2025年12月7日日曜日

日本語圏

 何時のことか正確には分からぬ昔のこと、日本人の誰かが隣国の中国で文字を学び、持ち帰って何年かこれまた分からないが、独自の読み方を発明。更にそこから平仮名を産み出した。「いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ うゐのおくやま けふこえてあさきゆめみし ゑひもせす」中国文字を当てはめれば「色は匂へど 散りぬるを 我が世誰ぞ 常ならむ 有為の奥山 今日越えて 浅き夢見し 酔ひもせず」となる。

これぞIPS細胞の発見発明にも匹敵する事と言えるだろう。昔も今と同じで頭の良い人がいたものだ。2千年近い昔に海を渡った人の名はもう誰も知らぬし、その文字で書かれた日本書紀や古事記の作者や編集者の名前も残っていないだろう。最初の渡海を果たしたのは空海や最澄だったかもしれぬし、別人だったかもしれぬ。

何れにせよ文字は行き渡った地域に絶大な文明をもたらした。日本文明が宗教的色彩を余り強く受けずに、もっと古いと思われる古代宗教と新しい仏教が対立せず共存しているところがまたユニークでもある。抹香くさい宗教より文化の薫り高い文学が大いに発展もした。紫式部の源氏物語や清少納言の枕草子は人間の本能や社会風俗を見事に描き、なんて書いても小生は両方とも読んだことが無い。

何れにしても日本文明は男女が協同して生み出してきたと言っても良いだろう。残念なことは、そんな時代が約千年くらい過ぎた頃から男が急に威張りだして血腥い争いが続き、領土争いが過ぎて、言葉の文化圏を超えて拡張の果て、外国との争いとなって、結果日本は厳しい制裁を加えられてしまった。その時点からは未だ100年も経っていない。しかしこの短い間に日本語が著しい変化をしたことだけは確かだ。これからどのような道筋が待っているかは誰にも分からぬだろうが、少し落ち着いて考えるのが良さそうだ。

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