2021年6月30日水曜日

悩み

 梅雨時だから仕方ないだろうが、何だがパットしない日常でもう半年が終わろうとしている。残る半年も余り嬉しいことが起こりそうもない。この2年間は大変な厄年だったと諦めるしか無さそうだ。しかし考えてみれば、これまでの人生が両親の世代と比べて余りに恵まれすぎていたのかもしれぬ。巣篭もり2年と言っても門前に竹矢来を組んで閉門蟄居してるわけでもなく、外出気ままで美味いものを食い漁ってるのが現実じゃないか。

単に友人知人との会話が少なくなっただけのことだ。親父は戦争でバリ島まで駆り出され、挙句の果ては捕虜収容所で2年の歳月を送った。その間母は4人の男の子を育てながら畑仕事のため、便所の汲取口から糞尿を救って畑に撒いていた姿を思い出す。そんな時でも子供の俺はノーテンキに遊び回り、今でも気ままなブログなんか書いて過ごせるのだから、これ以上を望めば罰が当たるだろう。

とか殊勝そうなことを書いたが、贅沢な望みもある。普段全く違う調子で書いているので、「何だこいつは!」とお叱りを蒙るかも知らぬが、長生きのことだ。現在81歳だが両親ともに90歳過ぎまでの長寿を保ったので、内心それにあやかりたいと思っている。もしそれが可能であれば、未だ10年近く先のことになるが、これから何をして生きるかが問題だ。現存する多くの友人達も長生き願望はあって、大抵の友人は仕事をしたり趣味に気合を入れて取り組んだりしてるようだ。

見習いたいと思うが、それが無いのが悩ましい限り。ブログでさえ段々書くことが少なくなってきた。明日はもう少しまともなことを書いてみたい。

2021年6月29日火曜日

友達

 子供の頃から、家にじっとしているより外で友だちと遊ぶのが好きだったせいもあると思う。大きくなってからも友達は出来るだけ大切にしてきたつもりだ。お陰で今でも友だちが多いことは有り難いことだ。残念なのは友達と会えないこと。しかし昨日ワクチン2回めも接種できたので、もう暫くすれば待ち望んだ再会ができると期待している。

友達と仕事をしたことは殆ど無いが、経産省のキャリア官僚二人が学生時代からの友人関係だったそうで、とんでもないこと(共謀してペーパーカンパニー設立、公金を騙し取る)をやらかして警察に逮捕されたそうだ。仕事となればどうしても金銭も絡むし、勤務先が一緒であろうとなかろうとなんとなく上下関係を意識せざるを得ない。やはり友人は遊びを中心とすべきと思が、逮捕された官僚二人は何を考えていたのだろう。

先に殆ど無いと書いたが全く無いわけではなく、若い頃には友人の父に口を利いてもらったりしたことは何度かある。仕事に知人を利用したことは他にもあって、父や兄の力を借りたこともある。家族であれば相当な無理も頼めるが、友人には自ずから限界があるのはやむを得ない。仕事はたかが仕事、無理をして友人関係が壊れるようじゃ意味が無い。長い人生の中では友人の依頼を受けて彼の会社の役員になったりしたこともあるが、比較的短期間で退職させてもらった。友人から給料を貰うのがどうしてもしっくりこないからだ。

お陰で、彼との関係は今でも健全と言える。この歳になると仕事が無くなるのは当たり前。代わりにと言うのも変だが、報酬を伴わない頼まれ事が多くなったような感じだ。最近はこの手の依頼が結構あって、格好の暇潰しにもなっている。今日も夕方には渋谷まで行かねばならない。本当に久しぶりだし、ワクチンの副反応も無さそうだし、随分変わったはずの渋谷の街を見てくることにする。

2021年6月28日月曜日

何が何でも

 今日は愈々2回めのワクチン接種日、予定時刻はこのブログが公開される4:30、予診票の記入も終わった。体温計が電池切れで作動しないので、昨日夕方飯を食いに行った店で計った体温35.9度と記入、<現在掛かっている病気>は「痛風」と記入。もうなんとも無いのだが、10年以上マジナイ薬のようなものを処方してもらっている掛かりつけ医への敬意の証だ。

感染症と直接関係は無いが、食の嗜好的に油こいものと甘いものが好きだから余り健康とは成りにくいはずだが、このように記入してみるとマアマアの体調だ。更に、2週間もすれば感染症の恐れから開放されるとなれば有り難い限り。これからは外出時に転んだりしないこと、交通事故に合わないよう気をつけねばならない。子供の頃は木遊びをしていて木から落ちたり、自転車で態と危険な場所に乗り入れたりして喜んでいたが、最近は危ないので自転車に乗らないことにしている。

食い物の嗜好は先に書いたとおりだが、性格的には淡白な方だと思っている。昔からそうだったとは言えないかもしれぬ。今日の日刊ゲンダイ・デジタルに登山家の野口健氏の興味深い記事があった。「今の五輪強行ムードは登山なら完全に遭難するパターン」とあるがその通りだろう。彼は根拠が無くても「流れが悪いぞ」「ピンとこない」という時は一回引くとのこと。今度のオリンピック関係者は正反対で「何が何でも」と突っ込んでいる。

どうしてそこまでしゃかりきになるのか、野口氏も小生にも分からない。登山は1回諦めても山は動かないから再挑戦は可能だ。オリンピックはそうは行かない。少なくと現在関わっている当事者に再挑戦の可能性が無いことだけは明らかだ。だから菅首相は「俺は勝負に出たんだ」と側近に言ったらしい。国民の健康を博打場の盆上に張られたのでは国民はたまったものじゃない。博打は科学的合理性が皆無の世界。負けた時の責任をどう考えているのだろ?

世の中には博打好きの人も多いし、性格的に攻撃的で多少の無理は承知でものごとに当たって成功してきた人も多いだろう。孫正義氏なんかが典型かもしれぬ。ホリエモンの堀江貴文氏も似てるが成功したと言えるかどうか?何の才能も無いので、幸か不幸か「何が何でも」的場面に遭遇した経験が無い。山では目標変更がをしょっちゅうだったし。兎も角、今回のオリンピックは当事者の誰を見ても「責任」の二文字を念頭に置いてそうに見える人物が見当たらない。

2021年6月27日日曜日

読後感「茶道太閤記}海音寺潮五郎著

 このところ積ん読が長くて、本書も誰に薦められたか忘れてしまった。しかし読み始めると面白くて一気に読了した感がある。さすが時代物については一流と謳われた作者の作品だ。書かれたのは昭和15年で小生が生まれた年。後に作者自身が次のように語っている、「わたしがこの作品を書くまで、利休は単なる茶坊主としてしか見られていなかったのです。利休が茶道という芸術の世界の巨人であり、それまでなかった新しい美学を創造した天才的英雄であることは今日では常識になっています・・以下省略」

その利休が自刃したことは今やよく知られたことであるが、この作品は俗界の英雄豊臣秀吉と芸術界の英雄千利休を対比させて、その抗争を描き出している。その巧みさは登場人物の配置にあると思う。テーマとしての主役は先に書いた二人であるのは間違いないが、小説の主役は利休の娘のお吟。彼女も実在の人物のようで、一旦嫁に行くが、23歳で実家に戻っている。美人だったらしい。

俗説には彼女に横恋慕した秀吉の言うことを聞かなかったので、父の利休が切腹をさせられたとの説もあるようだ。ともかく、秀吉が朝廷から豊臣姓を受け関白になったのが1586年とあるから、その前後が時代背景になっている。世の中は戦国の世相が横溢し、武将たちも多く未だ生きている。北陸の佐々成政やクリスチャンの高山右近とか官僚として重用されている石田三成や小西行長等など、登場人物も多彩で、地理的にも立山連峰の大汝山が出てきたことにもびっくりした。

しかし表面的に秀吉の周辺の女性、正妻の北政所と若い側室淀君との確執が太い幹に描かれる。そして頂点を極めて怖いもの無しで望めば何でも手に入るはずの秀吉が、更に若いお吟に魔手を伸ばすことで小説が始まる。面白くならない筈もない。周辺に描かれる戦国の武士たちは当然ながら次々に殺されたり、責任を取って腹を切ったりして死んでいく。そんなことはごく自然にサラリと描かれているが、昭和15年とはそんな時代だったのだろう。

更に言えば、日本人の倫理観と宗教感のこと、忠君愛国とキリストという絶対神との矛盾相克について作者は答えを用意してない。色んな意味で読み応えがあった。

2021年6月26日土曜日

つい過激に

 一緒に暮らす家族がいれば、知らず識らずに考え方が似てくるのが当たり前だ。ところが独り身になると、考えを共にする人物がそばに居なくなるので何かと不便だ。食事一つにしても毎回自分で決めなくてはいけない。昨日都議選の投票用紙が送られてきたが、家内がいれば「自分で考えなさい」と言われたろうが、それでも話題にすることで決心がつきやすくなる。

辛うじてブログも何とか書き続けているが、最近は思考力が衰えはじめて何を書いたものやら方向さえ掴みかねる始末。内助の功とはよく言ったものだ。昔はハイキングに出かけることでさえ、家内が「だいぶ間が空いたからここへ行ってみたら」なんて東武池袋駅から貰ってきたパンフレットを呉れたりしたこともある。今は毎日池袋西口の地下街を歩いているが、当時は池袋駅周辺をうろつくなんてことは考えられなかった。

先日も書いたと思うが、今脳に刺激が貰えるのは高校同期生とのメールでのやり取りと、リモート懇談会(これも今夜開催)。これが実に貴重で、先程も長野在住の友人がメールを呉れた。外出したくてもコロナで外出できない事情は同じこと。それでもオリンピックが強行されることを強く批判している。彼は前回の東京オリンピック開催準備のさなかゼネコン勤務だったので、当時の突貫工事なんかについても言及してくれた。実に我が意を得たりだ。

同期生も数百人いるから中にはオリンピック開催を待望している人もいるだろうが、小生は反対派だ。メールの主は<IOCなどといったヤクザまがいの王侯貴族?と無能無知の為政者>と書いてるが、ついでに言わせて貰う「何が平和の祭典だ!金まみれの薄汚れた行事じゃないか。これに乗じて儲けを企む竹中平蔵なんかは牢屋にぶち込むべきだ。」同調してる友人がいるとどうしても過激になる。昔からの悪い癖だ。

結局取り留めもない酷い文章になったが、これ以上書いても方向性は益々分からなくなる。口も文章も慎みが大事だと思うが、時既に遅しだ。

2021年6月25日金曜日

忖度と責任

 先月の初めに親しい友人が亡くなった。既に49日を過ぎてしまったが残念ながら未だ成仏できていないことが気がかりだ。彼の家庭環境が少し複雑で、遺族と仕事関係者との間でお決まりのいざこざが発生してるためである。当事者にはそれぞれ言い分があるのだろうが、第3者的には故人の成仏を願うのが先だろうと思ってしまう。それでも憂き世とはよく言ったもので、関係者には若い人も居てどうしても生臭い話が持ち上がってしまう。

双方を知る立場なのでなんとか仲裁したい気持ちもあるが、親しいと言っても他家、他人の葬祭に関すること、なまじには嘴を突っ込めない。故人の思いを忖度しながら、自分に何が出来るか考えたりするが、難しい問題であることしか分からない。 

忖度繋がりで、ここ数日報道を賑わしている赤城ファイルのことが脳裏に浮かんだ。500頁を超す膨大なものらしいが、これをどう読んでも赤城さんを死に追い込んだ真犯人は読み取れないことだけははっきりしてるようだ。元財務本省の高級官僚たちや政治家諸氏は、証拠があるなら出してみろと言わんばかりに高を括っているように見える。赤城ファイルが出ようと出まいと、最大の責任者は安倍元首相と麻生財務相、それに二人を纏めて面倒見た元官房長官の菅首相であることははっきりしている。

いわば日本で最高の権力者3人が協力して、公文書偽造と言うとんでもない犯罪を犯したわけだ。日本の権力機構は三権分立とは名ばかりで、行政府と立法府が一体であるだけでなく、司法までも行政が抑え込んでいるのはよく知られていること。よって権力中枢部が、赤城ファイルなんか目じゃないと高笑いしてる声が聞こえるようだ。彼らには恐れるものが何も無いのだ。

しかし考えてみると恐れるもの、畏れるものが何も無い人生てつまらないものではないか。あとは何を望み願うのだろうか?昔は天皇でさえ民の竈に煙が立たなくなることを恐れた。今の権力者たちは国民のことさえ余り意中に置かない。強いて言えばアメリカ政府の鼻息を伺うことくらいしか無いのだろう。しかし言うではないか「天網恢恢疎にして漏らさず」「満つれば欠ける」だ。仮にそれも恐れないとしても、彼らは何に誇りを感じて生きてるのだろう?

いい歳して誇るべきものは地位や権力だけと言うのも憐れなものだ。


2021年6月24日木曜日

死後のこと

 今年に入ってからコロナ禍で亡くなった人が1万人を超えたらしい。既に昨年暮れまでの倍以上。それでもオリンピックは開催を強行とのこと、関係者の神経を疑いたくなる。閑話休題

御時世だから一人いる機会が多く、さしたる仕事も無いので、どうしても自分の来し方行く末を思ってしまう。過ぎ去りし日々を思うと、実に多くの人との出会いがあり、その人達から多くの恩を蒙っている。借りも多いと思うが、借りっぱなしのことが如何ほどあるか、考えてみたい。少なくても借金は無さそうだが、恩返しの借りは相当ある。また、これから先の人生がどのくらいかも想像できないが、なるべく他人様に迷惑かけずにいけるかどうか、これも大きな問題だ。

そのためにはなんと言っても身体の健康だが、これがこの年令になると流石に不安になる。いつの時点でどこから弱ってくるか、これは誰も教えてくれぬから自分で兆候を掴むしいかない。朝晩そのために基本的な運動を繰り返し、息をしてるが、なかなか分からない。ただ思うのは、分かった時は手遅れに違いない。その時になって誰かに来てくれと頼んだり、入院でもするために自分で手配が可能だろうか?脳血管に損傷が発生したら不可能という理屈は分かる。

母から聞いた話だが、祖母は気丈な人で生前「自分のことは自分で始末するし、準備もしてある。」と言ってたそうだが、実際には何も準備なんか無かったそうだ。しかも我が家は家系的に癌より循環器系統の死因が多いようだ。何か措置しなければいけないと思うが良い知恵が浮かばない。最近はテレビなんかの宣伝で「終活」、即ち死後への備えが言われるが、死後のことは余り気にならない。

死後のことは弟や子供たちが相談して決めればいいだけのこと。弟は養子に出てるので子供二人が相談するだけかもしれぬ。兎に角、生きてこの世にあるうちは出来るだけ他人様から後ろ指を指されることが無いようにしたいものだ。梅雨の雨で外出もできないので、普段余り見ない両親の写真などを見て思った。俺はやはり不肖の子。残された日々が少ないことを思えば、とても両親のようにはいかぬだろうが、葬式の後のお斎ぐらいは賑やかにして、思い出を語り合ってほしい。

2021年6月23日水曜日

記憶と記録

 今日は上皇陛下が皇太子時代「日本では、どうしても記憶しなければならないことが4つはあると思います。終戦記念日、広島の原爆の日、長崎の原爆の日、そして6月23日の沖縄の戦いの終結の日です。」と語られたように、沖縄戦集結の日。集結と言えば少し聞こえが良いが、76年前の今日、多数の市民が暮らす日本領土の沖縄に敵のアメリカ・イギリス艦隊が攻撃を開始してから約3ヶ月に亘る激戦の後、守備をしていた軍隊とともに玉砕した日である。

首相の菅氏は「私は戦後生まれのものですから、歴史を持ちだされたら困ります。」と前沖縄県知事だった翁長雄志氏に言ってのけたらしいが、今の沖縄県民でさえ今日という日をどれだけ鎮魂の思いを持って迎えているかは甚だ疑問だ。上皇陛下よりは大分若いが、それでも昭和時代を長く生きてきたので、陛下の仰る意味はある程度分かる。日本がアメリカの植民地同様になってしまっているのは、戦争に負けた結果だから已むを得ないとしよう。

戦争した相手をいつまでも恨み続けるのも余り感心できないかもしれない。しかし、戦いで亡くなった多くの犠牲者、特に市民の事を忘れてはいけない。長く記憶して反省の縁とすべきだ。その意味からも戦後の占領軍の政策はある意味で見事と言うか、徹底して日本人の記憶から敗戦の屈辱を拭い去り、戦勝国への恨みを拭い去る処理をして成功してるとも言える。

日本は古来豊葦原瑞穂の国で、政治に文字も早くから導入されて記録や歴史を大切にしてきた筈だ。ところが先の敗戦が歴史を大きく変えてしまった。軍隊を一時解体する形を取らされたことも大いに関係してるだろう。解体から5年後に発足が認められた軍隊は名称すら軍隊とはされず「警察予備隊」であった。蒲鉾を魚類と認めない人もいるように、未だに自衛隊は軍隊だ、否軍隊ではないと議論が継続してる。宗主国気取りの嘗ての占領国から見れば好都合この上あるまい。

時が過ぎれば何でも許される不思議な国「日本」。もう国民の記憶から忘れられたと判断したのかどうか、昨日森友事件にまつわる財務省内部文書改竄事件に関する貴重な証拠とされている赤城ファイルが奥さんのもとに返還された。この膨大な資料には、財務省が上げて安倍当時の首相を守るために改竄をしじたことが明らかにされている。当事者たちはポストを去っているが、赤城さんのように亡くなっているわけではない。

最大の責任者財務大臣は当時から現在まで麻生太郎氏で代わっていない。恥ずかしくて辞任でもすれば未だ救いはあるが、再調査はしませんと開き直るばかり。記録も記憶も歴史も失くなる不思議な国になったものだ。

2021年6月22日火曜日

縁は異なもの

 歳を取ると行動範囲が狭くなることもあるし、知人友人たちも亡くなったりするので少なくなる。更に3年ちょっと前に妻を亡くし、1年半前からはコロナが重なり、音信が途絶えてしまった人が多い。同じ年格好の人さえそうだから、少し年配の方になると、思い出す度に心が痛む。現代は昔と異なり、筆不精には電話という文明の利器もあるが、特段の用事も無いのに電話も憚られる。

昔、も少し元気があった時代は、家がかなり離れていてもどこかで出合うようにして時々食事をしてた友も今はすっかりご無沙汰だ。幸い高校の同期生には積理系の極的な友人が何人か居て、100人近く参加するグループメールや数名ではあるが毎週土曜日の夜パソコン上でリモート懇談会があって随分救いになっている。凡そ人生の黄昏時期とはそうしたものかもしれぬが、それでも縁は異なもので今月は新しい出会いが3人もあった。 

それぞれ職業も年齢も性別も異なるが、1度や2度の出会いでいきなり友達になってくれとはいかぬ。ただしっかりとブログの宣伝だけはさせてもらった。数日を経ずに「読みましたよ」とメールが来たのは本当に嬉しい。何年か前まではこのブログも「日本ブログ村」に登録して、シニア部門でそこそこのランクインしてたこともある。従ってアクセス件数も今よりは少し多かったかもしれない。

登録をやめた理由もはっきりしないが、たかが一人と独立独歩を強調するに相応しくないと思ったのかもしれぬ。広告業界に長かったので、広告めいたものに飽きたのかも。兎に角なるべくスッキリとこちらの意図を読み取ってもらいたと願っている。昨日たまたま岡山出身の女性と話す機会があった。彼女曰く「甥がブロガーで身を立てたいと思ってるらしいがので先輩としての意見を。」と求められた。YouTubeで衝撃的な映像を連続アップして人気を集め、広告収入で稼ぐ方法は聞いたことがあるが、ブログで稼ぐ方法は聞いたことがないので正直に答えた。

「詳しくないので偉そうには言えないが、やめておいたほうが良いと思うよ。」本当にこれが正直な感想で、全く違う世界があるかもしれない。それは兎も角、世の中の縁とは不思議なものだ。


2021年6月21日月曜日

イメージの限界

 昨日夕方雨も上がったので、夕食のため池袋まで出かけた。途中はいつもと変わらぬ様子だったが、地下に入ってJR池袋駅改札に近づくとただならぬ雰囲気の黒山の人だかり。構内放送が「山手線、埼京線、京浜東北線が停止してます。構内から外に出るにはICカードをタッチして頂くだけで入場した時の記録が消去されます。窓口での手続きはしていません。」を繰り返し流している。今朝新聞で確認すると「変電所で送電設備に故障が発生し、山手線全線の内回りと外回りで約4時間、運転を見合わせた。」となっている。実際には神奈川の相鉄とか総武線関係で千葉方面にも大きな影響があったようだ。

兎に角現代社会は、昭和時代に培われた貧弱な知識では想像できない広がりを持っていることを実感する。幼い頃といっても何歳ころか記憶はないが、勘定を教わった。父の声が記憶にあるので多分小学1年生くらいだろう「ひー、ふー、みー、よ・・・」直ぐ100まで覚えたので我ながら頭がいいと内心思ったものだ。更には3年か4年生位になると算盤の授業があって位取りを覚える。「一、十、百、千、万、十万、百万、千万、億・・」社会に出て10年くらい経った頃だったか、得意先だった松下通信工業が電子計算機を開発してその宣伝の一端に携わった。

計算機の桁数が12桁の千億までもあって、誰ががこんな数字を必要とするのかと思ったりしたものだ。平たく言えばそれ以上の数字の世界はイメージができないのだろう。世界には人間が60億人とか70国んいると言われても、既にピンとこない。1億数千万人国内でさえ、生身の人としてはイメージできない。顔を思い浮かべることが出来るのは、どうだろう百人か2百人が精一杯で、それ以上になると写真を見ても、面と向かっても「誰々さん」とは分からないのが普通ではないか。

しかしここ数十年の機械の進歩は社会の様相を一変してくれた。所謂ビッグデータとAIの活躍で、社会が普通の人間の想像を遥かに超える切り取られ方をしている。ある時は大まかに、そしてある時は微に入り細に穿ってだ。社会の発展に大いに貢献するのだろうが、この先端技術を使う人間の能力と言うよりは想像力が伴わなう必要がある。少なくとも小生ごとき発想力ではとても追いつかない。これからの社会は、能力を持ち合わせない者が数字を弄ぶと、とんでもないことに成りかねない。

2021年6月20日日曜日

休養日

 今日は父の日と言うことで、朝から長女一家がお菓子を持ってきてくれた。

昼飯はお菓子で、後はゆっくりした。

2021年6月19日土曜日

何が骨太だ

 昨日、政府の経済財政諮問会議なるものが開かれて、「経済財政運営と改革の基本方針2021 日本の未来を拓く4つの原動力~グリーン、デジタル、活力ある地方創り、少子化対策~」(俗に骨太方針2021と言われる)なるものが閣議決定されたそうだ。骨太の方針だから分かり易いかと期待してはいけない。A4版の紙で38頁もあるから余程暇のある人しか読まないだろう。

そもそも経済とは「経世済民」から来た言葉で「意味は世を治めて、民を救う」方策であるべきもの。もう亡くなっているが世界的に有名な経済学者の宇沢弘文氏が「経済学は人々を幸せにする、特に貧しい人のための学問」だと説いている。(2014年1月21日の読後感参照)国会を閉幕した後で何故こんな発表をするのか、政府の意図が全く分からない。経済政策に野党の合意は不要ということなのかもしれぬ。何れにしても国民を馬鹿にしている。

ただ38頁目の最後の最後に「令和4年度予算編成に向けた考え方 」とあるから、年末の選挙にも勝って、来年度に向けての宣言のつもりだろう。折角取り上げたので、ある程度の紹介をする。4項目あって冗長な言い回しなので、主だった言葉だけ羅列する。

1.躊躇なく機動的なマクロ経済政策運営を行う

2.全世代型社会保障改革を進める

3.グリーン、デジタル、地方活性化、子供・子育てへの重点的な資源配分

4.歳出全般についてワイズスペンディングの実行と歳入面での応能負担を強化

これを読んで、国の経済政策が来年度から何かが変わりそうだと感じる人は先ずいないだろう。菅首相はオリンピック開催について「俺は勝負したんだ」と豪語してると報じられている。経済政策に関しては従来の柵に絡め取られて勝負はできないらしい。日本はコロナ禍からの立ち直りも大分遅れるだろうが、それにしても来年度と言えば2022年の4月以降のことだ。欧米各国は既にコロナ後の経済政策を真剣に考えはじめている。

特にアメリカのバイデン氏は、経済政策の大胆な転換を図り、1%と99%に割れた経済格差是正のために財政出動は勿論だが、金持ち優遇の税制を変えようとしている。アメリカでも日本と同じようにお金持ちが税金を払っていない実態があるようだ。昨日、YouTubeで立憲民主党代表代行の江田憲司氏記者会見を観た。彼曰く「次期総選挙で、税制の改革を目玉に闘いたい」要するに先に書いた1%と99%の格差解消である。

選挙の結果がどう出るかは分からないが、応援したくなったので時間のある方は是非下記をご覧になっていただきたい。

https://www.youtube.com/watch?v=P85kjQ3Az-E

2021年6月18日金曜日

クオリティ即ち品質問題

 残り少ない人生だからなるべく有意義に過ごしたいものだ。しかし残念なことに毎日の生活がそんなに質が高くないように思う。もともと特別の才能も無く、創造性にも欠けるので平たく言えば「食っちゃ寝」だけの毎日のように思う。友人の中には昔取った杵柄で、絵を描くとか、ハーモニカやピアノなどの楽器を再び演奏するようになった、或いは新聞の歌壇に投稿し続けている数人がいる。それぞれ老いて尚、創造性豊かな人生で充実してることだろう。

彼らを見習って、昔サボって書いたことがなかった日記の代わりに、ブログなるものを書いて生活の質をあげようと努力してるようなものだ。ブログのネタは日々の報道に触発されることが多い。従って朝は国際ニュース、夕方から夜にかけては国内のニュース番組をよく観ている。NHK総合の夜7時のニュースは最もよく観る番組だ。ところが昨夜のこれが酷かった。ご覧になった方も多いと思うが、なんと冒頭から菅首相の記者会見の生放送。

国会を早々に閉じたうえ、会期中野党の質問に何一つまともに答えなかったくせに、滔々と自己宣伝を20分近く、更に筋書き通りだろうが記者からの質問が延々と続いて30分過ぎても終わらない。たまらずチャンネルを切り替えてしまったが、政治の劣化ここに極まれリだ。毎朝NHK・BS「ワールドニュース」を観て思うのは外国首脳たちの活躍ぶり。特に精力的だと思うのがロシアのプーチン大統領。

彼が菅首相と年齢的に幾つ違うか調べたこともないが、大差ないだろう。彼はスイスでアメリカバイデン大統領との会談後直ぐに帰国したらしい。そして国内で直ぐ行動を開始して大勢の市民の目の前で喋っていた。「アメリカ大統領は思ったより元気だった。」とお世辞のようなことを言っていたが、当然裏読みすべき発言だろう。海外の首脳たちの場合、テレビカメラだけを意識して演説するケースは稀である。報道は彼らの日常を追うのが普通だ。日本の場合は政府要人が日常どこでどんな人とどんな話をしてるかなんて報道は先ず考えられない。

日本のニュース報道のつまらなさの原因はそこにある。ひいてはこれが政治の劣化につながっていることも否めないだろう。さらに言えば、総理や内閣官房長官に報道官がいないというのもおかしい。内閣官房長官といえば、内閣の大番頭。その本人が毎日2回も記者会見に臨んで蛇だかミミズだか分からないような下らぬ応答を繰り返しているのが実態ではないか。政治家連中は本当に仕事をしているのだろうか?ものごとを真剣に考えているのだろうか?疑問を感じざるを得ない。

創造性のない政治家に依る、品質の劣化した政治。これを黙って見逃しているマスコミ。困ったものだ。

2021年6月17日木曜日

政治のスピード

 日本のマスコミは1ヶ月ほどに迫ったオリンピックが気がかりで、世界情勢に余り関心がいかないようだ。しかし世界は(と言うより小生はかな)今年大統領が代わったアメリカの動きを固唾をのむような思いで見てるに違いない。前大統領トランプ氏は、色んな面で中国と競うのを嫌ったのかどうかは分からないが、「アメリカファースト」と言って世界政治からやや距離を取りながら勝手な振る舞いに出た。中国との向き合いかたでも、アメリカ経済のために関税で争ったり、不都合な商品や企業を排斥したり、どちらかと言えば単純だったとも言える。

しかしバイデン氏は中国の脅威をもっと深刻に捉えたようだ。即ち、もはや新興国とは言えないほどに成長して、経済的にも軍事的にも米国に迫っている中国をなんとかしないと、将来に禍根を残しかねない。そのために、ある程度親和性のある諸国を連合して対中包囲網を形成する必要がある。一昔前に日本の政府が言い出した対中戦略と似てるようにも思うが、危機感の持ち方は前大統領とそれほど違うということだろう。カナダや欧州諸国は中国と経済的結びつきが強いし、軍事的脅威はそれほどでもなかったろうが、それでもアメリカが言い出したことに一応乗った。日本は言うまでもない。

あとは最近中国と比較的仲が良くなっているロシア、これを総仕上げの形で何とかしようと昨夜首脳会談に持ち込んだ。結果は既に報道されてる通り、当面の問題は全て現状維持だが、取り敢えず互いに引き上げていた大使を復任させ大使館機能を復活するところまで漕ぎ着けた。バイデン氏にすれば一安心で、愈々対中折衝を本格化出来ると思ったに違いない。一方の中国は、いつも「世界に覇を唱えるつもりはありません。世界とは多国間主義で自由に交易できることが一番です。」見たいこと言って、アメリカが嘗ての覇権を取り戻すことにやっきになるのを覚めた目で見ているように見えなくもない。

兎に角、中国は成長めざましく、アメリカから警戒されるようになったことは確かだが、内外に多くの問題を抱え込んでいる。とてもじゃないが、日本がオリンピックで大騒ぎしてることとは比較にならない。その全てに対処しながら政治を進めているのだから、中国の政治力には驚異的なものがある。その力を「一党独裁に依る専制」と片付けるのは簡単だ。しかしこれを「悪」と切って捨てることは如何なものかと思う。昨夜バイデン氏からロシアの人権問題を軽視しないと警告されたプーチン大統領は、「他人のことより、まず自分の頭の蝿を追え。」と切り替えしたらしい。

今回のバイデン氏の最初訪問地はイギリス、そこでG7会合に出席した。その共同宣言が発表された直後、6月14日の夜、イギリスの中国大使館で記者会見が開かれた。そこでの応答を教えてくれた人がいる。講談社『週刊現代』特別編集委員の近藤大介氏。内容を紹介したいがスペースが足りない。最後だけ引用させてもらう。「反論の内容はほぼ従来通りの中国の主張と言えるが、このスピード感は驚くべきものがある。」

2021年6月16日水曜日

読書と作文

 ブログの右側に表示されているアーカイブの最下部を見たら2009年4月になっている。いつの間にか10年を遥かに過ぎてしまった。越し方を振り返ると、なんでも3日坊主で、少し頑張っても10年も経てば飽きが来るとしたものだが、よくもったものだ。と言うよりはこの歳だから代わりになる暇潰しが見つからないだけかもしれない。先日昔の会社の後輩と昼食を一緒して話を聞いたら、彼はなんと小説を書き始めたらしい。

昔共通の先輩に薦められて、「縦走」と言う発行部数500部ほどの同人誌にお互いに毎月寄稿をしていたことがある。こちらは小説を書く才能が無いので、ブログを転載させてもらっていた。彼は毎月随筆を寄せていたが、確かに面白くて、当時から文才があると感心していた記憶がある。「縦走」はもう5年以上前に主宰していた先輩が亡くなられて自然廃刊になってしまった。後輩の彼は、文才の他にビジネス面でも優秀で結局は社長に上り詰めたので、現役が長かった。

それでもリタイした現在、毎日コツコツ小説に取り組み、住んでいる埼玉で地方紙などの懸賞募集に応募したりしてるらしい。ひょっとしたら既に入賞経験があるのかもしれぬ。彼曰く「小説を書くには、好きな作家を見つけて、その作品を徹底的に読み込むことが先ず第一。そして文章の模倣から自分は初めたと言ったような気がする。確かに話をしていると沢山の本を読んでいることが分かる。先に書いた3日坊主ではないが、読書も好きだったが、同じ作家の本を何冊も読むことができなかった。

今週は思いもかけず2冊も読後感を上げたが、これ異例中の異例。今はもう読書そのものが億劫になりつつある。現役時代に大手出版社の元週刊誌編集長からこんな話を聞いた。「人生で読める本の数は凡そ5千冊くらいではないか。だから良い本を選んで読書しなさい。」既に50年以上前のことだ。それから年間50冊ずつ読んできたとしても、確かに生涯5千冊には到達できない。先人の教えは正しかった。


2021年6月15日火曜日

読後感「小沢一郎の権力論」小塚かおる著

 数日前に読後感を上げたばかりなのに、再び上げることになった。遅読の小生には非常に珍しいことだ。最近マスコミに登場することが少なくなったが、現役政治家の中で、小沢一郎氏の動向には今でも大きな関心を持っている。この本が出版されたのは平成29年12月31日。私的なことだが家内の葬儀が終わった翌日。政治への関心を植え付けてくれた亡き妻との因縁さえ感じて読んだ。新書とは言え、最近1冊を一晩で読み上げた経験は無かった。

理由は簡単「非常に面白かった」からに他ならぬだろう。著者は日刊ゲンダイの現役編集長。故にだろうが、取材内容を編集者的に纏め上げている。内容の大部分は小沢氏の語りで、編集者の意図が随所に異なる書体で挿入されている。

内容は次の八章で構成されている。

序章:安倍 政権 の 死角

第1章:これが権力のリアリズムだ

第2章:あの『政権交代』の真相

第3章:私が見た田中角栄

第4章:政治は誰のためのものか

第5章:基本政策・安全保障、憲法、脱原発…

第6章:日本人よ、自立せよ

終章:私は闘う

これまでも何冊か小沢氏の著者や小沢氏について書かれた著書を読んだが、ずば抜けて氏の考え方がうまく纏められていると思う。氏の政治家としての使命感が伝わってくる。敢えて言えば、小沢氏の考え方の中で昔から1点だけ疑問を感じていることがある。昔からの持論で、自衛隊とは別に国連軍を創設することについてだ。本書でも第5章で触れられているが、この論理の合理性がなかなか理解しにくいのが少し気になることくらいかな。

氏は話下手だと思っているが、インタビュー内容は実にスッキリと纏まっている。中に羽田孜氏の葬儀の際、友人代表として読んだ弔事と、2017年10月の総選挙の際、地元の岩手県北上市の田舎で行った選挙演説がそっくり活字化されているが、これも非常に説得力があった。話下手とは思い込みだったのかもしれぬ。使われている写真も新鮮さが感じられた。

巻末にあった著者の略歴を見ると、執筆当時は日刊ゲンダイのニュース編集部長で、「安倍一強政治」を鋭く問う筆に定評ありと書かれていた。日刊ゲンダイと小沢氏に今後ますますの活躍を期待したい。


2021年6月14日月曜日

思想信条

 主要7カ国の首脳が2年ぶりにイギリスのなんたらという小島に集合して会談をした。3日間の日程の後半には韓豪印等のゲスト国が参加しているので凡そ10カ国+α。思想信条を同じくする国だそうで、協力して世界ををリードしていくことが目的だったらしい。小学生の頃教わったのは世界に80近い国があることだったが、最近は国連に加入している主権国家が193カ国もあり、その他にも日本が承認している国バチカン,コソボ共和国などがあるから、地球上には200近い国家が存在するらしい。

個人の思想信条は十人十色だろうが、国家の思想信条もどうやって引き出すか知らぬが、危ういものだ。この会議で思想信条の一致を力説強調したのはアメリカのバイデン大統領だったようだが、一致が難しいことを知ってるから強調したのかもしれぬ。仮に一致したとしよう、それでも人口比で見れば全世界の約1割。流石にGDP比では5割を上回るだろうが、この思想信条で世界をリードしたいとは少し思い上がりが過ぎないだろうか? 

アメリカは特にそうだが、どこの国でも最近は経済政策の行き詰まりから、資本主義に対する疑問が出始めている。資本主義を推進してきた社会は個人の自由に最大の価値を置く民主主義。G7の首脳はこの思想で世界をリードするつもりだろうが、果たしてそれが全人類に取って最良の選択肢かどうかは些か疑問だ。比較して思うと、中国は1国で世界人口の1割を優に越しているのだから大変な国だ。国内の思想統一のため、少数民族に対する人権を無視した同化教育が、今回のG7でも大きな問題となって、中国に対する非難が声明に盛り込まれている。

中国の施政を褒めるつもりはないが、欧米でも国家が行っている国民への思想教育は似たようなものだろう。国民が国家に対する忠誠心を持たなくなれば、現在のミャンマー状態になるのだから当たり前だ。いざという時、国民の大多数が一定の方向に向かえることは重要だろうが、日頃の思想教育でそうするより、日頃は個人に思想の自由を与えておいた方が良いように思う。幸か不幸か我が日本は自由すぎるくらい自由で、義務教育でも社会生活の基本理念に関する教育的なことは全く行われていないように思うし、考える力をつけるために文科省が何を考えているか全く分からない。

今日も友人と話した際に話題になったのが、子供じみた大人が多いことだった。「人新生の資本論」なんて本がベストセラーになり、友人に薦められて読み初めたが、難しくて途中で投げ出してしまった。現在は正に思想信条の暗黒時代と思っている。

2021年6月13日日曜日

読後感「それでも 日本人は 戦争 を選んだ」加藤陽子著

 今年の春、菅首相が日本学術会議の会員候補6名を拒否した事件の際、その一人として名前が上がった歴史学者加藤陽子氏の著作。近代史を湘南の名門校栄光学園の生徒(中学と高校の歴史クラブ員)を対象に行なった講義を取りまとめたものである。時の首相が拒否反応を示すくらいの人物だから、相当右翼政治家には都合悪いことが書かれているに違いないと、ある種の期待を持って読んでみた。

更に良いことは、中学生を含む若い人向けの講義録だから読みやすいだろうと思った故もある。このブログでは何度も触れたが、1947年国民学校入学なので戦後教育の申し子のため、大学卒業するまでの全学生時代を通して、日本の近代史は一度も先生から教わったことはない。父も母も明治の生まれだから両親やその周辺の人から聞きかじったことを繋ぎ合わせてなんとなく知ったつもりでいるだけのことだ。

我が世代にして既にそうだから、今生きている日本人の多くは近代史を殆ど知らないとも言える。生きていくために歴史知識は必要無いかも知れぬが、同じ過ちを繰り返さないためには知っておいたほうが良いだろう。端的に言えば、父が生まれた20世紀初頭から小生が物心ついた20世紀半ばにかけて日本は国家的に大きな間違いを犯してきた。結果として日本はアメリカの実質植民地になって、既に70有余年。

今は幸せだから良いじゃないか、と考える人も多いだろう。しかし国際情勢は常に動いているので、この幸せが未来永劫のものでないことも心に留めるべきだ。特に政治に携わり国民をリードする立場にある人には、未来を見通す力が不可欠だろう。こちらにはその政治家を選ぶことが権利でもあり、義務とも思っている。今年は否応なしに、区議会議員と衆議院議員選挙がやってくる。その時にこの本から学んだことを思い出すようにしたい。

2021年6月12日土曜日

夏本番

 東京は初夏とか梅雨をスキップして、いきなり夏本番に入ってしまったようだ。これも何だが変な気がする。自然現象がやはり少し狂っているのかも知れぬ。コロナと言う訳のわからぬ自然現象に苛まれて頭の回転がおかしくなるのも仕方ない。正気でいなければならぬと自らに言い聞かせても、そろそろ限界かもしれぬ。現役で仕事を持っていればいいが、何も仕事が無いから余計コロナのことが気になるのかも知れぬ。

相変わらず緊急事態と宣言されている東京だが、ここ1ヶ月ほどは新規感染者が山を越して減少傾向にある。あと1週間後の20日が宣言下の最終日だが、このまま進めば宣言は解除されることになるだろう。高齢者へのワクチン接種も順調のようだし、新規感染者が減って宣言が解除されても不安は消えない。これまでも宣言解除後に再び新しいピークがやって来た経験があるのでこれも仕方ない。

ところでつい先日、鳴り物入りで始まった自衛隊が東京と大阪に設営したワクチンの大規模接種施設、これが不評で希望者が予定を遥かに下回っているらしい。希望が減ったら、さっさと予定を変更して規模を縮小するとか、早めの撤収にすればいいだけのこと。もともと本業でない臨時のお手伝いではないか。少し前にはワクチン接種のためアメリカにまで行った人が居たらしいが、今はもう遠隔地から東京や大阪までワクチン接種のため旅する人はいないだろう。

逆にこちらからすると遠隔地の信州の山々、昨年から行くことができずにいたが、今月になってやっとワクチン接種の順番が来て、今月末には2回めも終了する。来月からは久しぶりに行けるだろうと楽しみにしている。山歩きはこちらでも行ける場所がたくさんあるが、年に一度くらいは信州の山を歩いてみたい気持ちが強い。今年は久しぶりに上高地に行きたいと思っている。

コロナ禍でもう丸2年は行ってないと思っていた。が調べてみると2017年の9月以来行ってないことが分かった。人間の記憶のいい加減さなんて皆似たようなものか、或いは人並み外れてボケているのか分からないが自分でもびっくりだ。上高地のカレンダーをいつも見ているせいかも知れぬが、もう4年近くご無沙汰となればどうしても今年は行きたい。上高地までは乗り物を乗り継げば簡単に行けるが、そこから先のハイキングが出来るかどうかは行ってみないと分からない。

兎も角、真夏になってしまったことだけは確かだ。

2021年6月11日金曜日

我が祈りと宗教

 本来は梅雨入りしそうな頃合いだが、今週は降雨もなく暑い日が続いた。予報では月曜まで雨は無さそうだ。家内の葬式をしてもらった都内の寺からお盆供養の知らせが来た。遺骨は故郷長野にある寺の墓に埋葬したので、一応縁は無くなってるとも言えるが、盆にお布施はすることにしている。最近は無宗教の人も多く、若い人には先祖の墓を墓じまいして寺との縁を切る人もある。人間死ねば「はいそれまで」だから合理的かも知れぬ。

どちらかと言えば自分にはそちらに近い考えもあるが、そこまではなかなか踏み切れない。家内も同様に考えていたと思うが、葬式が済んでから娘たちが、両親や兄弟が眠る故郷長野の寺に納骨することを強硬に言い始めた。娘たちの嫁ぎ先はどちらも長野県外、墓参りをするにも何かと不便だろうから、東京に墓を設けようと思っていたので非常に面食らった。しかしその勢いに負けて長野の寺と交渉、これが難儀を極めたが結局住職の了解を得てそのようにすることができた。

兎も角宗教に関わる問題は面倒だ。育った家には仏壇も神棚もなかった。父が官僚で転勤が多かったことは理由にならないだろう。父の実家は長野市から少し離れた上田市で、当然そこには父の実家の菩提寺も墓もある。ところがある日、父は実家の菩提寺に行って菩提寺からの離脱を宣言してきたとのこと。そして住まいの近くにあった菩提寺と同じ宗派の寺に墓所を購入、進んで信徒になった。それを聞いた時思ったのは、父はいざという時、寺が近いほうが何かと便利だろうと思ったのだろうぐらいに考えていた。

後に母に聞くと、父は5男の末っ子で、死んでまで兄たちから下目にみられるのを嫌い、自分が子や孫をから尊敬される先祖になりたかっただけよ。だから皆父の準備した墓に入ってあげなさい。と言われたこともある。家内も同じことを聞いていたら、母や兄嫁との関係を思うと、内心反発しただろうと思わないでもないが、母からすると孫に当たる娘たちがどう思っていたか分からない。結果的に父の思い通りになったのだから、それはそれで良かったと思っている。

日本人、少なくとも我が家、否小生の宗教観は極めて原始的自然崇拝主義と言える。神も仏もグチャグチャで、独居するようになってからは一応仏壇を用意して家内の位牌を置いて毎朝手を合わせているが、思いは家族や親戚、世話になった人、親しかった友人たちの顔である。不思議に願い事は頭に浮かばない。確かに最近は余り大層な願いが無いのも事実。精々今日1日は晴天がもってほしい程度のものだ。

両親と一緒に暮らしていた当時、父も毎朝東に向かって手を合わせて何かを拝んでいた。果たして何を思っていたのだろう?

2021年6月10日木曜日

平和の祭典

 小さい頃から運動が好きなのに運動神経がイマイチだった。しかし普通の授業と比べれば体操の時間は好きだった。頭を使うより体を動かすのが好きなのだ。少し理屈ぽく言えば、運動能力の基本は駆けっこにあるらしい。子供の頃から足が遅くて徒競走ではいつも真ん中以下。鬼ごっこで鬼になると、次の鬼を捕まえられないとか苦労したものだ。それでも運動が好きだから鉄棒とか跳び箱は一生懸命練習した記憶がある。

もちろん正式な運動部に所属したこともないが、中学時代に数人の友達と体操班みたいなものを作り、学校から放課後に跳び箱やマットなどを使用する許可を得ていたような気がする。だから運動会の準備にはいそいそと関わり、運動場の石拾いや草むしりを真面目にしたことを思い出す。長じて人並みにゴルフもしたが、オフィシャル・ハンデ(所属クラブから与えられるハンディキャップ)は22が最高。アマチュアゴルファを絵に描いたようなものだ。リタイア後も高校同期のゴルフ会に数年参加していたが、ここからも離脱して久しい。

スポーツ観戦にも特段の思いは無いから、オリンピックへの関心も人並み以下だろう。アスリートの皆さんには申し訳ないが、無理に開催しない方が良いのではと思っている口である。学生時代から運動部や体育会の選手は一般学生からみればヒーロー、即ち英雄として憧れの的になる。昔のオリンピックは世界中から国を代表するヒーローが一堂に会して技を競い合う祭典だった。優勝すればメダルを授与され、帰国後英雄として持て囃されるロマンがあった。

これがいつの頃からか忘れたが、プロ選手の参加が認められ、そのロマンの匂いが消えてしまったように思う。日本でもスポーツを飯の種にするプロスポーツが盛んになった。スポーツを職業とする人を非難する人間はいないだろう。日本でも世界でも様々なリーグが設けられ、毎年或いは数年に1度と言った形で覇権が争われ、多くの人がその行方を固唾を飲んで見守り、応援する人が或いはチームが優勝すれば我が事のように喜ぶ姿を見るのが当たり前になった。

オリンピックもその一つで、特別な意味があるようには思えないが、これは特別だと言う人もいる。何が特別か分からないが、なんたって税金が数兆円単位で注ぎ込まれるのだから、仕掛けが途方もなく大きいことだけは確かだ。お題目は「平和の祭典」なんと空疎な言葉だろう。

2021年6月9日水曜日

全て他人事

 アメリカでアルツハイマー病の新薬が承認されたとかのニュースがあり、この開発には日本の製薬会社(エイザイだったかな)も共同で参加していたので、日本でも承認申請は出されているらしい。アルツハイマーがボケの原因の一つということは知っているが、何れにしても残念ながら時既に遅し、我がボケには間に合うまい。老化とは恐ろしいものだ、先ず何をするにしろ考えるにしろ全てが面倒くさくなる。

体も動かなくなるし考えることもままならない。大した考えもなく買いだめた本が4冊にもなってパソコンの脇に置かれている。何れも読みかけ状態のままだ。少し前まではこんなことはなかったように思うが、どれを先に読み終えるべきか決心もつかない。一番上の本から読み始めても、また100ページもいかぬうちに飽きるだろう。オリンピックではないが、そもそも読書をしなければならない意義があるのだろうか?

頭の栄養になるかと読書をするが、小生のようなボケ老人が昨日の食事内容を忘れるのと同じで、読んだそばから忘れていくのだから読書にも大した意味は無いだろう。必死の思いでパソコンに向かい何か書こうとするが、その何かが思い浮かばない。頭の回転を支援するため世相、メディア、家族、政治などと一応ジャンルを分けてみたりしても、面白い出来事にはそんなに出くわすこともない。一時は政治に大分興味を持ったこともあったが、政治家に知り合いがいないので大分興味も薄らいだ。

囲碁もそうだ、一時は大分熱心にネット碁をしたり、池袋には碁会所が無くなったので、態々新宿まで出向いてプロの指導碁を受けたりもした。これも昔のゴルフと一緒で、一向に上手くならないばかりか、最近はネット碁の成績も目に見えて落ちてきた。囲碁離れするにはいい頃合いに違いない。あとの楽しみは美味いものを食うだけかも知れぬが、これとてそう毎日とも行くまい。要するに最近は嘗て旺盛だった野次馬気分が全然湧いてこない。

真夏の暑い陽射しが降り注ぐ中で、頭が妙に朦朧としてしまった。やはり他人との会話が無いのがいけな。このブログの読者がせめての救い、大いに感謝するが、浮かんできたタイトルが「全て他人事」だからもうどうしようもない。現在14:30暑いのでこれから少し昼寝をしたい。

2021年6月8日火曜日

視覚的インパクト

 新聞購読をやめて久しい。普段パソコンで全国紙(主に日経と朝日)のデジタル版を毎日のように通読するので、特段の不自由はないつもりだ。しかし、デジタル版には見出しに対して視覚的強弱は無い。強いて言えば記事の掲載順番と画像添付に依る差ぐらいだ。紙面で見る大型見出しのインパクトはニュースの重要性は勿論で、記憶にも影響があるだろう。日々のニュースはテレビに依るところが大きくなってると思うが、ニュースが多すぎて記憶に残るものが少ない。

報道各社は毎年々末になると今年の10大ニュースを特集するが、今年はどうなるのだろう?来る日も来る日も同じようなコロナ関連やオリンピック関連報道で明け暮れているように感じるが、なにか重要なことを見落としているような気がし始めた。このことが新聞紙面に接しない欠点といえば欠点かも知れぬ。例えば、昨日の報道にあった「都営地下鉄・浅草線の駅で、日本オリンピック組織委員会(JOC)幹部の50代の男性職員が電車に飛び込み死亡」事件。

昨日テレビでちらっと聞いた気はするが、今朝はすっかり忘れていた。これから報道各社がどのくらい後追いをするか分からないが、なんとなく有耶無耶になりそうな気がする。報道では、はっきり言ってなかったと記憶するが、電車の運転士は「人が飛び込んできた」と自殺を暗示する証言をしてるように言っている。下衆の勘繰りになるが、そんなうまい話はないだろう。明らかに小説や映画にあるように殺人事件だと思う。

52歳で経理責任者だから、この人物での死亡で得する人物を上げるに苦労は要るまい。警察がどこまで踏み込めるかだが、なんと言っても現政権は警察官僚を政権中枢に置く組織だ。ミャンマーやベラルーシの政権と大差がないとも言える。ならば、政権と距離を置くべきマスコミがどこまで頑張れるかだ。しかし、こっちも相当心もとない。政府の代理人と言うか、寄生虫のような電通に象徴される広告会社に人質を取られた格好で、まともなことが言えなくなっている。

朝日新聞なんかは「オリンピックを中止すべき」との社説を掲げたが、その後「社説は社の経営方針とは必ずしも一致するものではない。」と意味不明な声明を発表したりしている。ある言論人は「単なるアリバイ作り」と吐き捨てるように言った。まさに現在の我が国は1941年の夏に似てるように思う。オリンピック開催も対米英宣戦布告も似たようなものだろう。年末の10大ニュースとは関係なく、自分がこの夏を振り返った時に何を思うのだろうか?

2021年6月7日月曜日

衆寡敵せず

 最近流行らないかもしれぬが、古くから「衆寡敵せず」と言われる。即ち「少数では多数にかなわない。」との意味だ。これが現代にも通用するかどうかは分からない。例えば、人口3億人のアメリカが人口14億人の中国に敵わないとは言い切れないだろう。しかし先週末の朝日新聞デジタルに興味深いインタビュー記事が掲載された。インタビューで応えた人物は、元郵政官僚で世界最古の国際機関といわれる国際電気通信連合(ITU)のトップ「事務総局長」を務めた内海善雄氏(78歳)。彼はITUがジュネーブ以外の年で初めて開催した香港「テレコムワールド」開催の2006年のことを次のように言っている。

「この開催にあたって中国政府から非常に熱心な誘致があり、政府担当者が次のように言ったそうです。「中国は今後、10億の民をITで養うのだ。いずれ世界最先端のIT国家になるつもりだ。香港のイベントは国家の威信をかけて成功させる。」その数年前にIT不況に直撃された欧米企業と比べて、中国企業は伸び盛りだったとはいえ、「中国人らしい大言壮語だなぁと思っていたら、現実になってきましたね。」

実際に香港の展示会でも先進国の企業は中国企業をライバルと見做さず、もっぱら巨大市場に引きつけられていました。私自身も政策の実現に疑心暗鬼でしたし、日本の世論の大半は「技術をまねるのがうまいだけの中国がどこまでやれるか」と懐疑的だったと思いますと内海氏。事実、その後10年足らずで状況は大きく変わる。習近平政権が15年に発表した「中国製造2025」に対して、米国が真っ先に警戒感を顕にする。「軍民融合」の技術開発には、日本を含む世界の安全保障関係者から猛反発も起きた。何のことはない、内海氏が大言壮語と思ったことが現実になってしまった訳だ。

内海氏は更に続ける。「中国の情報通信技術は、ここ数年で一気に前に躍り出た。そして開発は『頭脳』の数次第。教育をうけた人数が多い方が強い。中国の大学院修了者数は73万人(20年)と、日本の約10倍。過去20年で一気に10倍以上に伸びました。AI(人工知能)にせよ、システムづくりには人手がかかる。継続して資金が投下されれば成果は出る。中国の条件はそろっていた。」

取材にそう語る内海氏の手首には、中国ブランド「Amazfit」のスマートウォッチが。約6千円で、健康管理を始めとする様々な機能がある。「スマホもタブレットも中国ブランドはコストパフォーマンスがとても良いとのこと。因みに土曜日のリモート談義の際、友人が自分のスマートウオッチ(アップル製)を自慢したので、購入価格を尋ねたら約5万円だったとのことだった。小生もファーウェイのスマホを持っているが、これもアメリカに痛めつけられて近く独自OSに変わるらしい。その時アンドロイドで動いている小生のスマホがどうなるか、少し心配だがなんとかなるのだろう。

2021年6月6日日曜日

宴会抜き

 梅雨入り宣言は未だだが、東京も梅雨入りしたような日曜日、なんとなく鬱陶しい日だ。空元気を出して出歩きたいが、傘を持ち歩くのも面倒で躊躇してしまう。明日からはまた晴天が続くとのことなので期待しよう。昨日の夕方、高校の同窓会がZoom Webinarなる方式で行われ参加した。同窓会と言っても首都圏在住者のもので、学年幹事を務めてる関係上、年に3回の会に毎回参加してるが、普段であれば参加者100人前後が精々である。

卒業から62年目になる当方の世代は既に大長老。会長や幹事役は全員遥かに後輩。いつもは都内のホテルで開催され、参加費も8千円から1万円ほどは徴収される。年金生活者には馬鹿にならない金額だ。ホテルの宴会が付いてるのでビュッフェスタイルとは言えそれなりの飲食は出来るが、最近は飲み放題食い放題だからとてそんなには腹に入らない。せこいことを言えば割り勘負けだ。従って最近同期の出席者は減り続けていた。

ところが昨日の会はリモートだから参加費無料、交通費も無しと極めて簡単。当然ながら参加者も通常の5割増しで150人近かった。宴会が無いので同窓生に依る講演も充実した感じがある。と言うのは普段は講師が使用するパワーポイントなどで制作された資料はホテル会場のスクリーンに投射されるが、昨日はパソコンではっきり確認できるし、座る場所の違いでの見難さも生じない。事前に孫に電話をして資料のダウンロードが可能かどうか聞いたら、それは難しいだろうから、必要ならスクリーンショットをキャプチャーするようにとアドバイスがあった。

しかし自分のパソコンで見てるので、脇に紙と筆記用具があればメモが簡単に取れる。兎に角大きな会場の薄暗がりで聞く講演より遥かに吸収性が良い。孫の対面授業の多くのがリモート授業代わったことを聞いた時、なんと可哀想なことよと思ったが、意外に能率的な側面があるかもと思い直した。コロナ禍で社会が変わると言われるが、宴会抜きの同窓会もその一つであるのは間違いない。人が寄り合い肩を組んで校歌斉唱が無くても、我々世代では極めて少なかった女性に指導されようと、同窓の結びつきに変化は無いかもしれぬ。

2021年6月5日土曜日

掛かりつけ医にて

 7日の月曜日にやっとワクチン1回目の接種ができる。しかし3ヶ月おきに処方してもらっている薬が明日で切れるので、昨日接種会場になっている掛かりつけ医迄行ってきた。イメージ的には繁盛している町医者で、いつ行っても30分以上の待ち時間は覚悟しているのだが、昨日は10時過ぎの一番繁盛時間にも関わらず、待ち時間が殆ど無く閑古鳥が鳴いていた。先生の話では、コロナの影響もあり、昨日は天気も悪かったので患者が少なかったのかもしれぬ。しかし最近は休日だった木曜日も診療を続けているそうだ。

診療時間は午前9:00~12:30、午後2:00~7:00(土曜日は4時)の筈が、ワクチン接種があるので午後の診療は3時までの1時間にしてるらしい。小生のワクチン接種の予約は4:30になっているが、1時間前から12人ずつ予約を入れて6:30まで1日48人ずつこなすと言うことだった。この数字の根拠は待合室の椅子が24人分しかなく、ソーシアルディスタンスを考慮してとのこと。

小さな診療所ではあるが、医師が2人(ご夫妻)に看護師が5人、事務員が2人。行く度に少しずつ面子が変わるので、他に一人二人はいるかも知れない世帯。小生は奥さんに主に診てもらっているが、奥さんはレントゲン技師も兼務している。医者は儲かると言われるが、10人を超える従業員を抱える企業経営者としてみれば、コロナの影響は大きいものがあるのだろう。売上激減の折からワクチン接種は干天の慈雨かもしれぬ。

施行は来年度後半とのことらしいが、後期高齢者の医療費窓口負担が2倍になる法改正が昨日国会で成立した。単身世帯で年収200万円以上とあるから間違いなく該当する。高齢化社会で出生率が下がり続けている現状では仕方なかろうが、報道には「厚生労働省によると、今回の制度改正で、年間で支援金720億円、公費980億円を削減できる。ただ、現役世代の負担軽減効果は1人あたり700円にとどまる。」とあるが、為政者の目の付け所にはどうしても疑問を感じてしまう。

国民の懐に手を突っ込んで召し上げることばかり考えず、公金をばらまいてる先が本当に広く国民になっているかどうかである。経済的に豊かな層に一層金が流れ、それが貯蓄に回ってしまうので経済効果がないという学者も居る。日本の富裕層はご馳走を食べ続けて、お腹に贅肉がついた不健康な体だそうだ。学問的なことは分からないが、安倍政権以来の金融緩和即ちアベノミクス戦略が庶民を潤す結果になっていないことだけは誰の目にも明らかだ。

2021年6月4日金曜日

虚しき言葉

 昨日オリンピック組織委員会々会長橋本聖子氏がイギリスBBCの単独取材にリモートで応えた。どんな経緯か知らないが、当然BBCは昨夜から大々的に報じている。BBC側は日本で開催を避けるべきとの世論が高まったり、ボランティアなど関係者が脱落しつつあること踏まえた上で質問をぶつけている。これに対して橋本会長は都合悪いことは平然と聞き流して「日本は既に開催を確定している。日本組織委員会は遠来の選手、関係者に安全と安心を必ず守り抜くことを約束する。」と応えた。これを聞いたイギリスや世界のオリンピック関係者がどのような反応を見せるかに興味を覚えるが、関連報道はまだ無い。

むしろ日本のマスコミは、国会での首相と分科会尾身会長の発言との食い違いに注目しているようだ。ずっと政府の意向を尊重して来た尾身氏であるが、遂に医師としての自覚に目覚めたようで、今週に入ると急に政府の意向を突き放し始めた。普通は言わないと思うが「貴方がどうしても決行するなら、覚悟を決めてやってください。」と言ってのけた。意訳すれば「常識的にはできないと決まってるじゃありませんか、責任を取る覚悟はあるでしょうね。」となろう。

政権幹部の言葉が軽いのは今日には始まったことではない。ある意味感心するほど無責任な言辞を弄して平然としている。自らを対象となる国民と異なる次元に置かれているから、何を言おうと責任を問われることがないと思っているようにさえ見える。推測が当たっているかどうか分からないが、選挙に当選さえすれば、との思いがあることだけは確かだろう。確かに普通の国民は選挙による審判は無いし、このブログのように軽口を発して他人からお叱りを蒙ることも少ないのは確かだ。

しかし、かなり慎重に言葉を選ぶように心がけているつもりだ。政治家や国家的行事の取りまとめとい言う重要な立場にある人達が発言する時の言葉の軽さが気になって仕方ない。好意的に類推すると、彼らがスタッフを全面的に信頼する余り、原稿通りに喋ってしまうのかも知れぬ。そうなるとご本人はまるで人形、馬鹿みたいことになる。だからそうではなく、本気でなんとかなると思ってるのかもしれぬ。無責任な言葉について言い出すと切りが無い。人の振り見て我が振り直せだ、多言を弄せず簡潔が肝要、反省しよう。

2021年6月3日木曜日

葬儀

 ごく最近、長年の友人がこの世を去った。それから早くも今日で丁度1ヶ月、自分の身内(特に家内)のことは殆ど忘れたが、友人の遺族から相談を受けたりするので思い出さざるを得ない。中で一番大変だったのが納骨だった。身内の死はいつも突然やってくる。葬儀までは葬儀屋さんのアドバイスを適当に受け入れながら、無我夢中であってもどうにかなる。やがて少し落ち着き、正気が戻り始め、納骨の準備に掛かる頃からが大変だった。

詳細は省くが、祖母が「私は身内の葬式を7回出した。」と自慢していたことを思い出し、改めて尊敬してしまう。多分友人の遺族も今大変な思いをしているだろう。お寺さんには、日頃からお布施さえきちんとしていれば問題無いだろうが、友人もそれは無かったようだし、若い遺族に望むのは更に難しい。ましてやコロナ禍にある現在だ。アドバイスを求められても返事の仕方が難しい。古来日本では村八分にされている家であっても、葬儀は別とされていたとのこと。

葬儀とはそれほど重要なイベントであり、故人をめぐる社会と人間関係が色濃く反映されるものだからだろう。人間は社会的な生き物で、見た似たようなものと思うととんでもない。個体差でこれほど大きな差がある生き物は珍しいだろう。大学で社会学なるものを専攻して、中に人間生態学なる科目はあったが、葬儀社会学は無かった。あれば、日本だけを研究対象にしても十分学位に値する研究ができるだろう。

葬儀は故人の関係者が寄って行われるとしたものだが、多くの場合実に多種多様な人間が参列、関わってくる。遺族は彼らを卒なく迎え、同席させて式を執り行ったりしなければならない。簡単そうで結構厄介だと思う。

長々とつまらぬ話を書いてしまった。オリンピックのことに話を変えたい。昨日の国会で野党議員から「開催の意義」を問われた首相の答弁、人類がコロナ禍に打ち勝った証はすでに使用できないことが明らかなので、どう答えるか興味津々だった。一言「オリンピックは世界平和の祭典です」との応え。当然この後ろに質問されていない「だから万全の対策を講じて・・・・」と続いていた。聞いた多くの人がどのように感じたか分からないが、小生は思わず笑ってしまった。

同じ委員会に出席していた分科会々長の尾身茂氏は「今の環境下での開催は普通ならありえないでしょう。」と応えている。これでも参らない首相のタフさ。「我々は毎日専門家を交えて協議をしています。」意味が分からなかったが、内閣には感染症対策専門家の会議が幾つあるか知らぬが、少なくと昨日首相が上げた「調査会」なる組織があることは知らなかった。これらの組織も、一度ご破産にして葬儀を出すべきだ。

2021年6月2日水曜日

ボケ防止

 どんな健康な人でも「脳の老化」は避けることができないそうだ。60歳を過ぎると、1年間に0・5%ずつ脳が小さくなっていくことが科学的にも確認されているとのこと。ここまでは最近の日刊ゲンダイからの受け売りだ。もうだいぶ昔になるが、何か心配があって脳の検査を受けた時にも「海馬だったか、年相応に縮んでいます。」と同じようなことを聞いた気がする。物理的運動機能の劣化はある程度実感できるが、脳の劣化については自覚できないのが悩ましい。

最近、勘違いや度忘れの頻度が高くなっていることだけは確かだ。記憶を辿ってかなり昔の友人への連絡方法を探し出して、昨日電話で話をすることが出来た。そこまでは先ずよく出来たとしたいが、友人に頼んで送ってもらったメールがどうも塩梅悪い。返信が返ってきてしまった。どう考えても理由がわからない。昨日やっと探り当てた電話も不通、不思議なことが起こるものだ。便利なようでも全てがインターネット頼りの生活には大きな穴がありそうだ。

既に年賀状の交換を断ってしまったが、反省をしている。手間ひま掛かろうと、それだけの価値はあったと今更ながら思い知った次第だ。手元にある便利な携帯電話やパソコン、全面的に頼りにしてるが、所詮は情け容赦が通じない機械の世界。一旦穴に嵌るとどうにもならない。穴から脱出すべく膨大な時間がかかってる。今更脳を鍛える方法を読んでも仕方ないと思いつつ日刊ゲンダイを読み進んだ。そこには次のように書かれていた。

脳の萎縮を遅らせるための行動がかなり分かってきて、その生活習慣のポイントを列挙すると次の7項目が挙げられているが、1.と2.は意味不明。3.以下についても、年寄りには当たり前過ぎて、これで脳の老化が防止できれば何の苦労も無いだろう、と思ってしまった。

1.一時記憶に関わる「ワーキングメモリー」を鍛える。

2.脳の働きを活性化させる「ブレーンフード」を豊富に取る。

3.週に最低1時間は「有酸素運動」を行う。

4.美しいものに触れ、「感動する時間」を持つ。

5.「自分の好きなこと」をして、脳を喜ばせる。

6.1日トータルで7時間の「睡眠」を確保する。

7.規則正しい生活をする。

因みに現在時刻が15時、どうやら問題は解消したようだ。一緒に迷惑を被った友人曰く、原因はワクチン接種予約受付の混乱で、サーバーがおかしくなっていたのでは、とのこと。

2021年6月1日火曜日

内乱の予兆

 昨夜も雨が降っていたが今朝は珍しく青空、昔であれば衣替え。今日からは小倉の学生服は着なくて済むし、学生帽に白いカバーをするとしたものだ。女学生徒の白いセーラー服が目に眩しかった。着るものも軽くなれば心も軽くなってほしいが、我が国の現状では心は重くなる一方かも知れぬ。国会も会期末が迫ってきたが、どうやら自民党の内部が、先の大戦末期の帝国陸軍内部のように相当混乱してるとのこと。

財布を握る幹事長ポストに長年座り、無派閥であった菅氏を首相にした功績で益々存在感を強めている二階氏を派閥の親分衆が面白くないようで、次総選挙後には何としても引きずり下ろすとの構え。狙われた二階氏もさるもので「上等だ、やれるものならやってみろ。」とばかり、現職の強みを生かして逆に凄み見返しているとのこと。まるきりヤクザ映画を観る思いだが、そもそも自民党なる政治家集団は昔からヤクザそのものらしい。これは政治家にもヤクザにも多くの知人を持つ友人から聞いた話だけれど。

自民党政治家には首相を含めそれなりに、本物ヤクザが用心棒として控えている。菅氏には川崎が本拠の誰々、安倍氏には山口県の誰々と東京では誰々と決まっていて、警察関係者とか知る人は多いが、誰も明らかにしないものらしい。自ら明らかにしたのは元自民党総裁候補者だった亀井静香氏が組織暴力団東声会の正式組員ではないかも知れぬが、許永中氏と刎頚の友だったとか、同じく正式ヤクザではないと思うが、ネット上には頻繁に登場する朝堂院大覚氏は自らを、中曽根内閣で田中派からの目付として送り込まれ、名官房長官となった後藤田正晴氏の相談役だったと自称している。

そして二階氏の場合はその誰々が居るかどうか分からないくらいご本人の度胸が座っているとのこと。派閥親分のご老人たちも、その始末が泣き所でその対処の仕方を考えあぐんていると、昨夜BS・TBS「報道1930」出演の田崎史郎氏が解説してくれた。更に今朝になると、無派閥らしいから二階氏に近い元経産大臣菅原一秀氏の離党やむなしと言った報道が出ている。これも当然ながら内紛の一環でのリークに依るものだろう。彼らにとって国民の健康なんか問題外で、如何にすれば負けが決まった次回総選挙の結果責任を誰に押し付けるかが問題のようだ。

いつも16:30にアップを予約しているのだが、今日は昼前から野暮用が発生してアップが遅れることになった。定期的読者には寛恕を乞いたい。