読後感「祖父たちの零戦」神立尚紀著

著者は戦後も戦後、昭和38年生まれの人である事に先ず感心した。日大芸術学部写真学科卒業後、講談社専属のカメラマンになって、平成7年から縁があって、近くに住んでいた元零戦搭乗員の取材を開始したらしい。この人物と同じ元零戦搭乗員で士官学校同期の友人の二人の軌跡をたどりながら、その周辺の生存者から多くの丹念な取材も取り込みながら構成された大ノンフィクションである。主人公のお二人もこの出版(本年7月)前には亡くなられている。ある意味で貴重な読みものだろう。

零戦が有名になったのはどうも戦後の事らしい。戦時中は陸軍の隼戦闘機の方が、加藤隼戦闘隊で歌になったりして有名だったらしい。それは兎も角、海軍の零戦が前大戦で当初大活躍した事には違いがない。零戦と命名されたのは昭和15年即ち皇紀2600年4月に海軍が正式採用になった事に依る。たまたま小生の誕生と同じ年だったので、昔からこの飛行機の優秀だったと言う噂を信じ、これで戦った戦闘機乗りの人には親しみを感じたり、誇らしく思っていたものだ。

しかしこの書を読んで、零戦もその搭乗員達もそんな甘くロマンチックで無い事がよく分かった。その意味でもこの著者には敬意を捧げたい。大戦後も世界各地で戦争や紛争は相次ぎ、戦闘機は無くならないし、すっかり変わっている。第一プロペラで飛ぶ飛行機、まして戦闘機なんか見たくても無いだろう。きっと昔も今も戦闘機の役割は同じで、戦闘機同士の戦いにどうすれば勝てるかに違いない。

条件が二つも同じ事だろう。一つは機の性能が相手に優っている事。二つはパイロットの技術が相手に優る事につきる、がよく分かる。零戦が登場した時は、確かに世界でも屈指の航続距離とスピードを誇り得たのも事実らしい。これが開戦当初の真珠湾やフィリッピン・ルソン島の大戦果に繋がっている。小生はこの優秀性が終戦まで継続したかのように錯覚していたが、終戦の前々年昭和18年の9月には、敵側ではスピードでは零戦を凌駕するスピットファイヤーなんかが投入されているのだ、その後さらに強力なグラマンF6Fなんて奴が出てきて、圧倒的な物量差にも押され、坂道を転げ落ちるが如く敗戦に向かう事になる。

更に問題は、人的資源の供給が覚束ない中で特攻なんて馬鹿な作戦が取られる。上が現場を知らずに不合理な作戦を推進して、結果、前線は摩耗するだけで誰も責任を取らなかった事も記されている。どこの国の軍隊も同じ事かもしれないが、特に日本の軍隊は現代の官僚機構の前身みたいもので酷かったのだろう。要するに空中戦はセーフティーネットの無いサーカスみたいもので、搭乗員は常に死と隣合わせだった事がよく分かった。

この本の素晴らしいところは、二人の主人公だけでなく生き残った搭乗員の終戦後の生きざまに相当なページを割いている事にある。特に戦後撃墜王として世界に名を知られた坂井三郎氏の事については非常に考えさせられるものがあった。空中戦の結果と言う奴は非常に分かりにくいもので、戦後当事国の正式な文書を確認しなければ判明し難いものらしい。又戦時中は、戦闘機乗りはそんな不確かな事を自ら吹聴するような事は決してしなかったらしい。

時間と共に正に失われつつある事実を丁寧に拾い集めて、日本人の記憶に留めようとしている著者の姿勢に脱帽したい。



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