将来・未来について

政治の話は面白くないものばかりだが、スポーツは面白い。アジア大会ではいろいろな種目で頑張っているし、TBSしか放送しないが、女子バレーも健闘している。スケートも男女共に好い成績を残しているし、男子ゴルフは石川遼が今季3勝目を挙げて賞金ランクでも首位に迫っている。相撲が始まって白鵬は勝っても負けても爽やかだし、サッカー選手にも世界で活躍する人が居る。月曜日の朝から嬉しいニュースが多い。

何かにつけ「最近の若い人はなっていない、駄目だ。」と言う年寄りが居るが、言っている本人は、自分が時代い遅れになっている事に気がつかないのだろう。学問でもビジネスでも活躍するヤングマンは沢山居るに違いない。自分もそうだが、長生きのお陰で年寄りが引退せず偉そうな顔をしているが、年寄りは出来るだけ早く引退する事を考えるべきだ。

死にたくないから、摂生して肉体の劣化をカバーしているつもりが、どんなに頑張っても止めようがない。医学的には20歳あたりが肉体機能の頂点と言う説があるようだ。しかし個人的には、最も活躍できた45歳あたりが心身ともに頂点で、そこから緩急は別としてずっとスロープを降り続けている感じだ。最初は5年おきぐらいで感じていた劣化が、日を追って3年になり、去年出来た事が今年はどうしても出来ないてな事になる。

最近は土日に通うフィットネスクラブで、ストレッチなんかしていると、先週はもっと体が曲がった筈なのになんて思う事もある。こうなってくると、毎日のように何か運動していないと倒れてしまうのでは、と言った強迫観念に苛まれてしまう。しかしこれも考えてみればおかしな話で、人間の体は自転車じゃないのだから、ペダルを踏み続ければ良いと言うものでもなかろう。却って使い過ぎると肉体疲労による劣化が促進され、以外にパタンキューになるのではないか。てな妄想もわいてくる。

何れにせよ元気であろうとなかろうと、年寄りはしょせん年寄り、明日の社会に役立つ事は多くはあるまい。又責任を持てない未来の事を余り真剣に考えても仕方がないし、それを偉そうに言うのは無責任のそしりを免れない。今月発売の月刊文藝春秋に掲載された、”日本も核武装すべき”だと言う後期高齢者の都知事さんの論文を見て考えた。

序にもう一つ、先週小田嶋隆さんという少し変わった人のエッセイを読んで成程と思った。私も知らなかったので、ご同輩読者のためにこの人について少し触れておこう。年齢は50歳台前半、職業はコラムニストと言う事になっているが、テレビには出てこない。特にネット関係については自ら「ヒキコモリの、オタクの、ネット依存の自家中毒ライターであるオダジマ」と称している。

この人が11日の日経ビジネスオンラインの中で、YouTubeに海保の映像が投稿された事を見通せなかった事を悔んでいるのが面白い。曰く「この度の動画漏洩を見通せずにいて良いはずがないではない。ほかの誰がうっかりしても、私はうっかりしてはいけない立場の人間だったのである。(中略)明確な形で、メディアを通じてこの度の事態についてきちんとした予測を述べた言論人は、私の知る限り一人もいなかった。未来を見通すということは、それほどに難しい達成なのだ。」

そりゃそうだ!将来どうなるかは誰にも分かりはせんのだ。

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