忘年会 今昔

昨日は珍しく出先から忘年会に回ってしまったので日記を書けなかった。終日寒くて、忘年会の「ねぎま鍋」と焼酎のお湯割りには実に相応しい日だった。料理も美味かったが、狭い部屋での歓談も楽しく、心身ともに十分暖まり、楽しく過ごす事が出来た。今夜もまた忘年会なので、夕方日記を付ける事が出来ないので今の中に書いておく。今夜は鯨だそうだが、これもきっと「はりはり鍋」だろう。大阪時代は南に有名な店があって、何度か行った事があるが東京では初めて、何処に連れて行かれるか楽しみである。

忘年会も今日でおしまい。喪中ハガキも来なくなったので、来週初めに年賀状を出してしまえば気にする事は殆ど無くなる。最近の年の瀬は楽なものだ。若い頃の忘年会と言えば、役所関係の人とが多かった。この時期は予算編成の真っ最中、お客さんは、昼間に紫色の風呂敷包みを抱えて、自分の役所と大蔵省の間を飛び回っている。そして彼等の夕方は早くて20時、酷い時は10時始まりなんて事まであった。

大体そんな時は双方とも偉いさんが出席する席で、幹事役を務める小生なんかには最悪の事態だ。先についている人の機嫌を取り結ばなくてはいけない上に、料理屋だっていい顔をしない。板前さんや女中さんをオーバータイムで拘束するように店に掛け合う必要があるが、これだって無論只では済まない。余程顔がきく店であっても、領収書の必要が無いなにがしかを渡さざるを得ない。これを翌日精算するのが一苦労。経理は当然「チップなんか落とせる筈が無いでしょう。」てな事になる。

思えば、そんな時に備えて、若いくせに銀座赤坂界隈の料理屋を個人的にもよく利用したものだ。自慢にゃならぬが、借金こそ増え貯金なんか考えた事も無い。当時頻繁に使っていたこれら料理屋は殆ど姿を消している。昨日の話では、座敷付きの料理屋だけでなく、中小の飲み屋は不景気で大変なようだ。居酒屋での一次会の後はカラオケに行ってしまうと、昔風のバーなんかはやっていける筈がなかろう。こちらの忘年会も6時前から初めて二次会も無し、当然酒量も限定的。年寄りには結構な事ではある。

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