2024年11月30日土曜日

スマホ

 人並みにいつもスマホは持ち歩いている。しかしその利用は人並みにはとても及ばないだろう。外出時もポケットにあることはあるが、先ず取り出すことは殆ど無い。もし電話が鳴って気が付けば一応出るが、気が付かないことの方が多い。スマホの機能がパソコン並みに向上してることは理解できるが、仕事もしてないのだから電話に出なくても相手に不愉快な思いはさせない筈。

ところで日本中に溢れているスマホは現在どのくらいあるのだろう?ひょっとすると人口数を上回る可能性もありそうに思う。スマホの製造工程について知らないので当たっているかどうか分からぬが、スマホの製造企業は日本経済に大いなる貢献を果たしていると信じたい。しかし、このところ昔隆盛を極めた日本の繊維産業から、本業の繊維関係から撤退を決める企業が増えている。スマホの寿命と繊維製品の寿命のどちらが長持ちするか分からぬし、日本にあるメーカー数や規模も知らぬが、何れは似たような運命となるだろう。

我がスマホは2台目で2年近く前に購入しているが確か10万円近くしたと思う。しかし通話料上乗せで支払っているので普段は気にならない。確か近々また契約更改か機種変更の必要があったような気がするが、まだ確認していない。とにかく何か知らせが来るまで待つしかないようだ。公衆電話代わりにしては結構面倒くさいものだ。初代スマホは、10年近く前、友人に誘われネパールに行く際にカメラ代わりの意味で買ったので、それなりにいろいろ使ってみたが、現有機種は電話機能以外は歩数計のみだ。

しかし、このスマホを首相が外遊先の国際会議場に持ち込んで熱心に見ている報道を観て少しびっくりしてる。G7級の国家首脳で、公式な場でスマホを自ら操作するのは日本人だけではなかろうか?おもしろい国だ。

2024年11月29日金曜日

証明書問題

 世の中は知らぬ人で溢れている。従って誰にも<どこの誰か>を証明するいわゆる証明書が必要になることは理解できる。長野で過ごした学生時代は証明書は無かったが、外出時はいつも記章の着いた学生帽を誇らしげに被ったものだ。高校2年生の夏休みに初めて東京に行くことになった。その時学校は国鉄に提示するため学校学生証明書をはっこうしてくれ、学割で切符を購入ができる仕組みだった。


18歳になり大学生になって東京に来ると、入学早々に大学側が学生証を各学生に支給。国鉄だけでなく映画館の入場料などにも大いに利用させてもらった。この時の学生証は顔写真の添付は無かったが、法政大学に行っていた友人の学生証には顔写真がされていた。こんなことを書いたのは二つほど意味がある。

一つは毎度おなじみマイナカードのこと。マイナカードが保険証代わりになることは知っていて、そのための手続きはしてある筈だが、小生の掛かりつけ医の受付は寧ろ紙の保険証を優先的に受け止めていた。薬局も同様である。しかし報道によれば、来月早々から紙の健康保険証の発行が停止されるとのこと。要するにマイナカードが優先されるらしい。個人的には年内あと2回は必要になるがマイナカードも常時持ち歩いているので特に困る話ではない。

しかし同じ高齢者の中には不便を感じる人が相当数居るようで、資格証明書なる紙を受理する必要があるらしい。何と煩わしいことだ。役所にとっても余計な手間暇、もう少し何とかできなかったのかなと思った次第。

似たような話でオーストラリアのこと、彼の国では18歳未満のいわゆる未成年に対し、インターネット上でのsnsへのアクセスを禁じる法律が成立。今は世界中どこでも未成年者がスマホを個人保有してsnsへのアクセスを楽しんでいる時代。些か法律の時代錯誤を感じるところもあるが、しかしケチをつける気はしない、それなりの意味はあると思う。よせばいいのに、今朝のNHKニュースでは成人家族名義で新アドレスを取得した子供のことが報道されていた。

そのうち世界中で認証問題がさらに厳しくなるだろが、当面はこの程度で法律をかいくぐるのは子供でも簡単らしい。他国の真似をしたがる日本のことだ。研究するっ価値がるだろう。

2024年11月28日木曜日

無駄遣い体質

 何でこんなにゆっくりしてるか訳が分からぬが、やっと今日から国会が始まるとのこと。国民が政治のことなど忘れてくれるのを見計らっているとしか思えない。国民の暮らしはこの1年決して良くはなっていないだろう。先の選挙で落選した自民党議員はそれなりに居るが、自民党全体で見れば本気で反省しているとはとても思えない。この国会で企業献金禁止を決めれば少しは褒めてあげたいが、とてもそうはならないだろう。

政治家と言う職業はそれなりに結構な稼業なんだろう。少なくとも永田町の政治家たちが会合を開くのは何故かあの辺りにある高級ホテルと決まっている。部屋代やサービス料が幾らになるか知らぬが、何れにしても無駄遣いそのものに思えて仕方ない。国会に関する会議でしようと思えば、無料で使用できる部屋は掃いて捨てるほどある筈。なのに態々近くの高級ホテルに部屋を用意し、黒塗りの高級車を利用し、警護の警官まで引き連れて大名さながら、或いは吉原の花魁道中紛いのことをする神経が理解できない。

そろそろ本気で無駄遣いを排する決意があるなら、その辺から形を変えたらどうか。少なくとも最近の国会論議関係の報道は小生には単位金額大きすぎて理解不能だ。貧乏ゆえの邪推かもしれぬが、億円単位を超えて兆円の話が当たり前になってきている昨今、無駄遣いのスケールも相当大きくなってることだろう。昨日何かでチラリと読んで然もありなんと思ったのはアメリカの話。アメリカ議会で将来問題になりそうな話で、ウクライナへの軍事支援金の約半分は国内で誰かが横領してるとのこと。

勿論フェイク情報だろうが、武器支援だけで数兆円を使っているのだから、そんな話が出てくるのも仕方あるまい。武器の原価なんてものは検証のしようが無いだろう。日本が外国から買っている武器、ミサイルや航空機なんて奴も相当いい加減な積算で予算が組み立てられても誰も確認できぬだろう。政府は言うだろう「政府には財務省主計局があり、予算は相当厳しいチェックを受け、決算は国に会計検査院があってこれも厳しいチェックをしている。」

子供の頃から小遣いに関して相当厳しく育ってきたが、無駄遣いは今でも時々発生する。反省と同時に政治家に恨み節を言いたくなる。

2024年11月27日水曜日

失敗は成功の基

 あちこちで徒に市民を殺しているイスラエルが、レバノン国境での戦いを60日間休戦するとのこと。事のいきさつは全く知らぬ日本のボケ老人からすると、数少ない喜ばしいニュースだ。序に他の地域の人殺しを一旦中止して、軍人にクリスマス休暇でもやったらどうかと提案したいぐらいだ。クリスマスと言えば、もうあちこちで家をイルミネーションで飾り始めている。確かに11月ももうすぐ終わる。光陰矢の如しだなぁ。

昨日だったかJAXAの新型ロケットが地上で爆発したとのニュースが流れて、専門家曰く「この事故で新型ロケットの開発は1年以上遅れるだろう。」とか言っていた。NHKだったと思うが、こんな年寄りの偉そうな学者でなく、若いプロジェクトマネージャー氏のコメントをもっと好意的に取り上げるべきだと思う。彼のコメントは「皆さんの期待に応えられなかったことは非常に申し訳ない。たくさん学ぶことはある。この機会を活用して、より信頼性の高いロケットにしたい。」となっている。

イプシロンロケット 井元隆行プロジェクトマネージャさんの仰る仰る通り。国策機関だから2回目の実験での失敗を一旦謝るのは仕方ないが、失敗は成功の基だ。失敗無しで新しい試みに成功する確率は低くて当たり前。日本のロケット技術水準が世界的に見てどんな位置にあるか知らぬが、これからロケット技術いろいろな意味で重要になることだけははっきりしている。

井元マネージャーは知らぬ人だが、昔2005年小惑星探査機「はやぶさ」を飛ばして小惑星イトカワに着陸してサンプルを持ち帰らせた時のプロジェクトマネージャは高校の後輩。当時幹事をしていた同期会で講演もしてもらった。「はやぶさ」だって多くのトラブルを乗り越えての成果の筈。以来JAXAの事業には関心も持ち、心の中で応援している。失敗ばかりで何も成功してない小生が言うのも変だが、「失敗に負けるな、頑張れ!!」

2024年11月26日火曜日

煩わしさ

 朝は少し寒かったが陽が昇るにつれ空気も温まり心地好い小春日和となった。今日だけらしいが、たとえ1日でも年寄りには有り難い。多くのご同輩は同じだと思うが、年末恒例の政府からの様々なアナウンス、来年以降の年金とか保険料など、我が生活にも関係すると思うが、報道に接する限り何だか難しくて理解不能。通知が郵送されてきたらざっと見るだけ。詳しく読めば読むほどもう煩わしいだけだ。殆どは引き落とし手配にしているので、普段出来るだけ考えないようにして、年末に確認すれば済むことだ。

生きていければ個人的には文句を言う筋合いはないものの、税金に関してアルバイト的に働く人の収入をもう少し増やすようにすれば、国家財政が数兆円逼迫するとのこと。すると地方財政が圧迫されるので困るとて、県知事会が反対してるらしい。すると政府は地方自治体への交付金も減額しないと言い始めた。何のことははない、その分また予算を増やすのだろうが、総体的には税金が増えるだけだろう。日本では総てがこの調子、バラマキをするだけして、穴埋めは皆先延ばし。子孫からどう思われるか考えたことは無いらしい。

最近はテレビ定時のニュースや報道番組なるジャンルなる番組も出来るだけ避けて、下らぬとされる歌謡番組にチャンネルを合わせることが多くなっている。snsがどうだとか何だか言われてもさっぱり分からないし、分かったところで何になるのだろう?自分とは関係ない世界のことであり、それで政治が動くとかなんとか、どうでもいいことだ。既に世界はこちらが知らない事が主になって回り始めていることでもあろう。

それはそれで仕方あるまい。新しいことを知らぬと損することが多いとされるが、だからどうだと言うのか?昨日は毎日のように変わる環境の変化に対応しなければならぬ、と知ったように書いたばかりだが、今日はここで開き直っている。燥と鬱が日替わりで来る終末老人になってしまった。

2024年11月25日月曜日

環境の変化

 誰しも長い人生には追い風を受けるような良い時期もあり、逆に向かい風にさらされる時期もあるだろう。今日はたまたま全国的に穏やかな小春日和が終日続くとされている。しかし明日からはまた荒れ模様らしい。外出が日課となっている小生には、今日のような日は有り難いが、明日のことはそれなりに考えなくてはならない。格好つけて言えば<治に居て乱を忘れず>に他ならない。

国家だって同じこと。日本が現在どんなポジションにあるかは、政府要人であればそれなりに感じてるだろうが、一昨日だったと思うが北朝鮮拉致被害者の全国集会で、大勢の参加者の前で石破首相が何時もの決まり文句で挨拶した後、同じ自民党代議士の古谷圭司氏が「互いに連絡事務所の設置を検討なんて、時間稼ぎだけで全く解決の効果はない」と断じたらしい。

石破首相にすれば、全力を尽くすと言った以上は具体策を何か言わなきゃならないと思ったのだろう。事務方から既に上がってきていたのかもしれぬが、確かに全力を尽くすには少し遠い話かもしれぬ。拉致被害者の会は横田早紀江さんが常々仰るようように、もう半世紀近く国家的課題となっている筈。であるのに国がどのような動きをしているかは下々には一切伝わってこない。それはいいとしても、首相には定期的に報告が上がっているのだろうか?いやむしろ首相が連絡事務所でも何でもいいから、外務省なりに指示を出しているのだろうか?

多分一昨日の会に出席するに際し、外務省に問い合わせぐらいはしてるだろうが、外務省側は何もしていないのが実態だろう。外国との問題は何をするにしても泥縄では何もできない。周到な準備が必要な筈。そのために外務省と言う役所がある。外務官僚は外国からの情報をキャッチする役目も大事だが、それを踏まえて国内でどんな対応が必要になるか、を提言できなくてはいけない。どうもそこが欠けているので、今回の古谷氏の発言になってしまったように感じられる。

昨日一旦閉幕したCOP29への対応、即ち地球環境問題への対応は全省庁にまたがる大問題。会議は一応閉幕したが火種が残るどころか、火に油が注がれた感じ。環境省だけで対応しきれる問題でないことは明らかだ。

2024年11月24日日曜日

軽度認知症

 日が暮れて道が遠いと思う人もいるだろうが、小生は極めてノー天気、楽天家で「日が暮れたら明日にすればよい」と思うことにしている。しかし今朝テレビをちょっと観ただけなので確かかどうか危ういが、何でも慶應大学病院の医師グループがアルツハイマー病の初期症状を簡単な三つの質問に答えさせるだけで判定できるそうだ。具体的には次の通り

(1)困っていることはあるか(2)楽しみはあるか(3)最近の気になるニュースは何かー

とのことで、このうち2問に<はい>と答えると、軽度認知症の疑いがあるとのこと。と言うことは小生も軽度認知症にあたるようだ。それは仕方ないが、心配性の人は多い。昨夜のリモート懇談に参加していた高校同期の友人にも一人極度に心配性が居て、地球の将来や世界の将来、特に気候温暖化による今世紀末頃の地球環境から果てはロシアとウクライナの戦争が未だまだ続きそうだとか様々な心配事を語ってくれていた。当然聞いているうちは<なるほどね。>と思ったりもしたが、間違いなく自分が青の世に行ってからのことである。

一旦は所帯を持ち家族を形成した以上は当たり前の心配事かもしれぬが、小生にはそう言った責任を感じる感覚が極めて希薄。「後は野となれ山となれ、ハイそれではさようならバイバイ」てなことだ。要するに慶應病院の医師が指摘するように、アルツハイマー病初期患者と言うか半ボケと言われる年寄りはお気楽なもの。特に昨夜は、何故か懇談の後入浴もせずすぐ眠ってしまい、就寝後一度も目覚めず5時間近く寝ることが出来た。因みに普段であれば精々3時間で一度は起きてトイレで用を足す。

昼間ネットの囲碁で3連敗を喫し認定級位が一ランク下がったのがよほど答えていたのかもしれぬ。これは数年先、或いは数十年先の地球の心配に比べれば些細の問題。地球の問題は睡眠薬代わりにはならぬだろうが、ネット囲碁のランクダウンは恰好の睡眠薬。頭の運動にどちらが有効かは定かでないが、個人的には前者が重要だったし、一晩の熟睡で気力が回復、今日も懲りずにネット碁を楽しんでいる。

2024年11月23日土曜日

スマホと人類

 ここ何年かは忘れたが、携帯電話とパソコン機能が一体化したスマホなるものが登場して以来人間の思考と生活様式が著しく変化してるように思う。歩行しながら利用するのは細長い携帯電話時代かも知らぬが、電車の中でスマホに見入る人、指先で操作している人、鏡代わりに見ながら化粧直しをする人兎に角はやり始める前に他界した人たちがあの世から見てびっくり仰天しているに違いない。

そうは言っても行動は個人の自由、他人が文句言うべきではないだろう。ただ自分が不器用なため<ながらXXX>が出来ないだけのことかもしれぬ。しかし首相の石破氏までが首脳会議の席上でスマホに見入っていたとは驚いたのも事実。報道でも大分非難の声が大きい。ペルーやブラジルまで行ってスマホでどんな情報が確認できるか知らぬ。推測するに日本から電話代わりに重要な案件が多数直接届いていたとは思う。

しかし石破氏の席まで挨拶に立ち寄ってくれた外国の首脳に対し座ったままでの握手。いくら重要案件のやり取り途中であろうとあまりに非礼、いや無礼かもしれぬ。故に首相の外交成果はガタ落ち、今朝の報道(確かテレビ朝日グッドモーニングだったと思う)では30点くらいと酷評されていた。

首脳同士が直接対面できる折角の機会、昨日のブログで40歳当時の大相撲北の富士関との出会いを書いたが、長い人生の中で対面での出会いは、それがたとえ数分であっても互いに大きな印象を交換するものだ。そこが分からぬほどであれば酷評されるのはやむを得ないだろう。小生もテレビで観ながらそう思った。特に印象に残っているのはスマホの一件ではないが、中国習近平主席との初対面での握手。相手の目も見ず、何故か仏頂面。あれはどう見ても頂けない。大分反省を要しそうだ。

2024年11月22日金曜日

アスリート二人

 昨日とはまるで異なる好天気、こちらの気分まで明るくなった。ニュースには特に明るいものは無いが、野球でアメリカで活躍している大谷翔平選手が今年もMVP(ナショナルリーグの最優秀選手賞)を獲得したとのこと。これまでに指名打者のみで獲得した選手がいないとのことだが、そりゃそうだろう。野球選手は攻守双方で技術を競うゲームだから、よほど並外れた成績でなければあり得ない筈。

もう彼は人並み外れ、規格外の人間と言うことになる。特に今年は信頼していた通訳に騙されて多額の資金が流失した件にもめげなかっただから大したものだ。これで彼は川上哲治選手、王貞治選手、松井秀喜選手、鈴木イチロー選手を凌ぐ伝説選手になるだろう。


伝説になるかどうかは保証できぬが、大相撲解説で人気のあった北の富士氏が亡くなったとのこと。満82歳と言うからほぼ同世代、こちらが40歳になったばかりの時、九重部屋の横綱千代の富士関の名代として来阪してもらい、わずか数分ではあるが言葉を交わした思い出がある。あたりが柔らかくとても後に横綱を何場所も勤め、部屋の親方に迄登り詰める人とは思いもよらなかった。日本相撲協会八角理事長が「兄弟子の千代の富士関と自身の横綱2人を育てた指導力にはあらためて敬意を示したい。」と報じられているが、これは故人に対する礼儀でだから良いのかもしれぬ。しかし少なくとも千代の富士関は北の富士関より前に横綱になっている。

八角理事長が本当にそう言ったかどうかは兎も角、報道は事実確認をしたうえで報道した方が良いかもしれぬ。そんなことは兎も角、あの和服姿は本当にダンディーそのもの。チビで短足の自分にはとても真似できぬが、ほれぼれするような男前だ。お相撲さんは兎に角酒を浴びるほど飲まなければならない人生。死因が脳梗塞と報じられているが、素晴らしく長い人生を過ごされたと思うご冥福を祈りたい。

2024年11月21日木曜日

あれもこれもはムリ

 知識と知恵と言いうことが言われる。どちらも不足がちな人生ではあるが、やはり知恵が無いことを痛感しながら生きている。他人を羨んでも仕方ないが、友人の話を聞いていても知識や知恵が豊富なことに驚くことが多い。その上どうも複雑な思考が苦手で、物事を単純に見すぎる傾向が強い。囲碁を毎日してるのでよく分かるが、これが己のバランスを崩す元のようだ。

二人で相対のゲームでさえそうなのだから、もっと複雑な社会問題、例えば昨日書いたばかりだが、財政政策なんか理解できる筈が無い。知識の少なさはもう取り返しがつかぬだろう。今の世の中覚える必要のあることが多すぎる。とっくに数字の羅列が一番苦手だ。携帯の番号だけは一応暗記できているが、自宅の電話は必要が無いので覚えないことにしている。暗証番号にパスワード何とかしくれだ。

ところが、寒さがきつかった昨日の朝、突然パソコンがダウン、電池が暫く生きていたのでいろいろやってみたが、回線が切れて暖房も止まってしまった。未だ昼前だったので明るさに不自由は無いが、先を思いやると当然不安。電気料金の領収書を引っ張り出して相談、どうやら復旧できた。しかしこれについても、暫くすると紙の領収書が無くなる筈。そうしたらどうなるだろうと不安が残る。

NHKは毎日「引っ越しの際のお手続きはスマホやパソコンが便利です」とCMを垂れ流すが、便利なうちは良いが、一旦停電にでもなったらどうすべきかは何も言わない。しかし、便利な物も一旦ダウンするととんでもないことになりかねない。誰もがパソコンやスマホのバックアップ方法に意を用いているとは限るまい。かく言う小生も最近のデータは全てGooleのクラウド頼り。金融機関の担当者くらいはメモ帳に残す必要がありそうだ。昔は10や20くらいはよく電話をする相手の番号を記憶できたが、今はそれもスマホ頼り。これも危険で、我がスマホの電話帳がどこから行ったらいいか分からず、苦労した。

兎に角一人暮らしは記憶すべき事が多すぎる。そのくせ何でもすぐに捨てるのも悪い癖。亡き妻はその危険を承知していたのだろう、実に多くの書類が残されていたものだ。それに対して記憶容量の乏しい頭脳で対抗する無理が見え始めている。

2024年11月20日水曜日

雑誌読書で心が寒い

今月発売の月刊文藝春秋12月号に興味深い記事があった。<経済オンチくらいがちょうどいい>一橋大学の教授陣内了のお話となっている。小生も自慢にはならないが、経済についてはオンチ同然であること度々書いている。少し嬉しくなって読み進めてみると、詳しくは発売中の雑誌なので書けないが、要するに、政府の政策としてできること即ち経済を活性化して庶民の暮らしを楽にするなんてことは不可能らしい。

アベノミクスとやらで異次元の政策を実行した政府日銀の関係者の罪が如何に大きいかと言う事らしい。それを是正すべく現在の日銀総裁植田氏も頑張ってはいるが、まだ相当日が暮れて道が遠そうだ。異次元での失敗の是正は正攻法に頼るしかないらしい。多くの人は、多分そんなことだろうと諦めているだろうが、支給される年金に文句をつけることが出来ぬ身としては何とも情けない限り。

東京は終日雨で冬の寒さが身に染みる。 

2024年11月19日火曜日

冬の到来

 今朝は東京も10℃を下回り本格的な寒さとなった。昨日はブログを考える暇もないほどバタバタしてしまい、真にお恥ずかしい限り。今日書きたいテーマはメディア関係にするか世相とするか迷いながら書き始めている。日本だけのことか世界的傾向化はよく分からないが、アメリカの来年トランプ政権誕生にしても日本の兵庫県知事選挙で一旦世間の世論で追放されたかに見えた斎藤氏の再選でも、既存大手メディアの世論形成力が大きな変化を見せ始めてるような気がしてならぬ。

幸い小生は、事の善悪の判断に関しては余り新聞やテレビを信じないように努力しているので今回の成り行きをそんなに心配はしていない。斎藤氏がそうだとは言わないが、昔から世間で極悪人とされた人間が後の世に名誉を回復した例は枚挙にいとまがない。子供時代には「徳川家康なんて奴は・・・」なんて耳にタコができるほど聞いた記憶があるし、足利尊氏も悪人だったと言う説も昔からある。日本皇室のことを思えば南北朝時代のことになれば、豊臣と徳川以上に好き嫌いが分かれるのはしかたあるまい。幸い現代日本の場合、大手メディアの好き嫌い傾向はどこも似たようなものだ。

朝日・毎日・東京(中日)系統と産経、それに立ち位置が少し解りにくい読売。何れにしても社風又は立ち位置が微妙に異なっていることは昔も今も大差無さそうだ。今はむしろ新聞よりテレビ放送。残念ながらラジオを聞かないのでこれがよく分からないが、テレビ放送局も元を質せばラジオ局だから系統毎に特色はあるかもしれない。従ってそのことは措くとして、問題はNHK。この性格が少し解りにくい。政府からもお金が入っているので、政府に逆らえない事情は理解するにしても、公益性を思えば、もう少し調査報道があって然るべきだ。

閑話休題:本当はこちらの方が身につまされる話だ。日刊ゲンダイからタイトルを借りる。「怒濤の増税ラッシュ」国民民主党が火をつけた103万円の壁問題。税金の話は複雑で庶民には縁遠い話とされているが、政府や政党の<税制調査会>議論に火が付き、マスコミが取り上げ始めている。話が1年前に遡るが、アメリカ政府の命令で岸田政権は防衛予算の大幅増額に踏み切った。5年がかりとの仕掛けも解りにくいが、お金が天から降って来るはずは無い。いろいろな増税案が一旦口か出たが、野党・マスコミの反発もあり一旦は引っ込められている。しかし来年度からこれがものの見事に復活しそうとのこと。財布のひもを締めようにももう後が無い我が暮らし。同様の人も多い筈。

2024年11月18日月曜日

忘れ物

 最近毎日のように忘れ物がある。歳のせいと思うようにしているが、困ったことだ。特に家の鍵を忘れて外出するのが一番に困りもの。泥ちゃんのように我が家にこそこそ忍び込む羽目に、何とも情けない。

2024年11月17日日曜日

日頃の楽しみ

 土曜の夜は高校同期生とのリモートミーティングがあるので、就寝が9時過ぎになってしまう。これがちょっと辛いが、付き合いも大事だし友人たちの話にも有益なことがあるのでやむを得ない。今朝もちょっと眠かったが日中は素晴らしい小春日和。防寒と言う言葉が数か月先のように感じる。しかし実際は明日から急に寒くなるらしい。

明日のことを案じても仕方ないし、できるだけ今日を楽しく愉快に過ごしたいものだ。昨日は日比谷のミッドタウンの4階にある東宝映画館のプレミアムシアター(最大のIMAXスクリーン)で「グラディエーターⅡ」を観てきた。お話は毎度お馴染みの古代活劇、昔で言えばカーク・ダグラス主演の「スパルタカス」以来何作品もある奴隷格闘剣士の物語。筋書きは似たり寄ったりだが、画面の大きさと音響効果が格段に向上しているので迫力満点で本当に面白かった。通常2千円の入場料がシニアは1300円、これも有り難い。

個人的な話になるが、子供時代からのチャンバラ映画好き。ところが結婚すると家内は映画のどこが面白いか分からないと、映画を一緒に観たのは1回だけ。以来「映画に行くなら一人で行ってね。」と申し渡されているし、言われなくても横に知り合いがいては落ち着いて鑑賞できない。ただ最近のロードショウは前置きが長いのが気になる。前立腺がん闘病当時は昨日の映画だったら途中でトイレに行かざるを得なかったと思う。

帰りしな、同じ建屋に入っているベトナム料理店で昼夜の兼食。食後のココナツミルクが美味かった。

2024年11月16日土曜日

鬼が笑うかな

 信州上高地から来年のカレンダーが届いた。もう何年もご無沙汰してるし、今後行ける可能性が低いのにご丁寧なことで感謝の気持ちをもって拝受した。上高地に着いた時のワクワク感が懐かしい。上高地は観光気分の登山者が少なく自然が維持されているので孫たちも一度は行ってほしい。志賀高原とは全く異なる雄大な景色と澄んだ空気、水の流れが待っている。

アメリカの政権が来年早々代わることが決まったので、アメリカの世情は何かと騒然としていることだろう。ヨーロッパではドイツがそうらしい。イギリスもフランスも既に政権は代わった。日本もそろそろ代わる可能性が出てきたのかもしれぬ。来年から世界地図がある意味大きく塗り替わるのかもしれぬ。日本はアメリカのような政治色による社会の分断は大きくない。しかし貧富の格差が30年か40年前の現役時代に思っていた以上に拡がっているのが少し気になる。

子供たち世代はどうやら無事育ってくれたが、問題は孫たち。3人いるが、まだ誰も結婚していない。生きて孫たちの結婚式に出席もしたいが、少し高望みかもしれぬ。我が兄弟は5人だが、誰の婚礼にも祖父母の出席はなかったと思う。こんな思いが浮かぶのも歳のせいだ。そんなことより現代社会で気になっていることがある。

報道の問題、特にロシアとウクライナの紛争。戦争の経験が無いので実相のイメージが湧かないこと。アメリカのトランプ新大統領と現大統領との意見の差が大きすぎる。トランプ氏は就任24時間以内に戦争を止めさせると豪語するが、バイデン現大統領はウクライナ支援に懸命。むしろ継続を望んでいる風情。もっと複雑なのがイスラエルが引き起こしている中東問題。トランプ氏が平和主義であってほしいが、ことイスラエルとなると前々から肩入れしてきた立場だし、家族にはイスラエル系もいるみたいだ。どんな和平案を考えているのだろう?

トランプ氏はウクライナに大統領を降ろして親米政権を立てたいようだが、肝心のゼレンスキーウクライナ大統領は「そんなことをしたら、我が国は2、3か月で原爆を作る」と豪語。毎日の戦闘状況なんか聞いても仕方ないのでその辺の事情を聴きたいものだ。

2024年11月15日金曜日

若さて?

 昨夜寝しなにふと考えた。もうだいぶ歳を経て若さが失われかけている。しかし若さとは一体どういうことか?改めて考えても良いだろう、てなことで流行りのAIに訊いてみた。回答は沢山あるが、物理的には生まれた時から大人になるまでの間、これが若さの象徴とも言えるらしい。と言うことは十分大人になり切っていない小生は若いのかな笑。俚諺の紹介も幾つかあった。曰く「若いうちは百人力、若木は風にそよぐ、若いうちの苦労は買ってでもせよ、年はとりたくないが、若くもなりたくない」何れも尤もで面白い。

他にもう一つ、昨日覚えたばかりの言葉「シンギュラリティー」知っている人は少ないだろう。近頃は辞書を引くよりパソコンで検索すると即座に回答が表示される。そこには「シンギュラリティの日本語訳は「技術的特異点」。AI が進化していく過程で、いずれ人間の知性を超える転換点が到来するのではないかと言われています。この転換点のことをシンギュラリティと呼んでいるのです。」と書かれている。到来時期はたしか2045年と書かれていたと思う。

105歳まで生き延びればAIが人知を上回る世界を見ることになるとのことだが、そんな世界は見たくもない。そんなことより健康第一、せめて今日明日、出来れば来月、もっと欲を言えば来年くらいまで認知症にならず元気でいたいものだ。月刊文藝春秋12月号に「五つの臓器のアンチエイジング」なる記事があって興味深く読んだ。トップに挙げられているのが膵臓、続いて心臓、肺、大腸・小腸、、腎臓だった。

いろいろなアドバイスが書かれているが、どの臓器も余り自信が持てない。適度な運動をしながら、時々は美味いものを食い、ゆっくり寝るしかないだろう。神様仏様が「せめて○○歳まで」と相談に乗ってくれれば有り難いが、そうはいかないところがこの世の辛さだ。

2024年11月14日木曜日

短気は損気

 人それぞれに気質・気性の違いがあるのは当然で、ひょっとすると職業や国柄にも違いがあるかもしれない。最近悪い癖である短気、短腹にやっと気づく機会が多くなっているので、少しでも改善しようと心掛けている。一般には歳をとるほど気が短くなるとされるようだが、年寄りはただでさえ若い人たちから見れば嘲笑の対象。よほど気を付けないともっと馬鹿にされても仕方ない。

特に気を遣うのは電車の乗り降り、電車の乗車時間なんて小生の場合どんなに長くても精々30分前後、他人の前に割り込んでまで席を確保する必要は無い。1歩譲って「ありがとう」と言葉を掛けられる方が余ほど長生きに繋がると思うようになってきた。電車の中で見ていると、中には電車は立って乗車するものと決めてる風情の若い人を見かけることも多い。概ね分別がついてきた中学生か高校生。その分別の弁えが小学生児童に見られないのが少し残念。小学校先生たちの指導を期待したいが、報道によれば、教職員の過重労働と安月給でそこまで知恵が回らないのかもしれぬ。

先の大戦が終わり新憲法下の新しい教育制度6334年制度が施行されて、小学1年生時代から新制度下で教育されてきたので、学校教育の修身とか道徳は一切受けていない。家庭や社会には未だ戦前戦中の教育勅語の影響が色濃く残る空気もあったので、その影響も多少は有ろう。言い訳的に言うなら公共公徳の概念が極めて薄い年代だと思う。何でも自己中心的なところが多いのかもしれぬで、今更ではあるが注意せねばと思い始めている。

世界では来年1月から政権が代わりトランプ第2期政権になる。アメリカは元々アメリカインディアンが多く居住していた国家だった筈。そこに欧州からの移民が入り込み先住民を排除して新しい国を立ち上げた珍しい国だ。広大な土地を有し人口密度は我が国とは比べるまでもなく低い。兎に角、未だ建国やっと300年そこそこ、奴隷制度も無くし、農業や工業もそれなりに発展して世界を席巻する国になったが、未だ労働者は足りない。当然の結果、未だに多くの移住者が殺到。中には不法入国者も居て、これを重宝していた向きもあったようだ。しかし今度の新政権は不法移住者を厳格に取り締まる方針を示している。誰しも喉元過ぎれば自分を忘れてしまう。

移民が立ち上げた国家アメリカ人気質は解らないが、今後の成り行きは注意が必要だろう。

2024年11月13日水曜日

幼馴染

小春日和で暖房要らずの気持ちの良い天気が続いている。3日も続くと気分が大分すっきりするものだ。何だか寿命が少し長くなるような気さえする今日この頃。今日は幼馴染から久しぶりの電話。昼飯でも食おうとのこと。有り難く受けて皇居近くまで足を運んだ。小さいころからの付き合いなのでもうこれと言ったネタは何も無いが、互いの元気を確認するだけでも意味がある。今年は夏が暑すぎたので、何回か電話は貰っていたが「もう少し暑さが落ち着くまでは」と延び延びになっていたところ、朝急に電話が来て「今日の昼に会おう。」となった。

こちらは勿論何も用が無い自由気ままな暮らしだから、喜んでご馳走になることにした。会ってみると心配したほどのこともなく、少し痩せたことと声の張りがやはり少々薄れたか程度のこと。2時間半以上かけて旧交を暖めることが出来た。今日の話題の中心は福沢諭吉翁のこと。何でもいつ買ったか記憶が無いのに書棚に「福翁自伝」があるのを発見、彼は慶應の出身ではないが、兄弟も慶應出身が多いし、小生のことも思い出して読んだとのこと。小生は読んだことが無いので福翁の立志伝を詳しく聞きほれた。

昔から彼に優れた点は何も無いので、こちらから自慢できる話は殆ど無いが、たまたま何かの拍子で富士山に外国人が無茶な登山をする話から、富士登山の経験を話すことになった。もう半分以上忘れている話なので、スマホを取り出して写真を見ながらたった1度の経験を話したら喜んで聞いてくれた。彼は富士山の経験は無いようで「あれは見る山で登る山ではない」との正直な思いに大きく頷いてくれたものだ。

互いに昔よく一緒したゴルフ、それも今年<日本オープン選手権>会場となった東京ゴルフ倶楽部での思い出話など2時間半はあっという間に過ぎた。別れしな方向が違うのに途中まで一緒に来て「じゃぁな。」と握った手の温もりがまだ残っている気がする。 

2024年11月12日火曜日

雑感

 朝は少し寒くても陽が上がるととても冬とは思えない暖かさだ。アメリカの民主党政権の惨敗と日本の自公政権衆議院過半数割れで、来年にかけて国内外の政治が大きく動く予感を誰もが感じてるだろう。内向きでは取り敢えず7月の参議院選挙。ここで野党がどのくらい頑張れるかが最初の試金石。こちらも未だ投票くらいは出来そうだと自惚れているところだ。

しかし地球上で生命の営みをしているからには、少し真面目に考える必要もある。日本が少子化の道を辿っているのは仕方ないにしても、アメリカの次期大統領が言うように経済を優先して環境問題を環境問題を置き去りにすることは正しいのだろうか?このブログでも何度か書いてきたが、日本も原発の汚染水を海洋投棄しているが、これも一種の環境破壊行為だ。人類にとっては空中も海洋も国境が無い大切な自然環境。個人の家庭だけ小綺麗にしていれば良いとはいかない。しかし数年前まで山でマーキングと称して何度も糞尿を置き去りにしてきた。同行していた娘から何度も注意を受けているから大きなことは言えない。

国民民主党代表玉木雄一郎氏の問題も何か書きたいが、不倫か買春かもはっきりしてないから何も書けない。解ったとしてもやはり書けないだろう。政治家のこの手のスキャンダル上げだしたら切りが無くなる。マスコミもその辺は重々認識すべきだ。今日は本当に秋のお散歩日和、なのにどういう風の吹きまわしか帰宅したら歩行数が僅か8300歩、昼飯が飯田橋の喫茶店で、帰りに文藝春秋12月号を買ったからだ。しかしパラパラと読み始めたが面白そうな記事はそう多くない。

巻末近くに掲載された囲碁棋士若手のホープ一力遼氏が、囲碁人口が減って日本棋士が世界棋戦で弱くなっていることと経済の弱体化傾向が似てると指摘していた。どちらも1980年代がピークだったそうで、この記事が興味深い。因みにピーク時の囲碁人口は1千万人強、現在は130万人とのこと。

2024年11月11日月曜日

言行一致の難しさ

 今日から国会が始まるが、大相撲九州場所も始まった。今場所も解説の北の富士親方は登場できないとのこと。リモート出演も難しいようだから身体の調子が相当悪いのだろうと心配している。親方とは大体似たような年齢だと思うが、40歳の頃直接会って会話したことがある。石破氏流に言えば明るく気さくで優しい人柄だった。当時親方は九重部屋の広報担当兼横綱千代の富士の代行のような存在だった。たまたま広告会社の大坂支社長で、クライアントの1社が千代の富士をコマーシャルタレントに起用契約したことから縁が生じた。

クライアント企業の記念行事に千代の富士関の出席を要請したが、不調となり尚親方もダメと言うことで北の富士関が代理で来阪してくれたことがあった。相撲界は一般芸能人とは少し異なるが何事も「ごっつあんです」の特殊世界と思っていたが、当時大関だったかと思うが親方は極めて一般人と同じ感覚で話が出来たような記憶がある。もう一人の人気解説者の元小結の舞の海氏は年齢も未だ56歳とかで若いので、もう暫くは視聴者を楽しませてくれそうだ。今場所から北の富士に代わって専属解説者に琴風氏が加わって現役親方衆と一緒に解説をしていくとのこと。念のため

相撲界も芸能界もある意味では政界も同じで、内側には外側からは伺い出来ない特殊な事情が多くあるだろう。しかし接点を固く守りたければ外側に対しての約束事だけはきちんと守り実行することが大事だ。今の政権はこれが守れなかった。ルールを守ると言いながらこれを守らず、多くの嘘を積み重ねた。当初内閣を編成した時に国民の声を聞くようなことを言いながら、すぐに解散に打って出たことから始まり、裏金議員への取り扱い。特にはっきりしない選挙資金の配分等を国民がどう感じるかに想像が及ばないのだろうか?

首相自身の発言が、アメリカが急に怖くなったかどうかだが猫の目ごとくクルクル変わる。内向きの理屈と外向きの見解に差異があるのは当たり前かもしれぬ。偉い人は特にだ。故に公開される発言はより慎重でないと本人だって困る筈。そこを弁えない人物は特殊な世界に在ってもよく思われない。だから偉い人たちは官房長官とか発言の代行者を置くのだろう。石破首相の場合、何でも自分でしたがる傾向があるようだが、こんな言行不一致で、は、国民に信を問うと言っても無理だろう。

2024年11月10日日曜日

国事軽重の判断

 国の会計年度では未だ5か月近く残っているが、今年度は政治的に可なり激動の年となったことは明らかだ。来年も参議院議員選挙が行われることが決まっているが、先の衆議院議員選挙の流れがどうなるか、ある意味相当な見ものとも言える。自公政権にとっては正念場だ。今年は政治と金の問題が自民党だけでなく、公明党にも大きなダメージを与えたが、一国民として言えば十分だったとは言い難い。与党も当然承知して今頃になって「国民の皆様に十分にご納得いただけたかどうか」なんて言い始めている。

明日から特別国会が召集されるが、会期すら我が耳には聞こえてこない。聞こえてくるのは首相の外遊日程、今週末から南米ペルー(APEC首脳会議)とブラジル(G20首脳会議)への出席と、序にアメリカに立ち寄りトランプ次期大統領に面会が可能かなんて話ばかりだ。国際会議も重要かもしれぬが、それぞれの重要アジェンダは知らない。どうせ外務省の役人が脚本を用意するのだろうが、国内情勢が多事多難であるのだから、信頼暑い岩谷外務大臣にでも代理で行ってもらってはどうだろうか。どう見ても石破氏は理屈が多いだけに外交には不向きな人材とも言える。

ペルーの会議が15日からだから、明日召集される国会は長くても3日か4日。与党側は予算委員長を野党に譲ってまで首相の外交日程を優先したようだが、如何に国際化の時代とは言え、事の軽重の判断が違っているように思えてならない。

2024年11月9日土曜日

三度の飯

立冬はもう過ぎたが、テレビで観る富士山は未だに冠雪が確認できない。安物テレビと視力の衰えの双方だろう。今年は初冠雪が例年より1か月も遅かったとのこと。かと思えば台風もどきの大雨被害が未だ続いている。やはり異常気象が標準化しつつあるのかもしれぬ。来年1月大統領になるアメリカのトランプ氏は「そんなこと気にせず地下資源を掘って掘って掘りまくれ。」なんて言ってる、面白い人物だが欧州の環境派からの非難声明は未だ聞こえてこない。こちらも原子力発電で発生した汚染水を海洋投棄している国の国民だから余り偉そうなことは言えない。

昨日今日の朝方は東京も大分冷え込んできたので難しいことを考えずに食事のことでも書くことにしたい。未だ40歳台で広告会社の媒体担当として雑誌社に出入りしていた時のことだ。ある雑誌社の広告担当課長から昼飯をごちそうになった際に聞いた言葉が忘れられない。「あと何年生きるか分からないが、毎日の食事くらいは美味いものを食いたいね。」昔のサラリーマンは皆さん一生懸命仕事をしていたので、老後の楽しみには余り想像が及ばなかったようだ。

しかしこの課長さんの言葉、即ち理想はある意味で的を射てるような気がする。美味いものについては個人差があるだろうが、個人的に一番にくるのが出来立ての料理。最近は電子レンジがあるので冷や飯を食う必要が無い家が殆どだろうが、炊きあがりで一粒一粒が立っている白米飯は言うに言われぬ魅力を感じる。新鮮な生野菜も良いだろうが、個人的にはやはり温野菜の方が好みだ。

正式決定は来月になるとのことだが、数日前「麹を使って日本酒や焼酎などを造る日本の伝統的酒造りが、ユネスコの無形文化遺産に登録」が報道された。どこの国にも発酵食品はあるし、主食を利用する国も多いが、日本の?食品は確かに無形文化財で、調味料の味噌や醤油は日常的に愛用する家庭が多いだろう。これが健康にも大いに役立ち、日本人の長寿にも繋がっているとすれば結構なことではないか。

問題は消費量の問題、何事も過ぎたるは・・・・で、美味いからと言って飲みすぎたり食い過ぎがいけないのは当然のことだ。 

2024年11月8日金曜日

読後感「記者と官僚」佐藤優・西村陽一 著

 昔から新聞記者にも官僚にも多少の縁があるが、その生活の一端を覗いた経験はあっても実態は正直今でも解りにくいので興味津々である。書き手の佐藤氏は元外務官僚で詳細は記憶していないが、鈴木宗男氏に絡んだ事件で特捜部に逮捕され、1年以上に及ぶ拘留経験を経て自伝的小説「国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて」を発表、今では著名な文筆家・評論家とも言える。一方の西村氏については佐藤氏と年齢的にも近く、佐藤氏がモスクワ大使館勤務時代に知り合って、以来佐藤氏が逮捕された後、娑婆に出てからも付き合いを続けている数少ない新聞記者3人の一人とのこと。

その西村氏は現在は朝日新聞常務取締役 編集担当であるが、入社当初長野支局に居たこともあるようで、ここで日航機が御巣鷹山に墜落した時にいち早く現場に駆け付けた経験を書いている。その後の記者生活を通じて現場重視の重要性は今でも変わらず、佐藤氏も全く同感だと言っている。その後政治部に配属されたのだろう。若い時にモスクワ支局配属され、ロシアは10年ほど滞在したようだ。のちアメリカ総局長や政治部長職も歴任しているので、恐らくは世界各地を取材で駆け回り、各国要人の取材も多く佐藤氏の知り合いも多い。最近10年くらいはザ・ハフィントン・ポスト・ジャパン代表取締役も兼ねているので、国際感覚だけでなくデジタルメディアに関する知見も相当なものだ。

佐藤氏と西村氏が知り合ったのがロシアなので、ロシアについての対談はそれなりに興味深く読んだ。しかし二人の生きた道はかなり異なる部分を含んでいる。佐藤氏は官僚出身でもあるので国益と言うものに凄く拘るところがあり、西村氏には真実の追求に関する拘りがあるのは当然だろう。小生にしても同じ気持ちはあるが、事実と真実は解りにくいものだ。知りえた情報の検証の必要など官僚であっても、記者であっても共通するところは多い。しかし外務省の場合は内部文書の全てがマル秘扱いになっていること。後の検証に関して現在のデジタル化が与える影響などについては考えさせられる発言も多かった。

特に記者の原稿や官僚の国会答弁用原稿書きについても共通するAI利用の是非、イーロン・マスク氏に関する評価等々。最も印象に残ったのは誤った情報による悲惨な結末。典型は国家が戦争で破壊されたイラクの例。破壊した側の責任は誰が取ったのだろう?一ボケ老人が理解するには少し難しいところもあるが、有益な読みものだったと思う。

2024年11月7日木曜日

番狂わせ

 最近は過大な夢と希望は抱かないようにしている。それにしても昨夕からのアメリカ大統領選の結果をテレビで観ていて思ったのは、敗れた民主党副大統領カマラ・ハリス氏ではないが民主主義の儚さだ。小生は1940年の生まれなので日本が軍国主義で覆われていたさなかに生まれ、小学校入学直前に新憲法が施行されて民主主義なる空気を吸いながらずっと今日まで生きてきた。

この社会の空気と言うか考え方は、地球上に生きる多くの動物の中で人類だけが思いついたもので、有り難いものかもしれぬと思ったりしていたし、今でもそうは思っている。しかしこの考えも突き詰めると影か蜃気楼のように儚く脆いものでもあるようだ。カマラ・ハリス氏がどう思っていたか知らぬが、彼女は今年の2月突然大統領候補になった時からずっとこの有り難さを唱え続けてきた。そして政敵であるトランプ氏は民主主義を信奉しない異端者と位置づけ非難を繰り返してきたものだ。

トランプ氏の最大の経文・お呪いは「MAGA」(メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン)だから、世界的観点からすれば民主主義からはかけ離れているのは確か。しかしトランプ氏にしてみれば3億人を超す全国民に対しては、カマラ・ハリス氏と同様に皆等しくハッピーにとの思いだろう。選挙結果を受けての勝因と敗因の分析は既に溢れかえっているので、ここでどれを紹介してもあまり意味が無いように思う。アメリカ人の約半分の人たちがこの選挙結果を喜び、残りの人たちががっかりしている。ハリス氏の今日の演説「希望を捨てずに頑張りましょう」に頷いた人もいれば、嘆くばかりの人もいるに違いない。

兎に角、選挙結果を受けて来年1月20日からはアメリカで新政権が動き出す。世界中の政府関係者は国益を損じないためにどう対処するか頭が痛いところだろう。既に新トランプ政権の顔ぶれが取沙汰されているが、副大統領のバンス氏、選挙期間中からトランプ氏が重用を言っていたイーロン・マスク氏、ロバート・ケネディ・ジュニア氏なんて人たちは日本外務省でも対応の仕方が分からず、情報集めに大わらわに違いない。

何と言っても問題はマスコミ予想が大きく外れた今回の選挙、マスコミの問題が大きく浮き上がってきた感じがする。

2024年11月6日水曜日

変化のスピード

 富士山の初冠雪情報はまだ来ないが、東京も大分秋らしくなってきた。誕生以来7回目の辰年ももうすぐ終わるとは早いものだ。今年は個人的には比較的平穏であったと思うが、社会的に見れば国内外共に結構激しい年だった。日本だけでなく政権が変わってしまった国もあるし、アメリカも現在大統領選挙中だから年が明ければ政権が代わることになる。政党的には現在と同じ民主党であっても、大統領職に着くのが前の副大統領、男性から女性、年齢も大分異なれば考えもスタッフも大幅に変わるだろう。

そしてそれが日本の政治に齎すものも変化して当然、どうなることやら期して待つしかない。できれば駐日大使が交代してほしいものだ。今年日本では地震の影響で国土が大きく壊され、市民生活や産業に大きな影響を被った。海外ではよくある山火事に加えて大きな水害が発生した。大きな被害が出たのはアジアではバングラデシュ、欧州ではスペインのセビリア地方アメリカではノースカロライナ州のニュースが印象に残っている。一般的には何れも気候変動の影響とされているが、原因はもっと複雑かもしれぬ。

ともあれ、世の中のあらゆる事象が目まぐるしく変化するので、変化に対応して生活を変えていくのが大変と言うか煩わしい。できるだけ変える必要が無いことは変えずにいたいが、そうもいかないことが多々出現してくる。特に公的機関との関係で切手を買い替えなくてはとか、保険証はどうだとか、つまらぬことが多い。

個人的に何時も<何故こんなつまらぬことを?>と不思議に思うがポイント制度なる代物。金銭に等しい価値を持つと言われるが、使い方が理解できないので使用できない。今使用しているスマホは、購入当初お財布機能が無かったので、ポイントをダウンロード出来ないと言われた。そこで購入したAUショップまで行ってお財布機能使用可能状態にしてもらったが、結局お財布機能を使いこなせず未だにポイントは1度も使用した記憶が無い。いわば古いテレホンカードと同じこと。

新品のテレホンカードを何枚持っていようと、公衆電話を使用する機会は既に永遠に失われている。マイナンバーカードはある意味実印代わりになるのだろうが、どうもこれについても使い方がよく理解できていないようだ。ま、いつの時代も便利さは進歩するが、年寄りはついて行けずオロオロするとしたものだろう。

2024年11月5日火曜日

利害調整

 いつの時代も人間社会は複雑で、生存者にしてみると先行きの見極めなどはとても難しいような気がする。それでも最近の科学進歩で天気予想は的中率が高くなっているが、これとても、例えば台風の被害予想や地震の発生予想までは残念ながらとても及ばない。しかし考えれば医学の進歩で人類は増え続けている。これを生物学者がどう評価する知らぬが、医学の進歩だけではないかもしれぬ。個人的に考えても、生を受けて80有余年、現在は幼いころには想像すら出来なかった豊かな暮らしの中にいる。


一方、欲も限りない。まだまだ肉体的には若さを保ちたい、暮らしもこうなりたいなんて毎日のように思う。その上社会的にはこうなって欲しいとか欲張ったことも思いながら毎日の行動を決めている。しかし社会の変化だけはそうは簡単にいかない。日頃マスコミなどを通じて知る情報を根拠に、選挙で投票権を行使するだけのこと。個人的なことについてはある程度の試行錯誤は出来ても、社会は大勢の人が関わること。家族一つとっても自分の考えが全員に支持されるとは限るまい。その社会が村や町を超えて拡がっていけばもうどうにもならない。大勢の人の利害を調整するにはそれなりの知恵や権力も必要だろう。

特に経済問題はお金を巡る問題なので、正解を得るのは相当な知恵者でも困難らしい。このことについては素人がどのように言っても大多数の賛同を得ることは出来ぬだろう。それは当たり前で、国民民主党代表玉木雄一郎氏のように誰もが認める秀才、又は経済の専門家であっても同じこと。国民全体にとって矛盾が生じない経済政策なんかあり得ないことは一番よく理解されている筈だ。それを承知で提案している103万円の壁乗り越え戦略。窮地に陥ってる自民党にも玉木氏と同期、同じキャリアの知恵者木原誠二氏が遂に表に出てきた。彼は頭が良すぎて岸田氏の補佐官時代に、週刊文春で私生活を徹底的に叩かれていたので表に出ることを慎んでいたようだ。

しかし、ほぼ同じキャリアの玉木氏にここまで強気に出られると、もう引っ込めていられないと言うことになったのだろう。幸か不幸か石破首相の子飼いと言える人物は殆ど無きに等しい。今度の総裁選で杖とも柱とも頼った外務大臣に据えた岩谷毅氏でさえ元は他派閥。これからの1年くらいは、国内政治の混乱はさて措き、誰が舵を握っていつか知らぬが、利害調整の舵取りが難しそうだ。

2024年11月4日月曜日

図書館 考

 今日も秋晴れの快晴、高校を卒業して初めて上京した時は、長野に比べると周囲に山は見えないし、人混みだけが多く空気が濁っている感じだった。しかし長年で住み慣れたのかもしれぬが、それ程環境が悪いとは思わなくなった。東京の良いところはいろいろあるが、その一つに図書館の充実がある。大きなところでは地下鉄で行かねばならぬが、永田町にある国立国会図書館。もう最近は年に数回しか行かなくなったが、ここだけは地方都市の人には想像がつかぬだろう。

日本は歴史をぞんざいに扱う傾向ががあるので、優れた歴史学者が出現しないように思う。海外の事情はよく理解できていないが、ヨーロッパの図書館に保存されている古書は現代人でも比較的読みやすいのではと勝手に想像している。言語に経年変化が生じるのはどこでも同じだろうが、日本の場合は江戸時代までは全て毛筆文書で、硬筆文書が存在しなかったことが大きい。先日もテレビで初めて知って感心もし、驚いたことがある。

1600年代の外交関係のことで、家康にアプローチしたオランダとスペインののこと。秀吉亡き後の大阪を落とそうと思い悩んでいた家康に両国が日本が当時大量の銀を産出していることに着目、共同開発権を得ようと猛烈に攻勢したらしい。どちらが権利を得たか忘れたが、多分オランダかもしれぬ。兎に角500メートルの距離から発射可能な特性の大砲(今で言えば長距離ミサイルのようなものだろう)を献上することで開発権を取得したとのこと。

結果、家康が天下を取るがその後日談である。家康は家中の武士たちも傭兵として彼らに積極的に与えた(貸出かな?)とのこと。彼らが彼の国の南洋植民地開発、即ち侵略に駆り出されて大活躍したことがあちらの公文書館に実名(○○介とか、△△兵衛で苗字が無いから上級武士でなかった可能性が大)賃金入りで克明に記録されているのだ。今風に置き換えれば北朝鮮兵士がロシアに駆り出されているようなことだろう。

外国の公文書館で保存されている文書は言うまでもなく手書きではあるが、全て硬筆。この違いは大きい。西洋は使用されている言語が少し古くても、多分アルファベット。日本でも数は少なくても江戸幕府の公式文書はあるだろうが全て毛筆でほとんど漢字、ミミズが這いずり回った体で、○○にて候では解読できる人は千人万人に一人と言うことになる。

2024年11月3日日曜日

快晴の特異日

 昨日は天気は悪いし、つまらぬ事件が重なってしまい一日中気分が優れなかった。夜は恒例の同期生とのリモート懇談。先週は無かったので今夜は久しぶりで愉快な話でも聞ければと願っていたが、このミーティングも何故か愉快な話が出てこない。先週の総選挙で自公政権が散々の目にあわされたのだから、皆して「ザマー見ろ」と喜ぶべきだと思って期待したが、何故か諸氏は不満だらけ。何れにしても自公政権は続くし、野党分裂状態はいつか切り崩されてしまうだろう。野党の要求なんかに応じていれば、日本の国力は落ちる一方ではないか。てな話ばかりで年寄りの繰り言が続いた。

確かに先のことはどうなるか分からないし、混乱が年を越して長引くことは誰が考えても同じこと。先のことは兎も角として、直近のことを喜べばいいのにと思うが、何故か皆さん先を心配して、素直に喜べない風情の話が延々と続いた。全員来年の今頃まで生きているかどうかも分からないお年なのに余計な心配はよしましょうよだ。

9時近くなって友人からメールが来たので「お先に失礼」と言うと、一人の友人から「一寸待って」と声を掛けられた。彼は何時も解散間際に思いついたように声をかけてくる。昨日も何事ならんと応じると「君はこんな早くから眠れるのかね?」昨日の中座理由は別だったが、小生眠ることだけは特技のようなもので、8時を過ぎればいつでも深い眠りにつくことが出来る。

今朝も一晩寝たら昨日のことは全部脳裏から払拭。朝から秋晴れの快晴、11月3日は快晴の特異日とのこと。すっかり気分が良くなってしまった。年寄りだから腹の底から笑いたくなるような愉快なことは少ないとも無いとも言えるが、それにしても何か良いことがありそうに思うだけも有り難い。同期生の皆さんでなくても同じ疑問を持たれると思うので、今日は秘密を明かしたい。これも朝から気分が良いせいに他ならぬ。簡単に言えば「規則正しく、快食、快眠、快便、1万歩、不愉快なことはしない」が原則。先に書いたように愉快なことはざらには無くても、不愉快なことを避たり忘れたりしていれば、自然に現れるとしたものだ。本当に昔の人は上手いことを仰っている。即ち「禍福は糾える縄の如し」である。

2024年11月2日土曜日

異常な日

 世の中毎日が明るく楽しければこれに越すものはないが、そううまくいかないのが世の中らしい。どうも今日はそのうまくいかない日の典型のようで、朝からあまりパッとしないことが続いてしまった。昨日面白そうな本を見つけて買ってきたばかりなのに読書も進まず、日暮れが近づいてしまった。少し頭を切り替える必要がありそうなので、今日はブログ書きもここでやめて、雨模様ではあるけど少し外を歩くことにする。

2024年11月1日金曜日

大掃除

 明日からまた天気が悪くなりそうだが、少なくとも昨日と今日1日は秋晴れが持ちそうでホッとした気分。昨日は神無月の晦日。久しぶりに一日がかりで家の周辺を大掃除。蛆が湧くほどではないと言っても所詮男やもめのことだ。特に猫の額ほどの庭の汚れが気になっていたので何時も依頼している群馬県高崎の植木屋さんに来てもらって刈り込みをしてもらった。前回は4月29日に来てもらった。その時の助手は息子さんだけだったように思うが、今回は新人が一人増えて3人になっていた。

クレーンを積んだ大型ではないが小型とは言えないトラックで高崎から池袋往復の交通費だけでも馬鹿にならないだろうと思いながら、料金は聞かずに前回と同じ金額(3万円也)を親父さんに手渡して「宜しくね」で済ませてしまった。他にも玄関のインターホンが鳴らなくなってしまったので、これもいつも依頼する畳屋さんの息子さん(建築士)と前の晩から相談していて、充電バッテリーの調子を調べてもらっていた。子機の充電はなんとかなったようだが、玄関先に取り付けている本機の電池交換の必要があったようで、単3電池6本(亡き家内の置き土産)を交換してもらった。こっちは「これ煙草銭」と2千円渡しておしまい。造園業の小父さんにしても畳屋さんのお兄さんも、腹の中ではこちらをケチな奴だと思っているかもしれぬが、快く仕事をしてくれたので感謝感激だ。

子供時代の秋の大掃除を思うと、畳を上げて庭で叩いたり布団を庭や縁側で干したりと大騒ぎだったが、現在は他人任せで大部分が終了、暢気なものだ。本当はせめて室内のクロス張りの床や網戸なんかは自分で雑巾がけをしたり洗ったりすれば可愛げがあると思うが、それは全て省略。近所のお宅に置かれている自家用車を見るたび思うのは、どうすれば自家用車をいつもあんなに綺麗にしておけるのだろう?と不思議でならない。最近は給油施設に自動洗車装置が併設されてるせいだろうかもしれぬが、コストが結構かかるのではと余計な心配もしたくなる。

兎に角普段から持ち物を少なくすることに気を付けていれば掃除が楽になることだけは間違いない。それにしても築60年を楽に超える我が住まい。近くで木造と一目で判別できるのは我が家のみ。小生他界する日まで無事であってほしいものだ。