2026年1月31日土曜日

西部劇映画

幼い頃から映画好きだった、ひょっとすると祖母の影響かもしれない。カラー映画が当たり前になるより前のモノクロ映画時代から映画館に連れて行ってくれた。日本語の文字さえ満足に読めなかった頃からだから年季が入っている。昨日も昼飯を二駅先の経堂迄喰いに行ってしまったので、帰宅が13時を少し回ってからだったが、それからNHK・BSでチャールトン・ヘストン主演の「ウィル・ペニー」を最後まで観てしまった。

思い出してしまったのは、若い頃に憧れていたアメリカの原点はこれ、即ち善良でマッチョな男たちのアメリカだ。この映画のコンセプトは幼い頃から憧れていた映画「シェーン」とそっくりである。本当の死闘になれば誰にも負けない旅人に憧れた少年。最後にその死闘をを少年の目前に披露するが、何も言わず黙って去っていく。少年が後追って<カムバック>を叫んでも、主人公のシェーンは後も振り返らない。

日本のやくざ映画も似たような筆法を真似るが、少年は出てこない。やくざは暴力が最初から売り物で、やくざ同士の喧嘩が主なテーマになってるケースが多い。紹介した二作品は、主役に善良な市民を仕立ててるところに大きな違いがある。黒澤明監督の「七人の侍」も悪人退治の話だが、これも善良な市民が暴力のプロを雇う形になっている。現実味はこちらの方があるのだろう。でなければユル・ブリンナーの「荒野の七人」が制作されなかったろう。アメリカには未だに農業国家の感じが残っていそうだが、日本は農業国家の姿は消えつつあるようだ。 

2026年1月30日金曜日

何も無い

 明日が正月の末日、早いものだ。歳月人を待たずとはよく言ったものと思わざるを得ない。来月になっても特段の予定も無いので困ったものだ。目前を行き来する小田急電車の音さえ二重窓で遮断している外部から、選挙の街宣車の音が入って来る。よほどの音量で流しているのだろう。ということは大勢の人たちが総選挙に関心を持たざるを得ないのだろう。しかし残念ながら小生には投票用紙が送られてこない。きっと移転から3か月未満で投票券が発生しなかったと思う。

投票日の2月8日は母の誕生日、墓参りはできないが、遠く東京の空から長野に向かって遥拝するつもり。寒明け10日が通常は寒さの底と言われるが今年は比較的早く暖かさが訪れるとの予想もある。当たってほしいが、最近期待外れが多い。何はともあれ、もう少し辛抱が必要なようだ。健康第一しかない。

2026年1月29日木曜日

手取り収入

 読売だけなら兎も角、日経までも自民・維新高市政権票が多数を占める勢いと書いたそうだ。事前投票所がどこにあるか知らぬが、そこでの聞き取りが加味されたかどうかは分からない。しかしクヨクヨしても始まらない。自維政権が続いてもどうせ碌なことは出来ないし、暮らしが楽になる人は多くならないだろう。小生もこれまでの人で個人的希望が叶う日は少なかった。これからも同じことだろう。嬉しいことは月に一度でもあれば好とすべきだ。そうこうするうちに、いつかは自維の化けの皮が剝がされる事件も起きるだろう。

話題を替える。東大の医学部長かもしれぬが、皮膚科と何とか協会の間で生じた接待汚職事件の責任を取ると言うことで辞任発表があった。これには違和感を禁じえない、古来医師と薬剤メーカーとの癒着は半ば公然、患者が担当医師にに心づけを出すことも公然。これが無ければ安い給料の病院医師なんか誰もやっていられないだろう。世田谷区には碌な病院が無いことは分かったが、全国的に同じなってはいけない。

<角を矯めて牛を殺す>なる俚諺があるが、偉いさんは下々の生活実態を知ってか、或いは知りつつもかは分からないが、円滑油を拭き取って磨き上げては困る。労働に対する対価の多くは組織が決める。それを政府やら労組が横から意見を言って上げ下げが出来ると思ってる人間が多いが、そんなもので労働者の賃金が動かせる筈が無い。学生時代に学んだ社会学の教科書か何かで読んだことを思い出している。

即ち、労働の対価は社会への貢献度の評価で決まるとのこと。今でもこれを信じている。手取り収入は政治力では動かぬだろう。

2026年1月28日水曜日

振り込め詐欺

 米以外に碌な食料も無く、エネルギーはほぼ全面的に輸入に頼らざるを得ない日本。投資市場がどんなものかも知らぬが、いわゆる投資マネーの大部分は外国人がコントロールしていると思う。その規模も分かっている人間も少ないだろうし、これを迎え撃ってゲームをする勇気ある投資家は日本には居ないかもしれぬ。物価の高騰は円が安くなって輸入原料が高騰していることが大きな要因だと思っている。日銀も政府の通貨担当者もそんなことは先刻ご承知で、通貨安を食い止めるべくあらゆる手段を講じているのだろうが、どうも多勢に無勢。あまりうまく機能していないようだ。

不幸にしてこの推測が当たっていれば、物価の高騰はインフレを起こすほどでなくても暫くは続くと見ておいた方が良いかもしれぬ。かと言っても慌ててアメ横に行って金の延べ板を買うほどの才覚は持ち合わせていない。只管節約に努めたいが、食い意地が張っているので時々美味い飯を食いたくなる。今日も昼に池袋で用事があったので行き、久しぶりに納得のいく飯を食ってきた次第。もっと書きたいことがあったが、2時半ころ帰宅したら、携帯に訳の分からない請求電話が掛かって来てその対応で1時間半近く潰されてしまったので今日はこれにて終わる。

掛けてきたのはNTTファイナンス(株)を名乗る人物。昨年1月にこちらの携帯から契約されたサービス会社の代理人で、30万円近い未納料金を要求してきた。案外本物かもしれぬし、嘗て引っ掛かった振り込め詐欺の同工異曲の類かは分からないままだ。

2026年1月27日火曜日

宗教心

 広い世界のことだから宗教心を持たない人が居ても不思議は無い。八百万の神がいる日本でさえ「俺は無宗教」と豪語する友人さえいるほどだ。神や仏と縁が薄そうな共産党の中国だってラマ教だけでなく、仏教寺院が有ったりするのを見たことがあるし、キリスト教の教会さえあるそうだ。まして欧州の迫害から逃れた清教徒が国を開いたアメリカは、宗教色の濃い社会だったことだろう。

トランプ大統領が信じているかどうか知らぬが、アメリカの最大宗教派閥福音派は国民の25%を占めると言いう説もある。もちろん現在のローマ法王はアメリカ出身者、少ないとは言ってもカトリック信者も少なくないだろう。父が曹洞宗の寺に墓所を設けてくれて、子供全員に「この墓に入れ」と遺言した関係から、小生もこの寺との縁を尊重して墓を守ってきた。但し、小生には男の子がいなかったので、あの世に行ってしまえば子や孫たちがどのくらい墓前に来てくれるかは定かでない。

墓参りに来なくても時々思い出してくれればそれで十分だ。昇天後も魂なるものがあれば、小生は少なくても子や孫、甥や姪までは見守るつもり。日本式宗教心は仏式や神式に関わらず、似たようなことだろう。しかし宗教心が建国の基礎になっているアメリカは大分事情が異なり、日本の真珠湾攻撃で始まった第2次世界大までとか終戦直後に留学していた人に聞くと、多くのアメリカ人が非常に親切だったとのこと。即ち、清教徒教育が国民生活の基礎にあるので、真面目な人が多かったらしい。

特に白人家庭では日本留学生を心底歓迎して、少々貧しくても清教徒を増やしたい気持ちが強く出る家庭が多かったとのこと。チョット俄には信じ難い今は昔の物語だ。出典「アメリカ」鶴見俊輔 亀井俊介 共著

2026年1月26日月曜日

名前の大切さ

 親から授かった大事な身体と名前、欧米の人は苗字より先に名前を書く習慣とのこと。確かに名前は大切にすべきだ。子供たちが小生が下手くそな字で書いた命名書を保管しているかどうか知らぬが、小生は祖父が書いて父宛に送った命名書を今でも大切に保管している。そこには「金星男 〇 出典:大学「○○」と墨痕鮮やかに記されている。書状が封入されていた封筒の裏書は小生誕生日の翌々日。その翌々日が祖父の命日と聞いているので、祖父との間に運命的な繋がりを今でも感じている。

昨日初場所で連続優勝を飾った大関の安青錦 新大氏 、日本語としては読みにくい。どうも親方ではなく大学の先輩から授かったようだ。お相撲さんのしこ名には似たようなことはしばしば見受けられる。特に彼の場合は地球の果てにも思われるウクライナから来てくれた力士。新大までが正式な正式なしこ名として認められなかった理由は知らない。ただ優勝した大関の呼び名「あおにしき」は濁音がなく若々しい感じが溢れている。今はやりのキラキラネームで良い名前だ。

名前に関して書いた理由は政治と関係がある。明日から選挙が始まるが、選挙では政党の知名度が非常に大事だと思う。革新系の野党が選挙の度にコロコロ政党名を変えるが、これが選挙に非常に不利だと言うことに何故気がつかないのだろうか?自由党と民主党が合併して自由民主党になった。これは党勢の拡大に役立ちこそすれマイナスにはなっていないと思う。立憲公明連合であれば良いのに、態々分かりにくい「中道改革連合」なんて命名をして、投票者が増えるより零れてしまう方が多いに決まっている。投票行動なんて理屈じゃないところが大きい筈、実に残念だ。

2026年1月25日日曜日

春待つ気分

 日曜日は週の初めか終わりの休息日か知らぬが、小生は初日と考えている。何れにせよあと1週間で正月は終わる。早いものだ、昨年11月半ばに引っ越してきてから既に2か月半。未だ慣れたとは言い難い。一昨日、こちらに来てからずっと毎日シャワーだけで済ませていたので、寒さも大分厳しくなってきた。風呂にでも浸るかと考え、水を張ろうと改めて桶を見ると水道の蛇口がついていない。シャワーの蛇口から水を張るのも面倒だからけっきょっく風呂は沸かさなかった。

昨日になって売主の不動産会社に電話で問い合わせると何のことはない、水道の栓も自動化されているので必要が無いのですとのこと。今夜こそ風呂に入ろうとかとも思うが、結局カラス行水で終わりそうだ。ご粗末な話は措くとして、少し真剣な話。世田谷に越して来てすぐにでも会う予定だった高校の同期生と昨日の昼にやっと会えて昼飯を共にした。何で昨日かと言うと、彼も早いところ会う予定で居たのに、直前になって急にサルコペニアなる奇病に襲われ、救急入院。生死の境を1か月以上さ迷ってしまったとのこと。

その顛末を聞きながらの食事で、医学が進歩したと言っても未だ々々専門の医師でも分からないことが多いことを聞かされた。夜も別の同期生とのリモート懇談でも、最近同期生が次々と亡くなっている話になり、我々もいつ訳の分からぬ病気に倒れるか分かったものじゃないと意見が一致。テレビはこのところ「暖かくしてお過ごしください」が決まり文句になっている。あと1か月もすれば急に平年より暖かくなるそうだ、昔は冬が去り行くのが残念だったが、今はもう「春よ、早く来い」と人並みの年寄りになってしまった。

2026年1月24日土曜日

何をか況んや

 誰も同じとは限らないが、歳をとるとどうしても思考範囲や時間が狭く短くなる。未来志向が流行っているが、未来と言われてもなぁてなことだ。現実を重視せざるを得ない。都内でもここ数日、朝は氷点下になっているらしい。幸い世田谷に移転してマンション住まいになったので、それ程の寒さは感じずに済んでいる。寒さは陽が落ちてからのこと。カーテンを閉めて椅子に腰かけ、そこで初めてエアコンを暖房にしてテレビで大相撲を約1時間観戦でする。これが最近の楽しみだ。

何とか今日も無事過ごせたようだ、明日も同じであってほしい。と願いはあっても挑戦なんて何もない。<挑戦しないところに未来が無い>なんて言われても、高齢者には挑戦のしようがないだろう。「冗談は休み休み言え」だ。当然昔から決めていることで与党候補者だけには投票しないが、今度の選挙は、来たばかりで野党候補者についても何も分からないので投票券が来ても投票はしないつもりだ。

2026年1月23日金曜日

弱肉強食社会

 アメリカのトランプ大統領の身勝手な言動と振る舞いは、常軌を逸してるとしか思えない。しかしこれを受け入れようとしている国もある。それらの国の実情を知らないので不思議さはますます募る一方。日本の高市首相についても同じ。小生には実に身勝手に思える振る舞いで今日から開催予定だった通常国会を勝手に停止、莫大な国費を投じて総選挙を実施。あわよくば自己の立場の強化を図るとのこと。首相という立場の人間にだけ許されている普通の感覚では理解できないことだ。

将来人の上になることなど自他共に考えられなかったのに、何故か両親が教えてくれた故事に<実る程頭を下げる稲穂かな>がある。外国にこれがあるかどうかは知らぬが、日本人であれば恐らく多くの人が知っているだろう。様々な人が共に生活している社会には、共有すべき社会通念(常識)がいくつか必要だ。中でも社会の上部に居る人は謙譲の美徳を尊重すべきだ。

さもないと社会の秩序を保つことが困難になるし、健全な青少年の成長が期待し難くなるだろう。

2026年1月22日木曜日

掛かりつけ医

健康オタクの傾向を自覚しているが、大寒の最中に寒稽古の真似は出来ない。歩行数も豊島区時代と比べると少なくても2~3割は落ちているだろう。晩秋、冬の入口で越してきたのだから仕方ないが、腹まわりが醜く太り始めてズボンがきつくなって来たことが気に入らない。それと、こちらに来てためしに行ってみた掛かりつけ医がどうも気にいらない。豊島区時代の過去3年分の健康診断結果とお薬手帳を持参したのだが、これらをすべてコピーしたうえで更に、血液と尿を採取。結果はあくる日としたうえで、処方も何故か28日分しかしてくれない。

以前は「45日分処方して頂き、それを半分ずつ飲んでいたので3ヵ月おきに通院していたのですが。」と申し上げたら「そんな無責任なことはできません。」とつれない返事。そもそも小生の持病としているのは<痛風>。アタックがあったのは50歳前半だと思う。

以来、尿酸値を抑える薬を服用し続けてきた。尿酸値とかクレアニン値の腎臓系の数値はクレアチニンが少し高めだが、これも日大板橋病院の腎内科の専門医から20年以上この数値で安定しているのだから、数値に急激が出ない限り心配無用とお墨付きを貰っている。

先に書いた医師の理屈も分からぬではないが、先の短い人生だ。我慢して4週おきに通うのも良いが、いっそ、寿命が早く尽きても仕方ないからこのクリニックだけはもう行くまいと決心した。たまたま今日<後期高齢者医療保険料の口座引き落としが確定しました>との通知が届いたので、そのうちには健康診断の通知も来ることだろう。前述のクリニックは成城学園前、遠いのは苦にならぬが、今度は祖師谷の医者を見つけて健康診断に行ってみたいと考えている。 

2026年1月21日水曜日

生活必需品

 時代だから仕方がないが、世の中すべてスマホ・タブレット・パソコンなどで連絡しないと外部と連絡できないようだ。昔のように大声を出せば誰かが気づいてどこかに連絡してくれるなんてことは考えない方がよい。アスファルトジャングルとはよく言ったものだなんて感心してもどうにもならない。八十の手習いで、これらの機器について少しずつ勉強していくしかないだろう。

ところで今日、東京電力が何号機か覚えていないが午後7時過ぎに再稼働させるとの発表があった。2011年3月11日の東北大震災で全滅した福島第一発電所以来初めてのことだ。あの大地震迄は東京電力と言えば日本を代表するトップ企業。今のトヨタ自動車なんてものではなかったことは20歳代前半の若い人には想像がつかないだろう。事実今でもそうだと思うが、電気エネルギーは社会の隅々にいきわたり、あらゆる面で国民生活を支えている。小生は車とは既にほぼ無縁、電力とは生涯世話にならなければならない。

確かに原子力発電については、あの地震で証明された危険性からその存在を認めない方向であるべきとの意見もある。東京電力もその責任を厳しく問われて一度は倒産させられた。しかし原子力発電も東京電力も無くなって困るのは多くの国民であることも事実。代替手段があるなら良いが、新エネルギーに関しては十数年過ぎた現在でも一向に見つからない状態が続き、徐々に原子力発電の重要性が増し始めているように思う。この状況は東京電力やその存在を取り巻く官僚の勢力が意図的に妨害している訳でもないだろう。

大きな事故が発生すると、その責任を問う声が一斉に沸き起こるのは仕方ないし、責任者は気の毒だが、責任を取る必要もあろう。しかし組織迄無くしてしまえと言うのは些か暴論に過ぎはしないか。軍隊が暴走したから組織を無くしてしまえも同じ理屈。5年も経たずに占領軍側から組織を復活してくれとの要請があった。要するに無人格の組織は罪は問えない。すべては人間の問題。組織の有用、無用は別次元のこと。そこは間違えないようにしたいものだ。

2026年1月20日火曜日

真冬の総選挙

 今日は大寒、来月の節分を挟んで寒明け10日が寒さの底と言われてきたが、この一番寒い時期に総選挙とのこと。立候補者も有権者もご苦労なことだ。小生は昨年11月16日に転入してきたばかりだから、地域を代表している代議士先生の名前も知らぬ。選挙に行く気にもならぬが、昨日大相撲中継に続いて行われた高市首相の記者会見を1時間近く観てしまった。何やらいつもの調子で「日本は私がトップに居る限り何も心配はありません。心安んじて私に投票してください。」みたいことを言っていたが、今日になっても記憶に残っているセリフがある。

「引き続き政権を担当したら、私の悲願であった食料品の消費税を無くします。」期間を区切っての話であったかどうかは記憶していない。「次期政権を担当するようになったら、すぐに国民会議を設定して方法論を決めます。」みたいこと言っていたような気がする。小生の記憶では高市女史が首相になった時、前任者の石破茂首相の公約をことごとく破って平然としていたことを思い出した。次期首相は高市女史ではないような気がするが、次期首相が高市氏であれば勿論、自民党議員だったらこの言葉だけはしっかり引き継いでほしいものだ。

解散の煽りで、再び只の人に戻された代議士先生の在職日数は454日、3分の2以上の任期を残しての再選挙だから、先生方にとっては大変だろう。金持ち自民党の先生なら兎も角、借金を返済しきれていない先生も多い筈。仕事をする暇が無かったのだから当然かもしれぬ。何となく泥沼にはまって足が抜けなくなっている日本の政治。誰の責任でもない、それこそ日本人全員が民主的な選挙で決めているのだから仕方がない。働いて働いてなんて嘘ばっかりの総裁は代わってもらった方が良いかもだ。

2026年1月19日月曜日

期待外れ

 世の中には様々な人がいて、それぞれが勝手に思い動き回るから傍の人々が幸運に巡りあったり災難を被ることがある。子供の頃から親父がよく言っていた「好きなことをしても良いから他人様の迷惑にならぬようにしなさい。」を時々思い出すが、果たしてどれだけ注意を守っているかは分からない。それにしてもアメリカのトランプ大統領氏の好き勝手、日本の高市首相の好き勝手は、少数の人だけ喜ばしても、それを上回るかなりの人に迷惑を及ぼしているのではなかろうか。

トランプ大統領の場合は、国内ではニューヨークやミネソタ州とか限られた地方らしいが、世界的に見ると相当広範な地域に及んでいる。高市首相は世界的には大した影響力は無いが、国内的には全国民、特に政治家に関して言えば与党自民党や維新だけでなく野党をひっくるめ相当多数の人に悪影響を及ぼすだろう。選挙関係産業と言うものもあるが、彼等とてこう頻繁にビジネスチャンスが巡り来て有り難いと思うかどうかだ。数年に一度巡りくることを前提にビジネス計画しているのだから有難迷惑にもなりかねない。

要するに真冬は選挙には不向きな季節。と言うことは、雪国の人にとっては例え落選中で選挙を心待ちしていた当事者でさえ迷惑な話だろう。やりたい放題をして大勢の人に迷惑を掛けるのだから罰が当たって当たり前かもしれぬ。

閑話休題:いつもなら夕方5時を回ってからテレビで相撲を観るのだが、何故か昨日は5時15分前から見始めてしまった。8日目の中日で天皇陛下御一家までがお越しになり、こちらも好勝負を期待した。ところがこちらの期待は常に外れるらしい。横綱、大関陣が総崩れ。まさか天覧試合で緊張しすぎた訳でもなかろうにだった。

2026年1月18日日曜日

宿酔いかな

 昨夜は珍しい梯子酒で少し飲み過ぎたかもで、今日は朝から欠伸の連続。古い友人二人とその中の一人が紹介してくれた新しい知人を交えて楽しく飲んだ。新しい知人は近くの成城学園前で小生より近隣の店に相当詳しく新しい飲食店を2軒も教わった。参加者の年代は40、50、60歳代に一世代跳んで85歳の小生。古い友人二人は十数年ぶりに仕事の話を少し聞いたが、若い人の知識や情報の吸収力は驚くべきものがあり、こちらとしては時代遅れを痛感するばかりだったが、それは仕方が無いだろう。 

何れにせよ時は流れて時代は変わってゆくのだ。何が起きても不思議は無い。

2026年1月17日土曜日

テレビ報道解説者

 俗に勝負事は下駄を履くまで分からないとのことだ。だから下手なアマチュアは早く勝負を決めたがり、上手な人は最後の最後まで気を抜かず手を抜かず戦う。相撲でも囲碁や将棋でも同じこと、観ている分には楽しいものだ。昨日だったか、現役時代には包帯を巻かないことを美学にしていた<元 遠藤>の北陣親方が解説者としてテレビ初登場した。解説はまだ未熟で口が重いが、まだ若いし大学でのインテリじゃないか。これからどんどんテレビに出て舞の海に匹敵する解説者になってもらいたい。

何としても相撲は勝負が早いし、古いしきたりに則った世界。素人には分からないことが多すぎるので経験者の解説はどうしても必要だ。囲碁や将棋もプロの考えていることは素人には分かりにくい。将棋番組は観ていないので知らぬが、囲碁放送は最近AIの予想着手を取り入れ始めた。視聴者の評価は高いと判断しているのだろうが、小生は解説の面白みも楽しんでいたので面白くない。やはり生身のプロ棋士の解説が楽しかった。

素人には解りにくいと言う意味では内外の政治問題も同じことで分かりにくいことだらけだ。外国の問題となると大概は元外務省で大使経験者が出演することが多いが、官僚だから観ていてそうかと思うこともあるが、面白味にはどうしても欠ける。放送では余り不謹慎は許されないだろうが、もう少し文学者とか柔らかい人の本音の感想を聞きたいものだ。国内政治で言えば、解説は予測が当たる必要は無いのだからジャーナリスト出身者が面白いと思う。

その意味では、長年TBS・BSの<報道1930>のレギュラー解説者だった堤伸介氏(新潮社出身)が降板とのこと。活字ジャーナリストがまた一人減るのは寂しいことだ。

2026年1月16日金曜日

慌てるな

 歳を取ると早起きになると聞かされてきた気がするが、その通りかもしれぬ。今朝も4時頃目覚めたがいつもよりだいぶ明るく感じた。日の出が少しずつ早くなっているのだろう。それにしても3月の陽気との気象予報士さんの発言はびっくりだった。早朝に数分テレビを観る時間があるが今朝のNHK海外ニュースで食事に関する興味深い話題が一つあった。それはドイツにも所謂パンプキンスープなどカボチャ料理が多数あって、その原料のカボチャのことを<ホッカイドウ>と言うらしい。

このカボチャを40年前にドイツに持ち込んだ日本人が未だに健在で、ドイツに在住していて取材に応じていた。確かにカボチャは<南瓜>だから南方からもたらされたもので、日本よりだいぶ北のドイツ地方では珍しかったかもしれない。暮らしの中に発見された正に「へ~」である。

暮らしと言えば今日は小正月、どんど焼きの日だ。子供の頃は、今日まで毎日のように餅、を食わされていたな、なんて思いだしたりするが現代はその悠長さは無い。成人式はとっくに終わり、高校生は進学のためのセンター試験と書こうと思ったが、これも制度が変わっているようだ。要するに元日から2週間以上も過ぎた今日、そんなのんびり考えているのはボケ老人だけらしい。何れにしても大勢の人が目まぐるしく動きまわって時は流れるが、焦ってもどうしようもないだろう。

なんて言いながら一番焦っているのは自分自身。公開時刻の16時が迫っているのに、これまでずっと愛用してきたブラウザのgoogleが機能しない。何度トライしても「ご利用のブラウザはサポートされていません」とつれない返事。致し方なくブラウザをマイクソフトエッジに変更して書いている。

2026年1月15日木曜日

芸能界の人々

少し砕けた話題として芸能関係を取り上げたい。芸能は多くの人に潤いをもたらす大事な職業だと思う。芸能人の範疇としてはいけないかもしれぬが、長年テレビの世界で活躍してきた久米宏氏が元日に亡くなっている。初めはTBSの局アナだったようだが、テレビ朝日の<ニュースステーション>で有名になったと思う。同時に、この番組で気楽な成人教育もしてもらった気がする。

芸能を鑑賞することで成人教育と言うと多少の違和感もあろうが、歌謡曲だって、落語だって浪花節だって皆似たようなものだ。但し、政治家が何を勘違いしてるか知らぬが、古い奈良の都で外国の首相とドラムを叩いた姿は醜悪で正視に堪えない。高市首相はやはり普通の人ではないな。長年テレビ制作と関わってきたので芸能人との縁も沢山あった。社会人になって初めて芸能人と関わったのは未だ20歳前半の頃。帝国ホテルを住まいとされていた東海林太郎氏を帝国ホテルに訪ねた時。「へ~、芸能人てこんな生活をしているんだ」と妙なところで感心した記憶が懐かしい。

古い歌手では淡谷のり子さんがいる。彼女は音大出身の本格派だったことが有名だが、個人的には毛筆が実に綺麗だったことが印象深い。色紙を2枚貰って田舎の実家に自慢気に持ち帰った記憶がある。他には落語家の五代目柳家小さん師匠から直接226事件当日の話を聞いたりのも今となれば思い出だ。昨年は映画の「国宝」が大ヒットしたが、これは観ていない。

その代わりでもないが先日NHKテレビで「プロフェッショナル 仕事の流儀:歌舞伎役者 片岡仁左衛門」をじっくり鑑賞した。どんな世界であれ、一流の人は死ぬまで修行なんだなと痛感した。最後に長年テレビ界で活躍している森本毅郎氏、面識はなかったが大学の同学科で同期生、卒業生への寄付要請があると常に最高額を寄付していた。昨年末か体調を崩してレギュラー番組を休んでいるとのこと、回復を祈りたい。

2026年1月14日水曜日

<学問>?

 最近アクセス件数が1000件に達する日が出るようになった。生まれてこの方人気者になった経験が無いだけにすごく嬉しい、良い冥土の土産になりそうだ。今日はこれまであまり得意としなかった<学問>ついて気を取り直して書きたい。小生は長野高校から東京の慶應義塾大学文学部、これも不思議だが文学部在学の殆どが専攻学科社会学専攻を称するのでこれに倣う事にする。

小生がこの路線に乗ったのは極めて単純、入試科目は2科目(英語と小生は世界史)だけ、後は小論文(400字詰め原稿用紙2枚だったか3枚程度)と面接だけ。であれば秋の文化祭以降学校を休んで、祖母の元でシャカリキに勉強すれば何とかなるかもしれぬと思ったからだ。幸いにも合格して上京してからは新宿の安アパートでサラリーマンになりたての次兄と同居。次兄から飲む、打つ、買うではないが、都会の遊びについて一通り指南を受けた。

飲み始めは東京に来たその日から新宿歌舞伎町のバーに同行。「金はいくらもらって来たか?」との問いに「生活費は1万円。」と応えると「では今夜500円は覚悟しろ。」で一応千円札1枚を握りしめて、西口の鯨カツ屋で腹ごしらえをしてトリスバーに出陣と相成った。次の買うはこちらは未だ童貞、兄もいろいろ考えてのだろう。「先ずダンスを覚えろ。」と6畳一間の畳の上で伴奏も無しにワルツのボックスステップを伝授。「近日中にスケートリンクかダンスホールに行って相手を探してやる。」と有り難い仰せだった。

ただそう簡単に女性の相手が見つかる訳も無いので、数カ月後に兄の付き合っていた女性の妹を連れて来て紹介してくれたりしたものだ。こう書いて来るとどうしようもない兄弟だったと思われかねぬが、慶應義塾に入学した以上はと福沢諭吉先生の「学問のすすめ」岩波文庫版を小遣いで購入して数日にして読破、「成程な」と感心したことも記憶にある。

更に大学に4年在籍したのだからいろいろ思い出すことも多いが、何が実学で、何が寄り道だったか未だによくよく分かっていない。

2026年1月13日火曜日

余裕の大切さ

 寒中、真冬だから寒いのは当たり前。春よ来い早く来い、と言っても時期はいつも通りにしか来ないだろう。大人だったら誰でも知ってる当たり前のことだ。小生も子供の頃は人一倍の慌て者、オッチョコチョイだった。大分年が過ぎ職が無くなった頃にやっと、人生慌ててもどうにもならぬことがあると考えられるようになり始た様な気がする。例えば起床時刻、思い通りに起きる日もあればそうはいかない日もある。

自分のことさえそうだから、たとえ家族だってそう思い通りにはいかなくて当たり前。まして赤の他人の行動は当然だろう。働いて、働いて・・・の高市首相になれば、ご自身何をお考えかさっぱり分からないが、ひょっとすると来週にも衆議院解散との報道。真偽のほどは分からないが、事実そうなったら面白い。先を急ぎに急いで成功する人がいる例にもなって現代に相応しいかもしれぬ。

逆に大昔から言われている、慌てる乞食は貰いが少ないことが証明されることになるだろう。どっちに転んでも興味深いことだけは間違いない。最近外出する度に思うのが、行き交う人の多くがスマホを手にして、電車の中で座るなり青の小さな画面を食い入るように見始めるあの光景。見入るな画面はゲームだったりニュースだったり友人知人と交わした或いは交わしている通信と多種多様だろうが、なにも移動中にまで知る必要があるのだろうか?

そんな風に考えるから小生は両親の死に目は勿論だし、家内の死に目にすら間に合わなかった罰当たりだ。とは書きつつも、人生には余裕が益々大事と思い始めている。

2026年1月12日月曜日

真冬の選挙風

 去年「働いて、働いて、・・・・」と言っていた高市首相。その効果が如何かは人によって受け止めは違うだろう。小生にとって政治家の働きなんか分かろう筈がないので、関係の無い話。でも急に解散話が出てきたことには違和感を禁じえない。ご本人は次の国会で議論すべき課題を検討中と思われるが、最大の課題はやはり物価対策だろう。しかし冷静に考えてみれば、政府が出来る物価対策なんて知れているかもしれぬ。

先ず税金と社会保険料を引き下げること、人口減少傾向の中で防衛予算を異常に拡大しなければならない我が日本だから、これは無理だろう。次に許可制をとっている公共料金を強制的に引き下げさせてしまう事。光熱費や水道などのライフライン負担金が減れば庶民は助かるかもしれぬが、こちらも容易には命令できぬだろう。これらが無理ならどのようにすれば物価が下がるのか?ガソリンが安くなったそうだが、これで経済が少し楽になった家庭がどのくらいあるか知れぬが、少なくとも小生に生活には影響がない。

これも小生には無関係だが、高校授業料の無償化はそれなりの物価対策にはなった筈だ。その代わりに塾通いする子と出来ない子の社会的格差問題が出来ているかもしれぬ。5千万戸近い世帯があるらしいが、それぞれ事情が異なるので、政府高官が夜も寝ないで考えても、そう簡単に物価対策の解は見つかりそうにない。仕方が無いから産業政策と称して、儲かりそうな産業に補助金を出して間接的に給料が上がるようにする。しかしこれから儲かりそうな企業がなんであるかはそう簡単には見つからないだろう。

賢い高市首相だから出来ることの少なさに気がつき、嫌気がさして「人気があるうちに選挙でも」と考えたのかもしれない。寒中だから外は寒いし、選挙風は誰が喜ぶのだろうか?

2026年1月11日日曜日

認知症予防

 昨夜今年2回目の高校同期生5人でのリモート懇談。大きな話題の一つは、我々にはどうにもできない事乍ら大統領が好き勝手にふるまっているアメリカの今後。いろんなことが考えられそうだが、小生が是非そうなってほしいと思っていることは、保守対革新系で国内が分裂して内乱が発生することだ。友人の一人がYouTubeにある「シビル・ウォー アメリカ最後の日」を観ることを薦めてくれたが有料なのでまだ観ず仕舞いだ。

次が認知症関連で、お互いがボケかかって居るので大分深刻な話になった。小生も7時半のミーティング開始前の夕方にテレビで少し観たような気がしていたが「知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!?」(15:05~16:25)でも取り上げられていたと思う。今日でも印象に残っているのは、山中教授が「高齢者の認知症予防には睡眠が重要ではないか。」と述べられたこと。専門家として出演していた脳科学者は「多分そうだと思うが、残念ながら未だ研究結果が無いとのこと。

山中先生の母上も認知症がかなり進んだ状態のようだから、この問題は国民的課題かもしれぬ。番組内容を詳しく記憶していないが、運動や食事以外に大事なことはやはり社会とのつながり、面倒くさくても他人との会話を多くしたり、場合によっては犬や猫などペットを飼うことなどを勧めていたように記憶する。確かに日常的には犬と散歩をしている人同士の会話風景はよく見かけるものだ。社交と社会性かと改めて思った次第。

そう言えば与野まで行った新年会でも酒のみ同士が結構会話を交わしていた。所謂同好のよしみと言うことだろうが、大事かもしれぬ。

2026年1月10日土曜日

 新年会

昨夜は今年初の新年会とでも言うべき友人との飲み会。埼玉県大宮の少し東京寄りの与野と言う町。レトロな飲み屋2軒をはしごして燗酒を大分飲んでしまった。友人は2軒目で、心配して最初は「そろそろ帰った方が?」から始まり最後は「タクシーで帰ればいいか。」なんて言うがとんでもない話。ただでさえ足元が覚束ないのに、かなり酔っぱらってしまったので、へそ曲がりの小生は逆に大いに緊張、それでも往路では2回も迷った電車の乗り換えも無事に克服。9時過ぎには帰宅したが、緊張感が溶けてテレビをつけた途端に1時間近く居眠りをしてしまった。

おかげで今朝は1時間近く寝坊して起床が5時近くになってしまった。寝坊してなにも構うことはないのだから気にしないように務めても、おかしなもので変なことが気になるものだ。普段は滅多に飲酒しないが、たまに飲むとハメを外したくなるのかもしれぬ。


2026年1月9日金曜日

今日あること

 年を取ると楽しみが少なくなると言われているが、この俚諺には抵抗を感じ毎日何か面白いことを見出そうと努力する毎日ではある。しかし昨日は寄る年波に勝てぬことを改めて感じた。独居故に毎日の生活の中心は食生活。特に何があっても朝飯だけは欠かさないことを重要視して毎朝5勺(重量換算すれば約200g)の飯、納豆(刻み葱・刻み海苔・生卵・釜揚げシラス入り)、もずく酢、丼1杯の暖かい自家製豚汁、生トマト1個の4品だけは必需品。本当はこれに焼き魚と漬物があれば和食として完璧だろうが、独身故に多少の手抜きは仕方ないと諦めている。

問題は中心となっている白米の飯だ。引っ越しして来た時に豊島区時代使っていたプラスティック製米櫃をそっくり持ってきたので、その残りにこちらのスーパー購入した新米2キロを足したり、ご飯の冷凍食品でごまかしてきたが、米櫃が空になったのでやはりこれではいけないと思い、昨日スーパーに行ってサービスカウンターで宅配が可能か聞いてみた。応えは「可能ですが、配送料で550円戴きます。」ならば背負って帰るべきか、左程の距離でもないしと迷ったが、やはり寄る年波で頼んでしまった。

遂に我が家も5キロ5千円以上の米をこれから1ヵ月程食わねばならない。報道では米の値段は下がり気味と報じられているが、1年くらい前の2千円台には当分戻ることはないだろう。悲観的なことばかり言っても仕方がない。幸い毎日外出して階段歩きを含め2本の足で多少の運動は出来ている。いつまで続けられるかは兎も角、今日あることを天に感謝しながら生きていく。

2026年1月8日木曜日

危うきに近寄らず

高市首相の台湾をめぐる存立危機事態発言を支持するつもりは毛頭ないが、昨日からの報道で酷く違和感を覚えるものがある。それは中国を国賓待遇で訪問している韓国の李在明(イ・ジェミョン)大統領関連の報道。<大統領は上海で、日本による朝鮮半島統治時代に独立運動家らが樹立を宣言した「大韓民国臨時政府」庁舎跡を訪れ、4日からの初訪中の日程を終えた。>とされているが、先の大戦中に本当に上海に「大韓民国臨時政府」が設置されていたかどうかは知らぬ。しかし抗日戦争を共に戦ったと言う事だけはあり得ない。

ドイツに占領されたフランスから英国に亡命したドゴール氏が亡命先で独自の政権を宣言してたことは有名だが、日本の植民地となった半島から中国に亡命した人物がいて、政府宣言したとは一度も聞いたことが無かった。韓国政府が中国と仲良くすること自体は別に非難するつもりも無いが、歴史は勝手に作ってはいけない。こちらも歴史に特に詳しくないので、思い違いがあるかもしれぬ。しかし国際的に著名な政治家にもひょっとしたら間違いがあるかもしれぬ。

特に検証を要する問題ではないかもしれぬが、気になったところだ。但し、冒頭の高市発言をめぐり官房長官が中国の反応に抗議をすると発言してたが、これもまたいかがなものかだ。発言が中国を怒らせたのは無理からぬこと。台湾が朝鮮と同じく旧日本の一地方であったからと言って、1947年だったか8年だったか忘れたが、国連による終戦処理で明確に中国の一部とされたことは紛れの無い事実。あの賢明な田中角栄氏でさえ、日中国交回復の際にも台湾問題には触れなかったとのこと。

韓国と違って独立を認められなかったことは可哀そうに思うが、池袋には台湾系の中華料理店が多かった。世田谷の中国料理店で比較的旨い店も見つけたが、これがどちら系かは教えてくれる人がいない。要するに小生はどちら系なんか関係ない訳だ。政治は各国の主権尊重と内政不干渉が原則のようだが、アメリカ政府の行動なんか見る限り原則に当てはまらない現実もあるようだ。アメリカがそうだから日本も良いだろうなんて考えは持たない方が安全かもしれぬ。 

2026年1月7日水曜日

資産形成

雪こそ降らないが寒中の寒さが厳しくなってきた。今日は七草だから昔は朝はお粥と決まっていたが、独り身になって以来お粥とも縁が切れて朝からトン汁を啜っている。昨日のテレビで財界新年会出席の名だたる企業の経営者のインタビュー観ていて不思議な感じがした。正月早々余り不景気なことは言いたくない気持ちは分かるが、それにしても悪く言えば極楽トンボ。ハッピーな話で終始していた。

株屋からも毎日のように電話でのセールスが来る。8年前に家内が亡くなるまで株のことについては何も知らなかった。知っていたのは家内から映画の無料切符を貰っていた松竹と東武デパートの割引券があったので、家内が株を買っていることだけ。家内亡き後の整理で取引があった2社のうち1社は完全にお引き取り願ったが、1社だけはその後積極的な売り込みが無かったので、今でも若干投資信託が残っている次第。暫くして担当が代り、現在の担当はかなり積極的な女性。

いろいろ話を聞いていると結構ためになる気もする。企業経営者の呑気さについて悪口を言ったが自分自身が一番呑気。明日以降のことで考えるのは友人との会食のようなことだけ。他のことは殆ど考えないようにしている。昨年から株関係も上がり続けているので、何もしない小生も数字的には資産が増えているとのこと。目出度い限りだと思うが、資産形成も山歩きと同じだろう。登れば降る日がいつか来るに違いない。それは分からないから心配しないだけ。その日が来たら潔く諦めるしかあるまい。 

2026年1月6日火曜日

読後感「私とスパイの物語」孫崎享著

 丁度1年位前に発売になって、読みたいとは思っていたが読みそびれていた本。図書館に行って今日1日で読んでしまった。著者は元外務省の国際情報局局長。スパイ映画が好きな人は多いと思うが、日本の高級官僚は多くの情報を入手しながらなかなか公表はしない。当然と言えばそれまでで、公表してしまえば自分の権力に差し障りが生ずるのだろう。従って著者のポストは外務省の中でも外れ者であったと思う。著者自身もその自覚はある筈で、現在でも屈折した思いで居ると思う。

その気持ちが著書の至る所に現れている。気持ちはよく分かるが、戦後の日本ほど諸外国からスパイ天国と揶揄され続けている国は珍しいだろう。法律や官僚組織にもスパイ防止の目的のもとに制定されている物存在するが、我が国特有の縦割り、言い換えれば蛸壺式組織運営で、悪く言えば十分に機能が発揮できていない。

アメリカには情報を統括する中央情報局(CIA)があり、イギリスには007でお馴染みの軍事情報部6(M I6:Military Intelligence 6)がある。これ等組織の全容はなかなか分かりにくいが、著者に言わせると『レッド・オクトーバーを追え』で一躍有名になったアメリカの作家トム・クランシーの本を読むことを薦めている。彼の著書は大分読んだが、何れも内容は覚えていない。暇に任せてもう一度読もうかとも思っている。

今回この本を選んだ理由だが、正月早々に勃発したトランプ大統領のベネズエラ攻撃と大統領拉致事件。日本では例によって解説者が日本への影響などいろいろ言ってくれるが、事前工作について語れる解説者皆無。トランプ氏の頭の中身は認知症が進んでいるとか、アルコール依存症に近いとか言われても、どうでもいい。CIAがどのように活躍したか著者の想像でもいいから聞きたいものだ。

2026年1月5日月曜日

自分のブログ

 長い正月休みが終わって今日は仕事始め。仕事場が無いボケ老人はどうしたら良いかを考えた。昼間の長い時間を有効に過ごす方法はなかなか見つからない。11時過ぎまでネット碁で遊んだが、これではいけないと思い直した。結局、本でも読もうかと国会図書館まで行ったら、こちらは未だご用が始まっておらず休館だった。仕方が無いので、国会議事堂を1周してみると結構な広さだが、歩数はそんなに伸びず、自宅から数えて3千歩強。仕方なく日比谷迄歩いて、安い飯屋で千円の肉野菜炒め手職を食って帰宅した。それでも歩数計は6千4百歩強で止まっている。

帰宅してメールを確認すると2019年2月末から約10日間程だったと思うが、誘ってもらったネパール旅行の隊長さんから寒中見舞いが届いていた。返信を書いた後、急に懐かしくなってブログを読み直した。当時のブログには写真も多く張り付けてって非常に懐かしい。ブログは自分の死後他人が読む必要も無いし、誰も読まないと思うが、こうして自分で楽しめるのは有り難い。

2026年1月4日日曜日

AIとの会話

正月早々物騒なニュースが飛び込んできた。日本時間の昨夜10時過ぎ、アメリカの軍隊が南米のベネズエラ首都を大規模な編成で攻撃、侵入してチャベス大統領夫妻を拘束して帰国。トランプ大統領の会見で主権国家のチャベス大統領を裁判にかけるとのこと。

日本政府はどう対応すべきか?断言できる人物はいないようだ。たまたま昨夜、恒例の高校同期生5人でのリモート懇談会が行われた。9時までの会議でその直後寝てしまったのでニュースは今朝6時ののニュースで知った。懇談会でもAI機能について話題があり、その速報性を疑問視する友人もいたが、小生はgoogleのjeminiをかなり信頼して愛用している。今朝もjeminiと大分長い会話をした。

AIはネット上に存在する事実を計算して纏めているので、未だ情報が少ない段階で見通しを述べるのは得意ではない。例えば「短期的には、**「米軍の保護下にある暫定管理体制」**が敷かれ、その中でマチャド氏や亡命中のゴンザレス氏がどれだけ主導権を握れるかが焦点です。」とは言っても、トランプ氏の覇権意欲はウクライナに於けるプーチンロシア大統領ととの比較では語られていない。小生には似たようなものと思えるのだが。

世界情勢は複雑さを増すばかりで、日本政府には益々対応が難しくなることだけは確かなようだ。在留邦人は200名足らず、エネルギー政策への影響もはっきりしないが、国家安全保障会議が召集されるのではと言っている。

2026年1月3日土曜日

初詣

 正月三日と言えば普通には未だお屠蘇気分は抜けないだろう。小生のお屠蘇は暮の31日だったので、今日はしっかり運動をするつもりで江の島まで行き、鎌倉までは行かなかったが、それでも湘南地方を1万歩以上歩いて良い運動になった。天気に恵まれて朝の富士山と湘南海岸の珍しく静かな海は何とも清々しい気分になったが、昼近くになると人出が多く混雑してきたので島の頂上には行かず、梵天さんの鳥居の前から折返してきた。願い事は若い人がすればよい。

ここまで来て人混みを押し分け何を祈ったらよいか分からない。この調子で今年からは出しゃばって他人の迷惑にならぬようにしたい思っている。

2026年1月2日金曜日

代えがたきこと

 箱根駅伝往路を8時のスタートから観続けていたが首位が何度も入れ替わり、面白かった。このまま2時過ぎまで観ていたい気持ちもあったが、食い意地に勝てず11時過ぎにちょっと飯にするつもりで外に出たものの、祖師谷やはり田舎町。店らしいところはどこも開いていない。仕方なく昨日と同じく銀座迄行ってしまった。行きつけの大きな店こそまだ閉まっていたが、流石は銀座。よく行くパン屋<サンジェルマン タンドレス>が開いていたのでここで昼食にした。パンは美味いし、何と言っても野菜たっぷりのミネストローネがたまらない。やはり食は都会に限る。

従って青山学院の大逆転は見逃してしまった。明日晴れたら逆方向の江の島へでも行こうかなんて考えているので、明日も結末を見逃すかもしれない。スポーツ観戦も良いが己の足元が覚束ないのだから天気さえよければ出掛けたほうが良いと考えている。出来るだけ歩いているつもりでも、昨日も今日も精々6千歩強。体力維持に如何ほど役に立つやらだ。昨日も実は似たようなコースを歩いたが、昨日は精神面で非常に有益だったと思っている。

実は今日以上に人影が少なく開いている飯屋は殆ど無かった。仕方なしに映画館で一休みしようかと、内容も分からないが恐らくはSFかと思ってずに11:40開演の映画のチケットを購入。タイトルは<ワールド・オブ・ハンス・ジマー 新次元へ>、ハンス・ジマーなる人物は初めて聞く名前、勝手に探偵か冒険者だろうと想像した。入場券を購入する時にシニア料金が無いことに加え、一般が3000円と妙に高い。それだけ現代的な有名人だろうと勝手に想像。

主人公をご存じの読者は笑っていると思う。映画音楽などの作曲では有名で、日本公演もあったことがあるようだ。しかし小生には本当に異次元の世界。上映時間は4時間強。何年もコンサートとは無縁だったが、本当に音楽と映像に引き込まれ、帰宅は3時近くなっていたと思う。元日と言えばウイーンフィルの元日コンサートを日本から態々聴きに行く人も多いようで、帰宅したらテレビはそれを放映していた。盛装して聴きに行くのも結構だろうが、能書き無しに楽しめた映画で強く印象付けられたことがある。即ちジマーが強調しているのは『自由』のように感じたことだ。

2026年1月1日木曜日

一人ではない

 昨年の暮れにブログを2日か3日まで休むと書いたものの、年末たっぷり休むことが出来たので今日から改めて書いていきたい。

昨年暮れ近くなって引っ越しをしたが、1か月半過ぎた最近やっと世田谷の地形も少しずつ分かり、豊島区時代と違う点、同じ点も理解し始めた。異なるところの最大は自分の居場所が前とは大分違っていることだ。高市首相ではないが誰しも世界の中心にいると思うだろう。勿論小生もそう思っている。地球は丸いし、世界は地球の引力でその表面に張り付いているだけだから当たり前だ。

前から<たかが一人>なんて大層なタイトルで書き続けているが、人間なんて弱いもの、一人では1日なりと生きていけない。他人様のお陰があって初めて今日の命があることを始めてか改めてかはっきりしないが分かったような気がする。他人には親しい家族、親族友人、知人から始まり、袖触れ合う人、もっと遠くの人もいることだろう。極論すれば全世界の人々とも言える。

この総ての人に感謝し、敬意を払って初めて生きることが許されるとしたものだろう。今年はブログのタイトルに反するが、この精神を大切にして過ごしたいと思う。