茶番の極み 事業再仕分け?

機能崩壊の過程にあるように見える現政権、中でも壮大な無駄遣いと揶揄される事業再仕分けは非常に分かりにくい。賽ノ河原でもあるまいに、ゾンビの如く復活している税金の無駄遣い。前回の事業仕分けを無視して、厚かましく予算を提出してきたのは現政権である。どうすればこういった事になるのか不思議でしかたない。それに対して同じ政権が文句をつけている。事業仕分けそのものが結構な予算を食っていて、しかも何の強制力を持たないとは知らなかったが、知れば全くの茶番である。全く無意味とすれば税金の無駄遣いの極みで、シャレにもならないだろう。正に自らの機能崩壊を証明する事に他なるまい。

少なくとも小生は期待した昨年の政権交代とは何だったのだろう。あの時の期待とは何だったのだろう?現在の右往左往を見ていると、こちらも混乱してくる。政治家の仕事も分からず、勝手に、これで少し世の中が変わる、と思った俺がいけないような気もする。改めて政治家の仕事を考えてみたい。
先ず政治家は立法府のメンバーで、直接市民大衆に接して税金を取ったり、税金を直接配分する訳ではない。その仕事をしているのは国や地方の行政組織である。その行政を運用する法律を作って、間接的に指揮するのが立法府の仕事になる。この仕掛けについてはある程度理解している。

考えてみると、行政に携わる人間は全て公務員の筈だが、この数は現役だけでも確か数百万人のオーダーで、OBを加えたら夥しい数になるのだろう。この頂点に立つのは一応政治家で、内閣総理大臣をトップに100人程度が行政を直接指揮統制しているとされている。しかし実際に彼等を動かしているのは、明文化されている法律だから、いきなり来たトップが「お前、そのやり方は間違っている。こうしろ、ああしろ。」と言っても官僚がそのように動く筈もない。

まして、市民大衆に直接関わる階層とトップとの間には、今や官僚組織と訳されるエジプトのピラミッドにも匹敵する厚くて高いヒエラルキー(階級制)が存在して、実動部隊は「お上の声なんか、都合の悪いものは聞こえません、悔しかったら法律を変えてから言って来い。」てなものだろう。今朝のテレビで河野太郎が「事業仕分けの対象は予算の話だから、政府三役がその気になって、部下を指揮統制すれば事業仕分けの結果を反映させる事も可能だ。」と声を張り上げていた。

本当かね、不肖の爺にも段々分かってきたのは、与野党とも政治家は官僚には敵わないと言う事実。自民党は官僚の手のひらで踊って甘い汁を吸い、民主党は馬車に向かってカマキリが斧を振りあげたようなパフォーマンスを演じてみたと言う事だろう。これでは結果が出ないので、政権党が変わっても、何も変わった実感は無いし、小市民としては恩恵を感じる事が出いない。その上悪い事には、民主は「アメリカ軍はこの国から出て行ってもらおう」と威勢のいい事まで言ってしまった。これが又大問題で、虎の尾を踏むどころか、虎の横面を思いきり張ってしまったらしい。この事については日を改めて書きたい。

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