人の名前がずっと張り出されていた。我が千川町の祭りの際は、寄付金が500円が相場と聞いたが、池袋町内では上は30万円から千円が最低のようだ。流石に繁華街は偉いものだと思ったり、千円以下は省略しているのかなと邪推をしたり。

マスコミは経済が大変だ、大恐慌が来そうだと大騒ぎをしているが、このような祭りを見物している限り、日本は平和で結構だなとしみじみ感じる。

読後感「暗号名ゴースト」アレックス・ベレンスン著 棚橋志行 訳

予め知って読んだわけではないが、現在日本政府が巻き込まれている対中国との尖閣を巡る領土問題を暗示するようなスパイ小説である。米国での出版は2008年、流石に彼の国のジャーナリスト出身の作家はグローバルな視野では我が国のそれを遥かに凌ぐものがある。

話しは今日の国際情勢を反映して大変複雑に構成されているが、骨格は米中の潜在的対立軸である。主役はスパイではなくCIA職員だが、彼が長年米国が温めてきた中国政府高官のスパイを際どい所で救出する話になっている。その事は脇において、ここで描かれる米中対立の背景が昨今の事情に酷似しているように思われる事が興味深い。

現在でも中国の覇権主義が良く言われる事だが、中国政府の意思決定機関とそのプロセスは我が国や他国にとっても良く分からないのが真相だろう。この著書では、政府高官が居住する中南海のある会議室で定期的に行われる9人のメンバーからなる常務委員会が最高意思決定機関としている。当然この中には軍部を代表する将軍も入っているが、ナンバーワンではない。むしろ老齢のナンバーワンを側近として補佐しているのはナンバーツーの文官で、彼は現在の改革開放路線を積極的に推進している。

問題は現在の中国が改革開放路線の結果貧富の格差が生じ、各地でデモは頻発し13億の国民のコントロールに困難が生じている事にある。将軍はこの事態を憂慮する意味もあるが、常務委員会内部の権力闘争の意味もあり、アメリカに対して軍事的緊張を高める動きを画策する。ここが今日尖閣を巡って激しく動いた日中の駆け引きを髣髴させる場面で、先ずアメリカ海軍が黄海において中国のトロール漁船を引っ掛けて沈没させてしまう。と対抗した中国が潜水艦でその軍艦に対して攻撃を加えて甚大な被害を与える。

あわや大戦の寸前まで行くのだが、主人公の活躍で中国側将軍の秘密の画策が露見する結果になって将軍が失脚する事で事無きに至る筋書き、これを補完するために北朝鮮からイラン迄各国の軍事戦略・諜報に関する事柄が複雑に織り合わされていく。要するにアメリカも国内に様々な難問とイラク・アフガンと難しい国際問題を抱えながら、一寸油断した訳でもないだろうが、中国という大国との向き合い方が非常に難しくなっている事を暗示している訳だ。

小説ではあるが、多く示唆を含む面白い読み物。下らないと言わずに一読を是非お薦めしたい。

2010年9月24日金曜日

売られた喧嘩 買うばかりが能ではない

山では「季節が夏から一気に冬に」とよく言われるが、江戸も一昨日迄の暑さが嘘のように、昨日から急に秋を通り越して今日は初冬に突入したような涼しさだ。今年はどこでも野菜、果物の出来も良くないらしい。事実秋らしい旨い果物にも巡り合わないし、野菜も高いばかりで感激するほど美味い野菜にお目に掛からない。神様が何に怒っているのか分からないが、今年は気候ばかりでなく何か異常な事が多いようだ。諏訪大社の建て御柱で支え綱が切れて死亡事故が起きたり、昨日は千葉県いすみ町のお祭りで神輿が集合した小学校校庭に雷が落ちて、大勢の人が怪我をしている。

国家レベルで言えば、領土問題で中国に因縁をつけられた事も大きな災厄だろう。先程ニュース速報で、身柄を拘束していた問題の船長を釈放と流れた。首相と外務大臣が宗主国アメリカを訪問中でもあるから、当然しかるべきアドバイスがあったのだろう。国務長官が「尖閣諸島は日米安保の対象範囲」みたいリップサービスをしたうえで、「あなた、中国相手に本当に喧嘩が出来るつもりなの?」と言われれば、実質的に中国の言いなりにならざるを得ないのが日本の実態、実力と言う事が良く分かったのではないだろうか。
こうして一歩引けば引いたで、政府は国内の保守勢力や野党から厳しい批判を受ける事になるだろう。

しかし小生のように暢気な父さんからすれば、体当たりしてきた漁船の船長が中国の諜報機関から派遣されていようといまいと、彼を血祭りに上げて首を刎ねたところで何のありがたみも感じない。むしろ厄介者だからさっさと返してよかったとさえ思う。むしろ不思議に思うのは「日本固有の領土だから、国内法に基づいて粛々と法手続きを進めたい」とする政府・又は外務官僚の考えだ。後先を考えずこんなこと言って喜ぶのは石原都知事やコラムニストの勝谷誠彦みたい人たちだけだろう。

この手の方々はやれ軍艦を出せの、抗議船が来たら打ち沈めてしまえと勇ましい事を言うが、最終的に勝てると思っているのだろうか?前原外務大臣様も「こちらには一部始終を確認できるビデオがあるが、裁判の証拠品だから公開できない」として最後まで公開される事がなかった。

元々尖閣の領土問題はややこしいので、日中2国間では鄧小平の知恵で100年棚上げとにしている筈だ。そこに今回は、大国中国が些かもろもろ弱り目の日本を見越してちょっかいを仕掛けてきたに違いない。それをオーストラリア政府がバックアップしている反捕鯨団体同様の手段で対処できると考える事に甘さがある。孫子の兵法の例えにもある通り「勝てない相手とは戦わない事が戦における必須の要件」の筈。

大国の挑発に乗って戦う事を避け、相手の無法を国際世論に訴える事が最善と何故考えなかったのか?そういった思考を予め持っていれば、船を拿捕して乗組員を全員逮捕した時、シーシェパードの船が調査捕鯨船に体当たりしてきた時の映像の映像がすぐ公開されたように、今回も巡視艇に体当たりしてくる映像をすぐさま全世界に公表すべきだったろう。先ず船員だけを釈放したのもご粗末。15人返しても一人残れば一緒じゃないか。それだったら纏めて引っ括ったままにしておいた方が良かったかもしれない。

喧嘩は得意ではないにしても、避けようもなく喧嘩を売られる事があるのは世の常だ。せめて相手の実力と出方を評価出来るスキルは磨いてもらいたいものだ。そんなことより総理大臣のにやけた顔を見ていると、精進潔斎してどこでお祓いでもして貰えと言いたくなる。

2010年9月22日水曜日

特捜検察 正義vs巨悪 「狡兎死して走狗煮らる」

厚生省村木局長の文書偽造指示事件に9月10日無罪判決が出た。これを聞いた時は特捜検察にも失敗する事がるのだなぁ、ぐらいにしか思わなかったが、昨日前田主任検事が、証拠物件のフロッピーディスクを改竄したとして逮捕される事件に発展してしまった。昨日朝一見して、朝日新聞のスクープから始まる三権分立と司法制度の根幹を揺るがす大事件かと一瞬びっくりした。

ところが昨日と今日、インターネットで元々検察の暴走に懸念を表明していた識者(郷原信郎氏、上杉隆氏、勝谷誠彦氏等々)の見解をチェックすると、朝日のスクープ自体が検察記者クラブ内におけるリークと言うより全くの出来レースであるようだ。勿論最高検の緊急会見なんかも周到に準備されたもので、緊急でも何でもないようである。要するに今月10日に無罪判決が出そうだと言う事は検察はとっくに分かっていた訳で、これを如何に一事件の捜査ミスに帰すべく、検察庁は組織を上げて周到な準備を進めたらしい。

一旦着手した事件についてシナリオに沿って犯罪を作り上げていくのは、特捜検察組織の体質であり、既に罪が確定している佐藤優氏に言わせると、これは一種のビジネス、換言すれば法曹界全体をカバーする「検察ビジネス」である。と実に興味深い発言をしている。特捜検察が常に「正義漢」と神話を作り上げる事によって、ここの出身者は弁護士になっても実力ある者として評価され、退職後も旧組織との仲介役を果たしながら生涯甘い汁を吸える実態がある。従って組織全体としては世間に「巨悪」が出現し、それをやっつける役割を演出しなければならないことが宿命づけられている。としている。

となると、一方で定期的に巨悪を世間に出現させなくてはならないが、これを演出するためにマスメディアが重要な役目を担っている訳である。巨悪の嚆矢、筆頭は何と言っても田中角栄元総理らしい。この時の東京地検特捜部検事の堀田力氏も昨日テレビ取材に答えて尤もらしい(あってはならない)事を答えている。

しかし考えてみるに、この事件は田中氏が最高裁判決が出る前に死んでしまったので途中で打ち切られたので、恰も元総理が「巨悪」と断罪されたような印象になってしまっている。しかし識者によれば、これもおかしな話で、何故田中氏のみなのか、本当の「巨悪」であったのかどうかは永遠の闇に葬られてしまった。間違い無いのは世の中に「巨悪」を印象付ける事で「検察ビジネス」が華々しくスタートした事らしい。

古い事はさておいても、最近マスコミによって悪の帝王に祭り上げられたのは何と言っても小沢一郎元民主党幹事長を置いて他はあるまい。勝谷氏に言わせると、今回の前田事件が何故昨日弾けたかが明快である。即ち、「正義漢」リーグとしては何としても小沢一郎だけは総理にするわけに行かなかった。14日の民主党代表選挙前にこの事件が勃発すると、悪玉が検察になり、小沢のイメージが引っくり返って彼が代表になりかねない。検察としてはこれだけは何としても回避しなければならず、村木裁判の判決理由を知りながら民主党代表選をやり過ごした。

かくして目的通り小沢氏の敗北を見届けた上で、自らの終戦処理に入ったと言う事らしい。即ち大阪地検特捜部が手掛けた一事件の捜査ミスで、「悪いのは前田主任検事」の筋書きだ。そこでいつものように、当番せいかどうかは知らぬが、昨日朝日新聞にリーク情報を発表させた次第。一時は大騒ぎになるだろうが、本質的なものは何も変わらない。あくまで検察は捜査権も保持する「正義漢」であり続けるし、そうでなくてはならない。テレビ出演する元検事達もその点は利害が一致していると見え、最高検が迅速に捜査に入った事を了として、第3者委員会のような組織での調査は不可能と断じている。

【狡兎死して走狗煮らる】前田主任検事は可哀そうだが「兎狩りが終わって、自分の肉も煮られて食われてしまった猟犬」のようなものだろう。小生は三権分立の意味も、司法の権限だの難しい事は分からない。だがこれを機会に司法や検察のありように関する問題を政治の場で真剣に議論しても良いのではなかろうか。この事件が政治問題にならないとすれば、どこまでも懲りない官僚の強かさとマスコミの情けなさに又うんざりするだけだ。

9月11日北海道十勝で行われたシンポジュームのライブ映像が分かりやすくこの事を暗示しています。少し長いですが時間の許す方はご覧になってください。
http://iwakamiyasumi.com/
*フォーラム神保町 in 十勝 2010年9月11日