勤労感謝の日

今日はお休み。誰も文句は言わないのだろうが、先週何処かで読んだ事が引っ掛かっている。「勤労感謝」とは誰が何に感謝する祝いなのか、と言う趣旨だ。言われてみると、成程意味が不明だ。若いので知らないが、戦前は「新嘗祭」と言っていたらしい。天皇が五穀豊穣を祈り、新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に勧め、また、自らもこれを食して、その年の収穫に感謝する大切な宮中祭祀を全国民が共に祝ったらしい。これはとても分かりやすいし、美しい。

ところが先の大戦で負けたばかりに、占領軍が宮中祭祀を国民が挙げて祝うのは好ましくない、としたらしい。しかしアメリカにも収穫を祝う国民的行事の感謝祭(Thanksgiving Day)があるので、休みを廃止するのは可哀そうと言う事になったらしい。だったら属国日本も収穫祭とでも言えばいいではないか、と思うのだが何故か訳の分からない名前がつけられている。同じ解説で勤労と言う言葉もおかしいと言っていた。

確かに変だ。「労働」と言えばいいところを「労働」を祝うと言うとメーデーのように社会主義者が喜ぶから具合が悪いとされたらしい。いまどき「勤労」なんて言葉を使う日本人が居るのだろうか。全く馬鹿馬鹿しいが、誰しも休日は大好きみたいで、文句をつけた人は珍しい。戦後60年以上経っても敗戦の傷跡から少しも脱しないばかりか、アメリカへの従属は強まる一方だ。昨年の政権交代の結果が、ものの見事にその事を証明した。

アメリカに対するほんのささやかな抵抗でも許されない。リーダー格の人間がもしそんな態度を示せば、アメリカが直接言わなくても、同胞である日本人がそいつを引きずり下ろす仕組みが完成しているのだから何をかいわんやだ。今頃マッカーサーは草葉の陰でほくそ笑んでいる事だろう。

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