最近アクセス件数が1000件に達する日が出るようになった。生まれてこの方人気者になった経験が無いだけにすごく嬉しい、良い冥土の土産になりそうだ。今日はこれまであまり得意としなかった<学問>ついて気を取り直して書きたい。小生は長野高校から東京の慶應義塾大学文学部、これも不思議だが文学部在学の殆どが専攻学科社会学専攻を称するのでこれに倣う事にする。
小生がこの路線に乗ったのは極めて単純、入試科目は2科目(英語と小生は世界史)だけ、後は小論文(400字詰め原稿用紙2枚だったか3枚程度)と面接だけ。であれば秋の文化祭以降学校を休んで、祖母の元でシャカリキに勉強すれば何とかなるかもしれぬと思ったからだ。幸いにも合格して上京してからは新宿の安アパートでサラリーマンになりたての次兄と同居。次兄から飲む、打つ、買うではないが、都会の遊びについて一通り指南を受けた。
飲み始めは東京に来たその日から新宿歌舞伎町のバーに同行。「金はいくらもらって来たか?」との問いに「生活費は1万円。」と応えると「では今夜500円は覚悟しろ。」で一応千円札1枚を握りしめて、西口の鯨カツ屋で腹ごしらえをしてトリスバーに出陣と相成った。次の買うはこちらは未だ童貞、兄もいろいろ考えてのだろう。「先ずダンスを覚えろ。」と6畳一間の畳の上で伴奏も無しにワルツのボックスステップを伝授。「近日中にスケートリンクかダンスホールに行って相手を探してやる。」と有り難い仰せだった。
ただそう簡単に女性の相手が見つかる訳も無いので、数カ月後に兄の付き合っていた女性の妹を連れて来て紹介してくれたりしたものだ。こう書いて来るとどうしようもない兄弟だったと思われかねぬが、慶應義塾に入学した以上はと福沢諭吉先生の「学問のすすめ」岩波文庫版を小遣いで購入して数日にして読破、「成程な」と感心したことも記憶にある。
更に大学に4年在籍したのだからいろいろ思い出すことも多いが、何が実学で、何が寄り道だったか未だによくよく分かっていない。
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