2025年12月29日月曜日

今年の書き納め

今日は朝から3時過ぎまで終日テレビ鑑賞を楽しんだ。トム・クルーズの「ミッション・インポッシブルⅡ」が終わり、今は、ちあき・なおみの歌声が後ろから聞こえている。今年は昭和100年だそうだが、それが小生にはどんな意味があると言うのか。戦争が無かった80年を誰に感謝したらいいのだろう?

兎に角昭和‐平成‐令和と三代の年号を通り過ぎてきたが、そこに大した差は見いだせない。父も母も明治‐大正‐昭和の三世代を生きた。途中で天皇の在り方が大きく変わったので、何か感じるところがあったかもしれぬが、両親の生き方はそう大きくは変わらなかったように思う。

父の口癖は「私はウルトラコンサバティブ、超保守主義だ。」小生もその倅の一人。新しい事物を取り込んでも、自民党には投票しなくても、父の保守主義を受け継いで居た方が楽だと思う。しかしここで少しばかり生き方を変えてみたい。父は暮れ正月も規則正しい生活だったが、不肖の小生は暮れと正月を人並みに休日として、ブログも明日から正月2日か3日くらいまで休むことにしたい。

誰にも年賀状もお年玉も上げない欲張り爺で困ったものだ。 

2025年12月28日日曜日

爺の<のろけ話>

 世間は既に御用納めも済んで迎春ムードだろう。しかしこちらはそうはいかない。今日は亡き家内の8回目の命日。いつものように早朝から仏壇を開いて、これからの見守りの継続を祈った。個人としては両親から命を受け継いだが、縁あって彼女を娶ったことで新しく所帯を持てた。嫁に来た当初から男児は不要、女児だけでよいと主張。男5人兄弟の家庭で育った小生としては不思議に思ったが、家庭内については任せると約束していたので、母は大分不満だったようだが婦唱夫随とした。

結果的には良かったと今でも思っている。自分の死に際や或いは死後を思うと、看取ってくれたり弔ってくれる縁者が居なくなるなど不便はあるかも知らぬが、自分の死後の娑婆なんかどうなっても良いじゃないか、冥界に赴けば縁者だらけで歓迎される筈なんて考えている。昨夜の高校同期生リモート懇談の最後に一人の友人が、如何にもこの世は暗いとばかりに「明るい話題が欲しい。」と述べた。しかし明るい話題とは何を言うのだろう?彼自身は話を聞いている限り、結構明るくハッピーに生きてるようだ。

他人が明るくなっても自分が明るくなるとは限らない。寧ろ他人の不幸は蜜の味ではないが、毎日テレビの報道を観ている限り国際紛争関連の報道の多さ。日本人の多くは高みの見物むしろ楽しんでいるようにさえ感じてしまう。どんな人でも縁の薄い人や遠くの人の苦楽は映画の話と同じこと。本当の苦楽の実感は家庭内に存在すると思う。歌の文句にもあるではないか<朝はどこから来るかしら‐中略‐それは明るい家庭から~>だ。

家内は自身若い時に裁縫を習っていたそうだが、結婚してからは料理に高い関心を寄せ「子育ての基本は食事にある。3度の食事をきちんと定時に用意してる家庭で不良少年少女が生まれる筈が無い。」が信念だった。子供たちが小学生時代は区内の社協会館で子供料理教室を開いていたし、料理は余り分量に拘らず目分量で行くことを薦めていたようだ。

直接教わったことはないが、小生も耳学問の教えを毎日実行している昨今だ。

2025年12月27日土曜日

暇になった

居場所が変わっても同じ都内なのでまごつくことは少ないだろうと思ったが、実際に移動してみるととんでもない。1か月以上経過した現在でもまごつくことばかりだ。引っ越しに伴い持ち物の大半は処分してしまったので意外なところで「あれ、これが無かったかな?」なんてことがしょっちゅう起きる。今年も残すところ4日、いろいろな事があったが、どうやら風邪もひかずに年が越せそうだ。

明日は亡き妻の命日、年末はどうも死ぬ人が多い。願わくば花の下にて春なんて贅沢は言ってはいけない。すぐ上の兄は正に桜が満開の時に亡くなった。いつも今日までの命と思っていなければならぬだろう。東京も雨や雪こそ降らないが、終日寒い。恐らく気温が再考でも10度に届かない可能性が高い。冬来たりなば春遠からじだ。

豊島区時代にはあまり聞かなった<石焼きーいーもー>の売り声が長く続いている。どの辺りから売りに来てどの辺を回るのだろう?ピザやUberの配達スクーターも少ないかもしれぬ。世田谷の方がそれだけ田舎、都心から遠のいているかもしれない。交通機関が小田急線一本だけなので仕方ないか。今日は珍しく暇、明日以降はもっと暇になるのだろう。運動不足にならぬよう出来るだけ歩かねばと思いながら、、用も無いのに出歩くのも考えものだ。 

2025年12月26日金曜日

軍産協働のありかた

 嘗て類を見ない大型の来年度予算が閣議決定されたと報道は力説している。特に防衛相小泉進次郎氏は「財務大臣から満額回答を頂いた。」と無邪気に大喜びしていた。防衛省は予算が増えて嬉しいかもしれぬが、これで国内産業がどれ程潤うのか?想像するに大半はアメリカからの武器調達費用が大部分で、国内メーカーに回る資金は僅かでないかと心配する。三菱重工や川崎重工、或いはNECなどの防衛相御用達企業はそれなりに潤うのだろうが、日本の兵器産業は世界水準から見れば未だ小学生程度。

平和国家だから当たり前と言えば当たり前かもしれぬ。前段で掲げた兵器産業はここ数年で急成長しているらしい。小生は関心も薄いので詳しくないが、今発売されている「月刊文藝春秋」新年号に大西康之氏が<株価高騰 日本防衛産業のの死角>として詳しく書いている。いろいろ問題があっても三菱商事の売り上げを上回っているような大企業の経営について言えることは何もない。

ただ軍と産業界の協業に関して感じたことがある。今朝のニュースで観た中国の超電導列車の開発だ。日本の超電導列車はJR東海が何年前から実験に取り組んできたか記憶が無い。そのくらい昔のことで、現在時速500キロに達していると記憶している。しかし今朝の報道で知った中国の事情は次の通り<中国中央テレビ(CCTV)は25日、中国人民解放軍国防科技大学の研究チームがトン級の重さのリニア試験車を2秒で時速700キロにまで加速させることに成功したと報じた。超電導電動磁気浮上試験における世界最速という。>

実験の規模はJR東海のそれと比べれば実に小型、僅か全長400mだから問題にならない。理科の実験ていどかもしれない。しかし指導している解放軍の教授は「今後は超高速チューブ磁気浮上交通、航空宇宙の設備試験などの先端分野を巡って産業界、大学や研究機関、実用分野の深い融合を推進していく」と語っている。要するに軍産協働の在り方を改めて考える価値があるように思う。

2025年12月25日木曜日

年末年始の予定

 今日はクリスマス。第2次世界大戦前の生まれなので子供時代にクリスマスは無かった。戦後日本で最も普及した催事の一つであることは間違いないだろう。殆ど全国民が自分だけでなく家族から世界までの平和を祈念する習慣が普遍化したのだから喜ぶべきことだ。日本では多くの企業や学校が今日から冬休みモードになる。小生も落ち着いて今年を反省すべきかもしれぬ。しかし考えれば小過も大過もいろいろあろうが、過ぎた日の自分を責めても仕方ない。

来年がどうなるかも分からないが、せめて今年の暮れは静かに過ごしたいと思っている。とは言っても年内にやるべきことがいくつか残っている。明日は世田谷に来てから決めた掛かりつけ医まで行って初診での採血と採尿の結果くらいは聞いておこうと思っている。豊島区の皮膚科と歯科医の代わりは見つけず当分の間は池袋まで通うつもり。何れも毎月来てくれなんて野暮なことは言われていない。特に歯科医は長年面倒見てくれた先生が引退されて、後継者は家族や親族でもないらしい。

珍しいことだと思うが、先日6か月検診に当たってくれた看護師が言っていた。先代の先生は来年から月―木の週4回勤務とのこと。何れにせよ小生の6ヵ月検診は大体第2週月曜11時と決めてるので、問題が起きれば先代先生が治療に当たるのではとのこと。先生を選ぶ権利は無いが何となく安心だ。他にはスマホ絡みでJ:COMとの約束が28日11時になっている。これが済んだら初めて一段落だろうが、31日の大晦日は次女の家で歳をとる約束。多分久しぶりに飲むことになるだろう。当然全員で飲むので、こちらに来て初めてタクシーの世話になろうかなんて考えている。明けてからの予定は何も無いが、初詣にでも出掛けてみるかだ。

2025年12月24日水曜日

暗いクリスマスイブ

 午前中に池袋まで行って散髪を済ませてきた。この辺では1400円で済む簡単な床屋が見つからないからだ。10時開店の5分前に着いたのに既に行列が9人、小生は10番目だったが、それでも9:20にはさっぱりすることが出来た。序にバスで通いなれた千川駅前のスーパーのライフ千川店まで足を延ばして、引っ越し前から履き続けていたスニーカーを買い替えた。往復で500円以上の乗車賃が掛かっているが、こちらでは調達できないものだから仕方ない。

今日はクリスマスイブ。東京は終日冷たい雨降りのうえ、日本はクリスチャンも少ないからだろうか、電車やバスで乗り合わせた人たちが一様に暗い表情が気になる。豊島区千川周辺は高校が4校もあるので、何となく暗い表情の大人たちのなかで妙に燥ぎまわる高校生の集団が目立った。明日辺りから冬休みが始まるのかもしれぬ。それにしても最近の高校生の体格が良いこと、何を食ってるか知らぬが羨ましい限り。

対象にもならぬが、最近は電車に乗り込こんで少し混んでいても、必ずと言っていいくらい目の前の座っている乗客が席を立ってくれる。有り難いことだが、池袋ー新宿間は僅か4駅10分足らずのことだ。辞退しても、どうぞどうぞになることが多い。自分では頑張っているつもりでもはた目にはよほど耄碌して見えてるに違いない。電車の乗り降りでの足の運びが遅すぎることもあるだろう。何とか修正したくても、足の運びは修正が出来ない。年の瀬と同様、老いも結構な速さで迫ってきた。

2025年12月23日火曜日

市民の目

 年の瀬も大分迫った感じだが、今年は大掃除の心配だけは無い。今日トイレの便器を少し手洗いしただけだ。昨日JAXAのロケット打ち上げ失敗は年末に相応しくない残念なニュースだ。残念かどうか分からぬが「日本も原子爆弾を持った方が良い」発言をした政府高官の名前が明らかになった。政治家かなと考えていたが違って、首相から10月21日付で国家安全保障と核軍縮・不拡散問題担当の首相補佐官に任命された航空自衛隊出身の元自衛官、尾上定正氏とのこと。

民間人であれば首にするのに躊躇することはないとも思うが、首相と同じ奈良県出身、木原官房長官が防衛相時代から頼りにしていた人物らしく、これまで遅れていたが政府とすれば放置したまま年越しは出来ぬだろう。防衛費の増額は原子力潜水艦建造ブームあるし、アメリカの要求もさることながら獅子身中の虫も居ると言ったら語弊があろうが、兵隊さんの思考はどうしても戦が中心だから、一般人からすると少し偏って見えるのも当然かな。

日本は軍隊を置かず、シビリアン コントロールを大切にしてきたが、今やそれも空念仏になりつつあるようだ。

2025年12月22日月曜日

来年への期待

太陽の出てる時間が一番短いとされる冬至、その割に寒さをあまり感じないのはマンション住まいのせいかもしれぬ。個人的な現役時代とは大分異なり、昨今は今週末で年度末。後は正月休みのお楽しみ、ハハ呑気だね~だ。てなことで大方の皆さんは良いかもしれぬが、こちらは昔から難行苦行の一人暮らし。家内が実家に里帰りしてしまう習慣だった。従って年末年始のこの期間で現在の独居生活の予行演習をしてきたようなものだ。

年度末には未だ3か月あり、年が明ければ来月末からは通常国会で冒頭から約1ヵ月、2月の末には来年度予算が成立の運びとなる。これで日本人の来年1年の暮らしぶりがほぼ決まる。結果を待つまでも無く、来年は年収の壁も乗り越え、多くの国民の収入が増えるとのこと。ファーストリテーリング社の初任給が40数万円に上がるとか、ガソリンも安くなるとか、明るいニュースに事欠かない。

しかも、当初少数与党で不安視された現政権も、政権中枢の思惑がうまく機能した結果かもしれぬが、与党にすり寄る野党も増え、近い将来タイミングを選べば総選挙に持ち込んでも勝てるのではとさえ言われ始めている。首相自身が何を考えているか分からぬが、年が明けたら公邸への移転を考え始めてるとのこと。これまでの首相と異なり、夜の会食は殆ど無し、夜はもっぱら仕事のためのお勉強だそうだから分からなくもない。

マスコミが報じていることただなぞって書いているだけだから結構だらけの年の瀬だ。これで一休みして明けてしっかり働けば明るい将来が見えてくるかもしれぬ。しかしへそ曲がりのボケ老人からすると、現内閣の右傾化傾向が大きな心配。武器3原則の見直しや、原発稼働推進、産業政策の柱に武器製造を入れ込もうとする算段。何でも儲かれば良いと言うものではないと思う。

曲がり角に来た時に少し右側の斜め道を選んだだけ、船で言えば少し右に舵をきっただけ、のつもりでも。方向性とは恐ろしいものだ。いつか来た道に迷い込みかねない。太陽が出ていれば未だ方向性はある程度分かる。しかし太陽が雲隠れするととんでもない場所に出かねない。誰しも肝に銘じるべきだと思う。 

2025年12月21日日曜日

お楽しみ

 生まれてきたからには大きなことをしろ、とよく聞かされたが人間一人で大きなことなんか出来やしない。精々ささやかな楽しみでも見つけられれば良しとしなきゃいけないだろう。幸い小生は社会人になってからだから大分晩稲ではあるが、囲碁が今でも毎日の楽しみになっている。最ものめり込んだのは50歳前後だった。当時は池袋に何カ所も碁会所があってどこも繁盛していた。料金は様々で、最も頻繁に通ったのは西口繁華街の入口、下が飲み屋だったように記憶するが、その2階。20席くらいの少し薄汚い感じの碁会所で、席料は900円だった。

ただ看板的には東京囲碁会池袋支部とか大層な名前になっていたような気がする。席亭(碁会所の経営者)はもう70歳近い高齢者だったが、若い用心棒的存在の人が常駐していて、この人物ともすぐ仲良くなった。彼は昔早稲田大学囲碁部の主将だったとかで、囲碁は強かっただろうが何よりもお酒が大好き。碁会所の看板が夜9時だったと思うが、その後よく近くの居酒屋で遅くまでお付き合いをしたものだ。その飲み会に参加する似たような囲碁好きの仲間になった一人が、元海軍だったか兵学校だったか忘れたが、戦後は三菱重工勤務の実に元気なご老人。

勿論お酒も好きだが、ゴルフも好きで何度ももう一人加えてゴルフ場にも行ったものだ。囲碁もゴルフも下手で年齢的にも小生が一番下だったので、3人の旦那衆に使える下僕的扱いだったような気がするが、旦那衆の話が面白いので喜んでお供したものだ。更に、この碁会所には中国人の若い女性が指導碁で来ていて、月に1回くらいだと記憶するが、指導を受けたりしたものだ。この女性は暫くするうちに日本棋院のプロテスト合格して一応プロ棋士になったが、結局目が出ず一旦帰国したと思う。

余り上達しなかった囲碁だが、池袋界隈の碁会所が全部潰れた今でも小生の囲碁熱は未だ冷めない。兎に角囲碁は奥が深いと言うべきか、毎日ネット碁しない日は無いくらい楽しんでいる。若い時から好きだった他には映画があるが、最近は映画館まで出向くことは少なくなったが、テレビでは古い作品を時々観ている。これも結構楽しい時間だ。

2025年12月20日土曜日

テレビの着眼点

 俗に<馴れ合い>と言われるが、最近のマスコミ特に民間テレビ放送局と政権とのそれは少しどころか常軌を逸してはいないか。昔観た西部劇で覚えた英熟語に「何の、渡世の仁義さ」(プロフェッショナル カータシー)がある。題名は忘れたが、確か主演のバート・ランカスターが吐いた名セリフで当時悪童仲間で大流行りした。

マスメディアと政府が同じ穴の狢では視聴者は困るだろう。政権の安全保障担当者が「日本も核爆弾を持つべきだ」なんてとんでもない発言をしたとマスコミは一斉に報じているが、何故か氏名を公表しない。公表しても言論の自由だから特に罪には問われないだろう。首相以下の政権は困るだろうが、首相にどんなに近い人物だろうと本人を首にすればそれで済む話。泣いて馬謖を切ると昔から言われている。三日もすれば忘れられて騒ぎは収まってしまう可能性もある。

他にもテレビ局が政権を忖度し過ぎてると思うことは、ウクライナ戦争絡みでウクライナ善玉・ロシア悪玉の類型化。戦争を継続させたい気持ちが強いとは思いたくないが、事実に変な解釈をつけての放送は如何なものか。実は昨夜NTV・BS「国際報道」を観て思った。余りにロシアを悪者にし過ぎている。戦争を仕掛けたのが悪いと言えばその通りだ。しかし国土の2割も事実上占領されているのも事実。アメリカのトランプ大統領に言わせれば「ウクライナは負けている」とのことだが、半分くらいは当たっているかもしれぬ。

しかしテレビに出演する専門家の皆さんは、ウクライナに勝機があるかもしれぬような解説を言う。これも政府に忖度しての発言だと思うが、聴いていると馬鹿々々しくなってくる。日本からこれまでに如何ほどの援助が行われたかは知らぬ。それが戦争が続く限り更に膨らむことは明らか。これが真の世界平和と我が国益に繋がるかは分からぬし、日本が出来ることは少ないだろう。ならば、関連番組も縮小した方が良いのではないか。

昔少しテレビ番組制作に関わったことがあるので、週に5日も世界情勢をテーマにした社会情報番組を製作すること自体に無理があるような気がする。この類の番組はリサーチャーや構成作家が優秀であっても週に1回でも大変な筈。出演している解説者は万巻の書を読み、森羅万象知り尽くしたような話をするが、本当のところ何を言いたいのかよく分からない。

2025年12月19日金曜日

独り舞台

 今週臨時国会が終わったが、途端に奇妙な報道が出された。何でも高市首相と国民民主党党首の玉木雄一郎党首との間で玉木氏がこれまで主張し続けてきた年収の壁178万円の壁の撤廃に同意することで一致。文書交換迄したとのこと。合意文書には他に4項目があり、何れも「物価高に負けない日本経済を実現するためには、実質賃金をブラスにし手取りを増やすとともに、国内投資を促進し成長力を底上げすることで、経済の好循環を生み出す必要がある。」が前提になっている。

無職の老人故直接関係は無いが、誰が見ても文句の付け所は無いだろう。唯一あるとすれば与党内の税制を論じる立場の諸先生方くらいだろう。国会の終了を待って次の本会議での成立を期すお約束をしたようだが、素人の小生には何故昨日のことになったか分からない。衆参両院の議長さんや関連委員会の先生方にすれば少し不愉快に思っても仕方あるまい。何れにせよ現内閣は高市首相の独り舞台と揶揄されているのだから。

独り舞台ご粗末の極みは何と言っても日中関係の悪化で、国会が終了しても悪化傾向は弱まる兆しも無くむしろ強まっているとも言える。原因となっているのは台湾関連の発言「中国が台湾に対して武力行使をするようなことを見過ごすわけにいきません。」所謂<存立危機事態>発言だ。小生も弱い者いじめは黙って見過ごしたくない方なので、まともな反対は書きたくないが、正式な国家とは言えない台湾政府への入れ込み方は少し異常ではないか。

大昔、地下鉄の車内で酔っ払いのおじさんと若い男性が喧嘩になった場面に居合わせたことがあった。何とか宥めているうちに次の駅に到着、酔っ払いが粋がってホームに先に降り、若い男性が降りようとするのを止めているうちに列車のドアが自動で閉まって発車したことを思い出している。そんなに上手くいくことはそう度々無いだろうが、政治も平穏無事に願いたい。かと言っても、大政翼賛会方式はもっと質が悪い。

2025年12月18日木曜日

お役所仕事

 木曜日はいつも紀尾井町のレストランで昼食にするのが決まりだったが、何か勘違いしたのだろう。午前11時に祖師ヶ谷大蔵駅近くのJ:COMショップに行く約束なっていた。その他にも駅近くの郵便局で介護保険料も支払う必要があるので、今日は予定を大幅に変更。世田谷区内で過ごすことになりそうだ。昨日も終日世田谷区内、これと言ってすることが無かったので砧公園まで歩いてみた。昔中村寅吉氏や樋口久子氏が所属していた東京ゴルフ倶楽部の跡地だけに広さはたっぷりで樹木も多い。

園内では平日だから暇そうな老人が何人か腰を据えて絵を描いている。運動場には複数の幼稚園児だろう、大勢の子供たちが元気よく遊んでいた。こちらも何をしたものか思案しながら案内板を見ると世田谷美術館があると書かれている。近づくと結構な大きさの建物、入場料が1400円だから結構な金額だが一応観ることにした。美術館と言えば絵画や書があるかと思いきや、これらが皆無。あるのは布地だけ。きっと高名な作家の珍しい織物だろうが、小生には全く無縁の物なので退屈極まりない。唯一の取り柄は往復の歩行距離だけ。帰りはバスにでも乗りたかったが、これまた何故か休日の時刻で運行と注意書きがあって1時間に2本ずつしか来ない仕組み。仕方なく往復徒歩、お陰で半日で1万歩は超えた。

高額納税者者が多いと聞く世田谷区とはチト変わった町だと再認識。逆に今日は自宅近くだけだから歩数は稼げないだろう。しかも腹立たしいのが保険料(介護、後期高齢者医療)2件の支払い手続き。ウェブ上で可能と言いながら、実際は2日連続で金融機関(郵便局)での支払いを求められる。都内どの区でも同じことか知れぬが、何と非効率なことよだ。AIだことのウェブによる自動化よと言いながら、似たような印刷物を大量に送り付け資源を浪費する馬鹿々々しさ。

その上世田谷区のホームページなるものが旧態依然と言うか、頁数が膨大で、当然ながら担当セクションは自分の部署以外には全く無関心。役所の縦横の関係がまるで分っていない。他所から移転してきたのでホームページも実に扱いにくい。当然アルバイト的に雇われている職員も居るだろうが、世田谷区だけの問題ではないかもしれぬが、役人の数が減らないのは当たり前だ。

2025年12月17日水曜日

自維連立政権

 少し前までは内外の政治に関して大分関心があった。しかし引っ越しが大体終わった現在、昔ほど関心が無くなったのかもしれぬ。それでも今日は何日間あったか思い出せぬが、臨時国会の終了日なので、一応政治に関して感じていることを書いておく。今国会は自民党が少数政党に転じて初めて国会でもあり、首相が高市早苗氏、官房長官が木原稔氏、財務相が片山さつき氏、総務省が林芳正氏、おまけに防衛相は小泉進次郎氏とくれば、最初から何かを期待する陣容ではなかった。

特に官房長官の木原氏は初めて知った人物。ネットで経歴をざっと見たが未だ56歳、当選6回、早稲田大学卒業後日本航空に一旦入社して後に熊本から衆議院議員になられたようだ。どういった経緯で内閣の要とされる官房長官になったか知らぬが、何でも自民党右派期待の星とのこと。期待するものは最初から何も無くて当然だろう。

政府も何をしたかったのかはっきりしないが、野党も当初から政権に迫り闘う姿勢は殆ど見られなかったとも言える。野党第一党の立憲が余りにも弱すぎるのかもしれぬ。時々安住幹事長がテレビに出て何か喋っていたが、負け犬の遠吠えでしかなかった。彼はむしろ前のように予算委員長で居た方が存在感があったように思う。与野党ともにお気楽国会で、良い年の瀬だったかもしれぬ。

逆に悲惨なのは一億三千万人近い国民だ。国会がまともに機能しないから、前向きなことは何も決まらない。ガソリンが安くなったからと言われても小生はピンとこない。確かに毎日食している食品は北は北海道から南は沖縄と遠隔地から運ばれてくる。しかし運賃が値下がりしてもスーパーに並ぶ食品の価格への影響は殆ど誤差の範囲で消滅している可能性が高い。

地方自治体への交付金が2兆円強と高額だったような気もするが、政府が指し示す使い道のトップに来たのがお米券。思わず笑いたくなる。利用しますと意思表示しているのは東京都墨田区ただ一区。住民に対して来年3月くらいには配布の予定と報じられている。一人当たり1枚500円の券が何枚配られるのだろう。これで庶民に来年良い年を期待する方が無理。強いて言えば政党日本維新の会だけは来年に期待してるかもだ。

2025年12月16日火曜日

外国語音痴

 同じ悩みを抱えている人も多いかもしれぬが、小生どうも英語が苦手だ。平均的に見ても日本人は外国語が苦手らしい。何故だろう?理由ははっきりしない。今朝のテレビで今年ノーベル賞を受賞された北川進氏の演説を観たが、ユーモアを交えた内容が英語苦手の小生にも何となく分かるような流暢さで、流石国際的に活躍されている人は違うなと羨ましく思った次第。この演説はインドネシアで行われたようで、インドネシアは天然ガスの産出国であるにも拘らず、殆どが輸出されて国内ではあまり利用されていなかったそうだ。

しかし北川教授の指導で、このガスを炭団のような個体に封じ込めれば、炭団を何等かの容器に入れて家庭内に置くことでそこから天然ガスを引き出せるらしい。北川教授曰く「エネルギーも個体液体と進歩してきたが、これからは気体の時代と期待している。」と言った内容だったに記憶している。

たまたま昨日図書館で読んだ佐藤優氏の著書にも日本人の外国語下手が書かれていた。外交官や軍人にとって外国語下手は致命的欠陥になりかねないとのこと。佐藤氏は10年以上前に書かれた本の中で、今話題のイスラエル贔屓を自称してるが、中東地域を理解するにはイスラエルとパレスティナだけでなくアラブ、トルコ、イラン等も複雑に入り混じる言語系統を理解できないと困難と断言している。

このことは外国音痴の小生にも何となく分かる。小生も戦後の教育を受けてきたので、中学校から高校大学と10年間も必修で英語を学び、ドイツ語も大学で2年間+落第点で1年追加授業の憂き目。しかし英語は喋れず、最近は読むのも困難。なんて書くと昔はどうだになる。読破したのは10年間で高校時代になるがたった1冊「Treasure Island」Stevenson Robert Louis著のみ。英語の映画は100%字幕頼り。ドイツ語はアルファベットさえ思い出せない始末。首相や防衛相たちも中国語が堪能だったら現在の不幸な関係に陥らずに済んだのではなんて思ってしまう。

2025年12月15日月曜日

失敗の連続

 小生にとって失敗の無い日は無縁、失敗の数が少なければそれに越したことはないが、最近はやたらに多いような気がする。どうしたら数を減らせるか、大事なことは記憶力だと思う。引っ越してきたばかりなので、なるべく早く近隣の人の名前を覚えたいが、未だに一人も覚えられない。新しい住まいはマンションと呼ばれる集合住宅。同じ扉がずらりと並び、それぞれに番号だけは付られているが、姓名を書いた表札は一切無い。

2階なので真下の人と挨拶を交わしたが、名刺を交換したわけでもないので、すぐに忘れてしまった。尊敬する政治家の田中角栄氏は一度挨拶を交わした人の名前は忘れなかったと言われている。これだけで政治家として、人として十分尊敬に値すると思っている。ただでさえ物覚えの悪い小生、今日も失敗をやらかさないよう祈りながら直行便がある筈と勘違いして国会図書館まで行ってきた。

パソコンのマップからすれば千代田線への直通電車にうまく乗ればたやすく行きつくはずが、思いの外時間が掛かった。千代田線国会議事堂前駅は地下6階にあり、図書館は議事堂の北側、地下鉄出入口は南側にしかない。例によって地下鉄の地下通路でウロウロするのは嫌なのでエレベーターを利用して地上に出て行き返りで議事堂を1周してみた。歩きでがあって結構なことだったかもしれぬ。

国会図書館は暇つぶしにはもってこいの場所、これからも頻繁に利用したいものだ。ただ利用パスは住所変更の手続きが必要で、意外と時間が掛かった。当初ネット上で簡単に出来そうだったが、やはりそうは簡単に問屋が卸してくれなかった。さんざ時間を掛けた挙句、結局は新館のカウンターまで行って書式に記入、最終的にはマイナンバーカードを提示して、更にメールアドレスを登録、返信されたURLに10分以内に登録が必要とのこと。85歳の耄碌爺には少しきつい作業だった。

それでも佐藤優氏のイスラエル問題に関する10数年前の書物を1時間ほど読んで帰宅。帰宅すると、今月1日の昼食の約束がキャンセルされた友人からの電話。昨日やっと退院したが、世田谷区の医療体制が如何にご粗末かを聞くことが出来た。先日成城学園前で掛かりつけ医にしようかとおもい、1回受診したものの不信感がぬぐえなかったことが正解だったかもしれぬ。

2025年12月14日日曜日

年末も本番

 今日は赤穂義士討ち入りの日「年の瀬や水の流れと人の身は 明日待たるるその宝船」だ。義士の一人大高源吾と俳人の宝井其角どこかの橋の上で出会って上の句を其角が、下の句を大高源吾がつけたなんて話が実しやかに伝わるのも日本らしくて結構だと思う。天気予報では昨夜から今朝にかけて東京でも小雪が舞うようなことが言われていたが、幸い雪にはなっていない。でも霙交じりで結構な寒さだ。

また昨夜は恒例の高校同期生5人でのリモート懇談日。友人の一人が無断で欠席となった。几帳面な人物だったので心配したが、何のことはない戸隠高原のスキー場オープンに合わせて初滑りに行き、少し疲れて一杯飲んだら転寝(うたたね)をしてしまったらしい。羨ましい限りだ。

実は今日のブログは読後感で済まそうかと考えていたが、気が変わった。読んだ本は 南直哉氏、お坊さんの著書。

このお坊さん実は高校の後輩。詳しく知らぬが一旦どこかに就職した後で坊さんを志して永平寺で修行して得度された珍しい人物。既に多くの著書があり、今回読んだのは河出新書の『「死」を考える』。引っ越し以来初めて成城学園前で書店らしい書店を見つけて嬉しくなった序に発見した本である。読後感を書くにも内容が簡単すぎて書けないから丁度いいだろう。内容と感想を表現すると、『「死」なんてことはどんなに偉い坊さんが考えても分からない事』に尽きてしまう。要するに突っ込みどこが無いのだ。

忠臣蔵が終わると大晦日はすぐそこ。悩ましいのは毎年のことだが、年末年始をどう過ごすかだ。出掛ける先が思いつかないし、狭い家は息苦しくて嫌だなぁ。

2025年12月13日土曜日

慌て者

 昨日の午後、部屋が突然揺れた。もちろん日本は地震大国、どこに居ても100%安心できる場所が無いことは承知しているが、久しぶりだったので少し驚いた。震度3だったようだが豊島区時代の古い木造だったらだったらもっと激しく揺れたことだろう。このところ北海道や東北の太平洋岸の地震情報を度々耳にするが、思いもしない場所で発生するのが大地震の常クワバラ・クワバラだ。

常でないのは人生だって同じ。子供の頃から落ち着きが無くて動き回るのが大好き。この歳で引っ越しするなんて自分でも呆れてしまう。しかし居場所が代われば代わったで面白いこともあるだろう。その意味で誰しも旅行したりするのではないだろうか?小生生まれは奈良県奈良市、既に兄が二人いた。3歳で熊本県熊本市に引っ越し、弟が一人生まれた。ここで父はバリ島に赴任。赤ん坊を含む子供4人では母も大変だろうと、長野から祖母が応援に駆け付け、小生を引き取って長野市に来た。

母や兄弟たちも間もなく長野市にやってきたが、それまでは祖母が母代わり、幼稚園にも行かない幼さない頃から安定感のある常態とは無縁だったかもしれぬ。小学校に入学する歳、1947年(昭和22年)の2月だったと思う。消息が分からなかった父が突然復員してきた。ここでまた我が人生も大きく変わった。入学を予定していた松代町の小学校から急遽長野市の長野師範付属小学校に転校となる。

兎に角人生は土壇場で急変することがあったし、あって当たり前と思うようになってしまった。家内の死も突然だったし、いつも大慌てで何かする。しかしもう歳だ、慌てると碌なことはない、気をつけたい。

2025年12月12日金曜日

東京探検

 今朝もNHKが朝7時台のニュースで報じていた新宿西口の大規模開発。今週も何回か新宿西口で道に迷ってウロウロしたばかり。高校を卒業して初めて上京した時、新宿西口の柏木1丁目なる場所に安アパートを借りて次兄と共同生活を始めたのは1958年。アパートが淀橋警察署の数軒先の小路を入った場所だった。当時青梅街道は夜になると地下鉄工事が始まりのが決まり。現代の地下鉄工事はそんなことはしないが、当時は地面を掘り起こしてトンネルを作り、昼間はトンネルの上を枕木のような頑丈な木材で覆って車両を通していた。

赤い地下鉄の新宿駅の先は中野坂上だったかな?少なくてもその辺りまではそんな工法だったように思う。現在地下鉄は深い場所では地下数十メートルらしいが、新宿のあの辺りは数メートルじゃないかなんて勝手に想像している。兎に角現代の都市再開発は地面の上を整理して高層建築を増やすだけでなく、地下も含めて立体的に行うものだから何十年も前の知識なんか糞の訳にも立たない。地下の小田急線ホームも1番から9番まで、持乗り合わせた電車が地下の何階に到着したかが分からないととんでもなく遠回りしかねない。

こんな再開発が新宿だけならいいが、都内至る所で似たような工事が行われているのだからたまったものじゃない。毎日が東京探検の気分で、間違い勘違いを繰り返している。一度間違いをして反省して2度目に同じ間違いをしてみると、どこでどう間違えたかがよく分かる。そして3回目からは最短ルートを歩けるのだ。こちらは歩きが趣味だから良い。しかし平素公共交通機関を利用しない人、即ち自家用車族の人にはこの苦しみと楽しみは分からないだろう。

2025年12月11日木曜日

この世とあの世

 豊島区時代は毎日金光教教会の前を歩いていたし、近くに金光教の看板を掲げている家が2軒もあった。世田谷に来てから金光教の看板は見てないが、近くに<幸福の科学会館>があって、これの道路側が全面ガラス張りになっているのが珍しい。教会もお寺も薄暗いイメージがあるが、このように明るいのは悪くない。子供を通わすにはもってこいだろう。しかし世田谷は何となくお寺や神社が少ないように感じる。小生が育った長野市は至る所寺や神社だらけだったし、家のすぐ近くに墓地まであった。

宗教は余り凝りだすと問題があるかもしれぬ。安倍元首相襲撃犯山上被告の母は統一教会に入れあげて全財産を失い、兄が自殺にまで追い込まれたとのこと。しかし小生あの世が近づいてきたせいかもしれぬが、最近結構興味を感じている。我が家の墓地は長野市内にある曹洞宗の境内にあり、既に他界している家内の実家も曹洞宗だった。ご存じの方は多いと思うが、曹洞宗の教祖は道元禅師だ。本山は福井県にあるが行ったことはない。鎌倉にも同系列の寺、本山総持寺があり、家内の葬儀はそっち系列の寺で仕切ってもらい、後に長野の寺に納骨するのに苦労した。

小学生時代から親しかった友人の一人が牧師になっていたし、従妹の一人がやはりキリスト教信者。彼女はお寺との縁も大切にしていて、小生より熱心に墓掃除なんかを手伝ってくれる。そこで思うのが、宗教心とは何かだ。キリスト教徒は少なくとも聖書は読むだろう。譬え新約であろうと旧約であろうとだ。ところが、仏教徒は般若心経くらい共通して読むか知らぬが、教祖の教えをどこまで知ろうとするか甚だ疑問。

人間は弱いもので家族親族から友人たちを頼ったりするが、それでも更なる救いを求める人も少なくない。もちろん小生もその例に漏れず日夜煩悩に苛まれている。ナム~。

2025年12月10日水曜日

適時適切

 今どき85歳にもなって一人で引っ越しをするなんてこと、を考えるのは相当な変わり者だと自分でも思う。もうそろそろ1か月近くなるが未だに落ち着かない。今日は朝からメールの署名がチグハグになっていることに気がついた。今まで気がつかないでいた訳でもないが、送信文を書くたびに自動的に表示される署名を変更すれば良いだろう、と気楽に構えていた、そうもいかない気がし始めた。これから先の人生で何通メールを書くかは当然分からないが、やはり住所表示は正しくあるべきだ。当たり前のことだが、前に経験が無いから初挑戦で結構な手間がかかった。若い人からすれば可笑しいことだろう。

自分もとろいが、昨日驚いたのは郵便のトロさ。引っ越し挨拶状は引っ越し前から準備して、越して来てすぐ、先月16日か17日には発想したつもり。それが当て先人不明で返送されてきたこと。発送人住所が豊島区住所だったらまだ理解できるが世田谷の郵便局に持ち込んで料金別納で差し出したハガキだ。どこをどうすればこんなことになるのか?もうじき1か月になろうと言うのに。先日元通産省の高級官僚だった友人と池袋で昼食を共にした時彼が言っていた。「最近の役人の劣化は目に余る。」との話。分かるような気がする。

あらゆるところで、政治家のグリップが効いていないのだろう。上に立つ政治家が、難しい事案を引き受けて「俺に任せろ。代わりに君はただ・・すれば良い。」と激励していれば役人は一生懸命仕事をする筈で、「私が働いて働くから、あなたも働いてね・・・・」なんて言われても「俺とあなたではお給金が違う・・・」と思われていることが分からない現代の政治家諸氏だ。直接会ったことはないが、彼は直接会ったこともあるようだ。「やはり、田中角栄は違うよな。」で意見が一致した。

今年は日本からノーベル賞受賞者二人も出た。人材がいないわけではないだろう。しかし政治家が好んで使う適時適切な役割を担う人が少ないように思うのが残念だ。

2025年12月9日火曜日

パッとしない日

悪い癖とは言えないかもしれぬが、自分でもおかしな癖だと思っていることがある。何ごとも午前中に片付けないと気持ちが悪いのだ。冷静に考えれば1日は24時間とまで言わずとも午前もあれば午後もある。昼飯を食ってからやってもいいじゃないかと思いたいが、慌てん坊だからだろう、どうも午後から仕事に掛かる気がしない。

ところが今日は妙なことに午前中始めた仕事を途中でやめて、昼飯に出掛けて新しい飯屋を発見。そこまでは許せるとしても、帰宅して再開するつもりが上手くいかない。1時からNHK/BSの映画「ダンケルク」を観てしまった。既に観たつもりだったが、観はじめても記憶が無くて只管面白い。ついついブログはすっかり忘れてしまった。改めてブログ書きに戻ろうとしたら、今度はパソコンに繋いでいるマウスが機能不全。壊れてしまったようだ。

豊島区時代の家の買い手さんから「取り壊した結果、アスベストが出てしまったので契約通り半額を取り壊し業者にお支払い願いたし」とのメール。金額も馬鹿に出来ぬ。今日は何をするにも良いことより悪い目の方が多い日みたいだ。

2025年12月8日月曜日

何年経っても

 昭和も遠くなったものだ、今日は言わずと知れた対米英蘭開戦の日。マスコミ報道はほぼ日中国交問題がトップに来て、昭和16年12月8日に関するものは見当たらない。当時も日中問題は10年以上ぎくしゃくしていて、そこにアメリカが日本への石油輸出を止めると言ったことから政府は存立危機事態と判断したのだろう。予ねて軍備の増強を図ってきたので、先手必勝の信念だけで冷静さを失った政府、軍部の指導者が戦争に突入した。

赤ん坊時代のことだから詳しいいきさつは知らぬが、それから約3年半で軍人市民が凡そ350万人亡くなり、国土面積が約4分の一に圧縮されたと言うのだから凄まじいものだ。主たる敵国だったアメリカは日本を占領下に置き、今後百年くらいは日本を世界最下位の最貧国にするつもりだったらしい。もちろん憲法も変更させた。しかし何故か国の仕組みの基本になっていた天皇制は名目こそ変更させたが、天皇の戦争責任は追及しなかった。

国民は極貧にあえぎながら、約5年凌いでいるうちに共産主義のソ連とアメリカの仲がおかしくなり、日本の一部だった朝鮮で内乱が発生。国がアメリカ側と共産圏側に割れてしまった。一時は共産圏側がアメリカ側を大分追い詰め、アメリカ軍を指揮していたマッカーサー将軍は原爆の使用も検討したようだが、何故か使用を許されず失脚してしまった。

それから75年経つ現在でも朝鮮戦争は終わらず、南北朝鮮と二つの国に分かれてそれぞれが独立国家となって国連加盟国になっている。日本ももちろん国連加盟国であるが、敵国条項の縛りがあるそうだ。戦後出来た国連なる組織の機能も詳しくは知らないし分からない。冒頭に書いた日中国交問題なんかも国連で問題になったりしてるようだが、解決の道筋は見つからないらしい。小生もだいぶ歳をとったが何も変わっていないかもしれぬ。

2025年12月7日日曜日

日本語圏

 何時のことか正確には分からぬ昔のこと、日本人の誰かが隣国の中国で文字を学び、持ち帰って何年かこれまた分からないが、独自の読み方を発明。更にそこから平仮名を産み出した。「いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ うゐのおくやま けふこえてあさきゆめみし ゑひもせす」中国文字を当てはめれば「色は匂へど 散りぬるを 我が世誰ぞ 常ならむ 有為の奥山 今日越えて 浅き夢見し 酔ひもせず」となる。

これぞIPS細胞の発見発明にも匹敵する事と言えるだろう。昔も今と同じで頭の良い人がいたものだ。2千年近い昔に海を渡った人の名はもう誰も知らぬし、その文字で書かれた日本書紀や古事記の作者や編集者の名前も残っていないだろう。最初の渡海を果たしたのは空海や最澄だったかもしれぬし、別人だったかもしれぬ。

何れにせよ文字は行き渡った地域に絶大な文明をもたらした。日本文明が宗教的色彩を余り強く受けずに、もっと古いと思われる古代宗教と新しい仏教が対立せず共存しているところがまたユニークでもある。抹香くさい宗教より文化の薫り高い文学が大いに発展もした。紫式部の源氏物語や清少納言の枕草子は人間の本能や社会風俗を見事に描き、なんて書いても小生は両方とも読んだことが無い。

何れにしても日本文明は男女が協同して生み出してきたと言っても良いだろう。残念なことは、そんな時代が約千年くらい過ぎた頃から男が急に威張りだして血腥い争いが続き、領土争いが過ぎて、言葉の文化圏を超えて拡張の果て、外国との争いとなって、結果日本は厳しい制裁を加えられてしまった。その時点からは未だ100年も経っていない。しかしこの短い間に日本語が著しい変化をしたことだけは確かだ。これからどのような道筋が待っているかは誰にも分からぬだろうが、少し落ち着いて考えるのが良さそうだ。

2025年12月6日土曜日

モグラ叩き

 今日の報道で自民党の金余り現象は年を追うごとに増えてるとのこと。次に引用するのは日刊ゲンダイの記事<先日、公開された2024年分の政治資金収支報告書によると、自民党本部が翌年に繰り越した残金は210.4億円。この年、国庫から支給された自民への政党交付金の額は156.5億円あまりで、53.9億円も上回る計算>

続いて<「改革のセンターピン」と言い張る日本維新の会の目標通り1割減らしても、国費の削減効果はせいぜい35億~50億円。>

他には毎朝読んでいるフリージャーナリスト岩上安見氏のメールには、神戸学院大の上脇博之教授「高市早苗総理ら、小泉進次郎防衛大臣らに対する政治資金規正法違反容疑の告発状を奈良地検・横浜地検に送付!」なんて記事もあった。内容は省略するが、何れも支持者の企業から昨年度1千万円を上回る寄付を受領していて、これが政治資金規正法に違反してるとのこと。告訴が受理されたかどうかは書いて無いが、両氏は修正したと反論しているから身に覚えはあるのだろう。

これらを合わせ読んで感じるのは、物価高騰に苦しむ庶民感覚は政権担当者には分かるまいとの思いだ。世に他人事(ヒトゴト)と言う言葉があるが、自民・維新政権幹部は物価高騰対策を考えてくれるが、存在する問題は自分とは関係ない世界のことで庶民の痛みを実感は出来ぬだろう。政府の打ち出す物価対策と税制改革がモグラ叩き状態に陥っているのは当然だ。多くの人からするとどちらも的外れだろう。

2025年12月5日金曜日

人恋う季節

 遠い北の町ではとっくに雪が積もり、故郷の長野市でも雪が降ったりしたらしい。東京も朝の気温が5度を下回ったとのこと。引っ越しも終わって少しホッとしているが、やはり人が恋しくなるのが人情と言うものだ。数日前になるが、久しぶりに50年来の友人と夜会って、生まれて初めて案内された大手町の工業倶楽部でフルコースの洋食をご馳走になった。「面倒だろうが、ネクタイ着用で来てくれ。」と予め言われたが、面倒でも何でもない。料理や酒の美味さは当然ながらその価値は100%以上だった。

更に赤坂のバーでの2次会で、何かの拍子で与謝野晶子の話から旦那の鉄幹氏から与謝野馨氏まで話が及び、友人が馨氏と縁があったとのことで、与謝野夫妻や孫の馨氏が如何に優れた感性と頭脳をお持ちだったか、改めて話題が大いに盛り上がった。今日は鉄幹氏の作詞とされている旧3校の寮歌「人恋うる歌」を取り上げたい。現代ではそんなに流行らないと思うが、小生の青春時代は殆どの友人が少なくとも1番は口にしたことがあっただろう。

以下はネット上から丸写し故に、漢字であるべきところが平仮名表記になっているので些か情緒に欠けるが、雰囲気は分かってほしい。

1番:妻をめとらば才たけて め美わしく情ある 友をえらばば書を読みて 

   六分の侠気四分の熱                 

6番:人やわらわん業平が 小野の山ざと雪をわけ 夢かと泣きて歯がみせし

   雪をわけむかしを慕うむら心

2025年12月4日木曜日

都会暮らし

失敗は成功の基と言われるが、引っ越しして以来失敗続きで気が休まらない。土地勘が無いと言えばそれまでだが、豊島区時代と異なり、ここからはどこに出掛けるにも先ず小田急線に乗り、何度も乗り換えを繰り返さないと都心の目的地に到達しない。帰宅してよくよく考えれば、各鉄道の案内板はかなり丁寧に書かれていることは確か。これをゆっくり眺めて落ち着いて行動すれば、目的地に案外簡単に辿り着くかもしれぬが、なまじ都心の土地勘は長年暮したから大丈夫と変な自信が却って災いしてしまう。

初乗りの小田急線ですら、各駅停車に準急、急行があって乗車した電車の停車駅に注意していないと感が狂うし、その目的地が新宿か千代田線に乗り入れているかでも勿論大きく変わる。通勤時間が終わった9時台以降は乗り合わせている電車の目的地も十分弁える必要もある。また目的地によっては千代田線から例えば半蔵門線に乗り換えるとか。都心を走る電車は殆どが8両連結以上。どこに乗っていても目的地に一番近い地上への出口がこれまた分かりにくい。この歳になって改めて学習し直しているのだから失敗があって当たり前だ。

都心の停車駅は地下ホームとなっている場合が多い。どこの出口か分からず取り敢えず外に出て、目的地方向に進まず明後日の方向に歩き始め、思わぬ遠回りをしたことは何度もある。都会暮らしには多くのメリットもあるが、年寄りには、或いは若い人でも面倒なこともあるものだ。 

2025年12月3日水曜日

スマホ全盛時代

 もう大分昔になるが、携帯電話が出た時これは便利だと購入した。公衆電話用に小銭やカードを持つ必要も無いし、腕時計も必要なくなった。あれから何代目になるか分からぬが、今は人並みにいつもスマホを持ち歩いている。現代のスマホの機能は昔の携帯電話とは比べ物にならぬほど進化しているに違いない。昨日、引っ越しに関連してJ:comショップに立ち寄ってクレームをつけた。「テレビや通信環境の整備はしてもらったが、DVDの録画機能が働いていないので困る。」

対応してくれた社員氏曰く「作業員が単純に連結線を繋ぎ忘れた可能性もあります。申し訳ありませんがご確認の上ご自身で繋いで下さい。」帰宅して確認すると線は繋がっている。電話すると「DVDの電源をご確認願います。」で電源ボタンを押すとすぐに起動。何も問題は無かった。豊島区時代からの録画も全て有効だ。自分でも恥ずかしくなるような機械音痴と言える。

会話の途中で「スマホをお持ちですか?」問われたので、ポケットから取り出して提示。また「ちょっと宜しいですか?」で、もちろん否は無い。彼が手にするとあっと言う間に、予ねて何やら訳の分からぬことを喚き続け患敷く思っていたアプリを削除してくれた。代わりにJ:comの会員登録をしたり、NHK受診料の2重払いとか予ねての疑問が大分すっきりした。これも初耳だったがJ:comとAUは共に旧KDDの子会社で同系列とのこと。

同系列であろうと競争はかなり激しいのだろう。AUショップは隣駅の千歳船橋迄行かないと無いらしい。やはり料金問題となり、定番の「J:comに纏めればお安くなります。」となった。どうせ大差は無いだろうし、一時金の発生があるだろうと思ったが、乗り換えることに同意。月末に再度来店してシムカードを差し替えることにした。今日は昨年の今頃読んだ朝日新聞の記事「スマホが壊す私たちの脳」を引用してのブログにするつもりだったが、とんだ寄り道になってしまった。スマホの多用は認知症になりがちと書いてあるが、真偽のほどは自分で確かめるしか無いようだ。

2025年12月2日火曜日

当たり前のこと

 新しい住居、マンションに移転したので、鴨居の煤払いや窓の汚れ落としなど年末の大掃除らしきことの心配は必要がなくなった。畳の部屋が無いうえに薄い板張りの上にカーペットを敷いていないからだ。一応掃除機は持って来てるが未だ使用したことが無い。郵便受けは屋内に設置されているので濡れる心配も無い。2階住まいなので落ち葉も気にならない。門から玄関を通って内庭には、朝方には落ち葉落ち花が少し散乱するが、やがて専門家の手で綺麗に掃き清められて石畳には打ち水が掛けられる仕掛け。

気になるのは室内空気の澱みだけ。これは自分の手で朝暗いうちに南北の窓を開けて一応入れ替えている。空気の入れ替えは豊島区時代もしていたが、これをすると室内が一気に冷える。当然冬は暖房が必要で、1階も2階もエアコンの他に昔は石油ストーブ、独居してからはガス暖房機と電気ストーブを併用していた。マンションにもエアコンが1か所設置されているがあまり使用していない。密閉されているので外気の影響が少ないようだ。

家自慢はこのくらいにして、そんなことより政治の話。

政治家、特に行政を司る政権当事者はいつの世も同じかもしれぬが、庶民の暮らしの実態については知りようが無いのだろう。知ろうにも周囲が段取りするので出来ないかもしれぬ。庶民とは言えぬかもしれぬが小生から見るとトンチンカンも甚だしい。政治と金が話題になると、<そんなことより>衆議院議員定数削減が連日報道を賑わしている。一方では議員歳費を簡単に値上げしたとのこと。議員のいでたち即ちお着物を見ていれば、彼らが如何に裕福な暮らしぶりかが一目だ分かるだろう。

彼らは大勢の付き人や警護官に囲まれているので当たり前に思っているだろうが、それに相応しい仕事しているならまだしも、野党政治家が指摘するように政治と金の問題に関してはどこまで来ても旧態依然、献金をくれる企業と個人に甘く、庶民からは搾れるだけ絞る根性の悪さは目に余る。何れは天罰が下ると信じたいが、戦争になって庶民が巻き込まれることだけは避けたいものだ。ボケ老人が言ったところで始まらぬが、世に数多く居る評論家の先生方、なぜ根本的な指摘をしないのか不思議でならない。

2025年12月1日月曜日

年末だ

 愈々歳末、平和な日本だが政治が不安定で、世の中が少しギスギスした感が否めない。この感じは臍の位置が正常でない小生固有のものかもしれぬ。ともあれ、2017年の年末に家内が急に亡くなって以来8年、へばりながらも独り身でよくここまで来たものだと自分でも感心してしまう。特に今年は6月以来約半年掛で、念願の生活改善、即ち質量ともに縮小化を図って世田谷に引っ越した。土地勘が全く無かったので多少戸惑っている向きも未だあるが、年が明ける頃には何とかなるだろうと気楽に構えている‐‐‐つもり。心配がないのは大助かりだ。

しかし隙間だらけの寒い一軒家と異なり、密閉されているマンションは寒くないのは結構だが、空気の入れ替えが一苦労。今朝も起きてすぐ、暗いうちに空気を入れ替えようと窓を開け放ったは良いが、一ヶ所だけ押し開けた窓が閉まらなくなってしまった。慌てたが陽が昇って確認したら何のことはない、下のつっかい棒金具に開閉の仕方がちゃんと書いてあった。このマンションは築13年と比較的新しいが、購入した部屋は大京穴吹不動産が買い取って、リフォームしたものなので、コンパクトながら上手く出来ている。

難点は壁で、綺麗だが物を掛ける場所が全く無いこと。帽子やコート掛けが無いのは少し厄介だが、絵とか写真は掛ける趣味も無いから暫く我慢して、近くにリフォーム屋が何軒かあるのでそのうち、相談でもしてみたい。12月には忘年会がつきものながら残念なことに誘われているのは一件だけ。これから引っ越しで世話になった友人を招待することを考えよう。