営業マン 三百代言か

思えば長いこと広告会社で営業の仕事をしてきたものだ。現在の会社は広告とは少し違うがので、営業職はいない。今年の4月経営を替ってもらった青年は技術者なので、クライアントとの折衝となると少し可哀そうである。別に悪い事ではないが、常にクライアントの意向を十分確認したうえで間違いない仕事を期すために質問が多い。

そんな事を聞かなくてもいいと思う時がたまにあり、傍にいて少しハラハラしている。特にクライアントが我々に新しい仕事を投げかけてくる時が問題なのである。委託を検討している仕事に関して、クライアントはある程度のイメージをもっている事は確かである。しかしそれを具体的に言えないから専門家の業者に仕事を回して、提案を求めるのが普通の仕事の手順である。どの会社にも営業の専門職が居て、それを持ち帰り技術やクリエーターのスタッフを招集して、ミーティングの結果、提案を纏めるのだろう。

従って、技術屋さんの場合は、営業の意見を出来るだけ詳しく聞いた上で仕事に掛かるのが普通かもしれない。クライアントとの直接のやり取りは営業がするのだから、彼が出先で困らないように、出来るだけ彼の意見に沿うように設計をするのが当たり前かもしれない。その習慣があるので、我が後継者はクライアントの前でも丁寧に質問をぶつける事になる。クライアントも聞かれて答えないのは沽券に関わると思うかどうかしらないが、戸惑いを隠して意見を言わなくてはいけない。

今のところは小生が脇に付き添っているので、いい加減な所で割って入る事にしている。考えてみると営業マンの仕事とは、クライアントの気持ちを忖度して、自社のスタッフにそれを具体化させる仕事だった。だからこっちの見込みが異なると、再提案と言う事でスタッフに余計な手間をかけさせ嫌われたものだ。最初の提案をもってプレゼンする時は、それなりに説得はするものの、泣く子と地頭の例えで比較的簡単に「では、そう言う線で再提案します。」と言ってきたものだ。スタッフが怒るのも無理はない。

しかしクライアント側からすれば、自分好みの色が選べるので営業マンの存在は貴重だったのだろう。世の中には赤が良いかピンクが良いか、はたまた青が良いのか、分からない事が沢山ある筈。時にははったりで、スタッフの考えに誘導しなければならない時もあったし、スタッフに信念を曲げてもらった事もある。長年営業をしてきたお陰で、現在は自分の好きな色が分からなくなっているとも言える。

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