2024年12月30日月曜日

さようなら

 暮も大分押し迫ってきた、残りは後1日だけ。昨日接骨院で「もう暮の大掃除はお済ですか?」と聞かれたが、「暮にしなきゃいけないこともあるが大掃除はしません。」と応えたら、ご夫人さんが「そうれが一番です。」と笑って答えてくれた。昭和100年も明日でおしまい、あっけないものだ。しなきゃならぬこととて特に無いし、やり残した事も無さそう、明日カレンダーを掛けかえればそれでおしまい。「2024年バイバイ。」としよう。

年賀状も出さず、来年に向けての抱負も特に無い。平穏な日常を保ちたいだけ。このブログも明日までは書きたいと思っていたが、今日で終わりにする。元日に次女の家で家族全員が揃うので一緒しましょうと誘われていたのが、何かの事情で明日になったとのこと。こちらにはどっちでも構わない。明日11時に祖師谷まで行くには9時半には家を出て、帰宅は何時になるか分からない。何時になろうと相当飲んでのことだろうから、とてもブログは書けない筈。

2009年4月から書き続けたので、似たようなことを何度も繰り返し、読者の皆さんには飽きが来ている人も多いことと思う。最後もまた繰り返しを書きたい。以下は最初のブログの締めくくりに書かれていたことのからのコピーだ。「無理をせず、しかし怠けずに」「高望みをしない、身の丈に合うことを考える、急ぐ人には道を譲る」

長いことお付き合い頂いた読者の皆様に心から感謝します。

2024年12月29日日曜日

残り2日の今年

 今年も残すところ2日。朝夕は東京もめっきり冷え込み大分冬らしくなってきた。改めて今年を振り返ってみたい。早朝に観たNHK・BSの「パリ・オリンピックの舞台裏」が先ず非常に興味深かった。大成功の裏にはやはり相当な準備、リハーサルの積み重ねがあったとのこと。

悔しいが、日本人にはどうしても真似が出来そうにない発想だ。ある一つの目的、ここではたった3時間半の開会式のために、物凄い人数の人が集められ、大きなグループ化なされた上で、それぞれが詳細な設計やテストをしたり、人物の動きは何度も練習、リハーサルが行われた結果があの壮大なイヴェントになったことがよく理解できた。凄いなと思ったことは幾つもあるが、1万5千人の選手を運んだ200艘近い川船は普段からセーヌ川にあったものではなかったそうだ。

全国からかき集め、同じスピードでパレードするなんてことは前代未聞。それを敢えて実行させるなんてことは、担当大臣を置いたのは良いとしても、実務を広告屋の電通に丸投げ習慣がついてしまっている日本ではとても不可能であるのは明白。首相やパリ市長よりもマクロン大統領自身が直接関与した成果の一つだろう。マクロン氏は現在不人気になって、政権運営がままならないようだが、オリンピックの成功とノートルダム寺院の復興だけは国民も評価してるのではなかろうか。

外国の話題についでに触れれば、今年はどこの国でも民主主義に疑問が生じ、政権がおかしくなった国が枚挙にいとまない。G7とかG20なんてグルーピングが果たしてどこまで持つか今後が見ものだ。民主主義を標榜する我が日本の政権も、地震に譬えれば大分揺らぎが始まっている。大きな本震がこなければいいがと心配する向きが多くて当然のこと。

取り敢えず戦争放棄国であるのに、国民に向けては緊張感を煽り続ける馬鹿の一つ覚え。具体策は皆無。せめて防火水槽や防空壕でも掘らせたらどうかね。(笑)

冗談は兎も角、曲がりなりにも自民党の金権体質に小さなメスが刺さったことは将来に向け政治変わるきっかけになるかもしれぬと、勝手に期待している。個人的には平穏な日常が続き結構な年だったとも言える。来年になったら今年以上に荷物を減らして、歩くスピードも落としてよりゆっくり余生を楽しみたいものだ。

2024年12月28日土曜日

最大の楽しみ

 今日は亡き家内の命日、あれから丸8年も経つのだから早いものだ。少し精進しなければいけないのだろうがどうも相変わらずで、家内、両親はじめ家族みんなが天国で笑って見ていることだろう。今日は仕事納めの日と勘違いして、いつもの時刻より少し早めにごみ捨てのため玄関を出てみると、家の周りが妙に静かできれいに片付いている。脇にあるごみ収集用ネットも何故かきちんとたたまれたまま。近づいて張り紙をよく読むと、ごみの収集は昨日で終了、ごみはお持ち帰りください、と書かれている。週休二日だから当たり前だ。

来年4日まで収集車は来ないので、丸々1週間分ごみは勝手口内に保管しなければならないようだ。暮と正月は飯屋なんかも休みがあるし、スパーやコンビニの休みを今日中によく覚える必要がある。面倒でもあるが、まだ雪が無いだけ良しとしよう。

昨日接骨院の先生とも山の話を大分したが、今年はついに山は一度も行かず仕舞い。先生は平地で30分以上歩けるのだから高尾山くらいは行くことはできる筈、と仰るが、出来る出来ないの問題ではない。敢えて危険に直面することから距離を取っていると理由を説明。若い人たちはSNSで拡散されてる危険に敢えて挑戦して大怪我したり中には命を失う人もいるそうだ。それが若さと言うことかもしれぬが、歳をとってから敢えてそんな真似をする必要は全くないだろう。

年齢によって若いうちは危険も快楽・或いは楽しみの一つかもしれぬが、小生にとって最大の快楽は身体を暖めてゆっくりと睡眠をとることにつきそうだ。

2024年12月27日金曜日

忘れ物

 久しぶりに接骨院に行って先生が暇そうにしていたので、つい話し込んでブログのことを忘れていた。散歩に出かける時間にやっと気がついたが、後の祭り。

いつものことだが健忘症もついにここまで来た。

2024年12月26日木曜日

不思議なこと

自然には不思議が多い。子供の頃にもクリスマスに志賀高原の標高1400メートル付近で雪が少なく、スキーが出来なかったことがあったが、今年は夏の異常な暑さにも拘らず雪が近年稀に見る多さのようだ。炭酸ガス排出量の増大による地球温暖化とやらで北極海の氷が溶けたり、ヨーロッパアルプスの氷河が溶けて無くなるなんて情報もあるのにどういう事なんだろう。あまりムキになって考えても仕方ない。誰だって分からないだろう。

人間の社会現象だって考えれば不思議なことだらけだ。俗に言われる有識者であれば何でもないことだろうが、昔から中途半端な知識で生きてきたので、間違いだった可能性が高いことも多い。広告屋と言う因果な職業の道に入ってしまった故もあるだろうが、ある時期一生懸命やったマスコミ操作。未だに正否の判断が着きかねていることも多い。例えば、原子力発電の合意形成。当時は文化人と言われる殆どの人が手を染めていたので、こちらも安心して大いに活躍した。

もう一つは消費税導入問題。税の直間比率是正は世論が賛成するところではなかった。しかし当時大蔵省への出入りを許された弱小広告代理店の営業としては、何の疑いも持たずマスコミ工作に積極的に関わった。当時テレビ放送局は原子力発電にかなり警戒感を抱き、電事連(電気事業連合会)の資金を受け取ことは拒否していた。電事連側にすれば、そこになんとか原発の安全性、発電コスト安さをアッピールしなければならない。それが可能なら費用に糸目はつけないと言う時代だ。従って我が人生はこの2大問題で大分潤ったことは否めない。

しかし今日に至って少し冷静に考えてみた。原発の安全性や低コスト問題は既に間違っていたことがはっきりしつつある。税の直間比率問題も考えてみる必要があるだろう。例えば、現在普通の勤め人で家族3人か4人の年収500万円くらいの人は貯金に回る余裕も少ないだろう。そして消費税を年間50万円くらい支払うことになりかねない。事の善悪についての評価は未だ難しい。広告屋として最初は麦飯やこんにゃく芋の広告から始まり、米飯の普及促進など、いろいろあったが、どれも今になって考えると不思議な事ばかりだ。 

2024年12月25日水曜日

常識とは

 昨夕石破首相の臨時国会終了後の記者会見をチラリと見て思った。自公政権が少数与党に転落したので思いどうりには政策実現が出来なかったが、100%の実現は出来なくても一歩でも前進できたので良かった、との趣旨だったと思う。昔誰かが「世界の常識は日本の非常識」と言ったが、それを思い出した。アメリカやイギリスのように政治形態が二分されて拮抗状態にあるなら兎も角、日本は昔から二大政党時代と言われても必ず中間政党が存在する多数政党形態だ。

にも拘らず、一党独裁国家かのような勘違いをして勝手な振る舞いをしてきたここ十数年がおかしいので、ごく常識的な政治体制が出現しただけないか。むしろ政権を支えている官僚やマスコミも含め、今後このように多党化状態が長く続くことを前提にして、発表や報道があってほしいと願いたい。特にマスコミだ、押し活か何か意味不明だが、マスコミ報道がSNSで拡散された報道に負けてしまうなんて恥ずかしいだろう。先日亡くなった読売新聞の渡辺恒雄氏を賞賛するつもりは無いが、マスコミ関係者は読者を啓蒙する誇り矜持をもって報道にあたってほしい。

それにはスポーツも良いだろうが、時代を引っ張っている報道のデジタル化技術スタッフ拡充が必要だろう。嘗て日本の全国紙はテレビの世界に進出して紙媒体の補完を成し遂げた。これは米英など先進国には見られない現象だと思う。しかしテレビの世界では商業主義が前面に出過ぎて、品質面でどうしても半分国営放送のNHKにとても及ばない。現在はスマホが日本人の知的水準や健康面にも悪い影響を与えているように思うが、テレビ放送の悪い面を受け継いでいるように感じている。

インターネットの発達で、これからは匿名性の情報が益々巷にはびこることは避けられない。その情報空間で名門の看板を背負って発信し続ける従来からのマスコミの活躍を期待したい。

2024年12月24日火曜日

気になったこと

 年の瀬は何かと慌ただしい、なすべきことが次から次へと湧いてくる。日常生活で沢山手抜きしているつもりは無いが、やはり清算の時期と言うこともあるのだろう。ま、一つ一つ片づけるしかないのは明らかだ。先ず今日は散髪に行ってから考えることにした。散髪を済ませ昼飯でもと池袋周辺を歩くと、未だ昼には少しあるのにどこも長蛇の列。やっと1軒しゃぶしゃぶ食い放題(のつもり)で飛び込んだ。多分最後に入ってから1年以上は経っていただろう。

案内されて着席すると「ご注文はQRコードからお願いします。」ときたので「スマホは持っていません。」と応えてやっとメニューが貰えた。食べ放題はとうの昔に無くなったようだ。一番安い<豚しゃぶ1300円>を注文。昔は肉の皿が4枚ずつ出てきた記憶があるが、2枚しか配膳されず追加は別料金。更に言えばデザートのコーヒーまで有料だから随分世知辛くなっている。こんなせこいことはどうでもいいことだが、最近はつまらぬ報道で気になることが多い。

ボーナスシーズンだから賃金の話題も多く、賃金はコロナ禍以降最近は3~5%の上昇傾向にあるような報道が多かったと理解していた。ところが今朝の報道(具体的媒体名を失念)によれば、ここ3年実質賃金は下がり続けているとのこと。更に、これは朝日新聞の記事で「日本の1人あたりGDP、世界22位 円安や高齢化影響、韓国下回る」とのこと。こちらには無関係だが、ホンダと日産が経営統合するくらいで日本の景気が上向くとはチト考えにくい。

慌ただしい中でもう一つ気になったニュースは「黒部アルペンルートのトロリーバスの運転廃止」報道。これももう関係無いことだが来年以降のことがよく分からない。高齢者の医療費や光熱費の負担額が増加傾向にあることは直接の問題だ。

2024年12月23日月曜日

禍福は糾える縄

 昨日は不思議と言うか楽しかったとでも言うべき日だったかもしれぬ。朝一番でAUショップに電話をして、土曜の夜から急に言うことを聞かなくなった解らずやのスマホの修理に赴いた。朝一番が幸いして11時の予約が取れたので、陽も上がり暖かくなり始めた街を散歩がてら丁度の時間に着くと担当した店員さんが少し髭の濃い外国人。個人的なことは仕事が全部済んでから聞いたこと。先ず出身がウズベスタンで来日4年目とのこと。昨日は忙しそうにしていたので軽い挨拶だけだったが以前ドコモから移動する時対応してくれたマネージャーはネパール人だった。

AUは元々KDD(国際電電)だからかもしれぬが、以前使っていたドコモショップに比べ外国人店員が多いような気もする。自分のことを思うと中学高校大学で10年近く英語を学んだが英語圏の飯屋で料理の注文すら覚束ない。来日4年で複雑なスマホのソフトに挑んで1時間半程で直してくれたことには感謝は勿論だが、日本語習得の早さには驚くばかりだ。聞けば勿論だろうが、旧ソ連圏国のせいもあるだろう、ロシア語の日常会話には不自由しないそうだ。修理の後、ここまでは彼のサービス業務だったので、お薦めに応じて料金体系の見直しにも応じ店を出た時は既に1時半になっていた。

兎に角、土曜日の夜1時間以上弄り回してどうにもならなかったスマホが一通りのことは出来るようになったので昨日の夜はハッピーな気持ちになれた。現代の若い人たちはスマホにカード代わりになるような機能まで積込んで重宝してるようだが、正にアンビリーバブルなことだ。

そして今日は東京電力に依頼。つい先ほど午後2時半から約1時間掛けてブレーカーのアンペアを15から20に上げてもらった。費用は1万7千円掛かったが、寒くなっているので毎日のようにブレーカーが落ちるのは勘弁だ。これで当分暖房も安心して使えるだろう。

2024年12月22日日曜日

悪戯好き

日月が経つのは実に早い。今年も余すところ10日を切った。長いようでもあっという間だろう。もう今年には何の未練もない。むしろ、今年最大の収穫は日大病院に10年通い続けてやっと解放された前立腺がんからの解放。その前段のクリニックと病院遍歴を加えれば更に4、5年は延長しなければならない。人は生涯生老病死の四苦から逃れられないと言うから安心はできぬだろうが、一つの病気から解放されたことは間違いない。

人生には大きな苦しみもあるが、つまらぬこと、些細な問題も毎日のように発生する。昨日は急にスマホが言うことを聞かなくなって思いどうりの仕事が出来なかった。お陰と言うかそのせいで今日はAUショップでまたいろいろ教わる必要が生じた。時間潰しにもなるだろうし、すこしは賢くもなるだろう。今更賢くなってもたかが知れてる。小生にはそれなりに今日楽しみにしていたこともある。天地の神さま方も小生と同じとんだ悪戯好きな方だ。

日月は早立ちが癖だが、まだ残された時間はあるだろう。年が明けたら思い切り遊びたい。 

2024年12月21日土曜日

住み良い街

 東京では小春日和が続き、日中は散歩にはもってこいだ。お陰で今月も1日1万歩も今のところは達成している。特に昨夜は赤坂で豪華な食事をご馳走になったので、帰りしな腹ごなしに5千歩程余計に歩いてしまった。そんな程度では最近気になっているウエストサイズのふくらみ傾向に歯止めは掛からない。困ったことだ。

東京は年末になってもあちこちで建設工事が進み、刻一刻と変わりつつある感じがするが、どこに行っても清潔感に溢れ、住む人働く人いろいろだろうが、誰にも好かれる好い町だ。杖を頼りに歩くほどには至っていないが、何れは小生もそうなるだろう。亡くなった家内の口癖「歳をとって住むなら東京」が実感を伴って迫ってくる。

2024年12月20日金曜日

ブログ終章

 今年は昭和100年だったそうだが年末もあと10日余りになり、昭和15年生まれとしていろいろ考えることがある。何となくだらだらした毎日を思い、年が明けたら新しいライフスタイルで生まれ変わりたいと思っている。どうせ残された月日はそう多くはない筈、社会貢献などと気取るつもりは無いが、何かし残したことを探してみたいと思う今日この頃だ。

先ず思いついたのが、このブログ書きの日課を止めること。改めて確認すると2009年の4月から書いているから相当なものだ。何が面白かったか悲しかったか自分でも分からないが、他人の役に立つことは何もない筈。だからと言って自分の何に役立つかも理解しかねる。いつも欲求不満で居る訳でもないが、今年の大晦日で取り敢えずは終わりにする決心だけついた。ただこのブログにお付き合い頂いた多くの方々、特に何度となくコメントまで頂戴した呑兵衛あなさんには厚くお礼申し上げる。

今年を含めて家内を亡くして以来、殆ど家を離れることなく過ごしてきたような気がする。来年からはどこかへ小旅行などする機会が増えるかもしれない。外国とか山や海等でも危険なところはもうごめんだが、老人向きの楽しそうな旅行はいくらでもあるだろう。今まで敢えて知らぬふりをしてだけかもしれぬ。寒い冬にはそれなりに、花咲く春が来たら花見を兼ねてなんてのも良いかもしれぬ。

時間が余れば読書も良いだろう。勤め人の多くは27日か28日で御用納め、ブログは用と言いうほどのことではないし、場合によっては大晦日まで書くかもしれぬ。ブログはやめても人生は終わりにしたくない。来年以降も元気で生き続けたいものだ。

2024年12月19日木曜日

初雪

 今朝東京に例年より15日早い初雪があったとのこと、昨年よりは25日も早かったそうで寒さが身に染むのも無理はない。何れにせよ明日は冬至、冬来たりなば春遠からじと願いたいが今年は本当に波乱に満ちた年だった。年末になってシリアでは国が潰れ、韓国では大統領が職務権限をはく奪された状態になっている。ドイツやフランスも最高責任者がレイムダック状態。その上フランスの元大統領サルコジ氏には実刑判決が下った。

首相や大統領になりたがる人達の神経が分からなくなってきた。末は博士か大臣かと夢を見ろと教わったが、遊び惚けて夢を見なかったことを良しとする屁理屈が通りそうだ。来年アメリカ大統領に就任するトランプ氏は目先の現実を大事にする人のようなので、今年世界中でとっちりかった問題を処理して、少しまともな世界を取り戻してもらいたいものだ。トランプ氏はMAGA思想でちょっと見には自分勝手にも見えるが、見方を変えれば習近平氏の唱える「多国間主義と内政不干渉」にも通じるところがある。どうでもいいから仲良くしてくれ。

国内も多難な年だった。長年無計画な勝手気ままご都合主義で、国民生活より政府与党の都合を優先して長期政権樹立だけを夢見た積年のつけが一気に噴き出し、国民の声を聴く力とか格好をつけていた岸田政権はあっけなく崩壊、石破政権に代わったのは良いとしよう。しかし石破氏自身も驚いているかもしれぬが、よく言えば伝統、悪口で言えば悪習慣、即ち他人のことより我田のこと。どうしても抜けない金権体質。人の情けより他人の金を己の物としたい盗人体質はどうにもならない。

首相自身がどのように感じてるか知らぬが、総裁選挙前に言っていた理想論は全て跡形もなく消えて元の木阿弥。すっかり自民党らしくなってしまった。昨日や今日になっても未だ政治と金がどうとかこうとか騒いでいる。それも20年も前から続いているパーティー券販売のキックバック問題。3日前のことすら思い出すのが困難な小生からすれば、そんなこと今更騒いでどうだと言うのか。政党そのものを抜本的に変えるにはもっとドラスティックな改革が必要。どうせ自民党は保守主義者と右翼の相乗り政党。

どちらかが党を割って飛び出した方が国民には分かり易いだろう。しかし割るとなれば又溜め込んだ金の持ち出しで新たな騒動になりかねないか?



2024年12月18日水曜日

QRコード

 スマホの普及に伴ったものかどうか分からぬが、今はQRコードの大流行。スマホは時計代わりと歩数計の意味で常時持ち歩いているが、前述の2項以外は本質の携帯電話機能しか使わないようにしている。と言えば格好良いが、実際には使えないのだ。今朝の朝日新聞に荻原浩氏が寄稿して小生と同じ悩みを切に書いている。荻原さんはこちらより一回り一寸お若いが、70歳くらい。小説家で直木賞や中央公論文芸賞も受賞されているから有名な方だと思う。

タイトルは「(寄稿)置いてきぼり、思い知った一年 タブレット注文、猫型配膳ロボ…ん、もう。」最初に取り上げてくれたのがファミレスでのこと。昨日たまたまファミレスで昼食を食べたので余計共感を覚えた。注文はタブレットが原則のようだが、店員さんを呼んで口頭で注文した。注文品が一番安い昼定食だったせいか、その後店員さんが近くに来ない。近くの若いカップルは昼にしてはやや豪華な注文だった(僻みかな)せいか、店員さんが頻繁にサービスで注文品を運んできていた。

それを羨まし気に見ていてハッと気づくと、後ろに配膳ロボットが停止していて我が注文品が乗っていた。慌てて膳を取り出すと完了ボタンを押すまでもなく、ロボット君は回れ右で立ち去って行った。レストラン内の機械だからできるだけ静かに動き回るよう設計されているのだろう。店によっては動き回る際音を出したり挨拶するのもあるが、どちら好むかはオーナーの趣味次第だろうから仕方ない。

寄稿者の荻原氏も似たような思いをされた経験があるのだろう。慣れてしまえばどうと言うことも無いだろうが、勘定を済まして出ようと思ったら、これも自動カウンター。前に同世代ご夫婦が手続きをしていたが、何やらポイントカードの読み取りが上手くいかず、何度も繰り返した挙句大声で店員さんを呼んでやっと片が付いた。自動化も意外に手間がかかるものだ。会計機が2台あって、空いた1台に向かった小生、今度は会計票のバーコードの読み取りがうまくいかない。

ウイークデイの住宅街にあるファミレスなんて殆どの客が高齢者。店も昔必要だったテーブルサービスは多少省力化できたかもしれぬが、別の意味でのサービスが大変そうだ。こちらも生き抜くためには置いてきぼりを避けるためにはされら機器の取り扱いに慣れねばと思いつつも、やはりスマホは苦手だ。

2024年12月17日火曜日

漫画チック時代

 最近世界中の国の選挙で異変が起きているらしい。もちろん日本も例外でないとのこと。何でもネット上でのSNSなる現象の影響とのこと。ブログは毎日書いているのである程度知っているが、Twitterとかインスタグラム等は自分で関わったことが無いので何も分からない。しかし飯屋で出てきた料理を食う前に写真に収めたりする光景は毎日のように目にしている。何の記念に写真を撮っているか不思議に思っていたが、彼らはこれをネット上に発信しているのだろう。Twitterは言うに及ばずだ。

要するに現代社会の若者はこの世を漫画と同じ感覚で捉えているのかもしれぬ。年寄りの小生のように細かい理屈をいろいろ考えても栓も無いこと。人生の一こまを発信して共感者を求めているのかもしれぬ。我がブログの読者は毎日平均すると約100人くらいはいると思うが、写真であれば共感者が一気に何万人にも上ったりするのだろう。電車の中でも老若男女8割くらいの人がスマホを見ている。何を見てるか分からぬが、しょっちゅう指先が動いていることからすれば、複雑な文字は読んでいないだろう。

好みに適う画像や映像を探し、共感を感じたら<イイね>マークを押してるかもしれぬ。今や人間社会の本能的行為かもしれぬ。ルーマニアの大統領選挙ではロシアの画策でとされて選挙が無効化されてしまったが、支持率1%だった候補者が一旦は当選してしまった。兵庫県知事の選挙も似たようなことじゃなかろうか。兎に角、よもやと思った候補が当選している現実がある。

大学の社会学で人間生態学とか学んだとは言い難いが、専攻した記憶はある。現在同様の教科があるとすれば、内容も大分変っていなければならない。倫理学でも同じこと、事の善悪も変わりつつあるかもしれぬ。毎週「週刊文春」に目を通すので東海林さだお作の「タンマくん」を見て喜んでいる口だから他人を笑える者ではないが、世の中の価値基準も変わってきてるのだろう。

2024年12月16日月曜日

壁いろいろ

 詳しく読んでいないが、今朝配信された高野孟氏のメルマガに以下の記事があった。<学力はトップレベルかもしれないが、幸福度では先進国で最低という日本/OECD国際成人力調査の奇々怪々>日本人の識字率が高いので学力がトップレベルなのかもしれぬ。調査方法も理解不能だが、次に記載された幸福度最低には少し違和感を覚える。国民一人一人の幸福度を計量化すること自体が難しいだろう。個人的感じで言えば、戦争無しで約80年持ちこたえている日本だから、それだけでも相当幸福度が上がっても良いように思うが、高野氏が指摘した調査ではそうならなかったようだ。

そもそもランキング世界第○○位なんてことはスポーツ競技にお任せで、国民の幸福度は国内の政治経済の問題として論じてもらいたい。では現在、国内で問題とされている103万円の壁が報道を賑わしている。しかし正直この問題の意味とポイントが分からない。娘一人次女が働き者で、昔から人材派遣業者を使いながら転々と職を変えている。二十歳前後の結婚前から「私は貯金通帳の数字が増えていくのを見るのが最高の幸せ。」と聞いて驚くばかり。結婚して既に孫たちが就職した現在でもその癖は抜けていない。

当然壁がどうとかなんてレベルはとうの昔から問題にせず、さっさと旦那からの扶養を外して、互いに税金を払っているのだろう。壁を前にして働く日数を調整する人たちはどんな環境に置かれて悩むのかがよく理解できないので報道に接する度に思い悩んでしまう。大雑把に言って、年収103万円の人とは日給1万円とすれば年間103日しか働かない人だ。小生ですら学生時代のアルバイトで1日1万円くらいは稼いだ記憶がある。今世間で騒いでいることは学生アルバイトのことなのだろうか?

小生にとって問題は昼飯代の壁。これは財布からの出銭をガードしていたもの。500円の壁はとっくに敗れ、今や1000円の壁の前で止まりたいが、相当安い飯屋でも1000円の飯を探すのが難しい、この壁の問題の方が余ほど重大だ。

2024年12月15日日曜日

忘年会其1

昨日のブログは普段の半分以下くらいだった。書いたのが未だ昼前で頭のエンジンが掛かっていないのだ。昼の1時から銀座で飲み会が始まった。大学を卒業して最初に勤務した会社の後輩が設営してくれた忘年会だ。2次会が終わって帰路に就いたのもう7時近く。年寄りが集まると下らぬ話が多いとも言われるが、小生には初めて聞く話も多くあって、充実した1日となった。後輩は4人、年齢もさまざまで未だ後期高齢者に至らぬ若い後輩もいる。共通していたのは4人とも酒がめっぽう強いこと。

酒はそんなに弱くないと自覚していたが、後輩たちからしたら大いに不満だったろう。2次会で既に相当飲んだと思ったが、今朝電話をしてきた小生の次に高齢の後輩が、夕べはあれから2軒、即ち4次会まで飲み明かしたとのこと。宴会の最中こちらは後輩たちの酔いかげんを心配してたが、何のことは無い彼らがこちらの体調を心配してくれてるのだ。毎年開催される後輩たちとの会合で思うこと。上から目線と言われることがあるが、その角度から見えないところに存在する今更ながら興味深い様々な事実。何十年も経ってから気がついても後の祭りだが、改めて感心することが多い。

今年も残りわずか、このブログを読んでくれてる後輩も居て年末年始の過ごし方で適切な宿を紹介してもらったのも有り難い。いつ始まった会か、時期もきっかけも忘れたが、来年も続けたいと切に思っている。年末の恒例行事も段々少なくなってきた。忘年会は20日にもう1回だけある。こちらは昨日同僚が開いてくれた会の現役時代、取引を通して友人になった会社の友人、年齢は一つ上だが会社の入社が同じ年で、現役時代から仕事より遊びで親しくなった。今年も年末に会えるのが楽しみだ。 

2024年12月14日土曜日

隣国のこと

 普段関心が無いせいもあるだろうが、隣国であり最も強い同盟をしているような韓国のことが分からない。大統領制と言う日本には馴染みない国柄もあり、今回の大統領が引き起こした騒動で体制の一部が報道されている。知る人は知るだろうが、警官が組織のトップを逮捕したりしているようだ。想像をしても何がどうなっているのやらさっぱり分からない。韓国人の友人に訊けば分かるかもしれぬが、大勢いた友人は皆国に帰ってしまったりして誰もいない。

どこの国にも憲法と法律と言う厄介なものがある。日本の憲法や法律でさえまとも知らないボケ爺には外国事情なんて理解できないのは当たり前。今日は飲み会があったりして忙しい。ブログも中途半端で終わりたい。

2024年12月13日金曜日

へそ曲がり

 気象庁の発表によれば今朝の東京の気温は1.8℃とのこと。昨日は風が冷たかったが今朝は底冷えだった、昨日のブログで年末年始の過ごし方を嘆いたら早速古い友人が電話をしてきてアドバイスをくれた、友人は有り難いものだ。京都清水寺の恒例行事、今年の漢字一文字は「金」だったとのこと。NHKでは「オリンピック・パラリンピックで金メダルが多かったことと政治と金の問題が大きかったこと」なんて能書きを言っていたが、何と下らないと思うばかり。

坊主の知恵が足りないこともさることながら、今年は元日早々の地震から始まり、首相交代と異例の選挙、即ち首相交代は結構だったが、新内閣は国民に問うべきものが無いままにいきなり解散。誰の知恵か知らぬが「異常」なることが甚だしい。寧ろ「異」とでもすべきだったかと思う。石破首相は岸田前首相に比べて少し益しかと期待したが、とんだ的外れだった。決定的だと思うのは首相は何度も自民党総裁選挙で負け続けたので、負け癖がついたのか、首相を諦めてしまい勉強する努力を怠っていたとしか思えない。勉強は慌ててスマホをチェックすることではないと、念のためだ。

度々テレビで国民に向かって語りかける言葉があまりにも時代遅れで時代感、世界観もずれている。それでも首相になってしまった以上は懸命に情報を収集してその感覚を涵養してほしいが、昨日も「G7の一員として、法の支配に基づく世界平和への貢献・・・・」なんて言葉が聞こえてきてた。世界の現状は正に混乱の極み、アメリカは重大な分裂、英仏独は政権が揺らぎ仏独は来年以降存続するかどうかが怪しい。国際ルールなる概念がどこまで通用するか分かったものではあるまい。かと言って増税してまで武器調達に専念しても日本の安全保障が担保される可能性はゼロに近い。

ノーベル賞を受賞された被団協の皆さんの現状認識の方が余ほど腑に落ちる。もう数週間前になるが、民主党から自民党に鞍替えした長島昭久議員がアメリカでトランプ氏に近い人物と面会して「日米同盟の基軸は変わらない・・・」とか何とか言っていた。多数の庶民が報道を真に受けるだろうが、へそ曲がりの小生はチャンチャラおかしく聞いた。文書化されている同盟関係の不変は当然のこと。それを無視するのがトランプ流てなことは誰にも分っていること。なれば、変わることの一端でも聞いてくるべきだろう。

それにしても、トランプ氏が来月20日の就任式典に習近平氏を招待とは驚いた。面白いから習近平氏も行くべきだ。

2024年12月12日木曜日

年末年始の悩ましさ

 東京は霜や雪こそ降らないがめっきり冬めいて、冷たい北風が吹きはじめた。既に師走も半ば、年末年始の過ごし方を計画しなければいけないが、何も考えられない。いつものように「どうにかなるだろう」だが、これが一番良くないことは最近やっと分かりかけている。ごみの収集が今月28日に終わり、年明けの4日までごみ収集も無いとすれば、何か買いだめてごみに埋もれた生活をするのも嫌な感じだ。

若い頃には暮れの28日に思いついて、近畿ツーリストに勤務していた同期生に無理を頼み、航空会社に直接切符の手配を依頼、翌日の便でボストンに飛び、正月休みをボストンとニューヨークで過ごしたこともあった。よくもあんな厚かましいことが出来たものだ。偉そうに書いても兎に角、丸1週間は長い。短期旅行が一番適切かもしれぬが、どこに行ったら良いかが思い浮かばない。今電話して予約を受けてもらえそうな宿は雲取山の山荘くらいだろう。

宿は予約できても、そこまで行くことは不可能だ。これから数日中にどこか近くでゆっくりできそうな場所を見つけるしか無い。見つかるかどうかは分からないが、未だ忘年会も2件残っているので、友人たちにも聞いてみるつもり。

2024年12月11日水曜日

ふてほど

 無職だからボーナスの話を聞くと羨ましい。公務員の皆さんも33歳くらいで70万円を超すボーナスが支給されるようだ。特に国家公務員特別職の方政府閣僚や最高裁長官や衆参議長さんたちは数百万円と庶民からすれば気が遠くなりそうな金額だ。今更そんな人を羨んでも仕方ない。俺だって若い時に、賞与と書かれた袋が縦に立つようなボーナスを貰って、帰宅してから家族全員で喜んだ時代があっただろうに。あの頃は良かった。

帰宅すると、妻と娘二人が正座して袋を受け取ってくれたこともあったような気がする。これも今は夢のまた夢だ。現在は年金の支給日だけが楽しみで、今月は15日が日曜日なので13日には振り込まれるかな?なんてことを考え楽しむのみ。今年の正月は孫たちにお年玉を上げたような気もするが、来月の正月はそんな必要もなくなったようだ。歳と共にセコクなるのは仕方ないが、報道を見たり聞いたりして分からないのが国会審議。特に騒ぎになっている103万円の壁とか106万円の壁の意味が理解できない。

30数年前に会社勤めが終わってしまったので、非正規社員、小生の感覚ではアルバイト社員の存在が現代社会の中心になっていることが理解できない訳だ。幸か不幸か家族親族の知り合いにはそのような働き方をしている人物がいないせいかもしれぬ。昔から身を立てると言われるが、親元を離れて一本立ちするのは、毎月定額のお給料をきちんと貰える会社に就職することのイメージがあるせいだろう。

現代社会は、昔歌われたように<包丁一本晒に巻いてぇ~>じゃないが、腕に技術を持ち会社を次から次へと渡り歩く方が普通なのかもしれぬ。そうなると経営者も大変な筈だ。そんな人員構成で事業拡大を図るなんてことはとても想像できない。しかし現実はそんな社会になりつつあるようだ。政府では社会変化に対応して、有識者を集めて働き方や社会保険料の見直しの検討なんて宣伝してるが、集められた有識者なる人物が果たして任に耐えうるかどうか疑問が湧いてきてしまう。

評論家を評論しても仕方ない。己の時代遅れを嘆く方が先だ。今年の流行語大賞になった<ふてほど>はニュースで聞くまで全く知らなかった。日本語の意味イメージが全く浮かばない。因みに「不適切にもほどがある!」とのこと。そういう世の中に既になっていることを改めて実感した。

2024年12月10日火曜日

人生と夢

 毎朝のように夢は見るが、それは起床前一瞬のことで目が覚めると同時に儚く消えて無くなる。しかし現実人生で夢が皆無は頂けない。夢でなくても目標だけは持ちたいので、囲碁を勉強している。と言っても普段はネット碁をやたら打つだけ。最近は少し打ち方も変わり回数だけこなしても無駄の意味が解りかけてきた。目標は有段者、但し日本のアマチュア段位はいろいろあって、プロ棋士が所属する棋院に申請すればほぼ自動的に段位が発行される仕組みがある。これでは面白くない。世界で通用する有段者は、プロ棋士に置き碁(5子局)で対局して、3度に1度は勝てるようになる必要はあろうと勝手に思い込んでいる。

小生の実力はまだその域に達していないが、何となく感じるのは少しずつではあるが、そこに近づきつつあると思っている。この目標を山登りに譬えれば、空気感が変わりつつあるのを感じるからだ。山では標高100メートル毎に気温が0.6℃低くなる。都民に最も近い百名山の高尾山の標高は599mだから、標高ゼロとの気温差は3.6℃、我が家からしても3℃は優に低い筈。

真夏ならいざ知らず、空気が4℃低いと大分体感は異なってくる。目指す有段者の峰は標高にすれば1500mくらいかもしれぬ。自分流に判断すれば現在1200m地点と思いたい。山登りはここが最後の登りと思ってからが長い。囲碁だって似たようなものかもしれぬが、何とか生きて到達したいものだ。今日は朝から嬉しい知らせがあったので、ついノーベル平和賞を受賞された被団協の皆さんに倣って自分の頬っぺたをつねりながらブログを書いた次第。

2024年12月9日月曜日

四方山話

 「いつまでもあると思うな親と金、だから大事にしなさい」と聞かされてきたが、ここまで来ると親と金は既に無くなって残るは己の命だけ。そして命の余りだけは誰も教えてくれない。昨日高校同期のグループメールと言う代物で隣の組から同級会の報告があり、高校卒業時44名のうち33名が参加したとのこと。卒業来の再会率が70%の高さには驚いた。

個人的な話は措いて、国の権力者を見てもいろいろある。先ずはフランスのマクロン大統領、昨日ノートルダム寺院復活を祝う意味でのミサに、世界中から首脳を招待して盛大に行ったまでは世紀の大偉業で結構なことながら、ご自身の政治生命が風前の灯火なようだ。ドイツのショルツ首相、韓国の尹錫悦大統領も同じこと。名前は覚えていないがルーマニアやジョージアの大統領も、日本の石破首相にしても国民の支持が半分に満たないので似たようなものだろう。

昨日政治生命を奪われたシリアのアサド大統領は言うまでもない。パリに招かれていたウクライナのゼレンスキー大統領の政治生命も来年1月以降はどうなるか分からないが、公正な選挙が行われれば、先ずはひっくり返ると見るのが普通だろう。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・・盛者必衰の理をあらはす・・・」とはよく言ったものだ。

原本の平家物語は平安の昔から日本では琵琶法師が語り、作者未詳とされているが、今朝ネットで検索すると、一説に信濃の国司中山行長の作と言うのが出てきた。吉田兼好の「徒然草」中に書かれているらしい。ここにも故郷信濃が出てきたのでブログに書き留めておきたくなった。信濃の国は四方八方を山に囲まれている国で、情報は流入しにくかったとも思うが、昔から結構な人物を輩出しているのが面白い。

2024年12月8日日曜日

発端と指導者

 今日は日本で<大東亜戦争>と言い慣わした戦争が始まった日だ。日本の暦で昭和16年12月8日。日本の陸海軍がアメリカ・イギリス・オランダに開戦を宣言。フランスやその植民地国に対してはどうしたのか知らぬが、アメリカのハワイ、オランダ、フランスの植民地だった東南アジアの国に武力侵入をおっぱじめてしまった。その告示を(当時は記者発表なんて言わず、大本営の参謀代表が厳かに通達)した日に当たる。

小生誕生が前の年の4月なので、その告示を両親や兄たちがどう受け止めたか全く記憶に無い。最近のマスコミは、当時国民の大部分が遂にやってくれた。即ち、そうなることを待っていたみたいな雰囲気だったと伝えている。何と言っても80年以上昔の話、本当かどうか疑ってもよさそうだ。ちょっと古い話になるが、明治政府が成立したのは確か20年程後のことになるが、明治維新なる騒ぎが一段落したのを1868年としよう。以来新政権(仮)はずっと富国強兵なる政策を掲げ、朝鮮国、清国、台湾国、ロシア国などに戦争を仕掛け続けていた。

政府に如何なる下心があったか知らぬが、これらは皆戦争と言わず<○○事変>と言ったらしい。名前は兎も角戦争に次ぐ戦争。国内にはもちろん徴兵制度が敷かれ、教育も当時は兵役が男子だけだったにせよ、幼児時代から将来国のためなら命も要らぬみたい教育であったと思う。挙句の果てが大東亜戦争の開始だ。アメリカやイギリスは当然この日が来ることぉ予期していたのだろう。彼等もその覚悟をもっていろいろ準備はしていたと思う。

当時でも常識人が理性的に考えれば、日本が勝てる見込みは殆どゼロ。今で言えばウクライナがロシアと戦争して勝てる可能性と同じだと思う。しかし日本も多大な犠牲を払いながら3年半も頑張ってしまった。終戦はご存じの通り昭和20年9月2日。この頃になるとこちらも大分物心がついてきたので記憶にあること少なくない。

そのことは兎も角、言いたいのは当時の戦争指導者たちは誰もが超エリート、即ち頭が良くて心身ともに優れた人たちだった。その辺が現代の日本の政治家と異なるところ。逆の意味で言えば、現代日本の指導者たちは悪く言えばボンクラ揃いだから、アメリカさんの言うことを聞いて、80年以上生き延びているのかもしれぬ。話を替えると韓国の大統領尹錫悦氏なんかはすごく優秀な人らしい。

2024年12月7日土曜日

ネット社会の不安

 冬暖かい東京ではあるが大分冬らしくなってきた。それこそ「北の国では もう~」だろう。昔は雪を見ると「良し!これで今シーズンも存分に遊べそうだ」なんて時代もあったが今やすっかり元気も無くなり、昼も夜も何かと暖房に頼るこの頃だ。

ところで、最近気になっていることがある。ブログもそうだが毎日何かと世話になっているインターネットだが、便利さにかまけてあまり深い知識を探ることなく利用している。果たしてそれで良いのだろうか?と疑問がつのりはじめた。ブログが大勢の人に読まれることは個人的に嬉しがってばかりいるのは少し幼稚すぎるようだ。インターネットの世界では、小生のように全くの素人には想像できないが、その世界の技術を持つ人間からすると、風呂屋の番台に座ってる人物がお客の丸裸を観察するように見てるかもしれない。

今朝も外国のニュースだったが、どこかの国でお年寄りが使っているスマホからのことが報じられていた。毎月僅かな額ではあったらしいが、覚えのない引き落としがされていたそうだ。一人の被害金額が僅かであっても何十万単位の口座から同じ手口で行えば被害額合計が莫大になることは勿論だ。国内では警察が、ネットで若者を闇バイト犯罪に引き込む犯人を追及するのに<なりすまし被害者>捜査を始めるとの報道もある。そのために架空の免許証を準備できるどうか法律を確認しているとのこと。囮捜査をやっと始めるらしい。

そんなこと今やっと気が付いたのかねと言いたくなる。犯罪がピラミッド型に組織化されているのは当たり前だろうが、末端の犯人を検挙し、そこで押収した携帯電話情報を分析すれば上の階層のネット上の住所の特定はそう難しくないと思うが、現状ではそこに至っていないようだ。携帯だけでなくパソコンにしても同じで、インターネットに接続している端末は1台ずつ必ずアドレスが登録されている。先日読後感に書いたトランプ次期大統領の側近イーロン・マスク氏は、世界中からこのネット技術者の凄腕をかき集め事業に成功したようだ。

言いたいのは、小生のような貧乏爺のたわごとでなく、ある意味中国のように監視社会を構築せざるを得ないのでは無いかと言うこと。個人情報が見透かされるのは気分は悪いだろうが、ネット犯罪或いは犯罪ではないにしても、ネットによって思いがけないこと起きつつあるのも事実。それを踏まえてもう一度技術面から見直し、何が起きているか、そして対して何ができるか検討する必要がありそうだ。

2024年12月6日金曜日

政治的混乱

欧米では次々と政権がひっくり返り、隣の韓国まで伝染しつつある。東洋の極楽島我が日本は暢気なものだ。いろいろな要素が考えられるが、メディア側が顔出しするテレビ報道を見て思うのは、マスコミが政権を忖度しすぎる点に問題があるように思う。日本では報道の自由ではなくて、報道の中立性と言うことが重んじられ、政権に対するマスコミの厳しさが伝わってこない。問題点がいつも曖昧に過ぎる。現在何が問題かと言えば、言うまでもなく自公政権の金の問題、即ち金主である財界への依存体質だ。

昨日から始まった予算委員会での総理答弁が、官僚の書いた原稿丸読みと異なり総理自身の言葉で語られている、なんてつまらぬことが持ち上げられている。聞くたびにチャンチャラおかしく思ってしまう。石破首相の答弁を聞いていると、昔話で質問をはぐらかし、口では「真摯に野党のご意見も承りながら・・・」なんて言っているが、何一つ野党の要求には応じないことがはっきりしている。日本では普通に考えれば当たり前のことが当たり前でないので、すぐ第三者機関なんてことが出てくる。国民が選んだ国会議員以上に見識を有する第三者とは具体的に誰を意味するのかはっきり言ってほしいものだ。

政府方針がはっきり分からぬが、日本の宗主国とも言えるアメリカの大統領が替わる。新大統領トランプ氏のスローガンからすると、これまでの国際関係が大きく変わることは容易に想像できる。日本政府はこのことをどう受け止めているかがはっきりしない。宗主国のお陰でG7の一角を担って来たが、G7自体が同じ形であり続ける保証は無い。トランプ氏は日本を組し易い国と見てるのは間違いないだろう。何を言い出すか分からないが、USスチール買収問題から始まる一連の騒動。日本人の思考と全く異なるトランプ氏の思考。どのように対処するのが国益に適うか、考えどころだ。 

2024年12月5日木曜日

読後感「イーロン・マスク」W・アイザックソン著 井口耕二訳

 上下2巻で合計900頁ちかいボリューム。主人公イーロン・マスク氏はご承知の通りアメリカ次期大統領に決まったトランプ氏の選挙運動を多額資金で支え(今年5月から約半年で180億円と言われている)、当選後はトランプ氏の閣外に留まるものの、最有力スタッフになるとされている。その若干53歳かのマスク氏の評伝で、昨年9月末に世界で同時発売になったものだ。野次馬根性で読んでみた。

超有名人マスク氏が南アフリカ出身の天才で、若くしてアメリカに渡り、衛星、自動車、ロケットなど数々の発明によって多くの会社をつくり、世界一のお金持ちになったことは誰もが知るところ。共和党トランプ氏に寄り添う前は民主党政権からも多くの利権、と言う言い方は適切でないかもしれぬが、事業委託に与り政府委託事業で莫大な利益を上げていること。例えばウクライナの通信インフラは全面的に彼の事業がサポートしなければ成り立たない状態にあるし、この費用はアメリカの政府予算から出ていることは知る人は多いかもしれぬ。

兎に角、異能の人となりを著者は上手く捉えて披露してくれている。面白いと言えばそうかもしれぬが、世の中の進歩に関して無関心な人にはつまらないかも。しかしマスク氏の人格に関する描写だけでも面白い。天才であることは否定できないが、精神科の医師がアスペルガー症候群と断定できる一種の病人とも言える。要するに他人とのコミュニケーションが上手くいかぬらしい。

でもおそらく数千或いはもっと多いかもしれぬが、の人と交わりながら一種の帝国を築き上げたプロセスは一読の価値はあろう。女性遍歴や子供や家族のことも事実にどの程度沿ってるか知らぬが、かなり興味深い。内容が多岐にわたり、現在進行形なので感想を纏めきらないが、最終章近くに著者がうまいこと述べている。1700年代後半の英国でジェームス・ワットが、動力に蒸気機関の利用を唱えた時、誰一人「さぁ、今日から産業革命だ、バンザイ!」なんて叫んでいない。

同じことで、現代社会もインターネットを通じて大きな変革期にあるとのこと。マスク氏はAIによる人類の将来、地球の未来に不安を感じ、人類の火星への移住を追いかけているそうだ。この本を読んで共感する人もいることだろう。

2024年12月4日水曜日

世代交代

 少し残念ではあるが男の子を授かることが出来なかったので、タイトルにした世代交代とは無縁だ。にも拘らずこのテーマにしたのは訳がある。昨日年末の挨拶を兼ねて、前回の処方薬は少し残っているが、3ヵ月振りに1週間早く掛かりつけのクリニックを訪れた。世話になっている医師は、女性でまだ相当にお若い。と思っていた。ところが、いつも通り診察、と言っても血圧を測って胸と背中の音を聞くだけだ。血圧は上が110チョット、下が66だったかな。兎に角こちらは特段のことは無い。後はいつも通り痛風予防薬を処方してもらうだけ。

すると先生の方が妙なこと言い出した。「実は来年3月いっぱいで、息子夫婦に交代することになります。それでも手伝ってほしいとも言われていますので、時々は顔を出すかもしれません。」びっくりして失礼は承知ながら思わず年齢を聞いてしまった。「今は64歳です。」要するに65歳をもって世代交代をするとのことらしい。「先生のようなご職業は知的なものですから引退には早すぎるのでは?」とお世辞半分で聞いて返ってきた返事。

「確かに祖父も医師でしたが、90歳まで患者さんを診ていました。しかし時代の変化と言うのでしょうか、私たち世代は医学の進歩についていけなくなっているのも事実です。先日も認知症学会の会長までなさった先生が、認知症になってしまいました。その先生もある日ご自身のMRI画像を見て、脳がこんなに小さくなっているのかとびっくりされたそうです。」

時代のせいかどうかは別として、身体の経年劣化はあちこちに現れるもののらしい。世話になっている先生は小柄なが昔こちらがプールに通っている時、日曜日にはいつも顔を合わせていた元気な女医先生。3ヵ月おきにお呪い代わりの尿酸の予防薬を処方してもらっていたので何となくしんみりした年末挨拶になってしまった。昨日のこれを思い出すと、世代交代の心配が最初から無いのが我がノー天気の始まりかもしれぬ。

2024年12月3日火曜日

大都会漫歩

 昨日いろいろな年末行事が重なって、久しぶりに新宿と池袋の地下街を歩くことになった。どちらも長年親しんできたので知り尽くしているつもりだったが、案に相違して両方の街で道に迷って駅員さん道を尋ねたりしなければならなかった。新宿では甲州街道から少し北に入った碁会所が入っている古いビルから寧ろ青梅街道に近いセンタービル。新宿の高層ビルの中では比較的古いとも言える。

東京に出てきて初めて住んだ場所が新宿の柏木1丁目だけに、この辺は相当馴染みがあっても良いのだがもう全く見当がつかない。当たり前だ、この高層ビルが立ち並ぶ一帯は、当時多分東京都水道局が管理していた筈の大きな貯水場。夜には暗闇が拡がっていた地域。半世紀以上昔の記憶を辿っても何の役に立つ訳がない。高層化され始めた当初、駅近くに朝日生命ビルがあった記憶があったが、これも確認できなかった。

碁会所からの行きは地上を歩き、センタービルから新宿駅までは地下道を歩いたが、きれいさにびっくり、少なくとも一時群がっていたホームレスやその寝ぐらと思わせるものは一つも見かけず美しい歩道になっていた。新宿はJRと小田急線、京王線以外にも多くの鉄道が乗り入れている上に、その連絡通路が幾重にも重なって繋がり、今も改修が続いている。地下歩道を歩いてきて池袋に戻るJR山手線のホームに辿り着くのも容易ではない。

池袋にしても同じこと、自分の現在地が地上なのか地下なのか、そこを先ず確認、更に東西南北の感覚を取り戻し、目指す店を狙いすますが、方向感覚が悪くて大体反対側を歩いて結局遠回りになってしまった。お陰1日ので歩行数が1万2千歩を超えたこと喜びとするしかない。

2024年12月2日月曜日

普通の暮らし

日本に限らず世界が複雑になりつつあるのか、或いは情報の流通が高度化したせいで社会が複雑に見えてくるのか分からないが、最近は分からないことが増える一方だ。最近は報道にしても目にしたり耳に入る事案の一つ一つに余り関わりたくない様に思い始めている。この歳になって新しい見分に拘っても仕方ない。世の中は多様な人が居て多様な生き方がある。出来るだけ普通の人間として生きていたい。

しかし考えれば「普通」といったところで何が普通かもよく分からない。自分では普通のつもりでも、他人から見れば小生の生活や生き方は異常と見る人もいるだろうし、同意する人も少しいるだろう。日本社会は欧米社会と比較すると、他人との付き合いにおいて協調性を重視する傾向が強いようだ。地域で協力せざるを得ない稲作が培った文化だろう。対して欧米人は、狩猟で生き延びてきた歴史があるので当然異なる。

そして現在は生活手段が変わり、交易によって互いの生活が成り立っている。人間の生活様式はより豊かになって幸福度が増しているかもしれぬが、反面、文明の衝突みたいなことも多分に発生、却って不幸に陥る人もいる。何とも煩わしいことだ。かと言って文明の発達を否定することもできぬだろう。もとより所属する社会、大から小まで多々あるが、から評価されるようなこと何一つ無いのが取柄かもしれぬ。

兎に角、複雑に考えるのはやめ、できるだけ自分で普通と思う日常を送り、昇天する日を待つことにするしかない。東京は今日も冬晴れで素晴らしい日だ。 

2024年12月1日日曜日

浮世離れがすすむ

 昨日が11月最終日だったので今日からいよいよ師走の12月。いろいろな事にケジメをつけなければいけないなんて思いながら、朝一でメモ帳を確認。しなければならないことが幾つか記されている。先ずは掛かりつけ医と歯科医での検診。書かれていないが年末には行かねばならない銀行も予定に加えなくてはならない。10月に予定されていたが延期になった飲み会も1件入っている。

明日は新宿で今年最後の囲碁のお勉強。帰りに今年池袋支店が廃止になって新宿に移転となった長野の八十二銀行まで行かねばならない。尾籠な話になるが、トイレ用に1枚ものカレンダーがどうしても必要なのだ。庭の手入れは先月済ませたが、家の中も少しは掃除しなければなるまい。大晦日の予定もそろそろする必要もある。師も走ると言われるだけに今月は何かと忙しいかもしれぬ。

昨夜のリモート懇談では何故か旅とか宿泊料金高騰の話で賑わったが、小生には無縁の話。他には自民党参議院議員猪口邦子邸の火事の話題もあったが全然知らずにいた。こちらが大分浮世離れしつつある証拠だろう。メンバーは5人で同期生だから年齢は同じ、それぞれの経験談が話題の中心となるが、4人の友人たちは現役時代から世界や国内をよく歩いている。比較して思うに、小生はあまり旅行をしてこなかったし、時間に余裕ができた現在も余り旅行はする気にならない。他にはスマホの利便性の話題。

分かってはいるが、スマホに利用はどうしても上手くできない。昨夜は黙って聞いてる話題が多かった。