2026年8月31日月曜日

人間の厚み

 昨日観たテレビ番組で感心したことがある。囲碁トーナメントに続いた番組で「日本の話芸」何気なく観てしまった。宝井琴桜 講談「与謝野晶子」主人公晶子の名前を知る人は多いだろうが、彼女の生涯を本当に知る人は少なくなりつつあるだろう。我々の両親くらいの年配者であれば相当詳しく知っていることだろう。我々くらいでも「柔肌の熱き血潮に触れもみで 悲しからずや 道を説く君」とか「君死にたもうことなかれ」と一部分を知る人は多いと思う。

AIの時代だからネットで簡単に参照できるが、敢えて全文を書きたい。「ああ、弟よ、君を泣く、 君死にたまふことなかれ。 末に生れし君なれば 親のなさけは勝りしも、 親は刄をにぎらせて 人を殺せと教へしや、 人を殺して死ねよとて 廿四までを育てしや。」何と情と熱に溢れた詩だろうか。最近の流行り歌では期待すべくもなく心に響く。晶子の亭主鉄幹もまた詩人で文学者。慶應義塾の教授も務め北原白秋など多くの門人を育てている。

晶子は鉄幹との間に10人以上の子供をもうけて育て上げ、その孫の一人が自民党の幹部にまでなった与謝野馨氏であることは有名だ。晶子は兎に角、口八丁手八丁の才人で、床上手今風に言えばセックスも抜群に上手だったに違いない。知識欲も旺盛だったと思うが、外国語が堪能だったとはどこにも書いてない。しかし夫をフランスに洋行させて自分もその後を追って一時はフランスにまで行っている。信じ難いほどの行動力だ。

特に政治家や評論家には薄っぺらな人間が多い世の中、こういう人物がいれば面白いだろうに。

2026年8月30日日曜日

健康管理の8月

 今月3日に長寿検診を受け、14日に結果を聞いた。結果は思った以上に悪かった。特に尿酸値が8.3と異常に高かったし血圧も158-76だから思いの外高かった。腹囲が88㎝もどうにかする必要性を感じたものだ。もう薬を飲むのはやめようと思っていたが、その時から趣旨を替えて、尿酸値の薬を処方してもらって毎朝服用を再開した。同時に自宅でも血圧を測定するように言われて、血圧手帳を持たされた。丁度その頃ネット碁のやりすぎで身体全体、特に首から右肩がバンバンになって近くの接骨院に跳び込んだものだ。接骨院の先生曰く「急には直せませんので暫く通ってください。」とのこと。尤もだと思ったので、以来毎日通っている。

それやこれやで、今月は何となく身体ケアの月となってしまった。もう少し若ければジムかプールにでも通って運動するのが理想かもしれぬが最早その元気は出ない。取り敢えず栄養摂取を制限できるようにと、朝飯の量を半分にして昼食代わりに食っていた喫茶店の袋入りバウムクーヘン180円をやめて同じ値段のトースト1枚に変更した。今日は日曜なので接骨院も休み、歩く必要がいつもの半分しか無い。夕方に不要の散歩をして、せめて5千歩は歩きたいものだ。

長寿検診で知った医師は11月6日に再診の予約を入れてくれた。勿論こちらに異存はない。こうしてささやかながらの努力を重ね、来年の8月まで生き延びれば儲けものではないか。

2026年8月29日土曜日

秋の気配

 田舎では盆が過ぎれば秋という地方もあるだろうが、東京でも今日は半袖で外を歩くと涼しさを越してうすら寒く感じるほどの天気だ。時雨ではなくて雨も終日不景気に降っている。サンデー毎日の身なので夏休みの宿題を心配する必要は無いが、何か物悲しい。日本も異常気象で何となくおかしいが、だからと言って、一家でネパール観光に出かけ全員が土石流に巻き込まれての遭難なんてこともある。高校時代の友人から誘われてネパールに行ったことを思い出している。

僅か10日足らずの短い旅だったが、3月の初めで温暖な気候、素晴らしい景観、カトマンズの市内は別として、澄んだ空気に温泉まであって観光は最高だった。ただ道だけは相当危険で、最終宿泊地で一晩雨が降り、翌朝出発を数時間遅らせたことを思い出している。従妹がその数年前3日かけて歩いた道をたった1日でジープで走破したのだから当然と言えば当然。途中何度も山側の溝に嵌ってスタックした1台を他の車がチェーンを掛けて救出しながら登ったのだから当然だ。

旅に誘ってくれた高校同期の友人が手配してくれたガイドが人懐こい良い男で、以来毎年ラインで年賀の挨拶を送ってくれている。今度の正月も同じようにラインが届いたら何と返事をしたら良いか分からない。日本では富士山の初雪迄にはまだ若干の時間がありそうだが、昨日のNHK/BSの放送で、北極海の温暖化が進むと海水の温度変化で偏西風のカーブが変わり日本に大雪が降る可能性が高いらしい。環境の変化は近くで観ているだけでは分からないことが多すぎる。

2026年8月28日金曜日

巡り合わせ

今日は孫の誕生日、もう29歳になるらしい。小生にすれば亡き家内を嫁に貰った年齢だ。孫にもそろそろ結婚してほしいと思うが、そう簡単には問屋が卸さない。よって自分のことばかり書き連ねる。

当時は仕事も大分覚えて何となく自信がつき始めていたかもしれぬが、会社と飲み屋への借金も多く、年収に匹敵するほどあったと思う。しかし「一人口は間に合わなくても、二人口になれば何とかなる」とはよく言ったものだ。小生の場合、結婚後1年半で第1子が誕生して生活態度が大きく変わった。最大は一日20本以上喫っていた煙草をやめたことだと思う。

飲み屋通いもだいぶ減り、借金が少しずつ減っていった。交際費が使えるようになったせいもあるだろう。大きかったのは日本中の景気が良くなって給料が大分良くなったことだ。22歳の初年度に対して10年目の32歳時には年収が10倍ほどになっていたような記憶がある。当時と現在では社会情勢が全く違うが、誰にとっても運命との巡り合わせは面白いものだ。

結婚は完全な見合い。家内も心得たもので、夫唱婦随ではなく、男女分権を主張して、自分のやることに関して夫の口出しは一切させなかった。世の中に<父の日>があることは子供の頃nには知らなかったので、ある日父の日があることを知り、家内に聞くと「何を言っているの?我が家は一年中父の日じゃないですか。」とやり返されたことを今でも記憶している。 

2026年8月27日木曜日

クール ジャパン

 経産省肝いりの<クール ジャパン>という事業が破綻したそうだ。事業の経緯、実態は何も知らない。しかし<クール ジャパン>のネーミングは恰好良いし、時々観る同じタイトルのテレビ番組は面白い。FIFAワールドカップの時、試合終了後日本人サポーターが残ってスタンドの掃除をしていたなんてのは正に日本人クールの典型だろう。しかし商品化や事業化は難しいかもしれぬ。格好良い風俗はどこの国にもあるだろう、日本だけが威張っても仕方ない。

現在8月27日の午後3時前、一昨日だったか中野駅東口のブロードウェイ内の時計店に昼近く強盗に押し入った二人組の件、未だ犯人が検挙されていないようだ。このニュースを聞いて思ったことが沢山ある。犯人より被害者側のことだ。何でも腕時計4個で合計2億円と報じられている。店構えは分からないが、兎に角4個の高級腕時計は10秒間で持ち去られてしまったらしい。保険が発達している日本だから、店は保険をかけていた可能性もあるだろう。

逃げた泥棒は二人とされているが、これも疑った方が良いかもしれぬ。二人が店を出てすぐ、二手に分かれたとされているが、他に見張り役が居たかもしれぬ。考え始めれば切りが無い。盗んだ品物は現金化する必要があるが、国内では難しいだろう。小説なら、どこかに隠してほとぼりが冷めるのを待って国外に持ち出す?何れにしても組織的な泥棒のような気がする。泥的の応援する気はないが、日本人の組織でもし上手くいけば<クール ジャパン>だ。

2026年8月26日水曜日

墓石への思い

熊本城は加藤清正が築いた名城として有名だが、ここ2回続いた地震の影響で本丸を支えていた石垣が崩されてしまった。関連して思い出すのが日本の石垣構築の技術。これって結構世界に誇れる技ではないだろうか。もちろん日本は木造建築で世界的に誇れる技術もあるだろうが、石工さんの技術も相当だと思う。お墓にしても西洋のに比べると豊富な変化があって後世の私たちを楽しませてくれる。

毎月何回か紀尾井町公園にある右大臣大久保利通公哀悼の碑の前を通るが、字数はごく短いこの碑の立派さは目を見張るものがある。話がやや脱線がちだが、石工の技は建築の基礎を支える大事な技術。木工技術は20年毎のお伊勢さん遷宮など意を用いられて継承されているが、石工の技術継承はどうなんだろう?中学生時代の同級生に石工の倅が居て仲が良かった。卒業してからも何度か会って、用があったら何時でも言ってくれとは言われているが、先祖伝来の墓に納まるつもりでいるので最近は声を掛けていない。

閑話休題:アメリカのCIA長官が専用機でモスクワ入りをしたとのこと。事前にウクライナに対して<暫くロシア攻撃を控えるよう>にと連絡があったらしい。しかし用向きがはっきりしないし、誰と会いたいのか、またロシア側の反応も全く伝わってこない。トランプ大統領の専用機が狙われたとか、三男の暗殺情報があったとか結構興味深い情報が漏れてくる。事情を知りたいものだ。 

2026年8月25日火曜日

夏が終わりそう

 東京は朝から陽射しが強い。先日千葉や東京の下町では短時間で大雨が降ったりしたが、西日本は本格的日照りで、河川のダムが干上がったりしているとのこと。日本も広いと思うかは別として、地球温暖化の影響から逃げられないと知るべきだろう。兎に角、人は水が無ければ生きていけない。水道の水も永遠に枯れないなんて思ってはいけないのかもしれぬ。今年は妙に地震が多いように思う。自然を侮るなというサインだろう。

昔で言えば夏休みも最終版、いつもそうだったが宿題をやり残した気分は今も変わらない。典型が先祖への敬意と供養。今年もお盆の墓参りはしないまま、どこかで埋め合わせはしないと罰が当たる。考えてみれば世田谷に来たのは昨年11月の半ば、半年が過ぎた。長いようでも未だ半年かだ。断捨離だけは思い切ってやったが、辛うじて先立った家内の位牌を入れた小さな仏壇だけは持ってきた。豊島区時代は毎朝水を替えお茶を入れ、燭をともして線香を上げていたが、こちらに来てからは毎朝線香1本を灯すのみだ。

しかし合掌してお釈迦様、阿弥陀様、観音様をはじめ数多くの縁者を思い、感謝の念を捧げている。これが朝一番の仕事で、ある意味心のよりどころとなっている。世田谷に来てから出掛けたのは一番遠い場所が江の島、それより遠方には出掛けていないが、まごまごしていると足が鈍ってどこへも出かけられなくなってしまうかもしれぬ。涼しくなったら丹沢の大山くらいは行ってみるのもありかとも思うが、果たして実現するかどうかだ。

2026年8月24日月曜日

孫への期待

 昨日次女夫婦と孫一人を交えて昼食をとった。孫は朝6時頃帰宅したとかで、聞くと雨の中出掛けて下北沢で友人と飲んでいたとのこと。詳しくは訊かなかったが、残念なことにこれから車で名古屋まで帰らねばならぬとのことで、酒類は一切口にしなかった。孫が名古屋から態々出てきたのは28日が誕生日のため。今日になって気がついたがお祝いをするのを忘れた。明日にでも現金を送ろうかと思っている。

その時の話題。娘が強調していたのは、最近の若い人は遊びが少な過ぎると思う、もっともっと遊ぶべきだ。でも孫が言うには遊ぶのはいいとして、皆将来に不安を抱えている。それで本気で遊べるか?せめて年収の10倍くらいで住まいの目処をつけられれば良いと思うが、なかなかそうはいかない。今は2世代でやっとローンを組む時代らしい。いつも書いている通り経済なるものは全然分からぬが、高度成長期時代を過ごしてきた小生と孫の話が噛み合わないのは致し方がないのかもしれぬ。

孫たちはこれから多くの物が必要だ。車や遊び道具だけじゃ済まない。嫁も必要だろうし、家だって必要だ。しかしもう具体的アドバイスは何もできない。兎に角身体だけは壊さないようにしてもらいたい。

今日は午後1時からついさっきまでBSNHKで「プライベート・ライアン」を観てしまったのでちょっと中途半端だが、ここでやめる。

2026年8月23日日曜日

天の恵み

 昨夜真夜中に枕元に置いてあるスマホが不気味な音を出して「地震です、ご注意願います。」と大声で言っていた。成程少し揺れたが、大騒ぎするほどのことでなく、そのまますぐ寝入ってしまった。しかし起きて報道を観ると茨城県では震度5だったそうだからそれなりのことはあったに違いない。昨日夕方の土砂降りも凄かったが、これも千葉や東京の下町には想像以上の被害をもたらしている。今年の残暑の厳しさにはこれまでに感じられなかった不気味さがある。地震とは無関係だが、地球温暖化の影響は念頭に置く必要がありそうだ。

これも昨日の夕方だと思うが、ヒマラヤの山国ブータンで行われたトレールランのテレビ番組を観て思った。ブータンの5千メートルを超える高地には氷河湖が幾つか存在するが、何れも水面に氷の欠片が浮かんでいる。解説によると温暖化の影響を受け決壊の危機が迫っているらしい。高地と言っても暮らす住民やヤクなどの家畜も居る訳で、洪水が発生すれば両者とも生存が危うい。ブータン政府もこの現実を世界に発信するためにこのレースを実行したようだ。

アメリカのトランプ大統領が「掘って、掘って掘りまくれ」と煽るのは地球温暖化を無視した身勝手な言い分で、本当は石炭も石油も少しは知恵を出しながら使うべきだろう。温暖化進めば山林火災だけでなく他にも厄介な自然現象が起きるかもしれぬ。日本は資源小国ながら上下水道、ガス、電気と申し分ないインフラが整備されているラッキーな環境下に居る自分、これ以上何を望むことは何か?強いて言えば、戦争をしている国が早く戦争をやめてくれること。お互いに天の恵みに感謝して生きてほしい。

2026年8月22日土曜日

情報多様化時代

 IT技術の発達によって、新聞を取っていない小生にも連日実に多くの情報が跳びこんでくる。ある意味結構なことかもしれぬ。しかし、健康関連情報になると正反対な情報が同時に齎されるので、選択が難しい。薦められる食品が、片方では食べない事の選択を薦められるが屡々ある。ネットの広告であればさして気にしないが、書店などで執筆者が両方とも似たような大学教授だったら困るかもしれぬ。

子供の頃家にあった薬品は2種類。赤ちんとヨーチン。チョットした擦り傷や切り傷は赤ちん、少し大きい怪我はヨーチンと決めていた。もちろん成分の違いは何も分からないし、出血の量によっては脱脂綿を充てたり包帯を巻いたりした記憶がある。二人の兄が縁側で兄弟喧嘩をして長兄が次兄を突き飛ばした際、次兄がガラス戸に手を突っ込んで、親指を深く傷つき血まみれで庭に転げ落ちたことがある。

流石にその時は母が大きなタオルをもって駆け寄り、次兄の手を縛り、小生に次兄を外科の医者迄運ぶよう指示をした。小生は指示通り次兄を自転車の荷台に乗せて外科医迄運び、先生に緊急の診察を依頼した記憶がある。先に書いたように近年有用な情報はネットに溢れているが、緊急の場合の対応策はネットで検索している余裕は無い。もちろんAEDの使い方を知っておくことや人工呼吸の方法をマスターすることも必要だろう。

しかし家の中で水泳の訓練は出来ないし、テレビだけでは山歩きの難しさはどうしても分からない。何ごとであれ、情報より経験が自分を成長させることは変わらない。

2026年8月21日金曜日

読後感『「あの戦争」は何だったのか』辻田真佐憲著

 終戦の日前後だったが、確かTBSの「報道1930」で小生とほぼ同年齢で戦後史に関して詳しい保坂正保氏と同席出演をして、保坂氏に負けぬ論陣を張った若き論客。初めて見た人だったが、翌日ネットで調べてこの著書を知って、その日のうちに購入した。

先に若いと書いたが、44歳も若い。しかも慶應義塾大学文学部の後輩であった。これだけでも身贔屓するには十分だ。しかし贔屓目は差し引いてもこの本は賞賛に値する。現代は現職の首相でさえ「あの戦争なんて知らない。今更責任をなんて撮りようがない。」と無責任なことを言う時代。彼女をこれ以上引き合いに出すのは著者の労苦を汚すのでやめる。

1945年(昭和20年)8月15日、正確には14日らしいが日本はポツダム宣言受諾(無条件降伏)を当事国に伝えた。ポツダム宣言を正確には読んでいないので断定できないが、ロシアのプーチン大統領は北方4島はロシアに帰属と書いてあるようなことを言っている。日本外務省がこれに反論したとは聞いていない。もう一つ大事なことは小生も最近は先の大戦なんて呑気に書くが、あの戦争が大東亜戦争であったことは十分分かっている。

現代社会で大東亜なんてことを持ち出した著者には再度敬意を表する次第だ。小生はこの本を読み進めるため、大きな地図帳と虫眼鏡、それと歴史年表が必要だった。終戦後戦争犯罪人として法廷に立たされた人間は多いが、判決を受けて死刑執行された人間は恐らく千人強くらいではなかろうか。A級戦犯として巣鴨で拘置所に拘留されながら後に釈放になった賀屋興宣氏や岸信介氏。日の丸を振りながら出所してきた笹川了平氏。人間の運不運なんて本当に紙一重だ。

本書で一番感心したことは、著者自身が東条英機が大東亜と称した圏内を隈なく自らの足で回り過去を尋ねると同時に現在の住人が過去と現在の日本をどう捉えているか実際に探訪したことだ。

2026年8月20日木曜日

自己管理

 余り他人や他国の悪口を論いたくないが、アメリカのご都合主義は少し度を越している。大分前から目の敵にしてきたICC(国際刑事裁判所)を一昨日、この組織を徹底的に破壊するから加盟国も協力して脱退することを促し、トップの赤根智子所長をはじめとする職員に対して強力な嫌がらせ、制裁を科すと発表したのだ。アメリカは「悪意をもって権限を乱用し、与えられた任務の域を超えている」と主張している。日本政府とすれば当然「ふざけたことを言ってくれるな」と反論すべきだと思うが、どう反応するのだろう?

閑話休題:現代人には関心が高いと思われる健康と栄養問題、今日は小生の食事ついて書いておきたい。小生もご多分に漏れず食事には昔からいろいろ考えてきた。先日も少し触れたが、今月の初め世田谷に来て初めて長寿健康診断を受け、いろいろ改善点を指摘された。なかでショックだったのは高血圧の指摘だった。豊島区時代毎年定期的に検診を受けてきたが高血圧を指摘されたことは一度も無かったからだ。自分でも不思議だったが、検診時に3回計り直してくれても結果が変わらなかったので納得するしかなかった。

医師から「暫く自宅でも計ってください。」と言われて血圧手帳なるものを渡された。が我が家に血圧計は無い。ところが幸いこのところ通っている接骨院で計ってもらうことが出来るようになって毎日計っている。医師と接骨院は方向は真逆だが距離はほぼ同じ。既に4回計ってもらっているが何れも高血圧とは言えない正常値。序に始めたのが摂食制限、これは難しいが、出来ればこれも次の医師検診迄継続したいと思っている。

2026年8月19日水曜日

高市政権

 小生は毎週水曜日に配信される「きっこのメルマガ」を楽しく読んでいる。今日の記事は特に「千葉の豪雨は他人事」と題されていて読み応えがあったのでコピーさせてもらう。

書かれていた内容は高市首相の盆休み。即ち15日だけは午前中に陛下さえご出席の慰霊祭などに出席されたが、その日の午後を含め前日の14日も16日も公邸に籠り切りで何もしていない。その間に千葉県では死者を多数出す豪雨災害に見舞われていたわけだ。

ちなみに、発生から5日も経った昨日、政府はようやく千葉県の豪雨災害に関する関係閣僚会議を開きましたが、高市首相は被災自治体への普通交付税の繰り上げ交付の実施などを指示しました。つまり「カネだけは出してやるから今後も実務は自治体で何とかしろ」という丸投げ宣言をした。

「ダメだこりゃ!」と締め括られているが、全く同感だ。就任当時「働いて、働いて・・・・」と言っていたのは根も葉もない嘘。これが首相の本質だとすれば有権者諸氏には少し考えてもらいたいが、実際本音だと思う。

小生経済はとんと分からないが、政府がバタバタしても円の力はどんどん下がり、今日の株価も大分値下がりしている。米の価格が下がるのは消費者としては嬉しいが、米は一生食い続けるもの。消費者のコメ離れの前に農家がコメ離れをしたらどうなるのだろう?


2026年8月18日火曜日

夢の乗り物

 昭和20年8月の終戦から暫くして小学生になりたての頃、冬のある日長野市郊外の山道の入口付近で遊んでいた時、山が崩れたかと思う轟音を聞いた。恐怖に駆られて見上げた空をプロペラの無い飛行機が飛んでいた。小生が見た初めてのジェット機だった。ヘリコプターを始めてみた日は覚えていないが、かなり大きくなってからだろうと思う。平成29年の年末に他界した家内は生涯飛行機には乗らなかった。

小さい頃3輪車は無かったが、乗り物は幼い頃からの憧れ。自転車や自家用自動車に迄至至り、随分進化して生活に利便をもたらしてきた。しかし最近あちこちで聞くドローンなる代物。これの乗用利用は大阪万博でデモ飛行が披露される予定だったが、未だに実現していない。確かに空間を自由に飛び回る乗り物をどのように整理するかは管理する側にとっては頭の痛い問題だろう。しかしドローンは武器として大変なスピードで進化し続けている。

昨夜テレビで観たのだが日本を代表するドローン製作企業の代表者が教えてくれた。武器として発展を続けるウクライナで商機を見出し始めているようだ。すると同時に日本の防衛省が急遽ドローンを導入するとして製作会社の入札を告知。もちろんこの企業も応募して入札資格は得たものの、これからが心配だと言っていた。この企業はウクライナに支社を置いているから実証データは何とかなるが、受注した後の部品の入手先など、問題が出てくることを心配していた。

応札企業は4社で、この企業以外は何れも海外企業の日本代理店(商社)。現在のドローンは夢のある乗りものでなく武器としてビジネスの資源になっているのだ。

2026年8月17日月曜日

長生きの薬

 囲碁や将棋のプロ棋士のルールには持ち時間がある。人間にも寿命と言う持ち時間があるが、これには個人差があるし、自覚するのが難しい。優秀な医師でも患者の余命の判断は相当難しいだろう。ただ平均年齢を超えると、残りの時間が少なくなっていることは誰にも容易に分かる。だから毎日を無駄に過ごさず大切に生きたいものだ。小生が大事にしたいと思っているのは他人に嫌われない事。もっと言えば他人から感謝されれば、それは長生きの薬のようなもの。なまじな薬を飲むより大事だと思う。

世の中には生きているだけで、誰かを幸せに出来る人もいる。典型は天皇陛下だ。陛下は総ての日本人の幸せを常に祈ってるからだ。幸い令和の時代の陛下は未だお若い。末永くと言えば平凡だが、令和の年号が平成の30年は超えることになってほしいし、又そうなるだろう。ところが凡人の小生としては、生きているだけで感謝されるほどの徳は持ち合わせない。せめて子や孫に食事くらい奢って「お祖父ちゃん、有難う。」と言われるのが精一杯だが十分とも言える。

2026年8月16日日曜日

身体のリニューアル

 お盆が終わればもう秋、夏休みにやり残した宿題も仕上げねばならない。と言っても小生にとって課題は身体の健康問題。先週金曜日に受け取った長寿健康診断の結果から様々な課題が浮かんできた。昨年豊島区から越して来て最初に推薦された掛かりつけ医と相性が合わなかったこともあり、掛かりつけ医を決めるのを止そう、薬の服用も一切止めようと思ったが、宗旨を変える。結果がやはり相当悪かったからだ。

先ず意外だったのが高血圧を指摘されてしまったこと。長年の検診で血圧だけはずっと標準だった。血圧は測定する時間や場所で差が出ることは承知している。豊島区時代は年に一度の検診でも何年も変化は殆ど無かった。しかし今回は、測定日時と結果を聞きに行った日時との間にも大きな差はみられない高血圧。他に尿酸値が高かったこと、体重は辛うじてBMIの範囲内にあったが、腹囲が88センチと大きすぎる。やはり健康診断は伊達でない、注意点は多い。

取り敢えず止めていた尿酸値を収める薬の処方を依頼して薬を貰った。そして3カ月後に再診を予約し、これから身体の回復に努める心算。身体も壊すのは簡単だが、回復は大変だ。どの程度の期間が必要か分からないが、態度を改めて取り掛かるつもりだ。第一番は食事のとり方になるが、これは生活のあらゆる問題と関係している。バランスを崩さないよう注意したい。

2026年8月15日土曜日

終戦の日

 今日は終戦の日、靖国神社に行く人もいれば、正午から武道館で行われる式典に参加する人、或いは無名戦没者墓苑をお参りする人様々だ。皆先の大戦で亡くなった人を思い、これから二度と戦争はしないで済むように哀悼と願いを捧げたことだろう。しかし戦争はこちらにする気が無くても仕掛けられることはある。仕掛けられないようにするためには何が必要だろうか?やられたらやり返す能力を示すことも必要だろうが、何よりも外国との関係をこじらせないことに尽きる。

特に意を尽くすべきは隣国との関係だ。これが外交力だろうが、遠いインドやオーストラリア、東南アジア諸国は措くとして、日本を取り巻く中国、台湾、フィリピン、韓国、北朝鮮、ロシア、は何れも複雑な事情を抱えていて、日本との関係も必ずしも友好的と手放しでは喜べないだろう。関係する政府閣僚、官僚や自衛隊の将兵の緊張感に期待するしかない。

今日は終日日本中が哀悼の念で包まれるだろうが、幸い我が家には戦没者はいない。だからと言いう事でもないが、個人的には新生日本の誕生日として祝う日としたい。

2026年8月14日金曜日

この世と天国

 明日はいよいよ終戦の日、と言ってもこの日を記憶している人はもごく僅か。世代交代は余の常だから仕方ないが、300万人の将兵が死んだとされるこの戦をイメージできない人が現在の社会を動かしている。幸い我が家族親類は戦争で亡くなった人はいない。父が南洋のバリ島に占領地の行政官で出ていたので捕虜にはなったが、昭和23年の2月には復員してきた。

父は当初出征前に在籍していた旧内務省に職を求めたかったようだが、復員局でもう役所は無いからと、故郷長野での就職を薦められて結局長野県の役人に落ち着いた。その年はちょうど小生が小学校への入学の年。当時長野市から少し田舎の松代町にあった母方の実家にいたので松代町の小学校に入学手続きを半分くらいしたが。途中で父の就職が確定したので、急遽長野市内の信大付属小学校に入学が出来た。その時のことで今でも記憶しているのは、風呂敷包みを持って通学していたこと、クラスが決まって最初の日に、イロハを書いた紙を示され読めた文字は半分も無かったことだ。

当時は子供の読み物が一切無かった。現代のように幼稚園児がスマホを持つなんてことは夢のまた夢。学校では友達がすぐに出来た。ただ金魚を飼っていた回漕に小便をしたと担任教師に嘘を言いつけられてお目玉を食ったことだけは未だに忘れない。大分大人になってから犯人はある女子生徒だったことが分かったが、今更何を言っても仕方ない。昔から嘘つきは大嫌いな所以だろう。やがて弟が一人増えて5人兄弟で7人家族になった。両親も大変だったと思うが、子供の小生は大変だった思ったことは殆ど無い。

両親は勿論兄弟も3人はあの世に逝ってしまった。しかし今は近くにいるかもしれぬ。

2026年8月13日木曜日

終戦処理

 明日は終戦の日、お盆の真っ最中にしては少し気温が低いようだ。しかし朝から雨が降ったり止んだりで蒸し暑くはっきりしない空模様、今年の日本を象徴しているようだ。人生の降り坂に掛かっている小生としては、せめて両親やその先祖に思いを馳せたいと思って兄が残してくれた家系図を引っ張り出して拡げてみた。しかし思ったほどイメージは拡がらない。従兄弟・従姉妹にしても女性の名前がはっきりしないのだ。兄もやはり古い人間で男性の名前だけで十分と考えていた節が伺える。

学年的には4年上になるが年齢は3歳しか違わない。しかし小学1年から新憲法下で育ってきた小生と1945年(昭和20年)2学期から教科書の一部を墨で塗りつぶした人間の差は大きい。戦後のあり様がすべて悪であり、それまでの教育の総て間違っていたと断じるのは如何なものかだ。例えば教育勅語は法律でないが、戦後1948年6月国会で正式に「もう使いません」と決議されている。国会が決めると言うことは憲法が定める表現の自由と整合性に齟齬を生じなかった少し心配だ。

小生も大分几帳面なところがあるが、日本国は変なところで几帳面だ。最近の政府のあり様で理解が困難なことは昨日からか今日からか忘れたが実施されることになった日本国旗を傷つける行為を罰する「国旗損壊罪」。少し前に書いた記憶があるが、昨年11月世田谷区に引っ越すに当たって、国旗なんか邪魔だとして早く言えばゴミとして処分してきた。これぞ正しく損壊そのものだ。引っ越しが昨日や今日だったら主犯は小生だろうが、協力してくれた処理業者の人はどうなるのだろう?

現内閣は天皇制なんか無い方が良いと考えている可能性が高いが、そのことが問題だろう。

2026年8月12日水曜日

夏休み

 夏休みには帰省して墓参りをすべきだろうが、ここ数年サボっている。こじつけている理由はJRの割引が無いこととしている。両親や兄弟からすれば「また変な理屈をこねてしようがない奴だ。」であるのは間違いなさそうだ。

話を替えるが、今日の天気は予報通り。昼飯を食いに祖師ヶ谷大蔵の駅まで行っていつも通りのコーヒーとバウムクーヘンケーキ460円を食って店を出た途端、構内に人が多い。外が土砂降りで動けない人が多いのだ。一定時間待てば上がることは明らかだが、駅構内のコンビニが店舗リニューアルとかで雑誌売り場がなくなっていることを思い出した。慌てて帰宅する必要もないので、電車に乗って新宿まで。月刊文藝春秋9月号を買ってきた。帰りの電車の中で読んだトップ記事「高市総理日本を壊すな」細川護熙は実に読み応えがある。

予てより高市総理のすることなすこと総て気に入らぬがこれだけ明快に書いてくれる人物がいたことは嬉しい限り。この一文で高市氏が反省するとも思えないが、日本は神の国。どこかで罰が当たればいいと思っている。次に目を通したのが養老孟司先生の「癌に教えられたこと」。先生の年齢は小生に近い。考え方には理解できるものがある。

急な土砂降りは未だ終わりそうにない。長野市の中学2年生の夏山登山は北アルプス燕岳が標準だったが、先日の土砂崩れで予定変更を余儀なくさえれた学校も出ただろう。台風が東から来るなんてことも異常なことだ。異常への対応力も無いが何とか生きている。

2026年8月11日火曜日

山の日

 今日は「山の日」とのことで朝から山登りのテレビをたくさん観た。早朝は日本中の100名山、200名山、300名山を平地を含め全て自分の足だけで走破した冒険家田中陽紀氏の新たな挑戦「台湾横断280キロ15日間」。台湾は日本以上に登山ブームらしいが、登山道の整備は凄く遅れていて、縦走の危険はかなり大きい。流石田中氏も途中で1泊余計に休むとかかなり慎重であったが無事目標を達して目出度い限り。


山岳記録映画を観るといつも思うことがある。撮影スタッフのことだ。主役が苦労したのは分かるが、主役を追い続けた撮影スタッフの苦労は如何許りだったことだろう?確か2時間の番組だったが、NHKだからできることで民放ではまず不可能だろう。台風が来る前に済まさねばと買い物をしてからテレビをつけると、今度はエベレストの特集をしていた。80歳で3度目の登頂をしたと自慢していた三浦雄一郎氏、彼も冒険家で英雄の一人かもしれぬ。


山登りは多くの冒険家、英雄を生むが、同時に遭難死する人も多い。娘や従妹と長野市の飯縄山、或いは東京の高尾山には何度か登ったことがある。天気の良い日に山頂まで行ける山は素晴らしい。しかし残念ながらもう歩いてはいけない。ケーブルのある山の山麓駅までタクシーで行ってケーブルカーで山頂まで登れば気分がよくなる可能性もある。未だ実体験は無いが、小田急線が目の前を通っているので丹沢山地の大山あたりに行くのもありかもしれぬ。

2026年8月10日月曜日

戦争の終わり方

ウクライナからすれば大きなお世話だろうが、個人的に思っていることがある。「何故早く無条件降伏の道をを選ばないのか?」国土が奪われたと言っても高々25パーセント以下。日本の経験に照らせば僅かなもの。日本は先の大戦で国土の75%を失った。失われた領土から本国に引き返す途中に亡くなった人の数は正確には分からないだろう。亡くなった人は何も言わないが、生きて帰った人の話は多く聞いている。

勝っても負けても戦争は多くの人命を奪う。兵士、戦闘員遺族に国家補償があるのは普通だろうが、死んだ兵隊さんの遺品が石ころ一つなんて話を聞くと切なくなる。幾ら高額の補償金があっても亡くなった命は再び蘇らない。名誉を称える勲章なんかにどんな意味があるだろうか、何も無く馬鹿々々しいだけだ。地図上に引かれている領土、領空、領海なんて線引きも虚しすぎる。広大な領土を保有する中国や米国。

81年前の8月か9月、日本は連合軍に対して無条件降伏をした。結果何が起きたか世界中の人に知らせるが好い。国土は25%に縮小。そういった海外の地域に在住していた人が本土に帰還するのは困難を極めた。政府や軍の幹部は連合軍に逮捕されて開戦の責任を問われた。死刑で亡くなった人も少なくない。しかし大半の軍人は数年間で帰宅できている。天皇は責任を免れたが、これを非難する国民は少ない。勝った連合軍は日本全体を一時占領して軍政を敷いた。しかし約1億人の国民生活は大きく変わることなく、6年後には独立国として認められている。

言いたかったのは戦争はスポーツと違う、勝利宣言より敗北を認めた方が良い場合もあるのではと思ったりすることだ。 

2026年8月9日日曜日

恐ろしい娘

 最近大分心配するのは時間間感覚の喪失だ。時間は自分が考えるほど悠長ではない。実に速く進んでいる。自分が何か考えている時、時間が止まってくれてると錯覚するが、暫くして冷静になると、それがあり得ないことだったと分かる。考え事もあっちに跳んだりこっちに跳んだり、気がつけば約束の時間に遅刻しているのがおちだ。

例えば普段より30分遅く起きたとしよう。この遅れをどこで取り戻すのか、そのまま前に進むかどうかを考える必要があるように思うが、考えても無意味。遅刻は取り返しがつかないだけのこと。友人との約束とか医師への訪問予定日などは一応メモしているが、メモを見忘れることも最近は多い。自宅からどこそこまで行く時間も次第に遅くなっていることにも気がつきにくい。特に近所の場合、近道を発見したりするから余計ややこしくなる。歳をとったら近道なんか考えない方が無難かもしれぬ。

人生の残された時間があとどのくらいあるか分からぬが、少し時間を大切にしたいものだ。今日は日曜日、予ねて約束していた次女夫婦に案内され広尾のメキシコ料理店へ。12時の予約でジャストに到着したが既に満席。以前一度案内されてことはあるが、今日訊くと、娘は18歳頃から通っていたとのこと。母即ち我が亡き妻が「この子は勉強する必要ありません。」と保証していてくれたとのこと。初めて聞く話だ。恐るべき不良少女だったかもしれぬ。

マルガリータは原酒がテキーラ、口当たりは良くてもやはりきつい。大きなグラスでもあり、2杯飲んだだけだがかなりこたえている。今日も早めに寝ることにするつもり。

2026年8月8日土曜日

チェックリスト

 他人に一切責任を転嫁できない完全自己責任問題なので、四苦八苦しながら身体の回復を図っている。傷ついた身体がどこまで回復できるか分からないが、今日改めて確認できたことがある。1日無駄に過ごした木曜日から一応朝飯だけは普通通りに食してきたが、排便排尿になるとなかなかいつも通りにはいかない。幾ら睡眠をとろうと、そう簡単に身体は言うことを聞かないものらしい。栄養とは何かよく分からぬが、補給したつもりでも排泄が上手くいかないにはそれなりの理由があるだろう。

やっと今日から八分通りの排便と排尿が出来たような気がする。誰もがそれなりに自身の健康管理を心がけると思うが、小生は排便と排尿の色や量と頻度が重要なチェックポイントであることに気がついた。でもこれはあくまで消化器系統のこと、呼吸器系統や循環器系統は分からない。家内は10年近く前に大動脈瘤破裂で一瞬であの世に旅立ってしまった。原因はよく分からないが、日常生活が出来悪亭主のせいで不規則となり、飲酒量が増えていた可能性がある。特に彼女はビールが好きだったので小生はなるべくビールは飲みたくない。明日はメキシコ料理店で昼飯と言うことになっているので、最初からマルガリータでいくつもり。

月曜日の長寿検診結果は来週木曜にならないと分からないが、血圧が高かったのは分かっている。自分ではのんびりしているつもりでも結構ストレスが溜まっているようだ。無意識の中で朝飯を準備したりする几帳面さ、自分では取り柄だと思っているが、逆に相当なストレスになっている可能性も高い。と言っても今更後妻をという訳にもいかぬ困ったことだ。

2026年8月6日木曜日

要再起動

 既に4時を回ってしまった。今日は起床時刻から何時もの2時間遅れ。8月6日で広島の原爆の日であることだけは確認できているが、他に何も思いつけない。取り敢えず朝飯と昼飯だけは、どうにか日頃通りに済ますことができた。昼飯をとったレストランのサービスマンが「大分お忙しそうですね。」世辞を言ってくれたが恥ずかしい。、ブログも今日は休みとしたい、悪しからず。無理は命を縮めるだけだ。


2026年8月5日水曜日

無意識の中で

 人体は上手くできているが一度壊すと再建が難しい。長寿検診が月曜日で、未だ結果は出ていないが気が緩んだこともある。火曜日のブログは一応書いているから、火曜日の夜からネット碁を始めて、24時間以上遊んだに違いない。木曜日の朝即ち昨日の翌朝6時頃我に返ったが時すでに遅く身体がボロボロ状態。身体じゅうが強張って膝もがくがく、歩きもままならぬ状態だった。今日も昼めしを食いに祖師ヶ谷大蔵駅まで1往復したが午後はテレビで映画を観て過ごした。


兎に角、やっと昨日から少し正気を取り戻して、脳内を整理し直して何とか身体の再建にかかった状態。でもまだまともにブログを書ける状態ではない。しこっているのは頭だけでなく、首の後ろや脹脛などあちこちに得体の知れない何か塊が入っているようで歩くのも容易でない。しかしどなたかのお陰で昨夜とその前の夜は8時間ほどぐっすり休むことが出来た。途中で次女が電話をくれてどう応えたかはっきり覚えてないが、LINEのメールに9日の日曜日の昼飯を共にする約束が出来ていた。加えて23日の日曜日には名古屋の孫が帰ってくるからと昼食の予約。


豊島区の自宅を売る時、移転先を次女の家の近くにしたことが正解だったことを実感している。学生時代は兄と同居してたこともあり、よく徹夜マージャンに付き合ったことを思い出している。当時は学校をさぼること出来たこともあるからかもしれぬが、一晩の徹夜なんか何とも思わなかったが、年齢のせいもあるだろうが何とも情けないことだ。来週はお盆、三途の川向こうから家内が呼んでる可能性も高い。分かっているが、何とか身体を作り直してこの世で今暫く好き勝手をさせてもらいたい。

2026年8月4日火曜日

考えものだ

 地震被害で大変な思いをされている熊本地方の皆さんには申し訳の無いような爽やかな日が2日続いている。関東、特に首都圏暮らしの小生とすれば、出来るだけ長くこの恵みが続くこと祈るばかりだ。環境は問題無くても、長年の不摂生がが祟りはじめて身体は大分弱り始めている。今日も歩行数が3千歩程に留まっている。ついつい面白いからネット碁を何時間もやってしまったからだ。これではいけないと思うが、陽が落ちてから散歩のやり直しをする気力は無い。面白いことがあるのも考えものだ。

毎朝だいたい同じ時刻に目覚めるが、朝寝ぼけてみる夢も面白い。今朝は夢見が良過ぎた。パソコンを打ってる夢だったが、メールが届いた報せ。そのメールを開くとある企業から雇用通知。「是非当社で働いてほしい。」冗談でしょうと言ったつもりだが、何故か目が覚めてしまった。それを16時近くまで覚えているのも不思議だ、余ほど未練があるのだろう。昔、夏目漱石が「夢十夜」を書いたが、小生も真似したい。明日の朝も夢を見たらブログで書きたい。

2026年8月3日月曜日

長寿健康診断

 今日は朝飯抜きのイレギュラーな日だった。先ず世田谷に来てから初めての長寿健康診断。内容的には豊島区時代と変わらないと思うが手順が少し異なる。一度行ったことがある成城学園前の駅ビルに入っている医者は高慢な人物で、こちらのリクエストを聞く耳もたずだったので嫌気がさした経緯がある。従って近くを散歩中に見つけた内科医を2週間ほど前だったと思うが予約をしてあった。電話で予約した時の応対も良かったが、看護師の女性が気持ち良い。

小生の血管は細くてどこの病院でも看護師泣かせだが無事採決も完了して針後に血液の滲みは無い。ただ血圧は3度計り直したが上が160の下が90くらいだったので大分高めに出ている。ドクターは50歳前後の女医さんで、淡々とこちらのリクエスト「もう薬はあまり飲みたくない」を聞いてくれてた。今日初めて知ったが、マイナンバーカードで受診すると、医療の経緯が事細かに確認が可能になっているとのこと。

と言いうことは成城学園前の医師に一度掛かって辞めたことも分かっている筈。チョットきまり悪さもあるが、事実は隠しようがない。素直に受け止めるつもり。何れにしても14日の午後に検査結果の説明を受けることになったが、血圧の高さもあるし、薬嫌いも通せるかどうか自信が薄くなってきた。

豊島区時代と決定的な違いは世田谷はメニューが豊富こと。診断の大部分が機械に頼っていることだ。小生としては最低料金(500円)を選んだのは勿論だ。

2026年8月2日日曜日

加害者としての反省

 世界各地で戦争が続いている。昔から互いに正義を掲げて戦争し、勝った方が正義の覇者。負ければ悪人・悪党として断罪されるが習い。個人的喧嘩であれば時に仲裁者が出現もするが、国家間の戦争には仲裁人の出現は期待できないようだ。日本国をどのように考えるか難しい。2600年以上前に神武天皇が出現して国家が出現したと考える人もいれば、国家が出現するのは中国の歴史書に書かれた卑弥呼の時代だろうとする人もいる。しかし天皇の系譜に卑弥呼と言う人物は出てこない。日本の歴史は結構難しいが、深く考えるのは身体に毒だ。

戦国時代に羽柴秀吉の命令で朝鮮半島に出兵した熊本藩主加藤清正なんて人物のことは扨措き、明治維新以降だけでも司馬遼太郎氏が好んで描いたロシアとの戦いとか中国や他のアジア諸国に数多くの戦争を仕掛けて多くの国に迷惑をかけてきたのは事実だ。最終的には世界の半分を敵に回して世界大戦を引き起こしているのだから相当深く反省する必要があると思うが、昨今の政治家は余り反省の色を見せない。

これには大きな理由がある。世界大戦で最大の敵国だったアメリカ・イギリス・ソ連(現在のロシア)が、戦争をしたのは日本人のごく一部である軍人たちで、多くの国民はむしろ被害者といった理屈付けをした結果だと思う。確かに先の大戦戦後に占領軍のアメリカ軍によって憲法が変わって、建前上は軍隊軍人はいないことになった。しかし実際は世界でも有数の軍隊が存在していることを知らぬ人がいない。原爆被爆国として被害者面しても通用しない。加害者であったことを忘れてはいけない。

2026年8月1日土曜日

8月の思い出

 また月が替わってしまった。8月、先月に増して暑くなりそうで恐ろしい。怖がってばかりいても始まらない。今月は今月なりの心構えをして過ごさねばならない。今月は何と言ってもお盆が大事。先に亡くなった家族を弔い、友人を忍びたい。また日本人であるから多くの戦没者への慰霊も忘れてはいけぬ。敵討ちは出来ぬが、出来ることは何か。人によって異なるだろうが、テレビで知る中学生くらいの若い人たちの考えに胸を打たれることがある。

8月12日の日航機の事故も大分昔のことになってしまった。テレビタレント坂本九ちゃんを採用を決めたのは誰か思い出せぬが、勤務していた会社の東京本社が制作するテレビ番組で主役を務めていたことは記憶している。小生はその頃大阪支社勤務でお盆休み中、13日から得意先の仲間と北陸にゴルフに行くことにして新大阪駅に集合していた。そこへ同行するはずだった得意先の副社長が来て「昨日の事故で社員が亡くなったので遅れざるを得ない、先に行ってくれ。」を記憶している。

昭和20年(1945年)8月15日も晴れて暑い日だった。未だ就学前の5歳だから家の外で一人で遊んでいたことを覚えている。そこに母が呼びに来た。戻ると同居していた祖母や叔母がラジオの前で全員涙を拭ていた。戦争が終わったと聞き、反射的に聞いたのが「僕たち捕虜になるの?」で、母が「そんなことにはならないから安心しなさい。」だったことを覚えている。

25年勤務した最初の会社に辞表を出したのも8月だった。何もかも今は昔のことばかりだ。